「PAN」と一致するもの

interview with Darkstar - ele-king


Darkstar
Foam Island

WARP / BEAT

ElectronicPsychdelicAmbient

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 いったい、ダークスターは今回どれほど重く峻厳なテーマに向いあったというのだろうか……? 何も知らずに今作の詞に向かいあうと、「運命」「誓い」「多数決では少数派に刑が」「引きずる前科」「運命が姿を偽っている」といった、ひとつひとつの言葉の負荷の大きさに驚く。音自体は、むしろキャリアの中でもっともミニマルな印象を受けるアルバムだから、なおさら面喰らってしまう。

 それでおぼつかない質問を投げかけてしまったが、答えは明瞭だった。これは「政治的な意味合いがこめられたレコード」──今年5月に行われた英総選挙とその結果に大きく影響され、また、それへのひとつのレスポンスとして提示されたアルバムなのだ。実際に“カッツ”では地元自治体の予算縮小アナウンスが用いられたり、“デイズ・バーン・ブルー”など保守党の公式カラーを引いた皮肉が加えられたりと、事情に明るいひとには明瞭に察せられたことだろう。ちょっと反則だけれども、そのあたりの補足として先に公式インタヴューから少し引用させていただきたい。

レコードの中で聞こえるいろんな声、さまざまな人々の発言は、基本的に僕が3ヶ月にわたってハダースフィールドの地元住民を相手に行った、一連のインタヴューから生まれたものなんだ。

 「今回の僕たちは、ロンドンとヨークシャーのカントリー・サイドを行き来していたね。かなり何度も往復したし……レコードの中で聞こえるいろんな声、さまざまな人々の発言は、基本的に僕が3ヶ月にわたってハダースフィールドの地元住民を相手に行った、一連のインタヴューから生まれたものなんだ。その取材を通じて彼らの持つ視点や人生観を知ることができたし、そこからこのレコードの屋台骨、背骨みたいなものができていった。だから僕たちは、ある意味彼らとのインタヴューをこの作品のコンセプチュアルなガイドラインとして使ったんだ」

 この発言の主であるジェイムス・ヤングは、前作を発表した後、Youtubeで視聴したドキュメンタリー番組からインスピレーションを得て、実際に生きている人びとの人生の断片をレコードに挿入していくことを思いついたと言う。そして、「他の人間達の持つ視点、首都ロンドンを生活基盤にしていないような、イギリスの他のローカルなエリアで暮らす人たちの声に耳を傾けてほしいんだよ」……インタヴューというかたちでそれを採音し、そのプラットフォームとしてアルバムを利用したのだ、と。

彼らのインタヴューでの質問は、「英国の現状をどう思いますか?」というような大上段に構えたものではない。「あなたの夢は何ですか?」「くつろいでリラックスしたい時にあなたはどんなことをしますか?」「誰か好きな人はいますか?」といった、とてもささやかなものだった。人がどんなふうにそれぞれの生活と人生に向いあっているのか、その営みについてインタヴューし、アルバムに反映させる。それがいまのダークスターにとってよりリアルな方法だったのだろう。そして『フォーム・アイランド(Foam Island)』というタイトルが生まれた背景には、こんな思考の過程がある。

首都ロンドンを生活基盤にしていないような、イギリスの他のローカルなエリアで暮らす人たちの声に耳を傾けてほしいんだよ。

「それは僕達が孤立した空間、社会のさまざまな場所にちらばっている空間に眼を向けたことから生まれたアイデアで。だから、人々、あるいはいろんなコミュニティが、いかに自分たち以外の人間や他のコミュニティのことをいっさい知らないままで生存していくことができるのか……そしてどれだけコミュニティ群が互いに孤立した状況になることがあり得るのか、そうした事柄を考えていたんだ。で、僕たちはそうした意味合いを包括するような何か、定義するような言葉を探していて、そこで『Foam(泡)』という言葉と、泡がどんなふうに生まれるかに思い当たった」

それぞれの色やサイズを持って、まさに「かつ消えかつ結」(芭蕉)ぶうたかたの泡。同じものはなく、そしてそれは、くっついたり離れたり、増幅したり消滅したり、つねにかたちを変えつづける──「とにかく、うん、このタイトルは基本的に、『この国は何千・何万もの泡から成り立っている』ということ、それを表現したものなんだよ」。

人びとの生活や思いをたくさんの泡になぞらえる、大らかでロマンチックな視点から、英国のいまにアプローチしようとしたアルバムだ。政治的なメッセージを直接歌うという方法ではなく、むしろアルバム自体がドキュメンタリー・プロジェクトのいちアウトプットとして機能しているように見えるところなどは、彼らなりに誠実に状況と向かいあう方法が模索されていることが感じられる。

このタイトルは基本的に、『この国は何千・何万もの泡から成り立っている』ということ、それを表現したものなんだよ。

 それにしても、今作ではあらためてダークスターというバンド(今作では、コア・メンバーの二人体制に戻っているので、ユニットというべきだろうか)の幅を感じさせられた。そもそもベース・ミュージックのシーンから登場したように言われるが、彼ら自身はそうしたシーンになじみが深いわけではない。現場での流行や空気の変化を把握しているわけでもなく、むしろエレクトロニックな方法を用いるサイケ・バンドとさえ形容してしまってもいいかもしれない。弊誌の前作レヴューなどは、比較対象がビートルズだ。その意味では非常にマイペースに自分たちの表現方法を模索し、広げてきたアーティストたちであり、クラブ寄りなのかロック寄りなのかといったような線引きや人脈・樹形図をあたうかぎり無視してきた存在でもある。

もちろん、デビュー・アルバムをリリースした〈ハイパーダブ〉も、前作と今作をリリースする〈ワープ〉も、自由で大らかな実験精神を持ったレーベルであって、これまでもこうした境界において多くの才能をピックアップしてきた。なんとなく流れで作らねばならなかったセカンド、サード、といったものとはほど遠く、一作ごとに確実に何か自分たちにとって新しいことを掴もうとするダークスターは、今作ではかくも強靭なコンセプト性を手にしている。OPNからは何の影響も受けていないというが、ジャンルのモードにおいて先鋭性を競うのではなく、コンセプチュアルな軸を立てて、それに沿って自由にフォームを獲得していくあり方は、彼やコ・ラなど〈ソフトウェア〉の周辺とも大いに共鳴するものだ。そして、今回はブライアン・イーノが彼らなりに、愛らしく参照されている。そのあたりも彼らの一作ごとの前進だ。デビュー作からのもっとも大きな変化として「向上」「過程」「コンセプト」の3つを挙げるその矜持は本当によくわかる。

ただし、「レコードを聴く前に作品の前情報を知ってしまうと、インフォ欄には『政治的な意味合いを込めた作品云々』なんて書かれるわけだよね」「『労働党に投票すべき』とか『保守党なんて蹴散らせ』みたいな感じの、そういう意味で過度に政治的なレコードじゃないんだよ」など、本人たちにはおおっぴらにテーマを打ち出す意向はない。なのでこのインタヴューはあくまで副読本、聴いたあとの付録ということでひとつ、お読みください。

■Darkstar / ダークスター
UKを拠点に活動する、エイデン・ウォーリー、ジェイムス・ヤングによるエレクトロニック・ユニット。初期のグライムやダブステップなどからの影響を感じさせる折衷的なサウンドが特徴であり、〈ハイパーダブ〉からリリースされたシングルで注目を集める。デビュー・アルバム『ノース』(2010)と〈ワープ〉移籍後にリリースされた『ニューズ・フロム・ノーウェア』(2013)の2作は国内外の各誌年間ベスト・アルバムに名を連ね、日本においても〈SonarSound Tokyo〉や〈フジロック・フェスティバル〉へ出演するなど存在感を高めている。2015年9月、サード・フル・アルバム『フォーム・アイランド』をリリースした。

音楽シーンのトレンドをほぼ鑑みない作品になっていますね。音楽以上にメッセージ性を優先するような印象さえあります。歌詞からの類推になりますが、何か具体的な状況に危機を感じているのですか? それとも人類の業や罪ともいうべき壮大なテーマに向き合っているのでしょうか?

ジェイムス・ヤング(以下JY):そうだね、今回はかなり歌詞を大事にしているんだ。世の中で起こっているチャンスの減少、若い人への理解の無さ、政府への失望、型にはまったもの以外受け付けないこの世の中の流れに憤りを感じていることを表現したつもりさ。

たとえば冒頭の“ベーシック・シングス(Basic Things)”“ア・ディファレント・カインド・オブ・ストラグル(A Different Kind Of Struggle)”などで、ときどき挟まれるリーディングは何かの引用かサンプリングですか?

JY:これはウェストヨークシャーで若者をインタヴューしたときの言葉をAbletonに落とし込んだんだ。サンプリングでもなんでもないよ。僕たちが録音したものさ。

“ピン・セキュア(Pin Secure)”などに用いられている「You」とは誰(または何)を示しているのでしょう?

JY:う~ん……。メタフォースだったり、世代だったり、若さとか間違った判断とか、特定のものではなく漠然としたものを指しているかな。

“ベーシック・シングス”のようなサウンド・コラージュは、どこかモンタージュ的な、かすかな歪みや違和感を残すようにつくられていますね。この感触自体はアルバム全体にもこれまでの作品にも感じることですが、何かバンドの精神構造と関係があるのでしょうか。それとも何かしらの啓発の意図がある?

JY:君が言うとおりたしかにサウンド・コラージュのような作品だとは思う。この曲もウェストヨークシャーで若い人とたくさん話したことを録音して、彼らの感じていることや思っていることを反映させた結果サウンド・コラージュ的な感じになったんだと思うんだ。

冒頭をひとつの導入として“インヒアレント・イン・ザ・ファイバー(Inherent in the Fibre)”へとつながる流れが非常に美しいですね。ある意味ではこの曲がアルバムの1曲めとなると思いますが、それが6/8拍子だというのは象徴的で、しかも挑戦的だと思います──直線的なビート構築を避けたり、ポップ・ソングとしてのストレートさをいったん脇に措いているという意味で。これはどのように生まれた作品なのですか?

JY:これはスタジオで最初にデモができ上がったんだ。シンプルでいいアイディアが元にあって、そこにストリングスとかコーラスを乗せて完成させていった感じだったかな。

今作で最初にビートやダンス性を感じるのは“ストーク・ザ・ファイア(Stoke The Fire)”になるかと思います。その次は“ゴー・ナチュラル(Go Natural)”。ですが、“ストーク~”ではサイケデリックでアンビエントなブレイクが入ったり、“ゴー~”ではピッチカートによるコミカルな演出があったりと、リスニング性においてリッチな作品になっています。曲のアイディアは誰が持ってきて、どう肉付けしているのですか?

JY:とてもダンサブルで情熱的かつビートの利いた曲を作りたいと思ってでき上がった曲だね。ファンク要素も乗せてかなりダンサブルな仕上がりになって満足しているんだ。

最近のお気に入りはディアンジェロだね。『ブラック・メサイア』は本当に最高の作品だと思うよ。

ベース・ミュージック的な性格もあったりなど、あなたがたはダンス・ミュージックのフォームを持ちながらも、とくにダンスを意識しているバンドではないと思います。〈ハイパーダブ〉や〈ワープ〉と自分たちとの接点をどのように考えていますか?

JY:〈ハイパーダブ〉〈ワープ〉には感謝しているんだ。彼らとはとても興味深い関係性だと自分たちでも思うよ。君が言ったように僕たちはダンス・ミュージックだけじゃなくいろんなジャンルの音楽をやるからね。でもそんな僕たちの音楽性を理解してくれて、尊重してくれる彼らには本当に感謝しているし、今後もいい関係性を続けられると思っているよ。

“スルー・ザ・モーションズ(Through the Motions)”などには、〈Morr Music〉などのエレクトロニカ・ポップを想起させられました。奇妙なサイケデリアの中に温もりある電子音が感じられますね。音声というレベルで機材やソフトなどにこだわりがあれば教えてください。

JY:うーん、とにかくいろいろ使っていて……。Abletonをはじめ、モジュラー・シンセとかかな。

R&B的な要素も感じられますが、いわゆる「Alt-R&B」と呼ばれるような音楽で興味を持って聴いておられるものがありましたらお教えください。

JY:いっぱいいるよ。最近のお気に入りはディアンジェロだね。『ブラック・メサイア』は本当に最高の作品だと思うよ。結構US系のを聴いていたけど名前がぜんぜん思い出せないなぁ。

“ティリーズ・テーマ(Tilly's Theme)”の楽曲構築にはなにか特別な計算やコンセプトがあるのでしょうか? どのように作っていった曲なのか教えてください。

JY:この曲はウェストヨークシャーで出会った16歳の女の子をモデルにして書いた曲なんだけど、ストリングスを使ってオーケストラの要素を盛り込んだ曲だね。

OPNの音楽はどう思いますか? 影響を受ける部分がありますか?

JY:ないね。何も言うことはないよ。

この曲(“Tilly's Theme”)を作るときはブライアン・イーノみたいなものを作りたかったんだ。他にもアクトレスとかオーケストラものとかいろいろ聴いていてそこから影響されている部分もあると思う。

ストラヴィンスキーなど20世紀黎明の音楽からの影響はありますか? また、オーケストラのアレンジや音源を取り入れることについて、なにかきっかけがあったのでしたらお教えください。

JY:うーん、まぁそうだね。この曲を作るときはブライアン・イーノみたいなものを作りたかったんだ。他にもアクトレスとかオーケストラものとかいろいろ聴いていてそこから影響されている部分もあると思う。

あなた方は何年生まれですか? 未来よりも20世紀という時代に憧れる思いが強いですか?

JY:未来とか過去とかに憧れることは何もないよ。僕はいまがいちばんいいと思ってるし。

ラストの曲も独特のリズム感で、少しバルカン風の異国情緒も感じられます。詞の内容とのリンクはありますか? また、今回こうした異国的な音楽性がとりいれられているのはどうしてなのでしょう?

JY:どうだろう。アートっぽい仕上がりにしたいと思って作った曲なんだけど、ストリングスのアレンジがもしかしたら異国的な雰囲気をかもし出しているかもね。

自分たちを無理やり何かのジャンルに押しこめて説明するとすれば、何と答えますか?

JY:この質問には答えたくないね。

デビューから5年になりますね。最初のアルバムから環境としてもっとも大きく変わったことはどんなことでしょうか?

JY:僕は3つあると思ってて、「向上」「過程」「コンセプト」、この3つにおいてとても変わったと思ってるよ。


【Darkstar来日公演】
2015/10/11(日)@WWW渋谷
前売¥4,000(スタンディング・税込・1 ドリンク別)
OPEN/START 24:00~
info:SMASH 03-3444-6751 https://smash-jpn.com

interview with tofubeats - ele-king


tofubeats
POSITIVE

ワーナーミュージック・ジャパン

J-PopDiscoRap

●初回限定盤
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●通常盤
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  早いもので、トーフビーツ、通算3枚目のアルバム。「水星」のリリースが2011年だから、かれこれ4年ものあいだ彼はこの国の音楽シーンの重要なプロデューサー(ないしはビートメイカー)のひとりとして、時代の寵児として、この時代を反映する者のひとりとして、広く注目され、作品を発表し、こうして我々を楽しませている。
 『lost decade』が2013年。前作『First Album』が2014年。そして今作。つまり毎年1枚のアルバム・リリース。これは、メジャー・レーベルの若手邦楽ミュージシャンの標準ペースであり、海外においても大衆音楽の基本ペースだ。もちろん、ある時代までの。

 トーフビーツとは、古今の欧米のアンダーグラウンド・クラブ・ミュージックを嗜好しながら、ポップ・フィールドに通用する音楽を作りたいと人一倍強く思っている青年である。彼はビートメイカーだが、がちがちのストリートウェアでめかし込んだレコード会社のスタッフと比べるとほどよく地味な外見で、しばし我々を混乱させる。いったい誰が「クール」な主役なのか……。そして、ひと昔前なら音楽家たるもの口が裂けても言わなかった「ビジネス」について堂々と喋る。価値観が変わったことを大人に教えているのは、むしろ彼のほうなのだ。

 ジャンクもクラシックも、使い捨ても名盤も、40年前の音楽も最新の音楽も、すべての価値が均等なスーパーフラッター・ワールドから来ているトーフビーツだとしても、だからといって彼はそうやすやすと素人芸に拍手しない。話題性では『First Album』かもしれないが、岸田繁、KREVA、小室哲哉、中納良恵……といった超豪華ゲストを迎えての新作『POSITIVE』、ひとつひとつの曲の完成度は高く、よりたくさん聴かれるのはこちらだろう。トーフビーツらしい叙情性、そして遊び心がうまい具合に調合されている。
 そもそも彼にとって重要なのは音楽的起源ではなく、たくさん聴かれること。多くの人が楽しめること。つまり、これが売れるかどうか。さてどうなることやら……そういう意味でも、注目の新作なのだ。

■tofubeats / トーフビーツ
1990年生まれ。神戸で活動するトラックメイカー/DJ。〈Maltine Records〉などのインターネット・レーベルの盛り上がりや、その周辺に浮上してきたシーンをはやくから象徴し、インディでありながら「水星 feat.オノマトペ大臣」というスマッシュ・ヒットを生んだ。本トラックを収録したアルバム『lost decade』を自主制作にて発売。同年秋には森高千里をゲスト・ヴォーカルに迎えた「Don’t Stop The Music」でメジャー・デビュー。2014年10月2日(トーフの日)に、豪華ゲストを招いたメジャー1stフル・アルバム『First Album』を発売。2015年1月にリミックス・アルバム『First Album Remixes』を配信リリース。つづくエイプリルフールにメジャー3rd EP「STAKEHOLDER」をリリース。9月にメジャー・セカンド・フル『POSITIVE』を発表した。

2年前に作った曲を今回のアルバムに入れちゃうと、Jポップの時間感覚では違和感が出るんじゃないかと思いました。

野田(●)、橋元(■)

今回、過去のすべてのMVも収録されていたりする(初回盤のみ)ことをふくめ、ひとつの区切りの中で作られていると思います。「メジャーでやりたいこと」というのがあったと思いますし、実際に過去にそう語ってもらってもいるわけですが、今回はそれに対する結果、あるいは手ごたえといったところをおうかがいしたいなと思ってます。

野田:早すぎるよ、ペースが(笑)。

TB:3年に1枚、というペースで食べていけるならいいんですけど、そんな契約どこでもしてもらえないですよ(笑)。物を言えるようになるまでには時間がかかりますね。

野田:その意味では本当にJポップらしいリリースの仕方なんだろうけどね。

TB:あるいは、1枚だけで抜けていっちゃう……あえて1枚だけの契約をするアーティストも多いのかもなっていう印象もありますね。

いろいろ制約のある中で、その1枚というものを精一杯考えておられると思うんですが、前作は「収録ヴォリュームがお得」というこだわりもありましたよね。

TB:そうですね。今回は、CDを買う人がさらに絞られていっているので、プレミア戦略とまではいきませんが、もうちょっとモノとして置いておきたくなるようにしたいなと。デザイナーからは10インチ・サイズのジャケにしたいっていう要望があったんですけど、そういうリアリティのない形は避けたくて、なるべく普通に流通しているCDのケースのサイズの中で工夫したいなと思いましたね。

野田:そういうふうにモノに回帰していくっていうのは、音楽の売り方としては原点回帰的なものだと思うんだけど、tofubeatsとか〈マルチネ〉って、そういうものを壊してきたという前科があるわけで──全部タダで聴けるという。そのへんは自己矛盾というか、アンビバレンスがあるの?

TB:でも、データにはデータのよさがあって、アナログにはアナログのよさがあるっていうのは昔から言ってることなんですけどね。僕は中学のころからレコードを買っているので、そこはtomadとはちがうところです。フリーで聴くのはフリーで聴く用の音楽で、たとえばフォークみたいなものはフリーでは落とさない(笑)。そういう基準がいちおう僕の中にはありますね。この『POSITIVE』でも、データ版はほぼ半額くらいに値段を下げていて、データを聴くような人に向けて送っているものなんですよ。CD版はCDを聴くような人に向けて送っているし、後々アナログを出すとなればそれも同じ。デジタルもパッケージだと言うならば、それ相応の角度をつけるというか。だからあんまり矛盾はしていないと思うんですよね。(料金が)フリーっぽいジャンル……ってなんとなくあるじゃないですか。Jポップをちゃんとつくろうというのは、そうじゃない、CDっぽいジャンルだと思っているからかもしれないですね。

なるほど。ブックオフの100円CDコーナーなんかが原体験的なものとしてあったりとか。きっとそうしたイメージの集積の中にご自身のJポップ像があるんだと思うんですが、たしかにtofubeatsのCDは「CD」をやっていらっしゃるかもしれない。

TB:それに、タダという話についてはちょうど昨日タクシーの運ちゃんとその話をしてたんですけど、儲かる商売とは投機性の高いものであると。株、先物、家──倍になったりゼロになったりするものが儲かる商売なんですよ。で、音楽はかつてとても投機性の高い商売だった。つまりそれは、ゼロになる可能性も持っている商売だったんです。逆に言えば、また価値が上がっていくこともあるかもしれない。それが最近の僕の見方です。いまが買いなんちゃうか、と。

野田:ははは! そんな株券みたいなものなのかなあ。でも〈マルチネ〉って、延々と同じやり方を繰り返してきた音楽産業に対しての、ひとつのカウンターでもあったじゃない? だから、ついtofubeatsにはこの間の音楽産業の激変についてだったりを訊いてみたくなっちゃうんだよね。今年だとアップル・ミュージックなんかも大きいトピックだけど、消費の選択肢が増えるだけじゃなくて、それを提供するためのメディアも増えていくでしょう?

TB:タイトル単位でお金を払うっていう感覚はもう捨てられたなと思いますね。音楽的な内容の上でも、来年あたりからそれに対応してどうなっていくんだろうって思います。今年も今年でぜんぜんちがって、来年はさらにちがってくると思うので……。年に一回くらい定点観測していかないと変な感じになっちゃうんじゃないですかね。その意味では、2年前に作った曲を今回のアルバムに入れちゃうと、Jポップの時間感覚では違和感が出るんじゃないかと思いました。

今年に入ってから、歌謡曲からJポップになったというようなレベルでのタームの変更が、なんとなく来そうだなって思ってるんです。

Jポップの市場に、ポップ・カルチャーのど真ん中の流れを作るエネルギーがまだあると思います?

TB:Jポップ市場にあんまり期待はしていないですけどね。すごい夢があるって感じではないんです。やり方としては、毎回、市場にお伺いを立てるみたいな感じなんで──「Jポップどうですか? 僕のヤツいけますかね?」って(笑)。

野田:ははは(笑)。そういうさじ加減はその都度考えているんだろうけど、今回はそういう意味でいうとJポップをすごく意識しているよね。

TB:そうですね。あといろいろ仕事をさせていただいたので、前回よりは技術的にJポップを狙って打てるようになっていますね。前回も気持としては同じくらい狙っているんですけど、今回ほど曲単体で飛ばせなかったというか。

ご自身の中の憧れもあるとは思うんですけど、TofubeatsがJポップというものを立ち上げるときに、ある意味で亡霊ともいえる過去の大物を引っぱってくるじゃないですか──やっぱり、Jポップという共同幻想が以前ほど明確に想像できなくなっているから。

TB:それをどんどん生産していくっていうのがあるんですよ。ファースト・アルバムに関しては、「憧れているひとに全員会う」という目標みたいなのがあって、森高(千里)さんがいけたから、藤井(隆)さんとかボニー(・ピンク)さんにいこうとか、メジャー・デビューする前に本当にファンだったひとを呼ぶ、というのがテーマだったんです。
今回の『ポジティヴ』に関しては、さじ加減が変わってきたというか。呼びたいひとたちは前回みんな呼べちゃった。となると今回はロマンとかじゃなくて、「呼んだらおもろいんちゃうか?」サイドというか。もちろん呼びたいひとという意味ではいっしょなんですけど、もうちょっと自分としては一歩引いたところからお声掛けをしています。

ゲストの方は年齢的にも少し下がっていますね。

TB:下げたかったんですよ。年長のひとを呼んでしまうというのは意図的なものじゃなくて、単純に趣味の問題で──〈マルチネ〉にはいるんですけど、同世代で波長の合うJポップのミュージシャンがあんまりいないから、呼べないというのがありました。それで、ベテランの方が話がわかってもらえるから、そういうひとたちを呼ぶことになってしまった。そういうひとたちといっしょにやって、こっちも勉強しておきたいというのもあります。
そもそも若手で市場でやっているひとってほとんどいないんですよ、ミュージシャンとしては。EXILEとかE-girlsとかって、またちがうスタイルじゃないですか? AKBはアイドルですよね。だからそこでジャンルがちがうんですよ。僕みたいなミュージシャンがあんまりいない。BONNIE PINKや椎名林檎みたいなひとが若手にいないんですよね。不思議な話で、椎名林檎さんだって若手のときがあったのに。

そうですよね。それが育てられていないということなのか、それともJポップというものの文化的な寿命があって、頂点を過ぎてしまって支えようがない、というようなことなのか。あるいは、もうみんな終わりを知っているから、新しい何か別のものを仮構しているところなのか。

TB:今年に入ってから、歌謡曲からJポップになったというようなレベルでのタームの変更が、なんとなく来そうだなって思ってるんです。

おお。

TB:そうなったみたいな。Jポップが登場してきて、小室さんが作っていたときみたいな感じで、荒れ果てた大地から謎のジャンルが出てきた……ってことになってこないかな、と思っていて。いまはアイドルとEDMで、ほとんど音楽的には焼け野原に近いというか。まぁ、焼け野原というのは言いすぎかもしれないですけど。

野田:だいたい小室哲哉自体が、たとえばいま再評価されているシティ・ポップの流れなんかとはぜんぜんちがうというか、反対側のひとだからね。

TB:そうそう。あのひとはヨーロッパですからね。これは大きな声では言えないけど、小室さんみたいなひとを「オモロイやん!」っていう理由で呼ぶのは、2015年じゃないとできないというか。そういう意味で前回とはちがうというか。以前はマジメに考えてこんな感じだったんですよ。

野田:ナイーヴなアルバムだったもんね。

TB:そういう部分が取れてきて、「小室さんを呼んで、岡田さんの声が聞こえてきたらウケるよね」みたいな感じで作ったんです。実際に小室さんもこれを聴いて爆笑するっていう。だから、そういうことができたので、すごくよかったですよ。それにこんなのを送ってくださる時点で、小室さんもJポップを作る気がぜんぜんないじゃないですか? だからシーンへの音楽的な期待が小さくはないんですけど、けっして大きいわけではないために、かえって自由になれるところもあるなっていうのは、今年のいいところでもあります。

野田:じゃあ、ある意味では遊んでいるアルバムとも言える?

TB:そうです。けっこうふざけていますね。「ふざけていいんだな、こんくらいまでは」というのがわかってきたというか。

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今回は「自分の」じゃなくて、「OLの」歌っていうのが作れるようになったんですよ。客観的なものにできたというか。


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そのさじ加減とともに、技術的にも遊べる力量がついたということなんでしょうね。

TB:それに関してはまだまだで、まったくないとだけ言わせてください(笑)。そもそも曲ができなさすぎて、〈ワーナー〉の会議室で「ポジティヴになりなさい」って言われて、タイトルが『POSITIVE』になったので。

野田:え、何があったの?

TB:最初に玉城ティナさんとの曲があって、それが1ヶ月くらいできなかったんですよ。それで神戸から呼び出されまして。釜飯を食いながら「トーフくんはもっとポジティヴになりなよ」って言われて。「そんなの無理っすよ」ってデザイナーのひとに言ったら、「でも“ポジティヴ”って、字面がいいじゃん。エネルゲンみたいでかっこいいよね」って感じになって、「じゃあ『POSITIVE』でいきますか」と。そしたら曲ができだしたんですよ。

そのニュアンスですと「やけ」みたいにも聞こえますけども(笑)。

TB:いや、根も葉もなくていいんだな、みたいな。逆にJポップだし、と。

野田:率直に聴いた感じを言うと、最後のEGO-WRAPPIN'のやつとか本当に泣きの入ったJポップというかさ。「絵に書いたようなJポップをやりやがって、このヤロー」と思ったんだよ。いまの話を聞くと、それはある程度は確信犯としてやってるの?

TB:前回のアルバムとかは、自分のなかの女の子っぽさとかOL的なものを増幅させて曲を書こうとかって感じだったんです。でも今回は「自分の」じゃなくて、「OLの」歌っていうのが作れるようになったんですよ。客観的なものにできたというか。前の作品がナイーヴになる理由もそこにあったんですけど、自分ではなくてそれぞれキャラに合わせてやればいいやって思えて。

野田:それはホントにプロデューサーだよね。

TB:しかもインスト曲を抜くことによって、そこに徹することができるようになったというか。その代わりに最後のテクノみたいなやつ(“I Believe In You”)が、いちばん思い入れがある感じなんです。

ある意味での勝負曲ですね。

TB:そうですね。この曲がいちばん聴いてほしいっていう。

野田:そうなんだ(笑)。

TB:すべてはここに持ってくるためにあるっていう感じなんで(笑)。

とはいえ、この曲もバランスが取れた曲だと思ったんですけどね。

TB:いちおう〈マルチネ〉10周年用で、派手にしたいというのはあったんですよ。

ひとつ前のシングル(『STAKEHOLDER』2015.4)って、つながりとしてはあの曲のの流れにあるのかもしれないですね。

TB:結局、『POSITIVE』を出す前提で『STAKEHOLDER』も出しているんですよ。ジャケも、この布陣でこのアルバムをやるっていうのは決まっていて、「ここではいくらふざけても大丈夫です!」っていう許可を〈ワーナー〉から取って作ったのが、この『STAKEHOLDER』だったんです。

内容的にも、今作のラストの曲とある意味で似ているというか、わりと自由にされてますよね。

TB:ファースト・アルバムだけでやらなきゃいけないと思っていたことを、切り分けて『STAKEHOLDER』でやりきっちゃって、『POSITIVE』はプロデューサーに徹する──そこの采配がうまくいったおかげでもあるというか。
たとえば最近のネットで聴けるいちばん尖った曲の傾向みたいなものが、この『STAKEHOLDER』にはなんとなくあるなというのが、わかりやすく見えると思うんです。アルバムのほうにももちろんそれがあるんだと思うんですが、すごく切り刻まれてJポップの形の裏に滲むくらいの程度になっていて。
というか、その尖った分量を減らすことも意識してさえいるんですよね。ヴォーカル・チョップみたいな手法とかは、もはやちょっと不良かもと思って減らしたところもあります。スカイラー・スペンサーの曲とかも、過剰なエディットを排除する作業をしたり。

まさにいまその名前を出したかったんですけども、スカイラー・スペンサーってセイント・ペプシでしょ? 普通に歌っとるやんか、みたいな驚きもあって。

ポップスというのは内と外の認識というか、それをどう定義するかだと。

野田:Jポップと言ってしまうと語弊があるしね。tofubeatsは、いわゆるポップ・アートみたいなありかたをすごく出していると思うんだよね。ポップ・アルバムを作ろうとしているのはひしひしと伝わってくるんだけど、トーフにとってポップ・ミュージックは、さっきの現状認識に照らすと「焼け野原に近い」わけなんでしょう? 要するにろくな音楽がないっていうか。

TB:まぁ、なくはないですけどね。

野田:そういう中でいいポップ・ミュージックを作りたいということだと思うんだけど、それは何なの?

TB:一昨日、Seihoさんとしゃべっていて、「『POSITIVE』についてひとことだけ言いたいことがある。これを聴くと、tofubeatsくんのどこまでが外でどこまでが内かわかる」と言われたんですよ。だからポップスというのは内と外の認識というか、それをどう定義するかだと。
今回、小室さんと作りながら話していたんですけど、小室さんが何百万枚と売れていた時期でも、小室さんが言うには「絶対に売れない曲」が最初にできるんですって。僕の『STAKEHOLDER』みたいな、自分の好きなことだけをやった曲ができるそうなんですよ。でも、そこから1000人分、2000人分とアレンジで積んでいくんです。ここをこうしたら1万人増えるっていうメソッドがあるんですよ。ここまでやるとラジオ・レベル、ここからはテレビ・レベル……ただ、自分の好きなものからは離れていくっていう。まさに内からどんどんと外へ広げていく作業をアレンジでやるんですよ。それをやるのがJポップだっていう話で、それがみんなに喜んでもらうということだと。俺はそこまでは達観できないですけど、自分のなかにある感覚としては、「内」と「外」というのはたしかにあるんです。

野田:その小室さんが使っていた、内側から第一段階、第二段階と離れていく手法は、いまでも通用すると思った?

TB:俺は思わないです。それはもちろん時代的なものもあるので。ただ、それと同じことがやれるひとに、中田ヤスタカさんがいるって思います。本当かどうかわからないから真に受けないでほしいんですが、「時代の一歩先じゃお客さんにわからないから、半歩先じゃないとダメだ」って言われていたそうなんですよ。それはそのとおりで、俺はそれをわかっていてやらないのが品のよさだとは思うんですけど、そこで「半歩」を選べるひとはプロデューサーとして優秀だと思う。
そのあたり、僕はジレンマがあるんで──養う家族とかがいるわけでもないんで、僕はそこで折れる必要がないんです。でもそこで半歩を意識するのがポップスなんじゃないかな、と。まったく意識しないとアーティストっぽくなっていくんですけどね。僕が神戸とか東京とか言うのも、内と外を定義するからなんです。それが僕自身のポップス観に近いって感じですかね。それでSeihoさんに、「トーフくんがどこからどこまでが仲間だと思っているかがわかる」って言われたんですよ。

野田:なるほど。しかし「1000人、2000人」って、すごい発想だなー。フィル・スペクターとか誰でもいいんだけど、そんなふうには作っていなかったと思うんですよね。

TB:それはまさにJポップという感じが出ているんだと思います。でもグラミー全盛のときもそうだったんじゃないかって感じがするんですよね。メロディ・メイカーが別にいるっていうのも、まさにそれを表しているように見えるし。
あと、小室さんからその話をうかがってから、2000年くらいに放送された小室さんの『情熱大陸』(TBS)を見なおしたんですよ。そしたら小室さんが「あ、1000人減った」って言うくだりがあったんですよ(笑)。15年前に言ってるから本当だって思ったんですよね。でも小室さんはその中でも「ピアノ・アルバムをやりたい」って言って、無理してそういう作品を作っちゃう部分もある。やり方っていっぱいあると思うんですよ。内と外があるとして、毎回外を打つ人もいれば、内のものと外のものを作ってバランスを取る人もいるじゃないですか。おもしろいと思いますね。

「いま1000人積めたな」っていうのは、音楽が本当にたくさんの人と文化を動かしていた時代のダイナミズムであって、いまその発想を支えるものがあるかというと──

TB:動いて2、3人くらいなんですよ(笑)。

ははっ、ご謙遜! あるいは、CDというフォームじゃなければむしろ昔よりもたくさんのひとたちが音楽を楽しんでいるかもしれない、といういまは、「1000人積みます」っていう商業ベースの考え方が、逆に特別にかっこよかったりワンダーだったりもすると思うんですね。そのあたりのスタンスは、tofubeatsはどうやって取っているんですか?

TB:だからそこで「力を抜いてみよう」というのでできたのがこれというか。エゴをマックスでやらないとどうなるんだろう、みたいな感じですかね。それに世の中がもっと世知辛くなっていったときに、みんなはどんどんアーティスティックになっていくと思うんですよ。あと、何も定義がないから、自分のやりたい音楽をやるしかないんですよね。だから対社会的なものを作るっていうのは……どうなんですかね。それも時代によりけりだと思うんですけど、いまの時代としては、来年はマジメなやつを作っても大丈夫なんじゃないかという気もしているんです。だから、こういうのを作れる間に作っておこうというのもあったかもしれないですね。

来年はマジメなやつを作っても大丈夫なんじゃないかという気もしているんです。

ああ、なるほど。それは「2015年じゃないとできない」というさっきの発言ともつながりますね。「今年」のニュアンスをもうちょっと聞きたいです。

TB:今年は『Maltine Book(SWITCH特別編集号)』とかが出ていますけど、どこか荒野っぽいというか。tomad社長みたいな人は、そこに今度は砂が盛り上がって枯山水ができ上がるとか、Seihoさんとか岡田さんみたいに、開拓時代だから好きなことができると言っているひともいる。僕は流行のなかでそこにどうやってタッチしていこうか試行錯誤しているので、ブームみたいなものがなくなるとかえって距離が取れなくなってしまうっていうか……、そういう定義がどんどんなくなっていくんで、最後はどういう音楽をやっていくか、いま自分自身に問いかけられつつあるんです。だから内と外がなくなったときにどうやろう? という不安がありますね。

それは突き詰まった答えをいつか聴いてみたいですね。ではtofubeatsから見た理想的なポップ像というと、どんなものになりますか?

TB:「気概がある」っていう言い方になっちゃうんですけど……。ある人が言っていたんですが、すごく有名なバンドでも、後進にたいしてエデュケーショナルな感じがない音楽が多いでしょう? その向こう側はあんまり見えないっていう。たとえばNonaReevesとか、聴いてみるとその向こうにある音楽がわかるじゃないですか? 当人がそうなりたいと思って動いたんだなって。そういうのであってほしいとは思うんです。この音楽を聴くことによって、何か作用が起きてほしいというか。それは音楽的な作用です。それを聴いてダンスをはじめるとかでもいいんですが、僕が理想だと思うJポップは、音楽を聴いて、音楽の作用が起きるのがいい。もっと音楽を聴こうと思わせてくれるというか、そういうものが優秀だという定義がなんとなくある。ただ、サザンを聴いてそう思うひともいるでしょうから、人によりけりなんですけどね。でも、僕が好きなのは「なんやこれ、もうちょっと調べてみよ」となる音楽というか。

僕が理想だと思うJポップは、音楽を聴いて、音楽の作用が起きるのがいい。もっと音楽を聴こうと思わせてくれるというか。

野田:参照性が高い音楽?

TB:同列の音楽に行ってもいいんですよ。たとえばアクフェン(Akufen)を聴いて、「カットアップってなんだろう?」と思って、アクフェンとぜんぜんちがうやつを聴くというか。そうさせてくれる音楽が好きなんです。

野田:それをポップ・ミュージックのより大衆側でやるってこと?

TB:そうです。だからおもしろいアイドルの音楽を聴くのと、アイドルの曲を聴こうとなるのはまた別の原理じゃないですか? もっと音楽的な広がりを与えてくれるものというか。そういうものがJポップのチャートに入ってほしい、という願いがありますね。
今日はJ-WAVEでさっきまでイヴェントがあって、フットワークが流れててめちゃびっくりしたんですよ。ラジオでEDM以外のクラブ・ミュージックがかかることってほぼ無いんですね。先週、車に乗ってたら大阪のFMからスウィンドル(Swindle)が流れてきてびっくりして。

野田:それは本当にたまたまだね(笑)。

TB:協賛番組でその局制作じゃない番組だったんですけど、そういう「おお!」というのがほしくて、びっくりしたいというか。「ああ、またEDMね」とかじゃなくて、いろんな音楽が入った多様性みたいな感じがあるといいなと思うんですけどね。

野田:じゃあ自分でもそれを目指すわけだね。

TB:本当にひとりでやるしかないというか。

でも、〈マルチネ〉さん周辺のなかでもtofubeatsはとくにドラマチックでロマンチックなミュージシャンなのかもしれないとは思いますけどね。程度の差はあれ。

TB:いや、もう本当にドラマ信仰がはなはだしいって問題視されているんですよ(笑)。岡田さんとかにリアリズムに欠け過ぎているとよく言われるんですね。

野田:どういうこと?

TB:深夜ドラマが好きすぎて、なんでもドラマっぽくしちゃうというか、ストーリーをつけちゃうというか。だからインタヴュー受けがいいとかはあるかもしれないんですけど(笑)。なんでも勝手に自分でストーリーにしちゃうっていうのは、半分病気だって言われる。〈マルチネ〉のひとたちは点で物を見れるので……。インターネットと相性がいいのはそれですね。僕がインターネットをやっているけど、レコードを買ったりとかしたいのは、ストーリーがなきゃっていう性質のせいかもしれないです。

それはアルバムの考え方にも影響するかもしれないですね。

TB:なんというか、曲もタイトル単体では評価できないんです。さっきも言ったんですけど、「つながりがないと」とか言っているのはそれに近い気がしますね。

ある意味では商売っていうドライさで音楽を見れないひとなのかもしれない、とか。

TB:だから必死っぽい感じがするのかもしれないですね。

たとえばくるりの岸田さんが歌われているやつとか、EGO-WRAPPIN'の中納さんとの最後の曲だったりとかは、tofubeatsが本当は持っているドラマチックな部分が、彼らの声を通して表に出てこられる。「ドラマチック」というのをダサいと思っているかはわからないですけど、自分で押し込めている部分もあるのかなという感じはするんですね。でもそのあたりの曲は、唯一それが自然に感じられる。

野田:俺は今回のアルバムを聴いて、tofubeatsってこんなに情のひとなのかと思った。

TB:情のひとですよ(笑)。それだけは言わせてください(笑)。

野田:こんなにエモーショナルでペーソスがあるのかと思ったね。

そういういうことを上手く歌うひと、あるいはそういうひとを選んだんだなと思いました。

TB:そうなんですよ。他人経由にして歌うからいいんですよ。あと、歌ってもらわないと自分で聴けないじゃないですか? それがいいんですよ。僕は自分のアルバムは自分で聴きたくて作っているので、自分で聴くためにはひとの声が入っていないといけない。

野田:けっこう泣きのひとなんだよね。

TB:いや、もうめちゃくちゃそういうタイプですよ。

それだとKREVAさんのやつ(“Too Many Girls feat.KREVA”)がおもしろいじゃないですか。半分KREVAさん、半分ご自身みたいな。

TB:あれは『lost decade』でPUNPEEさんとやったのといっしょです。トリがあってオチがあるっていうか。そういうものへの遺伝子レベルでの羨ましがりというか。あと、イケメンが好きなんですよね。自分にないものがあるので。

ひとに歌ってもらっている部分が半分、自分で歌っているのが半分ってなっているじゃないですか?

TB:そうですね。

その意味で、出てくるものが他の曲とはちょっとちがうような気がしたんですけどね(笑)。

TB:これは半分コミック・ソングみたいな感じなんですけどね。

「このひとはこれを守っているんだな」ってわかるミュージシャンが好き。

テクニカルな部分というよりも、むしろ曲の表現とか意味みたいな部分を何重にも外側から考えているひとなんだなと思いますね。でも、その「外側感」は自分にとって不自由であったりはしないんですか? あるいは、「もっと無邪気にやれたらいいな」とかって思わないんですか?

TB:無邪気にやりすぎちゃうと品がない感じになっちゃうから。

野田:そこは何か、tofubeatsの中にあるんだね。

TB:そこに関してはボーダーがあるんですよ。いちおう全曲その意識の中に収まっているというのがあるんですよね。

野田:tofubeatsが気にしている品性の部分はわかる気がするね。一歩タガが外れると、それこそEDMのひどいヤツじゃないけども──

TB:曲とか歌詞についても、自分の中でボーダーがあるんですよ。ハーバート(Herbert)なんて、「自分はこれは絶対やらない」みたいなことがサイトにずっと載っているけど、俺もああいうのがあるんです。ああいうのになりたいというのはすごく思ってて。よくわからないけど、「このひとはこれを守っているんだな」ってわかるミュージシャンが好き。俺はボニーさんとか岸田さんにそれを感じるんですよ。小室さんもそうですね。めっちゃ器用なのに、やることを限定するじゃないですか。手癖とかが出ないようにするっていうのは、なかなか難しいような気がするんですよね。

倫理みたいなもの。そういうものをより気にしなきゃいけないというか、最近の若いひとはそういうところにわりと厳しいということは感じるんです。そういう感覚とか、芸術であれ何であれ自分のことをテキパキ説明して、キャリアを切りひらいていけるっていうようなところでも、tofubeatsはひとつのお手本になっているのかもしれないですよ。

TB:どうなんですかね。僕より若いひとは政治とかがもっと好きでしょう。僕らよりもうちょっと下くらいの世代との断絶は感じるんですよ。だからSEALDsとかが“彗星”とか“No.1”とかをかけて演説しているっていうのを聴くと「へぇー」と思うっていうか。

野田:そういう曲がかかってもおかしくはないかもしれないね。

TB:あと、僕のルールのなかには政治を語らないっていうのがあるので。絶対に公の立場では。そういうのが何個かあるんですよね。

今年の感触全体として空を掴んだ感じがありますよ。

野田:tofubeatsをかけるシールズはおもしろいとは思うけどね。それとは別の話なんだけど、今年が焼け野原っていうと俺も似たような感覚があって、2015年ってあんまりおもしろい音楽が多くなかったでしょう?

TB:「これが流行っているな」っていうのもないなって。

野田:たとえばエレクトロニック・ミュージックのシーンを見たときに、とくに新しいものが出ているわけじゃないんだよね。それ以前のほうが動きがたくさんあって。そういう意味でいうと、現行の音楽のおもしろいところとリンクしようとしても、できるところがない。そんな中で音楽を作ろうとなると、「内と外」っていうさっきの言葉が正しいかどうかわからないけど、何かいままでとちがう作り方が求められるというかね。

TB:いまも、周りが言うほど俺は「できた」って感じがしてないんですよ。今年の感触全体として空を掴んだ感じがありますよ。悪いのができたとは思っていないんですけど、これが何かを起こすぞみたいな感じは、今年はしなくって。

それはわからないよ。

TB:起きたら起きたでうれしいですけどね。

でも、「今年」ってもののツマミを上げたり下げたりしてくれる唯一の存在なのかもしれないじゃないですか? 他のひとができないぶん、さらに昔とはその塩梅もちがうってことがわかっているぶん。

野田:まぁ、でも今年は出すのが難しい年だったと思うわけよ。

TB:それはそうですね。

野田:ヴェイパー・ウェーヴでもジュークでもなんでもいいんだけどさ。

だって3月以降『ele-king』は出てないんですよ。書籍の刊行が多くっていろいろ大変だったんですけど、でも何か大きな動きがあったら出てるはずなんで。出たのは別冊の「ポストロック」と「ジム・オルーク」(笑)。

TB:はははは(笑)。やばいなー。

野田:大変な時期だよ。

TB:「荒野になるとハウスが流行る」みたいなtomad社長の意見も正しかったし、俺たちもDJをはじめた頃の音楽を聴くっていう(笑)。

野田:それはシティ・ポップが流行るのと同じだよね。バック・トゥ・ベーシックな感じ。

TB:ディスコのリエディットとかもレコードとかですごく買ってて。「DJはじめたときといっしょじゃん!」ってなるみたいな。しかも作っている曲にはそのフィードバックがないから、余計そういう感じがするというか。単純にやることがなくなったから、自分の出処を確認しているだけなんですよ。

そんななかでギター・バンドはのびのびとやっているんですかね?

TB:バンドも形見が狭いでしょう。

野田:バンドだって真新しいことをやっているわけじゃないじゃん。

真新しいことがないから、シティ・ポップが参照されたり。

TB:あと荒野過ぎてちょっと出てくると拾われちゃうから、余計やりにくくなっていると思いますよ。

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サブスクが今年にできて、ひとつだけありがたかったのが、「プレイリスト」という感覚でアルバムがいちおう戻ってきたというか。


tofubeats
POSITIVE

ワーナーミュージック・ジャパン

J-PopDiscoRap

●初回限定盤
Tower HMV Amazon

●通常盤
Tower HMV Amazon iTunes

でも、なんだかインターネットが自由の空間を開き過ぎてしまって、産業とかユース・カルチャーとしては苦境でも、音楽そのものにとっては案外いい時期なんじゃないかと感じたこともありましたけどね。

TB:ていうか、インターネットが前提になったから、〈マルチネ・レコード〉は新しくもなんともなくなって瓦解したというか。10周年のタイミングで社長も本を出して、いちど解き放ったというか、適度なところで区切りをつけたというのもあるとは思いますけどね。

アルバムというフォーマットにすることにどういう意味があるのかがより問われるようになったという感じもします。それぞれがそれぞれのタイムラインで、単品で音楽を聴いているわけなんで……。そういうタイムライン乱立状況の中でアルバムを考えるときに、Jポップという亡霊がもう一回召喚されてくるんだと思うんですけど、そういう意味では今回のアルバム、すごくアルバムですよね。

TB:それで言えば、サブスクが今年にできて、ひとつだけありがたかったのが、「プレイリスト」という感覚でアルバムがいちおう戻ってきたというか。単曲配信の場合は1曲配信なので、アルバムを聴くっていうモチベーションを、料金的なところでは与えにくかったんですよね。しかもYoutubeから単曲のリンクに飛んでってなると、どうしてもそうなる。それがこのサブスクを経て、価格的な面では障壁がなくなったから、アルバムにいきやすくなった。──たとえば僕がアップル・ミュージックで何を聴いているかというと、ブライアン・イーノとか〈メゴ〉。僕、中学生のころから好きで。でもいま、それをアルバムで聴くっていう、有線みたいな使い方になっているんですよね。そういう意味で、逆にいまの状況だとアルバムを聴くと思ったんですよ。しかもアップル・ミュージックって、知っているアーティストしか検索できないじゃないですか? 紹介してくれるものも知っているアーティストに関連しているものなんで、いきなりヘビメタの知らないアルバムを紹介されて「いいな」と思うことはないんですよ。だから知っているアーティストを検索して聴くという系統だった聴き方も生まれる。

古い聴き方とある意味では同じ。

TB:しかもより拘束力なしに聴かせる。だって、いまだったら一回CDをPCに取り込んで聴かせるってなっちゃうんで、そういう意味ではアップル・ミュージックは曲を順番に聴かせる力があると思うんです。それでプレイリストとなると、CDマックスに入れるのは長いなってなって、今作はトータル56分とかになっているわけです。

アルバムの話はおもしろいですね。なるほど、そこも考えられていると。

TB:インスト曲とかも作ったんですけど結局入れなくて、レーベルにも「入れるかもしれないから待っててくれ」って言っていたんですけど、やっぱり長いから全部は入れなかったんですよね。ヴォーカル曲が続くのもそれが理由で。

それはポジティヴな理由としておもしろいかもしれないですよね。

野田:ここまで考えなければいけないんだね(笑)。

逆にそこまで考えるプロデューサーに、今度はさらなる「アーティスト性」が加わるようになってきたというか。まぁ、そのアーティスト性は不幸なのかもしれないですけども。

TB:不幸とかさんざん言われましたけど、今年に入ってそれが当たり前なんだなって感じですね。インターネットと同じで前提みたいな。

だからこの「ポジティヴ」ってニュアンスにも、無理やり裏返して明るくしようみたいなものが無いですよね。

TB:今回は「ポジティヴ(笑)」とかじゃなくて、本当にポジティヴ。

今回は「ポジティヴ(笑)」とかじゃなくて、本当にポジティヴ。

野田:ところで、どうしてトーフビーツはこのイラストレーターが好きなの?

TB:今回のポジティヴっていうテーマは全体的におもしろくて、そのことばが最初にあると、携わるみんながちょっとずつ「外」を意識して、みんながみんなっぽくないんですよ。このイラストの山根慶丈さんにしても、デザイナーの岩屋民穂さんに関しても、みんなちょっと自分よりも「ちょっと前」に出てるんです。だから、このチアガールもちょっとがんばったものなんです。僕が本当に好きな絵もジャケットになっているのとはちがう。展覧会とかで出している、もうちょっとヴィヴィッドな色使いの絵だったりするんですけど、すべてはそこへの導入として存在しているので……。
でも、アートワークに関しては一任しているところがあるので、絶対に自分の好きな絵を描いてもらおうというのはないです。この人の絵は……なんで好きなんですかね。絵が好きなのもあるんですけど、同い年で、“水星”のときからやってくれていることも、もうひとつの大事なことというか。女版tofubeatsと言われたコミュ力のなさ(笑)。いまはぜんぜん明るいんですけどね。だからいまでもそういうひとたちといっしょにやるというのを、モチヴェーションとして持っておきたいというか。

ポジティヴっていうキーワードは、デザイナーさんとの会話の中から出てきたんでしたっけ?

TB:そうですね、絵を描く前からポジティヴって言葉はあったので、前進しているスポーツだけ描いてくださいと。

スポーツっていう指示はあったんですね。

TB:それはアート・ディレクターの方からあって、僕は何も言ってませんでした。僕はこの子が昔描いていたカヌーの絵がすごく好きだったので、僕からは「アングルを変えてヨットの絵を書いてください」と言っただけでした。どこで使ってもいいんで、ひとつ水ものを下さいと。僕がお願いしたのはそれだけです。

ポジティヴの表出をスポーツでというのはストレートですね。

TB:そうなんですよ。だから皮肉屋が集まっているのに、みんなマジメにやるっていう。あとPVもひねくれたやつの代名詞みたいなスケブリさんが監督だったんですけど、それがあんなヴィヴィッドな色使いの映像を撮るなんて……っていう感慨も。そういうものの積み重ねで、作っているほうは全員おもしろかったんですよ。らしくないものができたねって意味で。

野田:あんまりトーフビーツが汗をかいて走るなんてイメージはないもんね。

TB:いちおうバレー・ボールをやってるんですけどね。

これはハイスクールな感じですよね。

TB:そうですね(笑)。スポ―ツもいちおう白人がやるやつをやっているんですけど。

野田:嫌味なほど見せつけてるよね(笑)。何か意図なのかなと思って。

TB:そういうもんだと思いますよ。「俺たち文化系が思うポジティヴってこんなもんだろ?」みたいな。「マジョリティはこんなのが好きだろ?」みたいな(笑)。願望なのかもしれないですけどね。

だったとしても、やみくもに「頑張ろうぜ!」と言われるのとはちがったメッセージを受け取りますけどね。あと、いちおうトーフさん的にもひとつの区切りになるリリースのタイトルとして『POSITIVE』なわけなので、ここはどうしても何か意味を見たくなるところでもあります。


僕の場合は舞台っぽいのが好きっていうのがあるんで。(中略)「劇っぽい曲」「劇っぽいアルバム」という意味ではなくて、システムとして、みんなが立ちまわっているのがいいみたいな。

TB:本当は一点だけディレクションしたところがあって、もともとはこの女の子の足が太かったんで、そこだけ細くしてもらったんですよ。本当に注文をつけたのはそれだけですね。チアをやっているひとは実際は足が太いんですよ。だけどそこを細くしてほしかっただけです。

野田:それを考えると、本当にロマンチストだよね。

フィクション性が高いというか。

TB:トラック・メイカーたちと、よく、「曲を作るときにどういうイメージで作るか」っていう話になるんですよ。seihoさんは静物が好きなんですよね。彫刻とか。最近だったら生花をやったりとか。僕の場合は舞台っぽいのが好きっていうのがあるんで。さっき言ったロマンチストじゃないですけけど、舞台の上に上げてパッケージするみたいな。そうやってアルバムができるのが理想ですかね。「劇っぽい曲」「劇っぽいアルバム」という意味ではなくて、システムとして、みんなが立ちまわっているのがいいみたいな。

ポジティヴなイメージを打ち出すことへの、否定的な気分っていうのも世間にはあるじゃないですか。でもトーフが言えば「ポジティヴって言っていいんだ」って、世間の空気に色を差すことができる。ただ、「未来には期待したいし」の「したいし」っていう微妙なところに躊躇みたいなものもあるのかなとは感じるんですが。

TB:まぁ、期待してないんですけどね。空気を引っ張れるかどうかは売り上げ次第ですが(笑)。どうなるんだろうなって感じです。

それこそSEALDsが“水星”を使ったのがリアルタイムじゃないのと同じように、何がどう影響してくるかわからないじゃないですか。

TB:わからないですね。アップル・ミュージックの動画に出たりとか。

野田:tofubeatsのアドバンテージって、どんなアウトプットにも対応できているところかなと思うんだよね。〈マルチネ〉って背景があるのに、すごく現代的なセンスもあるわけだからさ。だからそこはすごく強みだと思うんですよ。ブルートゥースで飛ばして聴いているやつにも、昔ながらの聴き方をしているやつにも対応しようとしているわけだから。

TB:そもそも聴くひとの年齢層を広げることが、メジャーに属することのメリットですからね。

野田:tofubeatsの最近の活動ですごく驚いたのが、KOHHの『YELLOW T△PE 3』に入ったことなんだよね。

TB:あれはびっくりしました。チェックされてるんだ、って。僕にとってすごく自信になりました。あの曲(“Drum Machine(Freestyl)”)は〈マルチネ〉が「社員旅行」とかいって沖縄に旅行に行ったことに腹を立てて作った曲なんですよ。

野田:あの曲もすごくよかったと思うよ。だってANARCHYとか般若とかさ、ゴリゴリなヒップホップのひとたちのなかにtofubeatsがいるのがすごいんだよね。

TB:まだ会ったことはないんですよね。ただ、あれがパロディだったことを理解してもらっていた感じがあって──「面白半分でやってんな、こいつ」みたいな(笑)。あれがウケたことが自分自身とてもおもしろかったし、すごい身体感覚だなと思いました。

野田:俺は、tofubeatsはKOHHに参加したりすることで自分のバランスを取っているのかなと思ったんだけど、自分から参加したわけじゃないんだね。

TB:勝手に選んでくれた、という。あの曲を作ったこと自体は自分なりのバランスかもしれませんけど、KOHHがやってくれたことによって、自分のなかで成仏した部分があったというか。そういうのを褒めてもらう機会も減っているわけで、やれる機会も少ないんですよね。あとは大っぴらにできなくなっているような曲もあるんで、別名義とかであっても、ああやってもらえると個人的には成仏感が出るというか。ああいうことがあるのでどっちも充実させたいと思います。

野田:だから、tofubeatsはただ単にこのアルバムみたいなことをやっているわけじゃないんだね。もちろんこの作品は今年のアウトプットにおける、ひとつのピースだけど。

アップル・ミュージックの看板の画像に、インスタグラムで初めてパラ・ワンが「いいね!」してくれたんですよ。

TB:われわれは『POSITIVE』を出しただけではなく、更新もしようとしているわけです。そうなると1年で2枚リリースなんですよ。だからあと2年間は……(笑)。それこそ電気グルーヴ状態に突入していくと。3枚までいくとあの感じになってくるわけですから。だから、急にハードテクノとか作るかもしれないですよ(笑)。

野田:電気の『J-POP』(2008)を越えるナンセンスなアルバムを作ってほしいけどね。

TB:あれを作ったのは40歳くらいになってからでしょう(笑)? 『J-POP』までいくと、いちど休止してからのやつじゃないですか。あそこまで行きたいですけどね。ただ、僕ひとりっていうところが、電気グルーヴ的な高さへ届かせるにはなかなか……。

野田:たしかにそうだよね。

TB:リリー・フランキーと同じメガネ、ピエール瀧と同じシャツを着ても、『凶悪』にはなれないように(笑)。趣味どんかぶりやん、みたいなことに気づいてびっくりしましたけどね。

(一同笑)

やり尽くしてないこともありますよね。

TB:まだまだ行けるんです。あと、これは最近言われるんですけど、27歳説というのを先輩から聞いたんです。小室さんとかも27歳でやっとオリコンのベスト100に入ったっていう。テイ・トウワさんも25歳デビューで、27歳でDeee-Liteの“グルーヴ・イズ・イン・ザ・ハート”ですから、27歳までは続けるといいよっていろんなひとに言われるんですよ。それに27歳のときにインディでやっているかメジャーでやっているかだったら、メジャーの方がレアかなと思って。いまの計算でいくときっと27のころもメジャーにいられそうだし、縁起をかつぐ意味でも(笑)、そこまでやってみようかなとは思います。一人でやっていると見えないことも多いですし。僕はただでさえ先輩の言うことを素直に受け止める人間ではないんですけど、でもそれがテイさんと小室さんなら話がちがう。こういうのはメジャーに来たおかげですよね。
あと、余談ですけど、アップル・ミュージックの看板の画像に、インスタグラムで初めてパラ・ワンが「いいね!」してくれたんですよ。ほんと、あの記事ありがとうございました(「Tofubeats × Para One──これから最高と呼ばれる音楽」ele-king vol.13収録、2014年にウェブにて再掲載)。ちょうどこれからメジャーに行くってタイミングで、「じゃあ、がんばってね」ってことで終わったじゃないですか。なんか、そっちのオチもひとつついたというか。めっちゃうれしかったですね!

TREKKIE TRAX - ele-king

 東京を拠点に活動する新進気鋭のDJチーム、トレッキー・トラックスが、イギリスのラジオ局リンスFMに出演する。
 リンスFMは海賊放送に端を発する、イギリスのアンダーグラウンド・シーンにおけるシンボルのひとつだ。現在も、ベンUFOやワンマンといった人気DJのたちがレギュラー番組を受け持っており、ハウスからグライムやジャングルに至る、様々なジャンルの最新ミックスが毎日披露されている。
 今回トレッキー・トラックスが出演するのは、スコットランドの音楽都市、グラスゴーを拠点に活動するレ―ベル〈ラッキーミー〉がリンスFM内に持つ番組だ。同レーベルからはグラスゴー出身のハドソン・モホークやラスティもリリースをしており、UKの北部から大きな影響を与えてきた。
 放送時間は明日10月1日のイギリス時間の23:00(日本では2日の朝7時から)。番組はリンスFMのホームページから視聴が可能で、後日ポッドキャストもアップされる予定。

Rinse FM
https://rinse.fm/

LuckyMe
https://thisisluckyme.com/

TREKKIE TRAX
TREKKIE TRAXは2012年に日本の若手DJが中心となり発足したインターネッ・トレーベル/クリエイター集団である。これまでのテンプレートに囚われない様々な音楽を世界に向けて発信することを指針とし、全国各地で活動しているトラックメーカーとともに楽曲リリースを行っている。主要メンバーは東京を中心にDJ活動を行っており、ageHa、WOMB、UNIT、asiaなどの日本を代表するクラブで日夜プレイをしている。TREKKIE TRAX CREWとしてはTOYOTA ROCK FESTIVAL 2013を皮切りに日本各地へ遠征を開始。FEED ME、Alizzz、Bobby Tank、Obey City、Elijah&Skilliamとの共演やHYPER DUBの10周年スペシャル・レーベル・ショウケースへの出演も果たす。2014年2月には代官山UNITで盟友 LEF!!! CREW!!!、Hyper Juice とサウンドクラッシュを行う。会場のみならず、後にyoutube上にupされた動画から多くの日本のユースを熱狂の渦へ巻き込んだ。TREKKIE TRAXは2014年末までフリーダウンロードの形式でのリリースが主であったが、2015年より世界最大級の音楽プラットフォームであるiTunes Store・Beatportでの音楽配信、さらにレコードやCDのフィジカルでのニュー・リリース・ラインを開始。さらにリリースと同時に全国ツアー、海外でのアクトを敢行するなど多くの人々に日本の音楽を届けるため、活動の幅を大きく広げている。また国内だけでなく、フィンランドの名門レーベルTOP BILLINとのコラボレーション企画第一弾のコンピレーション「Trekkie Trax Japan Vol.1」が2014年4月にリリース。さらに楽曲はSkrillex主宰レーベルOWSLAの運営するブログ"Nest HQ"、世界最大のEDMポータルサイトである"EDM.com"や"Do Androids Dance"、大手ネットマガジン"Pichfork"や"Thump"で取り上げられ、「Rinse.FM」「BBC Radio 1Xtra」などのラジオ局もプレイされるなど、DJ、楽曲共に国内外で高い評価を得ている。活動はラジオ・パーソナリティまで幅をのばし、m-floのTaku Takahashiが局長を務める日本最大のクラブ・ミュージック・インターネット・ラジオ「Block.fm」にてクルーのSeimei & Taimei、andrewによる「Rewind!!!」が2013年12月よりスタートした。その活躍は今後の日本のユースシーンを牽引するいまもっとも注目すべきレーベル、DJ集団と言える。
https://www.trekkie-trax.com/

MALA & COKI -Digital Mystikz - ele-king

東京においてドラムンベース、ダブステップ、グライムで活躍する先鋭的なアーティストを紹介し続けてきたパーティ、DBSが今年で19周年を迎える。今回、モントルー・ジャズ・フェスティヴァルの一貫として行われるイベントに、そのアニヴァーサリーにふさわしいディジタル・ミスティックズことマーラ&コーキが出演する。
ふたりがロンドンで開催しているパーティであるdmzも、今年で10周年を迎えた。チケットと毎年恒例のTシャツもソールド・アウトになってしまうほど、その人気は健在だ。先日マーラの〈ディープ・メディ〉からリリースされたカーン、コモド、ガンツらによる作品を聴けばわかるとおり、ダブステップはいまだにその音を更新し続けている。ディジタル・ミスティックズのふたりのステージでは、毎度未発表のダブ・プレートがプレイされるので、シーンの現在と未来を今回も堪能できることは間違いない。
日本からは、マーラの盟友であり、孤高の重低音をクリエイトし続ける〈バック・トゥ・チル〉のゴス・トラッド。先日、所属レーベル〈グルーズ〉からレコードをリリースしたばかりのヘルクトラム。さらにアフリカ、マリの伝統楽器コラ奏者のママドゥ・ドゥーンビアらが出演する。
 

Montreux Jazz Festival Japan 2015
DBS 19th Anniversary
MALA & COKI -Digital Mystikz

10.11 (SUN) @ UNIT
open/start 23:30
adv.3,300yen / door 3,800yen

出演
UNIT:
MALA & COKI -Digital Mystikz
wuth.
GOTH-TRAD
MAMADOU DOUMBIA(Live)
HELKTRAM

Saloon:
DJ INZA
SIVARIDER
DJ DON
TETSUJI TANAKA
SHINTARO

info. 03.5459.8630 UNIT
Ticket outlets:NOW ON SALE
PIA (0570-02-9999/P-code: 274-844)、 LAWSON (L-code: 73842)
e+ (UNIT携帯サイトから購入できます)
clubberia/https://www.clubberia.com/store/
渋谷/disk union CLUB MUSIC SHOP (3476-2627)、TECHNIQUE(5458-4143)、GANBAN(3477-5701)
代官山/UNIT (5459-8630)
原宿/GLOCAL RECORDS(090-3807-2073)
下北沢/DISC SHOP ZERO (5432-6129)、JET SET TOKYO (5452-2262)、disk union CLUB MUSIC SHOP(5738-2971)
新宿/disk union CLUB MUSIC SHOP (5919-2422)、Dub Store Record Mart (3364-5251)
吉祥寺/Jar-Beat Record (0422-42-4877)、disk union (0422-20-8062)
町田/disk union (042-720-7240)
千葉/disk union (043-224-6372)

UNIT
Za HOUSE BLD. 1-34-17 EBISU-NISHI, SHIBUYA-KU, TOKYO
tel.03-5459-8630
www.unit-tokyo.com

出演者情報
MALA & COKI(DIGITAL MYSTIKZ)
ダブステップのパイオニア、DIGITAL MYSTIKZはサウス・ロンドン出身のMALAとCOKIの2人組。ジャングル/ドラム&ベース、ダブ/ルーツ・レゲエ、UKガラージ等の影響下に育った彼らは、独自の重低音ビーツを生み出すべく制作を始め、アンダーグラウンドから胎動したダブステップ・シーンの中核となる。
'03年にBig Apple Recordsから"Pathways EP"をリリース、'04年には盟友のLOEFAHを交え自分達のレーベル、DMZを旗揚げ、本格的なリリースを展開していく。そして名門Rephlexのコンピレーション『GRIME 2』にフィーチャーされ、脚光を浴びる。また'05年からDMZのクラブナイトを開催、ブリクストン、リーズでのレギュラーで着実に支持者を増やし、ヨーロッパ各国やアメリカにも波及する。
'06年にはSoul Jazzからの2枚のシングル・リリースでダブステップとDIGITAL MYSTIKZ の知名度を一気に高め、DMZの作品もロングセラーを続ける。また同年にMALAは個人レーベル、Deep Medi Musikを設立、以来自作の他にもGOTH-TRAD、KROMESTAR、SKREAM、SILKIE、CALIBRE、PINCHらの作品を続々と送り出し、シーンの最前線に立つ。一方のCOKIは'07年にBENGAと共作した"Night"をTempaから発表、キャッチーな同曲は'08年に爆発的ヒットとなり、ダブステップの一般的普及に大きく貢献する。
そして'10年にはDIGITAL MYSTIKZ 名義によるMALAの1st.アルバム『RETURN II SPACE』がアナログ3枚組でリリース、壮大なスケールでMALAのスピリチュアルな音宇宙を明示する。そしてCOKIも同年末、やはりDIGITAL MYSTIKZ 名義でアルバム『URBAN ETHICS』を発表(P-VINEより日本盤発売)、血肉となるレゲエへの愛情と野性味溢れる独自のサウンドを披露する。その後もDMZから"Don't Get It Twistes"、Tempaから"Boomba"等、コンスタントに良質なリリースを重ねつつ、11年から謎のホワイト・レーベルのAWDで著名アーティストのリワークを発表、そして12年、遂に自己のレーベル、Don't Get It Twistedを立ち上げ、"Bob's Pillow/Spooky"を発表。
MALAはGILLESの発案で'11年、彼と一緒にキューバを訪れる。そしてMALAは現地の音楽家とセッションを重ね、持ち帰った膨大なサンプル音源を再構築し、'12年9月、GILLESのBrownswoodからアルバム『MALA IN CUBA』を発表(Beatinkから日本盤発売)、キューバのルーツ・ミュージックとMALAのエクスペリメンタルなサウンドが融合し、ワールド・ミュージック/エレクトロニック・ミュージックを革新する。
"Come meditate on bass weight!"

GOTH-TRAD (deep-medi,BTC)
ミキシングを自在に操り、様々なアプローチで ダンスミュージックを生み出すサウンド・オ リジネイター。03年に1st.アルバム『GOTH-TRAD』を発表。国内、ヨーロッパを中心に海外ツアーを始める。05年には 2nd.アルバム『THE INVERTED PERSPECTIVE』をリリース。また同年"Mad Rave"と称した新たなダンスミュージックへのアプローチを打ち出し、3rd.アルバム『MAD RAVER'S DANCE FLOOR』を発表。06年には自身のパーティー「Back To Chill」を開始する。『MAD RAVER'S~』収録曲"Back To Chill"が本場ロンドンの DUBSTEP シーンで話題となり、07年にUKのレーベル、SKUD BEATから『Back To Chill EP』、MALAが主宰するDEEP MEDi MUSIKから"Cut End/Flags"をリリース。12年2月、DEEP MEDiから待望のニューアルバム『NEW EPOCH』を発表、斬新かつルーツに根差した音楽性に世界が驚愕し、精力的なツアーで各地を席巻している。
https://www.gothtrad.com/
https://www.facebook.com/gothtrad

Mamadou Doumbia
マリ共和国クリコロ生まれ。11才よりギターを始め、高校時代より既にレコーディングをするなど学生ミュージシャンとしてキャりアをつむ。緻密で鋭い切れのギターワークが持ち味。音楽大国マリのビックバンド、バマサマ、レイル、両バンドのメンバーとして早くから活躍する。1982年、マリの国営バンドレール・バンドのリード・ギタリストとして抜擢されると、同バンドのリード・シンガーサリフ・ケイタと意気投合。1984年にサリフ・ケイタがパリに拠点を移すと、その2年後の1986年に渡仏。サリフ・ケイタを始め、さまざまなミュージシャンのバックバンドを精力的に務める。1990年にサリフ・ケイタのバックバンドの一員として初来日。ワールドミュージックブームと日本の音楽情報の流通形態に感銘を受け、翌1991年から日本に拠点に移す。1993年にマンディンカを結成。翌1994年からアフリカの民族楽器コラを独学で習得し、それをバンドサウンドのひとつとして取り入れている。1997年1月にバンド名をMAMADOU DOUMBIA with MANDINKAと改め、セカンドアルバム「YAFA」をリリースし、イギリスBBCの年間ベストアルバムに選ばれる。コラを片手に講演活動するなど、多方面で精力的に活動している。


 安保法制をめぐって、国会前デモが盛り上がりを見せている。納得できないことがあれば声をあげるべきだし、デモなんてどんどんやればいい。それ自体は健全なことだ。反対派の議論に対する批判はありうるとしても(僕自身、今回の安保法案に対しては反対の立場である一方で、「戦争法案」というスローガンには批判的な気持ちがある)、デモをすること自体は批判されるべきではない。


Sylvia Striplin
Give Me Your Love

Pヴァイン

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田我流
STRAIGHT OUTTA 138 FEAT. ECD

MARY JOY / JET SET

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ECD
いるべき場所

メディア総合研究所

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 さて今回、SEALDsをはじめとして、若い世代が声をあげたことが注目されている。特徴としては、従来の政治運動と比べてノリがより音楽的になった、ということが挙げられる。ライムスター宇多丸は自身のラジオで、国会前デモのシュプレヒコールを「日本語ラップ以降」だとしていた。僕自身、実際にデモに行ったとき、言葉の乗せかたがオフビート気味で、その点に「日本語ラップ以降」感を覚えたのはたしかだ。具体的に言うと、裏から入る「民主主義ってなんだ!」と「安倍はやめろ!」というシュプレヒコールが、すごく「日本語ラップ以降」的だと思った。あるいは、僕が行ったときのデモでは、シルヴィア・ストリプリン“ギヴ・ミー・ユア・ラヴ”が流されていたが、この曲はヒップホップの定番ネタとして有名なディスコ・クラシックである。さらに言えば、いまではすっかり定着した感のある「言うこと聞かせる番だ、俺たちが」というかけ声は、ECDが、田我流による反原発ソング“Straght Outta 138”に客演したさい披露したパンチラインである。このように、国会前デモでは、ヒップホップのマナーが多く意識されていた。

 ところで、この「言うこと聞かせる番だ、俺たちが」というラインだが、ECDはそれ以前、「言うこと聞くよな奴らじゃないぞ」というリリックを書いている。というのも、2003年、渋谷でイラク戦争に反対する大規模なサウンド・デモがおこなわれたさい、ECDは「言うこと聞くよな奴らじゃないぞ」というデモ参加者の声を受けて、即日“言うこと聞くよな奴らじゃないぞ”と題された曲を発表した。朱里エイコの曲に合わせてラップした“言うこと聞くよな奴らじゃないぞ”は、のちに7インチとCD-Rのかたちで自主制作され、円盤などで売られることになる。リリックの出自、トラックもろ使いという形式、流通の形態。どれをとってもオルタナティヴな経済圏を体現する、素晴らしい名曲だ。そしてこの曲が、2000年代後半、高円寺界隈のサウンドデモのアンセムになっていき(この経緯については、ECDの音楽的自伝『いるべき場所』を参照のこと)、震災後の“Straight Outta 138”において、「言うこと聞かせる番だ、俺たちが」と言い換えられていく。現在国会前で叫ばれる「言うこと聞かせる番だ、俺たちが」は、このように10年以上のときを経てのものである。本人の口を離れて、人々に口ずさまれながら生き延びていく言葉。個人的には、ラップの言葉とは、そういうものだと思っている。だから、とくに年長者が、元ネタを知らないだろうままECDのパンチラインを叫んでいるのを見ると、僕なんかは、日本語ラップのファンとして感慨深くなったりする。このように、現在の国会前デモは、確実にここ10年くらいのデモの蓄積がある。現在の国会前デモは、確実に、渋谷のサウンドデモや高円寺のサウンドデモ以降のものとしてある。宇多丸が指摘する「日本語ラップ以降」のシュプレヒコールは、一方で、そのようなサウンドデモの水脈から派生したものである。

 とは言え、「言うこと聞くよな奴らじゃないぞ」から「言うこと聞かせる番だ、俺たちが」への推移には、大きな態度変更があるとも感じる。政治学者の栗原康は、2012年の官邸前デモについて、興味深い感想を書いている。栗原によれば、官邸前デモは行儀がよすぎるみたいだ。

 たぶん、こういうことなのだろう。官邸前デモは、毎週のようによびかけられている。主催者はひとを大量動員して、なんどもなんども首相や議会に圧力をかけたい。そのためにはデモ参加者はおとなくして、問題をおこさないようにしなくてはならない。つぎがなくなったらこまるからだ。とりわけ、原発という生死のかかった問題では、ぜったいにそうしてもらわなければこまるというのだろう。有効な方法だ。でも、そのために、ひとをモノみたいにあつかってもいいのだろうか。これでは、震災直後に政府がやっていたこととかわらないのではないだろうか。しかも、そうおもったとたん、またスピーカーから声がきこえてきた。「暴力行為はやめてください」。ちくしょう。ふと、ため息をついて空をみあげると、ポンポンとペットボトルが宙をまっているのがみえた。警官や主催者のほうにとんでいく。わたしは率直にこうおもった。ざまあみやがれ。(『現代暴力論』)

 たしかに似た印象はある。素人の乱が中心になっていた高円寺のデモは、もっと雑多でわけがわからなかった。その理論的支柱には、いくぶんか単純化されたかたちかもしれないが、「マルチチュード」(ネグリ&ハート)という概念があった印象がある。それに比べると、現在の国会前デモは方向性がたいへん明確である。両者の違いは、引用部の栗原の言葉を借りれば、「動員」への意志の有無ということになろう。高円寺のデモにおいては「動員」はありえなかったが、国会前デモにおいては、それなりの「動員」および政治への働きかけが目指される。つまり、高円寺デモのアンセムであった「言うこと聞くよな奴らじゃないぞ」が、各々が無方向的に勝手にふるまうことを目指すのに対して、国会前デモで叫ばれる「言うこと聞かせる番だ、俺たちが」は、ある方向性に対して自らが「動員」をかけることを目指すのだ。この「動員」性をどう考えるかについては、デモ参加者のなかでも立場が分かれるかもしれない。この変化は、まあ状況的には、当然と言えば当然なのだろう。栗原が言うように、勝手に踊っている場合ではなく、ある程度の意見集約をして政策に反映させなければいけない、「動員」して制度化しなければならない、ということなのだろう。たしかに震災後とは、そういう時代である。ちょうど水越真紀がSEALDsについての文章を書いているが、そこでのキーワードを借りれば、「連帯を恐れず」という気分が、国会前デモにはたしかに存在する。

 個人的に興味深いのは、この「動員」の性質が、音楽的にあらわれているのではないか、ということである。ECDはかつて、サウンドデモで使用される音楽について、「4つ打ちは制度的だから、フリージャズが良い」と言っていた。時期的には「言うこと聞くよな奴らじゃないぞ」の頃である。高円寺デモというのは、そういうECD的な意志が反映されてか、音楽ジャンルからしてすでに雑多であった。DJブースからかかっていた音楽は、覚えている限りでは、トライバル系のヒップホップ(フィラスティンやザ・バグ、M.I.Aなどがかかっていた)、RUMIやMSCなどメッセージ性の強い日本語ラップ、ときどきデトロイト系のハウスやテクノあたりだったか。そして、そのうえにサックスや打楽器などの鳴りものが入って、結果的にフリージャズのような響きを獲得していた。ハードコアのバンドも多くいた。総体として眺めると、とてもユニークであった。ここで重要なことは、リズムが単一でないことである。参加者は、思い思いのリズムに乗ったり乗らなかったりしながら、「マルチチュード」感を体現していた。あるときモーニング娘。“LOVEマシーン”が流れて、一気にシラけていたことも強烈に思い出すが、いずれにせよ、ただ盛り上がればいいわけではなかったと思う。雑多であることを維持し、「動員」的にならないことが、たぶんあの場では重要だったのだ。複雑なリズムの音楽たちは、そのなかで要請されていたはずである。したがって、これは想像するしかないが、もし高円寺の路上デモでシルヴィア・ストリプリンが流れていたら、そのリズムのシンプルさに、やはり少しシラけたのではないかと思う。あの場はやはり、ティンバランド以降のサウンドでないとしんどかったのではないか。


V.A.(東海林太郎、上原敏、近江俊郎、藤山一郎、市丸etc)
みんな輪になれ ~軍国音頭の世界~

ぐらもくらぶ

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 そもそも、音楽と「動員」というのは、切っても切れない関係である。僕自身もジャケットとライナーノーツを書いたCDに、『みんな輪になれ! ~軍国音頭の世界』(監修:辻田真佐憲、ぐらもくらぶ)というのがあるが、「みんな」で拍子を合わせて、同じ振り付けを踊る音頭という形式は、非常に「動員」性の強い音楽であり、それは軍歌にも利用された。軍国音頭ほど露骨にイデオロギッシュではないが、70年代後半の日本のディスコも「動員」性が強い。その証拠に、音頭歌謡とディスコ歌謡のジャケット裏面には、同じような踊り方指南が付されている。オンビートの退屈な振り付けである。このように、日本のダンス音楽は多くの場合、「みんなで踊る」という「動員」のものとしてあるのだ。この性格は、現在のオタ芸やヴィジュアル系における振り付け、あるいは“恋するフォーチュン・クッキー”にいたるまで続いている。高円寺デモにおいては、おそらく、この音楽の「動員」の性格を極力退けようとしていた。いや、音楽を流して高揚感を得るところまでは同じなのだが、その高揚感が安易な一体感になることには警戒していたように思う。興味深いことに、栗原が参照する大杉栄は、「音頭取りの音頭につれて、みんなが踊って」いることを批判して、「みんなが勝手に踊るけいこをしなくちゃならない」と主張している(大杉栄「新秩序の創造」)。だとすれば、栗原の不満は、デモから「みんなが勝手に踊る」という性格が抜け落ちてしまったことによるのだろう。実感としては、理解できる。

 冒頭で書いたとおり、現在の国会前デモは「日本語ラップ以降」とされる。ポピュラー音楽史的に言うと、ヒップホップはディスコのアンチとして出現している。日本でもそれは同じで、決まった振り付けとお約束の選曲にしばられた、ディスコ的なハコDJのアンチとして、気ままに踊らせるクラブDJが登場した。したがって、現在の国会前デモは、高円寺デモほど無方向ではないにせよ、振り付け的「動員」に対してはノーを突きつけていると言える。音楽性の部分で。おそらく国家前デモにおいては、この、振り付け的「動員」と高円寺的無方向との、ちょうどあいだを取るようなバランス感覚が重要だろう。たしかに4つ打ちは制度的だが、ラップはその制度のうえで個性ゆたかなフロウを獲得し続けている。「動員」の性格はあるが、音頭や往年のディスコほど一挙手一投足を統制しようとしていない。シルヴィア・ストリプリンの曲に乗せて、「日本語ラップ」以降的なシュプレヒコールを上げる、というバランス感覚は、その意味でクレバーであり現代的である。政治への働きかけを目指して、それなりに一丸とならなくてはいけない国会前デモにおいては、ひたすら過激で破壊的な音楽が周到に避けられている。多くの人たちを巻き込みつつ、だが安易な「動員」も避けつつ、ぎりぎりシュプレヒコールとして成立するくらいのサウンドと言葉。これこそが、国会前デモでは求められていたものだ。「日本語ラップ以降」とは、そういうバランスである。ちなみに言えば、デモの中心こそシュプレヒコールがあがるが、周縁ではちんどんやパーカッションなど雑多なサウンドが鳴っていたりもする。良くも悪くも、一枚岩ではないことは強調しておきたい。

 ディスコからヒップホップへ。振り付けからダンスへ。音頭からラップへ。現在の国会前デモを音楽的な面から見ると、誰もが参加できる制度を敷きつつ個性を尊重する、という思想が横たわっているように感じる。そこでは、制度と個性を共存させようとする態度が大事だ。というか、制度こそが個性を担保する、という立場かもしれない。なるほど、SEALDsの面々が、かつて新左翼から攻撃された丸山真男を選書リストに入れている理由がわかる。僕自身は、「高円寺一揆」と名指された合法デモで目撃した、あの知性と創造性が、いまだに忘れられないところがある。しかし、現在の状況を考えたとき、安保法案をめぐる国会前デモが、いかに頭と身体を使ったものであるか、とも思う。なにより、政治的な歌詞を歌っていれば政治的なのだ、というレヴェルをはるかに超えて、音楽のありかたそのものが、結果的に政治性を体現しているという状況に、いま・ここを生きる音楽ファンとしては、刺激を受ける。音楽が鳴る場所は、イヤフォンやコンサート会場だけではない。いたるところだ。

 ここまで書いて思い出したが、高円寺デモでは、じゃがたら“でも・デモ・DEMO”もアンセムになっていた。反復するドラムとベースに鋭角的なギター、無方向に飛び散るサックス。この曲は、サウンド的には、ファンクとパンクとフリージャズのハイブリッドだ。僕はDJで、“でも・デモ・DEMO”からハウスにつなぐことが多い。4つ打ち対応可能で、かつ雑多なサウンドが入り乱れる“でも・デモ・DEMO”はあらためて、社会を問い直すさいのサウンドトラックとしてすぐれていると思える。歌詞でなくサウンド的に。デモは、社会に対する、逆接であり、示威であり、試作なのだ。

Interview with Open Reel Ensemble - ele-king

 はじめに言っておくと、オープンリールというのは記録再生装置であって、けっして楽器の名ではない。しかし「オープン・リール・アンサンブル」なるこの5人組ユニットの発言にはたびたびそれを「演奏する」という表現が登場するから、困惑する人もいるだろう。

 はたして彼らはそれを本当に「演奏する」のである。

 東京を拠点として、いまや世界を舞台に活躍する5人組、オープン・リール・アンサンブル(以下ORE)。言葉を積み上げるよりも、ここは一見にしかず。ライヴ映像を一本ご覧になれば、彼らがどんな「演奏」をするのか、そのおおよそが見てとれるだろう。そして同時に、彼らがいかに定義と説明の困難な表現活動を行っているかということも、一瞬でご理解いただけるはずだ。

 以下は、そのオープンリールを「演奏する」男たちに、彼らの活動原理と理念、表現内容について解きほぐしてもらったインタヴューである。

 それは音楽のようであり、パフォーマンス・アートのようであり、ただ実験であり、遊びのようでもあり、歴史の研究であり、ワークショップ(教育)でさえある。さまざまな形態に分化しながらも、彼らは、はじめてオープンリールに触れたときの驚き──テープが回り、手のひらでダイレクトに音が歪む感触を得たという、その鮮やかな感動に駆動されて、いまも活動と探求を続けている。「オープンリール」と発音するときの彼らの目は、表現者というよりも、ほとんど冒険者であり科学少年のそれだ。


Open Reel Ensemble
Vocal Code

Pヴァイン

ElectronicExperimental

Tower HMV Amazon

 いったい彼らはオープンリール──歴史的にはいちどその役目を終えている装置を通して、何を再生しているのだろうか。

 今月発売されたアルバム『Vocal Code』への質問から、話題はいつしか宇宙をめざすエキゾチズム、“空中特急”の隠されたテーマ──彼らの持つ近代観/未来観、そして文明という「主電源」をオンにすることの興奮と畏れについての述懐へと深まっていった。

 演奏をご覧になったならばぜひ、「3ページめ」だけでもお読みいただきたいと思う。2020年、かの祭典の5つの輪に向かって5台のリールを回すのは彼らしかいない。

■Open Reel Ensemble / オープン・リール・アンサンブル
2009年より、和田永(Concept, Programming, Compose)を中心に佐藤公俊(Compose)、難波卓己(Vln)、吉田悠(Per)、吉田匡(Bass)が集まり活動開始。旧式のオープンリール式磁気録音機を現代のコンピュータとドッキングさせ、「楽器」としてして演奏するプロジェクト。リールの回転や動作を手やコンピュータで操作し、その場でテープに録音した音を用いながらアンサンブルで音楽を奏でる。2011年6月に発売されたNTTドコモのスマートフォン「GALAXY S SC-02B」”Space Balloonプロジェクト”(第15回文化庁メディア芸術祭エンターテイメント部門大賞プロジェクト)に音楽で参加し、10月には初となる音源作品『Tape to Tape』を5号オープンリールテープにて限定数リリース。ライブパフォーマンスへの評価も高く、Sonar Tokyo、Sense of Wonder、KAIKOO、BOYCOTT RHYTHM MACHINEなどに出演。海外ではSONAR 2011 Barcelona、ARS ELECTRONICA(in Linz of Austria)に出演している。2015年9月、佐藤と難波が「卒業」。

オープン・リールを初めて触ったときに、これは何かできるぞ、という感触があった──それがともかくもスタートなんです。(和田永)

これ……すごいですよね。


『回転 ~En‐Cyclepedia』(学研マーケティング、2013年)

和田永:はははは!

真面目な話、ネットにインタヴューもいっぱい上がってますし、なによりこの本を読めばOpen Reel Ensemble(以下ORE)については十分なんじゃないかと思います。編集者の方も素晴らしいですが、みなさんご自身もこの中ではかなり編集的に立ち回っておられますよね。誰にどんなインタヴューをするか、みなさんが決められたんですか?

吉田悠:そうですね。それぞれ要素に分けてお話をききたいと思ったんです。音楽的な面は誰で、機械の面は誰で、という感じで。

そうそう。ただ憧れの人に訊きました、というのではなくて、一冊を「編んで」いますよね。

吉田匡:ドクター中松が入っていないのが……心残りなんですけど。

お、では第2巻に期待ですね。そもそもOREはコンセプチュアルなバンドだなと思うわけなんですが、高木正勝さんへのインタヴューの中では、高木さんが「OREは僕と似ているんじゃないか」という旨のご発言をされていますね。いわく、「僕たちはプロではなくて“素人”なんじゃないか」と(※)。

和田:ああ、なんか思い出してきました!


※「いきなりですけど、実はね、オープンリールアンサンブルって僕と似てるなって思っているんです。僕って「音楽家」じゃないんですよ」「音楽のジャンルっていろいろあるじゃないですか。そこに「素人」っていうジャンルがあったら、僕はそこにぜひ入れてほしいなって思ってて(笑)」


たしかに、たとえば「エレクトロニカを突き詰める」というようなジャンル・マスター的な性質のバンドではなさそうですし、「年間シングル何枚出さなきゃいけない」というような産業的な条件にしばられたポップ・バンドでもないですし、かといってアート・パフォーマンス集団、と言うには音楽的すぎる。「プロ」じゃないという独特のニュアンスはよくわかるんです。
 みなさんご自身は、自分たちを何だと思っていらっしゃるんですか?

和田:そうですね、自分たちでそういう線引きを考えたことはあんまりないというか。オープン・リールを初めて触ったときに、これは何かできるぞ、という感触があった──それがともかくもスタートなんです。そのおもしろさや感触を伝えようと思ったし、どうやったら伝わるんだろうって考えた。それで生まれたものが、結果的にはジャンルの横断を起こしていたという感じでしょうか。オープン・リールによる演奏を見つけていく中で聞こえてきた音楽や見えてしまった世界を表現しているというか。

吉田匡:使える技術があって、知っている古い機械があって、それを併せたら新しいことができると思いました。しかも、オープン・リールをズラっと並べて、人も揃えれば、バンドみたいなことができるんじゃないか、って──感覚的にはバンドの結成みたいなものでしたね。僕や兄は楽器ができる人間だったし、バンドの経験があったので、そういう役割としてOREに加わったという感じです。
 でも、やっているうちに、このオープン・リールっていう機械がどこまでのポテンシャルを持ったものなんだろうって、その可能性を掘りつくしたいという思いもどんどん出てきて。

和田:確かに(笑)。

吉田匡:だから、たとえばオープン・リールのことを知らない人たちに向けて、このデッキの素晴らしさを伝えるワークショップをやったりとか、そういうことに専念した時期もありましたね。
活動としては、CDを出したり、音楽事務所に所属したりでミュージシャンっぽいんですが、もう……ほとんど、オープン・リール宣教師というか。

和田:まさに。

吉田悠:うん。

ははは! いや、まったく同じ表現を思い浮かべましたよ。「オープン・リール宣教師」──私のほうは「オープン・リール伝道師」かな。

吉田悠:高木正勝さんの言葉をいま思い出していたんですよ。先ほど「アート集団」とか「ミュージシャン」とか、いくつか表現が挙がりましたけど、そういう言葉には歴史とともにいろんなイメージが付随しているものじゃないですか。そういうイメージのために僕たちのやっていることが定義づけられてしまうのはもったいないなという感覚があるので、自分たちで自分たちのことをとくに名づける必要はないかなと思ってます。そういう意味で「素人」かもしれないですね。
 やっぱり、なにか、答えられないんですよね……「ミュージシャンなんですか?」って言われても、「はい」って(笑)。

和田:ひとつひとつ、便宜的な表現でしかないんですよね。

もう……ほとんど、オープン・リール宣教師というか。(吉田匡)

やっぱり、なにか、答えられないんですよね……「ミュージシャンなんですか?」って言われても、「はい」って(笑)。(吉田悠)

そうですね。まあ、資本主義においてはそれがないと流通していかないから、仕方なくプレス・リリースに一言で説明しなきゃいけない(笑)。

吉田悠:そうなんです、ぜったい訊かれますから。「何をする集団なんですか?」って。ビデオの資料をつくるときなんか、「何をする」っていうよりも、あれもこれもできることをすべて入れていきます。でも、それで納得してくれる人もいれば、「で、結局何に特化した人たちなの?」って困る人も多くて(笑)。

わかりますよ。

和田:それでもやっぱり、言葉に区切りきれない部分があるんです。ただ、いちばん中心にあるのはヴィジョンかもしれないですね。オープン・リールっていうものの、まさに宣教師、伝道師──それを使った独自の進化、風景を見せるものというか。OREっていうのは、ガムラン・アンサンブルをもじってるものでもあるんですよ。オープン・リールでアンサンブルをすることを中心にして、いろんなところに触手が伸びていってる。
 どこかに到達したということはなくて、いまもつねにそのときの興味で模索している感じです。CDをリリースするというのは、アウトプットのひとつですね。

ええ。アルバム制作の論理とか動機が、いわゆるミュージシャン的なものとはちょっとちがいますね。

和田:いろんな表現の架け橋として、オープン・リールという媒体があるというか。オープン・リールは、いろんなものをつないでミックスしていくメディアみたいなものです。


「OREのパフォーマンスはとてもおもしろいけど、CDになるとあのよさがわからなくなる」って言われて。(吉田悠)

なるほどなあ。根本の動機というか、オープン・リールの伝道師という面では、みなさんは本当に強烈なライヴを行っていらっしゃると思うんですよ。伝道師というからには、その魅力を言葉なり何なりの方法で伝えなければならないですよね。

吉田匡:そうですね。

ワークショップとか本も効果的かもしれませんけど、みなさんの場合はなんといってもライヴがすごい。オープン・リールがズラっと並んで、まず視覚的なカタルシスがやばいじゃないですか。もう、教会のミサでパイプオルガンに向いあうようなもので、儀式性がハンパないですよ。

吉田悠:正面向けてますからね、オープン・リール。

そう、奏者が背中を見せている(笑)。音を出す道具ってだけなら、卓みたいなものだから、こっち向けばいいんですよ。だけど、あくまでオープン・リールを神というか、祭壇みたいに──

和田:おっ立てて、照明で光らせるという。そして回転を見せる。

そう(笑)。ステージであれが5台、神々しく発光している。それに、あの和田さんの楽しそうに飛び回る姿、みなさんがなにかめちゃくちゃ真剣に回したり止めたりしているパフォーミング。あれを見ると、なんだかわからないなりに、いっしょに感染して打たれるというか……「ああー、なんか、オープン・リールすごいな万歳」って(笑)。一種敬虔な気持ちになってしまう。ほんと、ミサか何かなんですよ。

和田:たしかにそれはあるかもしれないですね(笑)。オープン・リールっていうものを前の世代から受け取って、自分たちなりに命を吹き込んでいく、新解釈を加えていく、っていうことなんですけどね。

「自分たちなり」すぎる(笑)。しかし、先ほども少し話題に上がりましたが、そうなるとますますOREにおけるアルバムの位置づけが気になりますね。もう、あの「ああ、回っている!」というライヴの瞬間に途方もないエネルギーがあるので。

吉田悠:今作の前に、〈コモンズ〉さんからリリースになったファースト・アルバムがあるんですが、あれはOREがパフォーマンスとして蓄積してきたものを一度音源化しようという試みだったんです。そのときにいろんな問題が表面化したんですよ。「OREのパフォーマンスはとてもおもしろいけど、CDになるとあのよさがわからなくなる」って言われて。
 自分たちも薄々そうかもしれないと思っていたことでもあったので、それはやっぱりひとつの壁になりました。もちろん意識してパフォーマティヴに見せているし、ORE自体が映像作品的な面を持っているとも思っているんですけれど、そうでありつつも、どうやって音でOREの世界に引き込むことができるのかというのは課題だと思っていて。そんなふうなことを感じながら、次のアルバムはどうするべきかということが話し合われたんです。

なるほど。


CDを出すって、ものすごく普通のことなんですけど、OREにとって「挑戦」になっている(笑)。(和田永)

吉田悠:だから、今回は「テープ・ポップ」なんてキーワードが出たりもしたんですが、ORE的な解釈に基づいてポップ・ソングをつくってみようということになりました。OREというものを音で伝えるための手段というか……「曲」的であるというか。

「曲」的。そうだと思います。

吉田悠:ORE的エッセンスが、「曲」というフォーマットの中で聴こえてきたほうが、アルバムをつくる上では武器になるんじゃないか、と。

ええ。

和田:まぁ、けっこういろんなフィードバックがある中でできあがっているので、ある瞬間にアルバムのすべてが決まったということではないんですけどね。

吉田匡:ひとつわかりやすい手法としては、声が吹き込まれていて、それがテープの中で歪(ゆが)んでいくというのは、きっと作品として魅力になるだろうと。それはたまたまみんなが出してきたもののなかで一致した要素でした。メンバーごとに曲を出し合ったんですけど、結果として声はひとつのテーマになっていきました。

和田:アルバムをリリースするというのは、アウトプットのかたちを選ぶときにいちばんスタンダードなフォーマットでもありますよね。そのスタンダードなフォーマットに対してどんなことができるだろう、っていうところに興味もありました。
──というか、CDを出すって、ものすごく普通のことなんですけど、OREにとって「挑戦」になっている(笑)。

ははは! たしかに。CDなりレコードなり配信なり、アルバムっていうものが自明で絶対的な単位になっていないってことですね、OREにとっては。CDを出すっていう普通のことが実験になってしまう。音楽産業というレールの上で何ができるのかという実験。

和田:そうなんですよね。それがインタヴューとかをしながら不思議な感覚に陥る瞬間なんですけど(笑)。OREのひとつの側面を切り取って、それがどう伝わるかという挑戦だったりもして。
オープン・リールにはアート的な側面にも可能性を感じているのですが、一方で、そこから出てくる音、奏でて出てくる音が純粋に特徴的で。あるときは暴力的で、ある時は幻想的。音それ自体にもキャラクターを感じます。今回はメンバー全員が作詞か作曲を通して「楽曲」に携わっているんですけど、そういうバンド的な作曲行為と、僕たちがこれまでに見つけてきた「オープン・リールのおいしさ」だなっていう音とがうまく結びついたらいいなという思いはありました。テクノロジー的なアプローチと、音楽的なアアプローチをつなげたいなと。


オープン・リールというものから想像した物語とか景色を歌ってもらっているんです。オープン・リールの歴史とシンクロしていたり。……物語の中の登場人物。(和田永)

Open Reel Ensemble - 帰って来た楽園 with 森翔太

そのふたつを結びつける上で、ポップ・ソングというフォームが機能するのではないかと。ということであればすごく今回のアルバムの意味はわかって、本当に、まず「曲」っぽいですよね。あと、それぞれの歌い手さんたちも、どういう原理で呼び寄せられているのかなということをお訊きしたかったんです。以前参加されていたやくしまるえつこさんや高橋幸宏さんは、「歌(唄)」をうたってもらうというよりは、もう少し「声」として、解体して戯れるという関係だったのかなって感じますが、今回は歌を歌ってもらっているという感じでしょうか。

吉田匡:そうですね。1曲めはいきなり「ヴォーカリスト」ではないですが(笑)。

和田:オープン・リールというものから想像した物語とか景色を歌ってもらっているんです。オープン・リールの歴史とシンクロしていたり。……物語の中の登場人物。キャスティングさせていただいたという感じに近いですかね。
1曲目に関しては、ザ・フォーク・クルセダーズの“帰ってきたヨッパライ”の勝手な続編をつくるっていう着想があって──歌とオープン・リールということで浮かぶのがあの曲だったんです。それで、勝手なオマージュを捧げようと思って、ヨッパライの息子が登場したらいいな、と。それで、お酒が飲めなくてミルクが大好きで、上京してきて社会に揉まれる髪が薄めのサラリーマンという設定が生まれてきて、森翔太さんにお願いすることになりました。

なるほど、息子はiPhoneユーザー。21世紀です。

吉田悠:森翔太さんについては、歌声を知らずにオファーしていました。

あ、声をずいぶん歪めている?

吉田匡:いえ、まるで編集したかのようなんですが、ほとんどそのままなんです。

すごい。『回典』の中の大友良英さんとの対話の中に出てきましたね、「レコード・ウィズアウト・ア・カバー」(クリスチャン・マークレー)。もともとノイズだけ録音されていて、カバーがないから後からどんどん傷が付くんだけど、再生するとそれがもともとのノイズか盤の傷のノイズかわからないっていう。あれみたいな(笑)。

吉田匡:ははは! 森さんの存在がすごい。

和田:森さんがふざけるとオープン・リールの声みたいになるもんね(笑)。

もう一回聴きなおしたい。すごいインパクトの冒頭曲です。2曲目の“回・転・旅・行・記 with 七尾旅人”ですが、七尾旅人さんはご自身の歌と世界と声、それぞれにあまりに強い個を持っておられると思います。それこそ簡単に解体なんてできるものではないですよね。

吉田悠:解体というより、これはもう完全にコラボレーションでしたね。両者が制作者でした。

和田:七尾さんと僕らの世界が一体になったような。

吉田匡:歌の部分はほぼ、歌詞もメロディも七尾さんにつくっていただいたような感じです。キャスティングといいつつ、本人役で出ていただいているような。それじゃただの歌い手と変わりないじゃないかとも言えますが、その方の持っておられるバックグラウンドをそのまままるごと中に置けるような人にお願いしています。七尾さんも、七尾旅人として入っていただいているので、そこはもう全部出してくださっていいというか。

なるほど。先にトラックはあるということですか?

吉田匡:トラックと曲のテーマから、歌詞もメロディラインも七尾さんのアウトプットでつくってもらって。

あ、テーマは先に伝わってるんですね。

吉田匡:曲名は決まってないですけど、ニュアンスとしてはお伝えしてました。

回転とか、そういうイメージですかね。歌詞にも「磁気テープ」って触れられていましたよね。

吉田匡:あれは、七尾さんからのウインクだと思ってます!

なるほど! 七尾さんの声自体を加工しようとは思いました? それこそ高橋幸宏さんのヴォーカルを加工したい、挑みたい! というのとは別の原理の歌や声かと思うんですが。

吉田悠:僕たちも高橋さんのときはそんな気持ちがありました。僕たちのテープの世界へようこそ! みたいな。連れ込ませていただいたからには、いじらせていただくぞ、と。

ええ、ええ。七尾さんの歌はその意味で崩すのが難しい?

和田:基本的に、中心にある歌はほとんどそのままにさせてもらって、僕たちの世界がそのまわりにあって、という感じです。ただ、いくつか声の素材としていただいたものについては、ちょっとオープン・リールを使って加工したりして、音源ではバランスをとってやらせてもらいました。ライブではけっこう歪ませていたりします(笑)。

そういう作業は、やっぱりPCも使ってですよね?

和田:そうですね、行ったり来たりですね。5人の家のすべてで、ほとんどつねにオープン・リールとパソコンとかつながったままになっているんです。それでデモを投げ合ったり、素材を投げ合ったり。


やっぱりオープン・リール伝道師的には、「回転崇拝」は重要なキーワードです(笑)。(和田永)

「Cyclatrous(サイクラトラウス/回転崇拝)」という言葉もできましたから。(吉田悠)

なるほど。七尾さんの歌詞は、地名とか国の名前がつながっていって、それ自体に反復的な雰囲気もありながら、意味の上でも、ああ、地球は丸いよなっていうモチーフが生まれていくような内容で。本当にたくみで。

吉田悠:そこは本当に七尾さんが素晴らしいんですよ。僕たちの世界を汲み取っていただいたので、それに応えたいという気持ちでした。これ、曲名も「回転」+「旅行」だから、「オープン・リールと七尾(旅人)さん」になっていると思いません? そのくらいいっしょにできたなって。

やけのはらさんとの“Rollin' Rollin'”って曲があるじゃないですか。あの曲もMVふくめて回転がモチーフになっていますよね。なにか、レコードが回ることに対する──みなさんはテープですけど、回転と音楽ということに対するある種の感覚には、通じるところがあるんじゃないでしょうか。

吉田匡:それはあるかもしれないですね。

和田:やっぱりオープン・リール伝道師的には、「回転崇拝」は重要なキーワードです(笑)。

吉田悠:「Cyclatrous(サイクラトラウス/回転崇拝)」という言葉もできましたから。

和田:“Cyclatrous”っていう、4楽章ある曲を作ったんですよ(※)。時間や反復は回転として空間に展開されますよね。音楽が時間であるならば、それは回転運動で視覚化するとやっぱりしっくりくる──

※『回典 ~En-Cyclepedia~』に「特転」DVDとして付属・収録されている。

わかりますよ。

吉田悠:ははは。大抵のひとは「は?」なんですけどね。

いや、よくわかりますよ(笑)。

吉田悠:うれしいな(笑)。

しかもテープの場合は、ほんとに手のひらの感覚として、それが現実の空間を歪めてるんだってことが感じられるわけでしょう? 音とつながってるんだって、和田さんがどこかで言っておられた。まさにその感じがすべてのはじまりというか、OREがダテではないんだということがわかるお話です。

和田:それは……すごく大事なことですね。(微笑む)

(一同笑)

うれしそうっていう(笑)。なにか、和田さんは中学くらいの頃からオープン・リールで始終遊んでいた、みたいなエピソードを読んだんですが。「ボールは友だち」的な。

吉田悠:実際、彼がオープン・リールに出会ったのは中学で、その前から自作楽器とか、自分の世界で何かをつくることには興味があった奴なんですよ。だから、オープン・リールだけが特別というよりは、その中の出会いのひとつという感じだと思います。
 でも他にも楽器をいろいろ作っていた中で、オープン・リールがいちばん大きいプロジェクトで、いまでも続いているという点では、やっぱりポテンシャルの高さがあったんだろうね。

和田:(感慨深げに)そうなんだねえ……。

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オープン・リールとは究極の「エキゾ」を立ち上げる装置である……のか!?
OREとそのニューエイジ的宇宙観を探る

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僕たち自身がまさに、正しい使い方を知らずに(オープン・リールに)出会ってるんですよ。僕たちが勝手に解釈したおもしろさから入り込んでいるんですね。(吉田悠)

いや、たとえばオーディオ・ファンのひととか、あるいは古くからご活躍のミュージシャンとかがオープン・リール愛を語るときって、もっと角度がちがうと思うんですよね。「オープン・リールだと太くて丸い音がしてね……」とか、もっぱら音質の話であって、みなさんはちょっとヘンですよね。オープン・リールそのものへのフェティッシュな愛というか……。

吉田悠:世代かな?

吉田匡:うん。それなりに値段も高くて、立派な現役の機材として使われていた時代があったわけですよね。僕らはそれが廃れた後の世界で、引っぱり上げてきて使っている。その感覚には差があると思います。

吉田悠:よく和田が譬え話として言うんですけど、オープン・リールがアマゾンとかを漂流していって、奥地にたどりついて、何も知らない原住民たちがそれを拾い上げて、用途を誤解したままそれを使いはじめた──結果、生まれてきたパラレル・ワールドなんです。僕たち自身がまさにそうで、正しい使い方を知らずに出会ってるんですよ。僕たちが勝手に解釈したおもしろさから入り込んでいるんですね。

うんうん。

吉田悠:そこは機械が現役だった時代の人たちからすれば楽しみ方がちがうというか、もしかしたら怒られるかもしれない部分ですよね。

吉田匡:テープだから音がいいとか、音楽編集においても優れているというような部分は、ある種、追求され尽くして廃れていった部分だと思うんですね。それとはまったく別のレールを歩いていると思います。

……ですよね。だから、オーディオ・マニアとかが抱く興味とはまるで関係ない。

和田:ああー、そういう関心とはちがうね。

ええ。もっとワンダーな感覚というか。

吉田匡:ワンダーですね。

和田:そう、エキゾチズムですよ。

そう、エキゾチズム。

ワンダーですね。(吉田匡)

そう、エキゾチズムですよ。(和田永)

和田:本(『回典』)の中で宇川直宏さんもおっしゃっていたキーワードですね。オープン・リールに対して抱く感情にはいろんなレイヤーがあるんですけど、出会いの瞬間はなんだこの異物はっていう。そしてそこから出て来るサウンドに異国性を感じましたね。一種の民族楽器のような。音や魅力の謎を紐解こうとするとサイエンスな興味関心も湧いて来る。磁気録音の仕組みとか、松岡正剛さんともお話ししているような──回転と自然界の関係性とか、っていう。で、次のレイヤーには触って楽しいとかっていう身体感覚がある。あとは、もうキュイーン! って回ることの高揚感とか。

吉田悠:僕らが高い塔の上にオープン・リールを置いてライヴをやったりするのも、単純にそのプロポーションがかっこいいとか、その程度の理由だったりするんですよね。

うん、うん。その驚きというか、ワンダーな感覚を、思いっきりきちんと表現できているから、見ているわれわれもつい感染してしまうんですよ。なんだろう、ドラえもんが取り出してくる道具みたいな驚き──あ、そうそう、古い機器なのに、まるで未来の道具かのような感触があるのかなあって。

和田:古い機械だけど、録音というテクノロジーのやばさをつねに体験できますね。


古い機械だけど、録音というテクノロジーのやばさをつねに体験できますね。(和田永)

だから、世代っていうのはそのとおりかも。リアタイ世代のおじさんが同じようなことをやっても、あの未知のものに触れるような楽しそうな感じって出ないかもしれませんね。

和田:もう、オープン・リールを早回しにして出てくる音とか、エキゾ以外のなにものでもない。ぐにゃーって歪む感じとか。

吉田悠:練習中にサウンド・チェックとかをしていると、中に何が入っているかわからないままテープを再生することがあるんです。そうすると前回のライヴの音が残っていたりするんですね。それがまた関西とかの公演だったりすると、電圧の関係で回転速度がちがっていることがありまして。急にヘンなピッチの音が流れてくるんですよ。その瞬間、みんな同時に手をとめて、「いいねー」みたいな(笑)。

あはは!

和田:そう、もう結成から5年経ってますけど、まったく変わらないですね。ヘンな音が出てきた瞬間に「いいね~」って(笑)。

アナログの可能性ですね。宇川さんが本の中で、エキゾチズムは究極的には宇宙に向かうっていうようなことを言っておられましたよね。アフリカだ何だっていうワールド志向は2000年代の半ばにも一回すごくリヴァイヴァルしましたけど、そういう借りてきたトライバリズムなりエキゾチズムではなくって、OREにはOREならではの、なんか別次元にスイッチするものがありませんか? 異界との出会いなんですよ、きっと。関西と東京の電圧の差の中に宇宙があって──

和田:50ヘルツと60ヘルツの境界にね。

(一同笑)

吉田匡:地理的なものじゃなくて、ちがうヘルツの世界に行ったっていう(笑)。

和田:関東と関西でモーターの速度が変わって音楽が変化する。そこにバージョン違いが生まれる(笑)。

そう、地理では分けられない異界なんだけど、地理も存在する。つまり、大阪なら大阪という現実の場所を何層にも分けるような感じ方なんですよ。異界をつくりだして何倍も楽しめる。──不況型かもしれないですね。お金かけないで世界を2倍にする楽しみ方。


実際、祭りにして巡礼したいと思ってるんですよね。(吉田悠)

とすると、ニューエイジ的でもあるというか。現実が変わらないなら薬でとんで脳内を変えよう、っていうのとある意味で似ていて、オープン・リールひとつを通して現実を変えないまま変えるという。

和田:そうなのかもしれない……。

吉田匡:しみじみしとる(笑)。

そうすると、やっぱりエキゾチズムの極致なのかもしれない。

吉田悠:実際、祭りにして巡礼したいと思ってるんですよね。

え、祭ですか? 「充電」……?

吉田悠:巡礼です。伝統と呼ばれているもの──いつ誰がつくったのかわからないお祭も、遡っていけば必ずそれをスタートさせた人間たちがいるわけじゃないですか。僕らがオープン・リールを通していつのまにかその第一回をやっていた、というふうにならないか。何十年か経ったときに、「この地域ではこの時期になるとオープン・リールの祭りをやるんだよ」ってふうにならないかなと思うんですよ。そういうかたちでのエキゾチズムへの接続もあるかもしれません。

ああ、なるほど。

和田:オープン・リールを紐解いていくと、すでにいろんな先人たちが築いてきた歴史が積み重ねられていますし。

オープン・リールを囲んで男たちが踊っている様子が、絵巻になって残ったりとか。「初期はこのように催されていたのだ」みたいな(笑)。

吉田悠:やぐらを建ててね(笑)。

吉田匡:俺たちのライヴ映像が資料として残る(笑)。

和田:「オープン・リール・トラディショナル」っていうキーワードも出たりしましたね。オープン・リールっていう歴史の軸に、われわれも登場したいです。大野松雄さんがいたりとかスティーヴ・ライヒがいたりする──

吉田匡:せまい(笑)。

おもしろいですね。ふつうトラディショナルな祭りって土地に紐付いて存在しているものだと思うんですよ。東京で催されていたとしても、河内音頭は河内のものだし、よさこいは北海道のもの。その意味では土地からは離れられないものなんですよね。でも、モノを介して、大野さんとかライヒとか、時空を超えたところにフラグを立てる祭があってもいいですよね──四次元祭みたいな?

和田:うふふふ。毎年録音して声を重ねていったり。

時空を超えた地図の上の祭なんて、やっぱりエキゾチズムの究極なんじゃないですか(笑)。

オープン・リールの最期を見届けるっていうのもやってみたかったり……(微笑)。(和田永)

だから、僕たちは「こういうお葬式をしてください」っていうことを遺していけばいいと思うんです。(吉田匡)

回典 ~En-Cyclepedia~ Open Reel Ensemble PV


ところで、オープン・リールってもう生産されていないわけじゃないですか。ということは、みなさんを見て「楽しそうだな」「やってみたいな」って思ったとしても、これからさらにどんどん手に入れにくくなる……?

和田:まあ、徐々には。

吉田匡:所有している方から譲ってもらったり、買ったりということになりますね。

和田:僕らのデッキについては、近所に偶然すごいエンジニアの人がいて、修理してもらえるんですよ。

ええ、すごいですね。おいくつくらいの方ですか?

和田:もう定年退職されて……。

やっぱりそんなご年齢なんですね。じゃあ、またみなさんの課題が見つかりましたね。グループの中で、修理できる能力を持った奴を育てないと。

和田:うふふふ。たしかに。製造もしないといけないし。

吉田悠:そういう意味では、CDのリリースだったりとか産業的な流れに僕たちがコミットしているのは、オープン・リールの需要を活性化させていきたいなということでもあるんですよ。世間を巻き込んでいって、未来にこの機材を生き残らせるぞという。内輪の楽しみだけじゃなくて、外の世界に関係していかなきゃというところもあります。

ああ、なるほど。

吉田匡:僕たちを見て、捨てようと思っていたデッキを譲ってくださる方もけっこういらっしゃるんですよ。「可愛がってあげてください」って。そもそも、捨てられようとしているものでもあるんです。

うん。みなさんが消えたら消えてしまうかもしれない。だから残さないと。

和田:そうですよねえ……。……でもどうなんだろう。なんか、こう……。

そんな文化的社会的な貢献とかよりも、もっと、パーソナルで原初的な楽しみを大切にしたい?

和田:いや、そういうことじゃなくて、(オープン・リールの)最期を見届けるっていうのもやってみたかったり……(微笑)。

(一同爆笑)

(笑)フェティシズムの極みだな。

吉田匡:結成と同時に解散の要件も決めているんですよ、僕たちは。

和田:でも、僕らが死ぬ頃くらいじゃ、きっとまだぜんぜん残っていますから。そういう意味では、まぁ、まだ遊んでていいかなって思ってます。

狂ってるよ……。

吉田匡:だから、僕たちは「こういうお葬式をしてください」っていうことを遺していけばいいと思うんです。

(笑)

和田:でも、この、死が前提っていう感じもいいというか、制約の中で今しかできないとか、テクノロジーの宿命も感じさせるじゃないですか。

うん、なるほど。みなさんの場合、オープン・リールが一度終わったところからはじめていますしね。

和田:そうですね。僕らが結成する前年にテープの生産がほぼ終了しました(笑)。

そうそう。逆に、そのあたりから、フォーマットとしてカセットテープを選択するアーティストが増えましたね。ブームというか。

吉田悠:僕たちはいちおう、もともとのテープ世代ですよ。カセットテープからMDに、っていう時代を知っています。

そうか、テープはいちおう日常にあったんですね。……というか、どうしよう。ぜんぜんアルバムの話きけてないですよ。

吉田匡:こういう話のほうがいいかもしれないです。


たとえば「テープが泣く」って表現したりするんですよ、エンジニアの人とか。立ち上がりのときにちょっとピッチが歪むことを指すんですけどね。そういう音をデジタルの世界で細かく構築していくということには、興味があるんですよね。(和田永)

ははは。でも、いちおうアルバムの話に戻りますと、資料には「声」がコンセプトとして挙げられていますね。便宜的な説明ではあるかもしれないですが、もう少し音と声の話をきかせてもらえませんか?

和田:オープン・リール自体が、そもそも肉声を録るというところからはじまったものなんですよね。

吉田悠:録音の歴史の最初が、人間の声の録音ですから。僕たちも、史上最初の磁気録音と言われる、フランツ・ヨーゼフ一世の声を楽曲に使ったりしているんです。

前作ですよね。ちょっと不思議なのが、「音」ということにこだわるなら、それこそ波形を気にしながら、画面とにらめっこして整えていくみたいな道もあるじゃないですか。そういう意味でのこだわりは、あまりないんでしょうか?

吉田悠:僕たちが空間が歪んだように感じて楽しいと思うときの音を、波形レベルで調べてみようとしたことはないですけど、たとえば“NAGRA”とかは、テープでパーツをつくって、その音を多用して構築していますね。ちょっと質問からはずれるかもしれないですが。

和田:この“Telemoon(with Babi)”という曲は、オープン・リールで出したピョーンという音をコンピュータにどんどん蓄積していって、それを音楽編集ソフトで細かく刻んで、こと細かに配置してつくりましたね。
なんていうんだろう……シズル感というか、ちょっと、いじったことのある人にしか伝えづらい感覚があるんですけど……(笑)、たとえば「テープが泣く」って表現したりするんですよ、エンジニアの人とか。立ち上がりのときにちょっとピッチが歪むことを指すんですけどね。そういう音をデジタルの世界で細かく構築していくということには、興味があるんですよね。

それって、波形っていうようなレベルよりは、もうちょっと神秘的なものへの興味だと思うんですよね。

和田:そう……ですね。波形からつくるというよりはある音がオープン・リールによってぐにゃっと変化する瞬間に、不確定な、ゆらぎが生まれて。

吉田悠:それはある意味では波形をいじることにはなるかもしれない。

和田:やっぱり最初に耳に入ってくる感触に対して、何かもっとできないかなというのは、いつも思っていることですね。


僕たちはオープン・リールのヴィブラートのことも「ヴォーカル・コード」って呼んでいたんですね。テープが起こす音の震え。だから「人の声にフォーカスした」というのは、ほんとはちがうんです(笑)。(吉田悠)

なるほど。その、最初に出てくる音って、みなさんの場合、マウスで削ったり計算したりじゃなくって、手でテープを押したり止めたりして出てくる、何かすごく身体的なものじゃないですか。本当に楽器を演奏しているような。

和田:そうですね。でもそのへんはほんとに行き来している感じですよ。なんか、いちどコンピュータで構築した音を、崩したいなってなったときに、オープン・リールに通して戻す。コンポジションするときにもそういうフィードバックがあります。
 ただ、今回はそうやってつくったトラックにヴォーカルを乗せているので、そこはあんまりオープン・リールを通しているわけではないですね。

なるほど。なんか、「声がコンセプト」って情報を読んじゃうと、音声というレベルとは別に、なにか人間主義的なものを感じさせるニュアンスも感じてしまって。

吉田悠:ああー。『ヴォーカル・コード』っていうタイトルは、当初はちょっと意味がちがっていて、「コード」のスペルが「cord」──つまり「声帯」っていう意味だったんですよ。のどの震え。僕たちはオープン・リールのヴィブラートのことも「ヴォーカル・コード」って呼んでいたんですね。テープが起こす音の震え。だから「人の声にフォーカスした」というのは、ほんとはちがうんです(笑)。

吉田匡:“Tape Duck”って曲はアヒルの声でやってますしね。クリウィムバアニーのように(“ふるぼっこ with クリウィムバアニー”)、歌じゃなくて叫び声でやることもあるし。

吉田悠:気持ちの上では、ひとがのどを震わせることと、テープが音を震わせることを掛けているんですよね。

なるほど! 「裸足になって声を出す」とかね、生命とか人間を祝うというか、「初音ミクには表現できないもの」とかなんとか……そういう意味での「声」じゃないんですね。
 なんだろう、こんなにコンセプトが一貫しているというか欲望が一貫しているというか、そんなバンドも珍しいと思います。

和田:いろいろ言われると、次にやりたいことが出てきちゃうな。プロモーションしなきゃいけないのに(笑)。

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“空中特急”の隠されたテーマとは?
僕たちが押す「主電源」は発展のためのスイッチか、それとも滅亡のためのそれなのか──。
OREの「近代的」未来観を解体する!

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- いや、僕らは僕らの現実認識がありますよ。でも、そういう素朴な科学少年の夢みたいなものが、オープン・リールに宿ってるんです。(吉田匡)

これも訊きたいんですけど、OREにはレトロフューチャリスティックなヴィジョンがあるじゃないですか。昔の人が思い描いていた未来観みたいなもの──OREの世界とか音楽には、そういう「60年代かよ」的な明るい未来観を感じるんですよね。戦争は終わって、文明とか技術はさらに飛躍的に発展して、未来はどんどんよくなる、みたいな。それが不思議なんですよ。基本的に、同世代の人はもうちょっとシニカルじゃないですか? 右肩上がりの成長とかもうないでしょうし、みたいな。

和田:いや、まさにそういうテーマを隠した曲があるんですよ。

吉田悠:“空中特急”とかまさにいまおっしゃっていたような内容の曲なんです。

和田:希望と絶望を空中特急になぞらえて歌っている感じ。いや、ほんと、現実に対しては絶望してますよ。

(一同爆笑)

そうなんだ(笑)。

吉田匡:いや、僕らは僕らの現実認識がありますよ。でも、そういう素朴な科学少年の夢みたいなものが、オープン・リールに宿ってるんです。

……! ああ、なるほど、そういうことか! それはすごい。あれは「彼らの」夢なのか!

吉田匡:そうです。「彼らが」出している音なんです。

それを再生しているわけだ……。また媒体になって。

吉田悠:また伝道師なんですよ。

吉田匡:オープン・リールって、『スパイ大作戦』じゃないですけど、当時の科学力の象徴じゃないですか。その立ち居振る舞いはそのまま借りているんですけど、でも僕ら自身が未来に超希望を持っていたりするわけではないんです。

吉田悠:(明るい未来観に対して)それがいいとも言ってないですしね。そういう映画は観るけど(笑)。

たしかに、それがいいとは言っていない(笑)。

吉田匡:ただ、そういうヴィジョンをいやでも感じとってしまうほど、匂い立つものがあるんですよ、オープン・リールには。

和田:そういう音楽や世界観を楽器が引き出してくれる。

いや、ある意味いっしょなんですよ。未来に希望を抱いているということと、それの行きつく先が絶望であるというのは。(吉田悠)

科学が進歩すればより良い未来が来る、みたいなかつての明るい科学感と、確実にそうとも言えない現実と。(和田永)

うんうん。なんか、OREはつねに躁状態というか、ハレとケでいえばケがない感じがするんですよね。穏やかな曲も気持ちのいい曲もあるけれどチルアウトしないというか。つねに、前に前に向かってめちゃくちゃ回転しているものがある。

吉田悠:つくってる側が鬱だから出てくるのが躁なのかもしれない(笑)。

和田:でもオープン・リールが持っている生命力っていうは確実にあるんですよね。

吉田悠:どうしようもない事実として60年代という時代が存在して、その時代の未来観や、その時代のテクノロジーが象徴していたものがあるわけですよね。それを歴史として僕たちは共有しているわけだけど、全面に押し出して表現しているというわけではないですね。

なるほど。シンセ・ポップひとつとっても、ダークウェイヴだったり、ディストピックで暗いものっていうのはたくさんあるわけですよ。でもOREはその中の明るいものばっかり採ってきている感じがする、それはなんだろうって思ってたんです。

吉田悠:OREでディストピアはやりたいですよ。

和田:ディストピアなものは潜んでいますけどね。

その明るい未来観自体がディストピックなのかなあ(笑)。

吉田悠:いや、ある意味いっしょなんですよ。未来に希望を抱いているということと、それの行きつく先が絶望であるというのは。

和田:科学が進歩すればより良い未来が来る、みたいなかつての明るい科学感と、確実にそうとも言えない現実と。

なるほどね、結果が出たあとでみなさんはデッキを掘り出したんだから。

吉田悠:それが一体なのが現実というか、意外にそこに本質がある気もしますね。ネガティヴなものとポジティヴなもの。

和田:ふたつとも回ってるんですよ。互いに互いを生み出しながら、ぐるぐる。

回ってるのか……。

吉田悠:“空中特急”も、曲調的には希望的で、どんどん上に向かって推進していくような曲になっているんですね。で──

和田:でも、そのままさよならなんですよ。

はははは!

吉田悠:──このあと空中特急は墜落するしかないんです。それがわかっていても飛べるだけ飛ぶしかないってことなんですよ。もしこの曲のつづきがあるとしたら。

そう、この曲はたしかにそういう後日談をもっている。

和田:もっとそこが伝わりやすい歌詞にすればよかったかな。

いや、このほうがいい。象徴性があって。

和田:向かう先は闇。歌詞でいうと、「主電源」を点けることは、文明のスイッチを押す、みたいなことなんですよ。パンドラの箱を開けるというか。それに対する畏怖もあります。

なるほど。電源を入れるっていうのは、かつてはもちろんポジティヴなことだったはずなんですよ。スイッチをオンするってことは。

吉田悠:いまや「再稼働」させるための行為ですからね。

まさに。

和田:発展と滅亡、どちらのスイッチを押しているんだろうっていう。どっちも押しているのかも。


発展と滅亡、どちらのスイッチを押しているんだろうっていう。どっちも押しているのかも。

Open Reel Ensemble - 空中特急 short version (Official Video)

「特急」って飛行機とかじゃなくて電車にしか使わない言葉でしょう? かのトルストイの『アンナ・カレーニナ』って、まあ「進歩」を呪う話なんですけど、アンナは当時の「進歩」の象徴たる汽車に飛び込んで死ぬんですね。だから何か、特急とか汽車っていうとすごく呪われた近代の感じがある。──あと「主電源」って、ドイツ語に聞こえる。

和田:もちろん、それで作詞しましたね。シュデンゲン、シュデンゲン(笑)。

吉田匡:めっちゃドイツ語っぽく歌ってみてって、やってて。

編集長の野田努が……言っていいのかな、このあいだ「自転車は未来の乗り物だ」って言ってたんですよ。「テクノの最終形態だ」的に。なにげなく。

吉田悠:回転だ……。

たしかに、合理的で効率的で、しかもエコで、かつ美しい。たしか、起源はドイツらしいんですね。クラフトワークの『ツール・ド・フランス』のイメージもありますが。これもまたテクノ観だなって。

和田:テクノロジーと人間っていうのはOREのひとつのテーマかもしれないですね。

吉田悠:ロスト・テクノロジーという感覚もありますよね。人類がかつて一度失ったものに、もう一回チャレンジしているだけかもしれないという。

SFですね、ドキドキする。しかし自転車が未来で汽車が過去だとして、つくづく文明は車輪で回りますね。さっき「回転だ」っておっしゃったけど、オープン・リールしかり。

和田:いや、もう。

“空中特急”っていちばんくらいに好きなので、こんなに掘れる曲だったというのはうれしいです。名曲ですね。

和田:嬉しいですね。オープン・リールを触っていると、高度経済成長期の素朴な憧れと、今の現実を行ったり来たりする感じがして、その中から生まれた曲ですね。

オープン・リール(録音機)がモダンのひとつの象徴だとすれば、ニコ動なりがポストモダンにすごくおもしろい音楽のかたちを示しているいま、OREはわざわざモダンにフォーカスしていって、かつそれとは関係ないヘンなものを揺さぶり起こしている──

和田:モダンを再生しながら読み変えていくような。

──っていうのは、なんなんだろうって(笑)。ライヴを観たときから消えないですね、その感じが。

経済性とか効率性とかと別のところでオープン・リールを回してあげたい。(和田永)

さて、もうひとつ突っ込んでどうしてもおうかがいしたくて、変な意味はないので個人的な興味として聞いていただければと思うのですが──「モダン」って、まだ父権的なものに導かれる時代じゃないですか。前作の音源にも使用されているソニーの井深大さんとか、音効の大野松雄さんとかは、技術が国や未来を引っぱっていく時代の人だと思うんですね。その意味で彼らは父。で、フランツ・ヨーゼフ一世のエピソードにも顕著なように、技術と権力は結びつく。となると、けっしてみなさんをマッチョだと言うわけじゃないんですが、父権的なものへの漠然とした憧れってあるんじゃないかなと。

和田:うーん、権力は大嫌いですけど、言われれば漠然と父なるものへの憧れはあるかもしれないですね。ただ、さっきの話と同じで、それに対する揺らぎ、疑問はあるというか。近代的な当たり前っていう感覚は、ほとんど人為的につくり出されたものだから、そこに対してはつねに批評的な目線が必要だなって。経済性とか効率性とかと別のところでオープン・リールを回してあげたい。

ええ、なるほど。みなさんジェントルというか、むしろ草食とかフェミニンとさえ言えるような、ほんと柔軟で配慮のある方々だと思うので、誤解されたくはないんですけれども。……でも、この“Tape Duck”とかも、こんなグリークラブみたいにやらなくてもいいわけじゃないですか(笑)。

和田:男の子的な「好きなもの」っていうのはあると思いますけどね(笑)。指摘されて「そうかも」っていう程度で、意識的なものではないですね。

吉田匡:父権的な、ってなると、個人レベルの興味になるかもしれないです。僕ら兄弟はとくにないかな……。

吉田悠:これはとても繊細なニュアンスの話なので、言うのを躊躇してしまいますが、ナチスって……もちろん、まったく認められるべきでない非道であることは間違いないですけれど、あのデザインであったり意匠であったりを、どこか「かっこいい」とする視点もずっと存在してきたわけじゃないですか。

ええ、そうですね。

和田:ドイツにはそもそも、日用品なんかのレベルでも、ものすごいデザイン性があったわけじゃないですか。そういうものが、いい方向と悪い方向のどっちにも出ると思うんですが、その極端な例というか。方向がちがえば、ドイツにはバウハウスもあればクラフトワークもいるわけで。

そうですね。効率性のデザインというか。擁護ではなったくないですが、ナチスだって、おそらく非道さのみで歴史に刻まれているわけではない。


何か新しい領域に踏み出すような技術が発見されるときに、最初にあるのは、戦争に勝ちたいというような目的意識ではなくて、それを発見しようとした人たちの初期衝動だと思うんです。(吉田悠)

和田:言葉を選びますけれど、井深大さんとかが生みだしてきた技術には、もちろん権力的なものが絡んできたりはしますけど、でも、根本的に魅力を感じるのはその初期衝動なんですよ。井深さんがレープレコーダーを日本で初めてつくった、その初期衝動にはある種の探究心が強くあって、それはオープン・リールという楽器にも通じる。

吉田悠:戦争があったからテクノロジーが進んだという言われ方もありますよね。まったく戦争を支持しませんが。でも、何か新しい領域に踏み出すような技術が発見されるときに、最初にあるのは、戦争に勝ちたいというような目的意識ではなくて、それを発見しようとした人たちの初期衝動だと思うんです。それが権力によって利用されてしまうというだけで。

和田:原爆に関わった「E=mc2」だって、人の命を奪うために追求されたわけじゃなくて、宇宙の秘密を紐解こうとしたものですからね。

オープン・リールが再生する記憶には、そういう夢と影とが同時に宿っているわけですね。

和田:もはや壮大すぎてオープン・リールを越えすぎていますが(笑)僕らはオープン・リールを通して、楽園の側から現代を眺めてみるような。


日本だと、ものづくりにしろ、個人がいろんなものをつくれるようになっている技術とか、そういうものに希望を感じることもあるし、ある瞬間にはなんでこんなに頑張ってディストピアつくっているんだろうって絶望を感じることもあるし。(和田永)

ええ、なるほど。どっちが楽園かという議論も複雑で、回転するものかもしれない。いま現在において、夢を見る余地って、それほどヴァリエlーションがないかなって思うんですけど、OREは夢を見るための資材をオリジナルなやり方で掘り出してきてますね。

和田:そうかもしれませんね……。でも、いやいや、さっき「絶望してる」って言いましたけど、もちろん希望を感じる瞬間もある訳で。

都度、未来が書き換えられている(笑)。

和田:日本だと、ものづくりにしろ、個人がいろんなものをつくれるようになっている技術とか、そういうものに希望を感じることもあるし、ある瞬間にはなんでこんなに頑張ってディストピアつくっているんだろうって絶望を感じることもあるし。いい未来がくるかもしれないとも、いや、このままどん詰まりだとも、どっちも思いますね。諦めも奮起も絶望も希望も、個人のレベルでも国のレベルでもあります。

ええ。回るっていうのがね……生命とか宇宙とかのレベルでもそうだし、輪廻的な理もそうかもしれないし、もっとちいさな、近代とか現代という枠組みの中にも回転があるんだろうし。あまりにもリールとか回転ということの持つ哲学的な深度が深いものだから──

和田:ありますよね(笑)。ほんとに。

吉田匡:何でも回転って言っちゃう。

たとえば、ゼロって概念を表す記号がマルだっていうのも、ねえ(笑)。

吉田悠:無限とゼロがつながりますよね。

あはは、そうそう。きっとそういうものを最初からコンセプチュアルに見出したわけじゃないでしょうけど、オープン・リールを触っておもしろいなっていう感覚の中から、その「円」とか「回転」っていうコンセプトを拾い上げていったのは興味深いです。

吉田匡:後から発見したことも多いんですよ。僕らが思っていた以上のことばっかりで、いろんなものに接点があって。でも回転というモチーフに興味を持ってもらいたいという思いは一貫してありますね。

やっぱり……OREはオリンピックに何かしなきゃいけないですね。あれこそ近代の象徴にして棺桶っていうか(笑)。

和田:なるほどねー(笑)。僕らが──

吉田匡:代理をやる。

だって、シンボルマークだって、円がいくつ重なってんだよっていう。

吉田悠:五大陸の連帯だって言ってるけど……ほんと、近代の光と闇ですね。

ポストモダンにおいて、しかも東京で、なぜモダンの再現にわずらわされねばならないのか……。でも、今日のお話だと、OREは近代というものをその両側から見る目を持っていて、若くて、アイディアと衝動に溢れている。これはみなさんがなんとかしないと。5年後だから、ちょうどいろいろ脂が乗ってるころじゃないですか?

吉田悠:5年後にその目標設定しなきゃ(笑)。

和田:毒を隠し持ちつつやりたいですね。

吉田匡:解釈次第では真逆になってしまうようなことをやる。

それをやってくれるんだったら、私はオリンピックを楽しみにしますよ。

(一同笑)

和田:課題がたくさんあるなあ。CDの宣伝してる場合じゃない(笑)。近代の光と闇。

そんなこと大上段で言ってるやついないよ(笑)。

吉田悠:そういうことに思いを馳せるきっかけはありますけどね。アナログテレビが終わっちゃったとか。そんなときにはっと気づくんです。別の世界線の存在に……。

ああ、なるほど。そしてそれがもっとも祝祭的に表現されるのが──

和田:それがやっぱりライヴですね。儀式的なものを通して何かを感じて、気づいてもらう。でもそこに音楽があるというか、そこで音楽を生みだしているというのは、なにか大きいことだと思うな。やっぱりすごく音楽の力を感じる瞬間ですね。

Metome (Schist) - ele-king

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Japanese House - ele-king

 フランス人DJ/プロデューサーのブラウザ、そして東京在住のアリックスクンのふたりは、ここ数年、主に90年代の(そして主にNYガラージに影響を受けた)ジャパニーズ・ハウスを掘り続けている。その成果が来るべき11月、いよいよ1枚のコンピレーション・アルバムとなってお目見えする。

 以下が公表されているトラックリスト。

A1 T.P.O. - Punk Inc. (Hiroshi's Dub)
A2 Katsuya - I Need Luv
B1 The Ecstasy Boys Ft. Shiro Amamiya - Chi Chi Chi Gan Kanon
B2 Jazzadelic - I Got A Rhythm (1991 original mix)
C1 Akiko Kanazawa - Sawauchi Jinku (Terada mix)
C2 Yutsuko Chusonji - Blessing (Magic Ware Remix)
C3 YPF - Trance of Love (Tokyo Offshore Mix)
D1 Yukihiro Fukutomi - It’s Gonna Be Alright
D2 Hiroshi Matsui - Crazy Miracle Dub
E1 Takeharu Kunimoto - Home (6 a.m. mix)
E2 Violets - Sunset
E3 GWM - Deep Loop (edit)
F1 Fake - Square
F2 Hiraku Nagasawa - Matrix Track
F3 Dan K - Turquoise Love

 そして以下は、コンパイラーのひとりであるアリックスクンからのメッセージ。

 本コンピレーションは、ジャパニーズ・ハウスの歴史、そして世界中での普及を考えて日本のアンダーグラウンドハウスプロデューサーの作品を紹介する観点からすると初めてのものです。クラシックな曲から、とんでもなくレアな曲まで、Brawther&Alixkunが本コンピレーションの曲を選び、そのジャパニーズハウスサウンドの基礎であるディープなグルーヴや素直なメロディをしっかりと取り入れました。
 レジェンドに近い存在の寺田創一、福富幸弘、The Ecstasy Boysと共に、忘れられたハウス・ヒーローであるTakecha, Magic Ware、ひだのかつみなどが揃っています。
 そして本コンピレーションでは、ハウスミュージック好きな人をはじめ、もっと幅広く日本の音楽シーンに興味を持っている人のことまで考えています。
 初期ジャパニーズ・ハウス・シーンへの入門編として、本コンピレーションはジャパニーズ・ハウス・シーンの誕生についてさまざまな謎を解き、新しい観点からジャパニーズ・ハウスの歴史を音楽で語っています。

Yomeiriland - ele-king

 マムダンス&ノヴェリストといえば、いまやUKグライムの最強のタッグ。マムダンスは、今年はロゴスとの共作アルバムを出したトラックメイカー、そしてノヴェリストは期待大の若手MCだ。夏前には、彼らは正式にコンビを組んでXLから12インチを出している。
 そのふたりの2014年のコラボ曲“Take Time”を、なんと日本の3人組ラップ・グループ、嫁入りランドがカヴァー。先日SoundCloudで発表すると、さっそくFACT MAGは、「当然ながらブリリアントである」と賛辞を寄せている。
 ※引用訳につきまして「驚きはしないが、ブリリアントである」を「当然ながらブリリアントである」に訂正いたしました。関係の皆さま読者さまにお詫び申し上げます(2015.9.25)

 ちなみに、こちらがマムダンスのオリジナル。

 で、こちらが嫁入りランドのカヴァー。

interview with MIKRIS - ele-king


MIKRIS
6COFFIN ReBoot

THE DOG HOUSE MUSIC

Hip Hop

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 MIKRISというアーティストは危険……いや“MAD"だ。
“MAD" と冠のついた連作(まだ完結作は出ていないから、いまからでもその話題に乗る事をお勧めしたい)のリリースしていたMIKRISという存在は、当初は本文中にも出てくるように44 BLOXのメンバー、NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのサイドMCとしての印象が強く、現在持っている文字通りの“UNDERGROUND"なイメージとの距離はかなり遠い。
3rdアルバムである『6 Coffin』は、強烈な静と動がMIKRISの言葉とそれを固めるトラックにより“MAD"な棺桶が浮かび上がる。アルバム、ZINEとMIX CD、リミックス・アルバム 『6 Coffin ReBoot』によって完結するこの三部作は、20年近い彼のキャリアのなかでもここ数年が異質であることを示している。
彼が歩んで来た“MAD"な道のり、これから彼が魅せてくれるであろうさらなる“MAD"な世界の扉が開かれる。

ある日いきなり、一生懸命ダンスの練習してて。しかも、団地の駐輪所の暗がりのライトのとこで。それを発見しちゃって。かっこよくて。俺以外にもこの音楽はまってる人がいるってなって。

SAWADA(以下、S):訊いたことなかったけどMIKRISという名前の由来って?

MIKRIS(以下、M):俺、親父の名字がミキで、母親の名字がクリスなんですよ。それでミキクリス、それで、MIKRIS。10代の頃はMC MIKK(ミキ)でやっていて、DELIさんが(NITRO MICROPHONE UNDERGROUND)さんがデビューするってときに言いづらいから名前を変えたほうが良いという話になって、自分で決めました。

S: MC MIKKの頃の音源ってあるんですか?

M:たしか1999年ぐらいに千葉のラッパー、Mr.OMERIさんのTAPE ALBUMはその名義で参加してると思います。

S: 最近は東京でライヴというとBEDが多いけど、昔は渋谷が多かったイメージがあるけど、どうですか?

M:そうですね。昔は渋谷の円山町とかでのライヴが多かったけど、いまはもっぱら池袋(IKB)ですかね。10代の頃はあまり地元でのそうゆうCOMMUNITYなかったから、よく東京でライヴしましたよ。六本木とか、マダムカラス(池袋)とかで。

S: マダムカラスは池袋近辺で活動してる人はだいたい出演したことのある場所ですよね(笑)。自分も何回かハードコア/ パンクのレコードかけてDJさせてもらったことあります。

M: ハードコアといえば、俺、最近知ったMinor Threatの曲の歌詞がとてもささりました。

 MIKRISには千葉 ( CHIBA POWER ) の印象も強くある。千葉ではヒップホップはレゲエ、テクノやハードコア……さまざまな音楽が交差している。
 同世代の盟友であり、かの地で混ざり合うさまざまな事象を千葉の文化として叫び続けるラガマフィンソルジャー、SOLDIERの1stアルバム『邁進』において、千葉を代表するラッパー、E.G.G. MANとともに"CHIBA POWER" という曲に参加している。
 SOLDIERとともに開催するイベント〈AWAKE〉"は千葉のカルチャーを担う本物のショップで、SOUL ASSASINSとも深いつながりをもつWANNABESの地下にある、〈LIVE SALON WANNABES〉にて行われている。 ---


< DESFOGATE LIVE映像 >

S: MIKRIS君がハードコアに出会ったきっかけって、〈WANNABES〉ですか?

M:そうですね。あとは小岩の〈BUSHBASH〉ですね。DESFOGATEのコウスケ君の影響が大きいですね。

S: 自分もコウスケ君と親交あってMIKRIS君のことは聞いてました。 でも最初はMIKRIS = 44BLOCKのイメージがあったから、ずっと松戸とか柏の人だと思ってて。

M:それはよく言われますね。昔44でツアーやるってときに、「JBL(常磐線沿線)に住んでないですけど大丈夫すか?」てDELIさんに相談したら「お前は大丈夫 」って言われたんで、それでジョイントしてる。俺は千葉市のほうの出身です。さっきの昔やってた場所の話につながるんだけど、10代の頃は錦糸町の〈Nude〉とか潜り込んこともあります。PRC(元SOULSCREAM)とかやってたパーティがあって。

S: じゃあ、ヒップホップというカルチャーに最初に触れたのはどこになりますか?

M:実は小学生のころは北海道に住んでて、TVでダンス甲子園とかあったじゃないですか。姉とか従兄弟がいるんですけど、洋楽しか聴かない人だったんですよね。そういうなかでヒップホップに触れて、なんだこの魅力的で興奮する音楽はーってなって聴いてたんですよ。そしてら、同じ団地にすんでる3歳上のヤンキーのにいちゃんががいて、元々ヤンキーなんですけど(笑)。ダンス甲子園がやってるときに、ある日いきなり、一生懸命ダンスの練習してて。しかも、団地の駐輪所の暗がりのライトのとこで。それを発見しちゃって。かっこよくて。俺以外にもこの音楽はまってる人がいるってなって。来ましたね。

S:ちなみに、そのとき、そのヤンキーのにいちゃんはどういう格好してたんですか?

M:それはもう、ダンス甲子園って格好になってて(笑)。すげーなって、子供ながらに思いましたね。

S:というか、北海道住んでたことがあるのが、自分は驚きです。

M:俺は元々千葉県の生まれですけどね。親父は兵庫 お袋は茨城です。それで親父が千葉に移り住んで。それが、うちの一家の歴史の始まり。

S:なんか俺のイメージですが、MIKRIS君て国籍不明な感じですよね。 顔の濃い感じも。

M:純粋な日本人です(笑)。

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一応ターンテーブル持ってる奴がいて、そいつが持ってるレーコドをかけて、みんなでテレコを真んなかに置いて、一発録りして曲作ってました。MTRの存在も知ってたんですけど、誰も扱えないし、買えないし(笑)。


MIKRIS
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S: 話横に行っちゃいそうなんで戻しますね。何でラップをやろうと思ったんですか?

M:そのヤンキーの兄ちゃんとかの影響で、ブラック・ミュージックをずっと聴いていて、その流れで日本語でラップして人たちの存在を知って、聴いてみたんですよ。でも、当時の俺が思ってるヒップホップと違うって思って。 なら俺がラップしたほうが絶対かっこいいと思っちゃったんですよね(笑)。それで自分でリリックを書いてテレコで録ってみてってのがはじまりですね。

S: 初めはどんな感じだったの?

M:中学校の時から仲いい奴がいて、そいつとまず曲を作ろうてなりましたね。高校で、その頃スケボーを一緒にやってた奴とか、仲いい奴とかみんなで勝手にラップ・グループ作って。俺がMCネームを全員決めてやってました。10人ぐらいいたかなあ。一応ターンテーブル持ってる奴がいて、そいつが持ってるレーコドをかけて、みんなでテレコを真んなかに置いて、一発録りして曲作ってました。MTRの存在も知ってたんですけど、誰も扱えないし、買えないし(笑)。

S:

M:19歳ぐらいのときに耐えかねて(笑)。メンバーの奴が挑戦して、MTRとMPCを買って、オリジナルトラックを作くるって言い出して。初めてちゃんとデモ作ってかんじですね。

S: その時作った曲名覚えてます?

M:たしか“太平洋"って曲作ったような。

S: CHIBAだから太平洋なんですね。

M:(笑)。

S: そのときのメンバーはいまは?

M:一番初めから一緒のやつはまだ千葉でDJやってますよ。いまはヒップホップていうか、違う感じの好きみたいだけど。

 現在、松戸の市会議員をつとめ、千葉を代表するラッパーであるDELI は、MIKRISにとって大きな影響を及ぼす。DELIはMIKRISにとってその路を開き、何だって出来ると思わせてくれた最重要なラッパーである。DELIなくしてMIKRISというラッパーの存在は生まれていない。

< DELI, MIKRIS, MACKA-CHIN feat. TINA "シャボン玉" >

S: MIKRISにとって重要な存在のDELIさんとはいつ知り合ったの?

M:俺、元々曲もなかったんで、フリースタイルでライヴとかしてて。 いろいろ都内とか、横浜とかのオープンマイクとかラップ・コンテストとかどうにか探し出して出てて。 ある日どこかの店でオープンマイク有りのフライヤーを見つけて。しかも千葉で俺の地元じゃんってなって、 行ったのがDELIさんとかREAL IMPACTがやってるイベントで。GORE-TEXやK- BOMBとか居て。なんでこんなとこにいるんだ! てなって。

S:デモはそのとき渡したの?

M:持ってたけど渡さなかったすね。その後に、当時、〈市川GIO〉って市川の駅前にあったライヴハウスでやってた〈LOCAL MOTION〉ってイベントに出て。それはいろんなアーティストが都内から来てたみたいですね。その頃、ちょうどDELIさんがニトロはじめる直前みたいな感じ。ソロでも曲出すみたいになってて、すげー盛り上がってましたね。そのイベントは、箱のキャッシャーから駅を挟んで逆のロータリーまで人並んだときもありましたね。本当に、日本のヒップホップってすごいって思うようになってましたね。

S: 当時はバンドしかやってなかったけど気になってましたね 。ヒップホップとバンドとヒップホップでやってたイベントもあったけど、正直あまりうまく混ざれななかった印象があります。2000年前くらいで。なんか、みんな無駄にとんがってたみたいな。認め合いが難しかったというか。それは感じましたね。自分が見れてなかった部分もあると思うんですけど。

M:それはありますね。いまの混ざり合ってる感じはないですね。

 MIKRISは数多くのミックステープをストリートに落として来た。宇田川の伝説のミックスCDストリートショップ〈BOOT STREET〉 や数多くのストリートショップがそのミックステープを拡散していく。千葉、茨城、東京にとどまらず、大阪のアーティストとも共作するなど、その動きは、ミックスCDが並ぶショップでは強い存在感を放っていた。
その一部は、MIKRISの運営する〈THE DOGHOUSE RECORS〉のBANDCAMPで確認が可能だ。< https://thedoghousemusic.bandcamp.com/ >

S: 話が変わりますけど、MIKRIS君ってミックステープを大量に出してますよね?

M:1stアルバム出して、いろいろステップアップしたいけど、いい方法が浮かばないで足踏みしてる時期があって。それでも新しい曲は録ってるから、これを正規盤じゃないStreet Shitとして出そうと思って出してました。たぶん10枚ぐらいある。お金にもなったし

S:その話もっと聞きたいですね。

M:もともと2003年にデビューして、2005年に44BLOXのツアーのときに1st(『M.A.D. 』)出して。その前もずーとDELIさんやDABO君、XBSさんのSideとして全国ツアー連れてってもらってて。それで初めていった日本全国の土地土地でコミュニティがあったり、お店があったり、その都市のアーティストやO.Gの人とかがいて。すごく世界が広がって。そしてイベンターの方たちやお店の方にも歳が若いから可愛がってもらってて。
そのなかでの付き合いで、自分のCDも直で置いてもらえたら、そこで少なからず俺のこと気になってくれた人が聴いてくれんじゃないかと思って。それで当時毎日のように遊んでたJBMやDJ NOBU a.k.a. BOMBRUSHやKGEやSESAMEたちと制作をはじめました

S:それから2ndアルバム『M.A.D.2』(2011年)のリリースですか?

M:いやその前にストリート・アルバムとして『STREET MADNESS』を初めて正規の流通で、自分のインディー・レーベル〈THE DOG HOUSE MUSIC〉から出して(2010年)。その年にMARSMANIEとのジョイント・アルバム『M's UP!』もうちから出しました。それで『M.A.D.2』ですかね。

S:〈THE DOG HOUSE MUSIC〉の由来は?

M:俺、THE DOG(ジ・ドック)ってユニットをKGEとSESAMEと組んでて。まあ頓挫しちゃうんですけど、その流れで俺が考えた名前だし、その屋号を自分のレーベルの名前に引き継いで。ほんとはこのスペルだと“ザ・ドック”になるんだけど、知ってる奴だけ“ジ”と読む。みたいな。俺そうゆうの好きなんですよね。

S:〈ジ・ドック・ハウス・ミュージック〉なんですね(笑)。それからが、“M.A.D.2”ですね? 俺はたぶん、M.A.D.2とM.A.D.Xのあいだに一度会ってますね。ROCKASENのパーティで。挨拶程度しかしてないですよね。

M:俺、初対面の人と上手く喋れないですね。すいません田舎者なんで(笑)。

S:それから、B.D.のILLSONのリリース・パーティですね。その頃やっとちゃんと喋った気がする

M:俺はじめILLSON SHOWCASEのフライヤーに〈WDsounds〉て入ってて、B.D.にこの〈WDsounds〉ってなに? って訊いたこと覚えてます。BROBUS時代からB.D.のILLSONまでは、作品に全部誘ってもらってますね。俺の作品も彼は全部はいってるし。

S:BULLDAWGS(B.D. / JBM / KGE THE SHADOWMAN / MIKRIS )って昔から聴いてない人にとっては謎のグループじゃないですか? 音源も出してるわけでもないし。どうゆう経緯なんですか?

M:2007か8にMUROさん監修の『TOKYOTRIBE 2』のアニメのコンピレーションの曲があって。それがこのメンツで。けっこういい感触で、このままこの4人でオールMUROプロデュースでアルバム作ろうてなって。たしか。それでまずBULLSて候補があったんですが、DOGをつけてBULLDOGS。でも少しいなたいから“DOGS"を“DAWGS"にかえてBULLDAWGSになって。まあ、その話は流れたんですけどね(笑)。

S:俺はその当時変な言い方じゃなくて、MIKRIS君のイメージはなんか渋谷というか、ニトロ(NITRO MICROPHONE UNDERGROUND)っていうか、日本語ラップのオーバーグラウンド的な感じがあって。日本語ラップて二分してたじゃないですか、当時? NITROのようなオーバーグランド的な感じの日本語ラップと、MSCや韻踏のようなアンダーグランドな感じの日本語ラップと。

M:そうですね。俺は気にしてなかったけどありましたね。

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俺、元々ホラー映画とかそうゆうB級なものが好きで。USでもクレイヴ・ディガスとか それこそデビュー当時のウータンとかモブディープとかとてもホラーな感じがして。あの当時の雰囲気を日本でやろうと思ってデビューからやってるんですよ。


MIKRIS
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 『6 Coffin』と題されたアルバムは、ILLICIT TSUBOI、BUSHMIND、GOLBY SOUNDといったトラックメーカー陣の凄まじいまでの世界観に白と黒が似合う様なダークな世界がこれでもかと言わんばかりにMIKRISの口から吐き出されている。
リリシストとしてもライム巧者としても定評のあるMIKRISは、いままでもMADなラップをしてきたが、この作品に関しては異質のものだと言い切れる。

S:それゆうなかでのMIKRIS君は、『M.A.D.2』まではそういうイメージがあって。そこから『6 Coffin』(2013年)になって、がらっと変わるじゃないですか?

M:俺のなかで『M.A.D.2』までがいままでの自分のイメージの一番目の集大成で。それでワンマンライヴをやって一区切りじゃないですけど。それで次に何作るかとなり、『6 Coffin』ですね。『6 Coffin』については一番の転機じゃないですけど、ちょうど世の中の世相もあり。一番は世相だったかもしれません。

S:いままでのCDのジャケットっと並べて見ても、『6 Coffin』はちょっと異質じゃないですか。これはどう思ってほしいのかと?

M:そうですね。よく言われます。「どう思ってほしい?」って。これは俺が悪いかもですが。俺、元々ホラー映画とかそうゆうB級なものが好きで。USでもクレイヴ・ディガスとか それこそデビュー当時のウータンとかモブディープとかとてもホラーな感じがして。あの当時の雰囲気を日本でやろうと思ってデビューからやってるんですよ。だって俺のデビューEPはホッケーマスクかぶってますからね。

S:なるほど。そうゆうことで言えば、昔BUSHMINDと一緒に車乗ってて、これ聴いてよって言ってBUSHMINDにMIKRIS君の曲聴かせてもらって。俺はリリックがMADだと思ったけど、正直なんのこと歌ってるか全くわからなくて。これはこうゆうことを歌ってるってBUSHMINDに説明されて。テーマが複雑なんだよねって。そのあとからはちゃんとリリックが入ってくるようになって(笑)。『6 Coffin』は、ほんと圧倒的。トラックからキテるじゃないですか。

M:あれ、誰にも歌わせたくなかったからインストは公開してないです。まず、俺以外の人は歌えないし、俺の望む歌詞は他人には書けないと思ってました。で、ひとりでやったんですよね。

S:そのなかでリミックス作ろうってなったのはどうしてですか?

M:それはもうT.O.P.もそうだし、MEGA-GもそうだしJ.COLUMBUSもそうだし 客演陣は このラッパーたちなら書けると思って、お願いしました。チャンネルが合うかなと思って。

S:DELIやE.G.G.MANとの曲は?

M:これは正直、前作『6 Coffin』を作ってるときに作ってて。全体をまとめるときに少し違うかなと思って入れなかった曲です。

S:なんか今回の『ReBoot』(『6COFFIN ReBoot』)はリミックスとなってるけど、別モノになってる気がするんですよ。ほんと、このパッケージにしなくてもシングルとして出してもいいんじゃないかなぐらいの出来で。まあジャケットは続きモノですけど。今回のリミックスを聴いて、また次のタイトルが出たときに繋がる感じなのかなと?

M:この『6 Coffin』の続編はこの『ReBoot』、これで完結です。この作品/プロジェクトのテーマは漢字で言えば 反抗なんですよ。アート的反抗。続きでいうと映画は三部作なんで『M.A.D.3』は出したいと思ってますけど。
3部作って、まず1作目にこうゆうものがあると提示して、2作目にまた肉付けしたスケールアップしたものになり、3作目は好きなやつだけついて来い的な感じだと思ってて。

S:話が戻るんだけど、『6 Coffin』という作品はジャケットもそうなんだけど、なんかジャームッシュの『デッドマン』みたいな感じがあって。

M:俺は日本人のアート感覚でホラーとか奇妙な感じを音楽に落とし込みたいのがあって。

S:だから白黒なんだ

M:イエス。

S:“ STRAY SHEEP (Remix) ”とか聴くとほんと『デッドマン』みたいなイメージ。

M:あのJ.COLUMBUSのバースは俺も気に入ってます。ああゆうバースこそみんな理解しようとして頭おかしくしてもらいたい。

S:あれは作ってても頭おかしくなりました(笑)。あと。MATRIXについては、他と違って色があるかなと。

M:あの曲については奇跡で。もともと違う感じのトラックで録ってたんですが、最終段階で自分の予想をはるかに時空ごと飛ばした曲でした。もともと俺のラップ・キャリア初のスタジオ・レコーディングのエンジニアがILLICUT TSUBOIさんで。DELIさんの“クラッシャ”て曲で。そのときこんな変態な方がいるなんて思いました(笑)。それでいつか一緒に曲作りたいとはじめから思ってて。最高なのができました。

S:BUSHMINDのリミックスもまた別物になってていい感じにでしたし。

M:個人的にはラップとかアートとかって、みんなに理解されないとただのマスターベーションていう人もいるけど、俺は逆でマスターベーションにこそ金を払ってほしい。それが一番純粋な動機かと思うんです。

S:MIKRIS君はDJもやらないしトラックメークもしないし、ラップだけしかしないじゃないですか。ラッパー、MIKRISとしてまた作品だしたりライヴしたり、すると思うんですけど、最終的にどうしていきたい、どうなりたいとか、展望はありますか?

M:日本人がやる日本人のアンデンティティのもと作り出す世界のヒップホップをやりたい。強いて言えば千葉県の田舎者がやるを付け加えたいですね。学びの途中ですね。 精進。

S:学びは最後までが学びですからね。精進ですね。

M:間違いないと思います。

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押忍 = 押して忍ぶ / 自我を抑え我慢する
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 都内某所でのライヴの前に飲みながら話を聴いたあと、翌朝を迎える前に行われたライヴは相当狂っていたことも加えておく。

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