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60年代末のドイツのベルリンのコミューンから生まれたのがアモン・デュールなら、ハンブルグとブレーメンのあいだにある街、ヴュメの廃校のアート系コミューンを拠点としたのがファウストである。"なぜニンジンを食べないの?"というオモロい曲名と大胆なサウンドコラージュ、透明なヴィニールのレントゲン写真をアートワークとした彼らのデビュー・アルバム(71年)、言葉遊びやナンセンスを追求したミニマル・ポップの傑作『ソー・ファー』(72年)、そしてかのリチャード・ブランソンが契約を交わし、"カット&ペイスト"アルバムとしては世界で最初のヒットとなった『ザ・ファウスト・テープス』(73年)......"まともでない"クラウトロックの宇宙においてひときわ諧謔と知性を感じるのがファウストである。ファウストは、ポップの史学ではたびたび「スタジオを楽器として使用した最初のバンド」と記されるが、そのファウストのスタジオを使って録音されたのがトゥ・ロココ・ロットの新しいアルバム『スペキュレーション』というわけだ。
1996年に〈キティ・ヨー〉から最初のアルバムを発表した、ステファン・シュナイダー、ロナルド&ロベルトのリポック兄弟の3人によるこのバンドは、あの時代のポスト・ロックなる動きのベルリンからのアンサーとして注目された。潔癖性的なポスト・ロックとエレクトロニカを軸にしながら、彼らはアルバムを出すたびによりユニークなサウンドを手に入れつつあるように思う......というか、最初の2枚は毒に薬もならないポスト・ロックをそのまま体現しているバンドのひとつに過ぎなかったが、3枚目の『アマチュア・ヴュー』(99年)におけるメロウなサウンドでいっきに評価を高め、〈ドミノ〉に移籍してからの『ホテル・モルゲン』(04年)でもエレクトロニカの甘い享楽に耽っているという、悪くはないが積極的に話題にしづらいバンドだった。
が、オリジナルとしては6枚目となる今作で、3人のドイツ人はさらに前に進もうとしているのだろう、冒頭に書いたようにファウストのスタジオを借りて新境地に挑んでいる。言うなれば、クラフトワーク、プラッド、ブライアン・イーノの領域から、ファウストやクラスターのほうへと向きを変えているのだ。緻密に計画された実験から、どこへ行くのかわからない実験へとハンドルを切っている。より生々しい演奏に挑戦しているのである。
『スペキュレーション』はトゥ・ロココ・ロットのクラウトロック・アルバムである。ロマンティックでメロウな感覚はなくなり、乾いた遊びの感覚がある。1曲目の"アウェイ"と2曲目の"シーリー"は、失礼だがトゥ・ロココ・ロットとは思えないほどの躍動感があるり(とくにベース)、それは明らかにハルモニアを連想させる。もちろんハルモニアの複製ではない。これまで彼らが15年かけて磨いてきたエレクトロニック・サウンドとの有機的な結びつきにおいて、新たに更新されるクラウトロックである......と言ったら褒めすぎだろうか。
クラスターの電子の遊びを継承する"ホーシズ"も素晴らしい。広大な一軒家で暮らすメタルも絶賛の、4/4ビートが入った"フォワードネス"はトゥ・ロココ・ロットの真骨頂であるメロウなトラックで、今回の関して言えばアルバム全体のなかではむしろ異質である。この曲は先行シングルのB面に収録されている。
ベストトラックは"ウォーキング・アゲインスト・タイム"だろう。感傷主義からは100億光年離れた場所で鳴っている前衛的なパーティ・ミュージックだ。シングルではA面に収録され、シャックルトンがリミックスしている、ファウストのハンス・ヨアヒム・イルムラーが参加した"フライデー"は、クラスターとコンラッド・シュニッツラーの現代解釈である。しかも......シンセサイザーのリフはヘア・スタイリスティックスみたいなのだ。
まあ、だからこれまでのファンを裏切る作品であるとも言えるだろう。素晴らしいのは、ファウストのスタジオを使ったことがまったく無駄になっていないことだ。よく言う言葉で恐縮だが、楽しい実験である。
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"UKガラージ"がテムズ川から南に位置するクロイドン近郊で"ダブステップ"へとトランスフォームしたのは周知の通りである。そこからしっかりと広がって、あるいはインターネットや媒体などを通してウイルスの如く目まぐるしい速度で感染していったわけだ。いまは亡きクロイドンの伝説的レコード店〈Big Apple〉から育っていったダブステップの先導者たち――スクリーム、ハイジャック、ローファーなども、"ガラージ"というフィルターを通り、インスパイヤーされている。実は筆者は2001年から2004年までのあいだのロンドン在住中、サウスロンドンのクラハムノースに住んだことがある。が、当時サウスロンドンでこのようなムーヴメントが起こっていようとは知る由もなかった。たしかにクロイドンが位置する南ロンドン周辺は、古くからジャマイカン・ミュージックやジャングル、ドラムンベース、ガラージの恩恵を受けた音楽が豊富なエリアではあるが......。
"ガラージ"の未来を担い、ポスト・ガラージの最左翼と称される20代前半の若者が昨年クロイドンからまた現れた。たった1曲により世界中を席巻してしまったジョイ・オービソン――本名はピート・オーグラディ(Pete O'Grady)という青年のことで、2009年の代表的なトラックとして取り上げられる「ハイフ・マンゴ(Hyph Mngo)」を発表したプロデューサーである。アーバン・サウンドのセンスとアイデアとクロイドンならではのサブカルチャー、そして"ガラージ"......まさにこれぞ"ミューテーション(突然変異)"というに相応しい音楽である。
ジョイ・オービソンは、12歳からDJをはじめている。ハウスやUKガラージがその中心だった。そこから、エレクトロニック・ミュージックの知識を貯え、多様な音楽性のDNAを受け継いでいる。ゆえに彼がアーバン・ベース・ミュージックのネクスト・レベルを提唱するのも必然かもしれない。 最近では、ホセ・ジェームスの「ブラック・マジック」、フォ ーテットの「ラブ・クライ」などのリミックスでも評価を高めている。
今作「The Shrew Would Have Cushioned The Blow」は、〈シンプル・レコーズ〉主宰のウィル・ソウル(Will Saul)とフィンク(Fink:〈ニンジャ・チューン〉所属)のふたりが運営しているレーベル〈Aus Music 〉からのリリースとなった。トレブルやミドルレンジがあまり広く用いられないサブ・ベース主体のダブステップに反して、上質なトレブル・サウンド・コラージュがプログラムされている彼のニュー・ガラージ感覚が注がれている。
ひょっとしたら新たなサブジャンルの誕生かもしれない......ふたたびクロイドンから世界に向けて。そしてまたしても世界中で感染するのだろう。
この連載の2月でも紹介したサブトラクト(Sbtrkt)だが、UKガラージ色が濃かった変則ビートの「ライカ(Laika)」に続いて、〈ブレインマス(Brainmath)〉からミニマル x ガラージを基調とした大傑作EPが届いたので紹介しよう。タイトル・トラック"2020"は、アートワークが暗示するように近未来の世界を模写したシネマティックなサウンドで、ブリアルの浮遊間溢れるダーク・エレクトロニカ感覚をさらに押し上げ、深い叙情性に富んだアンビエント・ビートなトラックになっている。4つ打ちを取り入れたハード・ミニマルなドライヴ感と音響派コズミック・ガラージとでも言えばいいのか、その素晴らしい"ジャムロック( Jamlock )"、ディープ・ミニマル・ダブと共鳴するインダストリアル・ベルリン・ステップな"ワン・ウィーク・オーヴァー"、エレクトリックなシンセ群が魅力的に交感し、パーカッシヴなビートがそれをフォローするガラージ・ステップ"パウス・フォー・ソート"......収録された4曲すべてが素晴らしい。
サブトラクトは最近はリミックス・ワークも好調で、オリジナルにいたっては発表するたびに新たな試みが具体化されている。彼もまた、新世代の旗手としてジャンルレスな活動をしていくだろう......と言うよりすでに各方面で話題だが......。いずれにせよ、これこそ近未来のダブステップである。と同時に、実にDJフリンドリーなサウンド・パックでもある。
〈ノンプラス〉とは、ディープでアトモスフェリックなドラムンベースをリリースしていたインストラ:メンタル(Instra: Mental)主宰のレーベルである。インストラ:メンタルは、2009年に〈ノンプラス〉を立ち上げ盟友ディーブリッジ(dBridge)とともに「ワンダー・ウェアー/ノー・フューチャー」をリリースすると、続いてインストラ:メンタルの「ウォッチング・ユー/トラマ」を発表、シーンにディープ・ドラムンベースとでも呼ぶべき新風を巻き起こしている。ところが、2009年中頃からダブステップへとシフトしていくのである......もっともインストラ:メンタルの"音質"と"ダブステップ"との相性が抜群であったのは明らかだったのだが......。とにかく、彼らはダブステップへの転身により、アーティストとしてより輝き放ったのである。
転身したとはいえ、その作品の大半は、トライバル・ステップやドラムンベース・トラックの作品でお馴染みの、アトモスフェリックなテッキー・ダブステップである。現在彼らはコズミック・ステッパー、エーエスシー(ASC)と一緒にアルバムを創作中とのこと......まったく楽しみな話と言うか、DJセットにどう組み込むか期待は膨らむばかりだ。
そして、レーベル5枚目となったリリースは、先述のジョイ・オービソン「The Shrew Would Have Cushioned The Blow」のリミックスも務めたアクロレス(Actress)である。アクトレス(女優)......と言っても男性プロデューサーで、彼の本名はダレン・J・カニンガム(Darren J Cunningham)というのだが。
ビート職人としても名高い彼は、独特のビート・カットやハッシュする技術により、秀逸なエクスペリメンタル・トラックを世に送り出している。2004年にレーベル〈Werk Discs〉をスタートさせ、デビュー作「ノー・トリックス」を発表している。デトロイティシュなビート・マエストロとの好評価を受け、2008年には、ファースト・アルバム『ヘイジービル(Hazyville)』、2009年にはなんとトラスミー(Trus'me)率いるハウス・レーベルの〈プライム・ナンバー〉からディープな傑作「ゴースツ・ハブ・ア・ヘブン(Ghosts have a heaven)」をリリース、その多才ぶりを如何なく発揮している。
今作「マシーン・アンド・ボイス」は、彼の新境地とも言うべきエレクトロな高音色を多用した新感覚なビートスケープだ。一見ごくありふれたビートメインのトラックのように感じたのだが......聴いていくとビートのプログラミング構成がランダムかつグルーヴィーにどんどん変化していく。予測不能に陥るエクスペリメンタルなこのトラックは、フライング・ロータスをどこか彷彿させるのだ。ハッシュされたヴォーカル・サンプルの注入具合といい、奇才の風格が漂う彼ならではのビート・コラージュである。
いまもっともホットな......と言うか、流行っている......と言うか、制作者が目指しているといったほうが適切かもしれない。ダブステップのサブジャンルとして絶大な支持を得ているアトモスフェリック・ダブステップという潮流である。ロンドンの現在の事情に詳しい友人からそう聞いた。つまり、数年前のブリアルやコード9のようなアトモスフェリックな曲調は、あったことはあった......が、しかし、それを飲み込む程のダークな質感やインダストリアル・ノイズ・スケープといったものが上回っていたため、純粋の"アトモスフェリック"と言うものが流行りだしたのは、ここ最近に至っての話ではないであろうかと思う。どこか......このようなひとつのジャンルが派生していった流れは......と考えたとき、まったく同じ現象が時代を経ていま起こっていると気付いたのである。これは、90年代の中期に一世を風靡したドラムンベースのサブジャンル"アートコア"である。
先日、DOMMUNEで開催した「DBS・スペシャル」(これを開催するにあたり尽力して頂いた神波さん、サポートして頂いた野田さん、カーズ、宇川さん並びDOMMUNEスタッフの方々、そしてジンク&ダイナマイトMCの素晴らしいプレイに心よりお礼申し上げます)にて、野田さんが推奨した"変人"ゾンビーの2008年のアルバム『Where Were U In '92?』という作品名が語るように、彼はまさにジャングルに没頭していたわけだが、その後、同じようにクロイドンのダブステップ・リーダーたちもジャングル、とりわけアートコアはに創造性をよりかきたてられ、心躍らせていたことだろう。LTJブケムと〈グッド・ルッキング〉、オムニ・トリオ、〈ムーヴィング・シャドー〉やファビオの〈クリエイティヴ・ソース〉等々......である。そういえば、昨年、スクリームが実に面白い作品をリリースしている。シャイFX主宰の〈デジタル・サウンドボーイ〉からの「バーニング・アップ」だ。これがまた......ただのアートコアよりのレイブ・ジャングルなのだ。初期〈ムーヴィング・シャドー〉をそのままをスケッチしたようなその姿勢に、彼の少年時代の記憶を聴こえるようだ。アートコアが築いた偉大な足跡は、今日に至ってもさまざまなところで受け継がれているのである。
今回の作品「U / It's Over」は〈ボカ〉からリリースとなった。フランスのボンDとハンガリーのDJマッドによる共作だが、彼らの思考がアートコアに直結しているのは、この作品をもって証明できる。ブリージーな心地よさとファジーで温かみのあるその全体像は、コズミックな宇宙観とも違い、ファンクネス溢れるジャジー・ソール思考とも違う......やはりこれは、アートコア=アトモスフェリックなのだ。
DJの視点からみて、このうえなく重宝する作品と言うのは多々ある。DJミックスによって素材の重なり具合によって作品の表情が180度変わったり、そこから予想だにしなかったグルーヴが生まれたりと......ロング・ミックス/ブレンドをこよなく愛す筆者の三台ミックス・スタイルにとって、小節単位でミックス部分を計算し、レコードをサンプルのように使うこの方法は、シンプルなサウンドほど変化させがいがあり、そこに"ハマる"貴重なものを見つける快感があるというわけだ。
シンプルとはいってもごくありふれたトラックなら山ほどある。が、ここに、そうしたミックスのコンセプトに合致したトラックが、パンゲア(Pangaea)とラマダンマンのふたりが共同運営するディープ・ガラージ系のダブステップ・レーベル〈へッスル・オーディオ〉から出た。「パンゲアEP」に続いてリリースされたディープ・テッキー・リーダー、ラマダンマンのEPがそれである。ちなみにラマダンマンと言えば、〈へッスル・オーディオ〉の他、〈アップル・パイプス〉、〈セカンド・ドロップ〉、〈ソウル・ジャズ〉などからダブステップをリリースしている20歳そこそこの若手プロデューサー。今回は、高まる期待のなかのリリースである。
さて、それで1曲目に収録された"I Beg You "「I Bet You」だが、パーカッシヴなビートにシンプルなベースが呼応し、サイドエフェクト的に絡むヴォーカル・サンプルがうまいアクセントになっている。テック×ガラージに対しての回答とも言うべきリズム・プロダクションだ。"No Swing"はタイトル通り、スイングしない。ドラムの乱打にエレクトロニカ調のエフェクト・ピアノ、ピョンピョン跳ねるゲーム音を混ぜて、実に混沌とした、スイングしそうもない音である。が、しかし、これがまた実に面白いように展開しているのだ。「ノースイング=リズミカルでなく調子が悪い」とは良く言ったもので、これはコミカル感覚なノースイング・ステップだ。
続く"A Couple More Years"も、ちょっとおかしなチープでバウンシー・ベースがメインラインのトラックだ。意外とミニマルにミックスすれば、新たなテイストが現れるかもしれない。最後の"Don't Change For Me"は彼のルーツを掘り下げているようだ。レイヴ・ジャングルのアーメン・ビーツをプログラミングしているあたり、彼の好みがうかがえる。ラマダンマンはテッキーではあるが、ミニマルなトップ・アーティストたち(スキューバ、マーティン、2562等々)とはまた一線を画したセンスがあるのだ。明らかに"並"ではないその変化に富んだプロダクションは、いまだ底が見えそうにない......。ヴィラロボス、フランソア・K、ジャイルス・ピーターソンらがラマダンマンのトラックをスピンするところに、彼のユニークな存在感が証明されている。
経験上、「サニーデイ・サービスのフェイヴァリット・アルバムは何か?」と誰かに問うと、その答えは人によって驚くほど分かれるのだが、自分は4枚目の『サニーデイ・サービス』だ。その最終曲"bye bye blackbird"に「もう灰色の列車に乗り遅れてしまった 乗り過ごしてしまったじゃないか」という、とても印象的なフレーズがあるのだが、彼らの10年ぶりのアルバムとなる今作『本日は晴天なり』を聴きながらしばらく自分の頭のなかをぐるぐる回ったのは、そのフレーズだった。
サニーデイ・サービスが復活したのは2年前の、10回目を迎えたライジングサン・ロック・フェスティバルでのこと。その時点で曽我部恵一は「これ一回限りのものとは考えてない」と活動の継続を公言していたが、その足取りは決して軽いものではなかった。翌年2009年にも神出鬼没的にフェスやイヴェントに出演することはあったが、レコーディングに入っていると伝えられていたニュー・アルバムのリリースはずっと先送りに。そのあいだ、たとえばユニコーンは周到に演出された復活劇で新旧ファンをゴッソリ取り込むことに大成功し、今年に入ってからは、たとえば小沢健二がWEBで突然の復活ツアーを発表して大きなサプライズを巻き起こした。サニーデイ・サービスの復活は、それらの鮮やかな手際の良さに比べると、あまりに不器用なものとして映った。そして、その不器用さこそが、サニーデイ・サービスなのだということに、10年の時を経て気づかされるのだった。
ここでユニコーンや小沢健二の名前を出したのは、何も根拠がないわけではない。これまで曽我部恵一は、折に触れて奥田民生や小沢健二の名前をインタヴューなどで引き合いに出してきた。曽我部恵一にとって彼らの存在は、音楽活動のやり方という点において、あるいは創作面において、ときに参考にすべき先輩ミュージシャンであり、ときに反面教師であった。それが今回の「サニーデイ・サービスの復活」という局面においても、偶然のコントラストを描いていることが自分には興味深かった。
今作『本日は晴天なり』では、不自然なくらい自然にサニーデイ・サービスの「その後」が鳴らされている。「不自然なくらい」というのは、古今東西あらゆるロックバンドの再結成は、自然に起こるものではないからだ。おそらく今回のサニーデイ・サービスの再結成にも固有のさまざまな事情があるのだろうが、曽我部恵一はそうした現実的な理由が、まるでジャケットのアートワークのようにハレーションを起こして、音楽の中に完全に溶け込んで自然に聴こえるまで、かなり腐心したのではないか。彼は若いリスナーに向けてまるで新しいバンドのようにサニーデイ・サービスとして振る舞うこともできただろうし、今作を過去のファンを喜ばすオマージュに満ちたものにすることもできただろう。しかし、結果として届けられた今作は、「無作為の作為」とでも呼べるような、まるでこの10年間が何もなかったような、それでいて確実に歳だけはとったような、不思議な感覚に満ちた作品となっている。
ひとつだけ触れておかなくてはならないのは、ソロ作品や曽我部恵一BANDの作品ではとくに気にとめることもなかった曽我部恵一の歌声の変化、具体的に言うと声のかすれが、サニーデイ・サービスの名が冠せられたこの作品ではとても気になってしまったということ。全体的に過去のサニーデイ・サービスの作品より歌詞が抽象的で、とくに後半になるにつれ夢見心地でまどろむような空気に包まれていく作品(過去のアルバムに1、2曲あったような、目の醒めるようなポップチューンはここにはない)だが、10年後の現実は、そんなところにもたしかに刻まれている。
すっかり紹介が遅れてしまったが......これは、かなり素晴らしい映像作品だ。いや、アート・プロジェクトと呼ぶべきか。LAシーンにも登場する4人のビートメイカー(デイデラス、ノーバディ、J・ロック、ラス・G)にもまったく馴染みがなかったとしても、DJミュージックやヴァイナルへの愛をいちどでも熱く感じたことのあるひとなら絶対に画面に引き込まれてしまうはず。デジタル爛熟期になって、著作権のあり方や作品の提示の仕方がますます問われる/議論されるようになった現在だからこそ、改めて意味を持ち注目されうる、あからさまに「他人のレコードから新しい音楽を創造する」この試みは、原始的で、だからこそ力強い。
作品のテーマは簡潔だ。5ドルを渡された4人のクリエイターたちは、地元ロサンジェルスのThrift Store(日本で言うところのリサイクルショップ、古道具屋)へ散り、あれこれ冗談を飛ばしたりレコード・ディグの蘊蓄を語ったりしながらネタになる盤を探していく。そう、5ドルで買える5枚のクズ扱い盤を試聴もせずに直感だけで集め、そこからサンプルした音だけを使って新たな曲を作ったらどうなるか―この、こどもじみたしかし実に興味深い試みをヴィデオカメラでずっと追いかけたのが本作なのである。冒頭、デイデラスが明かしてしまうが、撮影隊もフロスティとブライアン(ネットラジオDUBLAB主宰者でこのフィルムの制作者)のふたり、カメラが1台だけ。しかし、その極限のシンプル映像を編集の妙と時折挿入されるモーショングラフィックによる演出、そしてなにより抜群のセンスで鳴らされる音楽でクールな短篇に仕上げている。
このドキュメンタリーにはいくつかのレイヤーがあって、そのひとつがリアルなアメリカのトラッシーな生活感をむき出しにしている。これが非常に効果的に観客をさえない店のレコード棚の横や、ホームスタジオへと没入させてくれる。マニアが遠方から足を運ぶような店や、そうでなくてもしっかりした中古盤屋はいくらでもありそうなのに、あえてレコード屋ではなくダメなひとたちががらくたを売ったり買ったりするダメな店でスタートするのが最高なのだ。カセットテープやレーザーディスクがどうでもいい服や食器なんかと一緒に並べられているのはまさに文化の墓場の様相なのだが、逆に、そんな商売がいまだに成立しているということじたいが驚きだし、出演者たちも結構そんな場所に愛着をもっているようだ。そして、4人のクリエイターのホームスタジオがこれまた手作り感たっぷりのさえない部屋ばかり。スタジオというより屋根裏部屋と言われたほうがピンと来そうな雑然としたカオスを思わす空間の背景には、やはり大量のレコードがちらちらと見えて、彼らがいかにレコードを愛し、あまりに音楽にのめり込んだ結果いつのまにか自分でも音楽を作るようになっていたというのが透けてくる。四六時中ジョイントふかしてるやつもいるし、まるで「あいつすげーレコードたくさん持ってンだぜ!」って噂の友達の秘密基地に初めてお邪魔したような、そんな錯覚すらおぼえるのだ。コロンバイン高校の銃撃事件をモチーフにしたガス・ヴァン・サント監督の『エレファント』が犯人側の少年たちのやはり結構トラッシーな日常生活を延々と描写して、通販でライフルを入手して乱射に至るリアリティを増強していたが、本作のキモも、このリアルな環境にあると言える。
次に、「サンプリングによる音楽制作のネタ選びからスタジオ内での試行錯誤、そして完成品を持ちよったアーティスト同士による品評会」という普段は公開されることもないし、言語化されることもない過程がしっかりと作品の核に据えられている。How Toのビデオではないから細かく画面を見せつつどうやって曲が構成されていったかは追いかけないが、へたをするとただの退屈な教則ビデオになりかねない箇所を飽きずに見させるのはたいしたものだ。寡黙な男たちがただレコードを再生してなんだかわからない作業をちまちまやってるというのではなく、まず彼らも音を知らないところでいろいろと「想像」や「ネタ選びの極意」みたいなものを語らせて、どんな音が盤から鳴ってくるのか、どんな箇所をピックアップすべきで、それをどう加工したらかっこよくなるのかを視聴者も一緒に考えられるようになっている。
そして優れた映画のような、成功するかどうかハラハラドキドキのクライマックスというものが用意されているのも素晴らしい。実際、スタッフも「本当にたった5枚のレコード、しかも仕込みもないまったく聞いたこともない盤からのネタだけで、ちゃんと曲ができるの?」というのは半信半疑だったそうだが、想像以上の曲が仕上がっているのだ。その、大団円とも言える4つの曲はフィルム上では断片的にしか聞かせず、きちんとCDとして収録されている。これはぜひ、自身の耳でたしかめてください。
実際のところ、このフィルムが投げかけるのは、ただ音楽の悦び、何かを生みだす楽しみという部分だけじゃなくて、出自からDJミュージックが抱える「他人の音楽、既存の音楽をリサイクルして、初めて生まれるもの」という宿命だと思う。著作権的にどういう処理になってるのかどきどきしながら見たが、いきなりアーティスト名もタイトルもジャケも晒して、そこからネタを探して最終的に商品に仕立てあげるドキュメントは、いじわるな言い方をすればターゲットの選定から盗みの手口さらにはそれをどこかに転売するまで明かしたビデオを泥棒が作ってるようなものと言われる危険性もあり、しかしそれを敢えてやった彼らのスタンスには本当にリスペクトさせられる。誰にも見向きもされない1ドルレコの中から大量に発掘されるバーバラ・ストライザンドが、このフィルムのおかげでちょっと掘られたりしたらおもしろい。
さらに付け加えるなら、メンバーがライヴ・ショーで実際に客の持ってきたレコードで即興の曲作りをしたり、500枚限定で売られたBOXセット(アナログ盤+DVD+スリップマット)はなんとThrift Storeで買い集めた中古レコのジャケに改造を施した手作りアートだったり、かつてこの音楽が持っていたような夢のある広がりをしていてとても興味深い。アートと呼ぶことで、この行為が不法呼ばわりされるのではなく説得力を持つのなら、喜んでアートと言おう。あー、そういえばDJ TASAKAが昔CSの番組でやってた「レコード供養」もそうとうすばらしい企画だったけどね。うん。
![]() Daniel Bell Globus Mix Vol.4 Tresor |
2000年にデトロイトからベルリンに移り住んできたプロデューサー/DJ、ダニエル・ベル。彼が同年にリリースしたミックスCD、『Globus Mix Vol. 4 - The Button Down Mind Of Daniel Bell』が先日リリースされた。このインタヴューは、そのライナーノーツを執筆するために行ったインタヴューを(ほぼ)そのまま書き起こしたもの。彼のキャリアにとって深い意味があったというこのミックスCDについて、そしてそれ以前とその後について、じっくりと語ってくれたのでここにご紹介したい。東京ではDBXライヴの(現在のハードウェア中心セットの)最終公演を含む来日ツアーも間近に控えているので、そちらもお見逃しなく!

僕はデトロイトに移る前はカナダに住んでいて、そことデトロイトのダウンタウンは、かなりギャップがあったね。カナダではトロントの郊外で学校に通っていて、まあ綺麗で安全なところだった。そこからいきなりデトロイトだったから。
『Globus Mix Vol. 4 - The Button Down Mind Of Daniel Bell』が丸10年後に再発されたこと、そしてResident Advisorで2000年代のベスト50ミックスCDの第二位に投票されたことについてどう思いますか?
ベル:驚いたよね(笑)。いい意味で驚いた。いつだって自分が努力をして作り上げたものが評価されるのは嬉しいことだよ。いつだって作り手はそれを望んでいるからね。ただ、あれが発売されたのは2000年だったけれど、僕が実際に制作をしたのは1999年だから、00年代ということを強調されると自分の中ではちょっと違和感があるけれど。もう99年の暮れには完成していた。いま考えてもとてもいい時期だったと思う。それほど楽曲制作もしていなくて、僕にとっては初めてのDJミックスCDだった。だから、このオファーが来て、喜んでチャレンジすることにしたんだ。自分ではミックスCDを作ろうなんて考えたことがなかったから、〈Tresor〉から話が来たときは「面白そうだ」と思った。だから色んなアイディアを考えて、コンセプトを固めて......本当に時間をかけて取り組んだ。
では、〈Tresor〉側から来た話だったんですね。
ベル:そう。僕はその頃すでに〈Tresor〉......いや、正確に言うと〈Tresor〉の地下の階にあった別の〈Globus〉という、よりハウス寄りのフロアで何度もDJをした経験があった。そう、結構頻繁にやっていたね。当時まだデトロイトに住んでいたけど、年に3~4回定期的にプレイしに行っていた。そこでプレイするのはとても楽しくで、僕自身も好きだったから、その〈Globus〉のミックスCDシリーズをはじめると聞いて、しかも僕に参加して欲しいと言われて、ぜひやりたいと思ったんだ。
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コンセプトを練るところからかなり時間をかけて制作したとのことですが、どのような考えがあったんですか?
ベル:その頃出回っていたミックスCDは、ただの「スナップショット」というか、クラブのピークタイムのプレイをただ切り取ったようなものが多かった。とても直線的というのか......。それが悪いわけではないんだけど、僕はもっと違うことがやってみたかった。ちゃんと始まりがあって、中間があって、終わりがある、そういうものが作りたかった。それに、例えば車のなかだとか、友だちが家に来たときだとか、そういう場面でも聴いて楽しめる内容にしたかったんだ。とにかく、クラブのピークタイムからは出来るだけ離れたもの、内容のあるものにしたかった。そして、ある特定の雰囲気、それは自分のプロダクションでも一貫して伝えようとしている感覚なんだけれど、それと同じものを他の人の楽曲を使って伝えたいという考えもあった。やはり、それをするにはなかなか時間がかかったけどね。
ご自分の曲は?
ベル:2曲だけ使った。僕は自分の曲を作る際も、DJをする際も、一貫したテーマが自分のなかにあるんだ。孤独感や孤立感、周りから切り離されたような感覚......そしてそれが最終的には、別に気にしなくてもいいことだ、っていう......(笑)。
かなり抽象的な感覚ですね(笑)。
ベル:うん、そうだね(笑)。質問されたから一応説明しようとしたんだけど! おそらく、この感覚について話すのは初めてのことだと思うな。でも、この一貫したテーマに、僕の曲のタイトルや歌詞も基づいているんだ。すべて同じアイディアなんだよ。それはデトロイトという、当時僕が住んでいた街とも深く関係している。そして、このミックスCDを制作していたときは、すでにもう離れることを決めていたんだ。それも(断絶されたような感覚という)テーマの背景としてある。タイトルはね、アメリカ人のコメディアンでボブ・ニューハートという人がいて、『Button-Down Mind Of Bob Newhart』というアルバムを出しているんだ。ここから取ったんだけど、面白いのは〈Tresor〉がこれを『Button - Down Mind of Daniel Bell』(ボタンで区切ると)勘違いしたことだったんだけど......まあ、それは揚げ足をとるところじゃないから言わないほうがいいか(笑)。いずれにせよ、ボブ・ニューハートが意味していたのは、彼は一見いわゆるビジネスマンが着るような、ボタンダウン・シャツを着ていそうな真面目なタイプに見えるんだけれど、実は中身はクレイジーなんだ。だから皮肉というか、ジョークで彼は自分でこのタイトルをつけているわけだけど、親がこのレコードを持っていてね。子供の頃はその意味がわからなかったんだけど、なぜかずっと覚えていた。20年経っても記憶に残っているってことはいいタイトルなんだな、と思って(笑)。
それをミックスCDのタイトルにしたのは?
ベル:同じ考えで作ったものだからだよ。......何というのかな、とても整然としていて、精細で精巧な作りだけれど、その中身はちょっとぶっ飛んでいるというか、変わったものだから(笑)。
その、あなたの一貫したテーマというものがちょっと理解し切れていないんですが......。
ベル:いいよ、いいよ、それは理解しなくていい。僕個人の考えだから。
でも、そこがとても重要な気がするんですが、もうちょっと説明してもらうことはできますか? 先日、Resident Advisorに掲載されていた、2年程前のあなたのインタヴューを読んでみたんですが、そこにはあなたが子供の頃から引越しが多くて、まるで遊牧民のように帰るべき場所や属する場所がない、ということでした。それがあなたの作る音楽にも反映されていると。周囲と断絶されたような感覚とか、孤独感というのはそのことと何か関係あるんですか?
ベル:うーん、どうだろうなぁ。少しはあるかもしれないけど、僕自身はそれほど自分を遊牧民のようだとは思っていないんだ。いまはそういう人が他にもたくさんいるから、特別なことではないというか。あの記事を書いた人は、ちょっとその部分を誇張していたかもしれないね。でもたしかに、僕はデトロイトに移る前はカナダに住んでいて、そことデトロイトのダウンタウンは、かなりギャップがあったね。カナダではトロントの郊外で学校に通っていて、まあ綺麗で安全なところだった。そこからいきなりデトロイトだったから(笑)。でも、それはとても刺激的なことでもあったんだ。デトロイトで"アウトサイダー"として生活することは面白かったし、その体験から来ている音楽的影響は大きいと思う。僕のレコードは"Alien"とか、"Phreak"とか、そういうタイトルが多い。それに僕は、何がクレイジーかクレイジーでないかを規定するのか、ということを考えるのが好きで、"Electric Shock"とか"Outer Limits"というタイトルもそこから来ている。こうした考えが、このミックスCDにも共通しているんだ。でも、僕がそれを聴いた人が知らなくても、理解しなくても全然構わない。だから、僕はそういう考えでやっているというだけの話。
人は外見の印象だけでは判断できないとか、人が正気であるかどうかは他人には分からないといったことなんですかねぇ?
ベル:いや、そういうことじゃないんだよな...... 例えば、デイヴィッド・リンチの映画みたいなことだよ。一見するととても美しくて穏やかな環境なのに、何かがおかしい、っていう(笑)。あまりにでき過ぎていて、それが不気味、というような感覚。
なるほど! それはいい例えですね。ちょっと理解できた気がします。ちなみに、このミックスは最近聴き直したりしましたか?
ベル:いや、ここに来る途中それを考えていたんだけど、しばらく聴いてないな(笑)。2年くらいは聴いていないと思う。でも、もちろん、どんな内容かはよく覚えているよ。だからこそ聴き直す必要がない。僕にとって、これは一大プロジェクトだったからね。少なくとも丸一ヶ月は費やして作った。なぜそれほど時間をかけたかというと、当時ちょうどコンピュータでミックスを作るのが流行りはじめていて、曲をまるごとコンピュータに取り込んで、それをコンピュータ上で自動的にビートマッチして、とても正確なミックスを作ることが簡単にできるようになった。でも、僕はどうもそういうやり方に魅力を感じなくて。結局どういう方法を採ったかというと、ターンテーブルでミックスした。しかも10回くらい(笑)。同じミックスをね。そして、その10テイクのなかからいちばんいい部分を選び出して、コンピュータ上で編集したんだ。もっとも重視したのは、継続的な流れ(フロウ)がキープできているかどうか。10テイクだから、10時間分の素材を1時間に編集したということなんだ。本来そこまで時間をかけるものではないんだろうけど、たまたま僕も時間の余裕があったからね。DJもそれほど頻繁にやっていなかったし。というか、この少し前にDJ活動を一時休止したんだよね。97年かな。それまで1年半~2年ほどやってみて、DJをすることにすごくフラストレーションを感じるようになっていたんだ。
フラストレーション?
ベル:自分が本当にプレイしたいものがプレイできなかったから。たくさんブッキングはされていたんだけどね。その頃はほとんどアメリカでやっていて、大規模なレイヴが多かった。それが、自分のやりたいこととは全然違っていて。
より派手でハードなスタイルが求められていたということですか?
ベル:うん、そうだね。
だからこのミックスCDは、本当に自分のやりたいスタイルで作ったと?
ベル:そう。
では、このミックスを発表してからは、周囲の反応もだいぶ変わりましたか?
ベル:変わったね。面白かったのは、出した直後はまだ前のようなブッキングも来ていて、「今日はどんなプレイしてくれるのか楽しみですよ」と言うから、「ミックスCDは聴いてくれたよね?」と訊くと、「ああ、あのミックスCDみたいなのはやめて下さいよ!」なんて言われたりして(笑)。だから、ちゃんと理解されたというか、周囲にもわかってもらえたのは2003年とか2004年になってからかな。そういうシーンの人たちには静かすぎるというか、穏やかすぎたんだね。もっと小さいクラブにブッキングされるようになって、こういうスタイルでやれるようになってきた。でも、その過程でこのCDが大いに役立ったのは間違いないよ。僕がDJとしてどういうプレイをするか、ということを知ってもらえた。
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初めて〈Tresor〉に行ったときは、歩いてその草むらを通ったんだけど、コオロギの鳴き声が聞こえていた(笑)。田舎道を歩いているような気分になるんだけど、なかに入ったらジェフ・ミルズがDJしていた(笑)。
あなたがDJとして活動しはじめたのが90年代後半だったということにも驚きました。それまでDJはやっていなかったんですか?
ベル:それまではプロデュースばかりしていたからね。僕はクラブDJとしてこの世界に入ったわけじゃなくて、それまではバンドやヒップホップなんかをやっていた。86年頃かな、初めてハウス・ミュージックを聴いたとき、すごく興味を惹かれたんだ。すごく...... 空っぽな感じがして(笑)。こんなに空っぽな音楽をなぜ作るんだろう? なんて思って、クラブに行ってみたんだ。そしたら、それがクラブという環境では機能するということがわかって、本当に面白いと思ったんだ。当時は純粋なインストゥルメンタルのダンス・ミュージックというもの自体が新しかったし、それまで聴いたことがないものだった。僕もそれまで音楽をやっていたから、どんな機材を使ってどのように作っているかはすぐわかった。だから、自分でもやってみようって。そうやって曲を作りはじめたんだ。DJをはじめたのは、ぶっちゃけてしまうと、レコードを作っているだけでは生活できなかったから。その当時でさえもね。だから、曲作りを補うかたちで、DJもやってみようと思った。だから、それほど真剣に考えていなかったというか、それほど高いモチベーションがあったわけではなかったんだ。当時ブッキングされていたイヴェントにもあまり興味が持てなかったしね。本当にこのミックスCDを出してからだね、「やるなら本気で取り組もう、自分のベストを尽くそう」と思うようになったのは。それからDJとしての腕を上げるために時間も費やしたし努力もした...... それが僕にとってのこの10年だったというわけ。そのあいだあまりリリースをしていない理由だよ(笑)。
初めて〈Tresor〉でプレイしたときのことを覚えていますか?
ベル:うん、覚えているよ。最初に〈Tresor〉に行ったときのこともよく覚えてる。DJとしてでなく、客として行ったとき。たしか91年だ。
91年!オープンしたのはいつでしたっけ?
ベル:たしか、僕が行ったとき、まだオープンして数ヶ月しか経っていなかった。
では、本当に最初から知っているんですね。
ベル:ああ、その頃と比べると本当に(ベルリンが)変わったと思う。クラブのまわりには本当に何にもなくてね、壁があった場所だから、がらんとした巨大な空き地があった。それがいまはポツダム広場になっているんだから! あの頃はただの草むらだった。初めて〈Tresor〉に行ったときは、歩いてその草むらを通ったんだけど、コオロギの鳴き声が聞こえていた(笑)。田舎道を歩いているような気分になるんだけど、なかに入ったらジェフ・ミルズがDJしていた(笑)。強烈な印象だったね、それまでデトロイトでもベルリンのことはあまり知られていなかった。テクノやハウスがあるってことも知らなかった。情報がなかったんだ。本当に、〈Tresor〉が最初のきっかけだった。ジェフ・ミルズが〈Tresor〉レーベルからリリースすることになってからだ。
〈Tresor〉にはジェフ・ミルズの紹介で行ったんですか?
ベル:いい質問だな。どうだっただろう...... たぶん、ジェフではなくてベーシック・チャンネルのふたりだったと思う。モーリッツ・ヴォン・オズワルドとマーク・エルネストゥスだ。ベルリンに来たときはマークの家に泊まらせてもらっていた。
彼らとはレコードの販売などを通して知り合ったんですか?
ベル:いや、よくデトロイトに来ていたからね。デトロイトで出会ったんだ。みんな彼らとは知り合いだったし、いつも歓迎してくれて、家に泊まらせてくれた。とても良くしてくれたから、僕もときどきドイツに来て、マークの家に2週間くらい滞在させてもらっていたね。彼らを通してディミトリ(〈Tresor〉のオーナー)とも知り合った。92~93年のことだね。
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いまはレーベルすら介さずに個人がリリースできてしまうからね、デモがそのまま出てしまっているようなものも多い。さっきのコンピューターの話と重なるけど、何事も選択肢が増えれば増えるほど、クオリティは下がっていってしまうんだよ。
あなたの音楽を評価してくれるオーディエンスもヨーロッパのほうが多いんじゃないですか?
ベル:それはどうかな。たしかにUSは数で言ったら少ないけれど、とても熱心な人たちが多い。それにヨーロッパのように毎週大量のパーティがあるわけじゃないから、いいパーティーがあると本当に楽しみにしてくれる。それはそれでとてもいいものだよ。でもたしかに規模は小さいから、例えば2ヶ月アメリカに滞在して各都市でパーティをすると、1年間は次のオファーがない。それほどたくさんのクラブがあるわけじゃないし、お客さんがいるわけでもないからね。そこがヨーロッパとは違うね。
先ほどご自分でも触れていましたが、長いあいだプロダクションのほうはお休みしていますよね。いまはDJにフォーカスしようと考えているんですか?
ベル:そうだね、いまはDJにフォーカスしたいと思ってる。レコーディングしたい気持ちもすごくあるんだけど...... 曲の制作はずっと続けているんだけどね、レコードにしたいと思うほどきちんと完成させられたものがない(笑)。でもいつも新しい曲のアイディアはあるし、実際に作ってみてはいるんだ。ここ5年ほどはDJスケジュールをこなすのに忙しかったし、さっきも言ったように、DJとしてのベストを尽くしたいと思っているから、制作には集中できていない。それに、自分でレコードにしてもいいと思えるようなものが出来たときに限って、間違えてデータが消えてしまったり、スタジオの不具合があったり、何かハプニングが起こるんだ(笑)。僕、何かに呪われているみたい(笑)。
音楽的にはどういったものを制作しているんですか? 言葉で説明するのは難しいかもしれませんが。
ベル:うん、難しいな。ただ僕はいつもシンプルなものを作ろうとしている。複雑にならないように。その点ではいままで作って来たものと変わらないよ。そういう一貫性が僕にとっては大事だから。あとは、古い機材を中心に使っているかな。ドイツに来たばかりの頃は、ソフトウェアに凝った時期もあったんだけど、あるとき「あまり好きじゃないな」と気がついて(笑)。いまのほうがしっくり来ているね。これまで僕が作って来たものから飛躍のないものが作れるから。
ヴァイナルなんて時代遅れだという人もいるけど、僕が作りはじめた頃からすでに廃れたメディアだった。80年代後半には、すでにCDが主流になっていたからね。その頃からすでにカルトなものだったんだ。一部の人たちだけの、秘密の道具というかさ。とくにデトロイトでは、特別なものだった。レコードに関わっていることは、特別な世界に関わっていることだったんだ。
DJもヴァイナルでやっているんですよね? 他の手段を使おうと思ったことは?
ベル:試してみたことはあるよ。DJソフトが出てきたばかりの頃は試してみたし、実際に現場で使ってみたことも何度かある。でも結局は、あまり面白いと思えなかった。僕の好みの問題だね(笑)。DJにしても、制作にしても、コンピュータを使うと、あまりにもできることの選択肢が多すぎるんだ。僕の場合は、選択肢がある程度限られていたほうが、自由を感じる。だからいまは制作も少ない機材しか使っていない。その機材でできることを最大限に引き出したいと思う。ヴァイナルでDJするのも同じ理由だ。あとはヴァイナルの音がやはり好きだしね。それに、DJには他のDJがかけない曲、持っていない曲を「ディグる」という使命がある(笑)。それをやるにも、ヴァイナルの方が面白いものが発見できるよね。まだまだデジタル化されていない曲はたくさんあるから。
でも無数にあるデジタル・ファイルのなかからも、いい曲を「ディグる」ことは出来るんじゃないですか?
ベル:たしかに。でも、その二つを比較すると、やっぱりヴァイナルの方がより面白いものが発見出来るよ。デジタル・オンリーのリリースよりもね!
そうでしょうね(笑)。いまはヴァイナルにするコストが割高な分、ヴァイナルになる曲のクオリティーはかなり保たれていると思いますから、ヴァイナルを中心に聴いた方がいいものに出会えるかもしれません。
ベル:実際のところ、毎週リリースされるヴァイナルをチェックするだけでもすごい時間がかかるのに、それ以上聴くことはできないよ。デジタルはさらに量が多いし、それらをフィルターするものが何もない。かつてはデモをレーベルに送って、そこで認められたものがリリースされていたけど、いまはレーベルすら介さずに個人がリリースできてしまうからね、デモがそのまま出てしまっているようなものも多い。さっきのコンピューターの話と重なるけど、何事も選択肢が増えれば増えるほど、クオリティは下がっていってしまうんだよ。いまはヴァイナルなんて時代遅れだという人もいるけど、僕が作りはじめた頃からすでに廃れたメディアだった。80年代後半には、すでにCDが主流になっていたからね。その頃からすでにカルトなものだったんだ。一部の人たちだけの、秘密の道具というかさ。とくにデトロイトでは、特別なものだった。レコードに関わっていることは、特別な世界に関わっていることだったんだ。機材だってそうだよ、僕らが使っていたものなんて、既に誰も見向きもしないような時代遅れのものだった。今はみんなが大金を積んでそういう古い機材を買うけど、当時は捨てられてしまうようなものだったんだ。だからこの文化は常に、「古いものを使って新しいものを作り出す」ことが全てなんだよ。僕はその考え方が好きなんだ。そこに惹かれた。だから、それを変えることはないと思う。
最後に月並みな質問ですが、DJとして、いま面白いと思うアーティストやシーンはありますか?
ベル:こういう質問はいつも答えるのに困るんだよな。いま何か言っても、半年後には興味が無くなっていたりするから(笑)。でもね、実のところ10年前、15年前から買っているのと同じアーティストのレコードをいまも買っていることが多い。最近デトロイトの、すごいベテランの人たちがまたいい作品を出しているね。僕にとってはすごく嬉しいし、インスピレーションになる。僕のさらに上の年代の人たちが、いま素晴らしい作品を出している。
例えば?
ベル:デラーノ・スミスやノーム・タリーといった人たちだよ。彼らは僕が曲を作りはじめた頃から活躍していたオールドスクーラーだからね。
そういえば、少し前にデリック・メイにインタヴューしたときもデラーノの話をしていたんですよ。高校生のときに衝撃を受けたハイスクールDJだったって(笑)。私はわりと最近の人なのかと思っていたんですが。
ベル:そう思うのも無理はないよ。だって、僕も彼がレコードを出していたなんて記憶がない。多分、プロデュースは結構最近始めたことなんじゃないかな。でも素晴らしい。これほど長く音楽に関わっている彼らのような人たちが、いまとてもクリエイティブでユニークな作品を作っていることはとても励みになる。
ライヴに行けば2種類の人間がいる。ライヴ民と非ライヴ民だ。ざっくりとした分け方だが、ライヴ民とはライヴという一種の「祭」の機能を身体で理解し、その内側を生きることができる人びとのこと。非ライヴ民とはその「祭」から疎外されてしまう人びとのことだと仮定しよう。前者にとって、「なぜライヴに行くのか」という問いは愚問だろう。だが後者にとってこの問いは、まるで逆まつげのような異物感を伴ってライヴ中もついてまわる。これはその後者によるレポートであると思っていただければ幸いだ。
ペイヴメントというのは、ライヴにアイデンティティのあるバンドではない。おそらくライヴでしか味わえない魅力などそんなに多くないはずだ。むしろ、どこで再生されても等しく心に働きかけるような曲自体のプレゼンス、そして曲と音を通しての「あり方」の提示が彼らの魅力の中心だろう。だからそれがいちど頭にインストールされれば、必ずしも生の演奏が持つ意味は大きくない。ライヴという場が持つ祝祭性、一回性のなかで活きてくるバンドとは異なり、アルバムが重要だ。ヘッドホンのなかのペイヴメントがペイヴメントであると言いたいくらいである。先に述べると、今回のライヴではそのことを再確認した。
photo : Yuki Kuroyanagi |
USインディのシーンでは、ここ2年ほどローファイ、ローファイと騒がしい。いちやく頭角を現したノー・エイジを皮切りに、ヴィヴィアン・ガールズやリアル・エステイトら〈ウッドシスト〉周辺、またディアハンターなど、USのソフィアはこぞって「ローファイ」を再解釈しているかに見える。音にあえてクリアではないものを求めるという、この高度な写生論に彼らが共鳴しているのはよくわかる。だが、「ローファイ」といって実際に思い浮かべるような音に比べるとそれはかなり凝ったものに聴こえる。どちらかといえば深めのリヴァーブが彼らのサウンドの鍵であって、場合によってはシューゲイザーと認識されてしまうほどだ。では何が彼らを「ローファイ」と呼ばせたがるのかというと、スタイルである。
玉石混淆だが、前掲のアーティスト群は各々がそのスタイルのなかに鋭く批評性を巻き込んでいる。ウェルメイドなものに対する批評が「ローファイ」だとすれば、彼らはまぎれもなく「ローファイ」だ。また、同じくアーティな志向性を持ったバンドであっても、ブルックリン周辺の表現主義的なアート・ロックや、チャリティ・コンピレーション・アルバム『ダーク・ワズ・ザ・ナイト』参加バンドらのアップデート版アメリカーナに対しては距離感がある。前者にまつわる「世界」という、後者にまつわる「アメリカ」という物語性(の調達)。こうしたものに対するさめた視線を感じる。たとえ必要なものだとしても、「つくりもの」を信じない。ウェルメイドなものや、音が帯びる物語性にはクールに一瞥を与え、不透明さの中に剥き身のリアリティを探り当てるスタイルだ。
とはいえ、数バンド、数アーティスト以外は、「ローファイ」もファッション化を免れないようだ。音に金をかけず、大声を出さず、リヴァーブでごまかしながらちょっとばかりひねった曲をやるという省エネ・モードを「かっこいいでしょ?」とばかりに提示されると、「ローファイ」概念の濫用ではないかと多少の憤りを禁じ得ない。どん詰まりの90年代をともかくも踏み抜いて前進するという、ペイヴメントの一周回ったポジティヴィティ――それは極めて知性的に、だらだらとした韜晦にまぶしながら準 備されたが――は、あまり引き継がれていないように思う。
だから、自分個人としてはペイヴメントのありようを見ておきたくて行った。がっかりするような演奏でなければなんでもいい。もともとそう複雑な曲もない。しかし「ファッション・ローファイ」では鳴らせないものが聴けるだろう......。さらに極端に言えば、見ることでなにかいいことがあるのではないか。原点に立ち返り、もういちど人生を見つめ直せるのではないか。そのようなつもりでチケットを買われた方も多いと思う。それを安易だと笑うのはたやすい。だが、ロックやポップスがそのように切実に機能することを否定するのは困難だ。
会場は新木場スタジオコースト。落ち着いていて居やすい雰囲気だった。今回はベスト・アルバムを出したタイミングでもあるし、再結成ライヴという性格から推しても、内容はベスト的なものとなるだろう。2日目だったが、もともとレポートを書くという予定もなく、ネットでセット・リストを調べたりということもしなかったから、メンバーがさっさと登場するや唐突に演奏をはじめ、2曲目にして"シェイディー・レイン"を披露したのには思わず破顔一笑、驚いてしまった。そうか、今日はきっとほんとに名曲のオン・パレードだぞ。人びとの期待で、空気に色がついているようだった。
photo : Yuki Kuroyanagi |
演奏はとくに大きくアレンジが異なったりするでもなく、スティーヴン・マルクマスのヴォーカルも、あの芸風なのでほぼCDで聴くのと変わらない。この人自体が変わらない。とくに年をとった感じもない。唯一の映像作品『スロー・センチュリー』に収められたふたつのライヴに比べても遜色ないくらいである。もちろんあのライヴは、最高傑作の呼び声高い『ブライトゥン・ザ・コーナーズ』とラスト作『テラー・トワイライト』のあいだのものだ。最充実期とも呼べそうな1999年の映像であるから、そういうオーラは充満している。だが、やはり基本的には温度に差のないバンドなのだろう。そんなふうに感じさせる演奏だった。思弁的な生活者として、一定のブレなさを持ったマルクマス像がよく表れている。気難しげな冗談で、わずかな違和感や居心地のわるさを生み出すところも変わらない。この人の醸す違和感といったら、まるでジャコメッティの『歩く男』だ。
もうひとつ気づくのはメンバーの立ち位置である。ゆるやかに弧を描いて、ほぼ一直線に並んでいる。ベースのマーク・イボルドがセンターで若干前に出ているのは、この人の性分と言うか、「前に出たがる正直者」といったキャラクターのまんまで愛敬だが、他のメンバーがそれをあたたかく受け入れている感じがDVDのイメージ通りでよかった。マルクマスは舞台下手で淡々とやっている。ペイヴメントらしい。ひとりひとりをナチュラルに重要視する姿勢が表れているのだろう。タンバリンやら奇声コーラスやらの名アクトで愛されるボブ・ナスタノヴィッチもドラム・セットのスティーヴ・ウェストとギターのスコット・カンバーグの間に並んで、気合いの入った「仕事」をみせていた。
セット・リストは『テラー・トワイライト』以外からまんべんなくといったところで、初期、中期の名曲ぞろいだ。それぞれ思い入れの強い曲があると思うが、中盤、"ステレオ"からの興奮といったらなかった! "サマー・ベイブ"、"カット・ユア・ヘア"、"アンフェア"もこのあたりではなかっただろうか。周囲の人びとの動きが"ステレオ"で堰を切ったように激しくなったのが印象深かった。だいたいみんな、同じように聴いている。アンコールという形でこの後さらに6~7曲。"ストップ・ブリージン"や"ヒア"、"トリガー・カット"と、いよいよ大詰めである。
しかし、どうだろう。自分は「何」を見、聴いているのだろうか?このあたりは非ライヴ民の悲しい性質かもしれないが、だんだんモニターで中継映像かなにかを観ている感覚に襲われるのだ。ペイヴメント自体の変わらなさもあるかもしれないが、いま、ここで、本物のバンドを前にしているという感覚から隔てられる感じがある。バンドにも観衆にも悪いところはない。PAシステムには、若干あるかもしれない。あの野外フェスのような異常な音量の低音とキックには、催眠作用というか、感覚を麻痺させるようなところがある。ペイヴメントとは、ローファイとはいえとても繊細な音をしたバンドだ。CDのようにクリアな音で聴きたいと、どうしてもそう思ってしまう部分がある。
その点で言えば"ステレオ"の直前の"ファイト・ディス・ジェネレーション"は唯一いただけなかった。まるでソニック・ユースかスピリチュアライズドかといった轟音サイケデリック・ジャム。これはこれで充分にトリップ感があってクールだったのだが、なにか饒舌で、よそよそしい気持ちがした。しかしまだまだこれでは説明できない。このぼんやりした感触は皆が抱いているものなのだろうか? ぼんやりしながら、「このままではそろそろ終わってしまうな、しっかりいまを噛みしめなくては」と思い、そのためにまたぼんやりを繰り返す。
わからなくなってきてしまった。ライヴと言いつつ、我々はセット・リストに興奮しているだけなのではないだろうか? だれもがイントロで、はじめのリフの一音で一喜する。曲名が判定できた瞬間がマックスで、あとはどちらかというと現実感がない......めいめい、これまでのペイヴメント体験を脳内で反芻するばかり、ということはないだろうか。
これは自分個人のライヴ体験の未熟さ、あるいは再結成ライヴという性質上からいって当たり前のことかもしれない。それが悪いわけでもない。だが、ライヴという形態のひとつのアポリアを示しているとは言えないだろうか。勤務先の店舗でベスト・アルバムのサンプルをかけていて、1曲1曲にそわそわし、歓声を挙げ、同僚の肩を揺さぶり、涙していた数日前の体験は、いまのこのライヴ体験に劣るだろうか?
とはいえやはりラスト直前の"スピット・オン・ア・ストレンジャー"には感激もひとしおだった。会場全体がどよめくようで、意外でもあり、うれしくもあった。ナイジェル・ゴドリッジをプロデューサーに迎えた異色のラスト作『テラー・トワイライト』から、その日唯一のナンバーである。自分は世代的にも遅れて聴きはじめた人間であるから、主要なファン層は初期作を好むと思い込んでいたが、この反応から考えても『テラー・トワイライト』の重要性がわかる。いまそれぞれが、この曲の浮遊感としみじみとした旋律のなかで、ペイヴメントを聴いていた当時何をしていたのか思い出しているだろう。いま聴いている最中の人もいるかもしれない。スーツのサラリーマン、前に並んだカップル、心と記憶はひとりひとりのものだ。
ペイヴメントは甘い言葉をかけてくれるバンドではない。メソメソと泣きたい気持ちを助長してくれるバンドでもない。メッセージを掲げるということもなく、むしろメッセージを人に強要することに対して強い嫌悪感を働かせる。それぞれが勝手にやっていくという倫理、そこにあるものを使ってなんだかんだやっていけるというスタイル。だからペイヴメントとは、自分の人生に対して腹を括ったときにはじめて鮮やかに耳に流れ込んでくるものではないだろうか。そのように流れ込んできたときの、それぞれの人びとの記憶と心が発光していて、いま上空から眺めたなら、この住所のあたりがぼんやりと明るいに違いない。
ラストは"キャンディット・フォー・セール"。まさに腹を括ろうとしているものの歌だ。「アイム・トライイング」(俺はがんばってる)という、ヤケクソと苛立ちと、それを突き抜けたエネルギーを含んだ詞を多くの人びとが連呼しているのは本当に楽しく、これはさすがにライヴならではの体験だった。連帯するわけでもない、ひとりひとりの「アイム・トライイング」。ペイヴメントはファッションではない。猛然と明日もがんばろうと、いや、よりよく生きようという気持ちになる。安易だと笑うのはたやすい。だが――重複を許していただきたい――ロックやポップスがそのように切実に機能することを否定するのは困難だ。
「『ロックは死んだ』と何度も言われて来た」という言葉にも聞き飽きた。2009年、年の瀬、私は新潟にいた。夜も深くなった頃、寝静まった新潟古町の商店街を抜けて、雑居ビルのなかで30年も前から変わらずやっているというロック喫茶に連れて行ってもらった。
「サラダホープ知らないの? 新潟では、柿の種より、サラダホープがメジャーなんだよ」
「キュアー知らないの? そうだよねー、まだ生まれてないよねー」
カウンターには発売されたばかりの『ジャップ・ロック・サンプラー』(ジュリアン・コープ、白夜書房、2008年)。
「フラワー・トラヴェリン・バンドは最高だよ!」
このご機嫌なマスターがいまもっとも夢中になっているのが、このキノコホテルだという。「ちょっと待ってて、DVD見せたげる」と言って、マスターはDVDをかけはじめた。
「ほら、これこれ。俺が映ってんの!」
カメラの前で拳を挙げてピョンピョンはねているマスターの頭の影が映っている。キノコホテルは、日の沈む街、あの極北の間章の街のロック喫茶の親父を夢中にさせている。これは一体どういうことなのか。
キノコホテルは、キノコカットの女の子四人からなるGSバンドで、メンバーは架空のホテル「キノコホテル」の支配人と従業員ということになっているらしい。ボーカルの女の子の名前は、マリアンヌ東雲である。マリアンヌと言えば、ジャックス。早川義夫が「♪オレはマリアンヌを抱ーいているー」のマリアンヌである。早川義夫が惚れたマリアンヌである。
あの間章の街のロック喫茶の親父を夢中にさせ、早川義夫が抱いた女と同じ名前を名乗る女がどんな女なのか、いちどは聴いておかねばならない。私のこのアルバム購入の動機は他でもない、単なるつまらない女のジェラシーの感情にすぎないのかもしれない。
ジャックスは歌う。
「二人が見つけたこの恋を離したくないいつまでも。時計をとめて見つめていたい瞳にうつる愛を」
"時計をとめて"『ジャックスの世界』
いっぽう、キノコホテルはこう歌う。
「許されない二人の時は止まりはしない。繋いだ手離したなら、何もかも忘れましょう。果てのないこの旅路をまた独り歩き出す」
"還らざる海"『マリアンヌの憂鬱』
ジャックスはこんなに気持ち悪いラヴ・ソングだったんだなあ。「ロックは死んだ」とか「ロックは永遠だ」とか議論するのはたいてい男たちだ。そんなことどっちでもいい。生まれて、死んで、また生き返って、また死んで、またまた生き返って......。世界はこんなに無情なのに。それなのに、誰が、すでに誰かがやったことと同じことをもういちどしてはいけないと決めたんだろうか。キノコホテルには「何か新しいことをしなければならない」という強迫観念の潔い消失がある。この時代遅れのGS歌謡を、「ネオGS」とか「ポスト・ネオGS」とか「ポスト・ポストネオGS」......とか言わずに何のためらいもなくおこない、親父たちを確信犯的に翻弄できるのが、この毒キノ娘たちである。そして、「パンクの初期衝動が!」と言いながらも、ふと気を抜くとまんまと毒キノコに翻弄されてしまうノスタル爺じいを、私はとても愛おしく思う。
「キノコは生の世界と死の世界の媒介者である。」(飯沢耕太郎『きのこ文学大全』平凡社新書、2008年)
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