「Nothing」と一致するもの

 みんな大好きアンチバラス! 昨年、『セキュリティ』から5年ぶりとなる新譜『アンチバラス』をリリースしてその健在ぶりを印象づけ、いまなおアフロ・ビートを革新しつづけるバンドとしてリスペクトを受けるブルックリンの10年選手たちが、来月じつに8年ぶりとなる来日公演を行う。「懐かしいなー」は、新鮮な驚きに変わるかもしれない。彼らは12月の東京、金沢、福岡で、どのようなステージを見せてくれるのだろうか。

 初期作品の中心人物で、現世においてレトロ・フューチャーなダンス・グル―ヴの復興に寄与している所属レーベル、〈Daptone Records〉のオーナー、ガブリエル・ロスは彼らの存在をこのように定義する。
「リズムだけが素晴らしいアフロ・ビートを形成するのだ。これはリズム・セクションだけのことではない、ホーン、ヴォーカル、キーボード、全てが一体となりリズムを放出する。それだけでは物足りない、そこに聴き手、受け手が何かを期待し、揺り動かされ、予感し感じる。この全てのことがあってグル―ヴが作用するのだ」

“闘争するアフロビート・バンド”アンチバラス12月緊急来日!

アフロビート・サウンドを継承するブルックリンのバンド、アンチバラスの8年ぶりとなる来日公演「Organic Groove ~Our True Calling~ feat. Antibalas」が12月に決定し、12月15日に開催される東京公演に三宅洋平率いる(仮)ALBATRUSがゲスト出演することが発表された。

近年ではアフロビートの始祖フェラ・クティの伝記的ミュージカル「FELA!」のスコアを担当するなど音楽的にも更なる進化を遂げてきたアンチバラス。サウンドの継承のみならず、政治的な闘争という精神性も受け継いだ数少ないバンドとしてグローバル社会の矛盾に異を唱え、戦争に費やされる膨大な汚れた金を、よりポジティヴなエネルギーに浄化する、そんなメッセージ唱え続けてきた。一方の三宅も今年参議院選挙に出馬、選挙活動を祭りに見立てた「選挙フェス」を通し住民主権型の社会へのシフトを訴えてきた。

国は違えど日米の闘争するミュージシャン2組の「共闘」が実現の場は、実に3年ぶりとなるイヴェント〈Organic Groove〉の招聘によるもの。00年代初頭から刺激的かつ創造性に溢れたミュージシャンたちを紹介してきたイヴェント3度めの復活の場として、日米を代表するメッセージ性の強い両アーティスト。東京公演(12/15 @Daikanyama UNIT)のチケット販売は11月2日よりスタートする。

■2013.12.15 sun
Organic Groove ~Our True Calling~ feat. Antibalas
@Daikanyama UNIT / Saloon / UNICE ※3会場同時開催

https://www.organicgroove.net/

LIVE :
Antibalas
(仮)ALBATRUS
and more bands and DJs to be anounced!!!
OPEN / START : 17:00
TICKET :
adv: 6,500yen(1drink fee charged @door / All Standing)


Ryoji Ikeda - ele-king

「レコード盤、楽曲の思考、楽譜、音波、これらは互いに、言語と世界の間に成立する内的な写像関係にある」(ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』野矢茂樹・訳)

 耳を貫くような高音のパルス音が鳴りはじめる。強烈な電子音響が炸裂する。タイプライターのような細やかなリズム。モールス信号の微かな音の断続と持続。音響が震動し分裂する。加速し、炸裂し、震動する。音は意味を剥ぎ取られ、データの素粒子へと還元していく。光のレントゲンのなかで極限まで剥ぎ取られた電子音が身体に注入される。0と1。そんなデータに還元された極限の音響が鼓膜や脳を揺らす。その圧倒的な音響の快楽。あらゆる意味を超越して、ただただ快楽的な電子音饗の群れが、耳を、鼓膜を、脳にアディクトする。刺激・律動・数・美。第二次世界大戦末期、国防軍最高司令官の最後の戦況レポートを記したタイプライターの文書が焼け焦げていたように、言葉など、もうすでに消失してしまった。

 そう、池田亮司の新作アルバムのことである。

 池田亮司の新作CDが〈ラスター・ノートン〉からリリースされた。前作のCDアルバム『テストパターン』の発表が2008年だから、約5年後ぶりの新作アルバムということになる。この作品は、〈ラスター・ノートン〉からリリースされた『データプレックス』(2005)と『テストパターン』に続くシリーズ完結編というが、聴いた印象はそれらとは全く「違う」。『データプレックス』と『テストパターン』のスタティックな反復とは違う、2011年のcyclo.『id』の音響を受け継ぐような、ノイジーでありながらもクリスタルな響きとロック的とも形容したい刺激と律動が横溢している。まさに2013年の池田亮司作品である。

 特に注目したいのはアルバムの中盤に突入してからだ。音響は次第に具体性を確保し、ミニマル/ストイックな音響から次第にノイジーに変貌する(特に12曲目と14曲目がすごい)。そしてそれは15曲目において決定的になる。1曲目の音響を変奏するように、モールス信号が流れ始める。あの初期の池田作品にも横溢していたあの信号音だ。そこにランダムなリズムが重なり、さらに高音のパルスへと変貌する。16曲目では、そのサウンドが低音に融解したような印象である。信号はより抽象的になる。

 そして本アルバムでもっとも驚愕すべき17曲目に突入する。クラッシュするような電子音が何度か繰り返され、まるで戦闘機の爆撃音のような音響が驚異的にグリッチ=打撃されていく。途轍もないサウンドだ。冷凍されたノイズの拡張のような、クールにして限界を超越するような音響。デジタル化した地響きが現実に解凍されていく感覚。18曲目ではまた、低い音響のモールス信号。19曲目ではその低い音が維持したまま、何がクラッシュするような音に、細かな一定のリズムが刻まれる。そしてその低い響きが次第に蠢き方を強め、突如、ミュートされる。その音響運動のなか、小さな音でリズムは刻まれ、透明な音もまた微かにリズムを刻むだろう。そしてラスト20曲目。サウンドは地を這うような音響の蠢きへと突如、変貌する。まるで人間の終わりのような音響。もしくはテクノロジーのエラーから不意に表出した現実のような音響。私には、本作を近作2作の完結編というよりも、むしろ『1000フラグメンツ』(1995)、『+/-』(1997)、『0℃』(1998)までの変化の過程へと拡張的に円環し、そしてさらに大きな外部へと接続していくような印象を持った。では何に円環し接続したのか。それは20世紀の世界を覆った膨大な通信と情報の層に、ではないか。

 音楽そのものをゼロ地点への響きへと導いた弦楽作品『op.』(2003)以降、00年代の池田亮司は、20世紀の世界を覆う膨大な情報網、つまり通信から情報へ、そしてデータへと圧縮/拡張していく世界を、インスタレーション、ライブ、CDと多角的に作品化してきた。それは圧倒的な体験の生成であり、同時に、ある種のメディア論のような論理的で論文のようであり、世界のすべてをスキャンし、指令を下す戦争の音響=イメージのようでもあった。

 モールス信号、電話、放送などの通信から、インターネットのデータ回線への情報へ。20世紀と21世紀の世界を覆った膨大な通信と情報。その拡張し続ける回線のなかに行き交うのは、人の言葉である。それらは通信の回線のさなかにおいて行き先すらわからない単なるデータの群れであり、言葉の残骸ですらあるだろう。だが、もともとは人間が発した「声」なのだ。ある人間に向けて発せられた「言葉」である(先日京都で公開された最新作『スーパーポジション』において池田亮司は、ふたりの人間を舞台に登場させたという。ふたりは楽器を演奏することなく、モールス信号のようなものを打つ。このふたりは何かメッセージを送っているのか。それとも全く別の何かに向けて通信しているのか)。その無数の「声」にはその送り主である「人」がいるはずだが、しかし、私たちにはその「人」の存在を知ることはできない。人間はその情報の加速度的な層の拡張の中で、まるで波打ち際の砂のように、その存在を消し去っていく。数値化された膨大な情報/データの向こうに、確かに、ひとりの(つまり無数の)人間たちがいた。人間の消滅。人間の終わり。

 人間の終わり? 量子力学の概念を援用した数学的な音響の向こうで、確かに、確実にそんな響きの痕跡や残響が微かに鳴っている。聴こえてくる。このアルバムはまるで、戦闘機の通信士に送ってくる「本部」からの「サイン」のようだ。言葉はモールス信号のように変換され、タイプの音がリズムに拡張され、それら全体がひとつの信号=音響となる。そこにおいて言葉、つまり意味は徹底的に剥ぎ取られ、記号と音素が交錯するレントゲンのごとき電子音響が鳴り響くだろう。いわば人間の終わりからの言葉。情報へと変換された言葉たち。それは世界を覆う情報システムとそのデータの群れ。池田亮司はそんな通信/情報のデータの速度を、徹底的に数学的/物質的音響作品として一気に圧縮/解凍させていくのだ。

 2013年の池田亮司は、その20年もの創作活動で得た方法論を全て駆使し、圧縮し、解凍し、炸裂させ、まるで電子音楽における無言のレクイエムのごとき作品を作り出した。本アルバムラスト20曲目の音響は、まさに人間の終焉、その音響であり、予言である。その意味で池田亮司の作品は「神」の音楽に限りなく近い。こんな途轍もない作品を生み出した池田亮司はいったいどんな地平へと行き着くだろうか。凡人の思考など遥かに超える地平がそこにあるに違いない。

 いま、ここに池田亮司の創作と思索の結晶がCDとしてある。その名は『スーパーコーデックス』。超越的アーカイブ。このCDは情報と記憶と音響のモノリスだ。いうまでもない。「世界」は、ここにある。

 小さな子どもたちが親から離れ、ちょっとした冒険に出る。生まれて初めて親から離れ、ひとりで大仕事を終えて誇らしげな顔で戻ってきた我が子を、親は号泣して抱きしめる……幼児持ちにとっては世界でいちばんスリリングなロードムービーといっても過言ではないテレビ番組『はじめてのおつかい』(日本テレビ)。いつもは子どもの人権に配慮した作りになっているのですが、今年の1月14日に放送されたあるおつかいは、なかなかにハードなものでした。

 お使いに出されるのは、まだ足取りもおぼつかない3歳の女の子。家から遠く離れた2軒(うち1軒は混雑した量販店)のお使いという過酷なミッションに当然応えられるわけもなく、道に迷って泣いて帰ってくる。つれなく追い返そうとする母親。娘に対するものとは打って変わったねこなで声で5歳の息子を呼び、「○○く~ん、途中まで送ってあげてくれる?」。まだお使いをしたことがないという5歳の兄は、威張って妹を送り出す。妹のお使いの内容のうちひとつは、兄のおやつを買ってくるというもの。まわりの大人たちの助けで兄のおやつをどうにか買い、量販店にたどり着いた3歳の女の子は、大人たちでごったがえす店内で突き飛ばされ、尻餅をつき、疲れ果ててその場で眠ってしまう。けなげにも3時間かけておつかいを終えた女の子を、お母さんはそっけなくねぎらうだけ。あれ、感動の抱擁は? 号泣は?

 「虐待じゃないか!」ええ、みなさんそう思いますよね。私もあやうくクレーマーと化すところでした。しかし最後に大人になった彼女が歌手デビューしたという映像が映り、そのおつかいが21年前に撮影されたものであることがわかると、「ああ、そういえば昔の女の子の扱いってこうだったワ」と、妙に納得してしまう自分がいたのでした。

 女の子を男の子と同様に大事に育てる。この風潮は当たり前のように見えて、少なくとも庶民の世界ではさほど長い歴史のあるものではありません。現代女児文化は、女児の扱いの変化を措いては語れないでしょう。1970年代の女児育児書のベストセラーをいま読み返してみると、「女の本分は家事育児であるから、子供ができたら仕事はやめるべき」「女の子が知識をひけらかしたらかわいげがなくなるので厳しく注意せよ」「夫に文句を言われても言い返さずに「本当に気がつかなくてごめんなさい」と謝る妻に育てなくてはならないので、女の子が高慢な態度をとったらことあるごとに指摘するべきである」「女の子は清潔と貞節を教えよ。白以外の下着は女性には不適切である」などという内容でのけぞってしまいます。いまこんな育て方をしたら(特に娘の退職や下着の色を勝手に決めたりしたら)、「毒親」呼ばわりは必至です。とはいえ、女性のロールモデルが従順な妻/母のみで、婚家に従わなければ路頭に迷うしかなかった時代、現代育児の主流であるところの「自主性の尊重」や「褒め育て」なんてもってのほかだったのかもしれません。

 女児の扱いの変遷は、女児のネーミングからも見て取られます。明治安田生命保険の生まれ年別女性名ランキングを見てみましょう。幼くして子どもが亡くなることの多かった大正時代には「千代」「千代子」「久子」などの長寿を祈る名前が、昭和初期には「幸子」「節子」「信子」「孝子」「貞子」などの貞節を重んじる名前が、高度成長期には「由美子」「久美子」「明美」「真由美」などの美しさを意識した名前がトップ10に入るなど、そのときどきの世相に合わせた意味をもつ名前が流行するのですが、1980年代中盤からちょっとした異変が。「麻衣」「彩」という、文字上の意味だけでは親の願いをくみ取ることが難しい名前が上位に登場するようになったのです。「麻衣」という名前に、「麻の衣類のように吸湿性が高いが保湿性には乏しい女の子になってほしい!」といった願いが込められているようには思えません。期待されているのはきっと、「麻」という漢字がイメージするさわやかさと、「まい」という語感のかわいさ。2000年以降はイメージ重視の傾向に拍車がかかり、「さくら」「葵」「陽菜」「萌」「優花」などの植物名を盛り込んだ名前が全盛になります。21世紀に入っていきなり植物大好き人間が増えたとも考えづらいので、植物のかわいらしく優しいイメージを我が子に投影してのことでしょう。女児名に使われる人気漢字ベスト25を見ると、「愛、菜、花、心、美、奈、結、莉、優、音、咲、希、乃、彩、陽、子、桜、香、羽、衣、那、紗、里、梨、葵、華」となっており、やはり植物、布系強し。末尾に付けるとかわいい語感になる「那」「奈」「菜」「乃」も人気です。また、皆さんご存じのとおり「難読名前」「キラキラネーム」と呼ばれる個性的すぎる漢字遣い・読み方の名前も増えてきました。語感や字面のイメージが優先されるようになったのは、少女マンガに親しんだ世代が親になったせいもあると思います。例えば大島弓子の1970~80年代の作品のヒロイン名を書き出してみると、なずな、衣良、いちご、黄菜(きいな)、鞠、果林、杏子(あんず)と、現代の名付けセンスを先取りしたものが多いのです。少女マンガのヒロインの要件は、どのようにふるまっても愛されうるかわいさと、主人公を張るに足る個性的でワン・アンド・オンリーの存在であること。私たち現代の親も、娘に同じ事を期待しています。もはや女児は量産型の家事要員でも、嫁に出すまで貞節を守らせる交換財でもありません。自ら芽を出し世界に一つだけの花を咲かせるまで親が水をせっせと運んでやる、愛護されるべきかわいらしい存在なのです。

 女の子の個性や自主性が尊重され、かわいがられるようになったこと自体は、良い傾向であるには違いありません。娘がピンクのグッズを好むなら買ってあげたい。自分みたいに紺や茶色のお下がりを着て怒鳴られてばかりいた抑圧的な娘時代は送らせたくない。お気に入りの服を着た娘を思う存分かわいいと褒めてあげたい。そう思うお母さんは、決して少なくないでしょう。


デコ盛りネイル……。(左『ぷっちぐみ』2013年1月号、右『キラ★プリ』vol.7)

 しかし娘にねだられて購入したピンクずくめの女児雑誌をめくっているうちに、ふと思うのです。幼児向けの雑誌ですら、ファッション、コスメ、アイドルなどの情報がちりばめられている。こんな小さなうちから「女は見た目が重要」という価値観を内面化して大丈夫なんだろうか。かわいいかわいいと育ててきて、もちろんそこには性的な含みはないけれど、世間的には「かわいい」というのは容姿を含めた性的な価値の高さを意味しているわけで、つまり性的役割の重さに絶望する娘時代を過ごしたはずの私も、知らず知らずのうちに我が娘に別の重たい性的役割を押しつけていることになってやしないだろうか。キラデコ好きという趣味は尊重してあげたいけど、親としては別の価値観も提示する必要があるのでは……。

 またも私は考え込み、キラデコ好きな娘のために夜ふかししてLEDが光る折り紙作りに励んでしまうのです。


そういうことじゃないって、わかってはいるんですけど。


ギークマム 21世紀のママと家族のための実験、工作、冒険アイデア
(オライリー・ジャパン)
著者:Natania Barron、Kathy Ceceri、Corrina Lawson、Jenny Wiliams
翻訳:星野 靖子、堀越 英美
定価:2310円(本体2200円+税)
A5 240頁
ISBN 978-4-87311-636-5
発売日:2013/10 Amazon

interview with Richard H. Kirk (Cabaret Voltaire) - ele-king

 1970年代末、スロッビン・グリッスルとともにノイズ・インダストリアルの代表とされていたのがキャバレー・ヴォルテールだった。僕は、しかし、SPKと出会うまでノイズ・ミュージックに価値を見出せることはなかった。キャバレー・ヴォルテールも初期はどこがいいのかさっぱりわからなかった。『レッド・メッカ』(81)や「スリー・マントラス」(80)が面白くないとはとても言い出せない空気のなか、そのようなものがやたらと持ち上げられていた1981年がしぼみはじめ、やがてブリティッシュ・ファンク・ブームがやってくる。それを逸早く察知したかのように〈ヴァージン〉がディーヴォやDAFをフィーチャーした『メソッド・オブ・ダンス』というコンピレイション・シリーズをリリースしはじめ、「踊るニューウェイヴ」の時代がやってくる。ノイズ・グループだと思われていたキャバレー・ヴォルテールが『2×45』(82)をリリースしたのは、そのようなタイミングだった。それはニュー・ロマンティクス(それはそれでよかったけど)とはまったく違う雰囲気で、ノイズ・インダストリアルに分類されていたミュージシャ……いや、ノイジシャンたちが『ファンキー・オルタナティヴ』というコンピレイション・シリーズをリリースしはじめる5年も前のことだった。『2×45』に続いて80年代中期に〈ヴァージン〉からリリースされた『ザ・クラックダウン』(83)、『マイクロフォニーズ』(84)、『カヴァナント、スウォード・アンド・ジ・アーム・オブ・ザ・ロード』(85)の再発を機にリチャード・H・カークに話を訊いた。

E王
Cabaret Voltaire
The Crackdown

MUTE / TRAFFIC

Amazon iTunes

       
Cabaret Voltaire
The Covenant, The Sword and the Arm of the Lord

MUTE / TRAFFIC

Amazon iTunes

シェフィールドはおどろおどろしく淀んだ感じでたくさんのビルがあった。世界大戦のダメージも残ってた。しかし、都市部を抜けて10分もすると美しい田園風景がひろがっている。そして、君はそこでたくさんのマジック・マッシュルームを見つけられると思う。

ちょうど40年前(73年)にシェフィールドで結成したそうですが、最初からキャバレー・ヴォルテールを名乗ってたんですか? また、3人はどうやって知り合ったんですか?

リチャード・H・カーク(以下、RHK):1973年あたりに活動を始めたんだけど、キャバレー・ヴォルテールを名乗ったのは75年からなんだ。というのはそのとき初ライヴがあって、そのために呼び名が何かしら必要だったからね。
 もっと熱心なヤツもいたんだけど、まわりの友だちの何人かがクリスを学校の頃から知ってたから、僕らは当時の夏、一緒にインターレイルでヨーロッパに行ったりしたんだ。クリスはいくつかベーシックな録音機材を、僕が4トラックのテープレコーダーを持ってて、それからエレキ用のピックアップ付きクラリネットも手に入れた。僕らは実験的にクリスの家のロフトで音楽を作りはじめた。それから何人かがやってきたりしたんだけど、数年前からちょっと知ってた(ステフェン・)マリンダーに一緒にやらないかと誘ったんだよね。そのときが、キャバレー・ヴォルテールとして後に知られる、きちんとしたユニットが出来た瞬間だった。

ダダ運動に興味を持ったきっかけを教えて下さい。ステフェン・マリンダーによればウィリアム・S・バロウズとブライオン・ガイシンの影響でカット・アップやテープ・ループをはじめたそうですが、ということは『レッド・メッカ』(81)までの作品にはブライアン・ジョーンズの『ジャジューカ』(71)が多少なりとも陰を落としていたのかなと思えてしまいます。

RHK:ダダ運動に魅かれたのはそのコンセプトがアートと戦争にあったから。そこではそれまでにあったアートをいったん解体し、何か新しいものに置き換えようとしていて、僕らはサウンドや音楽に対してそれと同じことをやろうとした。
 ステフェンがバロウズやガイシンに関して言ってるのもすべて正しいというわけではない。キャバレー・ヴォルテールは、彼らのことを知る前にすでにカットアップやテープ・ループを取り入れている。もちろんこのようなことを誰かがすでにやってたというのを聞いて鼓舞されたところがあった。多くの部分を学ばせてもらったから、彼らのことを知れたのは実に嬉しかった。
 キャバレー・ヴォルテールのなかで最初にバロウズの本を買ったのは、僕だ。シェフィールドにある本屋で『裸のランチ』を注文したのさ。それはもう驚愕だったよ、まったくパワフルな本だった。それに当時、僕は画像や文章を使ってカット・アップやコラージュをやってて、それが最終的にいくつか初期キャバレー・ヴォルテールのジャケットになったりもした。ダダイズムの創始者トリスタン・ツァラも紙袋に書いてある文字をランダムにピックアップして、それを詩にしたりしてたし、それは1915年あたりかな? たぶんガイシンがカット・アップをやりはじめる50年くらい前だ。
 『ジャジューカ』のことは知ってたし、ちらっと聞いたこともあるけど、アルバムをちゃんと手にしたのは1982年になってからなんだ。つまり『レッド・メッカ』のあと。しかし東洋の音楽にはつねに興味を持ってたね、トランスチックなエフェクトの感じが好きだったから。

時期的に見てグラム・ロックにもパンク・ロックにも影響されなかった音楽性のままラフ・トレードからデビューしたということになります。実際にそうなんでしょうか? 70年代に、同時代的に気になっていたミュージシャンがいたら教えて下さい。「ウエイト・アンド・シャッフル」などはザ・ポップ・グループを思わせます。

RHK:僕はデヴィッド・ボウイやロキシー・ミュージックのファンでもあったし、いくつかのパンク、ポストパンクも、そのなかにはザ・ポップ・グループも含まれてるけど、たしかに気に入って聴いていたね。だけど「ウエイト・アンド・シャッフル」が彼らみたいに聴こえるんだったら、たぶんそれは彼らもマイルス・デイヴィスやダブ、フリー・ジャズといった僕らと同じ音楽に影響されたからだろう。僕らは通常のアーティストの真似はしない。影響ということで言うと、いつも過去や未来のものに目を向けてる。

なぜ、スタジオに「ウエスタン・ワークス」と名付けたんですか? また、シェフィールドのいい点と悪い点をひとつずつ上げて下さい。

RHK:スタジオのあったビルが古い工業用ビルで、そこが「ウエスタン・ワークス」という名前だった。それをそのままスタジオの名前にした。シェフィールドに関して言えば、当時が、ちょっとおどろおどろしく淀んだ感じでたくさんのビルがあったし、まだ第二次世界大戦のダメージも残ってた。しかし、都市部を抜けて10分もすると美しい田園風景がひろがっている。そして、君はそこでたくさんのマジック・マッシュルームを見つけられると思う。

ははは。『ザ・ヴォイス・オブ・アメリカ』(80)の裏ジャケットに機動隊の写真が2点も使われているのはなぜですか?

RHK:僕が。『ザ・ヴォイス・オブ・アメリカ』のアートワークを作った。当時(それにいまも)僕らが生きている世のなかにある権威主義的な感じがうまく出てる、この種の写真を使うのがふさわしいと思った。

『レッド・メッカ』はさまざまな意味で転機となった作品だと思いますが、タイトルはイランで起きたホメイニ革命と関係があるんですか? 『スリー・マントラ』から『2x45』にかけてアラビア風の旋律が頻出するのは誰かの影響ですか?

RHK:先ほども言った通り、僕は東洋の音楽、また東洋社会と西洋社会の違いにはつねに気を払っていて、だから“ウエスタン・マントラ”や“イースタン・マントラ”(*この2曲で『スリー・マントラ』は構成されている)のような曲に行き着いたわけさ。このふたつのカルチャーがじきにぶつかるだろうという予想が実際に現実になったのが1979年だった。ホメイニ革命が、のちに911/2001年のニューヨークのツインタワー爆破まで続くイスラム原理主義のスタート地点だった。それからアメリカで右派キリスト教原理主義者の存在がより浮き彫りになった。実際、このふたつのカルチャーは極めて似通ったもので、アメリカ政府が当時のソビエトと戦うために、アフガニスタンでビン・ラディンのムジャヒディーン/アルカイーダの訓練、資金援助、武装化を行ったんだから、当然といえばそうなんだけど。

『2x45』は明らかにダンス・レコードを意図した最初の試みですが、何がきっかけであそこまで振り切れたんでしょう。当時は本当にショックで、立体ジャケットが破けるまで何度も何度も聴いてしまいました。

RHK:『2x45』はよりダンサブルなレコード作りへシフトした最初の作品だった。大きな方向転換でもなく、単に進化していっただけだね。君がいま僕らの初期の作品を聴いてくれたらきっとダンス出来ると思うし、それらでもたいていループを使ってるからね。

〈ファクトリー〉からリリースされた「ヤッシャー」(83)はオリジナルのほうがぜんぜんよくて、ジョン・ロビーのリミックスはあまりいいとは思いませんでしたが、「ドント・アーギュー」(87)でまた顔合わせしているということは、ニューヨーク・スタイルからもそれなりに得るものがあったからですか? ニュー・オーダーの「ブルー・マンデー」がやはり同じ年にアーサー・ベイカーの方法論を取り入れていたわけですけど。

RHK:僕らはニューヨークのエレクトロには大きな影響を受けている。ジョン・ロビーは、アーサー・ベイカーとともに、その中心人物だった。彼が“ヤッシャー”をリミックスさせてくれないかと尋ねてきたとき、それはすごいアイデアだと思ったものだよ。たしかに君の言うように、オリジナルよりよかったというわけじゃないけど(リミックスっていうのは往々にしてそうなんだけど)、しかし、まったくの別もので、僕らが現状から一歩前に踏み出せたということ、おかげであらためて自分たちのミックスや音楽の聞かせ方と向き合うことが出来たわけだから。

『ザ・クラックダウン(=弾圧)』に「The」が付いているということは、何か特定の事件があったということですか? また、ダンス・レコードであるにもかかわらず、このような不穏なタイトルをつけたのはぜですか? まるでレイヴ・カルチャーを先取りしたようにさえ思えてしまいますが。

RHK:この当時の政治をとりまく情勢は抑圧的なものだった。イギリスのサッチャー、アメリカのレーガン、右翼勢力が僕たちを弾圧していたようなものだった。

『ザ・クラックダウン』以降、観念的な音楽性がすべて消え去って、官能的なダンス・ミュージックに純化されていくということは、クリス・ワトソンがひとりで観念的な部分を担っていたように見えますが、そのような理解でいいでしょうか。あなたとマリンダーはフィジカルな音楽がやりたかったと?

RHK:その見解は正しくはない。キャバレー・ヴォルテールには“担当”はないし、僕たちは何かにおいてリーダーというものを置かなかった。バンド自体は僕とクリスではじめて、あとからマリンダーが加わったものだけど……。この3人のグループはともにダンス・ミュージックをエンジョイしていた。けれど、当時は真剣にそれに打ち込んでたわけではなかったね。クリスが1981年に去ってからは、僕たちは自分らの音楽をもっとダンスフロア仕様にしようと決めた。彼と一緒にやっていた頃のようなモノをまた繰り返すことはしたくなかった。あらたに考えながら一歩前に進み出した瞬間だった。

[[SplitPage]]

僕は本当に、イラク戦争や大切な古代遺跡の破壊には反対していた。目的もなしに、それも誤った情報のもとに行われたんだよね。結局大量破壊兵器なんて見つからなかったし、イラクはいまや以前よりもっと危険なところになってしまった。

『コード』(87)で初めて外部からプロデューサーを入れたのはなぜですか? あまり必要だったとは思えないのですが。『マイクロフォニーズ』(84)から『コード』まではファンクとインダストリアルのどちらに比重を置くかで延々と葛藤が続いていたようにも思えたので、その結論をエイドリアン・シャーウッドに委ねたとか、そういうことでしょうか。

RHK:『コード』に関しては、実はエイドリアンが参加する前にほとんどの形は出来上がってたいた。EMI/パーロフォンとの契約後、自分らのスタジオを24ch仕様にアップグレードし、そして、プロデューサーの起用も決めた。ポップスのフィールドではない人間を起用したかった。
 エイドリアンは一緒にやるにはとてもよいプロデューサーだった。ダブやレゲエにも相当詳しかったから、参加すると面白くなるかなと思ったんだ。彼はシェフィールドに来てくれて、僕らと一緒に作業をしたあと、ロンドンのスタジオでミックスした。すごくいいサウンドのアルバムに仕上がっているよ。僕らのアルバムではいちばん売れたんじゃないかな。ちなみに僕らがEMIと契約した当時、EMIは世界で10番目に大きな武器製造会社でもあった。冷戦が解けて黙示録を迎えたら、我々は兵器類を安く買えるかもなどと言い合ったものだよ。

シェフィールドから出てきたフラ(Hula)やチャック(Chakk)はキャバレー・ヴォルテールが育てた後輩ということになるんでしょうか。レコード制作ではマーク・ブライドンやマーク・ギャンブルがイギリスではハウス・ムーヴメントを先導したように見えるので、どういう関係だったのか気になります。

RHK:キャバレー・ヴォルテールは本当にたくさんのフォロワーを生んだよね、シェフィールドのなかだけじゃなく。チャックは僕らのスタジオで「アウト・オブ・ザ・フレッシュ」を録音し、それを僕らのレーベル、〈ダブルヴィジョン〉からりリースした。この作品がチャックをMCAのレーベル契約へと導いたんだ。それにフォン・スタジオ(Fon Studios)も誕生し、そこからいくつかの初期UKハウスが生まれた場所として知られることになった。その後、マーク・ブライドンやロブ・ゴードン(Fon Force)と『グルーヴィー、レイドバック・アンド・ナスティ』(90)で何曲かトラックを一緒にやったし、ロブ・ゴードンともゼノン名義で一緒にレコードを作った。

サンプリング・ミュージックは現代のダダイズムだと思いますか? それともまったく別物?

RHK:サンプリング・ミュージックは、とくにヒップホップはカットアップ・テクニックのほうに繋がってると思うよ。ダダイズムというよりはむしろね。

『グルーヴィー、レイドバック・アンド・ナスティ』で決定的に変わったのはベース・サウンドでしたが、それがハウス・ミュージックから学んだいちばん大きな影響ということになりますか? 曲によってはかなりファンキーで、テン・シティまで参加しているし、キャブスだと思えなかった人も多かったと思います。『ボディ・アンド・ソウル』(91)や『カラーズ』(91)では同じハウスでもストイックな曲調に戻っているので、あれはやはり一時の気の迷いということなのか。

RHK:『グルーヴィー、レイドバック・アンド・ナスティ』は、僕にとってキャバレー・ヴォルテールのアルバムのなかではお気に入りにはならなかったね。ホントに多くが外部からの影響でキャブスのサウンドが薄まってしまった。しかしながらマーシャル・ジェファーソンや当時のシカゴのハウス・ミュージックのパイオニアたちと一緒に出来たのは素晴らしい経験だった。アルバムと一緒に出した5曲入りのいい感じのアナログEPもあったよね。それらはウエスタン・ワークスでミックスされたから、キャバレー・ヴォルテールらしさが出てると思う(*アナログ初回のみに入っていた『グルーヴィー、レイドバック・アンド・ナスティEP』のこと)。

ちなみにレイヴ・カルチャーのことはどのように受け止めていたのでしょう。

RHK:レイヴ・カルチャーはその初期は面白かったけど、すぐに商業的になってしまったよね。

また、『グルーヴィー、レイドバック・アンド・ナスティ』(90)までキャブスがフォン・スタジオを使わなかったことや、〈ワープ〉から別名義でのリリースはあってもキャブス名義のアルバムをリリースしていないことも不思議に思います。『プラスティシティ』(92)や『インターナショナル・ランゲージ』(93)は〈ワープ〉のカラーにもピッタリ合っていたと思うのですが。

RHK:実はちょっとだけ『グルーヴィー、レイドバック・アンド・ナスティ』のときにフォン・スタジオを使ってるんだよね。「ザ・カラーEP」は当初〈ワープ〉からリリースの予定だったんだけど、結局自分らのレーベルからリリースすることになって、『プラスティシティ』や『インターナショナル・ランゲージ』も同様だった。これらのアルバムは当時からホントすごいアルバムだったし、その時代にたくさん出てた〈ワープ〉の作品とも相性が良かったと思うよ。

DJパロットとのスウィート・エクスソシストはどのようないきさつではじめたのですか?

RHK:パロットのことは、80年代半ばのシェフィールドのクラブシーンで知ったんだ。ウエスタン・ワークスに彼を誘って、僕がやっていた初期ハウス・ミュージックのトラックをいくつか手伝ってもらってたんだよね。そのちょっと後、彼がファンキー・ワームをはじめて、そのプロジェクトを終えてから、僕に「テストーン」を一緒に作らないかと誘ってきたんだ。その前、1986年に僕がキャバレー・ヴォルテールのライヴで彼にDJをやってくれるように頼んでたりもしたし。

「ヤッシャー」(83)や「ジャスト・ファッシネイション」を20年後にリミックスしているのは、やはり愛着がある曲だったからですか? リミックスがジ・オール・シーイング・アイ(=DJパロット)というのはわかりますけど、オルター・イーゴにリミックスさせるというアイディアはどこから? ジョン・ロビー同様、オルター・イーゴもあまりいいリミックスには思えませんでしたが……

RHK:オルター・イーゴのリミックスは〈ノヴァミュート〉からの提案だったんだ。僕はいいと思うけどね、(オリジナルとは)全く違うものだし。

同じく自分でリミックスを手掛けていた「Man From Basra Rmx」というのはイラク戦争と何か関係があるんですか? 

RHK:それはその通り。それにこの曲はプリンス・アラーとタッパ・ズッキー(*ともにルーツ・レゲエのアーティスト)による「Man From Bosrah」にも掛けてたんだ。僕は本当に、イラク戦争や大切な古代遺跡の破壊には反対していた。目的もなしに、それも誤った情報のもとに行われたんだよね。結局大量破壊兵器なんて見つからなかったし、イラクはいまや以前よりもっと危険なところになってしまった。

キャブスのスリーヴのデザイナーは、ネヴィル・ブロディ、ポール・ホワイト、デザイナー・リパブリックと一流どころが揃っていますけど、個人的にいちばん好きなデザイン・ワークはどれですか?

RHK:とくに好きなものはないね。しかし『#8385』(*今回、再発された3枚のアルバムを収録したボックス・セット)の新しいデザインはなかなかいいんじゃないかな。

いま、現在、ライヴァルだと思うミュージシャンは誰ですか?

RHK:ライヴァルはいないよ。

キャブスの活動停止後、30以上の名義を使って活動されていますが、その理由について教えて下さい。

RHK:過去にとらわれることなくオリジナルな音楽を作って行くためにやったことさ。

最後に、キャブスの再活動についてお話いただけますか?

RHK:キャバレー・ヴォルテールは“再活動”はできない。何故なら、いままでいちども活動をやめたわけではないからだ。つまり、メンバーが去って行っただけさ。クリス・ワトソンが1981年に脱退し、ステフェン・マリンダーが1993に脱退した。いまでは僕がただひとりのメンバーで、もっと多くのライヴやレコーディングもこれからやっていくと思うけど、懐かしい曲はやらないつもり。すべては新しいものになると思う。
 是非日本でもまたライヴしたいね。1982年の東京、大阪、京都でのキャバレー・ヴォルテールのライヴはすごくいい想い出でいっぱいで、それにライヴ音源を収録したんだ。結局そのライヴ・アルバムのミックスでその後3週間も東京にいることになったけど(笑)。

*日本でのライヴを収録した『ハ!』はマスター紛失のため、91年にミュートから再発されたものは、いわゆるアナログ起こしだったりする。ちなみにツバキハウスでライヴを終えたキャブスはその後、六本木のクライマックスに現れ、ナンパしまくりだったと(その時、DJをやっていた)メジャー・フォースの工藤さんが教えてくれた。そりゃあ、いい想い出でいっぱ……(後略)

E王
Cabaret Voltaire
The Crackdown

MUTE / TRAFFIC

Amazon iTunes

       
Cabaret Voltaire
The Covenant, The Sword and the Arm of the Lord

MUTE / TRAFFIC

Amazon iTunes

COGEE (BLACK SHEEP / SMASH YOUR FACE) - ele-king

BLACK SHEEP主宰。SMASH YOUR FACEのギタリスト。
https://blacksheepxxx.com/

【DJスケジュール】
11/9(fri)@吉祥寺CHEEKY
11/23(sat)@代官山AIR「MARK.E JAPAN TOUR」
11/30(sat)@半蔵門ANAGURA「BLACK SHEEP vol58」
12/7(sat)@新潟ARK
12/22(sun)@名古屋decibel&KALAKUTA DISCO
「BLACK SHEEP 名古屋出張編」

【LIVEスケジュール】
11/17(sat)@下北沢THREE「LESS THAN TV presents METEO WINTER」
11/30(sat)@三軒茶屋HEAVEN'S DOOR「三茶HxC vol.111」

お金では買えない価値のある音源10選


1
切腹ピストルズ - 流出音源その一
https://seppukupistols.soregashi.com/01_lostvirgin.html

2
切腹ピストルズ - 流出音源その二
https://seppukupistols.soregashi.com/02_lostvirgin.html

3
RISE FROM THE DEAD feat UG KAWANAMI
https://soundcloud.com/ug-kawanami/rise-from-the-dead-feat-ug

4
RISE FROM THE DEAD feat UG KAWANAMI - Black Funk Ill Kill(Original Version)
https://soundcloud.com/ug-kawanami/r

5
TELEPATHY(EYE&UG KAWANAMI) - Secret(Inst.)
https://soundcloud.com/ug-kawanami/telepathy-secret-inst

6
CMT - EYESCREAM MIX
https://soundcloud.com/sbmrecordings/eyescream-mix-mixed-by-cmt

7
DJ HIKARU - Beats in Space MIX
https://www.beatsinspace.net/playlists/439

8
MOODMAN - DJ Mix Show“MOODMANOW ”0912 from VINCENT RADIO
https://soundcloud.com/vincent_archives/moodmanow_0912

9
DETOXX - DOMINGO from himcast
https://www.himcast.com/2013/06/15-domingo-detoxx-blacksheep-629.html

10
LIL'MO FO / SEP 5TH 2013 AT GARAM BAR TIME
https://soundcloud.com/lil-mofo-business-4/sep-5th-2013-lil-mofo-at-garam

Soundcloud : https://soundcloud.com/mamazu
Tumblr : https://mamazu.tumblr.com/
Twitter : https://twitter.com/_Mamazu_
Instagram : https://instagram.com/mamazu
HP : https://www.hole-and-holland.com/

SCHEDULE
11/8 (FRI) @ 吉祥寺 CHEEKY
11/17 (SUN) @ 青山 蜂 
11/23 (SAT) @ 代官山 AIR
11/26 (TUE) @ 神宮前 BONOBO
11/30 (SAT) @ 半蔵門 ANAGLA 
12/8  (SUN) @ 代官山 SALOON
12/14  (SAT)@ 西新宿 LOUVER
12/23 (MON) @ 代官山 SALOON
12/25 (WED) @ 神宮前 BONOBO
12/28 (SAT) @ 静岡 EIGHT&TEN
12/29 (SUN) @ 代官山 UNIT&SALOON
12/30 (MON) @ 中野 HAEVYSICKZERO
1/25 (SAT) @ 代官山 UNIT&SALOON


1
SIGNUS - BLACK HOLE - Promo

2
SOFT CELL - MEMORABILIA - NOT ON LABEL

3
Bottin - Plastic (incl. In Flagranti Remix) - Tin

4
POCKETKNIFE - CANYON DANCING 2 - WILDE CALM

5
DONDOLO - Dragon - TINY STICKS

6
MZKBX - DOMM BEAT - Macadam Mambo Trax

7
AFELAN - MDOU MOCTAR - SAHELSOUND

8
WARREN SUICIDE - WORLD WARREN REMIXES - Shitkatapult

9
HOLDEN - THE ILLUMINATIONS - Border Community

10
DANIEL STEINBERG - BAILANDO - Front Room

Nasca Car - ele-king

 ぼくが4半世紀にわたって応援している広島カープが16年ぶりのAクラス入り、初のクライマックスシリーズ進出! というのに大いに盛り上がっているあいだに、関西インディーズ・シーンの裏番長ナスカ・カーが11年ぶりの新譜をリリースした。

 そもそもナスカ・カーは90年代前半に、中屋浩市(最近では非常階段や関連ユニットでの活躍で知られる)、吉田ヤスシ、Dj タトルの3人で結成(経緯はこちらにくわしい)。当初は特撮番組などのサンプリングを駆使して緻密に構成されたエレクトロ?バンドであり、「西の電気グルーヴ」と称された(「東のX、西のCOLOR」の引用だろうか)。当時、高円寺20000Vの壁に貼られた印象的なチラシの数々を記憶している人もいるだろう。
 吉田・タトルの脱退後も中屋を中心にバンドは継続、ディープ・パープルばりの回数に及ぶメンバー・チェンジを経て制作された今作はその名も『最新録音盤』。次作が出ない限りは永久にこれが最新になるわけで、これが最後のアルバムになるかもしれないという覚悟がタイトルからも感じられる。これがなんと、サンプリングゼロ、ほぼバンド演奏のロック・アルバムとなった。11年前の前作(アルバム・タイトルは無し。CDの背の部分には「CDお買い上げありがとうございます!」と書かれているが、これがタイトルというわけではないと思う……)では現アメリコの西岡由美子(現・大谷由美子)がヴォーカルだったのだが、現在では中屋が自らヴォーカルを担当。
 元メルト・バナナで、現在は奇形児、前野健太とソープランダーズ、石橋英子withもう死んだ人たち、ジム・オルークのレッド・ゼツリンやマエバリ・ヴァレンタイン、EP-4等々数々のバンドに参加しているマルチプレイヤーの須藤俊明が半分以上の楽曲でギター、ピアノ等を演奏、共同プロデュースとして名を連ねているほか、ゆかりのある顔ぶれが多数ゲスト参加している(というか、ゲストなのかメンバーなのか線引が曖昧なようで、例えば須藤は中ジャケではしっかりメンバーとして写真も掲載されているにも関わらず、自身のブログでは「ゲスト参加」と表現してたりする)。
 ジャケットにウィリアム・ブレイクの引用が印刷されているほか、帯、トレー、裏ジャケに併記された日本語・英語タイトルの数々など、サウンド以外の部分における情報過多なサンプリングぶりは健在だ。
 元マドモアゼル・ショートヘア!のホダカナオミをヴォーカルに迎えた呪術的なヘヴィ・サイケナンバー“ドアを開けろ”からはじまり、打ち込み+生楽器による重量級ハード・ロックが中心(曲によってはツインドラムだったりする)となっている。「地デジのテレビはもう必要ない」と連呼し「衛星放送と契約だ」と締める“N.O.T.V.”などは、「うちにはスカパー!があればいい」と言い切った野田編集長も共感するところではなかろうか。
 ホダカのコーラスをフィーチャーしたドリーミーな“ハロー・グッバイ”、ブッダマシーンを使用した涅槃サイケ“天国への道”(昨年中屋が体験した臨死体験に触発されてるのだろうか)、ファズベースとドラムが怖-COA-を思わせる“ラン・ベイビー・ラン”など、熱いハード・ロックに混じって収録されたインタールード的な小曲もいいアクセントになっている。
 ガバキックに乗せた“嫌われ者のパンク2013”、中間のインプロ部分が大胆な“インプロヴィゼーション・アナーキー2013”など、関西ノーウェイヴの始祖・ウルトラビデのカヴァーという形による関西パンク源流への言及など、近年の非常階段での活動も併せて考えると興味深い。
 最後の“斬る!斬る!!斬る!!!”はスラッジコア的な重いリフの反復からギターとシンセによるノイズになだれ込んで終了。20年にわたる活動の総決算にふさわしい濃厚な油っこさと熱量を持った、中屋の愛する天下一品のこってりラーメンのようなアルバムである。これが最後とか言わずに、カープがリーグ優勝する前に次作をお願いしたい。

Mau Mau - ele-king

 マウ・マウは、DAFの初期メンバー、ヴォルフガング・シュペルマンス(g)とミヒャエル・ケムナー(b)のふたりを中心としたノイエ・ドイッチェ・ヴェレのバンドで、1982年の1枚のアルバム『クラフト』と2枚のシングルを残したまま歴史から消えたバンド。今回、東京の〈スエザン・スタジオ〉が、その『クラフト』11曲と録音はしたもののお蔵入りとなっていた幻のセカンド・アルバム『Auf Wiedersehen』の楽曲10曲、そしてシングル曲“Herzschlag”を加えた構成でリイシューした。『クラフト』自体が、1982年に出たきり、30年以上も知る人ぞ知る隠れ名盤となった。また、追加されている幻のセカンドの10曲など、これまで聴きようのなかったもの。しかも、レーベルのサイトの直販で買えば、シュペルマンスがマウ・マウス解散後にジャッキー・リーベツァイト(カンのドラマー)らと組んだプラザ・ホテル名義の唯一の作品「Bewegliche Ziele」のCDも付いている。すでに発売から日数が経っているのでコアなドイツ好きはゲットしているようだが、まだご存じではない方のために紹介しておきましょう。
 中古で高額な作品の内容が良いとは限らないのは当たり前だが、マウ・マウは素晴らしい。『クラフト』は、DAFとワイヤーが出会ったようなミニマリズムがあり、ファンクがドイツのポストパンクに染みついているところも他にはない魅力となっている。ワンコードの、リズミックなシュペルマンスのギターとケムナーのベースの絡みが最高だ。ふたりの演奏は、DAFの名曲“ケバブ・トラウム”のオリジナル・ヴァージョンや〈ミュート〉からのセカンド・アルバムでも聴けるが、マウ・マウは、1980年あたりのDAFのサウンドのもうひとつの洗練された発展型だと言える。
 『Auf Wiedersehen』は、エレクトロニックな要素が大幅に入ったニューウェイヴ・ディスコ・スタイルで、『クラフト』よりもポップになっている(サックスもフィーチャーされている)。1983年というと、ニュー・オーダーの「ブルー・マンデー」ではないがリップ・リグ&パニックもキャバレ・ヴォルテールもパレ・シャンブルグも、ニューウェイヴがいっきにディスコに走っている。『Auf Wiedersehen』もまさにその時代の音だが、やはりここにもファンクのセンスがあって、しかもそれはノイエ・ドイッチェ・ヴェレらしい反復の美学とドイツ語のあの独特の空気感のなかにある。

!!! - ele-king

ディスコ・パンクがインになっているような気がする。と思ったのは!!!の今年の新作『スリラー』を聴いたとき……ではなく、じつを言うとファクトリー・フロアのシングルおよびそれに続くアルバムを聴いたときだが、FFがハウス全盛のUKのなかでもひときわ異彩を放っているのは、それを「パンク」とどうしても呼びたくなる乾いた攻撃性によるものだろう。10年ほど前、NYを中心としてそれをディスコやハウスの色気と繋いだのがディスコ・パンクだった。アーケイド・ファイアの新作における“リフレクター”でジェームズ・マーフィがサウンドに関与した途端、バンドにそれまでなかったセクシーさが導入されていたのはその成果であり、また、再びその時代がやってきたような予感がさせられるものである。かつてのディスコ・パンクを定義したトラックのひとつ、!!!の傑作シングル“ミー・アンド・ジュリアーニ・ダウン・バイ・ザ・スクール・ヤード(ア・トゥルー・ストーリー)”からすでに、10年経っているのだ。サイクルが一周したとしても不思議ではない。今年の〈エレクトラグライド〉にファクトリー・フロアと!!!が出演するのは、なかなか象徴的な出来事だと思う。

 とはいえ現在!!!がいる場所は、かつてと同じではない。僕のフェイヴァリット・アルバムはいまでも2007年のジャム・ファンク作『ミス・テイクス』だが、その当時の彼らの魅力であったハードコア・バンド出身ならではの汗臭さや暑苦しさを彼ら自身がかなぐり捨て、スタジオ・バンドとして洗練されたダンス・トラックを制作することを目標としたのが『スリラー』だった。アルバム・タイトルにもあるようにマイケル・ジャクソン的なR&Bの要素が注入され、その代表と言えるトラック“ワン・ボーイ/ワン・ガール”を聴いて浮かぶのは地下のライヴ・ハウスに集まる男連中の姿ではなく、ステージ上で衣装を着たファンク・バンドである。いわば、ディスコ・パンクにおけるディスコの部分を研ぎ澄ましていった過程が見える。ただいっぽうで、パンクの部分がやや見えにくくなったことが寂しく感じられもした。
 だが、その“ワン・ボーイ/ワン・ガール”をハウス・ミュージックの大物モーリス・フルトンがリミックスしたヴァージョンを聴けば、!!!が試みたことのさらなる成果が感じられる。音数を絞ったなかでブリブリ響く太いベースと軽快に鳴らされるパーカッション。サウンドが整頓されたことによる、これほど効果的なグルーヴはかつての!!!にはなかったものだ。ダンス・バンドとしての!!!の楽曲の快楽性が引き出されている。
 『R!M!X!S』は『スリラー』期のトラックのリミックスがまとめられた編集盤だが、総じてクラブ・ミュージックとして調理されており、逆流して『スリラー』のダンス・トラック集としての出来栄えの良さを証明しているように思える。ディープ・ハウス・トラックがヒットしたアンソニー・ナプレスによる“カリフォルニイェー”のミニマル・テクノ・ヴァージョンなどは、下手したら原曲以上にパンキッシュで格好いいし、〈100%シルク〉からのリリースで知られるアレックス・バーカットによる“スライド”はハードなテクノ・トラックとして否が応でも身体を揺らすだろう。面白いのはパトリック・フォードがトラックを手がけ、メイン・アトラクションズがラップする“カリフォルニイェー”で、このスクリュー感はもはやクラウド・ラップのそれである。

 かつて!!!はパーティやダンスに対する執着を“ミー・アンド・ジュリアーニ~”で「なぜだが分からないが、その魅力に抗えないもの」として表現していた。それは、ディスコやハウスに憧れたパンク・バンドによる素朴な愛の表明だったろう。が、それから10年が経ち、バンドはよくコントロールされたダンス・ミュージックを提供して、ひとを踊らせることに完全に奉仕している。それはパーティ・バンドとしての覚悟である。

R.I.P. Lou Reed - ele-king

彼の死によって失われたもの三田格

 今年はルー・リードのニュースが続いた。
 最初は妻のローリー・アンダースンがひそかにルー・リードが肝臓を取り替える手術(最初はそのように表現されていた)を行い、成功したことを伝えるものだった。その時はそうかと思っただけだった。続いて、ミュージシャンがミュージシャンの作品をレビューするthetalkhouse.comで、ルー・リードがカニエ・ウエストの『イーザス』を詳細に分析し、絶賛しているというものだった。その時もそうなのかと思っただけだった。

 最後のニュースは手術が必ずしも成功ではなかったことを伝えるものだった。今度もそうかと思うしかなかった。最初に思い出したのは寺山修司のことだった。寺山が47歳で亡くなったのは医師の誤診であり、寺山は「治すことよりも創作の道を選んだ」という武勇伝は、その医師によって流されたデマだったということが死後20年も経過してから明かされた。僕もずっと、このデマを信じていた。誤診でなければ、寺山は死ではなく、治すことを選択していただろうというメッセージが田中未知の回想録からは発せられている。当たり前のことだけれど、ルー・リードも潔く死ぬのではなく、生きて作品をつくりたかったから肝臓の移植手術を受けたのである。カニエ・ウエストの作品評を読んでいると、ルー・リードがカニエ・ウエストを評価しているのは「インターネットに通じているからだ」と読めなくはない箇所がいくつかある。単純に考えればルー・リードはインターネットに何かを感じていたことになる。一度はナップスターに潰されたともいえるメタリカとのジョイント・アルバムが最後の作品になったのは、多少とも皮肉ではあるけれど。
 ルー・リードは『ブルックリン最終出口』が映画化された際、「自分はここから来た」とコメントしていたことがあった。ゲイやジャンキーが吹き溜まり、どう足掻いても出口のない世界はもしかすると現在のインターネットにも通じるところがあるのだろう。その原風景は寺山修司とも交友関係があったネルスン・オルグレンの小説群、それこそ『荒野を歩め』や『黄金の腕を持つ男』に求められる。これらの作品が映画化され、エルマー・バーンスタインによってつけられた曲が“サンデー・モーニング”であり、“ウォーク・オン・ザ・ワイルド・サイド”だった。あるいはビリー・ホリデイやマゾッホからルー・リードは曲のタイトルを拝借している。それらはフリークスたちを肯定しているというよりは、どこか突き放した視点で切り取られたものであり、デヴィッド・リンチがヒッピーを揶揄したり、ハーモニー・コリンが社会の落伍者に居場所を与えるようなものともどこか違っていた。キャロラインやジム、レイやサリーを小説の登場人物のように扱い、どちらかというと寺山修司がトルコ嬢(当時)の言葉を哲学者の言葉と並べて、ある種の認識に辿り着こうとする手口とどこか似通っていた。ルー・リードはドラッグのヘヴィ・ユーザーではなく、それによってダメになっていく人間を冷静に観察していたフシがあるという証言を読んだこともある(そう、彼はフォークナーに対抗意識を燃やしていた)。

 訃報を聞いて24時間以内にでっち上げるような追悼文はそろそろ終わりにしよう。安っぽい感情に飢えている読者にはお気の毒だけれど、彼の死によって失われたものは、そのような感情とはかけ離れたものだと思うからである。そして、『コニー・アイランド・ベイビー』でも聞きながら、こんな文章は書くんじゃなかったと後悔でもするのがちょうどいいような気がする。ルー・リードのどこか醒めた雰囲気に僕はきっと影響を受けたのだから。

 ……と、28日の夜から朝にかけてここまで書いた後、もうひとりの追悼文が揃った時点でサイトにはアップするということになったので、そのままデヴィッド・ボウイやジョン・ケイルの追悼文を眺めていた。そして、あろうことかローリー・アンダースンのそれに少しひっかかりを覚えてしまった。もはや手の施しようがないとわかると、それ以上の治療を諦めたルー・リードが自然のなかで息を引き取ることを選らんだというのである。事実はそれでもいいけれど、それを公表するかどうかはまた別のことである。パティ・スミスによればローリー・アンダースンの疲労も相当なものに見えたというから、強く言いたいわけではないけれど、都市文化の代名詞たるルー・リードが死に場所として選んだところはやはり都市であったと誤解をさせて欲しかった。ヒッピーたちが野に山に自由を求めた後、都市から逃れられなかった感性をルー・リードはロック文化に取り戻した人なのである。彼女がルー・リードは「この世の痛みと美しさを歌った」と思っているなら、それはなおさらである。そうした「痛みや美しさ」は自然のそれから生まれたものではない。いま、世界中の都市や文化が「ニュー・ヨークは錆びついた」と過剰に批判したがる。それだけ70年代のニュー・ヨークは羨望の的だったのである。ジョン・キャメロン・ミッチェル監督『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』を観るまでもない。

 昨日(6日)、新宿から離れようとしない戸川純のライヴを観に行った。ルー・リードが亡くなったことをメンバーに知らされたという彼女は慈しむように「ファム・ファタール」を歌い、「合掌、ルー・リード」とだけ言った。

»Next 「UP AND WALK」山崎春美

[[SplitPage]]

UP AND WALK山崎春美

 なんなんだろう、これは。いや、なんて言えば。わかってもらえんねやろ。
 ある時はかなしい。だけど悲しみだけでは、万に一つも勝目はない。あばら骨1本残さずしゃぶり尽くされ、遂には草木も生えない。あるのは、残されたのは、怒りと憤りの連鎖からくる、やり場のない憤怒。かされるためだけの激怒。
 ルー・リードだって死ぬ。かつてウォーホル死亡のニュースを受けた誰か日本人が 「ウォーホルでも死ぬのか」という見出しで、その死を報じたことがある。ルー・リードは長く生きたし(71歳)、半世紀近く前なら考えられないほど多くのリスナーに、幸運も含めた彼の才能を堪能させたし、ある意味、大往生だろう。
 そんなことより、少しショックなのは、「若死にではないロックの死者」の出現だ。
 そら構へんで。なにもかにも社会のせいにしておきながら、幸運だけを己の手柄にして生きていくのかて、「あり」。ありもあり、大あり。
 と、すれば、こんどは誰も彼もがお悔やみや「鬱」に入ったとき、いったい誰が銃を忍ばせた棺桶を引きずってくれる? 或いはカタナをか。
 なにも空を見上げて、UFOを探してるわけじゃない。
 そういやUFOって、なんでいっつも真昼に見つかるんかな。夜には円盤、飛ばへんのか? 鳥目か? それと? え? ああそうか、飛んでるんちゃうんか。あれは「浮遊」しとるだけか。型式古いのやったら、さしづめ「徘徊」やな、きっと。
 “SAD SONG”の邦題“悲しみの歌”は絶対に、SWAN SONGではない、と云う信念持ってるんなら最後まで意地通したらなあかんで。けど、そもそもが成れるわけないんだ、家鴨は白鳥には成らない。
 正直に、ありのままを、って? あんた、酔ってんのか、飲んでるんか、この真っ昼間から。
 正気で言ってるんか、ほんまに?
 
 大阪公演は1日だけだった。1975年7月。
 1970年頭からの5年ほどで、いったい何人、何バンド、日本に来たことやら。もうええんちゃうか、大概にしときや、と言いたなるくらい、あらかた来たんとちゃうかな、有名どころは。さぁ。とってもよう勘定しきれん。
 例の、払い戻し騒動にまでなって、ミック・ジャガーだけはダメ、(日本には)入れさしたらへん、とかってなって。そのストーンズの来日公演中止から、さらに2年半が過ぎていた。さすがにあの狂騒ぶりは止んで久しいけど、それはそうと、さてチケットを買いに行かなければならない。ほんとうのところ、デビッド・ボウイもマーク・ボランも、人気度も客層もまあ、読める。而してルー・リードは? まるでわからない。まるっきり読めない。けど。いつ行こうか。一人ぼっちなくせに、独り言とも腹話術ともつかず、決着・決断さえできない子ども心にも、“ヘロイン”という歌を作詞する歌手を入國させるのだろうかとは、考えた。ストーンズの騒ぎを思うと、よっぽど前の晩から並ぶべきか? 悩んだ。悩んで悩み抜いた末に、結局プレイガイドに並んだのは早朝である。そのプレイガイドでは二人目だった。一番は女で、もちろんボクよりだいぶんと歳上そうだ。ボクは高二だった。それから、ふと振り返るとあっという間に行列が出来ていたのには驚かされた。
 暑かった。とにかく暑くてどうすることもできなかった。暑さが目に焼きついた。大阪の夏は今でもやっぱり暑いけど、印象では当時はもっともっと、輪を掛けてさらに容赦なく、お天道様の気まぐれ、わがままお陽さまだけやり放題で、ぎらぎらと照りつけては、まるでボクたちの、ボクらの、いいえ、いいや、ボクだけなのかも知れないけど、とにかくボクの前に立ちはだかっては、いつもボクの行手を阻む。
 なるほどね。実際問題、ボクは苦労している。それも相当に参っており、更には、「弱って」きている。こいつぁほとんどギリギリまで切羽詰まっているよな。いまさら口にしたところで無駄だけど。華厳の滝の白糸だけが命綱である。いいんだよね、これで? だってだって。
 だってコレって、ボクの「産みの苦しみ」と「生まれいずる苦悩」をこそまさしく地の果てまでも(血のパテまで……いや、知の糧までも、か)踏み越えて、ハナも嵐も踏んづけて、ひたすら苦しみ抜くことこそが、ボクに与えられた命題であり宿題であり、求められているすべてだろう。

 チケット購入時の行列を思えば、案に相違してか、どうかルー・リードのファンは、大阪にも結構いたんや! これは新鮮な驚きだった。ただし、たぶんに排他的な人びとだろう。などと勝手に忖度する。スマホどころか携帯電話もウオークマンも持たず、黙々と各々一人ずつで並んでいた。まぁ早朝のチケット確保は仲間内の一人だけ行けばいいんだけど。
 当時のロック雑誌では、取り上げないか、TOKYOジョー(3年前に首吊り自殺した)か立川直樹が書くか。或いは下記のように揶揄されるか、だった。
 「こんな時代になってもまだ、Oh No No Noしか言えない男に用はない。そんな輩に構ってられるほど、こちとら、暇ではないのだ」
 「架空インタヴュー/
 わたくし『そして60年代の亡霊が……』
 ルー・リード『ギャッ!』(と言って、バラバラになる)」
 
 それでもなぜか、『ミュージック・ライフ』だったかに、米雑誌のインタビューを起こしたのが載っていた。そこでは「『ベルリン』が、70年代の『サージェント・ペパー』と呼ばれることについて」訊かれているルー・リードがいた。
  NHKラジオ(!)の「若いこだま」だったかで、初来日したルー・リードの特集番組が組まれた。パーソナリティの渋谷陽一がその時の様子を話す。
 「ふつうの来日したミュージシャンは、ましてアメリカ人なら尚更のこと、どんなに奇抜なステージを繰り広げるアーティストでも、いざ取材となれば、やあ、やあ、やあ元気かい? みたいな明るく気さくな人がほとんどなんですが、このヒトに限ってはまったくそんなことはなく、まるで正反対で……」と。
 そこで、相当に気難しそうだ、ということなのか、仲間内のギタリストをインタヴュアーに立てた、通訳は女性だった。現代ならその通訳者の名も紹介されるのかな。ともあれ少なくとも当時、その通訳女性がルー・リードの発言に明らかに困惑してる様子がありありと伺えた。
 いやいや、それだけではない。
 このインタヴュ-アは「自分の方がギターが上手い」等と言い出して、部屋はさらに重苦しい沈黙に包まれてしまう。たしか“Love Makes You Feel”と歌われた後に、Like Thisと言って、ギターソロが入る。そのギターのことだ。
 ただ、重苦しいだけで、怒ってはいないのか、あるいはバカにしていて、相手にしていないだけだろう。
 「そうですか。貴方がそう仰るんなら、貴方のギターの方がいいんでしょう」などと答えている。
 ちなみにボクは、このルー・リードのソロ1枚目、原題『LOU REED』が、フェチ的に好きだった。つまり中身の音楽はさておいて、レコード商品として、愛していた。
 まず邦題が素敵だ。曰く『ロックの幻想』。その投げやりさ。そして津波の来た都会の片隅に小鳥と宝石箱。そしてこれがまた、ソロになって以降の全アルバム中、なぜか、ルー・リードの顔がない!

 実を言うと、ボクはここに大きなカタツムリがいた、と長らく思い込んでいて、実際にはカタツムリなどいなかった事実に、非常に、衝撃を受けている。まだ立ち直れていない。
  ついでにもう一つ、『ベルリン』A面5曲目“How Do You Think It Feels”、これはシングル・カットされた。邦題が“暗い感覚”。 素晴らしい! このキッチュさこそCAMP!
 なにを言おうとしているかといえば、ルー・リードの問題とか価値は、楽曲だけではなく、タレント的なその存在にあるのだ。たとえば退廃。「ヘロイン」なんかやってないのか、ヘロインくらいはやったことがあるのか。永遠にそれが判らない。
 たしかに翌年発刊される『ロックマガジン』では、自明のようにルー・リードが、ジョン・レノンよりも、もちろんボブ・ディランよりも、重要な存在となっている。
 それはそうなのだ。そこにあるのは、いわゆる退廃とポップさがない混ざった、ある種のポップ・アートであり、楽曲もさることながら、彼自身が作品化しているのだ。
 それは、なんだろう、以前、山本精一氏も言っていたこととも通低していく。
 大阪、関西地方の文化が関係する。しかし、このことはいずれまたの機会に譲りたい。

 さてインタヴューだが、さらに重苦しい空気の中で、質問は間を埋めるだけになる。
 「なにを、普段は召し上がるんですか?」
 通訳嬢はさいしょ、
 「海藻……海藻を食べていると……あ、ちょっと待ってください。」
 しばらくの間、ぼそぼそと英語でやり取りした後。すこしだけ笑いながら、(これはやや恐怖の笑いだ)
 「あのー、椅子、椅子を食べているそうです」

 フェスティバルだったかなとも思い、昔の『ロックマガジン』を引っ張り出してきて見てみると厚生年金会館だった。
 この、あろうことか大阪で編集された雑誌の創刊は翌年76年春なので、探したのは来日の告知や宣伝ではない。77年6月発行の同誌8号に、75年当時の呼び屋さんが、2年前の思い出話を書いていたのを思い出したからだ。
 それによれば、泊まったのは中之島ロイヤル。でも何気に印象の残るのは「新大阪に迎えに」行った、というくだりだ。新幹線なのね。
 そりゃあ、グリーン車だろうけど。
 と、云うのもピンク・フロイドを筆頭にそれまでの海外バンドは、機材その他その他その他のそのだその他で、大型のウイング車に、でもリーチフォークで総重量が半端じゃないだろうから。なんの根拠もなく勝手に、機材はトラックで陸送。本人は飛行機、と決めつけていたからだ。
 前座はなし。
 そしていよいよはじまる。
 たしかタンクトップを着ていた気もするけど、それはボクの方だったかも知れない。あるいはどっちも着ていたのかも。すでに『ロックンロール・アニマル』は発売されていて、「ディックとスティーブになにがあった?」というブートのタイトルじゃないけど、あのツイン・ギター目当てのヒトだって、いたかも知れない。いやかく言うボクは高2だったため、すでに7日(火)、9日、10日と東京で行われたコンサート!(滅多にライヴとも、ましてやギグなんて言うわけない)での情報を得る手段がない。だから編成を知らない。
 やがてその催しの終わり頃に、インタヴュー時と同じ動作をはじめた。ただし、こちらは器用に回転して、そして倒れない。
 インタヴューでルー・リードは
 「ダンスとは、どんなダンスですか?」にこう答えた。
 「UP AND WALK」

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727 728 729 730 731 732 733 734 735 736 737 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 749 750 751 752 753 754 755 756 757 758 759 760 761 762 763 764 765 766 767 768 769 770 771 772 773 774 775 776 777 778 779 780 781 782 783 784 785 786 787 788 789 790 791 792 793 794 795 796 797 798 799 800 801 802 803 804 805 806 807 808 809 810 811 812 813 814 815 816 817 818 819 820 821 822 823 824 825 826 827 828 829 830 831 832 833 834 835 836 837 838 839 840 841 842 843 844 845 846 847 848 849 850 851 852 853 854 855 856 857 858 859 860 861 862 863 864 865 866 867 868 869 870 871 872 873 874 875 876 877 878 879 880 881 882 883 884 885 886 887 888 889 890 891 892 893 894 895 896 897 898 899 900 901 902 903 904 905 906 907 908 909 910 911 912 913 914 915 916 917 918 919 920 921 922 923 924 925 926 927 928 929 930 931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 941 942 943 944 945 946 947 948 949 950 951 952 953 954 955 956 957 958 959 960 961 962 963 964 965 966 967 968 969 970 971 972 973 974 975 976 977 978 979 980 981 982 983 984 985 986 987 988 989 990 991 992 993 994 995 996 997 998 999 1000 1001 1002 1003 1004 1005 1006 1007 1008 1009 1010 1011 1012 1013 1014 1015 1016 1017 1018 1019 1020 1021 1022 1023 1024 1025 1026 1027 1028 1029 1030 1031 1032 1033 1034 1035 1036 1037