「Nothing」と一致するもの

interview with Analogfish - ele-king

 日々が湛える哀しみの
 上を吹き抜ける喜びを
 受けて走らせるヨットのように
 暮らしていたいね 暮らしていたいね

 閉め切ったWindow
 開けたら空だった

 アナログフィッシュのニューアルバム『最近のぼくら』は、“Receivers”という曲のこんなリリックで締め括られる。同時代の表現者であるくるりの傑作『THE PIER』に散りばめられていた〈悲しみの時代〉や〈困難多き時代〉というワードをわざわざ抜き出すまでもなく、現代は〈日々が湛える哀しみ多き時代〉である。きっかけは2011年の震災と原発事故。しかし、それ以前から見て見ぬふりをされてきた数々の問題が徐々にあぶりだされているのが、いまという時代だ。そして、アナログフィッシュというバンドは、『荒野 / On the Wild Side』と『NEWCLEAR』という2枚の作品を通じて、そんな社会に対して鋭いメッセージを放ち続けてきた。


アナログフィッシュ
最近のぼくら

felicity

Rock

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 もしかしたら、メッセンジャーとしてのアナログフィッシュを期待する人にとって、『最近のぼくら』という作品は、肩透かしを食らう作品かもしれない。全体としては、ややアトモスフェリックでありながら、穏やかで有機的なムードが流れ、言葉に関しても、『NEWCLEAR』のような直接的な言及は避けられていて、タイトル通りの日常感ある言葉が並んでいる。三体の彫刻が並べられた、どこかサイケデリックなアートワークも含め、ゆらゆら帝国の『空洞です』あたりを連想する人も多いだろう。何にしろ、本作が前2作とはトーンの異なる作品であることは間違いない。

 しかし、僕はこの作品はある意味アナログフィッシュのニュートラルな作品だと言っていいと思う。アナログフィッシュの、とくに下岡晃の楽曲には、つねに社会的なメッセージが内包され、それが強い明度で表れるときもあれば、うっすらと滲んでいるだけのときもあって、その本質はバンドが結成された15年前から変わることはない。つまり、震災以降の社会状況を受けて、メッセージが強く表れていたのが前2作であり、うっすらと滲んで、それでもたしかに時代のムードを醸し出しているのが本作だと思うのだ。実際に、本作には2006年に発表され、メッセンジャーとしての側面が決して大きくは取り沙汰されていなかった『ROCK IS HARMONY』収録の“公平なWorld”という曲が再録されているのだが、この曲はまたしても今という時代を見事に射抜いている。やはり、本質は変わっていない。

 バンドのディスコグラフィーを振り返ってみれば、本作に一番近いムードを持った作品は、斉藤州一郎の復帰作となった2010年の『Life Goes On』だろう。良い事も悪い事も起こりながら、それでも人生は続いていく。最近のきみらの調子はどうだい?

そこにあるけど、みんな気にしてるけど、でもそれにタッチしないっていうことを、自分も大事なことを忘れて行ってるのかもしれないってことも含めて、曲にしようと思った。とにかく、今のこの状態を残しておこうって。

アルバムのスタートはどんなところからだったんですか?

下岡:1年ぐらいかけて断続的にレコーディングしてたんですけど、最初は“はなさない”って曲を、何も決まってない段階で録ったんです。

前作を作るときに、まず“抱きしめて”を録ったような感じですよね。

下岡:そうそう。で、音的な方向としては、基本的に音数少なくて、1ループとタイトなバンド・アンサンブルの感じ。1ループっていうのは、ループが乗ってる場合もあるし、ベースなりギターがずっとループを弾いてる場合もあるけど、起伏は意図的に作らないような、そういうバンド・アンサンブルのイメージが先行してましたね。BPM130より速い曲は作らないとか、ガチャガチャさせるのはやめようとか、そういうのを思ってた。

ミニマルでタイトっていうのは、『NEWCLEAR』でも顕著で、それは言葉を引き立たせる狙いもあったと思うんですけど、今作でもそれを推し進めたと言っていいんでしょうか?

下岡:推し進めたって言い方もできますね。あとは『NEWCLEAR』よりもう少し有機的な感じにしたいなとか、そういうことをいくつか考えながらやってました。

いま海外のインディー・シーンでR&B寄りのものが流行ってるから、その影響もあるのかなって思ったのですが。

下岡:去年出たThe Weekendすごい好きで、音数の感じも質感も好き。あとはThe Internetもよかったし、BADBADNOTGOODとか、基本的にチルウェイヴっぽいのも好きだし、Fenneszもよかった。家で聴いてるのがそういうのだったので、そういうところの影響は出てると思います。

ああいうサウンドのアトモスフェリックでサイケデリックなムードと、いまの社会のムードにシンクロするような部分を感じていたのでしょうか?

下岡:どうなんだろう……そういう風には考えてなかったかな。単純に、リスナーとしてそれを楽しんで聴いてただけで、タイトにやりたいっていう自分の趣向と、どこか通じるものを感じたっていうか、なんかああいうのに惹かれるんですよね。上手く言えないけど、女性の好みみたいな感じで、ずっとそういうのに惹かれてて、バンドを15年やってるから、その間には違うこともやったけど、基本的に僕はそういう音が好きなんです。20歳過ぎたぐらいで聴いたThe MetersとかThe J.B.’sとかのフィーリング、タイトで、ずっと持続していく感じで、歌で起伏ができてる、あのノリがすごい好きなんですよね。

その感じはelephant(アナログフィッシュの下岡と斉藤、髭の宮川トモユキと斉藤祐樹によって結成されたバンド。今年の夏にファースト・アルバム『daydream』を発表)にも出てたと思うんですけど、あの活動からの何らかのフィードバックも本作には含まれていると言えますか?

下岡:そこは結構難しくて、elephantに関しては、僕曲とか全然作ってなくて、歌詞にしても、曲を作った人がタイトルだけつけて、それがお題みたいな感じで、リハの何時間の間に大喜利みたいな感じで作ってたんで、アナログフィッシュでやってることとは、出てくるところが全然違って。

瞬発力の方が大事だったと。

下岡:そうですね。だから、自分の中にあるものを議論するような感覚はあんまりなかったというか、フィルターを通さずに出てる感じだったんですよね。単純に、軽やかに、気楽に音楽ができたから、リフレッシュにはなりました。

ちなみに、その一方で健太郎さんはソロを作っていたわけですが、あのアルバムに対する感想を話してもらえますか?

下岡:感想か......ホント、健太郎節でしたよね(笑)。すごくポップで、良かった。ああいう音楽って、俺ひさしぶりに聴いた気がするんですよ。昔はいた気がするんですけど、いまやってる人って案外いないなって。あとは……「歌上手いな」って思った(笑)。

いまの話とつなげると、今回のアルバムの穏やかなムードっていうのは、リフレッシュしたからこそのムードだとも言えるかもしれないですね。

下岡:かもしれないですね。まあ、日常的なことを歌おうっていうのはある程度決めてて、直接的なメッセージには行かないようにしたいなっていうのがぼんやりあったんですよね。

それはなぜ?

下岡:うーん……暮らしてると忘れそうになることがあって。忘れるっていうか薄まっていくっていうか。

編集部:何をですか?

下岡:震災後の、原発事故が起きたことに対してのセンシティヴだった、あの感じとか、徐々に風化して行ってる感じがあるというか、俺自体は相当ニュースとか拾ってる方だとは思ってるんですけど、それでも風化はしてるっていうか……。

編集部:ニュースって、テレビのニュースでしょ? テレビのニュースなんて肝心なこと伝えないよ。

下岡:それはずっとそうですけど(笑)、でも情弱とか言うけど、俺情報強者がいるとも思ってなくて、ネットの中とかって、ホントに起こってることがみんなが知ってることではないわけじゃないですか?

編集部:でも、わかることもあるじゃん。

下岡:あるけど、ホントに正しい情報を自分が得てるとは限らないわけじゃないですか? だって、いま手に入る情報は、正しいうんぬんよりも、検索にかかるかかからないかの方が大きいでしょ? だから、どんなに間違ってても、検索にかかってれば、それを見る人が圧倒的に多いわけですよね。もちろん、情報を統制するのは最悪だと思うけど、もっと別の問題もたくさんあると思うし。

編集部:さっき直接的なメッセージは避けようと思ったって言ったけど、これだけいろんな問題があるわけだから、逆によりメッセージを強くするっていう方向もあったんじゃないかと。

下岡:でも、俺が今回思ったのは、風化して行くっていうか、俺の中でも何かを忘れて行く部分があるっていう、そこも含めてやりたいと思って。レイシズムのこととか、ガザのこととか、そういうのもホントにまいっちゃうけど、でも全部一緒だと思うんだよね。そこにあるけど、みんな気にしてるけど、でもそれにタッチしないっていうことを、自分も大事なことを忘れて行ってるのかもしれないってことも含めて、曲にしようと思った。とにかく、いまのこの状態を残しておこうって。

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“PHASE”とか“Hybrid”とか“抱きしめて”とか、いいって言ってもらってる曲とかって、今ライヴでやってても、作ったときと同じようなフレッシュさがあって、お客さんの反応もいつもすごくいいし、自分もいつもいま作ったようなテンションでできてて。

僕も個人レベルでの風化っていうのは起こってると思ってて、その一方では、集団的自衛権や知る権利の問題とか、短いスパンでかなり大きな出来事が起こり続けてる。だから、『最近の僕ら』っていうアルバムのアトモスフェリックでサイケデリックなムードは、ある意味、異常が常態化した日常を表してるように思ったんですよね。

下岡:それはたしかにそうだと思うけど、でもいろんなことが起こってる状態っていうのを特別意識はしてなくて、単純に、自分に起きてることとか、強く思ってたことを忘れて行ったり、そこも含めて音楽にして、あんまり「メッセージ」って切り口にはしないようにって思ってましたね。

具体的に、「この1曲ができてアルバムの方向性が見えた」みたいな1曲ってありますか?

下岡:それはたぶん1曲目の“最近のぼくら”で、演奏がタイトで、ベースが1ループで、あと声だけ。なおかつ、日本語のメロディーで、今歌いたいことが言葉にできて、これが一番やりたかった形に近い。

この曲はいろんな意味でプロトタイプですよね。音数の少なさもそうだし、言葉にしても、極端に言えば、何も言ってない。でも、それがやりたかったと。

下岡:うん、このヴァージョン違いをあと10曲作れればみたいに思ってて。だから、今回のアルバムは普通にそのとき思ったことをただ書いてて、ラヴソングを作りたいと思って、ただラヴソングを書いた曲とかもあるし。

個人的に印象に残った曲のひとつが“Nightfever”で、とくに「センターラインはどこにある?」っていうリリックが気になったのですが、これはどんな意図で書いたものなんですか?

下岡:そのときの感じっていうか……って言ったら、全部そうなんだけど(笑)。何て言うか……上手く言えないなあ。

じゃあ、もうちょっと僕言ってみていいですか?

下岡:はい(笑)。

これも極端な解釈ですけど、「センターラインはどこにある?」っていうフレーズから、僕は右翼と左翼を連想したんです。で、もちろんどっちがいい悪いの話ではなくて、でもいまこの構造がかなり鮮明になってきてる。それをそのまま歌っておきたかった……って解釈したんですけど、ここまでの話を聞くと、ちょっと違いそうですね(笑)。

下岡:それは考えてなかったですね(笑)。それよりも……手すりっていうか(笑)、つかまえられるものを探してる感じっていうか。

編集部:自分の中の支えってこと?

下岡:そうそう。

編集部:直接メッセージを表現しようと思わなかったっていうのは、直接メッセージを言うことがしんどかったってことでもあるのかな?

下岡:いや、しんどいと思ったことは特にないかなあ。

編集部:でも、いまのセンターの話って、内省的なことでもあるわけでしょ?

下岡:しんどいとは思ってなくて、そこを求められてるなって思うことも最近多い。

編集部:求められると引いちゃう方?

下岡:そんなこともなくて、俺そこに応えたいなっていつも思うんですけど。

編集部:そんな感じするよね。むしろ、それを望んでたっていうか、求められるっていうのは、リアクションがあるわけだからね。

下岡:それはすごく嬉しくて、“PHASE”とか“Hybrid”とか“抱きしめて”とか、いいって言ってもらってる曲とかって、今ライヴでやってても、作ったときと同じようなフレッシュさがあって、お客さんの反応もいつもすごくいいし、自分もいつも今作ったようなテンションでできてて。でも、そういう曲って無理に作っても意味がないというか、自然にそれを超えるだけのものができてこない限りは、出す必要ないと思ってて。あとは単純に、今回は最初に言った感じのものが作りたいと思って、実際は1曲メッセージ色の強い曲もできて、録ったりもしたんだけど、今回のアルバムには合わないと思ったから、外したの。

編集部:もったいない(笑)。


「ラヴソングが一番のプロテストソング」とか、「ポリティカル・イズ・パーソナル」とか、そういう言葉ってよく言われるじゃないですか? 僕そういうのあんまりわかんなくて、ピンと来なかったんですけど、今回作ってる終盤ぐらいに、「それってこういうことなのかな?」って、ちょっとだけ思いました。

今回のアルバムの中で、メッセージ性を読み取れる曲というと、あとは“公平なWorld”かなって思うんですけど、これはもともと2006年の『ROCK IS HARMONY』に収録されていた曲ですよね。順番に訊くと、そもそもこの曲は当時どういう経緯で作られた曲だったのでしょう?

下岡:これは……超嫌だなって、不公平だなって思うことがあって、作らないとスッキリしなくて(笑)。

それって、個人的なこと?

下岡:そうそう。で、実際作ることでスッキリできたので、結構大事な曲で。それで今回ガザのニュースとかを見てて、この曲入れたいなって思って、いまのアレンジがライヴでやっても手応えあったから、この形で入れようと思って。

この曲をライヴで聴いたときは衝撃でした。それこそ、ele-kingにレヴューを書かせてもらった、7月のアジカンとの2マンで聴いたんですけど、ちょうど集団的自衛権の問題が大きく取り沙汰されてたときだったし、ブラジル・ワールドカップもやってたから、「僕らが寝ている間に何が起きてるか知ってる?」って歌い出しもぴったりで(笑)、“PHASE”や“抱きしめて”と同じように、また過去に書いた曲が現在とリンクしちゃってるなって。

下岡:そっかあ……でも単純に、ひさしぶりに聴いたら、いい曲だなって思って(笑)。

あの日アジカンが“No.9”って曲をやってて、あれは9条の歌だって言われてるんですよね。近年いろんなミュージシャンが直接的にも間接的にも、社会に対してアクションを起こしていると言っていいと思うんですけど、そういう周りとの比較も踏まえて、自分のやることっていうのをどうお考えですか?

下岡:自分がやることか……プロテストソングとかメッセージソングって、自分がやること云々っていうよりも、出てきちゃうからやってるって感じなんですよね。人によるとは思うんですけど、曲って、そのラインが出てきちゃったら、俺に選択肢はなくて、出てきちゃったら作るしかないんですよ。だから、俺が選べるわけじゃないっていうか(笑)。「こういうことを書こう」って思わないわけじゃないけど、メッセージだったらメッセージが思い浮かんじゃうんで、しょうがないんですよね。

なるほど。わかります。

下岡:この間スパングルの笹原くんと飲んでて、やけのはらくんとか、それこそ後藤くんの話とかをしてて、彼らは論理的な思考を持ってると思うんですよね。頭いいし、話すこともやることも論理的だって。で、笹原くんが「下岡くんはこういう感じ(宙に浮かんでるものを捕まえる仕草)だよね」って言ってて、僕自分はそうじゃないと思ってたんですけど、「でも、そうだな」ってそのとき思って、「もうそれでやろう」って思いました。

その感じはアルバムに出てますよね。すごく感覚的というか。

下岡:歌詞を書いて、言葉の流れはちゃんとできてても、いろんな理由で書きかえるじゃないですか?ちょっとパンチがないとか、生っぽ過ぎるとか。でも、今回は極力それをやらなかったんです。

なるべくそのまま残したと。

下岡:そう、「ここもうちょっと山欲しいな」って思うところも、そのまま残して。

やっぱり、今回のアルバムは恣意的に考えないで、そのままを出すっていうか、それすらも意識しないように作ったってことなんですね(笑)。

下岡:うん、ホントに『最近の僕ら』って感じのアルバムにしようと思ったから。

宙に浮いてるものを捕まえて、それをただ自分を通して出すと。でも、それが結果的には社会のムードを表してるのかもしれない。

下岡:なんかね……「ラヴソングが一番のプロテストソング」とか、「ポリティカル・イズ・パーソナル」とか、そういう言葉ってよく言われるじゃないですか? 僕そういうのあんまりわかんなくて、ピンと来なかったんですけど、今回作ってる終盤ぐらいに、「それってこういうことなのかな?」って、ちょっとだけ思いました。

資料によると、今回の作品は「社会派三部作の完結編」とあるわけですが、ちなみにご本人にこの意識ってあるんですか?

下岡:うーん.....(笑)。

了解です(笑)。では、今回の作品のラストに“Receivers”という曲を置いたのは、どんな意図があったのでしょうか?

下岡:これの最後の塊で歌ってることが、一番いい終わらせ方だなって思って。

「日々が湛える悲しみの~」っていうところですね。僕も大好きです。まあ、三部作かどうかはともかく(笑)、何もない荒野からスタートして、旅路を経て、海に開けたという受け取り方もできますよね。そして、この曲の風を受けて進むヨットのイメージっていうのは、「ここからまたどこにでも行ける」っていう、新たな始まりも予感させました。

下岡:このアルバムって、前向きな感じの曲はとくにないんですけど、唯一そうかもしれないフィーリングを持ってるのが、“Receivers”だと思います。普通に暮らしてて、「楽しい」とか「面白い」はあるけど、「今日は前向き」って、あんまりないっていうか(笑)、それってちょっと不自然じゃないですか?面白いこととか楽しいことが前進力だから、「前向き」っていうのは入らなかったのかなって。

いまの社会状況が混沌としていて、先行きが見えない状態だから、前向きなイメージは外したとかではない?

下岡:それはそれですごい感じますけどね。“不安の彫刻”とか、何のオチもないけど、ただ何となく不安ってことを歌おうと思ったし。でも、僕“Receivers”で気に入ってるのは、「良い事も嫌な事もありそうだね」ってとこで、普通こう歌う人いないなって思って。

普通は「良い事あるさ」ですよね。

下岡:「良い事も嫌な事もありそうだね」って、すげえ当たり前の話だから誰も歌わないんだと思うんですけど、「良い事も嫌な事もありそうだね」ってずっと言ってたら、気分良くなるんですよ(笑)。いまって、それぐらいの上がる感じがちょうどいいなって。

「そりゃあ、どっちもあるよ(肩ポン)」ぐらいの感じだ(笑)。

下岡:そうそう、それぐらいがいいと思って(笑)。

第23回:ソーシャル・レイシズム - ele-king

 「ソーリダリティ、フォエーーヴァー、ソーリダリティ、フォエーーヴァー」
 という1915年に書かれた労働者のアンセムで『Pride』は始まる。
 『Pride』という英国映画は、炭鉱労働者が一年にわたってストライキを繰り広げた84年から85年を舞台にしている。ストで収入がなくなった炭鉱労働者とその家族を経済的に支援するためにロンドンの同性愛者グループが立ち上がり、GLSM(Gays and Lesbians Support Minors)という組織を結成して炭鉱コミュニティーに資金を送り続けるというストーリーで、英国の中高年はみんな知っている実話でもある。

         *************

 少し前、職場でちょっとした事件があった。
 というか、地元のメディアに報道されたりしたので、「ちょっとした」という表現は適切でないかもしれない。

 保育士という仕事には怖い側面がある。
 子供からあることないこと言われても自分を守る証拠が存在しないことがあるからだ。うまく喋れない年齢の子供は、言い方が断定的になったり、細かい状況説明が面倒になると簡単な言葉にすり替えるというか、表現が嘘になることがある(これは外国語がうまく喋れない時に外国に住んだ経験のある人もわかる筈だ)。
 ということに加え、幼児というのは、けっこう傷をつくって保育園に来る。
 転んだり、滑ったり、触っちゃいけないものを触ったりする生物だからだ。そのため、朝、保育士は「グッド・モ~ニ~ング!」と保護者に明るく挨拶しながら、目で子供の体をチェックしている。傷に気が付けば、所定のフォームに傷の種類、箇所、大きさ、保護者に聞いた「傷ができた理由」を書き込む。チャイルド・プロテクション上の理由から、そうする義務があるのだ。が、面倒なのは衣服で隠れている部分だ。朝っぱらから登園してくる幼児を全員素っ裸にして点検するわけにもいかないし、いつどこで出来たのか判然としない傷を持った子も必ず出て来る。

 ところで、英国の商業的保育施設というのはべらぼうに高いことで有名だ。わたしの勤務先では2歳以下の赤ん坊をフルタイムで預けると1カ月1000ポンド(約17万円)、2歳から5歳の幼児でも800ポンド(約13万6千円)の費用がかかる。3歳になると国が保育料金を支援するようになるが、国が負担するのはたったの週15時間だけだ。よって、子供をフルタイムで預けて(2人というのもけっこういる)夫婦で働いているご家庭というのがどういう家庭かというのは想像できるだろう。で、この階級のお母さんたちは、外見や喋り方で保育士を判断し、「クラッシー(上品)」じゃない従業員を毛嫌いすることがある。

 職場で唯一の非イングリッシュ&下品なわたしなんかは一番に標的にされそうなもんだが、そこはやはりポリティカル・コレクトネスがあるので、彼女たちは外国人をいじめるなどというNGはしない。
 が、チャヴあがりの英国人保育士となると、その態度は豹変する。エスニック・レイシズムならぬ、ソーシャル・レイシズムである。
「チャヴみたいな外見の、低俗な発音の英語を喋る女が、私の子供を担当するなんて嫌」
という不満をふつふつとさせている母親たちが、幼児の拙い言葉をすべて自分が解釈したいように解釈し、子供たちよりよっぽど壮大な嘘をつき始めたらどうなるだろう。
 怖いことには、そうした嘘を真実っぽく思わせる傷や痣をもった子供なら、クラスを探せば常に数人はいるのだ。

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『Pride』は単なる虐げられた者たちのソリダリティーの話ではなかった。
 それは、差別されている者たちが、自分たちを一番差別している人びとを助けた話でもある。
 ゲイ・グループのリーダーが、炭鉱労働者たちのストを支援しようと言い出した時、ゲイたちは強く反発する。ある者は炭鉱労働者に石を投げられた経験を語り、またある者は「彼らはいつも僕たちをサポートしてくれるからね」と憎悪が滲んだ顔で皮肉を飛ばす。
 同様に、マッチョで非アーバンな炭鉱コミュニティーの中にも、食料品が手に入らない窮状になっても「変態から助けてもらうなんて真っ平」という人々もいたし、「そこまで身を落としたくない」と言ってゲイ・コミュニティーから届けられた物資の援助を拒む人々もいた。

 だが、それでもロンドンの同性愛者たちの炭鉱支援運動は熱く広がり、カムデンで「Pits and Perverts(炭鉱と変態)」という大規模なチャリティー・ライヴを行うまでに発展する。ライヴ後、ロンドンのゲイ・コミュニティーは、スポーツバッグ一杯になった現金を炭鉱に贈るのだが、炭鉱コミュニティーは「変態ぎらい」の人々の反対に遭って受け取りを拒否する。
 そして、まもなく炭鉱労働者たちはストの続行を断念し(事実上の敗北だ)、炭鉱の閉鎖によって失業者の集団にされたのは歴史が伝えているところだ。

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 幼児虐待と呼ばれる問題においては、誰が本当のことを言っているのか、何が真実なのかは、CCTV映像でもない限りわからない(経費削減のためCCTVを全室完備していない保育園は山ほどある)。おっとりとした気の優しい保育士だったから、そんなことはしないだろう。みたいなことを言うのも無意味である。
 ただ、わたしが知っているのは、チャヴあがりの同僚は明らかにソーシャル・レイシズムの被害にあっていたといたということ。そしてミドルクラス・マミイたちの排チャヴとでも呼ぶべき現象ががだんだん理性を失って暴走していたことだ。
 わたしは彼女が身に覚えのないことで保護者から文句をつけられてトイレで泣いていたのを知っているし、保護者がマネージャーに彼女についてクレームをつけている場に居合わせ、「いやーそれ、実際に起きたことの5倍ぐらいになってますよ」と反論したこともある(で、後で「一介の平保育士がいらんことを言うな」と叱られた)。
 ステラ・マッカートニーの服にPRIMARKのバッグなんて持てるわけないでしょ、というのと同じような感覚で、我が子にチャヴの保育士なんてあり得ない。という獰猛な意志をもって彼女らは人間を排除しようとする。
 この層には外国人のお母さんたちも含まれていた。エスニック・レイシズムの対象になり得る人々が、平気でソーシャル・レイシズムの加害者になる。ブロークン・ブリテンの元凶はお前らであり、それを非難・排除することは、心ある市民の当然の行動であると言わんばかりに外国人が英国人を差別する。
 民族的ナショナリズムの暗部がエスニック・レイシズムであるように、市民的ナショナリズムもまたソーシャル・レイシズムを生むのだ。チャヴ。という人々だってれっきとした人間の種として区分され、差別され、排斥されている。
「自分でがんばれば這い上がれるのに、そうしないのは自分の責任」とソーシャル・レイシズムの概念を信じない人々は言う。
 が、這い上がって来ようとしても叩き戻されたら、出て来ることなんかできない。


                *********

 80年代の炭鉱労働者のストで使われ、ロンドンの同性愛者たちもつけていたバッジには、「COAL NOT DOLE(失業保険ではなく石炭を)」と書かれていたそうだ。
 あの時代の政権が行った経済改革で失業者や生活保護受給者にされた層が21世紀のブロークン・ブリテンやチャヴ問題に繋がったと思うと、象徴的なスローガンだ。
 これは映画ではなく実話のほうだが、84年にカムデンで行われた「Pits and Perverts(炭鉱と変態)」ギグで、ウェールズの炭鉱コミュニティーの代表者は、会場の同性愛者たちに向かってこうスピーチしたそうだ。
 「我々は『COAL NOT DOLE』のバッジをつけて共に戦って来た。これからは、俺たちが君たちのバッジをつけ、君たちをサポートする。俺たち炭鉱労働者は、他にも戦うべき目的があるのだということを今は知っている」

 それはもう30年も前の話になった。
 チャヴのバッジをつけた黒人や、ムスリムのバッジをつけたフェミニストや、ポーランド人のバッジをつけたゲイが、見えにくい世の中になった。
 「ソリダリティー・フォーエヴァー」はアンセムではなく、エレジーになったのだろうか。

                ************

 ある夏の暑い日、チャヴあがりの同僚は逮捕された。

 突然解雇された彼女の身の回りの品はすべて彼女の自宅に送られ、彼女が子供たちとつくった壁のディスプレーもすべて剥がされて捨てられた。
まるで最初からここにはいなかった人のようだ。
 ほんの3カ月前の話である。

物語る私たち - ele-king

 and I told you to be PATIENT,
 and I told you to be FINE,
 and I told you to be BALANCED,
 and I told you to be KIND…

 ボン・イヴェールによる“スキニー・ラヴ”が映画の冒頭で流れれば、僕ははじめて『フォー・エマ、フォーエヴァー・アゴー』を聴いたときのことを思い出す。その小さなフォーク・アルバムのなかで、敗れた恋とつまずいた人生に傷ついた男が自分自身に向けて「我慢強く、しっかりと、バランスを保って、心やさしく」あれと懸命に言い聞かせていたその曲のように……『物語る私たち』は、とても個人的な1本だ。

 幼い頃から子役として活動してきたサラ・ポーリーにとって監督3作めとなる本作で、彼女はこれまでの作品群……『アウェイ・フロム・ハー/君を想う』(06)、『テイク・ディス・ワルツ』(11)と同様に夫婦間に横たわる問題と複雑な愛について描き出している。ただし本作でポーリーが取りあげる夫婦は自分の両親であり、そして実話だ。しかしながらこれは「ノンフィクション」や「ドキュメンタリー」と言うより、あくまで「ストーリー」なのだと何度も強調される。
 その「ストーリー」の筋書きはこうだ。舞台女優でもあった母ダイアン・ポーリーはサラが11歳のときにガンで他界した。独立した兄や姉たちとは違って、末っ子のサラは父マイケルと暮らし、父娘の絆は育まれていく。しかしサラが成長してからというもの、家族間で「サラだけパパに似てないよね」という意味深なジョークが時折出るようになり、そしてそれがどうやら冗談でもない可能性が浮かび上がってくる。「サラが生まれる少し前、家を離れてモントリオールの舞台に立ったママは、どうやら恋人がいたらしい」……。そしてサラ・ポーリーは、自らの出生を、奔放だった母の秘密を探るために当時の舞台俳優仲間たちを訪ねることにする。
 たしかにこれはある家族の、ともすれば下世話な興味を引きかねないごくごく内輪の話である。だが、『羅生門』スタイルで、夫、子どもたち、友人、俳優仲間たちがそれぞれ証言することによって唯一不在かつ最大の当事者である母の像を浮かび上がらせていくというポーリーがここで取った手法は非常に効率的で滑らか、そして巧みだ。何度となくノスタルジックに差し込まれる8ミリのホームビデオ。まるで萩尾望都のマンガに出てくるような、率直で賑やかで、少々落ち着きのない母がそこで笑っている。誰もが魅了され、誰もが愛したダイアン。母でもあり、妻でもあり、恋人でもあり女優でもあったその女のある秘密が、じつに鮮やかに暴かれていく。

 ここから以下の文章ではその真相を明らかにしていることをご了承の上、お読みいただきたい。

 あろうことか……というか、大方の予想通り、母には恋人が本当にいて、父マイケルはサラの「本当のパパではなかった」。ただ、中盤であっさりと明かされるこの事実は映画の核心ではない。ここで明らかになるのは、本作が多くの優れたロマンス映画のように「ふたりの男とひとりの女」を題材にしていることなのである。それはふたりの男の間で揺れた母/女ダイアンだけではない。ふたりの父を持つことになった娘サラの物語でもあるのだ。そしてその両者の間にある愛は、形は違えどどちらも真実であり、だからこそ……そのことを知る家族はお互いを許し、母の人生を認め、そしてサラや父マイケルをはじめとして、彼女らが巻き込まれた厄介な事情をそれぞれが受け入れていく。
 興味深いのは、父マイケルもあるいは母の恋人でありサラの実父であった「その男」も、ダイアンとの間に起きたことや自分の人生を語りたがろうとしていることである。一個人の身に起きたことが、何か人生の普遍を……人間の真実を示しているのだと、その行為によって男たちは信じようとする。あるいは、そこに本当に愛があったのだと……。いっぽうでサラ・ポーリーはあくまで監督であり編集者として、一人称を「私」とせず、「私たち」にすることによって父親たちよりも客観的な視点を獲得しており、ひとりの女に大いに振り回された男たちの姿を浮かび上がらせていておかしい。

 だが、『物語る私たち』はシニカルな視点に貫かれているわけではなく、家族の事情を重く捉えないユーモアとお互いへの信頼が映像を満たしているからだろうか、とても温かな感触がある。母が死んだときのことを語らせる娘に向かって父マイケルは涙ながらに言葉を詰まらせ、「お前はなんてサディスティックな監督なんだ」とつぶやく。そしてふっと笑う。「この間もわけのわからない演出しやがって」。その笑顔はつまり、どんな人生にも必ず生まれる深い悲しみや困難に「語る」という行為を通して立ち向かっていくことを示しているように、僕には思えてならなかった。ちょうど、ボン・イヴェールが自らのごく個人的な悲しみと愛を、人称をぼかしながら「物語る」ことによって多くのひとの心を掴んだように。
 邦題が巧みな稀有な例でもある。原題は「Stories We Tell」、すなわち「私たちが語る物語たち」。語られる物語と、それを語る私たち。その円環のどこかに、私たちが愛と呼ぶものが立ち上がっているのだと、この映画はそっと差し出している。

予告編

FEBB - ele-king

 少し前の話だ。テレビでも人気のある元陸上選手のツイートが日本のヒップホップ・ファンのあいだで物議を醸した。彼はツイッター上で激しい批判に晒された。いまさらその話題を蒸し返して、彼を貶めるのが目的ではないから名前は出さない。
 彼の意見を要約すると、つまり、「日本にヒップホップは根づかない/根づいていない」というものだった。耳にタコができるぐらい何度も聞いてきた凡庸な意見である。ある側面においては、この国の輸入文化の受容に対する根強い一般論であり、ありがちな本場志向や本質主義とも言える。だから、彼は突飛なことを言っているわけではなく、率直に保守的な意見を述べたに過ぎない。
 音楽史を振り返れば、日本のロックやジャズやソウル・ミュージックに対してまったく同じことを主張する人間はいたし、彼にしてみれば、「日本で生まれ育った人がフラメンコをやるとどこか違和感がある」というツイートでもよかったわけだ。その元陸上選手がひとつだけ下手を打ったとすれば、熱狂的なヘッズやファンの存在を知らずにヒップホップを引き合いに出してしまったことぐらいだろう。

 Fla$hBackSのFEBBが今年1月に発表したファースト・ソロ・アルバム『THE SEASON』は圧倒的にかっこいい。東京のインディ・レーベル〈WD Sounds〉と〈Pヴァイン〉のダブル・ネームでリリースされたこの作品は2014年の最重要作の一枚あり、僕の今年の愛聴盤でもある。
 前述した件があってから、あらためてFEBBを聴き込んでいる。『THE SEASON』の有無を言わさぬかっこ良さはなんなのだろうかと考えながら、何度も聴いている。そしてあることを思う。東京出身の弱冠二十歳のラッパー/ビートメイカー/プロデューサーは、この国でヒップホップをやることに微塵のコンプレックスも感じていないんだろうなと。

 日本のヒップホップはそのはじまりから、多かれ少なかれ、本場=アメリカに対するある種のコンプレックスを糧にして成長、進化してきた側面がある。この手の話は散々語られてきたことではあるが、コンプレックスそのものは必然的なことだったし、だから、ここで言うコンプレックスは必ずしもネガティヴな意味ではない。
 ラップで英語を多用し、英語訛りを積極的に取り入れてきたZEEBRAやSEEDAも、逆に、英語や英語訛りを意識的に避けてきたRHYMESTERやILL-BOSSTINOも、それぞれのコンプレックスに徹底的に向き合うことで独自のスタイルを生み出してきたという点では共通している。
 また他方で、強烈な名古屋弁でラップすることで、東京のラップともUSラップとも異なる地方独自の個性で人気を博したTOKONA-Xのようなラッパーもいた(ちなみに、方言の訛りを活かしてリズミカルにラップすることにおいていま最も独創的なラッパーのひとりは岡山県津山市出身の紅桜( https://www.youtube.com/watch?v=KGhWqZ6Y-GI )ではないか。stillichimiyaの甲州弁ラップもじつにおもしろい)。
 いずれにせよ、原点にあるコンプレックスとアメリカとの距離感が、彼らの音楽の芯の強さとユニークさを作り上げてきたのである。

 そのようなコンプレックスから解放されているとまでは言わないまでも、早い段階で攻略法を見つけ、ぐんぐん進化していく、いまの「日本のラップ」のおもしろさと醍醐味を体現するラッパーはたくさんいる。たとえば、AKLOとMOMENTというふたりのラッパーを挙げることができる。
 先月リリースされたセカンド・フィジカル・アルバム『THE ARRIVAL』で、メキシコ人と日本人のハーフであるAKLO( https://www.youtube.com/watch?v=DGTddE4UV5U )は、意味や叙情性をほぼ排し、超絶した技巧力でグルーヴする(本人はこのカテゴライズを嫌うが)日本語と英語のバイリンガル・ラップにさらに磨きをかけている。橋本治のある歌謡曲論に倣って言えば、これぞ、人生の悲哀や人間の真実、美しい愛の歌でもない、素晴らしいノリだけでできた、2014年のラップ・スターのシュールな世界である。
 また、韓国語、英語、日本語を使い分け、ときにミックスし自由自在にフロウする大阪在住の韓国人であるMOMENTも魅力的だ。MOMENTはいま、自愛と自虐の葛藤のなかで次の舞台を模索しているようにみえるが(それこそいろんなコンプレックスに懊悩しているようだ)、彼ならきっと困難を乗り越えることができるだろう。

 FEBBの唯一無二のかっこ良さは、彼が息を吸って、吐くようにヒップホップしているところにあると思う。迷いがなく、理屈もない。ダ・ビートマイナーズやヒートメイカーズ、スキー・ビーツといったビートメイカーたちをフェイヴァリットに挙げるFEBBの音楽にとって90年代、00年代のNYヒップホップは重要な構成要素であるものの、彼のラップやビートを聴いても、模倣や解釈ということばは頭に浮かんでこない。
 14曲中4曲はみずからビートを作り、それ以外のトラックを国内外のビートメイカーに託している(スキー・ビーツも一曲提供し、ミキシング/マスタリング・エンジニアを、カレンシー『PILOT TALK 2』(2010年)のマスタリン・エンジニア、Brian Cidが担当)。
 そこには、呼吸するように英語と日本語を混ぜたハードボイルドかつ鋭いラップをスピットし、鼓動を刻むようにドープなビートを作り出す生身のFEBBとその仲間たちがいるだけだ。
 アルバムの冒頭曲、SOUL SCREAMの“君だけの天使”と同じネタがサンプリングされたジャジーでスムースな“NO.MUSIC”で、FEBBは印象的なことばを吐いている。「俺は獣」、そして「言葉はノイズ」だと。じつにFEBBらしいパンチラインだ。
 
 かつてZEEBRAが、「東京生まれ/ヒップホップ育ち」(「Grateful Days」)と歌ったのが、1999年だったから、それから15年が経った。そのころ4歳だったFEBBはさながら「ヒップホップ生まれ」という感じである。それは、Fla$hBackSのメンバーでソロ・アルバムの完成が待たれるjjj( https://www.youtube.com/watch?v=h_dXj_jhFis )にも、先日素晴らしい無料ミックステープ『Shadin'』を発表したFEBBの盟友、KID FRESINOにも共通するものだ。
 
 最後に。『THE SEASON』は、サイケデリックで、ソウルフルで、ジャジーで、ファンキーな、素晴らしいハードコア・ヒップホップだ。まだ聴いていない人はぜひ聴いてほしい。

IPPI - ele-king

旅先で聞いたアルバム 2014.10

パーティーを開催します!
楽しもう!

PYRAMID ROOTS
2014.10.10.FRI.
at BONOBO
https://bonobo.jp/schedule/2014/10/001524.php

僕のHPです!
https://www.ippi.jp


Yasuyuki Suda (inception records) - ele-king

Recent Favorite Music

群馬県桐生市でinception recordsというレコード屋やっています。
同じ桐生市のLEVEL-5にて、"TIME"(奇数月第2土曜)、"HOWSAUCE"(偶数月第2土曜)でDJもやっています。今回、店に入荷したタイトルを中心に、自分の最近のお気に入りをピックアップしました。
https://inceptionrecords.com

Shxcxchcxsh - ele-king

 2作めでかなり雰囲気が変わった。あまり暗くなくなった。ヨーロッパ全体のテクノを見てもこれはめずらしい(ムーンバトンのようなバカっぽいものはもちろん除きますよ)。ラスティは底抜け脱線的な例外だとしても、最近だとパッテンぐらいしか知的な面もあるのに「暗くない」というムードを表現していたプロデューサーはいなかった。「明るい」ではなく「暗くない」である。抑制は充分に効いているし、センチメンタルな様相ももちろん覗かせる。ただし、〈モダン・ラヴ〉やロシアから東欧にかけて支配的な美学とは一線を画するものがある。そういったインダストリアル・リヴァイヴァルに取り巻かれながらも、そのようなフォースにさまざまなフェイズで抗っているという感じだろうか。昨年のデビュー作『Strgths』が〈モダン・ラヴ〉の影響下にあったことは明白だったけれども、ここにはもはやミニマルやインダストリアルのクリシェは薄らぎ、どこか雲をつかむような感じで自分たちのオリジナリティへとそれなりの一歩を踏み出している。いや、ここまで変わるとは。

 スウェーデンからSHXCXCHCXSH……「Hは発音しない、後はそのまま読めばいい(The Hs are silent. Except that, you do it like it’s written)」ということはSXCXCCXS…エス・エックス・シー・エックス・シー・シーエックス(エス)と読むのだろうか? サウンドクラウドを開くと、何もアップされていなくて、ただ「曲のシェアなんかしない(SHXCXCHCXSH hasn’t shared any public sounds.)」と書かれているだけ(Dazed Digitalが全曲アップしているけど)。当然、ふたりの名前もわからないし、ラーメンの好みなどもわからない。あるのは音とヴィジュアルだけで、これまでに2枚のテクノ・アルバムとシングルが5枚。そのほとんどはシフティッド&ヴェントレスによる〈エイヴィアン〉からのリリース――ガイ・ブルーワーがドラムン・ベースのコミックス(Commix)から脱退してテクノに「シフト」したレーベルで、ブルーワー自身も昨年はシフティッド名義の2作め『アンダー・ア・シングル・バナー』がインダストリアル方面で高い評価を得ている。ちなみにコミックスという名義はポケモンに由来するらしい。

 なぜか2014年は誰かと音楽を共有したいとはなかなか思えなかったので(レヴューも1枚しか書かなかったなー)、このような(かつての〈アンダーグラウンド・レジスタンス〉を思わせる)頑なな姿勢には絶大な興味を掻き立てられてしまった(それこそマッド・マイクによる編集盤『デプス・チャージ1』(93)に記されていた「我々は絶対に浮上しない(We Will Never Surface)」という宣言が頭をよぎったり)。どれぐらい続くかはわからないけれど、プライヴァシーを隠すことがある種の表現と化しているのは事実だし、それが可能になってしまったがゆえに誰とでもはつながりたくないというのはむしろ普通の感覚に思える。おもしろいのは彼らが言語(と水)に興味を持っていること。アルバム・タイトルの『Linear S Decoded』は、「S」が「A」だと「古代ギリシア語解読」という意味になるので、暗に「SHXCXCHCXSH語」というものがあるという想定なのだろう(“螺旋状の対話”とか“雄弁”のミス・スペルのような曲名もある)。エイフェックス・ツインがデビュー・アルバムとなる『セレクティッド・アンビエント・ワークス』のタイトルをギリシア語でつけていたのも似たようなことだったのか、異なる言語体系を持つということは、それによって成立するコミュニティを考えざるを得ないから、現在とは異なる集団性を(無意識にでも)夢想していることはたしかだろう。それも含めて“ジ・アンダー・ショア”や“サブ・ミッション――ジ・アトランティック・ヴィジョン”のような曲は若さに任せたような実験性が小気味よく、まだまだどちらにでも転がる可能性を感じさせる。移民問題を意識しているのか、ジェフ・ミルズが延々とブレイクビーツを操っているような“ザ・リぺリング・オブ・ザ・クォンタイテイティヴ・インヴェイジョン”からスウェーデンの大先輩にあたるカリ・レケブッシュをグルーヴィーに煮込み直したような側面まで、全体の完成度にはもう少しあるかなという時期が僕にはいちばんおもしろい。

Elijah & Skilliam from Butterz × RAGEHELL! × SWIMS - ele-king

 先日のアクトレスとバグの来日で幕を開けた秋の怒濤の来日ラッシュですが、みなさまはいかがお過ごしでしょうか? 第一線で活躍するDJやプロデューサーだけではなく、レーベルを作り上げたカルチャー・クリエイターたちの表現に触れる絶好のチャンスです。〈ナイト・スラッグス〉のボク・ボク、〈dmz〉のマーラ&コーキ、そして〈バターズ〉のイライジャ&スキリアムがやってきます!
 2007年にロンドンで〈バターズ〉はブログとしてスタートし、グライムのアーティストのインタヴューやミックスなどを公開していました。2010年からはレーベルとしても活動をはじめ、現在にいたるまでレコードのリリースとデータ配信を通じて最先端のグライム・アーティストを紹介。所属アーティストにはスウィンドル、ロイヤルT、テラー・デインジャなどがおり、インスト・グライムからダブ・サウンドまで素晴らしいリリースを発表してきました。
 さらに、目玉のマークで知られるブランドの〈ミシカ〉とコラボレーションをするなど、ユニークなアプローチでレーベルをデザイン。グライムをアップデートしつづける存在として、〈バターズ〉は大きな注目を集めています。

 先日、〈ファブリック〉からふたりのミックスが発表されたばかりですが、ネット上で公開された〈アウトルック・フェスティヴァル〉でのミックスも素晴らしいので、気になる方は要チェック!


Outlook 2014 - Butterz Stage w/ D Double E, Footsie & Novelist

 XXX$$$やブロークン・ヘイズといった東京のベースミュージック・シーンの重要DJや、若手チームの〈レイジヘル!〉や〈スウィムズ〉も出演! 
 リンスFMヘヴィー・リスナーのグライム・ヘッズだけではなく、グライムが何なのか正直ピンとこないあなたもぜひ現場へ! 

■Elijah & Skilliam from Butterz × RAGEHELL! × SWIMS
日時:10月3日(金)OPEN/START 23:00
会場:Trump Room(渋谷)
出演:
〈Butterz〉
Elijah&Skilliam

〈Guest Acts〉
XXX$$$ (XLII & DJ SARASA)
BROKEN HAZE (RAID SYSTEM)

〈RAGEHELL!〉
K.W.A
YTGLS
SAKANA

〈SWIMS〉
Gyto
Shortie
Tum
AZEL
SUNDA

〈Support DJ〉
Koko Miyagi
KONIDA
NODA
ZATO
BAMBOO CHOCOLA

Supported by
Butterz |MISHKA

料金:Door 3,000円 1d / フライヤー持参2,500円

Elijah & Skilliam (BUTTERZ , from UK)


いわずと知れたロンドンのリンスFMに2008年に登場して以来、多くのプロデューサーと共に活動してきたイライジャ&スキリアム。2010年にレーベル〈バターズ〉を本格始動させ、翌年にはリンスFMからミックスをリリース。スウィンドル、ロイヤルT、フレイヴァD、テラー・デインジャなどといったエッジのきいたグライム・アーティストとも強い繋がりを持つ。彼らのグライムレコードのリリースにも如実に表れているように、MCだけでなくプロダクションにも重きを置く姿勢が多くの共感とリスペクトを呼んでいる。〈バターズ〉のパーティではJMEやスケプタといったMCを、コード9やDJ EZといったDJと共演させるというドープな演出を毎回実現させていた。2014年、ふたりは、ロンドンの人気クラブ〈ファブリック〉からリリースされるミックスを手掛けた。〈ファブリック〉からのリリースのなかで、グライムだけで構成された初のミックスという点でもランドマーク的な作品である。UKグライム・シーンの現在を語る上で欠かすことの出来ない二人のプレイを体感してほしい。

interview with Tofubeats - ele-king

 この数年、若いアーティストに接してしばしば感じるのは、とにかくきちんと自分たちのことを説明する、ということだ。そして、そう感じる相手はたいてい25歳前後の人びとだったりする。乱暴な世代論を振り回すようで恐縮だが、彼らのことを「プレゼン世代」と呼んでみてもいいだろうか? これは三田格さんがずいぶん前にふと口にされた言葉で、どんな意味でどんな対象を指すものだったかは覚えていない。けれど、こちらのインタヴューや問いかけに対して「べつに……」と靴を見つめることもなく、「言うことはない、ただ感じてくれ」とそっくり返ったりもしない、むしろエントリーシートに書き込むような慎重さと戦略性でもって回答する、ある世代のアーティストたちには、そうした呼び方を当てはめてみたくなる。村上隆『芸術闘争論』ではないけれども、音や作品を神秘化しないできちんと説明していかなければ外に伝わらないという感覚が、はじめから骨身に沁みているとでも言おうか。あるいは、調子のよかった頃の日本の空気にかすりもしていない年齢の人たちにとっては、そうしたことは不況や世知辛さと結びついたひとつの倫理観として内面化されているのかもしれない。説明せずにわかってもらおうだなんて、貴様(=自分)何様だ──「プレゼン」とは、そんなことでは生きていけないぞという、したたかさと謙虚さのあらわれであるようにさえ思われる。


Tofubeats
First Album

ワーナーミュージック・ジャパン

J-PopHouseHip-Hop

初回限定盤
Tower Amazon


通常盤
Tower Amazon

 筆者にとってtofubeatsは、音楽のフィールドにおいて、そんな「プレゼン」をもっともシャープに、鮮やかに、また自身を被検体のようにして提示しているアーティストのひとりだ。彼が「説明」するのはなにも彼自身の音楽についてばかりではない。自身の出自でもある〈マルチネ・レコーズ〉などネット・レーベル界隈の動向、そして国内に限らないインターネット・アンダーグラウンドのトレンド、ハウスやテクノ、Jポップへの愛、音楽産業の現在と行く末、地元としての、あるいはニュータウンという特殊性を帯びた場所としての神戸、対東京というスタンス、80年代や90年代カルチャーへの憧憬の感覚……彼が「インターネット時代の寵児」と呼ばれるのは、ネット云々というよりも、ポスト・インターネットの情報空間において物事を効率よく整理・翻訳し、適材を適所にはめてプロダクトを生み出すことができるというプロデューサーとしての才を指してだろう。さまざまな文脈を縫い、串刺しながら、彼の饒舌な「説明」は、音やパフォーマンスとなり、ひいてはある世代やカルチャー自体を翻訳するものとなった。そのふるまいは、プレゼンせずにはやっていけない世知辛い時代を生きる20代にとって頼もしく輝かしいロールモデルとなろうし、彼らの感覚やその生活の悲喜こもごもを容れられる器であったからこそ、「水星」はスマッシュ・ヒットとなったのではないか。

 いま彼の饒舌とプレゼンは、ようやくメジャー・デビュー・アルバムというかたちでさらに大きなフィールドに手をかけようとしている。その名も「First Album」。以下読んでいただければわかるように、tofubeatsの「説明」は、ドメスティックな範囲を越えて、Jポップ=日本を世界へ伝えていくという大きな目標へ向かって一歩距離をつめた。彼にいま見えているものはどんなものだろうか。意外にもちょっとしたエクスキューズからはじまったこのインタヴューには、しゃべらないtofubeats──音楽をつくり聴くこそがただひとつの喜びだというtofubeatsの姿と、そんな彼に音楽についてしゃべらせてしまう状況の不幸さとを垣間見る思いもする。けれども不幸と言ってはすべてが不幸で終わってしまう。「景気がいいって、いいじゃないですか」と言うtofubeatsは、日本のプレゼンを通してそんな空気とたたかうつもりなのかもしれない。「音楽サイコー!」という偽らざる本心をあえて冒頭で宣言し、それを空転させないために、みずからツモって上がる覚悟の勝負を彼は仕掛ける。『First Album』はその遠大な取り組みの「first」だ。そして、それが世間や業界に対すると同時に「人生を進めるため」の勝負であり、音楽がサイコーであることを証明するための自らへの勝負でもあることに、心を動かされる。

■tofubeats / トーフビーツ
1990年生まれ。神戸で活動するトラックメイカー/DJ。〈Maltine Records〉などのインターネット・レーベルの盛り上がりや、その周辺に浮上してきたシーンをはやくから象徴し、インディでありながら「水星 feat.オノマトペ大臣」というスマッシュ・ヒットを生んだ。
くるりをはじめとしたさまざまなアーティストのリミックスや、アイドル、CM等への楽曲提供などプロデューサーとして活躍の場を広げる他方、数多くのフェスやイヴェントにも出演、2013年にはアルバム『lost decade』をリリースする。同年〈ワーナーミュージック・ジャパン〉とサインし、森高千里らをゲストに迎えたEP「Don't Stop The Music」、藤井隆を迎えた「ディスコの神様 feat.藤井隆」といった話題盤を経て、2014年10月、メジャー・ファースト・フルとなる『First Album』を発表。先のふたりの他、新井ひとみ(東京女子流)、okadada、の子(神聖かまってちゃん)、PES(RIP SLYME)、BONNIE PINK、LIZ(MAD DECENT)、lyrical schoolら豪華なゲスト・アーティストを招いている。


やっぱりポップになったんだなあと思いますね。

それこそ『lost decade』をリリースするころ、tofubeatsって人は、メジャーという場所にするっともぐりこんで、古くなった業界の論理とかルールを自分たちがおもしろいように書き換えようとしているんだなってふうに見えました。そういうモチヴェーションとか野心をビリビリと放出していましたよね。

TB:はい、はい。

それで、今回満を持してメジャーからのファースト・アルバム──その名も『ファースト・アルバム』がリリースされるわけですけども、ここに至って、何かを書き換えている手ごたえみたいなものはありますか?

TB:うーん、書き換えたところもあれば、折れたところもあるアルバムだというか。「折れる」というか、順応した部分もあるなと感じますね。前のアルバムは、スキットが入って17曲でフルだったんですけど、今回はスキットがなくて18曲、聴き味が重たくないものになっていると思います。けっして明るいアルバムではないんですけど、するりと聴いてもらえるんじゃないかなと。それを考えると、やっぱりポップになったんだなあと思いますね。数字のこととかを考えたんだなー、みたいな。

ああ、なるほど。

TB:そこからバランスを取るために、後半のような流れがあるかなと思いました。

ご自身のことなのに、言い回しからもう、すごく客観的な見方をされてますね。

TB:いや、すごく短期間でアルバムを制作しなければならなくて。そういう事情もあって、シングルにぶつけるアルバムの曲というのは、ほんとに1ヵ月くらいでガーっと作ることになったんですよ。すごくタイトでしたね。

それこそ、アルバムという単位はどうなんですか? tofubeatsはシングルで問題提起してきたアーティストだと思いますし、それこそツイッターのタイムラインで音楽を聴いていくような世代でもありますよね。アルバムにすると、問題を出し終わったものを集めるような感じがありませんか?

TB:そうですね、だから、本当は全部アルバム・ヴァージョンにしたかったんです。それが時間の関係でどうしても無理だったというのが正直なところですね。

アルバム・ヴァージョンにするというのは、たとえばどんな感じになります?

TB:“おしえて検索”とかって、もともとそういうふうにアルバム・ヴァージョンをつくる予定で、サビ前にジュークっぽいパートがあったりとかシーケンスが入ったりとか、いくつかの要素を忍び込ませてあったんですよ。で、アルバムになるとそこを全部808に変えたりとかできたなーと……。そういうアイディアはいくつかあったんですよね。それをかたちにする時間が足りなかったので、それならばもっとちゃんと新しい曲を入れたほうがいいなって思いました。


前はもっと、3~4ヵ月あったんで、「自分なくし」みたいなことを最後にできたんですよ。

でも、グッとパーソナルな、小品みたいな曲も入ったんじゃないですか?

TB:そうですね、時間が本当になかったから、自分を切り売りしていく方向になっていくというか……。

ははは。

TB:前はもっと、3~4ヵ月あったんで、「自分なくし」みたいなことを最後にできたんですよ。だから自分でも聴けるアルバムになっているんですけどね。

自分なくし! では“ひとり”みたいな曲は?

TB:もっと推敲したかったなというのはありますね。

へえー。ロックやフォークとの差というところかもしれないですけど、ある種の表現領域においてはパーソナルなものがゆるされるというか、自分の切り売りってけっして悪いことではないですよね?

TB:まあ、そうっすね。だから『First Love』(宇多田ヒカル)とかをすげえ聴いて、「パーソナルなこととか言ってもまあいっかー!」みたいな。……そのような気持ちになったきっかけが『First Love』の15周年記念盤(2014年発売)ですね。

おっと! なるほど、『First Love』と『ファースト・アルバム』。

TB:そのエディションで宇多田さんの手書きの歌詞とか見て、「まあ、これが日本でいちばん売れたんだったら、俺も(パーソナルな曲づくりを)やっちゃっていいか!」と。

ははっ。だから、なぜそこでそんなエクスキューズが必要なんですか(笑)。そういうところがすごくおもしろいですけれどもね。では、“ひとり”がパーソナルな曲だといっても、一周回った視点があるわけですね。

TB:これでもちゃんと、(自分のことを)言わないようにしてるんですよ。自分のことを書いてしまうと他人が共感できなくなるというんでしょうか……そういう目線は必要じゃないですか? 「自分のことのように書かなければなりません」というのが基本にあるにせよ。
 あと、思い入れがある曲は人前でやりにくいというか。なぜ僕が“No.1”をライヴであんなにやるかというと、思い入れがぜんぜんないからなんですよね。曲のテクノロジーとしてはすごく好きなんですけど。ある意味では健全なんだと思いますね。そういう曲は自分でも扱いやすいし、外に広まっても自分が傷つかない。

その「健全」の線引きが興味深いですね。わたしくらいの世代だと──まあ、一概に世代の問題と括れないですが、いわゆるロック、オルタナティヴが入口だったりすると、音楽が生々しい一人称と結びつくことにとくに違和感もないというか。そこを忌避する感覚に、やっぱりちょっと差を感じますね。

TB:なんか、そういうふうに思っちゃうんですよね。

なるほどー。


Jポップって、狭い点に絞って作っていくほど、最終的に大きな容れ物になるというか、いろんな人に受け入れられるものになっていくというか。

TB:あと、自分の作った曲ならば、どんなにクソな曲だったとしても、それを作っていたときのことを思い出すというか。だから、そういう個人性みたいなものはなにも意識しなくても出てくるから、あとで薄めるくらいがちょうどいいという気もするんです。
 実際、自分の中でも成功した曲というのは“水星”とか“No.1”とかなんですけど、あれは何にも考えないで作った曲でもあるんですよね。“LOST DECADE”とか思い入れがあるけど、だからこそライヴでもやんないし。

野田:逆にファンは“水星”みたいな曲に思い入れがあると思うんだよね。

TB:そうそう、だから「容れ物」になるってことなんですよね。空っぽの物を出すというのは。Jポップって、狭い点に絞って作っていくほど、最終的に大きな容れ物になるというか、いろんな人に受け入れられるものになっていくというか。「思い」みたいなものは、意識しなくても自分が作ったものであるかぎりは入ってしまうものだとも思いますし。

野田:たとえば「生々しい自分をさらけ出す」というような、ちょっと上の世代がやってきたことへのアンチ・テーゼだったりはしない?

TB:どうなんですかね? 好きなアーティストはあまりそういう感じではないかもしれないですね。BONNIE PINKさんとかすごく好きなんですけど、彼女がはたして自分のことをそんなに歌っているのかというと……わからないですからね。
 でもべつに自分をさらけ出すというような表現が嫌なわけではぜんぜんないです。むしろ、最近のアイドルとかの手法に対して思うところが大きいですね。「こんなに大変でした!」みたいに説明するのとかって、そんなに品のいいやり方じゃないなというか。まあまさにいまこのインタヴューがそうだ!ってのもあるんですが(笑)。

ストーリーはもとからあるものじゃないですか。

 最近そういう音楽が増えている気はしますかね。ストーリーを意図的に作ろうとしている。ストーリーはもとからあるものじゃないですか。たとえば僕だったら「インターネットから出てきました」「インターネットに救われました」みたいな(笑)。それは本当の話ではあるけど、自分から吹聴するものでもないというか、そういう部分での品のよさとか塩梅っていうのはあるじゃないですか。

たしかに、利用しているわけではないですよね。

TB:最近だと「インターネット時代の寵児」みたいによく書かれて、ダルいなーみたいな(笑)。

野田:はははは! それは書かれるよね。

TB:いや、書いてもいいですし間違ってるわけでもないですけど──新幹線がある時代に生まれたから東京まで来れる、みたいなもので、インターネットがあったからデビューできた、というところはありますからね。かといって僕はべつに〈マルチネ〉のスポークスマンでもないし。〈マルチネ〉だけがネットレーベルというわけでもない。

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冒頭で「音楽サイコー」とかって言ってますけど、あれは言わせてるんですよね、台本書いて。


Tofubeats
First Album

ワーナーミュージック・ジャパン

J-PopHouseHip-Hop

初回限定盤
Tower Amazon


通常盤
Tower Amazon

「インターネット時代の寵児」という言い方もそうなんですけど、トーフさんたちは、インターネットのなかにもストリートが存在してるんだということをいちはやく象徴したアーティストでもありますよね。そんな人たちにとってクラブとかハコでのライヴとか、具体的な場所を持ったイヴェントってどういうものだったんですか?

TB:状況のひとつっていうか、自分にとってはそこまで大きなものではないですね。家で音楽を聴く、電車で音楽を聴く、そういう中にクラブで音楽を聴くという状況もあるっていうような。自分の性格としては家が好きだし、家で聴くのが好きっていうところがあるんですけどね。関西ではもうDJほとんどやってないし。

野田:Seihoくんとやったりしてたじゃない?

TB:あれは1回だけですよ(昨年dancinthruthenights、sugar's campaign、PR0P0SEの3組で行われたイヴェント〈fashion show〉)。夕方の時間帯にやったやつで、そういうのもやっぱり楽しいんですけど……。
 最近は「音楽はライヴがいいよね」ってノリがありますよね。あれってライヴがいいというよりも、みんながiTunesとかでいろんなものを家で聴けるようになったから相対的にいいって感じられるだけであって、CDの売り上げが下がってライヴの質が上がるというようなことではぜんぜんないと思うんですよ。それも環境のひとつってことです。クラブに行ったらクラブの聴き方があるし、自分の曲でもクラブでかけるものはアレンジがちがう。

なるほど。『lost decade』も今作もそうですけど、パーティが終わるところからはじまりますよね。「バイバイ、ありがとう」っていう。あれは何か意図があるんですか?

TB:前回が終わりからはじまって、今回も終わりからはじめたかったんですけど、かつ外からはじめたくって。

外?

TB:前回は「わー」ってパーティが終わって、部屋で僕が「ふぅ……」って小芝居して、ってカットになるんですけど、今回は某野外フェスのときの録音なんですよ。で、そのまま曲に入っていくんです。

はい、はい。

TB:だから、家を出たってことを暗に示しているというか。……まあ、自分だけにわかることなんですけど。

あ、そうなんですね。

TB:デビューしたぞ、と。

なるほどー。

TB:だから、前回と同じなんですけど、家は出たぞと。

へえー。磯部涼さんのご著書を思い浮かべたりしたんですけどね、「音楽が終わって、人生が始まる」って。

TB:ああ、そういう気持ちもあるかもしれません。あとは、あそこで「音楽サイコー」とかって言ってますけど、あれは言わせてるんですよね、台本書いて。

おおっ、なるほど。私はあの「音楽サイコー」についてぜひ訊きたかったんです。

TB:このアルバムありきでやってますね。「こんなふうに言ってね」ってライヴ前に伝えて。

あの「音楽サイコー」ってなんなんですか?

TB:もう、メジャー行ってもやりたいことはそこっていうか。音楽がやりたくて、それをやるために最善の策は何かって考えて、いまはひとまずメジャーに行って、アルバムを出してみたりしているわけなんですけど、そういうことをわかってほしいというか。
 たとえば、僕は森高(千里)さんといっしょにやって、この曲を森高さんに食われたとは思ってないし、藤井(隆)さんもしかりで、僭越ながらそういうメジャーな仕事を通して音楽への入り口のひとつを作れたらって思います。あとは、いままで僕の音楽を聴いてきてくれた人たちも裏切りたくないとも思いますし。後半のインスト群とかオカダダさんとの曲とかもそうですね。大人が絡むことで煩雑さが増したりすることはあるんですけど、そういう中で最善のことをやってるよってところを見せたい。

うん、うん。

TB:1ヵ月半でアルバム作れっていうのも、無茶な話じゃないですか。もっと時間をかけたかったというのは断言しておきたいです。……でも、大変だったぶん、前のアルバムより直感的なものにはなってるかなと思いますね。前のはなんか、病気のときに作ってるなって感じがするんですよね(笑)。今回は畳み掛けるようなところがあります。昔の曲も入っているんですけど、限られた中ではよくやったほうなんじゃないかと。


シングルに毎回すごいカロリーを使ってるんですよ。“Don't Stop The Music”とか“ディスコの神様”とかは、すごく個人的にもプレッシャーがかかっていたんです。

野田:前のアルバムから1年以上経つから、もっとはやく出してもよかったんじゃないかって気もするけどね。

TB:そうですね。でもシングルに毎回すごいカロリーを使ってるんですよ。“Don't Stop The Music”とか“ディスコの神様”とかは、芸能の世界も絡むという意味でこれまで作ったことないものでしたし、何よりすごく個人的にプレッシャーがかかっていたんです。

野田:いつも自信たっぷりみたいに見えるけどねー。

TB:やっぱりメジャー・デビューということもあるし、そのわりに数字的にそれほど跳ね返りがあったわけでもなかったり。そんななかで「もうどうでもいいやー」って感じで“CAND\\\LAND”みたいな曲ができたのはよかったですけどね。あんまり気にしていてもしょうがないなって。

でも“CAND\\\LAND”って大事な曲ですよね。

TB:そうなんですよね。

どっちかというと、「音楽業界の仕組みを変えてやる」っていうよりも、「お茶の間にとんでもないものを流してやる」っていう方向で。

TB:そうそう(笑)。


パラパラとトリル(Trill)っていうのはやりたくて。

〈マッド・ディセント(Mad Decent)〉とパラパラ。

TB:2年前からパラパラとトリル(Trill)っていうのはやりたくて。トリルは作れたんですけど、パラパラはできなくて、勉強した結果やっと生まれたんですよ。幸いヴォーカルもリズムも間に合って、アルバムに入ることになりました。今回作った中でいちばんうれしかった曲ですね。締切の2日前にトラックダウン用のヴォーカル・データが届いて……それがイヴェントの会場の楽屋だったんですけど(〈音霊OTODAMA SEA STUDIO〉@鎌倉由比ヶ浜)、その場でトラックダウンして、その日にかけました(笑)。

へえー。アルバムの腰の位置で、重要な役割をもった曲だと思います。

TB:ていうかこの曲がなかったら、アルバムのイメージがだいぶ変わっちゃうんじゃないですか? だから相当慌てて、急いで入れてよかったです。

Jポップ革命であると同時に、Jポップによって外を変えるんだっていうような、tofubeatsの意志みたいなものが通ってますね。

TB:どっちかというとその後者を目指していて、「Jポップというコンテクストを説明するチャンスを与えてもらっている」と思ってますね。Jポップってめちゃくちゃいいものだって思うんですよ。BONNIEさんとかも世界的に売れるはずの人だと思っているんですけど、まだ誰もそれを説明できていなくて……というか、ピチカート(・ファイヴ)とかは、それを説明できていたからそのままKCRWとかにも出ていたわけで、そういうことがなんでいまないんだろうなって感じますね。彼らがKCRWの公開収録で日本語のまま歌を歌っていることがけっこう衝撃で。

アメリカ人とか海外の人に向けてその人たち用の曲を作るんじゃなくて、あくまで自分たちが日本人であるということを通していかないと。醤油を売るみたいな感じで、そのままを海外に売るというか。

 ああいうのを見て勇気づけられるところがあるし、宇多田さんがUtada名義でそこまでセールスを伸ばせなかったけど、アメリカ人とか海外の人に向けてその人たち用の曲を作るんじゃなくて、あくまで自分たちが日本人であるということを通していかないと。醤油を売るみたいな感じで、そのままを海外に売るというか、そういうことがちゃんとできたらいいなっていうのはずっと思っています。だから、BBCのレディオ1に出られたことで、それをちょっと証明できたかなと思います。好きなことをやっていれば大丈夫なんだなって思えました。Jポップから影響を受けたことを恥ずかしがらずにいていいんだと。

野田:なるほどね。ピチカートは本当に人気があったけど、半分オリエンタリズムとして受けてたところもあるからね。

TB:それでもいいんです。僕がR・ケリーを聴いていいなと思うように、R・ケリーが僕のを聴いていいなと思うことだってあると思ってるんですよ。

野田:日本人が海外でウケるときのパターンってふたつあると思っていて、三島由紀夫として売れるか、村上春樹として売れるか。

TB:三島由紀夫的な見方をされてもオッケーですよ。

野田:なるほどね(笑)。

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Jポップって、日本のポップスじゃなくて「J-POP」っていうひとつのジャンルなんだってことなんです。

TB:そもそも(ボーエン)bo enとかの話を聞いていると、Jポップっていうのは何かしら海外にないものをもっているんだろうなあと思わせられるんですよね。ボーエンなんて、曲をアップするときに「J-POP」ってタグをつけるわけですよ。ぜんぜんJポップじゃねえじゃんって思うんですけど、つまりはJポップって、日本のポップスじゃなくて「J-POP」っていうひとつのジャンルなんだってことなんです。
 宇多田ヒカルだってそうですよ。あれはR&Bじゃないんですっていう。

野田:まあ、R&Bだけどね。

TB:いやいや、ちがうんですよ。それっぽくなってますけど、あんなメロディであんなアレンジでっていうのはありえない。日本語で、プロデューサーにもあのメンツが集まらないとあんなふうにはならないってところがありますよ。

野田:いまフランスでJハウスっていうか、日本の90年代初頭のハウスを集めまくっているコレクターが増えているみたいだけどね。そこでは、たとえば宇多田ヒカルとかもすごく好んでかけられたりしている。でもその理由の一つはとても単純で、日本語で歌われているのがたまらないっていうんだよ。

TB:そうなんですよね。母音に合わせて作られる音楽の感じとか、そういうものがすごくいいと思うんですよね。

野田:これだけいろんな音楽がアーカイヴされているのに、外国人からみると日本はブラックボックスになっている。

TB:だからレッド・ブルだったか〈BOILER ROOM〉だったか、日本のレコードだけを1時間えんえん聴くっていう企画をやってましたよね。日本の音楽ばっかりを集めているコレクターの家で、まったく曲名とかも明かさないまま日本の音楽をかけつづけるんですよ。僕らは日本語もわかるし、「ああ、じゃがたらかかってるわー」とかって感じなんですけど、海外からしたらマジでブラックボックスで、コレクターは曲名すら出そうとしないし、レーベルだけ見せて、でもお前ら読めへんやろ日本語、みたいな感じでドヤ顔なんです。

野田:なるほどねー。


tomadが言っている言葉ですごく好きなのが、「動かずに旅をせよ」っていうもので。自分にとっては、音楽が、Jポップが、動かずに旅をするためにできることなので……。

日本が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とかの頃とはちがうかたちでおもしろがられたり参照し直されたりするタイミングなのかもしれませんが、その機運にパッケージを乗せてやろうというようなもくろみがあったりしますか?

TB:tomadが言っている言葉ですごく好きなのが、「動かずに旅をせよ」っていうもので、BBCとかだって、いかに神戸から動かずに世界に音を届けるかっていうところで得た結果のひとつなんですよ。自分にとっては、音楽が、Jポップが、動かずに旅をするためにできることなので……。

野田:“インターネット時代の寵児”じゃない(笑)。

TB:いやいや(笑)、tomadとか師匠がいての僕なんで。

野田:あ、師匠って位置づけなの?

TB:や、もうなんていうか──

社長?

TB:あ、社長はありますけど、なんていうんだろう、困ったときに電話する人ではありますね。

ああー。

TB:人生に悩んだときに電話する人がふたりいて、──あ、3人かな、まずはマネージャーの杉生さん。あと、tomad、オカダダです。

杉生:全員ロクでもないじゃねーか。

TB:うん。あと、全員無職。

杉生:俺は無職じゃないし!

(tofu注:全員マネージャー、社長業とDJとして働いていますのでこれはジョークです。悪しからず。)

(一同笑)


やっぱりいい曲を作って出すことがうれしくてやっているわけですからね。バンドキャンプでこれまでにリリースしてきた曲って、僕いまだにすごく好きで。

まあ、そんなふうに「インターネットつないでヴァカンス」とか「wi-fiあったらどこでもいい」(“#eyezonu”)みたいなことをいちはやく体現してこられたわけですけれども、一方で、いまは状況がそれに追いついちゃってるところもあると思うんですね。そのなかで次にtofubeatsはどんな存在になっていくんですかね。

TB:ふつうにもっとミュージシャンになりたいというのはありますね。いまは、言ってるばっかりのヤツですからね(笑)。

野田:ははは!

いやいや、それが輝いてますから。

TB:言ってることとかスタンスとか、そんなんばっかりですから(笑)。でも。やっぱりいい曲を作って出すことがうれしくてやっているわけですからね。バンドキャンプでこれまでにリリースしてきた曲って、僕いまだにすごく好きで。ああいうときの気持ちをメジャーでもうちょっと出せないかなって思いますね。
 今回だと“衣替え”とかそれにちょっと近いです。

うんうん!

TB:でもBONNIEさんを呼ぶことによってちょっとコマーシャルになっていて、バランスがとれたかなって思います。ほんとに、音楽を作って人に聴いてもらうっていうのが好きなので、そのときどきでそれに適した状況に自分をもっていくってことですかね。


ゲームよりも人生を進めたい、って。

なるほどなあ。音楽っていうところでは、トーフさんにひとつ切ない姿勢みたいなものを感じるんですよ。冒頭の「音楽サイコー!」の話に戻りますけどね、あのちょっと薄っぺらなパーティ感とか、あるいは「音楽」に対する執拗な自己言及──「朝が来るまで終わる事の無いダンスを」とかもそうですけど、本当に音楽の真ん中で十全にそれを味わいきっている人は、そんなに音楽音楽って言わない気がするんですよ。じつは音楽に対して距離がある、みたいな。そこになにか非常に切実で切ない、リアルで生々しいものがあるように感じるんです。

TB:ああ……、でも音楽くらいしか本当に楽しいことがないというか。それ以外に楽しいことなんてあんのか、みたいな。

野田:じゃあ、けっこう素直な言葉なんだ?

TB:そうっすね、ゲームよりも人生を進めたい(※)って書いてますけど、ヒップホップってよくゲームってふうにたとえたりするじゃないですか。僕はそんなにおっきい枠では楽しめへんというか、そんな俯瞰できひんみたいなところがあるんです。音楽をやっていてそれをゲームだなんてふうには言えないです。

※「ゲームに良く例えるけど/本当は俺は人生を進めたい」(“20140803”)

ああ──

TB:だって音楽しかやったことがないし、それこそ中1のころから曲を作っていて。カヴァーとかコピー・バンドとかもしたことがなくて、でもそれのおかげで作った音楽をインターネットで他人に褒めてもらったりとか、それこそtomadとかとも友だちになれて、いまのこの状況があって……。音楽を作ったはいいけど、それを乗せてくれる電車のようなインターネットがなかったら、すべてがないですからね。

そうかもしれないですね。

TB:でも音楽を「流す」って言うように、音楽は流れもんで、つまりは無くなるものでもありますよね。それから、自分の好きなものが変わっていってしまうという、いい意味でも悪い意味でも切ないようなところがある。
 ドラマの最終回とかってむやみやたらによかったりするじゃないですか。でもJポップってそういうことのような気もするというか。そのために作られている音楽でもあるし。

最終回にJポップがめちゃくちゃ効いてくるっていうのは、ありますよね。

TB:軽薄であるがゆえによいみたいなところがありますよね。というか、そういうJポップが好きなのかな。でも軽薄であることがかなしいというような切なさもある……。

いい、切ない回答です。そんなに音楽が好きな人がなぜこんなに「音楽音楽」って言わなきゃいけないのか。

TB:だからそれは、さっき言ったように「説明しなきゃわかってもらえない」っていう。

野田:なるほどね。

音楽が昔ほど若者カルチャーの超真ん中ってわけじゃなかったりもしますしね。

TB:それは、ありますね。

野田:むしろ「インターネット」ってキーワードのほうが取り沙汰されてしまったりするしね。

そんなところに対する、「こんなに音楽がただ好きなのになあ」っていう感じが、ヒリヒリくるんですよ。ペラっとした「音楽サイコー」から。

TB:そうかもしれないです。結局、音楽を作っても音楽的なバックがあんまりないというか。先日初めてバンドで自分の音楽をやってもらったんですけど、あれって自分への音楽的なバックがあるものだなって思いますね。あとは音楽をやることでお金をもらって生活がよくなって機材を買ったりすることができるとか、それも音楽によるバックだと思います。
 でもたとえば自分の音楽が売れて、自分の顔をさして「めんどくさい」とか言われたりするようになったとしたら、それははたして音楽で得しているのか。そういう芸能的な部分での葛藤もあるにはありますね。メジャーでもし自分がうまくいくことがあれば、ちやほやされたいだけで音楽をやっている人と自分とは何かがちがうんだっていうことを証明したいなとは思いますね。──そういうのを否定したくはないですし、証明もまったくできていないんですけれども。

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藤井さんは本当に音楽が好きで、ただの音楽オタクで。みんなに知ってもらいたいなという部分もあります。僭越ですけれども。


Tofubeats
First Album

ワーナーミュージック・ジャパン

J-PopHouseHip-Hop

初回限定盤
Tower Amazon


通常盤
Tower Amazon

いやいや、藤井隆さんとの曲(“ディスコの神様”)なんて、まさにそういうところでつながっているんじゃないですか?

TB:そう、あの人も本っ当に音楽が好きな人なんですよね。

最初は、なにかコンセプチュアルに藤井隆というアイコンが引っぱり出されてきているのかなと思ったんですよ。tofubeatsだし。でも曲を聴いて実際に感じるのは、音楽つながりなんだなあというような。

TB:そうそう、藤井さんはすごくジョディ・ワトリーが好きで、しかも高校生のときに〈ブルーノート〉に観にいっていたりとかしてるわけなんですよ。前もスタジオで、「96年にオランダで買ったレコードが思い出せないんです。“エターナリー”って言ってる……」とかって突然言い出して、何を言ってるんだろうと思っていたんですけど、実際に探したらその曲があったりしたんですよね。本当に音楽が好きで、ただの音楽オタクで。そういうことをインタヴューとかの端々から感じていたからこそ、この人にオファーしようって思ったんです。

そういうキラキラとしたマジックが、メジャーというステージでは可能になるんだなというところはありますよね。

TB:それに、藤井さんがこんなに音楽が好きなんだっていうことを、これを通じてみんなに知ってもらいたいなという部分もあります。僭越ですけれども。

なるほど。すごく素敵な話ですよ。それに、遊び場がひとつ増えた、広がったというところもあるんじゃないですか?

TB:いやー……。そうですね、ほんとにBONNIEさんとか、藤井さんとか、〈ワーナー〉に来ないとできないことではあったので。

その一方で、ERAさんとかPUNPEEさんとか、前作のひとつのインディ感からは異なるものにもなっていると思いますが。

TB:それはでも、今度出るアナログとか、企画段階のリミックス盤とかには自分に近いところからブッキングしていて。
 とはいえ、アルバム自体はこのかたちでラッピングしておかないと、自分のやっていることがいっしょすぎてしまうし、そこはメジャーから出すということを意識しました。

野田:どんな人たちなの?

TB:BUSHMINDさん、STARRBURSTさん、(DJ・)HIGHSCHOOLさん、MASS-HOLEさん、ENDRUNさん、SH-BEATSさん、YOSHIMARLさんです。

野田:うわ、すごいね(笑)。


いっぱい曲が入っていれば、嫌な曲を消してもふつうのアルバムくらいの分量は残る。聴いている人が金額的に得なもの、というところでアルバムを考えています。

ところで、アルバムという単位についてもうちょっと掘り下げて訊いていいですか? いまは、タイムラインで1曲単位の消費、しかも1時間後に消えていてもおかしくないようなものを追ったりするわけじゃないですか。トーフさんはそういうところで生き生きと呼吸をしている人ですが、それに対してアルバムというのは、それこそ産業的に完成されたひとつのフォームでもありますよね。

TB:このアルバムについては、俺ならこう並べるってだけですけどね。あとは、いっぱい曲が入っていれば、嫌な曲を消してもふつうのアルバムくらいの分量は残る。このあたりの気持ちは『lost decade』のときと変わらないですね。聴いている人が金額的に得なもの、というところです。ただ、プレイリストありきでは作ってないですけどね。
 通常のメジャーのアルバムの作り方だったら、2曲めに自分のラップなんて絶対に入れずに“Don't Stop The Music”をもってくるわけですけれど、そういうことはやってないです。あと、CDで出しているのはあくまで〈ワーナー〉とサインしているからで、でもディスク2がついていて安い。

「安い」「お得」というのも、コンセプチュアルに仕組まれているように感じますね。

TB:でも、安いっていうのは会社の提案なんですよ。2枚組で2,400円って、頭おかしくなっちゃったのか? って思いました(笑)。

(一同笑)

真ん中にも思いきって4曲ほどインストが入っていたりするじゃないですか。

TB:あれはもう絶対に入れたくて。

“Populuxe”とかが好きです。

TB:あれは60年代のアメリカの、郊外開発のときのキーワードなんです。ニュータウンについていろいろ研究しているときにぶちあたった単語で、けっこう好きだったのでデモ曲のタイトルにしていたんですが、それをそのまま使いました。

どういう意味なんです?

TB:60年代に、郊外に一戸建てを買ってわりとリッチに暮らすっていうようなスタイルが流行って、そのころのひとつの価値観を表す言葉というか。ポップでデラックスっていうことなんです。成金というとまたちょっとニュアンスがちがいますけど。

ああ、なるほど。

TB:郊外での暮らしが、いわゆるサバーブっていう感じのものになっていって、レッチワースみたいな、田園都市の根幹を成す考え方と合流していくという。でも、曲に使用しているのは単純に単語が好きだからですね。曲自体はポリリズムがやりたかったというだけのものなんです。4拍子と5拍子の。菊地成孔とかもやってるから俺も、って。

野田:意識するの?

TB:いえ、意識するわけじゃないんですが。でもJAZZDOMMUNISTERSを聴いていて、本当に菊地成孔さんのラップはいいなあって思って。あのアルバム、僕はすごく好きで。というか菊地さんのラップが好きなんですよ。やっぱりラッパーってパーソナリティなんだなってことをヒリヒリ感じました。もう、そいつがおもしろいかどうかってのが大きいなって。

そういえば、これも素朴に気になっていたんですが、トーフさんって二次元カルチャー的な入口が意外にないですよね。アニメとか、あるいはニコニコ動画、ボカロみたいな文脈がない。

TB:それは意識的にやってますね。日本のものを世界に明け渡すにあたって、ニコ動にアップしていたら外国人は見ないので。

なるほど。言語の問題を措いても、特性ともいうべき独特の閉鎖性がありますよね。弾幕が流れて画像がブロックされますし(笑)。

TB:あとは、ボーカロイド周辺の雰囲気があまり自分の肌には合ってないみたいで。思っている以上にクローズドなものがあるのかなと思います。いってみれば、シカゴ・ハウスとかよりもずっとハードコアなんじゃないですか? 初音ミクを使わなきゃいけないっていうのは。


707って使わなきゃいけないものだったけど、そこからいろんな発明が生まれてきたわけじゃないですか。でも初音ミクはどう彼女を運用していくかみたいな部分が大きい気がします。

野田:なんで(笑)?

TB:いや、それこそいちばん病んでいたころのデトロイト・テクノくらい開いていないというか。

野田:909を使わなきゃいけない、っていう?

TB:キャラなわけだから、「初音ミクはこんなこと言わない」みたいな次元も生まれてきたりするわけですよね。アイディアで何かが入れ替わっていくのではなくて、キャラクターとしての閉鎖性とプラグインとしての機能の制限が複雑に絡み合っているみたいに見えて、自分からするとちょっと面倒くさいというか。そもそもキャラに思い入れがなければ参入しにくいですし。最終的にその閉じまくった複雑さが海外でパーンとウケたりもしてますが、自分には向いていないなって思いますね。
 707って使わなきゃいけないものだったけど、そこからいろんな発明が生まれてきたわけじゃないですか。でも初音ミクって、それを使って発明をしたりしようというものではない。どちらかというと、どう彼女を運用していくかみたいな部分が大きい気がします。

予算をかけて作れた時代の音楽が好きなんだなって自分で思います。そしてそういう人たちの音楽はブックオフにあるんです。

なるほど、では反対に、昔ながらでメガな受け皿について。単に個人的なルーツなのかもしれないんですけど、BONNIEさんだったり森高さんだったりって、「芸能」とか「テレビ」とかに象徴される種類の豊かさが反映されたものだと思うんですね。そのへんはわざわざフォーカスしたものなんですか?

TB:半分意識的で半分そうじゃないかもしれませんね。BONNIEさんとか、予算をかけて作れた時代の音楽が好きなんだなって自分で思います。そしてそういう人たちの音楽はブックオフにあるんです。

なるほど(笑)。

TB:だから僕が出会いやすかった。ということに尽きます。BONNIE PINKさんとか、1万円札を持っていけば全部かえる揃うと思います。言い方は最悪に聞こえるかもしれませんが。森高さんも全部ブックオフだし、藤井さんもそうだし、今回お呼びしているなかで、誰ひとりとしてリアルタイムで正規盤を買っている人はいないです。残念ながら。

(一同笑)

TB:だから今回はじめて還元ができるという言い方もできるかもしれないですね。

では、それなりに素直に自分の背景でもあるわけですよね。

TB:そうですね。あとは、景気がいいっていうのはいいなって思います。そんな時代の音楽に憧れている部分はありますね。

いかにお金をかけないかっていう工夫合戦が、ある種の音楽を進化させてきた側面もありますけどね。

TB:それもあると思います。でも、だからこそ「音楽、音楽」って言わなきゃいけないのかもしれない。

ああ、なるほど。

TB:ハイプなものではまったくなくなってますから。音楽は。

今日なんかは、テレビの収録もあったわけですよね。テレビ出演につながってくるというのは、トーフさんにとって大きいことですか?

TB:まあ、大きいことですねー。ありがたいです。営業の方とかも、こんなやつをテレビに出させてくれて。でも一方で、それで数が動くことの切なさみたいなものもありますね。知名度っていうのはそんなところで上がっていくんだなって。

いまだテレビは大きいんですね。

TB:まずは聴いてもらうところからはじめなきゃいけないので、それは本当にありがたいんですが。ただ、自分が本当に音楽が好きなので、音楽を好きじゃない人に届けるという概念があまりよくわかんないです。実際出ると反響はあるんですけどね。
 やっぱりそういうことを感じるために神戸にいるという部分もあります。世のなかそんなに信用できないなっていうことを、神戸にいるとよく感じられるというか。

ははは! ここにいると麻痺するんですかね?

TB:そんな気がします。あとはスピードを遅らせたい。結局は「中の人」になっていっちゃうだろうし、就職もしないで音楽をやる仕事に入ってきてしまったので、きっと他の人からずれていくと思うんです。それを遅らせたいという気持ちはありますね。


何の手も借りない、自立したポップス──それはもしかしたらポップスと言わないのかもしれないですけどね──そんなものになれたらいいなって思うんですよね。

方向としても、さらにプロデューサーという感じになっていくんですかね? いまやっていることもコンセプターとしての気質みたいな部分もそうかと思いますが。

TB:プロデューサー側になれたらいいなと思うんですけどね。繰り返しになりますけど、音楽を作って、聴いてもらうことがうれしいわけなので。でも本音を言うと、自分でいいなと思える曲ができた瞬間がいちばんうれしいです。それ以上はないですよね。

なるほど。でもそのあたりが次のステップということになっていくわけですね。

TB:そうですね。あまり内向的にならないようにしようと思います(笑)。

ははは! そこは、内向的になってもいいんじゃないですか?

TB:いや、もっとEDMくらいの開き方をしていかなきゃぐらいに思ってますよ(笑)。

野田:EDMにはならなくていいけど、ポップスは目指してほしいよね。

TB:いまは、何かに寄りかからなくていいポップスをやっている人がいないですから。AKBもEXILEも、何か別のものとポップスを掛け合わせたものじゃないですか。何の手も借りない、自立したポップス──それはもしかしたらポップスと言わないのかもしれないですけどね──そんなものになれたらいいなって思うんですよね。ポップスとしてひとつで立ってるもの。

よくわかりますよ。

TB:がんばるって言うしかないんですけどね! よく言われんですよ、「〈マルチネ〉の人柱」って。僕が突入していくと、みんながそこにつづいてくれるわけです。いちばん若いので、鉄砲玉として働きますよ。

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いや、ほんとに、“Shangri-La”のときのインタヴューを読んで“No.1”を作ったんですよ、僕は。

野田:20年前にはたくさんいたタイプだと思うんだよね。いまは少ないけど。

TB:そうそう、そう思います。マリンさんとか寺田創一さんとかテイトウワさんとか、そういう人たちにシンパシーを感じるんですよ。

野田:まあ、こうやって話していると思うけど、すごく石野(卓球)とかに似てるよね。デビューした頃の。アマチュア時代にいちばん人気があったのが“N.O.”っていう曲なんだけど、それは石野が唯一自分の本心を吐露している曲なんだよね。

TB:ああー! でも、そうですね。

野田:でも、彼はそれをメジャーで出すこともライヴで演奏することも嫌がったし、レコーディングし直すことも拒否してるんだよ。それはやっぱり、自分のことを正直に歌っているから。

TB:ああー! なんですかその話。それ聞いて、今日すごいよかった!

野田:言ってることいっしょでしょう。

TB:いや、すごくわかります! “Shangri-La”とかはなんも考えてないっていう感じがするんですよ。

野田:そう、あれはエンターテインメントで芸なのね。

TB:いや、ほんとに、“Shangri-La”のときのインタヴューを読んで“No.1”を作ったんですよ、僕は。たしか、“Shangri-La”の歌詞を考えるためにスタジオを借りたけど、歌詞が出てこなくて、「瀧がトロフィーって言ったんだよね」みたいなことを言っていて……。「トロフィー」って言葉は歌詞には入れなかったけど、いちばん売れた曲だからあれは「トロフィー」だったんだな、っていうような話で。で、そうか、縁起のいい言葉を曲名にすればいい曲になるんだなって思って、先に“No.1”というタイトルを決めてから作りはじめたのがあの曲なんです!

野田:はははは!

TB:だからいまの話をきいてちょっとビビったっすね。

野田:正直な自分は出したくないっていう考え方は、すごくあるよね。

TB:そういうのは人の考えであれ嫌だから、今回のアルバムも、会社から“朝が来るまで終わる事の無いダンスを”を入れませんかって提案されたとき、快諾はしたんですが、思うところはあって。たまたま『WIRED』の原稿とかでそのことについて説明することができたのでよかったですが、もし何の説明もなくこの出したら、すごくやるのが嫌になっただろうなって思います。
 何度かその曲を人前でやる機会をもらったんですが、なんか、風営法の問題が盛り上がっているときにすごく運動で使われたんですよね。結構ショックでしたね。


自分が大事に作った曲が自分の手を離れていくっていう感覚はわかりました。アルバムを出すというのはそういう理由かもしれませんね。出ちゃったんだから、どうとられてもしょうがない。

そうなんですか? 意図はどうあれ、アンセミックにも響くような大きさのある曲ではありますよね。

TB:たしかに、自分が大事に作った曲が自分の手を離れていくっていう感覚はわかりました。こういうことかあって。でも世の中にあんまり期待しないっていうところもあるので、ポジティヴな意味で諦めていますけどね。……アルバムを出すというのはそういう理由かもしれませんね。出ちゃったんだから、どうとられてもしょうがない、諦めるというような。

野田:でも、なんで風営法のキャンペーンに使われるのがダメなの?

TB:いや、風営法のために作ったものじゃないからですよ。僕は反対というわけでもなかったし。でもこの曲のおかげで風営法反対の公演とかへの出演依頼がめちゃくちゃ来たんですよね。

へえー!

TB:風営法に反対だっていうことを一回も言ったことがなかったのに。それで勝手にキャンペーン・ソングみたいになってるのがつらかったので、クリエイティブ・コモンズをつけてフリー・ダウンロードにしたんですよ。もう、知らぬ存ぜぬということで。音楽はそういうものから自由だからいいのに。

野田:政治に利用されるのが不本意だったのね。

TB:ダンス・ミュージックってそういうものじゃないじゃないですか。「イエーイ!」みたいな……あ、そうでもないか(笑)。

(一同笑)

TB:でも、505っていいなみたいな、そういう気持ちを僕は大事にしたいんですよ。「505に宿ってるソウル」とかじゃなくて、もっと「いいよねー」みたいなところを。だから、“ディスコの神様”みたいなものが売れたら、とても景気がいいじゃないですか。
 SMAPではじめてオリコンの1位を獲った曲が“Hey Hey おおきに毎度あり”なんですよ。その話がめっちゃ好きなんです。あんな歌詞のものがオリコンの1位っていう──あんな、っていうのは1周まわって最高だっていうような意味なんですけど。あんな曲が1位を獲るというのは、つくづく景気のいい時代だったんだなって。

505っていいなみたいな、そういう気持ちを僕は大事にしたいんですよ。

さっき言っていたような、空っぽのものがいいと思う理由は、そのへんにもありますね。しかもそれが受け入れられているのはある意味で健全だと思います。みんな薄っぺらいラヴ・ソングがどうこうって揶揄したりしてますけど、薄っぺらいラヴ・ソングが売れていることがどんだけいいことかって話ですよ。

野田:まあ、でも、景気がよかった頃ってメガ・ヒットはないんだよね。みんなが平均的に売れていたってだけで。むしろ景気が悪くなってからミリオンが出るようになる。

TB:それは、言われてみればそうですかね。“らいおんハート”とか“世界に一つだけの花”とかの頃はもう不景気だって思うっす。

でも、tofubeatsの仕事というのは、自分がバーっと売れればいいという種のことではないですよね。

TB:自分の曲が育ってほしいなって思いますね。

そうですね。それが種を生むというか、ひとつの状況を準備できたらっていう。でも、そんなふうに何かを引き受けてやるぞっていうのが、メジャーになるということかもしれないですね。

TB:そうですね、プロ野球選手になったって感じです。プロの二軍の人よりうまいアマチュアの人ってぜったいいるはずじゃないですか。でもプロはプロって看板はらなきゃいけない。僕にしたって僕よりいい曲書く人なんていっぱいいるわけです。

でも、音楽って、ぜんぜんなにも引き受けなくてもいいものじゃないですか。

TB:そうかもしれないですけど、引き受けること以外にメジャーがやれることって、いまそんなにないなって思います。

野田:本来ならそういうプロ意識って、こんなふうに公言しなくてもよかったものなはずなんだけどね。でも公言しなければならないくらい、一種のアマチュアリズムがはびこっている部分はあるんじゃないかな。

そうですね。今日は非常に心強い言葉がきけました。

野田:でも10年後ぜんぜんちがうことを言ってるかもしれないよ(笑)。

TB:歌は世につれ……ですよ。そこは変わっていけばいいと思います(笑)。


次回は紙ele-kingに掲載された過去のインタヴューをお届けします!



Call Super - ele-king

 2014年を印象づけるひとつのキーワードが、「IDM/エレクトロニカ」である。ARCAもそうだし、FKAトゥイングスも、AFX人気も、いろいろなところにそれが伺えるだろう。年のはじまりがアクトレスのリリースからだったというのも象徴的だ。
 ニッチではない。この現象は実に説明しやすいもので、最初の「IDM/エレクトロニカ」ブームのときと同じく、アンチEDM(反・飼い慣らされたレイヴ)ってことだろう。対立軸がはっきりしているほうがシーンは面白くなる。
 とはいえ、『スージー・エクト』がダンス・カルチャーと対立しているわけではない。むしろクラブとベッドルームとの境目を溶解して、両側に通じているというか。ロンドンの〈ハウンズトゥース〉が送り出す、ジョセフ・リッチモンド・シートンによるコール・スーパーのデビュー・アルバムも2014年らしい、聴き応えのあるエレクトロニカ作品だ。

 2011年にデビューしばかりのコール・スーパーは、明らかにハウス/テクノのクラブ・ミュージックの側にいた。フィンガーズ・インクをモダンにアップデートしたような……、いや、それをほんとどコピーしたヴォーカル・ハウスである。が、活動の拠点を〈ハウンズトゥース〉に移してからの彼は型を外す方向に向かい、家聴きされることを意識したであろうこのファースト・アルバムでは、OPNとクラブとの溝を埋めるかのようなエレクトロニック・ミュージックを試みているわけだ。

 『スージー・エクト』を特徴付けているのは、エイフェックス・ツインの『セレクティッド・アンビエント・ワークス』を彷彿させるほどの、圧倒的なロマンティックさにある。押しつげがましくない程度に、緊張感のあるリズムをキープしながらも、ドリーミーで、なんとも恍惚としたサウンドを展開、曲によってはフルートやオーブエの生音まで入っている。また、そのリズムもテクノ/ハウス一辺倒ではなく、ボンゴの演奏を活かしたパーカッシヴな心地よさ、ダブの陶酔、アンビエント、いろいろある。つまり、工夫はあるが、屈託のない音楽なのである。

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