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Bok Bok - Reminder - Night Slugs |
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Raw Milk - Spreo Superbus - Numbers |
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Mike Q - I Am Legend - Unreleased |
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Blawan - Getting Me Down - White Label |
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Girl Unit - Club Rez - Night Slugs |
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KMA Productions - Cape Fear (Vlad Caia & Cristi Cons Edit) - Unreleased |
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Larry Heard - The Sun Can't Compare - Alleviated Music |
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Logic - Blues For You (Hard Dub) - Strictly Rhythm |
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Maxsta - East London Is Back - Wiley Zips |
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Roska & Jamie George - D.U.L.T. - Rinse |
メロウハイプのタイラー・ザ・クリエイターがフィーチャーされた"F666 The Police"のライヴ模様をYuTubeで見たりすると、「ああ、若者っていいなぁ」としみじみと思ったりもする。こういう曲でいっしょにダイブできるのは間違いなく若者の特権だ。メロウハイプにはさらにまた"コップキラー"という曲もあるのだが、奇しくもジョン・マウスのサード・アルバムにもほぼ同名の曲が収録されている。こちらは二語で"コップ・キラー"で、それはこんな歌詞だ――「警官殺し、今夜警官を殺そう/警官殺し、目に付く場所であらゆる警官を殺そう」
ジョン・マウスは......はっきり確認したわけではないが、たぶんゲイだろう。なにせ"ライト・フォー・ゲイズ(ゲイの権利)"という曲を、3年前、〈ラフトレード〉が編集したコンピレーション・アルバムに提供している。パンダ・ベアやダーティ・プロジェクターズ、バトルズやヴァンパイア・ウィークエンドらいまどきのインディに混じって、その歯に衣を着せぬ物言いはずいぶんと印象的で、チルウェイヴ系が必ずしもすべてがお行儀のいい夢見人の音楽ではないことを示してもいる。なにせこのアルバムの題名も『我々は、我々自身が冷酷な検閲官にならなければならない』......我々は検閲される側ではなく、我々こそが検閲する側である。そう宣言しているこのアルバムが、最近市に同性婚が認められたというニューヨーカーの、まずは容赦ない憤りを表している点において興味深い。
マウスには「Theses on Punk Rock」という、向こうのシーンではそこそこ注目されたパンク・エッセイがある。彼はその文章のなかで"パンク"をグローバル資本主義に抗議するアナーキストであると定義し、それは"若さ"とは関係はあるが"ガキっぽさ"ではない......などといろいろ面白いことを書いている。そして、今日の政治的な暴力はすべて"警察(the police)"というタームに集約されるとしている。ドゥルーズを勉強した青年が、それをロジカルなパンク思想としてポップに応用するのはある種の欧米らしさだが、マウスがもともとはアリエル・ピンクの一味であり、マウスの評判を高めるのにひと役買ったのがパンダ・ベアだったという話も、ヒプナゴジック・ポップ(入眠ポップ)が実は目覚めの音楽であったという逆説を証明するかのようで、いま彼が『タイニー・ミックステープス』や『ピッチフォーク』といったポップ・メディアから最大限の賛辞を送られているのも理解できる。
『ウィ・マスト・ビカム・ザ・ピトレス・センサーズ・オブ・アワセルフ』は、音楽的にはジョイ・ディヴィジョンやOMDからの影響を受けた昨今のシンセ・ポップ大衆運動のひとつだと言えるが、標準的なニューウェイヴよりは彼の情熱ゆえにバランスを崩している。"ウィ・キャン・ブレイク・スルー(我々は突破できる)"や"キープ・プッシング・オン(押し続けろ)"といった、明確に社会運動と結びついた扇動曲があるように、シンセ・ポップはマウスにとって目的ではなく手段に過ぎない。それが良さでもあり、つまらなさでもある。
まあとにかく、「敵が見えにくい時代」という言葉をつぶやいている人は、ジョン・マウスの音楽を繰り返し聴いたらちょっとはすっきりするかもよ......というか、「アートかぶれのおかまの音楽」と罵られ、偉大なるアメリカン・ロックの精神に反すると認定されたシンセ・ポップが、30年前はまるで居場所がなかったアメリカ内部において、現在チルウェイヴという呼称のもとこれだけ拡大していることのほうが特筆すべき"変化"である(このことは『EYESCREAM』の連載に詳しく書いたので、興味のある方は読んでください)。
とても面白いフェスティヴァルに行ってきた。ベルリンでは誰もが知っているが、ドイツ国外ではほとんど知られていないフェスティヴァル、FUSION(https://www.fusion-festival.de/)。その理由はノン・コマーシャル、ノー・プレスというポリシーにある。いっさいの宣伝、PRをしないばかりか、ラインナップすらほとんど公表しない。そこに毎年なんと8万人にも上る来場者がやってくる。

1997年からはじまったというこのFUSION、数年前から「他のフェスティヴァルとは全然違う、面白いから行ってみろ」といろんな人に薦められていた。ただ今年になるまで行く機会がなかったのは、チケットが入手出来なかったから。プレス枠なんてものはないので、取材を申し込んで潜入、という裏の手も使えない。毎年記録的な速さで売り切れるチケット、今年の分は昨年の12月に発売され、数十分で確か6万枚を完売したというから驚愕だ。今年の分も気づいたときにはとっくに売り切れていたわけだが、たまたま知人が余分に買っていて譲ってくれるというので行けることになった。(尚、毎年日曜日1日券だけ当日に会場入口で販売される。)
あらゆる意味で特殊なフェスティヴァルだ。まず、ラインナップがほとんど事前に公表されない。ウェブサイト上でいち部のバンドなどは告知されていたが、それが告知される際にはすでにチケットは売り切れているので集客にはまったく影響しない。入場の際に配られる地図付きプログラムを見て、初めてその内容の全貌が明かされる。しかし、はっきり言って大して有名なアーティストは出ない。今年は初日である6/30(木)にスティーヴ・バグやモグワイ、最終日にM.A.N.D.Y.といった知名度の高いアクトが出ていたものの、数百組に上る出演者のうち、日本でも知られているような有名どころは一割以下。つまり、ほとんどが地元で活躍するアーティスト。私もそういう人たちのことはそれほどわからないのだが、どうやら主にベルリン、ハンブルグ、ライプツィヒのアンダーグラウンド・シーンを支えている人たちのようだ。
つまり、来場者は「~~が見れる」という理由ではなく、フェスティヴァルそのものに魅力を感じてやって来る。その意味では日本でいうところの朝霧ジャムやラビリンスに近いかもしれない。しかし、規模は全然違う。なんとステージは20もある! ダンス・ミュージックだけでなく、ワールド系からロック、ダブ/レゲエ、演劇に映画、子供向けエリアなどもある。そしてほとんどの来場者がキャンプをするので、キャンプ・エリアが広大。グリッド状に仕切られたキャンプ・エリアには「道」が作ってあり、それぞれにストリート名までついている。ちょっとした村が出現したような感じだ。

公式な開催期間は木曜日から翌週月曜の昼くらいまでだが、聞いた話によると、水曜くらいまで音を出しているステージもあるとか。私は4泊もキャンプをする気合いも道具も持ち合わせていなかったので(生温くてスミマセン!)、土曜の午後から日曜にかけて、一泊だけ行ってきた。場所は、ベルリンから来たに車で2時間ほど(あるいは電車で1時間、さらにバスで30分強)のところにあるレヒリンという村にある、レーツというソ連の空軍基地跡地。少しググってみたところ、1918年に建造され、第三帝国時代にドイツ空軍が軍用機の設計や訓練に使用され、第二次世界大戦後にはソ連軍の戦闘機やヘリコプターの基地として1993年まで使用されていたそうだ。なんとも東ドイツらしい歴史を持った場所である。
FUSIONは1997年からはじまっているので、今年で14回目。現在は、主催者がこの敷地を買い取り、管理している。主催しているのはKulturkosmosという非営利団体。「取材はお断り」というスタンスのようなので直接問い合わせることは控えたが、ウェブサイトにフェスティヴァルの趣旨などがきちんと説明されている(でもいつかは主催者に話を聞いてみたいものだ)。それによると、彼らのモットーは4日間の「共産主義ホリデー」を提供すること。日本の感覚だとドキリとさせられるような政治的ステートメントだが、すべてのプログラムはこの考えに基づいて組まれている。その徹底ぶりは感心してしまう。
先に述べた通り、完全にノン・コマーシャルを貫いている。当然のことながら、企業によるスポンサーシップ、広告、プロモーション等はいっさいない。チケットの価格も4日間で80ユーロと手頃で、到底利益を出そうとしている価格設定ではない。キャンプ・エリア、駐車場の使用料はナシ。これもチケット代に含まれているのだ。フェスティヴァルを実現する経費をまかなうために有料になっているだけ。実際、100以上、2000~2500人のネットワーク団体のスタッフに加え、3000人以上のボランティアが運営を支えているらしい。80ユーロのチケットには10ユーロの「ゴミ券」がついている。入場時に全員に渡される大きなゴミ袋いっぱいにゴミを集めて換金所に持って行くと、10ユーロが戻って来る仕組み。だから会場はゴミが少なく、チケット代は実質70ユーロということになる。さらに、フェスティヴァル内には「労働省」があり、事前にか開催期間中にここに申し出て6時間の労働に従事すると、なんと40ユーロがもらえる! どんな人でも遊びに来れるように、完全にバリアフリー設計。会場には一切の段差がない。13歳以下の子供は無料!(13歳~18歳の未成年者は、親の許可書を持ってくれば同伴でなくてもいいらしい)

会場には飲み物や食べ物を売る出店がかなりの数あり、何の不自由もなく好きなものを楽しめる。もちろんベジタリアンやヴィーガン仕様の店も多数あり、酒を出すバーもたくさんある。近隣都市の飲食店業者が出店しているのだが、価格もベルリン市内の平均と変わらないか、それより安いくらいだ。例えばビールは2.50ユーロ、コーヒーは1.5ユーロ、一食分のシチューが4ユーロなど。そしてこの売り上げは、各店舗がそれぞれ持ち帰るのではなく、なんと統合されて協力スタッフや団体に分配されるという。それが青少年育成プログラムや、文化事業、左翼政治プロジェクトに還元されていくのだそうだ。まさに共産主義!
特筆すべきは、確固としたアンチ・ナチの姿勢。ウェブサイト上にも、注意事項として「ナチお断り!」と宣言しているだけでなく、「ナチを見かけたら通報して下さい、即刻退場してもらいます」とまで書いてある。さらに、「Thor Steiner着用禁止」もルールとされている。Thor Steinerは私も昨年Banchouさんのブログを読むまで知らなかったのだが、ネオナチ・ブランドとして認知されているドイツのアパレル・メーカー。ブランド名をググって頂ければわかるが、アバクロと見間違うようなさわやかイメージのオンラインショップがあり、ドイツ国内にいくつも店舗をチェーン展開している。だが、これを着用しているということは、イコール、ネオナチの思想を支持しているという意思表示とされ、FUSIONでは許されない。
ベルリンで普段生活していると、ネオナチの脅威は感じることはほとんどないのだが、ドイツのとくに東部では根強く存在している。ベルリン市内でも、クラブや飲食店が多いフリードリッヒスハイン地区のすぐお隣であるリヒテンベルグ地区は、すでに危ないと聞いているので、それより東には行かないようにしている(ちなみに、ベルリンのThor Steinerショップはこのフリードリッヒスハインにある)。そのネオナチの対抗勢力が、「アンティファ」だ。アンティファはアンティ・ファシストの略、ドイツではAntifaschistische Aktionという運動として結束しており、FUSIONの会場ではたびたび彼らのシンボルである赤と黒の旗が見られた。ステージや出店にも赤が多用されていたのも、これに関係あるのだろう。アンティファのいち部にはナチの暴力には暴力で対抗すべきとする考えがあるようで、そのことが批判の対象にもなっているという。もちろんピースなアンティファもいるが、彼らが集うこのフェスティヴァルにネオナチがやって来たら、一触即発状態になるのは間違いない。だから、最初からお断りなのだ。
では、どんな人たちがFUSIONに来ているのか。出演者、主催者、協力者、ボランティアだけで数千人に上るので、誰が客で誰がフェスティヴァル側の人間なのか、もうよくわからない状態なわけだが、会場を見回すと、まあ実に多種多様な人びとが集っている。20~30代の若者が大多数を占めるだろうが、かなり上の年代の人たちもいる。筋金入りのヒッピーやラスタやパンクスもゲイも混ざり合っている。熱心な音楽ファン風もいるし、ただの酔っぱらいやぶっ飛んだレイヴァーみたいな連中もいる。いかにも大学生みたいなグループも多いし、「毎年来てます」という感じの私と同年代くらいの落ち着いた社会人風もいる。英語もよく聞こえて来たし、オランダ語やイタリア語も耳にした。会場内の様子を見ているスタッフはいるのだろうが、いわゆるセキュリティはほとんどいない。いち度おんぼろの小さな車でパトロールしているのを見かけただけ。ケンカやトラブルも見かけなかった。とにかく寛容、そして平和。アナーキズムの実験場のようだった。

基本的には「やりたい放題」なのだが、しっかりやるべきことはやっている。立派な救護センターがあり、場内救急車も待機。消防署もあったようだ。トイレの数も充分で、並んだとしてもせいぜい数分。日本の大型フェスのように毎回30分も並ばなければいけなくて膀胱炎になっちゃううよ! なんてことはない。いわゆるボットン便所が嫌な人は、50セント払うと紙がちゃんとあって水洗の、ロイヤル・トイレ(!)を利用することもできる。シャワーも同様で、ドアなし(壁で仕切ってあるだけで外から丸見え......)、水だけのシャワーなら無料で使えるが、お湯の出るシャワーは有料。フェスティヴァルの要であるステージやサウンドシステムにはきちんとお金をかけて設営してある。FUNKTION-ONEなどのいいシステムを入れて、設備は大型コマーシャル・フェスティヴァルに引けを取らない。夜には花火が打ち上げられていた。各ステージのライティングやデコレーションも凝っていて、決してお金をかけているわけではないが、工夫と遊び心でどこもいい雰囲気を作り出している。
た・だ・し! 今年は何と言っても天候に恵まれなかった......木・金曜は曇りだったのだが、土・日はほとんど雨。ちょうど私が行った土曜日の夜から日曜の午後にかけてはベルリン(近郊)では珍しいバケツをひっくり返したような豪雨に見舞われた。あまりに雨が強かったので、見るのを諦めた野外ステージのアクトもいくつか。ちゃんと見たのはドイツが誇るプログレバンド、グルグル(!)とリディア・ランチ(!)のバンドくらいだろうか(笑)。いずれも屋内だったので。あとはティーフシュワルツとシア・カーンをチラ見。それ以外はダブ・ステーションというユルいチルアウト・スペースでレゲエを聴いたりしていたりして。フェスティヴァルに雨はつきものなので、雨のせいで台無しになったとは言わないが、天気が良かったらどれほど素晴らしかっただろうと考えずにはいられない。もう毎年行っているという私の同居人も、「今年が今までで最悪だったかも。バーで働くシフトがあったんだけど、もう限界で帰って来ちゃった!」と日曜の夜に帰って来た。だから、今年の私のFUSION体験は音楽を聴きにいったというよりは、フェスティヴァルそのものを見学しに行ったという感じだ。
でも、とてもいい体験だった。
フェスティヴァルの社会的意義、人が集うということ、そこで平和に共存していくことの意味などを改めて考えさせられた。
今年の12月には出遅れないようチケットを買って、来年また行きたい!
ジョセフ・ナッシングといえば、いまをときめく〈プラネット・ミュー〉からデビューした、IDMにおける過激な異端児としてファンのあいだでは知られている。まあ、DOMMUNEのアタリ・ティーンエイジ・ライオットの番組で披露した彼のライヴをご覧になった方は、そのあたり、よくご存じでしょう。2001年にリリースされた彼の『Dummy Variations』(七尾旅人も1曲歌っている)は、いまではIDM~ブレイクコアにおけるもっとも重要な1枚として歴史的な評価を受けているが、それから10年後のいまもジョセフ・ナッシングは唯一無二のエレクトロニック・ミュージックの作り手として健在だ。
......で、ワールズ・エンド・ガールフレンドが主宰する〈Virgin Babylon〉からリリースされたジョセフ・ナッシング・オーケストラの『スーパー・アース』のリミックス・アルバム『スーパー・アース・リミックス』が、同レーベルと〈分解系レコーズ〉から共同リリースされた。しかも無料ダウンロードですよ! クリックせよ!
詳細: https://www.virgin-babylon-records.com/information/
分解系レコーズ : https://bunkai-kei.com/
Virgin Babylon Records : https://www.virgin-babylon-records.com/

Joseph Nothing Orchestra
super earth remixes
01march of the last battalion (for promise Go-qualia remix)
02.every beauty has its scum(yaporigami remix)
03.super earth(we're not alone mix)
04.Gliese581(iserobin remix)
05.EBE pt01(joseph nothing mix)
06.Gliese581(FutonDisco remix)
07.lullaby for a patient(joseph nothing mix)
08.Gliese581(joseph nothing remix)
09.Izsak-Delporte(DJまほうつかい remix)
10.a shine on your head(CDR remix)
11.halo23(joseph nothing remix)
Bonus Track
12.super earth(original)
Art work : タカノ綾
2011 Aya Takano/ Kaikai Kiki Co.,Ltd All Rights Reserved.
*Go-qualia
自ら新鋭ネットレーベル「分解系レコーズ」を主宰し、
その他多くのネットレーベルから楽曲/リミックスを発表。
アニメ・ゲーム等の現代を彩る文化を素材に分解、再構築し
新たなエレクトロニック・ミュージックの可能性に迫る。
楽曲の持つ美しさとある種のPOPさには定評があり
待望のCDアルバムをVirgin Babylon Recordsより今秋リリース!
自らのオリジナルな世界を新たに追求した意欲作となっている。
https://bunkai-kei.com/
*FUTON DISCO
ポップスユニット"オーラルヴァンパイア"のメンバーによるソロプロジェクト。
あくまでベッドルームテクノを受継ぐスタイルだが、
全ての情報や情念を布団の中で処理させようとした事が災いしクリーチャー化した。
布団の中で制作をし、布団の中でLIVEを行う。
https://auralvampire.com
*CDR
15歳の時から毎日のように作曲活動を続けているトラックメイカー。
ライヴでの他の追随を許さない発狂パフォーマンスがJoseph Nothingの目にとまり、2011年にJoseph Nothing Orchestraのメンバーとしてスカウトされる。
多作家であり、いままでに数百枚のCD-Rと5枚のCD、3枚の7インチ等をリリース。また、世界各国からのフリーmp3リリースも盛んである。
現在、自らのCD-Rレーベル「NEO RDC REC」運営中。
https://www.asahi-net.or.jp/~zr3a-tnmt/
*Yaporigami
1984年生まれ。山梨県出身。Brighton在住(英国)。
日本と英国を拠点に活動する電子音楽家"Yu Miyashita"によるソロプロジェクト。
これまでにHz-records, Symbolic Interaction、Merry Worksなどから作品をリリースし、国内外多数のコンピレーションアルバムに参加。
近年は"Yu Miyashita"名義の活動も精力的に行なっており、2011年5月には昨年復活を果たした名門レーベル"Mille Plateaux"から"Yu Miyashita"名義での1stアルバム"Noble Niche"をリリース。
ノイズ、グリッチといった素材を駆使し、Yaporigami名義ではビートのある作品、Yu Miyashita名義ではノンビート作品を生み出している。
https://www.underarrow.com
*iserobin
機材に囲まれたいがためにKORG Electribeを購入し音遊びを開始、現在に至る。
ダンスミュージックとあまり親和性の無いジタバタビートに胡散臭いメロディ。
ライブは主にごちゃ混ぜ系イベントにお呼ばれされてはハードシーケンサー+エフェクタ武装でジタバタ演奏を披露している。
https://iserobin.otherman-records.com/
*DJ まほうつかい
DJまほうつかいはターンテーブルを持っていないDJです。まほうのちからで音楽を作ります。MIX CD『世界の終わりmix』や自作のサントラ盤『イメージアルバム・ディエンビエンフー』、さらにX JAPANのコピーバンドなど、その音楽性は常に変化。相対性理論presents「実践III」や、フリージャズの聖地新宿PITINNなどで演奏を行う異端の音楽家。最新のプロジェクトはヘヴィメタルをエレクトロニカの文法で再構築した「Metaltronica」。2011年Joseph Nothing、蓮沼執太、芳川よしのらのリミックスを含むアルバム『Metaltronica』リリース予定。本業はマンガ家の西島大介です。
https://www.simasima.jp/
チルウェイヴ批判はおおいに結構だ。音でも言葉でもさらにいっそう練磨されるべきだと思う。ただし議論のレベルを間違えるべきではない。それは、たとえば「ニュー・レイヴ」とか「ニュー・エキセントリック」といった言葉の立つ次元とは、異なったところに位置するものだ。もしこれがシンセ・ポップの再流行というだけの話ならば、メディア主導の祭として、それらの言葉と同じレイヤーで語ることができただろう。しかし「チルウェイヴ」が議論の俎上に上がるとすれば、同じ次元に並ぶのは「グランジ」や「ニューウェイヴ」ではないだろうか。要するに、もはやチルウェイヴとは10年単位での時代の音、時代のメッセージである。そう考えて差し支えないくらいほどに、歴史的な肉付けを得たというのが筆者の認識だ。パンダ・ベアの『パーソン・ピッチ』にその青写真を見出すならなおさらである。アニマル・コレクティヴ―パンダ・ベアが準備したユーフォリックなサイケデリアは、時代の条件とでもいうかのように後期2000年代の音楽シーンにびっしりと根を張り、それを牽引してきた。そしてミスター・チルウェイヴ、このウォッシュト・アウトもパンダ・ベアからの影響を公言するアーティストのひとりである。
彼やネオン・インディアン、メモリー・テープスはもちろんだが、アリエル・ピンクがチルウェイヴとして認識されていることも重要である。このムーヴメントがただのシンセ・ポップ・リヴァイヴァルではなく、現実逃避の企図を持ったリアルな批評であることを証している。「チルウェイヴ」の裾野が、キャンディ・クロウズやディープ・マジックなどのアンビエント・ポップ、エメラルズのコズミック・サイケ、バスらアブストラクト・ヒップホップからいち部シューゲイザーにまでおよぶと解釈できるのは、このようにアリエル・ピンクをしてチルウェイヴと呼ばしめた英米の議論の盛り上がりがあってのことだ。前にも述べたが、「お前たちの音楽はただの催眠ポップだ。引きこもってないでちゃんと外を見なさい」という大人の叱責に対して、「そうだけど、それがどうしたの?」「ていうか、これはむしろ新しい現実への対処法なんだけど」と若者がやり返すのがこの議論の構図である。社会からの退却が社会への回路となりえるような複雑な時代性を写し取る、こうした現在形のドリーム・ポップの功罪を問うのは、もっと未来においてしか可能ではないのかもしれない。
以上はチルウェイヴの精神的な構成要素であるが、技術・環境的な面について野田努氏の言葉を借りれば、「インターネット時代のD.I.Y.ミュージック」である。彼らが使用している音楽ソフト等、平均的な宅録環境がここまで向上していなければ、そしてインターネットがここまでリスナーの国境を溶解させ、受容する側の環境を均していなかったら、彼らはいまでもグランジやへヴィ・メタル、あるいはメロコア・バンドをなんとなく続けていたかもしれない。バンドを組まなくともひとりで手軽に音を組み上げることができ、それを世界に発信し反応をえることが容易になったからこそ、彼らのベッドルームは世界となり、類似した感性と方法を持つ音が同時発生的に各地に出現したのである。
ウォッシュト・アウトの6曲入りデビューEP『ライフ・オブ・レジャー』は、そのテーマやジャケット写真のコンセプトごとチルウェイヴを象徴する1枚となった。アトランタの青年アーネスト・グリーンを瞬く間に時代の寵児へと押し上げた作品。大学の課程を終え、就職先が決まらないまま実家で過ごす、短くも間延びした奇妙な時間と、大人になる前の最後の夏という感傷が、淡くけだるく表現されている。録音はラフで、作品のタッチとしてもまさに「インターネット時代のD.I.Y.ミュージック」。素朴な手つきのサンプリングで、DTMオタクではないアイディアと感性にあふれている。フル・アルバムとなる今作『ウィズイン・アンド・ウィズアウト』と比較すると、さまざまな点で対照的だ。
より瞑想的な色合いを深めた本作を並べて聴けば、EPのほうはフィジカルに訴えるダンス・アルバムであったのだなと実感する。今作はプロデューサーにアニマル・コレクティヴ『メリウェザー・ポスト・パヴィリオン』やディアハンター『ハルシオン・ダイジェスト』を手掛け、彼らの音をよりメジャーなフィールドへバランスよく翻訳してみせたベン・アレンを迎えていて、音が格段に整理されている。冒頭の"アイズ・ビー・クローズド"にすでにそれがみて取れる。特徴的だったローファイ感にはヤスリがかけられ、モコモコとした音像はシャープでひんやりとした印象へと変化している。曲の長さは平均して1分ほどのびている。シンセのレイヤーにはメディテイティヴな広がりが加わっている。彼なりに、彼が好むというアンビエント作品へのアプローチを深めた結果なのだろう。
「内側で響く君の声/(中略)/やがてその声に耳を傾けて/呼び返す彼らの声に耳を傾けて/落下の重みを感じて/すぐ目の前で/今、世界をはっきりと見て」"アイズ・ビー・クローズド"
目は閉じられ、身体の内側では声が響く。意味のとりようによっては神秘体験をつづるかにも見えるが、彼の長く尾をひくヴォーカルは、たしかにその「内側の声」に共振するかのようにリヴァービーなサウンドのなかに溶け込んでいく。この詞にも出てくるように、『ウィズイン・アンド・ウィズアウト』は「落下」、落ちていく感覚をとらえた作品だと思う。
「落下」のテーマは"アモール・ファティ"にも出てくる。思考を捨てて「落下」に身をまかせれば、未来は運命によって、しかるべきところで決定される......一見不真面目な運命論にも見える詞だが、「手放そう/手を伸ばそう」の対句にみられるように、運命を操る手綱を手放すことは、その手綱に手を伸ばすことにもなるという逆説が核にある。つまり「落下」や「放棄」のなかにひとつの積極性を見出しているわけで、こうした逆説はチルウェイヴ的な問題の延長上にあるものだとも言えるだろう。
ともあれ、その「落下」は「墜落」や「没落」ではなく、ゆっくりとしたスピードでやがてほの明るい残響の中につつまれていく。クリアな音使いでアトモスフェリックな空間を描き出す"ソフト"は、まさにその「落下」をやわらかく止めるアンビエント・トラックで、曲のメッセージとしても「いつかやってくるよ/すべての帳尻が合う時が」だ。そしてそのときまでは「ずっと落下しつづけるんだ」とつづく。逃避やモラトリアムという感覚が、「落下」へと切り替わった作品であり、筆者にはその落下の先がチルウェイヴの行き着くところを暗示するように感じられたが、それは読み過ぎかもしれない。
この先は浮遊する=落下を止揚するトラックがつづく。"ビフォア"などはEPの叙情性が払拭され、身をゆだねるべき癒しや赦しの音が模索されているかのようだ。"ユー・アンド・アイ"には青さや切なさがにじむが、表題曲"ウィズイン・アンド・ウィズアウト"は浮遊も落下もない静かな境地を描出している。ピアノがノスタルジックなシークエンスを描き出す"ア・デディケーション"も同様である。「イッツ・オーケー」が反響し繰り返されることで、本作のひとつの結論を導き出す曲でもある。
EPとは曲のカブりもないため、まるでセカンド・アルバムといった佇まいであるが、それだけ彼は短期間で時計の針を前に進めたのだ。聴き心地のよいシンセ・ポップがウォッシュト・アウトだと思っていると、肩すかしを食らうかもしれない。彼個人の問題やモチーフを突き詰めることで、EPから見てぐっと成熟と進歩とを遂げた、正真正銘のフル・アルバムである。方法的な技量にではなく、同世代の人間として、そして表現者としてのモチベーションに深く心を揺さぶられた作品だった。
いうまでもなく声は楽器であるのだけれど、ことさらにそのことを発見するときそこには、誰もが声は歌になると楽器よりもっと直接、具体的に感情に訴える働きがあると思いこんでいるからに相違ない。節があり抑揚があり言葉がある。楽器にも節も抑揚もある。言葉はないが、音が声と同じように語り得ないとどうしていえよう。両者に隔たりはいない。二階堂和美を聴いて、私はつとにそう思ってきたのは彼女が楽器のように声を自在に操るからではなく、彼女の声が音楽(言語)だからだ。そこには簡易娯楽である以上にコミュニケーションの装置だったカラオケ文化が日常の風景を共感とともに浸食した90年代から外れるようにと個人の体験の影を色濃く落としたフォークが復権した2000年代を過去に置き去りにする言葉とは別の場所からくる、くっきりした、しかしなつかしい「ヴォイス」がある。
ここでいう「ヴォイス」は彼女の声というよりも、種々雑多な-音楽的な意匠を歌いわけた『にじみ』の休符と行間に聞こえる二階堂和美の考えの痕跡のようなものをさす。『にじみ』にはまだ歌謡曲と呼ばれていた時代の歌があり、演歌があり唱歌があり音頭がある。ブルースとジャズのフィーリングがみちており、サンバをやっている。記号的に分析すれば、ひばりやピアフの影をみるかもしれない。いま聴いているのはCDなのに、LPにもひょっとしたらSPとも思えなくもない。繰り返しになるが、それがなつかしいのは喜怒哀楽をくまなくあらわしているからです。そう思わせるのが二階堂和美のテクニックであるとあなたはいうだろう。ところがそうではない。『にじみ』の多幸感――を感じさせるとは資料にも書いてある――は彼女の歌い手としての万能感に由来すると私は思う。それは『二階堂和美のアルバム』『ニカセトラ』との経験が培ったヴォイスの力であるのはまちがいないが、二階堂和美は万能感を意識しながらも、音楽をあらたに作りあげる過程にうまれる発見がそれを崩すことを期待しているにちがいない。音楽の至福は音楽の終わりとともに去ることを見越した無常観にもちかい透徹した視点があり、同時に、その無常観は私の歌なんて、という音楽への畏怖と無縁ではないし、結局のところ、どんなにプリプロをちゃんとしてもすごいテクニックがあっても、日々の悲喜こもごもに音楽は左右されてしまうという無力感 さえほのめかすようである。それこそが強さだというとバカの強弁だというひとがいる。ところが私はバカだからくりかえす。それは強さである。そうでなければ、強さに負けないしなやかさである。そのしなやかさの中から、『にじみ』はスタジオ盤なのに、再生するたびにそこにあたらしい歌がうまれる。何気ない日常の雑感と愛情を描いているのに、私たちはそれらの歌の中の平凡ともいえるものを貫く二階堂和美のヴォイスを発見しておどろかざるを得ない。きのうも家でかけていたはずなのに、流れ出すとはじめて聴くような気持ちになる、良質の即興みたいに先の読めないフレッシュな音楽。
......が『にじみ』であるなら、2ヶ月前にリリースしたアメリカのマルチ・インストゥルメンタリストであるタラ・ジェイン・オニールと二階堂和美の共作『タラとニカ』はふたりの即興を記録したアルバムである。ともにシンガー・ソングライターであるタラとニカはときに間合いをとり、あるときはそれを約めながら相対的な関係性を織りあげていく。チャントのような清澄さと(具体音をふくむ)ノイズを散りばめる手法はフリーフォーク以後の即興の態度といえるものだが、彼女らの時間と空間をそのまま切りだした東岳志のフィールド・レコーディング的な録音はこのアルバムをあたかもそこで歌がうまれる場面に立ち会っているような、おどろきを禁じ得ないものに仕上げた鍵になっている。
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JAMIE 3:26
Ep
(Strobelight Honey)
»COMMENT GET MUSIC
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ANTHONY"SHAKE"SHAKIR
Piper
(Frictional)
»COMMENT GET MUSIC
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FLOATING POINTS
Marylin
(Eglo Records)
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NICHOLAS
No More Hits 14
(No More Hits)
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THE BEAT BROKER
Pacific Break
(Reverso 68 Club Mix) (Adult Contemporary)
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FALTY DL
Make It Difficult / Jack Your Job
(All City Dublin)
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VAKULA
Unthank002
(Unthank)
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BUSEN
Busen
(General Elektro)
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タイラー・ザ・クリエイターの『ゴブリン』に続いて、ホジー・ビーツとレフト・ブレインによるメロウハイプ名義のセカンド・アルバム『ブラックンドホワイト』もついにフィジカル・リリースされる!
まずはこの不敵なPVを見て欲しい。彼らの挑発的な歌詞に関しては、すでにいくつかの人権保護団体から抗議が寄せられているという話だが、フェミニストからの抗議に対してタイラーたちは「硬いチンポが欲しければ立たしてくれよ」と返答したとか......。
ご存じのようにオッド・フューチャーのメンバーにはレズビアンの女性もいる。彼らはスケーター集団で、旧来のマッチョなギャングスタ・ラップとは違う。"64"を聴いていると、彼らの音楽がウィッチ・ハウスとも親和性が高いことがわかる。
そしてタイラー・ザ・クリエイターの"she"......。こりゃたしかに怒られるわ。