ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Cornelius ──コーネリアスがさらなる新曲“Twisting & Glistening”を公開
  2. 別冊ele-king 音楽が世界を変える──プロテスト・ミュージック・スペシャル
  3. FUTURE FREQUENCIES FESTIVAL 2026 ──新たなフェスティヴァルが始動、ジョイ・オービソンやザ・セイバーズ・オブ・パラダイス、ノウワーらが出演
  4. Beatrice M. - Sinking | ベアトリス・M
  5. Visible Cloaks - Paradessence | ヴィジブル・クロークス
  6. R.I.P. Miru Shinoda 追悼:篠田ミル
  7. 未来マニア──エレクトロニック・ミュージック・ガイド
  8. Cornelius ——コーネリアス、ニュー・アルバム『REFRACTIONS』の詳細を発表
  9. UKインディ・ロック入門──ポスト・パンク、ギター・ポップ、スカとダブ編
  10. Columns #16:ワールドカップ2026 ──時代は変わった(日本代表のことではない)
  11. Columns Boards of Canada ボーズ・オブ・カナダの帰還  | ──その軌跡、その影響、そして13年ぶりの新作『Inferno』をめぐって
  12. interview with Mouse on Mars 僕たちはダブを、ジャンルではなく社会的なものとして捉えたい | ——リー・ペリーとの共作を発表したマウス・オン・マーズ、インタヴュー
  13. interview with Loraine James ロレイン・ジェイムズの“ポップ”な冒険 | ——来日直前インタヴュー
  14. YHWH Nailgun - Magazine | ヤハウェ・ネイルガン
  15. Ryo Isobe ——磯部涼の新著は『脱法』
  16. Tadekui ──北海道出身の期待のバンド、タデクイのファースト・アルバムが全国流通開始&LPもリリース
  17. interview with Kassa Overall ヒップホップをジャズでカヴァーする | カッサ・オーヴァーオール、インタヴュー
  18. MariMari ——佐藤伸治がプロデュースした女性シンガーの作品がストリーミング配信
  19. DJ Stingray 313 ──来日直前特別インタヴュー、エレクトロの醍醐味から現在制作中の新作まで
  20. AMBIENT KYOTO - TOKYO ——坂本龍一と高谷史郎による「async - immersion」がついに東京で開催

Home >  Reviews >  Album Reviews > Arca- Mutant

Arca

ElectronicHip HopIndustrial

Arca

Mutant

Mute / トラフィック

Tower HMV Amazon

木津 毅橋元優歩   Nov 16,2015 UP
12

禍々しい美
木津毅

 faggot、すなわちカマ野郎――という言葉が消えていく。性の多様性が正しいこととなっている現在において、不適切な単語はより無難で口当たりの良いものによって覆い隠されていく。まるで「カマ野郎」への侮蔑も消え失せてしまったかのように……。だが、まだそのワードに出くわすところもある。インターネットと、そしてアルカの新作である。
 アルバムの最後から3曲めに収められた、アルカにおけるアンビエンスがより追求されたそのトラック、すなわち“ファゴット”がなぜそのタイトルとなったのかまず自分は引っかかった。抽象的かつインダストリアルな感触の残るビートと複雑に折り重なっていくように鳴らされるほのかに東洋的なメロディとピアノの単音。アルカの入り組んだ美への探究は明らかにここで繊細な進化を見せている。このトラックを“ファゴット”と名づけずにはいられないところに彼のアーティストとしての姿勢が見て取れるが、これに呼応するのはアルバム・タイトルでもある“ミュータント”だろう。そこで金属音は地を這いずり回っている。それはミュータントなる生命体がもがき苦しんでいる姿が音像化されたようであり、そしてそれはもちろん、前作のタイトル『ゼン』から連なる、無性の生命体――アレハンドロ・ゲルシが変身した姿である。

 その作品においてセクシャリティが抜き差しならない問題となっている点、あるいは進んで異形の者であろうとする点において、アルカは現代のエレクトロニカにおけるアントニー・ハガティである。『ゼン』においてはおもにアートワークからその連想をしたのだが、『ミュータント』においてはむしろ音からそのことを思う……よく歌っているアルバムだからだ。もちろん、相変わらず圧倒的な情報量がおもにビートにおいて分裂的に次々と姿を変えていくのだが、ゲルシが奏でるメロディはトラックによって色を使い分ける彼自身の声のようであり、それらは本作でよりダイレクトに体感できる。4曲め、“シナー”でガシガシした打撃音の上からピアノの音が降り注いだかと思えば、“スネイクス”や“フロント・ロード”のようにはっきりとしたメロディ・ラインが牽引するトラックもある。そしてそれらはとてもエモーショナルだ。内省的だった『ゼン』と対比すれば、ファッション・ショウのために書き下ろされたためある意味で企画ものだった『シープ』を挟み、より外交的でそのポップ・センスが磨かれたアルバムだと言えるだろう。ほぼノン・ビートの“エルス”の静謐さなどに顕著だが、クラシックへの素養をさらに前に出し、その優美さも高めている。チェンバロやハープを思わせる音色。“グラティテュード”から“エン”へと至る、荒々しく吹き荒れるエディットのなかで陶酔的なメロディが宙を回り続けるときの息を呑むテンションこそが、アルバムのピークを描いていく。それはミュータントのエクスタシーだ。
 アルカ本人が出演する本作の一連のヴィデオによく表れているが、身体ごとさらけ出し、自身の深い、そしてたぶんに抑圧されていた官能をゲルシはここで解放し飛翔させようとする。OPNやD/P/I/よりもストレートに感情のひとだろうと思うし、その異物感において、オート・ヌ・ヴの『エイジ・オブ・トランスパレンシー』の狂おしさと並べられるものであるとさえ思う瞬間もある。前提として自らを忌避されるような存在――「ファゴット」と呼ばれるような――と規定し、ときに過度にグロテスクなものとして現れつつ、しかしそこから立ちのぼる禍々しい美でアルカはわたしたちを引きずりこんでしまう。

木津毅


» Next 「赤いやつの進撃」(橋元優歩)

12