「IR」と一致するもの

interview with Dry Cleaning - ele-king

 『Stumpwork』というのはおかしな言葉だ。口にしてみてもおかしいし、その意味を紐解くのに分解してみると、さらに厄介になる。「Stump(=切り株)」とは、壊れたものや不完全なもの、つまり枯れた木の跡や、切断された枝があった場所を指す。そして、そこに労働力(= work)を加えるのは奇妙な感じがする。

 「Stumpwork」とは、糸や、さまざまな素材を重ねて、型押し模様を作り、立体的な奥行きを出す刺繍の一種で、もしかしたら、そこにドライ・クリーニングの濃密で複雑なテクスチャーの音楽とのつながりを見い出すことができるかもしれない。しかし、まず第一に、この言葉が感覚的に奇妙でおかしな言葉であることを忘れないでいよう。

 フローレンス・ショウは、いま、英語という言語を扱う作詞家のなかでもっとも興味深い人物の一人であり、面白くて示唆に富む表現に関しての傑出した直感の持ち主である。アルバム・タイトルでもそうだが、彼女は言葉の持つ本質的な響きというテクスチャーに一種の喜びを感じているようだ。“Kwenchy Kups”という曲では、歌詞の「otters(発音:オターズ)」という単語で、「t」を強調し、後に続く母音を引きずっているのが、音楽らしいとも言えるし、ひそかにコミカルとも言える。また、「dog sledge(*1)」、「shrunking(*2)」、「let's eat pancake(*3)」といった言葉や表現には、「あれ?」と思うくらいのズレがあるが、言語的な常識からすると、訳がわからないほど逸脱しているわけではなく、ちょっとした間違いや、型にとらわれない表現の違和感を常に楽しんでいることがうかがえる。このような遊び心あふれるテクスチャーは、「Leaping gazelles and a canister of butane (跳びはねるガゼルの群れと、ブタンガスのカセットボンベ)」のような、幻想的なものと俗なものを並列させる彼女の感性にも常に息づいている。ドライ・クリーニングの歌詞は、物語をつなぎとめる組織体が剥ぎ取られ、細部と色彩だけが残された話のように展開する。何十もの声のコラージュが、エモーショナルで印象主義的な絵画へと発展していくのだ。

*1: 正しくはdog sled(=犬ぞり)。「Sledge」はイギリス英語で「そり」なので、dogと合体してしまっているが、dog sledが正確には正しい。
*2: 正しくはshrinking(=収縮)。過去形はshrank、過去分詞はshrunk、現在進行形はshrinkingでshrunkingという言葉は存在しない。動詞の活用ミス。
*3: 正しくはLet’s eat a pancakeもしくはLet’s eat (some) pancakes。文法ミス。冠詞が入っていないだけだが、カタコト風な英語に聞こえる。

 音楽性において『Stumpwork』は、彼らの2021年のデビュー作『New Long Leg』(これも素晴らしい)よりも広範で豊かなパレットを露わにしている。ドライ・クリーニングのサウンドは、しばしばポスト・パンクという伸縮性のある言葉で特徴付けられ、トム・ダウズの表情豊かなギターワークからは、ワイヤーの尖った音や、フェルトやザ・ドゥルッティ・コラムの類音反復音を彷彿とさせるような要素を聴くことができるが、彼は今回それをさらに押し進めて、不気味で酔っ払ったようなディストーションやアンビエントの濁りへと歪ませている。ベーシストのルイス・メイナード、ドラマーのニック・バクストンは、パンクやインディの枠組みを超えたアイデアやダイナミクスを取り入れた、精妙かつ想像力豊かなリズムセクションを形成している。オープニング・トラックの“Anna Calls From The Arctic”では、まるでシティ・ポップのような心地よいシンセが出迎えてくれるし、アルバム全体を通して、予想外かつ斜め上のアレンジが我々を優しくリードしてくれる。このアルバムは、聴く人の注意を強烈に引きつけるようなものではなく、煌めくカラーパレットに溶け込んでいく方が近いと言えるだろう。

 だがこの作品は抽象的なものではない。現実は、タペストリーに縫い込まれたイメージの断片に常に存在するし、自然な会話の表現の癖を捉えるショウの耳にも、そして彼女の蛇行するナレーションとごく自然に会話を交わすようなバンドの音楽性とアレンジにも存在している。ある意味、このアルバムはより楽観的な感じがあって、人と人がつながる幸せな瞬間や、日常生活のささやかな喜びに焦点を当てているのだが、やはり、フローレンスの歌い方は相も変わらず、不満げで、擦れた感じがある。イギリスの混乱した政治状況は、曲のタイトル“Conservative Hell”に顕著に表れているのだが、私は、とりわけ混乱した状況の最中にトムとルイスと落ち合うことになった。イギリス女王は数週間前に埋葬されたばかりで、リズ・トラス首相の非現実的な残酷さが、ボリス・ジョンソンのぼろぼろな残酷さに取って代わったばかりで、リシ・スナックの空っぽで生気のない残酷さにはまだ至っていないという状況だった。

 3年ぶりにイギリスを訪れた私は、いきなりこんな質問で切り出した。

最近のイギリスでの暮らしはどのような感じですか?

トム:ニュースを見ていると、まるで悪夢だよ。しかも、すべてはいままでと同じような感じで進んでいる。新しい首相が誕生したことで、ひとつ言えることは、いまがまさにどん底だってことで、保守党政権の終焉を意味してるということ。12年間も緊縮財政を続けたのに、何の成長もなかったから、上層部の議員でさえ、もはや野党になる必要があるなんて言っているんだ。まあ、良い点としては、次の選挙で保守党が落選することだろう。デメリットは、保守党落選まで、俺たちは、彼らが掲げる馬鹿げた政策に付き合わなければならないってことだね。

ルイス:うちの妹みたいに政治に全く興味のない人でも、「ショックー! マジでクソ高い!」って言ってるんだ。 請求書や食料の買い出しなど、いまは本当にキツイ状況になってる。

トム:まさにその通りだね。もし次の選挙で負けたいなら、国民の住宅ローンをメチャクチャにしてやればいい!


by Ben Rayner(左から取材に答えてくれたギターのトム、中央にベースのルイス、そしてヴォーカルのフローレンスにドラムのニック)

ニュースを見ていると、まるで悪夢だよ。しかも、すべてはいままでと同じような感じで進んでいる。新しい首相が誕生したことで、ひとつ言えることは、いまがまさにどん底だってことで、保守党政権の終焉を意味してるということ。12年間も緊縮財政を続けたのに、何の成長もなかったから、上層部の議員でさえ、もはや野党になる必要があるなんて言っているんだ。

私の家族も同じようなことを言っていますよ。さて、この話題をどうやって新しいアルバムにつなげようかな......(一同笑)。先ほど、普段通りの生活をしながらも、現在の状況が断片的に滲み出てきているとおっしゃっていましたね。もしイギリスの政治情勢がアルバムに影響を与えているとしたら、それは日常生活のなかに感じられる、そういったささやかな断片なのだと思います。例えば、ある曲でフローレンスは「Everything’s expensive…(何から何まで物価は高いし...)」と言っていますよね。

トム: 「Nothing works(何をやっても駄目)」そうなんだよ。俺たちがフローの歌詞についてコメントするのはなかなか難しいんだけど、彼女は、ひとつのテーマについて曲を書くということは絶対にしない人なんだ。彼女の曲を聴いていると、脳の働き方がイメージできる。俺は以前、自転車に乗っていて車に轢かれたことがあるんだが、気絶する直前、不思議なことがいろいろと頭に浮かんできたんだ。でも、さっき俺が言った「いままでと同じような感じで進んでいる」というのは、「いままでと同じような感じで進んでいるけど、すごく抑圧的な空気が影に潜んでいる」という意味なんだ。それでも仕事に行かないといけないし、請求書も払わないといけないし、日常のことはすべてやらないといけない。ただ、政治情勢がね……俺たちは12年間この状況にいたわけで、少しでも好奇心や観察力がある人なら、その影響を受けていると思うよ。

ルイス:俺たちはいつもひとつの場所に集まって、一緒に作曲をする。フローは、自分の書いた歌詞を紙に束ねて持って来るから、それを組み合わせたり、繋げたり、丸で囲んだり、位置を変えたりしている。そうやって、様々なアイデアが集まるコラージュのようなものを作っているんだ。

(ドライ・クリーニングの音楽を)聴いていると、何かの断片が自分を通り越していくような感じがするんです。

トム:でも、ランダムってわけじゃない。彼女は、歌詞を一行書くと、次は、逆の内容を書くという性分みたいなものがあると思う。響き的にも、テクスチャー的にも、コンセプト的にも、まったく違うものを書くんだよ。例えば、絵を描くときに、すべての要素がうまく調和するようにバランスをとっているような感じかもしれない。

ルイス:俺たちが自分たちのパートを演奏することで彼女の歌詞に反応するという、会話みたいなことをたくさんやっているんだ。

(アルバムには)日常生活の断片のような一面もあるので、自分たちでアルバムを聴いていて「あ、この会話覚えてる……」と思ったりすることはあるんですか?

トム:ああ、たしかに俺たちの言ったこととか、自分がいた場で友だちが言ったこととかが、歌詞に入ってるよ。

ルイス:俺たちの演奏と同じように、彼女も即興で歌詞を書くことが多いし、あらかじめ考えたアイディアも持っている。バンドで演奏しているときは、その場の音がかなりうるさいから、ヴォーカルだけ別録りして、フローが言ったことを自分で聴き返せるようにしたんだ。今回のアルバムでは、ファーストよりも、レコーディングのプロセスで歌詞を変えていたことが多かったみたいだけど、それほど大きな違いはなかったと思う。

トム:それは、スタジオでの即興をたくさんやったからということもある。でも、だいたいの場合、フローは俺たちが曲を作り始めるタイミングと同じ時に作詞をはじめるんだ。曲を書きはじめる時はみんなで集まって、ルイスが言っていたように、フローがやっている何かが、俺たちのやっていること、つまりサウンドに影響することがよくあるんだよ。“Gary Ashby”を作曲しているときは、フローが、行方不明になった亀について歌っていると知った時点で、こちらの演奏方法が変わった。フローが言っていることをうまく強調する方法を探したり、フローの歌詞をもっと魅力的にできるように、もっとメランコリックにできるように工夫する。以前なら使わなかったマイナーコードなどを使うかもしれない。音楽を全部作った後に、彼女が別の場所で歌詞を書くということはめったにないよ。もっとオーガニックな形でやってるんだ。

ルイス:俺たちは、他のメンバーへの反応と同じような方法で、フローにも反応する。俺がドラムに反応するのと同じように、彼女のヴォーカルにも反応するし、その逆もしかり。(フローの声は)同じ空間にある、別の楽器なんだ。

初期のEPや、特に前作と比べて、(作曲の)アプローチはどのように変化したのでしょうか?

トム:作曲のやり方はいまでも変わらないよ。基本的にみんなでジャムして作曲するんだ。

ルイス:携帯電話でデモを録ることが多いね。みんなでジャムしていて、「これはいい感じだな」と思ったら、誰かが携帯電話を使って録音しはじめる。そして、翌週にその音源で作業することもあれば、半年間放置されていて、誰かが「そういえば、半年前のジャムはなかなか良かったよな」って思い出すこともある。ほとんどの曲はそんな始まり方だよ。今回はスタジオにいる時間が長く取れたから、意図的に、曲が完成されていない状態でスタジオに入ったんだ。

トム:そう、アプローチの違いは、基本的に時間がもっと使えたということ。前回は2週間しかなくて、なるべく早く仕上げないといけなかった。

ルイス:それに、ファースト・アルバムのときは、事前にツアーをやっていたから、レコーディングする前にライヴで演奏していた曲もあったんだ。今回は、ツアーができなかったから、アルバムをレコーディングし終わって、いまはアルバムの曲を練習しているところなんだ。

なるほど。曲を作曲している段階で、観客の存在がなかったということが、この作品のプロセスにどのような影響を与えたのか気になっていました。

トム: 実際に曲をライヴで演奏して試してみないとわからないから、何とも言えないね。その状況を受け入れるしかなかったよ。ライヴで曲を演奏することができなかったから、自分たちがいいと思うようなアルバムを作ることにしたのさ。

ルイス:(自分たちの曲を)聴くってことが大事だと思う。スタジオでは、また違った感じで音が録音されるから。スタジオで実験できるのはとてもいいことだし、俺たちの曲作りのプロセスには聴き返すという部分が多く含まれている、ジャムを聴き返すとかね。もし俺たちがレコーディングして、それを聴き直して編集するという作業をしていなかったら、ほとんどの曲は、演奏していて一番楽しいものがベースになるだろうけど、実際はほとんどそうならない。聴き返すということをちゃんとしているから。ライヴで演奏できなかったけれど、結局、同じようなことが起こったと思う。つまり、何が演奏して楽しいかよりも、何が良い音として聴こえるか、ということに重きが置かれることになるんだ。

トム:それと、1枚目のアルバムで学んだのは、あるひとつの方法でレコーディングしたからといって、必ずしもそれがライヴで再現される必要はないということ。だから、今回のアルバムをいまになって、またおさらいしているんだ。アルバムには絶対に入れるべき要素もあるけれど、また作り直していいものもある。『New Long Leg』のツアーでは、“Her Hippo”と“More Big Birds”に、新しいパートを加えたり、尺を長くしたりしていたから、この2曲は(アルバムヴァージョンより)少し違う曲になったんだ。

ルイス:偶然にそうなるときもあるよね。ツアーを通して、曲が自然に進化していくこともある。

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俺たちはいつもひとつの場所に集まって、一緒に作曲をする。フローは、自分の書いた歌詞を紙に束ねて持って来るから、それを組み合わせたり、繋げたり、丸で囲んだり、位置を変えたりしている。そうやって、様々なアイデアが集まるコラージュのようなものを作っているんだ。

今回のアルバムを聴いていてしばしば感じたことなのですが、曲が自然な形で完結し、これで終わりかなと思ったらまた戻ってきて、それが時にはそれまでとは全く違う感じになっているということがありました。それも、スタジオで色々と作業する時間が増えたからなのでしょうか?

トム:それにはいくつかの要因があると思う。まず、“Every Day Carry”を作ったときは、初めてスタジオで三つのパートを作って、そのなかでも即興演奏を加えたりした。“Conservative Hell”のときは、曲の最後の部分は、曲の最初の部分を完成させてから、何かが足りないと感じていたところに、ジョン(・パリッシュ、プロデューサー)が、何か作り上げようという気にさせてくれたから、出来たものなんだ。

ルイス:ファースト・アルバムでは、ジョンは曲を短くするのがとても上手だったけど、“Every Day Carry”では曲を伸ばそうという意図があった。ジョンにとっても、そのプロセスが実は楽しかったみたいだ。セカンド・アルバムのときも、ジョンはまた曲を短くするんだろうと覚悟していたんだけど、彼はもっと曲を伸ばそうとしていた。長くするのを楽しんでいたみたいだった。「曲は長い方がいいんだ!」とか言って。ジョンが曲を長くしてくれたことに、俺たちは驚きだったよ。

プロデューサーのジョン・パリッシュのことですね?

ルイス:そう。

ジョン・パリッシュは、私の地元ブリストル近辺の出身なんです。彼は、私が大好きなアルバム、ブリリアント・コーナーズの『Joy Ride』をプロデュースしたんですよ……(一同笑)。彼が他にも、さらに有名なアルバムを手がけているのは知っていますけど、私はとにかくブリリアント・コーナーズが大好きなんですよね。

トム:それがジョンのいいところだよね。自慢話をするような人ではないし、あまり有名人の名前を出したりしないんだけど、一緒に夕食をとっているときに、何か言ったりする。ジョンがトレイシー・チャップマンのレコードを手がけたって言うから、俺は「何だって!?」と思ったよ。彼にはそういうエピソードがあるんだけど、それは自然に彼から引き出さないといけないんだ。

ジョンとの制作は2回目ということで、親しみもあり、リラックスした雰囲気で仕事ができたのでしょうか?

トム:そうだね、それにはいくつかの理由があると思う。まず、自分たちの状態が安定していたということ。『New Long Leg』が好評だったことも自信につながったし、あの時点では、もっと大規模な公演にも出ていたから、とにかく気持ちが楽だったんだ。最初のアルバムでは、テイクを重ねながら、「これは絶対に素晴らしいものにしないといけないから、俺は全力を尽くさねば!」なんて思っていたんだけど、実際には、そんなこと思わなくていいんだと後で気づいた。アルバムを制作するということはとても複雑なことで、本当に数多くの段階があるから、ミキシングとマスタリングが終わる頃には、自分がそもそも何をしようとしていたのかさえ、すっかり忘れているんだ。だから、今回のアルバムでは、ある意味、ありのままを受け入れた。良いテイクを撮ろうとはするけれど、ジョンが満足すれば、次の作業に移るということをしていた。

ルイス:それにファースト・アルバムでは、ジョンと会った直後にレコーディングしたんだ。彼に会って、ほんの数時間で“Unsmart Lady”を録音して、次の曲に移って、また次の曲に移ってという感じ。バンドとして演奏する時間があまりなかったんだ。

トム:そうそう、それに前回は、彼が「それは嫌だから、変えて」とか言うもんだから、耐性のない俺たちにはショックだったよな(笑)。

ルイス:そうそう、で、トムは「え、今からですか?」ってなってたよね。前回は、日曜日に休みが1日だけあって、土曜日にジョンに「それは嫌だから、明日の休みの日の間に変えてくれ。では、月曜日に!」って言われたんだ。

トム:でも、前回のセッションが終わるころには、俺たちはすっかり溶け込んでいた。ジョンの仕事の仕方が気に入ったし、彼のコメントを個人的に受け止めなくていいってことが分かった。それに俺たちの自信もついたし、バンドとして少したくましくなったから、彼のコメントにもうまく対処できるようになった。だから、2枚目のアルバムでは、もしジョンが何かを違う風にやってみろと言ったら、俺たちは素直に違うやり方を模索した。

ルイス:それに、今回は音源に何か変更を加えるためにスタジオ入りしたという感じもある。最初のアルバムでは、多くの曲を既にライヴで演奏していたから、みんな自分のパートやアイデアに固執してしまっていて、それを変えるのは難しかった。でも今回は、もっとオープンな気持ちで臨んだんだ。

今回のアルバムは、ファースト・アルバムに比べて音の質感がかなり広がった感じがあります。それは自然にそうなったのでしょうか、それとも何か意識的に音を広げる要素があったのでしょうか?

トム:俺たちの音楽の好みが広いから、そうなることは自然だと思うんだよね。もし、もっと時間があれば、俺はアンビエント系のプロジェクトをやりたいと思うし、ルイスと一緒にメタル・バンドをやりたいとか、いつも思うんだよ。ニックはきっと何らかのダンス・ミュージックをやるだろうな。

ルイス:ドライ・クリーニングは、そうしたすべてのアイデアをさまざまな方向にうまく展開させた、素敵なコラボレーションなんだ。

トム:ルイスが1枚目のアルバムから今回のアルバムへの移行を説明したように、1枚目のアルバムでは、様々な方向に進むための余白がほとんど残っていなかった。2枚目のアルバムでは、そこから少し先に進めたという感じ。そして、もし次のアルバムを作る機会があれば、できれば3枚目のアルバムでは、さらにそれを発展させたいと考えているんだ。いろいろな道を模索していきたいと思っている。だから、もう少しアンビエントな方向に行きそうなときでも、「いや、こういう音楽は作りたくない」とはならずに、その流れに乗ることができるんだ。俺たちは、すでにそういう音楽が好きだからね。

ルイス:それに、スタジオで何ができるかということもいろいろと学んでいる。最初のEPはデモみたいなもので、2、3時間でレコーディングした。スタジオで演奏する時間があまりないから、リハーサルルームでいい感じに聴こえたものを、自分のパートとして書き留めていくような感じだった。2枚目のアルバムでは、スタジオ用に曲を書いていたという意識が強かった。曲を書いていて、トムが「この上に12弦ギターを乗せるべきだ!」などと言い出したりね。キーボードのパートがあったとしたら、ニックが静かに演奏しながら「アルバムではもっと大音量にするけど、こうやって弾くとすごくいい音になるんだよ」と言ったりね。そういう実験がもっとできるようになったんだ。

そのアンビエントな感じがもっとも顕著に表れているのが“Liberty Log”ではないかと思いますが、スポークン・ワードが大部分を占める曲のために作曲することというのは、従来のポップ・ソングのヴァース、コーラス、バースという構成に比べて、別のやり方で音楽を構成していくことになるのではないかと思うのですが。

ルイス:メンバーの誰かが「じゃあ、そろそろコーラスを演奏してみるか?」と言うんだけど、他のメンバーが「どれがコーラスなの?」って聞き返すことが何度もあったよ。

トム:そうそう、「どれがコーラス?」って。

ルイス:それで、どこがでコーラスなのか、みんなで決めるんだよ。

トム:それは実は良い傾向だと思うんだ。俺たちは皆、それぞれ別の考え方をしているけど、そんななかでも音楽は成立しているんだってこと。これは俺も同感なんだが、ルイスは過去のインタヴューで、俺たちのアイデンティティの強さのひとつは、すべての中心にフローがいることだと言っていて、彼女の声が俺たちをしっかりと固定して支えてくれることだと言っていた。たしかにミュージシャンとして、いろいろなものを取り入れる余地が与えられているように感じられるね。“Hot Penny Day”を書きはじめたとき、俺が最初にメイン・リフを書いたんだが、それは、『山羊の頭のスープ』時代のローリング・ストーンズみたいなサウンドに聴こえたんだけど...。

ルイス:誰かが、それをぶち壊したんだよ!

トム:それをルイスに聴かせて、一緒に演奏し始めたら、スリープみたいなストーナー・ロックみたいなものに変わり始めて、よりグルーヴィーになったんだ。

ルイス:そこにフローが加わると、一気にドライ・クリーニングのサウンドになるんだ。彼女の声や表現が、俺たちの音楽に幅を与えてくれていると思う。

トム:ミュージシャンとして、このメンバーと5年間一緒に仕事をしてきて、みんなそれぞれ、音のモチーフがあると思うんだ。ルイスだとわかる音があり、ニックだとわかる音があり、彼らにも俺だとわかる音がある。でもフローは間違いなくドライ・クリーニングという世界で、すべてを錨のように固定して、支えている存在なんだ。

by Ben Rayner

俺たちは皆、それぞれ別の考え方をしているけど、そんななかでも音楽は成立しているんだってこと。これは俺も同感なんだが、ルイスは過去のインタヴューで、俺たちのアイデンティティの強さのひとつは、すべての中心にフローがいることだと言っていて、彼女の声が俺たちをしっかりと固定して支えてくれることだと言っていた。

あなたがたが過去に活動していたバンド、サンパレイユとラ・シャークの作品を聴いていたのですが、例えばサンパレイユは一見パンク・バンドですが、わかりやすいパンク・バンドではないし、ラ・シャークは少しインディ・ポップ・バンドっぽいですが、これまたわかりやすいバンドではないように感じます。常に予期せぬ角度から攻めている気がするんです。

トム:俺たちが過去にいたバンドをチェックしてくれたのはすごく嬉しいよ! ドライ・クリーニングを理解するには、俺たちが過去にやってきたことがルーツになっていると思うからね。あなたが言う通り、俺たちは音楽の趣味が広い。俺が最初に経験した音楽はパンクやハードコアのバンドだったけど、スタイル的にかなり限界があると思っていたんだ。速い音楽のカタルシスも好きなんだけど、REMのメロディも好きなんだよ。ラ・シャーク(の演奏)は何度か見たことがあるけど、彼らは、明らかに歪んだ感じのポップ・バンドだったけど、後期の作品はインストゥルメンタルなファンカデリックのようなサウンドだったんだ。そんなわけだから、自分たちのいままでの影響をすべてひとつのバンドに集約するには時間が足りないんだよ。

ルイス:俺は運転中に、ふたつのバンドを組み合わせたらどうなるかっていう妄想をいろいろするんだけど、トムやニックやフローに会ったときに、そのアイデアを話すんだ。すると、彼らは「それ、やってみようよ!」と言ってくれる。で、やってみると、やっぱりドライ・クリーニングになるんだよね。ニュー・アルバムからフローのヴォーカルを抜いたら、いろんなジャンルに落とし込めそうな素材がたくさんあると思う。

フローレンスはすべての中心にいて、バンドのアイデンティティを束ねているとのことですが、同時に、彼女は少し離れているようなところもありますよね。新作では、ミックスの仕方だと思うのですが、以前よりもさらに、バンドがどこかひとつの場所で演奏しているように聴こえるのに、彼女のヴォーカルが入ってくると、まるで彼女が耳元で歌っているように聴こえるんです。まるで、自分がステージ上のバンドを観ているときに女性が耳元で囁いているような。

ルイス:それを聞いて、フローがバンドに入った経緯を思い出したよ。たしか、トムがバンド(の音楽)を演奏していたときに、フローがそれにかぶせるようにしゃべったのがはじまりだったね。

トム:俺たちは一緒にヴィジュアル・アートを学んでいて、当時は二人とも漫画の制作をしていて、その話をするために会ったんだ。彼女が「最近は他に何してるの?」と聞いてきたから、「ルイスとニックとジャムしはじめたよ」と答えた。そのときにちょうどデモがいくつかあったから、彼女に聴いてもらった。彼女はイヤホンを取り外して、「ふーん、面白いわね」と言って、喋りを再開したんだけど、まだイヤホンから音が出ていて、音楽が聴こえてきて、彼女の声がそれにかぶさっていた。ジョンが俺たちのバンドのことで一番興味があるのは、どうやってフローの声をミックスするかと言うことだと思うんだ。このアルバムでは、彼女の息づかいがかなり感じられるようになっている。フローはとても繊細なパフォーマーだから、彼女がするちょっとした仕草、例えば舌の動きとか、そういったごく小さな音も、ジョンは確実に取り込もうとする。このことについて、ジョンがインタヴューで語っているのを読んだことがあるけど、彼女がやっていることすべてを聴かなければならないと言っていた。それが第一で、それをベースにしてミックスを構築して、バンドの音を加えているんだ。

ルイス:レコーディングの時はいつも彼女も同席して、同時に彼女のトラックも撮る。スタジオには、隔離された部屋がいくつもあるから、俺のアンプは1つの部離すためにかなりの工夫がされているから、バンドの音の影響をあまり受けないようになっているんだ。トムが言ったように、ジョンはその点にかなり重点を置いている。

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The texture of broken things

by Ian F. Martin

Stumpwork is a funny word. It feels funny in your mouth, and it only gets more awkward once you start breaking it down to untangle its meaning. A stump is a broken or incomplete thing — the remains of a dead tree or the place where an amputated limb used to attach — and it seems like a strange thing to dedicate one’s labour toward.

It refers to a form of embroidery where threads or other materials are layered to create an embossed, textured pattern, giving a feeling of three dimensional depth to the image, and perhaps in this we can reach out and contrive a connection with the increasingly rich and intricately textured music of Dry Cleaning. But we shouldn’t forget that it’s first and foremost a viscerally strange and funny word.

Florence Shaw is one of the most interesting lyricists in the English language right now, and she has a remarkable instinct for interesting and evocative phrasing. Just as with the title itself, she seems to take a sort of joy in the inherent sonic texture of a word — the way she hangs on the hard t and trailing vowels of the word “otters” in the song Kwenchy Kups is both musical and quietly comical. There’s a constant delight in the awkwardness of small errors and unconventional phrasings that reveals itself in words and expressions like “dog sledge”, “shrunking” and “let’s eat pancake” that deviate disconcertingly but never incomprehensibly from linguistic norms. This playful texture is also ever-present in her instinct for juxtaposing the magical and the mundane that results in lines like, “Leaping gazelles and a canister of butane”. Dry Cleaning’s lyrics play out like a story where the connecting tissue of narrative has been stripped out, leaving only the details and colour — a collage of dozens of voices that adds up to an impressionistic emotional tableau.

Musically, Stumpwork reveals a broader, richer palette than the band’s (also excellent) 2021 debut full-length New Long Leg. The band’s sound has often been characterised with the elastic term post-punk, and you can hear elements that recall the choppy angles of Wire or the chiming sounds of Felt and Durutti Column in Tom Dowse’s expressive guitar work, but he takes it further this time, twisting it into queasy, drunken distortions or ambient haze. Bassist Lewis Maynard and drummer Nick Buxton make for a subtle and imaginative rhythm section that brings in ideas and dynamics from beyond punk and indie tradition. Smooth washes of almost city pop synth welcome you into opening track Anna Calls From The Arctic, and unexpected and oblique arrangements pull you gently one way and another throughout the album. It’s not an album possessed of an urgent need to grab your attention so much as a shimmering palette of colours to melt into.

It’s not an as disaffected and worn as ever. Britain’s confused political situation filters through, most explicitly in the song title Conservative Hell, and I catch up with Tom and Lewis in the middle of a particularly chaotic moment. The Queen has just been buried a couple of weeks prior, and the delusional cruelty of prime minister Liz Truss has recently replaced the ramshackle cruelty of Boris Johnson, but not quite yet given way to the vacant, lifeless cruelty of Rishi Sunak.

It’s been three years since I last had a chance to visit the UK, so I open with a big question.

IAN: So what’s it like living in Britain these days?

TOM: If you look at the news, it’s a living nightmare. Beyond that, though, things just carry on kind of as they were before, really. One thing that I think has happened now with the new prime minister is that this is the nadir: this is the endgame of Conservative politics. We’ve had twelve years of austerity and no growth, and even high ranking MPs are sort of admitting that they need to be an opposition party now. So one good thing about that is that the Conservatives are going to get voted out in the next election. The downside is that until that happens, we have to live with the stupid policies they have.

LEWIS:Even someone like my sister, who totally ignores it, even she’s like, “It’s shocking; it’s really fucking expensive!” — the bills, the food shopping, it’s getting really tough now.

T:That’s a really good point. If you want to lose the next election, fuck with people’s mortgages!

I:I’m hearing similar things from my family too, yeah. So seeing if I can segue this into the new album… (everyone laughs) What you were saying earlier about life going on as normal but with little pieces of the situation coming through, it feels like if the political situation in the UK informs the album, it’s in these little fragments filtering through normal life, like at one point Florence just remarks, “Everything’s expensive…”

T:“Nothing works.” Yeah, it’s quite difficult for us to comment on Flo’s lyrics, but she’s definitely the kind of person who wouldn’t make a song about one subject. Her songs remind me of the way your brain works. I remember being hit by a car on my bike once, and on the edge of the void there’s all sorts of strange things that come to your mind. But I should clarify what I said earlier about how everyone’s just getting on with things: everyone’s just getting on with things but under a very oppressive shadow. You still have to go to work, you still have to pay your bills, you still have to do all the normal things, it’s just that the political climate — we’ve been under this for twelve years, and if you’re an even slightly curious or observant person, it’s going to affect you.

L:We write together in the room at the same time, and she’ll have a stack of papers which will have lyrics that she’s written and will sort of combine and join together, and there’s lots of circling that and dragging it to that, making almost a collage where lots of different ideas come together.

I:When I’m listening, it feels like fragments of something flowing past me.

T:It’s not random though. When she writes a line, she has the sort of temperament to write the opposite line next — something completely different tonally, texturally, conceptually. It’s almost like when you’re making a painting or something, you’re trying to balance all the elements so it works nicely.

L:There’s a lot of reacting to us in the room playing our parts and us reacting to her, like a conversation.

I:There’s such an aspect of fragments of daily life to it and I wonder if there’s ever a sense where you’ll be listening to it and think, “Oh, I remember that conversation…”

T:Oh, there’s definitely things that we’ve said or things that friends have said when I was there and they’re in the lyrics.

L:And like ourselves, she improvises a lot when writing her lyrics as well as having some pre-formed ideas. We’ve had to get better at finding ways to record because the room’s quite loud when we’re playing, so a lot of times we’ll separately record the vocals so she can hear back what she said. I think on this record the lyrics changed more when it came to recording than on the first record, but not a huge amount.

T:That was partly because we improvised quite a lot of stuff in the studio. But generally, Flo will start at the same time we start writing the song. We’re all there at the start of it, and like Lewis says, a lot of the time there’s something Flo is doing that informs how we’re doing our thing as well — tonally, if that makes sense. When we were writing Gary Ashby, when I found out she was singing a song about a tortoise that’s gone missing, it changes the way you play; you find ways of punctuating what she’s saying, making it more charming or melancholy, you might use a minor chord or something that you wouldn’t have done before. It’s rare that we’ll write a whole song and then she’ll go away and write all the lyrics — that never happens, and it’s a more organic thing.

L:We’ll react to her in the same way we react to each other. I’ll react to the drums in the same way I react to the drums and the guitar, and vice versa. It’s another instrument in the room.

I:How has the approach changed, since the early EPs and the last album in particular?

T:We still write in the same way. We write by basically just jamming together.

L:There’s a lot of phone demos. We’ll be having a jam, think “This sounds OK” and someone just clicks on their phone and starts recording, and then sometimes we’ll work on it the next week or sometimes it’ll get lost for six months and someone will be like, “Hey, that jam from six months ago was quite good.” That’s how almost everything starts. This time, because we had more time in the studio, we intentionally went in with ideas less finished.

T:Yeah, the change in approach was basically that we got more time. Before we had two weeks to get it down as quickly as possible.

L:Also, with the first record, we were doing some tours beforehand, so we were playing some of that record live before we recorded it. This time we didn’t get a chance to do that: we recorded it and now we’re in the process of learning it.

I:Right, and I was wondering how not having the constant physical presence of the audience while you were developing the songs affected the process on this one.

T: It’s hard to say really, because without actually road testing the song, you never know. We just embraced it really: we couldn’t play live, so we just write the album the way we wanted to.

L:It comes down to listening, because things get captured differently in the studio as well. It’s quite nice to be able to try something in the studio and a lot of our writing process comes down to listening — like listening back to jams. It’s a nice way of doing it, because if we weren’t recording and listening back and editing from there, a lot of our songs would be based on what was the most fun to play, but that rarely happens because it’s all about listening. And I think that happens as well with not being able to play it live: it’s less about what’s fun to play and more about what sounds good.

T:I think also we learned from the first record that just because you’ve recorded a song one way, that’s not necessarily how it has to be live again, so that’s why we’re sort of relearning the album now. There’s things on the album that definitely need to be on there, but there’s also things that we can just make up again.Touring New Long Leg, there’s Her Hippo and More Big Birds where they just changed and became slightly different songs — added a new part to them, made them longer.

L:Sometimes by accident as well. Sometimes they kind of naturally evolve through a tour.

I:One thing that happens a few times on the new album is that a song will work its way to a natural sounding conclusion, I’ll think it’s ended, but then it will come back and sometimes as something quite different from what it was before. Was that something that came out of having more time to play around in the studio?

T:I think there’s several factors there. First, when we did Every Day Carry, that was the first time we did that in the studio, literally making three parts and kind of improvising some of them. When we did Conservative Hell, that whole last section of that song really came from the first part of the song down and feeling like there was something missing, and John (Parish, producer) was very good at motivating us to just go and make something up.

L:On the first album, John was quite good at making songs snappy, but with Every Day Carry we sort of extended it — and I think he quite enjoyed that process. When it came to the second album, we were kind of prepared for him to make things shorter again, but he seemed to extend stuff more. i think he kind of enjoys it, like, “It’s good when it’s longer!” He surprised us quite a lot by extending songs.

I:That’s John Parish, your producer, right?

L:Yeah.

I:He’s from around my hometown in Bristol. He produced one of my favourite albums, Joy Ride by The Brilliant Corners… (everyone laughs) I know he’s done way more famous albums than that, but they’re one of my favourite bands!

T:That’s one of the great things about John: he’s not the kind of person to brag about things or he doesn’t namedrop much, but when you’re having dinner, he’ll say something — he told me he did a Tracy Chapman record, and I was like, “What!?” He’ll have these stories, but you have to get it out of him naturally.

I:Was it more relaxing working with him this second time, with the familiarity?

T:I think in several ways. Firstly, we were more comfortable, just in ourselves; we’d been doing it longer and had more confidence. The fact New Long Leg did well gave us confidence, we’d played bigger shows by that point, and we were just feeling comfortable. I remember doing takes on the first record and feeling, “This has to be amazing, I have to give this everything!” and then you realise you don’t. Making an album is so complicated, there’s so many layers to it that by the time it’s mixed and mastered, you’ve completely forgotten what it was you were trying to do. So definitely on this one we sort of accepted things the way they were; you try to get a good take, if John’s happy, you move on to the next thing.

L:With the first one as well, we recorded it so quickly with John. We met him and within a few hours, we’d tracked Unsmart Lady, then we moved on to the next one and moved on to the next one. We didn’t have time to play so much.

T:Yeah. And it was a bit of a shock to the system last time when he would say things like, “I don’t like that. Change it.” (laughs)

L:And you’d be like, “Uh… now?” We had one day off last time, on the Sunday, and on Saturday, he was like, “I don’t like that. Change that tomorrow on your day off. See you Monday!”

T:But by the time we got to the end of that session, we were really onboard with it. We liked the way he worked and you just don’t take it personally. Because you’re more confident, a bit more robust, you can deal with it a bit better — you expect it and you welcome it. So with the second record, if he says to go and do something differently, that’s what you’re looking for.

L:And we’d go into the studio looking for things to change. With the first record, we’d been playing a lot of those songs live, so maybe people were a bit more fixed on their parts and their ideas, so that’s harder to change. This one was a bit more open to change.

I:The sonic texture of this album feels a lot broader than the first one. Did that come naturally, or was there some sort of conscious element to expanding the sound?

T:I think it’s natural in the sense that our listening tastes are so broad. I often feel that if I had more time, I’d do some kind of ambient project, or me and Lewis could do a metal band together. For sure Nick would do some kind of dance music, wouldn’t he?

L:And Dry Cleaning’s a nice collaboration of all those ideas pulling nicely in different directions.

T:The way Lewis described the transition from the first record to this one, it’s like the first record left little markers down for different directions to go in and on the second record we take them all a little bit further. And then hopefully on the third one if we get the opportunity to do another one, we’ll take it even further. It’s all about exploring different avenues. So when things seem to go a little more ambient, we’re already into that kind of music and we’ll go with it as opposed to being sort of, “Oh, I don’t want to make that kind of music.”

L:We’re learning more about what we can do in the studio as well. The first EP was really like a demo, recorded in a couple of hours. You don’t get much time to play in the studio, so you sort of write your parts for what sounds good in the rehearsal room. Writing the second record, we were writing for the studio more. We’d be writing a song and Tom would go, “There should be a twelve string on top of this!” There’d be a keyboard part here, or Nick would be playing really quietly and saying “On the record it’s going to be really big but it just sounds good the way I’m hitting it like this.” You get to experiment more like that.

I:I suppose it’s on Liberty Log where that almost ambient feeling is most pronounced, and I was wondering if writing for what’s mostly spoken word lends itself to a different way of structuring music compared to the traditional pop song structure of verse-chorus-verse-chorus.

L:There were a lot of times where one of us would say, “Should we do the chorus now?” and then we’d be like, “Which one’s the chorus?”

T:Yeah, “What’s the chorus?”

L:And we’d all have to agree on what’s the chorus.

T:Which I think was a good sign, actually. It shows how we’re all thinking in different ways but music is getting done. I think I agree: Lewis has said before in other interviews that one of the strengths of our identity is you have Flo in the middle of everything, and her voice anchors you, and certainly as a musician it feels that you’re given a lot of room to chuck things in. When we first started writing Hot Penny Day, initially when I wrote the main riff it sounded like Goats Head Soup-era The Rolling Stones to me…

L:And then someone fucked it up!

T:And then when I showed it to Lewis and we started playing it together, it started turning into something more like Sleep or stoner rock — made it more groovy.

L:And then Flo gets involved and it instantly sounds like Dry Cleaning. I think her voice and her delivery gives us a lot of scope.

T:I mean, as musicians, having worked with these guys for five years, I think we all have our own sonic motifs — I can tell it’s Lewis, I can tell it’s Nick, they can tell it’s me — but Flo definitely anchors things in Dry Cleaning world.

I:I was angles.

T:I’m really glad you checked our previous bands! I think if you want to understand Dry Cleaning, it has roots in what we’ve done in the past. Like you say, because we’ve got broad music taste, my first experiences in music were in punk and hardcore bands but I did find them stylistically quite limiting. I like the catharsis of fast music, but I also like the melody of REM. I remember seeing La Shark a few times and it was clearly a sort of skewed pop band but their later stuff sounded like instrumental Funkadelic, so it’s almost like there isn’t enough time to put all your influences into one band.

L:I’ll be driving and have little fantasies about combining two bands, and then I’ll meet up with Tom or Nick or Flo and I’ll say that, and they’ll be like, “We should do that!” And once again, it’s still Dry Cleaning. If you took Flo’s vocals off the new album, there’s so many different genres you could put stuff into.

I:You say Florence is in the centre of it all, holding the identity of the band together, but at the same time, she’s also a little bit separate from it in some ways. On the new album, even more than before, the way it’s mixed you hear the band playing, who sound like they’re in a room somewhere, but then her vocals come in and it’s like she’s right up against your ear. Like you’re watching a band on the stage and there’s just this woman whispering in your ear!

L:That reminds me of Flo’s story about her joining the band started with you playing the band and her talking over the top of it.

T:We’d studied visual art together — we were both making comics at the time, and we met up to talk about that. She asked, “What else have you been up to?” and I said, “I’ve started jamming with Lewis and Nick.” I had some demos and she listened to it. Then she took her earphones out, said, “Oh, that’s interesting,” and started talking, and I could hear the music still with her voice over the sound out of the earphones in the background. I think John’s key interest in our band is how he mixes Flo. On this record to a much greater extent you can hear bits of her breath. Flo is a very nuanced performer: just the little things she does, like the click of her tongue or something — very small sonic things that he’s very keen to make sure are in there. I’ve seen him talking about this in an interview, about how you have to hear everything she’s doing: that’s the first thing, and then around that, he builds the mix and brings the band in.

L:She’s always in the room when we’re recording, and she’s tracking at the same time. We’re lucky enough to have isolated rooms, so my amps can be in one room, Tom’s amps can be in another room, Nick could be behind some glass, Flo’s in the room with us, and she keeps a lot of those vocals. There’s a lot of effort put into isolating her vocals so there’s not too much bleed from the band. I agree with what Tom said, John puts a lot of focus on that.

現代メタルガイドブック - ele-king

「最新の先鋭的な音楽」としてのメタルを一望する「新しいメタルの教科書」!!

ジャズやポストロック、ヒップホップやエレクトロニック・ミュージックまで、
さまざまなジャンルを貪欲に取り入れた裾野の広さ
「激しさ」「過激さ」を極限まで追求してきたエクストリーム・メタル
そしてさまざまな形でメタルの影響を受けた最新のポピュラー音楽の数々

執筆:清家咲乃、村田恭基、脇田涼平、つやちゃん、西山瞳、川嶋未来、藤谷千明、梅ヶ谷雄太

目次

1 注目すべき10アーティスト

2 HR/HM(Hard Rock / Heavy Metal)
オリジネーター │ ハードロック │ NWOBHM │ ポップメタル、メロディアスハード │ メタル系テクニカルギタリスト(80~90年代) │ ヘヴィメタル/パワーメタル │ スラッシュメタル、クロスオーヴァー・スラッシュ │ スラッシュメタル、クロスオーヴァー・スラッシュ │ プログレッシヴ・ハード/プログレッシヴメタル

3 メタルの理解を深めるにあたって重要なジャンル外音楽①:90年代まで

4 エクストリーム・メタル
グラインドコア │ 初期デスメタル(OSDM) │ ブルータル・デスメタル │ プログレッシヴ・デスメタル │ テクニカル・デスメタル │ 1st wave of Black Metal │ 2nd wave of Black Metal │ ブラックメタルの広がり │ ヴァイキングメタル、フォークメタル

5 ポストHR/HM
グルーヴメタル │ インダストリアル・メタル │ オルタナティヴ・メタル │ メロディック・デスメタル │ メタリック・ハードコア │ メタルコア(ゼロ年代以降:メロデス通過後・現在に至る意味での)、スクリーモ │ デスコア │ プログレッシヴ・メタルコア/Djent │ ゴシックメタル │ ドゥームメタル、ストーナーロック、スラッジコア │ フューネラル・ドゥーム │ ドローン・ドゥーム、メタル隣接のアヴァンギャルド音楽 │ ポストメタル │ ポスト・ブラックメタル、ブラックゲイズ │ 上記全てを包含しうる境界例的なバンド

6 メタルの理解を深めるにあたって重要なジャンル外音楽②:00年代以降

7 2010年代以降のメタル
ポップミュージックのフィールドにおける活用 │ メタリック・ハードコアの発展 │ エレクトロニック・ミュージックとの接続 │ ジャズとメタルの交差関係 │ 不協和音デスメタル │ Roadburn Festival │ オールドスクールなスタイルの再評価を起点とした新たな広がり │ エピックメタル方面 │ 2022年の傑作群

8 日本のメタル周辺音楽
大きな影響をもたらした代表格 │ 日本のプレHR/HM │ 日本のHR/HM │ メタルに近いところにある日本のパンク/ハードコア │ 日本のエクストリーム・メタル │ 日本のポストHR/HM

COLUMN
ライフスタイルとしてのメタル
メタルと英語
近代・現代音楽とエクストリーム・メタル
メタルと声
Dave Grohl(Nirvana、Foo Fighters)の地下メタル愛
メタルとヒップホップの救い──逃避と革命の音楽
ヘヴィ・ミュージックの革新性と包括性、それを示す場としてのRoadburn Festival
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Gina Birch - ele-king

 ポスト・パンクの草分け、ザ・レインコーツのジーナ・バーチが来年の2月、ソロ・デビュー・アルバムをリリースすることを発表した。アルバムのタイトルは『I Play My Bass Loud』、レーベルはジャック・ホワイトの〈Third Man Records〉。「長年にわたる自分の音楽的、政治的、芸術的人生を抽出したもので、音と言葉の、楽しさと怒りのストーリーテリングによる個人的な日記になる」と彼女は声明を出している。
 なお、サーストン・ムーアをフィーチャーしたリードトラックが公開されている。

Salamanda - ele-king

「あ、畜生、夢かよ。」

 アンビエント・デュオ、Salamandaのレギュラー・アルバム第三作目となる『ashbalkum』。この得体不明なタイトルはいわゆる「夢オチ」展開を指すネット・ミームを発音ごと英字化したものだ。いや、なんで? 確かにリード・シングルでオープナー “Overdose” のビートはだんだん深海のように変わっていく周りの響きと合って、まるで階段を降りていく脚の動きのように聞こえて、夢に入り込むイメージがきちんと浮かぶ。けど、ただ夢うつつに落ちる(もしくは起きる)のでなく、なぜ「畜生」な状態なのか? 正直いまでもこのアルバムを、いや、彼女らの音楽を前にするたび、ますますわからなくなるばかりだ。
 SalamandaのメンバーであるUman Therma (a.k.a. Sala)とYetsuby (a.k.a. Manda)のDJふたり組は、10年代末からソウルのアンダーグラウンドなクラブやイベントで活発にDJingをしている。そしてプロデューサーとしても個人・チーム両方にかけて持続的に良質な作業の結果を出すことで、ローカルのアングラ界隈だけでなく、世界のレフトフィールド・ファンからも注目を集めている。個人名義の活動はより電子的なダンス・ミュージックに近い様子だ。彼女らの運営する小規模のダンス・レーベル・プロジェクト〈Computer Music Club〉のコンピレーション・シリーズを見ると、Umanは打撃強めで波形の尖ったテクノ曲を中心に提出する。クラシックを専攻して電子音楽に移ったと言われるYetsubyも同じく〈CMC〉と唯一のソロ・アルバム『Heptaprism』(2019)などでサンプルとグリッチの複雑な絡み合いを得意に見せる。
 このようにダンスフロア・ミュージックを中心に奏でる彼女らがチームSalamandaとして見せる音楽は、ミニマル/アンビエント色がさらに濃くなる。この激変(?)に関してふたりは即興演奏(improvisation)への興味などで意気を統合し、生活のなかの騒音を活かしたミニマル音楽のマスターピースを作りたいという目標を共有すると明かす。ガチャガチャとする土俗的なリズムの運用がさらに強調されてなおチームの色として成り立つと私は感じている。が、ダンサブルな感覚を捨てるわけではない。本作の場合、“Rumble Bumble”でアフロなビートの逆再生と見られるレコードは、まるでヒップホップのようにも聞こえる。“Coconut Warrior”の規則的なリズム、“Hard Luck Story”の分厚いベースはまさにバンガーと言っても良いくらいだ。
 今作を前作群から区分づけられるところは、アルバム全曲にかけて「声」を利用することである。全曲にかけて、だ。エレクトロニック楽曲でヴォイス・サンプルを使うことはごく自然なことだが、作法そのものをコンセプト化するのは確かに興味深い。その特徴が最も突出するところは“Mad Cat Party”で猫—Ringo the Cat—の鳴き声を用いる様子だろう。このリンゴ・ザ・キャット公の声に魅入っていると、いつのまにか遠景からはファンファーレを知らせるシンセ音が通り過ぎていく。
 『Pitchfork』誌のフィリップ・シャーバーンが記したように、“Coconut Warrior”と“Catching Tails”の赤子じみた声のサンプルはボーズ・オブ・カナダを連想させるし(BoCもサンプルデリア的ヒップホップとみなせることを踏まえるとさらに興味深い)、同題材をシェアする“Melting Hazard”と“Living Hazard”がパーカッションを排除して、それぞれブライアン・イーノ的、エイフェックス・ツイン的なアンビエント質感のなか、オルガンや声で宗教的な残響を奏でる意味深なシーケンス、そしてフィールド・レコーディングからはじめて声をグリッチのようにばら撒く“Kiddo Caterpillar”と実際にグリッチを使って声みたいに演出する“Stem”の対比的反復など、これまた何かしらコンセプチュアルだ。
 これら全てを「夢みたい」と一言で片付けるのは簡単だ。私も早くそうさせたいし、実際そうするつもりだ。そして未来から聞こえてくる読者の声、「おい、こん畜生、まーた夢オチかよ!」 
 夢オチがミームな理由は、物語内で論理的に完結しないままこれまで積んできた物語の展開を無効化する虚しさによるもので、何より夢オチはもう陳腐になってしまい、そこから意義を見出しづらいからだ。
 アルバムというメディアから人びとはだんだん何らかの統一性・凝集性を求めるようになった──私もそのひとりだ──が、一次的に意味を発さない音を紡いでナラティヴを貫通させるのは決して簡単な作業ではないだろう。特に言語を載せなかったりそれが主ではないジャンルに関してはなおさらだ。『Tonplein』誌のチョ・ジファン(조지환)はSalamandaの『Our Lair』(2019)の評にて「反復中の変形を方法論として多彩な印象を時々刻々と新しく塗り加えていく」と描写し、「勤勉に動くアルバム」だと評した。本作においても、言える言葉はあまり変わらないだろう。そう、変わらないのだ。
 だからこそ私はここでコンセプトに注目する。本作は声をサンプリングする作法を軸に、はっきりと約束された意味が通用しない音の動きを一作品として凝集し、かつ前作たちと差別化を図る。「あまり変わらない」音を使って、だ。陳腐性を逆利用するそのアイデアに感嘆し、また本作を流してみる。畜生、わかった気でいたのに、夢かよ。

The Residents - ele-king

 「1億年前、ルイジアナ州の中心部からやや南に空から大きな岩が落ちてきた。そう、その時はまだルイジアナとは呼ばれてないけどね。岩が落ちた衝撃で大きなくぼみができ、少しずつそのくぼみは埋まっていったものの、くぼみは依然としてくぼみのままだった。そこに水が溜まり、クーチー・ブレイクと呼ばれる沼になったんだ。この沼は海とは繋がっていなかった。このことに意味があった。その沼はペルシャ湾から200マイル離れていて、そこにいれば世界情勢には無縁でいられた。ローカルというのは常にそういうものだけど。沼では起きるはずのない不思議なことがよく起きていた。何人かの若者がクーチー・ブレイクでキャンプをしていて、彼らはそこにはあるはずがない花崗岩の大きな塊を見つけて登ってみた。彼らは洞窟を発見し、キクの花の陰に運命が潜んでいると考えた。大事なことは彼らがそこにじっと座り続け、クーチー・ブレイクの声に耳を傾けたことだった。彼らは成長してザ・レジデンツになった。彼らの音楽は記憶だけでできている。クーチー・ブレイクを覆う怪しい霧と不気味な形、そして意表をつく音の記憶で」
(Sonidos De La Noche『Coochie Brake』より)

 ザ・レジデンツがソニドス・デ・ラ・ノーチェ(=夜のサウンド)名義で11年にリリースした『Coochie Brake』はバンドの成り立ちを題材にしたもので、これが契機となってザ・レジデンツの構成メンバーや彼らがルイジアナ出身であることが明らかになっていく。ヴォーカルのランディ・ローズが親の介護でバンドを離れていたため、曲はチャールズ・ボバックとボブが3ピース・バンドの振りをして録音。ギターとキーボード、そしてドラムだけの演奏にもかかわらず(1人2役のふざけたクレジットが笑える)、プレス・プラドーを思わせるマンボやエキゾチック・サウンドのダークサイドを掘り当てたサウンドがこれでもかと繰り広げられた。電子音がほとんど鳴らないのに、しっかりとザ・レジデンツ・サウンドに聞こえるのは不思議だったけれど、翌年からボバックはドローンをメインにソロ活動を活発化させ、ボブことノーラン・クックもデス・メタルのバンドに時間を割くようになる。チャールズ・ボバックことハーディ・ウィンフレッド・フォックス・ジュニアはそして、「医者がさっき薬物を投与した(笑)」とSNSに投稿して脳腫瘍であることを明かし、翌18年に他界。現在はボブとランディ・ローズの2人でザ・レジデンツを名乗り、『Leftovers Again?!』や『A Nickle If Your Dick’s This Big 1971ー1972』など主に未発表音源のアーカイヴをカタログに付け加えている。

 ランディ・ローズが復帰し、ボバックが亡くなるまでの間に3人は自分たちの辿った軌跡を題材にした3本の大掛かりなツアーを行った。『ザ・ランディ、チャック&ボブ3部作(the Randy, Chuck & Bob Trilogy)』と名付けられたこれらのツアーは幽霊と死をテーマにした「Talking Light」(2010ー2011)、愛と性をテーマにした「The Wonder of Weird」(2013)、生と再生と輪廻と臨死体験をテーマにした「Shadowland」(2014ー2016)で、ボバックは体力が続かずに「Shadowland」ツアー中にグループを脱退。『So Long Sam 1945-2006(さよならアメリカ 1945-2006)』は「Talking Light)」ツアー中にキャバレー・ショーという体裁でバークレー美術館で行った「Sam’s Enchanted Evening(アメリカの魅惑的夕べ)」のライヴを記録したもので、2010年に4曲入りシングルとして限定配信されていたものの完全版。コンセプトはアメリカでヒットしたメジャー曲のカヴァー集となり、CD1はヴァイオリン2台とキーボードにアコーディオン、そして、ヴォーカルとパーカションという室内楽編成、CD2はそのリハーサル・デモ(=つまりスタジオ・テイク)を収録。『Meet The Residents』や前述の『Coochie Brake』と同じく基本的にはエレクトロニクスを重用しないザ・レジデンツのアコースティック・サイドである。

 ステージの雰囲気はランディ・ローズに負うところが大きく、とにかく情熱的。畳み掛けられるダミ声のシャウトは80年代にパルコで観たライヴのそのままが蘇る。フィールド録音のフィリップ・パーキンスを正式メンバーに加えて録音された『The American Composer's Series』やエルヴィス・プレスリーを題材にした『The King & Eye』といったコンセプト・アルバムの類いとは異なり、好きな曲を気ままに取り上げたカヴァー大会の様相を呈し、MCも全部拾っているためにアット・ホーム感に満ちている。オーディエンスの反応もとても暖かい。“September Song”や“Mack the Knife”など演劇的な要素のあるミュージシャンならば気合が入るのも当然なクルト・ヴァイルの曲はやはり真骨頂。対照的に『ティファニーで朝食を』の主題歌“Moon River”やボビー・ジェントリー“Ode To Billie Joe”といった映画にちなんだ曲も説得力がある。ルイジアナ州の雰囲気が濃厚に漂うとされる“Ode To Billie Joe”はBサイドに回された曲ながらビルボード1位になった自殺の歌で、10年後に映画化されるまでビリー・ジョー・マッカリスターが自殺する前日に河に何を投げたのかという議論が絶えなかった曲でもある。ザ・レジデンツの音楽的ルーツのひとつなのだろう。

 全体に60年代に対するノスタルジーが強く、ブライアン・イーノやブロンディーもカヴァーしたジョニー・キャッシュ“Ring of Fire”やドアーズからジーザス&メリー・チェインなどのカヴァーで知られるロック・クラシックのボー・ディドリー“Who Do You Love?”といった王道が手堅く取り上げられる。バート・バカラック作は2曲あり、ジーン・ピットニー“True Love Never Runs Smooth”とディオンヌ・ワーウィック“Walk On By”はどれも原曲に恐怖を吹き込み、不安を煽るアレンジが実にザ・レジデンツらしい。これらを聴いているとシクスティーズの能天気さにヨーロッパ流の悲壮感を植えつけていくというのがザ・レジデンツの基本的なアイディアをなしているということがよくわかる。意表を突かれたのはミシェル・ルグラン“The Windmills of Your Mind(風のささやき)”で、これも原曲のセンチメンタルなテイストは取り払われ、不安しかないザ・レジデンツ仕上げ。『池袋ウエストゲートパーク』の着メロでおなじみステッペン・ウルフ“Born to Be Wild”を室内楽にアレンジしたものはペンギン・カフェを思わせるところがあり、ロックからアンビエントへ移行したイーノのミッシング・リンクを聴いているかのよう(イーノが『Commercial Album』に参加していたことも最近になって明かされた)。77年にはライヴで演奏され、『Dot.Com』などにも収録されているローリング・ストーンズ“Paint It Black”も圧巻。これはもうかなり年季が入っていることが窺えて言うことなし。

 ライヴ本編の締めくくりはやはり69年のクィックシルヴァー・メッセンジャーズ“Happy Trails”で、60年代にとらわれているわけではないと言いたいのか(タイトルも『1945-2006』だし)、中盤では郷ひろみ“Goldfinger'99”の元曲であるリッキー・マーティン”Livin’ La Vida Loca”もピック・アップ。それなりによくできているけれど、むしろ70年代以降は見事に空白だということが目立つばかり。これでエミネム“Lose Yourself”でも取り上げていれば現代にも目を配っているバンドに見えたかもしれないけれど、さすがにそこまでのキャパシティはなかった。彼らのモダンさはここが限界だったのかなと思うのはCD2のみに収録されているドナ・サマー“Mac Arthur Park”(78)のカヴァーで、17分を超える組曲を7分弱にまとめてディスコビートを抜いた弦楽中心のホラー・ドローンに仕上げている。これはアンチ・ディスコという意味ではなく、“Mac Arthur Park”からどれだけヨーロッパ的な感性を引き出せるかという試みなのだろう。ザ・レジデンツには“Diskomo”やイビサ・クラシックとなった“Kaw-Liga”といったディスコ・ナンバーがあり、ボバックは脳腫瘍を公表する時に『Freak Show』で声優を務めたスティーヴン・クローマンと結婚していることも公にし、ザ・レジデンツがゲイ・カルチャーと共にあったことも伝えている。“Mac Arthur Park”のドローン風カヴァーは、僕にはドイツのファウストとダブって見える。前々から僕は『Meet The Residents』とファウストの初期衝動は似ていると思っていて、クルト・ヴァイルの演劇的な感性を軸に諧謔性と悲壮感を同居させるためにアメリカからアプローチしたのがザ・レジデンツなら、ヨーロッパのインプロヴィゼーションに諧謔性を塗り込めたファウストが結果的に似たものになったのではないかと。60年代の熱気をエレクトロニクスに変換させることで80年代のオルタナティヴとなったザ・レジデンツに対して、ディスコ~レイヴ・カルチャーがひと段落してようやく90年代末に復活するファウストが共に00年代にそれなりの存在感を示したこともなんとなく符号に感じるところである。

Squarepusher - ele-king

 待望の、ということばはこういうときのためにとっておくべきだろう。
 渋谷のハチ公前で、大型スクリーンに映し出された “Terminal Slam” のMVを目撃したのが2020年1月30日の深夜0時。翌日、(現時点でも最新のオリジナル・)アルバム『Be Up A Hello』がリリースされた。すでに未知のウイルスについては報道されていたけれど、ダイヤモンド・プリンセス号の衝撃はまだで、このときはぜんぜん他人事だった。2か月後にはスクエアプッシャーの来日が控えている──その後の顚末はご存じのとおり。
 あれから2年と半年。ほんとうに、待望の公演だ。しかも今回はハドソン・モホークまで帯同するという。豪華以外のなにものでもない。

 会場に着くと、ちょうど真鍋大度がDJを終え、ハドソン・モホークのプレイがはじまるタイミングだった。スクエアプッシャーということで古くからのファンもそうとう来ていたはずだが、むしろ若者の姿のほうが目立つ印象を受ける。そりゃそうだ。ハドソン・モホークは2010年代のスター・プロデューサーのひとりである。彼をこそ目当てにしていた層もかなりいたのではないだろうか。

 グラスゴーから世界へと羽ばたいた青年はまず、トゥナイトの “Goooo” で O-EAST に火をつける。一気に盛りあがるオーディエンスたち。アルバムなどで聴かれるとおり、やはりアゲるのがうまい。前半はそのまま昂揚を維持して突っ走る。中盤ではムードを変え落ち着いた曲も披露。新作『Cry Sugar』の表題曲的な “3 Sheets To The Wind” などを経て終盤へと突入し、再度アゲの路線へと復帰。最後は90年代の香りかぐわしい “Bicstan” で〆。都合1時間弱、緩急のついたパフォーマンスを披露してくれた。

 しばらくは転換の時間。トム・ジェンキンソンがあれこれ機材をセッティングしている。BGMとして、彼のルーツを想像させるようなエレクトロ~ジャングル~ブレイクビーツがつぎつぎと流れていく。高まる期待。30分ほどが過ぎたころ、スクリーンに渋谷の街が映し出された。“Terminal Slam” のMVだ。

 蘇るあの日の記憶。広告の暴力性をみごとアートとして表現したこの動画をいまあらためて上映することは、2年半という時間の経過をリセットする効果を発揮してもいた。今回のライヴがもともとは『Be Up A Hello』リリース後の来日公演であったことを思い出す。と同時に、今日のVJが同MVを手がけた真鍋大度であることを意識する。
 ステージに登場するジェンキンソン。ベースを構えている。つぎつぎと彼らしい高速の曲が繰り出されていく。ハドソン・モホークとは対照的にずっと速いままで、ジャングルのビートもほぼずっと維持されていたように思う。
 すさまじかったのは、どうやっているのかわからないけれど、中盤の一部の時間帯を除き、ひたすらベースでほかのサウンドまで鳴らしていたことだ。電子音楽家であると同時にベースを知り尽くした凄腕の演奏家でもあるという、彼のアイデンティティを申し分なく見せつけるパフォーマンスである。

 もうひとつ、さすがだなと思ったのは、おそらく大半の曲が未発表か、もしくはその場で生成したものだったこと。昨年『Feed Me Weird Things』がリイシューされたのでもしや……と構えてもいたが、ショバリーダー・ワンのようなグレイテスト・ヒッツ・ショウではまったくなかった。聞き覚えのあるメロディやリズムの断片が何度か耳に入ってきたので、既存の曲もやっていたとは思うんだけれど、それとはわからないほどにアレンジが変えられている。スクエアプッシャーはあくまで前を向いている──ミニマルな四角形を基調とした真鍋大度による、これまたカッコいいヴィジュアルとのシンクロ率の高さ含め、とにかく楽しくて、途中からずっと踊りっぱなしだった。
 終盤、『Be Up A Hello』冒頭のメロディアスな “Oberlove” がプレイされ、やっぱり2年半前のハチ公前を思い出してちょっとセンチメンタルな気持ちになる。アンコールでは “Come On My Selector” を披露、ファン・サーヴィスも忘れていなかった。

 連日、報道では第8波を警戒する声があがっている。「グリフォン」だとか「ケルベロス」だとかいった変異株も話題になっている。けれどもこの日この時間ばかりは長いトンネルを抜けたような、2年半の狂騒がまるでなかったかのような感覚を味わうこととなった。ハドソン・モホークとスクエアプッシャーという、世代も作風もまるで異なる両者のパフォーマンスをともに体験できたことも、エレクトロニック・ミュージックのファンとして嬉しかった。待望した甲斐のある、素敵な一夜だったと思う。

Björk - ele-king

 ビョークの傑作と誉れ高い『ホモジェニック』のなかのもっとも重要な曲、“Joga”については、これまで何度か書いてきた。当時の彼女はプライヴェートで想像を絶する苦難(ストーカーによる殺害未遂と自殺映像)があったため、ロンドンを離れスペインで録音し、故郷アイスランドを思い作ったその曲において、ぼくがとくに心奪われたのは同曲のMVである。海沿いの丘陵地帯や草原、地殻がずれてマグマが見える(*アイスランドは火山の国)広漠とした風景のなかにひとり立ちつくしているビョークは、映像の最後で、クローネンバーグよろしく胸の中央に開いた黒い穴をがっと広げ、しかしその穴のなかに人工物ではなくあらたにまた自然(島)を映し出す。言うなれば、自然と一体化したその様は、その後のビョークのコンセプトにおける重要な道筋となった。
 “Joga”は、ビョークの音楽性においてもひとつの出発点にもなっている。子どものころにクラシックを学んだ経験があるという彼女は、この時点でエレクトロニカとクラシックとの融合を試みているし、のちの名曲“All is Full of Love”にも繋がっている。近年で言えば、フルートと鳥のさえずりの前作『ユートピア』が、テーマ的にも音楽的にもまさにその傾向を強調した作品だった。アイスランドで制作された本作『フォソーラ』もまたしかり。

 先行で公開された“Atopos”の、グロテスク(*)なMVを見れば話が早い。きのこに触発されたビョークの10枚目のスタジオ録音盤は、クラリネットの重奏とバリ島のカバー・モードゥス・オペランディによるレゲトン風のビートではじまる。立体的で、位相に凝ったミキシングで、音響的にもユニークだ。“Ovule”では、トロンボーンのそよ風がベース・ミュージックと一体化する。それからビョークが自らの声をサンプリングし、変調させ、プログラミングした“Mycelia”があって、アイスランドの合唱団による“Sorrowful Soil(哀しみの土)”が続く。菌類から名付けられたという前者は、手法的にはジュリアナ・バーウィックを思い出すかもしれないが、曲の構成は変則的で、反復はせず菌糸のように絡み合い、しかも音数は少ない。後者は、ほんのわずかにベースが入るものの、ほとんど合唱のみで構成されている。つまり、手法も趣も異なった“声”による2曲が連なっていると。そして、その後に続くのは、本作の目玉のひとつ、贅沢な弦楽器の重奏を配置した“Ancestress(祖先)。クラシックとエレクトロニカの融合という観点でも見事だし、ビョークのヴォーカルはメロディアスで力強い。
 これら序盤の見せ場において、“Sorrowful Soil”と“Ancestress”の2曲には、環境活動家でもあった母の死に寄せた哀しみが関わっているという。と同時に、前作同様、ビョークの女性への思いが本作にも通底していることが仄めかされている。しかしながら、ビョークはリベラル主流派の代弁者ではない。ぼくがポップ・カルチャーに期待するのは、リベラル主流派さえもあきれかえるほどの異なる声だったりする。ぼくのような凡人には思いも寄らないような声を出すことは、監視し合い、萎縮した社会では難しかろうが、ビョークはいまもそれをやっているのだ。きのこになりきった彼女は、まさにウィアード(**)な存在で、彼女の音楽のなかにはオルフェウス的なるものがあることを確信させる。
 ギリシャ神話におけるオルフェウスはいわば古代の音楽家だが、動物や木々さえも魅了する特異な音楽家だった。そればかりか、死者を蘇らせることだって彼には可能だったのだ。ここから導き出せるひとつの見解は、音楽には人が思っている以上に何かものすごい力があるということで、オルフェウスはだから八つ裂きにされるのだった。のちに歴史上、多くの芸術家のモチーフとなったオルフェウスを、合理主義のなれの果てである今日の社会に対峙させることは、詩人の直感としては間違っていないだろう。
 異なる声は、我々のちっぽけな正義の臨界を超えたところから聞こえるものだ。『フォソーラ』は、これまでのビョークのカタログのなかでもっとも奇妙なアルバムで、ぼくの理解を超えている作品だ。気むずかしさはないが実験作だし、よくわからないが、もっていかれる。
 フルートと声の“Allow”は前作録音時の曲という話だが、本作のある種異様な流れのなかにしっかりハマっている。森のなかを彷徨う“Fungal City(きのこ都市)”に次いではじまる“Trölla-Gabba”では、前情報にあったガバのリズムが曲の終盤に少しだけ出てくる。ロッテルダム・ハードコアのようなサウンドをやるのかと早合点したのはぼくだけではないと思うけれど、そのリズムをマッチョの欠片もない菌類の世界で鳴らす試みは、まあ、面白いといえば面白い。タイトル曲ではやはり曲の終盤に、今度はより大胆にガバのリズムを鳴らしている。アルバムを締めくくる子守歌のような“Her Mother's House”では、本作のテーマである「母系制」を確認するかのように、19歳の娘といっしょに母について歌っている。とどのつまり彼女は、家父長制にはなんの未来がないことを念を押すように言いたいのだ。

 無神論者であるビョークはこの20年家族の礼拝にも出席せず、母親がニューエイジやスピリチュアルに心酔したときも逆らったと、ピッチフォークの最新インタヴュー記事(***)に書かれている。本作の詩的なるものも、決して論理性と相反するものではないとぼくは思っている。きのこ/菌糸類は本作におけるメタファーだというのが、すでに定説になっているが、それがなんのメタファーかといえば、答えはひとつではないし、リスナー各々が想像すればいいだろう。女性的な何かとリンクしているかもしれないし、より広義にしぶとい生命力であるとか、サイケデリックな扉かもしれないがただしこれは幻覚でも夢でもない。妖精物語でもファンタジーでもないし、クラブでもポップ・ソング集でもない。そんなように、いまひとつとらえどころがなく謎めいたこの作品には、だからこそ人間を人間たらしめているものが潜んでいるように思えてならないのだった。

(*)宣伝をかねていうと、現在絶賛作業中のマーク・フィッシャーの遺作となった『奇妙なものとぞっとするもの』の翻訳(訳者は五井健太郎)、同書においてフィッシャーは、ザ・フォール(マーク・E・スミス)を引き合いに出し、グロテスクなる言葉の意味について「古代ローマ期の人間や動物や植物が混ざりあった装飾的な模様」に由来すると説明している。

(**)さらにもう一発宣伝。『奇妙なものとぞっとするもの』とは「奇妙なもの」=「ウィアード(weird)なもの」とはいったい何なのかを彼の博覧強記をもって分析している本。12月2日刊行予定です。どうぞ、よろしくお願いします!!

(***)余談だが、このインタヴューで、ビョークが(『ストレンジャー・シングス』でリヴァイヴァルしている)ケイト・ブッシュへのシンパシーについて言及しているが、たしかにいま『Hounds of Love』を聴くと、同作が20年先を走っていたことを思い知らせれるし、最近のビョークにもっとも近しいアーティストのようにも思える。「ストレンジャー・シングス」で知った人も、聴いてみてください。

interview with Special Interest - ele-king

 パンクは何度も死んで何度も生き返っている、ということはパンクは死なないということか、スペシャル・インタレストはその最新版のひとつ。ニューオリンズのこのパンク集団は、なんらかの理由でギリギリのところを生きている疎外者たちのために、いま、パンクにレイヴを混ぜ合わせて未来に向かっている。

 文化的な文脈において彼らをマッピングするなら、以下のようになるだろう。1970年代後半の、アメリカ西海岸のパンク・ロックのそのもっとも初期形態のザ・スクリーマーズには2人のゲイが、彼らの影響下に生まれたデッド・ケネディーズには黒人が、そしてザ・ジャームスにはゲイと女がいたことが象徴的なように、そこは人種的にもジェンダー的にもマイノリティーの坩堝だった。ことにバンド内におけるこうしたミクスチャーは西海岸の初期パンクの特異な点で、未来的な特徴だった。クィア・パンクとブラック・パンクが共存するスペシャル・インタレストは、その良き継承者である。
 そう考えると、70年代の西海岸のパンクと併走するカタチで、NYにおいて人種的にもジェンダー的にもマイノリティーのユートピーとして成り立っていたアンダーグラウンド・クラブ・カルチャーがパンクと結託するのも時間の問題だったと言える。そもそもパンクのライヴの、そこにいる誰もが好き勝手に踊るというところもレイヴっぽかった。

 スペシャル・インタレストの3枚目のアルバム『Endure』は楽曲も多彩だが、曲のテーマもいろいろで、えん罪で刑務所に投獄された黒人革命家についての曲があるかと思えば「午前6時にクラブを出て行く女の子たちへのラヴ・ソング」もあって、また別の曲ではアメリカなんかくそ食らえと叫んでいる。猛烈な勢いをもって現代のパンク・バンドは逆境を生きている(Endureしている)人たちを励ましている。ジョン・サヴェージは、パンクとは、marginal(欄外/隅っこ/ギリギリ)を生きる勇敢な人たちのためにあると言った。素晴らしいことに、いまここに真性のパンクがある。注目して欲しい。


メンバー:アリ・ログアウト(Alli Logout)、マリア・エレーナ(Maria Elena)、ネイサン・カッシアーニ(Nathan Cassiani)、ルース・マシェッリ(Ruth Mascelli)

日本のみんなには、曲を聴いて、日本ではどんなことが起こっているのかを考えてみてほしい。自分たちの周りにいる人びとが何と戦っているのか、私たちはどのようにお互いを大切にすることができるかをね。

この度は、取材を受けてくれてありがとうございます。『The Passion Of』から聴いていますが、スペシャル・インタレストのバックボーン、コンセプトにとても興味があります

アリ:今日はアメリカでのショーの初日で、いまみんなでショーの前にカフェでコーヒーを飲んでるところなんだ。だから、みんなで一緒に質問に答えるね。

スペシャル・インタレストの原型は、マリアさんとアリさんがニューオリンズに移住し、最初は2人ではじめたそうですね。で、ルースさんとネイサンさんと出会った。何を目的として4人組のバンドとして始動したのかを教えてください。

アリ:そう。最初は私とマリアの2人で、ギターとドラムマシンとパワードリルからはじまった。テキサスではじまったんだけど、ニューオリンズのフェスに出るために2人で曲を作るようになったことがそもそもの出発点だね。で、テキサスからニューオリンズに引っ越したときに、マリアが2人のイタリア人の友だちを集めてくれたというわけ(笑)。ルースとネイサンは私たちよりもずっと前からニューオリンズに住んでいて、彼らとはニューオリンズに引っ越してきてから出会った。

ルース:ぼくは、以前マリアがいたバンドの大ファンで、彼女らのためにTシャツをデザインしたことがあって、マリアとはそれをきっかけに知り合った。

マリア:私はネイサンのバンドの大ファンだったから、彼らのショーをテキサスでブッキングしたりしていた。じつは私がルイスとネイサンに声をかけたのは、ザ・スクリーマーズ(**)みたいなバンドをやりたかったからなんだけど、でも結果的には、スクリーマーズみたいなバンドとはほど遠いバンドになってしまった(笑)。

なぜニューオーリンズに移住したのでしょう? 

アリ:さっき言ったマリアと一緒にフェスで演奏するためにニューオリンズに行ったんだけど、そこでたくさんのクールなクィアの人びとに出会ったんだよ。もうひとつの理由は、ニューオリンズのオーサ・アトーっていう人が作っていたジンの大ファンだったから。『Shotgun Seamstress』という黒人を取り上げたジンなんだけど、それを読んだとき、すごくエキサイティングな気持ちになって、この街だったら私らしくいられるなって思った。

バンド誕生の背後にはいろんな思いがあったと思いますが、そのなかのひとつに憤怒があったとしたら、それは何に対しての憤怒だったのでしょうか?

ルース:なにか特別な憤怒があったというより、もっといろいろな感情があった。

マリア:むしろ物事のあり方について意見を持たずに生活することのほうが、すごく難しいと思うんだよね。それはつまり、物事のあり方について語らないアートを作ることのほうが難しいということでもある。だから、アートを作っている限り、自分が思っていることが表現されるのは、ある意味避けられないことなんだよ。それが憤怒かもしれないし、ほかの何かかもしれない。

アリ:私自身は、計画的に音楽を作ることはあまりない。自分の周りではいろいろなことが起きていて、自分がそれに対していま何を思うかが自然に出てくる。サウンドや歌詞は、それが作られる時間や場所で変わってくるんだ。

マリア:面白いことに、私たちはインタヴューで、「なぜ歌詞が政治的なんですか?」って訊かれることはあっても、「どうして政治的じゃないんですか?」って訊かれることはないんだよね。歌は常に欲望によって書かれているものだっていう仮定は、どうして成立してるんだろう。そして、その欲望がセックスや愛についてのことだけに限られているっていうのも、考えてみたらおかしな話だよね。

そうですよね、音楽には、もっと多様なトピックはあるだろうと。ちなみにスペシャル・インタレスト結成前から、すでにみんな音楽活動をしていた?

ルース:ぼく以外は、みんなバンドをやっていたよね。

ネイサン:ぼくはニューオリンズで、Mystic InaneとPastyというふたうつのバンドで演奏していた。その活動を通じてアリとマリアとルースに出会った。

マリア:ネイサンのバンドって、めちゃくちゃかっこよかったんだよ。ネイサンが入ってたバンドは、お遊びじゃなくて本物のバンドだった(笑)。

アメリカにおいて、クィア・パンクやブラック・パンクのシーンというのは、いまどのようなカタチで発展しているのでしょうか? 

アリ:局所的に発展してると思う。

マリア:アメリカってすごく大きいから、他の国々に比べるとシーンが地区で分かれているんだよね。それって過去のアンダーグラウンドのアートの世界もそうだったと思う。

ルース:前よりも、そういったシーンにアクセスしやすくなってきているというのもあるんじゃないかな。インターネットもあるし。

アリ:マリアが言った通り、アメリカってすごく大きいから、シーンが州や街で分かれていると思う。でもここ10年で、アメリカのアンダーグラウンドのクィアの音楽シーンではすごく面白いことが起こっている。とくにニューヨークはそうだよ。ハウス・オブ・ラドーシャとか、ジュリアナ・ハクスタブルとか、いろんなクールなアーティストが出てきてるし。正直カリフォルニアはわからないけど。少なくとも、ここ10年では私が面白いと感じた音楽はカリフォルニアにはないように思う。でも、ニューオリンズにも本当に美しくて奇妙なアート・パンク・シーンが存在しているし、そのなかでスペシャル・インタレストが成長できたのもシーンの広がりがあったからこそなんだ。ここ数年のアメリカのアンダーグラウンド・シーンはかなりすごいよ。さまざまな地域でシフトして、どんどん広がっている。

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面白いことに、私たちはインタヴューで、「なぜ歌詞が政治的なんですか?」って訊かれることはあっても、「どうして政治的じゃないんですか?」って訊かれることはないんだよね。

音楽面でとくに参照にしたバンドや作品はありますか?

ルース:ぼくたちは、本当にたくさんの種類の音楽に影響を受けているんだ。それをぶつけたり、混ぜ合わせてサウンドを作っているから、たくさんいすぎて誰から答えたらいいのかわからない。何か面白いものを作っているよういう点で影響を受けているのは誰か挙げるとすれば、ポーラ・テンプルかな。彼女のプロダクションは参考にしてる。あとは、アジーリア・バンクスのファースト・アルバム。“Yung Rapunxel”のドラムサウンドなんかはすごくカッコイイと思うから。それ以外だと、外でたまたま聴いて、ずっと頭に残っているようなサウンドからインスピレーションをもらったりもするよ。

アリさんは、 アサタ・シャクール(**)の自伝を読んで曲を書くようになったとある取材で話しています。過激なテロリストであった彼女の何があなたの情熱に火を付けたのでしょうか?

アリ:歌詞を書いていた最初の頃に読んでいたのがその本だった。私が(精神を病んで)病院に入院していた時期だったんだけど、本のなかには彼女が病院(
女性矯正施設)で警察から苦しめられていたストーリーが書いてある。自分が同じ空間にいたから、その部分にとくに心を動かされたんだよね。彼女の人生のストーリーは、すごく大きなインスピレーションになった。

デビュー・アルバム『Spiraling』の冒頭の“Young, Gifted, Black, In Leather”は、Quietusのインタヴューにおいて、アリさんのなかの「ブラックネスとクィアネスが交差する唯一の瞬間」だと説明されています。パンクやグラムに多大な影響を受けたスペシャル・インタレストの音楽面にテクノやハウスのようなダンス・ミュージックを取り入れた理由も、そこに「ブラックネスとクィアネスが交差する瞬間」があるからということも大きいのでしょうか? 

アリ:あえて意識したわけではなかったけど、自分たちがいままで聴いてきた音楽、演奏してきた音楽がそういった音楽だった。だから、自分たちの音楽がよりダンサブルになるのは時間の問題だったんだと思う。私たちのサウンドは、ドラムマシンや使う楽器を変化させることで、どんどんスケールを広げているし。それに、あらゆるジャンルの音楽はブラック・ミュージックから派生し、発展している。そういうものに影響されているわけだから、クィア・ミュージックのなかにもその要素があると思う。
 でも、自分たちがブラックネスとクィアネスが交差する瞬間のようなサウンドを作るということを目標に真っ直ぐ進んでいるとは思えない。私にとっては、自分たちの音楽はまだまだ変化している途中の段階にいるように感じるし、まだぶらついているように感じるんだよね。これからもずっと今回のようなサウンドを作り続けていくのかはわからないな。

いまの質問と重なるかもしれませんが、『Endure』は、1曲目の“Cherry Blue Intention”、それに続く“(Herman's) House”から、じつにパワフルなダンス・サウンドが続きます。そして、3曲目にはパンキッシュな“Foul”。この流れはバンドの真骨頂に思いましたが、あなた方からみて、パンクとダンス・ミュージックの共通点は何なんでしょうか? 

ルース:音楽の歴史のなかで、レイヴやテクノやハウス・ミュージックもアンダーグラウンド・ミュージックだった。そして、人びとはそういった音楽を使って自分たちのシーンを作り上げてきた。パンクもダンス・ミュージックも、みんなで楽しみを共有する音楽であるというところが共通点だと思う。サウンドを聴くことももちろん楽しいけれど、ショーの現場で、複数の人たちが一緒にその音楽を経験するということが、どちらのジャンルの音楽にとってもいちばんの醍醐味なんじゃないかな。みんなで音楽を楽しみながら、その場でエナジーが生まれることは、共通点のひとつだと思うね。

先行で発表された“Midnight Legend”も、とても良い曲で、音楽的にはスペシャル・インタレストの新境地だと思いました。攻撃性だけに頼るのではなく、ハウシーで、ポップな回路を見せたと思いますが、ミッキー・ブランコをフィーチャーしてのこうした新しい試みは、スペシャル・インタレストにとってどのような意味があってのことなのでしょうか?

アリ:その曲は、すごく自然に生まれた。私は、あの作品はハウシーでポップというよりは、よりシネマティックなサウンドに仕上がったと思う。“Midnight Legend”を聴いて新境地だと思うのはまだまだ早いよ(笑)。私たちは、次のシングルを聴いてみんなを驚かせるのが楽しみでしょうがないんだよね(笑)。次に来るのは“Herman’s House”なんだけど、あれを聴いたら、スペシャル・インタレストはいったいどこに進もうとしているんだ!?ってさらに混乱すると思う(笑)。でも、どの変化も計算したわけじゃなくて、すべて自然に起こったことなんだよ。今回のアルバムは、そうやって出来上がったたくさんの種類のサウンドが詰まってる。そのひとつとして、このポップっぽい曲をまず人びとに聴かせるのは、みんながびっくりして面白くなるだろうなって思ったんだよね(笑)。新しいように感じるけど、いろいろな要素が混ざって音楽ができてるっていう点では、じつはすごく私たちらしいんだ。

ルース:それは本当に自然の流れで、ぼくたち自身、10曲も似たような曲を連続で聴きたくはない(笑)。だから、ヴァラエティ豊富なサウンドが出来上がっていったんだと思う。

Endureって、じつは未来に向かって突き進んでいることを意味していると思うんだよね。何かに向かう前向きな姿勢。

私たち日本人にはリリックがわからないのが歯がゆいのですが、今作の歌詞に込められたメッセージで、とくにこれだけは日本のリスナーに知ってほしいという言葉(ないしはテーマやコンセプトなど)があれば教えてください。

アリ:すごくディープな質問だね。答えるのが難しい。スペシャル・インタレストはアメリカ人であることについて、すごくユニークでありながらもリアルな視点を持っているバンドだと思うんだよね。アメリカのなかでクィアである自分たち、そして黒人である自分の視点を持っている。私たちが互いに求めることができるのは、耳を傾け、自分の状況を理解することだと思うんだ。私たちは、みんな苦労をたくさん経験しているけれど、その苦労の仕方は人それぞれ違うし、持っている能力だってみんな違うから。だから、お互いのストーリーを聞いて、みんながそれを聞き合って、世のなかどこでもいいことばかりじゃないんだということを理解し合える。
 日本のみんなには、曲を聴いて、日本ではどんなことが起こっているのかを考えてみてほしい。自分たちの周りにいる人びとが何と戦っているのか、私たちはどのようにお互いを大切にすることができるかをね。『Endure』は、いろいろな悲しみを理解し、それを表現しているアルバムだよ。日本のみんなには、アルバムを聴くことで日本のストリートで起こっていることを知ろうとし、それを理解し、それに共感してもらえたら嬉しいな。

アルバムは後半、“My Displeasure”〜“Impuls Control” 〜“Concerning Peace”と、非常にハードに展開します。この構成にはどんな意図があるのでしょうか?

マリア:このアルバムはパンデミックのあいだに書かれたから、その期間の経験や状態がそのまま形になっているんだ。深呼吸をするような瞬間や、深い喜びを感じる瞬間、じっと耐える瞬間。そういった経験が、アルバムのなかで展開しているんだよ。

なぜ「Endure=不快さや困難を耐える/持ちこたえる」という言葉をタイトルにしたのでしょうか?

アリ:endureという言葉には、文字通りすべてが含まれていると思う。私たちは自分の感情を感じなければならないし、それを乗り越えていかなければならないし、そこから成長していかなければならない。endureって、じつは未来に向かって突き進んでいることを意味していると思うんだよね。何かに向かう前向きな姿勢。

ネイサン:じつはぼくたちは、ボツにしたけど“Endure”というタイトルの曲も作っていたし、endureって言葉は“Herman’s House”(***)にも出てくる。

ルース:バンドが成長を続けるって意味にも感じられるし、ぼくはendureって言葉が好きなんだよね。この言葉からは耐えるという意味だけじゃなくて、進化の可能性を感じる。

とくに尊敬しているハウスやテクノのDJ/プロデューサーを教えてください。

アリ:私たち、これからジェフ・ミルズと同じフェスに出る予定なんだけど、それが楽しみでしょうがないんだ。それが本当に起ころうとしているなんて信じられない。

ルース:ジェフ・ミルズは最高。ジェフはもちろんだし、デトロイト・テクノって本当に刺激的だよね。DIY精神が感じられるし、自分の目の前で起こっていることに向き合って、未来を見ている感じ。

アリ:ドレクシアもそのひとり。あと、私たち全員が大ファンなのはポーラ・テンプル。それから、グリーン・ヴェルヴェット。まだまだたくさんいるけど、いすぎていまは答えられないな。

質問は以上です。どうも、ありがとうございました!

アリ:ありがとう。日本には本当に行ってみたいから、来年行けますように。

(*)ザ・スクリーマーズ(The Screamers)は、パンク前夜の1975年にLAに登場したプレ・パンク・バンド。ギターなしの、シンセサイザーとドラムによるテクノ・パンクの先駆者で、バンドの2人の主要メンバーはゲイだった。

(**)アサタ・シャクール(Assata Shakur)は、60年代のブラック・パワー・ムーヴメントにおいて、米国政府との武力闘争を辞さない黒人解放軍(BLA)の元メンバーで、銀行強盗や市街の銃撃戦によってFBIの最重要指名手配テロリストのリストに載った最初の女性であり、トゥパック ・シャクールの義理の叔母でもある。

(***)“Herman’s House”は、ルイジアナ州立刑務所に41年間独房で監禁されたアンゴラ スリーとして知られる、黒人革命家の一人、ハーマン・ウォレスへの頌歌。

M.I.A. - ele-king

 パーカッシヴなサウンドに誘われやすいので、今年でいえばハンド・イン・モーション『Dawn』やケレン303&トリスタン・アープ「Entangled Beings EP」はすぐにフェイヴァリットになった。ハッサン・アブ・アラム(Hassan Abou Alam)によるバコンゴ“Over Again”のパーカッシヴなリミックスも、まるでニッキー・ミナージュ“Beez In The Trap”を思わせる空間処理で、これもすぐにやみつきになった。こういった曲は偶然に出会うことがほとんどで、無名のプロデューサーであれば実際に聴いてみるまでそれとはわからない。聞き逃した曲もきっと膨大にあるに違いない。諦めずに試聴、試聴、試聴、である。そうやって地面に埋められた地雷を探すようにアンダーグラウンドの砂漠をほじくり返していると、いきなり頭上から固定翼大型無人攻撃機バイラクタルTB2(トルコ製)が飛んできた。M.I.A.の6作目『MATA』である。前作の抒情性過多がウソのようなパーカッション・ストーム。どうやら歌詞も大したことは言ってないらしく、全体にフィジカルに振り切れている印象。けたたましさだけならデビュー作や2作目より上だろう。オープニングから雄叫びのようなノイズ・ドローンでとにかく恐れいる。目隠しをされて謎めいた共同体の儀式に放り込まれたような気分。それこそ新人の作品みたいだし、かなりはっちゃた〈ニンジャ・チューン〉の新人、VTSSの方がヴェテランのように感じられる。これはきっと売れないだろう。先行シングルにおとなしい曲が選ばれているのは囮としか思えない。

 M.I.A.が頭角を現したのは同時多発テロを機に世界がテロと愛国に覆われた00年代で、彼女の表現はテロをサポートしているとメディアから糾弾され、デモまで起きるほど時代感情と交錯した時期だった。彼女がことさらに戦闘的な姿勢を崩さなかったのは、しかし、18年に公開されたドキュメンタリー映画『MATANGI / MAYA / M.I.A.』を観るとむしろ成人してから一時的に戻ったスリランカで「お前は戦闘地帯(War Zone)にはいなかった」と親戚たちに言われ、疎外感を覚えたからではないかと考えられる。徴兵検査で落第した三島由紀夫が誰よりも自衛隊の存在意義にこだわったように、戦闘地帯にいなかったからこそ、それが過剰にポーズを強める動機になったのではないだろうか。実際に戦場に立った者はむしろ忘れたいと思っていると聞くことが多いし、不在だったからこその“Bucky Done Gun”であり、“Bring The Noize”だったのだろう。M.I.A.とは「Missing in Acton(戦闘中行方不明)」の略語であり、まさに「お前は戦闘地帯にはいなかった」なのである。それをそのままステージ・ネームにしたのはそれがよほどのショックだったということを窺わせる。スリランカに残った親戚たちはけして彼女に冷たかったわけではなく、むしろ、祖母は好きなように生きなさいと彼女のすべてを肯定してくれる。イギリスに戻ってM.I.A.がMC-505を使い倒して音楽をつくり始めるのはそれからすぐのことで、そして、彼女はあっという間にブレイクし、気がつけば富裕層の仲間入りである。『MATANGI / MAYA / M.I.A.』ではそのことが周到に避けられていたけれど、10年代になって経済格差が強く指摘される時代にM.I.A.が葛藤を感じないわけがない。『MATANGI / MAYA / M.I.A.』は彼女が難民に対するシンパシーを全開にした“Borders”までしか描かれていなかった。

 政治性を増す歌詞とは対照的に“Borders”を筆頭にサウンド的には内省の極に達していた『AIM』(16)が最後のアルバムになると予告していたマーヤー・アルルピラガーサムはそのまま〈インタースコープ〉との契約も切れてしまったようで、その後は散発的に自らのサイトを通じてマーチャンダイズ用に“Load ‘Em”を発表したり、『Astroworld』のヒットで絶頂期にあったトラヴィス・スコットのニュー・シングル“Franchise”にフィーチャーされて、これが彼女にとって初の全米1位になったりするなか、『MATANGI / MAYA / M.I.A.』に合わせて“Reload”をアップし、続いて19年に新たなアルバムのレコーディングを開始したと発表、20年始めにはほぼ完成したと報告していた。再び戦闘的になった“OHMNI202091”は当初、そのリード・シングルとしてリリースされたかに見え、“CTRL”もその年の後半に続くものの、それからさらに1年後、ようやくアルバム・タイトルがフェイスブックの社名変更に合わせて『MATA』になったと告知され、さらにまた年を超えてこの5月に〈アイランド〉から先行シングル“The One”がリリースされた。そして、8月には“Popular”も続き、アルバムは翌月にリリースされるという正式な告知がなされたものの、「もしも『MATA』が9月中にリリースされなければ、自分で音源を流出させる」という声明が本人から飛び出し、もしかして〈アイランド〉とうまくいってないのかなという雰囲気が漂うも、9月には『MATA』から3枚目となるシングル"Beep" がリリースされ、10月に『MATA』はようやく陽の目をみることとなった。この間にネットにあげられた“So Japan”や“Make It Rain”、ミート・ビート・マニフェストーをループさせた“Babylon”などはすべて未収録となり、2年前にほぼ完成したと言っていたアルバムとはだいぶ内容が変わったのかなと推測するばかり。

 前述したようにシングル以外はパーカッション・ストームの連続で、『AIM』に収められていた“A.M.P.”のドラム・ヴァージョン(これがいいんですよ)が17年にはサウンドクラウドで公開され(後にはフルでヴィデオもつくられ)ていて、これが早くから『MATA』の方向性を決定づける起点となったのだろうと思われる。また、♪自分はかなり有名~と少し茶化したようにラップする“Popular”は『MATANGI / MAYA / M.I.A.』ですでにオフシュートが使われており、時間軸が行ったり来たりする作品なので正確なところは不明だけれど、セカンド・アルバム『Kala』がヒットした直後の場面で使われていて、ということは08年から遅くとも18年にはつくられていたことになり、新曲ばかりで構成されたアルバムではないことも推察できる。同ドキュメンタリーではディプロと恋人関係になる前に、自分で曲をつくり始めた時期のデモを何曲か聞かせるシーンがあり、それらがすべてパーカッシヴな曲なので、これを聞いて初心を思い出した可能性もあるのかなあと。いずれにしろ“F.I.A.S.O.M.”2部作で乱暴に幕を開け、続く“100% Sustainable”には南インドの合唱曲らしきコーラスに手拍子とラップをのせ、リック・ルービンやスキルレックスほかが参加した“Beep”はエスニックでタイトなUKガラージで、メッセージはやりたいことをやっちゃえ的なわりと単純な内容。タミール映画の古典からヴォーカルをサンプリングしてハイパーポップみたいに加工したらしき “Energy Freq”も楽器はパーカッションとフィールド録音のみと前半はまったく手を緩めない。

 続いて先行シングル“The One”は抒情的なトラップで、♪運命は変えられる、やってみればわかる~と、ことさらに挑発的な歌詞は最終的に自分自身に向けられたものらしい。全体に『MATA』はわざと自己中心的な発想で歌詞は書いたらしく、その辺りのアティチュードも初期に回帰した感がある。ブラジルのファヴェーラ・ファンク(バイレ・ファンキ)からトロップキラーズ(Tropkillaz)をフィーチャーした"Zoo Girl”も“Bucky Done Gun”をダウンテンポに落とした感じで、ファレル・ウィリアムスを招いた“Time Traveller”はパーカッションが丸いというのか、響きが柔らかくなっているところが、さすがネプチューンズ。“Popular”は再びディプロと組んだ抑えめのダンスホールで、マス・イメージをテーマに自分が自分を背後から操っているヴィデオは視覚的になかなか面白くつくられている(規模は違うけれど、ビヨンセ“I’m That Girl”と主題は同じ)。“F.I.A.S.O.M.”と同じくタイトなドラミングで知られるメルボルンのスウィック(Swick)をフィーチャーした"Puththi”も抑制の効いたダンスホールで、これはほとんどがタミール語(?)。ヤー・ヤー・ヤーズ"Maps”をサンプリングした”K.T.P. (Keep the Peace)”はタイトル通り穏やかな曲調で、♪ストリートでは1日中平和でいよう~と唐突に“We Are The World”みたいな方向性が示される。再び謎のインド音楽がサンプリングされたらしき "Mata Life”で最後にひと暴れして、最後はあいみょんに対抗してセンチメンタルな“Marigold”で締められる。♪世界は危険な状態、マリーゴールドがそれを覆い隠す。都市は瓦礫と化し、みんなは奇跡を待っている~。

 スリランカに心を残していた彼女が成功すればするほど内省的になっていったのは自然な流れだったのだろう。金持ちになっても難民を助けるために船を直す技術を学びたいなどと言い出すM.I.A.は、音楽的な成功ぐらいで心までアメリカの富裕層にはなりきれなかった。貧困から富裕層に這い上がることができたメリトクラシーには2種類あって、サッチャーや竹中平蔵のように自分の出身階級に対して自分にできたことができない連中だとことさらに蔑む傾向と、スヌープ・ドッグやハワード・シュルツのように自分の出身階級に少しでも還元しようとするタイプに分かれるという。ジャケット・デザインにも表れているように『MATA』をつくるにあたって自分がどうしようもなくタミール人であることを意識したというM.I.A.は明らかに後者に属するのだろう。00年代同様、トランプの国会突入やプーチンの戦争だけでなく、コロナ禍で観光収入の途絶えたスリランカでは経済危機が深刻化し、デモ隊が首相官邸に突入してラジャパクサ大統領が国外に脱出するなど再び大規模な混乱状態に陥っている。M.I.A.の表現は戻るべくして戦闘状態に戻ったということなのかもしれない。

Wendell Harrison & Phil Ranelin - ele-king

 これはすごい復刻だ。70年代スピリチュアル・ジャズ三大レーベルのひとつ、デトロイトの〈Tribe〉の代表作が豪華ボックスセット仕様となって蘇る。
 〈Tribe〉のもっとも名の知られた作品であろう、ウェンデル・ハリスンとフィル・ラネリンによる『A Message From The Tribe』は、じつは3ヴァージョン存在している。72年発表のジャケが「崖」のヴァージョン、73年発表の「地球」ヴァージョン、74年発表の「顔」ヴァージョンだ。それぞれの詳細は下記をお読みいただきたいが、今回のリイシューではその全ヴァージョンが網羅されている。とくに「崖」ヴァージョンは、世界初のアナログでの復刻となる。
 そして忘れてはならないのが、〈Tribe〉はたんにレコードを発売するだけの組織ではなかったということだ。「ア・メッセージ・フロム・ザ・トライブ」というタイトルが示しているように、〈Tribe〉はメディアやイベントなどを通して、黒人たちが置かれている状況を発信する、ある種のコミュニティでもあった。その活動の一例が、雑誌『TRIBE MAGAZINE』の発行。今回のボックスセットがすごいのは、その『TRIBE MAGAZINE』全15巻が同梱されているところだろう。入手困難だった同誌の復刻はきっと、文化史的にも大きな意味を持つにちがいない。
 全6枚組+15冊のボックスセット、ご予約はこちらhttps://vga.p-vine.jp/tribe)から。

 なお、来週発売の『別冊ele-king VINYL GOES AROUND presents RARE GROOVE』でも、〈Tribe〉は特別な存在としてコラムを設けています。ぜひ手にとってみてください。

WENDELL HARRISON & PHIL RANELIN
A MESSAGE FROM THE TRIBE BOX SET (6 Vinyls + 15 Magazines)

70年代デトロイトの伝説、〈TRIBE〉の代表的なアルバム、PHIL RANELIN / WENDELL HARRISON『A Message From The Tribe』3ヴァージョンを全てコンプリート。加えて70年代のアメリカのジャズ誌では重要なメディア『TRIBE MAGAZINE』全15巻を復刻しBOXセットにして発売致します。

1972年、デトロイトにて初声を上げたジャズ・レーベル〈TRIBE〉。1997年にP-VINEは世界に先駆けて〈TRIBE〉のコンピレーションをリリースし、それを皮切りに一連のカタログのリイシューを手掛けました。〈TRIBE〉の活動はクラブ・ミュージック周辺で再評価され、以来その活動全体が音楽シーンの伝説となっています。
今回リリースするのは〈TRIBE〉の代表的なアルバムでもあり、3種類のタイプがあることでも有名なPHIL RANELIN / WENDELL HARRISONによる『A Message From The Tribe』。これらを全てコンプリートし、加えて70年代のアメリカのジャズ誌では重要なメディアに位置する『TRIBE MAGAZINE』全15巻をBOXセットにして発売致します。

●『A Message From The Tribe』について

1972年発表の「崖」の写真をあしらった1stヴァージョン、1973年発表の「地球」のイラストを使用した2ndヴァージョン、そしてレーベルの主宰者でもあるWENDELL HARRISONとPHIL RANELINの「顔」のイラストが使われた1974年発表の3rdヴァージョン。わずか3年間で3種類リリースされた本作。これらはそれぞれ内容が異なります。

□1stヴァージョン『崖』:他のヴァージョンとは全く内容の異なる幻の初回録音盤が初のLPリイシュー! ボーナス7インチ付き
記念すべきレーベルの第一弾アルバムが世界で初めてアナログ復刻します。Tribeのコミュニティは、発足当初はライブを主な活動としていましたが、その延長で音楽と寸劇と詩で構成されたミュージカルをデトロイト美術館にて公演。その録音を一枚のLPに収めたのがこのアルバム。激しいフリージャズから徐々にブリージンなジャズ/フュージョン・サウンドへと変化していくWENDELL HARRISONの代表曲 “Where Am I” や、自由と自立のためにいま何が必要かを問いかけたメッセージが妖艶に紡がれていくグルーヴィーなヴォーカル・ジャズファンク “What We Need” の最初のテイクがここで聴くことができます。また本作はボーナス7インチを付属。こちらは “Where Am I” と “How Do We End All Of This Madness” を収録。どちらもここでしか聴くことのできないヴァージョンです。

□2ndヴァージョン『地球』:未発表のインスト・ヴァージョンがボーナス10インチとして初のレコード化
このアルバムで一番有名なジャケットと言っても良い「地球」をあしらった2ndヴァージョンは、あらたに再録音された全くの新しいテイク。1stヴァージョンとは収録曲の内容も異なり、より洗練された内容。A面にはPHIL RANELINの楽曲が収録され、1stヴァージョンよりも曲の精度を上げて作られておりファンキーな仕上がりに。B面のWENDELL HARRISONの楽曲は全曲差し替えられ、こちらもグルーヴィーな楽曲が並んでいます。全体的にも1stよりもコマーシャリズムが優先されており、それによって時流に合わせたモダンなサウンドに生まれ変わっています。そして本作には初のアナログ盤でリリースされるインストゥルメンタルを収録した10インチが付属。当時のミュージシャンの演奏力や楽曲自体の素晴らしさがあらわになり、折り重なるようなホーンセクションがクールなジャズファンクとして新しい側面を感じます。これらはジャズの音楽史でも貴重なテイクです。

□3rdヴァージョン『顔』:3つの中でもっとも良い録音に仕上げられたヴァージョンをTRIBE初の45RPM / 2枚組LPに
そして3rdヴァージョンは本作品群における最終形態。2ndヴァージョンから大きくミックスを変え、マスタリングやカッティングまでこだわりリリースされたのが本作。2ndヴァージョンと聴き比べても別物と思えるほど音の違いがはっきりとわかります。特に “What We Need” のファンキーさは、キックやベースの音圧やボーカルの輪郭などが格段にアップし、現在であればダンスミュージックとしても十分に使える音像に変化。そのほか反復するウッドベースのフレーズやローズの音色などがグルーヴィーな “How Do We End All Of This Madness” や、刻んだハットと乱れ打つスネアが印象的なウェンデル・ハリソンらしい疾走感あるジャズファンク “Beneficent” などもファットなビートに進化しています。今回は元の音源を忠実に再現しつつ、アナログは2枚組の重量盤LPでより高音質な仕様にしています。

●復刻版『TRIBE MAGAZINE』について

□全15巻を完全復刻
TRIBEがレコードのリリースと並行して出版していたマガジンがこの『TRIBE MAGAZINE』。70年代当時、アフロ・アメリカンたちのコミュニティで起こっている凄惨な出来事を明確に伝えるメディアが全く無かった中、WENDELL HARRISONが中心となって立ち上げられた黒人のための音楽情報誌兼、ニュース・メディアです。当時のデトロイト周辺のジャズや著名な音楽家などの記事に加え、黒人の歴史家/人類学者のコラムや日常の知られざる出来事をレポートしたニュースを発信。"何も知らなければ何もできない" 〜 "We can't do anything about it, if we don't know about it." を主張しアフロ・アメリカンの自立を目指して発行されていました。また誌面のデザインや写真などもローカル誌とは思えない斬新なビジュアルで、眺めているだけでも楽しめる内容です。
今回、スピリチュアル・ジャズ史上最も重要な紙媒体でもあるこのマガジン全15冊を完全復刻します。『TRIBE MAGAZINE』は現在、非常に入手困難なメディアであり、これは世界中で待たれていた待望の復刊になります。

https://vga.p-vine.jp/tribe

[商品情報]

■早期購入者特典としてオリジナルTシャツ付き!(2023年1月5日まで)

■箱のデザインは2タイプから選べます

ボックス・タイプA


ボックス・タイプB


■伝説のJAZZマガジン TRIBE MAGAZINE 全15冊を完全復刻!
■限定シリアルナンバー入り
■レーベル代表作が3バージョン、デラックスエディションで復刻!(全て見開きジャケット)
■(LP+7”)+(LP+10”)+(45RPM 2LP)
■世界初インスト・ヴァージョン・アナログ化!
■LPは180g 重量盤!
■ジャケット/TRIBEマガジンをモチーフにしたポスター(515×728mm)封入!
(The back side is TRIBE x Pharoah Sanders or Herbie Hancock from Tribe Magazine.)

価格:434.5 USD(税抜き 395 USD)

[収録内容]

□Message From The Tribe 1st Version [LP+7"]

Side A
1. Mary Had An Abortion
2. Where Am I
3. Angry Young Man

Side B
1. What We Need
2. Angela's Dilemma
3. How Do We End All Of This Madness

Side C
1. Where Am I (7" Short version)

Side D
2. How Do We End All Of This Madness (7" Short version)

□A Message From The Tribe 2nd Version [LP+10"]

Side A
1. What We Need
2. Angela's Dilemma (Instrumental)
3. Angela's Dilemma (Vocal)
4. How Do We End All Of This Madness (Instrumental)
5. How Do We End All Of This Madness (Vocal)

Side B
1. Wife
2. Merciful
3. Beneficent

Side C
1. What We Need (Full Instrumental Version)
2. Angela's Dilemma (Full Instrumental Version)

Side D
1. How Do We End All Of This Madness (Full Instrumental Version)

□A Message From The Tribe 3rd Version [2LP / 45rpm]

Side A
1. What We Need
2. Angela's Dilemma (Instrumental)
3. Angela's Dilemma (Vocal)

Side B
1. How Do We End All Of This Madness (Instrumental)
2. How Do We End All Of This Madness (Vocal)

Side C
1. Wife
2. Merciful

Side D
1. Beneficent


□TRIBE MAGAZINE(完全復刻版)全15冊

□TRIBE MAGAZINE B2サイズ・ポスター

https://vga.p-vine.jp/tribe

●〈TRIBE〉について
モータウンの発祥の地として知られるデトロイトで発足し、70年代ブラック・ミュージック/スピリチュアル・ジャズを語る上では超重要なレーベル、〈TRIBE〉。
1972年にモータウンがロサンゼルスに移転、そこでレギュラーで仕事を得ていた地元の多くのミュージシャンが突然失業していくさなか、デトロイト音楽シーンの新たなコミュニティ/クリエイティブ集団として、ウェンデル・ハリソンとフィル・ラネリンが中心となり設立。当時、アフリカ系アメリカ人達が直面していた貧困や人種差別などの困難な状況の中で、生活や社会がより良くなるよう、音楽やメディア、イベントなどを通してメッセージを発信した。その活動は90年代以降のHIP HOPやテクノなど、クラブ・ミュージック文脈で大きく評価され、2009年にはカール・クレイグによって主要メンバーが集められて作られた『Rebirth』がヒット。近年では『A Message From The Tribe』のオリジナル・レコードがオークションで1500ドルを超えるなど現在でもその影響力は衰えていない。

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