Home > Reviews > Album Reviews > Pantha du Prince- XI versions of Black Noise
アニマル・コレクティヴ(ブルックリンのアート・ロック)とフォー・テット(ロンドンのIDM)が1枚のレコードのなかで並んでいると言っても驚きはしないだろうけれど、そこにモーリッツ・フォン・オズワルド(ベルリンのミニマル)も加わっていると言ったらどうだろう。パンタ・デュ・プランスを名乗るドイツ人、ヘンドリク・ウェーバーは、それを可能とする唯一といっていいほどのプロデューサーである。彼のロマン主義まるだしのアルバム『ブラック・ノイズ』が、ディスクユニオンのインディ・ロックの棚からクラブ系の12インチを扱うテクノのコーナーまで横断できたのは、パンダ・ベアが1曲歌っていながら(そしてLCDサウンドシステムやチック・チック・チックのメンバーも参加しながら)、あるいはドゥルッティ・コラムをサンプリングしながら、彼のスタイルがミニマル・テクノの発展型だったからだろうけれど、そうしたクレジットやジャンル分け以上にアルバムの音楽がユニークだったからである。地滑りで壊滅してしまったアルプスの小さな村をテーマにしたというそれは、なおさら現在の我々には重たいものがあるが、美しかった風景をなんとしてでも書き留めておきたいという抑えがたい欲望は、アルプスでのフィールド・レコーディングまでやったという彼の並々ならぬ情熱にも表れているように、作品のなかに圧倒的な思いを吹き込んでいる。『イレヴン・ヴァージョンズ・オブ・ブラック・ノイズ』は、昨年各方面で好評を得たそのアルバム『ブラック・ノイズ』のリミックス盤というわけだ。
リミキサーは先述したモーリッツ・フォン・オズワルド、フォー・テット、アニマル・コレクティヴのほか、〈ゴーストリー・インターナショナル〉のザ・サイト・ビロー、そして〈コンパクト〉レーベルやその傘下〈ダイアル〉レーベル関係のプロデューサー(DJコーツェのところから作品を出しているディ・ヴォーゲル、東京の〈ミュール〉レーベルから作品を出しているローレンスなどなど)が参加している。要するに、ブルックリンのアート・ロック系と親和性の高いドイツのミニマリストたちが多数占めている。オリジナルにあったロマン主義的な迫力は良くも悪くも薄まって(ロマン的なものにありがちな鬱陶しさはなくなり)、田園主義の生活にほどよくポップ・アートが入ってきたというか、ミニマル・テクノのさばさばした感覚がパンタ・デュ・プランスの濃厚な美意識を中和している。
というわけで全体的に押しつけがましさのない、やわらかいアルバムだが、白眉をいくつか挙げるとしたら、まずはモーリッツ・フォン・オズワルドのヴァージョンだ。トリオでやっているとっつきづらい即興とは別の、彼のドイツ的な装飾性を削除した機能的なダブの美学が素晴らしい。フォー・テットはパンダ・ベアが歌っていた"スティック・トゥ・マイ・サイド"をエロティックなミニマルに変換している。アニマル・コレクティヴは、オリジナル盤においてもっとも美しい曲のひとつ"ヴェルト・アン・ドラト"を、彼らのサイケデリック・ポップのレパートリーに加えているようだ。3人のビッグネームはそれぞれ期待に応えていると言えるだろう。牧歌性を打ち出すディ・ヴォーゲルやシカゴ・ハウスのワイルドな質感を注ぎ込むハイエログリフィック・ビーイングも印象的で、〈コンパクト〉が送るアンビエントの使者、ウォールズによるドリーミーな展開はクローザー・トラックとして申し分ないばかりか、〈コンパクト〉のミニマリズムとアニマル・コレクティヴのピーターパン・サイケデリックとの見事な結合の瞬間というか......言うなればこの10年、欧米のインディ・ミュージック・シーンがひたすら追求している終わりなき非日常を象徴するような締めである。
野田 努