「OM」と一致するもの

私、VINYLVERSEの開発チームに所属しています。このアプリ、まだベータ版ですので、少々わかりづらい部分も多いかと思います。皆様にうまく使っていただけるよう、ここで簡単に紹介させていただきます。

VINYLVERSEは、レコード好きのために作られた音楽アプリです。このアプリには大きく分けて2 つの主要な機能があって、初めて使うとちょっと複雑に感じるかもしれません。
でも慣れてくるとすごく楽しくなります(自分で使っていてそう思います)。
今回はその楽しい部分の中心である「ギャラリー機能」をピックアップしてご紹介します。
(※もう1つの大きな機能であるPHYGITAL VINYL(NFTとレコードを融合した技術)の管理はまた別の機会に紹介いたします!)

ギャラリー機能について

ギャラリー機能はとてもシンプルです。自身の所有するレコードをアプリ上でコレクションとして整理・閲覧することができます。

レコードの追加方法

1.アプリ下段の中央にあるブルーのボタンを押すとカメラが起動します。

2.レコードジャケットを撮影すると、外部データベースから該当レコードのデータが自動的に取得され、アプリに表⽰されます。

3.表示されたレコード情報にある「マイギャラリーに追加」をタップすれば、自分のギャラリーに保存されます。

■ここで注意点!!

・現在、画像検索機能の改良を進めております。そのため、⼀部の画像検索がうまく機能しない場合があります。今すぐ活用できるのはテキスト検索です。

・検索窓にレコードのタイトルや品番を入力すると該当レコードが表示されるので、タップしてギャラリーに追加してください。
※なかなか出てこない場合は、正式な名称や品番をネットで検索してコピペしてください。


マスターとバージョンについて

ギャラリーに追加できるのはバージョンのみです。レコードには複数のバージョンが存在し、それらを束ねているのがマスターです。所有するレコードの該当バージョンを選んでギャラリーに追加してください。

ギャラリーを作り上げよう

1枚ずつレコードをギャラリーに追加していき、自分だけのコレクションを完成させましょう。 50枚ほど揃うと、なかなか見応えのあるギャラリーが作れますよ。

他のユーザーのギャラリーを見る

VINYLVERSEでは、他のユーザーをフォローし、そのギャラリーを閲覧することができます。現時点では他者の投稿が見れるタイムライン機能は未実装ですが、現在開発中です。

では、どうやって他のユーザーを見つけるのでしょうか?

※裏技(1)ユーザーを探す

1. 検索窓に「A」と入力して検索します。(アルファベット1文字であればOKです)

2. 検索結果の⼀番下に「ユーザー」が表示されるので、「すべて表示」をタップします。

3. 現時点で登録されているすべてのユーザーが表示されます。興味のあるユーザーを見つけてフォローしてみましょう。


VINYLVERSEの使い方を広げよう

基本的にこのアプリは無料で利用できるので、どのボタンを押しても基本的には問題ありません。なのでまずはいろいろな機能を試してください。そのうちの⼀つなのですが、ギャラリーに追加したレコードにはオーナーカードというものがついてきます。

このカードでは以下のような情報を記録できます。
•盤やジャケットの状態
•個人的なメモ(他のユーザーからは閲覧されません)

またデータベースの写真ではなく、自分のレコードの写真をアップしたい方は以下の方法があります。

※裏技(2)自分が所有するジャケット写真を登録可能

1. レコードをタップします。

2. 画面右上にある『・・・』ボタンをタップし「レコードを編集」を選択

3. 「写真をアップロード」を押して撮影、もしくはアルバムから登録された写真を選択→「~カバー写真に保存」を選択してから「保存」をタップ。

他にもさまざまな機能がありますので試してみてください。
今後もさらにアップデートを重ねていく予定です。
(常にアップデートしていますので随時ご確認いただけると幸いです)

先にも書きましたが「ギャラリー機能」はとてもシンプルです。アプリを通じて、自分の好きなレコードを並べているだけですが、これは、自身の趣味性や価値観、さらには音楽との関係性が自然と映し出されるように感じています。この行為自体が⼀種のアートであり、音楽活動であり、自己表現のひとつと言えるのではないでしょうか。自分だけのセレクトで作られた唯⼀無⼆のギャラリーには、並べた瞬間に得られる満足感や、新たな発見が詰まっています。それは、まるで自分自身を再発見する旅のように思います。ぜひ、自分なりの使い方を見つけて、楽しんでください。

VINYLVERSE アプリ

 今年の正月は、例年にないほど惨めなモノだった。年末から身体のだるさは感じていたけれど、まあ、なんとかなるでしょ! と楽観的な姿勢を崩さずやり過ごす算段だった……のだが……元旦の昼過ぎから体調は悪化し、夜に熱を計れば38度。これはやばいと、翌日、開業中の病院を探し行ってはみたものの、待合室に入りきれない30人ほどの患者たちが野戦病院さながら道ばたでうずくまっているではないですか。なすすべなく2時間ほど待って診てもらい、その夜は39度まで上がった。
 というわけで、じつを言うといまもまだ本調子にはほど遠いのです。咳は出るし身体はだるい。体調はいっこうに優れないのでありますが、編集部コバヤシからの情け容赦ないプレッシャーがこうして文字を綴らせている、というわけではありません。正月のあいだずっと寝ていたので、リハビリがてら書いてみようと思う。

 音楽ファンにとってのここ数十年の年末年始の風物といえば、各メディアの「年間ベスト・アルバム」だ。昔と違っていまはネットで多くのメディアのベスト50なりベスト100なりを見ることができるので、ぼくもご多分の漏れず、(『レジデント・アドヴァイザー』と『ミックスマグ』以外の)いろんなメディアのいろんな順位を楽しんでいる。順位を決めるは、それぞれのメディアの考え/姿勢/好みだろうし、それぞれのリストを見ながら聴いていなかった作品を聴いてみたり、順位の意味を読み解いたりするのがぼくには面白かったりする。
 こうした、いろんなメディアのいろんな年間ベストの時代は、ネットによって1950年代から1990年代まで続いた大衆音楽の生態系が破壊されたことによって現出している(*)。だから当初は、このような状態が良きことなのかどうなのか、正直なところ懐疑的だった。昔なら、日本在住者が『ガーディアン』をチェックすることなどなかった。そして昔なら、『NME』が2年連続で年間アルバムの1位をパブリック・エネミーにしたことは音楽ファンにとってその後何年も語りつがれる大事件だった。1989年にはストーン・ローゼズのデビュー・アルバムではなくデ・ラ・ソウルを1位に選んだことも洞察力に富んだ順位として記憶されている。
 昔は読むメディアも限られていた。順位に対するメディアと読者の緊張感/思い込みに関して言えば、年齢的なこともあったのだろうけれど、いまとは比較にならない。自分が好きなアルバムの順位が低かったりすると、本気で頭にきていたものだったよなぁ……と、そんなことを回想しながら、思いはさらに昔へと飛ぶ。
 ぼくが音楽を好きになったのは、小学4年生以降に夢中になったラジオに原因がある。あの頃──1970年代なかば以降の日本のラジオ放送では「チャート」番組のようなものがいくつかあって、ぼくはそんなものをよく聴き漁っていたのだ。とくに「全米ポップス・チャート」みたいな番組が好きで、お恥ずかしい話だが、中学生になるとノートにその週の順位を記録するようにもなった(*2)。自分にとってはすべてが新しい世界に思えたのだろう。

 そしていま、デジタルな世界におけるいろんなメディアのいろんな年間ベストを、「うーん」、「なるほどなぁ」、「そうかぁ?」、「やっぱりなぁ」、「これは聴いてなかったなぁ」、なんて独り言をつぶやきながら見ているのである。たとえば、 『ピッチフォーク』がシンディ・リーを1位にしたのは予想通りだった。まあ、これはこれでいい。これは同メディアの原点回帰だと解釈している。そんなことよりぼくにとっての問題は、チャーリーだ。多くのメディが賞賛する『brat』だが、そもそもぼくはチャーリーXCXがどうも苦手であることもここに白状しておこう。ポップ・ミュージックにおけるハイブリッド性とその展開、嫌いな話ではない。しかも彼女は、大枠で言えばクラブ系エレクトロニック・ミュージック。それでも『brat』を素直に楽しめないのは、古典的なポップのナルシズムを逆手に取った、PC Music以降のポスト・モダニズムな感性を理解できないからではないと思う。これはもう、単にぼくが年老いているからだ。ぼくのような老兵にはブリトニー・スピアーズのデビュー・アルバムで充分だし、もっと言えば、それをいまさら聴き直したいとも思わない。(しかしなんでもまた近年になってマライア、ブランディ、ブリトニーなのかという話はまたいつか)
 セイント・エティエンヌのメンバーで、音楽ライターであり音楽史研究家でもあるボブ・スタンレーの著書『Let's Do It- The Birth of Pop Music- A History』には、この世界にポップが誕生したときの、じつに象徴的な逸話が紹介されている。

『ニューヨーク・イブニング・ポスト』紙の45歳の批評家ヘンリー・T・フィンクはワーグナーの信奉者であった。彼は大衆音楽やサロン・ソング、あるいは街角での口笛さえも好まなかったが、1900年2月、彼は来るべき世紀について、辛辣ではあるが悲観的な見解を示した。「ある日の午後、裏庭の花に水を撒いていると、通りすがりの少年が、それまで聞いたことのない曲を口笛で吹いた」。フィンクは目を細めてその「不快な下品さ」に顔をしかめながらも、「夏のあいだ、1000回は耳にするだろう」と感じていた。そして、彼の予言は真実を言い当てた。1、2週間も経つと、街中の少年たちがその曲を口笛で吹き、他の男たちは鼻歌で口ずさみ、10人に1人の女性がピアノで弾いていた」。フィンクは「まるで伝染病のようだった」と吐き捨てた。彼が耳にした曲は数か月間は地元でも全国でも避けられないものとなるほど、「ヒット」したのだ。

 そう、かつては自分も外で口笛を吹く少年のひとりとしてロックやパンクを聴き、ハウスやテクノを聴いたのであった。間違っても、「不快な下品さ」に顔をしかめるフィンクではなかった。だがねコバヤシ君、生態系崩壊後において事態はそう単純なものではなくなったのだよ。今日では、笛を吹く少年たちも進化している。細分化もしているし、彼らがいる街角は、昔のようにひとつではない。フィンクのほうも、1900年とは違っていまではずいぶん物わかりが良くなっていることだろう。
 また、ポップであることを拒否した音楽(モダン・ジャズ、ポスト・パンクなど)に惹かれていたりすると、別の情熱も高まったりするものなのだ。自分はポップ・ミュージックから音楽に入った人間だが、ポップでない音楽がどんどん好きになっている。でも、自分がどこから来ているのかはわかっている。だから、こうしていまも21世紀の末裔たちの、いろんなメディアのいろんな順位を気にしているんだと思う。
 平均的に高順位だったアルバムのなかで自分が聴いていなかった1枚に、ジェシカ・プラットの新作がある。サウンド面で言えば聴きやすいメロディックなフォーク・ロックで、ノスタルジックに感じられる。これは否定ではない。シンディ・リーのアルバムにも、60年代のガールズ・グループ、たとえばザ・シュレルズやザ・ジェイネッツなんかを彷彿させるロマンティックな曲がいくつかある。ぼくが昨年好きだったピープル・ライク・アスは、前衛的手法で60年代のこの手の、いわゆるブリル・ビルディング系ポップスをサンプリングして夢の世界を描いていた。ていうことは……なんだぁ、みんな同じようなことを思っていたんだなぁ。ポップの世界では、大人が新しいものに警戒心を抱き、若者が過去を甘美に思うとき、こうしたトレンドがたびたび生まれているのである。
 でも待てよ、そう考えるとチャーリーはどうだろうか? 未来的なのだろうか? いや、彼女こそ、後ろを見ながら前を向いている典型でもある。この、後ろを見ながら前に進むというのは、ポップの世界では何度も繰り返されてきている。既述のストーン・ローゼズのデビュー・アルバムがまさにそれだ。 “アイアム・ザ・リザレクション” は60年代モータウンのリズムとメロディをハウスのテンポに落とし込み、独自の言葉が歌われている。彼らは同郷のハッピー・マンデーズと違ってダンス・シーンとほとんど関係がなかったが、 “フールズ・ゴールド” でボビー・バードの “ホット・パンツ” をループさせたりしているうちに、セカンド・サマー・オブ・ラヴを象徴するバンドになった。そして、それにもかかわらず、当時の『NME』(アシッド・ハウスを大いに扱っていたメディア)は、1989年のベスト・アルバムの1位を、ほとんどすべてにおいて新しかった『3フィート・ハイ&ライジング』に決めたのだった。

 ポップ・ミュージックにおける実験性は、ときに気まぐれだ。遊び心ゆえに形式的な境界線を飛び越える。また、1976年の作品でいみじくもカンが記したように、「偽物」であることは逆説的な「真実」でもある。往々にして「偽物」がおもしろいポップを創出したりもするし、そしてすぐに廃れもする(*3)。ぼくの机のうえのパソコンからは、いまも『brat』が流れている。つい先ほど、すぐにそれに反応した松島君がやって来て、彼の昨年のDJセットでは同アルバムからエディットしたものをかけていることを教えてくれた(なるほど、じゃあ松島君のDJのなかで聴いたら印象が変わるかもね)。ほかにもチャーリーに関して彼は一家言あるみたいだが、彼のマシンガントークの相手をする体力がいまのぼくにはない。ただ、松島君が言うように、同作は良くも悪くも洗練され過ぎてもいる。ぼく的に言えば、ちょっと過去を尊重し過ぎているかな……という話はもうどうでもいい。よしわかった、音楽には時代を知る手がかりがある。2025年は後ろを見ながら前に進めばいいのだな。
 では最後にもういちど確認しておこう。優れたポップ・ソングとは、順位や人気が決めることではない。その曲が、あなたの人生についてより多くを語っているとあなたが思っているかどうか、これがひとつの基準である。古くても新しくてもいい。2025年、そんな曲と出会えたらいいよね。

(2025年1月9日)


(*)
 若者文化が形成され、7インチEPが普及、ラジオがそれを流し、英国で『NME』が創刊されたのが50年代のこと。おおよそ我々がざっくり思うところのポップ・ミュージック業界はその頃にカタチが生まれ、60年代から70年代にかけて成長し、1990年代まで続いた。
 さて、そもそもポップ・ミュージックとは、主観的に使われる言葉ではあるが、ここではまず売るために作られた音楽を指している。つまりセックス・ピストルズもホアン・アトキンスもポップ音楽。だから、スタンレーが言うように地元の酒場で仲間内で歌っている歌はポップにはならない。ポップ・ミュージックとはもちろんポピュラー・ミュージックの略で、スタンレーの長年の研究によれば、この言葉が世に出たのは、1901年の英国の演劇業界紙『The Stage』に掲載された広告においてだった。「マネージャー募集。世界最大の優良図書館であるロンドン音楽貸出図書館にすぐ応募のこと。最新のポップ・ミュージックばかり。アルジャーノン・クラーク経営、ロンドン・ロード18番地、バーンズSW13」。ちなみに1900年当時の英国おける最大のポピュラー・ミュージックといえばミュージック・ホール。歌手と作家、興行主も労働者階級という、大戦前まで栄華をほこった大衆芸術。
 ともかく最初の「ポップ・ミュージック」は、限りある広告スペースに適当すべく短縮された言葉だった。そして、やや遅れてアメリカでは当時の新しい音楽形式、ラグタイムが誕生し、これをもって、より広い社会の枠組みにおけるポップ・ミュージック業界はスタートする。19世紀末に生まれたラグタイムとは、アメリカらしい、もっとも古いブラック・ポップ・ミュージックで、つまりビートがあり、シンコペーションがあった。たちまち踊り出したくなるようなミニマルな音楽で、とくにルールはなく、楽譜を必要としなかった。ラグタイムのピアノが弾けたら女性にもてたし、スコット・ジョプリンという売れっ子もいた。当初は安酒場や売春宿といったアンダーグラウンドでしか聴けなかったが、それがスタジオで録音され、最終的にはシェラック盤(78回転の10インチ)になる。ティン・パン・アレーはラグタイムを簡素化し、注文に応じて大量生産されるポピュラー音楽としてこのスタイルをさらに売った。そしてその人気の高まりにおいて、こりゃまあ、たんなる騒音、穀物倉庫の音楽だな、などという批判も噴出した。
 こんな話を書いていると、ブロンクスでヒップホップ、シカゴでハウスが生まれていったことと、最近ではジュークが生まれていったことと同じようなことが120年前には起きていたんだなぁとしみじみと思う。決定的な違いは、1900年当時の世界にはまだ「若者」という概念も存在もなかったことだ。「英国では15歳も50歳も同じように土曜の夜に給料をはたいて同じ演目を観に同じミュージック・ホールに通っていた」とスタンレーは書いている。世界史に「若者文化」が登場するのは、第二次大戦後のことである。

(*2)
 ぼくがラジオ少年としてチャート番組を聴いていた70年代なかば以降は、あとから考えてみると、悲しいかな、アメリカの売れ線ポップスのほとんどが低調だった時代と一致している。たとえば、ドゥービー・ブラザーズにジョン・デンバー、リンダ・ロンシュタット(オリジナルより遙かに気迫を欠いた “ヒートウェイヴ”) 、イーグルス(富裕ヒッピーの憂鬱)……70年代ポップスの発信地としての西海岸(通称ローレル・キャニオン)衰退期におけるカントリー・ポップ、じゃあ英国はどうだったかと言えば、ベイ・シティ・ローラーズにクイーン……、デイヴィッド・ボウイの『ロウ』を好きになるにはあと数年必要だったし、ドナ・サマーを楽しむには若すぎた。70年代なかばの、たとえばスタイリスティックスの “愛がすべて”やスリー・ディグリーズ の “天使のささやき” ような素晴らしいポップスとぼくが出会うのは、ずっと先の話になる。というわけで、AMラジオの深夜放送で聞いたRCサクセションのほうがよほどがつんときたし、ローレル・キャニオン系末期の感覚にうんざりしたぼくが、たとえばニール・ヤングの『トゥナイツ・ザ・ナイト』のようなアルバムと出会うには、オルタナ・カントリーの回路が必要だった。とはいえ、1978年以降、つまりパンク以降のニューウェイヴの時代にはたくさんの優れたポップ・チューンが生まれている。しかしその頃にはぼくはもうラジオ少年ではなかった。

(*3)
 歴史を振り返れば、たとえばブームタウン・ラッツやポリスのような、リアルタイムでは人気も評価もあったバンドが、いつしか時間のなかでほとんど愛されなくなっていくという事例や、ザ・KLFの一連のヒット曲のように瞬発力こそ凄かったが数年後には飽きられていった曲も少なくない。それとは対照的に、売れてはいたけれど評価はされていなかった曲が、いつしか時間のなかで評価を高めていった事例も、ほとんどのディスコ・ミュージックをはじめ数多くある。

interview with Shuya Okino & Joe Armon-Jones - ele-king

ジョージ・デュークとかハービー・ハンコックとか、ロニー・リストン・スミスとかハリー・ウィテカーとか、キーボーディストが好きなんですけど、そういったレジェンドたちと比べてもジョーのコードのチョイスはすごくいい。(沖野)

 これはもはやジャズではなくルーツ・レゲエそのものではないか──ジョー・アーモン・ジョーンズの最新シングルをチェックしたリスナーの多くはおそらく面食らったにちがいない。
 大胆にアフロビートやラテン音楽などをとりいれる雑食的スタイルで10年代後半以降のUKジャズを牽引してきたグループのひと組、エズラ・コレクティヴ。その鍵盤奏者であり、ソロ・アーティストとしても確固たる地位を築きあげているのがジョー・アーモン・ジョーンズだ。UKらしいというか、おなじトゥモロウズ・ウォリアーズで学んだヌバイア・ガルシア同様、音楽的冒険を厭わない彼の射程にももともとレゲエ/ダブが含まれており、その影響は当初から作品に反映されてきた。
 しかしここまでストレートなルーツ・サウンドに舵を切るとだれが予想できただろう。12月6日にリリースされた「Sorrow」によくあらわれているように、2024年にジョーンズが自身のレーベルから送り出した3枚の12インチ・シリーズは、どれもこれまで以上に深くダブに傾斜している。ただ、さりげなく3枚ともB面にローズ・ピアノ・ヴァージョンが収められている点は見過ごせない。それらのヴァージョンからは、通常異なる文脈にあると思われている音楽との接点を探ろうと果敢に奮闘する、ひとりのジャズ・ミュージシャンの姿が浮かび上がってくるからだ。
 そんなジョー・アーモン・ジョーンズのことをかねてより高く評価してきたのがKYOTO JAZZ MASSIVEの沖野修也である。2024年にデビュー30周年を迎えた沖野は、これまでKYOTO JAZZ MASSIVEがカヴァーしてきた曲を集めたコンピレイション『KJM COVERS』を12月4日にリリースしている。彼らがどんな音楽からインスパイアされてきたのか俯瞰できるありがたい1枚だが、ブギーからブロークンビーツまで横断するその軽やかな身ぶりは、ジョー・アーモン・ジョーンズの越境性と共通するところかもしれない。
 そんなわけで、ほぼおなじタイミングで最新タイトルを発表したふたり、昨秋来日していたジョー・アーモン・ジョーンズと、まもなくKYOTO JAZZ MASSIVEとしてリリース・ライヴ(1月16日@COTTON CLUB)を控える沖野修也による特別対談をお届けしよう。

優れたジャズ・ミュージシャンというのは毎年、あるいは10年ごとに自分の音楽的なアプローチやジャンルをまったく違った方向性に変えながら進化しているひとたちなので、自分もそうありたいと思う。(JAJ)

おふたりが直接対面するのは、今回が初めてですか?

沖野:いえ、以前から何度も会っていました。最初はジャイルズ・ピーターソンの《Worldwide Festival》で。あと、コロナ前に大阪でエズラ・コレクティヴのライヴがあったときに、ジョーはぼくのラジオ番組で「ベスト・ニュー・アーティスト」というのを受賞していましたので、トロフィーをあげました(笑)。大阪まで持っていったんですよ、トロフィーを。そのときに初めてちゃんと話をしました。

JAJ:2019年ころだったと思う。

沖野:最後に会ったのは去年の《We Out Here》というフェスティヴァルで、彼はエズラ・コレクティヴとしてメインステージにいたんですが、ぼくもKyoto Jazz Massiveとして早い時間にライヴをやって。そのときにも会いましたね。

ジョー・アーモン・ジョーンズさんは以前インタヴューでKyoto Jazz Massiveのことをすばらしいと発言していましたが、Kyoto Jazz Massiveの音楽と出会ったのはいつごろで、どういう経緯で知ったんですか?

JAJ:Kyoto Jazz Massiveは日本のアーティストで最初に好きになったバンドなんだ。たぶん、ジャイルズ・ピーターソンがプレイしていたのを聴いて知ったのが出会いだったんじゃないかな。それで興味を持って、作品を聴いたりライヴを観たりしてすごくいいなと思って。

逆に沖野さんがジョー・アーモン・ジョーンズの存在を知ったのはいつごろでしょうか。

沖野:ぼくもジャイルズがかけていたのがきっかけで。『Starting Today』に収録されていた曲を彼がかけていて。

JAJ:『Starting Today』はアルバムって呼ぶひともいればEPって呼ぶひともいるんだ。

沖野:以降、ジョー・アーモン・ジョーンズの名前の音源が出るたびにチェックしていて、自分のラジオ番組でもかかて、アウォードにもノミネートして。

JAJ:ジャズがつないでくれたコネクションだよね。とてもありがたいと思う。

沖野:ジョーの音楽はコードのセンスがいいんですよ。ぼくはジョージ・デュークとかハービー・ハンコックとか、ロニー・リストン・スミスとかハリー・ウィテカーとか、キーボーディストが好きなんですけど、そういったレジェンドたちと比べても彼のコードのチョイスはすごくいい。もちろん作曲能力もすばらしいんですが、最初にぼくが惹かれたのはコード感ですね。

JAJ:いま名前が挙がったひとたちはぼくのヒーローでもあります。Kyoto Jazz Massiveの音楽は、たとえばロンドンのような都会に住んでいると「ジャズとはこういうものだ」っていう固定観念があって、みんな同じようなことをやっているし過去のコピーに陥りがちなんだけど、それらとはまったく違った音楽性、サウンドにたいするアプローチを感じて、そこにすごく惹かれた。新しいエネルギーを感じたね。ジャズっていうのは本来そういうものであるべきで、他人と違った新しいアプローチこそジャズのすべてだと思うんだけど、まさにそれをやっているなと思った。

雑食性または横断性はおふたりの音楽に共通するものかもしれません。

沖野:もともとジャズってハイブリッドな音楽ですし、ぼくはさっきコードのことしかいいませんでしたけど、ジョーの音楽にはいろんなエッセンスが入ってもいる。ジャズ、フュージョン、ソウルにファンクに、R&Bにレゲエに、アフロビート。そのミックスされた感じが彼の魅力でもあるし、ぼくらに共通するジャズのあり方かなと思います。混ざってる要素が必ずしも一致してるわけではないんですが、いろんな音楽をとりこんで自分のサウンドにするという点はKyoto Jazz Massiveにもジョー・アーモン・ジョーンズにも共通する要素だと思いますし、指向性は似ているかもしれないですね。

JAJ:その意見には賛成だね。いろんなジャンルをとりこむか、もしくはまったく新しいジャンルを生み出すものがジャズだと思っています。ぼくが好きな尊敬しているジャズ・ミュージシャンもそういうことをずっとやってきていると思う。ロンドンに来て、音楽を勉強するためにカレッジに入ったとき、そこでは「スウィングがジャズにとって大切だ」とか「技術的にどうインパクトを与えるか」といったような部分ばかりが強調されていて、学生たちもそういうことに執着していたんだけど、ぼくが思うジャズはもっと「音楽のための音楽をつくる」ものというか、コンセプトありきで、自分の発想のなかで自由に音楽をつくっていくものなんじゃないかな、とずっと考えていて。たとえばソウルフルなものをつくるのでもいいし、即興でもいいんだけど、優れたジャズ・ミュージシャンというのは毎年、あるいは10年ごとに自分の音楽的なアプローチやジャンルをまったく違った方向性に変えながら進化しているひとたちなので、自分もそうありたいと思う。

沖野:こういうふうにしっかり語れるのも彼のすごいところ(笑)。自分の意見をしっかりもっているひとだなと思います。日本にはなかなかいないですね。UKのひとたちは年齢はそこまで関係なくおなじ視点で話せるんですよ。それもあってぼくはロンドンが好きですね。

JAJ:いまのイギリスには2種類の上の世代がいて、いちばん上の世代のなかには、若いひとたちがやっていることには興味を示さず、若いひとたちのギグを観に行ったり音楽を聴いたりはしないんだ。自分のやっていることだけで完結しているような、ちょっとオタクっぽいひとたちがメインで、自分のやっていることと違うことを受け容れられないひともいる。一方で、自分にも若いときがあって、自分が新しいことをやりはじめたときに上の世代がどう感じたかをちゃんとおぼえているひともいて。
 たとえばギャリー・クロスビーがいい例だと思う。彼は若者が新しいことをはじめるとき、それに興味を持ってサポートをしてくれるんだ。自分がエズラ・コレクティヴをはじめたときも手厚いサポートをしてくれて、「どんな音楽をやっても大丈夫だし、どんな服装でも大丈夫だよ」って受け容れてくれた。UKのジャズ・シーン全体もいまはそういう方向に向かっていて、若いひとたちをもっとサポートしていこうというムードになっているから、それはすごくいいことだととらえています。

レゲエのレコードを買うのが好きなんだけど、かならず違ったフォーマットのトラックが入っていて。そういうふうにいろんなヴァージョンをつくっていくことは、ジャズとおなじだと思うんです。(JAJ)

ジョー・アーモン・ジョーンズさんは2024年に3枚シングルを出しています。これまでもダブの要素は大きな特徴でしたが、今回のシリーズはジャズとのブレンドではなくかなりストレートなルーツ・サウンドですよね。

沖野:ぼくもびっくりしました。ぐっとルーツに寄っていて。でもヴァージョンがあって、最新シングル「Sorrow」も、ホーンが入っているもの(“Sorrowful Horns”)とローズ・ピアノのもの(“Sorrowful Rhodes”)が収録されていて、アウトプットをちゃんと考えているなと思いました。「ルーツに寄ったね」ってみんなから言われることを想定したうえでフェンダー・ローズを弾きまくっているのがすごく気持ちよくて。発信の仕方を練っているなと感じましたね。

最初の「Wrong Side Of Town」でもヌバイア・ガルシアのサックスがフィーチャーされていました。

JAJ:レゲエのレコードを買うのが好きなんだけど、かならず違ったフォーマットのトラックが入っていて、たとえばA面にはヴォーカル・ヴァージョンとダブ・ヴァージョン、B面にはホーン・ヴァージョンとディージェイ・ヴァージョンが入っていたり。そういうふうにいろんなヴァージョンをつくっていくことは、ジャズとおなじだと思うんです。キング・タビーにしても、いろんなヴァージョンのものをひとつにまとめてリリースして。そういうやり方はもともとはジャズの大ファンだったひとによって発明されたんじゃないかな、って考えることもある。たとえばジャズのスタンダード “Autumn Leaves” もいろんなひとが新たなスタイル演奏したり新しいヴァージョンをつくってきた。そういうことに面白さを感じる。

昨年ヌバイア・ガルシアに取材したときにロンドンのサウンドシステム文化で育ったことが大きいと言っていたんですが、ジョー・アーモンさんもやはりおなじ文化から影響を受けてきたのでしょうか?

JAJ:さまざまな音楽のジャンルの多くはロンドンから出てきたもので、たとえばドラムンベースもそのひとつだけど、そういったもののルーツをたどるとかならずダブやサウンドシステム文化に行きつく。だからダブやサウンドシステムは、ジャズに限らずいろんなジャンルに影響を与えていると思う。
 ぼくは田舎育ちだから、ロンドンのサウンドシステム文化で育ったわけではなくて。上京してきた17歳、18歳のころに出会ったんだ。サウンドシステムでプレイされる音楽はある意味で守られたジャンルというか、ラジオで聴くことはできなくて、そういう場やなにかのイヴェントに行かないと出会えない音楽だった。それ以前からレゲエ自体はふつうに聴いていたけど、強くおぼえている初めてのダブの体験は、ロンドンのスカラというヴェニューでやっていた《University of Dub》ってパーティだね。通常のイヴェントであれば、みんなDJのプレイに集中しているけど、そこではひとつの部屋にふたつのサウンドシステムがあって、ひとつのサウンドシステムで30分プレイして、次にもうひとつのサウンドシステムで30分プレイする、っていうのを行ったり来たりするような感じなんだ。両サイドから音楽が流れてきてクラッシュしているような瞬間もあった。最初はそれぞれが違ったものをひとつの部屋でかけているということにすごく混乱したけれど、来ているオーディエンスもDJがそれぞれやっていることにフォーカスするというよりも、部屋全体に流れている音楽を楽しんでいたのがすごく印象的だった。DJのことを見ているというより、音楽そのものを聴いているような感じがしてね。そこでは自分の好きなDJ、たとえばムーディマンなんかもプレイしていたんだけど、そういうDJたちを観る感覚ではなくて、純粋に音楽を楽しめたんだ。

沖野さんにお伺いしたいんですが、「ジャズとダブ」というキーワードからはどういった作品が思い浮かびますか?

沖野:意外と少ないんですよね。自分のキャリアのなかでもレゲエとかダブの影響が入った曲って2曲しかプロデュースしたことがなくて。MONDO GROSSOがカヴァーしたことでも知られるファラオ・サンダースの “Oh Lord, Let Me Do No Wrong” (1987年)はレゲエ寄りの曲ですね。MONDO GROSSOのカヴァーはキーボードがスタイル・カウンシルのミック・タルボットで、ヴォーカルは2年前に亡くなってしまったんですが、UKのソウル・シンガーのノエル・マッコイでした。その後、MASA COLLECTIVE(Sleep Walkerのサックス奏者、中村雅人によるソロ・プロジェクト)でおなじノエル・マッコイをヴォーカルにフィーチャーして、フレディ・マクレガーの “Natural Collie” をカヴァーしています(2007年)。ジャザノヴァのマネージャーのダニエル・ヴェストが〈Best Seven〉というダブのレーベルをやっているんですが、“Natural Collie” もライセンスされてそこから出ていますね。
 あとはやっぱりエズラ・コレクティヴになりますよね。最近の、ヤスミン・レイシーとコラボした “God Gave Me Feet For Dancing”(最新作『Dance, No One's Watching』収録)ではジャズとダブのテンポが入り混じっていて。すごくよくできた曲なんです、遅いテンポと早いテンポが混在していて。だから、レゲエのエッセンスをとりいれるうえではやっぱり、エズラ・コレクティヴやジョー・アーモン・ジョーンズがすごく参考になる。もし次のKyoto Jazz Massiveの曲にレゲエとかダブのエッセンスが入っていたら、それは彼に影響を受けたものになると思います(笑)。

JAJ:やっぱり自分たちの世代だと、たとえばハービー・ハンコックのようなレジェンドからインスパイアされることが正しいとされがちなんだけど、それは間違っていて、やっぱり同世代やおなじ時代の音楽家からもインスピレーションを受けるべきだと思う。

自分の目指す理想に向かって近づけているかどうかにしか関心をもっていないですね。仮に実現できなくても、そこに向かおうとするプロセスが大事だと思う。(沖野)

ジョー・アーモンさんの「Sorrow」とほぼおなじタイミングで、Kyoto Jazz Massiveのデビュー30周年記念盤『KJM COVERS』もリリースされましたね。これまでのカヴァー曲を集めたコンピレイションですが、なぜカヴァー集になったんでしょうか?

沖野:じつはぼく、Kyoto Jazz Massiveではカヴァーを禁止しているんです。むかしイギリスの先輩DJに「日本人アーティストはカヴァーが多すぎる」と言われたことがあって。ぼく自身も “Still In Love”(2011年)というローズ・ロイスのカヴァーがヒットしたりしているので、Kyoto Jazz Massiveとしては封印しているんですよ。だからこの先もカヴァーはやらないと思うんですが、30周年記念としてなにかしら出したいなと思ったときに、こういう区切りであればファンへの感謝として、これまで出してきたカヴァーをまとめるのも許されるかなと。それと、次のアルバムを出すにあたって、自分たちが影響を受けてきた音楽をもう一度検証する機会でもあった。ただ、先ほど話に出た “Natural Collie” は諸事情あって漏れているんですけど(笑)。

最後に、おふたりそれぞれ、音楽活動をしていくうえでポリシーのようなものがあれば教えてください。

JAJ:ひとつ言えるのは、自分がバンドで曲を書くときは、各パートの音楽性をメンバーに押しつけるんじゃなくて、メンバーごとに解釈を任せられるように、オープンな部分を残しておくことはかならず念頭に置いているね。それはたとえばデューク・エリントンがやっていたことでもあるんだけど、ぼくは彼のやり方を参照していて、その姿勢を自分の創作にもとりいれている。すばらしいジャズのアーティストたちは──たとえばマイルス・デイヴィスもそういった余白をバンド・メンバーに与えていたと思うから、そういうことは心がけているね。

沖野:ぼくの場合は、これまで出した曲よりいい曲を書くこと、それにしか興味がないんです……ってあらゆるインタヴューで答えています(笑)。できれば、ハービー・ハンコックとスティーヴィー・ワンダーのあいだにかけられる曲とか、ロイ・エアーズとかアース・ウィンド・アンド・ファイアのあいだにかけられる曲をつくりたいと思っているんです。もちろんすごく高い目標ですし、ぼくは現時点ではまだその域には達していない。だから、自分の目指す理想に向かって近づけているかどうかにしか関心をもっていないですね。仮に実現できなくても、そこに向かおうとするプロセスが大事だと思う。そういうことは、かならずしもレジェンドたちだけではなくて、ヤスミン・レイシーとジョー・アーモン・ジョーンズのあいだにかけられる曲とか、ヌバイア・ガルシアとエズラ・コレクティヴのあいだにかけられる曲とか、ぼくはコンポーザーですがDJでもあるので、やはりこの曲とこの曲のあいだに挟みたい、ということはよく考えるんですね。
 もうひとつは、繰り返しになりますが、できればカヴァーはやりたくない(笑)。カヴァーにもどの曲をどうアレンジするのかっていう面白さがあるんですが、やはりオリジナルで勝負したいなと思っています。

Kafka’s Ibiki - ele-king

 去る12月、ジム・オルーク、石橋英子、山本達久から成るバンド、カフカ鼾の3作目『嗜眠会(シミンカイ)』が発表されている。2016年の『nemutte』以来、じつに8年ぶりのアルバムだ。そのリリースを記念し、2月24日、渋谷WWWにてワンマン・ライヴが決定。この3人だからこそ奏でることのできる刺激的なセッションをぜひ堪能しにいこう。

Albino Sound & Mars89 - ele-king

 昨年はシーカーズインターナショナルとの共作を送り出したMars89率いるレーベルの〈Nocturnal Technology〉。その最新作もまた強力なコラボ・アルバムとなっている。2016年にファースト・アルバム『Cloud Sports』を発表、現在はパーティ《KTSNS 解体新書》のディレクションも手がけるテクノ・プロデューサーのAlbino Soundと、レーベル・ボスのMars89が手を組んだら、いったいどんなサウンドが生み出されるのか? なんでも、1月9日にリリースされるその新作『ORGANS(臓器、器官)』は、マーク・フィッシャーも著書でとりあげていた特異な映画監督、デイヴィッド・クローネンバーグからインスパイアされているという。ふたりによる新たな試みに注目したい。

Talking about Mark Fisher’s K-Punk - ele-king

 まもなく彼が亡くなってから8度目の1月がやってくる。この間、ここ日本でもマーク・フィッシャーの紹介は進み、2024年はついにそのすべての単著が日本語で読めるようになった。音楽をはじめ映画やSF文学といったポピュラー・カルチャーから鋭い思想を紡いでいったイギリスの批評家──死後に刊行されたアンソロジー『K-PUNK』はその最後の単著にあたる。
 文学や映画、TVドラマについての論考をまとめた『夢想のメソッド』、音楽や政治をめぐって舌鋒が振るわれる『自分の武器を選べ』、表題の未発表原稿だけでなく主著『資本主義リアリズム』の本人による平易な解説も収めた『アシッド・コミュニズム』──日本では三分冊のかたちで刊行された大著『K-PUNK』は、フィッシャーの出発点であるブログ「k-punk」の主要テキストを軸に、『ガーディアン』などに掲載された文章から各種インタヴュー、未完の草稿までを網羅している。つまり、若かりし初期のフィッシャーから晩年の彼にいたるまで、その変化のプロセスを知るうえでも見過ごせない1冊というわけだ。
 そこで以下、シリーズ完結を記念し、『K-PUNK』の訳者のうち3名による特別座談会をお届けしよう。第2巻『自分の武器を選べ』で音楽パートの翻訳に参加したロンドン在住の髙橋勇人、『資本主義リアリズム』の訳者であり、今回第3巻『アシッド・コミュニズム』を担当したセバスチャン・ブロイと河南瑠莉──それぞれどのようにフィッシャーの著作と出会い、彼の文章のどこに惹かれ、いかにしてその思想を継承・発展しようとしているのだろうか。

マーク・フィッシャーとの出会い

なによりほかにはいないんですよね、こういう書き方をするひとは。社会的なポジションについて、イギリスに固有の音楽や文学、映画などの文化的、社会的状況に即して書きつづけている。(髙橋)

マーク・フィッシャーの『K-PUNK』日本語版が完結したということで、訳者のみなさんにいろいろお話をお伺いできればと思います。まずは、それぞれがマーク・フィッシャーの文章と出会ったきっかけから教えてください。

ブロイ:『n+1』というニューヨークに拠点をもつ文芸誌をよく読んでいるのですが、そこに『資本主義リアリズム』に触れた評論が載っていたのがきっかけだったように覚えています。実際に読んでみたら、ポストモダニズムの「後」の世界への展望、そしてクリティークの行き詰まりを冷徹に分析したその眼差しに惹かれました。

河南:わたしが彼の思想に初めて触れたのは2013年か14年で、ベルリンの大学院に通いはじめたころでした。その時点で彼の「資本主義リアリズム」ということばを聞いたことのないひとはあんまりいなくて、名前としてはみんな知っているというくらいの知名度がすでにありました。大学院で美学のコースをとっていたときに、「資本主義下における美学とはなにか」というようなことをディスカッションする機会がよくありました。当時は加速主義がトレンドだったこともあって、その文脈でよくフィッシャーが言及されていましたね。でもそのときはちゃんとは読んでいなくて。あるときセバスチャンが『資本主義リアリズム』を本気で読みはじめて、翻訳したいと。なぜ翻訳したくなったのか、おぼえていますか?

ブロイ:たしか2014年から15年にかけての冬、ふたりでクロイツベルクにいたとき、バーでビールを飲みながら『資本主義リアリズム』の話をして。「そういえばこの人、まだ邦訳がぜんぜん出ていないよね」というところから話が進んで、その後、とりあえず2章ほどサンプルとして翻訳し、出版社を探しながら「日本語訳に興味はありませんか?」ってマーク・フィッシャー本人にもメールを送ってみたんです。数日後に好意的な返事が戻ってきて、イギリスの出版社(Zer0 Books)の担当者につないでもらうことになりました。そこから彼とのやりとりがはじまりましたね。

髙橋:『資本主義リアリズム』の邦訳〔※堀之内出版〕が出たのは、原書が出てからけっこう時間が経ってからでしたよね〔※原著は2009年、邦訳は2018年〕。10年近く差がありますけど、訳すときに時間が経ってしまっていたことによる誤差のようなものは感じませんでしたか?

ブロイ:感じましたね。

河南:翻訳をはじめた時点で『資本主義リアリズム』の原書が出てから数年経っていましたし、ブログの「K-PUNK」での初出からは10年以上経っていた文章もあったと思うんです〔※『資本主義リアリズム』にはブログの「K-PUNK」の文章をもとにしたものも収録されている〕。ただ、セバスチャンが何度もフィッシャーに連絡をとっていて、その返事からコアの問題意識はいまだに変わっていないなという印象は受けました。もう終わってしまった過去の著作を日本に移植するのではなく、あくまで現代につうじる問題を著者のフィッシャーと共有しながら、べつの言語に訳している、という感覚がありましたね。ただ翻訳に時間がかかってしまって、紙として出たのは2018年の2月で、そのときにはいろいろ状況が変わってしまいましたが……

『資本主義リアリズム』のカヴァーは、なぜレディオヘッドのアートワークとおなじヴィジュアルだったんですか?

河南:よく聞かれるのですが、あれはレディオヘッドのアートワークにも使われたことのある連作のなかのひとつで、ロンドンの地図がモチーフの作品です。アーティストでありライターであるスタンリー・ダンウッドさんの作品と、フィッシャーの文章には、資本主義下のイギリス生活の奇妙さを捉えた部分が共通していると思い、セバスチャンがダンウッドさんに連絡をとったところ、向こうも好意的で、どんどん話が進んでいきました。

髙橋:ダンウッドがフィッシャーの読者だったというのはいい話ですね。(編集長の)野田さんはよく「マーク・フィッシャーは絶対レディオヘッドは好きじゃなかったでしょ」ってぼくに話していて。

編集部でもときどきその話は出ます(笑)。

髙橋:でもダンウッドさんがフィッシャーに賛同してくれたというのは、フィッシャーの本がほかのひとを刺戟して、それが具現化したということだから。

ブロイ:しかもダンウッドさんはこの作品を無料で使わせてくれたんですよ。きっと構想に納得してくれた部分があったんでしょうね。

河南:ダンウッドさんはレディオヘッドと密接に関わって仕事をしてきた一方で、あくまでひとりのグラフィック・アーティストでもあります。彼がひとりの作家としてフィッシャーの邦訳の企画に手を貸してくれたというのは重要なことだと思います。

髙橋くんが出会ったきっかけは?

髙橋:ぼくは実家が浜松なんですが、2009年に上京して、2010年に早稲田に入ります。その年に野中モモさんによるサイモン・レイノルズ『Rip it Up and Start Again』の翻訳も出て〔※『ポストパンク・ジェネレーション 1978-1984』、シンコーミュージック〕、そこからいろいろ調べるようになったんです。2010年前後って音楽的に面白い時期でしたよね。ジェイムズ・ブレイクジ・XXサブトラクトなど、イギリスからすばらしい音楽がたくさん出てきた。ぼくはUKのダンス・ミュージックが好きだったんですが、そこから掘り下げていくと、どんなひとでもかならず〈Hyperdub〉に行き着くんですよ。当時は日本でも〈ビート〉さんのおかげで日本盤が流通していましたし、雑誌を読んでいたらレーベル主宰者のコード9がどんな人間かもわかってきた。コード9だけ明らかにほかのミュージシャンとはちがうんです。DJをやる一方で哲学の博士号をもっていたり大学でも教えていたり。ちなみにそういったことは雑誌『remix』で知ったんですが、そのときコード9をインタヴューしていたのが野田さんでしたね。
 そうしていろいろ調べていくうちにCCRUを知り、ブログの「K-PUNK」も発見します。最初は正直、読みにくいウェブ・デザインだなと思っていました(笑)。でも書いてあることが面白かった。当時ぼくはベリアルが大好きだったんですけど、『わが人生の幽霊たち』に収録されている、彼のファースト・アルバム『Burial』(2006年)のレヴューも「K-PUNK」に載っていました。大学一年生といえば、ちょうどドゥルーズとかデリダとかの現代思想を読みはじめる時期じゃないですか。それで「K-PUNK」を読んで、「音楽を論じるのにデリダを使っているのか」と興味をもったのがはじまりでしたね。ちなみに2010年だから、もう『資本主義リアリズム』(の原書)は出ていたんですが、それを読むのはもうちょっと後になります。その後2011年、3・11があった年にぼくはグラスゴーに留学するんですが、当時行ったデモの現場で「capitalist realism」という単語を見かけたような記憶がありますね。そして日本に帰ってきて、ele-kingで働いていたときに、これまで読んできた現代思想を音楽や美術との関係でもっとしっかり読み深めてみようと思って、強くフィッシャーを意識するようになりました。『資本主義リアリズム』を読みはじめたのはそのときですね。

なるほど。髙橋くんはその後、今度はロンドンに渡るわけですが、フィッシャーと会ったことはあるんですか?

髙橋:ぼくがふたたび渡英したのは2016年でしたが、そのまえに野田さんから「お前はコジュウォ・エシュンを絶対に訳さなきゃダメだ」と言われていて、ちょうど訳しはじめていた時期だったんです。渡英後コジュウォ・エシュン本人とは話したりメールしたりしていたんですけど、フィッシャーとは直接やりとりする機会はありませんでした。ぼくが修士過程をやっていたのはゴールドスミスの社会学部なんですが、マーク・フィッシャーやコジュウォ・エシュンは視覚文化学部というところで教えていて。いちど教員室までコジュウォ・エシュンを尋ねたことがあって、そのときは不在だったんですが、マーク・フィッシャーとおなじ部屋でしたね。2017年の2月からふたりの授業を聴講する予定だったんですが、その1月にフィッシャーが亡くなってしまって。学部全体が戦慄していた感じでした。授業も休講になりましたし。ともあれ、エシュンやコード9とは会う機会もありましたので、ポストCCRUの交流関係はよく知っていると言えると思います。その後、ゴールドスミスの文化研究学部でぼくの博論の指導教官になったマシュー・フラーはフィッシャーの旧友で、彼が亡くなったときにはその家族を支援するためのクラウド・ファンディングを立ち上げていましたね。

ブロイさんはフィッシャーの講義を受けていたんですか?

ブロイ:ゴールドスミスには2015年にカンファレンスで行ったことはあるんですが、講義は受けていないですね。マークさんとはメールでやりとりはしていたんですけど、そのときはゴールドスミスには2日くらいしかいなくて、風邪を引いていたのもあって、会う機会がありませんでした。じつは、『資本主義リアリズム』刊行を機に、マーク・フィッシャーを日本に呼ぼうと思っていたんですよ。企画が完成したことを伝えられないまま決別となり、ほんとに残念でした。

河南:みんな出会った文脈が違うのが面白いですよね。髙橋さんは音楽からで、わたしは美術論からで、政治思想にかんする英米の雑誌をたくさん読んでいるセバスチャンはそうした左派的な文脈からで。その交差点にフィッシャーがいたっていうこと自体が、彼の仕事の広さを物語っています。
 わたしの場合は美術の文脈ですが、当時その文脈では、「なにをやっても資本にとりこまれてしまうんだったら、昔のアヴァンギャルドがやっていたような、外部を目指すとか、変わったことをやるっていう戦略(いわゆる侵犯)はもう通用しなくなるんじゃないか」というようなことが盛んに議論されていました。なにをやってもとりこまれてしまうことを専門用語で「包摂」というのですが、2015年ころまでは「資本の外部を目指すのが難しければ、それを逆手にとって、資本の内部から破壊すればいいんじゃないか」というような、左派加速主義的な考え方が一定の説得力をもっていた時期がありましたね。もちろん、フィッシャーを加速主義者だと言ってしまうと彼を矮小化してしまうことになりますので注意が必要ですが。

ブロイ:それまでみんながふわっと、ぼんやり感じていたような、「こういう手法がもう通用しない」ということが、フィッシャーのようなひとを通じて前景化して、よりはっきりしたことばになった、という感覚はありましたね。ぼくはアメリカ文学をよく読んでいたんですが、90年代以降のアメリカ文学史のなかでも、フィッシャーの議論と響き合うような考え方が浮上するようになりました。とりわけデイヴィッド・フォスター・ウォレスに代表される「新誠実」(New Sincerity)と呼ばれた現象はそうですね。1993年に書かれたエッセイのなかで彼は、それまでの文学におけるポストモダニズムの風潮、とくにアイロニーの支配的役割について鋭い考察をしました。「当初、偽善や固定観念を破壊する手段として機能していたアイロニーが、当時のTV文化のなかではすでに普遍化してしまったので、その有効性の大部分を失い、『反逆』からむしろ『共犯』へと変質してしまった」という議論を展開します。そして彼は、これからは状況が逆転し、真摯さや共感といった「自分の身を晒すもの」が再び出てくるようになり、そこにかつてアイロニーが果たしていたような解放的な力が宿るのではないか、という可能性をほのめかしています。このような「ポスト・アイロニー」の文脈のなかに、フィッシャーの批評的な論調をみてとることも可能でしょう。

マーク・フィッシャーの魅力

いろんな失敗をしながらも、そういう自分の変化を恐れずに露出していったところがあります。それが、ひとりの「思考する個人」としてどうあるべきかという姿の、ロールモデルになっているのではないかなと思います。(河南)

お三方はそれぞれ、マーク・フィッシャーのどういうところに惹かれますか?

髙橋:まず前提として、ぼくはイギリス在住ですが、日本人としてここで暮らすということは、エイリアンとして生きることを意味します。なので、もともとイギリス人であるフィッシャーとおなじ視点では語れません。あくまでそれを踏まえたうえでの話ですが、いまぼくが惹かれているのは、フィッシャーがイギリスにおける階級意識にもとづいて文章を書くところですね。イギリスの階級やその意識を理解するうえで、彼の文章は非常に参考になるというか。
 たとえば『K-PUNK』には、マンチェスター出身のバンド、ザ・フォールについての文章が入っていますよね〔※「クラーケンのメモレックス」、『自分の武器を選べ』所収〕。あれは完全にホラーと階級の話です。「ヴァンパイア城からの脱出」〔※『アシッド・コミュニズム』所収〕にも出てきますが、「労働者階級の出自をもつ者が社会のなかでどのようにして立ち位置を確保しなければならないか」とか、「どのようにして自分がいま属している社会的なもの・構造的なものにたいして自覚的になるか」というような話なんですね。フィッシャーはその例として、労働者階級に生まれながら知的なものに目覚めた自身を怪物として歌ったマーク・E・スミスについて書いている。そんなスミスの出自について、大衆的なホラー作家のM・R・ジェイムズなどを参照しながら書くというフィッシャーの姿勢は魅力的に感じます。なによりほかにはいないんですよね、こういう書き方をするひとは。社会的なポジションについて、イギリスに固有の音楽や文学、映画などの文化的、社会的状況に即して書きつづけている。イギリスの階級社会は日本とはやはり意識的な面で違っています。物質的な部分、たとえばアクセスできる技術だったりサーヴィスの面では日本とイギリスは似ているところも多いですが、社会構造のなかにいる自己のとらえ方にかんしては、イギリスと日本とでは何百光年も離れていますね。

ブロイ:共感できますね。

河南:わたしは、フィッシャーを読むようになって10年以上が経過するなかで、惹かれる部分も変わってきました。大学院生として初めてフィッシャーに触れたときは、そのシャープさ、理論的な精密さだったり、アグレッシヴで論争的な物言いに惹かれていました。でもいざ自分が働くようになって、ある意味フィッシャーと同じく、そしていま話しているこの3人ともそうだと思うんですが、高等教育機関で不安定雇用で働くようになると、理論のための理論ではなくて、理論と生活を媒介していくようなものが必要になってきます。

髙橋:100パーセント同意ですね。

河南:10数年前には面白いと思っていた「この対象について、理論を駆使して論破してやる!」みたいなことにはもうまったく魅力を感じなくなったんです。だからわたしは後期のフィッシャーにすごく惹かれるんですけれど、フィッシャー本人も自分の経験に応じて自分の見方を変えることを厭わなかった。思想家はつねにアップデートしてくので、特定のある時期に書いたものがすべてではないんです。すごく当たり前の話なんですが、でも読み手はそれを忘れがちです。「フーコーが○○年に書いたものがフーコーの思想だ」とか、そういうふうに考えてはいけない。フィッシャーも、大学院生としてCCRUにいたときと、いざ自分がイギリスの新自由主義下の雇用形態のなかで働きはじめて不安定労働者になってからとでは文体が変わっているように思います。ジャーゴンや記号を爆発させて読み手を圧倒させるような文体から徐々に離れていっていますよね。フィッシャーはインターネットで書いていたからこそ、いろんな失敗をしながらも、そういう自分の変化を恐れずに露出していったところがあります。それが、ひとりの「思考する個人」としてどうあるべきかという姿の、ロールモデルになっているのではないかなと思います。
 ただし、失敗もしながらですけどね。フィッシャーも「ヴァンパイア城からの脱出」でやらかしています。先ほど髙橋さんが階級の問題についておっしゃっていましたが、階級の問題に注目することは、同時に、ほかの問題に盲目的になることでもあります。そういう側面が「ヴァンパイア城からの脱出」のフィッシャーにあったことは否めない。でもフィッシャーはそれを自分で反省して観点を更新しつづけること、思想家として可塑的であることを亡くなる最後まで追求していた、そこが尊敬するところですね。ただ、追求しすぎて槍が自分に戻ってきてしまった面もあるとは思うんですが。

ブロイ:おふたりの話と響きあうところもあると思うんですが、ぼくの場合は、フィッシャーを読む以前にまず、アドルノやベンヤミンのようなマルクス主義の哲学や思想をたくさん読んでいました。そういう経路からフィッシャーに出会って、10年ちょっと前に初めて『資本主義リアリズム』を読んだときに親近感をおぼえたのは、20代後半のいち生活者の知的な関心と通じるものがあったからです。「この著者は自分と似たような目線で世界を見ているんだな」と。その目線には深い洞察力があって、一見平凡だったりささやかに見えるものをより大きな理論的なトピックまでつなげていく才能がありました。それは彼のひとつの魅力だと思います。
 もうひとつの魅力は、マルクス主義の理論には、レイモンド・ウィリアムズやアドルノのように、日常生活に焦点を当てた考察のそれなりに長い伝統があるんですが、そこにフィッシャーの先例を見ることもできます。資本主義下における日常生活をイデオロギーや意識の観点から分析したアドルノの『ミニマ・モラリア』なんかはまさにそうですね。他方で、フィッシャーにはそうしたマルクス主義の系統とは一線を画すところもあります。生きられた経験を重視しながら、エリート主義的な「硬さ」にはとらわれず、大衆性やユーモア、普通のものにたいする愛を感じさせるところです。いわば、大学教授の立場からではなく、むしろぼくたちのような普通のひと、ジャンクやポピュラーなものと共存しながら生きる不安定労働者とおなじ目線や経験から書かれた『ミニマ・モラリア』ですね。

髙橋:たしかにそこはほかにいないかもしれませんね。日本にもあまり似た書き手はいないですよね。國分功一郎さんは少し似ているのかなと思いましたけどね。アプローチは違いますが、ふたりともスピノザについて考えていたり、共通点もあるんですよね。哲学と文化、社会的事例をリンクさせて、社会的状況のなかにおける自分からものごとを考えたり、「自然」とされているものを疑い、人間の精神状況を条件づけるものをとりまく社会に見出したり。これは書く視点が生活のなかから生じるような、書き手の「高さ」の問題です。ぼくはフィッシャーと國分さんの文章をパラレルに読んでいたおぼえがあります。

ブロイ:フィッシャーを読んでいると、その書き方や姿勢に勇気をもらっているような感覚がありましたね。『資本主義リアリズム』の翻訳が出たときに、「話が深刻すぎて落ち込んだ」というような感想も見られたんですが(笑)、ぼくは読んで勇気をもらいましたよ。弱さ、葛藤や矛盾を隠すことなく、現代社会の問題と向き合いながら、それでも希望を探りつづけるという知的な態度に勇気づけられるんです。理想論であるとか、ナイーヴだとか、この種の批判を恐れないどころか、それを引き受ける覚悟さえ示しているのです。このような姿勢が、読者にも政治的思考と表現への勇気を与えるものだと思います。

髙橋:すべての文章がそうというわけではないですが、読者を感動させるのが上手だなとは思いますね。

河南:書き方でいうと、フィッシャーの文章を訳すのはすごく難しくないですか(笑)?

髙橋:音楽パート、大変でしたよ。さっきのザ・フォールの文章は、歌詞が感覚的でかなり難解なので、それにたいするフィッシャーの批評も、難解にならざるをえなかったというか。

河南:学術論文は平坦だから訳すのはある意味では簡単なんです。でもフィッシャーは技巧的であったり、洒落っけがあったりして難しい。

髙橋:ぼくが『K-PUNK』の音楽パートを訳したのは、ちょうど自分の博論を出し終えたタイミングでした。フィッシャーも最初に書いていましたよね、苦行を強いられた博論のリハビリとして「K-PUNK」をはじめたと。同じように、ぼくの頭も博論後でクレイジーになりつつの作業だったので、翻訳が修行のように感じられたときもありました(笑)。でも、彼の学術的なトピックにかんする記述がもつ独自の平易さには救われる思いもしましたね。

ブロイ:とくに音楽の「情景」にまつわるくだりがほんとうに難しいです。形容詞、メタファーの使い方であったり、一文がすごく長かったり。

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『K-PUNK』でいちばん好きな文章

「この著者は自分と似たような目線で世界を見ているんだな」と。その目線には深い洞察力があって、一見平凡だったりささやかに見えるものをより大きな理論的なトピックまでつなげていく才能がありました。(ブロイ)

『K-PUNK』のなかでみなさんがいちばん好きなフィッシャーの文章を教えてください。

髙橋:ぼくは、フィッシャーが音楽を論じるとき、テクスチャーのような「モノ」の側面に着目して論じるのがうまいと思っています。たとえば『わが人生の幽霊たち』でいえば、ベリアルやザ・ケアテイカーの音楽にあるレコードのクラックル・ノイズに注目して論じていましたよね。そのアイディアは『K-PUNK』にもあります。今回訳していて、またリアルタイムで読んでいたときもいちばん好きだったのは、DJラシャドの『Double Cup』(2013年)についての文章〔※「ブレイク・イット・ダウン」、『自分の武器を選べ』所収〕です。そこで論じられているのは、フットワークというとても速い音楽、BPMが160~170ある音楽です。そのリズムのぎこちなさについて、当時ネットで流行っていたGIFアニメのぎこちなさとつなげて論じていて、批評のしかたとして面白いと思いました。たとえば、ラシャドは「アイ・ラヴ・ユー、アイ・ラヴ・ユー、アラヴユアラヴユアラヴユアラヴユ」みたいな感じで、だれのものかもわからない声をぶつ切りにしてカットアップしているんですが、それをウィリアム・バロウズの『爆発した切符』におけるカットアップと接合するところも興味深い。そういうふうにリズムや音の「モノ」的なところに着目するところが魅力的です。
 さらにいえば、そのカットアップから、どこから来たのかわからないけれど愛がそこに存在している、その叙情性みたいなものについても論じていて。ダンス・ミュージックを論じるときに、愛の観点から書くひとってあまりいなかったというか、むしろ避けられていた気がするんです。フィッシャーは『奇妙なものとぞっとするもの』でも映画『インターステラー』について愛の観点から書いていましたけど、彼はそういうちょっとクサいかもしれない視点から、通常ことばの表現からは遠いと思われているダンス・ミュージックを、ことばが持つマジックみたいなものとつなげて語っている。

ブロイ:ぼくは、やはり3巻目の『アシッド・コミュニズム』を担当した身としては、「アシッド・コミュニズム」〔※『アシッド・コミュニズム』所収〕と「ヴァンパイア城からの脱出」が目玉かなと思います。

河南:やはりそのふたつですね。

ブロイ:「No Future 2012」〔※『アシッド・コミュニズム』所収〕も好きですよ。シチュアシオニスト的な散歩の話が民族誌学的に書かれていて、風景論として面白いです。資本主義の仕組みとともに描かれる風景が変化していくんですが、そのなかには写真論も音楽論も織り込まれていて、フィッシャーの多元性がよくあらわれている文章だと思いました。

河南:「ヴァンパイア城からの脱出」は、それ自体が好きというよりも、「ヴァンパイア城からの脱出」から「アシッド・コミュニズム」へと向かうその過程が好きですね。だからセットです。「アシッド・コミュニズム」には、先ほど髙橋さんがおっしゃっていた愛の話であったり、セバスチャンが言っていたような、これまでの左派的な文章にはなかった解放感があったりします。それは、欲望の肯定について、抑圧の否定について正面から書いているからです。それまでの左派的な言説は、「資本主義の抑圧がひどいのでわたしは傷ついている」「われわれはどれほど傷を負ってきたか」というような話に始終する傾向がありました。左派的な資本主義批判にとって、資本主義は欲望を助長させるものだから、欲望の肯定はタブーだったんです。フィッシャーは、そんなふうに欲望を否定する左派には限界があるということを、ポップ・カルチャーの再評価やマルクーゼへの言及などの理論的なフレームワークのなかで論じていく。もちろん、そのまま過去のカウンター・カルチャーへ戻ることもできないということもわかったうえで、ではいま、どういう条件で欲望を再肯定して新しいコミュニティをつくることができるのか、ということを書いています。なので、ひとつだけ選ぶなら「アシッド・コミュニズム」ですね。

ブロイ:「ヴァンパイア城の脱出」は、じつは読んだときけっこう笑っちゃったんですよね。

髙橋:わかります。ぼくも笑いました。ツイッター上だけで批判した気になっているネオ・アナーキストのくだりとか、自分の周りにもこういうやつ本当にいるなって思いました(笑)。

ブロイ:論争としての力があるテキストだと思うんですよね。「アシッド・コミュニズム」では「不思議の国のアリス」の映画化の話が出てきますが、資本主義社会で暮らす大人のぎくしゃくした行動や怒りが不思議なものとして描かれている。アリスの視点、子どもの視点から観たらおかしなものなのに、という書き方で、そういうところも読んでいて面白かったですね。

イギリスやドイツでのマーク・フィッシャーの位置づけ

どこから来たのかわからないけれど愛がそこに存在している、その叙情性みたいなものについても論じていて。ダンス・ミュージックを論じるときに、愛の観点から書くひとってあまりいなかったというか、むしろ避けられていた気がするんです。(髙橋)

本国イギリスではフィッシャーはどのように受容されているんでしょうか?

髙橋:彼が亡くなるまえから「資本主義リアリズム」ということばはよく使われていましたし、亡くなってからも大学や書店などでメモリアル・イベントがありましたし、大学で学生がなにか書くときにフィッシャーを引用することは一般化していると思います。ただぼくが注目したいのは、フィッシャーが文章を書いていただけではなくて、出版社を立ち上げて、書店の空気を換えようとしていたところです。イギリスで本屋に行くと、いわゆる社会批評やアカデミック系のテーマがポップに語られている本がわりと普通に置いてあるんですね。日本でも紀伊國屋の規模ならそうかもしれないですが、イギリスだと小さめの書店でもそうだったりする。それはおそらく、フィッシャーが00年代に〈Repeater〉をはじめたころから盛んになってきたのではないかと思います。もちろん、学術書のコーナーに行けば昔からあったんですけど、いわゆる一般書のコーナーにそういう本があったりして、明らかに書店の空気が変わりました。フィッシャーがそういう「ポップ・カルチャーと知」のインフラをつくった面は重要だと思いますね。

先日ガリアーノがインタヴューでフィッシャーの話をしていて驚いたんですが、そんなふうにミュージシャンのあいだでもけっこう浸透しているんですか?

髙橋:「資本主義リアリズム」ということば自体がウケがいいし、ほかにもフィッシャーのことばはインターネット・ミームになっていたりもしますので、かならずしも大学のなかで知ったわけではなく、そういうところからフィッシャーを知ったひとも多いような気はします。そういうレヴェルでは浸透はしているといえるんですが、かならずしもそういうひとたちがフィッシャーを完全に理解しているわけではないと思いますね。おそらく本を理論的な文脈を踏まえてしっかり読んでいるわけでもないでしょうし。でもやっぱり、平易なことばで社会について語るという意味では、すごく重要な仕事をしたひとだろうと思います。

なるほど。ベルリンではどういう状況でしょうか?

ブロイ:髙橋さんのインフラづくりの話でいうと、フィッシャー自身も『K-PUNK』のなかで、自分が育ってきた知的な環境としての雑誌がもうほとんどなくなってしまったという状況について述べています。それを新しくつくらないと、次の世代の批評家やキュレイター、音楽家などが育たないのではないかという問題意識が彼のなかにはあったと思います。ドイツでも左派的な雑誌や音楽誌といったそういうインフラは一応はあって、文化施設などもあるんですが、フィッシャーはそうした制度的な文脈で受容されているような気がしますね。やはりベルリンは文化の中心で、フィッシャーのドイツ語訳を出した複数の出版社もベルリンの、クロイツベルクにあります。たとえばアメリカの社会主義系の雑誌『ジャコビン(Jacobin)』のドイツ語版を出しているブリュメール社(Brumaire Verlag)がそうですね。『ポスト資本主義の欲望』〔※原著2020年、邦訳は大橋完太郎訳、左右社、2022年〕のドイツ語版もそこから出ているんです。ただ、とくにドイツに限らずヨーロッパ全域というか、フィッシャー自身が分析していた対象がそうであるように、フィッシャーもグローバルに読まれていると思います。逆にいうと、ドイツ文化圏ならではの特徴的な読まれ方がそれほどないとも言えるんですが。

河南:ドイツでフィッシャーがどう受容されているかざっくり挙げてみると、たとえばベルリンの芸術祭「トランスメディアーレ」でワークショップが開かれたり、美術センターの「世界文化の家(HKW)」でカンファレンスが開かれたり、本が出るたびに書店イベントがあったり、そういうことはあるんですけれども、英語圏とのタイムラグがそれほどないからか、ドイツでとくに特別な受容のされ方をしているという感じはしませんね。ただ、ベルリンのローカルな、クロイツベルクの出版社がフィッシャーの本や翻訳を出していることは特別なことかもしれません。ドイツにはローザ・ルクセンブルク財団のような昔ながらのオーソドックスな左派系の言論空間がありますが、そこからも受容されつつ、かつ『ジャコビン』のような新世代のプログレッシヴな左派にも受容されているというのは、世代間を繋ぐという意味で重要なことだと思います。
 なので、フィッシャーはベルリンでも知名度の高い存在ではありますが、ちゃんと読まれているかというとべつです。以前『アシッド・コミュニズム』のカンファレンスがあったんですが、いまドイツの社会の関心はどうコミュニティをつくるかということにあり、その一環としてカウンター・カルチャーを振り返るということがありましたが、フィッシャーが言っていたような左派的な言論空間に階級の問題が欠落しているという問題意識は、話題としては机上にのぼりはしても、ベルリンのインフラのなかで本質的に考え直すというレヴェルにまではいっていない。ベルリンはもともと貧しい都市で、クロイツベルクも豊かなエリアだったわけではないんですが、そこにさまざまな国際的な資本を呼び込んで、飛行機代もホテル代も出すかたちでゲストを呼んでカンファレンスをやって、いざ「コミュニティをつくろう」というのは、もしフィッシャーが生きていたら、どう思っただろうというのは脳裏をよぎりますね。だから、話題として言及はされるけれど、彼の思想を受け止めて引き継ぐようなひとや機関はまだ出てきてはいないなという印象ですね。

ブロイ:そういえば、どこが拠点かはわかりませんが、「アシッド・コミュニズム」の話につながるような、「プランC」という草の根的なアクティヴィスト・グループがありましたね。フィッシャーはそのグループのイベントに定期的に参加し、文を寄せたこともあるようです。また、憑在論をテーマにした音楽フェスもありました。ポーランドのクラクフで催されたアンサウンド・フェスティヴァルがフィッシャーのシンポジウムもやりつつ、サウンド・アーティストを呼んでいたのは知っています。

髙橋:マーク・フィッシャー・リーディング・グループですね。

音楽批評家としてのマーク・フィッシャー

フィッシャーがネオリベラリズムをただの経済システムとしてではなく、ある種の精神構造として分析したことは、意義のあることだったのではないかと思います。(ブロイ)

音楽批評家としてのマーク・フィッシャーについてはどう思いますか? フィッシャーは音楽という対象からこれほどいろんなことを考えられるんだぞという、ひとつの可能性を示した書き手だと思いますが、それにかんして思うところを語っていただきたいです。

髙橋:ある意味では、フィッシャーがやったことはかならずしも新しいわけではないと思うんです。たとえば少し前にDJ Fulltonoさんがフットワークを論じたエッセイが話題になりましたけど、そのなかで「フットワークのサウンドというのは書道における楷書体みたいなものだ」というような話をしていました。そういうふうに音をモノとしてとらえて論じること自体はけっこう昔からあります。フィッシャーの書き方も、彼自身が創始したというよりはCCRUのなかで衝動的に生まれたものです。彼のよさは、それを政治社会的な文脈のなかでモノをとらえなおすというところにあると思います。だから、フィッシャーは書き方それ自体にオリジナリティがあったのではなくて、展開の仕方にオリジナリティがあった書き手だと思いますね。
 もうひとつ思うのは、フィッシャーが音楽について書いていたときに、音楽そのものが社会で担っていた意味だったり、ミュージシャンがやろうとしていたこと・現にやっていたことが、いまだと変わってきていることです。〈Hyperdub〉周辺のアーティスト、ディーン・ブラントについて、多くのライターたちが批評を書いていますが、そこでもフィッシャーはしばしば言及されてきました。そんなブラントは、最近、マティ・ディオップという監督の『ダホメ』というドキュメンタリー映画の音楽を担当しています。現在アフリカのベナンのあるところに昔はダホメ王国という国がありました。フランスの植民地だったので、当時のダホメのアートは現在フランスが所有しているんですが、それを返還する話なんです。映画に限らず、現代アートにおいてポスト植民地主義はここずっと重要なトピックですが、そういう理論的な文脈で、アンダーグラウンドから生まれたポップ・カルチャーが機能している。かつて理論的、批評的に分析されていた音楽家が、みずからそういう文脈を生み出すようなプロジェクトに参加しているんです。
 そんなふうに、音楽のあり方そのものがこの10年20年でいい意味で変わったと思います。フィシャーは『K-PUNK』の最初に、90年代のジャングルはそれについて論じなくてもすでに理論的だった、と示唆的な言葉を残しています。音楽が理論的な側面をもっているというのが当たり前になった時代で、ライターたちは批評していかなきゃいけないわけです。だから、その方向性で活動する音楽ライターは、たんに理論や知識を応用するだけじゃなくて、音楽がすでにもっている理論的な部分を他の領域に展開していく必要があると思いますね。フィッシャーはポスト植民地主義的なことや、エコロジーなど近年の重要なトピックを重点的に書いていたわけではないので、彼の示したスタイルが、彼があまり書いてこなかった領域でどう展開していくかも気になります。

ジャーナリズムの話をすると、今年2月にコード9が来日したときに、UKではジャーナリズムの質の低下がひどいという話をしていました

髙橋:ジャーナリズム的な観点でいえば、イギリスの音楽メディアは10年くらい前に比べると、スポンサーの存在がどんどん前に出てきています。媒体も批評よりインタヴューが中心になっていっていますね。かならずしも悪いことだとは言えないと思いますが。

ブロイ:ジャーナリズムの生産条件が変わったと思いますね。ぼくの学生のなかで、そういうマスメディア系の仕事に関わっているひともいるんですが、その業界での記事の作成なんかは、もう基本的にChat GPTのようなAIモデルをとおして生成されることが常識だそうです(笑)。AIを導入して「出力」の速度はアップするんですが、そのぶん、思考のクオリティがアップするわけではないでしょう。

髙橋:なるほど(笑)。いずれにしても、ぼくはいま、フィッシャーが書いてこなかったことに興味があります。彼の書いてきたことをもっと抽象化してべつの文脈に落とし込んだりすることに関心がありますね。さっきの理論的なことだけではなく、そういった技術文化についても音楽の側から書けることはもっとあるかもしれません。いま、音楽家だってAIを使っているし(笑)。

河南:フィッシャーはフェミニズムやポスト植民地主義について、最後の講義で少し触れてはいるんですが、本格的に文章にするまえに亡くなってしまった。未完の書き手なんですね。彼が書いてこなかったことはたくさんあると思いますし、それはそれぞれの立場から補っていく必要があると思います。先ほど髙橋さんがおっしゃっていたように、彼は「外国人」として生きた経験はほとんどもっていないでしょうし、イギリス人であり白人男性異性愛者としての経験からしか書くことができなかった。本人もそれは認めている。でもだからといって「なんで書いていないんだ!」と責めるのではなく、彼の議論を引き受けてほかのものに接続していくような作業がこれから必要なんじゃないかなと思います。異邦人として暮らしている髙橋さんの視点は、フィッシャーは永遠にもつことができない目線ですから。

髙橋:そこはまさにそう思います。音楽から広がる可能性についていうと、逆に考えれば、フィッシャーの思想や存在が音楽だけには収まりきらなかったということですよね。

映画も文学もすごく論じていますよね。

髙橋:音楽だけに絞っても、テクノロジーの話からは逃れられないし、政治や階級の問題からも逃れられない。そういうことを彼は人生をもって証明したのではないでしょうか。そこで書いてあることの接続可能性のようなことをべつの文脈にどんどん応用していくのが、いまのライターたちの役目なのではないかなと思います。

ブロイ:ちなみに、ぼくは音楽批評家ではないんですが、じつは音楽をやっているアマチュアではあるんですね。

髙橋:えっ! そうなんですか!?

ブロイ:音楽をめぐって、モノとして考える重要性はいろいろあると思います。テクスチャーなどにたいする感性という意味でもそうだし、ベンヤミンが言っていたような意味でのメディアの生産条件、つまり音楽の場合、それを制作するのに必要な条件に目を向ける視点の必要性という点でもそうです。フィッシャーがドラムンベースの話を書くとき、それが未来へのショックだったという話は非常に面白かった〔※『わが人生の幽霊たち』〕。当時のひとたちにとって、ギザギザに切りとられたサンプルや人間の手では演奏できないような高速度のドラム・パターンはまるでエイリアンなもので未来的なもののように感じられたけれど、あの時代に出てきた技術のあとに、音楽の生産条件はどれくらい変化したのだろう、と考えることがありますね。こんにちでは基本的にみんなDAWを使うわけですが、そのような音楽制作技術(たとえばDAWの発展やMIDIの歴史から考えた音楽表現の変化など)を軸に置いた音楽批評、つまり様式を支えるマテリアルな条件への視点も必要だと思いますね。

髙橋:ぼくはそういうことも研究しています(笑)。そうした点についてフィッシャーが言及していたかというと、あまりやっていないですよね。書いてはいるけれど、つくり手の視点、当事者の視点はなかったような気がします。それはほかのひとが引き継いで書けばいいことだとは思いますが。

いまマーク・フィッシャーを読むことの重要性

読んでいるだけで楽しいんですが、残された読み手にとってたいせつなのは、そうしたキャッチワードで遊ぶだけではなくて、それらを自分の実際の生活のなかで理解し直すことだと思います。(河南)

では最後に、いまマーク・フィッシャーを読むことの重要性についてお伺いします。

ブロイ:彼の読み方は、すごく開かれていると思います。彼の思想自体もオープンエンドで、未完で終わったものだから。思想史的に振り返るにはまだちょっと早いという気もしますが、仮にそういう視点で眺めてみたとしたら、それまでにあった資本主義にたいする考え方がフィッシャーという思想家を経由したことでどうシフトしたのかを考えることでヒントは得られると思います。たとえば、フィッシャーがネオリベラリズムをただの経済システムとしてではなく、ある種の精神構造として分析したことは、意義のあることだったのではないかと思います。あるいは現代社会の精神構造を「リアリズム」と名づけたこと、それ自体が重要な貢献だったとも思いますね。名づけるだけで変わることもありますから。

髙橋:名づけるだけで変わるという考え方は重要ですね。

とらえ方が変わりますからね。

髙橋:先ほどブロイさんがジャングル~ドラムンベースのエイリアン性の話をされていましが、なぜエイリアンだったのか。それも名づけることだと思います。名づけ親としてエラそうにしていないのも大事なポイントですが。

ブロイ:名づけることで問題の観点をずらしたことは彼の功績だと思いますね。フィッシャーがつくった概念は、通常はつながりが見えないもの同士だったり断片化されていたりする経験を、ひとつにまとめて組織化するための手がかりですよね。だからキャッチーで面白い概念であればあるほどよくて。そうして、みんながもっているばらばらの経験が、ひとつの、いわば星座のなかで見えるようになってくる。じっさい、左派的な批評の対象がこの10年、15年で少し変わってきた印象があります。メンタルヘルスの問題を視野においたもの、または資本主義「以降」のヴィジョンを再び考えるような論者が増えてきたのではないでしょうか。それはもちろんフィッシャーひとりだけの影響ではないですが、でも彼もそのなかでひとつの貢献をしたと言えます。

河南:フィッシャーはけっこう遊び心があって、いろんなネーミングをしていますよね。「資本主義リアリズム」もそうですが、「再帰的無能感」とか「リビドー的快楽」とか「ビジネス・オントロジー」とか。「アシッド・コミュニズム」もそのひとつです。半分ジョークだけど、でも半分は本気。そういう概念がこれからもっと一般化されてくると思います。そういう意味では読んでいるだけで楽しいんですが、残された読み手にとってたいせつなのは、そうしたキャッチワードで遊ぶだけではなくて、それらを自分の実際の生活のなかで理解し直すことだと思います。「資本主義リアリズムの時代だから、もうなにをやってもダメだ」って諦めるような、ただ浅い理解をするだけではダメで。「アシッド・コミュニズム」も、「快楽主義で新しいコミュニティをつくればいいじゃん」っていう表面的な理解に留まっていてはダメなわけですよね。フィッシャーのつくった概念が標語としてポピュラーになるにつれて、それがもともともっていたメッセージ性が忘れられがちだと思う。読み手としてはつねに自分のなかで彼の思想をどう活かすかというのを考えていかないといけない。だからこそ、『K-PUNK』という彼の原点に立ち返って読むことはたいせつだと思います。

 マーク・フィッシャーの集大成たる『K-PUNK』には、上記で触れられているような哲学的・社会的なテーマやダンス・ミュージックの話以外にも、じつに多くの文章が収められている。SFなどの大衆文学や映画を論じる『夢想のメソッド』は、たとえばバラーディアンが読めばまた違った感想が出てくるだろうし、『自分の武器を選べ』からは、たとえば新しいロキシー・ミュージック像が浮かび上がってきたりもする。まずは読者おのおのの関心から気になった巻を手にとっていただければ幸いだ。
 最後に、エレキング編集部を代表して、『夢想のメソッド』と『自分の武器を選べ』で翻訳を担当してくださった坂本麻里子さんに感謝の念をお伝えしておきたい。これら2巻は、イギリスの社会や生々しい政治家の言動、大衆文化や風俗に精通した氏のこまかな訳注をはじめ多大なる助言と協力がなければ世に出ることはなかっただろう(なお、五井健太郎は連絡されたし)。

(聞き手・構成:小林拓音)

K-PUNK 夢想のメソッド──本・映画・ドラマ
マーク・フィッシャー(著) ダレン・アンブローズ(編)
サイモン・レイノルズ(序文)
坂本麻里子+髙橋勇人(訳)
https://www.ele-king.net/books/009508/

K-PUNK 自分の武器を選べ──音楽・政治
マーク・フィッシャー(著) ダレン・アンブローズ(編)
坂本麻里子+髙橋勇人+五井健太郎(訳)
https://www.ele-king.net/books/011401/

K-PUNK アシッド・コミュニズム──思索・未来への路線図
マーク・フィッシャー(著) ダレン・アンブローズ(編)
セバスチャン・ブロイ+河南瑠莉(訳)
https://www.ele-king.net/books/011511/

わが人生の幽霊たち──うつ病、憑在論、失われた未来
マーク・フィッシャー(著)
五井健太郎(訳)
https://www.ele-king.net/books/006696/

奇妙なものとぞっとするもの──小説・映画・音楽、文化論集
マーク・フィッシャー(著)
五井健太郎(訳)
https://www.ele-king.net/books/008958/

Doechii - ele-king

 優雅さ、成熟、成長、そして知恵を象徴する深い緑。フォレスト・グリーンやエヴァーグリーン、ディープ・モスグリーンとも呼ばれるその色は、美しい黒い肌に重ねることで、さらに贅沢な魅力を放つ。そんな黒い肌の美しさを持つDoechiiが、グッチ柄のブラウンスカートにフォレストグリーンの薄底アディダス・スニーカーをアクセントにして、深夜トーク番組〈ザ・レイト・ショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア〉のステージに立った。彼女を支える3人のダンサー兼シンガーたち(ここでは「彼女の姉妹たち」と呼ぼう)とともに、交差する円と三角形を編み込んだ髪でつなぎ、共通の祖先を思わせるフォーメーションを形成。彼女は『Alligator Bites Never Heal』から2曲をメドレーで披露し、2024年のテレビ界においてもっともバイラルな瞬間を作り上げた。完璧に計算された振り付けのなか、Doechiiは汗ひとつかかず、瞬きすらせずにその流れるようなラップを届ける。その技術の極致、そしてそれを超える完璧への執念がそこにあった。言葉の数学における自信、それはYasiin BeyやBeyoncéのようなアーティストのなかにしか見られない稀有なものだ。

 アルバム『Alligator Bites Never Heal』のジャケットには、エヴァー・グリーンの背景に木製の椅子に座るDoechiiの姿がある。その姿はアサンテ族の王を思わせ、彼女の膝にはアルビノのワニが鎮座している。そこには王者の威厳がある。
 アルバムは芸術作品であると同時に、ステージ上の輝きへの青写真でもある。同時代人であるタイラー・ザ・クリエイターもまた、アルバムごとにそのような魔法を実証してきた。最近の『Chromakopia』もそのひとつで、それは解きほぐし、観客の前で理解されるべき物語なのだ。

 今日のミュージシャンとラッパーはもはや同じものではない。かつて両者を同列に置くことにためらいはなかったが、その溝は広がり続けている。多くの者がただ良いビートを待つなかで、ミュージシャンたちはその多才さを保ち、革命的な思考によって楽曲が変容する魔法を理解している。〈コルベア・ショー〉が放送された直後、有名なインターネット放送〈タイニー・デスク・コンサート〉でDoechiiが9人の女性バンドと共演する最新プログラムが公開された。その空気感(ヴァイブス)はニューオーリンズのジャズ・バンドやファンカデリックを思わせるもので、彼女とバンドの一体感は、まるで生まれたときから一緒だったかのようだった。それは単なる一夜限りのコンサートというよりは、完全なる調和の産物だった。

 Doechiiの芸術は、現代のカラオケ的なラップ文化の対極にある。ステージでラップを偽装するバック・トラックは不要で、彼女にはパフォーマンスへの恐れがない。その存在は清涼剤のようで、ケンドリック・ラマーが彼女を「最強だ」と称した理由も頷けるというものだ。メディア嫌いで知られるケンドリックが誰かを公に称賛することは稀だ。そのため、多くの人びとが『Alligator Bites Never Heal』を今年のベスト・アルバム——いや、ミックステープと呼ぶべきだろうか——に挙げることも不思議ではない。だが、その区別は重要だろうか? もしミックステープがこれほど優れているなら、アルバムはもう必要ないだろう。

 19曲が収められたこのミックステープを思い浮かべると、ブラウンとエヴァー・グリーンで彩られた図書館が想像される。各短編がグッチのプリントで包まれ、Doechiiはまるで司書のようだ。なぜか? ケンドリック、バスタ・ライムス、エミネム、ア・トライブ・コールド・クエストらを模倣する能力が、彼女のソリッドで完璧なフローに絡み合っているからだ。
 ラップの各時代をスラップの限り大胆不敵に表現し(“”Boom Bap”)、韻の遊び心を蘇らせ(“Denial is a River“)、バスタ・ライムス(“Catfish”)に敬意を表し、90年代のR&B(“Wait”)でさえもフィール・グッドに仕上げ、フランク・オーシャンの芳香を発散するタイトル・トラックで締めくくる。ここでの模倣は才能の欠如ではない。多くの世代を育ててきたジャンルへの愛を示している。昨年(2023年)はヒップホップ50周年だったことを忘れてはならない。Doechiiはまた図書館司書のように、どの世代ともっともヴァイブが合うかを選び、それを音楽に反映させることができる。しかし、それは怠慢ではなくリスペクトだ。それは愛であり、ディスることではない。それは無能さではなく、多才さを意味している。

 もし『Alligator Bites Never Heal』のリリース直後にこれを書いていたなら、あるいは彼女の過去のヌード・ミュージック・ヴィデオ(“Crazy”)に影響されていたなら、この文章は異なっていただろう。だが、この原稿をリリースから数ヶ月後に記した自分に満足している。彼女の美意識、彼女の芸術、彼女の立ち振る舞いを知ることで、自分は満たされているからだ。そして彼女が「正式な」デビュー・アルバムを来年リリースしようとも、このミックステープが彼女をさらなる高みへと導く階段であることに変わりはない。


Symbolic in purveying elegance, maturity, growth, and wisdom, dark green which might be labeled forest green or evergreen or deep moss green, is also a luxurious color against beautiful, black skin. Doechii`s beautiful, black skin, in this case with no assumption. Armed in Gucci-patterned brown skirts with forest green thin-soled women`s Adidas as an accent, Doechii graced the stage of The Late Show with Stephen Colbert with her trifecta of dancer-singers (I will call them from here on her “sisters”).
In formation forming an interchanging circle and triangle, linked to each other by braided hair, our common ancestry, Doechii gave one of the most viral moments on standard tv for 2024 with a medley of 2 tracks from Alligator Bites Never Heal. Choreographed to the T, Doechii without breaking a sweat, delivered her flows without blinking an eye. Perfection of her craft with perfection on her mind. An air of confidence in word mathematics that we don’t see so much now except in performances like with Yasiin Bey and Beyonce.

The cover of Alligator Bites Never Heal has Doechii seated before the wisdom of an evergreen background in a wooden chair that reminds me of an Asante king. With her albino alligator on her lap, majesty there seems to be.

Albums act as pieces of art and also templates for the oncoming brilliance of the stage. Tyler the Creator, a similar contemporary, has demonstrated that kind of magic with every album, each one including the recent CHROMAKOPIA, a tale to be unraveled and then understood better in front of an anticipating audience.

Musicians and rappers are not the same anymore. I never hesitated before to keep both titles together but the gap between them is widening. Too many just waiting for a good beat. Musicians never wait maintaining their versatility understanding the magic of a song can metamorphosis just by a revolutionary thought. Only several moments after the Colbert show debuted, the famous Tiny Desk Concerts released their newest program with Doechii backed by a 9 piece all female. The vibes reminded me of New Orleans jazz bands and Funkadelic. The pin point, stop on a drop, symbiosis together with Doechii felt like 10 individuals born together instead of a one off concert. Such was their unity.
Doechii`s art is the antithesis of the current karaoke rap tribe. No need for a backing track on stage to fake rapping to, Doechii has no fear of performing. A breath of fresh air, there’s a good reason King Kendrick himself shouted out Doechii as “the hardest out.” A nod the media shy artist rarely gives to anyone. Some people are already considering Alligator Bites Never Heal the album of the year, excuse me, mixtape of the year. Does it really matter? If mixtapes are this good, I don`t need albums.

Peering into the 19 track mixtape, I imagine a brown and evergreen library with each short song covered with gucci prints. I imagine Doechii as a librarian. Why?
Intertwined in her solid, flawless flow, is her ability to mimic other famous rappers like Kendrick, Busta Rhymes, Eminem, and A Tribe Called Quest - often in the same song like “Denial is a River.” Like a librarian, inserting rap culture and nostalgia seamlessly. All love, no dissing, fearless to rep for each period of rap as long as it slaps (“Boom Bap”), reviving the playfulness of the rhyme (“Denial is a River”), paying respects to the Busta of all Rhymes, Busta Rhymes (“Catfish”), and even the feel good 90`s R&B (“Wait”) and ending with the title track emanating the Cali-vibes of Frank Ocean.
Mimicking here isn`t lack of talent. It`s showing all love for the genres that have raised many generations now. Let`s not forget that last year (2023) was the 50 anniversary of hip hop and it totally makes sense that such an artist as Doechii would appear now. Doechii can, again like a librarian, pick and choose what generation she vibes with the most and reflect that in her music. But its respect, not laziness. It`s love, not dissing. It`s versatility, not ineptitude.

I`m so glad that I didn`t pen these words the day after Alligator Bites Never Heal`s release. And I`m so glad that her past nude music videos didn`t educate my curiosity when I penned these words months after her release. And I`m content with her hyper-conscious view of beauty with her art, with her look, and with her sashay before I penned these words. And I`m nourished knowing she is free to create whatever she wants with her “official” debut album coming next year while Alligator Bites Never Heal stands has her stairway upward.

Tashi Wada - ele-king

人間が奏でる天上の音楽

 タイトル『What Is Not Strange?』が何を意味するのかを考えてみた。「何がおかしくないのか?」あるいは「おかしくないものとは何か?」、さらに反語表現として、「おかしくないものなんてあるのだろうか?」という解釈も成り立つかもしれない。
 すでに色々な媒体で言及されているように、このタイトルは、フィリップ・ラマンティア(Philip Lamantia 1927-2005)が1967年に出版した『詩集(Selected Poems)』所収の同題の詩に由来する。ラマンティアはアメリカにおけるシュルレアリスム詩の導入とビートの黎明期とに跨る存在として、近年、再評価されている詩人のひとりだ。このアルバムの音楽的な特徴に目を向ける前に、タシ・ワダがインスピレーションを受けたラマンティアの詩の世界に触れる必要があるのではないか。そう思い、筆者はラマンティアの詩をいくつか読んでみたのだった*1。だからと言って、このアルバムの、この音楽の、何がわかるのか?と問われてもすぐに答えられないのだが、ぼんやりとした夢の世界を切り裂くように現れる死、そして新しい生の誕生という名の希望が再び現れる。このような物事のなりゆきについて、筆者はラマンティアの詩をとおして自分なりにイメージを描くことができた。
 ラマンティアの詩「What Is Not Strange?」はレイアウトが普通の詩(この文脈では何を「普通」とするのか議論したくなるが)とやや異なり、各詩行がΣ(シグマ)を反転させたようなジグザグの形状で配置されている。ビートニクスたちが日常生活の中にテーマを見つけて、それを直感的、衝動的に言葉へと変換したのに対し、ラマンティアは象徴的、魔術的なテーマで言葉を紡いだ。彼は実際に目に見えているものだけでなく、その根源やその先にあるものを想像し続けた詩人だった。シシリアの海、紫式部の扇子、ジェロニモ、スーパーマン、聖なるビスケット、ローマ帝国など、脈絡のない風景、人物、「What is not strange?」の中に次々と現れては消えていく。最後に「GO AWAY & Be Born No More! DO A KUNDALINI SOMERSAULT! (去ってくれ。そして、もう二度と生まれるな!クンダリーニの宙返りをしろ!)」と、語気を強めてこの詩は荒々しく終わる。夢物語のような風景は永遠に続かず、死と生が私たちをゆさぶる。
 このアルバムと近い世界観を共有する作品として、アピチャッポン・ウィーラセタクンの「世紀の光」(2006)と「光りの墓」(2015)もあげられる。アピチャッポンの映像は人物や風景だけでなく、それらを照らす光の微かな変化が観る者に何かを示唆する。それは時間の移り変わりや、連綿と続く生と死との交替といった、普遍的で壮大な物語へとつながる。『What Is Not Strange?』はワダの私的な出来事を契機としているが、個人の物語にとどまることなく、宇宙をも包括する、世界のより深くて本質的なところへ手足を伸ばそうとしている。アルバム全体からそんな印象を受けた。

*1. The Collected Poems of Philip Lamantia (University of California Press, 2013)はラマンティアの没後に出版された全集。

 パンデミック禍の閉ざされた日々、父であり、近年はコラボレーターでもあったヨシ・ワダの死、娘の誕生−2020年からこれまでの間、ワダの周りに起きた出来事が『What Is Not Strange?』の大きな着想となった。これらの出来事についてワダは次のように語っている。

 世界の不確かさは人生のそこかしこに現れて、私はそれに包み込まれているように感じます。当たり前と思っていることはしばしば大部分がゆらいでいます。父が亡くなり、そして娘が生まれました。パンデミックの間に起きたこれらの出来事は私の世界をひっくり返し、新しい現実へと招き入れてくれたのです。*2

*2. Tashi Wada Interview, “Tashi Wada Shares his Creative Process for What Is Not Strange?” Fifteen Questions, https://www.15questions.net/interview/tashi-wada-shares-his-creative-process-what-not-strange/page-1/

 ワダが言う「世界の不確かさ」を彼の音楽に引きつけてみるならば、このアルバムの鍵盤楽器(主にハープシコード)で用いられているジャン=フィリップ・ラモー*3の中全音律(ミーントーン)の不安定なゆらぎによる響きが想起される。均等な比で分割され、どの調で演奏しても安定した音程関係を得ることができる十二平均律と異なり、中全音律はウルフと呼ばれるうなりが特定の音程間でどうしても残ってしまう。このうなりから生じる、ある種の不安定な響きには抗し難い魅力があることも否定できない。この特殊な調律のおかげで、アルバムの至るところで聴こえるハープシコードの和音、バグパイプ、弦楽器、シンセサイザーによる持続音は独特の浮遊感をまとっている。
 アルバムの表題曲で、生命の誕生を予期させるファンファーレ、1曲目「What Is Not Strange?」はワダが父のヨシ・ワダと共作した前作『FRKWYS Vol. 14-NUE』(Rvng Intl, 2018)の、ドローン(持続音)を主とするいくつかの楽曲── “Aubade”、“Litany” 、“Niagara” 、“Mutable Signs” ──とのつながりを感じさせる。だが、次の曲 “Grand Trine” が始まると、『What Is Not Strange?』が前作とはまったく違うアルバムなのだと気付かされる。なぜなら、このアルバムには声と歌があるからだ。
  “Grand Trine”がこのアルバムのハイライトだと断言してもよいだろう。ハープシコードが始まりの和音を鳴らし、そこにジュリア・ホルターの声が降臨する。ここではあえて「降臨」という表現を使いたくなるほど、この曲は神秘と驚きに満ちている。タイトル “Grand Trine”は、等間隔に並んで正三角形を作る星座の配置を、父、母、娘の3人の存在に見立てている。中間部でのハープシコードによる装飾的なパッセージはラモーやフランソワ・クープラン*4の鍵盤楽器曲を想起させることから、この曲はしばしば「バロック・ポップ」や「チェンバー・ポップ」(この「チェンバー」は室内楽を意味する)と評されている。

*3. ジャン=フィリップ・ラモー Jean-Philippe Rameau(1683-1764)フランスの作曲家、音楽理論家。オペラ、鍵盤音楽、室内楽曲など数多くの楽曲を遺しただけでなく、『和声論』などの理論書で西洋音楽理論研究にも大きく貢献した。

*4. フランソワ・クープラン François Couperin(1668-1733)フランスの作曲家、オルガン奏者、ハープシコード奏者。4巻にわたるクラヴサン(ハープシコードのこと)曲集で知られている。

Tashi Wada/ What Is Not Strange?

  “Grand Trine”とあわせて聴いておきたいのが、ワダの公私にわたるパートナー、ジュリア・ホルターのアルバム『Something in the Room She Moves』(Domino, 2024)、1曲目 “Sun Girl ”だ。ワダとホルターのアルバムはほぼ同時期に制作されたのだという。どちらのアルバムも鍵盤楽器、声、シンセサイザー、バグパイプ、弦楽器、打楽器によるアンサンブルで演奏されているが、ホルターのアルバムはこの編成にフルート、クラリネット、トランペットなどの管楽器とフレットレス・ベースが加わり、よりポップで、メロディを重視した仕上がりとなっている。なかでも、新しい生命の誕生を寿ぐ “Sun Girl” は、ワダの “Grand Trine” と同じく、ホルターのヴォーカルの唯一無二の個性と魅力を活かした曲だ。この2曲は対になっているともいえ、ワダとホルターの関係とも重なる。

Julia Holter/ Sun Girl

  “Grand Trine”以降はオルガンの音色を多用した厳かな雰囲気の曲が続くが、5曲目“Flame of Perfect Form”では、ホルターの声と、激しく咆哮する打楽器とヴィオラが荒波のようにぶつかり合って混沌とした場面を見せる。7曲目 “Subaru” は調子の外れた(これがおそらく中全音律の効果なのだろう)反復パターンと声による短い間奏曲の役割を持ち、アルバムは終盤へと差しかかる。
 静かに打ち鳴らされる打楽器で始まる10曲目 “Plume” では、聖歌の伴奏のような佇まいのオルガンが徐々に変容し、いつのまにか声や他の楽器とともに情熱的なパッセージを奏で、曲全体がクライマックスを迎える。これに続くのが、アルバムのコーダ(終結部)にあたる11曲目 “This World’s Beauty” で、まるで1曲目 “What Is Not Strange?” に戻ってきたかのようにハープシコードの和音が鳴らされる。このような曲の並びによる構成そのものも、生と死の絶えざる循環を描いているのかもしれない。

 2024年9月13日にブルックリンにあるスペース、ルーレット(Roulette)で、このアルバムの全曲演奏が行われた。幸い、その時の映像が全編公開されており、この音楽が実際にどう演奏されているのかを具に見ることができる。興味深いのは、生演奏がほとんどを占めていることだ。この映像を見ると、『What Is Not Strange?』は人間の手と想像力による天上の音楽なのだとわかる。

Tashi Wada, “What Is Not Strange?”
Roulette Intermedium, Brooklyn, NY, September 13, 2024.

cumgirl8 - ele-king

 情報情報情報、情報の波に押し流される。現代に生きる我々はもはや日々更新される情報に抗うことなどできはしない。今日もまた信じる誰かが信じられないことをして知らない誰かに責められる。心の平穏を保つため一旦離れてみようかとそう考えようにもその間に知らない情報が溜まっていく。知っていた方がいいことに知らないと損をすること。我々は得をしたいのではなく損をしたくないだけなのだ。だから買い物するときに評判を調べもせずに買うことなんてできやしない(Amazonというのはもはや商品の買えるレヴュー・サイトだ)。どうせなら良いものが欲しいし、効率的に生きていたい。ログイン・ボーナスを取り逃がすなんてもってのほかだ。そうやって今日もインターネットの空間を漂い続ける、何か良いものを見つけるために、逃してしまうことのないように。そんな世界を我々は生きている。

 そうして閉塞感を抱いて疲弊してもいる。だから心の底でそれを吹き飛ばしてくれるような存在を求めるのだ。そう、そしてこれこそがそれだ。我々(そんな大きな主語が必要ないなら、私)はニューヨークのバンド、カムガール8を聞いてドキドキする。まるでレトロなサイバーパンクの映画から抜け出て来たような空気をまとった存在。クラック・クラウドの1stアルバム『Pain Olympics』のビデオの世界にピンチョンの重力の虹からインスピレーションを得たクラクソンズを混ぜ、そこに初期のHMLTDを加えたような雰囲気を持ちながら、彼らとは違う星からからやって来た人びと。カラフルな文字が踊るゴシップ記事のように低俗で、それでいてそのなかに哲学を潜ませ現代社会に問いかけるサイバー世界の住人たち。アートワークからザ・スリッツをイメージし中身からスージー・アンド・ザ・バンシーズとESGを思い浮い浮かべる。もちろん最初の曲 “Karma Police” からはレディオヘッドだ。だけど曲はちっとも似ていない。この曲は素っ頓狂なヴォーカルのサイバー・シンセウェイヴだ。「コミュニケーション・ヴァケーション/メンタル・マスターベーション」とおちょくるように韻を踏み、下から上へと、あらゆる語句でいらだち、軽快にノーを突きつける。なだれ込むというよりかはいつの間にかはじまっているという感じの次の曲 “Ahhhh!Hhhh! (I Don’t Wanna Go)”──なんて素晴らしいタイトルだろう──はもっと暗く、アナログ・シンセの影が差し、80年代のニューウェイヴ・バンドと00年代のエレクトロクラッシュのグループの間のラインを駆け抜ける。もうこの時点ででワクワクが止まらない。“hysteria!” ではさらに顕著にシンセを使い、70年代80年代、かつて信じられていたレトロな未来の姿の音を表現する。繰り返される暗い世界のフレーズに膨らむベースの低音、チープでふくよかかな宇宙に不安に揺れる心のつぶやきがこだまする。それは現実ではない、サイバー空間の、想像上の未来の音だ(私はここにHMLTDの “Is This What you Wanted?” の夢を見る)。

 もっとパキッとした音で組み立てることもできたのかもしれないが、カムガール8がここでアナログ・シンセの音を選んだことがこのサイバー空間のイメージを決定づけている。音で埋め尽くすようなハイファイで現代的なデジタル・サウンドに仕上げるのではなく、レトロフューチャーな過去から見た未来を表現する。それこそがこのアルバムに自分が最も惹かれる部分だ。Wifiの電波をスマホでつかむような世界ではなく、物理的な回線によって繋がれたワイアードのインターネットの世界。どこからでもではなく、どこかからしか繋がれない不自由な世界。マウスもシンセも線で繋がれて、表現できる容量も色にも限りがある。このアルバムは解放された先にある自由を夢見ていた不自由な時代の幸福にあふれている。

 テクノロジーが進化することで、いまよりずっと良くなる未来の姿を容易に思い描けた時代の夢。それは単純にY2Kリヴァイヴァルだということなのかもしれないが、自分の頭にはフォンテインズD.C.のベーシスト、コナー・ディーガンがインタヴューで話していた言葉が浮かぶのだ。「過去の時代に想像していたような未来の姿を表現したかった。残念だけどいまの時代に未来を想像しても、いい感じの未来が見えて来そうにないからさ。でも過去のある地点、たとえば90年代に思い描かれていた未来っていうのはもっと面白く、もっといいものだったような気がするんだよ」この発言は彼らの4thアルバム『Romance』のプレスショットについてのものだが、カムガール8のアルバムはそれに通じる場所から来たものだと思えてならない。
 彼女たちはもっと俗っぽくユーモアを交えたやり方で、いまとは違う世界の未来を描くのだ。鮮明で情報にあふれた現代のサイバー空間は殺伐としていて、もはや逃げ場として機能する架空世界ではないのかもしれない。繋がりから解放され自由を得たはずなのに、心の多くを占めるのはそれをしなければならないという強迫観念的な不安と間違いを犯すことへの恐れだ。かって夢見た世界とは似ても似つかない。だけどもこのカムガール8の音楽はここではないどこかに行くための逃避の為の音楽ではない。過激な表現を身にまといながらも、ユーモアとバランス感覚を持ってこの世界に希望を提示する。最終曲 “something new” で繰り返される「somebody new/You'll find something true with somebody new」という言葉に自分は希望を持ってこの世界を生きようというメッセージを感じる。あの頃に戻ろうではなく、新しい未来を作ろう、私たちにはそれができるというメッセージ。過激な表現とピュアな心が交じり合った音楽にワクワクするのはそこに今より素晴らしい世界の希望を見出しているからかもしれない。現実を離れた、されども繋がっている、そんなポジティヴなSF世界の広がりをここに感じる。

The Cure - ele-king

 16年という歳月は、少なく見積もっても16通りの可能性と熟考を伴う16の人生を反映した期間だ。しかしながらこの16年間、ザ・キュアーからの言葉は一切なかった。ザ・キュアーの最後のリリースから16年が経過したというのは、控えめに言っても驚くべきことだ。これほど多作なバンドが、ただ消えてしまったのだ。実際には、彼らは断続的にツアーを行い、Instagramのアカウントを維持するなど、なんらかの発信はあった。しかし、それでもなお、どこか意図的に現実から切り離されていた。
 ザ・キュアーの「多くの現実」は、『Wish』から2008年までのリリースがどこか断片的で、かつての激しさを失っていたことが私に少なからぬ不安を与えていた。彼らのデビュー・アルバム『Three Imaginary Boys』(1979)における軽快で鋭いポップ・サウンドを思えば、その期間のキュアーが「憂鬱のゴスキング」としての最終的な戴冠へと向かっているようには思えなかったし、いまふたたび80年代半ばの明るく軽快なポップ路線へ転向するとも、あるいは、ゴシック・サイケデリアへと見事な弧を描きつつ大人びたサウンドにいくようにも思えなかった。

 そんな私がある寒い静かな夜、外の寒さをしのぐために立ち寄ったタワーレコードで偶然新作を見つけたときに覚えた不安をお察しいただきたい。白黒で不明瞭な、控えめで魅力的とは言い難いアートワークには、バンド名さえ自信なさげだ。それは喜びではなく、私に戸惑いを引き起こした。最初の30秒を聴いても歌がなく、1分経っても、2分経ってもヴォーカルが現れない。レトロでシンプルなシンセサウンドも最初は火花を散らすような魅力は感じられなかった。だが、不思議なことに私はそれを聴くのをやめられなかった。各楽器はじょじょに感情を重ねていき、やがて魔法のように濃厚なスープのようなサウンドが私を捕らえて離さなかった。そして3分20秒後、ロバート・スミスの変わらぬ声がフェイドインすると、1997年から2024年までの弧がおのずと架けられたのだった。

 『Songs of a Lost World』は、私が今年もっとも強く愛着を感じた、もっとも暗く、悲しく、それでいて抗えないほど聴きたくなるアルバムだ。そのリリースは一見すると目立たない一過性の出来事のように見えるが、不安定な世界、トランプ大統領の再登場、喜びとシリア解放への不安定な期待、さらには韓国の驚くべき混乱という状況下においては、なんともその存在感がしっくりくる。スミスは、このアルバムがそんな「タイムカプセル的瞬間」になるとは意図していなかったのだろうが、宇宙に間違いはない。いまこそ人びとはザ・キュアーを必要とし、その必要性は際立っている。スミス自身、シングルらしくないスローテンポの“Alone”が英国のラジオ局で頻繁に流れていることに驚いているではないか。

 エモが誕生する以前のエモ、固定観念の市場において多面的な存在感を放つザ・キュアーは、可愛らしく踊れるポップ・ソングを送り出したかと思えば暗く荒涼とした英国ゴシックへと逆戻りし、感情、愛の危うさ、そして究極的には死の未知なる本質について、荒々しく論じている。
 『Songs of a Lost World』、とくに“Alone”と“Warsong”を聴くと、サイケデリック期の“Burn”を思い出さずにいられない。苦痛に満ちた感情表現と音響的な魅力において、ザ・キュアーはその不在期間中、自らの最良の要素を見直し、それらを集約して最高のものを絞り出したのだ。
 それは単なる作曲だけでなく、バンドのソウルとエモーションに根ざしたものだった。各楽器は録音上でクリアに響き、バンド全体がまるでポップ・ジャズ・バンドのように一体化して機能している。コーラス部分もぎこちなくなく、むしろ強烈で、新規リスナーも古参ファンも歌いたくなるような誘引力がある。この新しいアルバムは彼らのディスコグラフィーに自然に溶け込みつつ、しかし過去の作品のいくつかを凌駕している。

 2020年代は、新しい形でのゴシックが再興した。だからこそ、ザ・キュアーの復活は奇妙にも筋が通っている。運命に間違いがないと信じるならなおさらだ。人びとはいまザ・キュアーを必要としている。『Songs of a Lost World』は、1992年以来初めてビルボード・チャートの数々で1位を獲得した。それは正気の沙汰ではないが、同時にザ・キュアーの音楽がいかに普遍的であるかを物語ってもいるのだ。


16 years reflects 16 lifetimes with at least 16 possible outcomes and ruminations and yet not a word from the Cure. For it to be literally 16 years since the last Cure release is jaw-dropping to say the least. For such a prolific band to just. . .disappear. In reality, they were touring on and off while maintaining an Instagram account among other transmissions. But still somewhat intentionally disconnected from our reality.

The many realities of the Cure has previously created a bit of anxiety for me as the later releases after “Wish” before 2008 were slightly fragmented without the previous coherence and intensity. Peering back at their very first album of flat, agile, angular pop “Three Imaginary Boys,” it would never seem to point toward their eventual crowning as goth kings of sadness and gloom. Nor their coin toss change to bright skippity pop in the mid 80’s. Then their amazing arc to goth psychedelia which would end up truly defining their most adult sound.

So you would have to forgive me my acute anxiety finding their record in tower records purely by accident one quiet cold night while I sought to keep warm from the outside. The unassuming unappealing artwork of unintelligible black and white with even their name somewhat obscured didn’t spark a jump for joy. I reluctantly listened to the 1st 30 seconds with no vocals and then 1 minute with no vocals and then 2 minutes with no vocals with very retro simple synth not creating a spark but i couldn’t stop listening as the band steadily layered more emotions through each instrument creating a thick

soup of magic which refused to let me go. After 3 minutes 20 seconds, Robert Smith’s vocals came fading in and his voice, unchanged, naturally bridged an arc between 1997 and 2024.

“Songs of a Lost World” Is the most bleak, sad but irresistibly listenable record I’ve ever felt so attached to this year. It’s release seems by untrained eyes a blip, an outlier in this incongruent year but feels just so right with a dark unbalanced world, the incoming Trump presidency, joy but uncertain apprehension towards the Syrian liberation, and the surprise instability for South Korea. Smith never meant for the record to be such a time capsule moment but the universe makes no mistakes. People need the Cure and they really need it now. Smith himself felt the surprise of “Alone,” an incredibly un”single”-like slow song being in high rotation on UK radio stations.

Emo before emo, versatile in a un-versatile market, the Cure is a multi-faced burst of energy that squeaks out cute danceable pop songs and then reverses backwards to dark, stark English goth, and stormy dissertations on pure emotion, fraught love, and ultimately the unknown nature of death.

Listening to “Songs of a Lost World” and especially “Alone” and “Warsong” reminded me immediately of “Burn” from their psychedelic period. Torturous and emotional lyrically and sonically, I feel that The Cure took a look during their absence, at their best attributes, collected

them and squeezed out the best. Not just with songwriting but primarily with feeling and with the soul of the band. Each instrument in the band on record is crystal clear with the band itself united like a motor. Almost like a pop jazz band. The choruses aren`t awkward but intense and inviting to sing for anyone new or old. The new album sits snuggly in their discography without sticking out and actually towers some of their other work. The 2020`s have seen a renewal of goth, in a new way of course. So it does strangely make sense that the Cure have returned, especially if we choose to believe that fate doesn`t make mistakes. The people need The Cure and it shows. “Songs of a Lost World” has gained the number 1 spot on numerous Billboard charts, their 1st in 1992. That is quite insane but also speaks to the universality of The Cure sound.

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