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メイジズなるマンチェスターで結成された若いインディ・ロック・バンドのデビュー・アルバムを買った理由はレーベルが〈ファットキャット〉だからだ。久しぶりに聴いてみようかと思った。パンダ・ベアの7インチも〈ファットキャット〉から発表された曲がいちばん良かったし。店員さんからは「テレヴィジョン・パーソナリティーズっぽい」と言われ、『ガーディアン』には「ラモーンズとザ・キンクスの出会い」と書かれていたので、それなら悪くはなさそうだと思った。
で、実際に、「テレヴィジョン・パーソナリティーズっぽい」し、「ラモーンズとザ・キンクスの出会い」というのも当たっていた。演奏も歌メロもUKらしいモッズ系のシンプルなロックに思えるが、『ピッチフォーク』には90年代のUSローファイ・インディの焼き直しに聴こえるらしい。そんなわけで『タイニー・ミックステープス』は「どんなバンドにも聴こえてしまうような、個性を欠いた、保守的なインディ・ギター・ロック・バンド」と酷評しているが、チルウェイヴからウェイヴスにいたるまでいまやローファイ・サウンドはトレンドだし、ダンス・ミュージックでさえ僕の世代が古いと感じるものが若い世代では新しいという、要するにリサイクルの時代に突入している。マンチェスター出身の彼らにとってこれは新しいのかもしれない。それにUSのインディ・ロックのウェイヴスやベスト・コーストやディアハンターだって、ただたんに、やたらリヴァーブを深くかけているだけとも言える。メイジズにはあの手のリヴァーブはない。
〈ファットキャット〉がこんな音楽を出すことのほうが驚いた。このレーベルは、もともとはデトロイト・テクノに触発されたテクノ・レーベルだったが、ゼロ年代以降はシガー・ロスやアニマル・コレクティヴをはじめ、あるいはノー・エイジなど、時代を切り開いたとも言えるであろう、先鋭的なインディ・ロックの作品をリリースしている。もっとも尖ったレーベルのひとつだったが、その母体はコヴェント・ガーデンの服屋の地下にあったレコード店で、僕がレコード店をますます好きになった理由はすべてこの店にあった。
UKのレコード店(量販店を除く)でレコードを何度も買った経験のある人ならわかる話だが、向こうは何かその店のスタッフが推している音楽を買うとレジで金を払うときに「グッド・チョイス」などと声をかけてくる。そして奥から、それと同系列の新譜を持ってきて「これ聴いた?」とか言ってくる。「聴いた」と言えば、その音楽がいかに素晴らしいか手短に説明する。「聴いてない」と答えれば、その場でそのレコードをかける。そして良い思えば買うし、金がなければ「欲しいけど金がない」と言うし、まあまあだった場合は「ありがとう、また来るよ」と言う。こうした細かい店員と客とのコミュニケーションが頻繁にある。たわいもないことかもしれないが、そうしたコミュニケーションが面白くて、僕はレコード店のファンになった。ときにそれは多様な情報交換の場としても機能するし、批評の場にもなるのだ。
それで最近、僕がこの話を某レコード店勤務の女性に話したところ、「そうしたコミュニケーションがいまの若者はうざったいんです」と言われたが、本当にそうだろうか。だいたい、UKスタイルのレコード店が日本にどれほどあるというのだろう(もちろんないことはないが、圧倒的に少ないだろう)。消費活動において余計な情報交換などせず、機械のように提示された金額分の貨幣を支払うだけでいいのなら、ネット通販でこと足りる。店など閉めればいいし、行く必要もない。
UKではフツーにおこなわれている、客と店員とのあいだで繰り返されるある種マニアックなコミュニケーションには、POSシステムのような(もちろんセトラル・バイイングのような)、売れるものだけをどんどん売りさばく経済効率優先のシステムが入り込む余地がない。店員も客もマニュアル化されない。僕が何度か行ったことのあるUKのとある小さな町のレコード店には、その常連に、ジャングルが好きで毎週のように12インチを買いに来る老紳士がいた。彼が来ると店員は自分が推薦するすべての新譜を部分的に再生して、「これはちょっとジャズっぽい」とか「これはベースが良い」とか言葉でも説明した。そして紳士はそのお礼にと、いつも帰り際に匂いのきつい自家栽培の野菜をおいていった。音楽文化の成熟度の高さを示すような、いい話じゃないか。
かなり話が逸れたが、最初に僕にそうしたUKのレコード店文化を教えたのが〈ファットキャット〉だったのだ。だからこの新譜も買った。レコード店とはただレジの前に並んで商品との交換で貨幣を払うだけの場ではない。録音物というポップ・ミュージックにおける本質が最初に世に出る"現場"がレコード店なのだ。
野田 努