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〈スペクトラム・スプールズ〉(エメラルズのジョン・エリオットが〈メゴ〉傘下でA&Rを務めるレーベル)の11枚目は、バンクーヴァーからコンラッド・ヤンダフによるデビュー・アルバムで、〈ナイス・アップ・インターナショナル〉から2010年にカセットでリリースされていたもののアナログ化。これが奇しくも同じバンクーヴァーから飛び出した音響派ロカビリーのダーティー・ビーチーズとエメラルズを橋渡しするような内容となり、あまりにチープな混沌がヘンな未来を感じさせてくれる。スキルがないのにイメージだけが豊富で、曲によってはスペースメン3のデモ・テープのようになってしまったり。
スーサイドがノイ!をカヴァーしているようなオープニングからいきなりサウンドはヨレヨレ。どの曲も稚拙で乱暴なエディットなのに、あっという間に引き込まれている自分がさっぱりわからない。ノー・UFOズというユニット名は単純にデトロイト・テクノを想起させるものだけれど、なるほど、デリック・メイの〈トランスマット〉が89年にリリースしたK・アレクシー・シェルビー「オール・フォー・リ-サ」からBサイドの"ヴァーティゴ"が続いてカヴァーされている。これをアシッド的な感触はそのままにグルーヴ感を削いでドカスカと叩きつけたと思ったら、すぐにもずっしりとしたドローンへと雪崩れ込み、とんでもなく行き当たりばったりな構成にはさらなる拍車がかかっていく。シームレスという流行り言葉が踏みにじられていく感触は痛快というのか、まるで中原昌也みたいだというべきか。そして、急に音が途切れてBサイドへ。
後半は『ノイ2』を狙った構成なのか、全体にコラージュ的な要素が強く、リズムにのった曲はしつこく何度もクラッシュを繰り返す。ちょっとこれは煙の世界に行ってみないと、本当の効果はわからないかもなーと思いながら、透き通るようなアンビエント・ドローンでひんやりとエンディング(まー、単純に実用性は高いと思われます。レインジャーズの失ってしまったものがここにはあるというか)。
録音された順番は逆になるけれど、昨年末にリリースされた『マインド・コントロールズ・ザ・フラッドEP』(パブリック・インフォーメイション)はもう少しスキルがイメージを具体化するようになっていて、見せてくれる景色も明確になってきた(その反面で失われた面もあると感じてしまうところがトリップ・サウンドは難しい)。クラウトロック・リヴァイヴァルも突き詰めていけば、やはり辿り着くのはここなのだろう......か。この柔らかさ。この感触。この......。ああ、スモーカーズ・デライト......
社会派なんてクソ食らえ
"自己嫌悪"(キミドリ、1993)
言葉を持つポップ・ミュージックが、政治的であること、社会的であることは、はたして素晴らしいことなのだろうか。この不毛な議論は結論を分け続けている。が、数でいえば否定派の圧勝であろう。好きな音楽を聴いているあいだくらい、現実を取り囲むうんざりするようなトラブルの数々を、私たちはきっと忘れたいのだ。現実は現実であり、音楽(あるいは広義の文学)は虚構である、という分別が、この手の議論の結末に求められるもっとも凡庸な態度である。冒頭に引いた、この国のラップ・ミュージックにおける初期のクラシックは、いまでもその簡潔なパンチラインで虚構から社会を排除してみせる(残るのは自意識のみ、だ)。が、ときが流れ、キミドリ(あるいは、フィッシュマンズ)が自意識を選んだ代わりに直面していた実存不安をどうにかしのげるようになってくると、状況が変わってくるのは必然でもあった。そうした文化的切断にいらだち、9.11を視界に捉えつつ、虚構と現実をつなぐ関係性の回路を見出そうとしたのが、先の十年でもあったのだろう。そこで、社会派は決してクソではなかった。
ところで、欧米において、ヒップホップはそうした回路を最初から保持してきたジャンルである。それはいわゆるコンシャス・ラップにとどまらない。必ずしも「訴え」という形を取らなくとも、吐き出すようなライムと威嚇的なビートを併せ持つ描写は、見捨てられた世界からのルポルタージュであり、告発であり、悪意であり、SOSでもあった(もちろん、商業ベースに乗る段階ではいくらかの誇張を含むエンターテインメントでもあったわけだが)。ときにそれは、作家と類似した環境で十代を過ごす子供たちに向けた啓蒙でさえ、あった。とは言え、こういった考えは時代遅れになりつつある。『Take Care』(Drake、2011)が放つゴージャスな憂鬱さは、ヒップホップに関心を持つアメリカの社会学者に衝撃を与えたことだろう。いま、この音楽が写し出すものはなんなのか。保守批評誌『ローリング・ストーン』はあらためてこう整理する。優れたヒップホップとは、パーティ・スターターであり、精神を向上させるものであり、意識さえ変えるものであると。
さて、では本作はどうか。2011年の末に放り込まれた、コモンのフルレンスである。かつて、ギル・スコット・ヘロンがポリティカル・ラップの指針として残した「The Revolution Will Not Be Televised」を引用したこともある、いわゆる社会派としても知られるこのラッパーは、例えばドレイクの超然としたアンビエンスが席巻を続けるいまのシーンにおいて、あくまでも自らであることに徹している。ほとんど全曲を、活動初期からのパートナーであるNo I.D.がプロデュースし、客演には気心の知れたナズやジョン・レジェンドらが参加しているのみである。丁寧なバンド演奏に、粛々とリズムを刻むマシン・ビート、そこにもはや古典的とも言える、ソウルやピアノ・バラードのサンプリング・ループが調和される......それは、ヒップホップに慣れ親しんだ人の前ではなんら新鮮さを持ちえないだろう。「俳優ではなくラッパーであったことを思い出させるだけのアルバム」なんて皮肉の評もあるが、コモンは飽きることなく真摯にラップし続けている。「俺は普通の人たちに向けてラップしている 俺の名前は"スバ抜けてる"って意味だぜ 俺はヒップホップにとってのオバマだ」("Sweet"、筆者訳)
もっとも、コモンは生粋の社会派ラッパーというわけではない。より正確に言えば、少なくとも、その社会性は新聞の紙面上に広がる類のものに限らなかった、ということである。自分と社会を不可避につなぎ、関連づける、逃れられないもの――すなわち、政治、人種、歴史、信仰、教育、ストリート・ライフ、そしてヒップホップそれ自体について、相応にラップし、ときには愛を語り、同業者をディスり、またあるいは人生論のような前向きな抽象性を好んだ、というわけだ。が、やや伝統的に過ぎるのか、極めて紳士的な本作の評価は割れている。『ローリング・ストーン』誌曰く、「彼の掲げる誇りや、慰めの言葉は、感化されるにはあまりにも予定調和だ」が、『ボストン・グローブ』紙は「"Sweet"や、Nasと向かい合った"Ghetto Dreams"は、コモンのヴァースにまだまだパワーがあることを証明している」とした上で、「ベスト・トラックとなるのは、彼の代名詞とも言える作風の2曲、すなわち、愛の超越性に寄せられた感動的な抒情詩である"Cloth"か、あるいは失恋の後悔を綴った"Lovin' I Lost"である」と称している。
私も、大筋では素晴らしい作品だと思う。優れたヒップホップの条件をほぼ満たしているし、優美なピアノ・ループが完璧にキマる"Celebrate"には、誰しもが魅せられるだろう。個人的にもこれがベストだ、が......コモンがあらためて示したヒップホップに対する愛情に、何となく素直に拍手できない自分もいる。『The Dreamer / The Believer』は、ヒップホップに対してやや忠誠を誓い過ぎているかもしれない。
ゾラ・ジーザスをビョークと比較するのは、そのアーティスティックなたたずまいからすればじゅうぶんに理由があるともいえるし、商業的な戦略としても有効だと思われるが、ビョークが体現する不屈の自由ともいうべき強靭な精神性に比べると、ゾラにはむしろトラウマティックな翳りがあり、それを意志の力によって懸命に克服しようとするような、切ない不自由さを感じずにはいられない。それが痛切に表れているのは、まずなにより彼女の歌声、そしていくばくかのバイオグラフィックなエピソードである。幼少よりオペラを学んだとして必ず指摘される彼女の歌唱力は、海外のメディアなどはケイト・ブッシュやファイストらに比較するが、ビョークも加えた彼女らののびやかなヴォーカル・スタイルとはまるで異なるものだ。むしろ抑圧的で、テクニカルな点からみても喉元で余分な力をかけて不自然に声を固めてしまっている。ひと言で言って、近くではうるさく遠くでは聴こえないという、先生にみっちりしごかれてしまうタイプの歌い方なのだ。だがもちろんそんなことは音楽やロックにとって本質的なことではない(シューベルトを歌う、というようなことになれば別だが)。
彼女はおそらく自分が天性の歌い手でないことを知っている。声楽のレッスンは彼女が強く望んだものでありながら、繊細な彼女を苛むものでもあったのだろう。「完璧主義者だ」と自ら告白するゾラは、精神的な問題でしばしば歌えなくなったという。彼女の求める「完璧」というヴィジョンと現実とのギャップがそのかぼそい心の糸を軋ませた。......ある人間の心のストーリーがここまで図式的な脚本を持っているものかどうかはともかく、彼女の音楽はそうしたひとつの限界性の中で格闘するリアルな魂の物語として我々の耳に訴えるものをもっている。
とはいえ、ゾラ・ジーザスをこのようにとらえるのは邪道とも言えるかもしれない。ウィスコンシンの深い森で、猟師の父が獲ってきた動物を食料とし(そうした生き物の前肢だとか鹿の首だとかがふつうに木の枝にぶらさがっていたという)、過酷な自然条件に耐えて育ったという特異な境遇。そうしたなかでオペラを習得したり、学問においても飛び級で進学を果たしたという才気。大学では哲学を修め(プラトンやあるいはデネットというのではなくニーチェだというのがいい)、スロッビング・グリッスルやデッド・カン・ダンス、コクトー・ツインズを愛し、またその影響を自らの音にくっきりと滲出させる知的な佇まい。ゴシック再評価の機運を追い風として、インディ・ミュージック・シーンに颯爽と現れた新たな才能、というのが一般的な受け取られ方ではあるだろう。それに加えてハイブローなウィッチ、しかも森で育った本物のウィッチとして、インパクトも存在感も申し分ない。〈ノット・ノット・ファン〉のアマンダ・ブラウンとのスプリットなども発表し、EPやデビュー・アルバムも『ピッチフォーク』などのメディアによって高い評価を受けていることであるから、ポスト2000年代をエッジイに彩るアーティストの重要作として本作を手に入れるのも悪くないだろう。しかし長い年月を経たのちには、このアルバムは時代を代表する1枚というよりは、もう少しパーソナルなものとして無名的な尊さを備えるにいたるのではないかと思う。
インダストリアルな雰囲気のノイズと、無機質なビートとが格子をなすダーク・ウェイヴ。暗いながらも浮遊感のあるシンセのレイヤーに、険のあるゾラのアルトが屋をかす。サウンドを組み立てる手つきには、チルウェイヴに顕著な、簡素でラフでときには拙くさえある、あの感じはない。つめたく硬質なポスト・パンクが、現代風に磨かれたような姿をしている。全編をとおして大きな変化はないが、前半のハイライトは"アヴァランチ"、"ヴェッセル"、そして切ない旋律を持った"ヒキコモリ"、"イクソデス"だ。
"ヒキコモリ"は日本語の「引きこもり」だろうが、曲を聴くかぎり我々のそれとは随分異なる位相を持った言葉のようだ。「引きこもり」がこんなにドラマチックで深刻なニュアンスを含んでいたのは、日本ではよほど以前のことである。後半には少し前向きな調子の曲も現れる。"イン・ユア・ネイチャー"、"リック・ザ・パルム・オブ・ザ・バーニング・ハンドシェイク"、"シヴァーズ"。これらには力強さとともに、ヒット・チャートの紹介番組で幾多のメジャー作品とも張り合えるようなポップさやスケール感が備わっている。彼女自身に力みがあるために、こちらも肩に力を入れないと聴けないアルバムだが、そのような力みがよりポップなフィールドでも聴かれるようになれば、豊かなことである。
Trippple Nippples from Tokyo
12/20, 27, 31. 2011& 1/4. 2012
トリプル・ニプルス
w/ガーディアン・エイリアン、アナマナグチ etc...
東京をベースに活躍するアヴァンギャルド・ロッカー、トリプル・二プルスがニューヨークで旋風おこした。大御所DEVOとのツアーサ・ポートをはじめ、初のアメリカでのショーを颯爽とこなす彼女たちは、総合的なエンターテインメント・グループである。あらためてエンターテイメントの役割を改めて考えさせられる。
トリプル・ニプルスは日本人の女子3人(ヴォーカル)とアメリカ人男子3人(ギター、シンセ、ドラム)の6人編成。この編成になったのは最近らしく、バンドはすでに5年ぐらい活動をしている。
今回のアメリカ・ツアー全体の流れは以下の通り。
12/10 Philadelphia@The Blockley, U city
12/13 NYC, N.Y.@ Irving Plaza/with DEVO
12/14 Brooklyn,N.Y@Glasslands
12/15 Falls Church, VA@ State Theatre/with DEVO
12/16 Atlantic City, NJ@ Showboat Casino/with DEVO
12/17 Long Island/Huntington,ニューヨーク@ Paramount Theatre/with DEVO
12/20 NYC, N.Y.@Pianos
12/21 Chicago.IL @Empty Bottle
12/27 NYC N.Y .@ Pianos
12/31 Brooklyn, N.Y @285 kent
1/4 Brooklyn, N.Y.@Shea Stadium
DEVOとのショー以外は、〈グラスランズ〉、〈ピアノス〉、〈シェア・スタジアム〉などのインディに優しい会場。私は、20日(@ピアノスw/ハード・ニップス)、27日(@ピアノスw/スーザン)、1月4日(@シェア・スタジアムw/ガーディアン・エイリアン、アナマナグチ)の3公演を見ることができた。
〈ピアノス〉でのショーは、マンハッタンらしく、共演のバンドも知っているバンドと知らないバンドが一緒にブッキングされていた。目当てのバンドを見たらそれで終わり、という感じで、私はあまり好きではない。ショー自体は良かったのだが......。それに比べて〈シェア・スタジアム〉では、共演のバンドもいまのブルックリンを代表するブッキングだった(DIYスタイル!)。やっぱりこちらの方がしっくり来るな。
〈シェア・スタジアム〉で共演したバンドを紹介しよう。
ガーディアン・エイリアンは、元リタジーの、グレッグ・フォックス率いる、クラリネット、シンセ、ギター、ドラム、独特なヴォーカルで編成された、アバンガルド・バンド。
グレッグ・フォックスのドラムは脅威的、ボーカルの女の子は完璧に違う世界にいる、すべての楽器が重なり、織りなす音楽は、スペクタクル感いっぱいである。
アナマナグチは、ゲーム音楽に影響を受けた、ブルックリンではトップ・クラスの人気バンド。彼らはこの日のシークレット・ゲストで、当日に知らされた。ステージにグロースティック(蛍光塗料で光るスティック)をはべらせ、ドラムまわりにもベースの弦にも蛍光色を使う。暗闇なのに変な明るさ、さらに彼らのゲーム音楽が会場を盛り上げる。
どちらもいまのブルックリンをリードするバンドだが、ガーディアン・エイリアンは、DIYにこだわり、アナマナは余裕を見せながら、コーポレートな大きな会場でもDIYでもどちらでも対応できる。音も正反対だ。このふたつのバンドのあいだにトリプル・二プルス、その前には(筆者の在籍する)ハード・ニップス、ノー・クレジット・バッド・クレジットという、寄せ鍋のような夜だった。
それではトリプル・二プルスについて書こう。
ショーは3日間ともセットは同じだが、何度見てもステージ衣装、パフォーマンスには目を引かれる。ミュージック・ショーというよりはミュージカル風キャバレーで、フロント3人の女の子はパンツ1枚、胸にはテープを貼っただけで、白と赤の点々が、顔と体をうめつくすというアーティな出で立ち。フワフワした白い羽のような、帽子のような被り物をかぶって登場。
男の子は幽霊のような白い布を着て、頭にはハリネズミのようなトゲトゲしたものがのっている。ショーは流れるように進むし、バックのバンドもかなり良い腕前。頼もしい存在である。
音楽はハイパーなエレクトロ・ダンス・ミュージック。叫んでいるので歌詞はキチンと聞き取れないが、鳥がキーキー鳴いているかと思えば、応援団長のようなドス声になったりと、意外と体育会系で、かなりの爽快感があった。一歩間違えると色物になりそうなところを、セクシーを強調するでもなく、クールに、アート作品として観客を盛り上げる。緊張感、圧迫感、そしてばつぐんの突撃感で、最初から最後まで体を張ってエンターテイメント道を突き通している。素晴らしいライヴ・パフォーマンスだった。

photos by Andrew St. Clair
新年のはじまりを、皆さんはどう過ごされただろうか。私は、地元である群馬県で実に典型的な年始を過ごした。十代という、いま思えば恐ろしい季節をともに過ごした旧友たちとの再会である。懐かしい顔ぶれにほころぶ感情もあったが、ほとんどが都心へ出ている面子だったので、嫌でも地元の相対化を迫られることとなる。観光業的には温泉の名所(草津町)等が知られる群馬だが、平野部には典型的な地方の郊外が広がっている。モータリゼーションを前提とした消費文化は、主要道路の脇にコンビニ、ユニクロ、マクドナルド、ブックオフ、TSUTAYA、まあそういった「どこからかやって来た(しかし)どこにでもあるもの」をものをきれいに並べてみせた。そして、それまでは通過する用事さえな かったような空き地に次々と建設される、ショッピングモール、モール、モール......。巨大駐車場を構え、異常な集積率でテナントを詰め込んだそれらは、敵か味方かも分からぬ微笑みを見せ、週末には家族連れやカップルを次々と飲み込んでいく(そこには、あらゆる個性を奪われたHMVやヴィレッジバンガードなんかもある)。率直に言って、そこ(地元)で語れるストーリーというものは限られている。
サイプレス上野とロベルト吉野(以下、サ上とロ吉)も、「地元」を引っ提げて登場した連中であった。が、そこには、例えばザ・ブルー・ハーブやGAGLEがその初期において見せていた「(東京ではないという意味での)地元」のような、留保の態度は全くなかった。磯部涼による 最新の力著『音楽が終わって、人生が始まる』によると、横浜市戸塚区出身(今も在住)だというこのラップ・グループは、"自己嫌悪"(キミドリ、1993)における実存不安を普遍的なものと認めたうえで、出口のない自己不安の罠にハマらぬよう、意識的にストーリーを語ってきた連中だともいえる。闘争も逃走も物語もなく――最初のフル・レンスは、自身のルーツにちなんで"夢"と名付けられていた。そのアルバムを聴き終えたときに浮かび上がるのは、極端に言えば「自分を探してると生きづらいけど、みんなで集まって盛り上がってるとけっこうイケるぜ!」というメッセージで、それは『ルフィの仲間力』(安田雪著、2011)が分析する集英社の人気漫画の思想に近いのかもしれない。もっともそれは、「リア充的な価値観に生きろ」という勧告ではなかった。そこには、「俺たちはやり過ごしてるだけだ」という、開き直りがあったのだ。その意味で、『ドリーム』(2007)収録の"Bay Dream"は、ゼロ年代のドメスティック・ラップにおけるひとつの思想であった。
そんな風にして、ゼロ年代をのらりくらりとサバイブした(やり過ごした)サ上とロ吉は、本作で意外にも若干の戸惑いを見せている。それは表題曲のミュージック・ヴィデオに端的に表れており、あらゆるから騒ぎを封印し、ふたりはカメラに向かって淡々と曲を進めていく。ぶつぶつとしたレコード・ノイズが残るオーケストラル・ループの上で、上野はいつになく言葉を選んでいる。「思い出なんて別にないよ」――そう突っぱねるしかない、無残に変わっていく、しかし圧倒的に変わらない地元で、いつものコースを回りながら、「淋しくないといえばウソになるけど」、それでも、「笑い飛ばす、笑い飛ばす、笑い飛ばす......」 ("YOKOHAMA LAUGHTER")。それは、彼らが遠ざけていたはずの"自己嫌悪"との不可避の接近をなんとなく予感させる。あるいは単なるマンネリズムなのかもしれないが、傍目にはうまくやっているかに見えたヨコハマ・ジョーカーは、実は、そんなにうまくいっていなかったのかもしれない。あるいは、常に固有の横浜とともにあった彼らのストーリーは、実は、「"横浜"という名の、実際は入れ替え可能などこにでもある場所」で紡がれていたのかもしれない。
しかし、ヨコハマ・ラフターに緩やかに転身した彼らには、その表現の原理上、「うまくやってる」というポーズを取り続ける必要があり、それはそれである種の苦しさを彼ら自身に与えているのかもしれない。彼らの音楽は常に遊びとともにあったし、本作でもLUV RAW & BTBと"空っぽの街角"(クレイジーケンバンド、1998)で遊んだり、「しゅばばばJAPAN」でZZ PRODUCTIONらの面々とばか騒ぎしたりしているが、『YOKOHAMA LAUGHTER』は、お世辞にも愉快でブリリアントな作品ではない。もっともアッパーな"★~PLAY~★"にさえ、ある種のメランコリアが漂っている。この「どこにも行けなさ」は、本作をフルレンスにしなかった彼ら自身がよく理解しているのではないだろうか。サ上とロ吉はもう、あまりうまくは笑っていない。ハードなときこそ笑い、ゲロって、発泡酒片手にぶちかまし、のらりくらりやっていくサ上とロ吉を見続けたい、というのが本音だ。その虚勢が地方都市(地元)で生きる人間にも希望を届けたと言えるが、「今もそれなりにうまくやってる、でもけっこうしんどいんだよね」という声が腹のなかにあるのなら、それを聴いてみたい気もする。まだまだ先は長いのだから。3月のフルレンスが楽しみだ。
年末年始は静岡の実家で過ごした。31日の夜は親と一緒に紅白を見て、それから小学生の息子を連れて近所の寺に除夜の鐘を突きに外に出た。自分が静岡に住んでいた頃、大晦日の夜11時半過ぎになると、その鐘を突いたものだったので、いつか子供にも経験させたいと思っていた。鐘を前に合掌して、そして思い切り叩けと、僕は息子に教えた。
除夜の鐘の響きには、時間的な区切りを告げている以上に、独特の無常観がある。家から歩いて1分ほどの場所で鳴っているこの音を、僕は生まれてから18年連続で聴いているのだから、影響を受けていないはずがない。鐘を突き終わると、それから僕はすぐ近くにある神社に場所を移した。時計の針が12時を過ぎ、新年を迎えたところで境内では"木遣りの歌"が歌われた。これを僕は聴きたかったのである。
"木遣りの歌"は13世紀初頭(鎌倉時代)、火消しの歌として生まれている。それが人気となって全国に広がって、それぞれの地方のヴァージョンが存在している。静岡で歌われている"上総くずし"(くずしとはヴァージョンを意味する)は、十五代将軍の徳川慶喜が大政奉還後、静岡に隠居するさいに、武士に代わって200人の子分を引き連れ護衛をつとめた新門辰五郎の一味が歌った歌だとされている。新門辰五郎とは、当時もっとも有名な江戸の侠客(ないしは火消し、つまりヤクザ)で、天皇家よりも徳川家を慕っていたことでも知られ、慶喜とも仲が良く、清水の次郎長とも交友関係があったというから、その縁もあって駿河までの道中の護衛をしたのだろう。鐘を突いた寺の筋迎えには当時新門辰五郎をが宿泊したことで知られる常光寺があるが、そうしたエピソードを僕は自分の父から伝聞するほどこのヤクザはいまでも民衆から愛されている。
新年のお参りの人で混み合ってきた神社で、僕は集中して、"木遣りの歌"を聴いた。新年の神社で演ずる一発目の曲がヤクザの歌というのも面白い伝統だが、僕がもっとも今回注意を払ったのはいまからおよそ90年前に生まれた歌のその歌メロだ。"木遣りの歌"自体は有名だが、地域によって歌詞が違う。僕が気になっているのは静岡で歌い継がれている上総くずしのサビのフレーズである。ロングトーンを多用した印象的な旋律だ。
ヨーヲィサーエンヤラサーノセーエヤレコノセ~
サーノセーイーエーハ
アレワサエーエ、ヤーアラネ~
「サーノセーイーエーハ」のところは、火消しであるから「イ」「ハ」などそれぞれ組の名前を言っているのだろうか。僕自身が歌詞の意味を解明したわけではないが、それでもこの曲は現代に、ひとつの事実を伝えている。それは祭りで歌われるこの曲が、祭りというにはダウナーで、暗すぎるのだ。音階をたどっても、マイナー・コード、つまり短調である。ブラジル人やアフリカ人に、これが祭りの音楽だといったら信じられないのではないだろうか。スピリチュアルに思うかもしれないが、しかしこれはれっきとした俗曲である。そして、実のところ僕はこの暗さを確認したかったのである。
僕は静岡市内の歓楽街で生まれ育った。家の隣は「トニオ」という大きなクラブだった。ラリー・レヴァンのクラブではなく、演歌のかかるクラブである。僕が小学校の頃まで(1970年代のなかばまで)、薄い壁を伝わって、「トニオ」でかかる演歌が毎晩のように流れてくる。僕が小学校の頃は阿久悠の全盛期だったが、阿久悠の洒落た言葉よりもひと世代前の"悲しい酒"のような、陰々滅々としたいわゆる古賀メロディが、ほとんど同じ部屋にいるような音量で聴こえてくるのだ。僕は窓を開けて、聞こえようはずもないのに何度となく「トニオ」の壁に向かって怒鳴った覚えがある。小4からラジオ少年となって、やがて洋楽を聴いて、とにかく浴びるように聴いたのは、僕の音楽経験の古層にあるであろう、そうした日本的な暗さがもう二度と姿を見せないように、新しい層を堆積させるためでもあった。
ところが、日本的な暗さを葬り去りたいと思っていたのは、あとから思えば僕だけではなかった。歌謡曲がピンク・レディやキャンディーズの時代を迎え、そしてアイドル歌手の時代へとシフトする頃には、酒と演歌に酔っていた「トニオ」は取り壊され、実家の隣には大きな空き地が生まれた。空き地は駐車場となり、かれこれ40年近くもそのままである。時代そのものが演歌に表象される酒にまみれた感傷、もの悲しさ、哀愁、自虐、そういったものを押し流そうとしていたのだろう。歌謡曲からJポップへと呼び名が変わってからもさらにまた、暗さのうえには分厚い何かが何重にも積もっている。僕がそうした葬られた暗さを温ねてみたくなったのは、結局のところ自分が好んで聴いている音楽からはついに暗さが消えたことがないと思ったからである。
さて、神社の境内で"木遣りの歌"が歌い終えると、次は獅子舞(これもまた、面白い芸能である)、そしておかめとひょっとこのダンスだ。最前列で見ていた息子は彼らのパフォーマンスを充分に怖がっていたが、神社では毎年恒例の甘酒がもちろん無料でふるまわれ、大人たちは良い気分になっている。加太こうじ編集の『流行歌の秘密』(1979年)によれば、そもそも日本には日本で生まれた音楽などないそうだ。日本的と呼ばれるすべての音楽の源流は、半島、中国、そしてインドにある。そうはいえ、インド仏教と中国仏教と日本仏教が違うように、大陸からやって来たメロディはこの島国におけるヴァージョンとなって発展している(要するに、東アジア文化の混合)。多くの識者によれば、そのもっとも古い調べは、つまり日本の音楽の源流になるもののひとつは天台宗の声明だという。声明とは、西洋における賛美歌のようなもので、僕は昔、忌野清志郎の"500マイル"を聴いたとき(これはピーター・ポール&マリーによるアメリカのフォーク・ソングのカヴァーでありながら)、その節回しが声明的だと思ったことがある。もし邦楽という言葉を正確に使うのなら、声明的な音楽、そこを土台に広まったご詠歌をベースとする世俗音楽ということになる。浪花節にしろ江戸の三味線歌謡にしろ、ご詠歌とは、この国の大衆音楽のある種の通奏低音だ。そのペシミスティックな響き、無常観、ないしはもの悲しさや哀愁を僕はこだま和文やゴス・トラッドの音楽からも聴き取ることができる。蓋をされて、逃げ場を減らされた暗い情感は、いまではそうしたオルタナティヴな場面において継承されているとも言える。
歌謡曲にとっての致命傷はニヒリズムというものがないことだと言ったのは寺山修司だが、ダブステップなんかを好んで聴いている僕には、暗い情感の表現が価値のないものだとは思えない。明るくふるまうことが対人関係において約束事になっているこの世界において、暗さが抑圧された感情を解放することはいまにはじまったことではない。西欧の若い世代においても、スクリューのような音をフラットさせる手法が幅をきかせているのが現代だ。あのドロッとした感覚は、滞留し、喉に詰まったような感情を、天突きを用いてところてんを押し出すように逃がしてあげているように僕には感じる。
声明における鈴の音、獅子舞の笛の音色や太鼓の音は、バレアリックな観点でいえば寂しさいっぱいかもしれない。しかし、それで盛り上がっている文化がここにあるのも事実なのだ。おかめとひょっとこ、獅子が舞台からいなくなると、餅(あるいはお菓子)がふるまわれる。僕は自分の身長の高さを活かしたキャッチングで多くの餅(あるいはお菓子)を手に入れ、そして家に帰ると、母親の所有していたレコードを引っ張り出した。レコード・プレイヤーはもうないので、僕はかつて自分が憎悪した曲の歌詞を読む。「酒よこころがあるならば/胸の悩みを消してくれ/(中略)/好きで添えない人の世を/泣いて怨んで夜が更ける」
ジュリアン・コープがたどり着けなかった生層がその向こう側にはある。ブラック・ミュージックにおけるヴードゥー、ジャマイカ音楽におけるメントのようなものだ。かのジョン・サヴェージでさえ、日本の音楽を語りながらこの歴史ある無常観にたどり着けていない。西欧のポップ・カルチャーからはまだ日本が見えていないのだろう。ただひとつ、ジュリアン・コープの勘が鋭いと思うのは、日本とイギリスが似ているという指摘だ。たしかにこのふたつの国の音楽には、陰々滅々としたものへの共振があるように思える。(つづく)
昨年は再上映されたエミール・クストリッツァの代表作であり「旧ユーゴ映画」である『アンダーグラウンド』を久しぶりに再見したが、そこに込められた祖国を失った人びとの怒りの質量に改めて圧倒されてしまった。その抑えようのないものを表現するのはクストリッツァの場合大抵あの騒々しさなわけだが、そのほとんどはあまり脈絡なく頻繁に現れるブラス・バンドが鳴らすロマの音楽をルーツとするバルカン音楽に支えられている。脈絡がないのは逆にいえば、ロマの音楽は伝統的に、というより旅芸人たちの音楽として受け継がれてきた性質上つねに人びとの生活の側で賑やかに鳴っているのが当たり前だったからだ。流浪の民の寝食の傍らにあった喜びや悲しみが、管楽器を鳴らすための人間の息とともにそこではいつだって吐き出されている。
レバノンの首都のベイルートを名乗るザック・コンドンもまた、10代の頃東ヨーロッパを旅して発見したというバルカン音楽やロマ音楽にそうした生活との緊密さを感じ取ったのではないだろうか。彼の作る楽曲の骨格そのものはシンガー・ソングライターの一般的な手法を大きく外れるものではないが、その個性はブラス・バンドの演奏により発揮される。そのふくよかな管弦楽器のアレンジから目に浮かぶものは「市井の人びと」そして「路上」である。東欧の街角で開かれるパーティに、着飾って集まった人びとを踊らせるために登場する楽団の音楽だ。
ディケイドのはじまりがテロの現場となったニューヨークのいち部としてのブルックリンにおいて、その10年を通して「アメリカでないもの」がインディ・ロックと様々な形で邂逅し発展しそして浮上したのはロジカルな展開だったといえるが、ベイルートにとってのブレイクスルーであった2007年の『ザ・フライング・クラブ・カップ』 はシーンの最盛期をとりわけ鮮やかに彩った1枚だった。もしくは、現代版のチェンバー・ポップのヴァリエーションとしても同時代性を持ったアルバムだったが、例えば同じブルックリン拠点の盟友グリズリー・ベアのオーケストラがアカデミックで密室的なテンションを孕んでいることに比べても、もっと鷹揚で野外的な味わいを含んでいた。舞踏音楽であることを強調するかのように繰り返されるワルツのリズムの上でラフに演奏されるホーン類、そしてペーソスに満ち満ちたメロディを朗々と歌い上げるザックの深いヴォーカル。バルカン音楽を主たる参照点としながらもそこだけに留まらず、ヨーロッパの古い大衆音楽のノスタルジックな響きを現代のインディ・ロックに持ち込み、それを彼自身の感情の発露としての歌へと昇華させていた......そこには聴き手を感心させる賢さよりも、胸を打つ情熱があったのだ。
EPを挟んでの4年ぶりの新作。ややシアトリカルにも感じられた『ザ・フライング・クラブ・カップ』の凝ったアレンジメントに比べればずいぶんシンプルで、アルバムを通してテンポや曲調も穏やかになり、落ち着いたムードで統一されている。前作の湿った色気よりも陽光の明るさを感じる。意気揚々と歌う金管楽器や弾むマーチングスネアドラム、華麗なストリングス・アレンジはすっかり彼の音楽的アイデンティティとして確立されており、例えば"ゴーシェン"のようにピアノと歌が基本となっている曲でその自信のほどが窺える。マーチング・バンドが隊列をなしてゆっくりと進んでいくような"ペインズ・ベイ"、物静かなアコースティックの楽器類の演奏がやがて息がたっぷりと楽器へと吹き込まれる逞しいワルツへと展開する"ポート・オブ・コール"、聴きながら歩けば自然と胸を張りたくなる。どれも開放的で、晴れやかな余裕が漂っている。
ザック・コンドンは変わらず、どこか遠い国の......おそらくは東ヨーロッパの街角の路上を夢見ているように聞こえる。ニューメキシコ州の故郷であるサンタ・フェをモチーフにしている曲があることにも表れているが、基本的には彼個人の内省を連想させるリリックが目立つ。しかしそのなかで、「僕は行方不明で まだ見つかっていない/誰にわかるだろう」と歌う曲のタイトルが"ヴァガボンド"、すなわち「放浪者」であることが象徴的だ。彼はロマンティックにも自分の日々にある孤独や迷いとかつての放浪者たちのそれを重ね合わせるように、彼らの音楽を取り込むことでその境目を消していく。このアルバムの開かれた力強さは、そのことに対する彼の誇らしさの表れだろう。路上で音楽とともに生きた人びとの感情の起伏の豊かさが、その音楽にこそ宿っていることを確信しているようだ。
どうしようもなく切ないメロディを持ちながら、やはりゆったり堂々とした演奏の"イースト・ハーレム"が素晴らしい。「イースト・ハーレムで一輪の薔薇がまた萎れる」......ニューヨークの日々の悲しみは、しかしその音楽とともに彼方へと旅に出る。その想像力は日本で生活する我々にも有効だと信じたい。そこで僕たちは、ワルツを踊ることだろう。
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