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Meg Baird

Meg Baird

Season on Earth

Drag City/Pヴァイン

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野田 努   Sep 15,2011 UP

 メグ・ベアードは、ゼロ年代なかばのデヴェンドラ・バンハートに代表されるネオフォークの動きが脚光を浴びていた頃に注目を集めたフィラデルフィアのサイケデリック・フォーク・ロック・バンド、エスパーズのヴォーカリストだった女性だ。エスパーズにとって売り上げ的にも評判的にももっとも成功したであろう『II』を〈ドラッグ・シティ〉からリリースした翌年の2007年、彼女は最初のソロ・アルバム『ディア・コンパニオン』を同じく〈ドラッグ・シティ〉から出している。『ディア・コンパニオン』は全10曲中8曲がカヴァーというアルバムだったが、ベアードの透明な歌声とアコースティック・ギターの美しいアンサンブルによって、ある意味ではエスパーズ以上に多くの耳を惹きつける作品となった。もっともエスパースは、『ザ・ウィード・トゥリー』といったアルバム名、また"ウィンドウズ・ウィード"や"チルドレン・ストーン"といった曲名が示すように、多かれ少なかれドラッグ・カルチャーに触発されたコミュニティの風情があったので、トラッド・ソング/伝統的なバラードをカヴァーするベアードの素朴な音楽よりも危なっかしいものではあった。
 ところがベアードは、腰まで髪を伸ばした彼女は、全10曲のうち8曲がオリジナルとなった、4年ぶりのセカンド・アルバムとなる『シーズンズ・オン・アース』では、その危なっかしさにそよ風のような叙情を与えている。「ハイでいかれたまま/歩いて外に出た/全部よく考えてみた/誰もあなたに耳を貸さない/わたしにも」"スターズ・クライム・アップ・ザ・ヴァイン"

 ヴァシティ・バニアンのように、時代から置き去りにされたようなこの音楽は、反時代的であるがゆえに異彩を放っていると言えよう。フォーク・ソングというスタイルは、ゼロ年代に複数の若いアーティストによってその価値が再解釈され、そしてインターネットとサンプラーの時代においてその音楽がどこまで意味のあるものなのかを問い続けている。収録曲のたいはんがトラッド・ソングで占めていた『ディア・コンパニオン』と違って、『シーズンズ・オン・アース(地球の季節)』にはベアードの再解釈がはっきりと聴きとれる。それはこの社会の、移ろいゆく季節のなかを生きている部外者たちのさまざまな思いをのせた歌だ。「ベビオン、家に帰って来て/あまりにもよく知っている/あの痛みで倒れないで/あの悪党と金色の一味は/空を変えてしまったけれど/わたしたちをけして放してくれなかった」"ベビオン"
 また、彼女が歌うのは、散り散りになったコミュニティへの切ない思いである。「きみが呼ぶ場所へ/自分の場所だと呼ぶところへ/きみにはわかってる/戻って来るはずのひとたちが/日々は消えてゆく」"ソング・フォー・ネクスト・サマー"

 こうした流浪の文化は、必ずしもアメリカだけのものではない。この狭い東京で長く部外者として暮らしていれば、多くが経験するであろう感覚である。全10曲のうちのカヴァー2曲のひとつ、1970年代に活躍したUKのジャズ・ロック・バンド、マーク・アーモンドの1971年の曲"フレンズ"もコミュニティ文化への深い思いとそのはかなさを歌っている。「友だちがのらくら暮らすのを眺めているのはとても楽しいね/友だちが一日じゅう夢を見ているのを眺めているのは楽しいね/みんないっしょに連れて行けるなら(中略)いつかある日たぶん/ぼくは大きなボートを買って友だちみんなを連れて行くんだ/いつかある日/きっとぼくは島をひとつ買って友だちといっしょに、そう、そこで暮らすんだ」"フレンズ"
 『シーズンズ・オン・アース』は作家個人の日常を主張するものではない、もっと社交的なアルバムだ。閉じることを拒み、外へ開かれていく作品である。もう1曲のカヴァー曲は、ハウス・オブ・ラヴの1990年のセカンド・アルバムから"ビートルズ&ストーンズ"。「僕を見ろよ/17才でいることを誇りに思ってるこの僕を/ポケットに笑顔をしまいこんで/学校を出たばかりの弱虫/でも規則は通用しない/ああ、僕はクラクラしてる/クラクラしてる、クラクラしてる」
 Oh I'm dazed, and I'm dazed, and I'm dazed(ああ、僕はクラクラしてる、クラクラしてる、クラクラしてる)......時代から取り残されたような『シーズンズ・オン・アース』は、リスナーを正しい方向にクラクラさせるだろう。

野田 努