「OM」と一致するもの

Meitei - ele-king

 冥丁の初期の代表作『小町』、2019年にイギリスの〈Métron Records〉からリリースされ、『怪談』(2018)ともに人気作のそのアルバムが、この度初CD化されることになった。また、廃盤となっていたアナログ盤も再プレスされるとのことです。はっきり言って、魅惑的なジャケットです。この機会を逃さないように。

冥丁(Meitei)
小町 (Komachi)

PLANCHA / Métron Records

Cat#: ARTPL-231CD / ARTPL-231LP
Format: CD (初CD化) / LP
Release Date: April 18, 2025
Price: 2,500yen + tax (CD) / 4,800yen + tax (LP)
試聴: https://metronrecords.bandcamp.com/album/komachi

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“まだ闇の中で眠っている日本の魂を蘇らせたい”

“人々が関心を持たないと物事の存在はなかったことになる”

—— 冥丁

失われた日本のムードに光を当て、国内外で高い評価を得ている広島在住の音楽家、冥丁が2019年にMétron Recordsから発表した傑作アルバム『小町』の初CD化、廃盤となっていたアナログ盤のリイシューが決定。

冥丁は過去の日本が持つ印象に作曲の方向性を見出すことが多く、自分を古風な精神の持ち主だと考えている。このアルバムを制作している時期に彼は最愛の祖母を亡くした。99歳で亡くなった祖母は、伝統的な日本の雰囲気を体験し理解している最後の一人だと彼は考えていた。彼の音楽と芸術の原動力となっているのは、世代が進むごとに日本人の集合意識から消え去っていくと彼が考える時代と美学、つまり「失われた日本のムード」に光を当てたいという願望である。そして本作『小町』は亡き祖母に捧げられたアルバムだ。

心に残る繊細さ、遠く離れた永遠の響きを持つ『小町』は、ホワイト・ノイズ、複雑なフィールド・レコーディング、そして流れる水のヒプノティックな音で溢れている。J-Dillaのように確信に満ちた現代性を持ちながらも、『小町』の系譜は、80年代の日本のアンビエントの先駆者や、90年代の牧歌的なサンプルをベースにしたアーティストである、横田進や竹村延和などのプリズムを通して、浮世絵や雅楽の浮世の世界にまで遡ることできる。

12曲はそれぞれが個別の音のジオラマとして構成されており、懐かしさを喚起するだけでなく、現代日本社会における古いものと新しいものの二律背反を探求するように作られている。この浸透した物語は全体を通して流れ、同様に日本の伝統的な家庭生活に浸透している内省的な静けさに魅了された作家である、川端康成や夏目漱石の作品、そして小津安二郎や宮崎駿の映画を思い起こさせる。

CD:
01. Seto
02. Ike
03. Nami
04. Sento [Pt. II]
05. Kawanabe Kyosai [Pt.II]
06. Chouchin
07. Maboroshi
08. Sento [Pt. I]
09. Myo
10. Kawanabe Kyosai [Pt.I]
11. Shinkai
12. Utano

LP:
A1. Seto
A2. Ike
A3. Nami
A4. Sento [Pt. II]
A5. Kawanabe Kyosai [Pt.II]
A6. Chouchin
B1. Maboroshi
B2. Sento [Pt. I]
B3. Myo
B4. Kawanabe Kyosai [Pt.I]
B5. Shinkai
B6. Utano

「土」の本 - ele-king

地球も、私たちの体も、過去も未来も、
すべて「土」の上に成り立っている!

「土」ってなんだ!? 土の博士がお話しします。

半世紀以上「土」を研究してきた日本の土研究の第一人者、
土壌微生物/農学博士の金澤晋二郎の単著がついに刊行!

●「土」の問題がなぜここまで重要か
●良い「土」と悪い「土」とは何か
●「土」が生活にもたらす影響
●「土」と健康の重要な関係
●日本ではどこの「土」が良いのか
●どうすれば「土」をよくできるか
●江戸時代、どれほどの苦労があって東京で野菜を栽培できる土壌にしたか
●宇宙農業とは何か

写真、イラスト、図表を交えて実践的でわかりやすく解説!

「研究のために土を掘って、研究室に持ち帰って調べてみると、土壌一筋60年の私でさえ毎回驚く発見があります。土は私たちの知らない無限の可能性を秘めた未知の世界です。この土と微生物に魅せられた1人として、生命を支える18センチの土を絶やすことなく、豊かに育んでいくことが私の使命のひとつです」(金澤晋二郎)

四六判/240頁+別丁8頁

[著者プロフィール]
金澤晋二郎
株式会社金澤バイオ所長。土壌微生物学農学博士、中国河南省科学院名誉教授、九州バイオリサーチ研究会会長。1942年北海道小樽市生まれ。東京大学大学院農学系研究科修了。鹿児島大学農学部助教授、九州大学大学院農学研究院教授を経て、2016年に金澤バイオ研究所を設立。日本土壌肥料学会学会賞(1986年)、第13回 国際土壌科学会議(西ドイツ)土壌生物部門最優秀賞(1986年)、愛・地球賞―Global 100 Eco-Tech Awards(1986年)、第13回 微量元素の生物地球化学会議『福岡観光コンベンションビューロー国際会議開催貢献賞』(2017年)など受賞歴多数。

目次

献辞
はじめに
イントロダクション

第一章 「土」の誕生と微生物
第二章 世界の「土」と、日本の「土」
Column 「温故知新」が導く御神木 “海岸黒松” の再生技術
第三章 「森」は生命の源
Column 竹には大きな未来がある
第四章 「土」の薬膳
Column 土ピープル
微生物視点から見る、土と体のつながり/土から育つバラへの思い/植物愛による、生誕土壌再生への挑戦
第五章 土壌研究と緑茶栽培
Column アートで表現する土
第六章 「土」に還すコンポストの可能性
Column 地産地消コンポストシステム
第七章 物質循環、分解のその先へ
第八章 宇宙農業の可能性

おわりに
謝辞
主要な研究と内容

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
amazon
Rakuten ブックス
7net(セブンネットショッピング)
ヨドバシ・ドット・コム
Yahoo!ショッピング
HMV
TOWER RECORDS
紀伊國屋書店
MARUZEN JUNKUDO
e-hon
Honya Club

全国実店舗の在庫状況
紀伊國屋書店
三省堂書店
丸善/ジュンク堂書店/戸田書店、ほか
有隣堂
くまざわ書店
TSUTAYA
大垣書店
未来屋書店/アシーネ

Arthur Russell - ele-king

 アーサー・ラッセルのもっとも有名な作品のひとつ、『World of Echo』(1986)の元になったアイデアが表現されているという、1980年代なかばのふたつの演奏が音盤化されることになった。タイトルは『Open Vocal Phrases, Where Songs Come in And Out & Sketches For World of Echo』。CD/LP2枚組。発売は4月18日です。これは聴きたい!

Arthur Russell
Open Vocal Phrases, Where Songs Come in And Out & Sketches For World of Echo

Rough Trade/ビート

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 ミニマリズム・ドローン音楽の先駆者としても知られる、NY実験音楽の巨匠フィル・ニブロックが、アーサー・ラッセルと共に企画・プロデュースし、Experimental Intermedia(フィルがディレクションを務める、NY拠点の前衛音楽財団)にて録音が行われた本作は、アーサーが1984年に行った『SKETCHES FOR WORLD OF ECHO』と、1985年の『OPEN VOCAL PHRASES WHERE SONGS COME IN AND OUT』と題された、2つのソロ・パフォーマンスが収録されている。この2つのパフォーマンス音源が基盤となり、Battery Soundで録音されたスタジオ音源やヴォーカルと統合されて完成したのが、彼にとって生涯初となるフルレングスのソロ作品として1986年に発表され、現代音楽家としての評価を決定づけた『World of Echo』である。

「とても純粋で澄んだ音色に聴こえ、彼が機材に囲まれてうずくまるように演奏している様子が目に浮かぶ... まさに魔法のようでした。私の記憶では、彼は観客のために演奏していたのではなく、むしろ彼自身の内側で、様々な音の組み合わせを確立しようとしていました。そして、たまたま私たち数人がその場に居合わせたのです。」  トム・リー (アーサーの盟友にして生前最後のパートナー)

 本作に収録される2つのパフォーマンス音源は未編集のまま、2枚組CDと2枚組LPにて、それぞれ内容・タイトル・アートワークが異なる形で2025年4月18日(金)に発売。2枚組CDでは、2020年にカセットとデジタルのみでリリースされ、今回が初のCD化となる『SKETCHES FOR WORLD OF ECHO』と、未発表タイトル曲の「That’s The Very Reason」と「Too Early To Tell」を含む、初リリースの『OPEN VOCAL PHRASES WHERE SONGS COME IN AND OUT』の全パフォーマンスを収録。2枚組LPでは、CDと同じく初リリースの『OPEN VOCAL PHRASES WHERE SONGS COME IN AND OUT』全パフォーマンスが、Side1からSide3までに収録され、Side4では、『SKETCHES FOR WORLD OF ECHO』のパフォーマンスから「Changing Forest」と「Sunlit Water」を収録。
 CD、LP共にフルカラーのインサートと、アーサー・ラッセルのアーカイブを数多く手掛ける〈Audika Records〉の創設者、スティーブ・クヌーソンによるライナーノーツが封入され、さらに国内仕様盤CDと帯付仕様LPには、別途日本語解説書が封入される。

The Murder Capital - ele-king

 ザ・マーダー・キャピタルの音楽はとにかく不仕合せだ。
 資本主義の終わりより世界の終わりを想像する方がたやすいこの世界で、「殺人資本」もしくは「殺人の都」(注)と直訳できる不穏なアーティスト名のバンドが作る音楽は、何かもの悲しかったり、どこか敗北の雰囲気が漂っている。幸福にはなれないとわかっている。しかし、これはけっして絶望や虚無といった類の音楽ではない。喪失と再生の間で、血を流すように歌い、美しく闘うザ・マーダー・キャピタルの傷だらけで誠実な音楽が私は好きで堪らない。

 ザ・マーダー・キャピタルの概略を説明すると、彼らは2018年にアイルランド・ダブリンで結成された5人組のバンドで、1stアルバム『When I Have Fears』を2019年にリリースし、2ndアルバム『Gigi’s Recovery』を2023年にリリースした。やはり例のごとくポスト・パンク・バンドだとカテゴライズされることが多いが、2ndアルバム『Gigi’s Recovery』リリース時には「ポスト・パンクというレッテルには飽きてきた」と語り、同時代のバンド郡の一派として語られることを避け、メンバー5人が作るオリジナルで唯一無二なバンドであることを強調している。たしかに2ndアルバム『Gigi’s Recovery』で見せた新境地は、1stアルバム『When I Have Fears』で特徴的だった硬質な音の応酬は後退したものの、レディオヘッドを彷彿とさせるような複雑で洗練としたビート、甘美性と神秘性を引き立てるフィードバック・ノイズ、出口の見えない世界で一掴みの希望の砂を掬い取るようなメロディアスなラインetc……それは間違いなく彼らのオリジナリティとして孤高な異彩を放つ傑作となった。

 そして、3rdアルバム『Blindness』が2025年2月にリリースされた。『Gigi’s Recovery』の制作時は、徹底的にデモを録り長い時間をかけて制作を進めた一方で、今作では、意図的に事前のデモを一切作らずに臨んだという。その話を聞き、本作には関係ないが、2010年代後半以降のUKロックの復権に大きく影響を与えた〈Speedy Wunderground〉のダン・キャリーが『So Young』のインタヴュー(『So Young Magazine Issue 22』)で「誰かと一緒にレコードを作ると決めたら、最初の段階はとても自由で創造的に進むけれど、行ったり来たりのやりとりがそれを台なしにしてしまう」と述べていたことを思い出した。
 つまり、『Blindness』は湧き起こる本能をベースに制作したレコードだ。今作のオープニング・ナンバーであり、大胆な挑戦を意味する言葉でもある “Moonshoot” の痙攣するほど破壊衝動に満ちたサウンドによる幕開けはそのモードの一面を象徴しているが、もちろんこれは単なる原点回帰というわけではない。バンドのこれまでの進化の過程で、過度な装飾の代わりに、新たな初期衝動を掴んだようなフレッシュさと表現の豊かさがこの作品にはある。冒険心をくすぐるように軽妙に奏でられる “A Distant Life”、マス・ロック調で躍動感が魅力な “Death Of A Giant” はこれまでの彼らのトラックリストにはなかった曲調で、作品に新鮮な空気を送り込み、ジェイムズ・マクガヴァン(ヴォーカル)が「バンドの中で最も誇りに思う楽曲かもしれない」と語る6分を超える “Love of Country” では、安らかな音色のなかで、愛国心が右翼的なレトリックとして使用され、人間同士の憎しみを呼ぶものになっていることの警告を示唆しては作品全体の緊張感を引き上げている(なお、“Love of Country” はシングル曲としてもBandcampで7インチ・レコード/デジタル・ダウンロードでリリースされ、その収益の全てをMedical Aid for Palestineに寄付すると発表しているのもこのバンドの姿勢を示したものである)。
 そして、ザ・マーダー・キャピタルのストロング・ポイントが「強い音」であることを信じて疑わないが、それを最大限に引き立てている静寂さや厳粛さの使い方も一層と巧みさを増した。例えば、先行曲としてもエントリーされた “The Fall” を聴けば、静謐な歌い出しの後に、叫びにも聴こえるギター・サウンドに圧倒される。曲のピークをサビではなく、インスト部分のギター・サウンドに託したとも言えるスリリングな音は、斧のように重く、稲妻のように鋭い。キャリアを重ねてさらに凄みを増した「強い音」を充分に感じ取ることができるであろう。

 キャリア全般でのこのバンドのもうひとつの特徴はジェイムズ・マクガヴァンの詩的で生々しいヴォーカル・ワーク。緊張感に満ちた彼の告白は、デカダンスな世界観でアグレッシヴに状況打破を試みることもあれば、メランコリックに寄り添って安らぎを見出そうとすることもあるが、痛みをつねに伴うがゆえに聴き手の耳や心のかすり傷を強く惹きつける。

 とにかく、ザ・マーダー・キャピタルを聴こう。同じくダブリン出身のフォンテインズ・D.C.がみんなのヒーローであるならば、ザ・マーダー・キャピタルはあなたにとっての救世主になる。崖の淵から、這い上がるためのカタルシスへと導いてくれる。

注) 実際のアーティスト名は、ジェイムズ・マクガヴァンの友人であり詩人のポール・カラン(Paul Curran)の死に対して、世間的には自殺とされてしまう一方で、アイルランドでの精神疾患に対するサポート不足が彼を死に追いやったと感じたことが由来している。

第二回 ボブ・ディランは苦悩しない - ele-king

『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』

監督:ジェームズ・マンゴールド『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』『フォード vs フェラーリ』
出演:ティモシー・シャラメ、エドワード・ノートン、エル・ファニング、モニカ・バルバロ、ボイド・ホルブルック、ダン・フォグラー、ノーバート・レオ・バッツ、スクート・マクネイリー
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
北米公開:2024年12月25日
原題:A COMPLETE UNKNOWN
©2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
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 小学生の頃、親に連れられて、ガロの解散コンサートを観に行った。 “一枚の楽譜” という曲が好きでそれを楽しみにしていたのだけれど、当日はそれよりも “学生街の喫茶店” という曲が一番受けていた。客席の雰囲気というものを初めて経験し、大人たちにとってはガロといえば “学生街の喫茶店” なんだと理解できたものの、シャープでスピーディーな “一枚の楽譜” と違って “学生街の喫茶店” は童謡みたいで小学生の僕にはあまりぴんとこなかった。ところが「片隅で聴いていた ボブ・ディラン」という歌詞が頭に残り、「ボブ・ディランというのは誰なんだろう」という疑問がその後もついて回るようになった。ボブだから人の名前だよなと思い、文脈からして音楽家だろうとは思ったけれど、クラシックなのかポップスなのか、それ以上は見当もつかなかった。ボブ・ディランの曲を初めて耳にしたのは高校に入ってからで、ラジオから不意に流れてきた “Hurricane” のダミ声が心に残り、少し考えてから( “Hurricane” を収録した)『Desire』を買ってみた。モザンビークの独立だとか神話上の人物と結婚するとか、自分にとっては目新しい題材の歌詞が多く興味深くはあったけれど、音楽的にはあまり惹かれず、それ以上の興味は持てなかった。スペシャルズが “Maggie's Farm” を、XTCが “All Along the Watchtower” をカヴァーしていたり、デヴィッド・アレンが “Death of Rock” でロックの歴史を振り返りながらボブ・ディランだけ3回も名前を連呼するほど特別扱いしていなければ本当にそれ以上の興味は持たなかったかもしれない(RCサクセションの “いい事ばかりはありゃしない” が “Oh, Sister” を参考にしているとは、その頃はまるで気がつかなかった)。パンクやニューウェイヴがデザインのセンスを一新してしまったことも大きく、『Desire』に続いてリリースされた『Street Legal』のデザインがダサ過ぎて、それもまた興味が膨らまなかった一因だった。

 『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』はボブ・ディランのデビューからニューポート・フォーク・フェスティバルで大ブーイングを浴びるまでを扱った作品。監督は『フォードvsフェラーリ』や『LOGAN/ローガン』のジェームズ・マンゴールド。『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』でがジョニー・キャッシュとジューン・カーターの激しいラヴ・ストーリーを主軸に置いたのと同様、ここでもマンゴールドはボブ・ディランとスージー・ロトロによるラヴ・ストーリーに大きな比重を置いている(中絶というエピソードを避けたかったのか、スージー・ロトロはシルヴィ・ルッソという名前に変えられている)。ボブ・ディランを演じたティモシー・シャラメはまるでボブ・ディランそのもの……と絶賛したいところだけれど、どのシーンをとってもボブ・ディランの気持ちが伝わって来ないため、中盤をすぎても挫折のないサクセス・ストーリーにはなかなか引き込まれず、シャラメの顔がマーク・アーモンドに似ていることもあって、個人的には「ポール・アトレイデに続いてボブ・ディランを演じているティモシー・シャラメ」という認知バイアスから最後まで脱却できなかった。ボブ・ディランの熱心なファンであればおそらく……ボブ・ディランそっくりに見えたのだろう。シャラメの歌は完成度が高くて説得力もあり、トム・ヒドルトンのハンク・ウィリアムズは超えたかも。

 ウィノナ・ライダーの人気が凋落するきっかけとなった『17歳のカルテ』や、前述した諸作でもマンゴールド作品のオープニングはたいてい主人公が自動車に乗っているシーンから始まる。『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』もディランがバスに乗ってニューヨークに向かうところから始まる(『3時10分、決断のとき』や『ナイト&デイ』などもちろんそうではない作品もある)。『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」はバスがすでに刑務所の前に止められていてジョニー・キャッシュの演奏は始まっているものの、誰かが自動車でどこかへ向かうと物語が動き出すという構造は共通していて、バスを降りたボブ・ディランが「目的地を通り過ぎているよ」と言われるのはその後の彼の人生をうまく言い表した言葉にもなっている。ニュージャージーまで引き返したところでディランは病室のウッディ・ガスリーと見舞いに来ていたピート・シーガーと出会い、デビューへの足がかりが開けていく。ピート・シーガーを演じたエドワード・ノートンは柔和な老け顔が実に板についていて、キャリア初期に多重人格や密売人や奇術師などエキセントリックな悪役ばかりやっていたことがウソのよう。

 一方、エル・ファニング演じるシルヴィ・ルッソは活動家ではなく画家という設定に変えられ、存在感がやや薄められている。セカンド・アルバム『The Freewheelin' Bob Dylan』のジャケットでディランと身を寄せ合っているスージー・ロトロはディランにランボーやブレヒトのことを教えるなどディランの作詞に大きな影響を与えたとされているにもかかわらず、その辺りはほとんど触れられていない。ルッソはなんとも飾り気がなく、60年代から70年代にかけて珍しくなかった女性のライフ・スタイルを上手く再現していて(いま同じ格好をするとノーメイク、ノーブラの「干物女」と呼ばれてしまう)、ディランとの同棲生活も甘ったるいムードが欠如しているところはなんともそれらしい。ルッソはフォーク復興運動の拠点となっていた教会で初めてボブ・ディランと出会う。運命的な出会いに意味を持たせるシーンにもかかわらず、このシークエンスだけが黒人たちを音楽文化の主体として描いたシーンでもあり、ギリギリのところでホワイト・ウォッシュになることが回避されている。リトル・リチャードについてボブ・ディランが言及したり、ラジオでブルース・マンと即興でセッションするなどディランの音楽には黒人文化の影響があったという描写もなかったわけではないけれど、それ以上にニューポート・フォーク・フェスティバルの会場は白人たちで埋め尽くされ、グルーピーもマネージャーもプロデューサーもすべて白人で、音楽業界は白人だらけ、悪くいえば教会でテープに録った黒人たちの伝統音楽を白人が奪って白人の文化につくり直しているプロセスが「フォーク復興運動」に見えてしまう作品なのである。それこそポール・グリフィンがいなければディランのバック・バンドも白人だらけで目も当てられなかったかもしれない(これも途中から入ってきたアル・クーパーにいいところは持って行かれてしまう)。そういえばピート・シーガーの妻が日本人だったことは僕は知らなかった。そういう意味ではアジア系のプレゼンスは示されていた。

 どのシーンをとってもボブ・ディランの気持ちがまったくわからないのとは対照的にルッソの戸惑いや悲しみはダイレクトに伝わってくる。ルッソと名前を変えている時点で彼女の存在はフィクションであり、ボブ・ディランが苦悩したり、喜怒哀楽を一度も示すことがないのは故意に演出されたことで、他人から影響を受ける場面は意図的に消し去られているのだろう。ルッソにディランが依存している場面がぜんぜんない上に、どの場面でもディランが天才的に振る舞い、なにひとつ失敗がないので、ルッソの問いに答えてディランが自分を神様だと思っていると話す場面では思わず「カニエ・ウエストか!」とつっこんでしまった(監督のカットがかかってからエル・ファニングとティモシー・シャラメが爆笑したと思いたい)。スージ・ロトロとボブ・ディランの関係はちなみにフィリップ・K・ディックとクレオ・アポストロリデエス(『アルべマス」のレイチェルなど)が「共産主義の影響下で行動する女性とそれを受けて思索する男性」という組み合わせだったことを思い出させる(公民権運動にコミットしたディランに対してディックは執筆活動を中止してベトナム反戦にのめり込む)。

 ボブ・ディランの描き方はどこかで見た覚えがあると思ったら日本のTVドラマによく出てくる男性たちの振る舞いだと思った。多くを語らず、独りよがりで、自分を周囲に合わせる気がまるでない。ディランだからそれが許されるというレイアウトに従って、ルッソ同様、中盤以降はジョーン・バエズ(モニカ・バルバロ)もピート・シーガーも気持ちいいほどディランに振り回され、周囲が傷心を余儀なくされる場面の連続となっていく。ディランにとって恩人であるはずのピート・シーガーがここまで雑巾のように扱われるとは思わなかったけれど、エドワード・ノートンの表情があまりに情けなく、それはブラッド・ピット演じるタイラー・ダーデンにノートン演じる「僕」が翻弄される『ファイト・クラブ』の役柄と重なってしまうほどであった。そう、『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』を観て『ファイト・クラブ』を思い出すとは思わなかったけれど、『ファイト・クラブ』というのは70年代に爆破活動を繰り返したテロ組織、ウェザーマンが90年代の「僕」に強迫観念として取りつく作品で、「ウェザーマン(天気予報士)」という組織名はボブ・ディランの “Subterranean Homesick Blues” から「どっちに風が吹くか、それを知るのに天気予報士は必要ない(You don't need a weather man to know which way the wind blows)に由来すると思えば、それもまた妙な符号に思えてくる。

 ディランにとっては人よりも作品が優先なのである。表現がすべてに優先される。(以下、ネタバレというか解釈)ディランが何を考えているのかわからない。ディランの気持ちがまったく理解できないからこそ、ニューポート・フォーク・フェスティバルでディランが楽器をエレクトリックに持ち替えたことがどれだけのショックだったかということがこの作品を通じて追体験できる。少なくとも僕はそうだった。ディランの考えや気持ちが手に取るようにわかっていたら、きっとそうはいかなかっただろう。あるいはその後の歴史を知っているということがその場で起きることをストレートには直観させてくれなかったのではないだろうか。そういう意味ではディランについてなにがしかのことがわかっている人の方がこの映画は楽しめなかったはずで、自分がフェスの会場にいたらどう感じたのか、ボブ・ディランがポップ・ミュージックの歴史を書き換えたという認識は存在していなかった空間でディランの側に立つことはそれだけでもう失敗であり、ディランの行動を不可解なものとして感じさせるように冒頭から仕掛けてきた意味がなくなってしまったことだろう。僕はディランが楽器をエレクトリックに持ち替えたシーンが最初はとても暴力的に感じられ、「なんで!」と不快な気分になりかけた。監督が意図したほど「客や主催者を怒らせることで爽快な気分になる」ことはなく、しかし、曲が進むに連れて「わからないけど面白い!」という感情が湧き上がってきた。出演者でディランの暴挙を止めるどころか、背中を押したのがジョニー・キャッシュ(ボイド・ホルブルック)で、彼がディランをどう思っていたのか、そこはもっと描かれていてもよかったと思う。キャッシュを無法者として描く場面はあっても、彼がフォーク・フェスティバルでエレクトリックをよしとする根拠は説明不足だし、後にはデペッシュ・モードまでカヴァーする彼のモダンさがディランに影響したのか、しなかったのか、エレクトリックへの持ち替えをクライマックスとするなら、そこはもう少し描くべきではなかったかと(ちなみにジョニー・キャッシュがカヴァーした “Personal Jesus” はニナ・ハーゲンもカントリー・ソウル風にカヴァー)。

 『名もなき者』の原題は「A COMPLETE UNKNOWN」で、これを「まったくの無名」という意味で『名もなき者』という邦題にしたのだろう。しかし、作品を通して観ると「無名時代」と呼べるのは冒頭の数分だけで、ディランはすぐにもスターダムを駆け上がり、物語の大半は無名どころかディラン本人さえ知名度に振り回され、辟易とするシーンの方が長い。なので、「A COMPLETE UNKNOWN」は知名度を表すのではなく、まったく意味がわからないもの、それこそ「UNKNOWN」を教科書通りに「未知」と訳した方がいいのではないだろうか。「まるで意味不明」あるいは「お手上げ」とか、ディランを理解不能なものとして表現しているタイトルだと考えた方がしっくりくるのではないだろうか。境界性人格障害を扱った『17歳のカルテ』でリサ・ロウ(アンジェリーナ・ジョリー)がどうして暴力的に振舞うのか、あるいはアメ車がイタ車に戦いを挑む『フォードvsフェラーリ』でキャロル・シェルビー(マット・デイモン)やケン・マイルズ(クリスチャン・ベール)がなぜそうまでスピードを出すことにこだわるのかさっぱりわからなかったように、意味不明な行動をする人間にマンゴールドは魅力を感じ、その磁場に観客も引きずり込んでいく。それこそ「THE」ではなく「A」なので、ディラン個人のことでさえないのかもしれないし、こういった人たちはわけがわからないからこそ語る価値があるというような。無茶な人たちがこの世界を前に進めていく。多様性を突き詰めたサーカスを始める『グレイテスト・ショーマン』しかり、考えようによっては『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』は、あからさまに「MAKE AMERICA GREAT」な『フォードvsフェラーリ』の流れを受けてトランプ時代を情緒的に肯定する作品だともいえる(両作は同じ60年代前半が舞台)。*3月5日付記--ショーン・ベイカー監督『レッド・ロケット』はトランプ時代の再来を批評的に予見した作品で、トランプが焦点化しない低所得層に光を当て続けたベイカーの新作『アノーラ』が『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』を抑えてアカデミー作品賞をとったのはなかなかに示唆的。

 僕がこれまでに観た数少ない音楽映画のなかで最も感心したのはグレン・グールドのドキュメンタリー映画『天才ピアニストの愛と孤独』だった。この作品だけがグールドは何者かという結論を出していない作品で、エピソードを並べれば並べるほどグールドという人が何者なのかわからなくなり、時に赤塚不二夫に見えたり、それもまた一面でしかなく、つくり手がもはや「わかりません!」と降参しているつくり方なのである。でも、そうなんだろうと思う。グレン・グールドとかボブ・ディランが何者であるかなんてそう簡単にわかるわけがなく、いくらでもわかった風な結論を与えて音楽映画というものはつくられがちである。『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』という作品はそういうつくり方はしていない。この作品は60年代前半のディランを語り尽くされたドラマとして再現しなかったことが快挙であり、ディランが頭を抱えて苦悩するシーンが1秒もないことを楽しむべきなのである。(2024年2月22日記)

R.I.P. Roy Ayers - ele-king

 クラブ・ミュージックを聴く者にとってジャズ・ミュージシャンと聞いて真っ先に思い浮かぶのは、マイルス・デイヴィスでもジョン・コルトレーンでもなく、ロイ・エアーズだろう。それほどロイ・エアーズはクラブ・ミュージックと切っても切れないほど縁が深く、愛されてきたミュージシャンである。そんなロイ・エアーズが去る3月4日に亡くなった。長い闘病生活の末にニューヨークで家族に看取られて亡くなったそうで、享年84歳。2019年にブルーノートでライヴをおこなったのが最後の来日公演となったが、そのときは78歳ながら元気な姿を見せてくれていた。また、2020年にはエイドリアン・ヤングとアリ・シャヒード・ムハマドの『Jazz Is Dead』に参加し、その後も長く続くプロジェクトのきっかけにもなっていた。こうして現役の第一線で活躍していた彼がいつ頃から闘病生活を送っていたのかはよくわからないが、80歳くらいまでヴァイタリティに満ちた音楽生活を送れたのは彼にとって幸せなことだったろう。長く、そして濃密な音楽人生だった。

 ロイ・エアーズは1940年9月10日にロサンゼルスで生まれた。5歳のときにジャズ・ヴィブラフォンの祖であるライオネル・ハンプトンからマレットをプレゼントされ、ジャズ・ヴァイブ奏者の道を志す。1963年にピアニストのジャック・ウィルソンのグループでレコーディングをスタートし、そこでヴィブラフォン演奏の土台を築く。当時の西海岸はウェスト・コースト・ジャズの全盛期で、そうした中で自身のデビュー・アルバムとなる『West Coast Vibes』も同年にリリース。ジャック・ウィルソンが全面協力したこのアルバムは、“Out Of Sight” や “Ricardo’s Dilemma” という素晴らしいモーダル・ジャズを収録する。後年のユビキティ時代とは異なるロイのクールな魅力が詰まったアルバムだ。
 その後ニューヨークに移住し、フルート奏者のハービー・マンのバンドに加入。そして、マンが契約する〈アトランティック〉から1967年にリーダー・アルバムの『Virgo Vibes』を発表。チャールズ・トリヴァー、ジョー・ヘンダーソン、レジー・ワークマンらが参加したこのアルバムは、モードや新主流派といった1960年代のメインストリーム・ジャズの流れを汲むもので、こうした路線でハービー・ハンコック、ロン・カーターらと共演した『Stoned Soul Picnic』(1968年)、『Daddy Bug』(1969年)をリリースしていく。また、マンのグループで初来日した折、マン監修のもとカルテット編成で日本録音となるアルバムも発表している(ロイは日本のレコード会社と縁が深く、ユビキティ時代にも日本盤オンリーの『Live At The Montreux Jazz Festival』をリリースしている)。

 こうして正統的なジャズの道を進んできたロイだが、〈ポリドール〉へ移籍した1970年にジャズ・ファンクへ方向転換した『Ubiquity』をリリース。以後、このアルバムからグループ名をとったユビキティを率い、『He’s Coming』(1972年)、『Virgo Red』(1973年)、『Red Black & Green』(1973年)、『Change Up The Groove』(1974年)などをリリースしていく。ユビキティの屋台骨を担ったのは鍵盤奏者でアレンジャーのハリー・ウィテカーで、後にブラック・ルネッサンスのプロジェクトを興したことでも知られる人物だ。ほかにもフィリップ・ウー、エドウィン・バードソング、フスト・アルマリオ、ジェイムズ・メイソンなど多くのミュージシャンが参加し、またアルバムによってディー・ディー・ブリッジウォーター、シルヴィア・ストリップリンらのシンガーも擁していて、ロイは彼らをまとめるトータル・プロデューサー的な立ち位置であった。ユビキティではヴィブラフォン以外に鍵盤も演奏し、歌も歌うロイだが、自分が前面に出るよりもこうした仲間のミュージシャンたちをサポートし、バンド全体で音を聴かせる方向性を持っていた。

 モス・デフやケンドリック・ラマーらのサンプリング・ソースとして有名な『He’s Coming』の“We Live In Brooklyn Baby”に代表されるように、ユビキティ初期は硬質でアブストラクトなムードの漂う作品が印象的だったが、1975年の『A Tear To Smile』あたりからはグルーヴ感に富むダンサブルな楽曲が増えていく。ちなみにこのアルバムに収録された “2000 Black” は4ヒーローのディーゴがレーベル名にしたほどで、後世のアーティストにロイがいかに多大な影響を与えていたかを示している。
 一方、『Mystic Voyage』(1975年)や『Everybody Loves The Sunshine』(1976年)にはメロディアスでゆったりとしたミドル~スロー・テンポの曲があり、後にメロウ・グルーヴと称される。時代的にはディスコが始まった頃で、ロイはいちはやくそうした要素を取り入れるなど、時代を読む嗅覚にも長けていた。ユビキティ最終作となった『Lifeline』(1977年)の “Running Away” はガラージ・クラシックでハウス系DJのバイブルでもあるし(同時にア・トライブ・コールド・クエストやコモンらのサンプリング・ソースとしても有名)、ソロ名義の『You Send Me』(1978年)の “Can’t You See Me” や “Get On Up, Get On Down”、『Fever』(1979年)の “Love Will Bring Us Back Together” はブギー・クラシックとして、後年になっても長く聴かれ繋がれる。
 『Let’s Do It』(1978年)の“Sweet Tears”(『He’s Coming』収録曲の再演)は後にニューヨリカン・ソウルで自身も参加してカヴァーする。マスターズ・アット・ワークとは縁が深く、『Feeling Good』(1982年)の “Our Time Is Coming” も後年に彼らとコラボしてセルフ・カヴァーしている。ヒップホップ、ハウス、クラブ・ジャズ、レア・グルーヴなど、あらゆる方向のDJやクラブ・ミュージック・ラヴァーからリスペクトされたロイ・エアーズである。

1960年代、1970年代、1980年代と時代によって音楽性を変化させたロイだが、それは好奇心や探求心が旺盛だったことの表れでもある。1979年にアフリカ・ツアーをした際に前座を務めたフェラ・クティと意気投合し、『Music Of Many Colors』を制作する。1981年に『Africa, Center Of The World』をリリースするが、これはフェラ・クティとボブ・マーリーに捧げたもの。1983年の『Lots Of Love』収録の “Black Family” もフェラ・クティとの共演からインスパイアされたもので、アフロビートにラップ調のヴォーカルを乗せたスタイルという具合に、アフロビートやレゲエを柔軟に取り入れた時代もあった。

 ロイの功績としては、自身のレーベルある〈ウノ・メロディック〉を運営し、自分の作品以外にも様々なアーティストを世に送り出したことも挙げられる。シルヴィア・ストリップリン、エイティーズ・レディーズ、フスト・アルマリオ、エセル・ビティらが〈ウノ・メロディック〉出身で、“Daylight” やロイの “Everybody Loves The Sunshine” のカヴァーで知られるランプも彼のプロデュースによるものだ。後輩や後進に対して広く道筋を付けてくれたアーティストであり、前述のニューヨリカン・ソウル(マスターズ・アット・ワーク)やエイドリアン・ヤング&アリ・シャヒード・ムハマドとのコラボなどはその表れと言える。日本においてもクロマニョンが “Midnight Magic” という曲で共演するなど、ロイをリスペクトして共演やコラボする例は世界中に広がった。ロイはそうした申し出を快く引き受けてくれる懐の深い人物であり、多くの人から愛されたミュージシャンだった。

つねに思い出そうとする
ただ楽しい時間を過ごすことを
パンダ・ベア “Comfy in Nautica”

 海に向かって彼女が手を振っている。逆光で陰になっているが、その表情は微笑んでいるに違いない。ザ・ビーチ・ボーイズの“グッド・ヴァイブレーション”は、58年後のいま聴いても、驚くべきほど革命的なポップ・ソングであることがわかるのだから、当時としてはそうとうな衝撃だったことだろう。プロダクションにおける実験性もさることながら、ポップ界のチャーリー・ブラウンことブライアン・ウィルソンのユートピア的な思いが、もはや海、夏、サーフィン、車、女の子たち……といった10代の男子が思い描くその範疇にはおさまらない、より高次な、宇宙規模での愛らしきものとしても脈打っていると、そんなたわごとも言いたくなる。ザ・ビートルズからクラフトワーク、山下達郎からジーザス&メリー・チェイン、多くの音楽家を打ちのめしてきたのもむべなるかなである。

 ノア・レノックス、パンダ・ベアの名で知られるアメリカはバルチモア出身で、ポルトガルはリスボン在住のミュージシャンも、子供で純粋、という意味ではインディ界のチャーリー・ブラウンだったのかもしれないが、ネヴァーランドの住人ではなかった。大人になることを受け入れて、それを宣言したような曲も発表している(“My Girl”という曲である)。彼はまたウィルソンと同様、サイケデリアの扉を開けたひとりではあって、しかしウィルソンと違ってその部屋から出ていったようには思えない。レノックスはいまでもそこにいて音楽を作っている。大人になったいまも、そして離婚を経験したいまも。

 アニマル・コレクティヴとの出会い方にはふた通りの回路があった。ひとつの回路は、90年代からずっと、グランジのハイプに惑わされずに、オルタナ・カントリーをはじめ、USアンダーグラウンドで活況を見せていたインディ・ロックをしつこく追いかけていた連中である。
 もうひとつは、このバンドを世に広めた〈ファット・キャット〉経由だ。もともとは、90年代前半はコヴェント・ガーデンの外れの地下に店を構えるレコード店で、当初はロンドンにおけるデトロイト・テクノの拠点のような品揃えだった。〈Warp〉がまだレイヴに片足を突っ込んでいたころ、無名時代のAFXやB12のような音源は、この小さな店が中心となってプロモートした(そしてこの時代、ぼくは幸運にも「おまえここに住んでいると思っていたよ」と間違われたくらいに通った)。
 90年代後半、その目利きを活かしてレーベル事業をはじめた〈ファット・キャット〉は、ポスト・レイヴ時代における先導者のひとつとなって、ブレイクコア、ポスト・ロック、IDM、グリッチ……といった細分化されたアンダーグラウンドにおける起点となるような作品をいくつもリリースしている。そして、やがてはポスト・クラシカルでひと山当てるこのレーベルが先鞭を付けたのが、アニマル・コレクティヴであり、ヴァシュティ・バニヤンといった、当時としては新鮮に思えた「フォーキー」なサウンドだった。ぼくはこの流れでアニマル・コレクティヴを知り、聴いて、好きになったひとりである。
 好きになった最大の理由はその音響的な新鮮さにあったが、そこからくみ取れるポスト・レイヴのサイケデリアにおける喜びと、そして悲しみに心動かされもした。『キャンプファイア・ソングス』(2003)——あの酔っぱらった、いかれたフォーク・ソングが大好きだった。商業化されたレイヴよりも友人とキャンプに行ってたき火をしながら歌う方がたしかに楽しい。だが、しかし、その先に何があるというのか……それでもぼくは、ニュー・レイヴではなくこちらを選んだことにまったく迷いはなかった。

 そう、それでブライアン・ウィルソンが1966年に制作しながら幻となった『スマイル』の2004年版を、発売から数年後に聴いて「お、なんかアニマル・コレクティヴみたいじゃん」と思ったのだが、いやいや、周知のようにレノックスがザ・ビーチ・ボーイズに影響されているのである。とはいえ、レノックスが取り入れたウィルソン風のメロディラインとハーモニーには、ウィルソンが影響を受けたザ・フォー・フレッシュメン(50年代に人気を博した男性ヴォーカル・カルテット)のような透明感はない。初期はローファイで、賛美歌めいてもいたし、なんか違うのだ。チャック・ベリーからの影響を波乗りの感覚へと変換したグルーヴもない。が、その代わりと言ってはなんだが、キング・タビーやハリー・ムンディ(メロウなダブの達人)をはじめとする70年代ジャマイカの音響職人たちからの影響をレノックスなりの水中遊泳へと変換したかのような奇妙なウィアードダブ・サウンドがあった。
 〈ドミノ〉に移籍してからのアニマル・コレクティヴ/パンダ・ベアを特徴づけるのは、ソフト・トリップなサイケデリアの工作室とそのポップな展開だが、それは果たして手段としてのサイケデリアか目的としてのそれか、どちらなのだろうかと。ウィルソンにとってのそれが手段であったことは、“ゴッド・オンリー・ノウズ”のような曲で聴ける我が身を引き裂くほどの愛を聴けばわかるが、レノックスにとってのそれも、ユートピストとしての彼のヴィジョンを描くための手段である、とぼくは思っている。
 レノックスは、ザ・ビーチ・ボーイズの1965年の有名な歌詞のラインをそのまま音楽制作において実行しているかのようだ——つまり、“She Knows Me Too Well” で歌われる「ときには愛を伝えるのに、ぼくは奇妙ウィアードな方法をとってしまう」と。その奇妙さウィアードが彼のサイケデリアであって、だが、しかしその本質はレノックスが『パーソン・ピッチ』(2007)で歌っていることなのだろう、すなわち「つねに思い出そうとするんだ/ただ、楽しい時間を過ごすことを」と。

 もっとも彼は言葉のひとではない。じっさい昔のインタヴューで、歌詞やメロディよりもまずは土台となるサウンドを優先して作っていると話している。ソニック・ブームとの共作もそうだが、『パーソン・ピッチ』(2007)における水中めいた音響──サーフ音楽とダブ&テクノの融合、忘れてもらっては困るがここにはウラディスラヴ・ディレイら北欧ダブ・ミニマリズムからの影響も含まれている。『メリウェザー・ポスト・パビリオン』(2008)の冒頭における轟音とエーテル状のゆらめき、もちろん『トムボーイ』(2011)や『ブーイ』(2019)においてもそうだ。彼の奇妙なウィアード音響アイデアの具現化は、音響工作によるサイケデリアと説明できるだろう。
 『トムボーイ』の歌詞においてサーフボードを人生に喩えたように、レノックスの作品ごとのサイケデリアはその描き方であって、結果として描かれたものは、総じて温かく愛らしいものに溢れている。愛がなければ生きる価値はないと言わんばかりの1966年のウィルソンとパラレルな関係にあると言えるかもしれないが、そこには男子が夢見る夏も車も女の子もいない。そして、アッパーにはならず、かといってダウナーにもならない。 “My Girl” によれば、「欲しいものはあまりない。ゆるぎない魂と血と、小さな娘と伴侶と、生活できる住処が欲しいだけ」なのだ。

 「サイケデリック治療で奇跡的な結果が得られる人は多いのだから、探求する価値のある行為であることは間違いないね」と、レノックスはあるインタヴューで答えている。人生の暗い側面を追求した(我が愛しき)80年代のUKインディーズ——「ぼくが欲しいものはぼくが決して得られないもの。それは信頼できる恋人とベッド」——とは対照的に、パンダ・ベアの音楽はたとえ「幸せについての悲しい歌」であったとしても、人生を前進させようとする温さから離れない。その微笑みにイラつくことがないかと言えば、ぶっちゃけたところあるにはあるのだが、レノックスの柔らかさがいまもまだ欠如しているとしたら、この音楽は反時代的で、46歳になっても初心を忘れずにあらたな音響アイデアをひねり出していることにはあらためて敬意を表したいと思う次第である。
 新作『シニスター・グリフト』、「不吉な詐欺」なるタイトルのニュー・アルバムは、既述したように彼が「伴侶」と別れてからの作品で、人生の悲しみのなかで制作されているはずだが、またしてもここでブライアン・ウィルソン流の歌メロを引っ張り出している……そればかりか、アルバムを音響アイデア満載のポップス集としてまとめあげている。早い話、これまでのキャリアにおいて、もっともグルーヴィーなポップ・ソングと呼びうるもののレパートリーを披露しているのだ。人生の悲しみをポップスで乗り越える、うん、それはそれでひとつの哲学じゃないか。
 「ぼくの心は壊れる前に折れる」——アルバム冒頭の曲のこの痛々しい言葉は、60年代風の軽快なビートとメロディで中和され、その浮ついた曲調に少々面を食らうが、「小さな娘」をフィーチャーしたトロピカルな2曲目“Anywhere but Here”の陽光とダブの音響工作による心地良きゆるさにはまったく逆らえない自分がいる(『フロウ・モーション』期のカンのようだ)。同じことがペダル・スティールを効果的に使った“50mg”、ザ・ビートルズめいたキャッチーなサイケデリア“Ends Meet”にも言えるだろう。ぼくが思うに、前半の4曲はほとんど完璧な展開だ。
 後半のはじまり、レゲエのリズムを応用した“Just as Well”も悪くはないが、続く“Ferry Lady”におけるダブのアイデアが秀逸で、未練がましい歌詞とは裏腹のリー・ペリーめいた遊び心は、これまでもレノックスのソロ作ではたびたび顔を出しているとはいえ、その突出した成果だと言える。
 徒労感を露呈する歌詞とサウンドの“Venom's In”以降の2曲──“Left in the Cold”と“Elegy for Noah Lou”は、前半の明るさとは対極の冷たい洞窟で、しかし2003年あたりからレノックスの音楽を聴いているファンにしたら、俺たちのパンダ・ベアが帰ってきたと思うかもしれない魅惑的な曲でもある。ことにアルバムでもっとも長尺の後者は、あの素晴らしき『サング・トングス』における冬の冷たさのアンビエンスにリンクしているのではないかと。シンディ・リーが参加したクローザーの“Defense”は、『ピッチフォーク』の読者のためにあるわけではないだろうが(両者とも同メディアがフックアップした)、キラキラしたギターと力強いリズムをもったこの曲を聴いてからふたたび冒頭の“Praise”を聴いてみると、世界は違って見えるから不思議だ。

 ぼくがいちばん最初に好きになったアニマル・コレクティヴの曲は、“The Softest Voice(もっともソフトな声)”である。昔、たまにDJをやっていた頃、クラブでこの曲をかけたらいっきにフロアからひとがいなくなったことがある。「もう家に帰って、パジャマを着てベッドに入ろう」、クラバーたちはそう言われた気分になったのかもしれない。ノア・レノックスが20年以上ものあいだサイケデリック・ポップなるものを追求し、拡張させ、そこに新しいアイデアを放り込んでは忘れがたい作品を複数枚作ってきたことはじゅうぶん称賛に値する。ハードであることをぼくは決して嫌悪しているわけではないけれど、ハード・ロックの時代にソフト・ロックが軽んじられたように、ソフトなものはつねにハードなものに押しつぶされそうになる。サーフ・ポップをダブと接続することで切り開かれたサイケデリアは、じつはソフトなものにこそまだやれることがあるんだと言わんばかりに、我々の耳を楽しませ、心をざわめかせる。ノア・レノックスが暮らすリスボンは、ベルリンでは生活費が高くて住めないというボヘミアンたちが集まっている街である。美しい海もある。さあ、みんなで手を振ろう。

【蛇足】
パンダ・ベアのキャリアにおいて例外的な作品はふたつある。911直後に制作された『ダンス・マナテー』(2001)、そしてレノックスの父親の死が大きな影響をおよぼしている『ヤング・プレイヤー』(2004)だ。後者はファンのあいだでは人気作だが、ぼくは彼の作品で唯一ダークな前者もまったく嫌いではない。

new book - ele-king

 批評家にしてビートメイカー、そしてMCでもある吉田雅史の新しい単著、『アンビバレント・ヒップホップ』が本日3月7日、ゲンロンより刊行される。アメリカだけでなく日本のラッパーについても紙幅が費やされているが、各章のタイトルを眺めてみると「フロウ」「ビート」といった音楽的なテーマはもちろん、「リアル」「オーセンティシティ」「風景」といった興味深い切り口も用意されている。ヒップホップやそれをとりまく状況について考えたいとき、いろいろとヒントになってくれそうな本だ。電子批評誌『ゲンロンβ』での連載をもとにしつつも、大部分が書き下ろしという気合いの入った1冊。ぜひ手にとってみよう。

吉田雅史
アンビバレント・ヒップホップ

ゲンロン
四六判並製/424頁

特設ページ
https://webgenron.com/articles/ambivalent-hiphop

Shinichiro Watanabe - ele-king

 昨年からお伝えしてきた渡辺信一郎監督による最新作『LAZARUS ラザロ』、カマシ・ワシントン、ボノボ、フローティング・ポインツという豪華な面子が音楽を手がけたことでも話題の同作だが、ついに放送開始日が決定している。4月6日(日)夜11時45分からテレ東系にて放送スタート、ほか各配信プラットフォームでも見られるとのこと。新たなヴィデオも公開されているのでチェックしておきましょう。3月7日(金)には新宿バルト9にて先行上映会が、3月15日(土)には第1話の無料先行上映会がアニメイト店舗で実施されるそうで、詳しくは公式サイトをチェック(https://lazarus.aniplex.co.jp)。
 なお、これを機にわれわれエレキングも特集号『別冊ele-king 『LAZARUS ラザロ』と渡辺信一郎の世界』を準備中です。お楽しみに!

Marta de Pascalis - ele-king

 マルタ・デ・パスカリスはベルリン在住のイタリア人コンポーザー/サウンド・デザイナー/シンセサイザー奏者だ。これまで《Berlin Atonal》や《Mutek》といったフェス、カフェ・オトなどでパフォーマンスをおこなってきた彼女は、『Quitratue』(2014)、『Anzar』(2016)、『Her Core』(2018)、『Sonus Ruinae』(2020)とコンスタントに作品も発表、なかでもカテリーナ・バルビエリ主宰の〈Light Years〉から送り出された最新作『Sky Flesh』(2023)は評判となり、日本でも多くのレコード店でソールドアウトになっているという。そんな彼女による来日公演ツアーが開催中です(巡業先は新潟、名古屋、加西、京都、大阪、東京)。お近くの方は足を運んでみよう。

【ツアースケジュール】
3月2日(日) 東京 落合 Soup
 イベント名//Electronication in Japan

 共演//SNH + Ayami Suzuki + Kyosuke Terada(VJ),Kurando, natsuehitsuji, Geoff Matters dj: Inqapool
3月8日(土) 新潟 ビュー福島潟
 イベント名//experimental rooms #47
 共演//福島麗秋山 + 福島諭 DJ: Jacob D. Fabregas
3月13日(木) 名古屋 Duct
 イベント名// Ante-nnA
 共演//KAMAGEN, Ek dui tin char, CazU-23 DJ: Ohasyyy VJ Yum
3月15日(土) 加西 Tobira Records
イベント名// in store show case vol.62
 共演//Perila, Computer Station, Daniel Majer, Kochou no Yume dj: Kaoru, nishihiroshi, RAlooE
3月17日(月) 京都 UrBANGUILD
 共演//立石雷、Krikor Kouchian dj: KJ Trypta
3月20日(木) 大阪 Environment 0g
 イベント名//Aural Execution for Argument
 共演//Ryo Murakami, 黒岩あすか + foreign.f + Dagdrøm, Vesparium Role dj: Zodiak, Junya Hirano
3月21日(金) 京都 外
 イベント名//Marina di Jodoji
 共演//Kazumichi Komatsu, Vís, 1729
3月26日(水) 東京 Forestlimit
 イベント名/ /K/A/T/O Massacre
 共演//TBA

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