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Animal Collective

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橋元優歩   Feb 19,2010 UP
E王

 躍動的な2拍子に、『フィールズ』(2005年)以降のアニマル・コレクティヴの神髄がある――というのは、かなりな大見栄を切った言い方になるだろうか。"グラス""ファイアワークス""ウオーター・カーシズ""サマータイム・クローズ"――2拍子の中に激しい三連拍の連なりを感じさせる、あの独特のリズム。あれが聴こえてくると「おや、これは名曲かな」と期待してしまう。アニマル・コレクティヴは"生"のバンドだ。リズム自体に細胞の一個一個を沸き立たせるようなエネルギーがある。そしてパンダ・ベアの声の強度は、静かに、確信に溢れて、正の方向へ扉を開く。扉の外に渦巻いているのは、新しい想像力だ。

 例えばパンダ・ベア3枚目のソロ・アルバム『パーソン・ピッチ』のジャケット。子どもたちと動物が入り交じって温泉かプールのようなところに浸かっている。一見微笑ましい写真(コラージュ)だが、狭いスペースに、みんな膝を抱えてひしめき合っているのが不思議だ。表情もとくに楽しそうなわけではない。なんだかミーティングの最中ででもあるかのように見えるし、子どもたちはみんな水着か服を着ている。......びりびりっときた。そこが決定的にいい。プールだったら水着を着るのは当たり前かもしれないが、なにかここには非常に複雑な想像力が働いているために水着が着用されている、という感じがするのだ。自分が裸になりたくないから、というより、裸になりたくない人に裸を強要しないために水着を着る。まるでそんなふうに見える。コミュニケーションの範囲が個対世界へとドラスティックに広がってしまった時代に、この発想は必須だ。知らない隣人たちへの複雑な想像力が、彼らを守り、自らを守ることになるだろう。

 この作品はアグネス・モンゴメリーというアーティストによるものだが、私はすでにパンダ・ベアと彼女とを切り離して考えられない。ソロのシングルのジャケットはみな彼女が手がけているし、サイケデリックで無国籍的なイメージを駆使して、祝祭的なムード、横溢する生命感、ここにはすべてがある、といった子どものような全能感を現出させる手法もよく似ている。そして何より、それらのイメージを徹底的に対象化する冷静な知性が、両者のなかで水銀のように光る。

 なんなら『パーソン・ピッチ』のジャケットを開けて、ディスクを取り出してみればよい。その下に隠れているのは、ノア・レノックス(=パンダ・ベア)自室のデスクとおぼしき上に、廟のようにアイ・マックが鎮座している写真。そうなのだ。ここが、彼の"世界"だ。自分としてはそれまでのイメージが一瞬で洗い流されたのだが、なるほど、森や山やヒッピー・カルチャーのなかに彼はいなかったのだ。それはこの白いディスプレイのなかにある。そして彼自身はもっとも激しく情報が摩擦する北半球の心臓、アメリカの、リアルな住まいのリアルな部屋からオンラインで世界を眺めている。そこに流露しているのは、ナチュラルにグローバルな感性だ。森も神秘もナバホ族もワン・クリック。それらが誰かの飼い猫の今日の様子などとフラットに並ぶ世界に対して、彼にはそれを言祝ぐような、融和的で肯定的な気分がある。

 『キャンプファイア・ソングス』が再発された。これはライヴ・アルバム『ホリンドアゲイン』を除けば3作目と見なされる2003年作品だが、録音自体はアニマル・コレクティヴという名義で活動する以前、2001年の11月におこなわれている。メンバーはパンダ・ベア、エイヴィー・テア(デヴィッド・ポーター)、ディーケン(ジョシュ・ディブ)の3人。ディーケンは、バンド結成以前に自身のレーベル〈サッカー・スター〉からパンダ・ベアのソロ作をリリースしている人物。これに次いで『ヒア・カムズ・ザ・インディアン』『サング・トンズ』『フィールズ』と続く。

 この頃の作品は、現在(『フィールズ』以降)とは大きく異なっている。音もそうだが、いちばん大きいのは攻撃性ではないだろうか。最近のエレクトロニックな音使いからは考えられない(むしろ現在の彼らの音が、以前からは考えられない変化を遂げているのだが)、ギターと唄のみのシンプルでローファイな作品。野外での弾き語りをソニー製のMDで一発録りしたというもので、ギターと彼らの声の他には虫や風、雨やせせらぎのようなものが聞こえてくる。シンプルとは言ってもとても口ずさむことのできない祝詞のような旋律で、ビートも小節線もあったものではない。それぞれの方向からとぎれとぎれに紡がれる深更のアシッド・フォーク。まさに揺らめく焚き火の傍らで、声もトレモロも夜闇の奥深くに吸い込まれていってしまうようだ。ここにはおよそ融和的な雰囲気はない。むしろ世界に見切りをつけるかのような、厭世的で排他的なスモール・サークルを思わせる。彼らは静かに、世界に対してクラッキングを仕掛けているかに佇む。

 しかし、それでもノア・レノックスの声というのはすごい。他の声や音を一気に束ねてしまう。初期作で言えば『ダンス・マナティ』などの神経に障るノイズ感はエイヴィ・テアのテイストなのかもしれないが、やはり唄となるとパンダ・ベアの出番だ。だから前2作に比して、唄のアルバムである本作にはパンダ・ベアの本領がより色濃く現れているように感じられる。その声は攻撃性と内向性を凝縮させた固いボールのように、扉をぶち破ってくる。いまではそれが、融和性と外向性となって世界の扉を叩く。ここの変化がアニマル・コレクティヴを当世随一の存在へと押し上げた。根元は同じものだ。冒頭に挙げた2拍子に心の底から踊らされるとき、耳は同時に"Doggy"の風が起こすキャンプファイアの揺らめきや、"Moo Rah Rah Rain"の雨の音を聴き取っている。

橋元優歩