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DOM THOMAS - dreams of san antonio - BRUTAL MUSIC |
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DREADNOUGHT - Caroline EP - DREADNOUGHT |
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INSTRA:MENTAL・TREVINO - Pyramid /Chip - B3024 |
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NORM TALLEY - Tracks From The Asylum - MIX MODE |
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STARKEY - PC - NO HATS NO HOODS |
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COSMONAUTIX - Energija - PIRANHA |
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D'EXPLICIT --Pull Up (vocal) -pull Up (instrumental)- LAUNCHPAD |
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KROMESTAR・GENETIX - Straight Error -DUBSTEP ONSLAUGHT |
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DEBO BAND +KIDDID - ADDERECH - ELECTRIC COWBELL |
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根本敬 - 愛駅-BLACK SMOKER RECORDS |
「Rã€ã¨ä¸€è‡´ã™ã‚‹ã‚‚ã®
もうありきたりの音楽では飽き足らないという人、ANBB名義でアルバムも出したアルヴァ・ノト(カールステン・ニコライ)&ブリクサ・バーゲルト(アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン)が来日しますよ!
昨年、〈ラスターノートン〉からリリースされた『Mimikry』が話題の......というか、久しぶりにブリクサ・バーゲルトのライヴ・パフォーマンスが見れるし、いまもっとも旬なひとりだと言えるカールステン・ニコライのグリッチ&ノイズといえば、IDMファンでなくてもかなりそそられるでしょう!
東京公演には〈スカム〉からのリリースで知られるベルリン在住の日本人、NHKyx、そして名門〈ブラックスモーカー〉からのリリースが噂されるatsuhiro itoによるULTRA FUNCTORも出演!

9/30(金) liquidroom ebisu
guest:
ULTRA FUNCTOR (atsuhiro ito + microdiet)、NHKyx (Skam/Raster Noton)
前売¥6,500(ドリンク代別途)
OPEN18:00/START1900
info.03-3444-6751 (SMASH)
10/1(土) Fanj Twice
guest: NHKyx (Skam/Raster Noton)
前売¥6,500(ドリンク代別途)
OPEN18:00/START1900
Info.06-6535-5569(SMASH WEST)
TICKET
東京7/16(土)ぴあ(P:144-360 )、ローソン(L:74371)eプラス(プレ:7/5-10)、岩盤
大阪7/16(土)ぴあ(P:144-300)、ローソン(L:56543)eプラス(プレ:7/5-10)
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JAMES PANTS & TOM NOBLE
SELECTED SOUND REMIXES PT. 1
FACES / LES DISQUES SUPERFRIENDS / FRA / 2011/9/11
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WILLIE COLON & RUBEN BLADES
SIEMBRA (SACRED RHYTHM VERSION)
SACRED RHYTHM MUSIC / US / 2011/9/14
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K'BONUS & NEGGHEAD
COMPOST BLACK LABEL 81
COMPOST / GER / 2011/9/11
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1989年にはいつでも僕を幸せな気分にしてくれるものがあった
ナイフを投げ捨てまだ見ぬ世界へと出かけていくことができた
想像もつかないだろう、ずっと笑っているだけの生活なんて
だらしないニートになるのが望みだった
麻薬を楽しむことをとやかく言われるのもごめんだった
想像もつかないだろう、ずっと笑っているだけの生活なんてメイジズ"Summer Hits/J&J Don't Like"(2011)
僕は部屋に佇んで、未来を空想しているザ・ブラック・ドッグ"ヴァーチュアル"(1989)
ハウス・ミュージックという際限なき性愛(エロス)の暴風がダンスフロアを席捲してから数年後、悦びの心地よい風が部屋のなかにも入ってきた。彼の薄暗い部屋で『アーティフィシャル・インテリジェンス』(1992)が流れていたとき、わけもわからず気持ちが高揚したことをよく覚えている。のちにプラッドとして名前が知られることになるエドとアンディによる音楽----その構成要素はアンビエント+ブレイクビート+デトロイト・テクノ----は、さらなる刺激を求め、そして麻痺した頃にはまたさらなる刺激を求めていた時代のダンスフロアから逸れることで1989年の多幸感を保存した。他にも同じように逸れていった、彼らと同世代のデトロイト・テクノ・フォロワーのなかで、結局のところもっとも地味な活動を続けているのがプラッドだが、実は1991年には、『NME』あたりがエイフェックス・ツインに次いで騒いでいたのが他でもないブラック・ドッグ・プロダクションズ----のちにプラッドとザ・ブラック・ドッグに分裂する----だった。僕は当時の彼らのスタイル、つまりアンビエント+ブレイクビート+デトロイト・テクノが大好きだったのである。
エドとアンディ......我々は当時、顔が大きくて目が少女マンガみたいにキラキラしているのがアンディ、顔が小さいほうがエド、といった感じでふたりを覚えた。実は彼らを初めて日本に招聘したのは、1995年の『ele-king』である。新宿のリキッドルームだったが、このふたりがふざけてブレイクダンスを踊ったときには笑った。最近ではチルウェイヴをめぐって賛否両論があるように、この時代は踊れないエレクトロニック・ミュージックの代表、〈ワープ〉が提案する『アーティフィシャル・インテリジェンス』系をめぐる議論があった。〈ワープ〉のほうもダンスフロアから逸れたそれを"インテリジェンス"などという言葉を使って表現したものだから、エイフェックス・ツイン、オウテカ、B12、そしてブラック・ドッグ・プロダクションズといった連中は、クラバーからすればなおさらスノッブ極まりなく見えたのだ。当時UKの『フェイス』というスタイル・マガジンは、「なぜ君たちは踊れない電子音楽を作るのだ?」というテーマで、彼らの特集記事を組んだほどである。ゆえに、リキッドルームのバーカウンターの脇で、まるで意表を突くかのようにブレイクダンスを披露するエドとアンディにみんな笑った。彼らもそういう----マントロニクスなどのエレクトロ・ヒップホップから来ている----人たちなのだ。
『シンティリ』----ラテン語で「私はたくさんのきらめき/ひらめきだ」という意味を持つタイトルの8年ぶりのアルバムは、例によってヴァリエーション豊かな作品となった。オープニングの"missing"は電子ピアノの美しい重なりとオリエンタルなメロディが挿入されたビートレスのトラックで、アルバムのなかでもとくに引きの強い曲だ。"eye robot"や"smnl"などは、ベースが謙虚に唸っているプラッド流のダブステップとも言えるんじゃないだろうか。"thank"や"unbank"といった曲はクラウトロックと初期のプラッドのスタイルを繋げているようだ。"tender hooks"はプラッドらしいほろ酔い加減のエレクトロニカで、クラウトロック的なお茶目さを持ったミニマリズムの"talk to us"もあれば、プラッドお得意のエレクトロ・ファンクの"african woods"、そして"craft nine"のような優雅なアンビエントもある。ボーナス・トラックは、オールドスクール・レイヴのビート+アンビエントという、彼らの初期のスタイルを初々しくやっている。
......と、このように、さりげなく時代のトレンドを取り入れつつ、いろんなことをやっているのは『ノット・フォー・スリー』以降のプラッドのやり方である。控えめな遊び心を持った音楽で、そしてファンにとって嬉しいのは、彼らが1989年から保存し続けている多幸感/ユーフォリアが2011年になっても聴けるということだろう。さすがに20年前のような、音の世界にがっつりハマっていくようなアシッディな感覚はないけれど、ここには後期クラスターのような微笑ましい悦びがある。
それにしても新世代からはあの時代は「ずっと笑っているだけの生活」に思えるのか......。決してそんなことはなかったのになー!
メグ・ベアードは、ゼロ年代なかばのデヴェンドラ・バンハートに代表されるネオフォークの動きが脚光を浴びていた頃に注目を集めたフィラデルフィアのサイケデリック・フォーク・ロック・バンド、エスパーズのヴォーカリストだった女性だ。エスパーズにとって売り上げ的にも評判的にももっとも成功したであろう『II』を〈ドラッグ・シティ〉からリリースした翌年の2007年、彼女は最初のソロ・アルバム『ディア・コンパニオン』を同じく〈ドラッグ・シティ〉から出している。『ディア・コンパニオン』は全10曲中8曲がカヴァーというアルバムだったが、ベアードの透明な歌声とアコースティック・ギターの美しいアンサンブルによって、ある意味ではエスパーズ以上に多くの耳を惹きつける作品となった。もっともエスパースは、『ザ・ウィード・トゥリー』といったアルバム名、また"ウィンドウズ・ウィード"や"チルドレン・ストーン"といった曲名が示すように、多かれ少なかれドラッグ・カルチャーに触発されたコミュニティの風情があったので、トラッド・ソング/伝統的なバラードをカヴァーするベアードの素朴な音楽よりも危なっかしいものではあった。
ところがベアードは、腰まで髪を伸ばした彼女は、全10曲のうち8曲がオリジナルとなった、4年ぶりのセカンド・アルバムとなる『シーズンズ・オン・アース』では、その危なっかしさにそよ風のような叙情を与えている。「ハイでいかれたまま/歩いて外に出た/全部よく考えてみた/誰もあなたに耳を貸さない/わたしにも」"スターズ・クライム・アップ・ザ・ヴァイン"
ヴァシティ・バニアンのように、時代から置き去りにされたようなこの音楽は、反時代的であるがゆえに異彩を放っていると言えよう。フォーク・ソングというスタイルは、ゼロ年代に複数の若いアーティストによってその価値が再解釈され、そしてインターネットとサンプラーの時代においてその音楽がどこまで意味のあるものなのかを問い続けている。収録曲のたいはんがトラッド・ソングで占めていた『ディア・コンパニオン』と違って、『シーズンズ・オン・アース(地球の季節)』にはベアードの再解釈がはっきりと聴きとれる。それはこの社会の、移ろいゆく季節のなかを生きている部外者たちのさまざまな思いをのせた歌だ。「ベビオン、家に帰って来て/あまりにもよく知っている/あの痛みで倒れないで/あの悪党と金色の一味は/空を変えてしまったけれど/わたしたちをけして放してくれなかった」"ベビオン"
また、彼女が歌うのは、散り散りになったコミュニティへの切ない思いである。「きみが呼ぶ場所へ/自分の場所だと呼ぶところへ/きみにはわかってる/戻って来るはずのひとたちが/日々は消えてゆく」"ソング・フォー・ネクスト・サマー"
こうした流浪の文化は、必ずしもアメリカだけのものではない。この狭い東京で長く部外者として暮らしていれば、多くが経験するであろう感覚である。全10曲のうちのカヴァー2曲のひとつ、1970年代に活躍したUKのジャズ・ロック・バンド、マーク・アーモンドの1971年の曲"フレンズ"もコミュニティ文化への深い思いとそのはかなさを歌っている。「友だちがのらくら暮らすのを眺めているのはとても楽しいね/友だちが一日じゅう夢を見ているのを眺めているのは楽しいね/みんないっしょに連れて行けるなら(中略)いつかある日たぶん/ぼくは大きなボートを買って友だちみんなを連れて行くんだ/いつかある日/きっとぼくは島をひとつ買って友だちといっしょに、そう、そこで暮らすんだ」"フレンズ"
『シーズンズ・オン・アース』は作家個人の日常を主張するものではない、もっと社交的なアルバムだ。閉じることを拒み、外へ開かれていく作品である。もう1曲のカヴァー曲は、ハウス・オブ・ラヴの1990年のセカンド・アルバムから"ビートルズ&ストーンズ"。「僕を見ろよ/17才でいることを誇りに思ってるこの僕を/ポケットに笑顔をしまいこんで/学校を出たばかりの弱虫/でも規則は通用しない/ああ、僕はクラクラしてる/クラクラしてる、クラクラしてる」
Oh I'm dazed, and I'm dazed, and I'm dazed(ああ、僕はクラクラしてる、クラクラしてる、クラクラしてる)......時代から取り残されたような『シーズンズ・オン・アース』は、リスナーを正しい方向にクラクラさせるだろう。
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GONNO
ACDISE #2
INTERNATIONAL FEEL(EU)
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FUDGE FINGAS
WHAT WORKS EP(10inch)
FIRECRACKER(UK)
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VA
THE GYM 005
THE GYM(GER)
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HERB LF & PETKOVSKI
LULLABY FOR RASTKO
FARSIDE (GER)
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GALAXY 2 GALAXY
HI-TECH JAZZ
UNDERGROUND RESISTANCE(US)
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震災後、もっとも重々しく感じられたのは多くのひとが――直接は被災しなかった人びとが口にした「何もできない」という無力感だったように思う。原発事故がきっかけとなって明らかになったのは、恐らくこれまでも気づくきっかけはあったこの社会のシステムの根深さであり、それに対する憤りはあっても、それと同じくらい、あるいはそれ以上に「もはやどうしようもない」という諦念もそこにあったことは否定できない。「何も変えることはできない」――何か手に負えないことが起こったときに必ず出現するシニシズムを予期していたかのように、アナログフィッシュは以前からあったという言葉をここで歌っている......「何かが変わるといいね」
それは、当事者になりきれない者たち、無力感に足を取られそうになっている人びとのためのプロテスト・ソングとしてある。
オープニングの"PHASE"の荒々しく手数が多めのビートや"荒野"の打ち込みとループを聴いていると、サウンドでも他のロック・バンドと違うことをやろうとしている挑戦を感じるが、それも言葉を聞かせるためのもののように思える。それだけパンチラインがあるということだが、"ロックンロール"で顕著な半音階が頻出するメロディや弱起の多さ、"No Way"の切れ間のないフレー ズなどは端的に言葉の数が多いことを示している。言いたいことが、伝えたい言葉が溢れ、それを取りこぼさないように勇壮なビートが鳴らされている。
ソングライターの下岡晃はインタヴューでR.E.M.へのシンパシーを表明していたが、そのR.E.M.の歌詞に「誰かが落ちなければならない/どうして僕じゃない?」というものがあった。アナログフィッシュはその「どうして僕じゃない?」という感覚――非当事者としての怒りや悲しみ、違和感について果敢に表現しようとする日本では数少ないロック・バンドである。それは、いつしか身の回りのリアリティ、とりわけ恋愛の局面における「等身大」の悩みばかりを歌うようになったこの国のポップ・ミュージックに対する明確なオルタナティヴであろうとする。
しかしながら、アナログフィッシュの社会に対する視線の表現の仕方は何も特別なものではない。例えば初期のスプリングスティーンがやったように労働者の物語に仮託することによって当事者になりきってしまうのともまた異なる、言ってしまえば日本の他の多くのミュージシャンと同じように「等身大」という土俵で勝負しようとしている。七尾旅人のシュールな巧みさとも異なる、そのナイーヴさがアナログフィッシュのプロテスト・ソングの危うさでもあり魅力でもある......ブライト・アイズのコナー・オバーストの社会の歌い方とどこか似ている。本作でも核となっている"戦争がおきた"は昔ながらのフォーク・ロックの手法を取って、極めて個人的な生活と遠い国で起きている戦争を重ねて描くことによって、それらが切り離されているものではないことを差し出してみせる。「朝目が覚めてテレビをつけて/チャンネルを変えたらニュースキャスターが/戦争がおきたって言っていた」
そして、あくまで彼らは前を向いている。"Fine"などはその言葉の素朴さ故に彼らの問題意識の高さが隠れてもったいなく感じもするが、しかし同じ理由で"ロックンロール"の「スニーカー履いて街へ出よう!!」というフレーズ、あるいはタイトル・トラック"荒野"はかけがえのないロマンティシズムとして響いている。「行きたい場所は選択肢にはない/やりたいことはパンフレットにはない/誰も誰かの代わりにはなれないよ/そして荒野へ/その足で荒野へ」
もしこの歌が、確実にひとりの若者の足を動かす契機となったならば......「荒野へ進め」という言葉はここではクリシェにならない。そこでは当事者/非当事者という線引きがぼやけ、様々な他者の感情と共振することができるだろう。原発事故も、ロンドンの暴動も、オスロのテロも、9.11から10年経っても深刻な問題を抱えたアメリカも......程度の違いはあれど、すべて関係のない世界で起きていることではない。アナログフィッシュの言葉と歌は、そのことをいまの日本で生きる若者に思い出させようとするその懸命さにおいて光っている。そして彼らは、アルバムの最後ではこんな風に歌っている――「New world is coming/The world is changing」
CURRENT TOP 1O CHART
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Diplo & Skrillex - Amplifire (Kristian Edit) - Unreleased |
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岡村靖幸 - Bu-Shaka Loop Full Ver. - V3 Record |
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Rusko - Hold On (Sub Focus Remix - The Mane Thing Moombahcore Edit) - Unreleased |
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A A - Sportex - Pushing Red |
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岡村靖幸 - セックス - V3 Record |
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Sluggo & Mendez - IL Cattivo - Unreleased |
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Hud Mo - Pleasure - Pleasure Principle |
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Jamie XX - Far Nearer (Nadastrom & Sabo Moombahton Edit) - Sol Selectas |
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Pingipung Crew - Summer of Seven Series - Pingipung |
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Rockwell - Reverse Engineering - Darkestral Recordings |
![]() Martyn Ghost People Brainfeeder/ビート |
広いダンス・ミュージックの大海原において、ダブステップがまだ孤立していた時代に、何人かの視野の広いDJはテクノとダブステップのクロオーヴァーというファンタジーを現実のものとした。そのひとりにオランダ人のマルテイン・ダイケルス、音楽の世界ではマーティンの名前で知られるDJ/プロデューサーがいる。彼のデビュー・アルバム『グレイト・レングス』(2009年)は、ジャンルの混合を試みていた初期の成果として知られるが、その音楽を特徴づけるのはデトロイト・テクノの叙情性で、なおかつダンスフロアにおける機能性の高さだった。裏打ちを強調したガレージ風のドラム・プログラミングをしてもマーティンのビートの録音はクリアで、ブリアルやコード9よりもテクノのトラックに近い。そして、それがある種の心地よさになっている。デトロイト的な物悲しいコードが重なっても、リズムのドライヴ感が重さを引きずらない。
『ゴースト・ピープル』は惜しみない絶賛を浴びた前作から2年ぶりのセカンド・アルバムとなる。どんなアルバムになったのか、多くのダンス・ミュージック・リスナーは気になっているだろう。以下のインタヴューで彼が語っているように、よりハウスやテクノとの繋がりが強調されている。しかし重たいベースラインには、ベース・ミュージックのこの10年の特性が活きている。
デトロイト・テクノやシカゴ・ハウスからは、いちばん最初に影響を受けたと言ってもいいくらいさ。そういった音楽は、クラブに行きはじめた本当に最初の頃に出会った音楽だからね。
■今年の1月にリリースされた『Fabric 50』も印象的だったのですが、『ゴースト・ピープル』もあなたのダンス・ミュージックへの情熱が凝縮されていると思いました。『グレイト・レングス』の頃よりもさらにダンスに向かっているようです。
マーティン:そうだね。ファースト・アルバムでは自分が作れるだけのいろいろなジャンルやスタイルを見せようとしたけど、アルバムをリリースしたあとにたくさんDJをしたり、ライヴしたりしてダンス・ミュージックの経験を積んだから、今回のアルバムにはそれが反映されてる。ギグをたくさんこなしたっていうのはやっぱ大きいかもね。それがあったから、ダンス・ミュージックの影響がとくに強くでてるんだと思う。セカンド・アルバムのほうが、ファーストよりもハウスやテクノとの繋がりが深いよ。
■しかし......なぜ『ゴースト・ピープル』などというタイトルにしたのですか? あなたの盟友2562は『フィーヴァー』でしたよね。ある意味、とてもストレートにダンスへの感情を表した言葉だと思ったのですが、それに対して『ゴースト・ピープル』とは......いったいどんな意味があるんでしょう?
マーティン:このタイトルにはいろんな意味があるんだ。まずそのうちのひとつは、ここ2〜3年フェスやギグで世界を旅して世界中のさまざまなシーンのDJを見てきて、ずっと変な感じがしてたんだ。俺には、彼らが空っぽに見えた。音楽をあまり気に掛けてないっていうか、ハートがないんだよね。ファッションとしてDJをやってるような感じ。そういう人たちを、俺は"ゴースト・ピープル"って呼んでるんだ。彼らは音楽じゃなく、高級ホテルの話やフライトの文句しか話さない。だから俺にとってのゴースト・ピープルは彼らを意味するんだ。
■その他は何を意味してるんですか?
マーティン:まず、メインはさっき言ったDJたち。で、もうひとつは、こないだ日系アメリカ人のドキュメンタリー『ミリキタニの猫(The Cats of Mirikitani)』を見たんだけど、そのドキュメンタリーのなかで、第二次世界大戦時に強制収容所にいたある男性が、当時収容所でなくなった人びとをゴースト・ピープルって呼んでたんだ。彼は、亡くなった人びとの精霊を感じるんだ。そのドキュメンタリーも素晴らしかったから、ゴースト・ピープルって言葉はそれにも繋がってるよ。
■じゃあ、音楽がよりハードなテクノになっているのとはあまり関係ないですか?
マーティン:俺はそれは考えなかったけど、違うとも言えないよ。解釈はその人次第だからね。今回はトラックから取ったけど、そうじゃないときはあまりタイトルをどこからとったかはあまり言いたくないんだ。受け取る人のイマジネーションを大切にしたいから。でも、よりハードって部分は同感だよ。今回は、サウンドのひとつの面を発掘したかったんだ。前回はいろいろなサウンドにトライしたけど、セカンドでは、ある決まったサウンドをどこまで引き伸ばせるかに挑戦したかったんだよね。
■冒頭でのスペースエイプのリーディングは何について喋っているのですか?
マーティン:それはスペースエイプに訊かないとわからないな(笑)......ってのは冗談で(笑)、あれは詩なんだよ。彼に完成間近のアルバムを聴いてもらって、アルバムに何か言葉をくれないかと頼んだら、彼はこのアルバムが持つテクノロジーと感情のコンビネーションっていう部分をいちばん気に入ったらしく、「Love and Machines」っていうタイトルの詩を書いてくれたんだ。俺の音楽は感情的に聴こえるけど、機械で作られてるっていう内容を語ってるんだよ。
■フライング・ロータスとは以前からリミックスなどを通して関わりがあたっとはいえ、〈ブレインフィーダー〉からアルバムをリリースするにいたった経緯を教えてください。
マーティン:ファースト・アルバムは自分のレーベルの〈3024〉から出して、それはそれですごくハッピーだったんだけど、同時にすごく大変でもあった......。音楽も全部自分で作って、それが終わったらレーベル・マネージャーになって......って感じで、やらなきゃならないことがたくさんありすぎてね......。それを振り返ったとき、今回はプロモーションやディストリビューション、アートワークなんかはそれぞれプロに任せようと思ったんだ。そうすれば、音楽を作ることに専念できるから。それをフライング・ロータスと話してたら、彼が自分のレーベルからリリースしたいならもちろんそれでいいし、もしそうじゃなかったら、〈ブレインフィーダー〉からリリースしたらどうかと提案してきたんだ。それがきっかけで、〈ブレインフィーダー〉からリリースすることにしたんだよ。そうして良かったと思ってる。みんなプロフェッショナルだし、日本とも繋がってるしね。たくさんの素晴らしい人びとに囲まれて仕事するのは最高だよ。〈ブレインフィーダー〉からリリースしたおかげで、インタヴューもできればライヴにも集中できる。自分のことをする時間がちゃんと確保できるんだ。
■あなたのレーベル、〈3024〉はまだありますよね? 次回も〈ブレインフィーダー〉からリリースしたいですか?
マーティン:いまはまだわからないね(笑)。〈3024〉はもちろんまだ存在してるよ。たとえ自分の作品をそこからリリースしないにしても、俺は他のミュージシャンの音楽をリリースするのも好きだから。自分が素晴らしいを思う自分以外の人たちの音楽をリリースして、プロモーションして世に送り出すのが楽しいんだ。レーベルを持ってるとそれができるからね。それって最高だよ。
[[SplitPage]]アイントホーフェンはアムステルダムやベルギーのゲントに近いから、当時あのあたりにはDJがたくさん住んでた。有名なアメリカのDJたちでさえ、アムステルダムやベルギーを含め、みんなヨーロッパに住んでたんだ。
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■あなた自身の経歴について訊きたいのですが、生まれはアイントホーフェンですよね?
マーティン:そうだよ。
■アイントホーフェンには、90年代に〈Eevo Lute Muzique〉や〈Djax-Up-Beats〉のような先駆的なダンス・レーベルがありましたよね? 聴いてましたか?
マーティン:もちろんさ。90年代の初めにクラブに行きはじめたんだけど、アイントホーフェンはアムステルダムやベルギーのゲントに近いから、当時あのあたりにはDJがたくさん住んでた。有名なアメリカのDJたちでさえ、アムステルダムやベルギーを含め、みんなヨーロッパに住んでたんだ。彼らがハウスやテクノをクラブでプレイしてたんだけど、そういうDJの多くが〈Eevo Lute Muzique〉や〈Djax-Up-Beats〉から作品をリリースしてたから、そのふたつはとくにビッグだったね。ちょうどクラブに行きはじめたのがこの時期で、俺はまさにそのシーンにいたんだよ。90年代の半ばになると、ドラムンベースを聴くようになって、自分でパーティをオーガナイズしながらクラブのプロモーターになったんだ。それがきっかけでDJもはじめたし、曲も作るようになった。俺のなかのテクノ・サイドは初期のクラブやダンス・シーンから。で、ドラムンベース・サイドは作曲やDJの経験がベースになってるんだ。
■〈Eevo Lute〉や〈Djax-Up〉からはどんな影響を受けてますか?
マーティン:とくに〈Eevo Lute 〉のほうからは強い影響を受けてるよ。彼らは〈Djax-Up〉よりももっとデトロイト・ミュージックをリリースしてたからね。カール・クレイグとか。
■あなた自身はどのようにして音楽の世界に入ったんですか?
マーティン:最初はプロモーターとして音楽業界に入ったんだ。クラブナイトをブッキングしたり、フライヤーを作ったり配ったり......。10年くらいオーガナイザーをやってたな。そのあいだでDJもやってたから、クラブナイトのウォームアップなんかもやってたよ。ヘッドライナーがプレイするまえに機械をならしたりね。長いことそれをやってたんだけど、そのあと他のクラブでもブッキングするようになって、2000年代に入るとより頻繁にDJするようになってそれから、だんだん自分の曲を作ろうと思いはじめたんだ。
■ロッテルダムに移住した理由を教えてください。
マーティン:アイントホーフェンは小さすぎるんだよね(笑)。だからちょっと飽きちゃって、もっと大きな街へ移ろうと思ったんだ。ロッテルダムは交通機関が24時間動いてるから、ギグのあと空港へ行くこともできる。すべてに近いから、移動も便利だったんだ。
■ロッテルダムと言えば、かつてはガバで有名でしたが、どんな音楽シーンがありますか?
マーティン:超ビッグなエレクトロ&テクノ・シーンがあるよ。けっこう知られてるくらい大きいんだ。いろんな人がツアーできてるしね。スピーディ・Jとか、アムステルダムの有名なテクノDJもそのシーンに参加してるんだ。ヒップホップも多いよ。オランダ語のヒップホップ。ガバはたしかに昔は有名だったけど、もう違うね。ロッテルダムも大きい街ではあるから、つねにいろんな音楽が飛び交ってるんだ。住んでてすごく楽しい街だったよ。
■最初はドラムンベースのDJだったという話ですが、そうなんですか?
マーティン:そうだよ。
■初期はマンチェスターやロンドンのレーベルから作品を出していますが、UKには頻繁に行っていたんですか?
マーティン:そうだね。とくに90年代半ばくらいはしょっちゅうイギリスに行ってたな。ドラムンベースがビッグになったときは、かなりの頻度でロンドンに行ってたよ。オランダからあまり遠くないから、ロンドンに行ってレコードを買ったり、クラブナイトに行ったり......。週末に行って、3、4日間滞在するってパターンが多かったかな。ドラムンベース・ナイトの仕事もしてたから、UKから人を呼んだりもしてたんだけど、それでUKの友だちも何人かできたんだ。だから自分の曲を作りはじめたとき、彼らに曲を送るのには困らなかった。彼らはクラブナイトを通してすでに俺と俺の音楽を知ってたからね。受け入れてもらいやすかったんだ。
■音楽だけで生活できるようになるまで、どんな仕事をしていましたか?
マーティン:けっこういろいろやってたよ(笑)。大学時代はバイトしてたし。顧客サービスとか、つまんないこともやってた。でも、最初にちゃんとお金を稼ぐようになったのはクラブ経営の仕事。だから、バイト以外の仕事だと、初めから音楽業界に関わってはいたんだ。さっきも言ったけど、プロモーターとか、オーガナイズなんかが最初の仕事だね。
■シングル「Red 7 / Get Down」もそうでしたが、『グレイト・レングス』はどちらかと言えばデトロイティッシュな美しさを持った作品で、デトロイト・テクノやシカゴ・ハウスへの愛情を感じたのですが、そのあたりの影響について教えてもらえますか?
マーティン:デトロイト・テクノやシカゴ・ハウスからは、いちばん最初に影響を受けたと言ってもいいくらいさ。そういった音楽は、クラブに行きはじめた本当に最初の頃に出会った音楽だからね。人って、若い頃がもっとも影響を受けやすいだろ? まさにクラブに行きはじめたときにハウスやデトロイト・テクノがビッグだったから、そういう音楽がまるでウイルスみたいに俺のなかに入って来たんだ(笑)。レコードを買いはじめたときも、テクノやハウスのレコードを買ってた。俺にとっては、そういった音楽が最初のダンス・ミュージックなんだ。だから、多かれ少なかれ俺の音楽がそれっぽく聴こえるんだと思うよ。
■デトロイトのアンダーグラウンド・レジスタンスのメンバー、DJデックスとはどのように知り合ったんですか?
マーティン:アンダーグラウンド・レジスタンスを通じてさ。彼に会ったのは...そうとう前だな。自分の音楽を作ったとき、音源をデトロイトのアンダーグラウンド・レジスタンスに送ったんだけど、何でかはわからないけどそのときDJデックスがたまたまそれを聴いて気に入ってくれたんだ。で、俺も彼の音楽が大好きだったから、彼にリミックスを頼んで、そこから交流がはじまった。で、アメリカに引っ越してから直接会うようになったんだ。いま彼はLAに住んでるから、LAに行くときは彼に会うんだ。
[[SplitPage]]自分の音楽を作ったとき、音源をデトロイトのアンダーグラウンド・レジスタンスに送ったんだけど、何でかはわからないけどそのときDJデックスがたまたまそれを聴いて気に入ってくれたんだ。で、俺も彼の音楽が大好きだったから、彼にリミックスを頼んで、そこから交流がはじまった。
![]() Martyn Ghost People Brainfeeder/ビート |
■ダブステップ、ポスト・ダブステップというタームであなたの音楽は語られることが多いと思いますが、そのことについてはどうでしょう?
マーティン:あまり気にしないよ(笑)。俺はただ、自分スタイルの音楽を作ってるだけ。人はそのスタイルをジャンル分けしたり、名前をつけたがるけど、そういうのって俺にはあまり重要なことじゃないんだ。自分の音楽は自分の音楽。それだけさ。ダブステップとかポスト・ダブステップとか、そういう名前は考えない。興味がないんだよね。アイディアを思いついたら、それを形にするのみ。それがクラブでプレイできるような曲ってだけさ。
■ダブステップやポスト・ダブステップが嫌いってわけではないんですよね?聴くのは好きだったりするんですか?
マーティン:うーん。実は、俺はいまだに何がダブステップで何がポスト・ダブステップなのかわかってないんだよね(笑)。ただ、いままであった何かの名前が変わっただけのような気がする。1、2ヶ月後にはまた違う名前で呼ばれてるかもしれないよ。ダブステップってものをあまり意識したことがないね。俺はただ、自分が好きな音楽をきくだけ。好きか嫌いか、良いか悪いか、気にするのはそこだけだよ。ジャンルは関係ないんだ。ジャンルを意識すれば、ルールに縛られることになるからね。たとえばダブステップならベースラインがあって、1分間に140のビートがないといけないとかさ。そういうルールが存在してしまうと、音楽はつまらなくなってしまうと思うんだ。
■ダブステップに関して言えば、あなたのなかでもっとも大きな影響は何だったんでしょうか?黴�と聞こうと思ったのですが(笑)
マーティン:ドラムンベースを聴いてたときにちょっと影響を受けてるかもね。コード9やブリアルがすごく新鮮に感じたんだ。俺にとっては、新しいサウンドだった。それがダブステップと呼ばれてるとも知らなかったけど、とにかく俺は彼らのサウンドが好きだったんだ。面白いと思ったし、インスピレーションを感じたよ。彼らのあとはあまり好きだと思えるアーティストはでてこなかったけどね。俺が好きだと思うのは、コード9とブリアル、それにデジタル・ミスティックスの3つだけだな。
■ここ数年、ダブステップはメインストリームとの接触を持つほどポピュラーになりましたよね。こうした展開についてはあなたはどのように考えていますか?
マーティン:もっとレイヴっぽい音楽になってきたと思う。アメリカの若者のあいだではとくにビッグだよ。みんなドラッグをやりながらダブステップを聴くんだ。だから、そういうシーンに俺の音楽の居場所はないんだよね。いまのダブステップ・シーンは、5年前のそれとは違うから。そういうのをダブステップと呼ぶことさえ難しいよね。
■『Fabric 50』の展開に驚いたんですよね。ハドソン・モホークではじまり、ジョイ・オービソンのポスト・ダブステップやロスカのファンキー、ゾンビーやアクトレスといったレフトフィールドな連中、あるいはデトロイトのDJボーンやロンドンのインディ・ロック・バンドのディタッチメントを挟みながらドリアン・コンセプトで絞めるという多様な選曲と構成が素晴らしいと思ったんですが、あなた自身は自分の音楽的なアイデンティティについてどのように考えていますか?
マーティン:うーん...どうだろう? よくわからないけど、自分がプレイしたいと思う音楽、好きだと思う音楽のすべてがアイデンティティじゃないかな。たしかに俺の音楽のスタイルは多様だけど......たとえば、2時間聴いたら10のスタイルを聴くことができるとするよね? でもそれを終わりまで聴くと、その10個のスタイルがひとつのセットになってることがわかると思うんだ。たくさんのスタイルが、ひとつのスタイルとして凝縮されてるのさ。それが俺のサウンドだと思う。そのなかでもあえてメインを言うなら、ダンス、ベース、シカゴとデトロイトの音楽の3つかな。その3つがスタイルの軸だね。
■その3つが軸になるのは、あなたがさっき言っていたように、若い頃に聴いていた音楽だから?
マーティン:そうそう。若いときの方が影響されやすいからね。吸収もするし、体に染み付くのさ。小さいときに親が聴いてた音楽だってそう。そういう音楽は、生きてるあいだじゅう自分がずっと聴くことになる音楽になると思うんだ。
■実際、あなたの作品は、ハウスやテクノのDJたちから支持されています。そのことについてはどう思いますか?
マーティン:最高だね! 素直にエンジョイしてるよ。自分でレコードを作ると、それがいろんな人びとの手に渡る。たくさんのDJがいろんな場所でそれをプレイしてくれてるのを聴くのは本当に嬉しいんだ。例えばジャイルス・ピーターソンはジャズやハウスのセットでそれをプレイするけど、DJデックスはハード・テクノのセットでプレイする。いろいろな人たちが、それぞれ違う場で俺の作品をプレイしてくれてるっていうのがいちばん素晴らしい部分だと思う。音楽は、そういった人たちの手によって旅をするんだから。それが自分の音楽作品を作る事の醍醐味でもあると思ってるんだ。
■あなた自身が好きなDJって、誰がいますか?
マーティン:そうだなぁ...俺が好きなのは、いつだってサプライズをくれるDJ。サプライズが大事なんだ。知ってる音楽だけじゃダメなんだよ。人は常に新しい音楽を求めてるんだからね。それをやってくれるのは......Kode9、d-Bridge、Floating Points、それにMarcel Dettmann、Ben Klockだな。彼らは俺のお気に入りだよ。
■ここ数年でシーンは急激に変化していると感じますか? もしそう感じているとしたら、具体的にどのように変化しているのでしょうか?
マーティン:たぶんそうだとは思うけど......。やっぱり、自分がファースト・アルバムを作ったときと、いま現在の音楽シーンは全然違うからね。とくにUKでは、テクノやハウスが前より断然ビッグになったと思う。前はダブステップとかベースライン・スタイルが流行ってたのに、いまはみんな、もっとハウスやテクノに影響されてるなと感じるんだ。それが、俺が感じる大きな違いだね。
■ポスト・ダブステップと呼ばれるようなシーンの拡大がありますよね。ピアソン・サウンドやアントールドみたいな人たちが台頭したり、ジェームス・ブレイクが大ヒットしたり......、こうした状況をどのように受け止めていますか?
マーティン:面白いとまでは思わないね。そういうのをやってると、音楽が新しいものを何ももたらさなくなってしまうから。ルールに縛られた音楽から、新しいものは産まれないんだ。ルールをなくすことが、オリジナルの作品を作るポイント。良い音楽か悪い音楽か、好きか嫌いかだけを考えとけばいいんだよ。別にジェームズ・ブレイクが流行ってるのはいいと思うけど、彼は彼。彼がポスト・ダブステップだと思ったことはないね。彼の音楽は、それよりもすごくパーソナルだと思うよ。
■ここ2、3年の、ヨーロッパのダンス・カルチャーの盛り上がりはすごいものがありますが、あなた自身、その理由をどのように分析していますか?
マーティン:たぶん......ヨーロッパの文化がもともとそうだからじゃないかな。60年代も70年代も、80年代も90年代も、ヨーロッパの人びとはいつだって週末に出かけてダンスするのが好きだから。それがノーマルなんだよ。アメリカに住んでるから、その違いを感じるんだ。ここの人たちは、ダンスしに行くというより、ロック・バンドを聴きに行くんだよね。コンサートには行くけど、ヨーロッパほどクラブには行かないと思う。クラブの雰囲気も違うしね。もちろん大きい都市にはクラブ・シーンもあるけど、小さい街の人びとは、ラジオを聴いてそれを聴きにバンドを見に行くんだ。だから、ヨーロッパに関しては、それが昔からの文化だと思うんだ。わからないけど、それは自然なことなんだよ。ヨーロッパは、そもそもエレクトロが盛んっていうので有名だしね。
[[SplitPage]]もっとレイヴっぽい音楽になってきたと思う。アメリカの若者のあいだではとくにビッグだよ。みんなドラッグをやりながらダブステップを聴くんだ。だから、そういうシーンに俺の音楽の居場所はないんだよね。いまのダブステップ・シーンは、5年前のそれとは違うから。
![]() Martyn Ghost People Brainfeeder/ビート |
■結婚を機にアメリカのワシントンDCに越しましたが、そのことであなた自身、作品や活動においてどのような変化があったのでしょう?
マーティン:そうだなぁ......アメリカの文化って、やっぱり違うんだ。最初越して来たときにインスパイアされたのは、この国の人びとが超ハードに働くってこと。仕事に100%の力を注ぐんだ。ヨーロッパのプロデューサーたちはもっとリラックスしてて、それが失敗したとしても他になにかやればいいと思ってるから別に気にしないんだけど、アメリカは違う。みんな、自分がやりたいと思うことでお金を稼ぎたいっていう意思があるから、それで成功するしかオプションがないんだ。だから、みんな必死になるんだよ。他の何かに頼ったりはせず、100%それだけでやっていこうとする。それに失敗すると生活ができなくなるから、みんなのモチベーションがかなり高いんだ。しかもポジティヴだしね。俺がインスパイアされたのはそこ。メキシコからの移民の姿もそうだよ。彼らは毎日本当に一生懸命働いて、そのうえ仕事が終わると夜間学校に通う人たちだっているんだ。だからいまは、自分も彼らと同じ姿勢で音楽作りに挑んでる。2倍の力を出す。それが今回俺がやったこと。だからこそ、いまの位置にいると思うんだ。
■あなたにとってアメリカはオランダよりも住みやすいですか?
マーティン:住みやすいとまでは言わないかな。ヨーロッパも、ギグなんかで帰るとやっぱり楽しいと思うしね。でも、アメリカに帰ると、俺が住んでる場所はあまり都会じゃないから、静かでリラックスできるんだ。俺にとってはそれがパーフェクトなんだよね。いつも忙しくてバタバタしてるから......。アメリカに戻ってくればスペースもスタジオもあるし、誰にも邪魔されずゆっくりとできるんだ。
■アメリカでも、ヨーロッパと同じようにあなたの音楽は受け入れられていますか?
マーティン:大きな都市ではイエスだね。ニューヨークとかシカゴ、LAやサンフランシスコなんかでは、俺の音楽を知ってるって人びとはいるよ。友だちもいるしね。でも小さい街では全然知られてない。そもそもみんなダンス・ミュージックをあまり知らないから、俺の音楽は完全に新しいんだ。でも同時に、みんな心がオープンだから、そのときその音楽を気に入れば、その場で受け入れてもらえるってのはあるね。
■『ゴースト・ピープル』はアメリカでの経験も反映されているわけですよね? たとえばアメリカでのDJの機会が増えたとか、そういったことが反映されていますか?
マーティン:いや、そうでもないね。ファースト・アルバムのほうが、もっとアメリカでの経験が反映されてるよ。ファーストは、まさに引っ越したばかりのときに作ったから、まだ自分のなかでアメリカが新しくて、刺激的だったんだ。今回はそれよりも、ツアーの旅路での経験のほうが強く反映されてる。フェスとかクラブとか、滞在先のホテルとかね。
■アルバムの話に戻りますが、最後の"We Are You In The Future"は圧倒的な曲ですね。とてもドラマティックな構成をもった8分以上の曲ですが、この曲についてコメントお願いします。
マーティン:うーん......このアルバムを作ってたとき、昔のレイヴ・ミュージックをたくさん聴いてたんだ。90年代初めのハウスやテクノをね。だから、このトラックはそういった音楽から影響されてる。ブレイクビーツとか、最初の頃のレイヴだね。レトロにならないようにしながらも、昔のレイヴを参照にした曲なんだ。ここまで長いトラックに挑戦したのは、この曲が初めてなんだ。ラストをスペシャルなものにしたかっらから、今回それをやってみることにしたんだよ。最高のエンディングにふさわしい、大作を作りたかったんだ。このトラックは、俺自身のお気に入りでもあるよ。
■最後に、今後の計画などありましたら、教えてください。
マーティン:あまり決めてないけど、とりあえずはライヴ! いまはそれだけさ。DJとはまた違うから、楽しんでるよ。
■DJとライヴ、どっちが好きですか(笑)?
マーティン:DJはもう15年もやってるから、自分にとってナチュラルというか、当たり前のことなんだけど、ライヴはまだ自分にとって新しいから、いまだにエキサイティングなんだ。だからいまは......ライヴをエンジョイしてるかな(笑)。どっちもそれぞれ違う理由で好きだけどね。



















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