「Low」と一致するもの

BAD HOP - ele-king

 だいぶ騒がしいことになっている2016年の日本のラップ・シーンだけれど、上半期のミックステープのベストは3月に発表されたBAD HOPの『BAD HOP 1 DAY』に決まりで異論はないだろう。BAD HOPは9月15日に無料のフィジカルCDを配布開始することも発表していて、このぶんだと下半期も彼らがかっさらっていくこともありえる。そんな予断の根拠は、まずはaudiomacでフリー・ダウンロードできるこの『BAD HOP 1 DAY』の内容を聴いてみれば明らかなのだけれど、実は別に理由がある。それはある楽曲の不在だ。ある1曲がこのミックステープに収録されてない事実こそ、なによりもBAD HOPの寡黙な野心を物語っている。その曲とは、去年1年間かけて公開されたヴィデオ・シリーズ「BAD HOP EPISODE」のファイナルを飾った、“CHAIN GANG”だ。

 もしまだ観てないんだったらいますぐYouTubeにアクセスすることだ。たったの4分間。この数分間はひとまず、日本のハードコア・ラップが辿りついた最新の到達点であると言っていい。サウンドの由来はすぐにわかる。シカゴ南部のドリルだ。オーヴァードライヴぎみのシンセ・ブラス、無愛想に突きあげるベース、ひっきりなしに鳴り続けるスネアとハット。その音の洪水を泳ぐようにフロウする20歳そこそこの若者たち。最も歌声的なラップの身体化に成功したVINGO、硬軟あわせたラップのスキルという点では随一のTIJI JOJO、殺人的なファスト・ラップに緩急をつけてヘヴィなグルーヴを生み出すBENJAZZY。炎を吹きあげる川崎南部の工場地帯の夜景をバックにそれぞれのヴァースでぶちまけられるデッド・エンド感を、ウィードの煙にまかれたT-PABLOWの異常なほど楽天的なフックが不思議にアップリフトさせていく。

 サウンドもラップも映像も飛び抜けている。だがそれだけではない。「チェイン・ギャング(Chain Gang)」とは、かつて奴隷制の遺制が根強かったアメリカ南部、ひとつの鎖に足をつながれて強制労働に従事させられた囚人たちに由来する。それをかつてサム・クックが歌い、オーティス・レディングがそのソウルを引き継ぎ、ブルーハーツの真島昌利が「だから親愛なる人よ」と黒人詩人ラングストン・ヒューズの詩を引用しつつ、この極東の島国に持ち込んだ。ここで「鎖(Chain)」とは、アンビヴァレントなふたつの象徴を背負う。すなわち、社会的な抑圧と、それゆえの絆。

 自分たちを縛りつけ、自由を奪う鎖がそのまま、自分たちを固く結びつける絆である、ということ。この曲が奇跡的なのは、彼らがそのアンビヴァレンスを本能的につかみとっているからだ。「つながれているチェインを切るために」と生まれた街のしがらみからの力ずくの脱出を歌うBAD HOPは、だがまさにそこで育まれた絆を「この鎖は錆びない」と誇らしげにかかげる。その矛盾はそのまま、日本のハスリング・ラップの画期となったSCARSを生み出した地元、川崎南部への彼らの愛憎にシンクロする。自己嫌悪に似た激しい憎悪と、裏腹の強烈な縄張り意識。ナズにとってのクイーンズしかり、N.W.Aにとってのコンプトンしかり、ハードコア・ラップにおける地元(hood)とは、必ず抜けださなくていけない地獄であるとともに、けして他者に侵犯されてはならない聖域なのだ。ここで、フッドとは現代のユースの新たなアイデンティティの拠り所である、とのポール・ギルロイの言説を一瞬だけ想起してもいいだろう。だがすぐに忘れることだ。この音楽はブラック・ディアスポラの理論やアフロ・アメリカンの歴史を熱心に学んだ人間によるものではない。

 川崎南部に対してBADHOPの口にする「サウスサイド」という言葉は、近年イラクへ派遣された米兵よりも年間死者数が多いことから「シャイラク Chiraq」と一部で呼ばれるシカゴの南部エリアからのインスパイアだ。しかし彼らに本場ドリルの無軌道なアグレッションを期待すれば肩すかしを食らうだろう。感じるのはむしろタフな状況への鬱屈、そしてそこからなんとしてでも脱出しようとする決意だ。崩壊家庭に生まれ育ち、ローティーンの頃から社会の闇にまみれ、すでに複数回の逮捕を経験してきたサヴァイヴァーたち……いや、そう言葉にしても何も伝わらない。

 貧困とはなにか。それはカメラを片手に土足であがりこんだ数人のヤクザが、母親に土下座させるのを幼い目で目撃することだ。同じ街で生まれた13歳の同級生が、金のために売春婦や犯罪者になるのを横目にみて育つことだ。痣だらけの体や穴の空いた服に耐えきれず、やがて自分も暴力をふるい、奪いとった汚い金で着飾るのをおぼえることだ。

 差別とはなにか。それは生まれた場所の名を口にするだけで、周囲の視線が冷たく色を変えるのを知ることだ。何気なく投げかけられた「カエルの子はカエル」という言葉を、まるで呪いかなにかのように感じることだ。自分や仲間のからだに流れる血のルーツに、街角で理不尽な殺意をむけられることだ。

 しがらみから抜け出すとはなにか。それは詐欺師や売人になった昔の友達からの着信に耳を塞ぎ、真夜中にひとり涙を流すことだ。周囲の誰かが懲役に行った噂を聞いて、次は我が身だと感じながらマイクの前に立つことだ。生まれた街のルールに疑問を抱いても口には出せず、ただ無言で仲間と目と目を合わせ、その理不尽なルールをいつか覆す、と固く誓うことだ。

 例によって嗅覚するどいVICEのドキュメンタリーであぶりだされた川崎南部ローカルの闇もあいまって、BAD HOPはヒップホップ・シーンの内外からの注目を一身に集めてみせた。雑誌『サイゾー』で連載中の磯部涼『ルポ 川崎』も毎回貴重な証言ばかりで目を離せない。そして繰り返すが、このミックステープ『BAD HOP 1DAY』の素晴らしさは、彼らのハードコアなバックグラウンドと濃密な叙情を凝縮した“CHAIN GANG”を、あえて収録しなかったことにある。

 鳴り止まないiPhone6の9度目の着信で目覚める午後3時、寝起きのダウナーな倦怠感をTIJI JOJOとYELLOW PATOのふたりがマイク・リレーする“3PM”。次いでメランコリックなMONBEEのビートによるTIJI JOJOのソロ“White T-shirt”。おろしたてのTシャツに袖を通した爽快感を歌いあげるこの曲のメッセージは明快だ。自分にプライドを持つ根拠など、真っ白なTシャツ1枚でじゅうぶんだ、というタフな自己肯定。その前向きな決意は、しかしあくまでマテリアルなトピックを通じて表現される。

 ウィードの植物的な刺激臭とコーラで割ったヘネシーの甘い陶酔感を完全に音楽的に再現してみせる“JAM SQUAD”。これまでどちらかと言えばマスキュリンなフロウを得意としていたYZERRの鼻にかかる中性的な歌声と、ヤング・サグをすばしっこく品種改良したようなVINGOのフリーキーなフロウの完璧なコンビネーション。アグレッションを煽りまくるKMのビート上でBENJAZZYがサイファーで鍛えぬかれた怒声まじりのファスト・ラップの真髄を叩きつける“BLACK HAIR YELLOW GOLD SKIN”。最初はビートに同期していたラップのグルーヴが徐々にビートを凌駕していくスリルは、TIJI JOJOとBENJAZZYのふたりが2年前、ビッグ・ショーンとケンドリック・ラマーの“コントロール”のビート・ジャックでめちゃくちゃに破壊的なラップを披露して中指を立てていたことを否応なく思い出させる。

 いちばん可能性を感じるのは中盤、T-PABLOWとYZERRの2WINがポップとハードコアのギリギリのバランスを狙い、そのトライアルを華麗に成功させる“LIFESTYLE”と“INK BOYZ”。“LIFESTYLE”は、ステューイ・ロックの某曲のフロウを日本語に移植しつつ完全に勢いで追い越してしまっているわけだけれど、その曲がしかし不思議とEXILEのLDHに代表される日本のメイン・ストリームのポップ・ミュージック的な雰囲気を強烈に漂わせているところが、まずもって素晴らしい。“INK BOYZ”ではフックの直前にビートが消え、逆回転するスネアの効果音によって焦らされた力が、キックの投下を合図に爆発するエコーをかけられまくったフックの歌声で躍動する。ほとんどセクシーと形容してもいいそのキャッチーな歌声は、「次は入れたいのはなに?/考えずに彫りにいこう」とカジュアルに身体改造を重ねる非日常的な感性をフレックスしているわけで、もうこのバランス感覚だけで見事だ。

 それ以外の曲もトピックはあくまでマテリアルだ。BARK、G-K.I.D.がスタジオでの錬金術を開陳する“DOUJOU”、BARK、YELLOW PATO、TIJI JOJOが日々の晩餐についてマイク・リレーするリラクシンな“CHILL DINNER”、もっともハードコアなイメージのAKDOWが珍しく色事を歌う“HOT ICE”など、どれも日々の生活と刹那の感情にフォーカスする。終盤は、意識がブラック・アウトし記憶を失う寸前の沸騰をOGマコ的な咆哮フロウで表現する凶悪なパーティ・チューン“BLACK OUT”、かろうじて立っていられるほどの酩酊状態で迎える狂騒の夜明けを描く“6AM”を経て、いまはまだ夢のはざま、と歌うTIJI JOJOのソロ“DEEP END“で、このアルバムは終わる。

 BAD HOPはこのミックステープで、ヴァースを堅実な韻で固めてシンガロングなフックを付け足す、というこれまでの日本語ラップのヒット・チューンの黄金律を、トラップ以降のフロウの多様化によって粉砕している。現行USヒップホップのサウンドとフロウのインスピレーションは、その起源を忘れさせるほどの自然さで、川崎南部の土着のリアリティに接続させられる。2WINのふたりに顕著なメロウ・チューンは地上波のCMソングとして流されてもまったく違和感はないし、メンバーが入り乱れるハードなラップは郊外型のコンビニのやけに広い駐車場で、派手な改造車から大音量で流れてくるのにぴったりだ。

 元々はGRAND MASTERでキャリアをスタートさせた2WINやBADHOPのこれまでの一部の楽曲では、ハードな生い立ちからくる濃厚な叙情が若々しい初期衝動とともに投げ出されていたが、ここでは切実なバックグラウンドへの語りは最低限にとどめられている。ハードコアなバックグラウンドというのは、アーティストにとってはときに諸刃の刃だ。壮絶な過去は創作行為に切実な衝動とモティーフを与えるとともに、一歩間違えればありきたりな叙情の物語にもたれかかる危険をもたらす。このミックステープの彼らは、USラップのトレンドを下敷きにした目覚ましいフロウの洗練によって、自分たちの成り上がりのストーリーに著しい説得力をみなぎらせている。

 BAD HOPのその意志は最近のサイド・ワークでも明確だ。まずは地上波での露出によって爆発的なポピュラリティを獲得しつつあるT-PABLOWの2曲。GRAND MASTERのEGOとの“WORK”では、つんのめるビートで自由自在に歌声を揺らしながら矢継ぎ早のライミングを披露し、逆にBCDMG傘下の新レーベル〈AIR WAVES MUSIC〉が放つ新鋭、RENE MARSとの“300 MY RIDE (LAMBORGHINI)”では、空間的でスロウなトラップ・ビートにのせてポスト・マローン解釈ともいえるヒプノティックな陶酔フロウを聴かせる。先のことなんて読めないから酒とウィードに酔って直感に従う、という“WORK”の突破者のメンタリティも、「もう戻れない」というポイント・オブ・ノー・リターンの常套句を世代交代の宣戦布告としてダブル・ミーニング的に響かせる“300 MY RIDE (LAMBORGHINI)”も、いまのT-PABLOWにしか歌えないヒリヒリとした切迫感がある。

 より象徴的なのは、この夏に立て続けにリリースされたサマー・チューンの数々だ。BCDMGのコンピレーション『FACT OF LIFE』収録の“EIVISSA”はVINGOとT-PABLOWに加え、BENJAZZYまでがメロウなスタイルのラップを披露し、イビザ島のカタルーニャ語表記だというタイトル通り、ウィードの煙と酒の匂いにむせぶ真夏の夜の喧噪を描く。DJ CHARI & DJ TATSUKIの『NEW WAVES THE MIXTAPE -SUMMER EDITION-』収録の“OVOLELU”は、DJマスタード以降の享楽的なウエスト・コースト・サウンドの直球な解釈で、今度はYZERRがハイトーンの絶唱的なヴォーカルを聴かせる。

 そしてなによりも、同じくDJ CHARI & DJ TATSUKIプロデュースの“TSUNAMI”。知っての通り、同じタイトルのサザン・オールスターズの国民的なヒット曲は2011年3月の東日本大震災以降ラジオでオンエアされなくなり、いまでもUSENではリクエスト不可能なままだ。スタジオ・ジブリの『崖の上のポニョ』も一時は地上波での放送が見合わせられ、いまだ津波の映像が登場する新作映画には厳かなウォーニングが注記される。この状況の中、真夏のビーチでの酒と女とウィードについて歌ったパーティ・チューンに、彼らはこのタイトルを付けたのだ。BAD HOPは、意識的にか無意識的にか、震災後の日本社会のタブーや感傷をものともしない、タフな快楽主義を獲得しつつあるようだ。

 こうしたBAD HOPの進化はそのまま、この5年あまりの日本のハードコア・ラップの転換と軌を一にするものだ。震災後のトラップの本格流入以前、USヒップホップの日本的解釈という意味でのひとつの極北は、ANARCHYがインディ時代の総決算として遺した“PLAYINING IN THE GHETTO”だった。かつてスヌープやウータンもサンプルしたダニー・ハザウェイの“リル・ゲットー・ボーイ”を下敷きに、古都京都の南部の闇を散文的なリリックで刻んだあの曲は、日本のヒップホップがアメリカ由来のゲットー・ナラティヴを美しく土着化させた瞬間だった。あの曲が1990年代以来の東京のヒップホップの重鎮であるMUROの手でプロデュースされ、少年院上がりの暴走族の元リーダー、ANARCHYによって歌われたとき、日本語ラップのソウルは土着的なヤンキー・カルチャーという肉体を獲得したのだ。ほかでもないそのANARCHYがメジャー移籍を機にその濃密な叙情といったん決別してトラップ・サウンドに舵をきり、〈AVEX〉からのデビュー・アルバムに『NEW YANKEE』というタイトルをつけたことは象徴的だ。

 しかし日本のハードコア・ラップはそれ以前からすでにメジャー・シーンへの侵略の意図をたぎらせていた。日本版ギャングスタ・ラップの創始者たるMSCの漢は、新宿の路地裏の廃材を寄せ集めたようなドープな音像のファースト『MATADOR』よりも、よりポップな完成度を誇るセカンド『新宿 STREET LIFE』を高く自己評価していたし、独自の文学性と私小説的なナラティヴによってハスリング・ラップの原型を用意したSEEDAは、早々にその叙情のクリシェを捨て、むしろ現行USラップのビートとフロウの貪欲な消化に腐心していた。

 とくに震災後に現れたトラップ・アーティストの多くは、率直な言語感覚と奇抜なフロウであけすけなリアリティを歌うことで、旧態依然とした日本的な感動の物語を拒絶している。「女と洋服と金」とのフレーズで鮮烈に登場したKOHHがその出自をドラマティックに歌ったのはあくまでANARCHYや般若とのサイド・ワークであり、これまでのスタジオ・アルバムにおいては、彼はそのモティーフを注意深く扱っている。RYUGO ISHIDAはデビュー前にすでにその生い立ちからくる叙情とひとまず別れを告げたし、kiLLaにいたっては、そもそもエモーショナルな内面の吐露など一顧だにせず、ひたすら空虚な感覚を先鋭化させている。彼らはそれぞれ独自なやり方で、これまでの日本のラップ・シーンの外側のオーディエンスへとリーチしつつある。

 ヒップホップが巨大産業であるアメリカならば、ミックステープ1本でフェイムを勝ち取り、デビューと同時に大金を手にしてもおかしくない若い世代は、ここ日本ではヒップホップ・シーンの玉座を獲得するミッションだけでなく、その狭い王国の領土を拡大するという難題を宿命づけられる。けれど、すくなくともBAD HOPにとってはそんなものはまったく重荷ではないようだ。日本のトラップのインフルエンサーであるKOHHがフランク・オーシャンとコラボレーションし、USやUKのiTunesでチャート・インするなどグローバルなマーケットへとアクロバティックに進撃しているのに対し、BAD HOPには明確に、この国の玉座を狙おうとする野心がある。

 今年はあのさんピンCAMPから20年で、ちょうどBAD HOPのメンバーたちも1月に成人式をむかえた。彼らが生まれてからの日本はずっと、中流神話がガラガラと音を立てて瓦解していく過程にあった。この20年の日本の自殺者数は60万人を超える。ちょっとした内戦規模の死者数だ。それでも、「ゲットー」なんて言葉を使えば、「貧困」なんて口にすれば、アメリカやアフリカの最貧国との比較でも持ち出して、そんなものは甘えだという批判が四方八方から飛んでくる。弱い者たちがさらに弱い者たちを叩く、その音はすでに時代のサウンド・トラックだ。いまや子どもの6人に1人、ひとり親の家庭に限れば2人に1人が貧困だとされる中、BAD HOPら90年代以降生まれの新世代は確実に、この社会の崩壊の最前線で言葉をつむいでいる。それは痛みの作文(Composition of Pain)だ。

 古くは作家なんかに対して使われた喩えで、社会の変化を誰よりも早く感知する「炭坑のカナリア」というのがあった。けれど日本のヒップホップはそれに代わる、素晴らしいメタファーをすでに獲得している。漢がDJ KRUSHのビートで10年前に放った、「実刑食らって元々どうもこうもいかねえ/実験用のモルモット同然の生活」ってやつだ。「炭坑のカナリア」じゃなく「実験用のモルモット」。実はこの比喩はべつにとっぴなものじゃない。考えてみれば、ザクザクとこの国の福祉と教育を切り捨ててきた「痛みをともなう改革」=新自由主義は、もともとはシカゴ学派の経済理論の南米での壮大な社会実験として始まったんだった。ケンドリック・ラマーが『SECTION. 80』でロナルド・レーガンを重要なモティーフのひとつとしていたように、現在の日本のラップはまぎれもなく、コロコロと首をすげ替えられるこの国の政治家が生み出した、荒廃の土壌の産物だ。そこには、ケンドリックが2パックの亡霊を経由して語った「大地とは貧民のシンボルである(the Ground is the Symbol for the Poor People)」との言葉がこだましているはずだ。

 BAD HOPのメンバーのひとりは、“BRAKU”という曲を発表している。タイトルの由来は定かではないが、それは日本の貧困と差別の歴史的なコンテクストを知るうえで象徴的な言葉のひとつだ。戦後生まれで初の芥川賞作家で、暴力と性にまみれた南紀の被差別部落の若者たちの短い生を描き続けた中上健次は、かつて「路地」と名づけた自身の生地の部落を「ゲットー」と読み替えていた。ジャック・デリダやボブ・マーリーと対談し、アレックス・ヘイリーの『ルーツ』に影響されて紀伊半島の被差別部落をルポタージュしていた中上の晩年の口癖は、「路地はどこにでもある」だ。彼は南米やアジアといった第三世界出身の作家たちと交流し、アメリカの南部作家ウィリアム・フォークナーを読み解く中で、やがてその磁場を「南」=サウスと呼んで普遍化し、日本の部落(Japanese Ghetto)の歴史をグローバルなコンテクストに接続させようとしていた。中上はヒップホップの本格的な台頭を知らずに1992年に46歳で死んだ。もし彼が生きていれば、BAD HOPが日本のラップ・カルチャーの先端であるとともに、日本の貧民(Poor People)の歴史の末裔であることを、ひと目で見抜いていただろう。

 グッチ・メインの片腕であるマイク・ウィル・メイド・イットがビヨンセやリアーナの楽曲のプロデュースを手がけ、トラップ・ミュージックがEDMに匹敵する巨大勢力となった現在、世界中のヴェニューでトラップに熱狂するオーディエンスは、そのサウンドがサウスの麻薬小屋(トラップ・ハウス)で生まれたことを必ずしも知らない。ヤング・サグのアンドロギュノスな和装が人々を魅了するときにも、モティーフとなった日本文化の女の身体や芸者への抑圧は、その美しさの影に隠されている。先進的なウェブ・メディアのティーザー映像に起用され、気鋭のドメスティック・ブランドのモデルとしてフレックスするBAD HOPの姿はこれから、川崎という地名どころか、ヒップホップすら聴いたことないオーディエンスの目にまで届くことになるだろう。現在の彼らの輝きは、バックグラウンドがうんぬんなどといった説明をまったく必要としていない。だがその音楽はやはり、東京と横浜に挟まれた、排気ガスに煙る工業地帯の闇で生まれたのだ。

 BAD HOPの新作『BAD HOP ALL DAY』は9月15日から配布開始とだけ予告されている。そこにあの“CHAIN GANG”が収録されるのか、もしくはさらに吹っ切れたポップ・チューンで埋め尽くされることになるのか、それはわからない。だが遅かれ早かれ、彼らはこの『BAD HOP 1 DAY』にあえて収録しなかった“CHAIN GANG”の闇さえも飲み込んだ作品を完成させるはずだ。社会の暗部の若きサヴァイヴァーたちが、ガードがガラ空きのこの国のポップ・フィールドのど真ん中を撃ち抜く。それは日本のラップが、USラップに遜色ないポピュラリティと社会的なインパクトを獲得する狼煙を意味するだろう。

 ポップの変革とは、社会のリアリティの変革だ。いまだ公共の場での刺青の露出がタブーとされる保守的な島国で、子どもの頃の包丁の傷をタトゥーで消したユースが爆発的な成功を手にするとき。レイシストのヘイト・デモを中止に追いやった川崎南部で生まれた、「コリアン、チャイニーズ、南米/繋がれてる川崎のWe are Chain Gang」というリリックが日本中に響き渡るとき。この社会のリアリティは必ず、あと戻りできない変化を経験するはずだ。

 ハナから眼中にない金も女もすでに目の前にあって、それでもまだ足りない。足につながれた鎖が切れるのはまだ先で、育ちの悪さを隠そうともせずに鉄の心臓に札束の羽を生やす。当たり前のものをなにも持たずに生まれ育ったのに、彼らは強いのではない。当たり前のものをなにも持たずに生まれ育ったがゆえに、彼らは強い。被差別や抑圧の体験をみずからのエネルギーの源泉とするその逆説こそは、「どん底から這い上がった(Started from the Bottom)」人間の、最大の武器だ。屈指のハードな環境を生き抜いたユースがいま、弾けるように強靭なポップ・ミュージックを鳴らそうとしている。どんだけ控えめにいっても、最高な時代だと思う。

*原稿の執筆にあたり、磯部涼氏から貴重な示唆を得た。感謝したい。

Clams Casino - ele-king

 インターネット時代の音楽のあり方を特徴づけるもののひとつに、ミックステープがある。もちろんミックステープそれ自体はその名の通りもっと昔から存在しており、ヒップホップという文化を構成する重要なメディアのひとつであり続けてきたわけだが、それが、店頭や路上とは異なり全世界に開かれているインターネットという場で公開されるようになったことの意義ははかりしれない。近年のUSインディ・ヒップホップの盛り上がりも、このミックステープ文化を抜きに語ることはできないだろう。
 クラムス・カシーノことマイケル・ヴォルプもその恩恵にあずかってきたアーティストのひとりだ。『Instrumental Mixtape』(2011年)でコアなリスナーたちの耳をかっさらい、続くEP「Rainforest」(2011年)で高い評価を勝ち取り、リル・Bやエイサップ・ロッキー、ザ・ウィークエンドなどへトラックを提供しながらめきめき頭角を現わし、それらのトラックを収録した『Instrumental Mixtape 2』(2012年)で独自の地位を確立したこのプロデューサーは、ミックステープという媒体を通して2010年代のヒップホップのオルタナティヴな側面を提示してきた。現実生活の息苦しさとパーティ的な軽やかさとを同時に打ち鳴らし、「わかっているさ、こうだろ?」とでも言わんばかりの、ポップ・ミュージックの虚飾をすべて引き受けたかのようなそのサウンドは、続く『Instrumental Mixtape 3』(2013年)にも引き継がれている。その後アルカとともにFKAトゥイッグスの楽曲を手掛けたことも記憶に新しい。そんな彼がいざオリジナル・アルバムを作り上げたら、どんな傑作が生みだされるのだろう──そう期待していたファンも多いだろう。

 ここにようやく、クラムス・カシーノの記念すべきファースト・アルバムが届けられた。ミックステープをカウントすると通算4作目となる本作には、これまで様々なラッパーやシンガーにトラックを提供してきたプロデューサーのアルバムらしく、多彩なゲストが招かれている。リル・Bやエイサップ・ロッキー、ヴィンス・ステイプルズやミッキー・エッコといったおなじみの面々に加え、リアーナやプレフューズ73のアルバムに参加していたシンガーのサム・デュー、昨年〈Warp〉と契約しますますその存在感を増しているインディR&Bディーヴァのケレラ、アルト・ジェイのジョー・ニューマンやフューチャー・アイランズのサミュエル・T・ヘリング、ウェットのケリー・ズトラウなど、おそらくは今回が初顔合わせとなる面々がこの記念すべきファースト・アルバムに華を添えている。

 美しくも不穏なシンセの下方を低音がうなり続けるアルバム前半のトラック群は、たとえばファティマ・アル・カディリをマッチョにしてメジャー・レーベルに放り込んだらこうなるのかなといった趣で、"Be Somebody" や "All Nite"、"Witness" を貫き通すダークなムードはかなり意図的に演出された感もあるものの、メジャー特有の大げさな音響のなかで真摯に世界を映し出そうとしているように聴こえる。

 しかし、アルバム中盤から雲行きが怪しくなってくる。6曲目のタイトル・トラック以降はがらりと雰囲気が変わり、様々なタイプのトラックが様々なヴォーカリストを引き連れて次々と行進していく。いろいろ試したいのだろうなというのは伝わってくるのだけれど、冒険的であろうとしているのに妙に小ぎれいに落ち着いてしまっているというか、ゲスト・ヴォーカルの必要性が感じられなかったり、あるいはゲスト・ヴォーカルに食われてしまっていたりするトラックが多く("Into The Fire" なんて、これでは完全にミッキー・エッコが主役じゃないか)、結果的に全体として何をしたいのかよくわからないアルバムになってしまっている。それでも "A Breath Away" のパーカッションとヴォーカルの絡み具合は素晴らしいと思えたし、だからこそ、このアルバムを聴き終えた後には名状しがたいもやもや感が残り続ける。

 これがメジャーに行くということなのか──それが本作を聴いて最初に抱いた感想だった。もちろん、レーベルの意向なんて全然関係なくて、これこそがマイケル・ヴォルプ本人のやりたかったことなのかもしれない。でも、だとしたら彼は完全に迷走している。
 これまでのクラムス・カシーノのミックステープは、それが“単なる”寄せ集めであるからこそ面白かった。苦しみもあれば楽しみもあった。悲しみもあれば喜びもあった。様々な時期に様々な目的のために作られたトラックが雑然と並べられているがゆえにこそ、彼のミックステープには良い意味での多様性が具わっていた。たしかにデビュー・アルバムとなる本作も、まとまりがないという点においてはかつてのミックステープ作品と似通っている。けれど、本作には猥雑であることの歓喜がない。本作にあるのは、統制された多様性だ。「こっちのきみは存在してもいいけど、そっちのきみは存在しちゃだめ」。まるでそう言われているように聴こえる。
 多様であることを肯定するミックステープ文化によって確固たる名声を手にしたクラムス・カシーノは、これから先、一体どこへ進もうとしているのだろうか。

Jeff Mills - ele-king

 ジェフ・ミルズの探究心が止まらない。
 昨年おこなわれた相対性理論とのコラボレイションを覚えているだろうか? ザ・ウィザード時代もUR時代も、そしてもちろんソロとして独立してからもずっと彼は、デトロイトという地名とテクノという音楽を背負いながら、ひたすら前進し続けている。
 今回ジェフ・ミルズが共演を果たすのは、ユウガ・コーラーの指揮する東京フィルハーモニー交響楽団。ジェフは2006年に発表された『Blue Potential』(録音は2005年)より断続的にオーケストラとの共同作業を続けているが、いまその最新の姿があらわになる。来る日曜の朝は早起きして、テレビの前に座り込もう!

今年3月に、東京フィルハーモニー交響楽団とのコラボレーション公演を東京渋谷のBunkamura オーチャードホールでおこなったジェフ・ミルズが、9月11日にテレビ朝日系で放送される音楽番組『題名のない音楽会』に出演する。

9月11日放送分(BS朝日では9月18日)の『題名のない音楽会』では「オーケストラで高揚する音楽会」をテーマに、クラシック音楽イベント『爆クラ!』を主宰する湯山玲子がクラシック音楽の新たな聴き方を提唱。ジェフ・ミルズはゲストとして登場し、東京フィルハーモニー交響楽団とのコラボレーションでテクノ・アンセム "The Bells" とアンダーグラウンド・レジスタンス(UR)後期の名曲 "Amazon" を披露、指揮はユウガ・コーラーが担当する。

なお、ジェフ・ミルズはオーケストラ・サウンドを全面的にフィーチャーした新作『Planets』を来年初頭にリリースする予定。第一弾のトレーラーも公開されているので、ぜひチェックを。

Jeff Mills『Planets』Trailer1

【番組詳細】
テレビ朝日『題名のない音楽会』毎週日曜あさ9時放送
https://www.tv-asahi.co.jp/daimei/sphone/

【出演者】

ジェフ・ミルズ /DJ
1963年アメリカ、デトロイト生まれ。デトロイト・テクノと呼ばれる現代エレクトロニック・ミュージックの原点と言われるジャンルの先駆者。DJとして年間100回近いイベントを世界中で行なう傍ら、オーケストラとのコラボレーションを2005年より開始、それ以降世界中でおこなった全公演がソールドアウト。クラシック・ファンが新しい音楽を発見する絶好の機会となっている。来年初頭、オーケストラのために書き下ろした作品『Planets』を発売予定。

湯山玲子  ゆやま れいこ /著述家
日本大学藝術学部文芸学科非常勤講師。編集を軸としたプロデュースをおこなうほか、自らが寿司を握るユニット「美人寿司」を主宰する。著書に『女装する女』(新潮新書)、『文化系女子という生き方』(大和書房)、『男をこじらせる前に 男がリアルにツラい時代の処方箋』(角川書店)ほか多数。クラブ仕様のサウンドシステムで、クラシックを聴く「爆クラ」イベントをほぼ毎月一回のペースで開催。現在はテレビ番組のコメンテーターとしても活躍。

ユウガ・コーラー /指揮
1989年生まれ、アメリカ、ボストン出身。日米ハーフ。ハーバード大学コンピュータ科学科を首席卒業後、ジュリアード音楽院で指揮を最年少としてアラン・ギルバートに師事。在学中アスペン、タングルウッド音楽祭に出演し、ブルーノ・ワルター賞、アンスバッカー・フェロウシップなどを授与される。現在はロサンゼルスのYMFデビュー・オーケストラの音楽監督を務め、最近のコンサートでは開演5時間前から聴衆が並び始めたことも話題を呼び、『LAタイムズ』紙・『ワシントンポスト』紙で好評を博す。

 ヒップホップという音楽には、アーティストたちが自分たちをヒップホップに縛り付けることによって、それ自体の強度や結束を固め、シーンの中の人間にしか理解できない、暗号化された言葉を用いる音楽として発展してきた側面がある。その暗号化こそがヒップホップの強さとして機能するのだが、ともすればその暗号は、読み解かれることがなく、忘れ去られてしまう危険性も備えている。では5lackの場合はどうだろうか。

 ここ最近の5lackの活動を追っていると、彼は自分がもともといたシーンを飛び越えていこうとしているかのように見える。2020年東京オリンピック・パラリンピックのキャンペーンCMに起用されたり、今年のフジロックでは野田洋次郎のソロ・プロジェクトであるイリオンのステージにゲスト出演したりするなど、最近の彼はシーンの外、あえて言えばオーヴァー・グラウンドな領域に飛び込むことに躊躇がないようにも見える。
 しかし、5lackは自らのシーンをないがしろにするようなことはしない。彼は先月末に、自身やブダモンクを始めとするおなじみの面々がレジデントを務めるパーティー「ウィーケン」を復活させたり、最新シングル『フィーリン29』ではコージョーをフィーチャーしたりしている。シーンの外に出ていくからといって、シーンと決別する必要はないということだ。
 彼が自分たちのシーンを「人柄だけ」で築き上げてきたのではないということは、彼のソロ作や、シック・チームのサウンドを聴けばよくわかるだろう。かつて、そしていまもなお「人柄だけじゃミュージックって思わない」と歌い続ける5lackは、まさにその言葉を体現するように、シーンの奴らとドープでタイトな音楽を作り上げているのだ。そして、その言葉はシーンの外においても例外ではなく、どこのどんな場所においても、5lackは妥協しない。それはどこに飛び込むか、という点においても、だ。
 わかる奴にはわかる。しかし、わからない奴にもそれは魅力的で、ディグるべきもののように見える。5lackが作り出してきたものには、そのような魅力がある。

 ここまで長くなったが、本題である。5lackは、10月15日にWWW Xにて、自身初のロングセット・ワンマンライヴを開催する。公演は約1ヶ月先の話であるが、公開されている情報はまだ少ない。
 唯一公表されているのは、mabanua bandとのバンド編成を含めたロングセットになるということだけだが、それだけで充分だ。多くを語らずとも、このライヴが最高の体験になることはわかっている。
 昨年の9月以来およそ1年ぶりとなる5lack with mabanua bandとしてのライヴは、日本のヒップホップ・シーンとだけでなく、ケンドリック・ラマーやアンダーソン・パークといった、USのヒップホップ・シーンとの共振を感じさせてくれるものになるだろう。それは、彼らがともにヒップホップを生音バンドでやっているから、という単純な話ではない。5lackもケンドリック・ラマーもアンダーソン・パークもみな、同世代の人間だからこそ共振することのできる、新しい音に対する貪欲な意識を持っているのである。バンド・サウンドによるヒップホップというスタイルも、新しい音への意識があるからこその選択の結果だ。彼らの作り出す音は、これまで存在してきたヒップホップの音を、確実に更新しているのである。

昨年9月26日にウィーケンでおこなわれた5lack with mabanua bandのライヴ映像

 先日、KOHHがフランク・オーシャンの新譜に参加し話題となっていたが、5lackも我々にそのようなサプライズを用意してくれるのではないか、とつい妄想してしまう。しかし、そんな妄想をしている場合ではない。現実は迫っている。呆けている間に5lackのワンマンライヴのチケットは売り切れてしまうだろう。我々は1ヶ月後に5lackの現実を目撃しなければならない。(菅澤捷太郎)

Mark Pritchard × Thom Yorke - ele-king

 古くはリロードやグローバル・コミュニケーションとして、近年ではハーモニック313やアフリカ・ハイテックとして知られるテクノのヴェテラン、マーク・プリチャード。このたび、5月にリリースされた本人名義としては初となるアルバム『Under The Sun』から、トム・ヨークがヴォーカルで参加した "Beautiful People" が12インチとしてシングル・カットされ、同時にMVも公開された。ポーランドの映像作家 Michał Marczak が監督を務める同MVでは、トム・ヨークの顔が照射された旅人が荒れ果てた大地をさまよい歩いていく様子が描かれている。

 ちなみに、マーク・プリチャードとトム・ヨークが交流するのは今回が初めてではない。レディオヘッドは2011年に『The King Of Limbs』をリリースした際、同作収録曲のリミックスを様々なアーティストに依頼し、12インチのシリーズとして展開しているが(それらはのちに『TKOL RMX 1234567』としてまとめられている)、マーク・プリチャードもそこに招かれたひとりである。1アーティスト1曲ずつという並びのなか、マーク・プリチャードのみがハーモニック313名義とソロ名義で2種類のリミックスを提供している。レディオヘッドあるいはトム・ヨークにとって、マーク・プリチャードというタレントはそれだけ別格の存在なのだろう。

 なお、今回シングル・カットされた "Beautiful People" のB面には同曲のインストゥルメンタル・ヴァージョンが収録されている。バイ・ヴァイナル!

C.E & HINGE FINGER T - ele-king

 先日お伝えしたように、Joy Orbison と Will Bankhead が主宰するレーベル〈Hinge Finger〉と、Sk8ightTing と Toby Feltwell がディレクターを務めるブランド〈C.E〉が共同でおこなうクラブ・イベント〈C.E & HINGE FINGER〉が9月10日(土)に開催される。〈Hinge Finger〉のショウケース的な意味合いも含む当イベントでは、Joy Orbison と Will Bankhead の2名に加え、スウェーデンから Peder Mannerfelt が、日本から DJ Nobu が参加し、計4名がメインフロアの UNIT に登場する。また、地下フロアの SALOON には〈C.E〉と縁の深い面々が顔を揃える。

 それに先がけ、当イベントのチケット付きTシャツ「C.E & HINGE FINGER T」が、9月3日(土)に発売されることとなった。今回発売されるTシャツのグラフィックは、フライヤー/ポスターのデザインを分解して、フロントとバックにプリントしたもの。付属するチケットは一般発売されているものとは異なり、グラフィックがプリントされたリストバンド型のチケットとなっている。

 なお、当イベント・チケット付きTシャツは、9月3日(土)に南青山にオープンする〈C.E〉の実店舗のみでの発売となる。この絶好の機会に、音楽とファッションを同時に楽しもう!

NHK yx Koyxen - ele-king

 もうそろそろ20年になろうかというコーヘイ・マツナガの歩みを眺めていると、「浪費」や「放蕩」といった単語が思い浮かんでくる。1998年に〈Mille Plateaux〉からデビューを果たした彼は、これまでに Koyxeи や NHK bs、NHKyx や NHK'Koyxeи といった名義を使い分け、メルツバウやセンセーショナル(元ジャングル・ブラザーズ)、ショーン・ブース(オウテカ)やハイ・プリースト(アンチポップ・コンソーティアム)、あるいは SND といった多様な個性たちとコラボレイションをおこない、〈Tigerbeat6〉や〈Raster-Noton〉、〈Skam〉や〈Pan〉といったエレクトロニック・ミュージックの名門レーベルからリリースを重ねてきた。ややこしい名義を使い分け、様々なレーベルを未練なく渡り歩いていくその姿は、リリースを重ねるごとに意識的に何かを捨て去っていこうとしているかのようにも見える。その「使い捨て」感は曲名にも表れていて、彼のアルバムには "587" や "367"、"629" といったよくわからない数字が並んでいる。

 多作な彼による膨大な作品群は、大きくエクスペリメンタルなものとフロア・オリエンテッドなものに分別することができる。昨年の12インチ「Hallucinogenic Doom Steppy Verbs」に続いて〈Diagonal〉からリリースされた本作『Doom Steppy Reverb』は、後者に属するものだ。
このアルバムの内容は、一言で言ってしまえば「ダンサブルなテクノ」ということになるのだけれど、本作にはどこか徹底して覚めた態度、あるいは極端に冷え切った何かがある。極めて身体的・機能的でありながらも、EDMのような下品さとは決して相容れない享楽性。インテリジェントな香りもそこはかとなく漂ってはいるが、それもとっつきにくい類の高尚さとは無縁である。ここにはただ淡々とした、だが強靭なテクノ・トラックが並んでいる。

 かつてブリアルが登場してきたとき、なんて冷たいダンス・チューンを鳴らすのだろうと思ったものだが、本作を聴き終えた後に襲ってくる戦慄にも似た不思議な余韻は、初めてブリアルの音楽に触れたときの感覚に近い。実際、"1073+Snare" や "1038 Lo Oct Short"、"Y" や "1048" といったトラックには、ダブステップ以降のリズム感覚・音響感覚が具わっている。
 だが、ブリアルの音楽には荒廃したロンドンの情景が強く刻み込まれていた。NHK yx Koyxen 名義のこのアルバムには、そういった情景を連想させる要素が一切ない。あるいは仮にそういった要素が含まれているのだとしても、それは決して具体的な都市や人間の断片などではなく、世界のどこかの、もしかしたら存在するかどうかさえわからない、ある閉じられたフロアの抽象的な情景だ。
 ただ踊り、ただ飲み、ただ吸い、ただ遊び尽くす。これは「いま」という時間を意図的に使い捨てていくための音楽である。たとえば "1082 S" の残響音が鳴らしているのは、そのような空虚な「いま」の痕跡なのではないだろうか。このアルバムを聴いていると「蕩尽」という言葉すら使いたくなってくる。

 フロアで床を見つめながら、あるいは天井を見上げながら、何も考えずに踊り続ける。そこに大きな意味などはなく、ただ過ぎ去っていく現在だけがある。その享楽を彼はベルリンのシーンのなかで見つけてきたのだろうか? 一体、この音楽の先には何があるのだろう?
たぶん、何もない。低俗でもなければ高尚でもない、どこまでもストレートなこの踊るためのテクノ・アルバムは、ただ「いま」という時間を消費し、虚無を見つめる。

 B.D.は常に「東京」を意識してきた。そして、それは今も変わらない。彼の新プロジェクトが、そのことを証明しているのだ。
 前作から約3年ぶりとなる今回のプロジェクトは、ドメスティック・アパレルブランド、BACKCHANNELとハード・ディガー・プロデューサー、Mr.Itagaki a.k.a. Ita-cho、そしてB.D.のコラボレーションによる、スペシャル・アイテム・ボックスとしてのリリースとなる。このボックスには全楽曲をMr.ITAGAKI a.k.a.Ita-choがプロデュースしたEP『BORDER』(全11曲)と、その他にCAP、TOWELが同梱されており、そのデザインはB.D.の前作『BALANCE』でのアートワークで注目を集めた、KANTOが担当している。また、今回のEPはCD単体でのリリースは予定されていないとのこと。
 アイテム・ボックスのリリースは9月23日(金)であるが、それに先駆けWEBサイトと、本作に収録されている「Guidance」、「Iranai feat.OMSB」のMVが公開されている。これを見れば、B.D.が「東京」のアンダーグラウンドを更新し続けていることを再認識出来るだろう。スペシャル・ボックスは追加生産なしの数量限定アイテムということで、入手困難になることも予想されるが、マスト・チェックなEPをぜひ手に入れてほしい。

(以下、「Guidance」「Iranai feat.OMSB」のMVです。)


「BACK CHANNEL × B.D. × Mr.Itagaki a.k.a. Ita-cho BORDER SPECIAL BOX SET」

価格:¥10,000+tax
発売日:2016.9.23

タイトル:BORDER
アーティスト:B.D., Mr.Itagaki a.k.a. Ita-cho
レーベル:GREEN BACK

Track List
1.Mezame
2.48Tricks
3.Guidance
4.Seventh Heaven
5.16deep
6.Fly Wire
7.Iranai feat.OMSB
8.Lemon
9.Groovy Line
10.Better Days
11.Next Door
All Tracks Produced by Mr.Itagaki a.k.a.Ita-cho

WEB:https://border.grbk-killaturner.com


■B.D.(Rapper)
10代よりソロ活動を皮切りにキャリアをスタートさせる。
IKB(池袋)や渋谷宇田川町を地場にTHE BROBUS (B.D.,BAZOO,DWEET,HASSY THE WANTED)を結成。2枚のアルバムをリリースする。
解散後再びソロに転向し「THE GENESIS」をリリース。その活動と平行してTETRAD THE GANG OF FOUR(NIPPS,B.D.,VIKN,SPERB)を結成。またNIPPSとB.Dが中心となりアンダーグラウンドの雄が集結したTHE SEXORCISTが誕生。変態キャンペーンを合言葉にその活動に大きな注目を集める。そして2013年末にはユニバーサルミュージックよりメジャーアルバムとなる「BALANCE」をリリースするなど、精力的な活動を続ける「東京の」ラッパーである。KILLATURNER名義で制作したDJ MIX「KILLA SEASON」が各方面より高い評価を得て現在はDJとしての活動も行う。
https://www.grbk-killaturner.com/

■Mr.Itagaki a.k.a.Ita-cho (Producer)

digger producer,beatmaker dj,vinyl dealer,vintage blaxploitaition & vintage kung fu poster dealer
ヒップホップのレコードを世界一売った店の元バイヤーとして、100タイトルを越えるエクスクルーシブ盤の制作やクラシックタイトルの再発などの仕事で評価を受ける。
海外への買い付けでもアメリカ,ヨーロッパなどで掘りまくるハードディガー。数多くのジャパニーズヒップホップ作品のプロデュースワークでも知られる。
DJプレイでは各地にて黒いバイブスに裏付けされた幅広いジャンルの選曲で玄人筋から評価を得ている。
2006年のオリジナルアルバムに続き、09年にビクターエンターテインメントよりリリースされたP&P records音源を使ったオフィシャルMIX CはUKチャートでNo.1を獲得した。
作品のジャケットデザインを始め、アパレルブランドのアートワークディレクションもこなす。元調理師でK.O.D.Pのメンバー。
https://thevinylpimp.com/

■Back Channel

1999年、東京でアンダーウェア・メーカーとしてスタート。ブランド名は「裏ルート」という意味を持ち、現在ではテキスタイル、シェイプ、ファンクションの融合をコンセプトに、トップスやボトムスにアクセサリーといった幅広いメンズコレクションを展開している。ストリートを背景に、高品質マテリアル、高性能ディテールをとことん追求し、シーズン独自の世界観でオーセンティックなアパレルを表現。また、近年では本格アウトドア・ブランドとのコラボレーションも実現し、アウトドア愛好家も納得するハイクオリティなプロダクトを数多く発表。着る人の雰囲気や個性を最大限に引き出すことを意図した、洋服作りを続けている。
https://www.backchannel.jp/

Tyondai Braxton - ele-king

 2000年代のバトルズ、すなわちタイヨンダイ・ブラクストンが在籍していた頃のバトルズは、リズムの面でもテクスチャーの面でも、そして何よりバンドであるということの最大の武器であるアンサンブルにおいても、あの時代に唯一、世界に対して戦争を吹っかけていたバンドだったのではないかと思う。当時、グライムやダブステップの強度に太刀打ちできるロック・バンドがどれだけいただろうか。かれらのアイデアにどれほどユーモラスな要素が垣間見られたとしても、リスナーはそれを「いま」という状況のなかでどこまでもシリアスに受け止めざるをえない――バトルズはそういう強制力を持つバンドだった。

 ミニマル・ミュージックを経て、ファンクを経て、パンクやハードコアを経て、クラブ・ミュージックを経て、ポスト・ロックを経た後の世界で、ロックという文脈のなかで何ができるのか。様々なアイデアがほぼすべて出し尽くされてしまった時代に、ロックという文脈のなかで何をすべきなのか。バトルズはそういう「いま」鳴らされるべきサウンドに極めて意識的なバンドだったし、そしてそれを実行する技術があった(いまさらわざわざ言及する必要はないかもしれないが、バトルズは、各々長いキャリアを積んだメンバーが一堂に会したいわゆる「スーパー・バンド」である)。

 そのエクスペリメンタリズムの中核を担っていたのがタイヨンダイ・ブラクストンであったのは間違いない。1作目の『History That Has No Effect』(2002年)やパーツ&レイバーとのスプリット『Rise, Rise, Rise』(2003年)などのタイヨンダイの初期作品を聴くと、まさに彼の音楽的欲動こそがバトルズというバンド全体の「コミュニズム」(と、共同作業のことをあえてそう呼んでみる)を突き動かしていたのだろうと思えてくるし、実際、彼が脱退した後のバトルズはかつて自らが担っていた戦争性・状況性から背を向け、ひたすらジャム・バンドとしての成熟を目指しているように聴こえる。

 バトルズ在籍中に発表された2作目『Central Market』(2009年)はストラヴィンスキーなどに触発され、現代音楽とポップとの共存を見事に達成してみせた意欲作ではあったが、いまだバトルズの昂奮冷めやらぬ時節に鳴らされたそのオーケストラ・サウンドは、聴き手に「なぜいまこれなのか?」という疑問を生じさせるものでもあった。徹底的に作り込まれた細部は確かに耳の肥えたリスナーたちの想像力を強く刺戟するものではあったが、全体としてはロック・ミュージシャンがオーケストラルなクラシックを導入したときの「あちゃー」という感覚の拭えないアルバムでもあった(タイヨンダイ本人は自身がロック・ミュージシャンであるという意識など微塵も持ち合わせていなかっただろうが)。

 だから3作目『HIVE1』(2015年)でのミュジーク・コンクレートへの軌道修正は正解だったと思う。おそらくはフィリップ・グラスとの交流が転換点となったのだろう。打楽器とモジュラー・シンセによって織りなされる最先端のリズムとテクスチャーは、2015年のタイヨンダイ・ブラクストンがソロ・アーティストとして表現しうる、そのすべてがぶち込まれた作品だった。

 そして、本作である。このEPは一言で言ってしまえば、『HIVE1』の延長である。だがそれはアルバムの単なる焼き直しではない。ここには、『HIVE1』の先へ突入しようというタイヨンダイの音楽的欲動が明確に表れ出ている。細かく刻まれたサンプル・ヴォイスに電子音が絡みつく "Oranged Out" は、タイヨンダイ・ブラクストンという音楽家のアイデンティティの更新を宣言しているかのようだし、規則的なビートの上を泳ぐシンセが印象的な "Hooper Delay"、シンセのみで白昼夢を演出してみせる小品 "Fifesine"、日本盤『HIVE1』にボーナス・トラックとして収録されていた "Phono Pastoral"、打楽器の躍動性にそのテクスチャーとしての可能性をもぶち込んだ "Greencrop" と、どの曲も実験的でありながらどこかエロティックでもある。この官能性は『HIVE1』にはなかったものだ。それに、銃規制団体を支援するという本作の制作目的も、いまの合衆国の状況を鑑みると非常にタイムリーである。タイヨンダイはこの2016年に、かつてとは異なる手法で「いま」という時代や状況に応答しようとしている。


 こんなことを言ってもしかたがないのだけれど、本作を聴くとやっぱりどうしても、いまのこのタイヨンダイがまたあの3人とやったらどうなるのだろう、と思わずにはいられない。本作のような官能的エクスペリメンタリズムが、あの圧倒的なバンド・サウンドと共存することができたら……本作はそんな夢想と余韻を与えてくれるEPである。

Bon Iver - ele-king

 この10年において、インディ・ロック・シーンが発見したもっとも巨大な才能だったのかもしれない……ジャスティン・ヴァーノン、彼のボン・イヴェールとしての新作『22, A Million』が9月30日にいよいよ発表される。もちろん<ジャグジャグウォー>からだ。前作『ボン・イヴェール、ボン・イヴェール』(11)から、カニエ・ウェストやジェイムス・ブレイクとのコラボレーション、ポストロック・バンドのヴォルケーノ・クワイアでの活動、数々のプロデュース・ワークに地元町でのフェスティヴァル開催、そして初来日公演と何かと話題はあったものの、やはりボン・イヴェールとしての新作は重みが違う。

 彼が主宰するフェスティヴァルでは新作が全曲プレイされたが、インターネット上でも正式に2曲が発表されている。実験的なジャズとヒップホップの大胆な導入、アンビエントとドローンへの関心、ゴスペルとフォークへの忠誠……そうしたものが彼自身のエモーションで繋ぎとめられているかのような絶大なインパクトを持った、新作への期待を否応なく煽る2曲である。アルバムのクレジットにはヴァーノンの音楽仲間たちを中心に膨大な人数が記されており、もはやボン・イヴェールが山小屋のフォーク・ミュージックから遥か遠くまで来たことを証明している。ボン・イヴェールというプロジェクトを通してヴァーノンが、様々な音楽ジャンルや形式や、そこに関わる人間たちの力を借りて、新しい音楽的コミュニティを模索し創りあげようとしているように思えてならないのだ。

 公式サイトではTシャツ付やジャケット付も選べる形でプレセールが始まっている。話題作が続く2016年だが、もちろん本作もハイライトのひとつとなるだろう。

22 (OVER S∞∞N) [Bob Moose Extended Cab Version]

10 d E A T h b R E a s T ⚄ ⚄ (Extended Version)


Bon Iver / 22, A Million
Jagjaguwar



22, A Million Tracklist:

1. 22 (OVER S∞∞N)
2. 10 d E A T h b R E a s T ⚄ ⚄
3. 715 - CR∑∑KS
4. 33 “GOD”
5. 29 #Strafford APTS
6. 666 ʇ
7. 21 M◊◊N WATER
8. 8 (circle)
9. ____45_____
10. 00000 Million

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291