「swi」と一致するもの

Jameszoo - ele-king

 ジェイムスズーとは何者なのだろうか。本名、ミシェル・ファン・ディンサー。オランダ南部の町デン・ボス出身のプロデューサー/トラック・メイカーであること、前衛ジャズやプログレ、クラウトロック、実験的エレクトロニック・ミュージックといったジャンルのバックグラウンドを持っていることくらいしかいまのところはわからない。もっともこれだけわかっていれば、充分であるとも言えるかもしれない。なにより音源さえあれば本人のプロフィールなんて二の次だ。

 彼は〈ブレイン・フィーダー〉からリリースされたこのデビュー・アルバム以前にも何枚かのepを出しているが、もちろんそれらを聴いたのも『フール』を知ってから。僕にとってこの『フール』がジェイムスズーとの初対面だった。
 そして、この初対面でジェイムスズーの実像を掴みとることはできなかった。むしろ、さらに謎に包まれたと言ってもいい。初体験の『フール』から読み取ることができたのは、彼の提示する「ナイーヴ・コンピュータ・ジャズ」(ジェイムスズー自身による呼称)が最先端の音であるということと、このアルバムに参加しているミュージシャンたち、とくにニルス・ブロースとジュリアン・ザルトリウスがクレイジーなプレイヤーであるということだった。彼の音楽性が多岐に渡っていることもよくわかる。しかしながらこのアルバムにおいてジェイムスズー個人の存在感を意識することはほとんどない。まるでリーダーが不在であるかのような感覚を抱いてしまうのだ。

 このアルバムにはふたりのドラマーが参加している。ホセ・ジェイムズやフライング・ロータス、シネマティック・オーケストラのスチュアート・マッカラムらの作品に参加しているUKのドラマー、リチャード・スぺイヴンとコリン・ヴァロン・トリオなどで活躍しているジュリアン・ザルトリウスだ。僕はこのアルバムを聴くまでリチャード・スぺイヴンがメイン・ドラマーとして参加しているものだと思い込んでいたのだが(数少ないジェイムスズー・クインテットのライヴ動画では彼が叩いている)、『フール』において彼の乾いたマイネル・シンバル・サウンドを聴きくことはなかった。
 それもそのはずで、リチャード・スぺイヴンの参加曲は“ワロング”のみで、その他のドラムが入っている曲はすべてジュリアン・ザルトリウスが叩いている。“ワロング”のクレジットには両名の名が記されているので、実質ドラム・パートはほぼジュリアンが担当しているのだろう。
 これにはたまげた。コリン・ヴァロン・トリオや自身のソロを聴き、彼がエレクトロ・ミュージックからの影響を受けたフリーキーなプレイをすることは知っていたが、ここまでビート・ミュージックと親和性が高いドラミングをするプレイヤーだとは思っていなかった。例えば、アルトゥール・ヴェロカイが参加する“FLU”では、思わずリチャード・スぺイヴンが叩いているのではないかと錯覚してしまうほど、グリッドに正確で直線的なドラミングをしている。
 さらに、曲の後半ではダイナミクスのあるプレイを展開し、最後は三連符の激しいスネア・フィルによって熱を帯びたセッションに終止符を打つ。ビート・ミュージックに対してジャズ・ドラマーとしてのアプローチをしかける、最高にクールなプレイだ。また“ミート”や“ザ・ズー”においては、彼の特徴であるプリペアド・ドラム的なサウンドが聴こえてくる。スネアやタムの上にシンバルやゴングを乗せて叩くことで、よりエフェクティヴなドラム・サウンドを作り出すのは、とくビート・ミュージック系のジャズ・ドラマーたちがよくやることなのだが、ジュリアン・ザルトリウスはマシン・ビートを生音で再現するというよりも、プリペアド・ドラムそのものを聴かせるような発想があるように見える。
 つまり基準がマシン・ビートではなく、あくまでもアコースティック・ドラムなのである。だからこそ、このアルバムへの参加が意外だったのであるが、蓋を開けてみればエレクトリックにより過ぎない彼のドラミングが、「ナイーヴ・コンピュータ・ジャズ」サウンドの構築に大きく貢献しているのだ(ドラムの音もあまり機械的な加工がされていないように聴こえる)。

ジュリアン・ザルトリウスによるソロ・パフォーマンス。

 また、キーボードとして参加しているニルス・ブロースも「ナイーヴ・コンピュータ・ジャズ」サウンドの根幹を担っていると言ってもいいだろう。彼はジェイムスズーと同じくオランダ出身であるようだが、『フール』の参加以外はカイトマン・オーケストラなどに参加しているミュージシャンであるようだ。アルバム(日本盤のボーナストラックも含め)全12曲中10曲もクレジットされており、ジェイムスズーからの信頼が厚いことがうかがえるが、“FLU”で突如として挟み込まれるシンセサイザーの恍惚的なフレーズや、浮遊感のあるウーリッツァーのバッキング、“ザ・ズー”の前半部分におけるフリーキーでエッジー、そして時折メロウな一面を見せる彼のプレイはかなり印象的だ。“クランブル”でのハーモーニーと手数で攻める超絶技巧的な演奏もさることながら、スキット扱いの“NAIL”でみせるインプロヴィゼーションのほとんどない構築的なプレイも美しい。シンセサイザーのクレジットではミシェル・ファン・ディンサーとの連名になっている楽曲が多いので、先に挙げた“FLU”のフレーズはジェイムスズーの演奏によるものである可能性もあるが、ニルス・ブロースの存在なしでは『フール』のサウンドは成り立たなかったであろう。彼のジャズ・ミュージシャンとしてのスキルは、このアルバムが〈ジャズ〉であることに大きく貢献している。

ニルス・ブロースによるソロ・パフォーマンス。

 注目すべきプレイヤーはジュリアン・ザルトリウスとニルス・ブロース以外にもいる。このアルバムにインスピレーション元となったというアルトゥール・ヴェロカイとスティーヴ・キューンの参加は、ある意味で異質な要素として印象的であるし、“ミート”でのサンダーキャットことステファン・ブルーナーが、もはやベースを弾いているとは思えない超絶技巧を披露するのもにやけてしまう。サックス奏者であるジョン・ダイクマンのフリーキーなプレイや、サンダーキャット以外にも4人いるベーシストの異なるプレイなど、演奏面においての聴きどころが数多くある。しかし、これはあくまでもジェイムスズーの作品だ。彼を忘れてはならない。

 先ほど『フール』においてジェイムスズーの存在は意識されないと書いたが、それはプレイヤーとしての存在が意識されないという意味である。クレジットを見れば、それがよくわかるだろう。ジェイムスズーことミシェル・ファン・ディンサーのプレイヤーとしての参加はシンセサイザーのみで、“NAIL”や“ティース”では参加すらしていない。参加曲においても彼のプレイが前面に押し出されるような箇所はほとんどなく、いやもしかしたらあるのかもしれないが、先述したようにニルス・ブロースとクレジットが被っている場合がほとんどなので、判別するのが困難なのである。彼は『フール』に収録されているほとんどの楽曲を作曲してはいるが(“ザ・ズー”はスティーヴ・キューン「Pearlie’s Swine」のカヴァー。何曲かはニルス・ブロースらとの共同名義になっている)、楽曲の中での彼は決してリーダー的なプレイをしていない。リーダー不在のセッションなのである。これはマリア・シュナイダーのようなジャズ作曲家のような視点で捉えられることも、ジェイムスズーの肩書そのものであるプロデューサーとしての視点で見ることもできる。彼はプレイヤー同士のセッションを内側からではなく外側から見ることによって、この奇妙な「ナイーヴ・コンピュータ・ジャズ」を作り上げているのである。

 『フール』には妙な空白がたびたび現れる。例えばそれは曲と曲の間であったり、曲中でぶつ切りのように現れたり、とにかく妙なタイミングで現れる。『フール』の締めくくりである“ティース”の最後でも、妙な空白の後に突如としてセッションの一部分が挿入されるが、このようなエディットは彼がジャズ・ミュージシャンではないからこそ可能なのであろう。リーダーの不在や奇妙なエディットによって、『フール』はジャズ・ミュージシャンが演奏するジャズでない何か別の音楽になっている。それは近年の〈ブレイン・フィーダー〉がリリースしてきた諸作品と共通する点であり、ジャンルに縛られることのない最先端の音楽なのである。
 油性絵の具を塗りたくられたジェイムスズーがこちら側を向いている『フール』のジャケットは、彼がセッションのなかで匿名性を示したことと何か関係性があるように思える。参加ミュージシャンのクレジットを隅々まで読みこもうとするジャズ・リスナーにとって、ジェイムスズーが何者であるかを理解することはできないだろう。

YG - ele-king

 『Still Brazy』を一聴して去来したのは、失っていた記憶を呼び戻される感覚だった。YGがこのアルバムで奏でるのは、「赤い」ファンクだ。

 90年代中盤、Gファンクが僕たちに見せてくれたファンタジーの記憶。それはニューヨーク産のそれに比べ、風景の印象を強く刻むようなPVの効果もあったのかもしれない。灼熱の太陽。ローライダーの群れ。フッドで夜な夜なおこなわれるハウス・パーティ。ゆっくりとクルーズする深夜のアスファルトに残る、昼間の熱量の痕跡。このアルバムは、それらの記憶を呼び覚ます。一層骨太になったそのサウンドの輪郭は、Gファンクのニュー・エラ(新時代)の到来を示唆しているのだろうか。

 思えばファースト・アルバム『My Krazy Life』以降のYGは、BlancoやDB Tha Generalとコラボした『California Livin』(ANARCHYをフィーチャーした“Drivin Like Im Loco (Japan-BKK Remix)”も収録!)でも、往年のGファンク・サウンドに対する明らかなオマージュとも言えるサウンドを聴かせくれていた。それは90年代のGファンク・エラにドップリと浸かっていた者たちの「W」の字のハンドサインを誘発するような、見事なネタとグルーヴに支配されていた。

 先行シングル“Twist My Fingaz”を貫く、むせ返るようなGファンクイズム。冒頭のブリブリのベースラインに、サイン波によるピロピロ音のメロディー、そしてヴォコーダーと、Gファンクを象徴するサウンドが大集結。そして全体のムードを決定付けるのは、ピアノによるテンション・コードと、フックの背後で薄く鳴るシンセがもたらす緊張感だ。そのフックは8小節のフレーズ2種類(ひとつはマルコム・マクラーレンのクラシック“Buffalo Gals”から引用)が連続する展開となっており、気付けば自然と口ずさみつつ、裏拍に合いの手を入れてしまうこと必至だ。

 ビーフ騒動もあったDJ MustardからDJ Swishに制作のメイン・パートナーをスイッチしたこともあり、全体のトーンとしては派手さを抑えたプロダクションの本アルバムは、これまでのGファンクを総括するような顔付きを見せつつも、それとの差異をも提示し、アップデートを図る。たとえばリル・ウェインを迎えた“I Got A Question”やドレイクを迎えた“Why You Always Hatin?”、“Still Brazy”に見られる、トラップの影響下にあるハットの打ち方。ソフト・シンセによる、モジュレーションの動きのあるシンセ・サウンド。そして冒頭を飾る2曲“Don't Come To LA”と“Who Shot Me?”で目立つのは、これまでスヌープ、ウォーレン・G、コラプトらとの仕事を通してGファンクを支えつつ更新してきたテラス・マーティンが持ち込んだと思しき、琴のような弦楽器的なサウンド。この琴による、モノフォニーの、少し震えるようなサウンドが象徴するのは、YGが置かれたある種の精神状態ではないだろうか。

 ビルボード・チャート初登場2位を記録した前作の成功を受け、彼の立場や環境は大きく変わったはずだ。つまり、Bloodsの一員としてのギャングスタ・ライフから、成功を収めたアーティストへ。そして“Who Shot Me?”で4小節のメランコリーなコード進行とともに描かれているのは、彼自身を襲った銃撃事件のドキュメンタリーである。ハイファイなウエストコースト・サウンドに「突如」導入されるブレイクビーツの、周りのサウンドと噛みあわないある種「凶暴」な響きは、彼を襲った事件の「突然さ」や、彼の世界の見え方を「暴力的」に変えてしまった経験と共鳴する。事件以降、彼の世界への対峙の仕方は一変した。

 このセカンド・アルバムのスタジオ・ワークの最中に銃撃を受けたYGは、病院で治療後、翌日にはスタジオに戻ったという。彼はインタヴューに応えて言う。「ちょっとした出来事だった。ケツを撃たれたけど、問題ない」、「誰が撃ったかはどうでもいい」、「俺を殺るのは簡単じゃない(I’m hard to kill)」と。自らを襲う凶弾をも、逆に自身のタフネスを誇示する契機としてしまう腹のくくり方。彼を形作るギャングスタ・ラッパーのアイデンティティが、そのような選択肢を唯一の現実解たらしめているのだろうか。しかしその姿勢に、1995年に、頭部に2発、股間に2発、腕に1発の銃弾を浴びながらも、テレビカメラに向かって中指を立てた男、かつての2パックの姿を重ねてしまうのは筆者だけではないはずだ。

 1994年9月13日にリリースされたノトーリアスB.I.G.のファースト・アルバム『Ready To Die』。セカンド・シングル“Big Poppa”のB面収録の“Who Shot Ya?”で、ビギーは自分が曲中で撃った相手に「お前はゆっくりと穏やかに死ぬ/俺の顔を覚えておけ/間違いのないように/警官に伝えるときにな」と語りかけた。そしてそれから2年後、2パックは再び銃撃に遭い、あえなく凶弾に倒れる。彼は、その場に駆け付けた警官に、誰に撃たれたのかと問われると「ファック・ユー」と返答したと言われている。そして1996年9月13日、彼は25年の生涯を終える。

 YGは「誰が俺を撃った?」と叫び「俺は馬鹿みたいだ/仲間が俺をハメたのか?」と仲間を疑い、その他の可能性を次々と列挙してゆく。しかし結局犯人はわからず、悪夢で夜も眠れないと歌う。そして撃たれた原因は、彼が成功で手に入れた巨額の富のせいであるが、「カルマが犯人を捕える」ことになるし、「神は俺のために何か別のプランを持っているのだ」と結論付ける。

 しかしもはや誰も信じることのできなくなってしまった彼の独歩の足跡を、モノフォニックな琴の音階が、なぞるように、追ってゆく。

 この銃撃事件によってYGが得たものとは、一体何だったのか。それは本当に、自分以外は誰も信じられないという教訓なのだろうか。アルバムを締めくくる、最後の3曲に、解釈のヒントはあった。“FDT (Fuck Donald Trump)”ではNipsey Hussleとともにドナルド・トランプを批判し、“Blacks & Browns”ではSadboy Lokoとともにそれぞれアフロアメリカンとチカーノの立場からレイシズムの現況をライムする。そしてラストを飾る“Police Get Away Wit Murder”ではタイトル通り、警官の暴力を糾弾している。これらの楽曲を通して、彼らの置かれた政治的立場、社会的立場について問題提起をおこなう彼は、銃撃事件以前とは異なる視座を獲得しているように見える。以前のようなモノフォニックな独白だけでなく、より多様なテーマに対し、いわばポリフォニックな議論の口火を切るように。

 “Police Get Away Wit Murder”の終盤、YGのヴォイスはどこか遠くから語りかけるようなエフェクトを纏う。聴衆に演説するように、彼は警官に射殺された人々の名前と場所を挙げてゆく。ロバート・グラスパーが、ケンドリック・ラマーの“Dying of Thirst”のカヴァーで、自身の息子とその友人に、犠牲者の名前を読み上げさせたように。グラスパーはインタヴューで、ある種の「タイムスタンプ」として、彼らの名前を記録しておきたかったのだと言及している。

 自身の銃撃事件の帰結として、彼の周囲への疑念が膨れ上がり、そのことに疲弊したことが、彼の視点をフッドから引き剥がし、アメリカ社会全体に向けさせたのではないか。それは結局、彼が生きる世界のシビアさを、より明確に指し示すだけだったかもしれない。しかしそれは同時に、死者の叫びを自身のそれに重ね、タイムスタンプとして作品に刻印するような想像力を誘引したのではないか。

 このアルバム『Still Brazy』を飾るジャケット。赤いバックグラウンドに、赤いストライプのシャツ。これはもちろんBloodsをレペゼンする赤だ。しかし同時に、YGが「突然の出来事だった(it just happened out of the BLUE)」と振り返る銃撃事件以来、陰鬱な気分に沈み込む(in the BLUE funk)自らに三行半を突きつける、決意としての「赤」でもある。ファンクに刻印される、決然とした赤いタイムスタンプ。

 そして、ジャケットの中央に佇むのはYGのバストアップのショット。しかしその頭部がブレているのは何故か。それは、周囲を警戒し見回しているからではないか。誰に背後から撃たれるか分からない世界で、彼はライムする。アルバム最後のラインは、囁くようにこう締めくくられる。

「犠牲者のリストは続いてゆく/皆は不思議がる/俺が何故 後ろを気にしながら生きているのかを」

SOUL definitive 1956 - 2016 - ele-king

ブラック・カルチャーが燃え上がるいまだからこそ読みたい、
60年分のソウル/ファンク/R&Bのディスク・ガイド決定版!

サム・クックからビヨンセ、ジェイムズ・ブラウンからディアンジェロまで。
時代に応じてスタイルを変化させながら、これほど社会と密接した関係にあり、
そしてこれほど世界を魅了してきた大衆音楽はほかにない。

“definitive”シリーズ最新刊は、60年にもおよぶソウル/ファンク/R&B年代記。
黎明期から2016年の現在までを網羅した本書は、ソウルがどのように始まり、
どのように変化しながら現在に至っているかという流れをあぶり出す。
ブラック・カルチャーが燃え上がるいまだからこそ読みたい1冊。

監修・著者は、30年以上もブラック・ミュージックについて書き続けている、
ベテラン音楽ライターの河地依子。まさに「決定版」です!

初版のみ 電子版へのアクセスキー付き


第1章:1950年代~ ソウルの黎明期
p7 Sam Cook / p8 James Brown & The Famous Flames / p9 Ray Charles / p10 歌姫たち / p11 ドゥーワップの系譜 / p13 ニューオリンズ / p14 その他の先達

第2章:1960~ ソウルの躍進
p16 The MIracles / p17 デトロイト~Motown / p19 Stevie Wonder / p20 Marvin Gaye / p21 Supremes / p22 The Temptations / p23 For Tops / p26 The Jackson 5 / p27 Invicuts / p31 Chaimen Of The Board / p32 メンフィス~Stax / p33 Otis Redding / p37 その他の南部 / p38 Atlantic / p42 Wilson Pichett / p43 Aretha Franklin / p44 シカゴ~Chess / p46 Okeh / p47 その他 / p49 Ike & Tina Turner

第3章:1964~初期のファンク
p52 James Brown / p54 Sly & The Family Stone

第4章:1969~ファンクに火が点いた
p56 Sly & The Family Stone / p57 James Brown / The JB's / p58 P- Funk / p63 Ohio Playersおよび関連作 / p65 オハイオその他 / p67 The Isley Brothers / p68 Earth, Wind & Fireおよび関連作 / p71 東海岸(NY/NJ) / P73 西海岸 / p76 デトロイト / p78 Isaac Hayes / p79 The Bar-Kays / p80 The Meters / p81 Allen Toussaint および関連作 / p82 その他の地域 /

第5章:1971 ~ニュー・ソウル
p84 Marvin Gaye / p85 Curtis Mayfield / p87 Donny Hatherway / p88 Stevie Wonder / p92 番外編:「言葉」のアルバム

第6章:1972~ソウル百花繚乱
p94 Al Green / p95 メンフィス~Hi / p98 メンフィス~Stax / p101 Bobby Womack / p102 その他 / p104 Philadelphia International / p105 フィラデルフィア / p110 The Stylistics / p111 その他 / p112 Buddah / p113 ニューヨーク / p116 Brunswick/Dakar / p117 Barry White / p118 西海岸 / p121 西海岸~Motown / p124 デトロイト / p126 Prince / p127 その他

第7章:1979~ エレクトロ時代の洗練
p129 Michael Jackson / p130 Chicおよび関連作 / p132 Rick Jamesおよび関連作 / p134 Jazz→→→Funk / p135 ニューヨークその他 / p137 Zappおよび関連作 / p139 オハイオその他 / p140 Princeおよび関連作 / p142 Reggie Griffinおよび関連作 / p143 ミシガン / p145 Solar / p148 西海岸その他 / p150 その他の地域 / p152 Go-Go / p154 ニューオリンズ / p155 シンガーたち:旧世代 / p162 Luther Vandrossおよび関連作 / p163 シンガーたち:新世代 / p167 シンガーたち:英国 /

第8章:1988~ ニュー・ジャック・スウィング→ヒップホップ・ソウル→ビート革命
p171 Guy / p172 Teddy Rileyおよび関連作 / p174 Uptown / p174 Jam & Lewisプロデュース作、Perspective作品 / p178 LA & Babyfaceプロデュース作、Laface作品 / p181 New Editionおよび関連作 / p183 Foster & MacEloryプロデュース作 / p185 LeVertおよび関連作 / p186 Motown / p189 Def Jam/OBR / p191 Keith Sweatおよび関連作 / p192 R. Kellyおよび関連作 / p193 Dallas Austin関連作 / p194 セルフ・プロデュースの人々 / p196 Timbalandおよび関連作 / p199 その他 / p207 我が道を行く人々 / p209 英国バンド / p211 シンガーたち:英国

第9章:1995~ ネオ・ソウルとR&B(1)
p213 D'Angelo / p214 ネオ・ソウル / p219 R&B / P220 Destiny's Child / p223 ゴスペル /

第10章:2000~ネオ・フィリー
p226 Jill Scott / p227 ネオ・フィリー

第11章:2001~ネオ・ソウルとR&B(2)
p233 Alicia Keys / p234 R&B / p242 ネオ・ソウル / p244 Anthony Hamilton / p252 番外編:Bruno Marsおよび関連作 / p253 レトロ・ソウル / p257 全方位型 / p260 ゴスペル / p261 英国 /

第12章:2005~ エレクトロ~アンビエント~ドリーム
p264 Riahnna / p265 ダンス、ポップ / p267 アンビエント、ドリーム /

第13章:~2016 新世代プロテスト
p272 Beyonce / p273 新世代プロテスト


コラム
p35
「全盛期のレヴューのライヴ盤」
p90
「ブラックスプロイテーションのサントラ」
p100
「社会的な目的の慈善ライヴ」
p169
「反アパルトヘイト・アーティスト連合」
p224
コラム「ファンクの復活」
p230
「銀幕の中のアーティストたち」
p231
「ザ・ルーツの暗躍」
p258
「トリビュート盤」
p262
「相次ぐヴェテランの復活劇」

p274
索引

SOUL definitive 1956 - 2016 - ele-king

21番目の「笑っていた」で泣いてしまった。「あなたがアメリカの黒人だったら殺されるかもしれない23の状況(23 Ways You Could Be Killed If You Are Black in America)」という動画のことだ。合衆国で無抵抗の黒人が警官に殺害され続けていることに抗議するため、ビヨンセやリアーナ、アリシア・キーズといった錚々たる顔ぶれが集結し、それまでに殺害された23人が殺される直前に何をしていたかを淡々と語っていく動画である。21番目に登場する被害者は、単に「笑っていた」というだけで殺されてしまった。もう本当にどうしようもないくらい悲惨だ。
2016年はビヨンセの年である。黒人であることと女性であること、政治の問題と恋愛の問題を同時に気高く歌い上げる彼女の姿は、昨年のケンドリック・ラマーと同様、ポピュラー・ミュージックの歴史に深く刻み込まれることになるだろう。何がすごいって、元デスティニーズ・チャイルドだよ。90年代に誰がこんな姿の彼女を想像できただろうか。
だが落ち着いて考えてみると、いまの彼女の力強い姿は当然の帰結なのかもしれない。なぜなら彼女の背後では、われわれが想像するよりもはるかに大きな川がこれまで一度も途切れることなく脈々と流れ続けていたのだから。かつてアミリ・バラカ(リロイ・ジョーンズ)はその川を「変わっていく同じもの(the Changing Same)」と名付けた。
ブラック・ミュージックは刹那的で、うつろいやすいと言われる。そのときそのときで新しいスタイルが生み出され、聴衆はそれを次々と消費しては捨てていく。こう書くとただむなしいだけのように感じられるかもしれないが、それはつまり、ブラック・ミュージックが各々の時代の社会情勢と相互に作用し合っているということでもある。公民権運動があった。ヴェトナム戦争があった。LA暴動があった。イラク戦争があった。それらはみな一本の大きな本流へと注ぎ、2016年という河口まで流れ込んでいる。直接的なメッセージが歌われているかどうかだけが重要なのではない。楽器が、リズムが、音色が、歌声そのものが、20世紀後半の合衆国の歩みに呼応しているのだ。
サム・クックがいた。ジェイムズ・ブラウンがいた。ディアンジェロがいる。ビヨンセがいる。『ディフィニティヴ』シリーズ最新作は、「ソウル」である。

SOUL definitive 1956-2016
河地依子



Amazon

第1章:1950年代~ ソウルの黎明期
p7 Sam Cook / p8 James Brown & The Famous Flames / p9 Ray Charles / p10 歌姫たち / p11 ドゥーワップの系譜 / p13 ニューオリンズ / p14 その他の先達

第2章:1960~ ソウルの躍進
p16 The MIracles / p17 デトロイト~Motown / p19 Stevie Wonder / p20 Marvin Gaye / p21 Supremes / p22 The Temptations / p23 For Tops / p26 The Jackson 5 / p27 Invicuts / p31 Chaimen Of The Board / p32 メンフィス~Stax / p33 Otis Redding / p37 その他の南部 / p38 Atlantic / p42 Wilson Pichett / p43 Aretha Franklin / p44 シカゴ~Chess / p46 Okeh / p47 その他 / p49 Ike & Tina Turner

第3章:1964~初期のファンク
p52 James Brown / p54 Sly & The Family Stone

第4章:1969~ファンクに火が点いた
p56 Sly & The Family Stone / p57 James Brown / The JB's / p58 P- Funk / p63 Ohio Playersおよび関連作 / p65 オハイオその他 / p67 The Isley Brothers / p68 Earth, Wind & Fireおよび関連作 / p71 東海岸(NY/NJ) / P73 西海岸 / p76 デトロイト / p78 Isaac Hayes / p79 The Bar-Kays / p80 The Meters / p81 Allen Toussaint および関連作 / p82 その他の地域 /

第5章:1971 ~ニュー・ソウル
p84 Marvin Gaye / p85 Curtis Mayfield / p87 Donny Hatherway / p88 Stevie Wonder / p92 番外編:「言葉」のアルバム

第6章:1972~ソウル百花繚乱
p94 Al Green / p95 メンフィス~Hi / p98 メンフィス~Stax / p101 Bobby Womack / p102 その他 / p104 Philadelphia International / p105 フィラデルフィア / p110 The Stylistics / p111 その他 / p112 Buddah / p113 ニューヨーク / p116 Brunswick/Dakar / p117 Barry White / p118 西海岸 / p121 西海岸~Motown / p124 デトロイト / p126 Prince / p127 その他

第7章:1979~ エレクトロ時代の洗練
p129 Michael Jackson / p130 Chicおよび関連作 / p132 Rick Jamesおよび関連作 / p134 Jazz→→→Funk / p135 ニューヨークその他 / p137 Zappおよび関連作 / p139 オハイオその他 / p140 Princeおよび関連作 / p142 Reggie Griffinおよび関連作 / p143 ミシガン / p145 Solar / p148 西海岸その他 / p150 その他の地域 / p152 Go-Go / p154 ニューオリンズ / p155 シンガーたち:旧世代 / p162 Luther Vandrossおよび関連作 / p163 シンガーたち:新世代 / p167 シンガーたち:英国 /

第8章:1988~ ニュー・ジャック・スウィング→ヒップホップ・ソウル→ビート革命
p171 Guy / p172 Teddy Rileyおよび関連作 / p174 Uptown / p174 Jam & Lewisプロデュース作、Perspective作品 / p178 LA & Babyfaceプロデュース作、Laface作品 / p181 New Editionおよび関連作 / p183 Foster & MacEloryプロデュース作 / p185 LeVertおよび関連作 / p186 Motown / p189 Def Jam/OBR / p191 Keith Sweatおよび関連作 / p192 R. Kellyおよび関連作 / p193 Dallas Austin関連作 / p194 セルフ・プロデュースの人々 / p196 Timbalandおよび関連作 / p199 その他 / p207 我が道を行く人々 / p209 英国バンド / p211 シンガーたち:英国

第9章:1995~ ネオ・ソウルとR&B(1)
p213 D'Angelo / p214 ネオ・ソウル / p219 R&B / P220 Destiny's Child / p223 ゴスペル /

第10章:2000~ネオ・フィリー
p226 Jill Scott / p227 ネオ・フィリー

第11章:2001~ネオ・ソウルとR&B(2)
p233 Alicia Keys / p234 R&B / p242 ネオ・ソウル / p244 Anthony Hamilton / p252 番外編:Bruno Marsおよび関連作 / p253 レトロ・ソウル / p257 全方位型 / p260 ゴスペル / p261 英国 /

第12章:2005~ エレクトロ~アンビエント~ドリーム
p264 Riahnna / p265 ダンス、ポップ / p267 アンビエント、ドリーム /

第13章:~2016 新世代プロテスト
p272 Beyonce / p273 新世代プロテスト


コラム
p35 「全盛期のレヴューのライヴ盤」
p90 「ブラックスプロイテーションのサントラ」
p100 「社会的な目的の慈善ライヴ」
p169 「反アパルトヘイト・アーティスト連合」
p224 コラム「ファンクの復活」
p230 「銀幕の中のアーティストたち」
p231 「ザ・ルーツの暗躍」
p258 「トリビュート盤」
p262 「相次ぐヴェテランの復活劇」

p274 索引

 キングギドラに餓鬼レンジャー、スワンキースワイプからシック・チームまで……。このメンツ、ドープすぎるでしょ!
 これまでに数多くの日本語ラップ・クラシックをリリースしてきたPヴァイン。そのレーベル設立40周年を記念して、いまやお茶の間にもその名前を轟かせているLEGENDオブ伝説akaサイプレス上野が、Pヴァインでの日本語ラップ史を総括するミックスCDをリリースすることが決定した。
 収録予定のアーティストには、先に挙げた以外にも、DJオアシス、韻踏合組合、リブロ、シミ・ラボ、イオなどなど、どこを取っても間違いないメンツばかり。
 しかも、そのセレクト&ミックスをサ上が務めるとなれば、日本語ラップ愛にあふれたミックスCDになることは間違いないだろう。フリースタイル・バトル・ブームによって、かつてない規模での盛り上がりを見せる日本語ラップであるが、シーンにどっぷり浸かっている人も、最近興味を持ち始めた人も、マスト・チェックだ。

 また本ミックスのリリースに合わせ、P-VINE設立40周年を記念する『P-VINE日本語ラップキャンペーン』が店着日となる10/4(火)より開催されるそう。キャンペーン参加店舗にて対象商品をお買い上げの方には、スペシャルな特典もプレゼントされるとのことで、こうご期待あれ。

収録予定アーティスト(A to Z): B.D. / BES FROM SWANKY SWIPE / CROWN28 / DJ OASIS / FEBB / FUSION CORE / 餓鬼レンジャー / HOOLIGANZ / I-DeA / ILLMARIACHI / 韻踏合組合 / IO / JAZEE MINOR / KEMUI / KING GIDDRA / KUTS DA COYOTE /
LIBRO / MICADELIC / MINT / MS CRU / MSC / Naked Artz / Original Soul Crew / RAMB CAMP / ラッパ我リヤ / SICK TEAM / SIMI LAB / STERUSS / SWANKYSWIPE / ZZ PRODUCTION 他

PINCH&MUMDANCE - ele-king

 UKのアンダーグラウンド・ダンスシーンを追っている者にとって、もはや説明不要の存在、ピンチ。ダブステップのパイオニアのひとりとして知られる彼だが、2013年に始動したレーベル〈コールド・レコーディングス〉で聴くことができる、文字通り背筋が凍りつくようなテクノ・サウンドのイメージを彼に抱いている方もいるかもしれない。
 だがそれと同時に、彼のトレードマークとも言える〈テクトニック〉での重低音の実験も止むことはなく、近年も数々の傑作をリリースしている。そのなかでも一際輝きを放っているのが、マムダンス関連の作品だろう。2015年に盟友ロゴスと共に発表した『プロト』は、UKダンスミュージックの歴史をタイム・トラベルするかのような名盤であり、2014年のピンチとの連名曲“ターボ・ミッツィ”はグライムの粗暴さとコールドなテクノが融合したアンセムとなっている。同じ年に出た彼らのB2BによるDJミックスも、時代性とふたりの音楽性がブレンドされた刺激的な内容だった。
 現在もピンチはテクノとベースを行き来する重要プレイヤーであり、マムダンスもグライムMC、ノヴェリストとのコラボのスマッシュヒットが示すように、要注目のプロデューサーのひとりとして認知されている。今回の来日公演で、どんな化学反応を見せてくれるのだろうか?

DBS presents
PINCH B2B MUMDANCE

日程:5月20日金曜日
会場:代官山UNIT
時間:open/start 23:30
料金:adv.3,000yen / door 3,500yen

出演:
PINCH (Tectonic, Cold Recordings, UK) 、
MUMDANCE (Different Circles, Tectonic, XL Recordings, UK)
ENA
JUN
HARA
HELKTRAM
extra sound: BROAD AXE SOUND SYSTEM
vj/laser: SO IN THE HOUSE

info. 03.5459.8630 UNIT

Ticket outlets:
PIA (0570-02-9999/P-code: 292-943)、 LAWSON (L-code: 74580)
e+ (UNIT携帯サイトから購入できます)
clubberia/https://www.clubberia.com/store/
渋谷/disk union CLUB MUSIC SHOP (3476-2627)、TECHNIQUE(5458-4143)、GANBAN(3477-5701)
代官山/UNIT (5459-8630)
原宿/GLOCAL RECORDS(090-3807-2073)
下北沢/DISC SHOP ZERO (5432-6129)、JET SET TOKYO (5452-2262)、disk union CLUB MUSIC SHOP(5738-2971)
新宿/disk union CLUB MUSIC SHOP (5919-2422)、Dub Store Record Mart (3364-5251)
吉祥寺/disk union (0422-20-8062)
町田/disk union (042-720-7240)
千葉/disk union (043-224-6372)
Jar-Beat Record (https://www.jar-beat.com/)

Caution :
You Must Be 20 and Over With Photo ID to Enter.
20歳未満の方のご入場はお断りさせていただきます。
写真付き身分証明書をご持参下さい。

UNIT
Za HOUSE BLD. 1-34-17 EBISU-NISHI, SHIBUYA-KU, TOKYO
tel.03-5459-8630
https://www.unit-tokyo.com

ツアー日程:
Pinch & Mumdance Japan Tour 2016
05. 19 (THU) Tokyo at Dommune 21:00~0:00 https://www.dommune.com/
05. 20 (FRI) Tokyo at UNIT  https://www.unit-tokyo.com/
05.21 (SAT) Kyoto at Star Fes https://www.thestarfestival.com/

PINCH (Tectonic, Cold Recordings, UK)

ダブ、トリップホップ、そしてBasic Channel等のディープなミニマル・テクノに触発され、オーガニックなサウンドを指向し、03年頃からミニマル・テクノにグライム、ガラージ、エレクトロ等のミックスを始める。04年から地元ブリストルでダブステップ・ナイトを開催、05年に自己のレーベル、Tectonicを設立、自作"War Dub"を皮切りにDigital Mystikz、Loefah、Skream、Distance等のリリースを重ね、06年にコンピレーション『TECTONIC PLATES』を発表、ダブステップの世界的注目の一翼をになう。Planet Muから"Qawwali"、"Puniser"のリリースを経て、'07年にTectonicから1st.アルバム『UNDERWATER DANCEHALL』を発表、新型ブリストル・サウンドを示し絶賛を浴びる。08~09年にはTectonic、Soul Jazz、Planet Mu等から活発なリリースを展開、近年はミニマル/テクノ、アンビエント・シーン等、幅広い注目を集め、"Croydon House" 、"Retribution" (Swamp 81)、"Swish" (Deep Medi)等の革新的なソロ作と平行してShackleton、Distance、Loefah、Roska等と精力的にコラボ活動を展開。Shackletonとの共作は11年、アルバム『PINCH & SHACKLETON』(Honest Jon's)の発表で世界を驚愕させる。12年にはPhotekとの共作"Acid Reign"、13年にはOn-U Soundの総帥Adrian Sherwoodとの共作"Music Killer"、"Bring Me Weed"で大反響を呼ぶ。またUKハードコア・カルチャーに根差した新潮流にフォーカスしたレーベル、Cold Recordingsを新設。15年、Sherwood & Pinch名義のアルバム『LATE NIGHT ENDLESS』を発表、インダストリアル・ダブ・サウンドの新時代を拓く。Tectonicは設立10周年を迎え、Mumdance & Logos、Ipman、Acre等のリリースでベース・ミュージックの最前線に立ち続ける。16年、MC Rico Danをフィーチャーしたグライム・テクノな最新シングル"Screamer"でフロアーを席巻、2年ぶりの来日プレイは絶対に聞き逃せない!
https://www.tectonicrecordings.com/
https://coldrecordings.com/
https://twitter.com/tectonicpinch
https://www.facebook.com/PinchTectonic

MUMDANCE (Different Circles, Tectonic, XL Recordings, UK)

ブライトン出身のMumdanceはハードコア、ジャングルの影響下、15才頃からS.O.U.Rレーベルが運営するレコード店で働き始め、二階のスタジオでプロダクションの知識を得る。やがてD&Bのパーティー運営、Vice誌のイベント担当を経てグライムMCのJammerと知り合い、制作を開始。ブートレグがDiploの耳に止まり、彼のレーベル、Mad Decentと契約、数曲のリミックスを手掛け、10年に"The Mum Decent EP"を発表。また実質的1st.アルバムとなる『DIFFERENT CIRCLES THE MIXTAPE』で'Kerplunk!'と称される特異な音楽性を明示する。その後Rinse FMで聞いたトラックを契機にLogosと知り合い、コラボレーションを始め、13年にKeysoundから"Genesis EP"、Tectonicから"Legion/Proto"をリリース、そして2nd.アルバム『TWISTS & TURNS』を自主発表、新機軸を打ち出す。14年にはTectonicからPinchとの共作"Turbo Mitzi/Whiplash"、MIX CD『PINCH B2B MUMDANCE』、グライムMC、Novelistをフィーチャーした"Taka Time" (Rinse)でダブステップ/グライム~ベース・シーンに台頭、またRBMAに選出され、同年東京でのアカデミーに参加した他、Logosとのレーベル、Different Circlesを立ち上げる。15年も勢いは止まらず名門XLからNovelistとの共作"1 Sec EP"、自身の3rd.アルバムとなるMumdance & Logos名義の『PROTO』、Pinchとの共作"Big Slug/Lucid Dreaming"のリリースを始め、MIX CD『FABRICLIVE 80』を手掛け、Rinse FMのレギュラーを務める。90'sハードコア・スピリッツを根底にグライム、ドローン、エクスペリメンタル等を自在に遊泳するMumdanceは現在最も注目すべきアーティストの一人である。
https://mumdance.com/
https://soundcloud.com/mumdance
https://twitter.com/mumdance
https://www.facebook.com/mumdance

Techno & Dub & Jungle & Grime & Pop Rap in UK - ele-king

Four Tet - Evening Side (Oneohtrix Point Never edit)

 これはすごいです。昨年リリースされたフォー・テットの2曲入り『Morning/Evening』、その“Evening Side ”をOPNがロング・エディット。あんなに踊れない音楽をやっているOPNがこんなにも桃源郷的なテクノ・トラックに参加しているのがいい。それにしてもOPNの売れっ子ぶりには目を見張るものがある。アントニー話題のプロジェクト、ANOHNIの“4 DEGREES”もプロデュースしているし、しばらく目が離せないです。

Babyfather - Meditation (Prod. by Dean Blunt & Arca) Hyperdub

 ディーン・ブラントのベイビーファザー名義のアルバムは〈ハイパーダブ〉からもうすぐリリース。こちらはARCAをフィーチャーした収録曲で、つい先日ヴァイナルもリリースされている。聴いたことのあるようなないような、斬新なダブ・サウンド。ミックステープも発表しています。彼がeBayに出品した車は希望価格に到達しなかったそうですが、アルバムへの期待も高まります。


Roni Size - Snapshot (Swindle Remix)

 ブリストル・ジャングルの王様、ロニ・サイズのクラシックをスウィンドルがリミックスするという。世代を超えたUKハイブリッド・ダンス・ミュージック、格好いいです。

Kero Kero Bonito - Lipslap

 最近早くも新作を出したばかりのケンドリック・ラマーがリリック・コンテストをやっているいっぽうで、UKのケロ・ケロ・ボニトときたら……。日本語でもラップする女性ラッパー、サラちゃん擁する3人組、最新曲。電話の「もしもし」、箸で弁当を食べてと……いまトレンディなポップ・ラップ・コメディ。

interview with Swindle - ele-king

 ぼくが初めて買ったスウィンドルのレコードは、〈ディープ・メディ〉から出た2012年の“ドゥ・ザ・ジャズ”なので、彼の音楽を最初からリアルタイムで聴いてきたわけではない。彼がロンドンの〈バターズ〉からシングルをリリースしていたことも、2009年にすでに自分のレーベルからアルバム『カリキュラム・ヴィータイ(履歴書)』を出していたことも、あの赤いスリーヴが店頭に並んだときは知らなかった。でもあのベースラインとハンドクラップを聴いて、一瞬でぼくは彼の虜になってしまった。当時のダブステップ界隈ではテクノへの接近がひとつの流れになっていて、DJのピンチが言うように、それはある意味「コールド」な感覚を有するものだ。そこにスウィンドルがあのジャジーでファンキーな熱い曲を持ってきたのだから目立たないわけにはいかなかった。
 2013年、スウィンドルが〈ディープ・メディ〉からアルバム『ロング・リヴ・ザ・ジャズ』をリリースし、それにともなうライヴをUKで行うと発表したとき、ぼくは迷うことなくロンドン行きのチケットを買った。そのときにピンチのコールドなセットも、アコードのひとりシンクロの透き通ったベース・ミュージック・セットも、ジェイムズ・ブレイクのクラシック・ネタ満載のDJも見たけれど、それらと比べ物にならないほどスウィンドルのライヴはポジティヴに感じられた。このインタヴューで彼が言うように、自身のルーツにも目を向けたその音楽は、流動的なシーンのなかでも強いのである。


Swindle
Peace, Love&Music

Butterz / Pヴァイン

BassFunkJazzDubstepGrime

Tower HMV Amazon

 初来日の2013年にはじまり、これまでにスウィンドルは4回も来日しており、世界中をツアーでまわってきた。2015年に先述の〈バターズ〉から発表した『ピース, ラヴ&ミュージック』は、ツアー先で出会ったミュージシャンとの共作を多く収録し、JMEとフロウダンというグライムの重鎮MCも参加した快作だ。
 2016年、スウィンドルは〈バターズ〉のレーベル・メイト、フレイヴァDと来日ツアーを行った。東京公演にはレーベル・オーナーであるイライジャとスキリアムも急遽参加し、その夜が大いに盛り上がったことは言うまでもない。この取材はそのバックステージで行われた。投げかける質問に対して、そのことばの意味を噛みしめるようにして、スウィンドルはじっくりと答える。彼の音楽が情熱的なように、彼自身もまた素晴らしい男だ。そのことが少しでも伝わればと思う。

スウィンドル / Swindle
スウィンドルはロンドン出身のマルチ奏者、プロデュサー、DJとして活動している。2006年より自主制作で自分の音楽をリリース、多くのプロジェクトに関わってきた。2013年にはベース・ミュージックの人気アーティストマーラの〈ディープ・メディ〉レーベルより『ロング・リヴ・ザ・ジャズ』をリリースし、DJ、ライヴ・アクトとして世界規模のツアーを行ってきた。
ジャイルス・ピーターソンのワールドワイド・アワードにて披露したパフォーマンスと、ボイラールームでのジャズの伝説的キーボーディスト、ロニー・リストン・スミスとのギグが大きな話題を呼び、現代における最も将来有望なエレクトロニック音楽の若手として今後の活動が期待されている。

俺は何かオファーをされたら、その依頼の内容には完全には従わないタチだ(笑)。音楽以外でもそう。もし「黄色い外観、赤い屋根、窓はふたつ、芝生つきの家を作れ」って言われても、絶対にその通りには作らないと思う。俺は自分の住みたい家しか作らないだろうな(笑)。

『ele-king』に本人が登場するのは初めてなので、最初の質問は「スウィンドルって誰?」にしましょう。

スウィンドル(Swindle、以下S):オーケー! スウィンドルは平和と愛と音楽の使者。ファンク、ジャズ、ベース・ミュージックに根付いた新しいサウンドの開拓に、その人生の大半を捧げている。1987年生まれ、ロンドンのクロイドン出身。料理が好き。スポーツはやらないしテレビも見ない。

では音楽をはじめたのはいつですか?

S:小さいときから何かしら音で遊んでいて、12歳ぐらいのときにキーボードをはじめたね。プレイステーションと同じように楽器もオモチャみたいなものだった。それで14歳のときにトラック・メイクにハマって、DJをするようになったのもちょうどその頃だ。絵に描いたような音楽好きな家族からの影響がデカいね。

たしかお父さんはギターを弾いていますよね?

S:そうそう! 実は親父は『ピース, ラヴ&ミュージック』のジャケットに写っているんだよ。俺とマーラといっしょにいるのがおやじ。2013年にロンドンのファブリックでライヴをやったんだけど、そのときにいっしょに撮った(笑)。

そうなんですか! ぼく、あの日ファブリックへあなたのライヴを見に行ったんですよ。DJ EZからロスカ、ジョーカー、ピンチまで出ていて豪華な夜でしたよね。あなたはグライムやダブステップのプロデューサーとして知られていますが、最初はどんなジャンルが好きだったんですか?

S:ドラムンベースだね。あとGファンク。そのふたつといっしょに育ったようなもんだよ。

ダンスミュージックからR&Bのようなトラックまで手掛けるあなたのスタイルからプリンスを連想したりもしました。あなたはいろんな楽器ができますから、プロデューサーとしてだけではなく、マルチ・プレイヤーという点でも共通しています。

S:なるほどね。でもオレはプリンスのレコードをそこまで持ってないんだ。もちろん聴いてはいるけれど、それはオレの音楽を聴いたひとが「お前はもっとプリンスを聴いたほうがいいよ」ってオススメしてくれたから。でも彼がアーティストのプリンスとして完成するまで、多くのファンク・ミュージシャンと共演してるだろ? ブーツィ・コリンズやジョージ・クリントンとかとね。俺も彼らから多大な影響を受けているから、その意味ではプリンスと音楽的に共通点があってもおかしくないよ。

ではあなたが理想とするミュージシャンは誰ですか?

S:クインシー・ジョーンズだね。間違いない。彼は究極のプロデューサーだと思っているよ。

UKアンダーグラウンドでは?

S:ロニ・サイズやデリンジャー。数え切れないくらいいる。

ドラムンベースのプロデューサーですね。あなたはダブステップ・プロデューサーのシルキーとも共作を残しています。あなたのスタイルは彼にも通じるところがありますよね。ダブステップのシーンで、シルキーはフュージョンやファンクをいち早く参照していました。

S:たしかに。シルキーに初めて会ったきっかけも、知り合いに彼をチェックした方がいいってアドバイスされたからなんだけどね。それで実際に会っていっしょにやることになった。ブリストルのジョーカーともそんな感じだったな。俺たちにはサウンド面で共通点があるけど、お互いの音からインスパイアされているわけではない。似たような音楽経歴を持っていたから共感できたんだと思う。俺が17歳くらいのときあいつとはネットで知り合った。それから曲を交換して意見を出し合っていたけど、実際に会ったのはその数年後だったね。

インターネット世代らしいですね。ちなみに〈バターズ〉のイライジャとはどうやって知り合ったんですか?

S:それもネットだね。あれは2009年だったかな。テラー・デインジャが俺たちを繋げてくれたんだ。MSNってサイトでみんな連絡を取っていた。当時はフェイスブックとかはなかったんだけど、そういったソーシャル・メディアとMSNの違いは相手の顔がわからなくて、曲だけが公開されているってこと。だから余計な情報なしに、音だけで相手を判断できたってわけだね。「うお!こいつの曲ヤベえじゃん!」と思ったらすぐに連絡、みたいな感じだった。

アルバムのライナーにはあなたがイライジャの「グライムを作ってみれば?」というオファーを断ったエピソードが載っています。詳しく教えていただけますか?

S:そのときにはもう普通なことはやりたくなかったんだ。それは自分のスタイルじゃないってわかっていたからね。一生グライムのトラックを作ることはできるよ。でも俺は何かオファーをされたら、その依頼の内容には完全には従わないタチだ(笑)。音楽以外でもそう。もし「黄色い外観、赤い屋根、窓はふたつ、芝生つきの家を作れ」って言われても、絶対にその通りには作らないと思う。俺は自分の住みたい家しか作らないだろうな(笑)。

なるほど。でもあなたの曲はジャズやファンクの要素が強いけれども、グライムのフォーマットを完全に捨て去ったこともありませんよね。グライムの何があなたを魅了するのでしょうか?

S:グライムは常に「新しいアイディア」でできているってとこだ。グライムの主役は若者で、17とか18、ひょっとしたらそれよりも若いやつらが音楽を作っている。その世代の多くには養う家族も恋人も子供もやるべき仕事もないだろ? だから全ての想像力が音楽に向かう。その結果、ルールに縛られない興味深い音楽が生まれてくるわけだ。ロックやファンクが好きなのも同じ理由だよ。ジェームズ・ブラウンがオーディエンスを驚かせたとき、彼には従来のルールなんか通用しなかった。シカゴのフットワークだってそう。ルールがない場所からヤバい音楽はやってくる。

[[SplitPage]]


人生でベストDJができたと語る2015年3月21日DBSの様子

世界をツアーして、旅先の音楽を自分の音楽に取り入れるってことの重要性もマーラから学んだ。いまって世界中をツアーで回るDJはたくさんいるけど、彼らがその経験を自分たちの曲に反映させることって、あんまりなくない? それってすごくつまんないことだ。未知なる場所での新しい出会いから得られるものってすごく大きいし、その影響は絶対に音楽にもいい形で現れるって俺は思うんだけどね。

ちなみにMCをやったことはないんですか?

S:実は昔、ドラムンベースのMCをやっていたよ(笑)。マジメにやっていたわけじゃなかったけどね。MCでは自分を表現できないってわかったから、そっちの方向には進まなかったな。

あなたがファンクやドラムンベースに熱中しているとき、周りのひとたちもそういった音楽を聴いていたんですか?

S:親父がジャズ、友だちはガラージやドラムンベースって感じだったね。だから俺のなかで音楽のバランスが取れているんだと思う。グライムやファンキー・ハウスを聴くようになっても、いろんなジャンルを並行して聴いていたよ。

当時のあなたはオーバーグラウンドのチャート・ミュージックをどのように捉えていましたか?

S:あんまりチェックはしてなかったね。自分がフォローすべき音楽があまりないように思えたんだ。チャートのなかには金儲けにために作られているようにしか思えない曲もあったしね。そういった類のモノに昔から興味が持てなくてね。いまでもメジャーのラジオ番組は全然聴かない。

ラジオということばが出ましたが、『ピース, ラヴ&ミュージック』ではラジオのような編集がされている箇所もあります。10代の頃、あなたは海賊ラジオを聴いて育ったとも聞いています。

S:その通り。毎日聴いてたよ。俺にとってラジオとは海賊ラジオだっていうくらいにね。10代? もっと若かったよ(笑)。初めて海賊ラジオを聴いたのって、たぶん6歳のときだ。うちに古いコンピューターがあって、それを使ってカセットにラジオを録音してたのを覚えているな。海賊ラジオの電波を探すのって本当に巡り合わせが重要だったんだよ。特定の日、サウス・ロンドンの特定の場所、特定の時間。この条件が揃わないと電波を受信することすらできなかったし、かっこいい曲がかかった途端に電波が途切れて、同じ曲には二度と出会えないってことなんてしょっちゅうだったよ。ネットのポッドキャストやCDじゃ絶対に味わえない体験だった。

エリック・ドルフィーみたいですね。「音楽を聴き、終わった後、それは空中に消えてしまい、二度と捕まえることはできない」。

S:それそれ(笑)! ホント、音を捕まえるためにカセットがあってよかった(笑)。そういった具合に、本当のラジオが何なのかを知る前に海賊ラジオに出会ったわけ。

6歳だったわけですもんね(笑)。このアルバムでは、グラスゴーのマンゴズ・ハイファイとの“グローバル・ダンス”の前に、ラジオ中継のようにマンゴズの会話が入ってきます。

S:それは彼らがやっている本物のラジオ番組からの抜粋なんだよね。曲を作った日にそのラジオの放送があったんだけど、そこに俺も出演したんだよ。音楽に対して正直になることはオレのテーマなんだけど、ラジオは人生の重要な一部でそのテーマともつながってもいる。

そうでしたか。あなたはその曲でコラボしているグライムMCのフロウダンとグラスゴーでプレイしています。スコットランドってグライムがそんなに人気がないようにも見えるんですが、あなたはどう思いますか? またスコットランドとイングランドとオーディエンスの反応に違いはありますか?

S:いまはそんなことないんだよ。スコットランドに限らず、UKのメインストリームでもグライムはすごく大きな存在感を持っている。反応の違い? 酒だよ(笑)。「こいつらどれだけ飲むんだ!?」っていうくらいスコティッシュはウィスキーが好きだよね。ケルトの血はクレイジーだ(笑)。ロンドンは雰囲気的にちょっと閉じているところもあるけど、スコットランドはオープンだからやりやすかった。

2013年にあなたはソロと『マーラ・イン・キューバ』のキーボーディストとして2回来日していますよね。マーラからバンドへの参加のオファーがあったそうですね。

S:マーラとはいっしょに作業をする機会があったんだけど、ちょうどそのときに彼は『マーラ・イン・キューバ』をライヴでやることを計画していてね。「キーボード弾けるんだからセッションに参加しないか?」って誘われて、すぐに了解の返事をしたよ。
 あの作品、それから一連のセッションからはものすごくインスパイアされた。音楽を表現するのに必ずしもDJである必要はないんだって気づけたから、自分のバンドを持とうと思ったし、それを実行する上でマーラ・バンドへの参加は大きな自信にもなった。
 世界をツアーして、旅先の音楽を自分の音楽に取り入れるってことの重要性もマーラから学んだ。いまって世界中をツアーで回るDJはたくさんいるけど、彼らがその経験を自分たちの曲に反映させることって、あんまりなくない? それってすごくつまんないことだ。未知なる場所での新しい出会いから得られるものってすごく大きいし、その影響は絶対に音楽にもいい形で現れるって俺は思うんだけどね。

おっしゃるように、あなた自身も自分のバンドを率いて演奏を行いますが、それは文字通りライヴです。いまって、クラブにラップトップを持ち込んでエイブルトンのコントローラーをいじっているだけでもライヴって呼ばれる時代ですよね。そういう状況についてどう思いますか?

S:すごい音楽をやるプレイヤーもいるから、そのスタイルを決して否定はしないよ。でもなかにはステージに立ってタバコ吸ってプレイ・ボタンを押して金を貰っているヤツもいる。ふざけんなって話だよな。そんなのオーディエンスにとっては、家でユーチューブを見ているのと変わらない。ちなみに俺もよく「ツアーでエイブルトンを使ってライヴをやれば?」って言われるんだけど、これからもそれは絶対にやらないと思う。やっぱり俺が考えるライヴはバンドがいてこそ成り立つものなんだよね。それにDJするのも大好きだから、ひとりでツアーをするときはDJで十分だよ。もし現場にキーボードがあったら曲に合わせて弾きたいけどね。

マーラのレーベル、〈ディープ・メディ・ミュージック〉から出した“ドゥ・ザ・ジャズ”であなたを知ったリスナーは多いと思います。あの曲はどうやって生まれたのか教えてくれますか?

S:オーケー。本当のことを話そう。あの曲が生まれたのは、母親の家の地下室で夜も遅かったな。それで俺はめちゃくちゃクサを吸っててさ……(笑)。で、気づいたら朝になっていて曲が完成してたんだよ。作っている間のことはまったく覚えてない。あのベースラインが先にできたのか、ハンドクラップが先だったのかも記憶にないね(笑)。

Swindle - Do The Jazz (DEEP MEDi Musik) 2012

[[SplitPage]]

どれだけ「愛と平和」を叫んでも、「愛と平和」がこの世界に満ち足りたことってないだろ? だったらそれを打ち出す必要があると俺は思う。それがダサいって言われようとも、自分のことを「平和と愛と音楽の使者」って呼ぶことに何の躊躇もしないよ。それに、なんで「愛と平和」はダメで、「ギャングスタ」や「悪」のイメージはいいんだ? 売れるから? そんなのおかしいと思うね。だったら俺は言いたいことを言うよ。


Swindle
Peace, Love&Music

Butterz / Pヴァイン

BassFunkJazzDubstepGrime

Tower HMV Amazon

では『ピース, ラヴ&ミュージック』についてお訊きします。作品が発表された2015年はグライムのアニヴァーサリー・イヤーとも言える年で、ボーイ・ベター・ノウの結成、それからロール・ディープのファースト『イン・アット・ザ・ディープ・エンド』のリリースからちょうど10年という節目でした。そしてあなたは今回のアルバムでボーイ・ベター・ノウのJME、ロール・ディープの主要メンバーだったフロウダンと共演しているわけです。ノヴェリストやストームジーといった若手も注目されていますが、なぜこのふたりを選んだのでしょうか?

S:そうか、気づかなかったけどたしかに10年だね。当時からふたりの大ファンだったよ。俺は曲を作るときに、「この曲には絶対にあのアーティストが必要だ!」って制限を設けるようなことはしないし、いまの流行りとか、売れ線とかが共作者を選ぶ基準にはなることもない。だって音楽じゃん? 自分の意図が伝わる相手といっしょにやらなきゃ、結局は自分に嘘をつくことになる。今回も音楽を優先した結果、相手がフロウダンとJMEになっただけだよ。「音楽がビジネスを決めるのであって、ビジネスが音楽を決めるのではない」。これに尽きるね。

あなたから見たふたりの違いとはなんでしょうか? 音楽的、人間的、どんな側面でもかまいません。

S:うーん、違いは多いね(笑)。だから共通点について言わせてもらうよ。ふたりともどんな状況でも自分自身になることができるよね。そこがふたりの魅力だよ。だからこそスタイルの違いが出てくるんだと思う。
 ちなみにさっき若手MCの名前が出たけど、俺は彼らのスキルがベテランたちに劣っているとはこれっぽっちも思わない。というかそれは個性の問題であって、優劣の問題ではないよね。いつの時代も比較の上での良し悪しをつけるのは簡単だし、その基準は個人によっても変わる。だから音楽を楽しむ上では個性の違いを尊重するべきだと思うんだよ。

ネット上の動画などであなたのスタジオを見ることができますが、今作はあそこで作られたんですか?

S:このアルバムは世界のいたるところで作ったよ。ちなみにこのアルバムを作っている間、俺は3回引っ越しててさ(笑)。ちょうどそのときロンドンでいい物件が見つからなくてね。いまロンドンでは昔から住んでいるひとたちが、街を出ていかざるを得ない深刻な状況になっているんだよ。ロンドンの外からやってくる人口の増加や家賃の高騰が影響している。だから俺もロンドンを離れるしか術がなかったんだ。いまでもロンドンが大好きだし、自分のことをロンドナーだと思っているけど、音楽のためにはロンドンを出るしか選択肢はなかった。やっぱり都会だと隣人との間隔が狭くて満足に音を出せないからね。いまはロンドンから1時間くらいはなれた田舎に住んでいる。住民の誰も俺のことをしらないような街だよ。だからゆっくりできるし、音楽にも没頭できている。ツアーで刺激的な場所に行くことができるから、いまの街に何もないことは大して問題にならないね。

世界のいたるところで曲を作ったとおっしゃいましたが、例えば一曲目のアッシュ・ライザーとのコラボ曲“ロンドン・トゥ・LA”はロサンゼルスで作ったということですか?

S:その通り! いつもスタジオを持ち歩いていたからね。俺はロスのロウ・エンド・セオリーでプレイしたんだけど、この曲はそのショーの前にだいたい完成していたよ。

スタジオを持ち歩いていた……?

S:つまり、バッグにサウンド・カード、スモール・マイクとか必要なものを詰め込んでツアーに出かけた(笑)。ロサンゼルスはエコパークが最高だったね。それで現地でレコーディングしたものをイングランドに持ち帰って編集をした。あとから外国の知り合いに音を送ってもらったりもしたね。アルバムの日本語の部分はパーツースタイルのニシピーにお願いしたよ。

あなたはよくシンガーと共演していますが、どのように歌が生まれるのでしょうか?

S:理想としては音楽と歌詞が同時にできることが望ましいよね。“ロンドン・トゥ・LA”では俺がどういう歌詞にしたいかシンガーに要望を伝えた。曲を作ったとき、俺は文字通りロスにいるロンドン・ボーイで、気分は2パックの“トゥ・リヴ・アンド・ダイ・イン・LA”や“カルフォルニア・ラヴ”みたいだった。そのときの俺の気持ちを知ってほしくて、あの歌詞ができたってわけ。

Swindle - London To LA Ft. Ash Riser

世界各地に思い入れがあると思いますが、日本はあなたにとってどんな場所ですか?

S:たくさんの場所に行ったけど、日本は世界で一番音楽をプレイするのが楽しい場所だよ。けっしてお世辞じゃない。オーディエンスの反応、人間性、どれも最高だ。前回ロスカと出たDBSは、俺の人生で一番楽しいDJだった。いつか日本で自分のバンドのライヴをやりたい!

今回のアルバム収録曲の多くにはあなたのツアー先での様子が動画で収められていますが、それを試みた理由とはなんでしょうか?

S:そのアイディアを思いついたのは『ロング・リヴ・ザ・ジャズ』のあとだね。俺は日本に来るのがこれで4回目なんだけど、音楽をやっていなかったらフィリピンにも南アフリカにもロサンゼルスにもグラスゴーにも行けなかったと思う。あんまり恵まれていない境遇だったからね。そんな俺に音楽が世界に出る機会をくれたんだ。だから自分は音楽に感謝する必要があると思ったし、それを自分の作品に還元する必要性を感じた。自分のツアー先での様子をドキュメンタリー的に動画に残すことはその方法のひとつだね。
 それと別にあることを伝えたかった。俺は世界中を回って、人種、文化、言語といったあらゆる差異を目の当たりにしてきたけど、ひとつだけ共通点を発見したんだ。クラブで俺がプレイ・ボタンを押したあとのフロアの反応は、世界のどこに行ったって変わらなかった。そのことをどうしても記録してみんなに見せたかったね。それから、素晴らしいパーティには、必ず素晴らしいひとびとが関わっていることも伝えたかった。

個人的には“マシンボ”のPVで、フィリピンのコミュニティへあなたが出向いて、現地のミュージシャンたちとセッションする様子にびっくりしました。

S:あれはすごい体験だったなぁ。フィリピン土着の竹でできた楽器を“マラシンボ”ではメインで使っている。共作者のヒラリアス・ドーガのスタジオで録音したんだけど、その小屋も竹でできてんだよ(笑)! 自分が住んでいる地域の山に生えてる竹を自分で採ってきて作ったらしくて、その山の名前がマラシンボって言うんだよね。もちろんフルートからパーカッションにいたる彼の楽器は自作で竹でできている。いままでそんな人間に会ったことがなかったから衝撃だったよ。彼はすごくスピリチュアルなひとで、霊のために音楽を作っているらしい。
 こんな出来事があった。俺はヒラリアスとレコーディングをするために彼の
場所へ行ったんだけど、そこは電話も通じないようなところでさ。フェスに俺は出る予定だったから、他の出演者を含めて5人でヒラリアスに会いでかけた。その場所に着くとヒラリアスがいて、彼の楽器も置いてあるわけ。で、連れのひとりがその楽器のなかからフルートを手に取って吹こうとしたとき、ヒラリアスが「やめとけ! そのフルートには霊が入っているから危険だぞ!」って言うんだ。でも彼はそのフルートを吹いちゃってさ。それでしばらくして振り返って彼を見たら意識を失っていた……。「だからやめとけって言ったんだよ。霊が彼に憑依したんだな」ってヒラリアスは言うんだ。40分くらいで彼は目覚めたんだけど、彼は自分が寝ていることさえ覚えていなかった。言っとくけど本当の話の話だからね。だから“マラシンボ”を聴くとその出来事を思い出すよ。

Swindle - Malasimbo Ft. Hilarius Dauag (Philippines)

アルバムのタイトルに「平和と愛と音楽」を掲げた理由を教えてください。

S:その3つが世界的にどんな人間にも共通している事柄だからだね。それに、たとえ音楽をやらないひとでも平和と愛を必要とする。それに音楽を聴いたときって、好き嫌いを問わずに何かしらの感情を抱くだろ? そういった意味でも音楽は全人類に共通していると思ったから選んだんだ。

なるほど。でもポピュラー音楽の歴史を振り返ってみると、「愛と平和」は散々歌われてきたテーマで、現在はシニカルな態度をとって、それを口にするミュージシャンを馬鹿にするひとも少なくありません。そういう状況で「愛と平和」を打ち出すことに躊躇しませんでしたか?

S:まったくしなかったよ。だってどれだけ「愛と平和」を叫んでも、「愛と平和」がこの世界に満ち足りたことってないだろ? だったらそれを打ち出す必要があると俺は思う。それがダサいって言われようとも、自分のことを「平和と愛と音楽の使者」って呼ぶことに何の躊躇もしないよ。それに、なんで「愛と平和」はダメで、「ギャングスタ」や「悪」のイメージはいいんだ? 売れるから? そんなのおかしいと思うね。だったら俺は言いたいことを言うよ。

そういう覚悟がある上でやっているからこそ、あなたの音楽は多くの人に届いているのかもしれません。あなたのライヴをロンドンで見たとき、最初は「白人がやっぱり多いんだな」と思っていたんですけど、いざライヴがはじまって周りを見回したら、ブラック、アジア系もたくさんいてびっくりしました。あなたの音楽はフロアの人種をミックスしていたんです。

S:それは俺が音楽をやる上で超重要なテーマだ。俺が作っているのは特定のジャンルの音楽っていうよりもミクスチャー・ミュージックだと思う。俺の母親はホワイト、父親がジャマイカ人で、ジャマイカ、イングランド、イタリアの血が俺には流れている。でも見た目がブラックだから俺と兄弟は幼い頃につらい差別を受けたこともあった。だから人種や文化をミックスすることは、俺の人生においてとても重要なことだと意識するようになったね。個人的には音楽においてその壁を越えることは、差別するよりも簡単だと思うんだ。俺はブラックやアジアン、どんな音楽も好きだけど、ただ好きになりさえすれば壁は越えられる。音楽にもう「色」は関係ないね。
  俺がベース・ミュージックをやる理由のひとつには、そのルーツがレゲエにあることも関係しているよ。レゲエはジャマイカ人の苦しみから生まれたけど、いまはジャマイカにルーツがあるかどうかなんて関係なく世界中でポピュラーになっているだろ? それはまさに俺が音楽でやりたいことだ。どんどん人種や文化の壁を壊していきたいね。

これからの活躍に期待していますね。では最後に日本のリスナーにメッセージをお願いします。

S:これで4回目の来日だけど、毎回日本に来るたびに素晴らしいオーディエンスの期待に応えようと思えるよ。ツアー中、2年前に撮った俺との写真を見せてくれるひとや、今夜来るのが初めてだってひとにも会えて最高だった。また絶対に戻ってくるよ! 素晴らしいイベントを企画してくれたDBS、グッドウェザー、それから日本で俺の作品の流通に関わっている方々にも感謝したい。みんな本当にありがとう!

取材協力:DBS

Swindle All Time Best

Quincy Jones – Body Heat – A &M Records – 1974
Herbie Hancock – Just Around The Corner – CBS – 1980
George Benson – White Rabbit – CTI Records – 1971
Ed Rush & Optical – The Creeps(Incredible And Deadly!) – Virus Records – 2000
Bad Company – Inside The Machine – BC Recordings – 2000
Dr. Dre – 2001 – Aftermath Entertainment – 1999
Zapp &Roger – So Ruff, So Tuff – 1981
Parliamentの全ての作品

SWIMFUL - ele-king

  いま上海のベース・ミュージックが熱い。そのシーンを牽引するのが、多くの世界的なDJたちがプレイしてきたクラブ、シェルターのオーナーが運営するレーベル〈SVBKVLT(サブカルチャー)〉で、レーベルは日本のPart2Styleとも交流している。今回、レーベルの期待のホープ、SWIMFULが新作『PM 2.5』のリリース・パーティを東京で行う。オリエンタルな旋律を持ったグライムはサイノ・グライムと呼ばれ、それがSWIMFULの得意とするスタイルだ。イギリス出身で上海在住という彼の作品からは、外部から見た東洋のイメージが、現在どのように描写されうるのかを知ることができ興味深い(なにせPM2.5である)。来日公演は2月7日、渋谷の虎子食堂で開催される。

SWIMFUL“PM2.5 ”Release Party

日程:
2016年2月7日日曜日

会場:
渋谷 虎子食堂
(東京都渋谷区宇田川町10−1 パークビル2F)

時間:
Open 18:00
Close 00:00

料金:
1000円

DJ:
Swimful(SVBKVLT) from Shanghai
Zodiak
TUM(VOID)
Tenmusu
Sakana
NODA

MC:
Dekishi


SWIMFUL

イギリス出身のジェイミー・チャールトンによるプロジェクト。現在、チャールトンは上海に在住。2010年、ロンドンでサウンド・アートをデヴィッド・トゥープらのもとで学ぶ傍ら、SWIMFUL名義で活動を開始する。彼のグライムや現行のクラブ・ミュージックに根ざした作品は、スラック、マーロ、スクラッチャDVA、そしてJキャッシュらによってプレイされてきた。2016年2月、上海のレーベル〈SVBKVLT〉から満を持してアルバム『PM 2.5』をリリース。

Swimful: https://soundcloud.com/swimful
SVBKVLT: https://svbkvlt.bandcamp.com

KANYE WEST × KENDRICK LAMER - ele-king

 カニエ・ウェストがサウンドクラウド・ページに、ケンドリック・ラマーとの初コラボレーション曲、“NO MORE PARTIES IN L.A.”を公開した。英紙『ガーディアン』によれば、サンプリングの元ネタは、ジュニー・モリソンの“Suzie Thundertussy”。また同紙には、曲中のケンドリック・ラマーが歌うリリックが抜粋されている。

“Liquor pouring and niggas swarming your section with erection / Smoke in every direction, middle finger pedestrians / R&B singers and lesbians, rappers and managers / Music and iPhone cameras.”
KANYE WEST×KENDRICK LAMER – “NO MORE PARTIES IN L.A.”

 なお、カニエ・ウエストは2月11日にニュー・アルバム『Swish』のリリースを控えている。



  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28