「TRAFFIC」と一致するもの

New Order - ele-king

 

 シカゴ・ハウス、デトロイト・テクノ、石野卓球、この3つに多大な影響を与えたポストパンクのUKのバンドは? 答:ニュー・オーダー。毎週月曜日の朝になると頭のなかでかかっている曲は? 答え:ブルー・マンデー。女(男)と別れる度に聴く曲は? 答:リグレット。

 ピーター・フック抜きのニュー・オーダーのライヴの評判がやたら良かったし、オールドファンにはまさかの〈ミュート〉レーベル移籍の第一弾です。ここは期待しちゃいましょう。ニュー・オーダーの10年ぶりのオリジナル・アルバムが9月23日にリリースされることが決まりました。アルバムのタイトルは『ミュージック・コンプリート』です。
 メンバーは、バーナード・サムナー、ジリアン・ギルバート、スティーヴン・モリスの3人+新ベーシストのトム・チャップマン、フィル・カニンガム。全11曲のうちの2をトム・ローランズがプロデュース、うち1曲を共作しています。アートワークはもちろんピーター・サヴィル。
 2000年代に入ってからの2枚のアルバムが、どちらかと言えばロック色が強かったものの、最近のジェイミーXXのアルバムのように、ダンス・ミュージックがポップ・カルチャーとなっている現状において、マンチェスターの大物がどのような作品を出してくるのか、注目したいと思います。

 続報を待て!

(※なんと、ele-king booksからはバーナード・サムナーの自伝『Chapter and Verse - New Order, Joy Division and Me』の翻訳本を新作と同時期に刊行する予定です)

DJ Soybeans - ele-king

最近購入&最高のパーティーでかかった1曲&そろそろ発売される盟友のフルアルバム

Crew of secret trafficking organization.
Also He is offering fabulous DJs at “Isn’t it?” that is small weekday party .
https://soundcloud.com/isnt-it-1

4/10 大阪Club Stomp "White Body"
https://club-stomp.com/
DJ:
oboco
OQ
DJsoybeans
AIWABEATZ
BIOMAN
LIVE:
NEWMANUKE
TECHNOMAN

4/11 大阪Club Circus "FACTORY"
https://circus-osaka.com/
DJ:
ALUCA
Matsuo Akihide
AIDA
Live:
Whan!
Albino Sound
DJ Soybeans

4/14 幡ヶ谷Forest Limit "Isn't it?"
https://forestlimit.com/fl/
DJ:
NODA
Sem Kai
DJ Soybeans

Arca - ele-king

 エイフェックス・ツイン、フライング・ロータスの新作リリースで、すでに「文化の秋」なんてのんきに言ってもいられないシーズンの到来ですが、もうひとりのビッグ・ネームが追加された。アルカの新作『ゼン(Xen)』が10月29日に発売される。リリースもとは、なんと先日ニュー・オーダーとまさかの契約を果たした〈ミュート・レコード〉!(いや、これ自体すごい話なんですけど)

 ニューヨークからロンドンに移り住んだこの24歳ベネズエラ出身の男は、カニエ・ウェストの『イーザス』(2013年)への参加でメジャーに媚びることなく、イギリスのアンダーグラウンドに漂着した。
前作『&&&&&』(2013年 / 〈ヒッポス・イン・タンクス〉)は、ヤバい音楽に出会ったときに使う言葉がいくらあっても足りない作品だった。5月の来日公演も素晴らしかったですね

 「『これが僕自身だよ』と自信を持って言える初めての作品」とアルカが語るように、『ゼン』はリスナーに容赦しないものになっている。アルバムに先駆けて公開された「シーバリー」の彼のルーツであるカリビアン・サウンドとねじ曲げられたシンセサイザーは、容易に説明できないアルカ自身を体現しているようだ。

Arca – Thievery – Mute Records (2014)


 あの一度見たら文字通りトラウマになる映像を作ったジェシー・カンダが今回もジャケットを担当している。ジェシーは14歳のときにオンラインのアート・コミュニティーでアルカと出会い、現在も活動をともにしている。2013年にアルカがプロデュースしたFKAツイッグスの『LP 1』のデザインもジェシーの仕事だ。
 生と死の狭間にいる人間の姿を絵がいているようなアート・ワークは、今作のジャケットにおいても健在である。当初、情報が回ってきたときはジャケットにはモザイクがかけられていたが、最終版では女性の形をどうにか保っている物体が表れた。
 前作を聴き、「未来はノックもせずにやってくるのか」と言ったのは竹内正太朗だが、『ゼン』の日本盤ライナー・ノーツを担当した彼が今作に何を思ったのかも要チェック! 日本先行発売!


Amazon Tower

Arca
『Xen』


2014年10月29日日本先行発売(海外は11月3日)
全16曲(うちボーナス・トラック1曲)
定価:2100円(税抜)
Mute Records / Traffic
TRCP-178

トラック・リスト
1. Now You Know
2. Held Apart
3. Xen
4. Sad Bitch
5. Sisters
6. Slit Thru
7. Failed
8. Family Violence
9. Thievery
10. Lonely Thugg
11. Fish
12. Wound
13. Bullet Chained
14. Tongue
15. Promise
+ボーナス・トラック

Arca
アルカ(ARCA)ことアレハンドロ・ゲルシ(Alejandro Ghersi)はベネズエラ出身の24歳。現在はロンドン在住。2012年にNYのレーベルUNOよりリリースされた『Baron Libre』、『Stretch 1』と『Stretch 2』のEP三部作、2013年に自主リリースされたミックステープ『&&&&&』は、世界中で話題となる。2013年、カニエ・ウェストの『イールズ』に5曲参加(プロデュース:4曲 / プログラミング:1曲)。またアルカのヴィジュアル面は全てヴィジュアル・コラボレーターのジェシー・カンダによるもので、2013年、MoMA現代美術館でのアルカの『&&&&&』を映像化した作品上映は大きな話題を呼んだ。FKAツイッグスのプロデューサーとしても名高く、『EP2』(2013年)、デビュー・アルバム『LP1』(2014年)をプロデュース、またそのヴィジュアルをジェシー・カンダが担当した。2014年、契約争奪戦の上MUTEと契約し、10月デビュー・アルバム『ゼン』 (“Xen”)をリリース。

interview with Swans - ele-king


スワンズ - To Be Kind
[解説・歌詞対訳 / 2CD / 国内盤]
MUTE / TRAFFIC

Amazon

 4月8日に保坂さんと湯浅さんとディランのライヴ──モニターがトラブったあの日である──にいった翌週、季節はずれのインフルエンザにかかりタミフルでもうろうとしながらこのインタヴューの質問を考えていたら、ボブとジラが二重写しになったのは、テンガロン・ハットをかぶったいかめしい男を真ん中にした男臭い集団のもつムードに似たものをおぼえたからだろうが、それはアメリカの国土に根づく、というより、いまも澱のようにこびりつくアメリカン・ゴシックの、無数の歴史的諸条件によりかたちづくられた感覚を、一方は60年代のフォーク・ロックとして、他方は80年代のインダストリアルと00年代のフリーフォークがないまぜになった感覚で表出するからではないか。音楽の貌つきはまったくちがう。映し出す時代も、住処も地表と地下ほどにちがうかもしれない。ところがともにフォークロアではある。それはポピュラリティさえもふくむ複層的な場所からくる何かである。

 私は前回のインタヴューで再活動をはじめてからのスワンズの宗教的ともいえる主題について訊ねたところジラはそれを言下に否定した。それもあえていうまでもなくそれはディランが70年代末から80年代初頭キリスト教ににじりよったように彼らの一部でありいうまでもなかったのかもしれないと思ったのだった。

 『To Be Kind』は前作『The Seer』を引き継ぎ、長大な曲が占める。セイント・ヴィンセント、コールド・スペックスを招き、ジョン・コングルトンが録音で参加した布陣も今回も冴えている。朗唱のようなジラのヴォーカルと豪壮な器楽音の壁が長い時間をかけ徐々に徐々に変化する作風は前作以上に有機的で、1年前の日本公演をふくむワールド・ツアーの成果を反映した現在のスワンズの音楽を指してジラは「音の雲」と呼ぶのだが、刻刻と変化するのにそれは同時に豪壮な構築物でもある。矛盾するような得心するような、こんな音を出せるバンドは彼らをおいてやはり他にいない。

ハウリン・ウルフは私のヒーロー、アイコンなんだ。彼の自伝も数年前読んだ。すごい人生を歩んだ人だ。1900年代初頭のミシシッピの貧しい小作人の子どもでね、13歳になるまで靴もはいたことがないほどだった。8、9歳くらいから畑を耕しはじめ、もちろん教育など受けたこともなかったが缶を叩きながら畑の中で歌った。

2013年2月の来日公演からすでに1年経ち記憶も定かでないかもしれませんが、とはいえ、その前の来日公演となると20年以上前だったわけですが、なにか印象に残っていることがあれば教えてください。

MG:その来日ではライヴは1回こっきりだったんだけど、日本のファンはとても熱狂的だったのを憶えているよ。あと、これはいつも思うことなんだけど、日本人の礼儀正しさにはほんとうに関心するね。

資料によれば『To Be Kind』の素材となった部分はこのときのツアーで練り込んでいったとあります。じっさい2013年2月の東京公演では“To Be Kind”ではじまり、“Oxygen”などは“The Seer”とメドレーで演奏していました。そのときすでに『To Be Kind』のコンセプトはできあがっていたのでしょうか?

MG:いや、一部の(と強調)要素はライヴを通じて、インプロヴァイズしながら練り込み、そこから私がリフやグルーブを足して、一年をかけてひとつの大きな作品として形を変えていった。たとえば、はじめの段階では歌詞はまだなかったのがその当時読んでいた本を元にライヴで徐々に歌詞をつけたしたりした。それがこのアルバムの半分くらいの曲で、残りの曲のグルーブやサウンドに関しては、アコギでつくりあげたんだ。“A Little God in My Hands” “Some Things We Do” “Kirsten Supine”“Natalie Neil”、それと“To Be Kind”もコアの部分はすべてアコギでつくった。『To Be Kind』の多くはそういった手法でメンバーと集まってつくりこんだ。スタジオでは他のミュージシャンも参加して私がアレンジを加え、練り込み、映画のサウンドトラックのような感じにつくりあげた。

『The Seer』と『To Be Kind』は長尺曲を中心としたCD2枚+DVD1枚にわたる作品という両者の構成もよく似ています。このような構成にこだわった理由を教えてください。あるいては楽曲の要請としてこれは必然だったのでしょうか。

MG:ライヴ音源は長時間に渡っていたからね、34分っていう曲もあったし。そういう曲のことをどういえばいいのか、音の雲とでも呼ぼうか。曲の長さを気にすることなく、流れに任せて演奏して、その曲の存在価値を見い出そうと決めたんだ。素材が集まった段階でどういうフォーマットに落とし込んでリリースするかを決めた。それで今回はCD2枚、ヴァイナル3枚という構成になったんだ。DVDはボーナス・ディスクだ。ほら、われわれは心優しいからね(笑)。

とはいえ、前作と本作では音の表情はかなりちがっています。よりブルージーになったといいますか。要因のひとつにレコーディングを担当したジョン・コングルトンの存在があったのではと思うのですが、彼とは事前にどのような音づくりを目指しましたか。またレコーディング中で印象に残ったトピックがあれば教えてください。

MG:メンバーは私が集めてきた要素よりも、ライヴでやったものを意識していた。どういうサウンドのアルバムにしたいかということはすでに頭にあったし、曲ごとにどの楽器を使うか、どういう構成にするかなどのリストもつくっていた。他のミュージシャンが参加して、別のものをもってくると私のアイデアよりもいいと思うものが出てきたりもした。ブルージーになったかどうかはわからないな。ブルースの雰囲気くらいはとりいれていたかもしれないがコード進行までは意識してはいない。どちらかというと、グルーブとか深い音という面でだろうね。ジョンとはそれぞれの曲がどのような相互作用を持つかを重点に考えていた。スタジオで録音されたものをきっちり演奏するというよりも、ライヴで演奏を重ねることによってより大きな建造物をつくりあげていきたいと思ったんだ。

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Jennifer Chruch

ルーヴェルチュールは奴隷の反乱の扇動者で、ナポレオンの失脚の一因ともなった人物だ。1700年代後半から1800年代前半のハイチで初めて奴隷の反乱が成功したのはルーヴェルチュールのおかげだった。その後にナポレオンの部隊に捕まり、フランス国内で投獄されそこで人生を終えた。

音楽の形式としてゴスペルに対する憧憬をあなたは前回のインタヴューで述べておられました。『To Be Kind』ではそれがより直裁に表現されたと考えられないでしょうか。

MG:実際ゴスペルは詳しくないんだけど、永遠に続くクレセントがゴスペルに通じるものがある、という意味でその当時そういったんじゃないかな。ゴスペルの熱気のようなものはスワンズとの共通項だね。

ジョン・コングルトン氏はセイント・ヴィンセント氏からの紹介ですか?

MG:いや、その反対だ。ジョン・コングルトンが以前からスワンズといっしょにやりたいといっていたんだ。もともと、スワンズのパーカッションのソー・ハリスがジョンとかかわりがあり、いちどShearwaterというジョンがプロデュースしたバンドとライヴをしたんだ。ソーはあと、スモッグの……えーっと誰だっけ? そう、ビル・キャラハンともいっしょにやって、それもジョンがプロデュースした。そういうわけでソーがジョンのことを薦めていっしょにやるようになった。ジョンは長年のスワンズ・ファンなんだけど、3年程前にスワンズの曲をセイント・ヴィンセントに聴かせたら、えらく気に入ってくれてわれわれのライヴに来るほどのファンになったんだ。今回のアルバムでは構想段階で女声ヴォーカルがほしかったから、セイント・ヴィンセントに連絡をしたというわけだ。レコーディングではダラスまできてくれて、すばらしいヴォーカルを録ることができたよ。

彼女以外に『To Be Kind』でも前作と同じく多彩なゲスト・ミュージシャンを起用されています。準メンバーのビル・リーフリン氏以外に、上述のセイント・ヴィンセント氏、コールド・スペックス氏のふたりの女声ヴォーカルが特徴的ですが、彼女たちに声をかけたのはそのような理由だけですか。

MG:コールド・スペックスはソウルフルでゴスペルなすばらしい声のもち主だ。“Bring the Sun”にぴったりだった。彼女を起用したのは、すばらしいシンガーだから。この一言に尽きる。彼女は以前、スワンズのカヴァーをやったこともあるんだ。いままで聴いてきたスワンズのカヴァーで唯一いいと思えたのが彼女がやったものだった。『My Father Will guide Me Up A Rope To The Sky』に収録した“Reeling The Liars In”という曲で、いうことなしのできだった。そこから繋がったんだ。

「Chester Burnett(ハウリン・ウルフ)」「トゥーサン・ルーヴェルチュール」といった歴史上の人物を本作ではとりあげたのはどのような理由からでしょうか? またこれら歴史上の人物からあなたはどのようなインスピレーションを得たのでしょうか。

MG:ハウリン・ウルフは私のヒーロー、アイコンなんだ。彼の自伝も数年前読んだ。すごい人生を歩んだ人だ。1900年代初頭のミシシッピの貧しい小作人の子どもでね、13歳になるまで靴もはいたことがないほどだった。8、9歳くらいから畑を耕しはじめ、もちろん教育など受けたこともなかったが缶を叩きながら畑の中で歌った。ほどなくギターも習った。苦境に立たされているからそこから逃避したい気持ちがあったんのだろうね。後に南部を中心に酒場のドサまわりをはじめ、知名度もあがってきたところで、シカゴに移り、マディー・ウォーターズらとともにエレクトリック・ブルース、つまりシカゴ・ブルースだ、それを確立した。それがのちに多くのひとに多大な影響を与えることになった。その意味では魔法使いという呼び名がふさわしい。苦境から這いあがり世の中に多大な影響を与えるすばらしい人生であると同時にすばらしい声のもち主でもありひと息で低いバリトンから高いヨーデル調の声まで幅広く出る。彼の曲には楽しくてダーティで性的な要素がすべて詰まっている。
 ルーヴェルチュールはまったく別のところから引っ張ってきた。“Bring the Sun”はインプロヴァイズを重ねてつくった曲で歌詞はなかった。その頃私はルーヴェルチュールの伝記を読んでいて、それで彼の名を歌詞の中で連呼することを決めた。そこから歴史的瞬間を捉えるような音的な言葉をつけ加えて曲を構築したんだよ。ルーヴェルチュールは奴隷の反乱の扇動者で、ナポレオンの失脚の一因ともなった人物だ。1700年代後半から1800年代前半のハイチで初めて奴隷の反乱が成功したのはルーヴェルチュールのおかげだった。その後にナポレオンの部隊に捕まり、フランス国内で投獄されそこで人生を終えた。
 彼もハウリン・ウルフと同じく、奴隷としての人生から自由の身となり、働いていた農園のオーナーからは努力を認められ、オーナーや修道士から読み書きを教えてもらったそうだ。そこから、ルソーなんかのフランス啓蒙思想家やマキャヴェッリについて読み、軍事戦略について学んだ。彼も奴隷からはじまり歴史を変えた人物だった。ルーヴェルチュールによるナポレオンの失脚がなければ、ナポレオンはアメリカへルイジアナを譲渡することなどなかったにちがいない。ルーヴェルチュールの軍に勝つには、軍事強化のための資金が必要だったかね。だから彼も世界の歴史を変えた人物の一人だよ。私が読んだのは、マディソン・スマート・ベルの著書(マディソン・ベルはルーヴェルチュールとハイチ革命について『All Souls' Rising』『Master of the Crossroads』『The Stone That the Builder Refused』の三部作を著し、『Toussaint Louverture : A Biography』なる評伝もある)。フランスの歴史上重要な時代だからおさえておいた方がいい。

『To Be Kind』はなぜ〈Young Gods〉ではなく〈Mute〉からのリリースなのですか?

MG:〈Mute〉のダニエル・ミラーがスワンズのことを再結成後からずっとフォローしてくれていたんだ。私は1990年から〈Young Gods〉をやっていてスワンズをはじめ、他のアーティストのリリースもしてきているから、あえて他のレーベルと契約するのは頭になかったのだけどアメリカ国外のディストリビューションには弱かったから、ダニエルがミュートとの契約の話をもちかけてくれてよかったよ。どちらかというとパートナーシップだね。われわれは若いバンドでもないし、懐の広い叔父さんのレーベルと契約をしたわけではない(笑)。音楽を心から愛して、サポートの厚いダニエル・ミラーのことは私自身とても尊敬しているし、ミュート・レコードからのリリースはとても名誉なことだ。だからこういう流れになってうれしいよ。

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Sibastian Sighell

音楽を心から愛して、サポートの厚いダニエル・ミラーのことは私自身とても尊敬しているし、ミュート・レコードからのリリースはとても名誉なことだ。だからこういう流れになってうれしいよ。

『To Be Kind』は繊細かつ実験的な音づくりだと思いました。あなたは前回のインタヴューでベーシック・トラックを録った後、どのような音が必要か考え、音を追加するとおっしゃっていました。今回はそれが非常に緻密におこなわれていると思いましたが、そこにもジョン・コングルトン氏のアイデアが活かされているのでしょうか。

MG:うん。彼は今作ではプロデューサーではなくエンジニアだ。だいたいにおいて、私がアイデアを出して練り込むんだけど、彼に「これも試してみなよ」ってな感じでいわれたり。プロデューサーではないんだけど、アイデアを提供してくれたりはしたよ。どんなエンジニアにもそうあってほしいと思うよ。たとえば、エンジニアにはピッチがおかしかったりしたら、それをすぐに察知して教えてほしい。私はそれ以外のことで頭が一杯だからね。ジョンはその役割も果たしてくれている。私のアイデアをうまくまとめて、さらに広げてくれもした。そういった意味ではジョンのアイデアはかなり活かされているよ。

逆にいえば音盤をライヴで再現するのは難しいと思いました。その点についてはどう思われますか。ライヴはスタジオワークとはまったく別ものでしょうか? スワンズとってレコードとライヴをそれぞれ定義してください。

MG:まず、音源をライヴで忠実に再現することには一切興味はない。ライヴでプレイするのであれば、まったく別のものにしたいと思っている。アルバムをプロモートするためにライヴをしたいんじゃない。ライヴの「いま」を体験してほしいんだ。ツアーをすれば、要素はつねに変化するし、1週間後2週間後のライヴではセットもまったく異なってくる、たとえ同じ曲を演奏していても。だからライヴとスタジオワークはまったくもって異なったものだ。アルバムは録音された曲の集合体。曲を組み立てて、アルバムを構築して、ひとつのアート作品をつくるという行為は私は好きだ。そのプロセスが終わっても音楽はコンセプトとして生き続けるのだがそれをライヴで演奏するとなるとつねに自由自在に変化できるようにしていかなければいけない。
 ニーナ・シモンの“Sinner Man”を考えてごらん。ライヴごとに変化していっているよね。いいアーティストはそれができるのだと思うよ。いわゆるポップ・ソングじゃないかぎりね、われわれはまるっきりのアヴァンギャルドではないけれどもつねにフレッシュで予測できない音楽をつくっていきたい。自分のためにもオーディエンスのためにも。

『To Be Kind』では器楽音意外の具体音(馬の歩み、いななきなど)も使われており、それもあって音による(言葉ではありません)大河ドラマを聴くような気がしました。たとえば『To Be Kind』をサウンドトラックにするとしたら、どのような映画がよいと思いますか。古今東西誰のどんな映画でもかまわないのであげてください。

MG:黒澤明の『蜘蛛巣城』(1957年)とラース・フォン・トリアーの『メランコリア』(2011年)だね。あと、ギャスパー・ノエの『アレックス』(2002年)かな。勇気があったら観てごらん(笑)。ところでギャスパー・ノエの『エンター・ザ・ボイド』(2009年)は映画館で観たかい? 私は家のスクリーンで観たんだが映画館で観たらまた違った体験ができたんじゃないかと思った。家だとトイレに行ったり、スナックを取りに行ったりできるけど映画館じゃできないだろ。だからあの映画の間映画館の椅子に縛りつけられていたらどんな気分だろうと思ったんだ。ストーリーも映像もすごく美しい。当初ストーリーはなかなか入り込めなかったが終わってから作品について読んでもういちど観たらようやくどういうことかわかってきた。よくできた作品だと思うよ。キャラクターの視点からの録り方がよかったね。あと、体内に入りこむところも。

アートワークにはボブ・ビッグスの作品を使っていますが、1981年に彼の目にした彼の作品をなぜ本作でまた使いたいと思ったのでしょう。資料によれば、この作品はボブ・ビッグス氏の家の壁に描かれた水彩画だということですが、ビッグス氏とあなたは旧知の間柄なんですか。

MG:その当時からボブとは面識はあったが親しい仲ではなかった。例の作品は壁の水彩画じゃなくて、黒い用紙上のパステル画だ。その作品がとても気に入ったんだ、ジャスパー・ジョーンズの旗や標的の作品のようにアイコン的でね。表現方法が不思議で興味をそそられた。神秘的なシンボルのようでね。意味が込められているかそうでないのかもわからない。面白いのは、ずっとみていると、意味と無意味が交互に共鳴しはじめるんだ。実際に自分が何をみているのかもわからなくなってくるようでね。30年の時を経て、使用許可をもらったんだけど、黒のバックグラウンドから頭だけを切り取ったんだ。今みてもらっているベージュの部分は実際は段ボール用紙で、その上に作品がエンボス加工でプリントされている。ツヤ加工もしてあるから、段ボール用紙からまるではがせるような風合いだよ。当初の予定では、実は赤ちゃんの代わりに女性の乳首を使おうと思っていたんだ(爆笑)。でも実際画像を集めはじめたら、乳首に焦点を当てると美しくも何ともないことがわかった。これは使えないとなった。そこでなぜかボブのことが思い浮かんだんだ。ほら、赤ん坊と乳首は同じような感情を呼び起こすだろ(笑)? それでボブに例の赤ちゃんの作品について訊ねたわけだ。

上記質問と同じ意味で、あなたが長年あたためながらまだ実現していないことのひとつをこっそり教えてください。

MG:もしかしたら知っているかもしれないけど、私は以前に本を書いたことがある。時間があればぜひまた執筆活動をはじめたいね。いまは本を読む時間もなかなかとれないから、時間ができたらまずは読むことからはじめたい。読むときに使う脳の部分をまずは活性化させないとね。だからそれができる時間がとれれば、また書きはじめられる。それが死ぬ前にやりたいことだね。

スワンズは現在のシーンでは孤高の存在だと思われます。ジラさんにとって現在のシーンで共感できるバンドないしミュージシャンはいますか? もしくは他者の存在はさほど気にすることはないですか。

MG:最近の音楽にはさほど興味がないんだけど、ベン・フロストやシューシューはいいと思うね。サヴェジーズやリチャード・ビショップの音楽もいい。いわゆるメジャーなポップ・ミュージックには興味はないね。

次回の来日公演はいつになりますか? まさかまた20年後ということはないと思いたいですが再々来日を待ちわびる日本のファンにコメントをお願いします。

MG:I love you very much(笑)!

interview with Liars (Angus Andrew) - ele-king


Liars - Mess
Mute / Traffic

Tower HMV iTunes

 ライアーズは嘘をつかない。いや、言い直そう。ライアーズは自らのネーミングがものするように、嘘をつくことを認めている、という意味で嘘をつかない。
 アルバムごとにそのサウンドを目まぐるしく変化させ、つねにシーンのど真ん中のはずれで野蛮な実験を繰り返すライアーズ。それは意識的なようでいて、じつに原始的で、クールなようでいて、たまらなくホットで、いつも目的からずるずるズレて、ズレてズレて……気がつけば誰もいない荒野の先端でひとり奮闘している。なんて素敵なんだ。彼らが持つほとんど野生のカンともいえる実験本能。それをライアーズの性(さが)と呼べばいいのだろうか。
 そんなライアーズが2年ぶりに7枚めとなるアルバム『メス』をリリースした。ここにあるのは、彼らがレッテルを貼られ続けたポストパンクでもエレクトロクラッシュでもなく、また、カオスの渦でもトライバルなクラウトロックでもない。そう、大きくモード・チェンジした前作『WIXIW』のサウンドを引き継ぎつつも、よりダークに、よりミニマルに、ときに大味なエレクトリック・サウンドがダンス中枢をくすぐりまくるライアーズの新境地——まっさらなテクノ・サウンドだ。シンプルなビートに合わせて駆動する野太いシーケンス。ゴスな装飾を薄くまとったシンセのフレーズ。そんなダークなムードにカラフルな色を添えてはじけるポップなエレクトロニクスたち。ライアーズの新たなマスター・ピースの誕生だ。
 まずは、先行公開された“メス・オン・ザ・ミション”の抜きん出たブレイクスルー感を体感してみてほしい。身長2メートルを超える大男アンガス・アンドリューのボーカルもいつになく脂が乗っていて、低いところからファルセットまで縦横無尽に声色を変えてはしなやかに吠えまくる。容赦なし。遠慮なし。その鮮烈すぎる突破口から無辺に広がる「歌って踊れるエクスペリメンタル・ミュージック」。外は冷たいのに中は熱い。まるでアイスの天ぷらをあべこべにしたようなストレンジな昂揚に、われわれの体温もぐいぐい上がりっ放しだ。
 あらためて。ライアーズは嘘をつかない。いや、言い直そう。ライアーズは嘘をつかないが意表をつく。騙されたと思って最高の新作『メス』を聴いてほしい。彼らの嘘は本物だから。

アイデアと実際にでき上がったものにはそんなに大差はなかったよ。すべてはあっという間に起こってね。

2年ぶりのアルバム『メス』の完成おめでとうございます。まずはいまの心境を聞かせてください。

AA:早朝のロサンゼルスでスッキリした気持ちだね。

この2年間はどのように過ごしていたのですか?

AA:前作『WIXIW』ではたくさんのツアーをしたよ。それが終わってからオフを取って、生まれ故郷のフィリピンに行ったんだ。

ライアーズはこれまでほぼ2年に1枚のペースでアルバムをリリースしていますが、このペースが自分たちにいちばん合っているのですか?

AA:それはつまりこういうことだと思うんだ。僕らは大体1年にわたってツアーを行い、それからは当然のように、再びいらつきながら制作に入っていく時間になる。ときには音楽やアートに関してもっと時間をかけようと思ったりするんだけど、自然に任せてやりたいようにやるとそのタイミングになるんだと思う。

デビューから14年ですが、『メス』の制作を経て、ライアーズとして新たに発見したことはありますか?

AA:「アルバム制作は楽しみながらしないとダメだ」ということをあらためて思ったよ。過去のいくつかの作品に関しては、制作過程でシリアスになり過ぎたり、頭を使い過ぎちゃったりもしたけど、まずは「アルバムを作りたい!」という思いを楽しむこと。それを忘れていたような気がする。

アルバムごとに作風をガラリと変えてきたライアーズですが、今作は『WIXIW』で大きくモードチェンジしたエレクトリック路線を引き継ぎつつも、さらにダークでミニマルな世界を追求しているように感じました。前作との関連性を教えてください。

AA:前作『WIXIW』を作ったとき、僕らはすべての電子楽器やソフトウェアを新しくしたんだ。文字どおり、ユーザーマニュアルを開きながら曲作りをやっていたんだ。でも、『メス』に関してはこの点がクリアされていたので、自分の思いついたアイデアをきちんと演奏に反映できるようになっていたんだ。それと、制作過程もすごくスピーディーにしてみた。最初にトライしたことをすぐ曲に反映させていったらすべてがフレッシュなままの作品に仕上がったよ。

前作には〈ミュート〉のオーナー、ダニエル・ミラーがプロダクションで参加していましたが、今作にもクレジットされているのですか? また彼との長きにわたる仕事で得たものは何ですか?

AA:『WIXIW』を制作しているとき、エレクトロの世界は僕らにとってすごく新鮮で、ダニエルにありとあらゆる質問をして確かめていたよ。彼はその界隈では有名な先駆者だからね。技術的なものや機材的なアドヴァイスの面ですごく助かったよ。『メス』に関してはその点がクリアされていたから、彼のクレジットはないんだ。もちろん僕らが音楽をやる上で彼はいちばん大切な人だけど、制作的なことで言えば、いまは僕ら自身で実行しているよ。

『メス』というタイトルどおり、混沌として多彩なビートとディスコ・サウンドが収められながらも、アルバム全体にはライアーズらしい「暗さ」と「野蛮さ」と「冷めた熱」がしっかりと根底に漂っているのを感じました。アルバム・タイトルに『メス』を選んだ意図を教えてください。

AA:『メス』とつけたのはすごく主観的なものなんだ。ある人はあるものを見て、それが何であるかをきちんと考える。一方で、別の人は同じものを見ながら、それを「まったくはちゃめちゃ」と言ったりする。すべては見る人の見方によるんだよね。僕にとってこの考えってすごくおもしろいんだ……というのは僕らが作っている音楽にからめて考えても、それは自然なことだからね。

制作中の試行錯誤には、はかり知れないものがあったと思いますが、制作前のイメージと完成した作品に大きな変化はありましたか?

AA:アイデアと実際にでき上がったものにはそんなに大差はなかったよ。すべてはあっという間に起こってね。アイデアが出てくるとすぐにそれをまとめてアルバムにしたからすごく楽しかったよ。

先行で公開された“メス・オン・ア・ミッション”を聴いたとき、最近のライアーズらしいストレンジでグルーヴィーなシンセポップに舞い上がるとともに、計算されつくしていた印象の前作『WIXIW』よりも直感的/本能的な勢いを感じました。ファルセット全開のサビの昂揚なんてライヴで盛り上がること間違いなしですね。曲作りの段階でライヴでのイメージを想定しているのですか?

AA:それはないね。スタジオで曲を書くときに「ライヴを前提に」とかの制限はつけたくないんだ。さまざまな楽器を使ったりするのもそうだし、いつも曲そのものが向かいたい方向に進められるように考えているんだ。いつかはそういった縛りで曲作りをやってみてもおもしろおもしろいかもね。自分たちで持ちこめる楽器だけを飛行機に載せてツアーすることができたら、相当クールだと思うんだけど。でも結局は、アルバム音源をライヴ用にまた作り直してやった方がずっと簡単なんだけどね。

“ダークサイド”〜“ボーイゾーン”の金属的なエレクトロニクス、呪術的なヴォーカルにはインダストリアル・ノイズの影響を聴くことができると同時に、『果てしなきドラム』(2006年)の頃のサウンドがエレクトロ化したような、ライアーズの新しい側面を感じました。昨今のインダストリアル・テクノではなく、70年代後期~80年代の〈ミュート〉が鳴らしていたオリジナルなエレクトリック・ミュージックの香りというか。そのあたりの影響は受けているのですか?

AA:それはそのとおり。僕らのお気に入りですごくよく聴いている作品のひとつに『ミュート・オーディオ・ドキュメンツ(MUTE AUDIO DOCUMENTS)』(2007年にリリースされた〈ミュート〉の初期シングル&レア音源を集めた10枚組ボックス)があるんだ。あれを聴くたびにすごく勇気づけられる。DAF、ファド・ガジェットらエレクトロのアーティストにはすごく影響を受けているよ。

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そうだな、個人的には太鼓(タイコ・ドラミング)だけのアルバムを作ってみたいとずっと思っているよ。もしかしたら八丈島に移住して、そこでアルバムを作っているかもしれないな(笑)。

ライアーズはいつも時代の先端に寄り添っているように見えて、じつは誰よりも勇敢に誰も知らないところに向かって猛進しているように思えます。進行形のシーンに対して意識的な部分はあるのですか?

AA:人がどんなシーンに興味を持っているかを聞くのは楽しいんだけど、だからといってそれが僕らの意思決定には影響しないよ。本当に自分たちが聴いたことのないような音楽を作りたいし、それがライアーズにとってもっともエキサイティングなことなんだ。

アートワークにあしらわれているカラフルにもつれ合う毛糸についてお聞きします。ライアーズのTumblrでさまざまなシチュエーションにおける毛糸の画像が公開されていたり、本物の毛糸が真空パックされた500枚限定のデラックス・ヴァイナル・エディションをリリースしたりと、本作におけるアートワークへのこだわりを強く感じさせますね。

AA:今回のアートワークに関しては、このアルバムの持つ「遊び心」や「自然」な感じを出したかったんだ。カラフルな毛糸はそのことを表していて、加えて「WHAT IS A MESS ?」(混乱ってなに?)ってことを具体化したものでもあるんだよ。

なるほど。そんなアートワークだけでなく音についてもですが、実験的な要素とリスナーに受け入れられるポピュラリティーのバランスはどのように考えていますか?

AA:うーん、べつにポピュラーになることなんて考えたこともないけどね。僕らにとって音楽やアートを作るってことは、僕らが本当に人とコミュニケートしたい、って考えの発露なわけで、期待されているものを指図されて作っているわけではないんだ。いつもやることなすことが実験につぐ実験の繰り返しだと思う。たとえ僕らがいわゆる「ポップソング」にトライすることになったとしても、それはすごく実験的なプロセスをたどることになるよ。それってある意味おもしろいけどね。

残念なことにあなたたちの変化に追いつこうともせず、いまだにライアーズのことを「ポストパンク・リヴァイヴァル」の一部として認識している人もいますが、ライアーズにとって2000年代初頭のあのシーンはどのようなものでしたか? またその渦中にいるという意識はあったのですか?

AA:当時のニューヨークに住んでいたのはすごくよかったよね。素晴らしいことをしているヤツらとずいぶん知り合いになれたし、本当にそれぞれ違ったことをしていたし。でも、僕らも含めて誰もが「ポストパンク的なもの」の一部と呼ばれたがってはいないと思うよ。僕らは自身の思うことをやっているし、何かを復活させているつもりもないんだ。ただ、これらの考え方のなかで意識的なのは、9.11の悲劇に関する部分だよ。自分がニューヨークに住んでいるということをまざまざと実感させられた。まさしく歴史的にも重要な場所で、世界中に向かって発信しなければいけない場所に住んでいるんだ、ってね。

ブルックリンのシーンから登場し、ニュージャージー、ベルリン、ロサンゼルスと拠点を変えてきたライアーズですが、ここ3作はロサンゼルスでのレコーディングとなっていますね。お気に入りの土地なのですか? 

AA:ロサンゼルスがいまいちばんいちばん好きな場所かというと、そうとは言えないな。ある意味、便利な場所ではあるけど。ロサンゼルスで生活したり制作したりするのはいい感じだよ。おもしろいことをやっていたり、刺激を受けたりする友達もいるしね。でも、僕に関して言えば、たえず動いていたいタイプなので、ほかの都市や国にも行きたいと思っているよ。

最後の曲“レフト・スピーカー・ブラウン”におけるミニマルなベース音、神妙な歌、声のサンプリング、きめ細かな電子音、ドローンのようなストリングスに早くもライアーズのネクスト・ステップを予見して、期待を引きずったままアルバムを聴き終えました。恐れることなく変化を受け入れるライアーズですが、次作のヴィジョン、もしくは今後チャレンジしたいことなどがあれば教えてください。

AA:うーん、僕が次作に関して言えるのは、「どういうものになりそうか、まだアイデアがない」と言う以外には、「ライアーズとして続けていることがベスト」っていうことかな。前進することが良いわけでも悪いわけでもないと思っているので。そうだな、個人的には太鼓(タイコ・ドラミング)だけのアルバムを作ってみたいとずっと思っているよ。もしかしたら八丈島に移住して、そこでアルバムを作っているかもしれないな(笑)。

最後に、新作『メス』を一言で表現するとすれば、ズバリ?

AA:自然。自発的。自由意志。このなかから選んでもらえればありがたいよ。「他からの介入なく自律的に動いて行くさま」を表しているんだ。


No Age - An Object
Sub Pop/Traffic

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 あなたはカラフルなグラデーションで「NO AGE」ってプリントされたTシャツを持っている人? ノー・エイジがローファイ概念を刷新し、シットゲイズやらネオ・ローファイやらとシーンを席巻していた頃、彼らのバンドTシャツはとてもシンボリックに機能していて、たとえば「Frankie Says Relax」とはぜんぜん違うけれども、こんなに鮮やかに、アーティに、Tシャツにメッセージを宿らせるロック・バンドがいまどき存在可能なのかと驚いた。
 あれから数年、シーンは確実に推移しているが、彼らの佇まいはいまだクールだ。今週末にせまった来日公演にぜひ!

■NO AGE Japan Tour 2014

徹底したDIY精神を貫きながら音楽のみならず、ヴィジュアル・アート、パフォーマンス・アートの領域にまで影響を及ぼしてきたNO AGE、最新アルバム『AN OBJECT』を引っ提げての来日公演決定!!

2.1 sat @ 東京・渋谷 CLUB QUATTRO
support: THE NOVEMBERS, ZZZ's
Open 18:00 Start 19:00
¥5,000 (Advance), ¥5,500 (Door) plus 1 Drink Charge @ Door
Ticket Outlets: PIA (P: 212-152), LAWSON (L: 75614), e+ (eplus.jp), GAN-BAN (03-3477-5710)
Information: 03-3444-6751 (SMASH), 03-3477-8750 (CLUB QUATTRO)

2.2 sun @ 大阪・心斎橋 CONPASS
support: BONANZAS
Open 18:00 Start 19:00
¥5,000 (Advance), ¥5,500 (Door) plus 1 Drink Charge @ Door
Ticket Outlets: PIA (P: 212-078), LAWSON (L: 54311), e+ (eplus.jp), TOWER RECORDS (梅田大阪マルビル店, 梅田NU茶屋町店)
Information: 03-6535-5569 (SMASH WEST), 06-6243-1666 (CONPASS)

TOTAL INFORMATION: 03-3444-6751 (SMASH) https://www.smash-jpn.com/
supported by TRAFFIC

■NO AGE
https://noagela.org/

ロサンゼルスのインディー・ロックの聖地として現代版CBGBとも言えるユース・アート・スペース、The Smellを拠点にDIY精神に貫かれた活動を続けるバンドが、NO AGEである。英ファット・キャット・レコーズからリリースされた『Weirdo Rippers』に続くセカンド・アルバム『Nouns』をSUB POPから2008年春に発表。米ピッチフォークでは9.2と破格の評価を獲得、同サイトの年間アルバム・チャート3位にも選出された。更にその他欧米の有名主要メディアでも軒並み高評価を得て、2008年を代表する1枚となった。レディオヘッドのメンバーやコーネリアスがNO AGEのTシャツを着用するなど話題になった。2010年にリリースされたサード・アルバム『Everything In Between』でも、ピッチフォークからニューヨーカー誌まで驚くほど幅広い筋から熱狂的な評価を獲得する。2011年にはフジロック・ホワイトステージ出演、集まった多くのオーディエンスを熱狂させた。そして、3年ぶりとなる待望の4枚目のアルバムにして既に最高傑作との呼び声も高い『An Object』を8月上旬に日本先行リリースしたばかりである。LAパンク・ハードコア、シューゲイザー、サイケ、ノイズが融合された彼等独自のサウンドは、ポップな強度を兼ね備えたマスターピースとなった。

〈東京公演〉
THE NOVEMBERS
https://the-novembers.com/
2005年に結成した日本のオルタナティブ・ロック・バンド。2007年にUK PROJECTから1st EP「THE NOVEMBERS」をリリース以降、毎年ワンマン・ツアーを行い、年々会場の規模を大きくしながらもその都度ソールド・アウト。国内の大規模なロック・フェスティバルでは「ARABAKI ROCK FEST.」「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」「COUNTDOWN JAPAN 」「RUSH BALL」などに出演。2012年からはiTunes Storeで世界62か国への楽曲配信を開始。海外バンドの来日公演のサポートも増えWild Nothing、Thee Oh Sees、ULTERIORとも共演。そして、台湾の「MEGAPORT FESTIVAL」にも出演し、国内だけでなく海外からの注目も高まる。メンバーのソロ活動としては、小林祐介はソロでの弾き語り以外に、CHARAのライブサポート及び音源制作や、L’Arc-en-Cielのyukihiroのソロ・プロジェクトであるacid androidのライブ・ギタリストを務める。ケンゴマツモトは、映画監督である園子温のポエトリー・リーディング・セッションなどにも参加し、更に活動の幅を広げる。音楽以外の分野からも注目も高く、「Harem」(GIFT収録)のPVは映画「白痴」の監督である手塚眞がディレクターを務め、「dogma」(Fourth wall収録)のPVは映画「おそいひと」の監督である柴田剛が監督を務めた。アーティスト写真は「Vivienne Westwood」や「Miu Miu」などのポートレートを撮影するアンダース・エドストロームや、「agnès b」のショーで作品集が取り上げられた花代が撮影。特にファッションとの関わりは深く、「LAD MUSICIAN」の2012-13A/Wのコレクションのミュージックとしてライヴを行い、その模様は宇川直宏主催の「DOMMUNE」で生放送された。2013年9月末までにUK PROJECTから計8枚の音源をリリース。2013年10月からは自主レーベル「MERZ」を立ち上げ、自分たちのやり方で自分たちなりの成功を掴みに行く。

ZZZ’s
https://www.facebook.com/zzzs.official
https://zzzs-jpn.com/

https://twitter.com/ZZZs_OFFICIAL

Youkaku (Guitar, Vo), Yukary (Bass, Vo), Lyn (Drums) によって2011年末に結成された兵庫の女性3人組。2012年には、バンド単体でニューヨークへ。バンド自らブッキングを行い、2度の渡米の中、SXSW2012, CMJ2012, Miami Art Baselなどへの出演を含む80本を超えるライブやThe Rapture, Le Tigreなどを手がけるエンジニアJONATHAN KREINIKと出会い、2nd EP ”Magnetica” のレコーディングを敢行。マイアミでライブを見たサーストン・ムーア(SONIC YOUTH, CHELSEA LIGHT MOVING)は、彼の所属するマタドール・レコーズのウェブサイトで2012年でもっともエキサイティングだったバンドとしてZZZ’sを絶賛している。2013年には、COLD CAVE (US), DIE DIE DIE (NZ), acid android (L’Arc~en~Ciel) と共演。自主リリースの2枚のEPをコンパイルした ”Magnetica / Prescription” のデジタル・ヴァージョンの世界リリース。11月からベルギーのコルトレイクでのPortisheadのジェフのバンド、BEAKがバンド選出をした ”SONIC CITY"、オランダのユトレヒトでの ”LE GUESS WHO?” といった2つのフェスティヴァルへの出演を含む1ヶ月間に渡る初のヨーロッパ・ツアーを敢行。結成以来、ボーダーレスな活動を繰り広げている。

〈大阪公演〉
BONANZAS
https://bnzsmail.wix.com/bonanzas
元suspiriaの吉田ヤスシとgoatの日野を中心に2010年春からライブ活動を開始。数々のメンバー・チェンジを繰り返し、現在はVOCAL「吉田ヤスシ」、BASS「日野浩志郎」、DRUMS「西河徹志」、ELECTRICS「蓮尾理之」4人のメンバーで活動中。キック/スネア/ハイハットのみのドラム、音階楽器である事を忘れたかのようにリズム・ユニゾンのみに執着するベース、まとわりつく電子音、恐ろしい迄の精度を誇る打撃音群を押さえ込むかの様な凶刃な声帯。ベースは鈍器、ドラムは銃、声は針、シンセは刃物。世界中の凶器を手にROCK’N ROLLの彼岸を目指した辺境の人民達が繰り出す独立武装部族音楽。そのやりすぎとも言えるシンプルな楽器構成を基に膨大なディシプリン(鍛錬)の上に積み上げられた強靭な「音」。そこから放たれるサウンドを敢えて色で表現するなら「一切光沢を持たない黒」。彼らの異形なサウンドは百鬼夜行な関西アンダーグラウンド・シーンにおいても特異点とされ、あまりにも特殊な存在のせいか、特定のジャンルとの交流はなくテクノ、ヒップホップやダブステップ、ハードコアから前衛音楽までリンク可能な存在となり、現在ライブ・シーンのみならずクラブ・パーティー・シーンからも注目されている。ある種デトロイト・テクノをも連想させるbonanzasの人外強靭なサウンドは呪術ダブステップ帝王のSHACKLETON氏さえも虜にし熱いラブコールを受けている。


interview with Richard H. Kirk (Cabaret Voltaire) - ele-king

 1970年代末、スロッビン・グリッスルとともにノイズ・インダストリアルの代表とされていたのがキャバレー・ヴォルテールだった。僕は、しかし、SPKと出会うまでノイズ・ミュージックに価値を見出せることはなかった。キャバレー・ヴォルテールも初期はどこがいいのかさっぱりわからなかった。『レッド・メッカ』(81)や「スリー・マントラス」(80)が面白くないとはとても言い出せない空気のなか、そのようなものがやたらと持ち上げられていた1981年がしぼみはじめ、やがてブリティッシュ・ファンク・ブームがやってくる。それを逸早く察知したかのように〈ヴァージン〉がディーヴォやDAFをフィーチャーした『メソッド・オブ・ダンス』というコンピレイション・シリーズをリリースしはじめ、「踊るニューウェイヴ」の時代がやってくる。ノイズ・グループだと思われていたキャバレー・ヴォルテールが『2×45』(82)をリリースしたのは、そのようなタイミングだった。それはニュー・ロマンティクス(それはそれでよかったけど)とはまったく違う雰囲気で、ノイズ・インダストリアルに分類されていたミュージシャ……いや、ノイジシャンたちが『ファンキー・オルタナティヴ』というコンピレイション・シリーズをリリースしはじめる5年も前のことだった。『2×45』に続いて80年代中期に〈ヴァージン〉からリリースされた『ザ・クラックダウン』(83)、『マイクロフォニーズ』(84)、『カヴァナント、スウォード・アンド・ジ・アーム・オブ・ザ・ロード』(85)の再発を機にリチャード・H・カークに話を訊いた。

E王
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シェフィールドはおどろおどろしく淀んだ感じでたくさんのビルがあった。世界大戦のダメージも残ってた。しかし、都市部を抜けて10分もすると美しい田園風景がひろがっている。そして、君はそこでたくさんのマジック・マッシュルームを見つけられると思う。

ちょうど40年前(73年)にシェフィールドで結成したそうですが、最初からキャバレー・ヴォルテールを名乗ってたんですか? また、3人はどうやって知り合ったんですか?

リチャード・H・カーク(以下、RHK):1973年あたりに活動を始めたんだけど、キャバレー・ヴォルテールを名乗ったのは75年からなんだ。というのはそのとき初ライヴがあって、そのために呼び名が何かしら必要だったからね。
 もっと熱心なヤツもいたんだけど、まわりの友だちの何人かがクリスを学校の頃から知ってたから、僕らは当時の夏、一緒にインターレイルでヨーロッパに行ったりしたんだ。クリスはいくつかベーシックな録音機材を、僕が4トラックのテープレコーダーを持ってて、それからエレキ用のピックアップ付きクラリネットも手に入れた。僕らは実験的にクリスの家のロフトで音楽を作りはじめた。それから何人かがやってきたりしたんだけど、数年前からちょっと知ってた(ステフェン・)マリンダーに一緒にやらないかと誘ったんだよね。そのときが、キャバレー・ヴォルテールとして後に知られる、きちんとしたユニットが出来た瞬間だった。

ダダ運動に興味を持ったきっかけを教えて下さい。ステフェン・マリンダーによればウィリアム・S・バロウズとブライオン・ガイシンの影響でカット・アップやテープ・ループをはじめたそうですが、ということは『レッド・メッカ』(81)までの作品にはブライアン・ジョーンズの『ジャジューカ』(71)が多少なりとも陰を落としていたのかなと思えてしまいます。

RHK:ダダ運動に魅かれたのはそのコンセプトがアートと戦争にあったから。そこではそれまでにあったアートをいったん解体し、何か新しいものに置き換えようとしていて、僕らはサウンドや音楽に対してそれと同じことをやろうとした。
 ステフェンがバロウズやガイシンに関して言ってるのもすべて正しいというわけではない。キャバレー・ヴォルテールは、彼らのことを知る前にすでにカットアップやテープ・ループを取り入れている。もちろんこのようなことを誰かがすでにやってたというのを聞いて鼓舞されたところがあった。多くの部分を学ばせてもらったから、彼らのことを知れたのは実に嬉しかった。
 キャバレー・ヴォルテールのなかで最初にバロウズの本を買ったのは、僕だ。シェフィールドにある本屋で『裸のランチ』を注文したのさ。それはもう驚愕だったよ、まったくパワフルな本だった。それに当時、僕は画像や文章を使ってカット・アップやコラージュをやってて、それが最終的にいくつか初期キャバレー・ヴォルテールのジャケットになったりもした。ダダイズムの創始者トリスタン・ツァラも紙袋に書いてある文字をランダムにピックアップして、それを詩にしたりしてたし、それは1915年あたりかな? たぶんガイシンがカット・アップをやりはじめる50年くらい前だ。
 『ジャジューカ』のことは知ってたし、ちらっと聞いたこともあるけど、アルバムをちゃんと手にしたのは1982年になってからなんだ。つまり『レッド・メッカ』のあと。しかし東洋の音楽にはつねに興味を持ってたね、トランスチックなエフェクトの感じが好きだったから。

時期的に見てグラム・ロックにもパンク・ロックにも影響されなかった音楽性のままラフ・トレードからデビューしたということになります。実際にそうなんでしょうか? 70年代に、同時代的に気になっていたミュージシャンがいたら教えて下さい。「ウエイト・アンド・シャッフル」などはザ・ポップ・グループを思わせます。

RHK:僕はデヴィッド・ボウイやロキシー・ミュージックのファンでもあったし、いくつかのパンク、ポストパンクも、そのなかにはザ・ポップ・グループも含まれてるけど、たしかに気に入って聴いていたね。だけど「ウエイト・アンド・シャッフル」が彼らみたいに聴こえるんだったら、たぶんそれは彼らもマイルス・デイヴィスやダブ、フリー・ジャズといった僕らと同じ音楽に影響されたからだろう。僕らは通常のアーティストの真似はしない。影響ということで言うと、いつも過去や未来のものに目を向けてる。

なぜ、スタジオに「ウエスタン・ワークス」と名付けたんですか? また、シェフィールドのいい点と悪い点をひとつずつ上げて下さい。

RHK:スタジオのあったビルが古い工業用ビルで、そこが「ウエスタン・ワークス」という名前だった。それをそのままスタジオの名前にした。シェフィールドに関して言えば、当時が、ちょっとおどろおどろしく淀んだ感じでたくさんのビルがあったし、まだ第二次世界大戦のダメージも残ってた。しかし、都市部を抜けて10分もすると美しい田園風景がひろがっている。そして、君はそこでたくさんのマジック・マッシュルームを見つけられると思う。

ははは。『ザ・ヴォイス・オブ・アメリカ』(80)の裏ジャケットに機動隊の写真が2点も使われているのはなぜですか?

RHK:僕が。『ザ・ヴォイス・オブ・アメリカ』のアートワークを作った。当時(それにいまも)僕らが生きている世のなかにある権威主義的な感じがうまく出てる、この種の写真を使うのがふさわしいと思った。

『レッド・メッカ』はさまざまな意味で転機となった作品だと思いますが、タイトルはイランで起きたホメイニ革命と関係があるんですか? 『スリー・マントラ』から『2x45』にかけてアラビア風の旋律が頻出するのは誰かの影響ですか?

RHK:先ほども言った通り、僕は東洋の音楽、また東洋社会と西洋社会の違いにはつねに気を払っていて、だから“ウエスタン・マントラ”や“イースタン・マントラ”(*この2曲で『スリー・マントラ』は構成されている)のような曲に行き着いたわけさ。このふたつのカルチャーがじきにぶつかるだろうという予想が実際に現実になったのが1979年だった。ホメイニ革命が、のちに911/2001年のニューヨークのツインタワー爆破まで続くイスラム原理主義のスタート地点だった。それからアメリカで右派キリスト教原理主義者の存在がより浮き彫りになった。実際、このふたつのカルチャーは極めて似通ったもので、アメリカ政府が当時のソビエトと戦うために、アフガニスタンでビン・ラディンのムジャヒディーン/アルカイーダの訓練、資金援助、武装化を行ったんだから、当然といえばそうなんだけど。

『2x45』は明らかにダンス・レコードを意図した最初の試みですが、何がきっかけであそこまで振り切れたんでしょう。当時は本当にショックで、立体ジャケットが破けるまで何度も何度も聴いてしまいました。

RHK:『2x45』はよりダンサブルなレコード作りへシフトした最初の作品だった。大きな方向転換でもなく、単に進化していっただけだね。君がいま僕らの初期の作品を聴いてくれたらきっとダンス出来ると思うし、それらでもたいていループを使ってるからね。

〈ファクトリー〉からリリースされた「ヤッシャー」(83)はオリジナルのほうがぜんぜんよくて、ジョン・ロビーのリミックスはあまりいいとは思いませんでしたが、「ドント・アーギュー」(87)でまた顔合わせしているということは、ニューヨーク・スタイルからもそれなりに得るものがあったからですか? ニュー・オーダーの「ブルー・マンデー」がやはり同じ年にアーサー・ベイカーの方法論を取り入れていたわけですけど。

RHK:僕らはニューヨークのエレクトロには大きな影響を受けている。ジョン・ロビーは、アーサー・ベイカーとともに、その中心人物だった。彼が“ヤッシャー”をリミックスさせてくれないかと尋ねてきたとき、それはすごいアイデアだと思ったものだよ。たしかに君の言うように、オリジナルよりよかったというわけじゃないけど(リミックスっていうのは往々にしてそうなんだけど)、しかし、まったくの別もので、僕らが現状から一歩前に踏み出せたということ、おかげであらためて自分たちのミックスや音楽の聞かせ方と向き合うことが出来たわけだから。

『ザ・クラックダウン(=弾圧)』に「The」が付いているということは、何か特定の事件があったということですか? また、ダンス・レコードであるにもかかわらず、このような不穏なタイトルをつけたのはぜですか? まるでレイヴ・カルチャーを先取りしたようにさえ思えてしまいますが。

RHK:この当時の政治をとりまく情勢は抑圧的なものだった。イギリスのサッチャー、アメリカのレーガン、右翼勢力が僕たちを弾圧していたようなものだった。

『ザ・クラックダウン』以降、観念的な音楽性がすべて消え去って、官能的なダンス・ミュージックに純化されていくということは、クリス・ワトソンがひとりで観念的な部分を担っていたように見えますが、そのような理解でいいでしょうか。あなたとマリンダーはフィジカルな音楽がやりたかったと?

RHK:その見解は正しくはない。キャバレー・ヴォルテールには“担当”はないし、僕たちは何かにおいてリーダーというものを置かなかった。バンド自体は僕とクリスではじめて、あとからマリンダーが加わったものだけど……。この3人のグループはともにダンス・ミュージックをエンジョイしていた。けれど、当時は真剣にそれに打ち込んでたわけではなかったね。クリスが1981年に去ってからは、僕たちは自分らの音楽をもっとダンスフロア仕様にしようと決めた。彼と一緒にやっていた頃のようなモノをまた繰り返すことはしたくなかった。あらたに考えながら一歩前に進み出した瞬間だった。

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僕は本当に、イラク戦争や大切な古代遺跡の破壊には反対していた。目的もなしに、それも誤った情報のもとに行われたんだよね。結局大量破壊兵器なんて見つからなかったし、イラクはいまや以前よりもっと危険なところになってしまった。

『コード』(87)で初めて外部からプロデューサーを入れたのはなぜですか? あまり必要だったとは思えないのですが。『マイクロフォニーズ』(84)から『コード』まではファンクとインダストリアルのどちらに比重を置くかで延々と葛藤が続いていたようにも思えたので、その結論をエイドリアン・シャーウッドに委ねたとか、そういうことでしょうか。

RHK:『コード』に関しては、実はエイドリアンが参加する前にほとんどの形は出来上がってたいた。EMI/パーロフォンとの契約後、自分らのスタジオを24ch仕様にアップグレードし、そして、プロデューサーの起用も決めた。ポップスのフィールドではない人間を起用したかった。
 エイドリアンは一緒にやるにはとてもよいプロデューサーだった。ダブやレゲエにも相当詳しかったから、参加すると面白くなるかなと思ったんだ。彼はシェフィールドに来てくれて、僕らと一緒に作業をしたあと、ロンドンのスタジオでミックスした。すごくいいサウンドのアルバムに仕上がっているよ。僕らのアルバムではいちばん売れたんじゃないかな。ちなみに僕らがEMIと契約した当時、EMIは世界で10番目に大きな武器製造会社でもあった。冷戦が解けて黙示録を迎えたら、我々は兵器類を安く買えるかもなどと言い合ったものだよ。

シェフィールドから出てきたフラ(Hula)やチャック(Chakk)はキャバレー・ヴォルテールが育てた後輩ということになるんでしょうか。レコード制作ではマーク・ブライドンやマーク・ギャンブルがイギリスではハウス・ムーヴメントを先導したように見えるので、どういう関係だったのか気になります。

RHK:キャバレー・ヴォルテールは本当にたくさんのフォロワーを生んだよね、シェフィールドのなかだけじゃなく。チャックは僕らのスタジオで「アウト・オブ・ザ・フレッシュ」を録音し、それを僕らのレーベル、〈ダブルヴィジョン〉からりリースした。この作品がチャックをMCAのレーベル契約へと導いたんだ。それにフォン・スタジオ(Fon Studios)も誕生し、そこからいくつかの初期UKハウスが生まれた場所として知られることになった。その後、マーク・ブライドンやロブ・ゴードン(Fon Force)と『グルーヴィー、レイドバック・アンド・ナスティ』(90)で何曲かトラックを一緒にやったし、ロブ・ゴードンともゼノン名義で一緒にレコードを作った。

サンプリング・ミュージックは現代のダダイズムだと思いますか? それともまったく別物?

RHK:サンプリング・ミュージックは、とくにヒップホップはカットアップ・テクニックのほうに繋がってると思うよ。ダダイズムというよりはむしろね。

『グルーヴィー、レイドバック・アンド・ナスティ』で決定的に変わったのはベース・サウンドでしたが、それがハウス・ミュージックから学んだいちばん大きな影響ということになりますか? 曲によってはかなりファンキーで、テン・シティまで参加しているし、キャブスだと思えなかった人も多かったと思います。『ボディ・アンド・ソウル』(91)や『カラーズ』(91)では同じハウスでもストイックな曲調に戻っているので、あれはやはり一時の気の迷いということなのか。

RHK:『グルーヴィー、レイドバック・アンド・ナスティ』は、僕にとってキャバレー・ヴォルテールのアルバムのなかではお気に入りにはならなかったね。ホントに多くが外部からの影響でキャブスのサウンドが薄まってしまった。しかしながらマーシャル・ジェファーソンや当時のシカゴのハウス・ミュージックのパイオニアたちと一緒に出来たのは素晴らしい経験だった。アルバムと一緒に出した5曲入りのいい感じのアナログEPもあったよね。それらはウエスタン・ワークスでミックスされたから、キャバレー・ヴォルテールらしさが出てると思う(*アナログ初回のみに入っていた『グルーヴィー、レイドバック・アンド・ナスティEP』のこと)。

ちなみにレイヴ・カルチャーのことはどのように受け止めていたのでしょう。

RHK:レイヴ・カルチャーはその初期は面白かったけど、すぐに商業的になってしまったよね。

また、『グルーヴィー、レイドバック・アンド・ナスティ』(90)までキャブスがフォン・スタジオを使わなかったことや、〈ワープ〉から別名義でのリリースはあってもキャブス名義のアルバムをリリースしていないことも不思議に思います。『プラスティシティ』(92)や『インターナショナル・ランゲージ』(93)は〈ワープ〉のカラーにもピッタリ合っていたと思うのですが。

RHK:実はちょっとだけ『グルーヴィー、レイドバック・アンド・ナスティ』のときにフォン・スタジオを使ってるんだよね。「ザ・カラーEP」は当初〈ワープ〉からリリースの予定だったんだけど、結局自分らのレーベルからリリースすることになって、『プラスティシティ』や『インターナショナル・ランゲージ』も同様だった。これらのアルバムは当時からホントすごいアルバムだったし、その時代にたくさん出てた〈ワープ〉の作品とも相性が良かったと思うよ。

DJパロットとのスウィート・エクスソシストはどのようないきさつではじめたのですか?

RHK:パロットのことは、80年代半ばのシェフィールドのクラブシーンで知ったんだ。ウエスタン・ワークスに彼を誘って、僕がやっていた初期ハウス・ミュージックのトラックをいくつか手伝ってもらってたんだよね。そのちょっと後、彼がファンキー・ワームをはじめて、そのプロジェクトを終えてから、僕に「テストーン」を一緒に作らないかと誘ってきたんだ。その前、1986年に僕がキャバレー・ヴォルテールのライヴで彼にDJをやってくれるように頼んでたりもしたし。

「ヤッシャー」(83)や「ジャスト・ファッシネイション」を20年後にリミックスしているのは、やはり愛着がある曲だったからですか? リミックスがジ・オール・シーイング・アイ(=DJパロット)というのはわかりますけど、オルター・イーゴにリミックスさせるというアイディアはどこから? ジョン・ロビー同様、オルター・イーゴもあまりいいリミックスには思えませんでしたが……

RHK:オルター・イーゴのリミックスは〈ノヴァミュート〉からの提案だったんだ。僕はいいと思うけどね、(オリジナルとは)全く違うものだし。

同じく自分でリミックスを手掛けていた「Man From Basra Rmx」というのはイラク戦争と何か関係があるんですか? 

RHK:それはその通り。それにこの曲はプリンス・アラーとタッパ・ズッキー(*ともにルーツ・レゲエのアーティスト)による「Man From Bosrah」にも掛けてたんだ。僕は本当に、イラク戦争や大切な古代遺跡の破壊には反対していた。目的もなしに、それも誤った情報のもとに行われたんだよね。結局大量破壊兵器なんて見つからなかったし、イラクはいまや以前よりもっと危険なところになってしまった。

キャブスのスリーヴのデザイナーは、ネヴィル・ブロディ、ポール・ホワイト、デザイナー・リパブリックと一流どころが揃っていますけど、個人的にいちばん好きなデザイン・ワークはどれですか?

RHK:とくに好きなものはないね。しかし『#8385』(*今回、再発された3枚のアルバムを収録したボックス・セット)の新しいデザインはなかなかいいんじゃないかな。

いま、現在、ライヴァルだと思うミュージシャンは誰ですか?

RHK:ライヴァルはいないよ。

キャブスの活動停止後、30以上の名義を使って活動されていますが、その理由について教えて下さい。

RHK:過去にとらわれることなくオリジナルな音楽を作って行くためにやったことさ。

最後に、キャブスの再活動についてお話いただけますか?

RHK:キャバレー・ヴォルテールは“再活動”はできない。何故なら、いままでいちども活動をやめたわけではないからだ。つまり、メンバーが去って行っただけさ。クリス・ワトソンが1981年に脱退し、ステフェン・マリンダーが1993に脱退した。いまでは僕がただひとりのメンバーで、もっと多くのライヴやレコーディングもこれからやっていくと思うけど、懐かしい曲はやらないつもり。すべては新しいものになると思う。
 是非日本でもまたライヴしたいね。1982年の東京、大阪、京都でのキャバレー・ヴォルテールのライヴはすごくいい想い出でいっぱいで、それにライヴ音源を収録したんだ。結局そのライヴ・アルバムのミックスでその後3週間も東京にいることになったけど(笑)。

*日本でのライヴを収録した『ハ!』はマスター紛失のため、91年にミュートから再発されたものは、いわゆるアナログ起こしだったりする。ちなみにツバキハウスでライヴを終えたキャブスはその後、六本木のクライマックスに現れ、ナンパしまくりだったと(その時、DJをやっていた)メジャー・フォースの工藤さんが教えてくれた。そりゃあ、いい想い出でいっぱ……(後略)

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世界はまたノー・エイジ! - ele-king

 2000年代末のLAのD.I.Y.なアート・シーンに起こったことを知りたいなら、「シットゲイズ」と呼ばれた感性がこの時期のガレージ・サウンドをいかに輝かせたのか確かめたいなら(そう、ゴミが妙な価値転倒によってではなくただキラキラと光ってみえた)、ノー・エイジの『ノウンズ』(2008年)を聴くしかない。いったいどちらをニュースにすればよいものやら......『ノウンズ』再発か、それとも新譜リリースか、ノー・エイジがまた動き出す!

 彼らの活動拠点であるロサンゼルスのアート・スペース〈ザ・スメル〉や、ディーンが運営する〈ポスト・プレゼント・ミディアム〉は、当時のLAのアンダーグラウンドなシーンを支え、ブルックリンのアーティなインディ・シーンにまったく引けをとらなかった。エイヴ・ヴィゴーダやミカ・ミコやラッキー・ドラゴンズ、シルク・フラワーズやハイ・プレイシズ、〈ザ・スメル〉であればギャング・ギャング・ダンスやミランダ・ジュライまでを繋げる一大アンダー・グラウンド・サークルである。

 音ばかりでなくアートワークもわすれがたい。『ノウンズ』のパッケージは、グラミー賞にて「Best Recording Packaging」部門にノミネートされたものだし、前作の『エヴリシング・イン・ビトウィーン』は、フォールドアウトのミニポスターが貼り付けられた特殊な紙ジャケット仕様。今回ももちろん特殊仕様だから、ダウンロードするよりも実際にパッケージを買うことをおすすめしたい。

 多数のライヴをこなす彼らだが、全米各地のアート・ギャラリーで演奏することも多い。2009年にはニューヨーク近代美術館(MoMA)でパフォーマンスを行っており、このことはラフでノイジーなガレージ・サウンドがアーティな佇まいを宿すことを端的に示している。

 さあ、今作は? 新曲"カモン・スティムング"(C'mon Stimmung)のストリーミングが開始された。フル・アルバムまで時間ありすぎ! 1曲じゃ我慢できないけど、聴いてみよう。



■新譜リリースだ!

オブジェクト
発売日: 8月7日(水) 日本先行発売(US:8/20)
定価: スペシャル・プライス 2,200円(税込) 
品番: TRCP-123
JAN: 4571260582132
特殊パッケージ仕様
ボーナス・トラック収録

トラックリスト:
1. No Ground
2. I Won't Be Your Generator
3. C'mon, Stimmung (リード・トラック)
4. Defected
5. An Impression
6. Lock Box
7. Running From A-Go-Go
8. My Hands, Birch and Steel
9. Circling With Dizzy
10. A Ceiling Dreams of A Floor
11. Commerce, Comment, Commence
+ボーナス・トラック収録

All songs written by No Age
All songs produced, recorded,and mixed by F. Bermudez
and No Age at Gaucho's Electronics.
Isaac Takeuchi plays cello on"An Impression"
Designed and packaged by Brian Roettinger with No Age

(p) & © 2013 Sub Pop Records

バイオグラフィー:
ロサンゼルスのインディー・ロックの聖地として現代版CBGBとも言えるユース・アート・スペース、ザ・スメル(The Smell)。そのThe Smellを拠点DIY精神に貫かれた活動を続けるバンドが、ディーン・スパント(ドラムス&ヴォーカル)とランディー・ランドール(ギター)によるノー・エイジである。英ファット・キャット・レコーズからリリースされ好評を博したシングル・コンピレーション・アルバム『Weirdo Rippers』に続くセカンド・アルバムである『Nouns』をサブ・ポップから2008年春に発表。米ピッチフォークでは9.2と破格の評価を獲得、同サイトの年間アルバム・チャート3位にも選出された。更にSPIN、ROLLING STONE、NMEなど有名主要メディアでも軒並み高評価を得て、2008年の "ロックの新しい音" を代表する1枚となった。レディオヘッドのメンバーやコーネリアスがノー・エイジのTシャツを着用するなど、話題に事欠かない。

彼らは、2005年に前身バンドのワイヴズで登場し、やがてノー・エイジとしての活動を始めると、LAのDIYなアート・パンク・シーンを守る存在として世界的に知られるようになった。その中心地点が、ザ・スメル(TheSmell)であることはいまや有名な話だが、それは、アートと生活もしくは音楽と生活がひとつになって、クリエイティヴな運動やアティチュードを喚起し、世界中の同じような考えを持ったパンク・ミュージシャンやアーティストの豊かな表現の場となったクラブハウスである。

彼らの2007年のデビュー・アルバム『ウィアード・リッパーズ』(FatCat Records)のリリースに始まり、サブ・ポップからの『ナウンズ』(2008年)、『エヴリシング・イン・ビトウィーン』(2010年)を経て今に至るまで、ノー・エイジは、ピッチフォークからザ・ニューヨーカー誌(2007年11月19日の記事「Let It Up」)まで、驚くほど幅広い筋から熱狂的な評価を得てきたし、グラミー賞にノミネートもされた(アルバム『ナウンズ』のアートワークに対して2008年の「Best Recording Packaging」部門)。
ノー・エイジは汗まみれの地下室でのライヴやアート・ギャラリーでのパフォーマンスから、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の壁を爆音で揺らしたり、地元や海外の別を問わず、型にはまらない様々な場所で演奏したりするようにまでなった。

https://www.subpop.com/artists/no_age
https://noagela.org/
https://trafficjpn.com


■2000年代のマスターピース 再発決定!

ノウンズ / Nouns
発売日: 8月7日 (水) 
スペシャル・プライス: 1,800円(税込) 
品番: TRCP-124
JAN: 4571260582163
ボーナス・トラック収録




interview with Still Corners (Greg Hughes) - ele-king


Still Corners
Strange Pleasures

Sub Pop / Traffic

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 跳ねない。それがスティル・コーナーズのひとつの特徴だ。リズム、旋律、パフォーマンス、そして心も。急激な動きを嫌うように、テッサのウィスパー・ヴォイスはリヴァービーに烟るグレッグの音の底へとゆっくり沈んでいく。この感覚をどこかで知っているなと思う。気怠く、物憂く、蘭の匂いが立ち込めている――

 スティル・コーナーズの音楽は、ステレオラブやブロードキャストなどによく比較されているが、そこにサウンド・キャリアーズやコットン・ジョーンズ、ビーチ・ハウスなどを補助線として引くと、彼らのなかのコズミックな感覚やクラウトロック志向のわきに、スモール・タウン・ミュージック的な、フォーキーで温もりあるUSインディ・ポップの系譜、そしてそれらをつなぐように新旧のシューゲイズ・バンドの姿などが浮かび上がってくる。さらに当人らが影響源だとあかすジョルジオ・モロダーを加えれば、ばっちりとスティル・コーナーズの肖像が立ち上がるだろう。成熟と耽美と、わずかな瑞々しさからなるドリーミー・ディスコ・ポップ。〈メキシカン・サマー〉も〈4AD〉も、エメラルズも〈イタリアンズ・ドゥ・イット・ベター〉も存在する後期2000年代の座標軸の上で、彼らの音はにぶく輝いている。現実を離って遠くへ行くための、しかし人肌の記憶は捨てきれないというような、「誰ぞ彼」=たそがれ時の青い時間が立ち上がってくる。

 2011年、ロンドンで活動するこの4人組は『クリーチャーズ・オブ・アン・アワー』というフル・アルバムでデビューした。そのころのビビッドな存在感は、時とトレンドの推移とともに少しくすんだようにも思える。だが、セカンド・アルバムとなる今作『ストレンジ・プレジャーズ』では、グッと作家性を上げてきた。詞の上質なヤンデレ感もより強度を増し、サウンドはリッチに、クリアに。もともと持っていた世界観をよく磨いている。文脈や時代性に依らず純粋に作品を眺めるならば、間違いなく本作のほうがいい。傍目には地味な変化かもしれないが、艶の出た各楽曲をわれわれは長く愛でていくことができるだろう。

"ベルリン・ラヴァーズ"なんか5分くらいで作って、テッサと僕なんかその曲を作り終わったら部屋中でダンスしはじめちゃったりしたんだからね!(グレッグ・ヒューズ)

『ファイヤーファイルズ』(シングル)のアート・ワークはまさに60'sのサイケデリック・バンドの諸作品を彷彿とさせるものでしたが、音の方はというとレトロなシンセ・ポップやインダストリアル的ですらあるビートが参照されていて、前作と今作の特徴や差異をくっきりとあぶり出すように思いました。実際のところ、このシングルはどんな作品だと認識していますか?

グレッグ:数年前にスコット・キャンベルに会ったんだけど、僕らは彼の作品に一発で惚れ込んじゃって、それから僕らのカヴァーをやってもらいはじめたんだ。彼にこの曲を送って「ここから感じるものを表現して!」って言ったんだよ。思うに、この歌のカラフルなヴァイブスをうまく捉えてるよね。
"ファイヤーファイルズ"はこのアルバムの他の曲と同様に前作『クリーチャーズ・オヴ・アワー』以降に書いた曲なんだけど、以前のものよりポップで視野が広がった感じで、でもみんなで話しあったりして狙って作ったものじゃないんだよ。そんな感じにはしたくなかったし、自然に生まれてきたまんまだね。

とてもリズム・コンシャスなアルバムだと感じました。しかし、ダンス・アルバムにしたという意識はありました?

グレッグ:そうだね、僕らは踊るのが好きだし、僕がいきなりいろんなビート素材をたくさん作って、そこから曲を作ったりするんだ。"ベルリン・ラヴァーズ"なんか5分くらいで作って、テッサと僕なんかその曲を作り終わったら部屋中でダンスしはじめちゃったりしたんだからね!

ゲート・リヴァーブのようなエフェクトをめいっぱい効かせたりと、80'sっぽいサウンドを参照するのはなぜなのでしょう?

グレッグ:好きなリヴァーブを使ってるってだけだと思うよ。べつにそれが特別なサウンドだと思わないし、好きで選んでるからそれについての理由なんて考えたりもしないし。実際にアルバムで使ってるリヴァーブは、すべてサウンド的に厚みのあるプレート・リバーブだね。僕的にはほんとに全部、リヴァーブだらけにしちゃいたいくらいだから、今回それにかなり近い感じにできたね。

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僕らのサウンドは「ドリーミー」というよりは「ムーディー」と言った方が正確かもしれない。「ドリーミー」って僕的にいうとソフトでやんわりとした感じ、ほかにもチルアウト的な意味合いが強いし。(グレッグ・ヒューズ)


Still Corners
Strange Pleasures

Sub Pop / Traffic

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今作も男女の恋愛関係が繊細な感覚でシネマティックに描かれています。ですが前作が手に入らない愛を求めるような作品だったとすれば、今作は愛を失うことをおそれる作品という対称があるように思われました。あなたがたの場合、詞作は音に大きく影響を及ぼしたりするのですか?

グレッグ:素晴らしい質問だね! 前作は手の届かない愛について、今作は愛を失いたくない思い、どちらの解釈も正しいよ。メロディと歌詞は相互に絡み合ってお互いを映し出し、聴く人々を惹きつける輝きを放ちながら、雰囲気やヴァイブスをいっしょになって作り出していくものだと思ってる。

"ビギニング・トゥ・ブルー"という曲がありますが、あなたがたの音はまさに「ブルー」ではなく「ビギニング・トゥ・ブルー」だと思います。ご自身たちではどう感じますか?

グレッグ:僕にとってこの歌は、現在の関係性が以前のものとはまったく違うことを悟ってしまう瞬間みたいなものを歌ったもので、それってかなり哀しい感じだよね。だから僕は今回「ブルー」を「ブルーになる」という意味で使ったんだ。たぶんこれはマイルス・デイヴィスの『カインド・オブ・ブルー』からとったんだと思う。マイルスが自分のレコードにどんなタイトルをつけるか悩んでたときにバンド・メンバーのひとりが「ブルーっぽい(kind of blue)感じのサウンドだよね」と言ったって話を読んで、メランコリックな雰囲気がそのアルバムには漂ってるし、その表現は間違いないって思ったよ。

今作のコンセプトやモチーフは自然に生まれてきたものなのですか? 今作までのあいだにとくにハマっていた音楽や作品などがあれば教えてください。

グレッグ:「コンセプトを持ってない」ってことがこのアルバムのコンセプトかな。その方がアルバムが楽しくなるし。僕がまず曲を上げてテッサがそれに手を入れたり歌を被せたりしながら、メンバーで新しいアイデアがないかを出し合うんだ。よさげなアイデアを誰かが出したらそれをもうちょっと詰めてく、みたいな。もしかしたら今回はいつもよりちょっとだけ荘厳な感じを目指したのかもしれないね。

リヴァービーな音作りはあなたがたの音楽性の重要な部分を占めていますが、それはドリーミーと呼ばれるゆえんでもあると思います。どのくらい「ドリーミー」ということを意識されていますか?

グレッグ:僕らのサウンドは「ドリーミー」というよりは「ムーディー」と言った方が正確かもしれない。「ドリーミー」って僕的にいうとソフトでやんわりとした感じ、ほかにもチルアウト的な意味合いが強いし。僕らの曲みんながそんな感じだとは思ってないけど。もちろん、僕が曲を書いたからってその曲のことをいちばん知ってるってわけじゃないしね。

ステレオラブやブロードキャスト、またビーチ・ハウスらと比較されるのはどのように感じますか?

グレッグ:それはすごいね、どのバンドもすごく好きだよ。それに加えてカン、ジョルジオ・モロダー、それにモリコーネなんかもそのなかにいれてもらえたら、ね。

テッサには何かロール・モデルとなるような歌い手がいますか?

テッサ:ジョニ・ミッチェル、エリザベス・フレイザーそれにケイト・ブッシュはもうずっと好きだわ。

マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの新作はどう思いましたか?

テッサ:すごく好きだよ。前作につづいて素晴らしいよね!

DUM-DUM PARTY'2012 ~夏の黄金比~ - ele-king

じつは都心から意外と近いという噂の河口湖。
全天候型の開放感あるライヴ空間で、

ザ・ヴァセリンズ、相対性理論、小山田圭吾 を堪能...... !!

伝説たちを生け捕りにしよう。

緑とヴァセリンズ、
富士急線と相対性理論、
初夏と小山田圭吾。

オープニングを飾るのはベル・アンド・セバスチャンのリード・ギター、スティーヴィー・ジャクソン!

来場者全員に永井博イラスト使用の特典が用意されていたり、期間中は富士急線一定区間においてやくしまるえつこ氏の特別アナウンス(!)が流れるなど、お祭り気分を盛り上げる仕掛けもたっぷりだ。

湖畔はグラスゴーに変わる。
いい季節がめぐってきている!

【DUM-DUM PARTY'2012 ~夏の黄金比~】
Curated by OFFICE GLASGOW&DUM-DUM LLP

●イベント特設サイト:https://party.dum-dum.tv/

●ARTIST
The Vaselines / 相対性理論
Guest: 小山田圭吾(コーネリアス)
Opening: Stevie Jackson(Belle & Sebastian)(追加)

●日時:
7月1日(日)
OPEN 16:00 START 17:00 ※20時~21時頃の終演を予定

●会場
〒401-0301
河口湖ステラシアター 大ホール(野外)
山梨県南都留郡富士河口湖町船津5577
TEL:0555-72-5588   FAX:0555-72-5578
https://www.stellartheater.jp/

●TICKET
¥6,900 全席指定taxin
※3才以上有料1drink別
※KIDS割引あり(高校生以下、学生証提示で¥2,000 キャッシュバック。高円寺DUM-DUM OFFICEのみの受付)
※永井博イラスト使用の来場者全員特典配布アリ

●チケット一般発売中
チケットぴあ0570-02-9999/LAWSON TICKET 0570-084-003/e+にて
ディスクユニオン、高円寺DUM-DUM OFFICE店頭にて

高円寺DUM-DUM OFFICE店頭発売(平日12:00~18:00) 03-6304-9255
地図等はこちらから! https://dum-dum.tv/blog/

主催:DUM-DUM LLP
企画制作:OFFICE GLASGOW / DUM-DUM LLP
協力:スリー・ディー株式会社/みらいレコーズ/Traffic Inc.


そしてこちらも!

スティーヴィー・ジャクソンもバンド・メンバーで参加!
名盤再現ライブシリーズ『HMV GET BACK SESSION』THE VASELINES「DUM-DUM」LIVE 開催
2012年6月27日(大阪)、6月28・29日(東京)
イベント詳細:https://www.hmv.co.jp/pr/getback3

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