「PAN」と一致するもの

interview with Back To Chill - ele-king


Various
GOTH-TRAD Presents Back To Chill "MUGEN"

Back To Chill/Pヴァイン

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 バック・トゥ・チル(BTC)が誕生して8年、そう、8年……、ようやくここにそのレーベルが誕生した。いままでバック・トゥ・チルにレーベルがなかったことが不自然なほど、ゴス・トラッド、100マド、エナの3人は、国内外のレーベルから作品を出しているわけだが、晴れてここにクルーのプラットホームが生まれ、彼らの音が結集したことは、日本のシーンにとってたいへん喜ばしいことである。
 昨年リリースされたコンピレーション『MUGEN』がその第一弾となる。ここには、ダブステップ以降の、ケオティックで、ある種何でもアリ的な今日のシーンにおける、彼らなりの姿勢がよく表れているし、それぞれ違ったバックボーンを持つクルーのそれぞれの個性もまったくもって、よく出ている。彼ららしく、先走ろうとしているところも、収録された興味深い楽曲に結実している。今後のクラブ・カルチャーを占う意味でも、興味深いアルバムだ。
 以下、レーベルのコンセプトやヴィジョンについて、ゴス・トラッド、100マド、ENAの3人が話してくれた。

「なぜ、いまレーベルをはじめたのか」


Goth-Trad

ネットでいくらあげても、いまは誰もがやっていて、たくさんあり過ぎるから、人に聴いてもらうには何かしらのキッカケはやっぱり必要だと思うんです。レーベルをはじめたいなとはみんなで言っていました。2012年にアルバムを出したら新しいことをやりたいと思うようになったんです

パーティとして〈バック・トゥ・チル〉が2006年に開始してから8年目にして、コンピレーション『ムゲン』の発売と同時にレーベルがはじまりました。なぜいまになってレーベルをはじめることになったのでしょうか?

ゴス・トラッド(Goth-Trad、以下GT):レーベルをはじめる時間がなかったというのはありました。

考える時間は必要だったんですか?

GT:やっぱりある程度の曲が揃わないと出したくないと思っていました。競争率というか、ダブステップという言葉とレーベルが過渡期だったというか。レーベルの量もハンパなかったし。2006〜11年くらいは〈バック・トゥ・チル〉のアーティストもダブステップを中心にプレイしていました。だから、その時期にダブステップというイメージを付けてレーベルをはじめるのは果たして良いのかと思っていたし。

うん。

GT:いずれはレベル・ファミリアだったりとか、もうちょっと幅広いことをやりたいなというのもあったので。あとは自分のアルバム『ニュー・エポック(“NEW EPOCH”, 〈DEEP MEDi Musik〉, 2012)』をリリースして、ツアーもひと段落したというのもあるし。

具体的に理想とするレーベル像はあったんですか?

GT:何年も一緒にやってきたアーティストや、日本で良いものを作っているひとを中心に出したいなとは最初から念頭に置いていて、それにプラス・アルファで自分が繋がってきたアーティストにリミックスなどで参加してほしいとは思っていましたね。

〈バック・トゥ・チル〉には8年の歴史があるけど、コンピレーションを出すのが今回が初めてって、ちょっと意外ですよね。もっと早くやってても良かったんじゃないかと思ったりもして。

GT:単純に自分はUKの〈ディープ・メディ〉にどっぷり所属してやっていたというのもあったと思うし。みんなダブステップが共通項にありつつも、ちょっとずつ変わっていっている面もあって、エナくんや100マドくんや自分自身もそうだし。最初の〈バック・トゥ・チル〉からのその変化の過程をレーベルとして打ち出していきたかったんです。そのタイミング的にいまかなと。コンピレーションの曲にしても納得のいくものが1年前とかだったら揃わなかったと思うし。勢いに乗ってやっちゃえばいいというノリではできないとも感じていて。

いつかはやりたいという気持ちはあったんだ?

GT:もちろんありました。基本的に焦ってやりたくないなというのがあって。

『ニュー・エポック』もなかなか出なかったもんね。ゴス・トラッドは〈バック・トゥ・チル〉をはじめる前くらいからそうやって言っていた記憶がある。「ダブプレートを作って12インチを交換するのが良いんだ」みたいな。そういう意味では本当に時間はかかったという気がする。

GT:それと、みんなダブステップを聴いてダブステップをはじめたってアーティストでもないから、この幅広さっていうのもこのレーベルに残したいなと。ダブステップというイメージは強いと思うけれども、それだけじゃない部分もレーベルにコンセプトとして入れていきたかったんです。

以前、100マドさんに「レーベルはじめないんですか?」と尋ねたら、「〈バック・トゥ・チル〉はゆるいから良いんだよ」と言っていたのが印象に残っています。

GT:ハハハハ。

他のメンバーともレーベルについては話し合っていたんですか?

GT:レーベルをはじめたいなとはみんなで言っていました。自分自身、この6年くらいは年間に4、5ヶ月はツアーでヨーロッパ、アメリカ、アジアとかを周って、帰ってきてまたちょっとホッとして、また次のツアーやリリースのために曲を作っての繰り返しで。さらに毎月自分のパーティをやりつつブッキングを考えて。ある意味「回している」感があって、そのなかでなんとかアルバムを作ってリリースしたんです。だから、落ち着いて音楽を幅広い目で見られない時期だったんですね。例えばその流れのなかでレーベルを開始することになったら、たぶんすごく狭い視野で「よし、ダブステップのレーベルで!」ってなっていたかもしれないけど、2012年にアルバムを出したらダブステップもあるけど新しいことをやりたいと思うようになったんです。

『MUGEN』のリリースを考えはじめたのはいつなんですか?

GT:3、4年前から良い曲をメンバーが作っていたら「その曲は〈バック・トゥ・チル〉で出したいな」とは言っていたんですよ。実際にパッケージにしようとなったのは2014 年の春くらいからですね。

今回、レーベルをここ日本ではじめたことによって、ダブトロさんのように特定のレーベルに所属していなかったアーティストに居場所を作ることができたように思います。そう考えると、エナさんには〈セブン・レコーディングス(7even Recordings)〉や〈サムライ・ホロ(Samurai Horo)〉という海外レーベルにすでにホームがあったわけですよね?

エナ(ENA、以下E):海外にはあったけど、やっぱり日本にはなかったから。それと日本にはいろんなプロデューサーやDJがいるけど、心底納得できるのはひと桁くらいしかいなくてゴスさんはそのなかひとりだから、そういうひとがホームを作ることは日本にとって大事だと思うし、クオリティのコントロールに関しても、ゴスさんの性格も知っているから変なものを出すこともないだろうから。 そういう面がブランドや信頼に繋がっていけば良いなと思っていました。

ダブトロ(Dubtro)さんやカーマ(Karma)はレーベルがはじまるまで曲を出さないようにしているって話も聞きました。

GT:インディペンデントのレーベルって曲をシヴにしたがるんですよ。とくにダブステップのシーンを何年か見てきて、「こいつ、あっちからもこっちからも出して……」って揉めてリリースがなくなったこともあって。俺はそこまで縛りたくもないし、音楽のジャンルも縛りたくなくて、ただ質の良いものを出していきたいと思っています。例えば、アーティストが自分の好きなレーベルから出せることの良さや嬉しさもわかる。それに名前があるアーティストを出したいわけじゃなくて、地方で良い曲を作っている子とかを巻き込みたいなというのもあって。やっぱり地方の子ってなかなかそういう機会がないから。

ネットを活用するひとはあんまりいないの?

GT:ネットでいくらあげても、いまは誰もがやっていて、たくさんあり過ぎるから、人に聴いてもらうには何かしらのキッカケはやっぱり必要だと思うんです。この間も岡山のDay Zeroって子が〈バック・トゥ・チル〉に来ていて、デモをもらったんですけどなかなか良かったんですよ。ちょうどツアーもそのとき組んでいて、「今度岡山にきたら僕がやります」って言ってもらったりとか。あと、〈バック・トゥ・チル〉って曲の作り方とかもみんなでディープに話すんですよ。どのソフトが良いとか、どのプラグインでこのベースを作ったとか。アドバイスして曲がよくなったら次のパーティに出てもらったり。こじんまりとしているけど、そういうサイクルを現場でやってきたんですよね。やっぱりその積み重ねでみんな良くなってきている。例えば〈グルーズ〉のドッペルゲンガーだったりとか、そのまわりのクルーだったりとか。

ドッペルゲンガーとも繋がっているんだ。

GT:ドッペルゲンガーは〈バック・トゥ・チル〉にしょっちゅう来てたし、音楽の話もみんなとしているから。

プラグインの話までするって、なんかすごい具体的な話になるんだね。

GT:ヨーロッパでも、みんなでそこまで話すんですよ。ネット上にそういう情報はいくらでもあるけど、英語でわかりにくい部分もあって調べる気にならないひとが多くて。日本語でそこまで説明しているサイトもないんです。
 もともと2006年に〈バック・トゥ・チル〉をはじめたきっかけもそこに関係しています。俺がマーラたちに出会って、自分はそれまでライヴしかやりたくないタイプでDJはひとの借り物をかけてるっていうイメージだったのが、UKのダブステップ・プロデューサーたちが1枚1万円くらいかけてダブプレートを100枚くらいプレイしている姿勢を見て、これはライヴに匹敵するものだなって思ったんです。DJ=プロデューサーという公式がいままで日本にはなかったから、ここでもやらなきゃなと思って、トラックを作っていた100マドくんに声をかけたんです。〈バック・トゥ・チル〉は曲を作っているアーティスト同士ではじめたものだから、曲の作り方について話すこともこのプロジェクトの重要な部分なんです。

ひと世代前のテクノのアーティストだと、機材やプロダクションに関しては手の内を見せたがらない人も多かったけど、いまの話を聞いているとかなりオープンになってきているんだなと。

E:やっぱり、いまは作るひとの数が多いですからね。

GT:本当にベーシックな情報はインターネットで誰でも調べられるから。

そうか、もう隠しても意味がないと。

GT:それに良いものを作るアーティストにはもっと良くなってほしと俺は思うし、そういうひとにパーティに出てほしいし、俺もその曲をかけられるわけですからね(笑)。そういうとこまで考えると良くなったほうが確実に良いんですよね。それから先はそれぞれのセンスとかの問題なので。

クレジット問題でも、ひと昔前だったら例えばゴス・トラッドが〈ディープ・メディ〉から出していたら、ゴス・トラッドの名義は他のレーベルでは使えなかったじゃない? みんなレーベルによってわざわざ名義を変えていたからさ。そういう面も現在はオープンになってきているんだね?

GT:いまはひとつの大きいレーベルが力を持っているんじゃなくて、小さいインディペンデントなレーベルがたくさんあるなかで、たくさんリリースをすれば良いわけじゃないけれど、「あっちにも、こっちにも顔がある」ほうがアーティストにはメリットがあると思う。レーベル側も他で出してくれることによってまた違う層にも広がると考えるし。

ジェイムス・ブレイクがメジャーと契約したときに、他のレーベルからもリリースができるっていう条件だったらしいからね。また〈1-800ダイナソー〉からのリリースも決定したし。

GT:そのアンダーグラウンドさっていうのはアーティストをかっこよく見せる要素のひとつだと思うんですよね。

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「『ムゲン』のコンセプトについて」


100mad

レコードをひたすら集めるか、自分でレコードを作るかの違いですよね。そこで「コイツ、ハードコアだな」って思ったり。ダブステップをディグりはじめたのって100マドくんのほうがたぶん早いんですよ。


Various
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コンピレーションの中身についても訊いていきたいんですけど、いま話したように自分が本当に良いと思える曲を選んだのでしょうか? 具体的な選曲基準があれば教えてください。

GT:日本でトップ・クラスの曲を作っているアーティストが〈バック・トゥ・チル〉でプレイしていると俺は自負していて、そのなかから選んだと思っていて。

最終的な選曲のゴー・サインはゴスさんが出したんですよね?

GT:この曲は出したいっていうのは4年くらい前から言っていたよね?

E:ハハハハ、そうそう。

じゃあ古い曲とかも入ってるんだ?

GT:ふつうにありますよ(笑)。たぶん、100マドくんの “ヘヴィー・ウェイト・ステッパーズ”が一番古いんじゃないかな?

100マド(100mado以下、100):これ2006年とかの曲なんですよ。

●▲おー!

100:逆に“グライミー(Grimmy)”は一番新しいです。

“グライミー”では100マドさんが85BPMをやっていて意外でしたね。

GT:そこもさっき触れたように、ダブステップを一歩出たところをやろうよって3人で話して、俺とエナくんと100マドくんの曲は85BPMになっているんです。だからその3人の曲は比較的新しい。

聴いてみて、2006年の曲があるとは思わなかったな。

GT:例えば、1曲目のイントロっぽいダブトロの曲とかも去年できた曲で。ほかにも候補はあったんだけど、コンピレーションっていう感覚で集めたくはなくて。

一貫してストーリー性を持たせたかったということですね。

「コンピレーションという感覚で集めたくなかった」ってどういうこと?

GT:良い曲をひとりのアーティストから2曲集めてコンパイルしたというようにはしたくなかったんです。ダブトロの1曲目とカーマの最後の曲は、他にも良い曲はあるけどイントロとアウトロはこの曲でというふうに決めたんですよ。

E:ダンス・ミュージックのコンピレーションはシングルの寄せ集めというか、ツール的なトラック集というか。アルバムを作品として考えていないパターンがけっこう多いんじゃないかな。

どうして『MUGEN』というタイトルにしたんですか? 

GT:ハハハハ。それは軽い感じなんですけど、「8周年でTシャツ作んなきゃな〜」って夏前に考えていたら、「8って無限(∞)に見えんな。しかもムゲンってタイトルなかなか良いな」って思い浮かんで。英語でインフィニティってするよりもアルファベットで「MUGEN」のほうが良いなって思ってコレにしたんですよ(笑)。

E:そうなんだ、そこだったんだ(笑)。

GT:この3人ってバックグラウンドがちがっていて、いろんな音楽を通ってきているから、どっちの方向に進むのかわからない面もあって。例えば、パーティの最後にバック・トゥ・バックをやることになって、全然違うテクノをやろうってなっても対応できたりするんです。いろんなことができる面白みもあって、可能性も無限というか。

「ムゲン」はいろんな意味付けができる言葉でもあります。ジャケットのアートワークも夢幻の境地のようなテイストです。

GT:そのアートワークを手がけたのはパリのアーティストなんです。2014年の頭にツアーでパリの〈グラザート〉っていうハコでやったときに、イベントのプロモーターの彼女が俺のライヴ・セットを良かったって言ってきて。話を聞くと彼女はタトゥーの絵を描いているらしくて、絵も見せてくれたんです。それがすごく面白くて今後のために連絡先を交換したんですよ。それで今回のコンピのために描いてほしいとお願いしたら、「いまある絵はお店のストックだからあげられないけど、新規で書ける!」ということでやってくれたんですよね。彼女の絵には和の雰囲気がすごくあるのも興味深くて。

たしかに。

三田さんはこの作品を聴いてみてどうでした?

何回か聴いているうちに、「おっ、これなんだろう?」って必ず思うのが5曲目の100マドさんの“グライミー”なんですよ。正直、1、2曲目にはジャーマン・トランスの雰囲気があるなって思って。

GT:へー(笑)。

だから3曲目から聴きはじめるとかいろいろしてみたり。でも「ダブステップからはみ出したい」と言われてみると納得するところあって。いまってUKのシーンでも90年代のブレークビーツ・テクノをやり直したりとか、ダブステップがいろんなところを見ているでしょ。雰囲気はいろいろあるけど、でもイギリスのものだってわかるし。100マドさんに教えてもらって買ってみたポクズ&パチェコの『ザ・バングオーヴァー(Pocz&Pacheko,“The Bangover”,〈Pararrayors〉, 2009 ) 』とかは、ベースとかは軽いんだけど、ヴェネズエラって言われれば「そうか」と。フェリックスKのドイツっぽさもわかる。そういう意味で、『ムゲン』を聴いたときはひと言で言えば「日本っぽい」と思った。だから日本特有のジャーマン・トランス解釈じゃないんだけど、ダブトロさんの後半に入っている曲では、今度はレイヴっぽい音使いをしていたりするじゃないですか?  あの感じが他にはないと思うから特徴としてはそうかな。自分的には5曲目から入って6、7曲目といく流れがすごく好き。

GT:俺は、UKのやつらがやっているのばっかりを聴いていると飽き飽きとしてくるんですよ。

そうなんだ!

GT:日本って世界で各地から離れているから、アメリカもドイツのシーンも見るし。それと日本ってパーティにしてもヒップホップやって次の日はドラムンベースやってエレクトロをやるやつはたくさんあるけど、海外ってテクノはテクノ、ドラムンベースはドラムンベースってなっていて、雑多なイベントは存在しないじゃないですか? それは日本のすごく良いところだと思うんですよ。自然とみんないろいろ聴いて育ってきているし。それもあって今回のコンピレーションはこういう選曲になったんだと思いますね。

俺はゴス・トラッドがダンス・ミュージックにいった時点でびっくりしたからね。「えっ、ノイズじゃないの!?」みたいな。

GT:そうですよね(笑)。でも、2012年にアルバム『ニュー・エポック』を出してから自分のやってきたことを振り返って、いま、また昔のノイズのサンプルを引っ張りだしてきてそれで曲を作ったりしてるんですよね。

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「ノイズ/アヴァンギャルドとBTC」


ENA

俺はトラップはヒップホップだと思うから、ベース・ミュージックだとは言いたくないんですよね。ベースありきなのかもしれないけど、トラップはベースありきじゃなくていいというか。俺が思うかっこいいベース・ミュージックっていうのは、ベースがあってグルーヴがあって踊れるものというか。そこが重要だと思っているんですよね。

100マドさんとエナさんはダブステップにくる前は何をしていたんですか?

100:僕は京都でノイズ・グループのバスラッチなどでインプロをやっていましたね。京都って当時そういうカルチャーが根付いてたんですよ。

えっ、そうなの?

100:〈メゴ(Mego)〉とかの音響ブームのときに、大阪とかよりも京都の方が盛り上がってたんです。パララックス・レコードというお店があって、いわゆるアヴァンギャルド系はもちろん、ダブのレコードでもそういう観点で面白いものを聴いてみたりとか。初期の2ステップもジャングルも面白かったらなんでも聴い ていましたね。そういうところでバイトしていて、音楽の聴き方に20歳くらいのときにすごく影響を受けたんですよ。

じゃあ京都出身なの?

100:生まれは金沢で、大学で京都に出てきて5年くらいいました。自分の音楽遍歴をあえて言うなら、アヴァンギャルドとジャングルを並行してずーっと聴いていた感じです。東京に出てきたのは10年くらい前で、ちょうどそのときは自分のなかでダンス・ミュージック熱が下がっちゃっていて。当時代々木にあった伊東(篤弘)さんがやっていた〈オフサイト〉ってギャラリーとかに行っていて、当時流行っていた微音系を聴いていました。ホント鳴るか鳴らないのかわからない音を(笑)。

じゃあ現代音楽のほうにもいっていたんだ。

100:三田さんが『スタジオ・ヴォイス』に書いた「ひと通りシュトック・ハウゼンとかフルクサス系とか聴いたけど、入れこみ過ぎて離れていった」とかそういう記事も読んでましたよ。

全然憶えてない(笑)。

100:ダンス・ミュージックとアヴァンギャルド系ってけっこう聴き方は近い気がします。

GT:あったね。俺がガンガンにノイズやってたのってそのときだもん。ヒップホップのパーティとかでね。〈ノイズのはらわた〉ってイベントとか『電子雑音』って雑誌とかがあったときだよね。

100:そんな中2002年くらいって日本にオールミックス・ブームみたいなのがあって、シロー・ザ・グッドマンとかが出てきて。あとはヒカルさんとか、ケイヒンくんもそうだし、タカラダミチノブとか。あのへんはいかに違うジャンルのレコードを混ぜるかってチャレンジしてい 。ブレイクコアの次に演歌がきて、演歌の次にサーフロックがきて次にテクノいきますみたいな(笑)。そんなときにデジタル・ミスティックズとかスクリームのミックスをネットで聴いたら、全曲がBPM140で、しかも自分と友だちの曲しかかけてなかったんです。すっごく狭い感じがしたんですよ (笑)。日本では、ディグる&混ぜるセンス競争みたいなものがあって、それに対してむこうで起きていることは正反対というか、点でしかないっていう(笑)。

そうだよね。

100:それが逆にすごくショックで。最初のときは、「このひとたち音楽を知らないのかな?」って思いました。

スクリームが来日したときにまったく同じことを聞いたら、テクノを聴いたことないって言ってたな。本当に知らなかったみたいだね。

100:ピンチとかはテクノなど幅広く聴いていて、マーラはレゲエに詳しいけど、シローくんみたいなごった煮感は誰も持っていなかった。けど逆にそこが面白かったんですよ。

めちゃくちゃ詳しいか全く知らないかのどっちかだよね。

GT:さっき俺が言った、レコードをひたすら集めるか、自分でレコードを作るかの違いですよね。そこで「コイツ、ハードコアだな」って思ったり。ダブステップをディグりはじめたのって100マドくんのほうがたぶん早いんですよ。100マドくんはブラックダウン(Blackdown)とかを日本に呼んでいたもんね。

ブラックダウンが日本に来たときに100マドさんとゴスさんが初めて絡んだんですよね?

GT:ちょうどそのときにパーティをはじめようと思っていて、日本で同じことをやっているやつはいないのかとネットを探しているときに100マドくんを見つけたんですよ。それで俺が連絡して、「今度DJするから会おうよ」って。

彼のレーベル〈キーサウンド・レコーディングス(Keysound Recordings)〉がはじまったのが2005年なのでかなり早くから注目していたんですね。

100:その来日が2006年です。そのときブラックダウンはダブステップに詳しい音楽ジャーナリストみたいな感じだったんだけど、ブログに「日本に旅行に行くから、ジャパニーズ、誰かブッキングしてくれって」って書いていたんですよ。それで「僕がやる!」って返事をして。

GT:当時100マドくんとは「このレアなやつ知ってる?」「知ってる!」って話をしたりね(笑)

レアなやつをちょっと挙げてみてくださいよ。

100:よくノイズの話をするときは、ザ・ニュー・ブロッケイダーズですね。

GT:ニュー・ブロッケイダーズやばいよね。

なるほど。その話は掘り下げなくていいです(笑)。

GT:ハハハハ。「〈ワードサウンド(WordSound)〉のサブレーベルの〈ブラック・フッズ(Black Hoodz)〉の10インチのやつ知ってる?」とかね(笑)。

なるほどね。ではエナさんは?

E:俺はアブストラクト・ヒップホップですね。ヒップホップからアブストへいきました。でも90年代にはジャングルとドラムンベースがあったので、そこからUKのほうを聴きはじめて。俺はどっちかっていうとドラムンベースなんですよ。

じゃあ唯一ずっとダンス・ミュージックなんですね?

E:もちろんIDMとか音響みたいなものは好きでしたけどね。

そこは作品からも感じる。

E:だからダブステップへの入り方が違うかもしれないですね。2005、6年とかにペンデュラムとか〈サブ・フォーカス〉とか商業的なドラムンベースが 出てきて飽き飽きしていたときに、UKアンダーグラウンド直球のデジタル・ミスティックズやスクリームを聴いて興味を持った感じです。

ドラムンベースからダブステップへ乗り換えた意識が確実にあるわけだ。

E:ずっと並行してやっているんですけどね。ダブステップと同時に、2008、9年にロキシー(Loxy)とか〈オートノミック(Autonomic)〉とか面白いドラムンベースも出てきたので完全に乗り換えたつもりは全然ないんですよ。

また最近ダブステップとドラムンベースが近づいた印象がありますけどね。ダブ・フィジックス(DubPhizix)とかサム・ビンガ(Sam Bingaを聴いていると近寄ってきたかなって。

E:どうなんですかね。でもあれはFootwork的なアプローチだと思うし、だからダブステップのひととリンクしている感じはないんじゃないかな。

GT:ドラムンベースのあとにできたダブステップがあって、ドラムンベースのひとも別名儀でダブステップを作るし。

エイミットはややこしくて、ドラムンベースでトロニック名義を使ったりしてるしね。

GT:ですよね。でもそのへんってUKのベース・ミュージックの根本的なところになっちゃったし、アーテイスト間の繋がりも強いからそのふたつを分けている感はないというか。

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「ベースであってベースでない」

「EDMほど俺はバカ騒ぎしないぜ! でもダブステップは男塾すぎる。俺はもうちょっとハウスなんだよね」みたいなひとがベース・ミュージックって言っているのかなって。


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さっきゴス・トラッドが「UKのものばっかり聴いていると飽き飽きとしてくる」って言っていたけど、ゴス・トラッドが出てきたのはUKじゃないですか?

GT:はい。

それはUKのシーンに対するアンビヴァレンスな気持ちがあるからなんですか? それとも本当にいまのUKはダメということ?

GT:いや、そういうわけじゃないです。例えば、UKダブステップがあって、「次はブローステップだ!」っていうとこのアンサーみたいな感じでダンジョ ン・スタイルと言われるダブステップがバーンと出てきて。 またみんな似たようなダンジョンの曲を作っちゃって。 そういう状況が、俺からしたらどっちも同じみたいな。さっき言ったのはUKだからってわけでもなくて、ひとつのものに一瞬火がつくとみんな作っちゃうっていうね。そうなっちゃうとつまんないなと思うというか。

それだけ出せるのがすごい気がしちゃうけどね。

GT:そうなんですけどね。そういう意味で、「ドラムンベースがつまんなくなった」ってエナくんが言っていたけど、自分もジャングルからドラムンベースを聴いていて、初期は面白かったけどだんだん型にはまっていって、なんかつまんなくなったなと思っていたのもあるし。アブストラクト・ヒップホップもはじめは歌モノが出てきたりとか、インダストリアルっぽいものが出てきたりとか面白かったけど、だんだんみんなコピーするのが上手になってきちゃう。最終的にはアブストラクトなSEが鳴っていて、そこにロー・ビッドなビートが入ってくれば良いみたいな雰囲気になったじゃないですか? それで「あー、面白くないな」って思ったんですよね。

同じことをいま、ダブステップに感じているってことなの?

GT:そう感じている部分もあるんだけど、やっぱり信用できるアーティストは面白いものを作るんですよね! 去年のクロアチアでの〈アウトルック・フェスティヴァル〉で〈ディープ・メディ〉のステージとかでやっても、カーンとかコモドとかはすっげえ変な曲を作っていて、「良いアーティストは面白い曲作んなー!」って思うんですよ。

そうだよね。去年〈ディープ・メディ〉から出たKマンの“エレクトロ・マグネティック・デストロイヤー”とか買おうか本当に迷ったもん。

GT:そうですよね。だからシーンそのものがっていうよりも、アーティストによる話だと思うんですけど。

最初の質問の「なぜいま〈レーベル〉なのか?」という質問に関連するけど、シーンを俯瞰してみるとやっぱりダブステップも紆余曲折があって、そのなかで〈バック・トゥ・チル〉が目指した良い音楽がここにあるとは思う。だけど、そういう意味ではみんながいろいろやっているじゃない? 例えばピンチは〈コールド・レコーディングス〉をはじめてテクノをやってみたりとか、さっき言った90年代回帰してバック・トゥ・ベーシック的になってみたりとかね。そういうシーンのなかで、何を思ってレーベルをはじめたんですか?

GT:俺が思う本物のベース・ミュージックをやりたいんですよね。

その「本物」って?

GT:ベース・ミュージックとかEDMとか言葉が出てきてごちゃーとしちゃって、いまってそれをさらにシュレッダーにかけた状態じゃないですか。で、俺はテンポ感覚とかって関係なくなっちゃっていると思っていて。パーティとしてはジャンルを付けたいのかもしれないけれど、〈バック・トゥ・チル〉に関しては関係なくやりたいと思っているんですよね。本当に良いベース・ミュージックというか。
 例えば、俺はトラップはヒップホップだと思うから、ベース・ミュージックだとは言いたくないんですよね。ベースありきなのかもしれないけど、トラップはベースありきじゃなくていいというか。俺が思うかっこいいベース・ミュージックっていうのは、ベースがあってグルーヴがあって踊れるものというか。そこが重要だと思っているんですよね。

あんまり跳ねるの好きじゃないでしょ? トラップもそうだし。

GT:うーん。トラップって雰囲気の低音なんですよ。ベース・ミュージックというよりは低音が鳴っているだけというか。

100:ベースラインがないんだよね。

GT:そうそう! 俺はやっぱりレベル・ファミリアで秋本(武士)くんのダブのベースを聴いてきて、ダブを通過したひとの奥深さがやっぱり自分にフィードバックされているんです。UKの子たちのすげえ曲って、レゲエとかを通過しているというか。日本のプロデューサーが持ってくる曲を聴いて感じるのは、やっぱりそこのセンスがちょっと足りていないように聴こえるんです。雰囲気の低音は鳴っているし、上もちゃんとプログラムされてメロディもちゃんと乗っているんだけど底がないというか。そこってすごく重要だけど、一番わかりづらいんです。

日本で行われている〈アウトルック・フェスティヴァル〉で〈バック・トゥ・チル〉のクルーを見ていると、他の日本のアーティストのなかで、レゲエっぽさが全面に出ていないという意味で、浮いている印象があります。でも、そのレゲエっぽさがあまり感じられないから、僕は〈バック・トゥ・チル〉が好きだと感じる部分もあるんですよ。

GT:俺が秋本くんとレベル・ファミリアをやっていて考えていたのは、わかりやすいレゲエっぽいベースのところを一番聴いてほしいわけじゃないんですよ。例えば、いわゆるレゲエのベースラインのところじゃなくて、一番ドープなところはワンコードで「ドゥー、ドゥー、ドゥー、ドゥー」って潜って行くところだったり。実はそこが一番ヤバいダブのベースっていう認識ですね。テクノでいう盛り上がってからキックとベースだけに戻ってくるところが一番かっこよくて、「うぉー! きたー!」ってなるじゃないですか?

おー、なるほど。

GT:レイヴとかでも、「わー」ってなって、上モノが一切なくてキックとベースだけになったスッカスッカなところが一番グッとくるんですよ。

俺はS-Xの“ウー・リディム(“Woooo Riddim”,〈Butterz〉,2010)”みたいにリズム・トラックだけで成立する曲がすごく好きなんですよ。そういうところか聴くと、〈バック・トゥ・チル〉は上が多いと思う。雰囲気を作る曲というか。

100:ジャーマン・トランスだ(笑)。

だからもっとリズムだけで勝負できる曲があってもいいと思う。

GT:たしかに今回のコンピレーションはそうかもしれないですね。ただ、アルバムとして考えたときに、やっぱそういうアップ・ダウンが欲しかったんですよ。

全体的にイントロっぽい曲が多いなと思ったんですよ。1曲目のもつイントロとしての感じもわかるけど、8曲目でもどこから入ってもはじめられそうな気がするので、いまいったようなリズムだけで攻められる曲があったら嬉しいなという感じはあります。

GT:なるほど。でも自分はそういう意味でドラムとベースの良さが出ている曲をやりたいんですよ。

そこは日本人が一番理解していないところだと思うんだよね。

GT:やっぱり日本人って上モノのキラキラさとか、前に出ているドラムとかに反応しやすいんですよ。だから音数が多くなったりするから、余分なパーカッションを減らして、その隙間のグルーヴをベースで動かしたりしたほうがいいんじゃないと思うことが多いので。

Jポップを聴いていても本当にリズムが関係ないと思うしね。そこを聴いているひとがいないというか。俺は日本からあるリズムのジャンルが出たら絶対にすごいと思う。なんだかんだ言ってもいままではお手本があってやってきたでしょ? ダブステップやジュークもそうだけど、日本発のリズムってないじゃないですか? これはやってほしいよね。

E:この前話していたんですけど、ゴスさんも最近やっている85とか170のドラムンベースのテンポで、ダブステップとかけ離れた感じの曲をヨーロッパでDJとして現場でやっているひとがけっこう少ないんですよね。

GT:BPM85の遅い4つ打ちってある意味、ヒップホップのテンポなんだけど、ドラムンベースのグルーヴにもノれるし、隙間もあるからダブステップ的な良さもあるというか。だけどテンポ的には全然違うというか。それでミニマル・テクノみたいなアプローチもできつつっていうのがこの3人で流行っていて(笑)。

E:そういう曲を海外でかけているひとが少なくて、ゴスさんと「ヨーロッパで実際にかけてみてどう?」っていう話をしていたんですよ。反応はよくも悪くもイベント次第なんですけどね。ゴスさんと俺がヨーロッパで出るパーティって全然違うフィールドでのブッキングだからそこでの反応も違うけど、去年の10月のヨーロッパ・ツアーでは「どうやって踊るかわからないけど楽しかった!」っていう良い意見があったんですよ。

おっ! 日本発いくか?

GT:そういうことをパーティを毎月やっているわけだから、試しながらできるわけですよ。

なるほど。そのリズムが〈バック・トゥ・チル〉のテーマだということはベース・ミュージックのひとつの解釈として面白い話だと思います。

GT:それが日本発になるのかわからないけど、やらないとどうしようもないというか。そういう意味で現場があるのはありがたいです。それを作ってキープしていかなきゃいけないし、それを裏で話していくことはやっぱり大事だなと思います。若い子たちも「ゴスさん、最近変なテンポやってますよね? 僕も最近作ってみてて」っていうひとがけっこういるんですよね。狭いながらそういうコミュニティも作っていきたいから。

その小さいコミュニティがもっと大きくなってほしいとは思いますか?

GT:もちろんそうですね。まずは、実際に作品をリリースしなきゃいけないと思うから、今新しいアルバムも作っているんですよ。「こういうBPMで、こういう曲をやってみんなで楽しんでいます」って文章にして書きたくもないとうか(笑)。

そりゃそうでしょ(笑)。

E:でもいまみたいな感じになったときに、最初にこれをやろうって相談があったわけじゃなくて、基本的にみんな勝手にやってるだけなんですよね。この3人も音楽的に共通する部分があるようでないのかもしれないから、自由にやっていて面白いと思っている部分がリンクしただけというか。

GT:100マドくんとかはBPM100の曲をずっと作っていて、それを「85まで落としてみたら?」って薦めてできた曲が“グライミー”なんですよ。

100:そうそう。これはもともとBPMが100だったんですよ。

さっき秋本くんの話も出たけど、ジャマイカの音楽ってたとえ実験的でも大衆音楽じゃないですか? キング・タビーを誰が良いかって言ったというと、まずはそこで踊っているファンであって。

GT:それはすごくあると思うけど、それをわかり易くするために自分のやりたくないことやるかってなると別なんですよ。さっき言った遅いビートにイケイケのドラムンベースをミックスしたらわかってくれるんじゃないかとか(笑)、そこまではやりたくないんですよ。でも、何かしらのきっかけみたいなものは自分でセットを作っていますけどね。チルな部分とアガる部分をイメージしながらやっています。でも、日本の場合だと作品を出してからなのかなと。

〈バック・トゥ・チル〉は、高橋くんの世代にもちゃんと伝わっているの?

ひとつ言えることは、僕は〈バック・トゥ・チル〉は先鋭的なことをやっていて好きだけど、日本のベース・シーンと言われるもののなかで、他に良いと思えるものがあまりないというか。それはベース・ミュージックという言葉の使われ方にも表れていると思います。〈バック・トゥ・チル〉で使われているような意味とは別に、「ベースが鳴っていればOK」みたいな解釈でその言葉を捉えているひとも多いですからね。深い解釈も安易な解釈もあるから、僕は文章を書くときは「ベース・ミュージック」って鍵括弧付きで使うんですよ。

『ベース・ミュージック・ディスクガイド』というカタログ本も、ダブステップもマイアミ・ベースも同じ「ベース」という解釈だったよね。そういう認識なの?って思ったけど。

100:ベース・ミュージックって言葉が出てきたとき、ゴスは最初っから批判的だったよね。「ベースがない音楽ってなくない?」みたいな。

GT:いま適当に思い付いた名前だけど、〈ベース・アディクト〉みたいなパーティってたくさんあるじゃないですか(笑)? そういうパーティって4つ打ちのエレクトロとかもベース・ミュージックに入っちゃうんですよね。

100:いままでだって低音がない音楽がなかったわけじゃないもんね。

GT:そうそう。だから、「これをベース・ミュージックっていうと全部じゃん」ってね。

現在のタームでいえば、「ベース・ミュージック」って言葉はイギリスから広まったんだよね。ダブステップっていう言葉を使いたくなくなったときに、その言葉が出てきた感じがしたな。俺はダブステップよりもグライムが好きだったんですよ。そういうときに「ないまぜ」というか、ベースって言えば済むかなってなった気もしますね。

GT:それはあるかもしれないですけど、ひと括りになりすぎている感じもあって。

100:言葉として便利すぎるというか。ダブステップからディープで暗いところを切り離したいひとたちが言葉を広めた印象が当時はありました。ブローステップだったりトラップも同じ感じで、ダブステップのアンダーグラウンド感が自分たちには違うなってアーティストが使いたがっているんだろうなと思いますね。

逆にダブステップがEDMみたいなものになっちゃったから、アンダーグラウンドのひとたちが前向きにベース・ミュージックって言葉を使っているのかと思っていたな。

100:もちろんそういう前向きな意味がある一方、「EDMほど俺はバカ騒ぎしないぜ! でもダブステップは男塾すぎる。俺はもうちょっとハウスなんだよね」みたいなひとがベース・ミュージックって言っているのかなって。でも、そういう〈ナイト・スラッグス(Night Slugs)〉とか〈スワンプ81(Swamp81)〉みたいな格好いいレーベル以外のひとも、ベース・ミュージックって言葉をトレンディに使いやすくなっていて意味がわからい状況になっているんじゃないですかね。

GT:いまとなってはベース・ミュージックもなくなってきたんじゃない? UKの俺も周りのやつとかはサウンドシステム・ミュージックって呼んでますね。

100:それはベース・ミュージックと線引きしようとしてるんじゃないの(笑)?

GT:なるほどね。でも、実際に〈バック・トゥ・チル〉はサウンドシステムを入れてやっているからね。

まぁでも、秋本くんとゴス・トラッドが揃うと男塾っぽくなるよね(笑)。

GT:ハハハハ!

このコンピレーションにも女性はいないんでしょ? わりとドラムンベースでは踊るのが好きな女のひとが多いじゃない? そのなかから作るひとが出てこないんですかね。

GT:あんまりいないですね。

100:いてもやめちゃうケースが多いかな。

E:まぁでも作る側のひとはどのジャンルもそうじゃないですか?

海外は女性で作るひとが増えてきたよね。

日本でも何人かいますよね。

GT:最近はソフトウェアからアナログに戻っている感じがあるじゃないですか? パソコンでプラグインを使ってやる作業が苦手な女のひとって多い気がするんですよ。でもドラムマシンで打ち込んでいくのはできると思う。エレクトロ・パンクのピーチズはローランドのMC-505一台で作ったって言ってましたね。

E:キョーカさんはわりとアナログ派ですよね? 年明けのライヴもものすごく良くて。いままでのメランコリックな部分がなくなって、〈ラスターノートン(Raster-Noton)〉で一番暴力的な感じになったというか。

彼女はリズムが弱いかなと思っていたから、ドローンをやればいいと思ってた。

E:そっちじゃなくてまさに暴力的な感じにいきそうな気がしましたけどね。年明けのハッピーな雰囲気をぶち壊してましたよ。

ダイヤモンド・ヴァージョンの影響なんじゃない?

GT:いまはインダストリアルの音がすごくきている感じがあるから、ダブステップでもそっちっぽいやつがあるんですよ。いまのコモドもバキバキな音ですよね。ディープなダブステップなんだけど、鳴っている音はインダスっぽいっていうか。この前マーラがかけていたダブもフランス人って言っていたけど、昔の〈ワードサウンド〉みたいにダークなんだけど鳴っているキックとスネアがインダストリアルみたいで、さらに音がスカスカというか。

エンプティセットみたいなではなく?

GT:ああいうパキパキな感じの音じゃなくて、音に丸みはあるんだけど歪んでいるみたいな。

タックヘッド(『テクノ・ディフィニティヴ』P95)とか?

GT:雰囲気的にはそういう感じはしますね。マーク・スチュアートのようにハードコアなんだけれども、アナログ的な丸みがあるというか。

ダブが現代的にちゃんとアップデートされている感じなんだ?

GT:うん、そうれはありますね。

去年〈トライ・アングル〉からリリースされたSdライカ(Sd Laika)の『ザッツ・ハラキリ』は、ゴスさんがノイズをいまも続けていたらこうなっていたかもな、と思わせるような作品でした。いろんな音がサンプリングされたノイズ音にBPM140のビートが入ってきたりするんですよ。

GT:エイフェックス・ツインがこの何年かで面白いと感じたのはSdライカって言ってたね。

そうなんですよ。ガンツもそのアルバムを評価していました。Sdライカとゴスさんの曲を比較してみると、Sdライカにはビートが少しリズムとぶれたり、音がチープな感じになっていたりと「軽さ」みたいなものがあるんですよ。これはゴスさんの曲などではあまり見られないと思うんですが、こういう表現にも興味はありますか?

GT:うーん、「軽さ」ね……(笑)。

俺が最初にジャーマン・トランスっぽいと思ったのは、2013年に〈ディープ・メディ〉からでたゴス・トラッドの“ボーン・トゥ・ノウ(Born To Knoow)”ですよ。あの盛り上がるところにジャーマンっぽさを感じたんですよ。「軽さ」ではないかもしれないけどね。

「軽さ」のイメージでいうと、アントールドが〈ヘッスル・オーディオ〉から“アナコンダ”を出した感じに似ていますかね。

E:シリアスさが薄いというか、そこの微妙なバランスだよね。

ちなみになんで“ボーン・トゥ・ノウ”だったんですか? 気になるタイトルですよね。「何かを知るために生まれてきた」って何なんだろうって思って(笑)。

GT:もう雰囲気ですよ。まず最初に、他にはないタイトルをつけようと思っているから、「ボーン・トゥ・ノウ ダブステップ」で検索して出てきたらナシなんですよね(笑)。

あと、さっきのパチェコ(※ヴェネズエラ出身、スペイン在住のアーティスト)のコンピレーション・ミックスにエナさんと100マドさんが入っている理由も気になりました。

GT:このきっかけは100マドくんとパチェコが出したスプリット・アルバムを2009年に出して繋がっていくんだよね。

E:俺はその作品でリミックスとマスタリングをやってるんですよ。それで自分の曲がミックスで使われたのはパチェコとやりとりしていた縁ですね。

100:それで僕らの曲が入った感じです。もういまはこのパチェコもポクズもスペインにいて。

E:ヴェネズエラは治安が悪すぎてって言ってましたね。

チャンガトゥキ(※アルカも影響を受けているヴェネズエラのゲットー音楽)やクドゥロ(※アンゴラのダンス音楽)のコンピを買ってもこのひとたちは入っているから。ワールド系とダンス・ミュージックが混ざったところには必ずいるっていう(笑)。

100:もういまは名前も変えちゃって、昔のクリアーみたいなエレクトロをやっているんですよ。あそこまではビート感はないですけどね。

でも彼らの曲ってベースが薄いんだよね。

100:そうなんですよ。いまはより一層ベースがない感じです(笑)。

E:そのコンピに入っているカードプッシャー(Cardopusher)はいまは〈スワンプ〉っぽいエレクトロみたいな感じなんですよ。

GT:けっこうみんなどっかに行っちゃった感があるよね。なんか俺はさっき言ったような曲を去年はずっと作ってたけど、もう一度いわゆるダブステップというものを見直して年末くらいに1曲作っていました。それを送ったら反応が良くて、こんど〈ディープ・メディ〉からまた12インチを出すことになったんですよ。自分のなかで6〜7年はどっぷりで、時間もなかったからとりあえずBPM140のダブステップを作って、リリースに備えて、ツアーに出てという繰り返しで他を見る感覚もなかったんです。おととしくらいからまたいろいろ聴き出して面白くて別のテンポのものを作りはじめたというのがあって、また一周してダブステップが作りたくなったというか。ベースはそこにあるから、そこを進化させたかったというのもあるし。ダブトロとかはそれ一本で作っているし、海外の〈アウトルック〉とかに行くとやっぱり面白いものは生まれているって感じるんですよ。そこで曲を送って繋がったりっていうのをこれからも続けなきゃなと思いますね。

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「ハードかつゆるくやりましょう」

これからも本当に面白いものが出てくると思います。自分的にはすげぇ多くのことに興味があるんですが、生の音楽の音自体にすごく興味があって。この前、ドライ&ヘヴィーのミックス・ダウンをやって、やっぱこれが自分のダブだなっていうのをすごく感じたし。ロック・バンドのミックス・ダウンもやったりしたし、いまはノイズ・コアのバンドのリミックスをやっていたり、そっちも面白いなって思っているんですよね。


Various
GOTH-TRAD Presents Back To Chill "MUGEN"

Back To Chill/Pヴァイン

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ちなみにレーベルとしての今後の予定はありますか?

GT:ダブトロや100マドくんは最近リリースがないから、できたらEPみたいなものを出していきたいなというのもあるし、自分のアルバムを〈バック・トゥ・チル〉から出したりとか。レンチのドラマーのムロチンさんとやっているバーサーカーや、あと今年はレベル・ファミリアでも曲をつくっていこうと思っています。
 みんな個人でたくさん動いているけれど、さっき言っていたみたいに、ここに居場所を作るっていうのは良い目標になるというか。ダブステップのダブプレートを作ってそれをかけることは面白いけれど、じゃあその行き着く先は何なのかっていうのがなきゃいけないというか。もちろん現場があることも大事なんだけど、その先にリリースという目標がパッケージを作っていく方がアーティストにとっても良いことだし。そういうものを「場」として作れたらなと思うんですよね。

じゃあ、12インチのリリースも考えているの?

GT:そうですね。いまアナログはむずかしいけど、少ない数でやりたいですね。

昔からそれは言っていたもんね。アナログは売れてるっていうニュースが入ってきたり、その逆の情報が入ってきたりどっちにいくんだろうとは思うけど。

GT:UKの大手流通会社のSTホールディングスもなくなりましたもんね(※ele-king Vol.15 P92参照)。〈ディープ・メディ〉もそことやっていたから一時期は浮いちゃって、結局はクドス(KUDOS)っていうところが動いてくれて落ち着いたんですが。

E:STのひとが、いまアンアースド(Unearthed Sounds LTD)を立ち上げてそこの引き継ぎをやってはいますけどね。

イギリスもアメリカも5年連続でアナログ盤の売り上げは増えているらしいからね。だから配信とアナログが伸びているから、分が悪いのはCDなのかなって気はするけど。

E:まぁ、レコードの売り上げが伸びているって言っても、売れているのはクラシック・ロックの再発とかですから。

100:ダンス・ミュージックは300枚とかのプレス量だもんね。

E:そうそう。メジャーがたくさん出すから、プレス工場が忙しくなって小さいレーベルの発売が遅れそうになったりでみんな文句を言っているのが現状なんですよ。

ビートポートの発表によると、同サイトのなかでダブステップは全ジャンルのなかで一番売り上げが少ないというのが発表されましたけど、それは単純にリリース量が少ないからですよね?

E:それはビートポートではテクノはEDMやエレクトロとかも指しているしね。だからそういうのに比べたら少なくて当然なのかなと。

そういう状況を反映して何が起こるのかと言うと、リリース量が少ないからみんな買うものが似てくるじゃないですか? 自分で曲を作れるひとは、オリジナル曲で自分のDJセットに幅を作ることができるけど、そうじゃないひとのセットが似通ってつまらなくなる傾向があると思います。〈バック・トゥ・チル〉のように曲が作れるひとが多いパーティでも、イプマン(Ipman)の“パーシステント・ドレッド(Persistent Dread)”がリリースされたときに、ちがうひとが2回かけていたこともありました。

GT:ハハハハ。それはある意味初期に戻っちゃっているよね。最初はリリース量が少なすぎて、みんな同じ曲を3、4回かけるっていう(笑)。

そういう状況のなかで別ジャンルの曲とダブステップを混ぜられる、もしくはひとつのジャンルの曲をしっかりと紹介できるスターDJ的な存在がいないことが日本のベース・シーンの弱さなのかなと思います。UKにはベンUFOのようなアーティストもいるわけですが、ゴスさんはそういう存在にはなりたいとは思わなかったんですか?

E:要するにジャイルス・ピーターソンみたいな存在ですよね。

GT:そういう存在がUKにはいるよね。ダブステップならばヤングスタやハッチャがそうだし……。さっきも言ったように、俺はずっと自分の曲でライブをやってきて、DJを本格的にはじめたときもまずは自分の曲を中心にかけたかったから、100枚のリリースを聴くよりもまずは曲を作ろうと思ってきたかな。

〈バック・トゥ・チル〉で曲を作らないDJをひとり育てたらどうですかね?

GT:DJをやっていて自分では曲を作らないけど周りに曲を作っているっていう子とかには、友だちの曲を使いながらDJをする宣伝役的な立ち位置になったらいいんじゃない、とかアドヴァイスしますけどね。そこで「曲を作らなきゃダメだよ!」とまではDJには役割があるから俺も言いたくはないですから。実際UKには、曲はあまり作らないDJ職人みたいな存在がいて、彼らの元にはどんどん新譜やダブプレートが送られて来るんです。ラジオや現場でいち早くプレーしてくれるから、すごく良いプロモーションにもなる。そういうDJは、UKのアンダーグラウンドシーンでは重要な存在になってますね。

〈バック・トゥ・チル〉は変わっているんだよね。日本ではテクノもハウスも、作るひとが少なくてDJが多いから、逆に言えばシーンをプロモートしていくことには長けていたのかも。〈バック・トゥ・チル〉はみんな曲を作るからさ。それはゴス・トラッドの意向なの?

GT:パーティをプロモートするためにオーガナイズをしているんじゃなくて、新しいことをやっているひとを集めることが目標というか。そういうのって常に作っているひとじゃないと持ってこれないじゃないですか? 「買う」っていう手段はあるけど、もっともっとエクスクルーシヴなものになるには、作っている側が集まってそれをプレイする空間を作りたいんだけど、その考えって一般のひとからするといきすぎちゃっているのかなって(笑)。

E:でも〈メタルヘッズ〉の〈ブルー・ノート〉での〈サンデー・セッション〉の例もあるし、あれも90年代にみんなプロデューサーがその日のためにダブプレートを切ってやってましたからね。

GT:そうだね。そこが基本的にはコンセプトだけど、たださっき言ったみたいに幅の広いDJがひとりいてもいいかなとは考えます。だからはじめの3年とかハードコアにそのへんにこだわってたよね?

100:うん。こだわってた。

GT:だけどこの3年くらいは本当に良いDJだったら入れたいって考えてるかな。

100:会場を〈サルーン〉から〈エイジア〉に移した2008年くらいからダブ(プレート)とかじゃなよねって言うようになったよね。

GT:そういうのを言っていたら100マドくんとかに「出たいひとはたくさんいるんだけど、そういうところが厳しすぎる」って言われて。

E:〈エイジア〉に移ってから、ケイヒンくんとかリラくんとか出てたもんね。

GT:そうだよね。曲は作っていなかったけど通ずるものはあったからね。

パーティの歴史を見ていると、〈サルーン〉時代は鎮座ドープネスや志人などのヒップホップMCが出ていていまよりも幅があったと思うんですが、それは方向性が定まっていなかったからですか?

GT:あのときは単純に俺やSKEはルミのアルバムをプロデュースしたりとか、スカイフィッシュもダブステップを作っていた数少ないプロデューサーのひとりだったから。

最初は試行錯誤をしていて、次第に男塾的な厳しさが出てきてしまったわけでしょ?

GT:はじめのほうが逆に厳しかったんですよ。でもそのときはダブステップに興味を持っているひともあまりいなかったから、近いアーティストに出てもらっていたんです。ルミや鎮座ドープネスは近かったしMCものせられて良い意味でブッキングしやすかったというか。

100:結果的にごちゃ混ぜ感が出たのが初期だよね。

GT:〈エイジア〉に移った2008年くらいからは、ダブステップを意識して入ってきた良いDJもいたし、曲を作るひとも増えてきたんだけど、2010年くらいにはみんな飽きてやめちゃうんですよね。「ファンキーのほうがモテる」とかさ(笑)。だからブッキングできるひとも減っていったんです。

飽きるのが早いよね。

E:音楽のスタート地点がダブステップという世代も出てきて、そこで寿命が短かったというのはあるよね。

GT:そこで踏ん張ってやるやつとやらないやつが出てきて、ダブトロとか踏ん張ったよね。あいつは〈バック・トゥ・チル〉に出たくて大阪から上京してきた んですよ。俺とマーラが最初に大阪にツアーで来たときに初めて観たらしくて、そこからダブステップも作りだして。初めてデモを貰ったときも、「まだクオリティは低いけど、なんか光る部分はあるよね」みたいな。このふたりは「うーん」って言ってたけど(笑)。

100:めちゃくちゃゴスっぽい曲があったのを覚えてる(笑)。

GT:でもみんなアドバイスしていったら、だんだんと良くなってイギリスで12 インチをリリースしたりとか。それの積み重ねでいまがあるから、1年や2年でできるものじゃないですからね。

そうこうしていたらモーニング娘。や氷室京介もダブステップやってるもんね。

GT:飛行機に乗っているときに邦画が観たいなぁと思ってたらやっていたんですよ。

同じやつだな。エンディングでしょう?

GT:そうそう!

ダブステップだと思って聴いてたら歌が入ってきたから(笑)。しかも歌い方が演歌だからさ(笑)。

GT:まさに同じですよ(笑)! なんて映画だったかな……(※三池崇史監督『藁の楯』主題歌:氷室京介“ノース・オブ・エデン”)。

100:野田さんと三田さんはテクノのシーンをずっと見ていたわけじゃないですか? ダブステップとかだと、ダブステップから入ったひとが、ブローステッ プへいってファンキーとかも気になりつつ、ムーンバートンへいってトラップへいって、ジュークへたどり着きいまはヴォーグかなっていうパターンがあったりするんですよ (笑)。鞍替えしまくって、「最新のキーワードを持っているのは俺だぜ!」みたいな所有感競争というか。テクノとかハウスってそうやってス タイルを変えてきたひとって黎明期にいたんですか?

いたけど残ってないよね。いまコアなシーンに残っているひとはやっぱりみんな同じコンセプトを続けているんじゃないのかな。

ケン・イシイなんかはイビサDJになっちゃったけど。随分最初とちがう、みたいな。

ころころ変えて、商業的に成功している人はいるよね。

どんなジャンルを見ていても思うのが、だいたいどんなジャンルでも15年目で迷うひとが多いよね。ボブ・ディランとかもそうだけど、10年は勢いで揺るがないでやるんだけど、15年目に流行のものを追っかけて失敗するひとが多いなって。だけど、20年続けたひとは頑張って元に戻った感じがある。

GT:俺はちょうど15年ですね。

じゃあいままさにだね(笑)。

どんなひとでも15 年から20年が正念場かなぁと。ボブ・ディランの例とか見ていると、ジョン・レノンは1980年に殺されていなかったとしても、乗り切れなかったんじゃないかなって気もするし。『ニュー・エポック』を出す前に印象だったのが、ゴスさんはダブステップに本当にハマっていたじゃない? そのときはポスト・ダブステップが出てきて、ダブステップが迷っているときに出したくないから、ダブステップが最初のダブステップに戻れたときに出すって言ってたよね。それで本当にその通りになったから納得したんだよ。さっきもすごくダブステップっていう言葉にオブセッションを感じるくらいだから、そのこだわりはずっとあるんだろうなって感じるね。

GT:そうですね。これからも本当に面白いものが出てくると思います。さっきのSDライカみたいなアプローチもあるしね。自分的にはすげぇ多くのことに興味があるんですが、生の音楽の音自体にすごく興味があって。この前、ドライ&ヘヴィーのミックス・ダウンをやって、やっぱこれが自分のダブだなっていうのをすごく感じたし。打ち込みを散々やってきたけど、音の厚みとか生のベースの音圧ってやっぱりちげえなとか、去年の後半とかは感じなおしたりしました。ロック・バンドのミックス・ダウンもやったりしたし、いまはノイズ・コアのバンドのリミックスをやっていたり、コラボレーションの話もいろいろあったりとか。そっちも面白いなって思っているんですよね。

僕もノイズはいまも聴いているけど、昔よりも呼吸が短くなってきていると思うのね。ジャーってなっているときにそれに合わせて呼吸をしていられなかったんですよ。でも最近は切れ方が早くなったんだよね。アンビエントをやっている伊達伯欣とかの話を聞いていると、ダンス・カルチャーを通ってからアンビエントをやっているから、どこかで踊りのセンスがあるんだよね。踊らないひとがアンビエントをやると身体性が全然ちがうからキツイっていう(笑)。

GT:ノイズとかインプロの世界って、一時期は本当にクローズドマインドだったじゃないですか? 「お前ダンス・ミュージックを通過してんの?」みたいな。自分はそれを通過してノイズをやっていて、当時そういうのを感じてたけど、逆にいまは、そういう雰囲気は無くなったよね。

ギリシアから出てきたジャー・モフは、ビートがないのに踊りを感じさせるから俺はすごいと思った。しかもギリシアは経済的に破綻したのにアルバムのタイトルが『経済的に裕福』っていうタイトルで(笑)。

GT:最近友だちから教えてもらった、ファルマコンっていうデス・ヴォイスの女の子が「ドーン、グワー」ってやっているやつがありますよね。

彼女はたしかニューヨークだよね。それをもうちょっとポップにしたガゼル・ツインってひとがいて、俺は『MUGEN』を聴いたときにそれをちょっと思い出したんだよ。彼女はレディオヘッドの『キッドA』を更新したって言われてて。子供っぽくて、インダストリアルな雰囲気のあるポーティスヘッドみたいな感じのひとで、『キッドA』も子供が飛びついた感じがするじゃない? なんかその感じをコンピを聴いていると思い出すんだよね。

GT:そういう風潮がいまアメリカであるような気がするんですよ。打ち込みとエクスペリメンタルな感じがごちゃっとした感じ。さっきの〈トライ・アングル〉とか、いままでのダンスミュージックを通過して取り込んだものをリリースしているというか。

今度日本に来るD/P/Iとかそのへん直球だよね。

E:今度来日の時に一緒にやるんですけど、D/P/Iはカットアップっぽいですよね。

彼は生バンドもやっているから、その方向で縛っているみたい。いろんなプロジェクトをいっぱいやっていてよくわからないけど。インタヴューしたら過去の音楽も詳しくて、ピエール・アンリに影響されていたり。

ジャングルが好きなんだよね。

いまのようなアーティストを〈バック・トゥ・チル〉から出したいと言ったらOKを出しますか?

GT:ジャンルであまり縛りたくはないから、正直に言えばかっこよければ出したい。あと、いまはカセットで出したりとかいろんな方法があるでしょ? そういうフォーマットを使うのもありかなと思ったり、エクスペリメンタルなライヴをカセットにして50本限定で出したりとか。そういうのもレーベルで自由にできるのを考えているから、そのくらいニュートラルに考えているんですよ。

じゃあそろそろ時間なので、三田さんにまとめてもらいましょう。

50を過ぎるとクラブがキツいのでパーティに実際に足を運べていないんですが、ユーチューブで動画を見るととても自分が混ざれる場所ではないなと思います(笑)。この8年間でグラフにするとお客さんにどういう推移がありましたか?

GT:去年の1月は〈デイ・トリッパー〉から出しているイードン(Eadonmm)に出てもらったんですけど、早い時間でお客さんもいたんだけどちゃんとみんな聴いていた感じもあるし、そのあとのDJでもしっかり盛り上がっていましたよ。この前もエナくんがエクスペリメンタルなノンビートなライヴ・セットをやっても、お客さんがしっかり聴いていて。平日だからすごくひとが入っているわけじゃないけれど、けっこう来ているお客さんはそこをわかっていてくれているのかな。聴いているひとは聴いてくれているし、盛り上がりたい子は前の方に来てくれるから。

E:俺は個人的に去年はテクノ系のパーティにもけっこう出ているんですよ。〈ルーラル〉や年末には〈フューチャー・テラー〉にも出たし。実際にやってみると、ジャンルの壁はそれほどないなと思いますね。〈フューチャー・テラー〉もルーシー(Lucy)の裏でやっていたんですけど、俺のときもいっぱいだったし。もちろんそのときもテクノじゃなくてBPM170をかけてたけれど、みんな踊ってましたよ。

GT:〈バック・トゥ・チル〉に来ているひとは耳の幅や聴き方は広いかもしれないね。

次の8年くらいで対抗馬的なパーティやレーベルが出てきたら良いですね。

この3人が決裂して別々のパーティやるとかね(笑)。

GT:なんで〈バック・トゥ・チル〉を8年やっているかといえば、やっぱり日本でやりたいからなんだよね。日本で全てを完結させるのが良いのかもしれないしね。それで作品を向こうに投げるというか。ツアーをやるっていうのはやっぱり体力仕事だし。海外に行けるからやるっていうのは、日本がダメって言っているような気がしてなんか嫌なんですよ。海外だから良いっていうのもなんかアレだし。日本でもすごい耳を持っていて、すごく良いもの作って、すごく良いプレイをするひとっているわけじゃないですか? その絶対数が少ないだけで。

何か最後に言い残したことはありますか?

GT:うーん、じゃあ100マドくんで(笑)。100マドくんは本当に初期からいるから。

100:えっ、俺で締めんの(笑)? 絶対におかしいでしょ(笑)?

E:まぁ、今日はいろいろハードコアに言っておいて、100さんの「ゆるくやろうよ」っていうのがコンセプトでもあるわけだから(笑)。


interview with The Waterboys(Mike Scott) - ele-king

 つくづくノマドな男だ。ウィリアム・バトラー・イェイツの詩に曲をつけた前作『アン・アポイントメント・ウィジ・ミスター・イェイツ(An Appointment With Mr. Yeats)』(2011)を制作するためにアイルランドに2年ほど赴き、そして、そのままアイルランドに落ち着いたのかと思いきや、この新作は一転してアメリカはナッシュヴィルでレコーディング。『フィッシャーマンズ・ブルース(Fisherman's Blues)』(1988年)や『ドリーム・ハーダー(Dream Harder)』(1993年)といった過去の作品を思い出すまでもなく、定期的にアメリカに渡ってきたことが知られているマイク・スコットだが、30年以上のキャリアを重ねてもこの人の辞書には「安定」「定住」という言葉はないようだ。


The Waterboys
Modern Blues

Puck / ホステス

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 昨年のフジ・ロック・フェスティバルでのパフォーマンスも記憶に新しいそんなマイク・スコットによるウォーターボーイズが4年ぶりの新作『モダン・ブルース』を発表した。エルヴィス・プレスリーへのオマージュのようなドゥー・ワップ調の曲や、南部産スワンプ・ロックにアプローチした曲など、あらたな持ち駒を次々と繰り出したようなアメリカ讃歌的アルバムだが、一つの場所にしっかりと腰を落ち着けることなく彷徨いつづけながらこうした作品が作られるのもどうやらすべて彼にとっては本能であり、音楽そのものに導かれてとのことらしい。そんなノマドな作品に再び「ブルーズ」というタイトルを与えてしまうのも本能なのだろうか。

 ところで、大衆音楽のルーツをディグしていく姿勢やウィットに富んだリリックなどなどかねてより、マイク・スコットとエルヴィス・コステロにはいくつかの共通点があると思っていたが、今回のアルバムに収録の“ニアレスト・シング・トゥ・ヒップ(Nearest Thing To Hip)”には「Brilliant Mistake」という名前の少女が出てくる。気づいた方もいるかもしれないが、この「Brilliant~」はコステロの『キング・オブ・アメリカ(King Of America)』の1曲めのタイトルと同じ。奇しくもコステロもあのアルバムでアメリカ録音を敢行していたが、英国人(スコットはスコットランド出身だが)にとってアメリカという名の「音楽の宝箱」を開けることは永遠の命題なのかもしれない。

■The Waterboys / ザ・ウォーターボーイズ
1983年結成、英国エジンバラ出身のマイク・スコットを中心としたUKロック・バンド。ケルティック・フォーク、アイルランド伝統音楽、プログレ、カントリー、ゴスペルなどの影響を受けている。バンド名はルー・リードの曲の歌詞から名付けられる。初期はNYパンクの影響を受けたニューウェイヴ・バンドとしてスタートし、U2フォロワー的な扱われ方もされていた。2014年にフジロックで初来日を果たし、2015年1月に約4年ぶりとなるニュー・アルバム『モダン・ブルース』をリリース。同年4月には初の単独来日公演が決定。

僕はいつも自分の音楽が言うとおりに行動しているだけなんだ。

まず、去年はフジ・ロック・フェスティバルで久々に来日公演を実現させましたが、80年代と変わらぬパッショネイトなライヴが大きな話題となりました。いまなお、音楽に対して情熱を注ぐことができる、そのエネルギーの源はどこにあるのでしょうか。

マイク・スコット:僕はいつも自分の音楽が言うとおりに行動しているだけなんだ。もちろん、僕の人生の中で、妥協するチャンスが与えられたことは幾度かあったよ。同じサウンドを作りつづけるというプレッシャーや、あるいはより成功すると思われるサウンドに変化させるというプレッシャーに屈することもできたんだ。でも僕はそういった誘惑にいつも抵抗してきたし、たとえそれがときには僕を商業的には見込みのない、変な場所へと導いても、ずっと音楽が求めることをやってきた。
 それには代償が伴うこともあったよ、非商業的なレコードを作ったりしたことでさ。キャリア上のことを考えれば、もっとメインストリームなものをやるべきときにそうしなかったりもした。でもそれもすべて、音楽が言う通りのことをしてきた結果なのさ。そういう代償は、キャリアの観点から言えば失敗とみなされることもあるけれど、そのお陰で音楽との感覚的なつながりを保ちつづけてこられたんだよ。音楽的なインスピレーションとのズレを感じたり、それを誰かに売り渡したりしたことは一度もないから、音楽との隔たりを感じたこともないんだ。だからいまも音楽が内から流れ出してくるし、曲はひとりでに生まれてくる。いまも音楽を愛しているし、自分が内に持っているインスピレーションを裏切ったことはないといえるよ。そのインスピレーションは新鮮なまま、僕の中に存在しているんだ。

そうやって音楽を信じていられるのはなぜなのでしょう。

マイク:そういうのはべつに僕だけの特別なものじゃなくて、たとえば僕はニール・ヤングが流行や商業的なものに関わらず、自分の興味を追究しつづけるところをとても尊敬しているし、ケイト・ブッシュもそうだよね。でも同時に、誰とは言いたくないけれど、ミュージシャンの中には妥協をしたように思える人たち、さっき言ったようなインスピレーションとの特別な繋がりを失ってしまったような人たちもいて、彼らがそれを取り戻そうともがくのを見ることもある。その中には実際に取り戻す人たちもいる……僕はディランは一度80年代にそれを失って、88年前後にまた取り戻したと思うよ。彼自身も自伝の中で、彼が自分自身の音楽やインスピレーションとの葛藤を感じて、歌える曲の数も減ってしまったあるとき、バーで歌っている老人を見て、その無名の老人が持っているあるものを自分が失ってしまったことに気づき、それがきっかけになってまた失ったものを取り戻した、っていう話を書いているんだ。僕自身もウォーターボーイズが停止していた頃に、ソロ・アーティストとして東京に滞在していたある日、渋谷の真ん中で立ち止まって、ふとものすごく孤独を感じた瞬間が強烈に頭に焼き付いているんだけど、その話にちょっと似ているね。ウォーターボーイズのみんなをすごく恋しく思って、あれをなぜ失ってしまったのか、取り戻すために自分は何をするべきなのかってことを必死で考えたんだ。90年、『ルーム・トゥ・ルーム(Room to Roam)』を作ったあとにスティーヴ・ウィッカムがバンドを去って、アルバムで演奏したミュージシャンのうち3人だけでツアーをしなきゃならなくなったんだけど、あれは本当に辛かったよ。アルバムへの評価もさんざんなもので、ひどいレヴューももらった。なんとか続けていくために、心の中で唱えつづけていたのは「ここからはもう良い方向に向かうだけだ」ってことさ。そのときがどん底だったから、あとは楽になるだけだと思ったし、幸いその通りになったよ。

ウォーターボーイズのみんなをすごく恋しく思って、あれをなぜ失ってしまったのか、取り戻すために自分は何をするべきなのかってことを必死で考えたんだ。

そういう意味でも、過去に活動停止時期があったとはいえ、ウォーターボーイズというバンドはあなたにとってやはりなくてはならない「武器」であり「ホームグラウンド」なのだな、ということがよくわかります。あなたがウォーターボーイズを背負っている意味、意義はどこにあると考えていますか?

マイク:僕は90年代にソロ・アーティストとして2枚アルバムを出したけど、ウォーターボーイズという「上着」なしでやるのはすごく変な感じがした。自分より大きな何かがあるっていう感覚が恋しくて、「マイク・スコット」だけなのはどうも気に入らなかった。「ウォーターボーイズ」の名前でやるときは、僕単体のときよりもミステリアスさや、存在感が増すんだ。それにバンドのメンバーそれぞれちがった立場を持っているっていうのも大事だよ。97年、日本に行ったときもソロ・ツアーの途中だったけど、そのツアーでもバンドはいたんだ、ただし僕のソロのバンド「マイク・スコット・バンド」としてね。なんだかすごく変な感覚で、どうにもしっくりこなかった。不完全な感じがしたんだ。そしてその次にツアーをしたときはまたウォーターボーイズとして演奏することができたけど、それははるかによかったし、まるで世界が正しい軸に戻ったようだったよ。

さて、新作についてなのですが、前作『アン・アポイントメント・ウィズ・ミスター・イェイツ(An Appointment With Mr. Yeats)』はウィリアム・バトラー・イェイツの詩に音をつけるというコンセプトで制作されたアルバムでしたが、今回は一転してナッシュヴィル録音です。過去にもアメリカ録音を敢行したことのあるあなたが、いまなぜナッシュヴィルに赴こうとしたのですか?

マイク:イェイツはアイルランドの詩人。それで実際前回のアルバムでは、僕自身ダブリンにまた引っ越したんだ。彼の街にいたかったからさ。アイルランドの文化をただ中で感じたかった。アルバムを作るまでの2年間そこに住んで、そもそもあれはアルバムになる前、「アン・アポイントメント・ウィズ・ミスター・イェイツ(An Appointment With Mr. Yeats)』ってタイトルのライヴ・コンサートとして生まれたものだったんだけど、そのショウをイェイツ自身が創立したアイルランドの国立劇場であるアビー・シアターで上演する、という流れがあったんだ。僕にとって、このショウをイェイツ自身の作った劇場でやるっていうのはとても重要なことだった。そしてダブリンでの2年間、僕はイェイツはもちろん、その時代の詩人や作家を読みふけって、昔のケルトの世界に浸りきったんだ。そしてアルバムを作ってツアーが終わった頃には、僕はすっかり「イェイツ疲れ」していた。すっかり自分の生活そのものをその世界の中で送っていたから、そこから出てきたときには何かまったくちがうものが必要だったんだよ。幸い僕はここ10年くらいアメリカのソウル・ミュージックをよく聴いていて、自分でもそういうサウンドやファンキーさのあるレコードが作りたかった。それがナッシュヴィルでレコーディングしようと思った理由のひとつさ。

前作を作ってツアーが終わった頃には、僕はすっかり「イェイツ疲れ」していた。すっかり自分の生活そのものをその世界の中で送っていたから、そこから出てきたときには何かまったくちがうものが必要だったんだよ。

 それ以外にも、ナッシュヴィルにはたくさんの良くて安いスタジオがあるし、エンジニアの質も高いっていう理由もあった。ヨーロッパではスタジオの数がすごく減っていて、値段も高いうえに、腕の良いエンジニアの数も減ってしまった。ところがアメリカではまだレコーディング・スタジオの産業が健在で、とくにナッシュヴィルにはいまも40や50ものトップレベルのスタジオがある。それも広いレコーディング・ルームや、いいエンジニアがたくさんいるようなスタジオがいくつもあるんだ。そして2013年に、とても幸運なことにキーボード・プレイヤーのブラザー・ポールことポール・ブラウンに出会った。彼はメンフィス出身で、バンドに参加するとすぐに素晴らしいソウル・ミュージックの世界を持ち込んでくれたよ。彼の存在もナッシュヴィルでのレコーディングを決めた理由の1つだね。

“アイ・キャン・シー・エルヴィス(I Can See Elvis)”の歌詞を見ていると、そんなアメリカのさまざまな音楽財産への憧憬を感じることができます。曲調もドゥー・ワップを取り入れた、あなたにとってはとても珍しいタイプの曲になっています。この曲はナッシュヴィルで録音することを想定して作ったのですか? それとも、こうした視点の曲は一つのテーマとしてつねに描いていたことなのでしょうか?

マイク:一種の音楽的なジョークとして、ああいうエルヴィスの初期のレコードのサウンドを使ってみたかったんだ。ちょっとした茶目っ気みたいなものさ。曲自体は2012年か2013年に書いたよ、どっちか思い出せないけれど。アルバムの曲全部がナッシュヴィルに行く前に書いたものだよ。アメリカでのレコーディングはこれが初めてじゃなくて、86年には『フィッシャーマンズ・ブルース(Fisherman's Blues)』でも少しやっているし、92年には『ドリーム・ハーダー(Dream Harder)』ってアルバムをニューヨークのスタジオでニューヨークのミュージシャンたちと作っている。でもあれは僕にとっては成功したアルバムとは言えないんだ。セールスはまあまあだったけど、芸術的にはいまいちで、思うようなサウンドが出なかったし感覚もしっくり来なかった。だからあのアルバムにはずっとどこかがっかりした気持ちがあったんだよ。アメリカのミュージシャンは素晴らしくて、彼らの演奏にはセクシーさや、粋さがあるけど、それをあのアルバムでは捉えきれなかったのが何より残念だった。
 今回はそれをちゃんとやりたかった。今回の結果には満足しているよ。大きな要因の1つになったのは、今回のベーシストであるデイヴィッド・フッドと仕事ができたことだね。彼はアラバマ州にある、アメリカのロックやソウルの歴史上でも有名な音楽の街であるマッスルショールズの出身で、そこではボブ・ディランやローリング・ストーンズ、アレサ・フランクリンにジェームス・ブラウン、ザ・ステープル・シンガーズといった大物がレコーディングしたスタジオがある。そしてデイヴィッドはそれらのアルバムのいくつもで演奏しているんだ。ジェームス・ブラウンやザ・ステイプル・シンガーズと共演したことがある、クラシックなソウル・サウンドのベースをマスターしているんだよ。だから彼はこのアルバムにとても重要な影響を与えているね。

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僕は一匹狼だから、他のソングライターといっしょに同じ部屋で座って、「これどう思う?」とか言いながら曲を書くタイプじゃないんだ。

“ザ・ガール・フー・スレプト・フォー・スコットランド(The Girl Who Slept For Scotland)”も、70年代の米南部を思わせるスワンピーなロックになっていますし、遠くからスコットランドを思う少女の目線で書かれています。あれはどのようなイメージで書かれた曲なのでしょうか?

マイク:あの曲の意味は、たとえばいつも喋ってばかりいるイギリス人の友だちがいたとすると、「He could talk for England at the Olympics(彼はお喋りでオリンピックのイギリス代表になれるよ)」って言うことができるけど、それと同じで「スコットランド代表になれるほどよく眠る女の子」ってことだよ。これは僕の昔のガールフレンドについての実話で、彼女はすごく深く眠るから朝に起こすのが大変なんだ。だからよく、睡眠コンテストがあったら彼女はスコットランド代表として優勝できるねって冗談を言っていた。それがタイトルの由来さ。

“ニアレスト・シング・トゥ・ヒップ(Nearest Thing To Hip)”の歌詞には「Brilliant Mistake」という名の少女が出てきますね。この名前と同じタイトルの曲がエルヴィス・コステロの86年のアルバム『キング・オブ・アメリカ』に収録されています。あの作品も、英国人の彼がアメリカに趣き、T・ボーン・バーネットとともにアメリカへの思いを形にした作品でした。何かシンクロするものを感じたのですが、あの作品をどの程度視野に入れていましたか?

マイク:そうだ、そうだね、あのアルバムに出てくる名前なのか! いまやっと思い出したよ、きっと潜在意識の中でその名前を覚えていたんだけど、そのときはどこで聞いたのかわからなかったんだよ。あれは「Brilliant Mistake」っていう名前のカフェで、女の子はそのカフェの中にいるんだ。たしかにそう言われてみればあのアルバムに出てくる名前だし、コステロもまさにあのアルバムでアメリカに行ってアメリカのミュージシャンとやっていたから、共通点は多いね。そのときは意識していなかったけど、きっと無意識でどこか頭の隅にあったんだと思うな。

あの作品においてコステロが現地ミュージシャンと組んで録音したように、あなたも今作でナッシュヴィル拠点のミュージシャンを迎えてレコーディングをしていますしね。

マイク:そうだね。今回のミュージシャンたちのうち2人はすでに共演したことがあったんだ、キーボードのポールとリード・ギターのジェイは2013年前後にウォーターボーイズのライヴで何度もいっしょに演奏したことがあった。ふたりともナッシュヴィルに住んでいて、今回もいっしょにやることになった。それとデイヴィッドは僕らのマネージャーからの推薦で知り合ったんだ。その他のミュージシャンたちについては、ナッシュヴィルではたくさんのいいミュージシャンがいるから、たとえばある日バック・コーラスが必要になったとすると、誰々と誰々と誰々がいるよって言われて、その1時間後にはそのひとりがもうスタジオで歌っている、なんてことが普通なんだ。そしてナッシュヴィルのミュージシャンの水準はすごく高いから、そうやってやってくる人たち誰もがとてもいいミュージシャンなんだよ。

たとえばある日バック・コーラスが必要になったとすると、誰々と誰々と誰々がいるよって言われて、その1時間後にはそのひとりがもうスタジオで歌っている、なんてことが普通なんだ。

 そんな感じで、ドリー・パートンのバッキングもしていたヴィッキーは今回のアルバムの2曲のためにスタジオに来てバック・コーラスを歌ってくれたし、トランペット奏者のスティーヴやナッシュヴィルでも指折りのドラマーのグレッグも参加してくれた。僕らはいったんアルバム全部のレコーディングをしたんだけど、その後で2曲ほどやり直したくなったんだ。でもそのときにはバンドのドラマーであるラルフはロンドンに帰ってしまっていて、そっちで仕事があったからナッシュヴィルに戻ってくることはできなかった。それでグレッグに来てもらって2曲やってもらったんだけど、素晴らしいドラマーだよ。

ジェームス・マードック、フレディ・スティーヴンスンといったシンガー・ソングライターたちの参加も興味深いですが、彼らとの交流はいつ頃からはじまり、今回の作品への参加に対し、あなた自身はどういう部分を彼らに求めましたか?

マイク:彼らは僕の友人で、ふたりともニューヨークに住んでいる英国人のソングライターなんだけど、僕もニューヨークに小さな部屋を借りていてよくそこに滞在するから、ニューヨークには友人が多いんだ。ニューヨークにいるときはダブリンにいるときより外に出たりして社交的な生活を送っているしね。ジェームスとフレディは中でも僕の親友で、ふたりとも素晴らしいソロ・アーティストでもある。僕はときどき自分のソングライティングに飽きることがあって、何かちがうものが聴きたくなるんだ。それでメールで今回の歌詞のうち3つをジェームスに送って、1つをフレディに送ってみた。すると彼らはその歌詞にメロディを書いて、MP3をメールで送り返してくれた。それを僕が聴いて、変えたい部分を変えてまた送り返して、そういうやりとりを続けて曲を完成させたんだよ。とてもいいやり方だったね。僕は一匹狼だから、他のソングライターといっしょに同じ部屋で座って、「これどう思う?」とか言いながら曲を書くタイプじゃないんだ。自分ひとりで自分のペースで仕事をしたいのさ。だから、メールでやりとりをするのは、他の人と共同作業をしながらも、同時に自分ひとりで仕事ができてよかった。
 彼らに求めていたのはとにかく音楽性さ。たとえば“ニアレスト・シング・トゥ・ヒップ”の歌詞ができたときは、言葉だけで音楽がついていなかった。それかもしかしたら、音はついていたけどあまりよくなかったのかもしれないな、どっちだったか思い出せないけど。それでジェームスにその歌詞を送ったら、彼が送り返してきたのはほとんどアルバムに入った曲そのままのものだった。唯一、僕がやったのは、ブリッジの部分くらいさ。他の部分はほぼすべてジェームスが書いたメロディで、彼の作ったものを聴いたときとてもうれしかったよ。

僕はケルアックの他の本はあまり好きじゃなくて、『路上』が彼の本の中で断然いちばんだと思うよ。他のは、僕には未完成品のように思えるんだ。

“ロング・ストレンジ・ゴールデン・ロード(Long Strange Golden Road)”は10分を超える圧巻の作品で、歌詞もケルアックさながらのロード・ムーヴィ風リリックになっていますね。この曲には実際にケルアックの『路上』の朗読部分がサンプリングされてますが、あなたにとってケルアック、および『路上』はどういう存在ですか?

マイク:『路上』を初めて読んだとき僕は20歳で、すごく大きく深い影響を受けたんだ。あの本は旅についてだけじゃなく、友情や世界の見方についての話でもある。僕はケルアックの他の本はあまり好きじゃなくて、『路上』が彼の本の中で断然いちばんだと思うよ。他のは、僕には未完成品のように思えるんだ。

あなた自身、デビュー以来、スコットランド人というアイデンティティの上に立ちながらも、ノマドのごとく精神的にさまざまなエリアをさまよってきました。『路上』から学んだ人生の哲学、ミュージシャンとしてのインスピレーションがあなたをどう動かしてきたと言えますか?

マイク:僕がいつも住む場所を移動しつづけているのはあの本のせいではないけれど、まだ子どもの頃に両親が何度も引っ越しをしていたから、3年や4年ごとに生活ががらりと変わることに慣れたんだろうね。いつもちがう街やちがう景色の中にいて、そこからインスピレーションを受けていた。80年代にアイルランドに移り住んだのはとても大きなインスピレーションになったし、その後90年代にはニューヨークに引っ越して……と、ずっと移動しつづけているんだ。そういう動きつづける生活はこれからもずっと人生の一部でありつづけると思うけど、最近はダブリンでずいぶん落ち着いてきてもいるよ。

同じこの曲には、もう一つ、日本の近藤トモヒロによるピアノ演奏も使用されていて、そうした起用からもまた地域を超えてノマドのごとくワンダリングしつづけるあなた自身の思想が感じられます。あなたの“フィシャーマンズ・ブルース”をカヴァーしたこともある近藤の演奏、作品のどういうところに惹かれているのでしょうか。

マイク:彼の音楽にあるメロディックなセンスに、僕と共鳴するものがあるんだ。彼の作る音楽はかなりちがっていて、送ってくれたアルバムもとても熱量の高いロックンロールだけど、もう1つのアルバムはもっとメロウで、どの作品にも通じるメロディ感覚があるんだよ。それが僕に訴えかけるものがあるのさ。きっと影響を受けたものも共通しているんだと思うね、彼も昔のボブ・ディランが好きみたいだし。

こうした性格の作品に対し、『モダン・ブルース(Modern Blues)』とタイトルを与えたのはどういう理由からでしょうか? かつての『フィッシャーマンズ・ブルース』と呼応したようなタイトルなのも印象的ですが、実際にはそこは意識していたところでしょうか?

マイク:『フィッシャーマンズ・ブルース』は、アメリカでのレコーディングも少ししていたし、アメリカ人のプロデューサーといっしょにやったから、そういう共通点もあるし、ライヴ録音でのアルバムっていう点でも共通しているけど、実際の制作としてはかなり異なったものだったよ。『フィッシャーマンズ・ブルース』がスタジオでほぼ即興で作られたのに対して、今回は事前にすべての曲を書いて、リハーサルしてからレコーディングに臨んだから、もっと緻密なものになっている。アルバムのタイトルは“Rosalind (You Married The Wrong Girl)」を聴いていたときに思いついたんだけど、べつにこれが字義どおりのブルース・レコードだってわけじゃないし、音楽的にもそれほどブルースじゃない。ブルースっていうのはなにも音楽性だけを指すものじゃなくて、歌詞の書き方や歌詞の中の「ロマンス」のことでもあると思うんだ。今回の歌詞にはそういうロマンスの要素がいくつも入っているよ。それにアルバムのジャケット写真とタイトルのミスマッチ感も気に入ったんだ、タイトルを決める前にジャケットを決めていたからね。

interview with Enter Shikari - ele-king


Enter Shikari
The Mindsweep

Ambush Reality / ホステス

RockEmoElectroLoud

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 エンター・シカリのファースト・フル『テイク・トゥ・ザ・スカイズ』のCDは、本当によく中古屋で見かけた。スリーヴ・ケース付きだったことまで覚えている。中古がたくさんあったということは、それだけよく売れた作品だったということだ。2006年。いでたちこそふだん自分と縁のなさそうな屈強な男たちだったけれども、ニューレイヴ・ミーツ・メタルだ、いまはコレなのだ、聴くべしということで筆者も手に取った。クラクソンズにフレンドリー・ファイアーズにレイト・オブ・ザ・ピア……「ニューレイヴ」と喧伝されたロック・マナーなシンセ・ポップ、あるいはエレクトロの一群は、たとえそれがメディアによる空疎なまつり上げだったのだとしても、ある求心力をもったファッションやスタイルを提示し、CDを売ったのだといえる。いわゆるラウド・ロックをレイヴ寄りにリサイズしたかのようなエンター・シカリの音楽は、ともあれそのように時代の音として聴かれた。
 しかしそうした符牒はほどなく忘れられる。そして10年近くが過ぎようといういま、オーディエンスにケガ人も続出したという彼らのハイエナジーなライヴ・パフォーマンス、そのスタジアム級のエネルギーとエモーション、壮大な世界観が、その威力をストレートに磨き上げられていることに気づく。4枚めとなる新作『ザ・マインドスウィープ』は、そのように楽しむことができる。今回話をきかせてもらったのは、クリスとロブ。おごることなく、リスナーやファンを大切にするバンドであることをあらためて感じさせるふたりだった。ただ、彼らのシリアスでスケール感ある物語性の根源はやはりヴォーカルのラウであるようで、また機会があるならばラウにも話をきいてみたい。

■Enter Shikari / エンター・シカリ
 ロンドン郊外セント・オールバンス出身、ラウ(Vo, Syth)、ローリー(G)、クリス(B)、ロブ(Dr)で結成。ハードコアやメタル要素を軸に、ダブステップ、ドラムンベース、レイヴ、ヒップホップなどをミクスチャー的に取り入れた音楽性や、過激なライヴが話題を呼び、作品リリース前から注目を集める。レーベル契約前にロンドンのアストリア(2000人収容)を完売した。現在までに3枚のアルバムを発表。2015年1月、4枚目となるニュー・アルバム『The Mindsweep』をリリース予定。

俺たちが住んでいた地域は、ライヴ文化がすごく強かったんだよ。(ロブ)

デビュー当初は、時代的な機運もあって、あなたがたは「ダンス・ミュージックとメタルの融合」というふうに紹介されましたね。

ロブ:うん、「レイヴ・ミーツ・メタル」ね!

ええ(笑)。原点にあるのはロックなのかなと思うのですが、インタヴューの前提として、当初どういった音楽からの影響が強かったのかお訊きしたいです。

ロブ:そうだね、ロックだよ。ビートルズ、オアシス、ステレオフォニックス……、12歳くらいかな、聴きはじめたのは。俺たちが住んでいた地域は、ライヴ文化がすごく強かったんだよ。バンド・バトルが盛り上がっていたし、〈パイオニア〉っていうクラブでは毎週のようにおもしろいギグがあった。ロック・シーンは充実していたんだよ。そういう地域で育った影響はあると思うね。

いま、まさにビートルズとおっしゃいましたが、現在のUKは、ベース・ミュージックだったりというダンス・ミュージックにおける先鋭性はあるものの、ロックの国としては長い間更新がなかったように思います。あなたがたからみてロック事情はどうですか?

クリス:イギリスはとても恵まれてるんだよ。いろんな種類の音楽が同時に存在できる。ダンス・ミュージックが前に出ているとは思うけれど、バンドも根強く、たくさん存在しているよ。

ロブ:新しい音楽が生まれるっていうのは、古い音楽を外に締め出すということではないと思うんだ。古いものの中に新しく入っていく──だから、ロックがそこで蹴飛ばされているわけじゃないんだ。僕としては共存していると思う。

では、いまおふたりが10代だったとすれば、何から聴いていますか?

ロブ:簡単なものかな、プレイするのに(笑)。

簡単なもの?

ロブ:そうだね……。もしいまティーンだったら何を作るかってふうに答えるなら、俺たちはジャンルがどうであれパッションが詰まったものをやりたいと思っている。そこについては変わらないかな。

なるほど。では今作について質問です。今作収録曲には多彩なヴァリエーションがありますね。オーケストラ・アレンジからピアノをフィーチャーしたものまで、とにかくスケール感があります。

クリス:うん、うん。グレイト。

ははは。そうですよね。大作映画のサントラってくらいのスケール感ですよ。テーマ的にも「人類を啓発する」というくらい壮大なものを感じますが、そんなモチーフは実際にあったりしますか?

ロブ:いや、ほんとでっかいものだよ。ほんとにそんなふうにみんなが感じてくれればいいけどね。けど「啓発」とまでいえるかな……。

クリス:いや、いえるよ。たぶん(笑)。

ははは!

ロブ:でも、歌詞とかも含めて僕らのアイディアが詰まっていることはたしか。聴いてくれる人に願うのは、自分でそれを聴いたうえで、自分でそれをどう考えるか、っていうことを大事にしてほしい。僕らのを聴いて何かに気づいた、目がさめた、考えさせられたっていうような感想をきけることがいちばんうれしいことだからさ。なにか、前に進むためのきっかけにしてほしい。

過去の作品においては「ユニティ」というテーマを掲げておられたりもしましたよね。環境とか社会、経済問題といったことに言及されてきたことが多かったと思います。そうした社会的なテーマにコミットしようとするのはなぜです?

クリス:重要なことだと思うからだよ。心の中で重要なことだと思っているのに、ステージの上でそれを言わないんだとしたら、ちょっとちがうと思う。頭の中で大事だと考えていることは、音楽の中に反映していきたいと思っている。

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見えるものだけではなくて、物事のルーツやその下にあるものを見ていかなきゃいけない。

なるほど。今回はまさに1曲めが序章、12曲めが終章といったかたちで、まるで物語を構成するように人々へのメッセージがつづられているように思いました。こうしたつくりは意識されたものですよね?

(両者):うん。

ロブ:曲を書いている時点では単体で、ひとつひとつできていったんだ。その後に全体を考えながら並べ替えていくわけだけど……、ええと……。

クリス:ハイ、交代して(笑)。

ロブ:タッチ(笑)。

ははは。

クリス:最初にもってくるトラックと最後にもってくるトラックは毎回とっても重要なんだ。そこからアルバムにどんどんと入っていけるものを頭にしたい。アート作品のようなものなんだ。奥へ奥へ入っていって、最後はまとまって戻ってくるというような感じ。そういうところは志したよ。

どんどん没入していく感じですね。そう、昨今は世界のとらえ方がミニマルに、ミニマムになっていくようなところがありますが、みなさんの音楽は逆にマキシマムというか、いろんな要素を入れて膨張していきます。その先にはどんなものが見えているんですか?

ロブ:そうだな、どうなっていきたいかというヴィジョンはもちろんあるんだけど、まずはみんなの前で演奏できることをとてもありがたいことだと思ってるよ。世界を回ったり、音楽で生きていることが本当に夢のようなんだ。だからそれを続けていくことがさらにひとつの夢でもあるし、ヒットチャートを飛ばして一発当ててやるという思いはない。このままずっと進んでいけるということが願いだし、その意味で膨張があるとも言えるかな。

世界観というところではどうですか? 詞や音の表現から読み取られるのは、「われわれはシステムの犠牲者だ」っていうようなディストピックな世界観なんですが、それはいまの境遇への感謝ということとは別の、ちょっと暗いものですよね?

ロブ:それは、もちろんある。でも自分たちがそれを変えていかなければというふうに思っているよ。政治的にもね。

その最終的な答えっていうのは、すぐに出るものではないと思いますが、終曲の詞からみると、表現やアートによって心を大掃除することが、人類にとっての前進なんだというようなメッセージもくみ取れます。これがアルバムのひとつの結論になっていると考えていいでしょうか?

ロブ:カサシズム、だね。うん、ひとつの結論だと考えていいと思う。でも……、それはラウにきいてもらうのがいいと思う。うまく答えられなくて悪いんだけど。

ああ、そうなんですね。すみません! ラウさんの世界観というところが強いんですね。では、たとえば“マイオトピア”のエレクトロニクスや優しいハーモニーにはバンドとしての新しさが感じられますが、ああいったアイディアはどこからくるものなんでしょう?

ロブ:そのへんは、もともと僕らの中にあったものなんだけど、外に出せていなかったんだよね。どこかから引っぱってきたというより、今回にあたって中から出てきたという感じだよ。

ストリングスの部分はソフト音源ですか?

ロブ:いや、あれは生なんだ。カルテットを呼んでるんだよ。前もできたらよかったんだけど……、予算的にも時間的にも、今回実現できてよかったよ。

そういう細部へのこだわり方など、しっかり曲作りのステージが上がっていることも感じられますね。

ロブ:うん。プログラムでは表現できない深さをもたらしてくれたと思う。人間の手によるものは、加えられる力の大きさがまるでちがうよ。

さっき「暗い」といいましたけど、暗いのではなくて深さが表れていたということかもしれません。

ロブ:世界ってものに対するリアクション──、自分たちだけではなくて全体として前進していくことは意識しているんだ。いまの世界の状態をみて、いくらでも「最悪だ」とかってことは言えると思う。でもそれに対するリアクションとして、前進していくことが必要なんだ。それを俺たちは大事に考えているよ。

クリス:見えるものだけではなくて、物事のルーツやその下にあるものを見ていかなきゃいけない。

ロブ:そしてエモーショナルであること。それがいちばん大事だと思ってるんだ。

力強いです。よいショウになりますように。

interview with NRQ - ele-king


NRQ - ワズ ヒア
Pヴァイン

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 NRQのリレー・インタヴューをお届けする。
 2007年に牧野琢磨(ギター)と吉田悠樹(二胡)のデュオとしてはじまったNRQは翌年ベースとの服部将典が加わり、同じ年の中尾勘二の参加をもって現布陣におちつき、2年後にはファースト『オールド・ゴースト・タウン』を出し、さらにその2年後2作目の『のーまんずらんど』を発表した彼らの活躍は弊媒体読者諸兄もご存知のことでしょう。今回彼らの口にのぼるのは『ワズ ヒア』と題した3作めにまつわるそれぞれの思いである。狭義のインディ・ミュージックましてやJロックの範疇におさまらず、軽音楽であるがゆえにジャズやカントリーやラテンやそのほかもろもろが縁からこぼれるNRQの広義の音楽、いやむしろウェスタンとファー・イーストに挟まれた四者の組曲ともいえる空隙の音楽はどこに向かいつつあるのか。

 私は年も押し詰まった昨年暮れ、NRQが忘年会を開くという噂を聞きつけ、この比類なき作品をつくった彼らに一網打尽に話を訊く千載一遇のチャンスだと、東京北西部の閑静な住宅街の一画にある牧野宅へ駆けつけた。本稿は年をまたいだその記録であり、掲載順は忘年会に訪れた順になる。まずは牧野琢磨。NRQのオリジナル・メンバーであり、ギター・コンシャスな演奏者である牧野琢磨にご登場いただく。というか、ここは彼の家なのだから私がやってきたのである。

■NRQ / エヌ・アール・キュー
東京を拠点とし、現在は4人で活動をつづけるバンド。2007年に吉田悠樹(二胡)+牧野琢磨(guitar)デュオとして活動を開始し、翌08年には服部将典(contrabass)が参加。中尾勘二(drums / sax / tb / cl)にも参加を依頼するようになる。バンド名はNew Residential Quarters(ニュー・レジデンシャル・クォーターズ=新興住宅地)の略。〈オフ・ノート〉のコンピレーション『Our Aurasian Things!』などへの参加ののち、2010年にはファースト・アルバム『オールド・ゴースト・タウン』を、2012年にはセカンド・アルバム『のーまんずらんど』をリリースし、同年にリミックス作『The Indestructible Beat of NRQ』をはさんで、今年2015年1月、サード・アルバム『ワズ ヒア』を発表した。

誰かが何かをいい出したら100パーセントそれに乗っかる。そこで、他の意見と統合して落としどころを探さない、というのが大事なことなのかもしれないですね。

私は牧野くんの新居に初めて来たけど、引っ越したこともふくめ、生活の変化は音楽の変化に影響したことがあると思いますか?

牧野:心境の変化ということでいえば、使う時間のフォーカスが絞られたということですね。使える時間が限られているから決断を早くしなければならない。(子どもを保育園に)迎えに行く直前まで出かける前の準備をしなければならない、とか。……NRQは歌がないじゃないですか?

そうだね。

牧野:だからバックバンドの話がよく来るんです。誰かの曲のバックをわれわれ4人につけてほしい、という依頼がけっこう来るんです。ですが、それをやるといまは時間を奪われている気がするんですよ。吉田さんとかは前野くんとか穂高亜希子さんとかの仕事でたくさん歌手に貢献してきたから、これははっきりと本人に訊いたことはないけど、歌手に貢献するのはもう一生分やったと思っているかもしれない。服部さんはベースでメシ喰っているからまったくちがう向き合い方だと思いますが……。それで、バンドとして誰かのために時間を使う、というのができなくなった、というかしたくない、というのが個人的にはちょっとあります。あくまでバンドとしてで、牧野個人としては別ですが。仕事もして、バンドもやって、バンドでの収入が100パーセントではないという現実もあったうえで、作曲やプリプロダクションといった制作に時間をつぎこんで、やっとこ3年くらいかけて3枚めのアルバムができたというペースに、やっぱりなっちゃうんですよ。

生活における音楽の純度はあがった?

牧野:変わらないと思います。純度って何? っていうことはとりあえず置いといて。つねに興味のあることがあるし、パーソナルにやってみたいことはどんどん出てきますし。でも、バンドでやってみたいことを持ち込むとNRQでは成功しないことが多いですね。大上段にバンドとして構えて、これをこうやってみたいんだ、あるいはこうしていきたいんだということでは、なんというか、場が「はぁ……?」みたいな感じになっちゃうでしょうね。

連帯的な結束ではなさそうだもんね。

牧野:でも個人的な欲求を発揮することは存分にできる環境ではあるんです。手前ミソだけどそれはすごくいいことだと思う。

個人的な欲求を発揮するにしても、たとえばアルバムをつくるなら、方向については誰かしら先導をきらなければならないんじゃないかな?

牧野:方向は実際はなくて、それはパッケージをどうするか、実務的なガワ(皮)の問題が残るだけなんです。

牧野くんは前もそういっていたけど、『ワズ ヒア』はガワだけの問題ではない気がした。アルバムをどうつくるかという意識が前2作より高まったと思うんですよ。

牧野:それもまた共同作業だと思うんです。というのも、曲順は今回も中尾さんの案なんです。

中尾さんは曲順王ですね。

牧野:マイスターです(笑)。

“エンヴィ”がハナで“日の戯れ”がオシリというのも――

牧野:僕がもし決めたなら、“日の戯れ”は5曲めで“エンヴィ”は9曲めとかになったでしょうね。そして、中尾さんからこういう曲順案が出たときに、こっちで手を加えずそれをそのままでいく、ということが重要なんです。誰かが何かをいい出したら100パーセントそれに乗っかる。そこで、他の意見と統合して落としどころを探さない、というのが大事なことなのかもしれないですね。

合議制は凡庸になりがちだからね。

牧野:そうです。

誰かが何かをいい出したら100パーセントそれに乗っかる。そこで、他の意見と統合して落としどころを探さない、というのが大事なことなのかもしれないですね。

“東16字星”も“日の戯れ”も“街の名”もそうだけど、これらの曲には組曲的な構成ですよね。牧野くんのこれまでの曲は曲のつくり方としてはシンプルな志向性だったと思うのね、それがこのように変化して、それが私は『ワズ ヒア』の基調だと思ったんです。『ワズ ヒア』をなぜ私がNRQでいちばんいいと思ったかというとしっくりきたからなんだけど、なぜそうなったかというとレコメン感というと誤解を招きますが(笑)、組曲形式にそれに似たものを投影したからだと思うの。

牧野:いや、レコメン感はあるんですよたしかに。“東16字星”のカブセ(オーバーダビング)のとき、エマーソン(北村)さんにたしかレコメンっていいました(笑)。

それゆえ、NRQがグッと迫ってきたところがあったのかもしれない。

牧野:(笑)それはよかった。本当は具体的にはレコメンからの影響ではなくて、組曲形式はジミー・ジュフリー3からですね。

あーなるほど。

牧野:“ウェスタン組曲”をよく聴いていたんです。たとえば“門番のあらまし”とか、リズムをパーカッションぐらいまでにおさえてドラムを入れないという楽器の配置なんかは、個人的にいうと“ウェスタン組曲”がすでに歴史上にあるから大丈夫だろう、みたいな。半世紀前の話なんですけど(笑)。そういうことがあって、やってみたいなというのはありました。

発想からそういう意図だった?

牧野:“門番のあらまし”はけっこうそうですね。

そうしたことでこれまでの自分の書き方とちがうようにはなったでしょ?

牧野:曲が長くなりましたね。

それをやろうと思ったのはどのタイミング?

牧野:やろうと思ったことがやれない、うまくいかないのがNRQなんです。中尾さんとか、じつは何でもできるわけじゃないから。けど、何かできることは異常にできる。そこがおもしろいんです。“日の戯れ”でも、ドラムをこうしてくれ、とは一度もいったことなくて、曲を持っていって、僕が最初のギターのカッティングだけ何小節かやって、そのあとベースとドラムに入ってください、といったらもうあのドラムだったんです。
 これは、僕がやろうとしていることと中尾さんが異常にできることが合致した幸福な例といえます。曲作りの段階で捨てた曲やうまくいなかった曲もけっこうあったし、だからそれは当たり前のことなんですけど、できることしかできないという前提が中尾さんに限らずわれわれにはあるんです。服部さんはちがっていて何でもできると思いますが……。吉田さんには(楽器に)音域の制約がある。だから、組曲形式のように具体的な形式があっても成功するかどうかはわからない。

例をあげてやりたいことを具体的に説明することは――

牧野:それで失敗しつづけてきたので止めた、ということです。たとえば何か例になるような音源を持っていって、これこれこういうふうにしてくれ、といってもうまくいかないことが多い。時間がかかり、かつ完成しない。“日の戯れ”みたいに持っていって一回でできたのは成功例なんです。

そういうバンドへの曲の諮り方はあるんだね。

牧野:僕はありますね。ほかのメンバーはまたちがうと思います。たとえば服部さんの曲“ショーチャン”なんかは、ジャケットのクレジットに「作曲」のほかに「アレンジ=編曲」というのも入れたんだけど、この曲には服部さんが書いた各パート譜があって、演奏は譜面通りなんです。

でもファーストよりはかなり遠いところまで来たかもしれない。

バンドの歩みをみていくと『ワズ ヒア』は3枚めになります。1枚めにそのバンドのすべてがあり、2枚めのジンクス云々といういい方があり、そう考えたうえで『ワズ ヒア』はNRQにとってどういったアルバムと位置づけられると思いますか?

牧野:アルバムをつくる前は毎回、あぁ今回できるかな……、と思うんです。そう思いながらとりかかって、できたのが1枚めで、2枚めのときはさらにその不安が大きくなった。僕はファーストが音像や演奏をふくめて好きだったから、それよりよいものができるか心配だったんですね。ところがそれができた。で、今回は「2枚めがよかったから3枚めはいよいよ難儀だな……。販売規模もいままでいちばん大きくなるだろうし……」と思っていたんだけど、それこそ松村さんには、(ザ・バンドの)『カフーツ』みたいになるかもしれないといったこともあったけど(笑)、けどできたんです。でもファーストよりはかなり遠いところまで来たかもしれない。

そうかもしれない。

牧野:中尾さんには不変の魅力があるけど、ほかの3人がいろんなところで揉まれたのがでかいかもしれないですね。服部さんなんか、初めて会ったときと較べると、単純に技術的な面でも別人のようです。そして技術に裏打ちされているから技術からの飛躍というか、語弊があるいい方かもしれないけど、罠の仕掛け方とかもいろいろできるようになったんだろうな、と思うんです。

「罠」というのはなにを指していっている?

牧野:みんなを安穏とさせないというか。本人の意志として、これをやりたいというときにアイデアの幅とか、そういうものが3枚めを録る少し前から桁ちがいになったと思います。上から目線じゃないです(笑)。でも服部さんがすごく上手くなったのは本当だし、それは僕にもわかったし、録音もうまいことセパレートで録れたのでよかった。いままではひと部屋で録っていたのでコントラバスは埋もれがちだったので。

ところで“sui”はバンド最初期の曲だよね?

牧野:すげーむかしの曲ですね。

なぜこれを再録したの?

牧野:“sui”は一銭も生み出していないんですよ。

お金の話なの(笑)?

牧野:そうです(笑)。というのは、〈オフノート〉の『アワ・オーラシアン・シングス(Our Aurasian Things)』というコンピに入れて、それがNRQの最初の録音だったんですよ。

2008年だよね。

牧野:そうです。で、まぁゴニョゴニョとお金はもちろん出なくて(笑)、出版もどこにも登録されていなかったので録ったんです。

ファーストに入れればよかったんじゃない?

牧野:ファーストのときはちょっと前のそのコンピに入っているから逆に入れるのを止めよう、ということで。セカンドのときはmmmも歌ってくれたし、他にもたくさん曲があって結局外れた。そして3枚めになって戻ってきました(笑)。やっていることは当時とまったく変わっていないんですけど。BPMもいっしょ。MC.sirafuのスティールパンが入っているくらい。しかしあんまり叩いていない。要所要所だけ(笑)。

満を持してということではなかった。

牧野:ぜんぜんない(笑)! でも今回のアルバムからのMVは“sui”なんですよ(といってPCで画像を検索する)。


“sui”

牧野:右の手はロロという劇団などで活動している女優の島田桃子さん。島田さんとは、大谷能生さんが在邦フランス人の前でゲンズブールを歌うという、本当に勇気のあるイヴェントのバック・バンドに参加したとき、彼女がいわばフランス・ギャル役として出演していて、そのときに知り合いました。

(広告が映りこんだ背景を指して)これは資本主義批判なの?

牧野:そんな素朴な……(笑)。なんていうか、自主的に勝手にいろいろと広告を入れたんです。で、最後は中尾さんが出てくるという。

中尾さんは『ワズ ヒア』では結構吹いているよね。

牧野:たしかにそうですね。けどそれは、曲が要求する部分も大きかったんじゃないですかね。

中尾さんがどの楽器を選ぶかも──

牧野:基本的には任せていますけど、今回は「ここはアルトです」とか「クラ(リネット)です」「トロンボーンかぶせたいです」とか言いました。演奏の中身はもちろんお任せしてます。“街の名”でトロンボーンを録ったときは「いまのは大原(裕)さんみたいでしたね」とはいいました。これはマジでいいました(笑)。大原さんみたいに吹いてくれとはもちろんいいませんでしたけど、曲の後半に独自に大原さんみたくなっていったから感無量でした(笑)。

なんできみが感無量になるのよ(笑)。

牧野:いや、僕はサイツが好きなんです(笑)。船戸(博史)さんも芳垣(安洋)さんも。芳垣さんのドラムってとくにヌケがいいんですよ。音がよい。ドラマーってドラムの音をいちばんよく聴かせてくれるじゃないですか。

でも中尾さんにはそういうところはないよね。

牧野:中尾さんはドラマーじゃないから。そしてそれがNRQでは重要なことなんです。ただ、“東16字星”では僕がスネアのセレクトを間違えたんですよ。録音をした〈デデ・スタジオ〉ってヴィンテージのドラムセットがいっぱいあって、中尾さんがいないときにスタジオの人に「ドラムセットはどうしますか?」と訊かれたんです。そういわれても、中尾さんはドラマーじゃないし、どうするかと本人が訊かれてもたぶんどうもしない(笑)だろうから、ラディックがあればラディックで、と僕がいったんです。リンゴ・スターの使ってるメーカーだし。で、「スネアはどうしますか」と訊かれて、間違えて木胴を選んじゃったんです。んでアルバム全部を木胴で録っちゃったから、“東16字星”だけエンジニアの葛西(敏彦)さんに「EQでドラムの音を金胴にしてくだい」ってお願いしました(笑)。

中尾さんはドラムセットに対する意見はないんですか?

牧野:意見も不満もないし、チューニングもしない。そこにあるセットに座って、叩く。だから、たとえばライヴハウスで対バンがあるとき、前に出演したバンドのドラマーがドラムのチューニングに気をつかう人だと次のわれわれの音がえらいイイ音になったりする。ハコによっては、奥から引っ張り出してきたようなドラムだったりするんだけど、それでも中尾さんはまったくチューニングしないからボッカンボッカンいったりする。するんだけどそのままでいく。

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僕は何にも飽きてはいないし失望もしていないんですね。何かに対してこれはダメだとも思わないですね。


NRQ - ワズ ヒア
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“門番のあらまし”のラテン調は新機軸だと思うけど、このアレンジに挑戦した理由はなんですか?

牧野:単純に安い3桁レコードばかり買っていると『ラテン・ベスト・ヒッツ』ばかりになってしまうんですよ。安くて曲がいっぱい入っているのはたいていペレス・プラードとかになっちゃうから(笑)。

だからってやんなくてもいいじゃない。

牧野:けどやっぱりいま現在揃っているものでしかインプットってできないじゃないですか。それにラテンはエレクトリック・ギターを弾く人には命題みたいなところはありますよ。ってありませんか?

ある人にはあるだろうね。

牧野:でもみんな一回は向き合わざるをえないというか向き合ったほうがおもしろいかなぁ、と。エレキが映える音楽だし。とはいえぜんぜんできていないですが。

エレキギターといわないまでもギター奏者として、NRQの3作およびほかでの活動もふくめて、個人的にどのような立ち位置にいると思いますか?

牧野:それはネガティヴな言葉でしか言い表せないですね。

なぜネガティヴ?

牧野:自分のことは客観的にはなれません。かといって主観的に考えてもネガティヴになりますね。だって圧倒的に足りないですもん。

理想が大きすぎるんじゃないの?

牧野:いや、どうでしょうね。わかんないですけど……、けどそれを埋める時間もない。リニアな努力でなんとかなる期間はとっくに終わってしまったので、あとはいわばそのときそのときの打率を上げるしかない。一般的にギタリストの方々がどのようにしているかまったくわからないんですけど、個人的には僕はそう思ってます。だからホールトーン・スケールを毎日練習するとかは止めてベンドの練習をがんばるとか(笑)。

技術への価値の置きどころがちがうということだよね。しかし技術を否定するわけでもない。

牧野:僕は何にも飽きてはいないし失望もしていないんですね。何かに対してこれはダメだとも思わないですね。

対抗意識のようなものもない?

牧野:いやそれはあるんですよ、既存のものに対してのカウンターのつもりではあります。それは強烈にあります。すでにあるものをもう一度やることには意味を見出せない。細かい話になりますけど“sui”とかはギター奏法的にいえば誰もやっていないことをやっている気がするんです。1度とオクターブ上の2度を5度とずっと同時に鳴らしているとかね。そんなことをやっているのはウルマーか僕かってくらいですよ(笑)。

既存のものに対してのカウンターのつもりではあります。1度とオクターブ上の2度を5度とずっと同時に鳴らしているとかね。そんなことをやっているのはウルマーか僕かってくらいですよ(笑)。

ずいぶんニッチかつハーモロディックな選択肢だね(笑)。

牧野:どうしてもナッティ・トークになっちゃいますね(笑)。

ジャン=ポール・ブレリーはどうなの?

牧野:大好きです(笑)。でもブレリーはなんでいま話題にならないんでしょうね?

冷静に考えてなると思うかい?

牧野:(笑)

この世の中じゃウルマーと同じようにならないですよ。

牧野:あー。

私はウルマーもブレリーも、好きなんだけどね。

牧野:松村さんが来日公演観たとき、ピッチが危うかったんですよね。

たぶん私のジャズベと同じでペグまわりの調子が悪かったんじゃないかな。

牧野:でもそれは基本的な姿勢が間違っていますね。使っている楽器のコンディションはつねに把握しておかないと(笑)。

ブラックとロックのあのブレンドの仕方は特異だと思うけど、牧野くんのギターの特異さもブレンドの妙みたいなところはあるね。

牧野:そうかもしれないですね。

でもそれがウルマーやブレリーを思わせるならやらないということでしょ?

牧野:すでにあるものを想起させるかたちでもう一回いま現在の規模や技術で何かをやることに僕は興味が湧かないんです。われわれは他には絶対にない、もっといえば過去も現在もわれわれみたいなバンドはじつは絶対にいない、という自負だけはあって、それをそうはっきりと言える勇気は吉田くんが与えつづけてくれているんです。ああいうふうに二胡を演奏する人はいないから。吉田くんが楽器の引力もあって大陸的に引っ張られそうなときは曲でそれを回避するとか、“門番のあらまし”とかもEQでフィドルのように音色を変えたんだけど、僕はそこはすごく気にしている。響きがエキゾチックに、あるいは大陸的になりそうだったら曲自体を取り下げる、とか。吉田さん自身もチューニングを下げているそうです。だから吉田さんみたいな人は吉田さんしかいないし、それがいわば勇気になってるんですね。それは絶対にいえるな。他にマジでありそうでマジでない。それは『ワズヒア』を何回か聴いてあらためて思いました。

われわれは他には絶対にない、もっといえば過去も現在もわれわれみたいなバンドはじつは絶対にいない、という自負だけはあって、それをそうはっきりと言える勇気は吉田くんが与えつづけてくれているんです。

NRQの人間関係は良好なの? 他のメンバーには言わないから教えてよ。

牧野:(笑)。いや、人間関係というほどの関係がじつはないんです。演奏する上での関係はもちろんありますが。

今日はバンドの忘年会だよね。

牧野:今日は特別です。一年のうち一日だけ。飲みに行ったりすることもないんですよ。折り入ってしゃべることもないだろうし……。いや、べつにネガティヴな意味でいってるんじゃないですよ(笑)。

わかるよ(笑)。

牧野: NRQはいわば、男性特有のホモソーシャルな蜜月期間=バンドが、終わった後にはじまったバンドなんです。男性のホモソーシャルな蜜月期間とロック・バンドは並行して進んでいって、それが花開くときにバンドも成功してその終焉とともに失墜していくじゃないですか。われわれはその期間が終わった後にはじまっているんです。失敗からはじまっている。

それは成熟なのかね?

牧野:わかんない……ですけど、関係としてはいっしょに演奏するという関係しかない。

資料のプロフィールには「今後もこの四人」と書いていますね。

牧野:プロフィールは僕が書いたんだけど、それは「誰かがそのうち死ぬだろうな」ということなんです。牧野、吉田、服部が死んで、ピクサーの『ウォーリー』みたいに全部が朽ち果てた世界で中尾さんだけが生きている、その可能性だって、というかその可能性がいちばんでかい気もするんですけど(笑)、つまりそれは誰かがいつか死ぬという意味なんです。バンドとしての絆や今後のバッファがあるという話ではなくて、単なる生き死にの話なんですよ(笑)。

終わった未来から現在をふりかえる視点、そういったものがNRQはタイトルのつけかたにはあるじゃない? 今回の『ワズ ヒア』だってそうだよね。

牧野:タイトルはやっぱり東日本大震災と原発事故……のその後なんです、またこういうこといっちゃったけど……。いま現在僕らは「あのときあの場にいたよね」とのちのちの未来にいえてしまうような現実を生きていると思うんです。どういうことかというと、実際に現場で活動している人たちを僕は尊敬しているということを前提としたうえで、しかし活動というのはものすごく難しくて、一回一回達成感を得たり、目標を立ててはいけないものなのかもな、とも最近は思っていて。失望することがあまりに多くて長続きしないこともあるじゃないですか。政治活動をするうえで何がもっとも重要かといえば、諦めない、ということと、いちいち絶望しないこと。それに、居つづける、ということと、忘れないこと。そのように最近は思っています。今回のタイトルはいってみれば“見張り塔からずっと”ということなんですよ。
 けどここでたとえば、NRQのサードできました! 『見張り塔からずっと』です! だと死ぬほどクソサブいし一枚も売れないだろうし、というかもうPOS登録の時点ではじかれるかもしれないし(笑)。それと有名なアラン・ムーアのコミック『ウォッチメン』に「誰が見張りを見張るのか」というテーマがあって、ヒーローがいて、でもヒーローが暴走したら誰がそれを止めるんだという、それもちょっと頭にあった。最初は吉田くんの曲にちょうど“門番”というのがあったのでそれをアルバムのタイトルにしようかとも思ったんですが、ある一定の既得権益がある領域やテリトリーを守るのが「門番」だから、それだと個人的には僕が思うのとはちょっと違う。

いま現在僕らは「あのときあの場にいたよね」とのちのちの未来にいえてしまうような現実を生きていると思うんです。

門には外があるからね。

牧野:その場合、僕らは外にいることになる。それと、着想の元がもう一個あって、それは米軍が戦争中にいろいろな場所に描いていた「キルロイ・ワズ・ヒア(Kilroy was here)」という落書き。キルロイは特定の誰かを指しているのではなく、匿名の似顔絵とともにその文句を、米軍はベトナムの壁とか原爆ドームとかに描き残している。ともかくも、あのとき僕もその場にいたと後々の未来にいえてしまうような状況にいま現在我々はいる、ということと、とはいえいちいち絶望しないで居つづけなきゃ、ということ。大袈裟な喩えをするとケネディが撃たれたときに僕もテレビで観ていたよ、というのと同じようなことだと思うんです。「あのときあの場にいたよね。原発が爆発したときPCの前でYoutubeで見てたよね」とか「秘密情報保護法が施行したときに◯歳だったよね~」とか「安倍政権が解散総選挙で延命したその日に◯◯したよね~」とかそういう状況。それでこのタイトルをつけたんです。あぁまたこういうこといっちゃた……。売れなくなる……。
 とにかく言葉は悪いけど、一回一回うまくいったとかいかなかったとか、一人ひとりが集まれば大きな力になるとか、向こうも使っているような感情の揺り動かし方をこっちは使わない、ということが大事だと思うんです。僕は地震があって原発が爆発したとき、これでファンタジーは終わったと思った。少なからずみなさんそう考えたと思うんです。これで幻想の出る幕はなくなり物語が有効じゃなくなる、なぜなら現実のほうが物語よりすごいことになっているから。なんだけど、それからおのおのが選択をはじめていて、たとえばある人は、どうせ風呂敷を広げるならより大きな風呂敷を広げる、それでよりいままでとはちがった意味での何か強いものを示そうとしている。それはその人たちにしかできない選択だと思うんです。その一方で物語をまったく破棄する人もいる。僕はどちらかといえば後者だった。政治的な活動を考えると、たとえリベラルな立場であっても使っている物語の力学がなにかしら劇的なものになっていることがある。その引力に、僕は引っ張られたくないんです。それが悪いといっているわけじゃないですよ。僕が思っているのとはちがう、ということなんです。その場にいて、傍観しているわけではもちろんなく、けれど達成感は必要ない。そうしないといざというときに頓挫する気がするんです。いれるかぎりは居つづけないと。

しんどい選択ともいえるね。

牧野:ですかね(笑)。アガるポイントがあんまりないですものね。

まわりの人たち、NRQと対バンする人たちの現状や変化について、いいたいことはないだろうし、いうべきでもないだろうけど、あえてなにか感じるとしたら何だろう?

牧野:対バンでいっしょに演奏している人たちはおのおの身を捧げていると思います。いまそう口に出しちゃって自分でもかなり気持ち悪いな、と思っているのですけれど。ともかくも必死こいてやってます! 以上!

interview with Yo Irie & Yosio Ootani - ele-king

 魅惑の声をもつシンガー・入江陽の新作アルバム『仕事』が早くも話題だ。大谷能生をプロデューサーとして迎え、OMSB(SIMI LAB)、池田智子(Shiggy Jr.)、別所和洋(Yasei Collective)などといった豪華ゲスト陣が参加した本作では、その音楽性が確実に進化/深化している。ヴォーカルをはじめ、リズムやアレンジなどサウンドはとても豊かだ。

 とはいえ見落としてならないのは、『仕事』という作品の、堂々たるポップスとしてのたたずまいである。ソウル、ジャズ、R&B、ヒップホップ、ダブステップなど、あらゆる音楽性を飲み込んでなお、ポピュラーソングとして強い。『仕事』の最大の魅力は、そこに尽きる。そして、それを支えるのは、入江陽という類まれなるヴォーカリストの力に他ならない。

 本インタヴューでは、入江陽と大谷能生に話を訊いている。新作アルバム『仕事』についてたずねつつも、いつしか話題は、日本におけるポップスのありかたにまで広がった。妙な細分化のしかたをしているニッポンの音楽シーンのなかで、ポップスはいかにあるべきか。本作が標榜する「ニッポンの洋楽」は、なにより正統的な歌謡曲ということなのかもしれない。本インタヴューは、音楽論にしてクリティカルな文化論、文化論にしてクリティカルな音楽論である。

■入江陽 / Irie Yo
 1987年生まれ。東京都新宿区大久保出身。シンガーソングライター、映画音楽家。学生時代はジャズ研究会でピアノを、管弦楽団でオーボエを演奏する一方、学外ではパンクバンドやフリージャズなどの演奏にも参加、混沌とした作曲/演奏活動を展開する。のちに試行錯誤の末、シンガーシングライターとしてのキャリアをスタートさせ、2013年10月にアルバム『水』を、2015年1月には、音楽家/批評家の大谷能生氏プロデュースで2枚めのアルバムとなる『仕事』をリリースした。映画音楽家としては、『マリアの乳房』(瀬々敬久監督)、『青二才』『モーニングセット、牛乳、ハル』(サトウトシキ監督)、『Sweet Sickness』(西村晋也監督)他の音楽を制作している。

前回のアルバムはアレンジがすごく説明的だったと思います。でも今回は、大谷さんがアレンジにも関わっているので、すべてをやらなくてもいいという気持ちがありました。(入江陽)


入江陽 - 仕事
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『仕事』が店頭に並びはじめていますが、今作の手応えはどうですか。

入江陽:前作からすると、かなりサウンドが変わっていると思いますが、いい進化だったと思いますね。前回のアルバムはアレンジがすごく説明的だったと思います。「こういうリズムの上にこういうメロディなので、こういうコード進行を聴いてほしい」みたいな。でも今回は、大谷さんがアレンジにも関わっているので、すべてをやらなくてもいいという気持ちがありました。

ある部分は大谷さんなどに任せてしまって自分は歌うだけだ、と振り切った感じがあったのですね。

入江:かなりありましたね。

『仕事』は大谷能生さんプロデュースということですが、入江さんは大谷さんに対してどのようなイメージがありましたか。

入江:大学時代に『貧しい音楽』(月曜社)を読んだのが初めてです。大谷さんにはいろんな側面があると思うのですが、演劇の音楽をされているという面が気になっていました。

なるほど。大谷さんは入江さんに対するイメージはなにかありましたか。

大谷能生:ロック・バンドの人ではない、とか? 自分がロック・バンドって未経験で、まわりにもそういう知り合いが少ないので、正直「バンド」がいまだによくわからないんですよね。18~19歳くらいでバンドを組んで、一蓮托生で活動して、アルバムが出せて、小さなバンに乗って週末にツアーに行って、毎週スタジオに入るとか、そういうことをやったことがない。日本の多く――僕の見た感じだと大雑把に言って8割くらい――のインディーズは「バンド」が基本スタイルですよね。で、前作の『水』を聴いたときに、入江くんはいわゆるシンガーとかソロでできる人だと思って、インディではめずらしいんで、そういうタイプの人だったらぼくもいっしょにできそうということで、今回のような組みかたになりました。

『水』を聴いても、入江さんのヴォーカルとコーラスの魅力はすごいですよね。僕自身は、『仕事』はどちらかといえば、R&Bという印象が強いです。現在、インディ・シーンみたいなものがなんとなくあるとして、そこではシティ・ポップのブームなんかも言われますよね。もしかしたら、『仕事』もそのような聴かれかたをする可能性があるかもしれませんし、ライヴハウスなどでバンドと対バンすることもあるかと思います。入江さんご自身は、ジャンルとかシーンとかについて考えるところはありますか。

入江:大谷さんのバンド話にも通じるのですが、最初は人気のあるバンドを聴いて「これいいな」とか「こういう人を呼ぼう」とか思っていたのですが、詳しくなっていくにつれて、自分は“バンド編成でのアレンジやバンドの文化がすごく似合うタイプ”ではないのかも、という疑問も感じていました。もちろん好きなバンドもたくさんあるのですが、良い悪いではなくて、そこにはストライクしていないんじゃないかと強く思いましたね。ただ、『水』を作っているときはそんなに自覚していませんでした。〈試聴室〉さんに声をかけてもらえたことが本当にうれしかったので。

大谷:いまの話は「インディ・シーン」というか「インディ・ロック・シーン」だよね。それで、そのインディーズのロック・バンドのなかに入って、みなさんと仲良くなれるかと言われれば、俺は仲良くなれないんじゃないかなあーと思う。あっちも俺のほうは嫌いだし、用事なんかないと思うし。

入江:いや、そんなことはないですよ。

大谷:そんなことないだろう(笑)。下北のライヴハウスとかで5バンドくらいブッキングされていて、あいだに「大谷能生」って混じっていたら迷惑だと思うよ(笑)。それで20分ずつくらい演奏して、「ありがとうございます」って帰っていくわけでしょう。

入江:たぶん、そうことに違和感を抱えている人も多いと思いますよ。むしろ、そこにどハマりしているバンドやアーティストがいるということはそういう文化が根づいているんだと思います。

大谷:そっちの人はそっちの人で楽しくやっている感じがするね。もう、純文学雑誌みたいな、『早稲田文学』とか? みたいなものに似てるというか、よく知らないけど(笑)。みんながそうならばなんの問題もない。パイがもっと大きくなるといいとは思うけど。

トラック・メイキングの仕事は楽しい。でも、曲のフレームがすでにあって、あとはよく聴かせる、ということだけなので、やることはシンプルですよね。(大谷能生)

今回、大谷さんのプロデュースはどのようなかたちでおこなわれたのでしょうか。曲によってもちがうとは思いますが、たとえばトラックなどはどんな感じで関わったんですか。

大谷:どんな感じだと思いますか?

曲によってちがう印象がありますが、いちばん大谷さんっぽいと思ったトラックは“仕事”ですね。ミックスと音の配置が大谷さんっぽいと思いました。ただ、生楽器のサンプルもあったので、スタジオ・ミュージシャンもいたのかなとか想像しましたね。

大谷:あれは、もともと山田光くんの曲で、彼がやっているライブラリアンズってユニットのアルバムに入っていて、その時点でもう曲がよくできていたので、あまりいじっていないですよ。ちょっとリズムを強くして、ダブステップというか、ちょい前のUKクラブ側に寄せました。だから、リミックスに近いですね。

入江:ちなみに山田くんの原曲はMVがYouTubeに上がっているのですが、それは全部『水』からサンプリングした音でできているんですよ。

大谷:だから“仕事”は、僕のクセはちゃんとつけましたが、山田くんの曲。ビートだけね、自分の感じです。

たしかに、どちらかというとビート感が大谷さんっぽかったです。

大谷:まあ、私のサウンドになってはいますね。

あと、“フリスビー”とかも意外と大谷さん色が強いのかなと思いました。

入江:あれはリフとリズムとメロディだけありましたね。早い曲がなかったので、作ろうと思ってデモを大谷さんにお送りしたんですよね。

大谷:もう少しBPMを上げてもよかったかもね。ちょっとずつ上げたんだけどね。基本として弾き語り+リズムぐらいの曲があって、あとは全部こちらがやりました。トラック・メイキングの仕事は楽しい。でも、曲のフレームがすでにあって、あとはよく聴かせる、ということだけなので、やることはシンプルですよね。もともと曲があるから、無理に捻り出した感じはゼロです。“やけど”とか、デモがよくできていたんで、パラ・データもあったからそのまま素材を使わせてもらったり。

最初に、アルバム全体のイメージなどはあったんですか。

大谷:ないです。だけど、ポップスのアルバムにはしたかった、最低2万枚ぐらい売れるような(笑)。でもそれは、大きなことを言っているわけではなくて、「しっかりしたポップスが欲しいし、そういうものを作ってます」ということなんです。さっきの話ともつながりますが、インディ・ロックだと2万枚ではなくて2千枚ですよね。そこからだと、どうしたってお茶の間までは行かない。「お茶の間」ってもう存在しないと思うんですけど(笑)、基本、わたし、テレビとかラジオで聴ける歌謡曲が好きなんですよね。

その話は個人的にはとてもおもしろいです。芸能が好きか、バンドが好きか、ということですね。

大谷:というより、バンドは芸能のサブ・ジャンルだという感じだね。もちろん、ロックでも好きなものはありますが、入江くんはそういうタイプではないなーと思ってて。でも、ロックをいまやったらおもしろいかもね。考え直した。誰かバリバリの若いロッカーとか捕まえようかな(笑)。なんか、こわれものみたいな人の面倒みたりして(笑)。

なるほど。そういう意味では、大谷さんのキャリアのなかにバンドはなかったんですね。

大谷:ロック・バンドはゼロですね。

オルタナに見られる感じはありそうですけどね。

大谷:オルタナね。みなさんが思っていることとぜんぜんちがうと思いますけどね。日本のポピュラー・ソングは大好きで、その流れのなかで仕事をしようと思っているんです。だから、筒美京平か内田裕也かと言えば、筒美京平ですね。内田裕也はすごく好きで憧れるけど、自分では無理だなという感じ。あんなのマネできないからやめたほうがいいよ。内田裕也のコピーしている人がいたら、すごいかっこ悪いじゃないですか。

入江:「内田裕也じゃなさ」が際立ちますよね。

大谷:そうだよね。「こいつは内田裕也じゃないんだな」ということばかりが目立って、むしろおもしろいかもね。なんにせよ、ポップスの仕事がしたいなあということをつねに思っていて、それはこれからもたぶん変わらないです。そのときに、シンガーとして伸びしろがある入江くんをこっちに引っぱり込もうと思ってはじめたわけです。

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凝っているように聴こえるとしたら、反省しきりですね。自我が出過ぎているということだから。「凝っている」とか「ひねたアレンジ」とか言われると、「しまった!」と思いますね。(大谷)


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僕も『仕事』に対しては、すごくポップな印象を受けました。というか、「このヴォーカルならかなりリズムが凝っていてもポップスになるだろうな」という印象です。『仕事』も、トラック自体はわりと凝っていると思うんですが。

大谷:凝ってる?

途中でリズムが変わるとか、そのレベルですが。あとは、途中でリヴァーブのバランスが変わるとか、4小節だけちがうリズム・パターンが入るとか。でも、こういうリズムの凝りかたって、じつはあまりなされていない印象がするんです。しかも、それなりに尖っているとされているバンドこそ、かなりリズムのパターンが単純だったりする。

大谷:そういうの、全部打ち込みにすればいいのにね。あ、バンドだからダメか。叩いたってことにして、全部切り貼りでやるとか。

入江:メタリカとかグリーン・デイとかって、音のいかつさを出すためにアルバムは打ち込みらしいですね。そういう文化も並行してあるけど、やはり生っぽさが魅力なんでしょうね。

大谷:だから、バンドなんだよ。その人に叩かせなきゃバンドじゃないの(笑)。魂的な部分で。

海外のロック・バンドはわからないのですが、海外のブラック・ミュージックに関して言えば、けっこう複雑なことをしてもポップスとして成立しますよね。入江さんは好きなアーティストにディ・アンジェロの名前を出されていましたが、それこそディ・アンジェロのような人だったら、どれだけ複雑なことをしてもディ・アンジェロの歌になっちゃうわけですよね。そういう歌い手の強みってあると思うんです。一方で、大谷さんがいるから言うわけではないのですが、今年のジャニーズのアルバムはのきなみリズムが複雑化しました。だから、ヴォーカルなりキャラクターなりがしっかりとしていれば、音楽的に複雑でおもしろいポップスはできると思うんです。その意味で『仕事』というアルバムは、ポピュラリティがありつつ、でも細かく聴き込むと、トラックなりヴォーカルの乗りかたなりがとてもおもしろいアルバムだと思います。その点、大谷さんはどうですか。

大谷:まず、ヴォーカルありきで。歌がよく聴こえるようにアレンジしました。でも、俺はトラックが「凝っている」って言われるとよくわからないんだよね。このくらい普通じゃないか、って思う。だから、凝ってないよ。わりとシンプル。まあ、たくさん聴いたなかで、あのアルバムのアレンジが凝っていると言うんだったら、それは、ずっとサイゼリヤに行っている人がロイヤルホストに行って美味く感じる、実際は大したちがいはないけど、みたいなことでしょう(笑)。だから、味が複雑だと言われたら「そりゃそんなもんでしょう」と答えるしかない。もちろん手をかけているのは事実ですけど、それは素材を活かすためです。だからむしろ、凝っているように聴こえるとしたら、反省しきりですね。自我が出過ぎているということだから。「凝っている」とか「ひねたアレンジ」とか言われると、「しまった!」と思いますね。

たとえば、ヴォーカルなしでインストのブレイクビーツとして聴いたら、シンプルなほうですよね。でも、ヴォーカルが乗ったうえで聴くと、複雑だという印象になっちゃうかもしれません。

大谷:そういうふうになるとは思うんです。でも、歌がよく聴こえる状態で「曲を聴くとひねってある」とか言われてうれしいかと問われたらぜんぜんうれしくない。でも、“鎌倉”とかやっぱりリズムが変だから、言われても仕方ないのかなとも思う。ただ、本人としてはこれがいちばんいいと思って作っているので、その意味でシンプルだと思っているんです。

それはよくわかります。僕自身も、入江陽というアーティストのアルバムは、ヴォーカルを売りにしたポップスとしてあってほしいと思っています。だから、「ひねたアレンジ」という言いかたで、いわゆるインディーズに押しこめたくはないですよね。

大谷:70年代後半から現在にいたるまで、日本の歌謡チャートに入っているものは、たぶんワタシ、普通にほぼ聴いているんですよ。誰がなにをアレンジしてなにをしたかということも、あとになってから研究しているんで、だいたいわかってるつもり。筒美京平がどれだけどのように同時代のブラック・ミュージックを取り入れているか、とか、それが75年の時点で日本でどう響いたか……みたいなことに関しては3時間でも4時間でも話せる。超楽しい(笑)。で、90年代まではずっとあった同世代のブラック・ミュージックと緊張との関係が、2000年代に入ってスポッと、日本のメジャーなサウンドから消えるんですよ。あたらしいグルーヴをどう取り入れて、どのように日本のウタものにするか、という工夫とアレンジが聞こえなくなった。しかも、その前の世代である、ジャズ・サウンドとの格闘みたいなものも減ってくるわけです。
たとえば、サザンオールスターズがメジャーになってから、どんどん消えていくラインがある。78年~81年あたりの、歌謡曲とブラック・ミュージックのアレンジが結ばれていた時期というものが、僕にとって印象深いんです。松田聖子が誰のアレンジでなにを歌うとか。しかも、それが商業と結びついていて、けっこう厳しいアレンジがたくさん入っている。僕はいまだに、ああいう状態が戻ってきてくれればいいなと思っている派で、それはバンドじゃ無理なのかなあ、と。サザンとかアルフィーとかは、そういう歌謡曲のなかにいるからわたし的にはOKなわけ。職業作家みたいな人が消えちゃったんですよ。いや、いまでもいるんだけど、その人たちが孤軍奮闘という状態になっている。

職業作家のメンツが更新されていないですよね。

大谷:そう。でも、いまだとアイドルやボカロのほうで、新しい人がどんどん出てきているかもしれない。期待してます。私はどちらかというと職業作家組だと思っているので、入江くんを使ってそういうことをしたかった、というのがこのアルバムのモチヴェーションですね。2014年に男性のソウル・シンガーとして、インディーズでデビューする。そのプロデューサーとして、トラックメイキングをする。韓国には普通にいそうだけど。だからK-POPと同じように、これらの楽曲はなんとかしてポップ・チャートに送りこみたいんですけど、いかんせん、そういう状態には動きにくい状態になっていると思う。「インディ」でという肩書きがついてしまうということは、少し違和感があるうえに、売り手もラクしてるんじゃないか。「小さい箱に入れてるんじゃねえぞ!」という気持ちありますね。まあ、仕方ないんだけどね。音だけ聴いてもらえれば、歌謡曲のラインにつながっているとはわかると思うんだけど。

入江:職業作家について個人的に思うのは、お茶の間のみんなは知らないけど海外にあるおもしろい音楽を伝えていた、ということです。ちょっと斬新かもしれないサウンドを取り入れて紹介するということがあったと思うんです。でも、いまの作家の人がコンペに出すときは、どうやったら使われるかを重視している感じがします。どうしたらバズるか、みたいな。

大谷:自分の好きなことは自分でやろうとか、分けて考えているのもかもしれないけど、それがあまりおもしろくないんだよね。

歌心みたいなものはそんなに強く意識していたことはないです。
響きとかリズムの話なら盛り上がれます。(入江)

Jポップ/歌謡曲という話が出ましたが、リスナーとしての入江さんは、日本のポップスでどういう人が好きだったんですか?

入江:あまり僕は嫌いなジャンルはなくて、思いつくままに名前を出しはじめると、話がなんでもアリになっちゃいそうです。aikoさんとか好きですよ。ミスチルも普通に聴いていたし。でも、どこがすごいと思って聴くか、ということについては、チャンネルが変わっていった気はします。aikoさんとかは、歌が強くて好きでしたね。

もともと、歌モノが好きだったんですか。

入江:もともとは現代音楽がやりたかったんです。たとえば、ラヴェルとかストラヴィンスキーを聴くと、こんなにリズムが複雑なのにどうしてこんなに聴きやすいんだろうとか思うんです。現在は歌モノではなく映画音楽でも、かなり普通の曲が流れている感じがします。もっと、豊かな響きとかいろんなリズムを若い頃から聴いていないと、耳が貧しくなっちゃうんじゃないかとか思っていました(笑)。以前は、そういうことを考えながらインストの曲を作っていました。だから、歌心みたいなものはそんなに強く意識していたことはないです。ただ、オーボエとか他の楽器をするよりも、歌をうたっているほうが音楽のパーツとして生き生きとしているような気がして、歌うようになったんです。
 そういう感じなので、あまり歌手としてどうとか、歌詞をどうしようとか、そういう気持ちはないですね。好きになる歌手の人は楽器として声がいい人なので、そっちのほうが気になっていましたね。歌詞の世界も好きなんですが、トータルのバランスを見ている気がします。aikoさんとか沢田研二とか。ブッチャーズに対してもロック文化に心酔できるわけではなくて、サウンドや響きが好きという感じです。だから、響きとかリズムの話なら盛り上がれます。

大谷:そうだよね。だから、「Jポップでなにが好きですか」という質問自体に違和感があるよ。「今年流行った歌謡曲でなにが好きですか」とかならわかるんだけど。「どのアーティストが好きですか」とか言うけど、ポップスというのは作家じゃないわけ。流行ってそのへんに流れているものでしょう。好き嫌いではなく、あるものというか、覚えているものというか。「ピンクレディーが好きです」という感じが、すでにポップじゃなくて、2000年以降だという感じがする。「Jポップの誰が好きですか」って言われると、「あいつらをアーティスト扱いですか(笑)」と思うわけ。アートはアートで好きだし必要。だけど、チャートに上がっているものは毎日毎日主食のように聴くものであって、メジャー・チャートのサウンドは作家で聴いているわけではない。

誰が流しているのかも誰が歌っているのかもわからないけど流れている、そして、それを好きになる、という状態に対する渇望がわたしにはものすごくある。(大谷)

 Jポップという話になって、なんか、いつのまにかそういう感じがなくなったなあと。「音楽」というのは作家性が強くて、きちんと作ってあって、それを聴いて一生暮らすことができて……というものとして、全部の音楽が「アーティスト」が作るものになった。それはそれでいいですよ。でも、誰が流しているのかも誰が歌っているのかもわからないけど流れている、そして、それを好きになる、という状態に対する渇望がわたしにはものすごくある。現在はそういうことがないから。それがないことに対して、ものすごいイライラするわけ。他の人がイラつかないのが不思議なくらいですよ。「誰々の何々です」とかいう言いかたがあるじゃないですか。そういうのめんどくさい。辛うじて癒してくれるのがジャニーズだけだからね。

入江:ちゃんと作った良いものがヒットすれば、それが売れ線だという方向に文化が変わってきますよね。

その話はすごくおもしろいですね。メジャー・チャートについて作家の話でしか会話できないような現状があって、その状況が気持ち悪いということですね。

大谷:そうそう。「勝新の映画がいいね」っていうのは、単に映画館に行って観ているだけでしょ。やっているから行く、というのが健康なわけですよ。

入江:僕の場合、好きな音楽は全部後追いだったので、そのさびしさはあるかもしれないですね。たしかに自然に入ってくるほうが健全かもしれません。

大谷:子どもの頃に適当に映画見て、頭に残っていて、「あれよかったなあ。なんだったっけ」と思い出したら『E・T』だった、とか。わかりにくいか(笑)。まあ、そういう無意識的なものに対する欲求があるんだよね。だから『仕事』も、そういうほうに向かって作っていました。

そのメッセージは感じましたよ。

大谷:でもそこで、「凝っている」とか「ひねっている」とか言われると、やっぱりダメだったかと思っちゃうんだよ(笑)。もっとスカッと聴けたほうがよかったかなあ、とか。

間違いなく「ポップス」という印象はありましたが、うーむ。

大谷:でも、作家性で音楽を語ることが普通になっていることに対する苛立ちが強いんですよ。

なるほど。僕も芸能文化やノベルティ文化が好きなのですが、そんな自分からしても、『仕事』に対して大谷さんのアーティスト性みたいなものを感じてしまうところがありました。

大谷:そうかあ。それは、こっちの修業が足りないという感じです。

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このアルバムは間違いなくヴォーカルの質感で、入江くんのヴォーカルだけでアルバム一枚作れる。そのくらい強い歌ではあります。(大谷)


入江陽 - 仕事
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でも、それは音楽性だけでなく、もっと全体的な話も含めてだと思います。「大谷能生プロデュース」って大きく名前が出るわけだし。ただいちばん強く思ったのは、最初から言っているとおり、「大谷能生プロデュース」以前にヴォーカルの響きです。それは間違いない。だから、大谷さんがエゴを出してもこのヴォーカルならポップスに昇華できる、という印象ですね。

大谷:コアな部分は、このアルバムは間違いなくヴォーカルの質感で、入江くんのヴォーカルだけでアルバム一枚作れる。そのくらい強い歌ではあります。だから、サザンオールスターズと小林武史じゃないけど、そういう緊張関係はあったと思います。でも、できれば本当は、「入江だから」とか「大谷だから」というのを抜きにして聴かれる状態がベストで。でも、それはいま、どこに置けばいいんだろう。そういうところに置かれさえすれば、いずれ聴かれるだろうという音楽を作っているつもりなんですが。少なくともどの曲も、イントロを聴いて歌まで行ったら、とりあえず最後まで聴けるんじゃないかと。それを、買った人ではなくて、自然に流れているのを聴く人が出てくる状態があれば、俺の言っていることは誇大妄想ではないと思うんだけど。大谷の名前とか関係なしに、入江陽という人の曲として「買ってないけど、これ、なんか聴いたことある」と誰かが言っている状態。それが普通のシングルの状態ですよね。むかしは普通にそうだった。いまは逆になってるんだなあ、とか。

入江:自分の体験としては、CMソングとかがわかりやすいですよね。誰だかわからないけど聴いたことがあるということが、たくさんありました。

大谷:CMの話が来たらすぐやるよ。来たら「全部OK」って言っといて。

このアルバムが変に尖った音楽としてのみ聴かれるのは心配ですね。

入江:だから、「ちょっと尖った音楽もわかる自分が好き」というふうに聴かれたら、嫌かもしれません(笑)。

大谷:でもそこが、現在音楽を買う層になっているんでしょ。パチンコとかで流れているといいよね。「仕事~♪」って(笑)。そういうところでかかっても負けないような、メジャーな音で作ったつもり。

入江:言葉もそういうのを狙っているつもりはあるんですけどね。歌詞も純アーティスティックに内省的なものではなく、ちょっとふざけたりしているんです。

「ちょっと尖った音楽もわかる自分が好き」というふうに聴かれたら、嫌かもしれません(笑)。(入江)

大谷:筒美京平が誰も知らなかったような洋楽のひねったところを持ってきて、沖田浩之とかに歌わせているわけじゃないですか。それの現代版を狙ってはいます。30年前だったらね、こんなこと言わなくても、まずプロダクションの仕事で名前が出ないままアレンジとかプロデュースとかやって、そこでいろいろ無名なままで実験して、で、それから自分の名前で作品を作れるようになるわけですが、その逆コースをやってるわけですよ。遅く来た人の宿命かもしれない。だからアイドルのプロデュース仕事が来たら、全力でやってみたい。そのときに「ひねった」とか言われないで、そのまま受け入れられて、で、ヒットするのがいちばんいいなあと。ここ10年は洋楽の輸入がうまくいってないんですよね。ティンバランドもないし、アリーヤもないし。アメリカの2000年代チャートのトップを取ったところが歌謡曲では全部抜けちゃっていて、EXILEもいまいちだしなあ。

入江:でも、ティンバランドとかアリーヤとか、そういう音楽を好きだと言っている人もけっこういますよね。多くはないのかな。

大谷:ポップスで、好きとか嫌いとかではなくて、そういうサウンドが鳴っていてくれればいいわけですよ。KinkiKidsとかが普通にやっていてくれれば、「これはティンバランドで……」とかわざわざ言わなくても、まったく問題ない。(宣伝資料にある)「日本のヨーガク」というのは、そういう意味で言っています。でもちょっと少なすぎるし、バンド・サウンドが固まり過ぎていて、そういう状態になっていない。したがって『仕事』が特別に聴こえる、というのなら仕方がないということなのかな。

入江:でも、『水』にリズムと音色の要素を注入すると『仕事』になるので、意外とアヴァンギャルドには聴こえないと思います。

大谷:アヴァンギャルドとは言われないでしょう。「ひねった」とは言われていると思うけど(笑)。

『水』はメロディラインに耳が行きました。『仕事』はもう少し、トータルのバランスが気持ちいいですね。

入江:それはうれしいですね。際立たせかたとか余計な成分が入っていたのが、もっと研ぎ澄まされていたらいいなと思っています。

大谷さんが「ヴォーカルありき」ということをおっしゃいましたが、ヴォーカルを活かすときの方法論としては、どのような点が挙げられますか。サウンドの隙間を空けるとか?

大谷:隙間は空けましたが、それよりも、いちばん大切なのは適切なBPMとリズムを考えることですね。

『仕事』は全体的にBPMが遅めだと思いますが、BPMが遅いポップスも現在少なくなっているという印象をもっていました。その意味で、BPMが遅い曲を聴きたかったので、その点もよかったです。

大谷:チャートに遅い曲が少ないから、相対的にかなり遅く聴こえるのか。まあ、BPM100以下の曲が多いんじゃないかな。

歌モノでBPM100以下は、かなり遅く聴こえます。

大谷:歌モノでバラードじゃなくて100以下のグルーヴは、現在ほとんどないですよね。

入江:遅いと粗が目立つし、あとは飽きるリスクを避けているのかもしれません。それから思ったのは、大谷さんが入ってイントロの要素が強くなった気がします。

大谷:イントロは大事だよね。

入江:僕はイントロが作れないんですよ。歌が入るまでの導入をどう作ればいいのかわからなかったので、そこがインストールされた気がしています。“鎌倉”とか“たぶん山梨”とか、イントロがいいですよね。

大谷:そうだねえ。「凝っている」と言われても仕方ないですねえ。

僕が「凝っている」って言っちゃったのが、かなりNGだったみたいですが(笑)。

Kポップはかっこいいよ。売れているのがいちばんかっこいい、という状態がいちばん好きです。(大谷)

大谷:いや、ダメだったのかなって(笑)。べつにダメじゃないんだけどさ。それくらいやらないと気が済まないところもあるかもしれない。ほっといてもあれくらいの曲がチャートで流れるくらいであって欲しいですね。俺、朝起きると、スペシャとかMTVとか毎日観るんですよ。それから『News Bird』でニュースみて、韓国チャンネルに回す(笑)。それで、Kポップからなにから、ずっと観ているんです。

入江:Kポップもいろいろなものがありますが、曲はかっこいいですよね。

大谷:Kポップはかっこいいよ。売れているのがいちばんかっこいい、という状態がいちばん好きです。アヴァンギャルドというか、売れなくても好きな音楽はあるし、自分でもいろんなユニットをやっています。でも、音楽の楽しみはそれだけではない。いちばんたいへんなのは、歌を歌って大ヒットすることなので、せっかく歌をうたうのなら大ヒットしてほしいです。

それで言うと、大谷さんのキャリアのなかで『仕事』という作品はどのような意識で関わりましたか。

大谷:意識はあまり変わってないけど、これまではやったことがないことだったので楽しかったです。これでダメだったら、あとは考えようという感じ。これでダメだったら、という言いかたは入江くんに失礼ですね(笑)。

入江:いやいや(笑)。『仕事』という作品だけでいろんな意図が伝わるかどうかはわかりませんが、そういう人が他にいたりとか別の作品を作ったりとかすることが大事だと思います。

大谷:なにかしらの叩き台にはなると思うよね。

入江:他の音楽とはっきりとちがうというのは伝わると思うんですよね。試聴した瞬間に「なにこれ?」という感じはあると思うので、そこは大成功だと思います。

大谷:それがうまく届くといいですね。まあ、井上陽水の『氷の世界』を目指したんですよ。そういうラインにつながっていけるといいな、と思っています。

単純に日本のポップスにもっとブラック・ミュージックの成分が欲しいですよね。本当にジャニーズしかなくなってしまう。

大谷:そうだね。いちばん黒いのがジャニーズというのは、ジャニーさん的にはどうなんだろうか(笑)。

大谷さんは、現在のアメリカのメインストリームについてはどのような印象を持っていますか。

大谷:2014年はよかったですね。ファレルが頑張ったというのが大きいですが。大きな出来事はなかったけど、オーヴァーグラウンドとアンダーグラウンドが、ものすごく密接になってきていることがはっきりしてきました。だから、アメリカのチャートって一体なんだろうって、考え直さざるをえないような1年でした。
 バンドものはバンドもので売れていましたが、ようするに、どのようにセールスしているのかがますますわからない感じになってきている。U2がiTunesに入れてそのあとに反省した、とかいろんなことがあったわけじゃないですか。そういうのも含め、本当にアメリカは音楽が大衆に求められているのかもしれない、と思った1年です。だから、まだアメリカの音楽はタフだなと思いました。カントリーとかも入ってくるし。アメリカのチャートのシステムがどういうふうになっているかまでは考えていないですけどね。

そこは、また別の水準ですもんね。

大谷:でも、2014年はKポップのほうが興味深かったですね。

それはなぜですか。

大谷:2回も3回も、社会的に大きな事故があったじゃないですか、韓国で。4月いっぱい、なんと一ヶ月も業界自体が自粛していて、ぜんぜん新譜が出なかったっていう。そのとき、毎日歌謡番組の再放送だったんですよ。セウォル号事件から2か月間。それで、そのあとも事件があって芸能界の根幹に関わる状態だったのに、ぜんぜん平気な感じなんですよ。これはどういうことかと思ったら、山のようにバンドとグループがいるのね。歌番組とか素人のど自慢とかもあるんですが、すごいいろんな人が観ていて、本当に2014年の話かと疑いましたね。そんなことをセウォル号事件のニュースを観ながら、しみじみ考えていました(笑)。

音楽がしっかりと娯楽で、ポピュラーソングとして生きているということですよね。

大谷:そうそう。ディズニーランドとか関西のUSJとかは、まだちゃんと人気なわけじゃないですか。そういうものとの闘いですよね。

そのようなポピュラー音楽待望論があるなかで、大谷さんが具体的にそういうものにコミットしたのは初めてですよね。

大谷:初めてですね。依頼もなかったし、今回だって、依頼があってやっているわけではないからね。

聴き手の先入観より先に脳みそに入ってしまうような音楽を目指しましたね。それが驚きでも不快感でもいいのですが。(入江)

入江くんに必要なのは、立って歌って踊ることだよね。急務だよ!(大谷)

入江さんもポピュラーソングであることを意識されていると思うのですが、『仕事』を作っているときに聴き手などは想定していましたか。

入江:音楽に詳しかったり、たくさん音楽を聴いたことがある人が作家的に丁寧なものを人に届けるとき、それを音楽オタクに目配せしながら届けるようなコミュニケーションは避けたいですね。詳しい人にも聴いてほしいし、そういう人とは話も合うんでしょうけど、そういうコミュニケーションに関係なく聴けるものを目指したつもりです。ディ・アンジェロが好きでも、いかにもディ・アンジェロが作りそうな曲とかではなく、なるべくいろんな引き出しを開けて、いろいろあればどれか刺さるのではないかと思っていました。

せまいコミュニティに投げるようなことは、基本的にしたくなかったということですよね。『仕事』を聴いたとき、その意志は本当にびんびん伝わってきました。

入江:それはうれしいです。

大谷:でも俺は今年3月に、大島輝之&大谷能生『秋刀魚にツナ~リアルタイム作曲録音計画』というのを出したけど、あれはべつにチャートにのぼらなくてもなんの問題もない(笑)。売れなければ売れないほどいいかもしれない。〈HEADZ〉さんにはホントに申し訳ないが(笑)。だから、作り手としての立場がまったくちがう。マームとジプシーもちがう。ひとつひとつちがうのはたしかなんです。
たとえば『リアルタイム作曲』は、普通にタワレコで売り場は終わりでいい。マームとジプシーも演劇の現場で売れているようで、それはそれでなんの問題もないんです。でも今回に関しては、セールスは別として、聴き手がなんとなくモヤモヤしたり、売り手がイライラしたり不満足だったり、みんなが「これをなんとか売りたいな」と思ってくれればありがたいです。我々のことが好きな人間だけで消費して終わりましょう、ということになったら、それは作り手の力不足だと思います。これをなんとかエアプレイにかけるためにはどうしたらいいか、というふうになればいいと思いますね。

入江:聴き手の先入観より先に脳みそに入ってしまうような音楽を目指しましたね。それが驚きでも不快感でもいいのですが。

大谷:だから、もう一回聴きたい感じということだよね。ピンクレディーなんて、みんな聴いていたわけだからね。“UFO”なんて、何回聞いても、まだ毎日聴きたくて聴きたくて仕方なかったんだから。

ポピュラー音楽史的に言うと、ここはやはり、振付とか踊りとかが大事じゃないですか。

大谷:そうなんですよ。入江くんに必要なのは、立って歌って踊ることだよね。急務だよ! キーボード弾いている場合じゃない! 3週間くらい合宿して身に付けようか。出てきた瞬間に「おお!」ってなるといいよね。この楽曲に対しては、そういう引き受けかたをしたい。バンっと出てきて客を圧倒して帰ることができれば、また変わってくるかもしれないですね。

入江:もともと歌をはじめたきっかけがそういうところではなかったので、引き受けて行くことの恐怖とかはあるのですが(笑)、たしかにそうしていかないとわかりにくいだろうなとは思います。

大谷:できる! やりなさい!

今回は、予想以上に僕の求めていた方向性だったことがわかってとてもよかったです。

大谷:あとは、「本当は俺のプロデュースじゃなかった!」とかね(笑)。「本当は新垣さんが作っていた!」とか(笑)。新垣さんとは知り合いだから、「作らなくていいので名前だけ貸してくれませんか」ってメールしようかな(笑)。

入江:本当は作っていない、という仕事の依頼はヤバいですね(笑)。

■MV公開中! まったく異なるふたつのコラボレーション

入江陽 - やけど feat. OMSB (SIMI LAB)


入江陽 - 鎌倉 duet with 池田智子(Shiggy Jr.)

interview with Sherwood & Pinch - ele-king


Sherwood & Pinch
Late Night Endless

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 『レイト・ナイト・エンドレス』には姿勢がある。音楽は、時代と関連づけて語られるものであると同時に、何度も繰り返し体験できる楽しみなのだ。ふたりのベース探求者は、アルバムを通して、そう主張している。
 実際、これはクオリティの高いアルバムだ。話題性のみで終わらせないぞと、意地でも良い作品にするんだという気概を感じる。ヴァリエーションも豊かで、ロマンティックな側面もある。以下のインタヴューで本人たちが言っているように、これは、「クラブとリヴィングを繋げる音楽」だ。

 簡単に、ふたりの紹介をしておこう。
 エイドリアン・シャーウッドという人物の名前は、少なくとも5年音楽を聴いたら覚えることになる。それほど彼は、コンスタントに、ポストパンク時代から延々と、スタジオの卓の前に座って、フェーダーやつまみをいじりながらダブ・ミキシングをし続けている。
 音の電気的な加工、あるいはミックスを変えることがひとつの創造行為として広く認識される前から、彼はその技術をジャマイカの一流ミュージシャンに囲まれながら磨いてきた。ジャマイカ大衆音楽、すなわちレゲエは、音のバランスにおいてベースの音量を上げたことで知られている。ことレゲエから派生したダブは、ベース・ミュージックという言葉が生まれる前からの低音の音楽で、ベースの扱いに関しては歴史があり、研究の成果がある。
 シャーウッドは〈On-U Sound〉という主にレゲエ/ダブを出しているレーベルの主宰者としても知られている。いまでこそ白人や日本人がレゲエ/ダブをやったところで文句を言われることはないが、シャーウッドが活動をしはじめた時代は、白人が関わっているだけでレゲエ・ファンから「偽物」と言われていた時代だった。つまり、文化的な観点においても、シャーウッドは先駆者のひとりである。

 いっぽうのピンチ(ロバート・エリス)は、ダブステップ世代を代表するDJ/プロデューサー。人気と実力を兼ね備えたひとりだ。〈Tectonic〉を主宰し、最近では新レーベルの〈コールド〉が話題になった。ちなみに、ピンチがブリストルに生まれた1980年は、シャーウッドが〈On-U Sound〉をスタートさせた年でもある。それは、1958年生まれのシャーウッドが22歳の年で、彼が初期ブリストル・シーンのゴッドファーザー、マーク・スチュワートらと交流をはじめた頃だ。

 まさに親子ほど年が離れ、世代の異なるふたりだが、『レイト・ナイト・エンドレス』には、しっかりそれぞれの長所が出ている。ダブステップ系のグルーヴもあれば、いかにもシャーウッドらしいダブの宇宙とルーツの香気も広がっている。ふたりの調和が取れているのだ。
 それは時代の風向きとも合っている。細分化するダブステップ以降のダンス・ミュージック/商業化されたレイヴ全盛の現代において、足元を見つめる慎重なプロデューサーたちは、自分たちの立ち帰る場所を求めている。ある者はハウスへ、ある者はテクノへ、ある者はジャングルへ、そしてある者はダブへと向かっている。ハウスが来ているように、長いあいだ埃をかぶっていたダブもいま、たしかに来ているのだ。
 が、まあとにかく、今作においてなによりも重要なのは、この作品を家で聴いたときに気分良くなれること。アルバムのなかばあたりのメロウな雰囲気は、とくに素晴らしい。
 力作と呼ぶに相応しい作品を完成させたふたりに、昨年末、スカイプで取材した。

“ムード”を描写してるんだ。このレコードを聴いたら、真夜中のダンスやまったりした雰囲気、そういうのが延々と続くようなムードが反映されてるのがわかると思う。だよな?

通訳:こんにちは。今日は宜しくお願いします。

ピンチ(以下、P):こちらこそ。いま、エイドリアンを呼ぶから待ってね。(スカイプで招待)

エイドリアン・シャーウッド(以下、A):ハロー!

通訳:部屋のクリスマス・デコレーションが素敵ですね。(※取材は昨年のクリスマス前におこなわれた)

A:娘が飾ってくれたんだ。いいだろ?

P:ツリーも光ってるしね。

さっそくいくつか質問させて下さい。「Music Killer」のスリーヴアートは誰のアイデアだったんですか? あのキミドリのスマイリー(の逆の表情)ですが。

P:あれはスポティファイ(※欧米では有名だが、インディ・シーンでは不評の配信サービス)のマークをイメージしたんだ。周りはあんまり気に入ってなかったけどな……

A:でも俺たちは気に入ったから使うことにしたんだ。

P:だね。アンハッピーなスポティファイ・フェイス。

A:ロブとチャットしてて……

P:で、その会話の中であのアイディアが出て来たんだ。

A:そうそう。

P:俺は面白いと思ったんだよね。

A:基本、俺はスポティファイとかそういったものが好きじゃないんだ。それを表現したのがあのマークなんだよ。

P:当時、スポティファイが話題になってたからね。まあ、スポティファイはスポティファイ。好きな人はそれでいいとは思うけど。

通訳:日本って、まだスポティファイがそこまで普及してないんですよ。

A:それはいい。さすが日本だ。先進国だからスポティファイがないのさ(笑)。日本人はいまだにCDやヴァイナルを買うし。

P:デジタル時代になって、音楽は使い捨てになってきてしまってるからね。危険だと思う。CDやヴァイナルを買えば、それを聴こうとする気持ちが強くなると思うんだ。デジタルだと、音楽のチョイスが無限になってしまう。でも形として手元にあれば、それをもっと聴こうとするんじゃないかな。

A:最近は情報が飛び交いすぎてる。音楽もそうだし、だからハイプがすごいんだ。もう誰を信用していいのかわからない。昔はレコード店に行ってオススメを聞いたりしてたのにね。他のアーティストとの交流も前より減ったと思う。俺はプロモーションのために流された情報は信じたくないし、そういういまの時代だからこそ、人の信頼を得ることが大切だと思ってるんだ。ロブと俺のCDは信用できる内容だよ。是非聴いて欲しいね。

『Late Night Endless』というタイトルは、ふたりのセッションのことを喩えているんですか? それとも、この音楽の性質のようなものを表しているのですか?

A:あれは、“ムード”を描写してるんだ。このレコードを聴いたら、真夜中のダンスやまったりした雰囲気、そういうのが延々と続くようなムードが反映されてるのがわかると思う。だよな?

P:だね。本当にそう。あと、俺が音楽を作るのも大抵深夜だし。

通訳:クリエイティヴ・タイムってよくいいますもんね。

P:静かでピースフルだからね。メールを返さなくてもいいし、電話もならないし。夜中って好きなんだ。そういう時間だとマジックも生まれやすいし。

A:このレコードを作ったときも、深夜の作業が多かったよな。

通訳:作業はどうでした?

A:かなり楽しかったよ。自分たちの創造力を探求したんだ。そこからマジックが生まれたし、いつもと違うムードで作れたのがよかったね。

通訳:ロブ、あなたはどうですか?

P:エイドリアンと夜中の2時とか3時まで作業するのは楽しかった。作業する度にどんどん楽しくなっていったんだ。

先に出たふたつのシングルがわりとダブステップ(ベース系)のマナーで作られていましたが、今回のアルバムで予想以上に音楽性が幅広くて驚きました。ピンチにしたらフロア向けの曲はたくさん作っているわけで、このプロジェクトでのアルバムにおいては、クラブ・リスナー以外の人たちにも届けたいという気持ちがあらかじめあったのだと思いますが、いかがでしょうか?

P:2枚のシングルは、もう少しダンスフロアを意識して作ったんだ。でも今回のはアルバムだから、リスナーをさまざまなエナジーへと誘い込む音楽の旅を作る事ができた。だから、いろいろな幅広いサウンドを取り込むことを意識したんだ。それが出来るのがアルバムの特権だからね。

A:このレコードを聴いたら、完璧な真夜中のレコードっていうのがわかると思うよ。家でも楽しめるし、すごく瞑想的であると同時に、クラブでプレイすることも出来る。そんなレコードなんだ。

P:だね。

A:クラブとリヴィングを繋ぎたいんだ。俺が作って来たレゲエのレコードもそう。サウンドシステムでもスピーカーでも楽しめる作品。僕とロブは、ダンス・フロアのムードを持ちつつ家でも楽しめる作品を完成させることが出来たと思う。

P:エンジニアが、ダンスフロアでもプレイしたくなるインパクトを音に加えてくれたと思う。それもあって、ベースのフィジカルなインパクトを持っていながら、音の深さや緻密さも持ったレコードが出来たんじゃないかな。そのふたつのレベルを兼ね備えてる。だからサウンドシステムでも楽しめるし、ヘッドフォンや家で注意して聴きながら音の細かさを楽しむことも出来るんだ。

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クラブとリビングを繋ぎたいんだ。俺が作って来たレゲエのレコードもそう。サウンドシステムでもスピーカーでも楽しめる作品。僕とロブは、ダンス・フロアのムードを持ちつつ家でも楽しめる作品を完成させることが出来たと思う。


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今回エンジニアにベルリンのダブプレート&マスタリング(のラシャド・ベッカー)を起用していますね。

P:俺はラシャドの大ファン。彼は俺がシャックルトンとやったアルバムを手掛けてくれたんだけど、そのときにすごく良いエンジニアだなと思って。忙しすぎてなかなかつかまらないけどね(笑)。

通訳:じゃあ、ピンチが彼にオファーしたんですね?

P:そうだよ。今回もすごく良い仕事をしてくれたと思う。

A:かなりね。

通訳:制作中に会うことは?

A:俺は会ってない。

P:彼はベルリンに住んでるから、こっちに呼んだり会いに行くよりデータを送った方が安いんだ(笑)。

1曲目の“Shadowrun”のビート、細かいエフェクトは、まさにシャーウッド&ピンチですね。お互いの特徴がうまく混ざっている曲のひとつですが、これを1曲目にすることに迷いはなかったですか?

P:トラックの順番がすんなり決まるってことはまずない。でも“Shadowrun”に関しては、最初に持ってくるのがいいんじゃないかって、しっくりきたんだよね。曲の順序ってすごく大事なんだ。音楽の“旅”を作るのにはそれがすごく重要だから。
(エイドリアンがクリスマスの飾りの人形をカメラの前で左右にいったり来たりさせる)

通訳:何してるんですか(笑)?

A:いや、旅っていうから漂わせてみたんだ(笑)。……このトラックは、他のトラックと比べてもっとS&Pっぽい自然なトラックだったからね。まずそこから入っていって、期待以上のものに入っていくっていうのが良いと思った。今回は、境界線を越えて、たくさんの面での可能性を探求したんだ。もっとお決まりのこともやろうと思えば出来たけど、でも、自分たち自身もいつも以上のことに挑戦したかったんだよね。“Bring Me Weed”や“Music Killer”みたいな(フロア向けの)曲だらけのアルバムは作りたくなかったんだ。
 例えば、俺の前回のアルバム『Survival & Resistance』と比べると、このアルバムには全く違うフレイヴァーが詰まってる。このアルバムでは、俺とロブのアイディアや音の調和が探求されてるんだ。それが出来たことをすごく誇りに思う。妥協することなく、ふたりの融合によって新しいものを作り出すことが出来た。だから新鮮なサウンドでもあるし、10年経っても飽きないレコードが完成したと思うよ。

P:本当にタイムレスな作品だと思う。未来的とかそういうのでもなくて、特定の時期に当てはまらない作品を作りたかったんだ。ある意味、参考となっているのは〈On-U Sound〉や俺のダブステップの背景だけど、同時にそのどのサウンドでもない。その要素の間を自由に動き回ることが出来るというか。そういう作品がこのアルバムなんだよ。

まさにその通りで、曲ごとに趣向が違っていて、聴き応えのあるアルバムですよね。たとえば、“Wild Birds”みたいなエレガントな曲は、アルバムの目玉のひとつだと思うんですが、この曲に関してコメントください。

P:そういってもらえると嬉しいね。

A:どのトラックだって?

P:“Wild Birds”だよ。

A:ああ、あれか。

P:俺はあのトラックが大好きなんだ。

A:あれはアシッド・トリップみたいな音楽だな。ダブ・チューンだと思う。セットの最初に流す、みたいな感じだな。

P:だな。ムードを変える曲だね。1年くらい、自分のDJセットの最初に、この曲の初期のヴァージョンを流してたんだけど、すごく良かったんだ。その部屋にどんなエナジーやムードが出来ていても、この曲をプレイするとパッと雰囲気が変わる。リセットボタンを押してる感じ。いちから新しいエナジーを生み出していくんだ。大好きなトラックだね。トリッピーなヴァイブがあって。

“Wild Birds”におけるふたりの役割をそれぞれ教えて下さい。

P:俺が自分で作ったリズムやサウンドをエイドリアンに持っていって、そこから何を乗せることが出来るかを探していったんだ。スキットを入れたり、ピアノやサンプルを加えたり。で、それをアレンジした。で、そのあとエイドリアンがデスクでボタンをいじりながら魔法をかけてくれたんだ(笑)。

A:ははは(笑)

“Stand Strong”も素晴らしい曲ですね。メロウでエキゾティックな歌とパーカッションが魅力的だと思いました。歌っているのではどなたですか? 

P:あれはTemi(テミ)だよ。

通訳:『Ten Cities』(※〈サウンドウェイ〉からのコンピレーション)で一緒にやったTemi?

P:そう。俺がラゴスに行って、テミと何曲か作業してたんだけど、そのときたまたまこの曲の初期のヴァーコンのインストが手元にあって、それにヴォーカルを乗せてみれくれないかと彼女に頼んだんだ。そしたらそれが最高でね。ふたりとも結果に大満足で。彼女はナイジェリアのヨルバ語で歌ってるんだ。
 先にインストのアイディアがあって、彼女がその上から歌って、そこからまた音を変えていって。声やムードがインストにフィットしたんだ。嬉しかったね。君がパーカッションを魅力的と言ってくれてよかったよ。あのバランスをとるのにすごく時間をかけたから(笑)。

A:ははは(笑)、かな~り長く(笑)。

通訳:どれくらいかかったんですか(笑)?

P:思い出したくもないよ(笑)。エンドレスだったから(笑)。

通訳:今後、共演するヴォーカリストは増やしていきたいのでしょうか?

A:イエス。ロブはこれまでに俺と同じくらい様々なアーティストと作業してきたし、彼はテミを始めとするいろいろなヴォーカリストとの作業を楽しんで来た。既に共演したことのあるヴォーカリストももちろんいいけど、他のヴォーカリストも含め、いるかロブとヴォーカル・アルバムを作れたらいいなとは思うね。可能性はあるかも。

P:だね。

通訳:どんなヴォーカリストとコラボしたいですか?

A:マイケル・ジャクソン。

P:エルヴィス。

A:エルヴィスいいな。

P:ジョン・レノン、ジミ・ヘンドリックス(笑)。

通訳:亡くなってないとダメなんですか(笑)?

A:ははは。世の中には素晴らしいヴォーカリストがたくさんいるからね。このアルバムにはテミやビム・シャーマンなんかが参加してくれているけど、彼らとまた作業したいとも思う。やっぱり、内面でも繋がりを持てる人間とコラボしないと。今回も、だからこそチームとして良い仕事が出来たと思うし。

P:たしかにそうだ。

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本当にタイムレスな作品だと思う。未来的とかそういうのでもなくて、特定の時期に当てはまらない作品を作りたかったんだ。ある意味、参考となっているのはON-U Soundや俺のダブステップの背景だけど、同時にそのどのサウンドでもない。その要素の間を自由に動き回ることが出来るというか。


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このアルバムの「アフリカ」について訊きます。“Africa 138”という曲がありますよね。ピンチには、2009年の“カッワーリー(Qawwali)”という、アフリカンなリズムを披露した人気曲があります。

P:あれは、アフリカンというより、スーフィーが参考になっているんだ。スーフィーっていうのはスピリチュアルな音楽のフォームで、“カッワーリー”はヴォーカル・ベースの音楽なんだけど、“カッワーリー”全体のポイントが意識なんだ。スピリチュアル・メディテーションみたいな。そのアイディアやムードが好きで、自分と音楽のスピリチュアルな繋がり、みたいなものを元にしてヴォーカルなしで書いたのがあのトラックなんだよ。

通訳:そうなんですね。で、質問なんですけど、エイドリアンには『スターシップ・アフリカ』というクラシックがありますよね? つまり、お互いの音楽に「アフリカ」はこれまでもあったと思いますが、今作においても“Africa 138”があります。

A:すべてのリズムはアフリカから来てるんだよ。ロブはラゴスに行ってたくさんの若手アーティストたちと出会ってるし、テミもそのひとり。ロブのパーカッションのほとんどもアフリカンだし、興味深いビートのほとんどはアフリカから来てるんだと思う。あそこが起源なんだよ。

P:俺はポリリズムが好きなんだけど、ダンス・ミュージックの面白い面の多くがアフリカのパーカッションに通じてると思う。ローランド808を見てみても、あのサウンドのほとんどがアフリカのパーカッションを基に作られてるしね。モダンなものとして受け入れてるけど、実はアフリカの伝統的なフォームが基になってる。ダンス・ミュージックに限らず、音楽におけるアフリカのパーカッションの影響はすごく深くて浸透してる。それと離れて音楽を作る方が無理ってくらいさ。

通訳:あの曲はどのようにして生まれたんですか?

P:“Africa 138”は最初の方に作った品のひとつ。そこから変わっていったんだ。いろいろな面白いリズムさサウンドのコラージュみたいな作品だと思う。

A:あれは、元々は俺がビム・シャーマンと一緒に何年も前に作っていたトラックなんだ。

P:だから最初に作りはじめて、時間があったからこそどんどん変化していった。

では、“Run Them Away”はどうでしょう? これはもう、エイドリアンらしいルーツ・レゲエを基調にした曲ですが、この曲にはメッセージも込められていますよね? 

A:あの歌詞は、最近世界を操ってるバカな奴らを排除しようっていう内容なんだ。彼らが何をやってるかとか。

ベース・ミュージックとルーツ・ダブとのミックスということについては、かなり意識的に取り組んだのでしょうか?

A:俺たちは、あまりそのふたつを違うものとして捉えてないから……ダブステップがシーンに来たとき、すでに好きな音楽だったから、俺にとってはすごく良かったんだ。ジャングルもそうだし、すぐに繋がりを感じることが出来たんだ。ロブもそうだと思う。ルーツを辿ると同じだから、ダブステップやベース・ミュージックは好きだね。俺にとっては、すべてが調和してるんだ。トーンやパワー、マイナーコード、それが全部重なった音楽が好きなんだ。同じだから、1972年~1973年のルーツ・ミュージックとコンテンポラリーなベース・チューンのバック・トゥ・バックは自然なんだよ。“Run Them Away"も、すごく自然に出来たしね。

“Gimme Some More”はベース系のリズムで、とくにダブの強度が強い曲ですが。

A:君が言うように、ダブの強度が強いトラックではある。ロブが最初にリズムを作って、そこから俺たちで色を加えていったんだ。このトラックは、どちらかというとロブが率いた作品で、そこに俺がアイディアやオーバーダブを加えていった。

P:俺が作ったものはすべてデスクに行って、エイドリアンの魔法の手にかかる。だから、必ずダブの要素は入る。このトラックには、ダンスフロアの良いグルーヴが入ってると思う。だからそこまでルーツは感じないけど、ダブとのコネクションは確実にあるトラックだと思うよ。

“Different Eyes”も面白いリズムなんですけど、この曲のメロディラインは、ルーツ・レゲエ的で、しかしビートがハイブリッドですよね。

P:このトラックは、90年代初期のブリストルを感じさせるんだ。俺が昔から聴いてきた音楽でもあるし、ルーツっぽさももちろんあるけど、この曲はもっとヒップホップ・クオリティが強い。

A:これは、アルバムのなかでも一番ダブステップなトラックだね。

“Precinct Of Sound”のような、敢えてクラシックなダブステップ・スタイルを使いつつ、エイドリアンのスペーシーなダブ・ミキシングが活きている曲も面白いですね。

P:Andy Fairley(※かつてON-Uからアルバムを出している)のヴォーカルが少し入ってるんだ。彼は多分、クラシックなON-U Soundのヴォーカルだから、それをもっとコンテンポラリーな環境におとしこむのことは意識したね。自分の初期のダブステップの作品とか。すごくパワフルな作品が出来上がったと思う。

ああいうミキシングはスタジオで一発録りなんですか?

A:ノー(笑)。完璧な作品を作りたくて、何度もミックスしたんだ。たくさんのアイディアを何度も試したんだよ。

P:アルバムには、オンもオフも含めて制作に2年かかったんだ。だから、書いたけどアルバムに使わなかったトラックもたくさんある。出来が悪かったからじゃなくて、アルバムのムードにフィットしなかったからっていう理由でだよ。トラックとトラックの繋がりは大事だから。最終的には269くらいミックスがあった(笑)。

A:ははは(笑)。

P:ムードを繋げるっていうのがチャレンジだったし、かなりの時間を費やしたから、皆にはそれを評価して欲しいな(笑)。

通訳:是非、CDを買って何度も聴いて欲しいですね(笑)。

P:2枚買って、1枚は母親にあげて(笑)クリスマスだから(笑)。

「Bucketman」とか、「マリワナ」とか「スモーキング!」とか、笑える声ネタもありますが、こういうのはエイドリアンが集めて来るんですか?

P:あれはダディ・フレディだったよな?

A:そう。いつも人がスタジオに出入りするから、そういうレコーディングを録リためておいているんだ。あれは2、3ヶ月前に録ったダディのヴォーカル。最近のなんだよ。かなり前に録ったものもいくつかあるけどな。ダディのヴォーカルは使ったことがなかったから、今回使ってみることにしたんだ。アルバムにすごくフィットするだろうと思ってね。

絶対に笑いながら作っていたと思うんですね。

A:毎回笑いが耐えなかった。レコーディングのプロセスは、クリエイティヴでありつつ、マジックでありつつ、そして何より楽しくないといけない。だから仕事と思わずに楽しめるのさ。スタジオの時間は楽しい時間でなきゃ。ロブとはそれが出来てる。彼と作る作品だけじゃなくて、制作過程にも感謝してるんだ。

通訳:どんな風にリスナーには楽しんで欲しいですか?

P:聴くにふさわしいシチュエーションはたくさんあるよ。夜中に聴くのがいいかもね。ムードがいいから。でも、どこで聴いていてもそういうムードに導いてくれると思う。とにかく、あまり先入観をもたずに耳をすまして欲しい。少なくとも、2~3回は聴いて欲しいな。

A:ロブが言ったように、毎回プレイするたびに違う何かを発見して欲しいね。たくさんレコーディングしたし、ミックスしたり、いろいろなものが詰まってるから。だから家でも楽しめるし、クラブでも楽しめるんだよ。

ピンチにとって、このアルバム制作はどのような意味を持つのでしょう? 

P:たくさんある。自分が昔から聴いてきたエイドリアンの素晴らしい音楽でもあるし、そこからさらに音を探求するっていう素晴らしい経験だった。これは彼との作業という経験のシンボルだし。楽しい時間も含め、すべてがポジティヴな経験だよ。

ダブを長年作ってきたエイドリアンとの作業は、ピンチのダブステップの解釈にも影響を与えましたか?

P:エイドリアンが俺のダブステップの見方を変えたとは思わない。俺たちは、自分それぞれが持つ要素を使って音楽を作ってるだけだから。

〈コールド〉で試みているテクノ・サウンドとこの作品とはどのように関連づけられますか? 

P:うーん……関連はとくにないよ。“Shadowrun”にはちょっとその要素が見られるかもしれないけど、他のトラックはとくにそういうのはないと思うな。

エイドリアンにとってこのプロジェクトは、どのような意味を持ち、今後、どのようにご自身のキャリアに活かされるものなのでしょう?

A:ロブに出会えたことは本当に嬉しいんだ。俺は常に自分が共感出来る何か新しいもの、新しい才能を探しているからね。彼はまさにそういう存在なんだ。世の中、才能のある人間はたくさんいるけど、メンタリティが合わないことも多い。でもロブとは共感が出来るから作業が楽しいんだ。共通点もあるし、互いの創造力をエンジョイしてる。ロブは若くて才能があるから、一緒にいてプラスだらけなんだよ。良い人間と働けば、それが作品に反映される。ロブでもプリンス・ファーライでも(笑)、良い環境で作ることが大事だからね。それ以上のものはない。だから本当に彼と作業が出来てハッピーなんだ。ギグも、レコーディングも、ただ飲みにいくだけでも、彼と一緒ならすべてが楽しみになるんだよ。

P:たしかに。

客観的に見て、『Late Night Endless』はダブ・ミュージックを更新できたと思いますか? 

P:更新とか、あまりそういうのは考えてない。未来に進もうとか、未来のことを考えたりはしてないんだ。俺たちは、ただ昔からのサウンドのインスピレーションを使って、いま自分たちが楽しめるものを作ってるだけだから。

通訳:もし、『Late Night Endless』のライバルがいるとしたら、何(作品名/アーティスト名)だと思いますか?

A:『サージェント・ペッパー』だな(笑)。

P:同じだったり似たレコードは他にはない。2015年に買うべき唯一のアルバムさ(笑)。

こだま和文 - ele-king

 最近何が驚いたかって、ぜんぜんダブのイメージのないパンダ・ベアがキング・タビーからの影響を取り入れたらしい新作を発表するかと思えば、Back To Chillのレーベルを始動させたゴス・トラッドがいまだからこそダブのベースの凄みを強調しようとする。UKでは、エイドリアン・シャーウッドとピンチは世代を超えたダブ・アルバムを作って、リリースしたばかり。そして日本のダブの先駆者、こだま和文が還暦を迎える。1月29日には、その一大イベントが開かれる。ここしばらく「ダブ」というキーワードは表だってこなかったけど、これは、ダブの季節の到来、本当にあるかも。

  以下、リキッドルームからの熱いメッセージです。

還暦のエコーこだまする宴へ

 30年以上にわたるエコーの連なりをこの国の音楽シーンに響き渡らせ続けてきた男、こだま和文。還暦を迎える、現在もそれは継続した響きの連なりを 持っている。ミュート・ビート、世界初のライヴ・ダブ・バンドとして東京の音をひとつ、1980年代に前進させた。これを発端にして、そして“レゲエ” や“ダブ”という言葉を外しても、彼がいなければ、果たしてこの国のアンダーグラウンドからポップ・ミュージックにいたるまで、それらがいまと同じ形に なっていったかというのを考えるばかりである。ソロ・アーティストとしても数々の名作を残し、1990年代以降から現在にいたるまでの中心的プロジェク ト“DUB STATION”での、ある種、ヒップホップやベルリンのリズム&サウンドやミニマル・ダブへの回答のような、そのスタイルは唯一無二の存在感を放ってい る。そして、フィッシュマンズのファーストなど、プロデュース作においても、やはりその動きはこの国の音楽シーンに消せない刻印をくっきりと残している。 新作が待たれるばかりだが、ライヴや客演での活動は、いまだ活発だ。

 先ごろ、ミュート・ビート以前の、これまで謎の多かった、その若き半生を綴った近著『いつの日かダブトランペッターと呼ばれるようになった』が刊行されたばかりだが、こだま和文がこのたび還暦を迎える。

 この日、これまで共演や客演などでそのリスペクトを示してきたEGO-WRAPPIN’、bonobos、ORESKABANDなど、その遺伝子を 持つアーティストたち、そして後期ミュート・ビートのメンバーでありこだま和文の朋友、故江戸アケミ率いるじゃがたらでもキーボードを務め、先ごろ円熟の ソロアルバム『遠近(おちこち)に』をリリースしたばかりのキーボーディスト、エマーソン北村も出演。

この宴、祝う。

▼EGO-WRAPPIN’
1996年 中納良恵(Vo、作詞作曲)と森雅樹(G、作曲)によって大阪で結成。2000年に発表された「色彩のブルース」や2002年発表の「くちばしにチェ リー」は、多様なジャンルを消化し、エゴ独自の世界観を築きあげた名曲として異例のロングヒットとなる。以後、作品ごとに魅せる斬新な音楽性において、常 に日本の音楽シーンにて注目を集めている。2014年5月には、オダギリジョー主演テレビ東京系ドラマ24「リバースエッジ 大川端探偵社」の主題歌・劇中歌、エンディングテーマの3曲を収録した、New Single「BRIGHT TIME」をリリース。
https://www.egowrappin.com

▼bonobos
2001年結成、2003年『もうじき冬が来る』でメジャー・デビュー。レゲェ/ダブ、ドラムンベース、エレクトロニカ、サンバにカリプソと、様々なリズ ムを呑み込みながらフォークへ向かう、天下無双のハイブリッド未来音楽集団。ROCK IN JAPAN、FUJI ROCK FES、RISING SUN ROCK FESなど、毎年数多くの野外フェスに出演し、ライヴ・バンドとしても確固たる地位を築いている。他アーティストへの楽曲提供、演奏サポートなど、それぞれ のソロ活動も精力的に行われ、2010年にはvo.蔡、dr.辻ともにソロアルバムも制作/発表。2014年3月5日には6thアルバム『HYPER FOLK』をリリース。さらに8月20日には初のライヴ・アルバム『HYPER FOLK JAMBOREE TOKYO.1/2』をライヴ会場限定販売にてリリース。
https://www.bonobos.jp

▼ORESKABAND
2003年に大阪・堺にて結成し、ライブを中心に活動するガールズ・ブラスロックバンド。3Rhythms&3Hornsの楽器構成。The Specials から絶大な影響を受けており、結成当初からスカバンドとして活動してきたが、活動を続けていくにつれて、2トーンをより精神的なものとして捉え、音楽のス タイルやジャンルをさまざまな方向に広げ、より自分たちらしい音楽を追求するようになる。2008年に全米46都市ツアーを行ってから、精力的に海外と日 本での活動を続けている。
https://www.oreskaband.com

▼エマーソン北村
ミュージシャン。オルガン・シンセを中心とする鍵盤演奏及び作編曲を行なう。ニューウエーブのバンドで音楽活動を始め、「ワールドミュージック」全盛 の’80年代末、JAGATARAとMUTE BEATに参加。’90年代前半にはライブハウス「代々木チョコレートシティ」及びそのレーベル「NUTMEG」においてあらゆる個性的な音楽、特に初期 のHip Hopやレゲエの制作に関わる。その後忌野清志郎&2・3′sを皮切りにフリーのキーボードプレイヤーとして活動。ロック畑からオルタナティブな 分野まで、音数は少ないが的確な演奏と音楽を広く深く理解する力によって、インディー/メジャーを問わない数多くのアーティスト・バンドをサポートしてき た。また、レゲエの創成期からジャマイカで活躍したミュージシャン、ジャッキー・ミットゥーの音楽を出発点としてリズムボックスと古いキーボードによるイ ンストゥルメンタル音楽を作っており、「エマソロ」と呼ばれる一人ライヴを全国各地や海外で展開している。2014年7月、オリジナル曲を中心としたソロ アルバム『遠近(おちこち)に』を、自身のレーベルからリリース。
https://www.emersonkitamura.com

▼松竹谷 清
1957年、北海道・札幌市生まれ。80年代から90年代初頭 に掛けて”TOMATOS”のリーダーとして活躍。メンバー には、じゃがたらのNABE CHANG(Bass)、EBBY(Guitar)や ミュート・ ビートの松永孝義(Bass)、今井秀行(Drums)ら が在籍。TOMATOSは、80年代にじゃがたら、ミュート・ ビート、S-KENと共にTokyo Soy Souceというライブ・イ ベントを企画、 シリーズ化して、それまでの日本のロック とはまた違った新たな音楽シーンを作った。彼らの活動が ベースにあった上で、後にリトルテンポやフィッシュマン ズが生まれた といっても過言ではない。又88年には、ス カの創始者ローランド・アルフォンの初来日公演 “Roland Alphonso meets Mute Beat”でサポート・ギタリストとし て参加、 後世に語り継がれる感動のライブとなった。その 後、ローランド・アルフォンとは2枚のアルバム 『ROLAND ALPHON SO meets GOOD BAITES with ピアニ カ前田 at WACKIES NEW JERSEY』、『Summer Place』を 一緒に作り、リリースした。
近年は、”吾妻光良&The Swinging Boppers”、“西内徹バ ンド”、“松永孝義”のアルバム等に参加。その天真爛漫 な存在感、ブラック・ミュージックの粋なエッセンスを日 本語に 置き換えた唄は、キャリアと共により味わい深さを増している。

▼こだま和文
1981年、ライヴでダブを演奏する日本初のダブ・バンド「MUTE BEAT」結成。通算7枚のアルバムを発表。1990年からソロ活動を始める。ファースト・ソロアルバム『QUIET REGGAE』から2003年発表の『A SILENT PRAYER』まで、映画音楽やベスト盤を含め通算8枚のアルバムを発表。2005年にはKODAMA AND THE DUB STATION BANDとして 『IN THE STUDIO』、2006年には『MORE』を発表している。プロデューサーとしての活動では、FISHMANSの1stアルバム『チャッピー・ドント・ クライ』等で知られる。また、DJ KRUSH、UA、EGO-WRAPPIN’、LEE PERRY、RICO RODRIGUES等、国内外のアーティストとの共演、共作曲も多い。現在、ターン・テーブルDJをバックにした、ヒップホップ・サウンドシステム型のラ イブを中心に活動してしている。また水彩画、版画など、絵を描くアーティストでもある。著述家としても『スティル エコー』(1993)、『ノート・その日その日』(1996)、「空をあおいで」(2010)『いつの日かダブトランペッターと呼ばれるようになった』(2014)がある。
https://echoinfo.exblog.jp

主催:上村勝彦
企画:上村勝彦
協力:LIQUIDROOM

2015.01.29
OPEN / START 18:00 / 19:00
ADV / DOOR ¥3,500(税込・ドリンクチャージ別)

LINE UP
EGO-WRAPPIN'、bonobos、ORESKABAND、エマーソン北村、松竹谷 清、こだま和文
*エマーソン北村の一人ライヴ「エマソロ」は開場時に行われます。

TICKET
チケットぴあ [250-653] ローソンチケット [74120] e+ LIQUIDROOM 12/13 ON SALE

INFO
LIQUIDROOM 03(5464)0800


interview with Panda Bear - ele-king

 2000年代のUSインディを代表するバンド、いやむしろ2000年代をUSの時代にしてきたアーティストたちを象徴する存在ともいえるアニマル・コレクティヴ。その双輪として彼らの音楽を駆動してきたのは、現在はそれぞれソロとしても活動しているエイヴィ・テアとパンダ・ベアという対照的な才能である。  といった説明はもうとくに不要かもしれない。いまではパンダ・ベアの新作、というだけでじゅうぶんに盤を手にする理由になる。そうなるだけの作品を彼は残した。『パーソン・ピッチ』(2007年)──かの逸盤はさきの10年のシーンに広がるサイケデリックの大きな水脈の上流にあって、それいちまいでチルウェイヴの胎盤にもなったのだ。

 その彼ことノア・レノックスの5枚めとなるソロ・アルバムはその名も『パンダ・ベア、死神に会う(パンダ・ベア・ミーツ・ザ・グリム・リーパー)』。「死神」にはリテラルな「死」ではなく、「その存在がなくなってしまう前に新しい何かに変化する」イメージが重ねられていると彼は話してくれた。かたちを変えて続いていく命というモチーフは、そもそもアニマル・コレクティヴと名乗る彼らの中に共通する感覚なのかもしれないが、とくにレノックスには色濃いように思う。

 もしあなたにとっての「アニマル・コレクティヴ」が、たとえば『フィールズ』の“グラス”や“パープル・ボトル”のエクスペリメンタリズムだったとしたら、あなたが聴いているのはおそらくエイヴィ・テアだろう。『センティピード・ヘルツ』(2012年)なども筆者からすればエイヴィ色の強いアルバムという印象だ。対して『キャンプファイア・ソングス』(2003年)や『サング・トングス』(2004年)などはパンダ・ベアの息づかいを強く感じる。というか、実際に息が……ノア・レノックスの声がたっぷりと注ぎ込まれたアルバムになっている。
 テアが吹き込むのが瞬間的な生命感の横溢だとすれば、レノックスが吹き込むのはまさに彼のロングトーンそのものともいえる、連続的な息=生き。いま子どもを育てる時間の中で、生活がふたつあるように感じるという彼は、今作において、そのいくつもの命の重なりをヴォーカルの層となして水平に広げていく。彼のいう死=変化はあくまでそのなかでゆっくりと生起していくのだと感じる。大鎌を手にするおどろおどろしいはずの死神は、いまはまるでそれを櫂のようにあやつり、なめらかに時を運んでゆく水先案内人のよう。“トロピック・オブ・キャンサー”などに感じるのは、そうした水平方向への流れをもったサイケデリアだ。かつてはループのなかに夢と無限を見出していた、ミニマルな彼の音楽性は、もしかするとここでひとつの方向をめざしてリニアに延びていくという無限を得たのかもしれない。年齢をかさねてパンダ・ベアが出会ったのは、むしろ生きることをみちびく死神……「思ってねーよ」って言われるとしても、そこはそう、空想したい。

■Panda Bear / パンダ・ベア
米NYを拠点に活動するバンド、アニマル・コレクティヴの中心的メンバーのひとり、パンダ・ベアことノア・レノックス。アニマル・コレクティヴとして現在までに9枚のスタジオ・アルバムを、パンダ・ベアとしては4枚のソロ・アルバムを発表。ソロの3作めとなる『パーソン・ピッチ』(2007年)は米音楽批評サイト「Pitchfork」の年間チャートにおいて第1位を獲得するなど、個人のキャリアにおいても高い評価を得ている。

僕にとって、プロデューサーという面でいちばん強く影響されているのは確実にダブ・ミュージックだからね。


Panda Bear
Panda Bear Meets The Grim Reaper

Domino / ホステス

Indie RockPsychedelicAmbient Pop

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今作は『キング・タビー・ミーツ・ロッカーズ・アップタウン』や『オーガスタス・パブロ・ミーツ・リー・ペリー・アンド・ザ・ウェイラーズ』からインスピレーションを得たアルバムだとのことですね。ダブに接続する要素は『パーソン・ピッチ(Person Pitch)』の頃から強かったと思いますけれども。

ノア・レノックス:『パーソン・ピッチ』にかぎらず、ダブとの接続は毎回あると思うよ。僕にとって、プロデューサーという面でいちばん強く影響されているのは確実にダブ・ミュージックだからね。ああいうタイプのサウンドを聴いて以来、自分が唯一プロデュースしたと思えるサウンドが、ダブのようなサウンドだったんだ。

意識的にダブに接近するのは今回がはじめてではないと。

レノックス:はじめてではないね。でも、今回が他の作品よりも影響が濃く出ているっていうのはあるかもしれない。前からやってはいたけど、もっとわかりにくかったんじゃないかな。リヴァーブやディレイは普段から使っているし、そういった部分は自分にとってジャマイカのプロデューサーとのリンクなんだ。

そうしたプロデューサーたちの作品とはどのように出会って、どのようなところに惹かれたのでしょう?

レノックス:はじめて出会ってから馴染むまでには、じつは時間がかかっていて。18歳のとき、当時いっしょに住んでたルームメイトがダブの大ファンで、彼が聴いてたのを耳にしていたときは、僕はあまり理解できなかったんだ。で、彼があるときキング・タビーの『ルーツ・オブ・ダブ』っていうレコードをくれて、それをヘッドフォンで聴きながら歩くようになってからすぐにファンになった。ダブの深いベース音やザラついたハイハットとスネアのコンボ、リズムやサウンドが大好きになって、すごく特徴のあるサウンドだなと気づいたんだ。ちょっと湿ったような、雨っぽいフィーリングがあるところが魅力的だったんだよ。

今作はリズムが強調されたアルバムでもあると思います。わたしは“シャドウ・オブ・ザ・コロッサス(Shadow of the Colossus)”や“ロンリー・ワンダラー(Lonely Wanderer)”など、過去作もふくめあなたの3拍子や8分の6拍子の曲が大好きなのですが、こうした曲はメロディからできるのでしょうか?

レノックス:今回のアルバムに収録された曲に関しては、最初にできたのはリズム。あとはインストやアレンジを経て、いちばん最後にメロディができるっていうプロセスだった。
 僕がよくやったのは、最初にドラム、そしてシンセのようなインストのサウンドを作ったりサンプルを作って、そこからそれをレゴのブロックのように組み立てていくっていうやり方。その組み合わせ方に変化を加えていくんだよ。基本的には、音を何度も聴いて、そこに小さな捻りや変化を加えていった。で、そうしていくうち、何ヶ月も後になってやっとメロディが頭に思い浮かびはじめるんだ。望遠鏡で何か遠いものを見ていて、焦点が合わないとボヤけてはっきりと見えないでしょう? 最初はそんな感じ。でも、要素や色がわかってくるとはっきりはっきりとイメージが見えてくる。そうやってメロディができていくんだよ。ゆっくりとしたプロセスの中で、メロディやリズムや歌詞がナチュラルに浮かんできて、自然と形を成していく。僕は、あまり計画をたててメロディを作ることができないんだ。曲ができ上がるまで待たないといけないんだよね。

ゆっくりとしたプロセスの中で、メロディやリズムや歌詞がナチュラルに浮かんできて、自然と形を成していく。

テクノなどはあまり聴かれませんか?

レノックス:よく聴くよ。ダブと同じくらいインスピレーションを受けてる。ハウスのような、他のフォームのダンス・ミュージック、クラブ・ミュージックよりもテクノを聴いてる。ヒップホップもそうだね。そういった音楽にはつねに影響を受けてるんだ。

ダフト・パンクとのコラボレーション曲(“ドゥーイン・イット・ライト(Doin' it Right)”)は16ビートでしたが、リズムにおいて意識したことや、新しく気づいたことはありましたか?

レノックス:作っていくうちに、ブレイクを使うことにフォーカスを置こうという方向性がだんだん見えてきた。リズム的に、もっと揺れるような、力のこもりすぎていないものを作りたいっていうのもあったね。リズムに関して意識したのはそこ。あとは、僕は普段から、典型的ではないちょっと変わったリズムを作るのが好きなんだ。

今回の録音はさまざまに場所を変えて行ったそうですね。『パーソン・ピッチ』などには「ベッドルームの中で世界を体験する」というような感覚があるのですが、今作は「いろいろな場所でただひとつのノア・レノックスを体験する」というアルバムのように感じました。複数の場所で録音したのはなぜでしょうか?

レノックス:レコーディングではなくて、いろいろな場所で曲を作ったんだよ。ほとんどは家で作って、その他はツアー中。何度か家を引っ越したりもしたから、それで点々とした感じになる。引越しのたびにスタジオをセットアップしてね。あるときはビーチの近くに住んでいて、そこのガレージにスタジオを作って作業していたし、街に住んでいたときは、そのアパートの地下室にスタジオを作って作業をした。あとは、ツアー中のホテルだね。たくさん移動していたからそうなったんだ。
 最終的なレコーディングはちゃんとした場所でやりたかったから、自分の場所ではなくて、ヴィンテージの機材や何百ドルもするギアがある場所を借りたよ。そういう環境はいままであまりなかったけど、ずっとやってみたいと思っていて、今回やっと着手したんだ。

普通のピアノには聴こえないからもしれないけど、あれが僕がアルバムのなかでいちばん気に入っている楽器の音色だね。(“クロスワーズ”)

前作にひきつづいて、プロデューサーにソニック・ブームを迎えていますが、彼と試した音作りやアイディアでとくに印象深いことはどんなことですか?

レノックス:ピートは、サウンドを普通では思いつかないような場所に持っていってくれるんだ。彼は普通とはちがう何かを感じとれる。人の耳をくすぐるというか、そういうサウンドを作ることができるのが彼。ピートにはいろいろな才能があるけど、その部分は僕なんかよりかなり優れていると思う。彼の才能の中でも、目立ったクオリティだね。

今回もサンプラーを中心とした曲作りでしょうか。生音の素材がもちいられることが減ったようにも思いますが、いまの録音スタイルについて教えてください。

レノックス:サンプラーを中心としたっていうのは、もちろんこのレコードと『パーソン・ピッチ』をつなぐ要素ではある。でも、『パーソン・ピッチ』のほうがもっとそれに徹していたね。マイクを使ったのはヴォーカルを録るときだけで、あとはすべてハードウェアやコンピュータの中で作業したから、ライヴ・サウンドは本当にわずかだったんだ。『トムボーイ(Tomboy)』はその逆で、ライヴ・パフォーマンスが多かった。全部にマイクを使ったわけじゃないけど、より多くギターの生演奏が使われているからね。
 今回のレコードに関しては、マイクが少ないという点では『パーソン・ピッチ』に帰還している。でも、今回はパーカッションは自分でやったりしてるから、そこはちがうんだ。

一方で、くるみ割り人形のサンプリングなど、ブラスやハープ、ピアノなども中盤では印象的に登場します。楽器の音色としてもっとも好きなものは何ですか?

レノックス:“クロスワーズ(Crosswords)”っていう曲があるんだけど、あれを作っていたときはスタジオにグランドピアノがあって、あのピアノ・パートが“クロスワーズ”の曲の印象を変えたんだ。それまではなかった「個性」を曲に吹き込んでくれた。普通のピアノには聴こえないからもしれないけど、あれが僕がアルバムのなかでいちばん気に入っている楽器の音色だね。

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今回初めて意識したのは、「自分についてだけを書かない」ということだった。それは、いままでのどの音楽ともちがう。

“ミスター・ノア(Mr Noah)”とはあなたのことですか? ファンキーで、タイトな生ドラムも入り、アルバムのなかではもっともやんちゃなグルーヴを感じる曲ですが、あなたのドラマーとしてのアイデンティティが反映されていると捉えるのは的外れでしょうか?

レノックス:そう。自分のことだよ。セルフ・ポートレイトみたいな曲。ドラマーとしてのアイデンティティか……考えたことなかったな。リズム的にはかなりシンプルだと思うけど。

今作中、もっともパーソナルだと思われる曲と、もっとも自分のこれまでのアーカイヴから離れていると感じられる曲を教えてください。

レノックス:今回初めて意識したのは、「自分についてだけを書かない」ということだった。今回は、自分だけの考えや経験とはちがうものを書きたかったんだ。それは、いままでのどの音楽ともちがう。もちろん、曲を書きはじめるときは自分の考え方や経験からスタートするけど、そこから歌詞にひねりを加えたり、フレーズを変えたりしていった。今回は自分のことに関しては語りたくなかったから、みんなが経験したり、誰でも考えるようなことにフォーカスしたんだ。誰もが抱える問題や葛藤、喜びとかね。自分以外の人と、よりコミュニケーションがとれるように。

詞の内容に引っぱられて作られた曲はありますか?

レノックス:それはないね。クールだなと思うアイディアを見つけて、曲の一部で使おうかな、と思うこともある。でも、詩を書いてそこから曲を作るってことはまずない。さっきも言ったように、僕はその方法がわからないからね。

『Panda Bear Meets The Grim Reaper』というのは、とても可愛らしい、愉快なタイトルだと思いました。あなたにとって「The Grim Reaper(死神)」とはどのようなものですか?

レノックス:このアルバムはコンセプト・アルバムではないんだけど、このタイトルは文字通りの「死」を意味しているんじゃなくて、変化を表しているんだ。何かが変化して、その存在がなくなってしまう前に新しい何かに変化する、みたいな。今回のアルバムの曲がそんな感じだからね。永遠になくなってしまうんじゃなくて、変化して生まれ変わる、というか。

このタイトルは文字通りの「死」を意味しているんじゃなくて、変化を表しているんだ。

死神、精霊、生物(Animal Collective)、あなたにまつわる音楽にはそうした自然と超自然のモチーフがとけあって存在していますね。きっとあなたにとって親しいイメージであり、あなた独特の生命観なのだと思いますが、そうしたものに向かうルーツはどんなところにあったと思いますか?

レノックス:自分たちも動物だからだと思う。僕たちもそういったものの一部だから。だからそういったことについて考えるし、音楽にも反映されるんだと思う。動物が持つ衝動と人間の衝動には似ている部分もあるし、逆に動物だけが持つ能力もあるし。人間って路頭に迷ったりするけど、動物は天真爛漫だったり。そこが魅力的なんだ。

あなたのソロ作品はアートワークも素晴らしく、いつも何らかの象徴性をそなえた、とても喚起的なヴィジュアルが用いられていました。今回はうって変わって、タイポグラフィ的なものになっています。これにはあなたからのディレクションがあったのですか?


『Panda Bear Meets The Grim Reaper』のジャケット

レノックス:そうだよ。でも、あれを作ったのはピートの友人のマルコ。ピートと僕のツアーのポスターを作ってくれたのが彼で、そのデザインがすごくよかったから、彼にいくつかデザインしてみてくれと頼んだんだ。そしたら、すごくたくさんアイディアを送ってきてくれてね。その中から、いちばん印象的だったものを使うことにした。他のも素晴らしかったから、そのうち使うと思う。タイトルの単語の頭文字を取って使う(PBMGR)っていうのは僕のアイディアだったけど、あとは全部マルコがデザインしてくれたんだ。

以前にもインタヴューさせていただいたことがあるのですが、そのときあなたは、ポルトガル(ヨーロッパ)は古い歴史を持っていて、アメリカが新しい国だと感じるとおっしゃっていました。ヨーロッパに住まうことで、音楽の歴史性を意識することはありますか?

レノックス:いまはインターネットがあるから、どこからでも、何にでもアクセスできる。だから、どこに住んでいようと何かに影響されずにはいられない時代だと思う。自分のオリジナルだと思っても、それは必ず自分が触れたことのあるものからきているわけだしね。

土地のトラディショナルな音楽から影響を受けることはありますか?

レノックス:住んでいれば触れてはいるから、もちろん影響はされていると思う。でも、自分がどう影響されているのかはわからない。何かに影響されていたとしても、それをコピーしようとは思わないし、その影響が反映されていることに気づいたら、そこに必ず変化を加えるようにしてるんだ。

新しい音楽に触れるのはインターネットを通してであることが多いですか?

レノックス:そうだね。あとは友だちはまわりにいる人たちから情報をもらったり。

業界にいると、情報量がすごそうですね。

レノックス:そうなんだ。音楽に詳しい人がまわりにたくさんいてくれてラッキーだと思う。

『ヤング・プレイヤー(Young Prayer)』や『パーソン・ピッチ』に戻るという意味ではないのですが、次はぜひアコースティックな作品を聴きたいです。いかがでしょう?

レノックス:ははは(笑)。ギターと自分でツアーしたいっていう夢はあるんだ。いまは、機材をいくつも運んで移動するのが面倒くさくて(笑)。だから、バンドとギターでツアーするのって魅力的なんだよね。いつか実現させると思う。いろんな意味でやりやすいと思うから(笑)。

生活がふたつある感じかな。ひとつは自分のためで、もうひとつは他人のため。親になると、世界がガラっと変わるよ(笑)。

差支えがなければ教えてください。お子さんは家庭教育と学校教育のどちらでお育てになりたいと思いますか?

レノックス:状況によるね。あとは教師がどんな人かによる。どちらも善し悪しがあると思うから、本当にそのときの環境によると思う。僕の子どもは一人はあまり社交的じゃないから、そういう場合は学校にいってそういうスキルを身につけるのもいいと思うし、もう一人はその逆だから、まわりにある学校の環境や教師によっては家庭教育もいいかもしれないし。場合によるね。

前作のジャケットでは聖母が涙を流していましたが、あなたにとって「父」というとどんな存在で、どんなモデルやイメージを思い浮かべますか?

レノックス:それはつねに変わるんだ。父親になる前はぜんぜんちがうイメージを持ってたけど、なってからそれは変わったし、いまだに変化しつづけてる。まだ自分でもわからないんだ。状況によって変わるんだよね。子どもがいるといないじゃ、生活の視点がまったくちがう。自分の人生を生きているのに、そうじゃないというか……(笑)。生活がふたつある感じかな。ひとつは自分のためで、もうひとつは他人のため。親になると、世界がガラっと変わるよ(笑)。自分は学校に通っていなくても、通っているリズムで生活するわけだからね。

interview with Nagisa Ni Te - ele-king

  その起源を80年代の京都のアンダーグラウンドに持ち、2000年代においては「ローファイ」や「うたもの」として、〈Oz disc〉のサンプラー『so far songs』などによって提示された新しいインディの価値観を象徴し、〈ジャグジャグウォー(Jagjaguwar)〉からパステルズまでを日本のシーンにつないだバンドとしても記憶される、渚にて。2008年の『よすが』より6年、「また正月かあ!」と口をついて出るほど時の流れははやく、この間育児という経験もへてあらたに音楽と出会い直したというその中心人物・柴山伸二の、いまの暮らしと音について、湯浅学が訊ねる。(編集部)

柴山伸二、竹田雅子の夫妻を中心として活動するロック・バンド。柴山は80年代には高山謙一や頭士奈生樹らが結成したバンド、イディオット・オクロックのメンバーとして京大西部講堂を中心としたライヴ活動を展開し、自身では〈オルグ・レコード〉を立ち上げ、ハレルヤズ名義でソロLP『肉を喰らひて誓ひをたてよ』をリリース。92年にレコーディングが開始され、95年に完成をみる渚にて名義でのファースト・アルバム『渚にて』には、頭士奈生樹、工藤冬里も参加し、99年には『Wire』誌による〈ドミノ・レコーズ〉のサンプラーに工藤のMaher Shalal Hash Bazの作品と並んでハレルヤズ「星」のパステルズによるカヴァーが取り上げられるなど活躍のステージを広げた。つづく2001年の『こんな感じ』以降は米〈ジャグジャグウォー〉からも共同リリースがつづき、2014年には2008年依頼6年ぶりとなるフル・アルバム『遠泳』が発表された。


レコーディングも子どもの夏休みがはじまるまでに終らせなければいけなかったんです(笑)。


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湯浅学:今回、渚にてのアルバムは計画的に作ったの?

柴山伸二:なかば計画的にですね。子育てが一段落してからはじめたので、6年ぶりというのも必然というか(笑)。子どもがひとりで自分のことができるようになった段階で、練習とかライヴができる状態に回復したという感じです。

湯浅:曲は作り溜めとかするんですか?

柴山:しないですね。何か設定されないと曲が出てこないんです。たとえばライヴをやるとか、レコーディングを年内にしなきゃいけないとか。宿題と同じで、締切とか目標がないとダラダラしてしまうんです(笑)。

湯浅:じゃあ、今回は発売を先に決めていたんですか?

柴山:発売が決まったのは後です。レコーディングがいつ終わるかハッキリとしなかったんですよ。作業を進めて、めどがついた段階で発売日を決めました。レコーディングも子どもの夏休みがはじまるまでに終らせなければいけなかった(笑)。子どもを見送ってから、午前中はスタジオに入って、学校が終わるまでにスタジオから帰ってこなければいけなかったという。だから、毎週午後3時までには帰宅していました。それが2月から7月までの足掛け半年くらいですね。

湯浅:今回、サウンド的なテーマや目標みたいなものはあったんですか?

柴山:サウンドの方向性はいつも同じなんですよ。90年代からそれは一貫しているつもりです。変わるのはスタジオの機材くらいで、目指している方向はつねに一点だけなので。僕は70年代っ子なので、黄金期のピンク・フロイドとかザ・バンドとかのやり方を自分なりに応用してみたり。まあ、勝手に肩を並べたい、という気持ちで。

湯浅:77年くらいまでですかね?

柴山:70年代前半までですね。ピンク・フロイドで言えば『狂気』までです(笑)。

湯浅:そうしたら73年(笑)?

柴山:そうなんですよ。ちょうど中高生くらいのとき。一枚のレコードを2ヶ月くらい毎日聴いていました。それとはまた別枠で76年以降はパンクの影響も入ってきますよね。70年代前半プラス76年以降、みたいな。パンクだったらジョイ・ディヴィジョンあたりまでだから、ディス・ヒートまでっていう感じですね。そう言うと「あ、そうですか」で終っちゃうんですけど、言わないと誰もわからないんです(笑)。

湯浅:そんなことはないと思うけど。でも、渚にてを聴きつづけていないとわからないと思うんですよ。

柴山:昔から聴いてくれている人はどんどん消えていってますけどね(笑)。

湯浅:最近の作品から聴きはじめた人と、昔の作品から聴いている人に接点はあるんだけど、感覚がズレちゃうところがあるらしくて。

柴山:それはいつの時代でもあると思いますよ。いまバンドをやっているような人はジミ・ヘンドリックスも後追いで、もちろん聴いたのは死んでからだし。ドアーズやビートルズでさえ全盛期はリアル・タイムでは知らないわけで。まぁ、僕は青盤赤盤世代ですから、それで聴いてどの曲がどのアルバムに入っているのかなってレコード屋さんで探して。それで『サージェント・ペパーズ』からさかのぼって聴く、みたいな。山本精一くんも検索すればボアダムズとか出てくるけど、いまはそういうイメージの人じゃないでしょう? 渚にても同じように、さかのぼって関心を持ってくれる人も少なからずいると思うんですけど。


僕は70年代っ子なので、黄金期のピンク・フロイドとかザ・バンドとかのやり方を自分なりに応用してみたり。まあ、勝手に肩を並べたい、という気持ちで。

湯浅:渚にてを聴いていると、歌詞の出発点で言葉をどのように紡いでいるのかなって思うんですよ。なんかこう、ある日閃いている感じもするし。

柴山:それもあります。ほとんどは子どもと散歩してるときとか、仕事中にちょっとずつ思いついたものをメモしてまとめて、っていう感じです。「紡ぐ」というのはまったくないですね。

湯浅:題名を先につけて詞を書くっていうのはないんですか?

柴山:タイトルをつけるのは最後ですね。まず歌詞の内容ができあがってから、タイトルを考えます。

湯浅:順番だと曲が先だと?

柴山:そうですね。まず、曲の一部となるメロディができてきて、そこから引っ張り出してくるみたいな感じです。その過程で、土台を忘れないようにフレーズを当てはめながら、残りのメロディを引っ張り出すというか、捻り出すときもありますけど(笑)。それである程度出てきた時に使えるものが採用になる。あとはギターでコードを付けて、という作業ですね。

湯浅:コード進行からメロディを作るんですか?

柴山:そっちの方が少ないです。ギターで遊んでいるうちにというのは珍しいんですが、今回のアルバムにはいくつか入ってますよ。2曲めの“まだ夜”はギターからできたやつですね。コード進行が先にできて言葉をつけていくというのは、普段あんまりないです。

湯浅:じゃあ、メロディがまず最初に浮かぶんですか?

柴山:そうです。急にサビが出てきて、あとでその前後の様子を探るというか。それとも、イントロの最初のメロディがパッと浮かぶか、その2パターンあるんですよ。それがだいたい半々くらいの割合です。

湯浅:タイトルとメロディと詞の3つがあるんですけど、題名が並んでいて、アナログ盤だと最初から聴いて……となる。だけど、CDって意外とランダムに聴けちゃうというか。

柴山:買って初めに3曲めから聴く人とかいますかね? ダウンロードとか?

湯浅:たまにそういうのがあるんですよ。題名で検索して聴いちゃった人もいるし。タイトルと詞の内容がかけ離れていると、かえって喜ばれることがあるらしい。それはほとんど例外的な話なんですけどね。だけど、基本的に詞ができて歌ができて曲ができて、タイトルをつけるにあたっては、詞のテーマと曲全体のイメージとのどっちを優先されるんですか?

柴山:どちらも同じですね。表現したい曲のイメージと、具体的にどういう言葉を選択するかをどこまで追求するかですよね。自分の中でのリアリティというか。これしかない、というところまで考えるという作り方ですね。

湯浅:今回のって、というか毎回そうなんですけど、作り込んでいったあとに、引き算で少し抜いた感じがするんですよ。

柴山:それは音に関してですか?

湯浅:いや、全体的に。歌詞とか。抜いたというか、ここを少し待とうというか。間合いが少し柔らかいというか。

柴山:それはたぶん、歳を取ってきたから(笑)。よく言えば余裕のようなものが出てきている気がしますね。今回の新作の曲も、おととし子どもが4才になって昼間は幼稚園に行って家にいない時間ができてやっと作れたんですよ。ふたりだけで育児をしていたので、その時を待ってました(笑)。子どもは双子で、幼稚園に上がるまでは24時間つきっきりで。おむつが外れるまでは音楽もクソもありませんでしたね。最初の1年はギターをぜんぜん触らなかったから、左手の指先がふにゃふにゃになってしまいましたよ(笑)。
 それでやっと幼稚園に上がって、とりあえず半日は家に子どもがいないので、その間にリハビリを兼ねてギターを練習してみたんですけど、昔の自分の曲のコードがなかなか思い出せなくて(笑)。レコードを聴くほうは夜中にコソコソとやっていたんですが、4年間曲作りはゼロだったんです。でもそれが案外いい方へ出たというか。しまい込んでいたギターを押し入れから出してきて子どもがいないうちに触ったら、「こんないい音がするんやな!」と、自分でギターを再発見してしまったというか。それまで1年以上はギターに触りもしなかったので。ちょっとした浦島太郎状態でしたね(笑)。

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しまい込んでいたギターを押し入れから出してきて子どもがいないうちに触ったら、「こんないい音がするんやな!」と、自分でギターを再発見してしまったというか。

湯浅:それで新鮮さはあるんですか?

柴山:さすがに何年か触らなかったから新鮮さはありましたね。で、最初にできたのがタイトル曲の“遠泳”で、歌詞もほとんど悩まずに自然と出てきました。次はこうだな、っていうのがわかったんです。誰かが用意していてくれてたのかなって思いました(笑)。ライヴのほうも妊娠中期くらいから休んでいたので、5年ぶりくらいにそっちの方も再開したんですよ。そのときは活動休止以降の新曲だけでやって、昔の曲はアンコールで2曲やっただけでした。

湯浅:ライヴのときは子どもをどうするんですか?

柴山:最初は地元の大阪でしかライヴができなくて、しかもランチ・タイムで12時半スタートっていう(笑)。妹が車で来られる距離に住んでいるので来てもらいました。妹はとっくに子育てが終わっていて、いちばん上の子はもう就職してたから、時間の余裕があったんですよ。だから妹に子守りをしに来てもらうという(笑)。妹にはなついていたので安心できました。妹に朝9時に家に来てもらって、僕は午後4時までに帰ってましたよ。妹も5時までには帰って晩ご飯の支度をしなきゃならなかったので(笑)。

湯浅:そういう生活上の縛りがあったほうが、やることがまとまるのかもしれませんね。

柴山:メリハリがつきますね(笑)。いい意味で緊張感が生まれる。まだ小学1年生なので、夜のライヴはちょっとできないんですよ。発売記念だけはしょうがないから東京で夜にやりますけど、どうしても一泊になるのでそのときは妹に預けて、次の日夕方の明るいうちに帰るっていう(笑)。

湯浅:1年生だとあと10年はかかりますよね。

柴山:ライヴの会場にはまだ連れて行けないですよね。小学校高学年くらいになったら、いっしょに行こうと思います。中学くらいまでは厳しいかな。

湯浅:中学くらいになれば、行きたい時に行けますけどね。坂本慎太郎くんの子どもが中学2年生で、オシリペンペンズのライヴを観に来ていて、このあいだ会いましたけど。好きな音楽も選べるし、自分のオヤジの音楽聴いているって言ってたよ。それでペンペンズのファンだから来たって言ってました(笑)。

柴山:ペンペンズの方が好きなのかな(笑)。


使う単語が歳をとって簡単になっていると思います。自分で漢字で書けないものは使わない、みたいな。

湯浅:ところで、生活のなかで詞を書いていくにあたって、やっぱり昔使っている言葉と、いま使っている言葉って少しちがうっていうのはあるんですかね?

柴山:多少はちがうと思いますけどね。

湯浅:それは意識的に変えていくってことかな?

柴山:使う単語が歳をとって簡単になっていると思います。自分で漢字で書けないものは使わない、みたいな。

湯浅:それは俺もよくわかります。

柴山:「喪失感」とかね。「喪」が書けない(笑)。

湯浅:でも若い頃って、けっこう無理して難しい言葉を歌おうとしていたってことないですかね?

柴山:ありますよ。はっぴいえんどの悪影響を受けて。国語辞典を引っ張り出してきて「寂寥なんです」なんて歌詞を作って真似事をしていた時期がありましたね(笑)。これはオフにしといてください(笑)。

湯浅:何かこう、到達しない部分もあると思うんですが。

柴山:歌詞がですか?

湯浅:いや、音楽全体で。つまり、昔は無理してやっていたけど、いまでは多少はできる部分もあるんじゃないのかなって思うんですよ。

柴山:いまは逆です。昔できていたことがいまはできない(笑)。高齢化とともに、記憶と体力が衰えましたね。やっぱり50歳を過ぎたあたりから。歌詞を全部暗記できなくなったとか。20年前は全曲普通に暗記してやっていたのに、いまは譜面台を置かないと歌詞が途中で出てこない(笑)。

湯浅:あれは一回置いちゃうとだめですね。

柴山:昔はなかったんですけどね。だんだんできないことが増えている(笑)。で、その中で必要に追いやられてシンプル化が進められてきたという感じです。退化していっているような。

湯浅:やり過ぎない部分というのもあるのかもしれないですね。結果的になのかもしれないけど。

柴山:音楽的にも歌詞にも、よく言えば無駄が無くなってきたというか。ハッタリをかます必要性が無くなってきたというか。やっぱり30代くらいまでは虚勢を張ってみたりだとか、ありましたね。


音楽的にも歌詞にも、よく言えば無駄が無くなってきたというか。ハッタリをかます必要性が無くなってきたというか。

湯浅:柴山さんにもあります?

柴山:ありますよ。誰にでもあるんじゃないですか? 「お前らにこれがわかるか?」みたいなハッタリをぶつけたい衝動が。

湯浅:それはありますけどね。

柴山:村八分的な。「今日はのらないし、やめるわ」みたいな(笑)。

湯浅:ははは(笑)。あれなんか、憧れがあるんですか?

柴山:ちょっとやってみたいなと思いますよね。でも、あれはチャー坊だからサマになるんで(笑)。

湯浅:真似しても、今日は具合が悪いのかなって思われたりして。

柴山:次に会ったとき「スイマセン」って謝ったりして(笑)。そういう憧れみたいなものもだんだんとなくなってきたりして、自分のスケールも「まぁ、こんなもんなんだな」みたいな(笑)。よくも悪くも自分に見切りがつくようになってきたというか。でもまぁ、できることとできないことは、人それぞれにあるものなので。自分には何十行もあるような歌詞は作れないなとか(笑)。昔に比べたら、やっぱり言葉数は少なくなりましたね。だけど、ちょっと尺が長くなりました。短い曲が減って、5分以上の曲がほとんどになって。年寄りの話は長い、みたいな(笑)。

湯浅:でも一音一音の間合いが長いというのはあると思うんですけどね。

柴山:でもそれは自分ではよしと思っていますけれどね。長くなったといっても無駄があるわけではないので。ギター・ソロとか回数が決まっているんですよ。“残像”とかはライヴで長くなる余地が残っているので、レコーディングでは詰めましたが、ああいうのも別にここまで短くしてもなんの支障も出ないというか。“残像”はCDだと10分程度なんですけど、ライヴだと15分以上とかになります。

湯浅:そうですよね。スタジオだとまとめるほうへ行きますよね。

柴山:CDは2枚組にはできないんで、70分くらいには押さえなきゃいけないという。

湯浅:まぁでもアナログなら確実に2枚組だから。

柴山:だからアナログを出してほしいんですけど、2枚組がネックになってディレクターから返事がこないという(笑)。

湯浅:2枚組はジャケ代がかかりますからね。

柴山:CDなんか出さないで、アナログとダウンロード・チケットのセットを販売したらどうか、と提案したんですけど、返事がなかったですね(笑)。やっぱりニール・ヤングとかそういうクラスじゃないと無理かな?

湯浅:アナログにCD付録がいちばんいいですね。

柴山:CDは売れないって、売る方も買う方も言っているのに、なんでCDを出すんだっていう気もしますよ。

湯浅:そうですね。アナログを作る人がもう少し増えたらと思いますけど。化成(東洋化成)しかないから。

柴山:国内一社だけで値段が決まっちゃってますからね(笑)。一時期、東欧のプレスが運賃考えても安く作れる、というんで流行ったこともあったけど。

湯浅:なんかヨーロッパのプレスって音が悪いんだよな。

柴山:コストは安くても、再生ビニール使っている感じがしますよね。東洋化成さんにもうちょっと値段を安くしてもらって(笑)。

湯浅:立ち会いもできるし、環境はいいんだけどね。あれは独禁法に触れないのかな(笑)。

柴山:文句言う人が誰もいないんですね(笑)。

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音はフォステクスのシブイチの8チャンネル(笑)。それしかスタジオになかったんです。


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湯浅:これはアナログ録音で?

柴山:リズム録りはアナログです。オープン・リールのテープを回しました。それで重ね録りをプロ・トゥールスでやりましたね。

湯浅:音は何チャンネルで録っているんですか?

柴山:音はフォステクスのシブイチ(4分の1インチ幅のテープを使用する)の8チャンネル(笑)。それしかスタジオになかったんです。

湯浅:よくありましたね。

柴山:エンジニアの私物です(笑)。

湯浅:テープは使い回し?

柴山:僕が持っていた6ミリのテープを押し入れから引っ張り出してきて。昔、テープをまとめ買いしていた時期があって。ピース・ミュージック(中村宗一郎氏のスタジオ)でやっていた時はアナログ録り、アナログ落としだったので。その頃に箱買いしていた6ミリテープの余りを発見して、それを使いました。大阪のスタジオで録った『よすが』の時はオタリのアナログ・マルチ・レコーダーのテープ2インチ幅の24トラックを使ったんですけど、渚にてが使ったのが最終稼働だったんですよ。今回もオタリで録ろうとしたらピンチ・ローラーのゴムが変形していて、使えない状態だったんです。エンジニアの人がスタジオのオーナーに修理を打診したんだけど、だめでした。「プロ・ツールスで全部できるんだから経費のことを考えろ」と言われて。
 それで諦めかけたら、エンジニアの人が学生時代に宅録で使っていたフォステクスが動くかもしれない、となって。持ってきてもらったらギリギリ使えたんです。それで今回のベーシックのドラムとベース、ギターの録りは4分の1インチの8トラックなんですよ。これは専門的な話でそれこそ『サンレコ・マガジン』(サウンド&レコーディング・マガジン)向けかもしれないんですけど……2インチ幅の24トラックのオタリはSNが非常によくてヒス・ノイズもほとんどないから、ノイズ・リダクションがなくても使えるほどなんです。非常にハイファイで硬質な音で、逆に言うとデジタル的なぐらいクリーンな音質。業務用マルチ・レコーダーの国産では最高峰。対して、今回使ったのは民生用のフォステクスでしかも83年製……! しかもシブイチで(笑)。フル・デジタルは回避したかったので仕方なかったんです。ダメもとで、もし途中で壊れたら諦めるかってやってみたら、トラブルがなくて全曲録れたんですよ。一応、業務用レコーダーと比べたらヒス・ノイズも多いのでドルビーだけは使いましたけど。で、録ってみたらテープの幅が狭いのが影響して、すごくいい結果が出たんですよ。いわゆるテープ・コンプレッションが、テープ幅の狭い分だけ極端にかかったんです。悪く言えば強い音が潰れかけてるんですけどね。

湯浅:俺はあの感じが懐かしいと思いました。

柴山:ベースのブイーンと鳴るときの音なんかね。あれは全部テープ幅の狭さによってできたものです。聴いてみたら、これは2インチのときよりも迫力があるよなって(笑)。メンバー全員一致でこれでいこうってなりました。

湯浅:そういう事情があったのか。

柴山:だからフォステクスの民生用の8トラックのオープンリール・レコーダーが出発点でした。


よく言われました。「これは今年の録音なんですか?」って(笑)。

湯浅:ギターはあとで?

柴山:重ねたギターはプロ・ツールスでやりました。基本的にはベーシックのエレキ・ギターとベースとドラムがアナログ録音です。

湯浅:キーボードは?

柴山:一日来れなくて後録りになったけど、3分の1くらいは4人いっしょにやりました。ドラムの前に皆並んで(笑)。

湯浅:8チャンネルでやりくりっておもしろいですよね。

柴山:マイキングでどれだけ録るかを工夫しましたね。8チャンネルなんて20歳ぐらいの宅録時代以来(笑)。

湯浅:8チャンって意外に命が短くて、4チャンの次はもう16チャンになっちゃうって言ってたから、かえっておもしろいなと思いました。

柴山:8チャンネルではベーシック・トラックで一杯になって重ねまではさすがにできないので、仕方ないですが後の作業はプロ・ツールスで(笑)。

湯浅:それはもうマルチで戻して?

柴山:うん。それにヴォーカルなどを重ねて、ミックスもプロ・ツールスですね。マスタリングはまた別のスタジオに入って、音源をスチューダーの2トラック・ハーフ・インチ・レコーダーのテープ・スピード76cm/秒で一回録りました(笑)。スチューダーを持ってるスタジオが大阪で見つかったんです。で、スチューダーで再生した音をまた取り込んでマスタリングしました。それでなんともいえない音色になってるんですけど(笑)。

湯浅:ぜんぜん、いまどき感がないですよね。

柴山:それはよく言われました。「これは今年の録音なんですか?」って(笑)。

湯浅:ははは(笑)。「あれ?」ってなって3秒くらいで慣れるんですけど。最初の印象はすごく新鮮な感じがしました。

柴山:マスタリングのスタジオでも言われました。「こんな感じのスネアの音を聴いたのは20年ぶりぐらいだ」って。

湯浅:スネアはすごいショックですよね。いま録ろうと思ってもなかなか録れないし。

柴山:ああいう感じにしたいなと思っていたのが、偶然ポコッとできて。「あれ? 鳴ってるやん!」みたいな。

湯浅:ドラムって本当に難しいですよね。

柴山:とくにスネアがね。ザ・バンドの、リヴォン・ヘルムじゃなくてリチャード・マニュエルのスネア・ドラムですよ。“ラグ・ママ・ラグ”のあの鳴りです。鈍く低いけれど、通りがいいというか。漬物石をドスっと置いたような音ですね(笑)。あの音が出せたから今回はもう成功したな、という(笑)。


ザ・バンドの、リヴォン・ヘルムじゃなくてリチャード・マニュエルのスネア・ドラムですよ。“ラグ・ママ・ラグ”のあの鳴りです。あの音が出せたから今回はもう成功したな、という(笑)。

湯浅:柴山さんはこの『遠泳』のステレオ感に関してはどういう構想を持っていたんですか?

柴山:左右の広がりとかですか?

湯浅:それとか、分け方とかですね。

柴山:けっこうこだわるほうですよ。それはやっぱりピンク・フロイドとかキング・クリムゾンの影響ですね。最初は左にあったギターがいつの間にか右にあるとかね。説明しないとわからないけど、鋭い人がヘッドフォンで聴くとわかる、みたいな。そういうのは毎回必ず入れてるつもりなんですけど。

湯浅:まず定位はセンターから作っていくんでしょ?

柴山:そうですね。ドラムとベースからはじまって。それはまぁ、基本のセオリー通りですけど。

湯浅:ドラムなり、上モノをどっちにするかとか、最初からモノで考えて振り分けする場合も?

柴山:レコードのモノラル盤は好きですけど、自分で作るときはモノラルはあまり考えないですね。小さい頃はラジオだけでモノラルしか知らなかった。でも、親にステレオを買ってもらってからは右と左が別れていて、ヘッドフォンで聴いたら「音が回る!」みたいな衝撃(笑)。ステレオの原体験は大阪万博の鉄鋼館のシュトックハウゼンの演奏で、あれもサラウンドの先駆けみたいなことをやってましたから。照明と音が同期して観客席を回るとか。

湯浅:いまは簡単にできることだよね(笑)。


プロ・ツールスは人生が500回ある感じですよ。今回は「もうそんなに要らんやろ!」って見切りをつけて作業してました(笑)。

柴山:そういう音のパノラマ的な定位ですよね。『2001年宇宙の旅』の後半のすごく盛り上がる光と音の洪水のところとか。前後感と左右感が全部出てる。そういう効果は今回のアルバムでも、あくまで味つけとしてけっこうやってますよ。そういう意味でプロ・ツールスはすごく便利になったので。でもプロ・ツールスも逆に能率が悪いですけどね。何でもできる代わりに修正もどこまでもできてしまうから、諦めがつかないんですよ。あと、指定した過去に瞬時に戻れるので。アナログだったら絶対に再現できない部分があって、そこで諦めがつくんです。人は生まれたら死ぬ、みたいな(笑)。アナログはいったんフェーダーをゼロにして電源を落としたら、卓の写真撮ってもフェーダーの位置をテーピングしても、次の日は絶対に同じ音は出ない。でもプロ・ツールスは何回でも生き返れるから、終わりがなくなっちゃうんですね。

湯浅:あれ聴き比べができちゃうのがよくないですよね。

柴山:『よすが』を録ったときは、「ベーシックは何月何日にやった何番目のテイクで、上モノの一箇所だけ今日はちょこっと変えます」とかやってましたからね(笑)。プロ・ツールスは人生が500回ある感じですよ。今回は「もうそんなに要らんやろ!」って見切りをつけて作業してました(笑)。でも、ときどきは「本当はまだ直しができるのにな〜」って内心思ったりしてましたよ。でも、プロ・ツールスで修正を重ねて追い込んだつもりでも結局はどう変わったのか、自分でもあんまり区別がつかないんです(笑)。ベーシックは同じもので、非常に細かいところをちょっと変えているだけですから。

湯浅:全体を変えるわけじゃないですからね。

柴山:今回やっとプロ・ツールスの見切りもついてきて、ミックスの作業も「子どもが学校から出てくるまでにキリをつけて帰らなきゃ」ってね(笑)。いまは子どもが狙われる犯罪がたくさんあって他人事じゃないですから。子どもを一人にすることが「まぁ、ええか」とはならなくて、「下校まであと20分しかない!」ってなります(笑)。そういった心地よい緊張感で作業を進めさせていただきました。

湯浅:だから忘れることがけっこう大事かもしれませんね。あんまり憶えているとかえって気になって戻りたくなっちゃうというか。

柴山:本当にそう思います。プロ・ツールス初体験のときは全部魔法のようでしたけど。

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ピッチと時間軸を変えるのだけは絶対にしない、と。

湯浅:アナログのほうが、かえって思い切りがよくできていたのかもしれないな、といまになって思うんですけど。

柴山:ミックスでも同じですよね。いまは0.2dBのレベルの上げ下げでエンジニアからツッコミがきますから(笑)。

湯浅:そうそう(笑)。なんか急に細かいことを言ってる。0.2ってどこだよっていう。

柴山:スタジオの現場でデジタルだと、0.2dB上がったっていうのがわかるんですよ。

湯浅:あと波形でわかるじゃないですか? あれがよくないと思うんだよな。

柴山:まぁプロ・ツールスでも、時間軸とピッチの修正だけはしません。バスドラが少し突っ込んでいるからコンマ1秒ずらして修正しよう、とかはやらないんです。エンジニアは耳が慣れているから気づくんですけど、絶対にいじるなって言ってあります。自分の歌のピッチも「ここ少し修正してもわかりませんよ!」って言われるんですけど、それだけはやめてくれってお願いしてます(笑)。一音だけ歌い直したりとかはしましたけど。

湯浅:それはアリなんですか?

柴山:それはアリにしました(笑)。でもピッチと時間軸を変えるのだけは絶対にしない、と。

湯浅:いまって歌が簡単に直っちゃいますもんね。

柴山:そうなんですよね。だからそれをやると人として終わり(笑)って自分で決めていたので。

湯浅:最初からそうだと潔くていいですよ。なんか細かく直すのにすごく抵抗があるんです。自分で歌っていても、そういうふうに思うし。だけど、たとえば昔も手動でピッチを直していた人もいるわけで。つまりマルチ・トラックのテープで一箇所ずつ微調整して再生して上げて音程を直す。ユーミンとかもそうなんですよ。ものすごく細かくやってもあれだっていうのがすごくおもしろくて(笑)。『ひこうき雲』のときはそうやって全部ヴォーカルを直したらしくて、歌だけでものすごく時間がかかってるんですって。

柴山:一曲やるだけで気が遠くなりそうですね(笑)。だから70年代の後半くらいにはピッチ・シフターが出てきましたもんね。

湯浅:あれは録ったのが72年だから出たのが73年か。すごい大変だったって言うんだけど。

柴山:『ミスリム』のときもそうやってたんですか?

湯浅:その頃までには音程はよくなっていたらしいんだけど。だけど、それはそういうふうにしたかったからそうしてるみたいだけどね。

柴山:70年代は、浅田美代子も修正をしてあれだったから。

湯浅:浅田美代子は直しようがなかったんじゃない?(笑) これは無理だ、みたいな。再生したものを聴いて違和感があるのが嫌っていうのもあるし。

柴山:本人にしかわからないですよ。歌って細かいところを気にしているのは本人だけ、っていう。プロ・ツールスだとエンジニアが簡単に「ここの音程は上がりきってないから一瞬だけ上げてみましょう」とか言うんですけどね(笑)。ピース・ミュージックで録ってたときなんか、あんまり何度も同じ箇所を歌い直すもんだから「テープが粉を吹いてきたので一回テープ止めませんか」(笑)ってなったこともありました。レコーダーのヘッドが熱くなって、テープの磁性体が剥がれ落ちてきたんですよ。新しいテープだったんですが「テープがダメになっちゃうんで、ここは置いといて別の箇所を録音しましょう」って(笑)。

湯浅:今回はパッチワーク感が少ないですよね。

柴山:少ないですね。プロ・ツールスは使っているんですけど。今回は一本筋が通ったアルバムとして手応えはあるんですよ。大体同じ時期にできた曲ばっかりで。半年間くらいかな。

湯浅:前の(『よすが』)はそうでもないんですか?

柴山:違いますね。何年かの間に少しずつ、という感じでした。ライヴが今度あるから、少なくとも新曲を一曲はやろう、という感じで。そうした方が新鮮でもあるんで。それを2、3年やって10曲超えたらアルバムを作ろう、となるんですよ。『よすが』まではその繰り返しが多かったですね。

湯浅:もうそういうふうにはできないんですかね?

柴山:ライヴ自体がコンスタントにできないので。子どもが大きくなったら、ライヴの回数は増やすかもしれないですけどね。


それまでは自分から音楽を取ったらゼロだと思っていた。いまはすべて子どもが最優先という形になってますから。それが幸せということなんですけど。

湯浅:うちは今年で上のが20歳なんですよ。下が中学3年で、ふたりとも女です。

柴山:口をきいてもらえますか(笑)?

湯浅:うちは仲良しなんですよ(笑)。

柴山:A&Rの井上さんの娘さんは14歳から20歳の間まで口をきいてくれなかったらしくて。

湯浅:井上のうちはビッチですから(笑)。うちの場合は子どもが小さかった頃はべったり育児してたからね。ライヴを観に行くのがとにかく大変だよね。双子だったらもっと大変なんだろうなって思います。

柴山:夜、子どもが寝てからヘッドフォンでこっそりレコード聴いていても、育児で疲れてるから3曲めくらいで寝ちゃうみたいな(笑)。

湯浅:生活のサイクルが変わって、昔作れなかったものが作れるってことはないんですか?

柴山:今回の新曲は全部そんな感じですね。表現としてはそんなに変化がないんですけど、子どもがいなかったときとは感覚的に違いますね。

湯浅:1回めはそんなでもないんですけど、2回めからわかるんですよ。最初は渚にての新譜として聴けるんだけど、2回めから「あれ?」と思うことが随所にあってまた1曲ずつ繰り返したくなるんですよ。そこはずっと聴いた身としても発見がありました。

柴山:ありがとうございます。

湯浅:いえいえ。それはやっぱり生活の変化がけっこうあるのかなって思って。

柴山:いちばん大きいと思います。まあフルタイムのミュージシャンではないので(笑)。4年も休んでミュージシャンとか言ったら恥ずかしいですけど。まぁ、片手間だったのが、そうではなくなったというか。自分から子どもとの生活を取ったら音楽しか残らない、みたいな感じですかね。子どもが生まれたのは本当に大きいですね。それまでは自分から音楽を取ったらゼロだと思っていた。いまはすべて子どもが最優先という形になってますから。それが幸せということなんですけど。だから健康に気をつけてますけどね。

湯浅:それはやたら言われますよね。死なないようにってね。

柴山:だからまぁ、生きてるって素晴らしい、みたいなことですよ(笑)。東日本大震災もありましたし。あのときは子どもがまだ3歳でした。そのときにできた曲っていうのはないんですけど、歌詞の世界観には入っていると思います。日本人全員が同時に死をリアルに意識したのが3.11だったと思うんですけど、戦後のナマっちょろい世界を生きてきた自分の世代にとっては、後にも先にもあれほどのものはなかったですからね。豊かな高度経済成長期で育ったので。

“遠泳”ができたときは、もう一度泳ごうという気分だったんですよ。(中略)結局、海へ泳ぎ出してどこかにたどり着くのか、一周して戻ってくるのか、コースは人それぞれなんだけど、そういう、生きていくことのメタファーなんです。

 被災された方々には不謹慎にあたる言い方かもしれないですけど、“遠泳”ができたときは、もう一度泳ごうという気分だったんですよ。津波で亡くなられた方々が、逆に海がなかったら死なずにすんだかというと、そう考えても意味はなくて、そもそも海がなかったら人間だけではなくてあらゆる動物も地球自体も生きてはいけないわけで。“遠泳”の歌詞にはそれがいちばん入っているかもしれないですね。海はもっとも豊かな存在であるかもしれないけれど、もっとも恐い存在でもあるわけで。結局、海へ泳ぎ出してどこかにたどり着くのか、一周して戻ってくるのか、コースは人それぞれなんだけど、そういう、生きていくことのメタファーなんです。比較的早い段階で(アルバムの)タイトル『遠泳』とタイトル曲は決まってました。あとはメンバーを説得するだけでしたね(笑)。他の曲名も全部漢字2文字にしようと思ったんだけど、ひらがなが好きな人もメンバーにいて反対の声があったので(笑)。世界でいちばんすごい存在は海であって、その次は母だということですね(笑)。お母さんもすごいです。

湯浅:そうだよなぁ。男って子どもを生めないしな(笑)。

柴山:次は生きているうちにアルバムを何枚作れるかという最大のテーマについて挑戦したいと思います(笑)。それと、孫の顔を見るというのと、レナード・コーエンに負けないように80歳を過ぎてもアルバムをリリースすることですね。この前、頭士奈生樹くんに会ったんですよ。同い年なんですけど、「あと何枚作れる?」みたいな話をして、「いや〜、あと1枚かなぁ」って(笑)。いや、それは少な過ぎるからせめて5枚くらいは出さないと、って。頭士くんはどこか仙人的な生き方をしている人で、べつに強いてCDを出さなくてもいいというか、いい曲さえできたらあえて他人に聴いてもらわなくてもかまわない、みたいなんですよ。僕は俗世間の人間なのでこんないい曲CDにしなきゃあかんで、と思ってしまうんです。頭士くんは田中一村みたいな考え方なんです(笑)。作品至上主義で。離れ島でひとりで制作に没頭して「ええ絵が書けた!」って完結(笑)。で、僕が出版社の編集者みたいになって「これは画集にしなきゃあかんよ!」って言う、みたいな。人に見てもらってはじめて作品って完結するんだからって言っても、「いや必ずしもそんなことはないんじゃ」っていうような感じ(笑)。

湯浅:死後発見っていうのもあるからね。

柴山:ゴッホになってどうするんだっていう(笑)。生きているうちに騒がれなきゃあかんやろ、と言っているんですけど。山本精一くんなんかも焦っていると思いますよ。ハイペースでライヴもやってアルバムも毎年のように作ってるから、「ちょっと出しすぎ?」みたいな。まぁ、それはそれで彼の生き方なのでいいと思いますけど、でもそれに対して憧れもありますね。彼はまだ独身で子どももいないから、好きに時間が使えていいな、と思います。好きなときにライヴにも行けるし、御前様になっても怒られたりしないし。気が向いたときにレコーディングしてCDを出して、単純にうらやましいなーと思います。いつでも練習できるし(笑)。

湯浅:じゃあ、子どもの成長に従って次のアルバムが決まりそうですね。

柴山:そうですね。だからリリースはいままでより増えると思います。


ゴッホになってどうするんだっていう(笑)。生きているうちに騒がれなきゃあかんやろ、と言っているんですけど。

湯浅:小学校1年生というと授業は5時間ですか?

柴山:5時間ですね。2年生から6時間になるみたいです。だから親の自由時間がちょっとずつ増えていくので、それがいまの楽しみです。あと、お風呂が一人で入れるようになるのが時間の問題で。いまは毎日いっしょに入っているけど、女の子ですから。

湯浅:お風呂は小学校3年生までですね。

柴山:「お父さん臭い」とか「来ないで」ですよね。まだ大丈夫で裸で走り回ってますけど(笑)。いっしょにいられる時間を楽しみたいと思います。

湯浅:こうしている間にも成長していますからね。

柴山:時間のスピードがあいつらと自分でぜんぜんちがいますからね。でも同じ時間軸で生きていることが不思議で楽しいですね。

湯浅:たぶん年齢の分母がちがうからだと思いますね。

柴山:もういま、自分の一か月っていったら一週間くらいの感覚ですよね。とくに子どもが生まれてからはファズをかけたみたいに自分の時間が加速してます。この間、向田邦子のドラマを観てたら、森繁久彌が出ている回があるんですけど、お正月のシーンで森繁久彌が「また正月かぁー!」って言うんですけど、その台詞が最近自分もよく出るようになりましたねえ(笑)。

湯浅:そうそう、すぐに年末になっちゃうんですよね。夏とか短い。

柴山:小学生のときとか、夏休みは永遠に近かったですもんね。

湯浅:夏が3日くらいで終っちゃう感じですよね。

柴山:もう1年が半年くらい、って感じですよね。だから、うかうかしてないでレコ発のライヴに向けて真剣に準備しようと思ってるんですけど。

湯浅:それはいつなんですか?

柴山:1月です。12月はライヴハウスが押さえられなかったんですよ。子どもの学校があるから土日しかライヴができないっていう括りがあるんで。土曜日の朝に子どもを妹に一泊預けて上京して、夜にライヴして翌日帰ってきて引き取って、月曜日に学校に行かせる、という。

湯浅:大阪のライヴは祝日の午後にやるんだ。

湯浅:大阪ではランチ・タイムにやって明るいうちに帰るということです(笑)。年配のファンにはそっちのほうが評判がいいんですけどね。帰るのが楽みたい。会場の外に出たらまだ日が出ていて、一杯飲んで帰るのにちょうどいい、みたいな。

湯浅:一杯飲んでも帰ったら9時みたいな感じですもんね。

柴山:普通のライヴだったら、終ったら10時半とかでゆっくり飲みに行くには終電が気になる。だから大阪は早めの時間にやって、東京は営業的にしょうがないから夜やりますけど(笑)。

湯浅:来年またアルバムができるといいですね。

柴山:来年はどうかな……。

湯浅:じゃあ、再来年。意外と毎日が早いので、気がつかないうちに2年くらい経っているんですよね。

柴山:ははは、今回のは6年ぶりなんですけどね!

interview with D/P/I - ele-king

 紙エレキング年末年始号のためにインタヴューを行ったD/P/Iことアレックス・グレイから、取材下後も、まだ話したいことがあると、校了後だというのに答えが届く、届く。サン・アロー、ダッピー・ガン、D/P/I、ジェネシス・フル……と、いま、何をやっても波に乗っているアレックス・グレイがインタヴューでもノリノリです。来年早々にはD/P/Iの新作も控えているそうです。というわけで、本誌をお読みになった方にP99からの「続編」をお届けいたしましょう。

いま、D/P/Iが共感するLAのミュージシャンは誰?

アレックス・グレイ(以下、AG):僕はつねに仲間や友人に押されている感じなんだ。最近、近所ではアーンヌー(Ahnnu)にとてもインスパイアされる。同様に長年の友人たちもね、ショーン・マッカンやマシュー・サリヴァン、キャメロン・スタローンズにジェフ・ウィッチャー。

最近は精力的にパフォーマンスをおこなっているようだけど、アレックスがD/P/Iのショウに求めるオーディエンスのリアクションは何?

AG:サン・アローとしてのツアーは定期的に同行していて、先日の南アメリカ・ツアーではD/P/Iのセットも披露したよ。だけどもD/P/Iだけのショウはそれほど多くおこなってはいない。リクエストに応じて、なおかつ意味があったものはね。
 D/P /Iのプロジェクトとしてのアイデアは既存のいわゆるDJとオーディエンスの関係性を破壊することなんだ。複雑なテクノロジーを用いた音 声信号処理によっ てサンプリングを削ったり、解体したり、アレンジを加えることで、そのサンプリングがもたらす心象映像が投影されるある種の“割れた鏡" のイメージを作ろうとしているんだ。バラバラになった欠片がひとつも欠けることなく、異なる順序や空間的前後関係によって再構築するんだ。その過程でダンス・ミュージックに 染み付いたありふれた拍もとりいれる。ライヴのセッティングにおいてこの挑戦はオーディエンスの心にDJやエンタータイナーとは何なのか疑問と再考慮を投げかけるんだ。社会や人生における“ありふれた"ものの根本に疑問を持ってくれれば幸いだけどね。それに対する君の肉体的な反応がどうなのかは知らないけどさ。

アレックスは過去のリリースや手掛けたレーベルのほとんどのヴィジュアル・ワークもおこなっているね。ヴィジュアル・アート ワークに対するこだわりがあれば教えて欲しいな。

AG:白地、アルバムの裏に潜んだアイデアの直接性と反射するイメージ。

表記においてDJパープル・イメージとD/P/Iの違いってあるの? または何で表記を変えたの?

AG:ないよ。単にその文字がもたらす感覚が、よりこのプロジェクトに合うと思ったんだよ。過去13年間も印刷物のデザインに携わってきたからd.p.iって言葉は僕の人生においてありふれたものだしね。

過去にもたくさんの名義で音楽活動をおこなってきたわけで、そのすべてをアレックス・グレーが手掛けてきたってことを知る人は少ないと思うんだ。それってある種のミステリアスなイメージ、もしくは自分自身を無個性な存在に仕立て上げる魂胆があったから?

AG:僕は自分自身をなにかの箱の中に収めたいと思ったことはない。そうすべきだとも感じていない。
 ジャズにおける異なるグループの美意識、異なる名義での多くのプロジェクトはいつだって僕をインスパイアしてきた。同様にアートは人びとが掘り下げる価値がある ものだと思うんだ。だから僕もみんなが収集したり、探検したり、発見できるような投げかけを試みているのかもしれないし、異なるプロジェクトに対して個人 的な繋がりを得たいのかもしれないね。


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