〈特別企画〉ルポルタージュ31
〈コラム〉浜岡、80年のアトミック・カフェ、そして現在へ
〈インタビュー〉ハドソン・モホーク1 他
「!K7ã€ã¨ä¸€è‡´ã™ã‚‹ã‚‚ã®
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BURNT FRIEDMAN
Zen'Aku
Nonplace
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CHRIS MITCHELL
84
Plan B
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ZOOVOX
Zoovox Theme
Lectric Sands
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THE AUTOMATS
Pass Me By
Plimsoll
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PATTI LABELLE
Music Is My Way Of Life
White
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JOHN BELTRAN
Ambient Selections
Delsin
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V.A
Music Institute Pt.3
NDATL Muzik
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M.I.A.が彼女のレーベルからブルックリンの男女をデビューさせたように、リリー・アレンも自分のレーベルの第一弾として、サンディエゴ出身の男女のデビュー・アルバムをリリースした。こうしてレーベル運営にも女性が進出しているというか、逆に言えばインディ・レーベル・シーンがいかに男に偏っているのかがわかる。
またこれは、M.I.A.やリリー・アレン世代がポスト・フェミニズムにおける前向きさをあらためて印象づける事態とも言えるかもしれない。M.I.A.のスライ・ベルズは、僕は苦手な音楽だったけれど、好みを抜きにして言えば、新しいことに貪欲なM.I.A.らしい過剰なエレクトロ・サウンドだった。が、リリー・アレンのレーベルからおでましのカルツは、いわばザ・シャングリラス、すなわちティーン・ポップ、またはガール・ポップ、要するに懐メロだ。フィル・スペクター・リヴァイヴァル印の付いた、リヴァーヴ・サウンドで、いずれにしても......ベスト・コースト、ザ・モーニング・ベンダーズ、ザ・ドラムスとか、ここ数年流行の懐メロ・リヴァイヴァルのひとつとも言える。
もっとも、ここまで来ると本当に「リヴァイヴァル」なのかとも思えてくる。過去40年、ポップ・ミュージックは前に進むために過去を参照してきた。ザ・ビートルズは50年代のロックンロールを演奏し、ブロンディーはオールディーズを、セックス・ピストルズはストゥージズやクラウトロックを、ストーン・ローゼズやプライマル・スクリームはザ・バーズを、デトロイト・テクノはクラフトワークを......といった具合に過去をつまんで前に進んできたと言える。が、ここ数年のポップ・ミュージックにおけるノスタルジーは、もう本当に決定的に過去に戻りたいという欲望の表れではないかと思えてくる。最近セカンド・アルバムを発表したキティー・デイジー&ルイスのように、ジャズではザ・グレッグ・フォート・グループが徹底したアナログ録音にこだわっているが、彼らは過去を参照するなんて生やさしいものではなく、過去を現在に戻したいかのように思える。そして、欧米のこうした若者文化による引き戻し運動を見ていると、本当に心の底から現在がイヤなんだなーと思えてくる。それだけ大人が築いた"現在"が味気なく、面白くないのだ。そもそも彼らは......自分から「懐メロ」と書いておいて我ながら矛盾しているが、60年代前半のガール・ポップを懐かしむような40代/50代/60代ではなく、その頃は生まれてもいない20代の若者なのだ。
カルツは、昨今のティーン・ポップのなかではかなり優秀だと僕には思える。単純な話、曲が良い。徹底的にドリーミーなところがまず良いし、ポップだし、10年代のロマンスがいっぱい詰まっていそうだ。また、アルバムのなかでもベストだと思われる"ゴー・アウトサイド(外に出よう)"――なんだかソーシャル・ネットワーク依存型社会への批評みたいな曲名だが――、この曲の冒頭のヴォイス・サンプリングは、明らかにこれがモダンなポップ・ミュージックであることを明かしてもいる。
"ユー・ホワット・アイ・ミーン"のようなバラードもよく出来ているし、彼らの音楽に嫌な感情を持つ人はあまりいないのではないだろうか......と思っていたら『タイニー・ミックステープス』がなかなか面白い酷評をしていたので紹介しておこう。いわく「たとえばヴィヴィアン・ガールズなど、最近のUSのローファイ・ガレージには60年代スタイルが散見される。が、彼らの60年代にチャールズ・マンソンは出てこない。60年代のガール・ポップにはいっしょに踊りたくなるような側面ばかりではなく、ザ・クリスタルズの悪名高き"ヒー・ヒット・ミー(イット・フェルト・ライク・ア・キッス)"(彼は私を殴った、キスみたく)、あるいはザ・シャングリラスの"リーダー・オブ・ザ・パック"やトウィンクルの"テリー"のような(2曲とも命知らずの彼氏の死を悼む)絶望的なトラウマ・ソングもある。カルツはそのどちらにも達していない」
カルツの音楽は好きな人といっしょに踊りたくなるようなパワーはあると思うので、僕はこの意見には同意しないけれど、いま振り返ると華やかに見える60年代やガール・ポップには死の影があるという指摘は鋭い。いくら現在がつまらないとしても、過去を美化し過ぎるのも危険だ。この手のヴィンテージ志向の底の浅さを露呈することにもなる。ただし、レイヴ・カルチャーのように悪いこともあったけれど、良いことのほうが多かったというのもある。アルバム最後の曲"レイヴ・オン"も面白い。
元あふりらんぽのピカチュウが、6/11~6/19までニューヨークで4本ライヴを敢行した。5月に光宙★魔呼斗(ピカチュウ&マコト)でアメリカをツアー、その後にニューヨークにやってきた。
今回は共演バンドにあわせて、ドラム・ソロやフォーク・ソロを披露。Gals Forever、Man Forever、Soft Circle、Pika ☆Yuka と、全部で4バンドと共演した。一緒にプレイしたバンドは、みんなピカに共通するヴァイブを持っているバンド。
6/11 @Gutter
初日は、ボーリング場でもあるGutterでドラム・ナイト。女の子のドラマーが集まったギャルズ・フォーエヴァー、オネイダのキッド・ミリオンがやっているマン・フォーエヴァーがピカとコラボレートした。
ギャルズ・フォーエヴァーはピカと3人の女の子ドラマー(トム・トム・マガジンのミンディ、ハード・ニップスのエミ、シンダーズのケリー)からなる。基本、他の3人がビートを刻み、ピカが所々で、びっくりするようなおかずを入れる構成だ。ピカと女子ドラマーのコラボレートは、華やかで動きがあって面白かった。
マン・フォーエヴァーは対照的に、かなりインテンス。ピカとマン・フォーエヴァー(オネイダのキッド、ヤーヤーヤーズのブライアン、トール・ファーのライアン)の4人が、静かにスネア・ドラムに向かい合って座り、ただただ延々とスティックで音を刻み続ける。途中ベースが入り、少し変化をつける。ギャルズ・フォーエヴァーとは対照的なマス的ドラム演奏で、違う面でのドラムの可能性を見せた。
![]() ![]() 6/11(sat) @ Gutter: Drum Night オープニングのドラムナイトは、ピカがNYのガールズ・ドラマーとコラボレートした今回の特別企画、ギャルズ・フォーエヴァー。NYのサイケ・バンドの重臣、オネイダのキッドのドラム・アンサンブル、マン・フォーエヴァーは、今回はカルテットとして,ヤーヤーヤーズのブライアン、トールファーのライアンなど,凄腕ドラマーを起用。そして、NYのガールズ・メタル・ロック・バンド、ハード・ニップスが出演。 |
● Man Forever Quartet (With Brian Chase, Ryan Sawyer)
www.myspace.com/manforeverusa
● PIKA☆ & GALS Forever
www.myspace.com/moonmama2013
● Hard Nips
www.hardnipsbrooklyn
■Gutter: 200 N 14th street, Brooklyn, NY 11211 9pm $7
www.facebook.com/event.php?eid=132388193503159
www.thegutterbrooklyn.com/
6/16 @ pianos
聖なる少女の夜、と命名された夜。ピカはフォーク・ソロのムーン・ママ(Moon♀mama)名義。共演は湯川潮音と元ライツで〈ドラッグ・シティ〉のアーティストでもあるソフィア・カナップ。大阪、東京、ニューヨークを代表するフォーク・ソング、しかも女の子という共通点の彼女たち。この夜は、『ピッチフォーク』の兄弟サイト「Altered zone」からエミリー・フライドランダーがDJとして出演した。
湯川潮音は、ニューヨーク初ライヴで、天使のような透き通る歌声で観客を魅了した。小さい体から、驚くべきパワーを放ち、いちど歌に入ると最後まで止まらない。ソフィアはお似合いのサンドレスで、エフェクターを多用し愛らしいヴォイスを披露。とてもスウィートだった。
Moon♀mamaは、ギター・フォーク・ソロで、ピカの歌声には心に強く感じるものを残した。日本語もあったがどの曲も観客をつかんで話さないパフォーマンスはさすが。
● Moon♀mama(Osaka...PIKA guitar folk solo)
● Sophia Knapp (NY)
www.dragcity.com/artists/sophia-knapp
● Shione Yukawa (Tokyo)
www.yukawashione.com
www.myspace.com/yukawashione
● DJ:Emilie Friedlander (La Big Vic, Altered Zones)
www.myspace.com/labigvic
alteredzones.com
■Pianos: 158 Ludlow Street, New york, NY 10 pm $8
www.facebook.com/event.php?eid=147681128637541
www.pianosnyc.com/
6/17@ union pool
ノースサイド・フェスティヴァル(ハイライトはガイデッド・バイ・ヴォイス)の一部のショーで、共演は、スター・スクリーム、ハード・ニップス、ソフト・サークル。
スター・スクリームは、19歳(!?)のゲーム音楽にインスパイアされた、男の子たち。音的にオーディオ・ドレッグスのE*rockを彷彿させる。ハード・ニップスは、ブルックリン発の日本人女子へヴィー・メタル(!?)・ロック・バンド。このふたつで会場を盛り上げ、元ブラック・ダイスのヒシャムのソロ、ソフト・サークルへ続く。最近はふたり体制らしいが、今回はまったくのソロで、ヒシャムはキーボードをプレイ。その後、ピカのドラム・ソロ、続いて、ふたりのコラボレート。ヒシャムがギターで、ピカがドラム。お互い長く知っているふたりだが、今回初のコラボレートで、ふたりとも、何か新しい面がみえた。
![]() ![]() ![]() 6/17(fri) @ Union pool: NORTHSIDE FESTIVAL #1 ノースサイド・フェスティバルの一部。バッジホルダーを優先。 共演は、元ブラック・ダイスのヒシャム率いるソフト・サークル(1)、ゲーム音楽に深い影響を受けたスター・スクリーム(2)、NYのガールズ・メタル・ロックバンド、ハード・ニップス(3)で,ノースサイド・フェスティヴァルを盛り上げる。 |
● PIKA ☆( ex. afrirampo)
● Soft circle
www.myspace.com/softcircle
● Hard Nips
● Starscream
starscreamband.com
■Union pool : 484 Union Avenue. Brooklyn, NY 11211 8 pm $8
www.facebook.com/event.php?eid=166462670081394
unionpool.blogspot.com
6/19@ coco 66
最後の日もノースサイド・フェスティヴァルの一部。ブラウン・ウィング・オーヴァー・ドライブ、フェアリーヴィジョン、SLZRD WZRD(ライトニング・ボルトのブライアンのベース・ソロ)とチボ・マットの本田ゆかさんとのコラボレートのPIKA☆YUKA(ピカ☆ユカ)。ブラウン・ウィング・オーヴァー・ドライヴは〈Tzadik〉などから作品もリリースしている、アヴァンギャルドでエクスペリメンタルなトリオ。
フェアリー・ビジョンは、窓ごしに化粧する女子、望遠鏡でのぞく男の子がステージにずっといて、後で聞いたら歌詞の内容だった。SLZRD WZRDはライトニング・ボルトのベースのブライアンのソロ・プロジェクトで、女の子がヴォイス担当。ディヴィッド・ボウイを彷彿する衣装、蛍光電波を目と口から発し、シルヴァーの大きな紙を広げ、その上に乗って回り続けたり、クレイジーなパフォーマンスを繰り広げる。光のバランスが恐美しい。
ピカ☆ユカは去年もやっているコラボレート。チボ・マットの再結成もあって、忙しい中参加してくれたゆかさんはキーボードとエフェクター、ピカはドラムとエフェクターを操る。このふたりがコラボレートすると音の遊びもしっくり収まるから面白い。
![]() ![]() ![]() ![]() 6/19 (sun) @ Coco 66: NORTHSIDE FESTIVAL #2 |
● PIKA ☆ Yuka ( ex. afrirampo, Cibo Matto)
www.wbr.com/cibomatto/
chimeramusic.com/ifbyyes.html
● SLZRD WZRD (member of Lightning bolt)
laserbeast.com
● Brown Wing Overdrive
www.myspace.com/brownwingoverdrive
● Fairy vision
■Coco 66: 66 Greenpoint Ave Brooklyn, NY 11222 8 pm $8
www.facebook.com/event.php?eid=213054528716003
www.coco66.com/
www.thelmagazine.com/newyork/NFSchedule2011/Page#sunday
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日本に住んで生活していながら、どうしてこんなにも海外の音楽に思い入れるようになってしまったかは、いまだに理由はよくわからない。が、ゼロ年代のいわゆるアメリカーナと呼ばれた音楽を自分が気にしていたのは、アメリカに住みながらそのことにどこかで居心地の悪さを覚えているアメリカ人たちが、過去の音楽を発掘しながら「アメリカ」の物語を再編し自分たちのものに取り戻そうとしている様がスリリングだったからだと思う。フォーク、カントリー、ブルーズがエレクトロニカやポスト・ロックと邂逅し、モダンなものとして生まれ直していくその過程にはどこか切迫感があって、シリアスなものだった。その、ある種の重さに僕は惹かれてきたのだと思う。それを聴くとき日本にいる自分はぼやけて、普通に生活していたら知りようもないアメリカで生きることの過酷さに思いを巡らせることができる。
ザ・ミドル・イーストはオーストラリアのインディ・バンドで、国内盤の帯にはフリート・フォクシーズ、スフィアン・スティーヴンス、アーケイド・ファイアの名前が比較対象に挙げられているが、そうした現在の北米のインディ・ミュージックの反響で......というか、それらに対する憧れで出来ているバンドだと感じる。正直、オーストラリアの現在のインディ・ミュージック・シーンがどのようなものであるかの知識はないが、ここ数年のUSインディの系譜に置くとしっくりくる。ウィルコのような(既に懐かしい言葉だが)「オルタナ・カントリー」調の曲もあり、ゼロ年代のアメリカーナからの影響が基本にある。2005年結成、2009年に本格始動、本作がデビュー作である。さらにバイオ的なことを続けると、スモッグのビル・キャラハン、オッカーヴィル・リヴァーの前座を務め、2010年にはイギリスのマムフォード&サンズとツアーを回っている。ブリティッシュ・フォークのテイストとアメリカーナの要素をブレンドしてポップ・ソングに仕上げたマムフォード&サンズの大ブレイク(と、案の定ピッチフォークに酷評されている様)なんかを見ると、大きく言ってフォーク・ロックのいまの人気ぶりを思い知るが、そういう意味ではザ・ミドル・イーストも旬の音である。
はじめ3曲がかなり重々しく、陰影が濃いので少しぎょっとするが、やがて素朴で切ないメロディがカントリー調のギターやストリングスの演奏に乗れば、心地良いレイドバック感が漂ってくる。デビュー作らしくやや肩に力が入っていて、13曲のボリュームで自分たちの様々な側面を見せようとしているのが微笑ましくもあるが、音響の実験を演出したいくつかの曲よりも、柔らかいメロディとまろやかなアンサンブルを生かしたシンプルなナンバーたち、例えばストリングスがドラマティックに盛り上げて静かに退場していく"マンツ"や、軽快なカントリー・ソングの"ダンズ・シルヴァーリーフ"に彼らの良さが出ていると思う。決定的な個性にはやや欠けるが、その分、涼しげな風が吹き抜けるような、奥ゆかしくすらある朴訥な味わいはなかなか爽快だ。時折軽く乗せられる女性ヴォーカルも効果的だ。
歌詞は幾分抽象的で、はっきりと何を歌っているか特定しにくいのだが、メイン・ソングライターのふたりの解説を読むと、基本的に個人的な心情や周りで起こったことをモチーフとしているようだ。当然と言えば当然だが、ウィルコのように「アメリカ国旗の灰」について歌うような文脈はザ・ミドル・イーストにはなく、アメリカの音楽からの影響を自分たちのものに置き換えようとしている。ラストの2曲、"ナインス・アヴェニュー・リヴァリエ"、"ディープ・ウォーター"へと続くゆったりと流れる時間、それがこのバンドの持ち味だろう。
野外が似合う音だと思うので、フジロックへの出演は打ってつけだ。出番は初日の昼間、奥地オレンジ・コート。僕も前夜祭で飲み過ぎないようにして、できればザ・ミドル・イーストの涼風を味わいに行こうと思っている。
河内音頭は、その音楽の豊かさとは裏腹に僕にとって「自分とは何か」というハードな問いかけでもある。僕が育った静岡市という町は、愚かなことに、歴史のどこかで盆踊りを捨てた町である。中心からはずれた近所の小学校で細々とはやっている。が、日本で最古の精霊との踊りの名残としてのより大がかりな盆踊りというものはない。あるのは、まったく伝統的ではないのに伝統的と謳っている欺瞞に満ちた春の静岡まつり、そして川で焼かれた大量の戦死者の供養に端を発した安倍川の花火大会で、どちらも近代以降のものだ。ひょっとしたら、モダニズムを迎えた静岡は、浮世絵を焼き払い、着物を脱ぎ捨てたように、盆踊りなどという前近代的なならわしを捨てたかったのかもしれないし、そういう町は他にもあるだろう。ゆえに、僕のように、盆踊りという、遡ろうと思えば古代から綿々と続く精霊との踊りが発展した大衆のダンス・ミュージックが、むしろエキゾティックに聴こえてしまった日本人も少なくないと思う。それは歴史学の門外漢の自分のような人間でも、日本という国が近代によってぶった切られているということに理由があることは察しがつく。我々はあるときに服装や生活様式を変えたばかりか、暦まで変えている。
あるいは、明治維新とともに浮世絵が下等な文化だと捨てられながら、欧米の知識人によって評価されたことで逆輸入されたように、日本の近代の知性にはそれ以前の大衆文化を蔑んでいたという事実がある。たとえば江戸時代でも遠山の金さんが山東京伝や蔦屋重三郎といった大衆文化の発信者を手鎖にしているというけれど、明治においては庶民的な日本をさらに過剰に排除するスノビズムが働いたのだろう。そうした歴史的な権力の縛りから解放されるという意味でも、1970年代後半に朝倉喬司、藤田正、平岡正明、そして我が高校の先輩である鷲巣功らが『ニュー・ミュージック・マガジン』を通じて展開した河内音頭の再発見と再評価は重要だったと言える。これはちょうどポップ・ジャーナリズムが中南米の音楽を発見したことと時期的に重なっている。キューバ音楽やサウンドシステム文化のように、西欧的近代に蔑視されながらも、庶民のなかで研磨された音楽文化が日本にもあった。ハナバやキングストンのように、実にユニークな音楽形式とともにあったのだ。
本作『完全盤』は、1982年7月渋谷ライヴ・インにおけるライヴ録音で(司会は平岡正明)、昨年逝去したこの音楽の再評価運動の先駆者、朝倉喬司に捧げられた再発盤である。大阪府下河内で発展したこの音頭の魅力を、ありがちな文化遺産としてではなく、ポップ・カルチャーの文脈のなかで楽しもうとした先駆者たちの情熱によって企画されたその日の河内音頭三音会の東京初ライヴの模様は、鷲巣功の言葉によっても興味深い詳細が記されている。
気の効いたその解説によれば、主宰者たちの努力によって人が集まった会場内は、最初はまったくスウィングしなかったとある。さすがに戸惑っていたようだ。東京人には不慣れな三味線、太鼓、エレキギターという編成を目の当たりに凍り付いたオーディエンスは、が、しかし最初に演奏された"赤城の子守歌"の進行とともに解凍され、やがて沸点を迎えた――と記されている。実際にこのドキュメントはその盛り上がりも伝えている。
江戸時代という封建社会をアウトロー(侠客)として生きた国定忠治を讃えたその曲"赤城の子守歌"は、リリックの素晴らしさもさることながら(ある意味ギャングスタ・ラップとも言えるかもしれないが、侠客にはたとえ自分が損をしても強きに刃向かうことを最大に評価するという美学がある)、ビートやリズムに敏感なリスナーにとっては最高のダンス・ミュージックに聴こえるだろう。その当時、黒い音楽に親しんだ耳を虜にしただけあって、河内音頭三音会による反復するパーカッシヴな響きを聴いていると、この国の大衆音楽にはこんなにもリズミカルな躍動感があったのかと驚きもする。
また、節回しに関しても、ワールド・ミュージックのリスナーはもちろんのこと、へたらしたボアダムスやギャング・ギャング・ダンスを面白がっているような拡張された耳を持つインディ・ロックのリスナーにとっても、もはや違和感などないんじゃないだろうか。先日レヴューしたリトルテンポの『太陽の花嫁』と連続で聴いても不自然さを感じない。もっとも、こうした「いまや普通に聴ける」という表現は誤解を招くこともある。「いまや普通に聴ける」から良いのではなく、本当にこの音楽は、そしてこの演奏は、抜群に面白いのだ。独創的で、パワフルで、痛快で、そう、素晴らしいことに笑いもある、しかも感動的なまでに反抗的だ。拡張された耳を持つリスナー諸君は、偏見を抜きにしてぜひ聴いて欲しいと思う。けっこう本気でハマってくる。
この文化にひとつ弱点があったとすれば、(島唄もそうだが)基本的にはライヴ演奏の文化であるがゆえに、長いあいだポップ・ミュージックとしての録音の文化を持たなかった点にある。ジャズやブルースももともとはライヴ演奏の文化だが、周知のように早くから西欧文化に発見(評価)されたために、途中から録音文化(レコード)のなかに組まれている。『完全盤』は、そうしたジャズやブルース(もしくはキューバ音楽やレゲエに)おくれを取ったとはいえ、世界的にみてそれを最初に試みた歴史的なアルバムでもある。
上京して、東京で盆踊りを知ることができて本当に良かったと思っている。まあ、たいていの場合そのPAがあまりにもチャラ過ぎるのだが、お陰で音頭という形式に慣れたわけだし、いまはもうエキゾティズムを感じることはない。夏になると必ず盆踊りが恋しくなるようになった。古代人には、夏になると現れる精霊たちを見る能力があった。それが円を描く踊りとなって、長い年月のなかでいつしか庶民のソウル・ミュージックとして発展した。その魅力をいま自然に楽しめるようになったことが嬉しいし、そのなかでもっとも突出したスタイルを獲得した河内音頭の、名高き三音会(みつねかい。大雑把に言えば60年代のジャマイカにおけるスカタライツのようなもの)の演奏を堪能できることは幸せだ。そして、それは山東京伝よりもルイス・キャロル(とかシェイクスピア)のほうを教え込まれてしまった「自分」とは「何か」について考える契機でもある。
まあ結局のところ僕も、浮世絵のように、欧米をぐるっとまわってきた耳でもってこの音楽に接しているのだ。浮世絵の再発見と決定的に違うのは、これが日本内部の耳によって再発見されたという事実だ。あらためて先駆者たちに敬意を示したい。彼らは最初にブルースを発見した白人のように、コカコーラとサンタクロースに支配された日本に埋もれてしまった、おそろしく重要な価値を見出したのだ。
福島第一原発事故以降、九州や沖縄に避難された方も少なくないと聞きますが、いよいよ九州の熊本市でも脱原発のイヴェントは開催されるようです! 近隣にお住まいの方は注目してください。OTOさんをはじめ、坂口恭平さんなどDOMMUNEに縁のある人たちも出演していますよ。
『さよなら原発映画祭 with Denkikan』
<原発のない九州>という希望の糸で結ばれたガーランド(花の環)を
母なる大地に捧げます......すべての悲しみとともに <原発のない地球>へ
311、福島原発事故で大量の放射性物質が日本中から世界へと流出し始めました。原発は日本になんと54基。私たちの住む九州にも玄海原発と川内 原発があります。こんな事態になってもまだ原発は必要なのでしょうか? この美しい水や大地は誰のものなのでしょうか? 原発事故は九州の原発でも起こりうる のです。再生可能エネルギーで電力はもうまかなえる時代になっているようです。この映画を観て、私たちの暮らしやエネルギーについて、母なる自然を敬う地 球市民の文化や社会のヴィジョンを共有し、みなさんとぷくぷく発酵させてゆきたいです。
(by Oto Ravi )
第一弾 『100,000年後の安全』 (7月 2日~7月15日)
第二弾 『ミツバチの羽音と地球の回転』 (7月30日~8月12日)
☆映画上映18:00PMより
上映後のトーク・ライヴ出演者(敬称略)
坂口恭平 / OTO / MOUTHPEACE / 大塚愛 / 菊地洋一 / 松下修 / 吉田俊郎 /
吉田ケンゴ / 正木ゆう子 / 川原一紗 / 鎌仲ひとみ / 東田トモヒロ / 杉田かおる
■料 金
一般¥1800・高大¥1500・3才~中学¥1000・シニア¥1000
身障者割引/留学生割引¥1000
■割引情報
●毎週月曜日:男性のみ 鑑賞料金¥1000
●毎週水曜日:女性のみ 鑑賞料金¥1000
●毎週金曜日:ペアーサービス 鑑賞料金¥1200
●毎月1日:映画の日 鑑賞料金¥1000
詳細
●第一弾 『100,000年後の安全』と上映後のトーク・ライヴ
監督・脚本:マイケル・マドセン(2009年/79分/デンマーク、フィンランド、スウェーデン、イタリア)
フィンランドのオルキルオトに建設中の、原発から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分場"オンカロ(隠された場所)"と呼ばれる施設に、世界で初 めてカメラが潜入したドキュメンタリー作品。これから先10万年間、そこに暮らす人々に、危険性を確実に警告できる方法はあるだろうか。彼らはそれを私た ちの時代の遺跡や墓、宝物が隠されている場所だと思うかもしれない。そもそも、 未来の彼らは私たちの言語や記号を理解するのだろうか。誰にも保障できない10万年後の安全。
| 7月2日(土曜日) | 坂口恭平(建築家) × OTO(音楽家) トーク:「ゼロセンターの活動」 音楽:MOUTHPEACE |
|---|---|
| 7月3日(日曜日) | 大塚愛(福島県双葉郡川内村の自給自足の大工、避難者) トーク:「福島から避難してきて」 |
| 7月9日(土曜日) | 菊地洋一(元原発技術者) トーク:「福島原発事故後の現在」 |
| 7月15日(金曜日) | 松下修(パーマカルチャーネットワーク九州代表理事) × 吉田俊郎(トランジション・タウン・ジャパン) × 吉田ケンゴ(ミュージシャン、特殊造形アーティスト ) トーク:「シフト・ エナジー」 |
●第二弾 『ミツバチの羽音と地球の回転』と上映後のトーク・ライヴ
監督・脚本:鎌仲ひとみ(2010年、春、公開)
日本のエネルギーの最前線、上関原発計画に向き合う祝島の人々とスウェーデンで持続可能な社会を構築する人々の取り組みの両方を一本の映画で描い ている。いかにして、自分たちのエネルギーの未来を切り開くのか? 現場からの問いかけは私たちに選択を迫ってくる。また同時に不可能と思われていることを 可能にする人間のエネルギーが、私たちと同じ全く普通の人々の感性と思いが、国の違いを超えて交差し新しいビジョンを描き出すドキュメンタリー映画。
| 7月30日(土曜日) | 正木ゆう子(俳人)× OTO(音楽家) トーク:「精霊の声を聞く」 音楽:川原一紗 |
|---|---|
| 8月8日(月曜日) | 鎌仲ひとみ(映画監督)× 東田トモヒロ(歌手) トーク:「家庭のエネルギー・シフト始めました」 音楽:東田トモヒロ |
| 8月9日(火曜日) |
鎌仲ひとみ(映画監督)× 坂口恭平(建築家) トーク:「郷里から始まる新政府」 |
| 8月10日(水曜日) | 杉田かおる(俳優) トーク:「九州でわたしにできること」 |
*当日に映画を観覧された方は、トーク・ライヴは無料になります。
*映画を観覧された方は半券をお持ちいただくとトーク・ライヴは500円で入場できます。
フード出店:とぅから家。(対放射能レシピを盛り込んだ屋台かふぇ)
(https://blog.goo.ne.jp/tukarasya)
Private Lodge
(https://www.private-lodge.net/)
ステージデコ :ひょうたんランプ社 (バリ島のアーティスト、ニョマン・サカと松本雅代の作品 )
(https://www.hyoutanlamp.com/)
主催 :Denkikan 〒860-0803 熊本市新市街8番2号
(https://www.denkikan.com/index_pc.html)
問合せ:映画 096-352-2121(Denkikan)
トーク・ライヴ 080-5266-3399(Ravi)
ライヴ・トーク企画 :さよなら原発映画祭実行委員会(Jayma TV:Ravi、Oto)
(https://annapurnafarm.com/archives/event/)
フライヤー・デザイン:Takao Suzuki(https://www.taka-suzuki.com)
追記:『さよなら原発映画祭』第三弾☆8月7日、玉名『ちゃぶ台』にて
宮田雪監督『ホピの予言』上映決定。黒澤明監督作品『夢』の映像を交えてのトーク予定。
メイジズなるマンチェスターで結成された若いインディ・ロック・バンドのデビュー・アルバムを買った理由はレーベルが〈ファットキャット〉だからだ。久しぶりに聴いてみようかと思った。パンダ・ベアの7インチも〈ファットキャット〉から発表された曲がいちばん良かったし。店員さんからは「テレヴィジョン・パーソナリティーズっぽい」と言われ、『ガーディアン』には「ラモーンズとザ・キンクスの出会い」と書かれていたので、それなら悪くはなさそうだと思った。
で、実際に、「テレヴィジョン・パーソナリティーズっぽい」し、「ラモーンズとザ・キンクスの出会い」というのも当たっていた。演奏も歌メロもUKらしいモッズ系のシンプルなロックに思えるが、『ピッチフォーク』には90年代のUSローファイ・インディの焼き直しに聴こえるらしい。そんなわけで『タイニー・ミックステープス』は「どんなバンドにも聴こえてしまうような、個性を欠いた、保守的なインディ・ギター・ロック・バンド」と酷評しているが、チルウェイヴからウェイヴスにいたるまでいまやローファイ・サウンドはトレンドだし、ダンス・ミュージックでさえ僕の世代が古いと感じるものが若い世代では新しいという、要するにリサイクルの時代に突入している。マンチェスター出身の彼らにとってこれは新しいのかもしれない。それにUSのインディ・ロックのウェイヴスやベスト・コーストやディアハンターだって、ただたんに、やたらリヴァーブを深くかけているだけとも言える。メイジズにはあの手のリヴァーブはない。
〈ファットキャット〉がこんな音楽を出すことのほうが驚いた。このレーベルは、もともとはデトロイト・テクノに触発されたテクノ・レーベルだったが、ゼロ年代以降はシガー・ロスやアニマル・コレクティヴをはじめ、あるいはノー・エイジなど、時代を切り開いたとも言えるであろう、先鋭的なインディ・ロックの作品をリリースしている。もっとも尖ったレーベルのひとつだったが、その母体はコヴェント・ガーデンの服屋の地下にあったレコード店で、僕がレコード店をますます好きになった理由はすべてこの店にあった。
UKのレコード店(量販店を除く)でレコードを何度も買った経験のある人ならわかる話だが、向こうは何かその店のスタッフが推している音楽を買うとレジで金を払うときに「グッド・チョイス」などと声をかけてくる。そして奥から、それと同系列の新譜を持ってきて「これ聴いた?」とか言ってくる。「聴いた」と言えば、その音楽がいかに素晴らしいか手短に説明する。「聴いてない」と答えれば、その場でそのレコードをかける。そして良い思えば買うし、金がなければ「欲しいけど金がない」と言うし、まあまあだった場合は「ありがとう、また来るよ」と言う。こうした細かい店員と客とのコミュニケーションが頻繁にある。たわいもないことかもしれないが、そうしたコミュニケーションが面白くて、僕はレコード店のファンになった。ときにそれは多様な情報交換の場としても機能するし、批評の場にもなるのだ。
それで最近、僕がこの話を某レコード店勤務の女性に話したところ、「そうしたコミュニケーションがいまの若者はうざったいんです」と言われたが、本当にそうだろうか。だいたい、UKスタイルのレコード店が日本にどれほどあるというのだろう(もちろんないことはないが、圧倒的に少ないだろう)。消費活動において余計な情報交換などせず、機械のように提示された金額分の貨幣を支払うだけでいいのなら、ネット通販でこと足りる。店など閉めればいいし、行く必要もない。
UKではフツーにおこなわれている、客と店員とのあいだで繰り返されるある種マニアックなコミュニケーションには、POSシステムのような(もちろんセトラル・バイイングのような)、売れるものだけをどんどん売りさばく経済効率優先のシステムが入り込む余地がない。店員も客もマニュアル化されない。僕が何度か行ったことのあるUKのとある小さな町のレコード店には、その常連に、ジャングルが好きで毎週のように12インチを買いに来る老紳士がいた。彼が来ると店員は自分が推薦するすべての新譜を部分的に再生して、「これはちょっとジャズっぽい」とか「これはベースが良い」とか言葉でも説明した。そして紳士はそのお礼にと、いつも帰り際に匂いのきつい自家栽培の野菜をおいていった。音楽文化の成熟度の高さを示すような、いい話じゃないか。
かなり話が逸れたが、最初に僕にそうしたUKのレコード店文化を教えたのが〈ファットキャット〉だったのだ。だからこの新譜も買った。レコード店とはただレジの前に並んで商品との交換で貨幣を払うだけの場ではない。録音物というポップ・ミュージックにおける本質が最初に世に出る"現場"がレコード店なのだ。
最近はフローティング・ポイントの〈エグロ〉レーベルの諸作、あるいは〈ブラウンウッド〉からデビューしたギャング・カラーズのような、ダブステップを経たUKのクラブ・カルチャーからも期待が膨らむジャズ系の、今日的なメロウな感性(それはチルウェイヴはもちろんのこと、フォルティDLやボックスカッター、下手したらOFWGKTOのようなヒップホップにまで通底する)をもった印象的な作品が出ている。
そういうなか、ジャズの再発で知られる〈ジャズマン〉からデビューの新人というのも場違いな印象を持ちかねないが、すでに都内の輸入盤店でも話題のザ・グレッグ・フォート・グループは、その新しい"ヴィンテージ・サウンド"もさることながら、快楽的でチルアウトな演奏を展開する。しかもこれがいま、チルウェイヴやポスト・ダブステップを聴くような若者に受けているそうじゃないですか。
日本盤は7月20日、Pヴァインから。けっこうな注目株ですよ!































