「PAN」と一致するもの

Brian Eno × Dentsu Lab Tokyo - ele-king

何もかもが俗悪きわまる再版であり、無益な繰り返しなのである。過去の世界の見本がそのまま、未来の世界の見本となるだろう。ただ一つ枝分かれの章だけが、希望に向かって開かれている。この地上で我々がなりえたであろうすべてのことは、どこか他の場所で我々がそうなっていることである、ということを忘れまい。 オーギュスト・ブランキ『天体による永遠』浜本正文訳

 ブライアン・イーノ? ああ、なんか有名なじいさんね。アンビエントだっけ?──若いリスナーたちにとってイーノとは、もしかしたらその程度の存在なのかもしれない。しかし、実際の彼はそんなのんきなご隠居さんのイメージから最も遠いところにいる。2016年のブライアン・イーノは、たとえばアルカやOPNと同じように切実に、「いま」という時代のアクチュアリティを切り取ってみせようと奮闘しているアーティストのひとりである。いま彼が試みていることは、あるいはフランク・オーシャンが実践するような複合的な展開、あるいはビヨンセが体現するようなポリティカルなあり方、あるいはボウイの死のようなインパクト、そのどれにも引けを取らない強度を有している。
 4月末にリリースされたイーノの最新作『The Ship』は、歌とアンビエントを同居させるというかつてない音楽的実験を試みる一方で、そこに大胆に物語性をも導入するという、これまでの彼のどのアルバムにも似ていない野心的な作品であった。そしてそれはまた、タイタニック号の沈没および第一次世界大戦という出来事を「いま」という時代に接続しようとする、非常にポリティカルな作品でもあった。そのような複合性を具えた同作は、『クワイータス』誌が選ぶ2016年上半期のトップ100アルバムのなかで5位にランクインするなど、各所で高い評価を得ている。

 去る9月15日、『The Ship』のタイトル・トラックである "The Ship" の新たなミュージック・ヴィデオ「The Ship - A Generative Film」が公開された。
 とにかくまずはデスクトップのブラウザから、この特設サイトにアクセスしてみてほしい

トレーラー映像

 このヴィデオでは、イーノとDentsu Lab Tokyoとのコラボレイションによって開発された「機械知能(Machine Intelligence)」が、"The Ship" にあわせて自動的かつリアルタイムに、一度限りの映像を生成していく。あらかじめ20世紀の様々な歴史的出来事を学習させられた「機械知能」が、刻々と更新されていく世界中のトップ・ニュースを解釈し、それに類似した過去の出来事をピックアップして新たな映像を生み出していく、というのが本ヴィデオ作品の大まかな仕組みである。サイトへアクセスした瞬間に新しい映像が自動的に生成されるため、われわれはその時々でまったく異なる映像を視聴することになる。
 画面の左側では、ロイターやBBCの最新の記事がリアルタイムで更新されていく。画面の上部では、その記事の写真から「機械知能」が連想した過去の様々な写真が召喚され、ランダムに配置されていく。更新されるニュース写真とそれに基づいて召喚される過去の写真は、互いに何らかの関連性を有したものであるはずだが、必ずしも同じような出来事を記録したものであるとは限らない。要するに、「機械知能」が最新の写真を見て、それをあらかじめ記録された膨大なデータ=「記憶」と照合し、何か他のイメージを連想していくのである。したがって、そのプロセスには「誤認」の発生する余地がある。
 たとえば人は月を見たとき、そこに単に地球という惑星の衛星としての天体を認識するのではない。ある者はそこにウサギの影をみとめ、またある者はそこにカニの影をみとめる。それは、観測者が自らの所属する文化の体制に縛られて無意識的におこなってしまう、創造的な「誤認」である。では、はたして「機械知能」にもそのような「誤認」をおこなうことが可能なのか──それが本ヴィデオ作品のメイン・コンセプトである。

 このアイデアの一部は、すでに『The Ship』でも試みられていたものだ。表題曲 "The Ship" の二つ目のパートである "The Hour Is Thin" は、マルコフ連鎖ジェネレイターがタイタニック号の沈没や第一次世界大戦に関連する膨大な文書を素材にして自動的に生成したテクストを、俳優のピーター・セラフィノウィッツが読み上げていくというトラックであった。今回のヴィデオ作品はいわばその映像ヴァージョンであり、"The Hour Is Thin" で試みられていた偶然性の実験をさらに推し進めたものだと言えるだろう。
 イーノはこれまでも『77 Million Paintings』といった映像作品や、『Bloom』、『Trope』といったスマホ用アプリなどで、決して(あるいは、可能な限り)繰り返しの発生しない映像表現や音楽表現の探究を続けてきた。それは「ジェネレイティヴ(生成する)」と呼ばれる着想であるが、本ヴィデオ作品もそのような試行錯誤の径路に連なるものである。それは、ある何らかの制約のもとで能う限り偶然性や一回性を追求しようとする手法であり、あるいは、ある何らかの秩序のなかでいかにその秩序から逸脱するかを思考しようとする手法である。そのように「ジェネレイティヴ」な探究の最新の成果として公開された本フィルムは、何よりもまずブライアン・イーノという作家によって提出されたアート作品なのである。

 だが、このヴィデオ作品のポテンシャルはそこにとどまらない。本ヴィデオ作品が興味深いのは、「ジェネレイティヴ」という技術的な手法が、世界の報道記事とリアルタイムで関連付けられているというところである。つまりこのヴィデオは、極めて政治的な作品でもあるのだ。たったいま発生した出来事も実はすでに過去に起こったことの繰り返しなのではないか、いや、完全に同じ出来事が生起することなどありえないのだから、仮に繰り返しのように思われる出来事が起こったのだとしたらそれはあくまで「誤認」によって恣意的に過去の出来事が捏造されたにすぎない、いや、しかし「誤認」が発生するということは少なくとも過去の出来事と現在の出来事との間に何らかの類似点が存在するということではないか、いや、……。
 これは、まさに『The Ship』というアルバムが喚起しようとしていたことである。本ヴィデオでは「機械知能」による「誤認」を通して、たったいま人間がおこなっていることとかつて人間がおこなったこととの間に、強制的に回路が繋がれる。そのサンプルのひとつが、『The Ship』ではタイタニック号の沈没と第一次世界大戦であったわけだ。それに加え、一度として同じ画面が立ち上がることはなく、常に異なる映像が紡ぎ出されていくという趣向も、『The Ship』がかけがえのない「個性」の亡骸を拾い集めようとしていたことと呼応している。
 本ヴィデオ作品は、一度CDやヴァイナルという形に固定されてしまった『The Ship』を、再び偶然性や一回性の荒波のなかへと解放する作品なのである。

 さらにこのフィルムが興味深いのは、そのように「ジェネレイティヴ」な映像が、われわれを音楽へと立ち返らせる契機をも与えてくれる点だろう。次々と生成されてゆく映像に目を奪われていたわれわれは、しばらく時間が経った後に、ふとそこで音楽が鳴っていたことに気がつく。われわれが映像を見続け、「これは何の写真だろう?」、「これは最新のニュースとは何も関係がないのではないか?」などと思考している間、その背後ではずっと "The Ship" が鳴り続けていたのである。積極的に聴かれることを目的とせず、周囲の環境(この場合は、デスクトップの画面)への注意を促す──これは、まさにアンビエントの機能そのものではないか。

 このフィルムにはあまりにも多くのテーマが組み込まれている。テクノロジーの問題、アートの問題、音楽の問題、政治や社会、歴史の問題。このヴィデオ作品を通してわれわれは、それらの問題について「いま」という時間のなかで考えざるをえない。
 正直、『The Ship』という作品をここまで発展させてくるとは思っていなかった。イーノの探究は衰えるどころか、ますますその先端を尖らせている。今年われわれはボウイというスターを失ったが、まだわれわれはイーノという知性を失っていない。われわれはそのことに感謝しなればならない。(小林拓音)

BRIAN ENO

Dentsu Lab Tokyoとのコラボレーションが生んだ
「機械知能」が生成するミュージックビデオ
「The Ship - A Generative Film」を公開!
制作の裏側を紐解いたインタビュー記事も公開!

人類というのは慢心と偏執的な恐怖心(パラノイア)との間を行きつ戻りつするものらしい:我々の増加し続けるパワーから生じるうぬぼれと、我々は常に、そしてますます脅威にさらされているというパラノイアとは対照的だ。得意の絶頂にありながら、我々は再びそこから立ち戻らなければならないと悟らされるわけだ…自分たちに値する以上の、あるいは擁護しきれないほど多大な力を手にしていることは我々も承知しているし、だからこそ不安になってしまう。どこかの誰か、そして何かが我々の手からすべてを奪い去ろうとしている:裕福な人々の抱く恐怖とはそういうものだ。パラノイアは防御姿勢に繫がるものだし、そうやって我々はみんな、遂にはタコツボにおのおの立てこもりながら泥地越しにお互いと向き合い対抗し合うことになる。
- ブライアン・イーノ

アンビエントの巨匠、ブライアン・イーノが、最新アルバム『The Ship』のコンセプトでもあるこのステートメントを出発点に、テクノロジー起点の新しい表現開発に取り組む制作チーム「Dentsu Lab Tokyo」(電通ラボ東京)とともに、人工知能(AI)の可能性を追求する先鋭的なプロジェクトとして発足。最新楽曲「The Ship」に合わせて、映像が自動的かつリアルタイムに生成されるミュージックビデオを本プロジェクトの特設サイト上に公開された。

BRIAN ENO’S THE SHIP - A GENERATIVE FILM
https://theship.ai/

*特設サイトの視聴環境
携帯端末向けには最適化されておりませんので、ご覧いただくためには、下記パソコン環境でのブラウザーを推奨します。
Windows >>> Google Chrome(最新版)、Mozilla Firefox(最新版)
Macintosh >>> Safari 5.0以降、Google Chrome(最新版)、Mozilla Firefox(最新版)

トレーラー映像はこちら↓
https://www.youtube.com/watch?v=9yOFIStVuRI

本プロジェクトは、AIを「人間の知能」と対比し、その違いを際立たせるために「機械知能」(Machine Intelligence:MI)と名付け、機械が人間のようなクリエーティビティーを発揮できるかを模索するものとして発足。人類共有の外部記憶ともいえるインターネットから、20世紀以降のエポックメーキングな出来事を記憶として大量に学習させた機械知能を構築し、世界的な報道機関が運営するニュースサイトのトップニュースを見て、記憶と照らし合わせながら類似する事象を解釈し、どのような映像を生み出すのかを追求したプロジェクトである。

特設サイトにおいては、アクセスした瞬間に映像が生成されるため、来訪者ごとに視聴できるミュージックビデオが異なり、訪れる度に唯一無二の作品として、楽曲が持つ世界観とともに人々の感性を刺激し続ける。

またWIRED.jpにて制作の裏側を紐解いたインタビュー記事が公開中。
https://wired.jp/special/2016/the-ship/

The Shipについて
もともとは3Dレコーディング技術を使った実験から創案され、相互に連結したふたつのパートから成り立つブライアン・イーノ最新アルバム。美しい歌、ミニマリズム、フィジカルなエレクトロニクス、すべてを知り尽くした書き手が綴る物語、そして技術面での新機軸といった数々の要素を、イーノはひとつの映画的な組曲へと見事に纏め上げ、キャリア史上最もポリティカルな作品にして、過去の偉大な名盤たちのどれとも似つかない傑作である。ボーナストラック「Away」が追加収録される国内盤CDは、高音質SHM-CDを採用し、ブライアン・イーノによるアートプリント4枚が封入された特殊パッケージ仕様の初回生産限定コレクターズ・エディションと、紙ジャケット仕様の通常盤の2フォーマットとなり、いずれもブックレットと解説書が封入される。

Dentsu Lab Tokyoについて
新しいクリエーションとソリューションの場であると同時に、研究・企画・開発が一体となった“創りながら考えるチーム”でもあるDentsu Lab Tokyoは、2015年10月1日に始動。これまでの広告会社のアプローチとは全く違う、テクノロジー起点の新しい表現開発に取り組んでいる。
キーワードはオープンイノベーション。電通社内のみならず、社外の提携アーティストやテクノロジストとも協働しながら、広告領域にはとどまらない分野のクリエーションとソリューションを手掛ける。

https://www.beatink.com/Labels/Warp-Records/Brian-Eno/BRC-505/


作り手と受け手の関係性を宙づりにすること - ele-king

 フランスの哲学者ジャック・ランシエールと『関係性の美学』の著者としても知られるキュレーターのニコラ・ブリオーとの間に交わされた論争について、美学者・星野太によって明快に論点整理がなされた「ブリオー×ランシエール論争を読む」という論考がある。それによると、ブリオーが称揚するリレーショナル・アートをはじめとした社会的諸関係を無媒介的に産出することを「作品」として提示する近年の芸術は、どれも多かれ少なかれ「芸術の再政治化」を目論むものであるとして、ランシエールは次のように批判する。すなわち、「芸術と政治の関係はそもそも二項対立ではなく、両者は『感性的なものの分有』を再配置するための二つの形式」なのであって、「〈芸術=虚構〉と〈政治=現実〉という等号を安易に措定し、前者から後者へと移行することを訴えるような態度」は、政治的なものの手前にあって「われわれの生を構成する感性的な基盤」を見えなくさせてしまう。それは「革新的であるどころか極めて凡庸で退行的」な芸術である、と。

 それに対してブリオーは、ランシエールのリレーショナル・アートの理解の仕方がそもそも不適切であり、それらの作品の本質を社会的諸関係の無媒介的な創出という側面に還元して捉えていることに問題があるとして反論している。詳細は省くが、さしあたりここではランシエールの芸術と政治の関係性の捉え方――それにはブリオーも暗に共感を示している――に注目したい。芸術と政治は対立するものではなく、どちらも感性的なものに基づいた虚構の形式なのだという捉え方に。

 そのように考えるとき、今年のフジロック・フェスティバルにおいて学生団体SEALDsの主要メンバーが出演すると知らされた途端に、アレルギー反応のように噴出した「音楽に政治を持ち込むな」という批判の声が、あまりにも表面的で浅薄なものに過ぎないということがみえてくる。ランシエールが述べるように「芸術と政治は、互いに関係づけられるべきかどうかが問題となるような、永続的で分離された二つの現実ではない」のだ。むしろ「芸術と政治は、虚構がまとう二つの形式の姿であり、『現実的なもの』は、それら虚構の効果によって生み出されもすれば、同時に変容させられもする」のである。ここでの「芸術」という言葉の意味は「既存の『感性的なものの分有』に異議を申し立てるための『行為=制作』」として解されたいが、さらに踏み込んで考えてみるならば、いまや日本の音楽フェスティバルの代名詞ともなっているイベントに向けて「音楽(虚構)に政治(現実)を持ち込むな」という批判が飛び交ったという事実からは、音楽フェスティバルというもの一般に対して聴衆がいったい何を求めてそこに足を運ぼうとしているのかを透かし見てみることもできるだろう。

 それを手短にいうならば、作り手・作品・受け手の関係の強固な安定性を虚構のうちに求め、政治的なるものをあくまで現実として虚構の安定性を揺るがすものであるとしてその場からできる限り排除しようとする聴衆の欲望ということになる。再度ランシエールの考えを引くならば、「作者の意図、作品の形式、受容者の視線という『あらかじめ規定された諸関係』を『宙吊り』にすること」、つまり「既存の支配関係の『中性化』」によってこそ、芸術から感性的なものを基盤としたもうひとつの虚構(=政治的なるもの)の潜勢力を見出すことができるのにもかかわらず。ようするに聴衆はフェスにおける音楽体験にふだんの生活や日常的な思考が揺さぶられてしまうような経験を求めていないし、ましてやそこで自身がもつ政治的意見に変更が迫られることなどもってのほかなのである。たとえ「政治的な音楽家」が出演するのだとしても、それは政治(現実)に対立するものとしての音楽(虚構)としての範疇にとどまる体裁をなしていなければならない。それは休日を「安全に」過ごすためのレジャーでなければならないのだ。

 以上のようにして見出されたように聴衆が音楽フェスを単なるレジャーとしてしか考えていない限り、たとえフジロック・フェスティバルが本来的に政治的な主張を掲げたものであったとしても、そのことをもって「音楽に政治を持ち込むな」という批判を批判することは虚しい作業とならざるを得ない。むしろそのように二項対立的に(「フジロックはそもそも政治(=現実)を持ち込んだ音楽(=虚構)なのだ」)しか捉えていないがゆえにこそ、そこでは現実と虚構の対立関係が求められるしかなく、そして聴衆にとってのその関係性の振り子が虚構としての「音楽」の方位へと振り切れることで、主催する側が考える対立関係のバランスとの間に齟齬をきたしたのだとさえいえるのではないか。いずれにせよここでは音楽=政治=虚構の基盤となるべき「感性的なものの分有」の「再配置」が全く省みられなくなっていると言っていい。それは音楽フェスティバルを、ひいては音楽文化全体を根源的に貧しくすることにはならないか。

 そしてこのような情況を鑑みたうえでこそ、昨年十一月に六本木スーパー・デラックスで二日間にわたって開催されたフタリ・フェスティバルのような音楽祭が、少なからぬ関心を集め静かならぬ興奮とともに終えたことは評価されなければならない。わたしはこのフェスティバルを紹介するにあたって、そこで「特殊音楽」なる言葉を用いたわけだが、その意味をアルノルト・シェーンベルクの音楽から「生を労働と余暇に分ける二分法」に対する批判を嗅ぎ取ったテオドール・ヴィーゼングルント・アドルノが、さらにシェーンベルクの音楽が「音楽を社会のただ中における幼児的行動様式の自然保護区として徴発する画一主義に絶縁を宣告する」ものとして聴衆につきつけた次のような要求を見て取ったことを想起しつつ考えるとき、それはランシエールが述べる「芸術」の潜勢力へと限りなく近づいてゆくことだろう。

すなわち、同時的進行の多重性に対するもっとも鋭い注意、次に何が来るかいつもすでにわかっている聴き方というありきたりの補助物の断念、一回的な、特殊なものを捉える張りつめた知覚、そしてしばしばごく僅かの間に入れ換わるさまざまな性格と二度と繰り返されないそれらの歴史を正確につかむ能力などを、それは要求する。(……)この音楽は聴き手がその音楽の内的運動を自発的に共同構築することを求める。そして単なる観照ではなく、いわば実践を聴き手に期待する。(『プリズメン』渡辺祐邦・三原弟平訳、筑摩書房)

 「ありきたりの補助物」を「断念」し「特殊なものを捉える」ということ、そしてそのことを要請するような音楽行為に立ち会うということ。「特殊音楽」に接することは出来事の追認ではなく出来事が生成する場それ自体への関与であり、「現実的なもの」に変容をもたらす虚構の不安定性に向かう聴衆が、「内的運動を自発的に共同構築する」必要に迫られるような音楽の余白に身を晒すことである。「特殊音楽」はジャンルではない。むしろそこにおける音楽行為はあらゆる囲い込み運動から逸脱し多方向的に逃走していくのであって、そして名づけようもないなにものかを目指すということにおいてそれは出来事の一回性を獲得することへと方向づけられてもいるのである。「特殊音楽」とはそうした逸脱と逃走と獲得のプロセスのことに他ならない。それはもしかしたらどこまでも受け身で臨む聴衆にとっては耐え難いほどの退屈でしかないのかもしれないし、どこまでも「安全」であることを望む聴衆にとっては許し難いほどの「危険」に満ちた音楽であるのかもしれない。しかし裏を返すならば、作り手・作品・受け手の関係性の「宙吊り」に能動的に参与する限りにおいて、これほど魅力的で他に代えがたい音の愉しみもないのだといえるだろう。以下ではそうした「特殊音楽」を体現する行為の一端を、フタリ・フェスティバルに見られた幾つかの試みを辿り直しながら、より具体的な様相のもとに探っていく。


鈴木昭男×ジョン・ブッチャー

 二日間のフェスティバルに続けて出演した鈴木昭男は、いまだ「サウンド・アート」なる概念あるいはジャンルが確立する遥か以前から、音楽としても美術としても捉えきれない特異な試みを続けてきた稀有な存在である。彼が提唱する「点音(おとだて)」は、なかでもその表現に対する姿勢が色濃く反映された実践だ。野外において耳を澄ませるための特定の場所を探る試みであり、場に潜在する響きとの出会いに捧げられたある種の儀式的な行為ともいえる「点音」は、フェスティバルでみられた彼のライヴ・パフォーマンスとも繋げて考えることができるだろう。ライヴでは主に細い棒状のものを手にしながら、金属や木製の板、段ボールのようなものなどの物体を叩いたり擦ったりして微弱な音を出し続けるという演奏が行われていた。日常的によく目にする物体やよく耳にする響きでも、このような機会でもなければその音を音楽として聴いてみることはほとんどないだろう。だがこれを身近な物体に潜む響きの豊かさとして片付けてしまってはならない。むしろそれらすべてを逃さぬように聴き取る共演相手が、恐ろしいほどの速度で反応をし続けることの触発材料を、次々と投擲する行為としても捉えられるからだ。それは彼が「点音」で場に潜在する響きを探り出していったのと同様の試みを、対人間の実践として行っていくかのようだ。すなわち、共演者の音の在り方にじっと耳を傾けて、それを触知するやいなやあの手この手で手繰り寄せていくのである。

 より直接的に場に潜在する響きを探り出す試みは、「非楽器・非即興・非アンサンブル」を掲げるスティルライフの「演奏」から見て取ることができる。向かい合って座りながらのパフォーマンスを行った彼らの行為は、それをより正確に言うならば、演奏するというよりもその場で聴取の共同作業を行うことから、結果的に立ち上がる音の場を音楽として提示していくものである。手元に用意された音具は聴かれるべき音の図を描くのではなく、そうした音の場を整調する役割を果たしていく。そしてそれは会場の環境に大きく左右されることにもなる。フェスティバルの日もスーパー・デラックスに特有の響きを聴き取っていった彼らは、しかし「演奏」の半ばあたりで客席から音の場を切り裂くような大きな音が聴こえたことが、彼らの演奏=聴取に不可逆的な特異点を設けてしまうこととなった。場所によって出来上がる音楽が大きく変わってしまう彼らのようなグループにとって、フェスティバルというひとつの場所になかば無理やりに様々な音楽と観衆を並べてしまう空間は不得手とするものなのだろう。あるいは「聴取」を掲げることはその場でしか起きない特殊な響きを捉えることでもあるが、その反面どのような不意の事故的な響きが闖入してこようとも、それをあるがままに受け入れるしかないことの「危うさ」がみられたというべきか。しかしたとえ受け手が直接的には何も介入しなかったのだとしても、場所そのものが音楽の体験を種々様々に導くようなものもある。


杉本拓『Septet』

 異なる楽器を用いた七人の演奏家によって奏でられていく杉本拓の作曲作品『Septet』は、昨年三月にベルリンで初演され、日本ではフタリ・フェスティバルで行われた演奏が初めての試みとなった。クラリネットとフルートの二菅楽器を中心にしながら、奏者はそれぞれ音程のほとんど変わらないひとつの音を出し続けていく。演奏者が入れ替わり立ち替わりすることで、引き延ばされた響きは楽器ごとの微妙な相違をみせていき、さらにモジュレートする共鳴のし合いを聴かせてくれる。劇的な変化は訪れることなく、それがそのまま四十分近く続く。あるいはそのように持続することが、聴き手の耳を集中と散漫の両極に引き裂き、微細な音響の変化を劇的に彩っていくといったほうがいいだろうか。『Septet』はフェスティバルの一週間後に、ベルリンでの初演を収録したアルバムがリリースされているものの、それをフェスで行われたパフォーマンスが追体験できるものとして捉えることはできないだろう。長時間にわたって演奏される微弱な「ひとつの音」は聴かれるべき図を描くとともに、地となって聴き手の知覚を他の領域へと差し向けもするのだ。注意深く聴取し続けることが集中から散漫へと反転した瞬間、その演奏の場における風景や匂い、あるいは温度のような皮膚感覚的な肌触りなど、「音楽」の外にあったものがするりと聴き手の体験のなかに滑り込んでくる。『Septet』を聴くことは場を知覚することでもあり、ライヴと録音物では大きく異なる体験になるのである。

 同じように録音物との距離を見定めてみることから、場の特異性をどのように引き出していくのかが捉えられるものとして、The International Nothingの演奏を挙げることができる。結成十六年めを迎えたこのグループは、ミヒャエル・ティーケとカイ・ファガシンスキーのふたりから成り、あくまで作曲作品を通してクラリネットの可能性を探求する活動を行ってきた。意外にもこのユニットとしてはこれが初めての来日となる彼らは、フェスティバルの前年にリリースされた三枚目のアルバムに収録されている楽曲を、二曲目から最後まで計五曲演奏してくれた。とてもふたりだけで演奏しているとは思えないような響きの数々を伴いながら、ふたつのクラリネットが対位法的に絡み合っていき、あるいは持続音同士がモジュレーションを生み出していく。そこにみられる音程の変化は旋律を生み出すためのものではなく、むしろ響きのヴァリアントとして提示されてゆくものだ。どこか物憂げなメロディが聴こえてきたかと思えば、それはメロディとして完成される前に響きの中へと溶解していく。そうした展開の不気味なほどの美しさ。ここでアルバムと同じ楽曲を演奏することは同一性の再現にとどまらず、眺める角度によってイメージを変えていく立体彫刻のように、音響の襞をどの角度から切り取るのかということが、むしろ彼らの演奏が行われる場所とそれを聴取するわたしたちの位置の特異性を引き立たせてくれるのである。


ユタカワサキ×ju sei×大蔵雅彦×ミヒャエル・ティーケ

 楽曲の演奏でありながらも、まったく異質なパフォーマンスをみせてくれたのがju seiである。あくまで「うた」を中心に活動を行うこのデュオ・グループは、これまでにも楽曲の構造を闊達自在に変化させていくことで、ライヴごとにまったく異なる演奏を見せてきた。今回のフェスティバルでもju seiの楽曲が演奏されていたものの、それは共演者たちが参加すべきただひとつの枠組みとしてではなく、音楽の場を更地から共有しようとする田中淳一郎とseiにとって、端的にそれがそこで可能な行為としてあったのだということなのだろう。彼ら/彼女らとともにアルバムを制作してもいるユタカワサキのアナログ・シンセサイザーは、まるでソロ・パフォーマンスを行っているかのごとく淡々と、だがしかし確実に合奏に影響を及ぼすかたちで奏されていく。同様に、大蔵雅彦とミヒャエル・ティーケによる二つの管楽器も、抑制されたフレーズを淡々と響かせながら、共演者の「次の一手」になんらかの作用を与える。それらはju seiの「うた」を装飾するのではなく、より深部にある楽曲の構造的な領域において伸縮作用をもたらしていくといえばいいだろうか。そこでの楽曲は演奏の同一性を担保するものではなく、むしろ非同一的な差異の産出を促す契機としてあるのだ。

 楽曲よりも強固に「同じもの」を再現することができる複製技術を取り上げたパフォーマンスも、フタリ・フェスティバルでは行われていた。スティーヴン・コーンフォードによる映像作品『Digital Audio Film』がそれである。中心で線香花火のような赤く丸いレーザー光が非常な速度感を伴って明滅する映像が壁面に投射され、しばらくすると両脇にカメラのような外観をしたモノクロの具象物が現れはじめる。よくよく目を凝らして見ると、それはカメラではなくCDプレイヤーのピックアップ・レンズのようだ。世界をどこまでも物質的に捉えて記録するカメラのレンズに対して、ピックアップのそれはむしろ記録された信号を読み取るための解釈装置としてある。レーザー光とレンズの対比からは、CDという音響メディアに潜む「読む行為」と「読む主体」との関係性が浮かび上がってくる。さらに映像の作者であるコーンフォード自身に加え、パトリック・ファーマーと河野円による会場の空間を自在に飛び交うサウンド・プロダクションが、CDプレイヤーそのものを用いた響きであるということを考え合わせれば、ここでのパフォーマンス全体が音響メディアの潜在性の顕在化へと向けられていたのだといえるだろう。それはいつ・どこでも「同じもの」を再現することができるはずのCDプレイヤーが、音響を再生産するためにはそのつど「読むこと」という一回的なプロセスを通過しなければならないという視覚イメージのなかで、さらにその技術それ自体から滲み出る非再現的な響きを明らかにしてくれるのである。


パトリック・ファーマー『Border』

 視覚に訴えかけるような試みは、要注目のイギリスの新しい世代の音楽家のひとり、パトリック・ファーマーの作曲作品『Border』から見て取ることもできる。石川高、田中悠美子、ロードリ・デイヴィス、村山政二朗の四人によって披露されたこの作品は、『家族ゲーム』式に並列になった彼ら/彼女らが、ファーマーのコンダクションを受けながら演奏を進めていくという内容で、それぞれの演奏者のふだんのライヴではなかなか見られないようなパフォーマンスも見受けられた。手元の物体を擦り続ける石川、三味線の調整を行う田中、エレクトリック・ハープに乾燥パスタのようなものを散らすデイヴィス(彼はこういったパフォーマンスを以前にも行っている)、うがいする村山……「慣れ親しんだ動作を」といった指示が書かれていたのかどうかは定かではないが、四者四様の行為がステージに奇っ怪なイメージを作り上げていく。極めつけは煎餅菓子を食べ始めた田中悠美子が、そのまま立ち上がって自身のスマートフォンで共演者の写真を取り始めた場面だろうか。固唾を呑んで耳を澄ませているだけでは見えてこない音楽世界が、あくまで音を介した不確定的なアクションを伴いながら演劇的に試みられた作品だった。さらに視覚に訴えかけるものとして、見たこともないような自作楽器の使用を複数の出演者が試みていたことも興味深い。


川口貴大×徳永将豪×ユエン・チーワイ

 自作楽器を用いることそれ自体はなにも今に始まったことではなく、むしろあらゆる楽器は原初的には自作でしかあり得ないとさえ言えることだろう。それは音具としての身体の拡張であり、人間が様々な音色を獲得していく過程でもある。しかしフタリ・フェスティバルで見られた自作楽器の使用は、単に響きの新奇さを獲得するためというよりも、既成の楽器を用いる際にまとわりつく演奏行為――それは音を予測させる「補助物」ともいえる――から、どのように自由でありながら音を介した表現をなし得るか、ということに焦点が当てられていたように思われる。スティーヴン・コーンフォードと大城真はライヴ会場を散策しながら手のひらサイズの自作楽器をそこかしこに設置していき、得体の知れぬ生き物のように楽器たちが騒めき「合奏」する特異な空間を現出する。ベテラン・サックス奏者としても知られる広瀬淳二は、なんとも手作り感満載な自作楽器から、まるで菜園にホースで水を遣るかのような気楽な仕草をみせながら、しかし強烈な電子的ノイズを響き渡らせていく。見た目のインパクトが最も印象深かったのは川口貴大のサウンド・オブジェクトだ。ステージ中央でムクムクと盛り上がる剥き出しの臓器のようなビニール袋、妖しく光る投げ置かれたスマートフォン、耳を劈く破裂音を発する幾つものラッパ群。それらは拡張された身体というよりも、複数の別の身体が無目的的にごろりと横たわっているかのようであり、もはや楽器と呼ぶことがあまり意味をなさないほどに異様な物体となっている。

 既成の楽器は他方では、音楽の成立を条件づける楽音を、洗練された予期し得る響きとして生成する役目も果たしてきた。制御不能なノイズを音楽の素材として用いることは、まずはこうしたイデオロギーに対する否定性の提示であり、さらには音楽が成立する条件をより柔軟にしていくための方途でもある。だが人間によって制御しきれない響きを素材として扱うには、制御不能な音の外側でサウンドをコントロールしていく必要が出てくるだろう。グラインド・コアにも似た轟音を聴かせるNAKASANYEの三人は、制御不能なノイズのコントロールをアンサンブルの編み目のなかに聴かせてくれる。あくまでアコースティックな響きを用いるヨエル・グリップのベースとアントナン・ジェルバルのドラムスが、ひたすら機械的な反復フレーズを出し続けることによって、同じように反復する吉川大地の機械でしかないフィードバック・ノイズに生きた揺らぎをもたらしていくのである。二日間のフェスティバルを通してもっとも大きな爆発的ノイズの海を聴かせてくれたのは、中村としまると秋山徹次、それにリュウ・ハンキルの三人によるセッションだった。だがそれは音圧レベルにおいて単に大きかったというだけではない。演奏の始まりにリラックスしたムードを漂わせていただけに、その振幅の深さが音の大きさというものをより強調していくような、サウンドの流れを巧みに構築していく手腕がみられたのである。それは制御不能な音をその外側からコントロールしていく一方で、どこまでも音のコントロールを手放すことなく予期し得ぬ響きへと賭けられた即興演奏でもあるのだといえるだろう。


ロードリ・デイヴィス×ジョン・ブッチャー

 即興演奏がその原理に従って非同一性の極北へと突き進むことが、必ずしも意想外であることの獲得を結論しないということの隘路から、そうした原理を抽出し、即興演奏であることに拘ることなく探求を推し進める試みを眺めてみることが、「特殊音楽」という言葉を持ち出した発端なのであった。だから「純粋な」即興音楽はその原理に最も近しいようでありながら、同時に解消し難い矛盾を孕んだ試みでもある。今回のフタリ・フェスティバルではどの出演者も他者との共同作業を行うことがパフォーマンスの起点になっていたが、それを即興演奏に当て嵌めてみるならば、編成の妙味によってそうした矛盾を切り抜けようとしていたのだと捉えることもできるだろう。

 島田英明を取り囲むようにして両脇でヤン・ジュンと康勝栄が演奏するという配置は、それぞれ独自のセッティングが施されたヤンと康によるノイジーなエレクトロニクス演奏を縦横無尽に駆け巡る、島田の電子変調されたヴァイオリンを用いた個性的なサウンドを際立たせ、弓で弦を様々なニュアンスで叩いたり擦ったりすることの自在さを聴かせてくれる。広瀬淳二のホワイト・ノイズが合奏の下地をなしていくところでは、カイ・ファガシンスキーの抑制されたクラリネット演奏がクラシカルかつモノクロームな響きを重ね、他方で生粋の即興演奏家・高岡大祐が様々な特殊奏法を駆使して彩り豊かな響きをチューバから紡ぎ出してゆくといったふうにして、対比的なサウンド・イメージが醸成されていた。あるいは川口貴大の鳴動する物体を音の風景に、それを縫って進むようにしてアルト・サックスの徳永将豪が音響的な即興演奏を試み、ユエン・チーワイはときおり何かを咥えながらのエレクトロニクス操作を試みていくというセッションからは、別の対比が浮かび上がってくる。会場全体を埋め尽くすような響きを轟かせていた川口のサウンド・オブジェクトがふと静まり返る瞬間に、生音と電子音という異質なふたりの演奏が前面に躍り出てくる面白さを聴かせてくれるのだ。

 こうした側面から見るならば、ジョン・ブッチャーとロードリ・デイヴィスによるデュオという、これまでに幾度となく共演してきている組み合わせは、編成の面白味を欠いているように映るかもしれない。だが別の角度から眺めてみると、この編成でなければなし得ない演奏の面白さが見えてくる。デュオ・ライヴにおいてエレクトリック・ハープに徹していたデイヴィスは、テーブルに寝かせたこの楽器から、複数の道具を駆使してサウンドの地となるような響きを生成していく。そこに降り立ったブッチャーは、独自に習得/開発してきたあらゆる特殊奏法や、さらにはマイクを用いたフィードバックをも駆使してサックスを自在に操っていく。共演を重ねることで徐々に形成されてきただろうこのようなサウンドの役割分担が、こうも見事に演奏されている様を目にすると、出会うべくして出会った最良の関係性がそこにあるかのようにも思えてくる。そこで賭けられているものは異質な個と個が出会うことの驚きだけでなく、ソロ・インプロヴィゼーションが自らの音楽語法を開拓するプロセスであるように、彼らの関係性それ自体を基盤とした語法の開拓へと向けられてもいるのだ。その語法は物質として捉え返された楽器の潜在性を、演奏のたびごとに異なる音楽として顕在化することになるだろう。


Far East Network

 即興演奏であっても、また別の見方ができるものもある。最後に紹介しておきたいのは、国籍がバラバラの東アジアの即興音楽家たちによる、継続的なグループ活動として突出した存在であるFENのパフォーマンスだ。フェスティバルでは大友良英が彼に特有のギター・フィードバック・ノイズを出し、徐々に音量を増大させていくというところがサウンドの底流をなしながら、リュウ・ハンキルとヤン・ジュン、それにユエン・チーワイがそれぞれ応答していき、爆音状態へと突入していく演奏を聴かせてくれた。アンサンブルズ・アジアのひとつの雛形ともいうべきFENを、単に「大友良英のバンド」として見ることは正しくないが、それでも結成のきっかけとなった彼が、この日のライヴのように、グループが演奏する音楽の流れにとりわけ重要な役割を果たしてきたことは否定できない。それはしかし国籍のみならず演奏方法も様々な四人をひとつにまとめあげる方途というよりも、そうした多様性をそのままに共に音楽を奏でることの可能性の契機として模索されたものなのだろう。四人が等しく共有するのはひとつの楽曲でもひとりのメンバーが主導する音でもなく、そこに流れる物理的時間ただそれだけしかないのであって、ここで即興演奏は音の場のみならず生きる場所をも分かち持つための、一回的な音楽的時間を紡ぎ出す手段としてあるのだ。演奏の強度もさることながら、そうした可能性を投げかけることが音楽の未来へと繋がるようなFENの実践は、露骨な政治性を掲げてアジアをひとつにまとめあげようとすることよりも、より根源的な共同の在り方を指し示してくれるのである。

 ここに取り上げてきた実践はフェスティバルのほんの一断面に過ぎないが、少なくともそこにおいて見られたのは作り手・作品・受け手の関係性が強固に規定され、それをただひたすら「安全に」受け入れるという出来事の追認ではなかった。「次に何が起こるかを正確に知っていることほどつまらなく、退屈なことはない」とはベン・ワトソンによるデレク・ベイリーの評伝の邦訳で強調されていた一節だが、まさに聴衆の一人ひとりが出演者の音楽行為に能動的に参与することによって、それぞれに異なる体験の愉しみを発見していくようなその関係性の流動的な在り方があったのだ。そこで聴衆が身を晒したのは「既存の『感性的なものの分有』に異議を申し立てるための『行為=制作』」であり、「『あらかじめ規定された諸関係』を『宙吊り』」にする音楽行為の数々にほかならない。それは一見すると政治と無関係に思えるかもしれないが、まさに政治的なるものの手前にある感性的な基盤に揺さぶりをかけるという意味において、どんな政治的音楽よりも「政治的」たり得ていたと言っていい。もちろん、どこまでも「安全な」フェスティバルというものがあり、それに余暇を費やすことそのものは別に否定されるべきことでもなんでもないだろう。そうではなく、あらゆる音楽フェスティバルがそこにのみ集約されてしまうことの貧しさに対する批判として、フタリ・フェスティバルがここでは称揚されているのである。現場報告を兼ねながら述べてきた実践の数々は、だから知覚するわたしたちがどのような「宙吊り」現象と立ち会うことになったのかについてのひとつの記録であり、さらにはレジャー化することで忘れ去られつつある音楽フェスティバルの潜勢力をいま一度思い起こすための糸口として提出するものでもある。

Masters At Work - ele-king

 90年代からハウス・ミュージックに多大な影響を与え続けてきたマスターズ・アット・ワーク。ルイ・ヴェガとケニー・ドープからなるこのヴェテラン・ユニットが、なんと10年ぶりに来日を果たすこととなった。
 今回の来日公演は、PRIMITIVE INC.の10周年およびageHaの14周年を記念して、11月19日(土)に東京は新木場・ageHaにて開催される。また、今回のアニヴァーサリーを祝うため、他にも多くのアーティストが出演することになっている(詳細は後日アナウンスされる予定)。
 週末の昼間から開催される同イベントは、こだわりのフードやワークショップなどが楽しめるキッズ・エリアも併設されることになっており、子どもも一緒に楽しめるフェスティヴァルとなるだろう。

Louie VegaとKenny Dopeからなる最強ユニット
“MASTERS AT WORK”
10年振り!! 奇跡の来日公演!!!

PRIMITIVE INC. 10th Anniversary × ageHa 14th Anniversary
MASTERS AT WORK in JAPAN
- It’s Alright, I Feel It! -
2016.11.19 (Sat) 14:00 - 21:00 at ageHa
OFFICIAL HP : https://mawinjapan.com

MASTERS AT WORK。その存在は世界でも唯一無二。ハウス・ミュージックを軸に音楽の可能性を強力に拡げた史上最強のユニットである。サルサやラテンを背景に持ちグラミー賞も獲得しているLouie Vegaと、ヒップホップやレゲエなどのサウンドで、ストリートから強烈な支持を受けているKenny Dope。それぞれの持ち味を落とし込んだMAWの音楽は90年代のデビューから現在に至るまで、ダンス・ミュージック・シーンに与えた影響は凄まじく、既に音楽界の至宝と言われている。日本での公演はNuyorican Soul名義でのアルバムを控えた1996年に実現。その後、個々で来日公演は定期的におこなわれつつもMAWとしての来日は、多忙なLouie VegaとKenny Dopeのスケジュールを合わせることも、また提示される条件をクリアすることも困難な為、10年を経た2006年のPRIMITIEV INC.設立記念パーティーまで待つことになる。今でも語られる熱狂的な盛りあがりをみせた伝説の日から更に10年、MAWとして3度目の来日公演が遂に現実のものに。世界的に見てもMASTERS AT WORKでパフォーマンスは年に数える程しかなく非常にプレミアムな機会。全てのダンス・ミュージック・ファンが歓喜する日となるだろう。

PRIMITIVE INC.の10周年とageHaの14周年という特別な日だからこそ実現できる10年に一度の物語が結実する。今後はアニヴァーサリーを祝うべく多くのアーティストの出演がアナウンスされていく予定。ageHaの昼間という特別な環境の中で屋内と屋外のエリアをつなぎVIPからキッズ・エリアまで併設する充実のホスピタリティー。大人から子供まで楽しめるダンス・ミュージックのフェスティヴァルとも言えるだろう。

MASTERS AT WORK in JAPAN - It’s Alright, I Feel It! -
PRIMITIVE INC. 10th Anniversary × ageHa 14th Anniversary

日時 : 2016年11月19日(土)14 : 00 ‒ 21 : 00
会場 : ageHa@STUDIO COAST www.ageha.com
出演 : MASTERS AT WORK (Louie Vega & Kenny Dope), and much more!!!
料金 : 前売りチケット
Category 0 : ¥3,800- ▶ 9/19 (月) ~ 9/26 (月) 限定100枚!
Category 1 : ¥4,300- ▶ 9/27 (火) ~ 10/4 (火) 限定100枚!
Category 2 : ¥4,800- ▶ 10/5 (水) ~ 10/31 (月)
Category 3 : ¥5,300- ▶ 11/1 (火) ~ 11/18 (金)
 当日券 ¥5,800-
 VIPシート ¥30,000- ~ 
公式HP : https://mawinjapan.com


Masters At Work (Louie Vega & Kenny Dope)

Louie VegaとKenny Dopeによる史上最高のユニットMasters At Work。あらゆる音楽スタイルを吸収してダンス・ミュージックの最先端を走り続けてきたDJ、そしてプロデューサー・チームである。ラテンやアフリカン、ジャズやダンス・クラシックを背景に持つLouie Vega、ヒップホップやレゲエなどストリート・ミュージックがアイデンティティーのKenny Dope。この両者の持ち味をハウス・ミュージックに、たっぷりと注入したサウンドこそがMasters At Work最大の魅力だろう。93年に1stアルバム『Masters At Work』を発表後、ヴォーカリストにLuther Vandrossを迎えた「Are You Using Me」、そして「Beautiful People」や「Love & Happiness」などMAW初期の代表曲とも言える作品を立て続けにリリース。96年にはセルフ・レーベル〈MAW Records〉を設立。翌97年には彼らの多才ぶりを遺憾なく発揮した集大成とも言えるNuyorican Soul名義での『Nuyorican Soul』を発表。大御所Roy AyersやJocelyn Brownなど豪華なゲスト陣の参加も大きな話題を呼んだが、R&Bやソウルに、ラテンやジャズを大胆に吸収した豊潤なサウンドはダンス・ミュージック・シーンに多大な影響を与え、名盤として愛されている。圧倒的な評価を得たMAWのもとにはリミックスの依頼が絶えまなく届き、Madonna、Michael Jackson、Janet Jackson、Jamiroquai、Björk、Daft Punk、Misia、Tei Towaなどを含め、数え切れないほどの作品を手掛けている。02年にリリースされたMAW名義での2ndアルバム『Our Time Is Coming』は世界中で大ヒットを記録している。ソロ活動も精力的で、06年にはLouie Vegaが過去幾度となくノミネートされた第48回グラミーでベスト・リミキサー賞を受賞。トップ・オブ・トップへと登り詰める快挙を成し遂げた。Kenny Dopeは全編インストゥルメンタルのオリジナル・アルバムを発表。ストリートのカリスマとして君臨し続けている。2014年と2015年にはMAWとして2年連続でUKトップ・レーベルの人気コンピレーション『House Masters』を手掛け、計8枚のディスクにクリエイションを詰め込んだ。その内容は永久保存盤とも言える内容で、輝かしいNYハウスの調べを奏でている。90年代のデビューから今も天頂で光を放ち続けるMasters At Work。既に音楽界の至宝と言える存在だろう。

THIS IS JAPAN──英国保育士が見た日本 - ele-king

貧乏人は日本をほろぼす

 まいった。あいもかわらず、カネがない。さいきん、たくさん文章を書かせていただいたおかげで、年収が200万になり、やばいオレ、ブルジョアかもしれないとおもっていたのだが、ぜんぜんそうではなかった。この年収になると、急に税金があがって、所得税だの、住民税だのを、50万くらいとられるのだ。それに国民年金や国民健康保険をあわせると、80万、90万くらいぶんどられたことになる。収奪だ。けっきょく、手元にのこるのは、100万ちょい。しょうじき、年収100万で親の扶養にはいっていたほうが、生活的にはだんぜんらくだった気がする。はたらけど、はたらけど、カネはなし。こりゃもう、はたらけない。
 というかこれ、わたしがまだ実家暮らしだからいいものの、都内で一人暮らしだったら、死ぬレベルなんじゃないだろうか。やったぜ、金持ちになったとおもって、一日三食ちゃんと食べたり、本を借りるんじゃなくて買ったりしていたら、年明けになって、とつぜん借金みたいに多額の税をとりたてられるのである。地獄だ。いつの時代も、国家というのは、やることなすこと殺人的である。はたらけ、はたらけ、カネ稼げ、とにかく税を支払うために。人間が数字にしかみえていない。だから、国家はカネをぶんどることで、そのひとの生活がどうなるかなんておかまいなしだ。そして体をこわしたり、仕事をクビになったりして、支払い能力がなくなったら、税金ドロボウとかなんとかいって、ダメあつかいする。ほんとうは、なんの同意もしていないのに。強制的にカネをぶんどられるほうがおかしいのに。ドロボウはおまえだ、日本死ね。
 ちょっと長々と、自分のうさをはらすようなことを書いてしまったが、それは本書で、ブレイディみかこさんがいっていることと、おなじだとおもったからだ。ブレイディさんは、イギリス在住の保育士。この間、ライターの仕事を精力的にやっていて、書いている内容は、音楽、芸能ネタから、海外の政治情勢まで、とても幅広い。さいきんだと『ヨーロッパ・コーリング』(岩波書店)という著作が出版されていて、この本に所収されている「Yahoo!ニュース」の記事なんかが、たくさん読まれているんじゃないかとおもう。でも、なによりすばらしいのは文章そのものだ。ブレイディさんは大のパンク好き。心はアナキストということもあって、たとえば、ヨーロッパの政治情勢にふれて、左派政権に貧困の解決を期待するみたいなことが書いてあったとしても、そのことばのふしぶしに、政権がいいかげんなことをやったら、庶民がだまっちゃいないぞ、ぶちかましてやるぜというおもいが伝わってくる。そういう心意気にあふれた文章なのだ。ぜひ、インターネットでも読めるので、まずはいちど文章をみてもらえたらとおもう。ぞっこんだ。
 さて、本書はブレイディさんの日本滞在記である。今年の年明け、日本にやってきて、労働組合のストライキから、反安保法制のデモ、反貧困の集会、ホームレス支援の現場まで、いろんなところをまわっている。そのレポートだ。まず前半、ブレイディさんはフリーター全般労組の人たちと、キャバクラユニオンのストライキ支援にいく。キャバクラではたらくお姉さんの待遇改善を訴えにいったのだが、現場はもうど緊張だったそうだ。なにせ、黒服の男性従業員たちが、「敵が来たら、全員でぶっ潰す」つもりでかかってくるのだから。でも、ブレイディさんがほんとうにびっくりしたのは、そのおっかなそうなお兄さんたちじゃない。そうじゃなくて、おなじようにひどい条件ではたらかされている客引きのお姉さんが、味方をするどころか、敵意をむきだしにして食ってかかってきたことであった。そのお姉さんは、こちらにむかってずっとこうさけんでいたそうだ。「はたらけ! はたらけ!」。しみることばだ。
 そのことばをきいて、ブレイディさんは考える。なんで、そんなことを言われるのだろう。イギリスだったら、貧乏人は貧乏人の味方をしてくれるのがあたりまえなのにと。で、ブレイディさんがおもったのは、一億総中流主義が問題なんじゃないかということだ。みんながみんな、自分は中流だとおもっている、それが問題なんだと。ちなみに、ここでブレイディさんが言っている中流というのは、高度成長のときのような、終身雇用が保障されていて、マイカー、マイホームをもっている人たちのことではない。そうではなくて、自分よりも下の人たちがいる、もっと貧しい人たちがいる、だから自分はまだマシなほうなんだ、めぐまれているんだとおもってしまうということだ。それなのに、自分の待遇がわるいとかいって、会社にやいやいと文句をいってくるのは筋ちがいなんじゃないのか、あまえてんじゃないよ、はたらけと。客引きのお姉さんが、敵意をむきだしにしてきたのは、そういうことなんじゃないかというのである。
 じゃあ、その中流主義の根っこにはなにがあるのか。本の後半、ブレイディさんは、ホームレス支援の現場にいったりするのだが、そのなかでおもったのは、人間が支払い能力ではかりにかけられていること自体が問題なんだということだ。たくさん稼いで、たくさん買うことができるかどうか、あるいはたくさん借りてたくさん返すことができるかどうか。マイホームをたてるために、35年ローンをくむとか。そういうことができるひとが立派だといわれて、それができなかったり、かんぜんにドロップアウトしてしまうと、おまえは人間失格だ、ダメなやつなんだといってディスられる。すげえブラックな仕事でも歯をくいしばってはたらいている連中がいるんだから、自分もなんとしてでも支払い能力を維持しなくちゃいけない。みんなそうおもっているのに、ホームレスになったり、労働組合にたよったりするのは、あまえなんだ、世のなかにものもうしたければ、まともに稼いでから言えよと。ゼニだ、ゼニだと、損か得かで日が暮れてゆく。
 ようするにこれ、国家が徴税のために、わたしたちを数字とみなしているのとおなじことだ。それで、ひとがどんなにつらいおもいをしたのかとか、どうして支払えなかったのかとか、そんなことはおかまいなしだ。カネをとれればいいのである。しかも、そうおもっているのは、お上ばかりじゃない。みんなが上から目線でこう言ってくる。税金をはらうのはあたりまえ。それができなきゃドロボウだ。おまえらみたいのがいるから、国の借金が増えるんだと。奴隷のくせして、主人のマネごと。はたらけ、買うために。はたらけ、返すために。はらえ、はらえ、はらえ。それが中流主義ということだ。どうしたらいいか。ブレイディさんは、まずは自分が貧乏であることを恥ずかしがらない、というところからはじめようと言っている。貧乏にひらきなおれ、カネじゃ買えねえものもある。カネなし、さきなし、こわいものなし。どうせおさき真っ暗ならば、どんなことでもやれるはずだ。闘争に花束を。中流に石つぶてを。いくらでもやれることはある。たとえば、いま金持ちだけがタックスヘイブンだのなんだのといっているが、もともと徴税逃れというのは貧乏人の得意技であった。逃散だ。そろそろ、人間を数字ではかるのはやめにしよう。群れるな、バラけろ、トンズラだ。貧乏人は日本をほろぼす。

The Birthday × THA BLUE HERB - ele-king

 さる8月24日恵比寿リキッドルームにて、The Birthday×THA BLUE HERBのライヴが開催された。リキッドルーム12周年を祝うスペシャルイベント、もちろんソールドアウトだ。
 この日は奇しくもTHA BLUE HERBの2015年12月30日リキッドルームでのワンマンの模様を収めたDVD『ラッパーの一分』のリリース日でもあった。偶然なのだが、リキッドルームでのTHA BLUE HERBのライヴは、この12月30日以来。年末足を運べなかった身としては、おのずとテンションが高まるというものだ。対バンはThe Birthday。90年代後半、ミッシェルとブルー・ハーブを並行して聴いていた身の上としては、この並びが既にミラクルである。
 この夜、先陣を切ったのはTHA BLUE HERB。
「2月から今も毎週ずっとライヴをやっているんだけど、例えば深夜のクラブと、この日(12月30日)のリキッドルームくらいの時間のライブハウスでは、攻め方も違うし、お客も違う。それ以外にフェスも入ってくるからね。それだってヒップホップのフィーリングがわかる人たちのフェスと、まったく違うフィーリングのフェスがある。真っ昼間と真夜中でも、室内と室外でも違う。それが毎週金土とか、常に待ったなしに来る。その都度MCもどんどん変化していくし、曲順もちょっと変えるだけで全然世界が変わる。だから一夜一夜がすごい大事な仕事だよね。12月30日のリキッドルームに関して言えば、チケットがソールドアウト、『IN THE NAME OF HIPHOP』リリース・ツアーのワンマン・ファイナル……いろんな条件が重ならないと商品にはならないし、そういう意味では、この夜のライヴは作品にするにはマッチしていた。ただライヴ自体に関しては今の方が良くなっている部分もあるよ」
 これは、『ラッパーの一分』のリリース・インタヴューのILL-BOSSTINOの言葉だ。ナマで12月30日のライヴを観ていない以上比べようもないし、もちろん比べる必要はないのだが、それでも8ヵ月ぶりのリキッドルームでのこのライヴは、ここでILL-BOSSTINOが言う意味を実感できる精度の高いものだった。
 70分のタイトな構成で(「ラッパーの一分」はフル尺ノーカットで2時間40分)、後半の「The Birthday」の名をMCの随所に織り込みながら、THA BLUE HERBならではの言葉をフロアに残していく。言うまでもなくTHA BLUE HERBは生半可なグループではないし百戦錬磨だ。フロアからも絶え間なく「ボス!」という熱い声が上がる(「そりゃそうでしょ」と思うだろうか? はっきり言ってどアウェイである)。そのフロアで印象的だったのは、絶対多数のThe Birthdayを観に来たであろうオーディエンス(皆The BirthdayのTシャツを着ているのだ)が身体を揺らしながら、リリックに聴き入っている様子だった。

自信がない奴ほど争う。 あらそう 横目で見ながら続けるマラソン“I PAY BACK”

 ILL-BOSSTINOはライヴ中のMCで「一言でも耳に残ればいい」というようなことを言っていたのだが、筆者に残ったのはHIMUKIのビートによる、このリリックだった。緊張感が張りつめたフロア、ILL-BOSSTINOの言葉に必要な沈黙が厳かに守られている。それを乱すものはフロアにはいない。音楽にルールなどない。だが、真のミュージック・ジャンキーにはミュージック・ジャンキーのマナーがある。さすがにTHA BLUE HERBとThe Birthdayクラスのライヴともなると、ジャンルやスタイルの違いなど意味を持たない。そんな当たり前のことを改めて思わされた。

                *****

 そして、The Birthday。黒づくめの4人組。首にバンダナを巻いたチバユウスケが、ノーブルなドーベルマンのような雰囲気でステージに入ってくる。クハラカズユキの超硬質なドラム、弦楽器と言うより打楽器のようなヒライハルキのベース。そして、前作『I’M JUST A DOG』から加入し、最新作『BLOOD AND LOVE CIRCUS』でいよいよ本領を発揮した感のあるフジイケンジのギターと、フロントマン・チバユウスケのボーカル&セミアコが渾然一体の轟音となってフロアを沸かせる。もっと言えば、沸かせるなんてものではない。オーディエンスそのものが、The Birthdayの鳴らす「音」のひとつの形のようだ。先ほどのフロアで守られていた沈黙が嘘のように、フロアの隅々まで身体を揺らすオーディエンスが雷の轟のようだった。

とんでもない歌が 鳴り響く予感がする
そんな朝が来て俺

冬の景色が それだけで何か好きでさ
クリスマスはさ どことなく 血の匂いがするから “くそったれの世界”

 Coool!!!
 ILL-BOSSTINOがMCまで含めフロアに数多の言葉を残したのに比べ、チバユウスケはほとんど何もしゃべらない。

 チバ「まだ雨降ってた?」
 客「降ってなーい」
 チバ「最近雨に祟られててさ。でも、雨降らなかったらお米も育たないからね」

 正確ではないかもしれない。だが、でも確かにこんな感じの「なんだそれ?(苦笑)」というMCがわずかに挟まれる程度。ミッシェルのほうが云々といった感傷を許さない(それは、もっともロックから離れたジジイの物言いだろう)美意識に貫かれた狂気、チバユウスケのリリシズム、そしてのたうつリズム……ライヴを構成するのは極めて純粋な音楽、クソドープなリアルロックンロール。最後まで一度もフロアの高揚は日和り揺らぐことなく、The Birthdayのライヴは幕を閉じた。
 もちろんどっちがどうではないが、リキッドルームの12周年アニヴァーサリー(誕生12年を祝うイベント)となれば、The Birthdayが立役者であるのは然るべきというものだろう。
 それにしても、アンコールでThe BirthdayをバックにILL-BOSSTINOがラップしている景色は最高だった。

Jake Bugg - ele-king

 EU離脱を決める国民投票で、英国の若者たちの約75%が残留に票を投じたことは世界中で報道された。貧しい北部の労働者階級が離脱に、豊かな南部のミドルクラスが残留に多く票を投じていたことも話題になった。
 つまり、こういうことだな。と世界の人々は考えた。
 下層のバカな中高年が、ありもしない「英国の栄光」みたいなものにすがって、右翼のプロパガンダに騙されて排外主義に走ってしまったのだ。だが、彼らの愚行の最大の被害者は若者たちである。バカな大人たちが若者たちの未来を奪ったのだ。と。

 しかし、英国ではその後、もう一つのファクトも明るみに出ている。
 全国における18歳から24歳の若者の投票率はわずか36%だった。「投票に行った若者たち」の約75%が残留に票を投じたのは事実だが、それは36%のうちの75%に過ぎない(つまり、若者全体の26%が残留派という計算になる)。

 18歳から24歳までの英国の若者たちの64%は、投票にさえ行かなかった。
 北部の貧しい地域では、若年層の投票率が特に低かったこともわかっている。

             ******

 わたしがジェイク・バグを初めて見たのは、2011年、BBC「News Night」のカルチャー・レビューで彼が歌ったときだった。最近アーカイヴを見ていてわかったのだが、それは識者たちが「ロンドン暴動とユース・カルチャー」についてディベートした回だった。
 評論家や学者の議論が終わった後で、まるでうちの近所にいるティーンの一人のような少年がギターを抱えて出てきて、妙に醒めた目つきで弾き語りを始めた。「公営住宅地のボブ・ディランだ」と思った。

 ロンドン暴動の特集なら、どうしてラッパーを出さなかったのだろう。とも思う。
 が、その疑問を解決するのが、昨年発表されて話題を呼んだカナダの大学教授の研究結果で、それによれば、いまやロック(インディー含む)やレゲエはソーシャル・エリートの聴く音楽になり果て、下層民の御用達ミュージックはラップやカントリーになっているという。
 なるほど。公営住宅地にディランが出てくるわけだ。

             ******

 今年6月リリースのジェイクの3枚目『On My One』は、すこぶる評判が悪かった。あまりにも鮮烈だったファースト、賛否両論だったセカンドの後で、満を持して発表したセルフ・プロデュースの3作目だ。期待は大きかった。が、はずれ感も大きかった。
 「がんばり過ぎた。ラップに挑戦したのはレコード会社の干渉があったからではないか」と『NME』は評し、「『On My One』は、若い青年が暗闇の中で必死で自分のアイデンティティを掴もうとしているような印象で、近年の音楽界で最も不可解な楽曲のセレクション」と『ピッチフォーク』は首をひねった。「愛すべき曲もあるが、いくつかの曲は聴いているほうが恥ずかしくなる」と、本物のワーキングクラス・ヒーローとジェイクを讃え続けてきた左派紙『ガーディアン』も手厳しい。
 各方面からこきおろされている“Ain’t No Rhyme”ではジェイクがラップをやってみた。“Bitter Salt”はボン・ジョヴィで、“Gimme the Love”はカサビアンじゃないかと言われた。“Never Wanna Dance”に至っては、マーヴィン・ゲイのしょぼい田舎のコミュニティセンター・ヴァージョンとまで茶化された。
 正直、わたしも一聴したときには感心しなかった。が、6月17日に発売されたこのアルバムの聴こえ方が、23日のEU離脱投票を経た1週間後にはまったく変わっていた。

             ******

 いまやミドルクラストンベリーと呼ばれるようになったグラストンベリー・フェスティヴァルで、ドラマ俳優夫婦の息子が率いるThe 1975というバンドが、「大人たちが俺たちから未来を奪った」と発言し、貧民街のガキにはとても手の届かない金額のチケットを買って集まった若者たちを沸かせた。
 彼らは英国の若者の代弁者だと新聞に書かれていた。
 わずか26%の声を代表する者がどうして代弁者と表現されうるのか、メディアの偏向はいつだってローカルな真実を黒く塗り潰す。

 むしろ投票に行かなかった者たちこそが英国の若者のマジョリティーであり、その声を代弁するアーティストこそが時代のサウンドを奏でられるのだ。本当はそれができる若きポップスターが何人もいるべきなのに、たった一人しかいないということが、階級が絶望的なほど固定化した現代の英国を象徴している。

 英語圏で暮らす人なら一日に何度も口にしているだろう言葉「On My Own」は、「自分で」「たった一人で」という意味だ。
 英国で最も失業率の高い地域の一つである北部の町、ノッティンガムの方言では、それが「On My One」になるという。

僕はただの貧しい少年
ノッティンガム出身の
夢は持っていた
だけどこの世界では 消えてしまった 消えてしまった
僕はたった一人で こんなにも孤独
“On My One”

 ブレグジット後の英国の若者の歌を一曲あげろと言われたら、わたしは迷うことなくこのアルバムのタイトル曲を選ぶ。


追記:余談になるが、モリッシーは長い沈黙のあとで、ブレグジットについてこう語った。「BBCが離脱票を投じた人々を執拗に侮辱したのは衝撃だった。彼らは離脱派をレイシストで酔っ払いで無責任だと責め、裁いて、有罪にした。その一方で、BBCが残留派の決断を問題視した報道は僕は見なかった」。彼ならこう言うだろうと思っていた。アーティストは風紀委員じゃないということを知っている人の言葉だ。

Kyle Hall & Jay Daniel - ele-king

 ともに90年代生まれのデトロイトの新世代アーティスト、カイル・ホールジェイ・ダニエルが来日する。神戸(9月23日)と東京(9月24日)をまわる今回のツアーは、ふたりがデトロイトで主催しているレギュラー・パーティー「FUNDAMENTALS」の名を冠しておこなわれる。

 カイル・ホールは昨年末に、LP3枚組のセカンド・アルバム『From Joy』を自身のレーベル〈Wild Oats〉よりリリース(今年の春には国内流通盤CDも発売)。また、ジェイ・ダニエルは近々待望のファースト・アルバムをリリースする予定とのこと。

 なお、ツアー用のイラストは、カイル・ホール『From Joy』やByron The Aquariusの12インチ「Gone Today Here Tomorrow」のアートワークを担当したMichio Jamesが手掛けている。

■ KYLE HALL (Wild Oats / from Detroit)

■ JAY DANIEL (Watusi High / Wild Oats / from Detroit)

テロルの伝説──桐山襲烈伝 - ele-king

 桐山襲とは一度出会っていた、もちろん本の上でのことだ。
 私は学生時代、といってもカープがこの前リーグ優勝したときくらいだから四半世紀も前、時代区分でいうと90年代ころ、世の中のすべての雑誌を読んでいた――というのはいいすぎにしても、目につく雑誌に片っ端から目を通していた。囲碁、将棋はもとより鉄道、航空、釣り雑誌で陸海空を制覇し、農業の専門誌も、農法や農薬などわからないし必要ないが目をとおさずにいられない。むろんすべて立ち読みである。金のない学生が数百円とはいえ膨大な量の雑誌を買いこむわけにはいかない。地方都市だったので大宅壮一文庫はなかったが、あればおそらく住みこんでいただろう。とはいえ情報がほしいのではない。ことばや写真や図版が書物のかたちをとることの不思議さと、それにふれることでできる空間に、いま思えば魅了されていたのはレコードと変わらない。当時私は世界の広がりとはレコードと書物が生み出す空間の乗数だと思っていたのでページを捲る指先にも力が入ろうというものだ。あまりの力の入りように用紙がコート系だと指先を切ることもしばしば。流血さえいとわなかったのである。
 音楽誌、ファッション誌、カルチャー誌、マンガ誌のたぐいはもちろん、文芸誌も例外ではなかった。五誌ばかり押さえればことたりるし、月初発売なので月があらたまった感じがするのも儀式めいていていい。この数ヶ月、本媒体にはご無沙汰だったのは、紙の世界の仕事がたてこんでいたからだが、そのあいだもたゆまず読んだ。読むのは習慣なのである。つらい仕事を終えて、床に就き読書灯の下ですごす2時間ばかりが日々の唯一の愉しみ。拙文は同衾した本たちの感想文である。夏休みあけの課題提出にまにあったかは心許ないが。
 話が逸れた。くりかえすが、桐山襲の名前を目にするのははじめてではなかった。陣野俊史による桐山の評伝とも批評ともいえる『テロルの伝説 桐山襲烈伝』(河出書房新社)を手にしたときに情景がフラッシュバックした。棒きれのような絵が載った表紙、もしやあれではあるまいかと古書を詰めた段ボールを漁ると捨てずにとってあった。『文藝』1992年夏号、私はこの雑誌を買ったのは、毎月の少ない自由になる金から吟味に吟味をかさねたうえで購入する媒体を決めたなかのその月の一冊だったのである。巻頭は久間十義で「ヤポニカ・タペストリー」が四〇〇枚と表紙に謳っている。私はここでいうのもはずかしいが、久間十義を久生十蘭ととりちがえていた。久生十蘭の未発表原稿でも発見したのか、それはけったいなと思ったのだ。買ってから気づいた、吟味していたはずなのにまぬけである。とはいえ、買ったからには読まないのももったいない。久間氏の名誉のために書くが「ヤポニカ・タペストリー」はなかなかに興味深い小説だった。私は出口王仁三郎とはあさからぬ縁がある。それを述べはじめると本論にたどりつかないので稿をあらためるのが、その次に載っていたのが桐山襲の「未葬の時」だったのである。ただし表紙に載せた表題の上には【遺作】とある。
 私は桐山襲の死をもって彼と巡り会った。
 ここで若い読者のために、桐山襲はどのような作家だったか、陣野が下敷きにしたという講談社文芸文庫の年譜をもとに要約すると、桐山襲は1949年7月、東京は杉並区阿佐谷に生まれ、杉並第一小学校五年時に母を病気で亡くすも、日大付属第二中~高と歩むなかで、高校生になると仲間と同人誌を発行し小説を書いてもいる。早稲田大学第一文学哲学科に入ったのは1968年、「あの68年」と強調することがまたしても若い読者を遠ざけないかとのおそれは抱きつつも、言下に全共闘世代といってスルーできない思想の細分化と対立と混沌は72年の浅間山荘事件であらわになるが、政治の季節のただなかで桐山は解放派系の運動に加わりつつ、カントを読み大江健三郎を読み高橋和巳を読み、沖縄を旅した。まだ日本に帰る前の沖縄、やがて日本に帰ったのは正しかったのか悩むことになる沖縄――南の島へのこだわりが桐山に巣くっていたのはデビュー作「パルチザン伝説」であきらかになる。パルチザンとは銃をとって叫ぶ民衆によるレジスタンス運動を指すが、桐山がこの小説を文藝賞に投稿したのは勤め人の暮らしも板についた1982年、と知った私はこのような小説が80年代の世に生まれたことにめまいをおぼえた。テクノポップとニューウェイヴと消費礼讃の時代とのキャッチコピーをいただきがちな80年代に桐山の「政治」小説は世に出たのである。おない年の村上春樹は同年、「1973年のピンボール」で政治の季節の終わりを綴ることで専業作家として身を立て、年下のサヨクである島田雅彦が頭角をあらわしはじめていた。私たちはそこに、文学の営みの「遅さ」をみるべきか、それともことばの発酵にかかる時間の重さを読むだろうか。というよりそれは時代にあらがう表現がもたらす居心地のわるさなのだろうか。
 桐山は「パルチザン伝説」を長い二通の手紙を中心に構成する、書簡体小説である。兄と弟のふたりがいて、1982年4月の日づけのある「第一の手紙」とその二月後の「第二の手紙」ともに弟がしたためている。彼らはともにある政治的な事件が原因で、兄は決意した啞者に、弟は爆発で身体の一部を欠損した不具者になった。弟が彼らをそうさせた顛末を綴るなかに、父の来歴が出来し、ふたつの爆破事件がかさなりあう。「パルチザン伝説」はきわめて政治的な現実の出来事を意識的な方法で構築した野心的な作品だったが、ことはそう簡単には運ばない。文藝賞では選にもれた。選考委員は江藤淳、野間宏、島尾敏雄、小島信夫の四者だったが、彼らの選評をもとに、桐山のデビュー作は世に問う前に小説につけた評価のみがひとり歩きしたのである。いわく、「恐るべき題材に強烈に迫っている」――野間宏の惹句めいた文言が小島信夫の選評の「実名である天皇」とあいまってイメージは肥大化し、無名作家の手になる読めない小説への読者の想像をたくましくさせた。賞には落ちたが編集は桐山を気にかけていた。翌年桐山は第二作「風のクロニクル」を「文藝」の編集者に手渡すも、一作目と二作目どちらでデビューしたいかと問われ、思い入れの深い前者を希望する。新人賞への応募作をときをおいて掲載するのは異例だが、「パルチザン伝説」は世に出たのもつかのま、「週刊新潮」の「おっかなビックリ落選させた『天皇暗殺』を扱った小説の『発表』」とのタイトルの「風流夢譚」事件へ世相を(ミス)リードしようとする記事により、版元は右翼の街宣を受けた。ゴシップ・メディアの常套句であるスキャンダリズムとポピュリズムにより桐山襲が終生格闘しつづけることになる桐山のパブリック・イメージはことのきすでにできあがっていたが、読まないひとたちの無責任な関心がその肥大化に拍車をかけたとはいえまいか。あるいは無関心か。なにせ、ときは80年代なのである。と書きながら私は仮にそれが2010年代であっても、作品をめぐる状況は変わらなかったのではないかと思いもする。表面的には活発な議論がおこなわれているようでありながら、その一歩外には深い無関心とその陰画である憎悪が渦巻いている――
 この本はそのような状況をときほぐそうとする。陣野俊史は桐山襲の人生よりも小説を問題にしている。作品が生のすべてを物語ることの確信があるから、小説の梗概をていねいに述べ、ふみこんだ解題をおこなっている(なので未読の方でもずんずん読み進められる)。「パルチザン伝説」にはじまり「スターバト・マーテル」「風のクロニクル」「亜熱帯の涙」「都市叙景断章」から冒頭の「未葬の時」にいたる十数作の小説と評論とインタヴューを丹念に追いながら、連合赤軍、東アジア反日武装戦線、ひめゆりの塔事件、永山則夫の文藝家協会入会問題といった題材の歴史的背景にあたり、そこに潜む意外なほど現在的な問題を指摘することで、陣野は桐山を70年代に、全共闘世代に、過去に置き去りにしない。古川日出男や目取真俊、佐藤泰志といった作家たちとの系譜をつなぐ視点は現代文学のすぐれた読み手としての陣野の真骨頂でもあるだろう。その読みはまた、桐山襲という作家の政治性のウラの抒情をもうかびあがらせる。
 本文に引用した発言で桐山は政治と文学を明確に線引きした旨述べている。政治は多数の者がかかわる現実の運動であり作品をつくることとはまったく異なる行為であり、小説は現実を変えない。と同時に、桐山は文学においては、詩的言語と物語形式に引き裂かれつづけきた。というよりあえてどちらか一方を選ばなかった。桐山はインタヴューでそのあり方をポール・ヴァレリーがアストゥアリスのあの『グアテマラ伝説集』を指していった「物語=詩=夢」になぞらえている。散文性と詩情と現実を異化する虚構性の全部を抜け目なく高度に折衷するのは、私なんかは欲張りじゃありませんかといいたくなるが、桐山襲は意に介さない。書簡体をはじめ、作中作、人称の変化、時制の錯綜、叙述形式の混在、政治問題の積極的な援用も、いま考えるとリアルとフィクションの接着面を探るための実験だったともいえなくはない。そもそも、小島信夫が桐山の小説に反応したのも、「パルチザン伝説」を文藝賞に応募した年に、とりあえずの完成をみた『別れる理由』の、とくに第三部のあやうさ――ということばを私はいい意味で使っている――を念頭に置いた老婆心でなかったとはいいきれない。ところが桐山の意識的な方法は等閑視されないまでも政治性のウラに隠れてしまった。しかもそれは桐山の資質――というのはまことにヤッカイ――である抒情に覆われている。そうして「物語=詩=夢」は桐山のなかで、等式のように水平に整合的に展開していくというより作品ごとに配合を変え、生理という名の身体性にゆらぎながら積み重なっている。私は桐山襲の筆名の読みが「かさね」であることに、まるで推理小説のトリックがもっとも目につきやすい場所に最初から置かれていたような気さえするのだが、この本がなければそのようなことはおよびもつかなかった。
 島に本書をもって帰ってよかった。ティダがカンカンのときはまいくのはフリムンべえよ、という制止をふりきって私はこの本を浜ぎわのアダンの木の下で読んでいる。アーマの忠告どおり浜にはだれもいない。熟れたアダンの甘い匂いが上からふりかかる。月のない初夏の夜はこの浜一帯がアマンで覆い尽くされたことだろう。生家にほど近いこの浜は沖縄が復帰した年にいまの天皇が皇太子だったころ訪れた縁でプリンス・ビーチと呼ばれている。当時はこのあたりがこの国の南端だった。皇太子が沖縄をはじめて訪れたのはその3年後の海洋博である。そのときおこったひめゆりの塔事件は、先の天皇の生前退位報道にからむ特別報道番組でもほんの数秒だがテレビに映っていた。桐山はこの事件を「聖なる夜 聖なる穴」にあつかっている。それだけでなく、デビュー作に沖縄をとりあげて以降、「ほぼすべての小説に「南島」が登場する桐山作品の底流には(中略)「国家」にも「民族」にも回収されない、「不定の位置」を保っている」(p203)沖縄への傾斜があった。つまり異化作用であり、それを俯瞰するだけならポスト・コロニアリズムだが、桐山は南からのまなざしに寄り添うことに腐心しながら小説では一貫して形式を呼び寄せるきっかけとして南島を夢想しつづけた。中島敦の希求したものとも土方久功の野趣ともちがう桐山襲の南へのまなざしは陣野俊史のいう、南米はおろか世界にも類例のすくない「海洋型マジック・リアリズム」に実を結んだからこそ、いまなお不定の小説として歴史上の位置はさだまらない。むろん問題は南島だけではない。桐山襲の射程は表現の自由にせよ集団のとる行動原理にせよ、ある時代に特有のものではない。おそらくそこには80年代というソリの合わない時代のなかでくりかえし70年代を考える相克が働いている。いまが最高だと転がっていく人間は無意識にせよそのようなものをうちかかえていやしまいか。
 桐山が没した90年代初頭、世の中はデタッチメントの波にのまれていた。キャンバスにタテカンはのこっていたが、バリストは儀式でしかなかった。大教室で熱心にノートをとる、ちょっとかわいい子におちかづきになろうとノートを借りたら、トロ字混じりで遠い目になってしまうようなこともなくなっていった。女の子は授業で見かけなくなった。いやちがった、私のほうが授業に出なくなったのだった。あの娘はどうしただろう――というような、喪失を噛みしめるうちに口のなかに甘さが広がるようなところも桐山の作品にはなくはない。他者、とくに女性の描き方にはある種の典型から抜け切れてもいない。何人かの批評家はそれを指摘し、陣野俊史も「物語=詩=夢」の等式からその限界をみとめているようにも読める。
 私は遺作「未葬の時」を「文藝」で読んだとき、追悼文を寄せた笹山久三や竹田青嗣がいうほどの政治性は感じられず、図書館で『都市叙景断章』を手にとったはずだが、残念ながらほとんど憶えていない。読みさしで終わってしまった理由に陣野俊史の解題を読んで思いあたった。アイラーのくだりである。私はアルバート・アイラーがフリージャズが破壊一辺倒で聴かれるのに抵抗があった。なんとなれば、アイラーの猥雑さも陽気さも太さも細さも置き去りになってしまう。もちろんそれは小説の設定のひとつにすぎない。私は若かったといえばそれまでだが、『都市叙景断章』の基調である「この都市に私の記憶はない」という視点を深く考えるまでにいたらなかった。若松孝二が永山則夫の足跡をたどった風景論としての映画『略称・連続射殺魔』(1975年)をはじめて観たのはもうすこしあとだ。数年経ち、阪神大震災と地下鉄サリン事件の年にテロリストはパラソルをさしはじめた。私はチョコレートじゃあるまいしと毒づいたきり、その手のものを遠ざけ、永遠に新作を発表することのなくなった桐山襲を思い出すこともすくなくなった。私はもったいなかった。詩と物語形式のつばぜりあいがデビュー時の抒情から後年のドライな感性へ移行していく課程も、「パルチザン伝説」騒動の直後、主人公が南の島へ放逐したと宣言する「亡命地にて」を書く傍ら、東京で役所勤めを淡々とこなしていたという桐山のユーモアさえ感じさせる実践(テロル)もみすごしていた。そもそも、桐山の小説における政治とは、私は彼のことばをくりかえすが、現実をさししめさないことでその背後の力線を暴くものなのではないか。
 私たちはおそらくたいがいのことを誤解し誤解したまま生きるところにこのような労作が書かれる理由がある。本書は巻末に未刊行の短編「プレセンテ」も所収している。
 準備は整った。この本で桐山襲とはじめて出会うあなたはラッキーである。(了)


Pan Sonic - ele-king

 パンソニックの「新作」がリリースされた。チェルノブイリ事故以降に初めて建設されたフィンランドの原子力発電所を巡るドキュメンタリー映画『リターン・オブ・ジ・アトム(Atomin Paluu)』のサウンドトラックである。監督はパンソニックのふたりとも交流のあるミカ・ターニラとユッシ・エロール。
 その内容からして現代文明社会への警告ともいえるドキュメンタリー映画だろうが、ここ日本でも(エンターテインメント映画であっても)『シン・ゴジラ』や『君の名は。』など、「3.11以降の表現」を模索した作品が相次いで公開されているので、ぜひとも公開を期待したいところである。

 パンソニックのオリジナル・アルバムとしても、2010年のラスト・アルバム『グラヴィトニ』から、じつに6年ぶりのリリースとなる(お馴染み〈ブラスト・ファースト〉から)。もっとも制作自体は2005年からスタートしていたらしく、工事中の原子力発電所でミカ・ヴァイニオとイルポ・ヴァイサネンがフィールド・レコーディングした音素材をベースにしつつ、昨年2015年にミカ・ヴァイニオが単独で最終編集作業をおこなったという。
 このタイムラグは諸般の事情で映画の制作と公開が遅れていたことも原因だったらしい。その結果として、ラスト・アルバム「以降」の新作であり、同時に、ラスト・アルバム「以前」から制作が始められていた未発表アルバムという、いささか複雑な成立過程の作品となったのだろう(ちなみに本サウンドトラックは2016年「フィンランド・アカデミー賞」の音楽部門受賞作品である。このようなエクスペリメンタルな作風の音楽が、国民的な映画賞において受賞をしたというのは素晴らしいことに思える)。

 だが、私としては、本作を彼らの「2016年新作」と称しても、まったく差し支えないと思っている。音響の質感が『グラヴィトニ』以前の脳内に直接アジャストするようなバキバキとしたサウンドから、「霞んだ音色のダークな質感」へと変化を遂げていたからだ。これは1曲め“パート1”のイントロの音響的質感からして明白である。
 むろん、その「変化」は、映画のテーマ性を反映してのことかもしれないし、工事中の原子力発電所で録音した音素材の質感ゆえの変化かもしれない。また、ミカのソロ作品『キロ』(2013年)のダークなサウンドに近い印象でもあり、ミカ・ヴァイニオ単独作業の影響かもしれない。だが、2曲め“パート2”や3曲め“パート3”など、あのヘビー&メタリックなビートも炸裂するのだから、まぎれもなく「パンソニックの音」なのだ。
 となれば、5曲め“パート5”以降のアルバム中盤で展開される霞んだ質感のドローンと不穏な環境音の交錯などは、2010年代以降のインダストリアル/テクノなどの「先端音楽」へのパンソニックからの応答といえなくもない。同時に4曲め“パート4”の冒頭など、どこか武満徹の「秋庭歌一具」を思わせるタイムレスな響きの持続も生成されてもいた(たしかミカは武満ファンでもあったはず)。
 聴覚にアディクションする強烈なノイズから空気を震わすような淡く不穏な音響へ。そう、本作においてパンソニックは音響と空間のあいだに、これまでにない「空気」を生成している。そして、その空気は、工事中の原子力発電所から採取された音素材がベースになっている。となれば、本作特有の「不穏さ」は、やはり原子力発電という制御不能な「力」への畏怖なのではないか?

 「力への畏怖としての電子音楽」。このダークなサウンドは、「われわれ」への警告なのかもしれない。3曲め“パート3”冒頭に鳴り響く、あの暗い雷鳴のように……。さまざまな領域から「資本主義の終わり」を感じつつある現在だからこそ、深く聴くべき問題作といえよう。

YG - ele-king

 『Still Brazy』を一聴して去来したのは、失っていた記憶を呼び戻される感覚だった。YGがこのアルバムで奏でるのは、「赤い」ファンクだ。

 90年代中盤、Gファンクが僕たちに見せてくれたファンタジーの記憶。それはニューヨーク産のそれに比べ、風景の印象を強く刻むようなPVの効果もあったのかもしれない。灼熱の太陽。ローライダーの群れ。フッドで夜な夜なおこなわれるハウス・パーティ。ゆっくりとクルーズする深夜のアスファルトに残る、昼間の熱量の痕跡。このアルバムは、それらの記憶を呼び覚ます。一層骨太になったそのサウンドの輪郭は、Gファンクのニュー・エラ(新時代)の到来を示唆しているのだろうか。

 思えばファースト・アルバム『My Krazy Life』以降のYGは、BlancoやDB Tha Generalとコラボした『California Livin』(ANARCHYをフィーチャーした“Drivin Like Im Loco (Japan-BKK Remix)”も収録!)でも、往年のGファンク・サウンドに対する明らかなオマージュとも言えるサウンドを聴かせくれていた。それは90年代のGファンク・エラにドップリと浸かっていた者たちの「W」の字のハンドサインを誘発するような、見事なネタとグルーヴに支配されていた。

 先行シングル“Twist My Fingaz”を貫く、むせ返るようなGファンクイズム。冒頭のブリブリのベースラインに、サイン波によるピロピロ音のメロディー、そしてヴォコーダーと、Gファンクを象徴するサウンドが大集結。そして全体のムードを決定付けるのは、ピアノによるテンション・コードと、フックの背後で薄く鳴るシンセがもたらす緊張感だ。そのフックは8小節のフレーズ2種類(ひとつはマルコム・マクラーレンのクラシック“Buffalo Gals”から引用)が連続する展開となっており、気付けば自然と口ずさみつつ、裏拍に合いの手を入れてしまうこと必至だ。

 ビーフ騒動もあったDJ MustardからDJ Swishに制作のメイン・パートナーをスイッチしたこともあり、全体のトーンとしては派手さを抑えたプロダクションの本アルバムは、これまでのGファンクを総括するような顔付きを見せつつも、それとの差異をも提示し、アップデートを図る。たとえばリル・ウェインを迎えた“I Got A Question”やドレイクを迎えた“Why You Always Hatin?”、“Still Brazy”に見られる、トラップの影響下にあるハットの打ち方。ソフト・シンセによる、モジュレーションの動きのあるシンセ・サウンド。そして冒頭を飾る2曲“Don't Come To LA”と“Who Shot Me?”で目立つのは、これまでスヌープ、ウォーレン・G、コラプトらとの仕事を通してGファンクを支えつつ更新してきたテラス・マーティンが持ち込んだと思しき、琴のような弦楽器的なサウンド。この琴による、モノフォニーの、少し震えるようなサウンドが象徴するのは、YGが置かれたある種の精神状態ではないだろうか。

 ビルボード・チャート初登場2位を記録した前作の成功を受け、彼の立場や環境は大きく変わったはずだ。つまり、Bloodsの一員としてのギャングスタ・ライフから、成功を収めたアーティストへ。そして“Who Shot Me?”で4小節のメランコリーなコード進行とともに描かれているのは、彼自身を襲った銃撃事件のドキュメンタリーである。ハイファイなウエストコースト・サウンドに「突如」導入されるブレイクビーツの、周りのサウンドと噛みあわないある種「凶暴」な響きは、彼を襲った事件の「突然さ」や、彼の世界の見え方を「暴力的」に変えてしまった経験と共鳴する。事件以降、彼の世界への対峙の仕方は一変した。

 このセカンド・アルバムのスタジオ・ワークの最中に銃撃を受けたYGは、病院で治療後、翌日にはスタジオに戻ったという。彼はインタヴューに応えて言う。「ちょっとした出来事だった。ケツを撃たれたけど、問題ない」、「誰が撃ったかはどうでもいい」、「俺を殺るのは簡単じゃない(I’m hard to kill)」と。自らを襲う凶弾をも、逆に自身のタフネスを誇示する契機としてしまう腹のくくり方。彼を形作るギャングスタ・ラッパーのアイデンティティが、そのような選択肢を唯一の現実解たらしめているのだろうか。しかしその姿勢に、1995年に、頭部に2発、股間に2発、腕に1発の銃弾を浴びながらも、テレビカメラに向かって中指を立てた男、かつての2パックの姿を重ねてしまうのは筆者だけではないはずだ。

 1994年9月13日にリリースされたノトーリアスB.I.G.のファースト・アルバム『Ready To Die』。セカンド・シングル“Big Poppa”のB面収録の“Who Shot Ya?”で、ビギーは自分が曲中で撃った相手に「お前はゆっくりと穏やかに死ぬ/俺の顔を覚えておけ/間違いのないように/警官に伝えるときにな」と語りかけた。そしてそれから2年後、2パックは再び銃撃に遭い、あえなく凶弾に倒れる。彼は、その場に駆け付けた警官に、誰に撃たれたのかと問われると「ファック・ユー」と返答したと言われている。そして1996年9月13日、彼は25年の生涯を終える。

 YGは「誰が俺を撃った?」と叫び「俺は馬鹿みたいだ/仲間が俺をハメたのか?」と仲間を疑い、その他の可能性を次々と列挙してゆく。しかし結局犯人はわからず、悪夢で夜も眠れないと歌う。そして撃たれた原因は、彼が成功で手に入れた巨額の富のせいであるが、「カルマが犯人を捕える」ことになるし、「神は俺のために何か別のプランを持っているのだ」と結論付ける。

 しかしもはや誰も信じることのできなくなってしまった彼の独歩の足跡を、モノフォニックな琴の音階が、なぞるように、追ってゆく。

 この銃撃事件によってYGが得たものとは、一体何だったのか。それは本当に、自分以外は誰も信じられないという教訓なのだろうか。アルバムを締めくくる、最後の3曲に、解釈のヒントはあった。“FDT (Fuck Donald Trump)”ではNipsey Hussleとともにドナルド・トランプを批判し、“Blacks & Browns”ではSadboy Lokoとともにそれぞれアフロアメリカンとチカーノの立場からレイシズムの現況をライムする。そしてラストを飾る“Police Get Away Wit Murder”ではタイトル通り、警官の暴力を糾弾している。これらの楽曲を通して、彼らの置かれた政治的立場、社会的立場について問題提起をおこなう彼は、銃撃事件以前とは異なる視座を獲得しているように見える。以前のようなモノフォニックな独白だけでなく、より多様なテーマに対し、いわばポリフォニックな議論の口火を切るように。

 “Police Get Away Wit Murder”の終盤、YGのヴォイスはどこか遠くから語りかけるようなエフェクトを纏う。聴衆に演説するように、彼は警官に射殺された人々の名前と場所を挙げてゆく。ロバート・グラスパーが、ケンドリック・ラマーの“Dying of Thirst”のカヴァーで、自身の息子とその友人に、犠牲者の名前を読み上げさせたように。グラスパーはインタヴューで、ある種の「タイムスタンプ」として、彼らの名前を記録しておきたかったのだと言及している。

 自身の銃撃事件の帰結として、彼の周囲への疑念が膨れ上がり、そのことに疲弊したことが、彼の視点をフッドから引き剥がし、アメリカ社会全体に向けさせたのではないか。それは結局、彼が生きる世界のシビアさを、より明確に指し示すだけだったかもしれない。しかしそれは同時に、死者の叫びを自身のそれに重ね、タイムスタンプとして作品に刻印するような想像力を誘引したのではないか。

 このアルバム『Still Brazy』を飾るジャケット。赤いバックグラウンドに、赤いストライプのシャツ。これはもちろんBloodsをレペゼンする赤だ。しかし同時に、YGが「突然の出来事だった(it just happened out of the BLUE)」と振り返る銃撃事件以来、陰鬱な気分に沈み込む(in the BLUE funk)自らに三行半を突きつける、決意としての「赤」でもある。ファンクに刻印される、決然とした赤いタイムスタンプ。

 そして、ジャケットの中央に佇むのはYGのバストアップのショット。しかしその頭部がブレているのは何故か。それは、周囲を警戒し見回しているからではないか。誰に背後から撃たれるか分からない世界で、彼はライムする。アルバム最後のラインは、囁くようにこう締めくくられる。

「犠牲者のリストは続いてゆく/皆は不思議がる/俺が何故 後ろを気にしながら生きているのかを」

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291