「MAN ON MAN」と一致するもの

Hyperdub 10 - ele-king

 なにせローレル・ヘイローのライヴを見れるんだぜ、それだけでも充分なのに、DJラシャドのDJで踊れる。エレクトロニック・ミュージックないしはダンス・ミュージックが好きで、いま海外で起きている、ちょっと尖ったことに少なからず興味がある人なら、こ、こ、これは、真面目な話、なんとしても行かねば……ですよ! DJフルトノもプレイするしな。先着順の特典も欲しいので、オレは開場時間に行こっと。

 出演者のプロフィールなど、細かい話はココを見てくださいね。
 ↓
 https://www.beatink.com/Events/Hyperdub10/

●来場者先着特典有り!

2014/1/31 代官山UNIT
OPEN/START 23:00  TICKET: 前売3,800YEN / 当日4,500YEN
※20歳未満入場不可。入場時にIDチェック有り。必ず写真付き身分証をご持参ください。
You must be 20 and over with photo ID.
企画制作/INFO:BEATINK 03-5768-1277(www.beatink.com
主催:シブヤテレビジョン

前売TICKET詳細:
BEATINK (shop.beatink.com
ローソンチケット - https://l-tike.com(Lコード70328)、
イープラス e+ - https://eplus.jp
tixee (スマートフォン用eチケット) - https://tixee.tv/event/detail/eventId/3725
clubberia (eチケット) - https://www.clubberia.com/ja/store/product/382-Hyperdub-10-E/ :1/31(FRI)14:00まで販売。

店頭販売(1/31(金) 各店閉店まで販売):
TOWER RECORDS(新宿店、秋葉原店)
disk union (渋谷Club Music Shop / 新宿Club Music Shop / 下北沢Club Music Shop / お茶の水駅前店 / 吉祥寺店)
disc shop zero
JET SET TOKYO

地方公演:レーベルの豪華精鋭4組が一挙に4都市を巡る激圧JAPANツアー!
2014/2/1(SAT) 名古屋CLUB MAGO
INFO: CLUB MAGO 052-243-1818[ https://club-mago.co.jp ]
2014/2/2 (SUN) 金沢MANIER
INFO: MANIER 076-263-3913[ https://www.manier.co.jp ]
2014/2/3 (MON) 大阪CONPASS
INFO: CONPASS 06-6243-1666[ https://conpass.jp ]


interview with Nanorunamonai - ele-king

まばらな星 半分の月
降ろされたシャッター
絵にならない絵を描く芸術家
彼らはとてもアンバランスを保つのが上手で
お日様にも見つからないほど遠くへ
波乗りのリーシュ
笑えないジョーク 人づてに聴く文句
まわりくどい皮肉 一人よりも孤独
焦げ付いた記憶 手のひらに食い込む 油汗と蝋燭
遠のく永遠なるスローモーション

赤い月の夜 何もない空を漂う
赤い月の夜 ひび割れた鏡を叩き割る
赤い月の夜 重力を振りほどく 
赤い月の夜 俺は俺を殺す
赤い月の夜

 12月某日。なのるなもないの取材から数日後。〈タワーレコード渋谷店〉の4階のフロアの一角には人だかりができていた。なのるなもないのインストア・ライヴを観ようと集まった多くのファンで埋め尽くされていたのだ。ファンたちの熱い視線が、蛍光灯のまぶしい灯かりの下で、幻想的な詩をメロディアスにフロウするラッパー/詩人に注がれる。このイレギュラーなシチュエーションで、しかし、なのるなもないもファンも素晴らしい集中力だ。そこには甘美で、濃密な小宇宙が発生していた。そして、ライヴ後のサイン会には長蛇の列ができた。僕は試聴機でブリアルの最新作を聴き、久々に会う友人や知人とおしゃべりをしながら、その光景を感慨深くながめていた。


なのるなもない
アカシャの唇

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 降神のなのるなもないが、昨年12月にセカンド・アルバム『アカシャの唇』を発表した。ファースト『melhentrips』からじつに8年ぶりとなるアルバムだ。8年という歳月は長いようで短く、短いようで長い。『アカシャの唇』は、まとまった作品を完成させるのに8年という歳月が必要だったことを証明する素晴らしい出来栄えとなった。降神の作品や前作『melhentrips』の延長線上にありながら、なのるなもないは詩とラップに確実に磨きをかけ、次のステップに進んでいる。詩とラップが不可分に結びつき、ひとつひとつの曲の世界観に明確な方向性を与えている。

 初期の降神の毒や狂気、抵抗を好んだ僕のようなリスナーには、その点に関しては欲を言いたくなる気持ちもある。だが、なのるなもないのように、幻想的で、空想的な詩を書き、メロディアスに、ハーモニックにフロウできるラッパーは他にはいない。そのラップをこうして堪能できることをまず喜びたい。
 “宙の詩”という曲では、ことばにジェット・エンジンを装備させて、宇宙の彼方に飛ばすような凄まじいフロウを魅せつけている。ことばと音のめくるめくトリップだ。谷川俊太郎や宮沢賢治、稲垣足穂といった作家の文学に、なのるなもないが独自の現代的な解釈を加えられているように感じられるのも『アカシャの唇』の魅力だ。ここには、童話とSFとラップが混在している。

 サウンド的にいえば、ポストロックやエレクトロニカとラップの融合という、00年代初期から中盤にかけて、アンチコンを中心に盛んに行われた試みの延長にある。そして、今作の共同プロデューサーであるgOと、ビートメイカーのYAMAANから成るユニットYAMANEKOがトラックを制作した“めざめ”と“ラッシュアワーに咲く花を見つけたけど”は、その発展型と言えるかもしれない。この2曲は、ギャング・ギャング・ダンス流のトライバルな電子音楽とラップの融合のようだ。後者に客演している女性シンガー、maikowho?の透き通る歌声には病みつきになる不思議な魅力がある。アルバムには盟友である志人、toto、tao、sorarinoといったラッパー/シンガーたちも参加している。

 前置きが長くなっているが、ここでもうひとつだけ言いたいことがある。『アカシャの唇』をきっかけに、00年代初頭から中盤に独創的な音楽を創造したオルタナティヴ・ヒップホップ・グループ、降神と彼らのレーベル〈Temple ATS〉の功績にあらためて光が当たってほしいということだ。この機会に、ファースト『降神』とセカンド『望~月を亡くした王様~』を聴き直し、降神の不在の大きさをいまさらながら痛感している。彼らのフォロワーはたくさんいたが、そのなかから彼らの独創性を凌駕する存在が生まれることはなかった。なのるなもないと志人というふたりのラッパーが中心になり、彼らは“降神”という音楽ジャンルを作り上げたのだ。時の流れが気づかせてくれる発見というものは、示唆的である。

 さて、これ以上書くと話が脇道にどんどん逸れて行きそうだ。2013年の年の瀬も迫る12月中旬のある寒い夜、渋谷でなのるなもないに話を聞いた。

結婚して、子育てをしながら、ライヴをしたり……要約しちゃうと、もう超簡単ですよ。

今日はなのるなもないの人となりにも迫りたいですね。

なのるなもない:人となりって言われると、別に語るべきことが俺にはよくわからないんだよね。

いきなりインタビュアーをがっかりさせるようなこと言わないでくださいよ(笑)。

なのるなもない:だってさ、自分を客観視するのは難しいし、そういうドキュメンタリー的なところで語るべき言葉がわからない。

大丈夫ですよ。

なのるなもない:秘すれば花っていうか、なんでもかんでも言うことがいいとは思ってないよ。訊きたいことがあれば答えるけどさ。

前作『melhentrips』から8年経ちましたよね。8年をざっくり振り返るというのはそれこそ難しいですけど、どうでした?

なのるなもない:結婚して、子育てをしながら、ライヴをしたり……要約しちゃうと、もう超簡単ですよ。

ははは。まあそうですよね。お子さんも大きくなったんですよね。

なのるなもない:うん。

『アカシャの唇』、興味深く聴かせてもらいました。00年代前半から中盤ぐらいは、たとえば〈アンチコン〉を筆頭に、ポストロックやエレクトロニカとラップの融合みたいな試みが盛んだったと思うんですね。本人がこういう言い方を喜ぶかはわからないですけど、音楽的にいえば、『アカシャの唇』はその発展型という側面もあると感じました。

なのるなもない:ふーん。

言うまでもなくこの作品で詩は重要な要素ですけど、変幻自在なラップのメロディとフロウが、とにかく圧倒的だな、と。

なのるなもない:ああ。

僕がいまのところいちばん好きで聴いている曲は、“宙(チュウ)の詩(シ)”ですね。

なのるなもない:あはっ(笑)。あの曲はね、“宙(ソラ)の詩(ウタ)”って読むの。

あ、そうなんですか。これは読めないや。

なのるなもない:まあ、これは読めないよ。

“宙の詩”は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』や稲垣足穂の言語感覚を彷彿させるSFラップですよね。

なのるなもない:ああ、そうかもねぇ。

この曲、すごいカッコ良かったですよ。この曲について解説してもらえますか?

なのるなもない:最初にこの曲のトラックから宇宙的なものを感じて、「宇宙ってなんだろう?」っていう疑問から出てくる言葉を連想して書いていったんだよね。光とかロケットとか、自分の宇宙観から想起するものをフロウで表現しようとした感じかな。

とても映像的ですよね。言葉の意味に引っ張られるより先に、映像的なイメージが広がっていくんですよね。

なのるなもない:フロウに関しては、「風になったらいいのかな」とかそういうイメージで考えたりするね。人でない人っていうもので考えるときもあれば、もちろんリズムで考えるときもある。でもまあ言葉ありきだとは思ってるけど、両方だよね。どちらかに引っ張られることはあるかもしれないけど、両方とも捨てきれない。

なのるなもないのラップにおいて言葉の意味も重要な要素ですからね。『アカシャの唇』は、渋谷にある本屋さん〈フライング・ブックス〉がリリースしていて、インナースリーヴもパッケージも読み物として丁寧に作られていますよね。どうしてこういう形にしたんですか?

なのるなもない:前から本は作ってみたかったんだよね。だから、これはひとつの夢でもあったっていうことなんだよね。

でも俺はCDで出したかったんだ。CD屋に行ってCDを手に取って、開いてみて、買うっていう楽しさを伝えたかった。

詩集を作りたかった?

なのるなもない:うーん、詩集を出そうって気持ちで出してるわけではないんだよね。いまの時代にCDで出すっていうことはそんなに求められてないような感じもあるでしょ。

まあたしかに。

なのるなもない:でも俺はCDで出したかったんだ。CD屋に行ってCDを手に取って、開いてみて、買うっていう楽しさを伝えたかった。詩を書いてはいるけれど、ラップとしてアウトプットしてると思ってるし、ラップという表現じゃないときだってあるかもしれないけど、言葉があって、音があるというのが終着地点だと思うからさ。

『アカシャの唇』ってタイトルはどこからきたんですか?

なのるなもない:今回のアルバムはgOってヤツが半分ぐらいの曲で関わってくれてるんだけど。

共同プロデューサーの方ですよね。

なのるなもない:そう。お互いの分野にいろいろ入り込みながら、ああだこうだ言いつつ、よく遊んでもいたからね。ほとんど遊ぶ時間もなくなってきてるけど、gOとはよく遊んでもいたね。

gOさんとは何して遊ぶんですか?

なのるなもない:ドライブしたり、友だちのライヴを観に行ったりとか、まあいろいろだよ。でもすべては音楽を作る方向に向かっていて、そういう過程で、gOがアカシックレコードにアクセスしたみたいな話をしてきてね。

アカシックレコード?

なのるなもない:アカシックレコードは人類の魂の記録の概念のことで、そこにアクセスすれば、過去も未来も全部わかるという考え方があって、たまたま俺たちはそういう類の本を読んだりもしてたのね。まあ、「ルーシー・イン・ザ・スカイ」みたいな気持ちなのかな。

なはははは。“アカシャ”はサンスクリット語で“天空”も意味するんですよね。このタイトルについて、資料には、「人間のいろんな感情、聖者のような時も、毒々しい時も、無味乾燥なこともあると思うし、そういうの全部含めて話したい」と自身の言葉が引用されていますけど。

なのるなもない:自分は曲を書いているときの感覚が、そういうところにアクセスしようとしてるんじゃないかなっていうのが強くあって。自分で書いているんだけど、すでにそれがあったような感覚があって、そこに行き着くというかね。

そのアカシックレコードにアクセスする感覚や体験は、リリックを書くときとラップしてるときの両方にあるんですか?

なのるなもない:両方あるね。

制作はいつぐらいからはじめたんですか?

なのるなもない:制作期間がけっこうまばらなんだけど、“アイオライト”と“silent volcano”はけっこう前で、他の曲はここ2、3年だね。

『アカシャの唇』は、オーソドックスなラップ・ミュージックやヒップホップからは逸脱していると思うんですけど、いまでもラップやヒップホップは聴きます?

なのるなもない:聴くよ。なんでも聴くからね。

たとえば最近はどんな音楽を聴いてます?

なのるなもない:なんだろうなあ、昔のジャズとかまた聴いたりもしてるし、そんなに最近の音楽はわからないけど、まわりの友だちが教えてもくれるから、そういうのを聴いたり。中古のフロアを掘って、「なんじゃこりゃあ?」みたいな驚きだったり、そういうのを面白がる感覚は、昔より少なくなってきたかもしれないね。

なのるなもないさんは、ラッパー、詩人として表現に貪欲であると同時に、音楽を聴くことにも貪欲な人だと思うんですよ。ジャンル関係なく幅広く音楽を聴いて、それを自分で独自に解釈して、吸収して、表現として吐き出しているじゃないですか。たとえばの話ですけど、降神がファーストを出した00年代初期あたりに、ザ・タイマーズとかも熱心に聴いてたでしょ。僕はあの突き抜けた過激さみたいなものが降神の音楽にもあったと思っていたし、そういう意味でいまどんな音楽を聴いてるのか気になるんですよね。

なのるなもない:そうだなあ、特別にこの音楽が今回のアルバムに影響しているというのはないと思うけど、ボノボとかハーバートとかノサッジ・シングだって面白いと思ったし、ヒップホップだったらブラッカリシャスやマイカ・ナインとかブラック・ソートとかもやっぱり面白いなって思うよ。現行のラッパーだったら、タイラー・ザなんとか、とかさ。

タイラー・ザ・クリエイターですね。

なのるなもない:そう、ああいうのも気持ち悪いかっこいいなーって思ったりするよ。いやー、でももっと聴かないとね。俺さ、あんまり四つ打ちを聴かなくて、ある先輩に「もうちょっと深く聴いて」って言われたりもしたよ(笑)。四つ打ちって言い方も悪いか(苦笑)。でも、トライバル・ハウスとか、チャリ・チャリとかかっこいいなって思って買ったこともあるよ。

ダンス・ミュージックにどっぷりハマってレイヴに行ったりとか、そういう経験はなかったんでしたっけ?

なのるなもない:行ったことはあるけど、俺はそっち側にはガチに行かなかったんだよね。

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俺は俺なりの「on and on」を言うまで、ここまで時間がかかったってことかもね。

いまでも自分がヒップホップをやっているという意識はありますか?

なのるなもない:スタンスとしてそれはあるよ。いろんな表現があるなかでよく「これはヒップホップじゃないね」とか言う人がいるけど、「その考え方がヒップホップじゃない」と思うときもあるよね。そもそも破壊と再生をくり返して、吸収して進化を続けるものだと思ってるからね。それに自分はジャンルの区切りとかなく音楽を聴いてきたし、現行のシーンらしい音でそれっぽいことをやるっていうのは、自分にとってはすごくどうでもいいっていうかさ。自分なりの本当のところを追求したいと思ってるよ。

冒険のススメ”で「on and on and on and on and on」っていうリリックを独特の節回しでセクシーに歌ってるじゃないですか。あの歌い方がすごく面白いと思って。「on and on」って熟語は、ブラック・ミュージック、R&Bやヒップホップの常套句じゃないですか。

なのるなもない:うん。

その常套句をこんな風に解釈して歌うんだって。そこがすごく面白かった。

なのるなもない:あはははは。

僕はあの歌い方になのるなもないのBボーイズムを感じましたよ(笑)。

なのるなもない:だから、やっぱりそういうことだよね。タカツキくん(ベーシスト/ラッパー。スイカ/サムライトループスのメンバー)が、「チェケラッ!」って言葉を言えるまでに10年はかかるみたいなことを冗談かも知れないけど言っていて、でもそうかもなとも思ってさ。俺は俺なりの「on and on」を言うまで、ここまで時間がかかったってことかもね。

降神の初期や前作『melhentrips』のころと比べると、毒々しさは薄まりましたよね。

なのるなもない:そうだね。でも意味ある毒を与えたいとは思う。ただ、自分のなかから出てきた毒を無責任に放つことはしたくないよね。

吐き出す毒に、より責任を感じるようになったということですか?

なのるなもない:うん、それはある。吐き出した毒で(リスナーを)どこへ連れて行きたいのか?ということには意識的になるべきだし、(表現者は)みんなそうなんじゃないのかな? わかんないけどさ。キレイ過ぎてもしっくりこないときもあるし、毒っていうものはどうしても潜んでしまうと思う。皮肉や毒がない世界で生きられたらいいけどね。

降神の魅力のひとつに、狂気と毒があったと思うんですよ。不吉さと言ってもいいと思います。社会や人間の矛盾を生々しく体現するグループだったと思うし、そこに魅了されたファンも多かったと思うんですね。表現の変化とともに、なのるなもないのファンも変遷しているだろうし、表現者としてリスナーやファンを裏切りたくないか、あえて裏切りたいか、そこについてはどう考えてますか?

なのるなもない:金太郎飴みたいなスタイルってすごいとは思うんだけど、俺はわりと良い意味で裏切りたいって気持ちを持ってるね。でも、いまでも降神のころのようなスタイルも持っているし、スタイルが特別変化したとは思ってないかな。ただ、いまは社会や政治、時事的なことについて吐き出すべき時期ではないという感覚はある。そういうものは、もっと溜めて溜めて、自分の意志を固めてから表現したい。べつにそういうことはラップで表現しなくてもいいかな、とも思うしね。具体的に行動したいっていう気持ちが強い感じかな。そうやって自分のなかでいろいろ思うことがあるのに、なかなか動けていない自分についても含めて語るっていうのもありかもしれないけど。

ここ最近世の中で起きていることで関心のあることは?

なのるなもない:社会や政治の問題をひとつひとつ検討して、結論を導き出すレヴェルに俺はいないと思うから、それを手にした上で語りたいとは思う。そりゃあさ、東電の対応とか、当たり前に「おかしいでしょ」「本当に大丈夫なの?」って思うことはある。政党が変われば疑問に思うこともあるよ。でも10年、20年やらせてみて、それから判断するのもひとつの真実だとも思う。でも、もちろん誰が見ても「これはおかしいだろ」っていうことはたくさんある。そういうところで闘ってる人は応援してるし、力を貸したいなとは思ってる。

学生だって、仕事やっている人だって、それとは別に夢を持って頑張ってる人だって、その世界のなかで思い切り遠くに飛んでしまえば、人からしたら現実逃避って言われてしまうかもしれないけれど、その世界のなかでは成立しちゃうことでしょ?

降神のセカンドに入ってる“Music is my diary”って曲で、「現実逃避も逃げ切れば勝ちさ」というリリックがあるじゃないですか。厭世的といえばいいのかな、そういう感覚はいまでもあります?

なのるなもない:若ければ若いほど、世の中に対して「クソヤロウ」って思うこともあるし、降神でそういうこともラップしてたけど、人からすれば「お前に言われたかねーよ」っていうのもあったかもしれないよね。なにが現実で、なにが現実逃避かは一概に言えないよね。犬猫じゃないから、子どもはほっといたら死ぬからさ。いまは子育てという現実も常にある。そこからは目を背けられない。でもやっぱり、自分のやりたいことにも向かっているしね。「現実逃避も逃げ切れば勝ちさ」ってリリックには、学生だって、仕事やっている人だって、それとは別に夢を持って頑張ってる人だって、その世界のなかで思い切り遠くに飛んでしまえば、人からしたら現実逃避って言われてしまうかもしれないけれど、その世界のなかでは成立しちゃうことでしょ? だから、そうなったら勝ちじゃねえかという意味があったの。

現実逃避とつながる話だと思うんですけど、降神や〈Temple ATS〉は、活動がはじまった当初から一種の共同体みたいなものでしたよね。なのるなもないさんは、当時〈Temple ATS〉の事務所兼スタジオのような高田馬場のマンションに一週間ぐらい寝泊まりしてた時期もありましたよね。部屋に行ったら、ソファで気だるそうに寝てる、みたいな(笑)。

なのるなもない:いや、もっと長かったね。なんだろうね。自分がいっしょになにかを成し遂げたい仲間たちがそこにいたんだよね。あのころは、そこから離れたらいけないという強迫観念があった。だから、マサ(onimas。降神のトラックメイカー。〈Temple ATS〉の一員)の部屋に転がり込んで自分の家に帰らなかったりしたんだろうし。東京に住んだり、東京の近くに住んだりしているほうがやりやすいことはあるし、物理的な距離が関係ないとは言わないけど、自分がしっかりやっていれば、いろんなコミットの仕方があって、本当になにかをやろうとしたらできるといまは思うね。

降神と〈Temple ATS〉のメンバーの関係はかなり濃密でしたし、あの濃密な共同性があったからこそ降神の音楽が生まれたと思いますね。なのるなもないも志人もフリースタイルでしか会話しない、みたいな時期さえありましたよね。お互い、激しく、厳しく切磋琢磨してましたよね。

なのるなもない:そうだね。志人が「真の友は影響し合う」みたいなことをなにかに書いていたけど、その通りだなと思う。

最近は志人には会ってますか?

なのるなもない:このアルバムのリリース・ライヴ(2013年11月10日に〈フライング・ブックス〉で行われた)のときに会ったね。

アルバムに一曲ゲスト参加してますしね。今後、降神としてはやったりしないんですか? 気になっている人は多いでしょう。

なのるなもない:やりたいよね。でも、うーん、俺だけの気持ちじゃないから。あいつ(志人)の気持ちもあるからさ。俺が言える想いもあるけど、まだ公で話すような感じじゃないかな。とにかく、俺はあいつの表現が好きだし、尊敬しているし、いつも挑戦して成し遂げてきたヤツだと思うね。いっしょにやりたいけど、お互い忙しいってのもあるよね。

降神で作った曲でリリースされていない曲はある?

なのるなもない:けっこうあるよ。

本人たちは望まないかもしれないけど、未発表曲だけで一枚アルバムできちゃうんじゃないですか?

なのるなもない:「作れ!」って言われたら、できるかなっていうのはあるけど、それぞれやりたいことがあるからね。ふたりの伝えたいメッセージも必ずしも同じではないからね。

でも、それは最初からそうなんじゃないですか?

なのるなもない:昔はもう少し散文的だったというか、お互いのメッセージや世界観、リリックの方向性が違っても曲が成立したというか、びっくり箱の中身を作ってるみたいな感覚だったんだよね。

ああ、なるほど。『アカシャの唇』はひとつひとつの曲に明確な方向性と主題がありますよね。僕は、『アカシャの唇』はジャンル云々以前に、とにかく美しい音楽だなと感じましたね。

なのるなもない:自分のなかでの様式美を追求しつつ、息苦しさや喜びや気づき、そういうものはぜんぶ詰め込みたかったね。音楽を作っている人はみんなそう思っているかもしれないけど、前よりもっといいものを作りたいとは思うよ。聴いた人が前より良いとか、悪いとか思うのはまた別だけど、そういう気持ちはある。

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NHKの「みんなのうた」じゃないけどさ、みんなのうたを歌いたいというのはあるよね。みんなが存在している世界について歌わないとやっぱりウソだと思う。でも目に映るすべてをそのまま伝えるべきとも思わない。

リリックはどんな風に書いてるんですか?

なのるなもない:描くように書いたり、外郭を描くことで、言いたいことが発見されていく、そんな作り方をしてると思う。それからその画を動かすことで、より鮮明になっていく感じだね。

SF的でもあり、童話的でもありますよね。

なのるなもない:NHKの「みんなのうた」じゃないけどさ、みんなのうたを歌いたいというのはあるよね。みんなが存在している世界について歌わないとやっぱりウソだと思う。でも目に映るすべてをそのまま伝えるべきとも思わない。

さっき毒の話をしましたけど、アルバムのなかで心の暗部を描いていて、しかも他の曲よりも生活感が滲み出ている曲があるとすれば、“赤い月の夜”ですよね。それこそ、「くそったれ/てめえなんて死んじまえ/出かけたセリフをあわてて飲み込む」というリリックは、さっきの吐き出す毒とその責任の話に通じるなと。

なのるなもない:この曲には不幸の前兆みたいな要素があるよね。仕事とかで擦り減りまくって、自分がどんどん無くなっていくのに、それでもヘラヘラしてる。それは逆に狂気だと思うし、そういう現実が狂ってるなというのはあるよね。いわゆるヒップホップ的な“リアル”とは違うけど、自分のなかの魂の記憶にアクセスしたいんだよね。そこで描き出されるヴィジョンみたいなものを表現したい。そこには怒りだって絶対ある。怒りっていうものをそのまま吐き出すことはいけないって思ってる部分もあるんだけど、どんなときでも怒らないっていうのも非現実的だと思うし、“赤い月の夜”に関しては、あえてそういう怒りを表現したかった。

『アカシャの唇』を聴いて真っ先に思い浮かんだ作家が、谷川俊太郎と宮沢賢治、あと稲垣足穂だったんです。ここ最近で、好きな作家や印象に残ってる作品はありますか?

なのるなもない:いまの3人の本を持ってはいるけど、今回の作品に彼らからの直接的影響があるのかは、自分ではちょっとわからないなあ。“アルケミストの匙”に関していえば、パウロ・コエーリョの『アルケミスト』にインスパイアされた部分はあるね。というか、あの小説のなかに好きなエピソードがあるんだよね。

どういうエピソードですか?

なのるなもない:幸せに生きるにはどうしたらいいか? という問いに対するひとつの答えを描き出しているエピソードがあるんだよね。ある賢者が少年に油を入れたスプーンを持たせて、油をこぼさずに宮殿を歩いてくださいと命じるの。で、少年は最初、スプーンの油に集中し過ぎて、宮殿をまったく見なかった。そこで賢者はもういちど宮殿を見てくるように命じる。今度は、少年は宮殿を見てくるんだけど、スプーンの油はなくなっていた。でも、幸せというのは、スプーンの油をこぼさないようにしながら、宮殿の美しさも見渡すことなんだと。

だからあの曲に、「二人の旅は日々の営み/アルケミストの一匙さ/こぼしてはいけない日々の営み」というリリックがあるんですね。

なのるなもない:その一方で、ものすごい印象的な一夜だったり、そういうものを求めてる自分がいる。

特別な体験を求めてる?

なのるなもない:俺は今日どこまで行けるだろう、みたいなことは求めてる。

あはははは。なるほどー。

なのるなもない:ははは。それも幸せだと思う。

いわゆるヒップホップ的な“リアル”とは違うけど、自分のなかの魂の記憶にアクセスしたいんだよね。そこで描き出されるヴィジョンみたいなものを表現したい。

音楽を聴いていてもそれは伝わってきますね。じゃあ、聴いている人にぶっとんでもらいたいという気持ちもある?

なのるなもない:あるよね。

やっぱりあるんですね。そういう音楽ですもんね、この作品は。

なのるなもない:なんだよ、その質問! ははははは。

いやいや、音楽の重要な要素のひとつじゃないですか。

なのるなもない:二木のなかでそのプライオリティが高いということだね(笑)。まあ、“ぶっとぶ”って言葉はすごい抽象的だけど、理路整然としているところはしていたいし、そのレールからはみ出してどこにたどり着くんだろうっていうスリリングさも表現したい。で、たどり着いた場所がここなんだって納得できる音楽を作りたいね。

では、なのるなもないにとって、そういうスリリングさを味わわせてくれる音楽にはどんなものがありますか?

なのるなもない:それはもう、それこそジャンルとかじゃなくて、出会ったことのない感覚に尽きるよね。あれだよ、ブランコを漕いでいて、高く舞い上がって、臍のあたりがうーってなる感覚があるじゃん。わかる?

わかりにくい(笑)。

なのるなもない:フライング・パイレーツとかで急にぐーっと上げられて、臍がぐううーってなるでしょう。で、「これ、大丈夫かな?」って一瞬思うんだけど、「やっぱり大丈夫だった」って戻ってくる。それでまた乗りたくなる。そういう感覚に近いかも。

最近、具体的にそういう音楽体験で記憶に残っているのはありますか?

なのるなもない:うーん、ちょっと思い出せないけど、それぞれのジャンルが発展していくときってそんな感じなんじゃないの? ダブステップをはじめて聴いたときも、「すげぇ空間が曲がってるぞ」って思ったし。ダブだったらさ、俺には子宮がないけど、子宮に響いているみたいな感覚があった。ジミヘンが逆再生をやり出したときだって、はじめて聴いた人は「なんだよ、これ?」ってなったと思うし。

『アカシャの唇』は、グッドとバッドの両方の旅の境界線が曖昧な音楽ではありますよね。バッドな状況も楽しんじゃうタイプなんじゃないですか?

なのるなもない:そのときに楽しめるかどうかは別でさ、苦しいけどね。嫌な思いもそのときしかできない体験だし、それだけ心が動いたってことだからさ。

最後は戻ってこれたと。

なのるなもない:そう。俺はこんなことを考えていたんだって感心するときもあるし、バカだなあと思うときもあるよね。で、小さいかも知れないけど、自分なりの未知な世界の終着地点までを表したい。いちど出したものは、俺のものじゃなくて、その人のものだから。聴いてくれる人が楽しめる状況にしておくのがやる側の責任……とかいうとイヤだけど、当たり前のことだよね。そのレヴェルにつねにたどり着きたいと思ってやってるよ。

アムネジアの風に吹かれても忘れてしまうわけない
アクエリアス 溢れてしまう 生きたシャンデリア
飛ばすレーザー 静かなるエンターテーナー
ラフレシア アモルフォファルスギガスへ今届けておくれ
うまくできた? 完璧じゃなくても笑っていたいならやってみな
SL1200のターンテーブル BPM66星雲で
33回転する 記憶にないものまで再現する
あなたならこの景色をなんていう その海どこまでもふくらんでく
一つの愛my name is ビビデランデブー
宙の詩

wakka (SLOPE) - ele-king

1/12にGerry Rooneyがプレイする、僕も大好きなEnoshimaCurryDinner OPPA-LA。そのOPPALAの店長さん曰く、Gerryの音は『ACID LOUNGE』。
そんな『ACID LOUNGE』な曲をセレクトしました。
WAKA Facebook | SLOPE WEB

『ACID LOUNGE』 2014/1/10


1
Velvet Season & The Hearts Of Gold - Truth Machine for Lovers - Lucky Hole

2
Garben Eden - Romantic Archive - Lampuka Records

3
Anthony Naples - Moscato - Mister Saturday Night Records

4
Virgo Four - It's A Crime - Rush Hour

5
Albinos - Photosynthesis - Antinote

6
Pawas - flying drum(losoul remix) - Undulate Recordings

7
Cougarman & General Z - Susan Loves To Jack - Golden Hole

8
Disco Dub Band - Disco Dub (5:00-Re-Edit) - J.D. Records

9
Jeanne Vomit-Terror & Ed Sunspot - The Seat Of Same - Acoustic Division

10
DJ Harvey - Liftman - Black Cock

Gerry Rooney-New Year Japan Tour 2014
sunday””SUNSET””session
2014/1/12sun at EnoshimaCurryDinner OPPA-LA

act
Gerry Rooney
(Velvet Season&The Hearts Of Gold/ Black Cock / Lucky Hole )
DJ IZU
WATARUde( R.M.N. / GOD SERVICE )
wakka( SLOPE )

art work
Bush
soundsystem&pa
松本音響
OPEN/START 15:00 // FIN 22:30

MUSICCHARGE : 3000yen

Special Thanx
AHBpro
Pioneer DJ

more info
0466-54-5625
https://oppala.exblog.jp/

interview with GORO GOLO - ele-king

 ツイッターのタイムラインに江戸アケミbotのツイートが流れてくる。いわく、「内から出てくる踊りってことね。その人が我を忘れて動き出す時の。それが本物の踊りじゃん?」
https://twitter.com/akemiedo/status/414420578909421568)。


GORO GOLO - Golden Rookie, Goes Loose
Pヴァイン

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 江戸アケミ的な意味ではGORO GOLOの音楽は純度の高いダンス・ミュージックだ。GORO GOLOのフロントマン、スガナミユウは自分の踊りについて「音が肉にぶつかって、肉が揺れているだけ」と語っているから。でもGORO GOLOはじゃがたらみたいにコワいバンドじゃない(じゃがたらがコワかったのかどうか、実際のところを僕は知らないけれど)。ポップで、ユーモラスで、ダンサブルで、観客をあたたかく歓迎するソウルフルなバンドだ。だからGORO GOLOのショーをぜひ覗いてみてほしい。観客たちは思い思いに身体を揺らし、そしてその場にいる誰よりもスガナミユウがマイク片手にめちゃくちゃに踊りまくっている(叫び散らし、ハンド・クラップしながら)。
 バンドの演奏も踊っている。つまり、ロールしている。ラグタイムからモダン・ジャズへと至る約40年にあったであろう熱狂と、その後にやってきたリズム・アンド・ブルースやロックンロール、そのまた後にやってきたソウルやファンクを全部混ぜ込んで、パンクの態度でロールしたのがGORO GOLOの音楽だ。
 12年ぶりのリリースとなるGORO GOLOの2ndアルバム『Golden Rookie, Goes Loose』は、オープンリールで録音された抜けの良い超高速のダンス・ミュージックが約22分収められている。笑いあり、涙あり、そしてもちろん怒りもあるアルバムだ。

 音楽前夜社というクルーを主宰し、〈ロフト飲み会〉や〈ステゴロ〉といったイベントでライヴ・ハウスの未知の可能性を拡張せんとするスガナミの言葉と態度には、気持ちいいくらいに一本の筋が通っている――そしてそれはGORO GOLOの音楽に間違いなく直結しているのだ。ここに取りまとめた対話を読んでいただければ、きっとそれがわかっていただけると思う。


GORO GOLO “MONKEY SHOW”

もともとは「GORO GOLO」ってバンド名もないようなゆるい、ただ「集まって鳴らしてみよう」みたいなもので。

スガナミさんには昨年、何度もライヴにお誘いいただいてとてもお世話になりました。そこで僕はGORO GOLOのライヴを何度か観ているんですけど、GORO GOLOの歴史については全然知らないんですね。1月19日の〈音楽前夜社本公演〉でもHi,how are you?とかあらべぇくんとか、すごく若い子たちを巻き込んでいます。なので、そういうGORO GOLOをよく知らない世代にバンドの歴史を説明していただけますか?

スガナミ:結成はですね、1999年なんです。当時、高円寺で友だち8人で共同生活をしていて、そのコミュニティの仲間たちで結成しました。もともとは「GORO GOLO」ってバンド名もないようなゆるい、ただ「集まって鳴らしてみよう」みたいなもので。

共同体みたいな?

スガナミ:うん。それで、この音楽性でGORO GOLOとして活動をはじめた最初のきっかけが、NHKで放送したスペシャルズの1979年か1980年の日本公演のブートのライヴ・ヴィデオをみんなで観たことで。それがすげーカッコよくて。白人も黒人もいるんだけど、みんな自由に動きまわって演奏していて、すごく楽しそうで。「この感じ、やろう!」と。でもそれでべつにツートーンをやろうっていうことにはならなかったんだけど。俺ら結構ひねくれてたから「スカはなし」、みたいな(笑)。
 だけど「この楽しい感じでやろう」と。そういう共通認識でちゃんとまとまって、曲作りもはじめて、GORO GOLOでライヴするようになりました。そうしたなかで、角張(渉)さんと安孫子(真哉/銀杏BOYZ)さんがやっている〈STIFFEEN RECORDS〉から「アルバムを出さないか?」っていう話が来て、2002年にファースト(『Times new roman』)を出すことになるんだけど。この頃は6人組で。

ヴォーカルの方がもう1人いたんですよね。

スガナミ:そうそう。『Times new roman』は10月頃に出たんだけど、これ、その翌年の1月に実家の事情があって、もう1人のヴォーカルが帰省しなきゃいけなくなっちゃって。そこで「じゃあ、いっそやめちゃおう」ってことで一回解散して。

じゃあ、アルバムを出してすぐに。

スガナミ:すぐです。それでずーっとやってなくて。6年後か5年後に、ドラマーのmatの結婚式があって、「その二次会でGORO GOLOで演奏しよう」って話になって。それでやってみたら楽しくて、ちょくちょくライヴとかも誘われるようになったんです。「ちょっと継続してやってみようか」みたいな感じでゆるくはじめたんだけど。曲も結構溜まってきていたので、2012年に何か音源を出そうって思ったんです。それがちょうど風営法、いわゆる「ダンス規制法」が話題になっていた頃で、DJユースの7インチ作ろうっていう話になって。どこからリリースしようかって話をしていたときに、やっぱり古巣の〈STIFFEEN RECORDS〉から出すのがすごく面白いんじゃないかって思って。それで、角張さんに相談させていただいて、お忙しいなか手伝ってもらいました。

なるほど。それが去年の8月に出た『GOD SAVE THE DAINCING QUEEN EP』ですね。GORO GOLOの曲って、スガナミさん以外にもみなさんで書いてるんですか?

スガナミ:うん。ドラマー以外はみんな曲を書いています。今回の2ndだと、俺の曲の他にしいねはるか(キーボード)の曲とベースのきむらかずみの曲なんだけど。

どういう感じで曲を書いているんですか?

スガナミ:歌ものは俺がほとんど書いてて、インスト曲を他のメンバー2人が書いてます。歌ものはざっくりとしたものを俺が持ってきて、あとはドラマーのmatに「やりたいリズムで叩いて」って言って。この“GOD SAVE THE DAINCING QUEEN”は、ありえないほど16(ビート)が早くて。

ははは。

スガナミ:「これ、すげーウケるね! これやろう!」って言って作った曲ですね。だから、リズムありきでメロディーを乗せたりもします。いまはそのやり方が結構多いですね。インストだったら、誰かが持ってきた1つのリフから広げるとか。はるかの曲だったらまるっとピアノで作っちゃって、それに肉付けするみたいな感じ。


ソウルとかジャズとかを自分たちの音楽に変換したときに、スピードを上げるとすごく新鮮になるというのがアイディアとしてあって(笑)。

そうなんですね。“GOD SAVE THE DAINCING QUEEN”もそうですけど、GORO GOLOには「速さ」という要素があるじゃないですか。

スガナミ:速さね(笑)。

GORO GOLOはすごく速いです。さっき取材前に野田努さんが「ポーグスみたいだね」っておっしゃってたんですけど、GORO GOLOの速さというのは、スペシャルズとか、やっぱりそういうパンキッシュな面からきているんでしょうか? 僕は全然知らないところですけど、もともとは〈西荻WATTS〉とかのパンク・シーンに出自があるというのも関係しているんですか?

スガナミ:あるね。

なぜGORO GOLOはあんなに速いんですか?

スガナミ:退屈なのが耐えられなくて(笑)。

ははは。

スガナミ:スピードに逃げるというか(笑)。あはは! やっぱりスピードがあるとさ、聴きづらくなったりもするじゃん? それでも……突破したい、みたいな(笑)。何かをこう駆け抜けたいときに、スピードができるだけ速い方が……気持ち良いんだよね。はっはっはっはっ!

ははは! 曲もすごく短くて駆け抜けて、アルバム自体もすごく短くてすぐに終わりますよね。

スガナミ:あと、ソウルとかジャズとかを自分たちの音楽に変換したときに、スピードを上げるとすごく新鮮になるというのがアイディアとしてあって(笑)。それは昔からそうなんだけど。考え方としてはパンクに近いかもね。レコードを間違って回転数上げて再生したらすごくイケてるな、みたいな。逆もあると思うんだけど。すごく遅くて良いのもあると思うし。その感覚に近いかな。

GORO GOLOの音楽って、リズム・アンド・ブルースなどのブラック・ミュージックやロックンロールとかを詰め込んだガンボ・ミュージックだと思うんですけど、それはスガナミさんの趣味なんですか? メンバーのみなさん、そういうのが好きなんですか?

スガナミ:鍵盤のはるかはもともとラグタイムとかが好きで。ソウルやファンクが好きなのはベースのきむらと俺なんだけど。GORO GOLOをやるようになってからいろいろディグりだしたんです。ファーストの頃って、そこまでまだマッチングしてないというか、まだ音楽自体に魂を入れきれてないというか。表面的にファンク的なものでやっていた面もあったんだけど。でもいまはそれがわりと血肉化できるようになったと思う。それはたぶん、音楽をたくさん聴いてきたということもあるし、あとは年食ったってのもあると思うんだけど(笑)。

味が出たんですね。

スガナミ:味が! 自分たちのニオイみたいなものが出るようになった。

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自分自体が「自由に振る舞ってほしい」っていうことの象徴。「好きにしてください」と(笑)。プチャヘンザもないですし、フィンガー・ポインティングもない。

GORO GOLOは一貫してダンス・ミュージックだと思うんですよね。スガナミさんもライヴのあいだすごく踊ってる。そして観客を煽り立てる。「踊らせる」ことにすごくこだわっていると思うのですが、なぜそれほど「踊り」にこだわるんですか?

スガナミ:本能的なものでやってるんだけど。形容としては「ダンス」とかっていう言葉でもなくて。最近よく「音が肉にぶつかって、肉が揺れているだけ」と言っているんだけどね(笑)。

それはライヴからすごく感じますね。

スガナミ:お客さんに対しては「楽しんでほしい」っていう気持ちで向かってやっています。自分自体が「自由に振る舞ってほしい」っていうことの象徴。「好きにしてください」と(笑)。プチャヘンザもないですし、フィンガー・ポインティングもない。

たしかに、煽り立てていても「自由に振る舞ってほしい」というのは強く感じますね。

スガナミ:それを自分でやってみせて「こんな感じで、どうでしょう?」みたいな(笑)。

よくスガナミさんはジェームス・ブラウンみたいだと言われるじゃないですか。でもスガナミさんのダンスって、それとはまた全然ちがう(笑)。

スガナミ:全然ちがう(爆笑)。天野くんよく気づいてくれた(笑)。

言葉が悪いですけど、どこか不器用というか、踊れてないというか(笑)。

スガナミ:そうそうそう(笑)。全然踊れていないから。顔の黒さもあると思うんだけど(笑)、JBって言われることが多くて。でも、JBの映像って俺ほとんど観たことないんだよね。

そうなんですね。

スガナミ:うん。ノーザン・ソウルとかさ、ソウルのダンスってあるじゃん? そういう形を俺は知らないから、「肉が揺れているだけ」なんだよね。たとえば音楽が鳴ってそれにただ反応すれば、みんな絶対に変なはずなんだよ。ちょっと人目を意識するというか、「こんな感じでしょ……?」みたいに踊る人もいるけど、「そういうんじゃねえから!」みたいな(笑)。あっはっはっは! ただ鳴ったものに対して純粋に反応してみたらどうなるかと。そこと勝負、って考えてみたんだけど。

「肉が揺れているだけ」なんだよね。たとえば音楽が鳴ってそれにただ反応すれば、みんな絶対に変なはずなんだよ。ちょっと人目を意識するというか、「こんな感じでしょ……?」みたいに踊る人もいるけど、「そういうんじゃねえから!」みたいな(笑)

先ほどもおっしゃっていましたけど、GORO GOLOとスガナミさんのアティチュードにはやっぱり「楽しませる」というのがあると思うんですね。ライヴもショーのようで、継ぎ目なくどんどん曲がつながっていって、ドラマティックな感じだと思うんです。ライヴは構成を意識してやっているんですか?

スガナミ:そうですね。意識はすごく、してる。観ている人の集中力ってさ、たぶんそんなに続かないって思うんですよ。僕自身もそうだし。でもそこで、30分だったらいかに30分を楽しんでもらうかというときに、構成はすごく大事だと思っていて。余分なところは余分なままで残しておいていいんだけど、そこもちゃんとシュールな感じに仕上げるというか(笑)。だから全体を通してそれこそ継ぎ目なく面白いっていうのは意識してますね。自分たちがピエロ、道化みたいな感じ? 大道芸というか。お客さんや聴いている人よりも、自分たちが下にいるっていう感覚はすごくあって。「ピエロでやっているんで、よかったら観ていってください!」みたいな(笑)。

実際は黒人になりたいなんて思っていなくて。日本人――日本人というか自分たちがチャンプルーした音楽をどれだけ作れるかだと思っていて。「日本人である」というか「自分である」っていうことだと思うんだけど。

スガナミさんがやってらっしゃる〈ステゴロ〉(日本初のバンド版Back to Backトーナメント。2組のバンドが間髪入れずに演奏し合い、観客がその勝敗を決める)の発端になったA PAGE OF PUNKのツトムさんとの対話で、スガナミさんは「ピエロであることがパンクだ」ということをおっしゃいましたよね。

スガナミ:セックス・ピストルズもそうだったと思うし。あれはもっと鋭利なピエロだと思うんだけど(笑)。俺らはもっとパーティーというか、「楽しんでほしいな」っていうところで、ピエロ。

GORO GOLOの音楽においてはスガナミさんの言葉がすごく重要だと思っています。でもスガナミさんの言葉って、直接的というよりは一本ズラして、ワンクッション置いて歌うという面がありますよね。たとえば“GOD SAVE THE DAINCING QUEEN”は風営法についての曲なんですけど、直接的にはそうは聞こえない。スガナミさんの言葉でそのクッションになっているのが諧謔性やユーモアだと思うんです。“MONKEY SHOW”がとくにそうだと感じるんですが、この曲については他のインタヴューで「黄色い肌で何を鳴らそう」っていう曲だとおっしゃっています。それについて詳しく教えていただけますか?

スガナミ:JBみたいだって言われるのもそうだし、取り入れている音楽性には黒人のフィーリングもあるので勘違いされがちなんだけど、実際は黒人になりたいなんて思っていなくて。日本人――日本人というか自分たちがチャンプルーした音楽をどれだけ作れるかだと思っていて。「日本人である」というか「自分である」っていうことだと思うんだけど。「どれだけ自分であれるか」というところがすごく重要だと思っています。“MONKEY SHOW”も、その「黄色い肌で何を鳴らそう」というところにつながるんだけど。あと“MONKEY SHOW”に関して言えば、自分たちが道化だという、「これはお猿さんのショーです アイアイアイアイ」と言っているその虚無感がありますね。ハードルをくぐっている感じ、その刹那みたいなものを落とし込んでいる。ダンス・バンドゆえの切なさみたいな(笑)。楽しんでもらってなんぼなんだけど、そこにはすごく空虚なところがあって、でもそこもすごく重要。

“Blues Re:”はそういう歌詞でしたよね。

スガナミ:そうだね。おどけてなんぼ、でもおどけてるとこにちゃんと切なさがあるというのがやっぱりソウルやブルースだと思うし。

なるほど。先ほど言った“GOD SAVE THE DAINCING QUEEN”は風営法に関係していますが、スガナミさんがじゅんじゅんに提供された“2014年のガールズカラー”という曲は、直接的ではないものの新大久保の反韓デモとかヘイトスピーチを受けての曲ですよね。そういう時事的なものに対する瞬発力というのがいまのGORO GOLOにはあります。

スガナミ:それはA PAGE OF PUNKのツトムさんとかと仲良くなりはじめたというのも大きいです。関心事についてのポップ・ミュージック、もしくはダンス・ミュージックとしての機能の仕方にどれだけ肉薄できるかということも考えていて。音楽が隠れ蓑になるじゃないですか。必ずしも全員に伝わらなくてもいいとは思っていて、だから自分たちはこういう音楽性なんだと思うんです。でもいまの時代、メッセージがないとすごく強度の弱い音楽になってしまうと思います。だからそこに関しては、歌詞は本当に気にしてやっていますね。

最近気づいたんだけど、本気でやればやるほど人ってすごく笑うんだよね。っていうことは、人間はすごく滑稽だということなんだけど。

なるほど。あとユーモアに関して言えば、スガナミさんは松本人志がすごくお好きですよね。僕は全然通っていないところなんですが……。

スガナミ:好きだねー。すごく好きですね。とくに好きなのが『一人ごっつ』(1996~1997年)。フジテレビでやっていた『ごっつええ感じ』(1991~1997年)が終わって、深夜枠で『一人ごっつ』をはじめたんだけど、その頃の松ちゃんの尖り方がヤバくて。他にも『働くおっさん人形』(2002~2003年)、『WORLD DOWNTOWN』(2004年)、『考えるヒト』(2004~2005年)とか、斬新な番組がすごく多くて、いちばん尖っていた時期だと思う。いまだに『ガキ使(ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!)』だけ毎週観てる番組なんだけど(笑)。松ちゃんの独自性、ブラックなユーモアのセンス、飛躍や解放の仕方がすごく好きで。ユーモアという面では、松ちゃんには本当に影響受けていますね。僕にはなんにも及ぶ部分はないんですけど。松ちゃんはコントでキャラクターが乗っかっちゃう。自分のなかにもう生まれちゃっているというか、コント中にそのキャラクターになっちゃってるっていうか。それを松ちゃんは「憑依」って言うんだけど。キャシィ塚本っていう……。

知ってます(笑)。

スガナミ:知ってる? あれとかもそうなんだけど。俺のなかでもライヴのときって憑依してる感覚はあるんだけど(笑)。あと『一人ごっつ』でいうと、番組のワン・コーナーで、松ちゃんがただひたすら踊りながら商品の値段を言っていくやつがすげー面白くて。その踊りがとにかく面白いの! ノープランで挑んでる感じがすごく面白い。その動きを見ていて、「あっ、これやっぱ、ノープランでやってるからいいんだなあ」と思って。だから、ライヴ中は自分を解放するわけじゃないけど、面白くさせるために動いているところはあるね。でもそれとまた別の視点として、「笑わせよう」と思ってやらない、というのを大事にしてて。最近気づいたんだけど、本気でやればやるほど人ってすごく笑うんだよね。っていうことは、人間はすごく滑稽だということなんだけど。自分は本気でやっているから、「なんでそんなに笑うんでしょう?」って思ってるんだけど(笑)。あはははは! 本気でやればやるほどいいなって思う。夢中でやると、人はすごく楽しんでくれる。

ライヴ中も汗だくですもんね。バンド・メンバーも全員が一丸となっているというか。それに関して言えば、みなさんライヴ中はドレスアップしていますよね。ここ最近のロックってずっとドレスダウンしていると思うんですが、あえてGORO GOLOがドレスアップしているのは、パンクの様式やブラック・ミュージックに対する敬意なのかなと。

スガナミ:昔はモッズとかの文化が好きでめかしこんでた部分もあったんだけど。いま、なんでみんなでスーツを揃えてやっているのかなあって考えたときに――観にきてくれるお客さんって、学生の方もいらっしゃると思うんだけど、社会人の方は土日でも平日でも仕事をしてからスーツを脱いで来るわけじゃないですか? その代わりに俺らがスーツを着てやるというのがあって。「いまは俺たちが代わりに営業中なんで、自由に楽しんでほしい」というのがあるんだよね。その上でのスーツというか。モッズとかってもっとピシっとしてるんだけど、いまのスーツはちょっとデカめで良いんだよね。あれ、ノー・ベルトなんだけど。オレンジ色でさ、あまり見ないよね、ああいうの(笑)。

そうですね。

スガナミ:だからカッコつけたいというよりは楽しんでほしいっていう部分が大きいですね、やっぱり。

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〈ロフト飲み会〉はそれこそ昔、細野晴臣さんも中華街(ライヴ)で言ってたんだけど、「音楽は添え物ですので、好きに食べて飲んでいってください」っていう。そんなものでいいんじゃないかとも思うし。そこで機能できる音楽って素敵だと思うんですよ。

なるほど。話は変わりますが、スガナミさんの音楽前夜社としての活動も含めて、GORO GOLOはシーンの引っかき回し役になってると感じるんですよね。〈ステゴロ〉もそうなんですが。

スガナミ:なるほど、たしかにね。考えることがちょっと人とちがうのかな。普通にイヴェントやろうってときに、たぶんみんなメンツとかから決めると思うんですよ。対バンや自分がやりたい人で決めると思うんだけど、俺はイヴェントの趣旨から考えるところがあって。「飲み放題、飲み会にしたらいいんじゃないか……?」みたいな。

〈ロフト飲み会〉(毎月1回、〈新宿LOFT〉で行われるイヴェント。ドリンクチャージ1000円のみで飲み放題、毎回ジャポニカソングサンバンチが「余興」として演奏する)ですね。

スガナミ:〈ステゴロ〉だったら、「UMB(アルティメット・エムシー・バトル)みたいなことできないかなあ」とか。ライヴ・ハウスの可能性を探っている感じはあるんだけど。シーンに対しては、たまたまやってる人がいないということでもあるんだけどね(笑)。

そうですね。僕も実際にバンドをやっていて、オーガナイザー的な人はあまり多くないと感じます。

スガナミ:そうなんだよね。もちろん演者さんの並びは大事だと思うし、サーキットのイヴェントも面白いと思うんだけど。でも音楽自体や場所/スペースの本質に迫るようなものをやりたい。そういう方が自分も出たいと思うし。音楽をやっていくことに対してルーティンになっちゃうのが嫌だっていうのがあるんだよね。あとは「このバンドはこういう形だったら絶対もっとよく見せられるなあ」というのもある。たとえば、〈ステゴロ〉に出演しているのはとくにハードコアとかパンクのバンドで、もともと曲が短くて興奮するバンドたちなんだけど、なうなるとやっぱり、それを楽しむ人たちしか観にこなくなっちゃう。いまだったらダンス・ミュージックとかの方が先鋭的だし興奮するところがたくさんあると思うんだけど、もう一回(パンクやハードコアに)光を当てるとしたら、矢継ぎ早に戦う方が興奮するんじゃない? と(笑)。そのジャンルに対しての火の点け方だね。〈ロフト飲み会〉はそれこそ昔、細野晴臣さんも中華街(ライヴ)で言ってたんだけど、「音楽は添え物ですので、好きに食べて飲んでいってください」っていう。そんなものでいいんじゃないかとも思うし。そこで機能できる音楽って素敵だと思うんですよ。

スガナミさんの活動は非常に幅広いのですが、そのなかでGORO GOLOってどういう位置にあるんですか?

スガナミ:音楽人生のなかで初めてちゃんとやったバンドだし、自分のでがっちりステージに立ってるのはGORO GOLOしかないから……生きがいというか(笑)。生きている感じがする場所ではあるんだよね。ジャポニカ(ソングサンバンチ)とかMAHOΩ(共に音楽前夜社のバンド。MAHOΩは2013年に解散)とかは、もうちょっと俯瞰的というか、見え方として丸腰じゃないというか。GORO GOLOはやっぱりそれとはちがって、本当に……さらけ出す感じというか。本質的……「本質的」っていう感じでもないなあ……うーん……。

「核」みたいな?

スガナミ:「核」みたいな。うんうん。「心臓」みたいな。

アルバムの話に戻るのですが、ファーストも今回のセカンドも、ジャケットに男女がいますよね。

スガナミ:ああ、たしかに。

これは?

スガナミ:これはモーリス(アルバム・デザインを担当したYOUR SONG IS GOODの吉澤成友)さんの意図。たぶん。ファーストのジャケットもモーリスさんが描いてくれてて。

ファーストのアルバム・タイトルには「roman」と入ってるじゃないですか? GORO GOLOの曲にはどこかしら男女のロマンス的なところがあるって思うんです。それほど直接的に出てこないんですけど。

スガナミ:たとえば“GOD SAVE THE DAINCING QUEEN”はダンス規制法に関するものなんだけど、「踊ってるあの娘を眺めてただけなのに」というふうに、対象として「あの娘」って使うことはある。でも「女の子と踊ろうよ」っていうのはあんまりない(笑)。

あはは。

スガナミ:なんかね、そこはないんだけど(笑)。でも“セックス・マシーン”じゃないけどさ、どこかちょっと卑猥な方がいいと思ってて。ソウルとかってさ、ちょっと下世話っていうか。

スガナミさんのライヴ中のジェスチャーも……セクシャルなものがありますよね(笑)。

スガナミ:「セクシャル」っていうか、汚れてる(笑)。本能的であるべきだなって思うんだよね。行儀よくてもあんまり響かないなあと思って。

こうやってもう一回出てきたんだけど、ルーズ、っていう感じがすごく自分たちらしいなあと思って。でも「ルーザー(loser)」ってつけちゃうほど、まだ負けてないというか(笑)。で、「Golden」をつける(笑)。

『Golden Rookie, Goes Loose』というアルバム・タイトルがいいですよね。「黄金のルーキーがルーズになった」。

スガナミ:ははは! まさしく俺たちのことなんだけど(笑)。もともと「GORO GOLO」ってバンド名には意味がないんですよ。今回その頭文字取って、なにか意味をつけようっていう話をジャポニカの千秋としてて。ふたりで大喜利みたいにして話しているときに、「『Golden Rookie, Goes Loose』っていいじゃないっすか」って千秋が言って。「それすげーいいね」っていって、そうなったんです。あともう一案として、「Golden Rock, Golden Love」っていうのもあったんだけど(笑)。ははははは!

ははは!

スガナミ:あまりにダサすぎるって(笑)。「これは5枚目のアルバムだろう」と(笑)。アルバム・タイトルの意味合い的にはやっぱり……。俺らが21(歳)の頃ってさ、こういうエッセンスとしてソウルとかファンクとかジャズが入った音楽をやっている若い人ってあんまりいなかったから、ルーキーっぽい扱いをされてて。で、こうやってもう一回出てきたんだけど、ルーズ、っていう感じがすごく自分たちらしいなあと思って。でも「ルーザー(loser)」ってつけちゃうほど、まだ負けてないというか(笑)。で、「Golden」をつける(笑)。

活動休止から立ち上がって、セカンド・アルバムを制作して、GORO GOLOは今後もどんどん続けるんですか?

スガナミ:そうですね、やりますね。今年中にもう1作品ぐらい作りたいなあと思っていて。また曲作りをはじめて。

へー、すごい!

スガナミ:やー、ちょっと頑張って、老体に鞭打って(笑)。ははは!

「老体」だなんてまだそんな……。

スガナミ:いや、いま、32(歳)だからね。

全然じゃないですか。

スガナミ:いやいやいや。だって、天野くんはいま何歳?

24歳です。

スガナミ:24かー。若いなー。いちばんいいときに世の中に出てくなー。はははは!

でも、スガナミさんがGORO GOLOでファーストを出されたときは、21歳とかじゃないですか?

スガナミ:うんうん。でも俺たちはその後すぐ地下に潜るから。

スガナミさん、昔ちょっと引きこもっていたということをおっしゃってましたよね。

スガナミ:うんうん。

音楽前夜社の初期の活動は宅録とかで。

スガナミ:そのときはちょっと引きこもりから脱しはじめてるんだけど。それ以前は五厘(刈り)にして、布切れを着て公園を散歩するっていう毎日(笑)。

はははは!

スガナミ:ほとんど修行僧のような毎日。で、ポエトリー・リーディングしてるっていう謎の時期があって。その頃もすごくいいんだけど。その頃の作品も出したいなあと思ってる。そこからまた音楽前夜社とかをやるようになって、フィジカルが高まるっていう感じかな。


オール・ジャンル、濃いヤツらだけでやる。これは本当に面白いと思います。どうなるかわかんないんだけど(笑)!

最後に1月19日のイヴェント〈音楽前夜社本公演〉についてお聞かせください。

スガナミ:音楽前夜社がはじまってから、〈音楽前夜社本公演〉ってイヴェントを何度かやっているんです。今回、今年の1月19日に下北沢の〈Basement Bar〉と〈THREE〉を併用して、お昼から18組のミュージシャンが出ます。俺がこの2年間ライヴ・ハウスで出会った人たち、自分が好きな人たちに18組も出ていただいて。いま観るべき18組が揃ってくれたので、ほんとオススメです(笑)! すごいメンバーだと俺は思っているんですけど。

すごいですよ! 年代もジャンルも関係なく並んでいるという。

スガナミ:リリースの近いバンドも多いです。

僕ら(失敗しない生き方)がこの3日後(1月22日)にリリースですね。

スガナミ:Hi,how are you?も2月の頭とか(2月5日に『? LDK』をリリース)。DIEGOも出すし(昨年12月に『ヒッピーヤンキーミシシッピー』をリリース)。いま、とくに自分より若い人たちの世代がすごく好きで聴かせてもらってるんです。出演者には天野くんみたいな20代前半から中盤のバンドが多くて。脳性麻痺号やSUPER DUMBとか、年上の人たちとも交わってほしいなあなんて思いながら。A PAGE OF PUNKやodd eyesも出るし、天野くんたちにはぜひハードコアのバンドも観てほしいという思いがある。

そうですね。ぜひ!

スガナミ:オール・ジャンル、濃いヤツらだけでやる。これは本当に面白いと思います。どうなるかわかんないんだけど(笑)!

interview with Omar Souleyman - ele-king

オマールはシリアの音楽的リジェンドである。1994年以降、彼と彼のミュージシャンたちはシリアの数カ所、folk-popの重要商品として出回っている。が、彼らはいままで国外ではほとんど知られていない。今日、シリアのどの街の店においても簡単に見つけられる、500本以上の、スタジオとライヴの録音のカセットテープ・アルバムがリリースされているというのに。 『Highway To Hassake』(2007年)ライナー

オマールの故郷は、ツーリストが想像しうる道からはほど遠い。そこへ行く外国人は、考古学者か歴史家か、さもなければヘンテコな音楽のプロデューサーである。「人は自分の国の伝統音楽で踊るべきだ。folk musicは文化遺産であり、伝統だ。それを失うことは、自分の魂を失うことだ」『fRoots』2010年11月/12月

この結婚式の退廃的などんちゃん騒ぎはYoutubeによって見られるものだが、しかし、オマールはいま他国を彷徨っている。彼の国シリアは内戦によって破壊された。「望みはそれに終止符を打つこと。すべての人びとが日常に戻れることだ」と彼は言う。(略)オマールは、クルドの分離主義者、シリアの軍隊と反体制の勢力との戦闘よって住めなくなった彼の故郷をあとにしながら、決して好んで住んでいるわけではないトルコから『ガーディアン』に話す。『ガーディアン』2013年10月18日


 年の瀬も迫った某日、下落合のフジオプロの一室で、ダブケだの、チョービーだの、日本からずっと遠い、中東の、レバントと呼ばれる東部地中海沿岸地域の、サウジアラビアとエジプトのちょい北の、イラクの東の、トルコのちょい南の、なんだかいろいろな半音階の旋律と独特のリズムのダンス・ミュージックを聴いている。2013年、ele-king最後の大仕事は、シリアの歌手、オマール・スレイマンを紹介すること。さて、どこから話そう。

E王
Omar Souleyman
Wenu Wenu

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 まずは2004年。サン・シティ・ガールのアラン・ビショップが主催するシアトルの〈サブライム・フリーケンシー〉レーベルは、ミュージシャンであるマーク・ガージスによるコンパイルで、シリアの現地録音音源集を編集したCD2枚組『アイ・リメンバー・シリア(I Remember Syria)』をリリースする。CDのブックレットには、街の売店にカセットテープ・アルバムが壁のように並んでいる写真がある。そして、CDのなかには、オマール・ソレイマンの曲が収録されている。
 「『アイ・リメンバー・シリア』がまず最高に面白いんだよ。街中の音とか入ってて、このCDがフィールド・レコーディングなのよ」と、赤塚りえ子は説明する。たしかに聴いてみると、ラジオの音から街のざわめきまで聞こえてくる。シリアの大衆音楽がインディ・ミュージックのシーンに最初に紹介された瞬間は、おそろしくローファイで、生々しい。
 それから2007年、〈サブライム・フリーケンシーズ〉はマーク・ガージス監修によるシリアの歌手のオマール・スレイマンの編集盤『ハイウェイ・トゥ・ハサケ』をリリースする。結果、2010年までのあいだ、同レーベルから計3枚の編集盤をリリースするほど彼の音楽は西側の世界で騒がれることになる。
 そして2011年、同レーベルの3枚目のコンピレーションとなる『ジャジーラ・ナイツ(Jazeera Nights)』がリリースされる頃には、彼はすでにヨーロッパツアーに招かれている……いや、それどころか、ライヴ・アルバム『Haflat Gharbia - The Western Concerts』を〈サブライム・フリーケンシーズ〉からリリースするにいたる。ビョークが彼をリミキサーに起用したのはその1年後のことだが、わずか3年のあいだにオマール・スレイマンは欧米でもっとも名が知れたシリアの歌手となったばかりか、エレクトロニック・ミュージック・シーンのもっともカッティング・エッジなところでの評価をモノにするのだった。宗教が(信仰というよりも)文化の一形態としてグローバルに受け入れつつある現代では、アラブ諸国(もしくは東南アジア)の、露店で売られるカセットテープに吹き込んでいた歌手が、あれよこれよという間に、数年後にはテクノ・シーンで騒がれ、やがてディアハンターやフォー・テットなんかと同じステージに立つのである。

 「私はこのところ『ハイウェイ・トゥ・ハサケ』の4曲目の“Atabat”を聴きながら眠っているのよ」と、赤塚りえ子は自慢しやがる。そもそもele-kingがオマールさんを取材することになった原因は、この女にある。11月のある晩、赤塚りえ子はバカボンのパパよろしく「ダブケでいいのだ」と言った。
 「フォー・テットがプロデュースしてオマール・スレイマンのニュー・アルバムを作ったんだよ、当然ele-kingは取材するよね」「あ、は、はい」「ヤッラー!」「……」などと話はトントン拍子に進まなかったのだが、赤塚りえ子をインタヴューアとして、我々はホステスウィークエンダーに侵入することになった。そして、わずか15分だったとはいえ、シリアの英雄の話を聞くことができた。「あんな色気のある男はそうそういないわよね」というのが取材を終えたばかりの赤塚りえ子の感想だったが、いかんせん15分である。記事を作るには短すぎるので、オマール・スレイマンとその音楽=ダブケについての話を、このところアラブ諸国の音楽を聴きまくっている彼女との対話を交えつつ、進めたい。

私は、人が踊るのを見るのが大好きです。自分がステージに上がったら、みんなに踊ってもらいたい。ああいう風にリズムを速くして、みんなが盛り上がってもらいたいんです。

赤塚:さっきも言ったけど、2004年に〈サブライム・フリーケンシーズ〉から出た『アイ・リメンバー・シリア』というコンピレーションが、オマールが西に紹介された最初だったんだよね。オマールはもともとウェディング・パーティのシンガー。最初は伝統的な音楽をやっていたんだよね。94年から歌いはじめて、96年にリザンと一緒になる。それまでは伝統的な楽器を使っていた。結婚式で、そのときの新郎新婦にあった言葉を詩人が囁いて、それをその場で歌にして歌う。それをカセットテープに吹き込んで新郎新婦にプレゼントして、そのパーティに来た人はそのテープを買うみたいなね、そういうことをしていた。“Atabat”は伝統的なスタイルの曲だよね。

赤塚りえ子はオマール・スレイマンの音楽をいつから聴きはじめたの?

赤塚:『ジャジーラ・ナイツ』が出た頃だよ。イギリスにいるジョン(・レイト)から、「スゲー、ヤツがいる」ってリンクが送られてきて、それを聴いて一発でハマった。私はこのところずっとアラブ諸国の音楽を追いかけていたから。でも、それまで聴いていたのはエレクトロニック・ミュージックで、いくら聴かなくなったとはいえ、それはやっぱ自分の血のなかにあるんだよね。で、オマール・スレイマンは、アラブで、しかも電子音楽じゃん。ハマらないわけがないよね(笑)。

ぶっちゃけ、野田家の2013年のヒット作は、オマール・スレイマンでした。

赤塚:狂乱的なグルーヴですよね。いままでの自分の常識をブッ壊される音楽でつねにブッ飛ばされたいと思っている私にとって、オマールの音楽は、アラブ諸国の音楽(伝統的な音階や楽器を使った)とエレクトロニック・ダンス・ミュージックの要素があるという、惑星直列的快楽があります! ああ、あとね、アラビア語の発音も私は好きなんだよ。音として。

ハハハハ、ミニマルで、独特のグルーヴも良いけど、アラブ音階独特の旋律とかね。

赤塚:単音で、あれだけ脳みそ引っ掻き回されるとねー。少ない楽器編成でこれだけの雰囲気とグルーヴを作り出すのだから怪物的スゴさ! オマールもスゴイが、リザンのリズム感と演奏中に次々と音を変えていくキーボードの音選びのセンスもまたものスゴイ! 

つまり、これがただ物珍しい中東の骨董品とか民族音楽とかっていうことではなく、モダンな音楽作品として率直に面白いわけですね。

赤塚:もちろん。

マーク・ガージスの発掘はただの偶然ではなかった。それは探索の結実だった。「私は長いあいだ、父のコレクションよりも、もっとパワフルで生のアラブ音楽を探していた。私はベリーダンスものも全部聴いたし、それからライも聴いた。ライは生で、パンクの一種のようで、私は好きだったけれど、自分が望んでいるものではなかった。しかし、ジャジーラの音はワイルドで、ダブケのパンク・ヴァージョンのように思えたのだ」
『fRoots』(前掲同)

オマールさんは、1966年生まれで、僕よりも若いんですよね。故郷はラース・アル=アイン(Ras al=Ayn)というシリアの北東部、アラブ人、クルド人など多様な民族が生活しているところですね。

赤塚: ジャジーラにある村でアラブ人の一家に生まれて、イラクのポップ、ダブケ、70年代〜80年代のイラクのチョービー(choubi)なんかを聴きながら育ったという話です。音楽をやるまではいろいろな労働をしていたそうですね。最初、歌はただの趣味で、石工だったり、肉体労働だったり、ずっと仕事をしていた。友だちか誰かの結婚式で歌ったら声が良いって褒められて、それでやってみようかなと、94年に歌いはじめたのがプロへの第一歩となったと。で、96年に別のグループで演奏していたリザンを引き抜いて、いまのスタイルになった。
 彼の音楽は、ダブケという、レバントと呼ばれる地域に広がるfolk音楽で、みんなでラインダンスで踊る音楽なんだけど、面白いのは、オマール・スレイマンのダブケには、たとえば、イラクのチョービーと呼ばれる音楽──これがまた面白いんだけど(笑)、ほかにクルドの音楽、トルコの音楽も混ざっているんだよね。それは彼の故郷が、多様な民族が生活しているところで、すぐ近くはトルコやイラクだったりする。サズという撥弦楽器も取り入れているしね。レバントって、いろんな国があって、ものすごく広いからね。オマール・スレイマンにはすごくミックスされていると思う。ただ、彼はクーフィーヤ(アラブ人男性が頭に被る布)を被っているように、多様な文化が共存しつつ、伝統が残っていた地域なんだろうね。

ハサケは、コンクリートの日雇い労働の街だ。この色は、さまざまな住人たちから来ている。アラブ人、クルド人、アッシリア人、イラク人、シーア派、スンニ派、クリスチャンズ、カルデア人、ヤジーディー、アルメニア人、アラウィー派(シリアのイスラム教シーア派)。道やマーケットには顔にタトゥーを入れた歳を取った女たち、クリスチャンとアッシリア人は首にばかでかい十字架をぶら下げ、アラブの男たちは彼らの伝統であるクーフィーヤとジュラバをまとい、女性たちはヘッドスカーフを着けているもの、着けてないものもいる。みんなそれぞれ伝統的部族の服装をしている。このエリアの、シリア、そしてレバントの真実の姿は、人種学者や宗教学者の誰もが解明したがるような、豊富な文化の混合、人種の混血にある。私はオマールに、これらすべての異なるエスニックたちは、平和に共存しているのか尋ねた。「私にはクルドやクリスチャンなどいろいろな友人がいます。私自身はアラブです。最近の私のツアーには、クリスチャンの詩人が同行しました」
 『fRoots』(前掲同)

赤塚:しかもオマール・スレイマンは、伝統的な音楽にシンセとドラムマシンを取り入れて、テンポを速くした。『The Quietus』(2009年3月)のインタヴューを読むと「1994年から2000年にかけて私は売店(キオスク)で有名になった。2000年にビデオクリップを作って、アラブ諸国がそれに気がついた。それから5〜6個のビデオを作って、いま(2009年)はTVに流れている」って言っているね。フォー・テットがプロデュースした『ウェヌ・ウェヌ』に“KHATTABA”って曲が入っているんだけど、この曲は、アラブ圏内でものすごくヒットした曲なんだよね。それでヨルダンやサウジとかドバイとかの大きなウェディング・パーティなんかに呼ばれるようになる。だから、最初はローカルなウェディングから、だんだんでっかいウェディング・パーティでも歌うようになったんじゃないかな。

「私はすでにダブケに親しんでいたが、まだまだ学ぶところがあったのだ。そもそも私は、そのような速い、生な音楽を聴いたことがなかった。それは本当に私を鷲掴みにした。私が毎回『これは誰ですか?』と訊くと、いつも同じ答え、オマール・スレイマンと返ってくるのだ」マーク・ガージス
『fRoots』(前掲同)

マーク・ガージスがダブケに興味を持って、2000年に2回目のシリアへの旅に出ている。結局、ダマスカスの売店でコピーされ、それがまたコピーされ、そして鳴り響いているオマールさんのテープを大量に買い付けて(『ガーディアン』の記事よれば700本のカセット・アルバムがあったそうだが)、ベスト・トラックをコンパイルしたと。

赤塚:マーク・ガージス自身がイラク系の人で、オマール・スレイマンに初めて会ったときに、「そのアクセントは、イラクの祖父と話しているようだった」と回想しているね。そのときハサケまでバスで旅したらしいんだけど……。とにかく、ものすごいリズムのダンス・ミュージックだし、で、もう、最初はアシッド・ハウスの最新型だとか書かれたり(笑)。

「マルコム・マクラレンやザ・KLFへのシリアからの回答か」なんていう記事もあるね(笑)。そのぐらい、大きな衝撃を与えたんだね。

赤塚:〈サブライム・フリーケンシー〉の企画で、2009年にヨーロッパ・ツアーをやっているんだよね。UKとか、デンマークとか、そのときの曲も入っているのが2011年に〈サブライム・フリーケンシー〉からライヴ盤としてリリースされている。これ、格好いいよ。  私がアラブ諸国にハマったのは、まずリズムの魅力なんだよね。西側のフォーマットにはあり得ない進行の仕方があって、信じられない構成があって(笑)。ライヴ盤の2曲目“Gazula / Shift Al Mani ”とかすごいよ。私、さんざん音楽を聴き続けてきてさ、もうよほどのことでは驚かない。ただ、「ナイスだね」だけの曲は物足りない(笑)。なんか、そういう感じで。ダブケのリズムはそういう意味で、驚いた! あと、シリアのウェディング・パーティでやってきたライヴは4〜5時間ぶっ通しで演奏していたそうで、それが欧米のライヴでは40〜50分でしょう。そのギャップも大変だったみたいね。

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ベルリンを拠点にしているNHKコーヘイ君も、ステージが一緒になったことがあったというし、昔ながらのワールド・ミュージックの流れっていうよりも、テクノのシーンとシンクロしながら、最近の耳に訴えるものがあったんだろうね。

赤塚:多国籍文化の国、例えばイギリスなど、カルチャー的にもワイドな耳を持つ西側の人たちにウケるのわかる。面白いのは、シリアには、シリアの大使館がリコメンドしたいような音楽っていうのがあるじゃない。それとは違うんだよね。だってこっちは本当に大衆音楽だから。でも、そういうハイブローな感じの音楽を推進している人たちからすれば、オマール・スレイマンがシリアの音楽の代表になってしまったことは気に食わないらしいんだよね。だって、シリアには他にも有名な歌手がいると思うんだけど、西欧社会の有名なフェスとかに出るいちばん有名なシリアの歌手になっちゃったわけじゃない。

シリア国内では、あれはただのキッチュだっていう批判もあるらしいからね。

赤塚:でも、民衆から出てきた人なんだよ。

じゃあ、西側のポップ・カルチャーがオマール・スレイマンを選んだのは素晴らしかったんだね。ちょっと、マルチチュードみたいなところがあるんだろうね。

赤塚:ダブケがハイソなものではないし、民衆のダンス・ミュージックだからね。

しかし、シリア……というと、この2年、激しい内戦状態がずっと続いているでしょう。オマールさんが、西側で発見されたのが、2007年だとして、その頃とは、あまりにもシリアをめぐる状況が違っているじゃない。2010年の『fRoots』のレポートでは、ストリートのレヴェルではエスニックの調和はうまくいっていると、書かれているけど、2013年の『ガーディアン』の記事なんかは、ずばり、内戦によって崩壊したシリアを突いているよね。

赤塚:だから、欧米で、オマール・スレイマンの記事が最初に載った頃の言葉と、最近の記事の言葉とでは、テンションが違ってきているよね。最初の頃はやっぱ「ウェディング・パーティで歌いたいんだよね」みたいなことを言ってるんだけど、最近はもうちょっと違っているよね。

シリアにはもう住んでいられないからね。

赤塚:いまはシリアではライヴできないからね。『ガーディアン』の記事でオマールは、「シリアの人たちすべてに日常が戻ってきて欲しい」って言ってる。『Fader』(2013年)の記事は、トルコの国境への脱出劇の話なんだけど、読んでて涙がでそうになったよ。トルコから出発するフライトに間に合わせるため、ベイルートからシリアを通ってトルコの国境に向かう話で、アメリカで開かれるシリアへのチャリティー・コンサートに出演するため、自分の責任を果たすため、トルコから出発するフライトに間に合わせようと、決死の覚悟で爆弾の音とガン・ファイヤーの音が響き渡る破壊された誰もいない街を、タクシーで疾走するんだよ。

タクシーの運転手もよく運転したよね。

赤塚: タクシーで国を移動するのはわりと当たり前のことらしいけど、危ない旅だしかなりの金額も払うことになったし、相手がオマールだからってこともあったと思うよ。でも、読んでて、やりきれない気持ちになった。あと、彼は自分は政治的ではないと言っているね。

今回の取材でも「政治的な質問はNG」と言われてしまったけど、さんざん欧米の取材で訊かれまくって疲れたのかもね。

赤塚:最近、スイスかどっかに呼ばれたときビザがなかなかおりなかったらしいね。シリアだから、亡命者だと思われてしまって。いまはすごくハードな時期だから。言えることはひとつだし、彼が歌っているのはラヴソングだからね。
 しかし、彼の歌う愛や人びとの関係性の叙情的なラヴソングは、恋愛や結婚は人びとの日常生活の上に成り立つことで、それらさえもまともにする余裕もないようないまのシリアの悲惨な現状のなかで、彼のラブソングは人間の根源的なことをうたっているように感じてならないな。だから、オマールのラヴソングは、人びとが普通に生活できないいまのシリアの悲劇を浮き彫りにするよう。そういう意味で、オマールの歌は直接的に政治的ではないけど、私たちがイマジネーションを働かせて感じてみると間接的に関わっているように感じる。

彼はダブケを世界のオーディエンスに持ち上げた。しかし、彼の国は、スレイマンが歌うには、よりハードな苦境を迎えている。「事実、明日には何があるのかわからない。それ自体が絶望だ」彼は言う。「シリアには音楽はもうない。音楽をやりたいミュージシャンがいたとしても、それをやる喜びや意志をもって、以前のようなことはできない。この殺戮と破壊のあと、音楽を作るのは本当にハードだ。すべての人びとに影響している。しかし、私は政治に関与しない。私は解決方法を知らない」
 『ガーディアン』(前掲同)



赤塚りえ子は、どのアルバムがいちばん好き?

赤塚:私はやっぱ、『ハイウェイ・トゥ・ハサケ』。このアルバムの4曲目がないと私寝れないから(笑)。このローカル感っていうの? もう、残りの500本のカセット全部聴きたくなるよ(笑)。

『ハイウェイ・トゥ・ハサケ』が〈スタジオワン〉なら、『ウェヌ・ウェヌ』は〈ON-U〉みたいなものかね。

赤塚:まあね(笑)。『ウェヌ・ウェヌ』も好きだけど、ちょっと万人にわかりやすくなったよね。オマール自身のいままでの音で十分満足している私にとって、ぶっちゃけフォー・テットがプロデュースっていうことはそんなに重要ではなく、ただオマールの人気がエレクトロニック・ダンス・ミュージックのファンへも広がるのは間違いないわけで、それがスゴく嬉しい! 

インディ・ロックのファンにもウケてるよ。

赤塚:そういえば、この人、ビョークのことも知らなかったし、フォー・テットのことも知らなかったからね(笑)。ていうか、私、リザンとの関係もすごいと思うの。リザンとオマールの掛け合いみたいに聴こえる。このふたりだからこそ、少ない楽器編成で、これだけのグルーヴを創れるんじゃないかなと思う。オマール・スレイマンは、パーティ・シンガーで、盛り上げ役だから。リザンは、1990年代半ばにジャジーラから登場した、もっともハードでエッジーなダブケの発明家として評判だったそうで、コルグを使った才能あるプロデューサーとして名が通っていたと、『fRoots』の記事には書いてあるね。

欧米の評論読んでいるとリザンへの評価が高いと思うよね。

赤塚:体力もすごいでしょ、だって、ずーっと弾いているんだよ!

 さてさて、それでは、以下、12月1日、恵比寿ガーデンホールでの楽屋での15分を紹介しましょう。

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私が有名になれたのは、この伝統的な音楽をやっていたお陰です。そして、有名になって、この伝統的な音楽を見捨てるわけがありません。シリアン、クルディッシュ、ターキッシュ、イラーキーの文化的伝統を引き継いでいる。それらを大切にしたい。

赤塚&野田:アッサラーム・アレイコム!

赤塚:イスミーリエコアカツーカー(私の名前は赤塚りえ子です)。ウヒッブ・ムーシーカークム・カスィーラン(私はあなたの音楽が大好きです)!

オマール:シュクラン(ありがとう)。

赤塚:あなたは自分の町で、どんな音楽を聴いていたのですか? 具体的に好きなミュージシャンはいますか? または、影響を受けたミュージシャンはいますか?

オマール:こだわりはない。西洋も東洋も両方聴いている。いちばん好きなミュージシャンは、サアド・エルハルバーウィーという人です。その人がインスピレーションをくれました。

赤塚:1990年代半ばにダブケのニューウェイヴが出現したとあなたの記事で読んだことがありますが、それまでのダブケと違って実際にどのようなところが新しかったのですか? 伝統楽器がシンセサイザーに置き換えられたということでしょうか?

オマール:活動しはじめたときは伝統的なリズムを使っていたのですが、1996年にあの(電子)キーボードを使いました。そして、リズムを速くして、より盛り上がるようにしました。

赤塚:人をもっとダンスさせるため、速くて強い4/4ビートのリズムを取り入れることになったのですか?

オマール:私は、人が踊るのを見るのが大好きです。自分がステージに上がったら、みんなに踊ってもらいたい。ああいう風にリズムを速くして、みんなが盛り上がってもらいたいんです。

電子楽器を取り入れるきっかけはあったんですか?

オマール:特別何か理由があったわけじゃないんです。それは自然になことで、世界中が電子楽器を使いはじめたとき、世界と肩を並べるために取り入れました。みんなが使っているから使いましたし、これからもずっと使います。

赤塚:あなたの音楽がアラブ世界を越えて西洋の人たちを熱狂させ、そして、私たちアジアも熱狂させていますが、言語の壁を越えて、国境を超えて世界があなたに魅力を感じる何か共通のものがあるとしたら、それは何だと思いますか?

オマール:世界がまだ私たちの音楽に慣れていないし、まだみんなが知らないリズムだから、みんなが気に入って受け入れてくれたと思っています。

今日のライヴもすごく盛り上がってましたが、オマールさんの感想を教えて下さい。

オマール:とても嬉しいです。日本は初めてでしたが、とても良い印象を持ちました。来る前は、日本の観客のことがよくわからないから緊張しましたが、私がステージに上がった瞬間、みなさんがこの音楽を好きになってくれることを感じました。日本に感謝している。

赤塚:海外メディアのあなたのインタヴューであなたが「自分の音楽のスタイルを変えない。これが私の伝統だから」と言っているのを読みました。あなたが自分のスタイルを守る姿勢と伝統の重要性について教えて下さい。

オマール:私が有名になれたのは、この伝統的な音楽をやっていたお陰です。そして、有名になって、この伝統的な音楽を見捨てるわけがありません。シリアン、クルディッシュ、ターキッシュ、イラーキーの文化的伝統を引き継いでいます。それらを大切にしたいと思います。

赤塚:今後あなたが望むことは何ですか? 

オマール:来てくれる人が多ければ多いほど私も嬉しい。だから、世界中の大きなステージに立ちたいと思っています。そして、自分が有名になっても、自分が人のことを尊敬するように祈っています。日本がずっと安全であることを祈っています。日本も日本人もとても素敵です。本当にありがとうございました。

 ホステスウィークエンダーには僕も何度お邪魔したことがあるが、基本、インディ・ロック好きをターゲットにしたイヴェントである。オマール・スレイマンのライヴの日は、おそらくはディアハンターを目当てにした若者たちでいっぱいだった。音楽も素晴らしかったが、そんな若者たちがダブケで踊っている光景もまた素晴らしかった。

15分だったけど、無事取材もできて良かったね。赤塚キャラ風のオマール・スレイマンの絵もプレゼントできたし(笑)。

赤塚:嬉しそうに笑ってたよ。「シュクラン」(ありがとう)って言ってたね。赤塚マンガで人を笑顔にすることは、うちのオヤジがやりたかったこと。シリアの人も笑顔にできた! 

バカボンとか、どんな風に思ったんだろうね。

赤塚:オマールと天才バカボンとの組み合わせは無茶苦茶シュールだよね(笑)。

はははは。

赤塚:とにかく、マジであれ以来、私のオマール熱は上昇で、重度の熱病にかかってます。ちなみに彼の名前をアラビア語から直接カタカナにすると「オマル・スレイマーン」です。

「こんにちわ、西側のオーディエンスたち。私はこの音楽があなたにとって何らかの意味があることを願います。そして、あなたが楽しむことを願います。すべての人びとに幸運があることを、そしていつか私があなたと一緒にいることを願います」
2006年1月 オマール・スレイマン
『Highway To Hassake』ライナー

聴き忘れはありませんか - ele-king


 初ライヴを終えた禁断の多数決、ほうのきかずなり氏から今年2013のベスト・アルバム10選が届いたぞ! 12月12日、デコレーション・ユニットOleO(R type L)とVJが怪しく飾り上げた渋谷〈WWW〉は一分の隙なき満員御礼状態、メンバーのおどろおどろしいメイクはもとより、異様な速さでアンプが回転しだしたり(折しも“くるくるスピン大会”がはじまったときで笑ってしまった)、着ぐるみウサギがどこか背徳的なたたずまいで歩き回っていたり、不可解にシンメトリーを成して歌う女性たち(尾苗愛氏とローラーガール氏)、だらりと垂れる毛皮、クモの巣、悪夢のように切れ間なくつづくセット・リスト……等々、彼らが愛するデヴィッド・リンチ感が炸裂しており、それは“バンクーバー”で極まっていた。禁断の多数決のやりたいことが何なのか、あの日あの場所に詰めかけた人には言葉にならないながらも明瞭だっただろう。


 そして、あのとき生まれた禁断の生命は、この後ゆっくりと急速に、時間の中を奇妙に伸び縮みしながら大きくなっていくはずである……。2014年、今後の展開がさらに期待される。






禁断の多数決(ほうのきかずなり)


  1. 1. Blood Orange / Cupid Deluxe / Domino

  2. 2. Sky Ferreira / Night Time, My Time / Capitol

  3. 3. Alex Chilton / Electricity By Candlelight: NYC 2/13/97 / Bar/None Records

  4. 4. Ian Drennan / Prelude To Bleu Bird Cabaret / PIKdisc

  5. 5. Oneohtrix Point Never / R Plus Seven / Warp/ビート

  6. 6. Mazzy Star / Seasons of Your Day / Republic of Music

  7. 7. Fuck Buttons / Slow Focus / ATP

  8. 8. Grouper / Man Who Died in His Boat / Kranky/p*dis

  9. 9. Solar Year / Waverly / Selfrelease

  10. 10. Prefab Sprout / Crimson / Red / Icebreaker / ソニーミュージック


ブラッドさんのジョン・ヒューズ映画のようなアルバムに胸躍らせて、スカイさんに恋をして、アレックスさんで泣いて、イアンさんとOPNのミステリアスな世界に迷い込んで、マジー・スターとグルーパーの哀愁で鬱になって、ファックさんとソーラーさんの狂気にやられて、プリファブさんのグレート・ロマンチシズムに酔いしれました。

ほうのきかずなり




■禁断の多数決
アラビアの禁断の多数決

AWDR/LR2

Tower HMV amazon

松浦俊夫 - ele-king

今年11年ぶりに新しいプロジェクト"HEX"でアルバムをブルーノートからリリースした松浦俊夫と申します。今年特に印象的だったダンス・ミュージックを10曲選びました。他にもKalabrese,Todd Terje,Tommy Rawson,Omar Souleyman,Moritz von Oswald & Nils Petter Molvaerなど素晴らしい作品が沢山発表されました。来年もたくさんの素晴らしい音楽に出会えますように。来年は夏のヨーロッパ・ツアーを筆頭にHEXの活動を本格化させていきますのでどうぞよろしくお願いします。

https://www.toshiomatsuura.com/
https://www.hex-music.com/
https://www.universal-music.co.jp/hex/

BEST DANCE TRACKS 2013(順不同)


Fat Freddy's Drop / Mother Mother(P-Vine)

Jimpster / These Times -Dixon Retouch (Freerange)

Koreless / Sun (Young Turks)

Diego Barber & Hugo Cipres / Poncho (Origin)

DJ Rashad & DJ Manny / Drums Please(Hyperdub)

Satanicpornocultshop / Maiden Voyage (neji/nunulaxnulan)

Bonobo / Cirrus (Ninja Tune/Beat)

Soy Mustafa / Bug In The Bassbin (Cinematic Recordings)

Haim / Falling-Duke Dumont Remix (Polydor)

Disclosure / January (Universal)

KABUTO - ele-king

 KABUTOは千葉出身、東京在住のDJ。KABUTOが少年時代を送った1980年代~90年代はパンク以降の音楽、クラブ・カルチャーの隆盛、ファッション、スケート・ボード、あらゆるユース・カルチャーが混然となった時代である。当時10代のKABUTOは千葉の街で、日々次々と生み出される新しく刺激的なムーブメントの数々を、ヤンチャな遊びの過程で貪欲に吸収して育った。
 そして2000年代になり、KABUTOは地元の先輩であるDJ NOBUからの誘いで、始動間もない〈FUTURE TERROR〉に加入する。千葉という街で何の後ろ盾もなく、仲間たちによる手づくりで始められた〈FUTURE TERROR〉……それがどれだけ特別なものであるかは、インタヴュー本文でKABUTOの言葉から知ってもらうべきだろう。とにかくKABUTOは〈FUTURE TERROR〉のオリジナル・メンバーであり、後に彼は〈FUTURE TERROR〉を脱退し東京に移るが、いまでもKABUTOの言葉は〈FUTURE TERROR〉への愛と敬意にあふれている。それからKABUTOは〈FUTURE TERROR〉で得た大いなる経験と理想を胸に歩み、彼はいま、東京のダンスフロアからもっとも信頼されるDJのひとりとなった。頼るものはDJとしての心と技、ただそれだけだったであろうが、それゆえに彼の周りには、新しい仲間たちも集まってきた。

 現在のKABUTOのホーム・グラウンドは、全国の音楽好きから愛される東高円寺の〈GRASSROOTS〉で自らオーガナイズする〈LAIR〉。それと、和製グルーヴ・マスターと名高いdj masdaが運営し、ベルリン在住のyone-koも名を連ねる代官山UNITの〈CABARET〉である。KABUTOのプレイ・スタイルの片鱗は、2009年に〈DISK UNION〉からリリースしたMIX CDシリーズ"RYOSUKE & KABUTO - Paste Of Time Vol.1/2"や、この秋サウンドクラウドにアップされた"Strictly Vinyl Podcast 010"等でも触れてもらえると思う。だができることならぜひ、パーティの現場でこそ、彼のDJと人柄を味わってもらいたい。なお2013年12月13日、現時点でのKABUTOの最新のプレイのひとつである〈CABARET〉では彼は朝6時過ぎからブースに登場。ミニマルとディープ・ハウスを行き来し気持ちよく踊らせる持ち味を発揮した後、荒々しいシカゴ・ハウスをはさみつつどこまでも加速するようなKABUTOのプレイにダンスフロアの歓声はどんどん膨らんでいった。時計は7時半を回っていた。

 それではKABUTOの初めてのインタヴューをお届けする。KABUTOと長年交流する五十嵐慎太郎(〈Luv&Dub Paradise〉主宰)をインタヴュアーとして、過去、現在、そしてこれからについて存分に語ってもらった。


俺、全部同時進行なんです。「(特定の)この音楽で育った」っていうのはないんですよね。そういう音楽の聴き方をしていたのは先輩とかの影響もあるから、千葉での遊びがルーツとも言えるかもしれないですね。

■五十嵐:俺、カブちゃんとは常に会うような関係ではないけど、お互いの要所要所では何度も会って、熱い話をしてるんだよね。それこそカブちゃんが〈FUTURE TERROR〉を離れるにあたって考えていたこと、その当時の目標やヴィジョンなんかも含めて、個人的には以前にも話を聞いてるんだ。それからしばらく経って、KABUTO君の近年のDJ/オーガナイザーとしての活躍ぶりは、すごく注目されるべきものだと俺は強く思っていて。それでインタヴューという形で改めて、KABUTOというDJのこれまでの歩みや、何よりもKABUTO君がこの先、DJとしてやろうとしていることについて、じっくり話を伺おうと思ったんです。
 まず、カブちゃんが〈FUTURE TERROR〉を辞めたのはいつなんだっけ?

KABUTO:2008年に辞めたから、5年ですね。

■五十嵐:いきなり言っちゃうけど、その頃カブちゃんは、NOBU君が〈FUTURE TERROR〉というパーティを何もないところから作って、みんなの信頼を勝ち得るまでのものすごい大変さをわかった上で、「そこに挑戦したい」と言っていたんだよね。そして「それで、俺がDJとしていまより良くなっていったとしても、それは〈FUTURE TERROR〉のおかげなんだ」とも話していた。

KABUTO:本当にそう思います。

■五十嵐:これからあらためて聞くけど、カブちゃんがその頃から思ってきたことに、ここに来て近づいてきたのかなって俺は感じてるんだよね。

KABUTO:やっとちょっとは見えたかなって感じですね。

■五十嵐:まず、11月15日にカブちゃんがいま〈GRASSROOTS〉で主宰してる〈LAIR〉の6周年があったじゃない(その日のゲストはムードマンと、DJスプリンクルズことテーリ・テムリッツだった)。あれは本当に素晴らしかったね。あの雰囲気を作り上げたっていうのがさ。DJはもちろん良いに決まってるんだけど。

KABUTO:プラス皆の人間力ですよね。

■五十嵐:その一方で2013年になり〈womb〉や〈ageha〉の〈ARENA〉のような大きな会場のメインも務めたり、活躍の場を広げてきているよね。そんなこといろいろと思い出してたら、こないだの〈FUTURE TERROR〉の12周年(2013年11月23日)のフロアでさ、朝、俺がHARUKAのDJで踊っていたら、NOBU君がカブちゃんのところに来て、「お前、去年あたりからいい動きしてるよ」って、俺の目の前で話し出してさ(笑)。それを見た時に、お互いの気持ちをメチャメチャ感じて、何故か俺が感動しちゃって。俺が泣いてどうするんだっていう(笑)。

KABUTO:NOBU君とは、もう出会って20年ですよ。俺が17のとき。共通の知り合いがいて、ある日その人とNOBU君とで俺の地元に来たことがあって、そのときに初めて会って。凄い覚えてますね。RYOSUKE君(同じく元〈FUTURE TERROR〉)も17のときから知っていて、俺はRYOSUKE君が当時やっていたバンドをよく見に行ってましたね。

■五十嵐:RYOSUKE君がやってたのはハードコアのバンドだったんだっけ?

KABUTO:そうです。RYOSUKE君は、ハードコアだけじゃなくてレアグルーヴとかいろいろな音楽を聴いてる感じで、当時の俺はメチャメチャ影響受けてるんですよね。RYOSUKE君とは、高校生の頃、俺が船橋のバーみたいな所でDJしてたときに、初めて話したのは凄い覚えてます。

■五十嵐: RYOSUKE君も年上だよね? 当時のふたりはどんな関係だったんだろう。街の兄貴分みたいな感じ?

KABUTO:兄貴って、そこまで仲良くなれなかったですね。

■安田:遊びに行くといる、格好いい先輩みたいな?

KABUTO:そう。千葉に〈LOOK〉っていうライヴハウスがあって、そこによく遊びに行っていたんですけど、最初は話もできなかったですね。「ちわっす」「おつかれさまです」って感じで。

■五十嵐:ガハハハハ(笑)! そのときが17歳っていうと、1992、93年ぐらいか。そのときはどんなDJしてたの?

KABUTO:そのDJのとき、(ビースティー・ボーイズの)『CHECK YOUR HEAD』からのシングル・カットをかけてたんですよ。そうしたらRYOSUKE君が反応して、話かけてくれて。

■安田:KABUTO君の音楽のルーツっていうと何なんですか?

KABUTO:うーん、強いていうならスケート・カルチャーがルーツですね。スケートのビデオで使ってる音楽っていろいろじゃないですか。それをすごい観てたから、いろんな音楽を聴くようになったんですよ。
 あと姉が洋楽好きだったので、それでピストルズとかを聴いたのが小6とか。で、ガンズとかのハードロックからヘヴィー・メタル。スレイヤー、メガデス、というのが中1、中2ぐらい。
 で、中3になるとスケートもはじめて、メタリカ、アンスラックス、レッチリとかレニー・クラビッツを聴いていて、それからジミヘンやクラプトンとかも聴くようになりました。で、高校生になるとスーサイダル(・テンデンシーズ)とかバッド・ブレインズとかを聴く一方でHIP HOP、R&Bも聴いてて、テレビでは〈BEAT UK〉を観てたり。そういう感じで、聴いてきたものは皆とそう変わらないんだけど、ゴチャゴチャでいろいろ聴いてたんですよね。だから「昔何聴いてたの?」って聞かれると「全部!」って答えてて。レゲエやスカ、キンクスもスペシャルズも大好きだったし。昼間はスペシャルズ聴いて、夜になったらサイプレス(・ヒル)聴いて、みたいな(笑)。またゆったりしたい日にはスティーヴィー・ワンダーやプリンスも聴いてたし。だから「(特定の)この音楽で育った」っていうのはないんですよね。あと、そういう音楽の聴き方をしていたのは先輩とかの影響もあるから、千葉での遊びがルーツとも言えるかもしれないですね。

■五十嵐:ロックとクラブ・ミュージックが交わる時期というか、とにかくいろいろ新しいものが出てきた時代でもあったよね。

KABUTO:そうですね。アンスラックスとパブリック・エネミーの“ブリング・ザ・ノイズ”とか、ビースティーとかNASも人気があって、それで元ネタを掘り始めたりするんですよね。

■五十嵐:『パルプ・フィクション』等の影響でのレアグルーヴもあったしね。

KABUTO:映画の影響もありましたね。高校の時に『さらば青春の光』を見たり、マット・ヘンズリーの影響でVESPAが流行って乗ったりもしてましたね。

■五十嵐:90年代にはフィッシュとか、ジャム系のバンドも出てきたけどそういった音は?

KABUTO:俺はフィッシュとかは通ってないんですよ。その頃は俺、日本のハードコアがすごい格好いいと思ってた時期ですね。下北沢の〈VIOLENT GRIND〉とかもよく一人で行ってました(笑)。そういえば、NOBU君はニューキー・パイクスと繋がってたりして。

■五十嵐:そうなの?

KABUTO:そうなんですよ。そこでAckkyさんとも繋がるんですよ。

■五十嵐:なるほどね! Ackkyもニューキー・パイクスのライヴに客演で参加したこともあったみたいだもんね。
 そういう、90年代からいまへと連なる人の繋がりもあるわけだけど、ミクスチャーとかHIP HOPの世代の人たちから、バンドとDJの間の壁がまるっきりなくなったと俺は感じていて。要するにNOBU君世代ぐらいからなのかな。それまではクラブとバンド、ラップとバンドの垣根はすごく高かったように思うんだけど、サイプレス・ヒルとかガス・ボーイズが出てきたあたりから変わってきたんだよね。

KABUTO:それが、俺が高校生の頃ですね。俺、全部同時進行なんです。ハードコア聴いてる時期に〈MILOS GARAGE〉に行ったり、平日の青山〈MIX〉、あと〈BLUE〉とかも、千葉から遊びに行ってたし。四つ打ち行く前にアシッド・ジャズ、ラテンとかも聴いていて、ビバ・ブラジル(Viva Brazil)のスプリットのレコードを買ったらその逆面にサン・ラが入ってたりして。後に気付くんですけど、当時はサン・ラってわからず聴いてましたね。

■五十嵐:カブちゃんはバンドだけじゃなくDJの方にも、すんなり入っていったんだね。

KABUTO:クラブ・ミュージックの最初は、地元の仲良い年上の友だちが、兄弟でレコードすごい持ってて。その家がたまり場でよくDJして遊んでたりしてたんです。そこで電気グルーヴの『VITAMIN』や『オレンジ』とかを初めて聴いて、あとは〈ON-U〉とかのダブを聴いたり。高校のときはハウスとかテクノってあまりピンとこなかったんですけど、シカゴ・ハウスを聴いたときに「何だこれ!?」って思って衝撃を受けて、そこからハマってったんですよ。

■五十嵐:その頃、RYOSUKE君とかNOBU君はもうDJやってたの?

KABUTO:NOBU君は出会った頃はまだそんなにやってなかったはずですね。あまり正確には覚えてないんですけど。その頃トリップ・ホップも流行ってたじゃないですか。スカイラブ(SKYLAB)とか〈MAJOR FORCE〉、デプス・チャージ、セイバーズ・オブ・パラダイスとか、それでアンディ・ウェザオールが〈新宿リキッドルーム〉でやるときに、地元の友だちとNOBU君と一緒に行ったんですよ。それがクラブで初めての四つ打ち体験。19ぐらいの時かな?

■安田:四つ打ちを聴きはじめてからはどうなったんですか?

KABUTO:その後、ハタチぐらいからの何年か、毎年のようにアメリカに遊びに行ってた時期があるんですよ。地元のスケーター仲間がアメリカに住んでたから。いろんな街に旅行して、クラブもいろいろ行きました。ニューヨークに行ったときには(ジュニア・)ヴァスケス聴きに行ったりとか(笑)。NYでは他にも〈Sonic Groove〉と〈Drumcode〉の共同開催みたいなパーティとかにも行ったし。ちょうど年越し時期のフェスっぽいパーティで、NYのフランキー・ボーンズ、シカゴのマイク・ディアボーンやポール・ジョンソン、ヨーロッパからもアダム・ベイヤー、ニール・ランドストラムとか、いろいろ出てましたね。サンフランシスコではQ-BERTとか聴いてるけど、レコードはテクノを買って帰ってきました(笑)。ロスアンジェルスに行った時はたまたまカール・クレイグとステイシー・パレン、デトロイトのふたりが出るパーティがあったから、それに遊びに行ったりとかしてました。

■五十嵐:ここまで、若いときの音楽の話には「地元の仲間」という言葉が頻繁に出てくるから、やっぱり「千葉」はカブちゃんにとってとても重要な要素なんだね。カブちゃん自身は、住んでいたのは千葉のどのあたりなの?

KABUTO:僕は成田で、〈FUTURE TERROR〉の最初の4人のなかでは僕だけ住んでる所が離れてるんですよ。

五十嵐:成田ってどういう感じの街だったの?

KABUTO:成田山と空港くらいで田舎です(笑)。で、外国人が多い。地元の仲間はみんなスケーターでしたね。

■五十嵐:それにハードコアとか、バンドや音楽が好きな仲間も。

KABUTO:そうですね。皆で滑って、飲みに行ったり。その頃俺らまだ未成年だったけど、悪い先輩達と遊ぶのがすごい楽しかったし。そこからもう夜遊びの方にシフトしていくタイミングですね。

■五十嵐:俺の地元の静岡もそうだけどさ、そういうので生活は成り立たないじゃない。

KABUTO:成り立たないですね。

■五十嵐:どうしてたの?

KABUTO:普通に働いてました。まず車がほしいんで、お金貯めなきゃ、ってなって。高校卒業してすぐ車ゲットして。これで東京のクラブにも遊びに行ける! って。もうみんな乗せてパーティ行ったりとか、ウロチョロウロチョロしてましたね。俺、就職するとか大学に行くとか、全然考えなくて。まず遊び。

■五十嵐:ガハハハハ(笑)!

KABUTO:パーティの楽しさを知ってしまったので、もうひたすら遊びに行ってました。

■五十嵐:千葉で自分でパーティもやってたの?

KABUTO:いや、やってないです。俺が22歳くらいの時にRYOSUKE君が〈MANIAC LOVE〉でDJシャッフルマスターと〈HOUSEDUST〉っていうパーティでDJをやってて、それに結構遊びに行ってて。その頃にDJ RUSHとかPACOUみたいなDJを初めて現場で聞くんですよね。後で知るんですけど、その頃、KURUSU君(FUTURE TERROR)もRYOSUKE君と遊んでるんですけど、俺はその頃はまだKURUSU君のことは知らなくて、実際に知り合うのはもう少し後なんですよね。

■五十嵐:そうなんだ?

KABUTO:俺とKURUSU君がリンクしたのが、たしか(2000年前後に大人気だった)SUBHEADが来日した後くらいだったかな。
 SUBHEADが来日して、渋谷道玄坂の〈MO〉ってクラブでやってた〈Maximum Joy〉ってパーティでプレイしたことがあったんですけど、そのパーティがすごいヤバかったんですよ。ちなみに〈FUTURE TERROR〉の第1回目のゲストが、そのSUBHEADのフィルとMAYURIさん(metamorphose)なんですよ。
 その〈Maximum Joy〉には俺は客として遊びに行ってて、そこからクリスチャン・ヴォーゲルとか、No Future系にもハマっていくんですけど、そこにはNOBU君たちもいて。それから何年かして誘われるんですよね、〈FUTURE TERROR〉に。

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デトロイトで音を作っている人たちって、結構生活が厳しいながらも、やっぱり音楽の力を信じてやってたりしますよね。自分も(進学はせずに)仕事して、働いた後にパーティの準備するために集まったりしてたんで、そういうところが当時ちょっと自分とダブって感じて、デトロイトの音楽にハマったっていうのもあるかもしれないですね。

■五十嵐:〈FUTURE TERROR〉はこないだ12周年だったから、2001年ぐらいに始まってるわけだよね?

KABUTO:俺は1回目の〈FUTURE TERROR〉のときはDJじゃなくて。実は1回目は遊びにも行ってないんですよ(笑)。
 俺、その時パーティが開催されることを全く知らなかったんです。地元で仲良かった友だちはそれ行ってて、俺は後から聞いて「え、そんなのやってたの!?」みたいな。で、それが集客も良かったらしくて、レギュラーでやってみようかってなったらしいんですけど、俺はもう、全然知らずに。
 だけど、ちょっと経った頃に……当時よく、音楽好きな友だちと、家でいろんな音楽聴きながらDJしてたんですよ。そしたらある日、NOBU君からいきなり電話がかかってきて「DJやらない?」って言われて。「レコードあるんでしょ?」「はい」って、「今度こういうのやるんだけど、どう? RYOSUKEとKURUSUと4人で」って。だから正式には、俺は2回目からなんですよ。

■五十嵐:なるほどね。

KABUTO:その時は結婚式場を借りて、システムを入れてやるって話で。でも、その時俺はパーティのやり方がなんにもわかんないから。必死にDJやるだけでした。

■五十嵐:俺、その辺の話は静岡にいる時に、何かの雑誌で読んで知った。パーティを自分たちで一から作り上げて。千葉にね、静岡の自分と同じ気持ちの人たちがいるんだってシンパシーを感じてたんだよね。環境がなければ自分たちで作るしかないっていう。

KABUTO:俺はもう、右も左もわかんないし、DJしかやってなかったんですけど。ただ言われたことをひたすらやって。「この時間に集合ね」って言われたら行って、システムを運ぶのを手伝ったりとか、その程度でしたけどね。その前に、自分がパーティに行ってクチャクチャに遊んで、っていう経験はあるんですけど、それを自分がやるとなったらどうやればいいかっていうのは、わかってなかったですね。

■五十嵐:東京のクラブで遊んでて、それを地元の千葉で再現したいっていう気持ちだったの?

KABUTO:うーん、東京で遊んでて、なんだろう、その時期はRYOSUKE君も〈HOUSEDUST〉を辞めていて、NOBU君は空手に打ち込んでた時期なんですよね。たぶん、また遊びたくなったからはじめたんだと思うんですけど。パーティをやるスキルはみんなあったと思うんだけど、日本のシーンに対するアンチテーゼ的な感じで最初ははじまってるんで。

■五十嵐:商売気とかの部分かな?

KABUTO:当時の東京のノリにちょっと飽きちゃったというか。やっぱり地元でやりたいっていうのも強かったと思うんですよね。

■五十嵐:遊びではじめたことに、だんだん気持ちが入っていったって言う感じ?

KABUTO: 初めはNOBU君に誘ってもらったけど、なんで俺を誘ってくれたのかはわかんないですね。聞いたこともないですけど。
 最初の〈FUTURE TERROR〉でのDJは警察に止められて途中でダメになったし、それからは数々のいろんなことがあるわけですけど。当時は「地元でやろう」ということだけを考えてたと思うんですけどね。それが徐々に、徐々に大きくなっていくというか。結婚式場からレストランに移ったり、場所も変えつつ。あ、レストランの前に別の箱があって。潰れて空いてた箱なんですけど、そこでパーティできるって話になって、〈FUTURE TERROR〉で最初にテレンス・パーカーを呼んだのはそこなんですよ。そこでみんなで何日か前から集合して、ホコリだらけのところをみんなで掃き掃除から全部やったりして。そのパーティが凄く強烈でしたね。それまでのパーティも楽しかったんですけど、そこで気持ちが一気に入った感じですね。

■五十嵐:ゼロから自分たちで作っていった、っていう。

KABUTO:強烈に憶えてますね。

■五十嵐:テレンス・パーカーも感動して〈Chiba City〉っていうレーベルを作っちゃったりね。

KABUTO:すぐやめちゃいましたけどね(笑)。最初DJ引退するって言ってたんだけど、その時の〈FUTURE TERROR〉で「やっぱり辞めない」ってなって、それからいまだに辞めてないんですけど。テレンスもそれぐらい強烈なインパクトを感じたんだと思うんですよね。(壁や天井から)水滴も垂れるし、最前列はタバコの火も点かないぐらい酸欠で。みんなメチャクチャ踊ってて。本当、初めて「ハウス」を感じた日だったかもしれない。

■五十嵐:伝説として話は聞いてる。

KABUTO:あれ遊びに来た人はみんな結構憶えてるんじゃないかなぁ。当時はいろんなMIX音源を聴けるサイトは〈Deephouse Page〉ぐらいしかなくて、来日前はそれでチェックするしかなかったんだけど、テレンスはHIP HOPとかいろいろなセットも結構やってたから「当日はどんなDJやるんだろう?HIP HOPやったらどうする?」とか、心配したりもしてたんですよ(笑)。けど、その日はURから始まって、ゴスペルやらディスコやらを2枚使いでかけたりしてて、何じゃこのDJは! って皆ひっくり返ったっすね。

■五十嵐:みんなで何日も前から集まって準備してそこに至る、って、いいなぁ。

KABUTO:みんなでマスクして(笑)。でも千葉のそのDIYスタイルはずっとそうで。その後やった会場はレストランだったけど、そこも何日か前から集合して、壁に防音やったりしてました。そこで本当、パーティをつくるっていうのはこういうことだと教えてもらって……「教えてもらった」って言っても、言葉で何を言われるわけじゃないですけど。

■五十嵐:今日はいろいろ訊こうと思ってたんだけど、その全部の答えがいまの話に集約されていたというか。そういうパーティ体験があったからこそカブちゃんは、ただスキルを磨くだけのDJにはならなかったんだね。

KABUTO:DJのスキルがあっても気持ちがないと……NOBU君のDJを見てたらわかると思うんですけど、たまに(ミックスを)ミスりますよ、NOBU君でも。だけど人間力で持っていけるんですよ。あれはNOBU君にしかない部分だと思うんです。あのイケイケな感じでミックスしてオラーッて、フロアが盛り上がっちゃうんですよ。ああいうDJ、誰にでもできることじゃないから、それをずっと見てると、そういう感覚に陥っちゃうというか。

■五十嵐:スキルは大事だけど、パーティを楽しみたいという気持ちはもっと大切なんだよね。

KABUTO:そう。その気持ちがグルーヴになって現れるし。あとひとつ言えるのは、〈FUTURE TERROR〉のお客さんってメチャメチャ踊るんですよ。常にダンスフロア。そういうダンスフロアの雰囲気。踊った人にしかわからない感覚ってあるじゃないですか。DJの皆もそうで、その感覚を持ったDJが揃ったな、とは思いましたね。

■五十嵐:高橋透さんが同じこと言ってた。透さんはソウルのダンサーやってたの。チーム組んで。透さんが言うには、俺たちは音楽評論家じゃないんだ、ダンスして遊ぶ仲間なんだ、って。

KABUTO:やっぱり、踊ったときにしかわからない感覚、ダンスフロアにいる時にしかわからない聴こえ方、見え方って重要じゃないですか。それをみんな知ってるんですよね。それを言葉で確認したりしないですけど、自然とDJもそうなるというか。〈FUTURE TERROR〉が最初ハウスやってたのも、そこから今のテクノに移行していって耳がどんどん変化していくのも、踊ってる人ならではの感覚があるゆえにだと思います。

■五十嵐:ダンスの楽しさを、人一倍味わっちゃってる人たちなんだよね。

KABUTO:そうなんですよね。いまの〈FUTURE TERROR〉に来てる人は知らないかもと思うんですけど、最初は歌物がガンガンかかってましたからね。ゴスペルとか。デトロイト・ハウスが好きすぎて、実際みんなでデトロイトまで遊びにに行っちゃいましたし(笑)。
 デトロイトで音を作っている人たちって、結構生活が厳しいながらも、やっぱり音楽の力を信じてやってたりしますよね。自分も(進学はせずに)仕事して、働いた後にパーティの準備するために集まったりしてたんで、そういうところが当時ちょっと自分とダブって感じて、デトロイトの音楽にハマったっていうのもあるかもしれないですね。俺の勝手な妄想かもしれないですけど(笑)。仕事してキツいけど、その日のためにみんな気持ちをそこに持っていくというか。
 ひとつ、すげー嬉しかった話してもいいですか(笑)? さっき話したテレンスを呼んだ回の後なんですけど、デトロイトからテレンスとスティーヴ・クロフォードのふたりを一緒に〈FUTURE TERROR〉に呼んだ時があったんです。そこでNOBU君は(海外からゲストをふたり招く大切なパーティを)、テレンス、スティーヴ、俺、の3人だけで一晩やらせてくれたんですよ。そのときもお客さんパンパンで。すげー嬉しかったですね。任されたっていうのもあったし。スティーヴの前にやったんですけど、DJ変わるときお客さんすごい拍手してくれて、テレンスとスティーヴも来てくれてワーッってなって。本当嬉しかったですね。NOBU君はサラッと俺を指名してくれたというか。RYOSUKE君やKURUSU君でもいいはずなのに。でも俺に振ってくれたんです。

■五十嵐:それぞれがDJスキルを見せつけるためにパーティをやってるんじゃないんだよね。

KABUTO:それをすごい感じましたね。

■五十嵐:こないだ(2013年11月)、カブちゃんが〈ageha〉の〈ARENA(メインフロア)〉でやってたじゃない? 同じ日にNOBU君は〈ageha〉の中の〈ISLAND〉でやってたんだけど。いまの話を聞いて、その日のことともリンクすると思った。

KABUTO:俺は初めてNOBU君が〈ARENA〉でやるときも行ってたし、正直みんなも、〈ARENA〉はNOBU君だと思ってたと思うんですよ。最初話が来た時は、自分が本当に〈ARENA〉でやるとは思ってなかったし。今までやってきたことがちょっとずつ繋がってきた瞬間でもありました。

■五十嵐:カブちゃんが〈ARENA〉でやるって知ったときは、俺もめちゃめちゃ嬉しかった。11月にはその〈ARENA〉があって、インタヴューの最初に言った、〈FUTURE TERROR〉12周年におけるNOBU君の「お前、この1年いい動きしてるよ」という言葉があった。その時に俺は「やっぱり思ったとおりだな」って感じたんだよね。あれは同じクルーとしての言葉でもあるけれど、ひとりの男同士としての言葉なんだよね。

KABUTO:本来DJとしては、そういうの持ち込まない方がいいのかな、って思うところもあるんですけど、やっぱり千葉の人間ってそこが熱いのがいいところだから。そういうのがダメな人もいるんですよ。でもやっぱり俺はそういうところ出身の人間なんで。そういう人たちのパーティはやっぱ熱いから。泣けるっすよね。

■五十嵐:だからデトロイト・ハウスにも泣けるんだよね。

KABUTO:感動するし、流行り廃りじゃないスタイルで、本当にここ(胸に手を当てて)。気持ちの部分。いちばん芯の部分をちゃんとわかってる人にしかできないパーティというか。〈FUTURE TERROR〉もダメな人にはダメだと思うんですよ、でもそれはまだ、本当の〈FUTURE TERROR〉を知らないなって。 

■五十嵐:最近になってNOBU君を知った人には案外知られてない部分かもしれないし、もっとアナウンスをしたい部分だと思うんだよね。

KABUTO:常に100%。本気な人ですね。

■五十嵐:KABUTO君もそうなんだよ。

KABUTO:その影響を受けてるから。それは身体で教えられたというか、見せられましたね。言葉では何も言われてないですね。

■五十嵐:それで〈GRASSROOTS〉の〈LAIR〉も同じ11月に6周年。「本当に素晴らしかった」という感想は最初に伝えたけど、あの光景を見た時に、カブちゃんがいままで頭に描いてたことが、形になってきたことの表れだと俺は思ったんだよね。6年経って、それについてはどう?

KABUTO:元々は〈GRASSROOTS〉が10周年のときに、(店主の)Qさんから「カブちゃんやってみる?」って言われて、「いいんすか?」って、最初はホント気楽にはじめさせてもらったんです。そのときは〈FUTURE TERROR〉に在籍してたんで、〈LAIR〉はもうちょっとパーソナルなパーティ……自分のスタイルでパーティをやれたらいいかなと思ってました。その後すぐに〈FUTURE TERROR〉を抜けるんですけど、千葉で教わった、パーティを一から作っていくことを目標にしてやっていきたいと思ってましたね。6年本当あっという間でした。やっと少しは良い感じにやれてきたかなと。

■五十嵐:いま話してくれた、「結果的に〈FUTURE TERROR〉を辞めることになったけど、自由にやれることにもなったんで、千葉で教わった、パーティを一から作っていくことを目標にしてやっていきたいと思うんです」という話が実は、このインタヴュー冒頭で俺が言ったことなんだよね。俺がブッキングさせてもらった姫路の〈彩音〉で、酒でベロンベロンになりながら2時間ぐらい同じ話をずっとしてたよ(笑)。

KABUTO:だはは! ありましたね(笑)。元〈FUTURE TERROR〉の人間として、このパーティの凄さを、もっと知らしめたかったっていうのもありましたしね。

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これから厳しくなっていく環境のなかで、どれだけ工夫してサヴァイヴしていくか。それは、その人がこれまでやってきたことが全部出ちゃう部分だと思うけど、そこからいい音楽は絶対生まれてくると思っていますね。やっとみんな本気で考え始めたんじゃないかって思ってて。「なぜパーティをやってるのか」ということを。

■五十嵐:そして、〈LAIR〉が軌道に乗ってきた2009年には、カブちゃんとRYOSUKE君のスプリットのMIX CDシリーズ(『Paste Of Time』)を〈DISK UNION〉からリリースしたじゃない。あれは俺、いまだに聴いてる。さっきカブちゃんが「踊った人にしかわからない感覚を大事にしているDJが〈FUTURE TERROR〉には揃った」という発言をしていたけど、あのCDの空間の捉え方はまさしく、自宅ではない音の響き方を知ってる人たちのものだと思うんだ。
 去年、〈DOMMUNE〉の番組でベルナー・ヘルツォークの映画(『世界最古の洞窟壁画 3D 忘れられた夢の記憶』)を紹介する番組に俺が関わったときに、あの日の〈BROADJ〉をRYOSUKE & KABUTOにお願いしたのも、『Paste Of Time』からの流れなんだよ。あの映画は、それまで言われていた人間の起源を大きく塗り替えた、3万2千年前の洞窟壁画にまつわる作品なんだけど、それを〈DOMMUNE〉の番組前半で紹介するなら、番組後半の〈BROADJ〉は「あのふたりに頼んでみたい」と思ったんだ。

KABUTO:なんだろう、(『Paste Of Time』でやったように)空間をイメージするっていう行為というか、ある空間の中でダンスするとか、みんなパーティでやってることなんですよ。

■五十嵐:俺が素晴らしいと思ったのは、ふたりは映画に合った、洞窟という空間による音の響きを意識した選曲とミックスをちゃんとしてくれたのよ。空間プロデュースという側面でのDJの役割を見事に果たしてくれて、印象深いんだよね。

KABUTO:俺も、「洞窟」っていうテーマは初めてで(笑)、しかも何万年もさかのぼるっていうのは初めての感覚で、悩みましたけどね。

■五十嵐:何万年も前の人も、現代の人も、根本のところでは同じなんだよね。それを音で見事に表現してくれた。

KABUTO:あのときの録音はたまに自分でも聴いてます(笑)。でも、そうやっていろいろな現場でDJやれるのはありがたい話ですよね。いま、同じ〈CABARET〉チームのyone-koやmasda君と出会ったのもそうだし。yone-koに関しては、静岡にDJで行った時に、静岡のKATSUさんから「yone-koってのが東京にいるからよろしくね」って言ってもらったことがあって。でも実は俺は、当時から〈CABARET〉が気になってたんですよ。日本人の音源も結構チェックしてたから、The Suffraggetsも聴いてたし。で、静岡から戻ってきてから、〈CABARET〉に遊びに行って。そこで、「yone-ko君っすよね?」って、俺から話しかけたんですよ(笑)。「今度タイミング合ったら一緒にやろうよ」って。それがファースト・コンタクトですね。
 その後、さっき五十嵐さんが言った『Paste Of Time』を俺とRYOSUKE君とで出した時に、「リリース・パーティやらない?」って話になったんですね。それで「ふたりだけでやるのもなんだから、誰か呼ぼうか」ってなった時に、yone-koがいいんじゃないか、と。そのときにyone-koと初めて一緒の現場でDJやって、yone-koが俺らのDJにも反応してくれて。それですぐyone-koはわかってくれたと思うんですよね。その時、音楽の話はそんなにしてないと思うんですけどね。

■五十嵐:音で通じ合った。

KABUTO:そう、それで俺が「〈LAIR〉でもDJやってよ」って。逆にyone-koは自分が〈SALOON〉でやってた〈Runch〉に呼んでくれたり。そういう風に、とんとん拍子に。
〈CABARET〉のメンバーは、最初yone-koしか知らなかったんですよ。他のメンバーとは誰も喋った事なかったから。顔は知ってたんですけど(笑)、話しかけるのも照れくさいしって感じで。で、〈CABARET〉に遊びに行くようになって、yone-koと話してるときにmasda君が来て、「KABUTO君だよね?」って話しかけてくれて「よろしくっす」みたいな感じで。で、少し経ってyone-koはベルリンに行くんだけど、ある時にmasda君と話してて、「〈CABARET〉どうするの?」って聞いたときに、「パーティは続けたい。手伝ってくれない?」って言われて。で、俺、レギュラー・パーティも〈LAIR〉しかなかったから「いいよ」って。俺、最初、裏方の手伝いかと思ったんですよ。一足早く現場に入っていろいろケアしたりとか、そういう意味での手伝いを頼まれてるのかと思って返事したら「いや、DJで」って(笑)。

■五十嵐:そりゃそうだよ(笑)

KABUTO:それで2012年に〈CABARET〉に正式に入って、いきなりスコーンってやらせてもらって。そのとき思ったのが、「masda君、けっこう腹くくってんなぁ」って。本気だなって思ったんですよ。

■五十嵐:カブちゃんからの影響も強いと思うんだけど。

KABUTO:本当っすか。本気でやろうとしてる人には魅力を感じるし、そういう人じゃないとやりたくないし。

■五十嵐:一緒に本気でやれる新しい仲間ができて、それが〈CABARET〉ということなんだね。それじゃあ、この先の目標は? カブちゃんは〈FUTURE TERROR〉を離れるときから「DJとしても上を目指す」とも話していて、いまは事実、全国津々浦々に呼ばれるようになっているわけだけれど。

KABUTO:目標……大げさですけど、遊びに来てくれた人の人生を変えられるようなパーティをやることですかね。「このパーティがあったから、俺の人生変わっちゃったんだよね」って、来てた人に言わせてみたいですね。それだけかも。俺もパーティで人生狂わされたし(笑)。もちろんいい意味で。〈FUTURE TERROR〉で人生狂わされた人、価値観変わった人結構いると思うんですよ。それを伝えてくってわけじゃないですけど、人生巻き込み型パーティっていうか。生き方に対してもそうだし、全てにつながるじゃないですか。いろんな考えがあってもちろんいいんですけど、やっぱり音楽ってすごい原始的なもので、リズムはずっとあったものだから(人間にとってすごく大切なもの)。それはやっぱ、ずっと伝えないといけないっていうか。テクノだろうがハウスだろうが、基本、根っこの部分は一緒だと思うんですよ。お客さんの人生を変えるぐらいのパーティをしたいっていうのは、永遠のテーマですね。〈FUTURE TERROR〉を抜けてからですけど、やっぱりそれは常に目標というか。

■五十嵐:この生きづらい時代の、パーティの存在意義という話にもつながるよね。ただ楽しみたいだけなのに、どうにかして奪いに来ようとする奴らがいるからね。

KABUTO:それと戦う意味で音楽があると思ってるし。

■五十嵐: 〈LAIR〉に行ったときもさ、あのお客さんの優しさ。

KABUTO:そうなんですよね。

■五十嵐:あれはある意味理想郷だった。あれを目指したいと思ったよ。具合悪そうな奴がいたら「大丈夫ですか?」とか。「金なくて困ってる」っていう奴がいたら……。

KABUTO:一杯おごるとか。そういうことじゃないですか。助け合いの精神。「全てパーティから学んだ」って言ったら大げさかもしれないですけど……俺、元々は凄い人見知りなんですよ。さっきyone-koに自分から話しかけたって言ったじゃないですか。何かそれから、自分からいろんな人に話しかけるようになったんですよ。だいたい酔っ払ってんですけど(笑)。
 最近仲良くしてるSatoshi Otsuki君もそうで。(田中フミヤの)〈CHAOS〉にOtsuki君が来てたときに、「Otsuki君今度一緒にやろうよ!」って話しかけて、そうしたら「MIX聴いてましたよ」なんて言ってくれて「おっ!」みたいな。だからそういう、ベクトルが合う感覚というか、あ、この人全然大丈夫だわ、って嗅ぎ分ける感覚とか、そういうのもパーティから学んだし。だから、自分から行かないと何も開かない、待ってても何も来ない、っていうのは本当に、千葉にいたときに教わったことっていうか。

■五十嵐:ヴァイブスで繋がると、偏見も取れるしね。

KABUTO:そう。例えば〈CABARET〉はマニアックな音を出してるんだけど、みんなシュッとしてて、出で立ちもスマートじゃないですか。最初は俺、〈CABARET〉クルーとこんな仲良くなるなんて思ってなかったけど、なんだろう、〈CABARET〉に入るって決まったときに、俺のキャラがプラスに働くと想像できたんですよ。yone-koやmasda君みたいに知的で、膨大な知識のあるDJと、俺みたいなタイプのDJが一緒にやれたらいいパーティができるなっていうのが。バランスですよね。どっちが行き過ぎてもダメだから。お互い切磋琢磨して、バランスがとれてると凄くいい。それが今の〈CABARET〉なんですよ。

■五十嵐:違う人との調和ってことだよね。本当にここのところね、カブちゃんがずっと前から言ってたことが形になってるという感触を、きっと本人がいちばん感じているはずなんだよ。

KABUTO:そうですねぇ。感じられるようになったかな。

■五十嵐:周りも、そういうステージも用意してきているし。

KABUTO:なんか、DJ度胸じゃないけど、海外のDJが出るパーティで、そのゲストDJの後にやることが何回かあって。その時もまぁ普通に緊張はするんですけど、〈FUTURE TERROR〉のときに比べたら全然余裕、って正直思いましたね。当時は、NOBU君の後にDJすることほど、緊張するものはなかったですね。当時みんなNOBU君を観に来てるって感じもあって、お客さんはNOBU君で散々踊りつくして、DJ変わるとき「次DJ誰? まだ踊れるの?」みたいな空気があるじゃないですか。そういう現場を経験してきたから、外タレのときは緊張は少なくて。やっぱそれは、千葉でやってきた甲斐があったなぁ、っていうのは東京に出てきてから感じましたね。

■五十嵐:俺は、カブちゃんが実際いま好きな音楽とかも詳しくはチェックしてないんだけど、皆がカブちゃんやNOBU君に求めてるものっていうのは、パーティ=人なわけじゃん。

KABUTO:人生捧げてる人たちですから(笑)。

■五十嵐:だから俺はもう、今後の活躍を……。

KABUTO:「このまま散ってやるよ」って感じですね(笑)。

■五十嵐:ガハハハハ(笑)。

KABUTO:だからもう、そこの覚悟を決めてる人と決めてない人との違いは、俺のなかではものすごくデカいんですよ。東京でやってても、辞めちゃう人もいるじゃないですか。

■五十嵐:みんなセンスは凄くいいのにね。

KABUTO:そう。でもなんだかんだ言って、いまは東京で見せてナンボってところは実際あると思う。

■五十嵐:世界との玄関口だしね。

KABUTO:世界中見てもこんなクレイジーな街ってないと思ってるんですよ。本当、東京って独特な狂い方じゃないですか。だからそこで勝負できるっていう幸せも感じないといけないし、ここで生活することの大変さもそうだし、ここでDJできることのありがたみを感じながらプレイして、その気持ちをお客さんに伝えられるかどうかってことですよね。

■五十嵐:プレイがいいのは大前提としてね、そこに気持ちがないと、この街ではサヴァイブできないよね。

KABUTO:ニュースを見てても、これから厳しくなっていく環境のなかで、どれだけ工夫してサヴァイブしていくか。それは、その人がこれまでやってきたことが全部出ちゃう部分だと思うけど、そこからいい音楽は絶対生まれてくると思っていますね。

■五十嵐:だからいま、突きつけられてるんだろうね。

KABUTO:そう、やっとみんな本気で考えはじめたんじゃないかって思ってて。「なぜパーティをやってるのか」ということを。風営法(の問題)もあるし。デトロイトなんか2時までしかパーティできないですからね。それでもたくさんいい音楽が出てくる。普段の生活はキツかったりするのに。厳しい状況になればなるほど、音楽って良くなっていくじゃないですか。それに比べたら東京はまだ恵まれてるんですよ。すごい数のクラブやパーティがあるんですよ。

■五十嵐:本当に、いまの東京は凄いんだよね。

KABUTO:だけど実際は、(本気で)やれてる人はほんの一部じゃないですかね。でも歳とるとだんだん感覚が研ぎ澄まされてくるというか、同じような人が自然と集まってくるんですよね。どんどん辞めて抜けていくから、そういう人しか残んなくなってくるし。それでみんなで協力して盛り上げようとか、そういうことでもいいし。皆でできることがたくさんあると思うんです。

■五十嵐:こないだ俺、ele-kingのチャートで『求めればソウルメイトと必ず会える都内のDJ BAR&小箱10選 pt.1』ってやったけど、「ソウルメイト」ってそういうことなんだよね。若い人に「ソウルメイト」とか言うと笑われるかもしれないけど(笑)。

KABUTO:ジャンルとかじゃないんですよね。だから俺は〈GRASSROOTS〉でパーティやってるし。〈CABARET〉に入る前、〈LAIR〉にmasda君を呼んだ時なんですけど、秋本さん(THE HEAVYMANNERSの秋本武士)とかKILLER-BONGとかがフラッと来たことがあったんですよ。普段やってるクラブじゃ有り得ないですよ。masda君がDJやってるところに秋本さんがいるとか。で、Qさんが「これで秋本さんを踊らせたら凄いよね」とか言うんですよ。俺も本当、そう思って。ジャンルとかは無し。人と人。だから俺も、全然知らない人がやってるパーティ行ったりしてるんですよ。それで新しい感覚を覚えるし、いろんな考え方を知ることもできる。だから〈womb〉も〈AIR〉も遊びに行くし、逆にそこで遊んでる人たちが〈GRASSROOTS〉に来てくれるようになったりするんです。「こんなとこあったんだ、ヤバいね」って言ってくれて「でしょ?」って。でもキッカケがなかっただけで。そのキッカケづくりができたのはデカかったかな。そうすると「ひとりでGRASSROOTS来ちゃいました」とか言う人も出てくるんだけど、何でもいいんですよ。そうやっていろいろな音楽を聴いて、いろんな感覚や価値観を感じてもらえば、やってる意味があるというか。別にDJ巧い人でも、その感覚がなかったら俺はあんまり魅力を感じないし。NOBU君の凄さってそういうところにあるのかなって。〈BERGHAIN〉でやってて、〈GRASSROOTS〉でもやるっていう。

■五十嵐:それをやってたのは、ラリー・レヴァンなのかもね。

KABUTO:そういう感覚を身につけるのはすごい重要だと思いますね。場所を選ぶ嗅覚というか。その場の匂いを感じ取ってそこにガッと行けるというか。

■五十嵐:パーティがあれば幸せでしょ?

KABUTO:幸せですよ。パーティで皆で踊ったり、いろんな人と出会えたり、いろんなジャンルの音楽や人が交じり合う瞬間って、やっぱり楽しいし、幸せだって思います。それがいま自分がいちばん感じやすいのが〈GRASSROOTS〉なのかな、とか思ってますね。そこでいろいろなジャンルの人が交差して新しいものが生まれたら凄くいいし。「俺は違うことやるよ」って思うのもいいし。それを全部含めて、パーティでしかできない感覚というか。そこが全てですね。

■五十嵐:なんか、安心したよ(笑)。さっきからNOBU君、NOBU君、って言ってるけど、カブちゃんにとってはNOBU君発信だったものが、KABUTO君が発信することによって伝わっている人というのが、着実に増えているという風に俺は実感してるんだ。カブちゃんのいないところでね。それこそ、〈CABARET〉にしか行ったことのなかったお客さんが「KABUTOさん良かったです」と。そういうのを耳にしていると、おべんちゃらみたいだけど、カブちゃんは有言実行したんだな、と思う。

KABUTO:俺も意地ありますから(笑)。〈FUTURE TERROR〉を辞めた時の気持ちがずっと原動力になってますから。これからもずっと続いていくでしょうけど。

■五十嵐:いまでも〈FUTURE TERROR〉にはLOVEなんだね。

KABUTO:もちろん。当時〈FUTURE TERROR〉に関わった全ての人には本当感謝してます。お客さんとケンカしてるの五十嵐さんに見られたりとかあったけど(笑)。

■五十嵐:でもちゃんとその後仲直りしてたじゃん(笑)。音楽の前に人ありき、だもんね。

KABUTO:そういうところを感じられたら、また音楽が楽しくなるし。全てですよね、音楽と、人と、その人生。それについてくると思ってるんですよ、パーティって。そこにいるいろんな人に出会って、そこから生まれるものってたくさんあると思うんで。だから、グイグイ来る若い子に「シッシッ、あっち行け」なんて、絶対誰もやらないと思うんですよ。相当ヒドくない限りは(笑)。そういう若い子を増やしたいですね。ちょっとしたことでもいいんですよ。いいパーティだなって思って最後まで遊んだなら、グラス片付けたり、皆に「おつかれさまでした」って声かけてから帰るとか。なんでもいいんで、自分の方からパーティに関わって楽しんでほしいですね。そうすればもっと楽しくなるし。

■五十嵐:そろそろまとめようか。俺が話してほしかったこと、ほぼ全部言ってくれたよ。

KABUTO:あとは〈CABARET〉をよろしくお願いします。これから先も面白い動きがあるし。それで来年で〈CABARET〉は15周年だから、パーッと何かやるか、っていう話もしてて。DJも、〈CABARET〉関連デザインを担当してくれてるMAA君も含めてみんなでいいパーティやりたいと思ってます。

■五十嵐:常に応援してます。これからもその調子で頑張ってください。最近住居がご近所さんにもなったし(笑)。

KABUTO:まだまだ話したいエピソードは山ほどありますけど(笑)、今後の活動を楽しみにしててください。

■ KABUTO on line DJ MIX
CB-157 KABUTO
https://soundcloud.com/clubberia/cb-157-kabuto

Strictry Vinyl Podcast 10 KABUTO
https://soundcloud.com/strictlyvinylpodcast/svp010

■ DJ schedule
12/28(SAT) Mood and Voltage@cafe domina名古屋
12/30 (MON) KARAT@Solfa w DJ SODEYAMA
12/31 (TUE) TBA
1/10 (FRI) GRASSROOTS
1/18 (FRI) CABARET - a leap of faith edition - feat KAI from berlin
2/1 GIFT feat CASSY @AIR afterhours

Compilation Albums - ele-king

 コンピレイションを3~4枚。

Various Artists - New German Ethnic Music  Karaoke Kalk

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 エレクトロ・アコースティックならぬエレクトロニカ・アコースティック系の〈カラオケ・カルク〉が企画したのはドイツのフォークロアをマーガレット・ダイガスやウールリッヒ・シュナウスをはじめとするクラブ系のプロデューサーたちが電子化するというもので、1970年代にヘンリー・フリントがアメリカでブルースやカントリーをエレクトロニック化した「ニュー・アメリカン・エスニック・ミュージック」に習ったものだという。このところドイツでは過去の音楽に関心が集まっているらしく、移民たちがドイツに持ち込んだ音楽を浮き上がらせるためにリミックスという手法を選択したのだとか。なるほどトーマス・マフムードは北アフリカ起源のグナワをダブに変換し、グトルン・グットはクロアチアの無伴奏男性合唱、クラッパに重いベースをかませて高い声を引き立てている。マーク・エルネストゥスの興味はモザンビークに移ったようですw。

 元の曲がわからないのでジャーマン・ネイティヴのようには楽しめないものの、基調となっている重苦しさはブルガリアン・ヴォイスを思わせるものが多く、オープニングのムラ・テペリはまったくそのまんま。言われてみれば明らかにトルコ系の名前だったカーン(エア・リキッド)はかつての出稼ぎ先だったギリシア音楽をゴシック風にアレンジしてみせる(古代を中世化させたわけですね)。奇しくも2013年はトルコ人9人を殺害したネオ・ナチで唯一自殺しなかった女性、ベアテ・チェーペの裁判がドイツ中の注目を集め続けた年だけにトルコ系のプロデューサーが健在だったというだけで嬉しい知らせといえる。ワールプール・プロダクションズのエリック・D・クラークがキューバ系だったということも初めて知った。
 グルジアや南米からのエントリーもあって、2013年には相変わらずモンド気分な『ザ・ヴィジター』をリリースしたマティアス・アグアーヨと第2のジンバブエと化しているベネズエラのニオベはそれぞれヴェトナム・カン・ホーというフォーク・ソングとスペインのルネッサンス合唱を題材にレジデンツ風ラウンジ・ミュージックに仕上げている(そう、個人的には南米組、圧勝です)。つーか、トラック・リストは面倒くさいので以下を参照。
https://www.inpartmaint.com/shop/v-a-new-german-ethnic-music-immigrants-songs-from-germany-electronically-reworked/

HouseIDM

Various Artists - Scope Samurai Horo

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 なんだか補完しあっているようだけど、同じドイツから〈サムライ・ホロ〉がコンパイルした『スコープ』は期せずして、フォークロアとはなんの関係もないのに、似たような重厚さにに支配され、フェリックス・Kのヒドゥン・ハワイと同じく、ベーシック・チャンネルを通過したストイックかつスタイリッシュなミニマル・ドラムンベースを聴かせる。イギリスからASCや最新シングルがまさかの〈トライ・アングル〉に移ったニュージーランドのフィスなど、集められたプロデューサーはドイツだけとは限らず、このところ頭角を現しつつあるサムKDCや2011年に『テスト・ドリーム』が話題となったコンシークエンスの名前もあるものの、まるでひとりの作品を通して聴いているような統一感があって、その意志の堅さには恐れ入る。こういった音楽をマイナー根性ではなくファッショナブルな感覚で聴いていただけたら。



ExperimentalDrum'n'BassIDM

Various Artists - We Make Colourful Music because We Dance in The Dark
Greco-Roman

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 大量に吐き出される音楽にはやはり無意識が強く反映され、日本のそれには奇妙な躁状態が表出しているように(なんで?)、ヨーロッパはいまだ深い闇に沈んでいるようである。2017年までにEUからの離脱を国民投票で決めるだなんだと騒がしくなってきたイギリスは、しかし、まったく雰囲気が違っていて、ディスクロージャーのシングルをリリースしてきたグレコ・ローマンがコンパイルした『ウイ・メイク・カラフル・ミュージック・ビコ-ズ・ウイ・ダンス・イン・サ・ダーク(僕たちは暗闇で踊るのだから、カラフルな音楽をつくるのさ)』は(思わずタイトルで買ってしまったけれど)、たどたどしさをなんとも思っていない勢いと若さに満ち満ちている。ディスクロージャーとデーモン・アルバーンのDRCミュージックに参加していたトータリー・イノーマス・イクスティンクト・ダイナソー以外はまったく知らないメンツだったけれど、バイオとテルザがとても耳を引き、調べてみたら前者はヴァンパイア・ウィークエンドのクリス・バイオで、それこそヴァンパイア・ウィークエンドのトラックを使い回したハウス・ヴァージョン。ハーバートがデビューさせたマイカチューのプロデュースによるテルザはゼロの飯島さんもお気に入りのようで、「踊ってんじゃなくて戦ってんのよ/輝いてんじゃなくて燃えてんのよ/触ってんじゃなくて感じてんのよ」という歌詞を気だるげに歌っています。


Various Artists - Young Turks 2013 Young Turks

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 この辺りのシーンの火付けは野田努が言うようにジ・XXなんだろう。同じくレーベル・コンピエイションとなる『ヤング・タークス2013』はジ・XX「リコンシダー」にサウンド・パトロールで紹介したFKAトゥィッグス「ウォーター・ミー」とまー、レア・シングルばりばりで、コアレスのニュー・プロジェクト、ショート・ストーリーズ「オン・ザ・ウェイ」まで入ってますよ。いやー、こんなに勢いがあったら、そらー、EUも飛び出しちゃうかも知れませんねー。とはいえ、ギリシャを見放さなかったことで、EUには現在、周辺から弱小国が相次いで加入を決め、入れてもらえないのはトルコだけという感じになっています。〈ヤング・タークス〉というのは若いトルコ人という意味だけどね。

ExperimentalHouseAmbientElectro

大森靖子 - ele-king

 大森靖子が大森靖子をやらずとも、あるいは誰かが大森靖子的な何かをやったかもしれない。実際、女子のシンガー/ソングライターはいま、ちょっとしたブームだ。だが、じゃあ、いったい他に誰がいた? いま、大森靖子ほど、女に生まれたことを呪い、またそれを強く受け止めている歌い手もいない。もっと言えば、いま、女子が女子であることを祝福するには、いちど呪わざるを得ないのだろうかとさえ、彼女の歌を聴いていると思えてくる。大森靖子のセカンド・フルレンス『絶対少女』は、女子への祝福と呪いとの屈辱的なせめぎ合いの果てにやっと吐き出されたジュエリーか汚物のように思える。

 たとえば、『女子とニューヨーク』(メディア総合研究所)等の著作で知られる山崎まどかさんのブログ・エントリ「鏡よ鏡――〈わたしは可愛い? それともブス?〉と問いかける少女たち」で紹介された、YouTubeに自撮り動画をアップし、自分のルックス・レベルを世界に向けて問いかける十代の女の子たちは、自らを呪いにかけているのだろうか? それとも、呪いを解くまじないを唱えているのだろうか? いずれにせよ、自分が何をしていたのかを少女たちが自覚するような歳になったときに、彼女らは何か冷たい壁にぶつかるのだろう。ふと顔を上げ、その壁が自分を映した鏡であることを知ったとき、彼女たちはどんな歌を歌えるのだろうか。
 もちろん、そうしたこじれないしは壁のようなものを、ある年齢の地点においてスルーできるようになることこそが、女子の処世であることはほぼ間違いない。だが、『絶対少女』はそうではない。そんな生き辛さへのアジャストなどまっぴら御免だと言わんばかりだ。だから、僕は彼女の言葉を受け取り、正面から眺め、いちど裏返し、また元に戻し、もう一度裏返してみて、迷いながらもやっと受け取ることになる。なにせ、一曲め“絶対彼女”の最初のラインからして「ディズニーランドに住もうとおもうの」なのだから。椎名林檎のジャケをパロディとして仕込まざるを得なかった前作『魔法が使えないなら死にたい』を聴いた人間であればこそ、こうした何気ないセンテンスの裏に何重もの意味を見てしまうハズ。
 そう、マスメディア・レベルで暴力的に欲望される「こんな風にして世間的に/対男性的に欲望されるべきふつうの女性像」をヒリヒリと内面化し、社会人の彼氏の隣を歩ける服とやらに袖を通し、やっぱり脱いでみたりして、それにウンザリしつつも完全には拒否しきれない自分を何歩も引いた場所から冷めるように自覚し、あるいは端的に美しい女子に女子として萌えながら、かつ、そんな自分のような女子に名前を付けてさらに外側から消費の材料にしようとする市場の要請と、それをさらに外側から表現の前提として踏まえざるを得ないという、自意識の奈落をどこまでも再帰させたがんじがらめの場所で……大森靖子はそれでも何かを歌っている。とても力強い声で。ここでは呪いが祝福され、祝福が呪われていく。僕はこんな歌を他に聴いたことがない。

 アルバムは、結婚・出産という女子の「ふつうの幸せ」とされるものを合わせ鏡の迷宮に陥れるシンセ・ポップ“絶対彼女”で幕を開け、結論を急ぐなら、それをオモテの意味で全肯定するタンポポの“I & YOU & I & YOU & I”を弾き語りカバーして終わる。この、〈ハロー! プロジェクト〉の歴史から言ってもヒット曲/有名曲とは言い難いナンバーがアルバムの象徴として選択されていることからも、これが単なるボーナス・トラック的な位置づけでないことは明白だろう(そもそもこの曲はシングルでさえなく、2002年にリリースされたベスト盤のために用意された新録曲である)。さらに言えば、この曲にバトンを渡す“君と映画”という曲は、タンポポに対する大森靖子からのアンサーのような曲になっている。おまけに、奥野真哉(ソウル・フラワー・ユニオン)が軽快に鍵盤をさばくロックンロール・アレンジになっているが、これはまるで……70年代のブルース・スプリングスティーンじゃないか(!)。
 音についてもう少し触れておこう。アレンジのヴァリエーションはおそらく前作以上で、前述の“絶対彼女”はディスコ・ポップだし、前作で“新宿”のトラックを担当したカメダタクは、(((さらうんど)))を意識したようなシンセ・ポップ“ミッドナイト清純異性交遊”を提案しており、導入は非常に煌びやか。あるいは、ソフトなフォーク・タッチの“エンドレスダンス”の印象もあってか、一瞬、ポップ・ポテンシャルと引き換えにエッジを失ってしまったアルバムに思えるほどだ。だが、それも“あまい”のイントロが鳴るまで。アコースティック・ギターの凛とした響き、サビで合流するグランジ風ギターのダウンバースト、そこに漂う大森の歌声は聴き手の緊張を強いるとともに、とても澄み切っている。そして、同様のスタイルを引き継ぎながらも大森の絶唱でそこを破っていく“Over The Party”は序盤のハイライトだろう。

 大事なことなので改めて書いておくが、本作のプロデュースはカーネーションの直枝政広が務めている。ゲストも多彩で、たとえば“展覧会の絵”では梅津和時がカオティックなサックスを吹きこんでいる。だが、玄人たちはいずれも裏方に徹している。アルバムを何度も聴いていくなかで立ち上がってくるのは、やはり中盤の弾き語りを軸にした彼女の表情豊かな歌声であり、選び抜かれた言葉だ(「嫌い」を連呼することで「キラキラ」を浮かび上がらせる遊び心なんかもある)。
 もしかしたらどこかに、「ふつうの幸せ」をいちどは選び取り、その自撮りをアップしたSNSの前で更新ボタンをだらだらと押すなかで、思わず鏡に映った自分に何年かぶりに衝突してしまった女子がいるかもしれない。そこに限りなく近いポイントで生み出された“絶対彼女”の両義性と、“I & YOU & I & YOU & I”が象徴するある種のベタさ。『絶対少女』は、この遠く離れた点と点を繋ぐ、あるいは繋ごうとする、呪いと祝福の連なりである。もちろん、その軌跡は他人にとってはなんの補助線にもならないだろう。いま、大森靖子によってたまたまこういう線が引かれた、というだけのことだ。
 しかし、前作までの彼女には、その未知数ぶりと表面的なイメージにより、勝手な役割意識を押し付けられる隙があったと言えばあっただろう。それがここに来て、それらのノイズをはねのける(ねじれつつも)太い芯を持つに至った本作を前に、ある種の失望を露わにする男の子と、勝手に裏切られて傷つけられたような気になる女の子の、そのどちらの姿をも、僕は勝手に想像してしまう。『絶対少女』は、あなたのサプリメントにはおそらくなり得ないし、あなたが期待した役割のいずれをも担っていない。しかし、だからこそ世に問われる価値があるのだろう。蜷川実花のカメラの前で美しく微笑む彼女を見ていると、少なくともそこに後悔らしきものは感じられない。
 大森靖子、26歳、「Born to Hate」から「Born to Love」へとなりふり構わず駆け抜ける、堂々の代表作だ。

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