Home > Reviews > Album Reviews > Dry Cleaning - New Long Leg
もうかれこれ1年以上もライヴハウスで演奏できないと、だけれども、それにしてもUKのポスト・パンク新世代はエネルギッシュで、パワフルで、じつに興味ぶかい作品を発表している。スクイッド、スティル・ハウス・プランツ、ゴート・ガール、ブラック・ミディ、シェイム、ザ・クール・グリーンハウス、ワーキング・メンズ・クラブ、ガールズ・イン・シンセシス……。(USはもっとアナーキーで、つまり政治的だったり……スペシャル・インタレストやジョイのように。いずれにしても彼ら・彼女らも“現在”を象徴しているし、そもそもWARPのサブレーベル〈Disiples〉がスペシャル・インタレストの作品をリリースすること自体からも“いま”が見える)
ドライ・クリーニングもポスト・パンク新世代のロンドンのバンドで、まあ、言ってしまえば今年の注目のひとつだ。スカスカの空間とリード楽器としてのベース、無機質なドラミング、抑揚のないナレーションめいた女性ヴォーカル──、どこかで聴いた風かもしれないけれど、しかし決して誰かの物真似ではない。ドライ・クリーニングの奇妙で魅力たっぷりの音世界はすでに完成されている。だいたいすでに彼らには、“Strong Feelings”という傑出した曲がある。
感情を枯渇したものばかり集めるコレクター
脳裏に浮かぶ様々なこと
17ポンド払ってあなたにマッシュルームを買った
なぜって私は愚かだからただあなたに伝えたい
私の頭にはかさぶたがあると
生きるなんて無駄なこと
何時間もずっと考えている
あのホットドッグを食べようと
地ベタに座って路上飲みする人たちが批判的に報道されているが、あれは無意識ながら反抗が苦手な日本人なりの抵抗の表れじゃないだろうか。行き場もない若者たち、ラチのあかない大人たち、不誠実な政治と政治利用されたオリンピック、いつ接種できるのかわからないワクチン……「暗い顔して2人でいっしょに雲でも見ていたい」(by 佐藤伸治)
ドライ・クリーニングは、怒りを通り越して冷え切った音楽の、颯爽たる躍動のようだ。ぼくのもうひとつのお気に入りは“Leafy”という曲。ここでもまたミニマルの美学と闇夜のギター、そしてフローレンス・ショーの静的なヴォーカルとのコントラストが素晴らしいインパクトを創出している。
片付け行けないものって何?
ベーキングパウダー
大瓶入りのマヨネーズ
手つかずのままのソーセージはどうする?
グリルパンにこびり付いた油を落とさないと
やらなきゃいけないことのなかで
これがいちばん大変
ドライ・クリーニングは、深刻そうに下らなそうなことを歌い、シュールだが叙情的で、ナンセンスを装いながら意味のあることを歌う。面倒くさい人たちを煙に巻いているようだが、まあ、このバンドを前にニューエイジなどと言おうものなら、もはやギャグでしかないだろう。
こうしたポスト・パンク新世代の勃興は、マクロで言えばロックの復権だが、ミクロで言えばまた意味が違ってくる。そもそも70年代末のオリジナル・ポスト・パンクとは、それこそジョン・ライドンによるロックの否定に端を発しているのだから。当時のポスト・パンクが否定したロックが表象するものとは──ストリートのリアル、ドラッグと女、破天荒な生き方の賛美と男たちのロマン、売れた者勝ちの論理──、こうした古いロック気質というか、いまでは一部のラップも代理している男性的な価値観に背を向けたのがポスト・パンクだった(ゆえにポスト・パンクは自分たちの始祖としてCANやクラフトワーク、ヴェルヴェッツ、キャプテン・ビーフハートのようなバンド、あるいはイーノのようなアーティストを選んだ)。セールスのために制限をかけれらた創造性を解き放ち、とりあえずやれるところまでやってみると。だからいろんなヘンな音楽が生まれたのである。
ドライ・クリーニングはバンド名からして間抜けな感じが出ているが(ポスト・パンクにおいて、強面なバンド名などありえない)、しかしそのサウンドには冒険的で、自由な発想が具現化されている。ギターのトム・ドウスはフローレンスの「かったるくてやってられない」感が滲み出いているヴォーカルとは対照的に、ザ・スミスにおけるジョニー・マーを彷彿させるメロディアスで透明感のあるギターを弾いている。プロデューサーはPJハーヴェイとの仕事で知られるジョン・パリッシュで、彼は曲によって鍵盤を弾いているが、このバンドの魅力──遠くで聴くと無表情だが、近くで聴くとものすごい情感がある──をよく引き出していると思う。
サッカーユニ姿でふらっとうちに入り込んで
「ここは誰の家?」と聞かないでくれるかな
そっちこそ誰?日給45ポンドの孤独な仕事
日給32ポンドの孤独な仕事
いいから受けなさいよ
状況は変わっていくんだから
“A.L.C”
音楽は否応なしに時代を反映する。オリジナル・ポスト・パンクにはアートと政治が融和していたが、新世代にもそれは当てはまるようだ。うん、いい感じじゃないでしょうか。
野田努