「Low」と一致するもの

interview with Mayumi Kojima and Makoto Kubota - ele-king

 小島麻由美のデビュー20周年を記念した最新アルバムは、地中海随一のサーフ・スポットとして知られるテル・アヴィヴ産のサーフ・ロック・バンド、ブーム・パムとの心躍るコラボレーション作となった。……と表現すれば陽気なムードも漂うが、イスラエルが置かれた政治的な状況を鑑みるならば、おいそれと東京のインディやJポップと比べるわけにはいかない。建国70年足らず、文化も政情も不安定な場所に芽吹いたその音楽は、それでも翳りなくみずみずしく鳴り響きながら、いまこの列島のポップスと不思議な邂逅を果たした。タフである。
 今回、このコラボレーションにもう一段深い意味を与えるのが、そのたぐい稀な作品群においてたえず日本のポップスのアイデンティティを問いつづけてきた久保田麻琴の存在だ。その名がクレジットされているのを見れば、この企画の仕掛け人かとも思われるが、実際には小島麻由美は小島麻由美として、久保田麻琴は久保田麻琴としてブーム・パムに出会い、ブーム・パムを通してふたりが出会ったかたちになるという。しかし、氏がこの仕事に加わることになったことはただの偶然ということばではカタがつかない。日本のポップスを動かす歯車は、このような出会いによって、しずかに、少しずつ前に向かって回転しているのだと感じられる。
 メジャー・シーンを歩みながらもしなやかなカウンターとしてその歌を紡いできた小島麻由美と、その先見性にいまあらためて瞠目せざるをえない久保田麻琴。『ウィズ・ブーム・パム』を通してイスラエルと日本の音楽について語ってもらった。

■小島麻由美
東京都出身のシンガー・ソングライター。1995年、シングル「結婚相談所」でデビュー。現在までにオリジナル・アルバム9枚、ミニ・アルバム2枚、シングル16枚、ライヴCD1枚、ベスト・アルバム2枚、映像DVD2タイトルを発表。自筆イラストがトレードマークともなっており、1999年NHK「みんなのうた」への提供曲「ふうせん」では、三千数百枚に及ぶアニメ原画も提供。イラスト&散文集『KOJIMA MAYUMI’S PAPERBACK』もある。映画、CMへの歌唱・曲提供、また2001年仏盤コンピレーション参加、2001~2002年「はつ恋」が任天堂USAのCM曲として北南米にて1年間に渡り放映、2006年JETRO主催『Japan Night』(上海)、2009年『Music Terminals Festival』(台湾・桃園)参加など海外のフェスやコンピレーションへの参加も多い。2015年、デビュー20周年を迎える。

■Boom Pam / ブーム・パム
イスラエルを代表するオリエンタル・サーフ・ロック・バンド。現在のメンバーはギタリスト/リーダーのウリ・ブラウネル・キンロト(Uri Brauner Kinrot)、チューバ奏者のユヴァル”チュービー”ゾロトヴ(Yuval "Tuby" Zolotov)、女性キーボーダーのダニ・エヴァ-ハダニ(Dani Ever-Hadani)、2014年秋に新加入したドラマーのイラ・ラヴィヴ(Ira Raviv)の4人。2006年にファースト・アルバムをリリース。WMCE(ワールドミュージックチャートヨーロッパ)のベスト10入りを果たす。その後、ヨーロッパ、アメリカ、カナダ、メキシコ、南アフリカなど全世界でライヴを行う。2012年、2014年に2度来日。現在までに4枚のアルバムを発表し、日本編集のベスト盤『THE VERY BEST OF BOOM PAM』(Tuff Beats)がこのたび発売となる。

■久保田麻琴
同志社大学在学中より、裸のラリーズのメンバーとして活動をはじめる。1973年に東芝よりソロ・アルバム『まちぼうけ』を発表し、その後、夕焼け楽団とともに数々のアルバムを発表、エリック・クラプトン初来日公演の全国ツアーにオープニングアクトとして参加するなど精力的にライヴ活動も行う。またアレンジャー、プロデューサーとしても喜納昌吉の本土紹介に関わり、チャンプルーズのアルバム『ブラッドライン』ではでライ・クーダーとも共演。80年代にはサンセッツとともに海外の多くの野外フェスに登場し。84年にはシングルが豪州でトップ5入りを果たす。90年代からは、プロデューサーとして「ザ・ブーム」らを手掛け、99年には細野晴臣とのユニット、「Harry and Mac」でロック・シンガー・ソングライター・としてカムバック、2000年代にはBlue Asiaプロジェクトなどアジアにおけるプロジェクトを本格化、さらにプロデュース業が充実、CMソングなども手掛けDJや各種講演等多岐にわたって活躍する。著書に『世界の音を訪ねる-音の錬金術師の旅日記』(岩波新書)がある。

ブーム・パムが出てきたときに驚いて。十分にワールドだけど、かつそれ以上にロックンロールだった。(久保田麻琴)


小島麻由美
With Boom Pam

AWDR/LR2

J-PopGarage

Tower HMV Amazon

すごく意外な組み合わせですよね。小島さんと久保田さんですから。

久保田麻琴(以下、久保田):いや、わたしは後付けというか。「こういうメジャーっぽい方がどうしてブーム・パムなのかな?」とは思いましたね。私は、ブーム・パムを2006年か7年くらいに、スペインの〈ウォーメックス〉というバンドの見本市みたいなところで観て。

スペインに行かれたんですね。

久保田:そうです。ワールド・ミュージックの見本市みたいなものを毎年……もう20数年やっているんですよ。でも出演者を立て続けに見ていると、けっこう企画モノみたいなのが多くて。なんか「ワールドだからいい」っていう安直な感じなんですね。私は1週間くらいそこにいて、けっこうずらっと見たんですけど、ブーム・パムが出てきたときに驚いて。十分にワールドだけど、かつそれ以上にロックンロールだった。で、すんげぇ気持ちよくて。それ以来、彼らのことを気にしてたんですよ。そのときに出たファースト・アルバムはあんまりよくなかったんだけれど、「そのうちいっしょにやろうね」くらいの話はあって。
 そうしているうちに、地元で“ハシシ”っていうシングルが出て──それは彼らの曲じゃないんですけど、別のプロデューサーがサンプリングして新しく作っちゃったんですよ。

サンプリングというと?

久保田:ブーム・パムのある部分を切り取って、それを大きく作り直した。それがアップルズのプロデューサーだったMixMonster 。

小島麻由美(以下、小島):あー、そうなんだ。なんかいまっぽい感じだよね。

久保田:DJ系ですよね。トラックメイクというか。

本当にサンプリング的な。

久保田:そうですね。ある曲で「ハシシ」と歌ったところをうまく取って、それでオケを作って歌をまた乗せたんだと思うんです。

小島:そっか。音圧があると思ったらそれだ。サンプリングしているから音圧があるように聴こえるんだ。

「ハシシ」ってちなみにあのハシシなんですか?

久保田:あの辺は原産ですからね。あの辺からスタートしてますから(笑)。

それがやっぱりおもしろくてサンプリングをしたんですか?

久保田:ことばがおもしろいからね。みんなで笑いながら。Youtubeで観られるMVもおもしろいんですよ。中産階級の白人がキマってフラフラになっているのを、みんなで見て笑うっていう感じの。歌詞は何を言っているのか私にはわからないけど。そのときに「あっ、なんだ、地元でアルバムつくればいいじゃん」って思いましたね。1枚めはシャンテルっていうドイツで活動してるDJがプロデュースして、それがあんまりよくなったから。ライヴがすごくいいわりには、CDがダメだな、と。
でも、そうこうしているうちに何年か経って、3、4年前だったと思うけど、サラーム海上から電話があって、「来週ブーム・パムが来ます」という話になった。そこからじっくり話をするようになって。あのときは、ついでにイスラエルのCDのサンプル盤が2、30枚くらいきたんですよ。それもアタリがめちゃくちゃ高くて。


Boom Pam(ブーム・パム)

音楽やっているやつはみんな反戦ですよ。そりゃそうだよ。だってアメリカだっていちばん音楽がよかった67、8年って最低な戦争をベトナムでやっていたわけだもんね。(久保田)

僕はサラームみたいなハードコアなワールド・リスナーとはほど遠い人間なんですけれども、90年代のイスラエルというとイスラエル・トランス──

久保田:さっきも海上とその話をしていたんですけど、いまはそのシーンは終わっていますね。あの時期は国がお金を使って奨励していたらしいんですよ、ゴアとかを。トランス系のDJはそこで育ったりしていたんですけど。

ですよね。そういうイメージがあったんですけど、中東の音楽ってモロッコから何からいろいろありますよね? そういう中において、イスラエルってあんまり印象になかったんです。

久保田:新しい国ですからね。

しかも民族的にも宗教的にもぐしゃぐしゃでしょう? だからなおさらイメージというものがなかった。

久保田:〈ルアカ・バップ(Luaka Bop)〉というデヴィッド・バーンのワールド・ミュージックのレーベルがあって、そこはアフリカの音楽なんかをやっているんですよ。そのレーベル・メイトのイェールって男から連絡があって、喜納昌吉&チャンプルーズをコンピに入れて出したいんだと言うんです。そういう男だから詳しくて、〈マルフク・レコード〉というところで、地元で昌吉が大学生くらいのときにやった“ハイサイおじさん”がいちばんグルーヴが高いんですけど、それをどうしても入れたいと。
その頃は国際電話しかないんで──92、3年くらいだったかな? イェール・エヴレヴという男でね。「イスラエルの音楽ってどうなってるんだ?」って訊いてみたら、そのワールド・ミュージックを紹介してる当のユダヤ人らしき男が、自分のルーツのイスラエルの音楽はちょっと苦手だと。興味がないっていうかね。たしかに私もずーっとイメージがなかったんですよ。

本(『世界の音を訪ねる―音の錬金術師の旅日記』、岩波新書)に書かれていますよね?

久保田:でも、〈ウォーマッド〉っていう、また別のワールド・ミュージックのフェスティヴァルが、10年くらい前にシンガポールにありました。日本でも90年代にはあったんですけどね。そこで観たバンドにイスラエルのチームもあって、イダン・レイチェル(ライヘル)っていうんだけど。まぁ、サラームに言わせるとイスラエルの坂本龍一だっていうようなね、ちょっと男前で、しっとりした曲を作るひとがバンド・リーダーで。 シンガーはエチオピア人と黒人系の男と、演歌っぽい歌を歌ういかにも東ヨーロッパ系の3人がいて、自分の曲とか民謡を彼らに歌わせるバンドなんですね。それを見たときに「アバみたいだな」と思って。すごく歌謡チックなんですよ。イスラエル歌謡っぽい感じがすごくあって。それが最初にテル・アビブにカルチャーありって思ったタイミングでしたね。
 私はジャズはもうずっと離れているので、とくに新しい音楽は耳が閉じてるからあんまり聴かないんだけど、ジャズ・シーンでイスラエルのプレイヤーってすごく多いんだよね。しかもテル・アビブはちょっとやんちゃで、サーフィンの文化があるから、少しビーサン系というか裸足な感じがあって。しかもヤッファーっていうアラブ人エリアがあって、けっこうミュージシャンがそっちに住んでいるんだよ。みんなユダヤ系ではあると思うんだけどね。そこがおもしろくて、物価も安い。そりゃそうだよね。あと食べ物が安全だと。

じゃあイスラエルのなかでもとくにリベラルというか。

久保田:音楽やっているやつはみんな反戦ですよ。そりゃそうだよ。だってアメリカだっていちばん音楽がよかった67、8年って最低な戦争をベトナムでやっていたわけだもんね。でも、アメリカの音楽をわれわれは好きだし、音楽をやっているやつはみんな反戦だった。

じゃあそれと似たような構造がイスラエルにもある、と?

久保田:あるかもしれない。逆に不条理が彼らの心を刺して、その叫びが音楽になっているってことはあるでしょう。

移民たちが第2世代になって、国のアイデンティティができつつあるっていう、ある意味ではいい状況なのと、軍事的な問題点の軋轢。(久保田)

それが近年とくに顕著なんですか?

久保田:建国してから70年くらいですよね? そしてバックグラウンドがいくつもあるんですよ。何十もの世界のエリアから集まっているから。ヨーロッパも中央アジアも、インド、中国、アフリカのひとたちも集まって、そして第2世代ができるまでこれだけ時間がかかった。両親があちこちから来ているわけ。だからアメリカと同じですよね。アメリカは合衆国だったからああいうポップスができた。……あれ、さっきと言うことがぜんぜんちがうか(笑)。

小島:大事大事。全部同じになっちゃうから、ちがわないとね。

移民文化なんですね。

久保田:だと思います。やっとその移民たちが第2世代になって、国のアイデンティティができつつあるっていう、ある意味ではいい状況なのと、軍事的な問題点の軋轢というか。

僕なんかはイスラエルという国に対して偏見があった人間なんですよね。ガザ地区の空爆があったときも、マッシヴ・アタックが公然と手厳しくイスラエルを非難したように、やっぱり反イスラエルみたいなものがありましたから。ただ、実際の音楽シーンにいるひとたちが尖った存在なんだというお話はリアルだなあと。

久保田:あと徴兵ですよね。みなさんやっぱりとられているんですよ。だから軍楽隊に入ったり、郵便係やったりとかして、なんとか。

あと2世っていうのがすごい大きいですよね。

久保田:ブーム・パムのリーダーは両親がチェコとウズベキスタン。

とくにブーム・パムがその中で何かを象徴する存在だったりするんですか?

久保田:やや先輩格だとは思うけど、とくにというわけではないかな。けっこういいバンドが多いんですよ。私がおもしろいなと思ったのが、さっきのテクノやトランスとは対照的に、実際に演奏するひとたちが多いことですね。ドラムが上手なバンドがけっこう多い。体でやるっていうね。こいつら本気だなと思うことがよくあります。

いろんな名前のなかにブーム・パムも挙がっていてんですが、やっぱり彼らがぶっちぎりにおもしろかったので、じゃあやってみようと。(小島麻由美)

Kojima Mayumi With Boom Pam Album Dijest


小島さんはちなみにどういうようにブーム・パムとは出会ったんですか?

小島:そもそもはスペースシャワーの関さんからCDを頂いて、気に入ってたんです。それで20周年企画で「誰かとやってみないか?」というお話になったときに、いろんな名前のなかにブーム・パムも挙がっていてんですが、やっぱり彼らがぶっちぎりにおもしろかったので、じゃあやってみようと。関さんも「大丈夫だと思います」みたいな感じだったから、企画がサッと通った。

じゃあ、ブーム・パムをきっかけに久保田さんと出会ったんですね。

小島:そうですね。

久保田:ブーム・パムはいいバンドなのに日本人とやってしくじるとよくないんで、自分の立場を隠密に作っておいたんです。「あいつらやっぱりよくなかった」って言われたら、お互いの国に対してよくないんで。最終的にはぜんぜんそんな心配はいらなかったんですけど。

小島:結果としては久保田さんとブーム・パムにプロデュースしてもらったという感じだから。

久保田:いやいや、私は後半であと入りした感じなので。

小島:でも曲順を決めていただいたり。

久保田:ははは(笑)。

実際の作業はどんなふうに進んだんでしょう? 今回は原曲があるわけですが、そのデータを個々に送って、アレンジしてもらうという感じでしょうか。

小島:そうです。チューバだから4ビートは無理かなとか、それくらいの感じで。

チューバ、いい味を出してますよね。

小島:それで選んでいって、向こうが仕上げてきてくれて、こちらで歌入れをして。

久保田:だからその頃のことを私は、「なんか作業が進んでるな」くらいしか知らないんですよ。ただ、その時点でレーベルとの間に入って、よかったらいっしょにやるよと。それもおもしろいなということで話が進んだんです。

すごい繋がりですね。

小島:そうですよね。今日初めてお会いしたんです。

えー! そうなんですか(笑)。

小島:「久保田さんが久保田さんが」ってずっと名前を聞いてたけど。今日が初めてです。やっぱりひとと会うとおもしろいですよね。

じゃあディレクションなんかは?

小島:私はなんにも。全部おまかせしました。

久保田:上がってきた最初のマスターの2、3曲を聴いて声が埋もれていたので……外国人だとどうしても日本語を言葉として聴かないじゃないですか。だからちょっとアドバイスしたのがあったくらいで、あとは最終行程のマスタリング。ぼわっとしたものを締めるっていう最後の彫刻ですよね。
 私はいろんなところに行っていろんなことをしますので、最近はマスタリングをすることが多いですよね。不思議な国の不思議なバンドがやるんで、しかもたまたまブーム・バンドと縁があったわけだから、これは成功してほしいなと思っていて。私は「できることがあれば」というポジションを自分で安全弁として作っといたの。

(久保田さんは)日本人じゃないみたい。扉がいっこない感じ(笑)。すごいダイレクトですよ。 (小島)

小島さんはどうなんでしょう、久保田麻琴さんといえばすごい方じゃないですか? 

久保田:いやいや、彼女はそういう先輩が全員大っ嫌いなので。

小島:なんでそんなこと知ってるんですか(笑)。

久保田:有名な方にはアレルギーを起こすってタイプなので、私くらいのサイズでよかったんだろうね。

実際に今日会われてみてどうですか?

小島:いや、すっごい外国に行ったことがある感じがして、日本人じゃないみたい。扉がいっこない感じ(笑)。すごいダイレクトですよ。

久保田:おもしろいのがね、宮古島ってそうなんだよね。浜とかに出てるおばあに話しかけるとね、5分くらいで彼女の人生を語りだすからね(笑)。宮古島の音楽に制作で関わっていて、おじぃおばぁの神歌は一段落したんだけど、30前後の若い子たちのジャズ・バンドも出てきておもしろい。BLACK WAXというジャズだけど、リズムがファンキーなジャムバンドというか。

宮古島の民族性みたいなところを出していると。

久保田:出してるな。曲はアメリカっぽい5、60年代のジャズな感じですよ。

そういう、日本というものをひとつのワールド的な観点で捉えるというような大きな視点が、久保田さんの中に一貫しておありなのではないかと思いますが、そういうもののなかで今回の小島さんのアルバムはどのように……

久保田:論文になりそうだな(笑)。ありがとうござます。素晴らしい質問です。あのね、(曲をかける)私はマスタリングが仕事なんで、まず聴きやすさとか音圧で負けちゃマズいわけ。その点ではこれはオッケーだなと思った。あと、このコラボは歌とバックの混じり合いがすごくうまくいっている。

聴いていてそう思います。リメイクというかトラックを差し替えたとは思えない。

久保田:そうですよね。いまのことばで言えば、ある意味ではオーガニックな仕上がり。楽曲をより一層立体化している感じすらあるっていうかね。「カヴァーしました」っていうよりも──まあ、こっちが先だと言うのは言い過ぎですけど、十分オリジナルに負けないクオリティがあると思いますけどね。ウリ、やったな! いい仕事だぞ! って思いましたね。

このコラボは歌とバックの混じり合いがすごくうまくいっている。(中略)いまのことばで言えば、ある意味ではオーガニックな仕上がり。楽曲をより一層立体化している感じすらあるっていうかね。(久保田)

“泡になった恋”なんかはもともとガレージ感があるというか、そもそもブーム・パムと相性がいいと思うんですよね。でも、その一方ですごくジャジーなものだったりとかもうまくいってますね。

久保田:さっきもサラームとそういう話になったんですけど、アメリカ音楽とかジャズのなかにはそもそも異国性があると思うんですよ。彼女(=小島)は当然ジャズの影響がありますよね。それをブーム・パムが、地中海的な響きでもってやる。文明の発祥の地というか、意外と新大陸のことはもともとそっちにあったりするんですよね。それをうまく小編成のコンボ・バンドで、小島さんのメロディの中から引き出してくる。ちょっとスウィング・ジャズっぽいものは、さらに突っ込んで南イタリアっぽくしてみたりだとか。

あとは「ワールド・ミュージックとしてのサーフ・ロック」みたいな視点というか──

久保田:いや、それを言わせてもらえばね、ベンチャーズの「ノッテケ ノッテケ」なんてさ、あれはアメリカーナではない。あの時点でそこはぶっちぎれてますよ(笑)。だから彼らが“雨の御堂筋”を書くのには何の問題もなかった。ノーキー・エドワーズ自身がたぶんかなりミックスな人だと思う。アメリカン・インディアンとか。エドワーズなんて怪しい名前だけど、きっと本名はちがうんだよ……(笑)。まあ、いずれにせよベンチャーズの中にはすごく異国性があって、それが日本で異常にウケた。
 リンク・レイなんかの音楽もめちゃくちゃエキゾですもんね。

そうですよね。あらためてサーフ・ロックって言われているもののイメージってエキゾなんだなって。中東的なメロディとか音階みたいなものとかもありますし。それを今回この作品で感じたんです。

久保田:よくぞブーム・パムを選んでくれたなって。

小島:やってよかった!

小島さんはブーム・パムのどこがよかったんですか?

小島:うーん、やっぱり、音階と編成と。チューバとか。

久保田:ネットで最近チェックしたんだけど、ニーノ・ロータとかが好きなんでしょ?

小島:ニーノ・ロータ! 好きですね。

久保田:私らからすれば『ゴッド・ファーザー』のイメージがあるけど、彼の音楽自体が南イタリアなわけで──地中海のど真ん中で、古代からの交易地で、いわゆるヨーロッパとは少しちがう。シチリアなんてチュニジアにボートで行けちゃうわけだから。イタリアもまた、その中に異郷を抱えているんだよね。たとえばピチカっていう音楽があって、タンバリンを使うんだけど、そこには毒蜘蛛の絵が描いてある。毒蜘蛛って、南イタリアのシンボルみたいなんですよね。で、それに刺されたときに治療するための音楽とは言われている。ほとんどトランス状態になっちゃうような音楽なんだけど、まぁ、古代的な話です。
 そういう地中海の感性をテル・アビブのいまの子たちは、アメリカのルーツと同じくらいに大事にしていると思うよ。だから小島さんの音楽に、日本の歌謡曲の中にある異国性を見つけて、すごくうまく整理していると思うんだ。鮮やか。ただ、もしかしたら向こうの子なら誰でもできたってわけじゃなくて、彼らだからこそやれたことだったのかもしれない。

そういう地中海の感性をテル・アビブのいまの子たちは、アメリカのルーツと同じくらいに大事にしていると思うよ。だから小島さんの音楽に、日本の歌謡曲の中にある異国性を見つけて、すごくうまく整理していると思うんだ。(久保田)

知的なバンドというよりは、そういうことを身体的にわかっているタイプなんですか?

久保田:いまのテル・アビブの子たちはみんな身体系。知的な人たちはジャズにいくから。もっとエスタブリッシュメントなもの、アメリカのマーケットに刺さるようなものにいくよね、エリートたちは。まあ、テル・アビブはちょっとやんちゃ系かな。やんちゃだけどちょっとインテレクチュアル。そう思います。……まだ向こうには行かないで、楽しみにとってあるんですよ。行ったらきっとすぐケンカになっちゃうから(笑)。

なぜなんですか?

久保田:いや、それはただヨタを言ってるだけなんだけど(笑)。

(一同笑)

久保田:いやいや、好きすぎてヤバいから。あんなところはちょっと、とっておかないと。

さらに先にですか!

久保田:いや、そういう奴いるんだよね。エイドリアン・シャーウッドって男がいてね、80年くらい……〈オン・U〉の最初の頃に会って、僕はいっしょにやりたかったんだ。でも細野さんに反対されちゃってね(笑)。

小島:どうしてなんですか?

久保田:いや、彼はダブが嫌いで。それでいっしょにはできなかったの。でも彼の家に遊びにいってね、そのとき「ほんとにお前らジャマイカとか好きだよな」っていうような話をしたら、「でも好きすぎて行けない」って言ってたんだよね。ロンドンのジャマイカ人とはよく組んでいろんな仕事をしてるんだけど、「もしジャマイカに行って理想が傷つくことがあったら、俺は死んでしまう」って(笑)。

はははは! 彼とは僕もよく会うんですよ。

久保田:ああ、そう? 奥さんのキシは福井の人だったけど、もう別れちゃったんだっけ? ロンドン英語と写真がとてもうまい人だったなぁ。

うまかったですよね。有名なパンク・ロッカーとかもたくさん撮られてましたしね。

久保田:〈オン・U〉の写真も全部そうだよね。まあ、このエピソードはele-kingだと思ってサービスで出したんだけどね──

(一同笑)

久保田:でも、ジャマイカ人じゃないのにあれだけダブをやってるってことには共感もあって、「好きすぎて……」ってセリフには「ああ、こいつ乙女チックなこと言うな」って思ったもんだけど、なんか、いま自分に当てはまってるなって思った(笑)。

そのくらいお好きだと。

久保田:そう、もう好きというかタダゴトではないよね。〈ブルーノート〉とか〈チェス〉とかだってきっとそうだと思うんだけど、はみ出したユダヤの優秀な子たちが、黒人音楽を一つ商業音楽のジャンルとして確立したわけで、でも同じ系の民族がドンパチ戦争やっているっていうのは、なかなかね……。こんなにいい音楽が出てこなかったらボロクソに言ってると思うんだ。不買運動とかしちゃってると思うけど、でもブーム・パムを観たときに「ああ……、わかってるよコイツら」って。で、アルバムをたくさん聴いてみたらどれもすごくよかった。だから、これはきっとシーンがあるなって思ったんだ。
 でも、シーンって、永遠には続かないんだよね。いつだってそう。

では、あるまとまった世代がイスラエルに現われたということなんですか。シーンと呼べるものが活況を呈している、と?

久保田:そうね、世代というか、ちょっとした社会的な状況というか。シーンは確実にある。このコンピレーションは知ってる(https://www.tuff-beats.com/1034/index.html)? ブーム・パムが初めて日本に来たときにもらったCDがあって、なんとかこういうものを自分でもリリースしたいなと思って。僕も準備してたんだけど、〈タフ・ビーツ〉さんが出してくれるっていうから、ぜひ!

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僕はそういうのが好きなの。ひっくり返すのがね。──「これだけ」っていうような閉塞性がいやなんです。 (久保田)

久保田さんは、70年代の『ハワイ・チャンプルー』の頃──細野さんが『トロピカル・ダンディ』なんかをやりはじめるのと時を同じくして、ポップ・シーンから、いまでいうシティ・ポップと言われるようなシーンへ離脱していった印象がありますよね。

久保田:まあ、離脱というかね、居心地いいところに無理しないで居るようになったというか。しかも外国の都市に盤が置かれるようになったときに、自分の音が何なのかと言えるようにしておかなきゃいけないと思った。だって、「お前はコピーだ」って言われたら終わりじゃないですか(笑)。そのためにポーズを取っておこうと。
 その点、テル・アビブの子たちはしっかりしてるよ。ファンクが多いんだよね。でもそれには誰にも文句は言わせない、ってとこがある。アメリカの音楽のもっともよかったときの要素をサっと取り入れてやるわけだから。
「え、お前らこんなにいい音楽をいまだにやってんの!?」みたいな。そういうバンドが多い。ファンケンシュタインってバンドとかさ──

Pファンクから取ってるんですかね。

久保田:いやいや、それでも彼らは無理しない、黒人のフリをしない。アヴェレージ・ホワイト・バンドって──あれはスコットランドのバンドなんだけど、世界のディスコで大ヒットしてね。ドラマーだけちがうけど、みんなスコティッシュですよ? ビー・ジーズはケルト系でしょうね、でもあの音楽で黒人も踊った。僕はそういうのが好きなの。ひっくり返すのがね。──「これだけ」っていうような閉塞性がいやなんです。そういうものを見ると「ロックか? これが?」っておちょくりたくなる。それでカントリーをやろうとしたりとか……なんだろうね、このひねくれ方って。全体主義が嫌いなの。反対のことを言うと怒るとかってさ、「怒る前に聞けよ」って思うんだよね。それは、まあ、ディアスポラ的な考え方なのか、ヒッピーなのか、よくわからないなあ。
 どっちにしても、押し付けられると反発する。逃げる。そういうところはつねにあるかもしれない。

その「反発」をどんなふうに表出するかというところで、久保田さんは拳を振り上げるかわりにゆるい方向に行くわけじゃないですか。そこに新鮮な共感もあったんじゃないかと思うんですが。

久保田:いやもう、そうしないと物事が動かないじゃないですか。

『ハワイ・チャンプルー』は最高にゆるいですよね。

久保田:そうね、武力はぜったいにうまくいかないから。

そのゆるさっていうのは、たとえば「北風と太陽」みたいなもので、北風じゃうまくいかないという確信があって、その上で意図的にやっていたことなんですか? それとももっとセンスみたいなところで──

久保田:うん、「ロックンロール」っていう言葉は引用なんだよね。ロックはタテ、ロールはヨコ、ふたつあって、まるくつながっている。それは音楽から学んだことなんです。人間はひとつの方向だけ持ってるわけじゃない。

もともと宅録少年なんでね。(中略)自分のプロジェクトばっかりやっていたら今回みたいなこともできないじゃない? 俺もリスナーでいさせてくれよっていう。
 あとさ、自分の声は飽きたよ。はははは! (久保田)

久保田さんというと、夕焼け楽団時代はニューオリンズを訪ねられて──

久保田:それは一種のエキゾだよね。やっぱり。アメリカ音楽の中にある異国性、別の知性。

それはハイブリッドなものでしょうか?

久保田:いや、開放感かもね。アメリカン・スタンダードじゃなくて、いろいろちがってていいじゃんっていうね。

それはやっぱりひとつのきっかけになり得たんですか?

久保田:そうだね。それと、喜納昌吉&チャンプルーズ。列島から出てきちゃったんで……『ハイサイおじさん』がさ。

久保田さんは『サンセット・ギャング』の頃はご自身で歌っておられましたよね。

久保田:気がついたら(笑)。それで食えたんで、まあいっかという感じで。

小島:でも、もう歌わないって。

そうなんですよね。

久保田:もともと宅録少年なんでね。(裸の)ラリーズに『MIZUTANI』っていうアルバムがあって、それが第一回のプロデュース作品みたいなもんですね。
録音して再生するっていうことがすごく好きで。それに、自分のプロジェクトばっかりやっていたら今回みたいなこともできないじゃない? 俺もリスナーでいさせてくれよっていう。
 あとさ、自分の声は飽きたよ。はははは!

(一同笑)

久保田:ほんとの歌手じゃないんで……フリはできてもね。自分でいまソロ・アルバムとか作れば、プロデューサー/エンジニアだからそりゃうまくはできるよ。でもそういうことじゃない。これから先、まったくやらないというわけではないけど、それよりおもしろいことがいっぱいあるんだから。ブーム・パムと小島麻由美なんてすごくおもしろいじゃない? そういうことに関わらずにどうする、っていうね。

小島:歌もやって、そういう活動もやったらどうです?

久保田:バンドをやってる頃は、やっぱりメインはミュージシャンとしていなきゃいけないけど、つねに口は出してたっていうか。エンジニアに「外に出てろ」っていって自分でやってたことはあったね。『まちぼうけ』とかもそうだけど。すぐケンカになるから、レコード会社からは問題児だって言われて。

小島:そういうほうがおもしろいですよね。

細野さんなんかは久保田さんとすごく近いところがあると思うんですけど、当時は日本のポップスをどういうふうに更新していくのか、どういうところにアイデンティティを見つけていくのか、みなさんが真剣に試行錯誤されていたわけですよね。ただアメリカの模倣をすればいいのか、というアンビヴァレンスもあって──

久保田:あのね、『ゴジラ』(=『サンセット・ギャング』)のころは、まだ自分たちはオタクなことをやっているつもりだったんです。で、あれが終わって、ようやく執行猶予期間が切れて(笑)、パスポートを申請できるようになって、3年ぶりに3ヵ月間アメリカに行ったんです。それで出来上がった『サンセット・ギャング』を聴いたら、「なんだこのアジアの音楽は」と思ったわけですよ。自分の本にも書いてあるんだけど。

「醤油だ」って書かれてますね。

久保田:そう、そのことがきっかけになってるかな。意識しなくてどうするっていう。

原曲よりロックっぽくなっていたり、原曲よりのんびりになってたり、いちいちおもしろいんですよね。 (小島)

今回のプロジェクトも久保田さんから見ればその延長にあるってことなんでしょうか?

久保田:いや、すごい進化形だよね。まずは小島麻由美っていう、こんなに天然の豊かなシンガー・ソングライターがいて、それをブーム・パムっていうレセプターがうまくスタイルを整えている……いまでしかありえない仕事だし、驚愕のプロジェクトだと思うよ。しかも超ロー・バジェットで(笑)。

小島:あははは!

久保田:ラッキー! って感じだよ。この値段でこれだけ文化価値のあるものがよくできるもんだよ。時代だよなあ……いまだからこそできた。

ぜったいアナログ盤をつくってほしいですけどね。未来人が、この時代にこんなものがあったのかって掘り返しますよ。

久保田:そうだよな、バチッと歴史に楔を打ってるよね、これは。

小島さん的にいちばん驚いた部分ってどんなとこです?

小島:なんかね、原曲よりロックっぽくなっていたり、原曲よりのんびりになってたり、いちいちおもしろいんですよね。

久保田:いちいちおもしろい。いいね!

小島:ユニークでね。とにかく最初からおまかせで、おもしろくやってもらえればと思っていたので。

久保田:自分の素材をどう料理されるのかというところは楽しみなものだよね。

小島:そうそう。

久保田:この余裕は何なんだろうね(笑)?

(一同笑)

久保田:才能だよね、ここは。

小島:私としてはプロデュースしていただくこと自体が初めてなので、とっても楽しかったです。

私としてはプロデュースしていただくこと自体が初めてなので、とっても楽しかったです。 (小島)

小島さんは楽器もされますよね。

小島:でもぜんぜんうまくないですよ。鍵盤ね?

今回は実際のセッションがあったわけではありませんけど、今後はそういうことへも興味が生まれたりしてますか?

小島:ああー、バンドとやるのはおもしろいですよね。できあがったバンドとやるのは、早いし──

久保田:そうね、いままではセッション・ミュージシャン的な人たちとやってたの?

小島:ファーストの頃なんかはインペグ屋さんを……

久保田:おおー! 古いね。久しぶりに聞いたよそんな言葉。いまの人たちは知らないでしょう?

ええ。

小島:なんか、会社なんですよ。そこに「いいベーシストいませんか?」とかって訊ねると、手配してくれるんです。

久保田:そう、手配師がね、先にバンドにギャラを払うんだよな。いまそんなのないんじゃない?

小島:ないんですかね?

久保田:やろうかな。

(一同笑)

小島:そういう中でだんだん知り合いができてくると、あっという間にメンバーができあがっていって。

久保田:セミ・バンドみたいになるんだよな。そこで集まった人たちとライヴもやってるんでしょう?

小島:そうですね、完全にバンドっていう感じかもしれませんね。

久保田:でも、できあがった個性のあるバンドと、まったくちがう人とがとデイトするっていうのはおもしろいものだよね。

小島麻由美 With Boom Pam(Kojima Mayumi With Boom Pam)/ 白い猫(Chat Blanc)


やり直しはなかったですね。 (小島)

今回のブーム・パムさんとのやりとりはどんな感じで進んだんですか?

久保田:もう、データ交換って感じだよね。

小島:しゃべりもしてないです。間に〈Tuff Beats〉さんが入られて、データが届いて。私は歌うだけだったんです。

久保田:でも、オケのやり直しってなかったの?

小島:やり直しはなかったですね。

久保田:すごい! それがすごいよ。その彼らの集中力というか、包容力というか。初めてのシンガーで、しかも外国語なわけだから。グレイトだよね。

このメロディの強さ、というところも大きいんでしょうね。

久保田:それもある。楽曲がまず第一だよね。それはそう。でも曲は彼らが選んでるんだよね?

小島:そうです。でもお送りした曲はほぼ全部やっていただけたかたちになります。最初に5曲送って、その後に5曲送って、さらにもう少し他の曲も聴かせていただこうということで5曲送ったら、もう先の10曲でレコーディングしてくださっていたらしくて。

久保田:じゃあ、次の10曲もすぐにできるね(笑)。やっぱり彼らは音楽の理解力というか、解析力がハンパない。それで、自分らを押しつけようというんじゃなくて、ちゃんとプライオリティをわかってるじゃないですか。歌っていうよりも全体のサウンドと曲を引き出すというね。……30代だよ? 去年も〈フジロック〉で来日したときに感心したんだけど、苗場に来てみたら彼らの宿が取れてなかったんだよ。それで僕はその話をきいてすごく怒ったけど、彼らは落ち着いてるの。戦時下の子たちだから、そんなこと何でもない。われわれは甘やかされているからね……ロックなおっさんだから、まぁそこで瓶割りゃあいいとかね、暴れるとかさ(笑)。

(一同笑)

久保田:私らのときはそうなんですよ。何かあると暴れるっていう。外国ツアーなんか行ったときにはよけい暴れる(笑)。

小島:あはは! でも、宿はどうなったんですか?

久保田:結局とれたんだけど、そこでぜんぜん感情の揺れがなかったの。そんなことくらい何てこともない……。それを見たときに感動しちゃって。こいつらはなんて人間ができてるんだって。ロックは怒んなきゃいけないくらいに思ってたけど、そうじゃない。そんなことを通り越した人間性が彼らにはあったよね。

そういうタフさと、地中海の、本当にいろんなものが溶け込んだカルチャーの、二世としての担い手っていう──

久保田:文化の発祥地だよね。で、国ができて60年経って、そういうふうに自分たちのポップ・カルチャーをつくるということがやっと可能になったんだよ。

そういう場所への久保田さんの注目があって、それももう10年近く前からご存知で、それが今回のようなつながりも生んで──でもきっと、他にもそんなふうにあたためておられるバンドとかカルチャーがあるんじゃないですか?

久保田:いやいや、私はあっためてたりなんてしないですよ。今回だって僕の知らないところで全部起こっていて、そこへヒュッと横入りしただけですよ。お互いに変な形であってはいけないと思って、ポジションはマスタリングというところでつくっていただけで。もう、何の心配もなかったですよ。
音は少しね、ギャラもらっているので良くしましたけども。

(一同笑)

でもね、そういう可能性はいっぱいあると思いますよ。インドネシアなんて、すごいもん。ギタリストなんかももうバリバリの奴らがいて。(中略)そういうのがいっぱい出てくると思うな。

久保田:でもね、そういう可能性はいっぱいあると思いますよ。インドネシアなんて、すごいもん。ギタリストなんかももうバリバリの奴らがいて。あの、誰だっけ、ジョーイ・アレキサンダーくんって言うんだっけ? 子どもなんだけど〈ブルーノート〉と契約しそうになってる子がいるよね。ピアニストでさ。ニューヨークとかでふつうにライヴやっていて。そういうのがいっぱい出てくると思うな。

久保田さんは〈サブライム・フリークエンシーズ〉のようなレーベルなんかはどう思いますか?

久保田:いやもう、「イイんじゃない?」って感じ。がんばってるねーって。

久保田さんや細野さんが目をつけられたのとはまたちがうところからですけれど、80年代にワールド・ミュージックの流れができていきましたよね。それが21世紀に入ってから、どちらかというとインディ・ロックと呼ばれるようなアーティストたちによって──

久保田:ああ、そうね。アメリカのロックなりヨーロッパのロックなりと、たとえばアジアやらクンビアやらが関わるっていうのは、ポジティヴなことだと思いますけどね。アメリカもそうやってバラけてきてるよね。エチオ・ジャズとかもそうだろうし。

だからいまヨーロッパのレーベルなんかは、ヨダレを垂らしてそうした音源と契約を結びたがると思うんですけどね。そういう機運があるんですよ。

久保田:いまテル・アヴィヴの子たちがアディスアベバに行ってちょうど掘ってる最中ですね。MIxMonsterの相棒のKALBATAらが。地球がどんどん小さくなっているよね。

あと、サイケデリックということもキーワードになっていたというか。ワールドというとみなそうかもしれませんが、とくに2000年代のロックにおけるそうした流れでは、サイケが必ずセットになっている印象がありました。

久保田:ああ、そうなのかもね。マインド・エクスパンディングっていうのは、垣根を取るということだから、関係はあるんじゃないかな。

橋元、久保田さんは裸のラリーズにもおられた方なんだから。

そ、そうですよね。久保田さんの前でサイケなんて、すみません……。

久保田:いやいや、そんなの僕ら何にも知らないでやってたよ。大きい音を出してうれしいなあって。何にも知らないことをやるのがうれしいっていう気持ちで。……なんか、このあいだレディ・ガガが「裸のラリーズ(Les Rallizes Dénudés)」って書いてあるTシャツを着てたらしいよ。

そんなことがあったんですか!

インスタで自分で上げてたって。お父さんのジャケット大好き、かなんかコメントしてあって、そのジャケットの下にTシャツがのぞいてるの。いったいどこの工作員が着せたんだかわからないけど(笑)。

(一同笑)

でも、それはひとつ時代的な傾向を物語るものでもありますね。

なんか、ぐちゃぐちゃですね。いろんな世界でいろんなCDがぐちゃぐちゃに混ざってます。 (小島)

そうですよね。あと、今回のコラボで、小島さんの音楽のサイケデリックな部分が見えやすくなっているような気もします。

久保田:ナチュラル・ハイなんだよな。

小島:あははは!

ご自身では、ジャンルの意識とか持たれてたりしますか?

小島:なんか、ぐちゃぐちゃですね。いろんな世界でいろんなCDがぐちゃぐちゃに混ざってます。とくに「このジャンルが好きで、そのジャンルについてはよく知ってる」ってことはないです。

そうなんですね。では「サイケデリックな音」というよりは「サイケデリックな態度」ということになるでしょうか、そういうものが今回強調されて感じられたようにも思いました。

小島:なんか、ドローンでフルートとか鳴ってるとサイケっぽいですよね?

久保田:まあ、そういう感じにはなるよね。でも、あなたの言葉の中にもあるよね。「蛇むすめ」とか言われるとさ、ええーって。

(一同笑)

久保田:怪しくて普通じゃない感じが。

小島:あははは!

久保田:トルココーヒー飲んで「ズビズバ―」(シュビドゥビドゥバ!)とかさ、もう「ワーッ!」って。トルココーヒーがズビズバに帰結するんだよ?

(一同笑)

小島:あれ、なんだろう、思いつかなかったのかなあ(笑)。

歌詞がロジカルというよりは、ポエティックだよね。発音もアナウンサー発音じゃないところがいいというか。「あいうえお」じゃない発音がけっこう入ってる。 (久保田)

(笑)でも、たしかに歌詞としても印象的に聴こえてきますけど、それが音を邪魔しないというか。あんまり歌詞を聴かなくても大丈夫っていうようなヌケのよさがありますよね。そういうところは海外の音楽を聴くのに似ているかなって感じます。

久保田:そうだね、歌詞がロジカルというよりは、ポエティックだよね。発音もアナウンサー発音じゃないところがいいというか。「あいうえお」じゃない発音がけっこう入ってる。中間音というかね。

小島:あんまり口を開けて歌ってないってだけなんですけどね(笑)。

久保田:体質というか、天然というか。

小島:マスタリング・エンジニアとしてお迎えして、とても勉強になりました。

久保田:「とても」って言うときに「トゥティモ」ってなるんですよ。「おー!」って思って。このあざとさはなんだ、と。

(一同笑)

久保田:そしたら、単に口が開かないだけだった、みたいな。それが音楽とピタっと合ったりしていて。言葉と発音と、それからいろいろ入り混じった音楽性がうまく整理されてストンと出てきたというのが、ブーム・パムなりテル・アビブなりというものとものすごい接点で結びついている。

こうしてお話をうかがっていくと、きちんと新しいものをつくって前に進んでおられますよね。日本の音楽を前進させるものというか。「J-Pop」とか「日本のシーン」みたいなことを意識してつくられることはありますか?

小島:うん、でも、有名な人とは比較されたほうがいいよね?

(一同笑)

それは、どういう意味で……(笑)。

小島:だって、やっぱりマニアしか知らない端っこの音楽ってなると淋しいですから。街の人が知っているようなものに……そういうところに向けてつくりたいっていうふうには思いますけどね。でも、だからといって街でかかっているものと同じような音楽をつくりたいというわけではないですね。

やっぱりマニアしか知らない端っこの音楽ってなると淋しいですから。(中略)でも、だからといって街でかかっているものと同じような音楽をつくりたいというわけではないですね。 (小島)

街でかかっているもので意識するような音楽はありますか?

小島:そんなに意識はしないですね。ちゃんと聴けばいいものがいっぱいあるのかもしれないですけど……。(小さな声で)とにかく有名な人が大っ嫌いだから。

(一同笑)

小島:あははは!

ははは! 痛快ですね。ガガ様ではないですが、国内海外関係なく、気になる音楽とかアーティストというのはとくにいないです?

小島:ガレージの人、最近おもしろいよね。あとは、アラバマ・シェイクスが気になりました。

久保田:テーム・インパラって知ってる?

おおーっ!

小島:素晴らしい。

久保田:いや、ほんともうロックなんて聴かないし、素通りするけど、あいつらは聴いてすぐ買いたいと思ったよ。

ええ、ええ。久保田さん、最新作聴かれました?

久保田:最新作は聴いてないんだよ。

ああ、やっぱり以前の音から聴かれてるんですね! 私も大好きだったんですけど、今回ちょいダメなんですよ。

小島:そうなのー!

久保田:ああー。あれだ、どうしてもメジャーになっちゃうとね。M.I.Aとかもそうだったなあ。ちょっとビッグになると失速したりするの、あるよな。

彼らこそはいい意味で変わらないだろうなと思っていたんですが。

久保田:そういうのって意外にプロデューサー・ワークだったりするんだよな。ユニークなところって。で、自分たちのエゴが出てくるとちょっとな……って。よく、プロデューサーの圧力について悪く言われたりするけど、意外に逆だったりするんだよ。

なるほど……。ですが、すごく若いものを聴いていらっしゃいますね。若いというか、リアルといいますか。

久保田:耳に入ってきて良いものはすっと入りますよ。

でも、どこで入るんでしょう? 追っていないと入らないものはありますよ。

久保田:そうだよな、たしかに。Youtubeだったり、人に音源をもらったりとかかな? テーム・インパラは、ライヴを見たいとは思わないけど、いいバンドだよな。彼らはどこのバンド?

オーストラリアですね。もともとは地元のダンス・レーベルから出てたんですよ、あの音が。

久保田:そこのスタジオがいいのかなあ。

では、話をちょっと戻しますと、Jポップや日本のシーンではどうです?

久保田:知らないですね……。

では仕事という意味で、きちんと新しいことを残していきたいんだというような意識を持たれていたりは──?

久保田:大それたことは考えてないね。まあ、集団に属するのが超苦手だから、好きなことをやらせといてくれよーっていう。それだけで生きてるんでね。

われわれのやっていたときから比べれば、もっとずっと洗練されて、進化している。よくぞ、これができましたね。(久保田)

久保田さんはいまどちらを拠点にされているんですか?

久保田:東京ですよ。前は郊外に住んでました。

なにか、ずっと旅をされているようなイメージを持っていたので。

久保田:もちろん、行きますよ。ただ、この7年は宮古島が多かったなあ。20回以上行ったかな? 1週間か2週間行くと、次にまた調べることが出てきて。

それはやはり音楽のための?

久保田:ええ。『スケッチ・オブ・ミャーク』(大西功一監督、2011年)って映画を観てくださいよ。神歌(かみうた)……スピリチュアル・ソングをまだ歌っている人たちがいる。存在は知っていたんですよ、沖縄にいるって。きっと日本にもあった。それは万葉集とかにぜったい通じている。

ご著書の中にもありますが、かつては日本の歌謡曲のいいところを世界に伝えたいんだというような思いもあったわけですよね。

久保田:いや、垣根がないんでね。それがヒッピーの特徴なんですよ。だからいまの若い子はそうなんだろうね。すごくヒッピー化してるはず。世界のいろんなものを聴いたり、サイケって言ったりしてるのはそういうことなんです。上手にね、そういうことをやっている。
 きっとつながってるんだね、その時代とも。「レヴォリューション」っていうのは有効だったわけだ。いまこうして私なんかがやっていられるのもそういうことなのかもしれない。

ますます参照されているんじゃないですか。

久保田:いやいや。

70年代に久保田さんや細野さんが目をつけられていたものは、本当に先を行っていたんだなと。

久保田:楽しいことだけ追っかけていたんですよ。

いや、でもこのジャケだって(『ハワイ・チャンプルー』)、ヴェイパーウェイヴだって言えば、知らない子は「そうだねー」って納得しちゃいますよ。新しいと思ってたら、すごい先にやられてたという。

そう、アートワークの感覚はすごくいまっぽいんですよ。

久保田:アート・ディレクターは私がやってるんですよ。シャツなんです、この地は。シアトルのヴィンテージ屋で買ったアロハ・シャツ。あと、ヴィンテージ屋で買ったデカールとか、絵とか。それをデザイナーに渡して、合わせて貼っといてって。

まさにサンプリングというか。コピペの要領というか。

久保田:そうでしたね。

まさにこういう柄が、ポスト・インターネットなんて言われてるわけなんですよ。ちょっとスピリチュアルな感じもふくめて。

このとき久保田さんは、ハワイへ行ってアジアを感じられて……つまり、ハワイの中にひとつのミクスチャーを見出されて、「チャンプルー」というのはそもそもそこから来ているわけですよね。

久保田:そうですね。

その意味でいえば、今回もそのコンセプトからつながっているという感じがしますね。

久保田:進化形です。われわれのやっていたときから比べれば、もっとずっと洗練されて、進化している。よくぞ、これができましたね。おめでとうございます!

小島麻由美デビュー20th記念ツアー『WITH BOOM PAM』

出演 : 小島麻由美 with Boom Pam

[大阪公演]
■ 2015年8月31日(月) @梅田 Shangri-La

OPEN / START 19:00 / 19:30
TICKET 前売 4,500円 / 当日 5,000円 (1ドリンク別)
問合せ : 清水音泉 06-6357-3666 (平日12:00-17:00)  https://www.shimizuonsen.com

[東京公演]
■ 2015年9月1日(火) @下北沢 GARDEN

OPEN / START 19:30 / 20:00
TICKET 前売 4,500円 / 当日 5,000円 (1ドリンク別) 2015年7月18日(土) 一般発売
問合せ : 下北沢GARDEN 03-3410-3431  https://gar-den.in/

J.A.K.A.M. / COUNTERPOINT EP.3 - ele-king

 DJからワールドに向かった人は少なくない。リズムへの関心が高まると、やはりどうしてもどんどん国境を越えてしまうのは、音楽ファンのひとつの傾向であり欲望で、とくにこの10年はDJカルチャーにもその欲望は顕在化し、作品として具現化されている。かつてはジャングリストとして活躍したムーチーもそのひとりで、共感を覚える人も多いことだろう。
 現在もがっつり精力的に活動しているムーチーだが、今年に入って、“J.A.K.A.M.”名義で自身のレーベル〈CROSSPOINT〉から「COUNTERPOINT」シリーズを12インチもしくは7インチのフォーマットで毎月リリースしている。8月にはシリーズの7枚目がすでにリリースされ、9月にもさらにリリースを控え、また、年内にはアルバムとしても発売されるらしい。
 詳しくは彼のホームページ(https://nxs.jp/index)を見て欲しいのだが、現在、森田FESN氏によるPVが公開されている。ムーチーらしいメッセージのこもった映像で、どうぞご覧下さい。スケーターっていうのが、良いですね。

井手健介と母船 - ele-king

 ガット弦の爪弾きに乗せたコーラスがシャボンのように弾けたなかからあらわれた母船は息をひそめ、こちらをうかがうような演奏で歌の後ろ髪を引く。井手健介と母船の『井手健介と母船』は1曲めの“青い山賊”で、眠りを誘う足どりで漕ぎ出していくのだが、中間部でこの曲はボサノヴァ(?)調に転じるとともにバイテンになる。もし私がこの曲を書いたなら頭からお尻まで余裕でこっちでいっていましたね。ところが井出健介はそうしない。この冒頭の1曲がすでに彼(ら)の非凡さを集約している。まだお聴きになっていない方には以下にMVがあるのでご覧ください。大仰ではないが、凝っていてイベントがあり、叙情に流れないユーモアがある。彼の歌の肌ざわりをここでは水のイメージが代用している。水といえばタルコフスキーだが、私は井手健介の丸メガネにむしろソクーロフを思い出すのは、ソクーロフが裕仁天皇をモチーフに『太陽』を撮ったからかもしれないが、彼とはじめて会ったのが映画館だったせいもなくはない。

 バウスシアターは2014年6月に惜しまれつつ閉館した吉祥寺の映画館で、二百あまりの客席のバウス1に2館を加え、俗にいう単館系から娯楽ものまで雑多な、しかし筋の通ったというかバウスらしい映画がかかる武蔵野市の東の要だったが、後年boid主宰の「爆音映画祭」の根城としても知られるようになる。私も何度となく通いつめ臙脂色のシートと爆音に身を沈めたばかりか、ありがたいことに、裸のラリーズも演奏したその舞台に立たせていただいたこともある。井手くんがいつからバウスのスタッフになったかは憶えていないが、気づいたときにはそこにいた。シネコンにはじかれたひとびとが集うそこで井手くんの草食的な風貌は目立つかと思いきや、しっかりなじんでいたから私は気づかずにいたのだろう、ほどなくバウスと井手くんの線描的なたたずまいはイコールで結ばれるようになったが、彼が歌をうたっているのを知ったのはじつはごくさいきんのことだ。

 ちょうど『別冊ele-king』で「ジム・オルーク完全読本」をつくっていたとき、代官山のライヴハウスでジムさんと石橋英子さんのツーマンがあり、終演後会場にわだかまってだべっていたら、石橋さんが「いま井手くんとアルバムを録っているの」という。井手くんってどの井手くんですか、と返す私に、ほらバウスの井手くん、と石橋さんはいう。バウスの井手くんとは、あの探し出されたウォーリーみたいな井手くんですか、と訊ねると、なにをいっているかはわからないが、おそらくそうだとおっしゃる。どうやらあの井手くんらしい。私は彼が以前バウスでぼくも音楽やっているんですよ、といっていたのを不意に思い出したが、石橋さんとの関係はおろか、彼がアルバムを録るとも出すとも知らなかった。

 こんなことをつらつら書くとまた身びいきと憤激される方もおられようが、そう思われるなら拙文はスルーしていただいてよろしい。よろしいが井手健介と母船のファーストを聴かないのはもったない。数ヶ月後めでたく船出した彼らの音楽には若手バンドの周到な引用とはちがう裸の志向がみえる。山本精一、とくに羅針盤との親しさを感じさせもするが、山本精一のフォーク~サイケが散光に似ているのにくらべると井手健介のそれは飛沫を思わせる。西海岸の、とくにサンフランシスコあたりのサイケを規範にしても適度な湿り気を帯び、フルートやピアノはアシッドフォークを彷彿させながら、ときにファズ・ギターが空間を切り裂くのに過剰さに耽溺しない母船の、石橋英子、山本達久といったジム・オルークのバンド・メンバーと墓場戯太郎、清岡秀哉らからなるアンサンブルのそれは妙味ともいえるものである。その大元になるのは井手健介のソングライティングの資質であり類いまれなメロディ・センスである。プレーンな歌唱から重さをふくませた歌い方まで、つぶさに耳を傾ければ、コーラスをつとめる柴田聡子との対比から歌手=井手の立ち位置もみえてくる。“雨ばかりの街”、“ふたりの海”などの水を思わせる曲のしずけさと激しさ、“ロシアの兵隊さん”(と書いて、なぜ私はタルコスフスキーやらソクーロフやらもちだしたのかわかった)の夢見心地も『井手健介と母船』の屋台骨のたしかさをあらわしている。もちろん道行きはつねに順風満帆とはかぎらない。過去の総決算のファースト以降にどう舵を切るかが今度の課題だろうし、規範とも歴史ともいえるものとの対話もやがてふくまれてくるだろう。しかし井手健介なら心配いらない。なにせ“幽霊の集会”と歌うひとなのだ。私は生きている人間だけ相手にする表現は相手にしない。井手健介のハラは据わっている。いまはその船出をよろこびたい。

El Mahdy Jr. - ele-king

 イスタンブールでスクリューされたラップとノイズが掻き回され、ベースがうねりを上げながら風景をゆがめる。政治的激動に晒された死せる街の強力なサウンドトラックとはこのことで、読者が初めてブリアルやシャックルトンを聴いたときのような凄まじいインパクトをお探しであるなら、ここにある。しかしエル・マーディ・ジュニア……アルジェリア生まれの、ガンツの盟友でもあるこやつは何者か。

 ロンドンのレーベルからリリースされた本作『ゴースト・テープス』は、USはポートランドの〈Boomarm Nation〉から発表された『いかれた場所の精神(The Spirit Of Fucked Up Places)』以来、2年ぶりのセカンド・アルバムとなる。その間マーディ・ジュニアは、オルター・エコーとガウルスのリミックスを収録した10インチ「ライ・ダブス」(ベーシック・チャンネルの“ネクスト”。日本のバンド、ゴートおよびそのファンは必聴)や12インチ「ガスバ・グライム」によって評判を呼んで、またガンツの12インチの共作者としても名を広めている。
 しかしながら、ガンツのくだんの「Spry Sinister」収録の“Rising”ような、アラビックな旋律があり、グライムめいたビートが打ち鳴らされるといったアレを想像してもらっても困る。リリース元の〈Discrepant〉とは「矛盾/食い違い/不具合」を意味する言葉だが、マーディ・ジュニアの音楽では、国境は溶解され、国籍は失われる。ターキッシュな要素(アラベスク、地元ラジオないしは地元ヒップホップ化したライ)がカットアプされてはいるものの、それらはサンプラーを通して異様なものへと姿を変えている。いったいこれは何なのか……トルコ、知られざる音楽の宝庫だ、などというワールドなオチとは別の、むしろトルコ文化がないがしろにしてきたサブカルチャーを引っぱり出すことが目的でもあると、実際そんなようなことを彼は語っている。
 結果、『ゴースト・テープス』はブリストルのヤング・エコーとほぼ同じ地平にいる。アナログ盤ではA面1曲、B面1曲という構成で、下手したら90年代末のゴッドスピード・ユー・ブラックエンペラー!をも彷彿させる。“デッド・フラッグ・ブルース”のダブ・ヴァージョン? いや、この音が渦巻く空間たるやダブとは言いたくなくなるような独自なものがある。

 「もしダブがアルジェリアや中近東で生まれていたら」というのが彼のもうひとつのコンセプトである。父親のレコード棚にはジャマイカのダブのコレクションがあったというが、彼のダブ解釈はリー・ペリーでもキング・タビーでもなければアラビックな旋律にエコー効かせるだけのものでもない。音が回転するかのようなダブ的感性の背後にはスーフィーの影響があるのでは、と中東好きの友人は言う。
 さらにもうひとつ、東西の境目でもあるイスタンブールのありのままの衝突を描くこと。そう、この音楽はいま起きている何かを懸命に伝えようとしているわけだが、冒頭に書いたように、まずはその圧倒的な迫力と斬新さという点において素晴らしい。つまり、この作品の国籍がどこであれ、『ゴースト・テープス』は1枚の突出したエレクトロニック・ミュージックなのだ。

interview with Hocori - ele-king

 駐車場で車を載せて回るアレも、ターンテーブルと言うのだそうだ。

 先日公開された、Hocoriによる“God Vibration”のミュージック・ヴィデオでは、「都内某所」といった雰囲気の無機質で無名的な屋内駐車場を舞台に、回しっぱなしのカメラが、回りっぱなしのターンテーブルで踊るひとりの男を映し出していた。ドリーミーな音色につつまれ、儚い一夜を祝福するかのようにゆっくりと高揚していくハウシーなポップ・ナンバー。

 しかしヴィデオに登場するのは踊る男がひとりきり。画面は固定されたままで、物語は展開せずにただただ盤が回転する──じつにミニマルだ。音の昂ぶりや、艶やかさと愛嬌とをそなえたあの忘れがたいヴォーカルとは対照的で、しかしそれがなんともスマートに感じられる。そして、これがきっと彼らに見え、感じられているいまの世界なのだろうなと思いがめぐる。

 酒やネオンやきらびやかな装飾品にふちどられたナイト・ライフのリアリティではなく、そこではそのホログラムが、合理性を剥き出しにした風景をスクリーンにして映しだされ、オルゴールのように回っているのだ。そう、われわれはもうしばらくこうした環境の中で生を謳歌している。何は持たずとも、なんということもない場所にさまざまな情報を投射して充足を得ることができる。日常としてのAR空間、この音とヴィデオはそうした環境のリリカルな喩とさえ思えてくる。

 Hocori(ホコリ)──というのは、メジャーなシーンで活躍するMONOBRIGHTのフロントマン桃野陽介と、エレクトロ・ポップ・ユニットgolfや、映像グループSLEEPERSFILMの中心人物として活動を広げる関根卓史によるデュオである。昨年結成されたばかりのこのささやかなユニットは、たがいに「ホーム」を有するふたりにとって自由な遊び場として機能しているようだ。好きなものを、好きな形になるまで誰にも急かされることなくつくるという、インディ的にしてある意味で贅沢なプロジェクトであり、この7月に発表されたファースト・ミニ・アルバム『Hocori』ではその実りを聴くことができる。

 6曲をゆるやかにつなぐコンセプトは「トレンディ」や「アーバン」。80年代や90年代の意匠がノスタルジックに参照され、ポップ・ソングとして丁寧なトリートメントを施されている。これらの時代の音の再評価がシーンを耕してすでに何年も経つが、その間、リヴァイヴァル・サウンドのパッチワークは、ポストモダンでスクリーンのようになった世界をさまざまに色づけてくれた。われわれは、そこにまたとびきりの幻影師が現れたことを知ることになるだろう。

 互いのメイン・プロジェクトの名はむしろ意識しないほうがよいかもしれない。たとえばネットレーベル発の才気あふれるプロデューサーやユニット群のひとつとして、あるいは“東京インディ”の新しき1ピースとして、ぜひともこの“ニュー・カマー”の音に耳をかたむけていただきたい。

■Hocori / ホコリ
ロック・バンドMONOBRIGHTのフロントマン桃野陽介と、エレクトロ・ポップ・バンドgolf、映像グループSLEEPERS FILMにて活動する関根卓史による音楽デュオ。2014年に結成され、2015年7月、ファースト・ミニ・アルバム『Hocori』を発表した。

32歳なんですけど、30歳を越えたあたりからは、そういう衝動うんぬんじゃない作り方もやってみたいな、と思うようになりました。 (桃野)


Hocori
Hocori

Conbini

J-PopSynth-PopHouse

Tower

このユニットのそもそもの出発点は、“God Vibration”ということになるんですか? 曲のパラ・データを桃野さんから関根さんのほうに送られたのがきっかけだということですが。

桃野陽介(以下桃野):僕はもともとMONOBRIGHTというバンドで活動しているんですけど、バンド・サウンドじゃない音楽をバッと出せる場ができたらなという意味で、ソロ・プロジェクトを誰かとやりたいなと思っていて。そういう思いはデビュー当時からふわっとあったんですけど、一年前くらいに知り合いを通じて関根さんを紹介してもらって、互いに北海道出身というところで意気投合して、「じゃあ、ちょっとやってみようか」というので最初に送ったデモがモGod Vibration”ですね。

関根卓史(以下関根):いくつか聴かせてもらったんですよ。そのなかでもとくに印象に残って、いい感じに仕上げられる予感がしたのが、その曲だったんですよね。

じゃあ、チョイスされたものなんですね。

桃野:5曲くらいデモを送って、そのなかから関根さんが“God Vibration”を気に入ってくれて、そこから手を付けてみようと。

関根:とりあえず、感じるままに作ってみたんです。

でも、結果としてミニアルバムのリード・トラックになっちゃうような、愛誦性もあって印象に残る曲ですよね。それが最初というのも運命的というか。

関根:そうですね。逆にそういうものが最初に作れたから、次も作ってみようかという感じになったところはありますね。

桃野さんは、バンド(MONOBRIGHT)の結成は……

桃野:2006年ですね。

ぼちぼち世間的にはエレクトロ・ポップだったりとか、そういった音がバンドの表現を変えていくような雰囲気があったんじゃないかなと思うんですけど、そういう流れもどこかで意識されていたんでしょうか。

桃野:バンドに関しては、周りがやってなさそうなことをやろうみたいな、ちょっとあまのじゃく的な部分もありましたし、それと同時に、やっぱりバンド・サウンドってメンバーのぶつかり合いというか。そうやって曲を作っていけるように初期衝動を大事にしていたところもありました。なので、僕が田舎育ちというところもあるんですけど、エレクトロとかっていうのはまだ未知の存在で、どうやって作っているのか検討もつかなかったというか。DJとかもそうですけど。
だからそういうものっていうのは、初期衝動とは反対側の存在として自分のなかにはあって。いま32歳なんですけど、30歳を越えたあたりからは、そういう衝動うんぬんじゃない作り方もやってみたいな、と思うようになりました。

その参謀役として、関根さんに白羽の矢が立ったということですね。出身地という共通項がありつつも、なんとなく思い描くような音楽を持っていそうだなということで、関根さんだったんですよね。

桃野:そうです。

関根:僕自身は、自分が歌うわけではなくて、他にヴォーカルを立てて音楽を作ることもやりたいなと思っていたので、タイミング的にはすごくよかったんです。

「golf」名義ではもっと前からご活動されてますよね。

関根:結成は2001年です。

あっちはもっとアンビエントというかアブストラクトな音ですよね。

関根:はい。当時からアンビエントやエレクトロニカとか、そういうものを好きで聴いてきたので。

しかし桃野さんとやれることというと、ひとつ、カチッとしたJポップというフィールドが見えてくるんじゃないかと思うんですけど、意識はされました?

関根:うーん、それは意識しなくてもそうなったのかもしれないです。

桃野:どっちかというと僕にエレクトロはないので。

はははは(笑)。そうなんですか? 

桃野:音の響きだったりとか、メロディとかはきっとどこかで刺激を受けているんです。だけど日本語で歌詞を書くと、同時に昭和のメロディとか、そういうものを大事にしたいというような気持ちも出てきたり。それは自然に自分の中に根づいていた部分でもあるので、そういうところがJポップらしさにも繋がっているかもしれないです。

ホームグラウンドがどこにあるのかが明らかなふたりなので、Hocoriは遊べるところというか。 (関根)

おふたりともがそれぞれにソングライターでいらっしゃいますが、出てくる個性はそれぞれにあって、対照的とさえ言えますよね。ヴォーカルとしての発想、それからミキシングだったりとか、トラックメイカーとしての発想。

関根:若干のグラデーションはありつつ、僕がおもにサウンドを作り、桃野くんがメロディとか言葉を含めた曲の特徴を作るといった、大まかな役割分担はあったんですが、実際は桃野くんが構成したものを僕がぶっ壊すというような関係でもあるので、そのへんは、それぞれの得意な部分を上手くやって合わせた感じなのかな(笑)。
でも、曲作りは楽曲をお互いの間でけっこう行き来させているので、本当に混ざっていると思いますね。

トラックメイキングというよりもソングライティングというイメージなんですかね?

関根:そうかもしれないですね。僕が、ミキサーやアレンジャー的な役割も多少していると思いますけど。

「壊す」とおっしゃったことに集約されていますよね。そこにふたりの間の綱引きがあったり、新しいものが生まれてきたりする。

関根:ホームグラウンドがどこにあるのかが明らかなふたりなので、Hocoriは遊べるところというか。かつ、自分たちがそれぞれやってこなかったことが、ちゃんとここで反映されるようなものを作らないと楽しくないな、というような認識でやっています。なので、お互いによくわからないものを目指してやっているというか(笑)。

桃野:そうだね。

関根:「よくわかんないけど、これはおもしろいんじゃないか?」みたいな(笑)。

桃野:っていうものに引っ張られていくというか。

関根:そういう選択が多かったよね。

すごくいい形で実験できているわけですね。そのわりにはすごく聴きやすくて耳に残る、忘れられない音というか。

関根:キャッチーというか。

6曲が6曲ともシンセのヴァリエーションがあるじゃないですか。さらっと聴こえてけっこうマニアックな作りになっているんじゃないかなと思うんですけど。6曲を組みあげる上で目標にしていた着地点はあったんですか?

桃野:いや、本当に面白がりながら作っていきました。一応の方向性というか、キーワードはありました。ディスコとかエイティーズの感じとかっていう。

関根:ファンキーなものとかね。でも、わざわざ何かに寄せたということはないかもしれないですね。むしろそうならないようにしたかったので、曲によってカラーも違うかもしれないです。

北海道人からみた都市感みたいなものじゃないでしょうか? (関根)

なるほど。そのキーワードの「エイティーズ」だったりとか、たとえば「シティ」みたいなモチーフも感じるんですけど、そのあたりは時代の空気を感じて出てきたものなんでしょうか? もうちょっとちがうところから出てきたもの?

関根:僕らとしては何か目的があって作った、というわけでは全然なくて、これヤバいよね? とか言い合いながら作っているうちに、こうなったというほうが正しいのかもしれないですね。

もし自分で分析するとすれば、それって何ですか? たとえばノスタルジー的なものだったりするんですか?

関根:北海道人からみた都市感みたいなものじゃないでしょうか? 僕らも一応はもう都市生活者なので、ふつうにおもしろいものを作ろうという感覚でその都市感が出てきちゃっている。きっとそういうことなんじゃないかな(笑)。

一十三十一さんが北海道出身ですよね。

関根:そうですね。札幌市ですよね。

ご実家が、すごく「アーバン」なレストランを営まれていたというお話を、立ち会った取材でうかがったんですよ。

桃野:スープカレー・ブームの先駆けですよね!

関根:ぜんぜん会ったことがないんですけどね(笑)。でも同じ北海道人としてグッとくるものがなぜかあるという。

そうそう! ヤシの木か何かが立ってて、それこそ大瀧詠一とか山下達郎みたいな世界が広がっているという。ユーミンとかがかかっていて、「アーバンな」人たちがいる……そういう感覚に近いです?

関根:そうですね……僕らの意識の中に昔からある都市感がパッと出てきた感じ(笑)。。

桃野:北海道のひとって、ある意味でさらに島国というか、隔離されている気がするんですよね。僕、テレビや雑誌からしか文化的なものを吸収できなかったし。

ええー、そんなにですか。『北の国から』とかウソですよね?

桃野:あれは本当ですよ。

関根:僕の地元ですしね(笑)。

そうなんですか(笑)。

桃野:僕も酪農をやっていたのでわかるんですが、草太兄ちゃんがビジネス農業に没頭したりとか、ああいうのって実際にあるんですよ。  話が脱線しましたが、東京の持つシティ感っていうのは、イメージとしてポッとあるんですよ。ここ2~3年でびっくりしたのは、北海道ではっぴいえんどを聴いていたときよりも、東京ではっぴいえんどを聴いたときの方がしみてくるというか。こう、電車の音に混じっていって……。そういう、場所によって生まれてくる音楽があるんだなって思います。北海道だと、Coldplayみたいに音程が長いやつのほうがなんかしっくりくるなと。

ここ2~3年でびっくりしたのは、北海道ではっぴいえんどを聴いていたときよりも、東京ではっぴいえんどを聴いたときの方がしみてくるというか。 (桃野)

関根:松山千春とか。

桃野:本当にそうなんですよね。だからそういう意味では、自然と北海道の音楽を僕は作っていたんじゃないかと思うんですよ。東京で培ってきたものがちゃんと出せる場所なんじゃないかと。

じゃあ、「シティ」とか「アーバン」とか、あるいはエイティーズ・ポップみたいなものにあらためて光が当たっていたことは、あまり意識されてないんですか? ──ただただ周期的なものだとも言えますけども。

関根:僕はもともとシティ・ポップが個人的にすごく好きなので、きっと影響がないわけではないと思うんですけど。ただ、Hocoriについていうと、どっちかというと80年代頭のテクノ・サウンドやシカゴ・ハウスやデトロイトとかの音と掛けあわせてみたいというのがあったので、いまみんなが言っているシティ・ポップとやっていることはちょっと違うのかもしれないです。

まあ、そもそもはっきり定義された言葉じゃないですし、雑に比較するわけじゃないですが……ほとんど「東京インディ」くらいの意味合いで使われていたりもしますもんね。

関根:参照点があれなのかもしれない──僕らの世代にとっては、いまよく言われている「シティ・ポップ」って、わりと既視感があるものだから、ついそこで、僕らはよりおっさん臭いものを求めてしまっているかもしれないですね。

桃野:アーバンやシティ・ポップというよりは、ちょっとトレンディというか。

なるほど、むしろ70でも80でもなくて、ナインティーズなんじゃないですか? トレンディ・ドラマ感(笑)。

桃野:僕はもうトレンディ・ドラマっ子だったので。10歳上の姉の影響とかもあって、全盛期の月9とか木10とかそういうものを見ていて。

いわゆるシティ・ポップというのはもちろんリアタイじゃないですからね。

桃野:そうですね。

そういうときに戻ったシティの原風景というのが、80年代か90年代にあるのかなというところだと思うんですけど。

桃野:たぶんその境目くらいにあるんだと思います。

関根:僕らは80年代前半生まれなので、おそらくバブル時代よりちょっと後ろくらいがシティ感の原点なのかもしれない。

微妙に楽園を知っているというか。

関根:僕らが知っているわけじゃないんだけど、深層心理に組み込まれているというか。

いまフレッシュなひとたちって、最初から楽園が消失していたみたいな世代というか、あとは下るしかないみたいなところをデフォルトにした強かさがあるような気がしますが、われわれはもうちょっと浮ついていますよね?

桃野:どちらかというと気にしていないというか(笑)。

はっぴいえんどとかって、日本人としてのアイデンティティみたいなものを、洋楽という借り物音楽のなかで模索した人びとだと語られますけども。そうした歴史の上に日本語の歌詞の洗練があって、Hocoriにおいても、非常に日本語が機能していますよね。

関根:そうですね。それはいままでの僕たちのキャリアも影響していると思いますが、やっぱりそれをやらなきゃと思っているし、何かに似たようないまっぽい音楽をやってもしようがないので、ポップスのなかにちゃんと落とし込めるような音楽にしたいっていう気持ちはありました。

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『ぷよぷよ』ってゲームあるじゃないですか? (中略)ある程度ざーっと積んで一気に消すっていう方法があって、なんか桃野くんの歌詞はそれをすごく感じるんですよ(笑)。──感覚的に作ったあとにつじつまをあわせることができるんだと思うんだよね。 (関根)

フラットに桃野さんの歌詞ってどう思いますか?

関根:僕は本当にすごいと思います。僕にとっては出どころがわからない作りが多いというか。僕も僕のバンドで歌詞は作るんですけどね。なんというか、桃野くん自身の体の中から生まれてきているんだけど、やたらとバラエティがあるというか。そういう印象がすごくあって。ひとつの絵だけを見て作っているような言葉ではないなと思っていて、それは僕にとっては謎です(笑)。

ひとつ感じるのが、歌いやすい、歌って気持ちいい、みたいなところからことばが発せられている感触がするんですけども。それでいて意味とか景色みたいなものがばらけないのがすごいなと思います。やっぱり歌って気持ちいいものを歌いたいです?

桃野:音の響きの気持ちよさとかで歌詞を書いていくんですけど、やっぱりどうしても日本語って、洋楽のメロディにハマらないなっていつも思っていたんですよ。そういう意味での試行錯誤の結果というか。今回は曲ごとにストーリーというか、ラヴ・ソングにしようとかって風になって。だからなのか、二人称の歌が多いかもしれないですね。

関根:ぜんぜん関係ないんですけど、『ぷよぷよ』ってゲームあるじゃないですか? あれっていろんなやり方があると思うんですけど、ある程度ざーっと積んで一気に消すっていう方法があって、なんか桃野くんの歌詞はそれをすごく感じるんですよ(笑)。

なんか、すごい的確かも。

関根;基本通りの連鎖を組んでいく場合は、一段消してトントントンって消えるようになっているんですけど、桃野くんのHocoriでの歌詞って、どーんっと積んだときに最後にポンってやると、ダダダダダダって消える感じがする。だから一見するとよくわからないことが組み合わさっているんだけど、最後に筋が通ったことになっているっていう(笑)。

たしかに微分しても意味がない歌詞なのかもしれないですよね。かつ英語の節回しで適当に日本語を組み合わせましたというのともちがいますよね。ちゃんと普通に日本語だし、でありながら、のばす音が全部「あ」とか「お」とか歌いやすい母音だったりとかね。そういう意味で自分の身体から発想されているのかなという感じもします。

関根:感覚的に作ったあとにつじつまをあわせることができるんだと思うんだよね。

あるいはただ出しただけなのに、つじつまが合っているんだ。

桃野:それってよくも悪くも染みついたもので、考えてそうしたわけではないというか。

すごく秀逸な比喩をいただきましたね(笑)。よくわかっておられるというか。

関根:僕もそういう歌詞がたまにうまく作れるときがあって、自分でも不思議だなと思っていたところがあって、そこをこのプロジェクトでは感じたので。……と、いまふと思ったんだけどね(笑)。

一言で済むんですよ。「24時間火がついているんだ」って言えば。そうなんだけど、ちょっと回りくどく言うとか、しつこいやつが僕は好きで。 (桃野)

今回は完全にお部屋同士のやりとりで?

関根:ほぼそうですね。

じゃあ、いっしょにレコーディングするみたいなタイミングってぜんぜんなかったんですか? 

関根:歌録りのときは一緒にやって、それだけかもしれないですね。

でも作り方としては、関根さんの場合はそっちの方が慣れていらっしゃったりするんじゃないですか?

関根:それはあるかもしれないですね。やり方を決めていたわけではないんですけど、自然とこうなったというか。一緒に楽器を触ってどうとかって感じではなかったですね。

ギターがめっちゃ入っているやつとかありましたよね。

関根:“Lonely Hearts Club”とかはけっこう入れましたよね。

あれ、ギターをやっているのはどちらなんですか?

関根:僕です。

これ暑苦しいですよね? 歌詞とかも。

関根:「ロンリー・ハーツ」とか言っちゃっているもんね。

なにか、ずっと火をつけているでしょう? 目覚めて火をつけて。働いて火をつけて。

桃野:一言で済むんですよ。「24時間火がついているんだ」って言えば。そうなんだけど、ちょっと回りくどく言うとか、しつこいやつが僕は好きで。

クールなラヴ・ソングじゃなくてそうであるところが好きでしたけど。

桃野:そういうしつこさって僕の感覚でいうとトランスするというか。何回も聴いているうちに気持ちよくなってくるみたいな。

ははは! ミニマルというか、リフレインが歌詞にも多いですよね。

桃野:そういう意味では、試みとしては、サビを繰り返し歌うところとか、ループ感とかは、これまでの僕としてはあんまりやっていなかったことかもしれないですね。

この反復性はどちらかというと、関根さんが持ってきたものなんですね。

関根:そうですね。もうこれはやめてひとつにしようとか。

すごく感じるのは、そういうクールさがありながらも、反復できない一回性みたいなものを求めるような熱さがグッとくるんですよね。それってやっぱり、お互いの性質があってこそ出てきたものなんですかね。

桃野:作っている歌詞は、少なくとも僕のなかではけっこう違う感覚があります。

トーフビーツさんのアルバム『ファースト・アルバム』は、ライヴとかパーティーを録っているていで1曲目がはじまるんですけど、その最後に「音楽最高」ってかけ声が入るんですよ。それって言わなくてもわかってるはずのことなのに、なんか、入れなきゃいけないんです。そこに切実さがあって。それから、いまという時は、いまこの一回だけ、みたいな切なさも。
で、Hocoriの場合、音楽そのものへの礼賛とか言及はないんですけど、愛においては一回しかない何かを求めるしつこさみたいなものも感じる(笑)。

その場その場の面白さっていうのがビデオに染み出ていますよ。 (関根)

せっかくだったら他の曲もおうかがいしましょう。やっぱり頭の“God Vibration”は強烈な曲だなと思うんですけど、ミュージック・ビデオも非常に強烈じゃないですか(笑)。それこそミニマルの極地というか、すごくいいですよね。あのアイディアを作っているのはやっぱり関根さんなんですか?

関根:基本はそうです。あのビデオはSLEEPERS FILMで作りました。もちろん、桃野くんとも話しながらではありましたけど、「踊り撮りだよね」という話になって(笑)。いいのがいいなって思っていて。

やっぱり熱くなりきらないミニマル感みたいなのは関根さんなんだろうなと思うんですけど、対してダンサーさんのフィジカル性たるや。

関根:最高ですね。「こういう踊りをしてください」とか指定はしていないので。

じゃあ、もっとアッパーな感じになるかもしれなかった?

関根:なるかもしれなかった(笑)。

桃野:めっちゃ踊れるひとだったかもしれないし。

彼のセンスも凄かったんですね。

関根:いや、彼のセンスが相当凄くて。

桃野:用意したのは白いワイシャツだけだったもんね。

関根:そうそう(笑)。その場その場の面白さっていうのがビデオに染み出ていますよ。

God Vibration / Hocori

そういうことなんでしょうね。舞台は、ただ駐車場の回る機械だけなわけじゃないですか? 非常にシンプルというか、ストリート感があると言えばあるんですけど、どこでもないような。で、何周かして終わるという、典雅なオルゴールかのようなドリーミーさ。あれには本当に脱帽というか素晴らしいなと思ったんですけど。

桃野:脱帽(笑)。オルゴールはありますね。

ヴィンセント・ムーンって、そういうどこにでもないストリート感ってものがあるのかなって思ったんですけど、関根さんは影響を受けていらっしゃると言われてますね。

関根:ヴィンセント・ムーンというひとはストリートでライヴを撮るひとなので、今回の映像で直接は関係ないとは思うんですけど、その感覚というか、その場で起こる音楽的な喜びとか、そういうものを感じたいっていう態度に僕は感動したんです。だから僕の作るビデオも一貫してそういうようなものを期待しているというか。エディットでなんとかするわけではなくて。

あれって、そのまま一発で?

関根:そうです。

だからちょっと息が切れているんですね。

関根:そうです(笑)。最初はあそこの隣で撮っていたんですよ。それで、こっちは回るからこっちでもやってみようって。

じゃあまさにライヴ感のなかから偶然にして必然的に出てきた。

関根:ある程度はみんなで考えていたけど、その先はよくわからないところを楽しもうっていうような。

そういうところに態度が凝縮されているんじゃないかと思います。

恋愛においても、なんでもそうだと思うんですけど、みんな変態性というのは頭のなかにあると思っていて。 (桃野)

関根さんご自身はブログだったかに、“Alien”が僕ら、ということを説明する上で象徴的なんじゃないかというようなことを書かれていたんですけど、私はこの曲がすごく好きで。ウーリッツァーのリフがすごくいいなっていう。

関根:この曲はまずウーリッツァーのリフができて、それで808の音を組んで、じゃあお願いしますって投げて(笑)。

桃野:そうですね。それでメロを。

あのメロはわりとつけてそのままですか。

関根:そうですね。抜き差しとかもたくさんありつつ。

桃野:僕はパンパンに入れちゃうんですよ。自分でも一息でいけないぞっていうくらい字を詰めちゃうんで。

へぇ。出来上がったものからすると意外ですけど。

関根:そこから間引いていって。ホントに不思議なのは、詰め込まれていた言葉を僕が勝手に間引くんですけど、それでも成り立つんですよ。

桃野:そうそう。

関根:それが本当にすごいんですよ。

桃野:そういう意味ではそうかもしれないです。僕、けっこう歌詞をバーっと書いてますけど、必要なのは一行くらいなんです。そこで説明できるんだけど、その余分なところが楽しいというか。

でも本当に言葉も歌も強いじゃないですか? ヴォーカリゼーションも。それがなかったらある種成立してないものでもあるでしょうし。この曲にはこうことばをつけなきゃ、とかってありました?

桃野:うーん、そうですね。

って言われるとそうでもないんですね。

桃野:基本的に僕のイメージでは、アダルトとかアーバンとか、そういうキーワードのなかで作ろうと思った歌詞だったので、その意味ではちょっとナンパな男というか、キザで普段言わないことばを探しましたね。で、それが究極までいくと、“Alien”──エイリアンなんて日常のなかで絶対に出てこないですよね。だからそういう表現をしようと。

もうひとつ感じたのが、わりと生々しい男女の感触があるなというか。セカイ系と呼ばれるものの後、ちょっと古臭くなってしまった男女観……。「君と僕」って言ったところで、その「君」がほとんど自分の延長でしかなかったりとか、なにかと自己完結して引きこもる感じが主流だったと思うんですよね。そうじゃなくて、もっと未知なところにいる女のひと、異性、そういうものを感じさせる表現って、いまはけっこう珍しいのかなって気がしました。
そこは、このミニアルバムがラヴ・ソングとして成り立っているかなり大きい部分かなと思うんですけど。そういったところのセクシュアリティというか、出てくる異性、恋愛の形、そこはどうですか?

桃野:僕の思う恋愛だったりとか経験だったりとか、そういうものだと思いますよね。

月9感だったりとか。

桃野:ああいう、もともと憧れていた恋愛像とかもあるじゃないですか? 最初は喧嘩しているのにだんだんと惹かれ合っていくみたいな。お互い相手がいるのに、なんか惹かれ合っていく感じとか。もともとトレンディ・ドラマの憧れみたいなものもあるから、いざ自分がそういう年齢になったときに、意外と不条理なものも多かったりとか。あと、生々しいものも多かったりするんで。そこで嘘をつきたくないなというところがあるから、リアルだけどちょっと音楽でしかできないようなトリップをすることは考えましたね。

このミニアルバムで歌われているキャラクターとか特徴があるとすればどういったところでしょう? その辺りは客観的に見ている部分があるのではないかなと思うんですが。

関根:やっぱり妄想的なというか、変態的だよね(笑)。

存在しない彼女とかヴァーチャル・アイドルだったりとか、そういうことじゃないんですか?

桃野:まぁそうですよね。僕のなかでは恋愛においても、なんでもそうだと思うんですけど、みんな変態性というのは頭のなかにあると思っていて。で、そういうのを吐き出す場として音楽があって、そういう恋愛という題材があるなと思いますな。

いまは、すべてが並列になり過ぎていて、何に関しても知識自体がさほど意味がなくなっているし。(中略)何かをやろうと思っても、それがやれるってこともわかっちゃっているのが多少あるので、もうちょっと自然に音楽と付き合えているような気がしますね。 (関根)

あと、若手の中ではちょっと大人でいらっしゃるなというか。そこはおふたりが30代というところもあるのかなって。それは20代と30代の音楽環境の差というか、リスナー能力とかも変わるわけじゃないですか? 昔の音楽好きだった同級生が、大人になったらぜんぜん聴いてないみたいな。20代と30代での音楽環境の変化って何かあったりします?

関根:それは本当に変わってますよね。この10年であらゆることが変わった気がする。

桃野:20代の方が闘争心というか、競っている感じがありますよね。音楽を聴くにしても、他のバンドを聴くにしても「先を越されたのか!?」って勝手に思っちゃったりとか。

関根:あと、当時はまだ信じられる先があったような気がしますね。いまは、すべてが並列になり過ぎていて、何に関しても知識自体がさほど意味がなくなっているし。昔は知っていることとかが優位性に繋がっていたんだけど、いまはべつにそこまで……。知っているやつがどこかにいるってことも知っちゃったし。何かをやろうと思っても、それがやれるってこともわかっちゃっているのが多少あるので、いまはもうちょっと自然に音楽と付き合えているような気がしますね。

それって年齢によるものですか? それともiTunes的なものがひと並びにしてしまった話なのか。

関根:うーん、どうなんだろう。この10年で音楽との付き合い方は過激に変わったんじゃないんですかね。僕自身もやっぱり音楽を昔から買っていたけど、買うとしてもデータが増えてますよね。フィジカルで買うものは自分が好きなものしかなくなった気がします。

アップル・ミュージックを前にすると、音楽が聴くものというよりも参照するものに情報の密度を落としているような気もしてきますよね。そういうなかで、だからこそ、アルバムを作ることの意味が解体されているようにも思います。
このミニアルバムは6曲で完成している感じがするんですけれども、今後は、これをアルバムにしていくんですよね?

関根:完成してほっとしたというか。

旧来の音楽産業的な考え方で言えば、ここから先にアルバムがあるんだろうな。それを一体どうやって作っていくんだろうなっていう疑問があるわけなんですけれども。

関根:音楽はいくらでも作れるんですけどね(笑)。

桃野:そうなんですよね。

曲数が溜まればアルバムはできるってことなんですかね。

桃野:できるし、要はお互いに経験を積めば、曲ってものは作れるときに作れると思うんですよ。だからそういう意味での焦りはあんまりないですね。

関根:自然に楽しんで1曲1曲を作っていった結果なので。むしろ全部シングル的な感覚で作っていったというような。

要はお互いに経験を積めば、曲ってものは作れるときに作れると思うんですよ。だからそういう意味での焦りはあんまりないですね。 (桃野)

だとすると、むしろいまの音楽の状況に合っているんじゃないですか?

関根:そうかもしれないです。いまの状況だからやっていることなのかもしれないですね。

ジャケットの意味もぜんぜんちがいますよね。ブックレットもなくて、曲単位で無限に音が存在していて、そのなかで1曲ずつが存在している意味は、いまだから余計に感じられるというのもある気がするんですよ。そういう意味では理想的にワガママなユニットでもあるかもしれませんね。

桃野:このふたりの間では設定みたいなものはありますけど。でも基本的にはこれが納得いかないものだったら、世に出ていなかったと思いますし。

そうすると音楽産業にとっては寒い時代だけど、音楽にとっては豊かで贅沢な時代なのかもしれないですよね。

桃野:本当にそうだと思います。

ゴミがめっちゃ輝いているときもありますから。プライドのようにがっつりしたものが滑稽に見えるときというか。 (桃野)

ところで、Hocoriっていう名前は何なんですか?

桃野:これは僕が付けたいなと思っていたワードなんです。ダストの「ホコリ」と、プライドの「ホコリ」と、両方の意味が音楽にはあるなって思っていて──自分にとって大事でもそれを聴かないひともいるわけで。かといって、死ぬほど好きなひともいるわけで。そういうことっておもしろいことだと思うんですよね。そんなことで明暗が分かれるわけじゃないけど。それを聴くことで判断するっていうところの面白さもあるし。
あと、最近、「日本の誇り」っていうような言葉も耳によく入ってくるので、僕らが「ホコリ」って付けることによって皮肉っぽく感じられるところもあるかもしれないなと。いろんな角度で捉えられることばだなと思って。

ゴミのように輝くもの、みたいな逆説とか。

桃野:それもありますよね。ゴミがめっちゃ輝いているときもありますから。プライドのようにがっつりしたものが滑稽に見えるときというか。だから、「ホコリ」っていうのは、何でもないことばだけど、なんかみんなが勝手に想像して意味を付けるものかなって。

そこにもスタンスが表れていそうですね。音としてはどっちかといえばリッチな音質を目指されているのかなって思うんですけれど──そういうガラクタみたいなローファイ感というのはいたずらに追求されていませんよね。

関根:ただ、ローファイな取り組み方は大事だと思っているので、きれいにトリートメントしすぎないようにしているというか。とはいえリッチに作りたいと思っているので、贅沢な悩みなんですけどね。そこはすごく意識していて、作り過ぎていないけどローファイでもないみたいな。そういうところはつねにあります。それはどっちかというと僕の好みなのかもしれないですけど。

やっぱりそういう面において関根さんも変態なんだと思いますけどね(笑)。

関根:ふたりの変態(笑)。

桃野:どんなグループだよ(笑)。

ローファイな取り組み方は大事だと思っているので、きれいにトリートメントしすぎないようにしているというか。とはいえリッチに作りたいと思っているので、贅沢な悩みなんですけどね。 (関根)

違いますって(笑)。でも、見えないところで、へんなこだわりみたいなものによってすごく彫刻されてトリートメントされている音なんだろうなということを随所に感じますね。聴けば聴くほど感じられる……何度聴くのにも耐えるような。

関根:そうしたいとはいつも思っているので。説明が多くても過剰になるし、編集が多くても過剰になるので、何度も聴けなくなるなと思って。そこはけっこう大事にしたいところですよね。

ある意味、消費感バリバリじゃないですか。ジャケがネオンだし。でもローファイなものへのリスペクトがあると。アナログは出すんでしたっけ?

桃野:アナログ出しそうですか?

出るものかと(笑)。JET SETさんとかに並んでいそう。

関根:サウンド的にはぜんぜん遜色なく作ってると思うので。クラブでも流れてほしいし。お茶の間でも流れてほしいし。それに耐えられるものなんじゃないかとは思っているんですけど。

ほんとに楽しみですよ、次とか、アルバムも。……といいながら、未来は不確定で、できればできたところで出すと。

桃野:未来は常に自由っていう(笑)。フリーダム。

でも、このミニアルバムは夏に出すっていうような狙いはあったんですか?

桃野:それはちょっとあったね。夏に出したいなとか、「トレンディ」みたいなワードのイメージとかで。

トレンディって言えば、夏もそうですけど、冬のトレンディもありますよ。

桃野:クリスマスとかね。

いまはみんなシラけているから、「クリスマスなんて……」みたいなところがあるじゃないですか。

桃野:そうなんですよ。実際にそうやって冷めた目で言っているひとも、いざやってみると楽しいじゃないですか? そういうのはありますよね。なんか斜に構えてるけど。

では、懐かしいほどわくわくするクリスマスのアルバム、楽しみにしていますね!

Special Talk:OLIVE OIL×K-BOMB - ele-king


OLIVE OIL
ISLAND BAL

BLACK SMOKER

Hip HopExperimental

Amazon

OLIVE OILが7月にBLACKSMOKERから発表したソロ・アルバムのタイトル『ISLAND BAL』は、「島の居酒屋」とでも直訳できるだろうか。このOLIVE OILとK-BOMBという盟友同士の対談を読むと、「島の居酒屋」というタイトルがしっくりくるように思えてくる。もちろんOLIVE OIL×POPY OIL兄弟が徳之島出身で、福岡在住である事実とも関係している。

  だが、「島の居酒屋」がしっくりくるのはそれだけではない。OLIVE OIL×POPY OIL兄弟にしろ、K-BOMBにしろ、旅芸人のように全国津々浦々を渡り歩き、各地のありとあらゆる“シマ”での壮絶なライヴと、変態、変人、強者たちとの交流、そして連日の豪快な遊びを通じてセンスと感性と変態性にさらに磨きをかけ、それらを原動力に大量のビートやラップ、映像や絵を、まるでメシを食い、酒を飲み、セックスをし、風呂に入るのと同じような感覚で日夜吐き出していっているようだ。

  『ISLAND BAL』はそういう彼らの交流と日常的実験のレポートだ。それゆえに音と生活の距離がとても近く感じる。ビート集的側面が強いものの、OLIVE OILは、OMSB、K-BOMB、FREEZE、KOJOE、5lackといった、長年親交を深めてきた全国各地のラッパーの既発のヴァースと新たなビートを組み合わせ、再構築することで最新のラップ・ミュージックを作り上げてもいる。また、OLIVEが今年、金沢で出会ったaddginjahzzというグループのラッパー二人をゲストに招いている。

  音と生活の距離が近い、つまりここで聴ける“肉感的なビート”は、本作のライナーで白石裕一朗(AZZURRO)氏が書いている通り、OLIVE OILが2011年からメインの制作機材をNATIVE INSTRUMENTSのMaschineに変えたことも大きく関係しているのだろう。ジャケットのコラージュは、KILLER-BONGとPOPY OILの合作によるものだ。

  さて、長年の付き合いとなるOLIVE OILとK-BOMBだが、おそらくこれほどまとまった分量の対談記事は初公開と思われる。対談とはいえ、この二人の対話である……まずは恒例となる二人の出会いのエピソードから訊いた。POPY OIL、JUBEも同席して行われた、彼らのはちゃめちゃで、ルーディで、時に驚くほど核心をつくトークをお送りしましょう。

福岡の焼き鳥屋では会計の金額がすごいことになってた。──OLIVE OIL

金の使い方もなんか似てるんだよね。無くなるまで金を使い過ぎちゃう感じ。メシ、頼み過ぎちゃう感じとかね。ははっ。──K-BOMB

OLIVEさんとK-BOMBの出会いは?

K-BOMB:当時はCD-Rを売ってる人があんまりいなかった。CD-Rがビジネスとしてまだ成り立たない頃だよ。

OLIVE OIL:たしかにそう。

2000年代初頭から中盤ぐらいですかね。

K-BOMB:オレはCD-Rで作品を大量に作ってた。で、あるときCHU(INNER SCIENCE)からCD-Rを売れる店があるって教えてもらったのがWENODだったんだ。

OLIVE OIL:CD-R売ってたっすね。WENODに売ってもらってた。

K-BOMB:だから、「オレの他にCD-Rとか売るヤツいるのか?」ってWENODに訊いたら、「いますよ」と。それでOLIVEの作品を聴いたらさ、斬新で最新で歌い辛い感じでたまんないと。そのころトラック作ってくれるいい人を探してたところだったから、すぐにでも会いたかった。そうしたら、「来週(東京に)来ますよ」とまた教えられて、すぐに会った。オレ側のニュアンスとしてはそんな感じさ。

それってどれぐらいの時期ですか?

OLIVE OIL:2006年ぐらいですかね。

K-BOMB:どうなんだろうね。もうね、2000年代に入っちゃうと、オレ、わかんなくなっちゃうんだよ。オレのなかじゃあ、新しいことなんだけどさ、でももう10年ぐらい経ってるっていうことだからさ。ちょっと時空が捻じ曲がっちゃってる。季節感を感じないね。でも、そうなのかもしれない。気持ち的には1980年代ぐらいに会ってるような感じだよね。

OLIVE OIL:ははは。

K-BOMB:初めて会ったのはUNITでのライヴかな? いや、違うか?

OLIVE OIL:WENOD(当時店舗は恵比寿にあった)の近くの神社の裏のバーで会った気がする。

K-BOMB:だいたい年数適当のオレだからさ。1989年の夏、ニューヨークで会ったってことだね。

OLIVE OIL:ははははははははっはーはぁ。

福岡でWENODの神長(健二郎)さんも同席して、OLIVE OIL、POPY OIL、THINK TANKが初対面したという話を聞いたことがありますが、違いますか?

(※2007年11月23日にWILD RIDEというイベントがEARLY BELIVERSで開催。THINK TANKが福岡で初ライヴを行っている。OLIVE OIL、RAMB CAMPらも出演)

OLIVE OIL:そうそう。福岡の焼鳥屋で会いました。THINK TANKが初めて福岡でライヴしたときだ。

K-BOMB:えーーーーーー!? まじで? オレはファースト・コンタクトは恵比寿だと思う。恵比寿で仲良くなって、福岡に行ったはず。だってさ、いきなりさ、知らない人とオレがそんな風に飲むってことないんじゃない? それまで人とメシとかたぶん食いに行ったことなかった。OLIVEと初めてぐらいの勢いで行ったんじゃないかな? 芋の水割りもそれまで飲んだことなかった。だからそれぐらい古い関係だし、OLIVEと出会ってオレ自身の芋がもう捻じ曲げられた。

その福岡の焼鳥屋での出会いが壮絶だったらしいと。

K-BOMB:壮絶だよ、常に。

OLIVE OIL:うちらが店に着いたら、小上がりの座敷でTHINK TANKのメンバーみんなが横になって寛いじゃってた。

K-BOMB:オレたちね、すぐ寛いじゃうタイプだから。

たしか神長さんが両者の間を取り持って、その場で意気投合して、途中で神長さんは「もう任せたよ」って先に消えたみたいな話を聞いたことがある。それは恵比寿なのかな。

K-BOMB:意気投合系だね。

OLIVE OIL:うん。福岡の焼き鳥屋では会計の金額がすごいことになってた。

K-BOMB:金の使い方もなんか似てるんだよね。無くなるまで金を使い過ぎちゃう感じ。メシ、頼み過ぎちゃう感じとかね。ははっ。

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それはOLIVEに常にある雰囲気で、OLIVEはいろいろ絡ませていくからさ。民謡とジャズとか、民謡とヒップホップとか。ひねくれてるのさ。──K-BOMB

オリエンタルな雰囲気や日本昔ばなし的な雰囲気を出したかった。──OLIVE OIL

いずれにせよ、WENODがK-BOMBとOLIVE OILをつなげたことは間違いなさそうですね。K-BOMBとTHINK TANKは最初どういう印象でした?

OLIVE OIL:すげぇ恐い。

K-BOMB:まじで? やだな

OLIVE OIL:だって、全員寝てるわけですよ。畳の部屋で。

K-BOMB:畳だと、オレたち寝ちゃうんだよ可愛い感じで。椅子だと、オレたち野菜とか投げ合っちゃうからさ。

OLIVE OIL:あ、思い出した! そのとき、K-BOMBに「EL NINO(OLIVE OIL×FREEZ)やってるでしょ? オレたちは1997年からEL NINOってイベントをやってるからね」って言われた。

はははは。同じ名前だったから対抗してきたんですね(笑)。

K-BOMB:対抗してきたんだよ。

JUBE:その感じは変わってないよね。いまでも気に入った人物に対抗心むき出しのときたまにみるよ。

OLIVEさんとFREEZさんのEL NINOよりも前から、BLACKSMOKERは同じ名前のパーティをやっていると。EL NINOって1997年からやってたんですね?

K-BOMB:そうだね。たしかOrgan Barで毎週火曜日やってた。イカレたことをやってたよね。

OLIVE OIL:まあ、そういう会話からはじまって、「じゃあ乾杯しよう」と。そしたら、K-BOMBが「魔王って酒があるけど、そこには大魔王ってのがある。もっとこっちのほうが悪いんだろ?」って大魔王という酒を選んだのをよく憶えてる。あれウケたな。

K-BOMB:俺、大魔王のせーでその後、寝ながらLIVEした気がする。

JUBE:たしかに

POPY OIL:僕らが当時福岡でやっていたダダイズムっていうイベントの時にいつも迎えに来てくれる後輩の車のなかでは常にTHINK TANKとK-BOMB、BLACKSMOKERの音楽がかかっていた。

OLIVE OIL:自分は1997年にアメリカに行って、2002年に帰国したんだけど、当時、日本にいる変態系の人たちのビートをすげぇ探してた。福岡でその後輩のキョムってヤツに知り合って、その流れでTHINK TANKとか、全部教えてもらった。

ただ、OLIVEさんとK-BOMBで一緒に曲を作るのはそれから少し先ですよね。

OLIVE OIL:K-BOMBから「TRIPLE SIXXX」(CDは2010年発売。アナログ第一弾は2008年)に入ってる曲のアカペラを直でもらったのが最初だと思う。「BPMもわからないから」って言われて、すげぇ困った思い出がある。

K-BOMB:OLIVE OILは「BPMないんじゃないかな?」っていうのあるじゃない。出来そうだなっていう。ビートが揺れてるからさ。揺れてると、BPMが3ぐらい稼げるような気がするんだ。どこの位置にもコンテンツがあるから、リディムが出るっていうかさ。わかるでしょ? 乾いてると的確に叩かなきゃいけないけど、揺れてると的確な部分の幅が広がるっていうね。

OLIVE OIL:「TRIPLE SIXXX」の「Mr.KATO」が最初ですね。

「Mr.KATO」にはFREEZさんも参加してますね。

OLIVE OIL:EL NINOでちょうど作ってる最中とかだったからね。

K-BOMB:だってさ、あの時期は福岡にライヴしに行くと、次の日の昼からさ、CLUB BASEにベニヤ板みたいなの貼って、「さあ、やりましょう」ってRECがはじまるんだ。もう絶対なんだよ。二日酔いで録らされる。オレはその場でビートを聴いて、リリック書いて、2、3曲録ったりしてさ。そうやって作った曲で世のなかに出てない曲とかいっぱいあるわけ。人の家の二段ベッドの上で正座して歌った歌とか出てないんだ。

OLIVEさんの自宅兼スタジオで録ったりはしなかったんですか?

OLIVE OIL:いや。

K-BOMB:家じゃ録らないよ。もうね、ゲトー団地みたいなところがあるわけよ。福岡からちょっと行ったらさ。「オレは人の家は嫌だよ」つってんのに、車に乗って行ったらもうそこだよね。強制的なんだね、いつも。オレ、人の家は嫌だから、しばらく川歩いてたよ。

OLIVE OIL:川、歩いてた(笑)。

K-BOMB:川歩いてたら、子供たちが魚獲ってて、オレもそれに参加して良い気分になったね。

OLIVEさんがK-BOMBをRECに誘うと。

K-BOMB:いや、みんなでオレを騙すんだよ。

OLIVE OIL:たしかそのときはFREEZの計画だった。

K-BOMB:そう。仲良いから、オレのことわかって来ちゃってたんだろうね。この人に「録音しましょう」って言ったら、「絶対行かない」って言われるから、黙って連れていかれる。「おいしいもの食べたくないですか?」「食べたいね」と。そうやって釣り出されてる。完全に拉致られてる。そうしたら、いつの間にか録ってる。

RECするのが習慣っていうか日常的でスピードが速いんですね。

OLIVE OIL:そうっすね。

K-BOMB:CLUB BASEがあったときはあそこで名作はだいたい録ってるよ。

OLIVE OIL:たしかに。全部あそこかGREENHOUSEで録ってる。

CLUB BASEで生まれた作品には例えば何がありますか?

K-BOMB:RAMB CAMPとTHE LEFTYの曲とかもそうだ。

RAMB CAMP / REBEL MUSIC feat. THE LEFTY (K-BOMB, JUBE)

RAMB CAMPのアルバムとかもそうなんですか?

OLIVE OIL:そうそうそう。

K-BOMB:福岡のラッパーはだいたいあそこで録ってたんじゃないか? 自然にエコーかかっちゃってるの、広いからさ。普通のヴォーカル・ブースより明らかにデカくて、何人もブースにいるっていう感じさ。THINK TANKの録り方と似てるよね。喋り声とか入っちゃってる感じで、アカペラとか聴くとおもしろそうだな。「芋の水割りくれる?」みたいな話し声が入っちゃってんだと思うよ。

ふふふ。

K-BOMB:夕方ぐらいから録りはじめて、それでまた飲んで、次の日にライヴやDJやったりして、福岡に何日もいちゃうんだ。だから、だいたい二日目とか三日目から、オレに付き合えなくなってくる人いるけどね。なんかもう、ゲッソリして、胃液の匂いがプンプンするヤツとか。ははははは。三日とか付き合えるヤツ、なかなかいない。POPY OILぐらいだ。OLIVE OILは上手いこと「違うビジネスがあるんで」って会わない時間が長い。

OLIVE OIL:その三日間でZORJIが痩せていく(笑)。

K-BOMB:そうだね。

そういう録音作業の原点というか、はじまりが「TRIPLE SIXXX」の「Mr.KATO」だったと。

OLIVE OIL:そう。

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福岡にはビートメイカーも多い。CRДMとかLAF とかさ。ラッパーだとREIDAMとか。そういう世代が盛り上がってる感じがする。──OLIVE OIL

OLIVEのせーだ。福岡最高なんだっ。──K-BOMB


OLIVE OIL
ISLAND BAL

BLACK SMOKER

Hip HopExperimental

Amazon

K-BOMBから見て、OLIVEさんとPOPYさんっていうのはどういう人物ですか?

K-BOMB:オレはこの兄弟と1ヶ月に1回……いやもっと会うときもある。いろんな地方で会うんだ。8月もだいたい一緒にいたりとかするしさ。だからもう家族のよーに過ごしてる。オレは朝早く起きて全員分の洗濯とかしてるよ、OLIVEの家で。風呂も入ってる。

OLIVE OIL:ふふふふふふふ。

K-BOMB:この兄弟はもう天才で、音と映像とアートを兄弟で出来てるっていうのもスゴイけど、普通にワールドクラスのレベルなんだ。だから、近づきたかったっていうのはあるよね。よく解読できないレベルっていうのかな。だいたいオレ、解読できるからさ。だからライバルだし、ファンだし、友人だし、ファミリー的な感じだ。深い感じだと思う。教えてもらうことも多いから。

何を教えてもらうんですか?

K-BOMB:芋の水割りとか音の鳴りとかも教えてもらう。ところで最近、野菜食べてないか?

OLIVE OIL:いや食べてませんよ

ふたりからすると、K-BOMBのファースト・インプレッションは?

OLIVE OIL:そういう人間がいると思わない人物。「そういう人、いるの?!」と驚くような人物だった。

POPY OIL:ライヴでドレッドを片手に持ちながら、片手でパッドを叩いている姿を初めて見て、野生の要素と都会の要素を両方併せ持つ、超越している人物だと感じた。

K-BOMB:オレもこの兄弟に野性的なのもと都会的なものを感じたよね。よく言われがちな“黒い音”とかじゃなくてさ。黒いけど、その黒いとは違うんだ。ポップで、メロディアスで、オレの好みなんだ。

ノイズもあるし、ポップもある。

K-BOMB:あるあるある。質感を感じたよね。

OLIVEさんが海外から帰って来てFREEZさんと会ったときに、日本人離れした野太いラップが出来るラッパーだったから、彼とは一緒にできると確信したというような話をしてくれたことがあります。

OLIVE OIL:そう。オレはエイフェックス・ツインやスクエアプッシャーも好きだったけど、90年代ヒップホップのスタイルをもって、徹底して8、16、24という偶数小節でラップしていくFREEZくんとやることで、ヒップホップのスタイルに自分の音楽を落とし込んでいった。そういう音楽を作っていたときに、今度はK-BOMBがオレの目の前に突如現れた。



K-BOMB:ふふっ。

OLIVE OIL:ラッパーなのに「1小節飛ばしてくれ」とか言われて、「やっべぇなあ」と感じた。

ヒップホップとラップのルールを知りながらそのルールを無視して、それでも王道のラッパーのかっこよさがある。そういうことですか?

OLIVE OIL:そうそう。だから、K-BOMBが3だったり、5だったり、7という奇数小節でラップしていくことに驚いた。

K-BOMB:でもそれはワザとじゃないんだ。同じ歌を同じトラックで歌っても1回目は8だけど、2回目が8とは限らないんだね。ラップを小節数で書いたことがないんだ。それが何なのかオレはまだわからない。感情がこもってくると小節数も変わって来る。感情がこもってなくても変わって来るし、かっこつけても変わって来る。かっこつけながら感情込めても変わって来るしさ。

JUBE:オレが数えたりするからね。でもやっぱり数えられない。4、4、4、1みたいに1が入ってきて、次6とか。挙句に頼りにしてたループはなくなって闇へと誘い込む。お手上げですよ。

K-BOMB:それがわからないんだよ。いいと思うものがそういうBPMだったり、そういう拍子だったりするのかもしれないね。サンプリングする時点でオレはもうそう感じてるよね。これはもう打ち難いっていう、そういうのが大好きだ。ゴールデンループっていうワザがあるからね。

ゴールデンループ?

K-BOMB:何日もそのループをかけっぱなしにしてて厭きないものさ。それがゴールデンループ。やっぱ最高なんだよね。OLIVE OILの聴き方さ。

OLIVE OIL:それは最高。

K-BOMB:名曲っていうのはさ、厭きちゃいけないよな。三日間ぐらいかけてても厭きない。ゴールデンっていうのは裏から入って来たりするものなんだよ。ゴールデンをさらに料理するのってすごい難しくて、ワザとらしくなっちゃたりとかするし、ストレートに行くのは誰しもやる手法なんだ。

『ISLAND BAL』には多彩でユニークなビートがあります。“HENCA”という民謡風の曲なんかもありますね。

K-BOMB:それはOLIVEに常にある雰囲気で、OLIVEはいろいろ絡ませていくからさ。民謡とジャズとか、民謡とヒップホップとか。ひねくれてるのさ。

OLIVE OIL:オリエンタルな雰囲気や日本昔ばなし的な雰囲気を出したかった。

K-BOMB:良いネタが入ったら良い曲が出来るっていうのは当たり前なんだけど、そのネタやモノの処理の仕方で変わってくる。絶対に誰しもが通る道っていうのは360度ぐらいあって、その雰囲気っていうのは誰しもが求めてる。OLIVEはそういうのを散らしてる感じがするけどね。それが技術なんだと思う。音の癖みたいなのを持っててさ。たとえば、だいたいヒップホップのビートメイカーはスネアやキックに重きを置くけど、OLIVEはハットに置いてたりとかさ。

OLIVE OIL:ハット、デカめですね。

K-BOMB:デカいと普通は耳が痛くなる。それが痛くならないとかさ。ちょっとよく聴いてみた方がいい他の人が置いてる重点と全然違うんだ。キックとかもさ、輪郭っていうよりベースに近いようなさ。

うんうん。

K-BOMB:ねぇ。丸い感じの。

OLIVE OIL:ブーン。マルチョーキック 最近食わなくなったけど

K-BOMB:芯っていうよりも周りも持ってる感じだしさ。そこに合うベースっていうのが入ってくる。それはほんとは組み合わせ辛いんだ。

OLIVE OIL:LAでマスタリングしたときに、K-BOMBの曲をスタジオで聴いていたら、TOSHINOBU KUBOTAのエンジニアもやっているアメリカ人が衝撃を受けてて。その様子はミュージック・ヴィデオにも写ってる。

K-BOMB × OLV-OIL / 真夜中のJAZZ

K-BOMB:「真夜中のジャズ」だね。たしかにあのときの彼の動きはTOSHINOBU KUBOTAの曲で踊ってるときとあんまり変わんないかもしれないな。つまり俺はTOSHINOBUなんだ

OLIVE OIL:その場にデリシャス・ヴァイナルのLAJさんも一緒にいて、彼もすげぇ上がっていて、ああいうのが正当な評価だと思う。

K-BOMB:それはビートが良かったから。「真夜中のジャズ」はOLIVEがミュージック・ヴィデオも作ってる。最近、OLIVEはシュールで恐い絵も描くし、いろんなセンスがあるんだ。オレたちの仕事を奪おうとしてるんだ。ふふっ。メシを作るの上手いしさ。そういう凡人離れしてるのはあるよね。

今回のアルバムに参加してるaddginjahzzは誰ですか?

OLIVE OIL:5lack世代ですよね。

K-BOMB:それはやっぱり最高の時期だね。OLIVEは同じ現場でいいと思った人とはやってるね。BIGIz'MAFIAとか名作がもうぞろぞろあるよ。

addginjahzz、ラップの訛りがおもしろいですね。

K-BOMB:このグループ、すごいいいね。声のバランスがいい。

彼らとはどういう出会いだったんですか?

OLIVE OIL:ちょっと前に金沢にライヴしに行ったときに会った。彼らすげぇ喜んでた。「BLACKSOKERから出すアルバムに曲が入っちゃうけど、大丈夫?」って言ったとき、「えええっ?!」って。

K-BOMB:よし、今度みんなで金沢に行こう! OLIVEが作って、光シージャーがかけて、ジャンルを超えてくみたいなパターンいっぱいあるんだ。シージャーがさ、BLACKSOKERの服ばっか着過ぎて、シルエットが俺と一緒みたいなときとかあるからね。

OLIVE OIL:それと福岡に最近Transform(https://transform.website/)って新しいクラブ、バーができた。

K-BOMB:朋晃(ツキツキニッコウ)のところだ。あっこいいよ。どんどんよくなってくるんじゃないかな

OLIVE OIL:福岡にはビートメイカーも多い。CRДMとかLAF とかさ。ラッパーだとREIDAMとか。そういう世代が盛り上がってる感じがする。

K-BOMB:OLIVEのせーだ。福岡最高なんだっ。

今後の話も訊きたいですけど、どうですか?

OLIVE OIL:今後はツアーしたいですね。ライヴをしたい。でもわかんない。もしかしたら作っちゃう可能性も高いから。でもリリースしたり、マスタリング済の音があるから、そういうのを持ってあちこち回るのがいいかもしれない。

K-BOMBはどうですか?

K-BOMB:これからのことはわからないよ。絵の仕事をやんなきゃいけないし、アルバムも作りたいなと思ってるけど、年々CD-Rも出すのが少なくなるぐらい時間がなくなってきちゃってさ。自分の課題がまったくこなせてないから、もっと厳しくしたいね、自分に。

OLIVE OIL:ふふふ。

真面目だ(笑)。

K-BOMB:俺はいつでも真面目さ。。。そろそろ旅行でもしてアルバムつくろーかな。

OLIVE OIL:あーぜひ事務所にもよってください。おいしいもの食べに行きましょう。

K-BOMB:いいね~ おいしいもの食べて……えっ? それって……ふふふ、それは高いよ。

BLACK SMOKER RECORDS PRESENTS
ELNINO

8/29(SAT) at clubasia 23:00-
ACT
KILLER-BONG JUBE BABA YAZI CHEE13 OLIVE OIL
5lack punpee OMSB Hi’spec peepow ROKAPENIS KLEPTOMANIAC
BUN LUVRAW Cocktail Boyz L?K?O VIZZA JOMO LIBERATE TISHIT
and more

Wire - ele-king

 3月だから……5ヵ月前のことか。『ele-king』本誌のUK特集で紹介した「ブロークン・ブリテン以降の30枚」にアメリカのものが1枚、混ざっていました! しまった! 誰も気がついてないのにカミング・アウト! 潔い!(さて、どれでしょう?)
 その時に落としてしまったのがヴィジョン・フォーチューンの4作め。ファッショナブルかつコンセプチュアルな映像にポスト・パンクの演奏が映える3人組(かな? よく知らない)。ポスト・パンクというのは、1977年にパンク・ロックがしっちゃかめっちゃかやっていた頃、その勢いには流されませんと、わざわざクールなリアクションを返したバンド群のことで、ガラージ・ロック回帰やゴシック・ロックなど、例によって音楽性による分類とはほど遠いものの、あからさまなアートへの入れ込みはパンク・ロックに内包されていたモダニズムを拡張させたものとして興味深い動向ではあった。しかも、アカデミズムへの逆照射がないところがアメリカのそれとはちがうというか、イギリスに特有の面白味といえ、その伝統(?)に則り、ヴィジョン・フォーチューンもアート志向全開でありながら、このところアカデミズムの参照が鼻に突き出したアメリカのアンダーグラウンドとは異なる雰囲気を醸し出しているところがいい。もしもマシュー・ハーバートがロック・ミュージックに転向したら……というか。

 『カントリー・ミュージック』は、そして、洗練度が高い。音に隙間が増えてイメージに柔軟性が出てきた。あくまでも即物的でアーティフィシアルな触感は手放さず、実験的な音楽が演出しがちな思わせぶりもない。リズムの楽しみがあるわけでもないし、だからといってだらだらもしていない。ロック・ミュージックが売りにしたがる文句のすべてから遠ざかっている。そのことによってわかるのは、ポスト・パンクの一部はブライアン・イーノが発端になっていたということだろう。意識の拡張や非日常からの帰還を促したブライアン・イーノ(詳しくは『アンビエント・ディフィニティヴ』序文を参照)。イーノを機に音楽はヴァーチュアル・リアリティの道具になったのである(『カントリー・ミュージック』というタイトルがそれこそ『アナザー・グリーン・ワールド』へのアンサーに思えてくる)。

 ブライアン・イーノにもっともコンプレックスを感じていたポスト・パンクといえば、それはワイアーだろう。バンドを離れた個人的な活動を見渡しても、それは明らかだし、多くの人が彼らの代表曲としてあげる「アウトドア・マイナー」がいまとなってはイーノの曲にしか聞こえない。この曲は歌詞がいいのか、フライング・ソーサー・アタックやルナ、ラッシュまでカヴァーしていた(僕は“アイ・アム・ザ・フライ”の方が好きだけどね)。
 何度となく再始動や再結成を繰り返してきたワイアーにとって、どこがターニング・ポイントになるのかもはやさっぱりわからないけれど、ここ最近のトピックといえば、70年代につくっていた未発表曲を始めてレコーディングしたという前作『チェインジ・ビカム・アス』(13)はちょっとした話題ではあった。簡単にいえば全盛期のワイアーが戻ってきたということになるらしく、なるほどパンクじみた演奏はそういった気分を掻き立てたかも しれない。とはいえ、コンセプチュアルな曲は様式性の方が際立ち、個人的にはそれほどノレるものではなかった。それこそどこにもテクノやハウスの痕跡はないにもかかわらず、明らかにそういった時代を通過してきたヴィジョン・フォーチューンに時代性で負けているとしか思えなかった。同じようにダンス・ミュージックを拒否していながらも肌で感じていることはちがうのだろう。音楽には多くの無意識が含まれている。これはミュージシャン本人にはどうしようもない。

 ワイアーの新作『ワイアー』が、しかし、とてもよかった。前作とは対照的に全編を通じて肩の力が抜けていて、自分たちはクールなつもりでも、思わず年寄りじみた叙情性が滲み出し、それがせめぎあうというよりも補完し合いながら優雅にポップ・アルバムとしてこじんまりとまとまっている。それこそ“アウトドア・マイナー”のようにイーノのダミーに徹したような安心感が最後まで崩れない。これは年寄りにしかわからない快楽係数かもしれないし、セイント・ヴィンセントがライヴに飛び入りし、“ドリル”で共演することがむしろ先端だと考える思考回路にも合致しているかもしれない(イギリスではセイント・ヴィンセントは非常に高く評価されている)。歌詞は抽象的で理解できたとは言いませんけれど、使われている単語の数々はやはりマシュー・ハーバートを思わせる。

三人の代表研究者たちは
グーグル天体図を使う
ベツレヘムの飼い葉おけ
それは高評価のアプリ (「ブロギング」国内盤対訳より)
彼らのうちの一人が光ファイバーのエビを産み出し
巨大な欠伸をかろうじて押し隠していた
一人の国粋主義者が死去しマンチェスターで埋葬された(“イン・マンチェスター”同)

 アン・マリー・ウォーターズや『Xファクター』(『The X Factor』)には困ったものだけど、カーラ・デルヴィーニュを筆頭にベネディクト・カンバーバッチ、エマ・ワトソン、キーラ・ナイトレイ、サム・スミス、ワン・ダイレクションと……オーヴァーグラウンドがこれだけ活気づいているんだから、それに対するカウンターが盛り上がってもまったく不思議はなかったわけですね。いや、UK特集では、そう書くべきだったなー(「ブロークン・ブリテン以降の30枚に混ざってしまったアメリカものはレイビットでした。いま、ウエイトレスといえばイギリスだと思うじゃないですか……)。

 関係ないけど、『ボラット』イギリス編。クリケットやケンブリッジがからかわれ、動物愛護のデモで「カザフスタンでは狩りは楽しいで~す」と言って活動家に激しく怒られたりしています。


Vince Staples - ele-king

 トレイヴォン・マーヴィン射殺事件やファーガソン事件など、フレイヴァー・フレイヴの時計はこのところ勢いをつけて逆回転を続けている。時計の針は50年前のロング・ホット・サマーまで戻るのか、それとも150年前の南北戦争まで後退してしまうのか。今年、5月にはやはりフレディ・グレイが警官に射殺され、ストリーミング・サイトからあらゆる音源を引き上げるなどインターネットとの相性の悪さを強調してきたプリンスがデモ隊を応援するために珍しく“ボルティモア”をサウンドクラウドにアップ、当地でのライヴの模様をジェイ・Zのサイト、タイダルからフリーで中継し、グレイの名にちなんで灰色の衣装を着込んだりしていた (プリンスとの共同作業を喜んだジェイ・Zとビヨンセは同時に遺族の元を訪問も)。

 6月にはサウス・カロライナ州にある黒人たちの教会で9人がディラン・ルーフ容疑者(21歳)によって射殺。州境で逮捕されたルーフの車には南部連合の旗が取り付けられてあったために、公共の建物から南軍旗を引き摺り下ろせという声が広がった。この動きに過剰反応を示した元KKKのメンバーがミズーリ州など近隣の州でも黒人たちの教会に火をつけるという騒ぎが相次ぎ(そのうちのひとつは後に自然発火と判明)、サウス・カロライナ 州議会の建物から南部旗が撤去された後も、モダンKKKとアメリカのしばき隊みたいな人たち合わせて2000人余が衝突、5人以上が逮捕されている。その後もサンドラ・ブランド、サミュエル・デュボーズと黒人の射殺事件は全米各地でいまだ途絶えず、いま、アメリカでは「BLACK LIVES MATTER」(黒人たちの命も大事)というプラカードが掲げられることが増えてきた。あるいは「ザ・ブラック・ライヴス・マター」ムーヴメントの発端は アリシア・ガーザ、パトリス・カラーズ、オパル・トメティによって提唱された明確な政治運動で、8月5日現在、23人の死者を対象としたものだともされている(詳しくは→https://en.wikipedia.org/wiki/Black_Lives_Matter

 このような時代のサウンドトラックは明らかにケンドリック・ラマーだろう。クリーヴランドでは6月に警察のいやがらせをテーマとしたラマーの“オールライト”をデモ隊が合唱し、クリス・ロックが監督した『トップ・ファイヴ』のDVD特典の映像を観ると、ラマーの登場が時代の差を表す象徴のように言及されているシーンもあった(「トップ・ファイヴ」という「タイトルは黒人の男たちが集まるとラッパーのベスト5は誰かを言い争うことが多いことからつけられている。同じく特典映像ではティナ・フェイのシット・コム『30ロック』で名を挙げたコメディアン、トレイシー・モーガンが1位にエミネムの名を挙げ、みんなから大ブーイングを受けるシーンもおもしろい。ちなみに同作のエグゼクティヴ・プロデューサーがまたジェイ・Zとカニエ・ウエストだったり)。

 ……と、ここまで書いてきてなんだけど、僕はどうもケンドリック・ラマーのサウンドが苦手である。同じウエスト・サイドでも笑いを忘れたディジタル・アンダーグラウンドにしか聴こえず、あまり長くは楽しめない。趣味の問題なのでディスりたいわけではないし、盛り上がれる人はそれでいいと思うんだけど、代わりに僕の耳に飛び込んできたのは同じカリフォルニアでもヴィンス・ステイプルズ。すでにオッド・フューチャーの準メンバーのように扱われ、「目標は音楽で人々を不快にさせること」という発言が物議を呼んだこともある。そして、昨年、サウンドパトロールで取り上げた「ブルー・スエード」がすでにして片鱗を漂わせていたものの、思ったより早く届けられたデビュー・アルバムではヴァージン・プルーンズを思わせるエソテリックなサウンド・ループがこれでもかと咲き乱れていた。なんとも呪術的な“ノーフ・ノーフ”やトライバルというにはあまりにオドロオドロしい“ドープマン”など、ヒップ・ホップのプロパーじゃないから楽しめるのかなと思うほど、メインストリームでは見当たらないサウンド・プロダクションばかりが並んでいる。闇の中を蠢くような“ブライズ&ビーズ” のベースラインもじつにカッコいい。アルバム全体を少しばかりスクリュードさせたユーチューブのヴァージョンもけっこうハマる。

 英語で書かれたレヴューを読むと、しかし、「アイス・キューブの再来」などと書いている人もいたので、あれ、もしかすると、コンシャスというにはあまりに暴力的ながら、ファーガソン事件のことにも言及してるみたいだし、ケンドリック・ラマーからものスゴく遠いところにいるわけではないのかもしれない。歌詞カードどころか盤には曲名も記載されていないので、よくわからない。調べてみると生い立ちはかなり悲惨。墓場で流れているようなサウンドにはそれなりの理由がべったりと貼り付いているのかも。


jitsumitsu - ele-king

夏、涼しく暗い所で聞きたい曲10選(順不同)

弓J (S) - ele-king

Moody Summer 10

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