「Noton」と一致するもの

Floating Points - ele-king

 フローティング・ポインツことサム・シェパードといえば、ポスト・ダブステップの文脈のなかで頭角を現してきたアーティストのひとりである。2009年に〈Planet Mu〉からリリースされた12インチ「J&W Beat」のB面に収録された“K&G Beat”は、ダブステップのリズムを巧みにズラしてみせることでその「次」を打ち鳴らした佳曲で、個人的にはいまでも彼のベスト・ワークのひとつだと思っている。
 しかし様々な音楽に精通したシェパード青年が、「ダブステップ」というひとつの枠組みのなかに安住することなどできるはずもなく、その後の彼はハウスやジャズなどを縦横無尽に消化・異化して再呈示してみせることで、多様な層から支持を集めていった。一方でファンの期待に応えながら、他方でファンの予想を裏切り続ける彼のディスコグラフィは、ベース・ミュージック好きからハウス好き、クラブ・ジャズ好きまでを巻き込んで、「フローティング・ポインツ」という神話を形成していった。そしてこの夏リリースされたEP「Kuiper」で彼は、ついにロック好きまでをも味方につけたと言っていいだろう。
 昨秋リリースされたあまりに遅すぎるファースト・アルバム『Elaenia』は、非常に繊細なテクスチャーのなかにジャズとアンビエントとクラウトロックを同衾させるという意欲的な作品だったけれど、その『Elaenia』を再現するライヴの過程で生み出されたバンド編成による楽曲“Kuiper”は、『Elaenia』のたたずまいを継承しながらアグレッシヴなロックのダイナミズムを展開してみせるという、フローティング・ポインツの「次」を告げ知らせるトラックであった。実際、「Kuiper」のリリース前におこなわれていたワールド・ツアーは、一部でモグワイやシガー・ロスといったバンドの名前が引き合いに出されるなど、(ポスト・)ロックの要素が壮大に展開されたライヴであったようである。

 そんなフローティング・ポインツの「次」の流れのなかで実現したのが、今回の来日公演である。バンド編成でのパフォーマンスは、日本では初披露。これは嫌でも注目せざるをえない。

 会場は満員。いまこの国で、フローティング・ポインツがどれほど神話的な存在になっているかがうかがえる。

 ライヴは『Elaenia』に収められた楽曲を中心に進行していったが、中盤には“Kuiper”が演奏され、また最後には立て続けに新曲が披露された。セットリストの半分くらいを占める『Elaenia』からの楽曲も、ライヴならではの生々しいヴァージョンへと生まれ変わっており、 ダイナミックな“Kuiper”に引き寄せられた演奏になっていたと思う。
 クライマックスはやはりその“Kuiper”だろう。とにかくギターの主張が激しいことに驚く。ハード・ロックのようなリフが炸裂した後は、ベースが主導権を引き継ぎ、次第に壮大な祝祭空間が生成され、最後には落ち着いたブルージィなムードが紡ぎ出されていく。

 これは新たなジャズだ、と言う人もいるだろう。実際、多くのリズムや音階にはジャズの要素が忍ばせられていたし、エレクトロニクスとの違和感のない融合も近年のフライング・ロータスなどの「新たな」ジャズの潮流と通じる部分があった。他にもアンビエント的な空間の演出があったり、シンプルにダンサブルなビートが挿入される瞬間があったりと、全体的にシェパード青年の折衷主義が大々的に展開されたライヴではあったが、しかし、もし今回のライヴに貼り付けなければならないタグがたった1枚しか選べないのだとしたら、僕は「ジャズ」ではなく「ロック」というタグを選ぶ。
 予想以上に深くベースが響いていた。ロッキンな展開の合間にドラムンベースを想起させるようなリズムが挿し込まれることもあった。そういう「自身の登場してきた文脈を忘れまい」というシェパード青年の固い意思のようなものが感じられる瞬間も何度かありはしたものの、全体として今回のライヴは、「試行錯誤するロック・バンドによる新たなアイデアの発表の場」という印象を強く与えるものであった。要するに今回の来日公演は、サム・シェパード自らが指揮あるいはプロデュースするロック・バンドのライヴだったのである。
 ロックというジャンルが音楽的に厳しい状況に置かれているいま、フローティング・ポインツは、ふつうのロック・バンドにはできないやり方で、なんとかロックを更新し、ぎりぎりまで延命させようとしているのではないか。今回の来日公演は、フローティング・ポインツという神話の「次」の呈示であると同時に、ロックの歴史におけるひとつの画期でもあるようなライヴだったのではないだろうか。


Grischa Lichtenberger - ele-king

 2010年代的「グリッチ以降・電子音響/テクノロジカルな先端的音楽」は、さまざまな「ノイズ」を誤用することで生まれるスタイリッシュ・エクスペリメンタル・ミュージックであった。この場合の「ノイズ」とは、いわゆる楽音以外のさまざまな音のマテリアルを意味し、俗にいう「轟音」とか「雑音」としてのノイズのみを意味するわけではない。社会から溢れ落ちた諸々の音の残滓を掬い上げるかのように、「ノイズ」をエクスペリメンタル・サウンドとしてコンポジションしていったのだ。
そのような先端的音楽の系譜にあって、90年代中期からグリッチやサイン派を用いたモダン・テクノ(ロジカル)な音響作品のプレゼンテーション/リリースを繰り返してきた〈ラスター・ノートン〉の存在は、とても大きい。現在はカールステン・ニコライ(アルヴァ・ノト)とオラフ・ベンダー(バイトーン)を中心に運営されているこのレーベルは、20年にわたり最先端の電子音楽を見出し、われわれリスナーの知覚にむかって新しい電子音楽を提示している。
彼らのキュレーション能力は常に研ぎ澄まされており、近年は日本人アーティストのキョーカのアルバムも〈ラスター・ノートン〉から発表された(本年11月にレーベル20周年を記念するジャパン・ツアー「ラスター・ノートン 20th Anniv.」が開催される。東京公演は日本初開催「MUTEK」にて!)。
そして2012年、(事実上の)ファースト・アルバム『アンド IV [イナーシャ]』をリリースしたグリーシャ・リヒテンバーガーもまた〈ラスター・ノートン〉によって、その才覚を見出された電子音楽アーティストである。

 ベルリンのビーレフェルトの農村で生まれ育ったグリーシャ・リヒテンバーガーは、インターネット上の「マイスペース」でトラック/楽曲を発表していた。その「マイスペース」を通じて、カールステン・ニコライからコンタクトを受けたというのだ。その結果、2009年にEP『~トレイブギュット』、2012年にアルバム『アンド IV [イナーシャ]』をリリースするに至った。
リリース当時、『アンド IV [イナーシャ]』は、いわゆるオウテカ以降のサウンドとして高く評価されたが(じじつ彼は90年代においてオウテカやトータスなどから影響を受けたという)、しかし、4年が経過した現在の耳で聴き直してみると、先に書いたような極めてスタイリッシュな10年代的ノイズ・モダン・コンポジション・サウンドであったことに気が付く。
『アンド IV [イナーシャ]』には「ノイズ」を通して社会・科学・歴史を考察するような知的な営み、つまりは「コンセプト」を強く感じた。じっさい『アンド IV [イナーシャ]』は、「ニュートリノ観測装置の後継器のことをテーマ」にした作品でもあった。グリーシャは当初、「小説」として、同テーマの作品にとりかかろうとしたようで、彼は音楽を含めて「芸術」を総合的な思考/認識する媒体として認識しているのだろう。

 裏を返して考えれば、彼は創作にあたって常にコンセプト=言葉を必要としているともいえる。1983年生まれのグリーシャは、スタイルの新奇さや実験的手法の目新しさを追及すれば、「新しい」音楽が自動的に生まれるとは考えてはいないはず。あらゆるものは出尽くした。だからこそそれらをいかにリ・サイクルし、そこに新しいコンセプト=思考を見出していくのかが重要なのだ。
そして、昨年2015年に発表されたアルバム『ラ・ドゥムール;イリヤ・ペリル・アン・ラ・ドゥムール(La Demeure; Il Y A Péril En La Demeure)』では、「ドゥムール=「住居」は、親密性や、隔離とその可能性ともいえるが、隔離されて、経済、時間、社会の制約から自由になって作業や探求、実験をする喜びが本作の着目点の中心となっている」アルバムであった。これは20世紀的な技術/居住空間=公共圏の問題に連なる問題ともいえ、いわばテクノロジカルな音楽を通じて、20世紀のモダンの問題(とその限界)を「イメージさせること」が目的なのだろう。
また、この『ラ・ドゥムール;イリヤ・ペリル・アン・ラ・ドゥムール』は、全5部作のシリーズの最初の作品としてもアナウンスされていた。アルバム『ラ・ドゥムール;イリヤ・ペリル・アン・ラ・ドゥムール』を発表し、その後に3部作のEPをリリース、最後にアルバムで締めるという壮大な計画である。いわばグリーシャ・リヒテンバーガーによる20世紀技術史/思想史の音による論文/著作といった趣のシリーズとでもいうべきか。
ちなみにこの隔離された居住空間から社会へのこだわりは、彼がビーレフェルトの農村出身であり、都市の喧騒から距離を置きつつ、創作を始めたことと無縁ではないかもしれない。

 そして本年2016年。シリーズの中核「EP3部作」がセットとしてリリースされた。それが本作である。EPといってもアルバム2枚から3枚分の曲が収録されており、もはやアルバムといってもいいボリュームだ(フィジカルはヴァイナル3枚組の限定500セットで発売され、グリーシャ自身による美しいシルクスクリーンも封入されている)。
このEP3部作は、『シュピールラウム』、『オールゲーゲンヴァルト』、『シュトラルンク』と名づけられ、それぞれ6曲、5曲、8曲のトラックを収録している。グリーシャのサイトでは、『シュピールラウム』には「目に見えない自由」、『オールゲーゲンヴァルト』には「目に見えない存在」、『シュトラルンク』に「目に見えない力」という副題が付けられている。私見だが『シュピールラウム』では、20世紀的な直線的なクロノス時間の問題、『オールゲーゲンヴァルト』ではファシズムに至る群集心理の問題、『シュトラルンク』では原子力などの科学技術の問題が内包されているように思えた。それぞれのEPは、著作でいえば、ちょうど本文の核となる各論といった趣であろうか。くわしくはグリーシャのサイトをご覧頂きたい。彼の手によるシルクスクリーンによるアートも閲覧することができる。

 じっさい、『シュピールラウム』に収められた電子音響的なグリッチなテクノ・トラックは、いやがおうにも進展的な時間を実感させるし、『シュトラルンク』のさまざまな音素材を用いてコンポジションしたミュージック・コンクレート的テクノ・トラックは、人の「声」まで引用しつつ、大衆の無意識にアジャストするように、社会の残滓・残骸を感じるトラックを収録している。『シュトラルンク』は、シンセ音や、細やかな音のレイヤーなどがアンビエンス感覚を助長し、目に見えない原子力のアトモスフィアを表象しているようにすら感じられた。
「映像的でサウンドトラックのような音楽」とはよくいわれる比喩だが、本作のように「思考/思想をトレースするような音」は、あまりない。本作(本シリーズ)でグリーシャは、「思想のサウンドトラック」を実現しようとしているのではないか。先のサイトでは、ヴァルター・ベンヤミンの「複製技術時代の芸術作品」、エリアス・カネッティ『群集と権力』、モーリス・ブランショの『文学空間』なども援用しており、20世紀的な(人文学的な?)問題を、ドイツ人として追求していることは明白だ。以前のインタヴューなどでレヴィナスからハイデガーの問題まで語っていたほどである。

 あえて私なりに本作を語るならば、1909年に「未来派宣言」を発したルイジ・ルッソロによる「イントナルモーリ」を用いた元祖(ノイズ)音響作品の系譜につらなる2010年代的な先進的電子音響作品に思えた。「未来派」は、ファシズムの魅惑=危険性と同時に神経的芸術の幕開けを予言した芸術運動でもあったわけだが、この『シュピールラウム | オールゲーゲンヴァルト | シュトラルンク』は、21世紀的な世界的不穏の只中におけるアフター・モダン・ミュージックとして、戦争と技術の時代たる「20世紀」を総括し、不穏と崩壊の世紀である21世紀中葉にメッセージを発している……。そんなふうに思えてならないのである。時代の節目と境目に鳴る音響?
そう、本作こそ「マテリアルな素材=ノイズをスタイリッシュにコンポジションする2010年代のエクスペリメンタル・グリッチ・テクノ」の「ひとまずの完成形」ではないか。ビート/リズム・トラック面での進化=深化がみられ、ジャズ的なビートの断片をサンプリングし導入している点も聴き逃せない。ジェシー・オズボーン・ランティエとの共作『C S L M』(こちらも傑作)とともに、電子音楽/音響の「現在」を体感することができるアルバムといえよう。

Shabaka And The Ancestors - ele-king

 昔からイギリスの音楽シーンにはジャマイカからの移民が多く、今ではその2世や3世の世代が活躍する時代となっている。イギリスでレゲエやダブが盛んなのはそのためであるし、クラブ・ミュージックの世界にもジャマイカ系は多い。ジャズの世界もそうで、1960年代であればジョー・ハリオット、ハロルド・マクネア、ディジー・リースなどがジャマイカからイギリスに渡ってきた。1980年代後半からはコートニー・パイン、クリーヴランド・ワトキス、スティーヴ・ウィリアムソンなどジャマイカをルーツに持つミュージシャンが活躍している。ロンドンの黒人ジャズ・サックス奏者のシャバカ・ハッチングスにインタヴューしたとき、彼の父親方がジャマイカ出身だったので、そうしたジャマイカのルーツを意識しているのかと訊いたところ、彼にとっては母親方のルーツであるバルバドスに対する意識の方が強いと言っていた。当然だが、同じ英国連邦のカリブ諸国でもいろいろ違いはあるようだ。彼の母親は教師だったそうで、その母親の薦めで6歳から16歳まではバルバドスで過ごしていたという。彼らのような有色人種にとって、現在のイギリスの教育制度には不満点が多いようで、その点でバルバドスの方が満足のいく基礎教育が受けられるし、子供が生活を送るのには適しているという判断だったらしい。

 バルバドス出身者では、やはり1950年代半ばに渡英したトランペット奏者のハリー・ベケットがおり、モダン・ジャズからフリー、ジャズ・ロック、フュージョンといろいろやっていたのだが、その作品のいくつかではカリプソ色を強く打ち出したものもあり、そのあたりが彼のルーツなのだろうなという感想を抱いたことがある。シャバカにとっても同様で、彼自身はそれを表だって出すのではなく、あくまで自身を形成する要素の一部としてほかの音楽的要素と融合している。今回リリースしたアルバム『ウィズダム・オブ・エルダーズ』では、“OBS”という曲がカリプソのメロディーをもとに生まれたということだ。ジャズに進む前のバルバドス時代はカリプソ・バンドで演奏していたそうで、今はストレートなカリプソを演奏することはないけれど、ポエトリー歌手のアンソニー・ジョセフ(彼はトリニダード出身)のバンドで演奏するときは、比較的カリビアン色が強い演奏をしているようだ。

 こうしたカリビアン・テイストには、アフロ・アメリカンのミュージシャンとの違いが表われているし、さらにもうひとつ『ウィズダム・オブ・エルダーズ』とアメリカのジャズとの違いとして、共演するアンセスターズが南アフリカ共和国のバンドということも挙げられる。アンセスターズは7人編成の南アフリカのジャズ・バンドで、トランペットのマンドラ・マラゲニ、ピアノのンドゥドゥゾ・マカシニ、ドラムのトゥミ・モロゴシと、それぞれ個別に活動するミュージシャンの集まりである。3年ほど前からシャバカは南アフリカに赴いて演奏する機会が増えたのだが、マンドラ・マラゲニを介して現地のミュージシャンとの交流が広がり、今回のレコーディング・セッションのためにアンセスターズは生まれた。南アフリカはアフリカ大陸の中でもジャズが発達した国のひとつで、1960年代頃から独自の発展を遂げた。アメリカから輸入されたジャズの影響下に、ハイライフはじめアフリカ音楽の要素を取り入れている。英国との結びつきも深く、古くはクリス・マクレガー、ドゥドゥ・プクワナ、ルイス・モホロ、モンゲジ・フェザ、ジョニー・ディアニなど〈ブルー・ノーツ〉の面々が渡英し、彼らの影響で英国ジャズ界におけるアフリカ音楽との融合が促進された面もある。クリス・マクレガーのブラザーフッド・オブ・ブレスは、前述のハリー・ベケットのほか、イギリスの白人ミュージシャンも数多く参加した集団で、フリー・ジャズとアフリカ音楽を融合したものだった。白人のクリス・マクレガーはハリー・ベケット、コートニー・パインらと1980年代末に共演してアルバムを出したこともあるが、こうした多人種、多民族のセッションが多くおこなわれるというところも、イギリスのジャズ界の面白さのひとつでもある。シャバカの『ウィズダム・オブ・エルダーズ』は全て南アフリカで録音されたそうだが、ブラザーフッド・オブ・ブレスから流れる英国と南アフリカのジャズの歴史、関係性が今も息づいていることを感じさせる。


カフカ鼾 - ele-king

 「オキテ」から「ネムッテ」へ。起床から睡眠へ。ライヴ録音からスタジオ録音へ。ジム・オルーク、石橋英子、山本達久によるカフカ鼾、待望の新作『ネムッテ』は、前作『オキテ』とは対照的な作品である。
 いうまでもなく、素晴らしい仕上がりだ。ピアノもドラムもギターもベースも抑制された(しかし圧倒的な演奏技術で)即興演奏をジワジワと展開・持続させている。全1曲39分。ここに陶酔はない。しかし覚醒しているわけでもない。起きているわけでもない。かといって寝ているわけでもない。それらの中間領域に、滲みのように「浸透」していくような時間の生成がある。

 この滲むような「浸透」感覚こそ、ジム・オルーク的なのだ。映画用語の「ディゾルブ的」といいかえてもいいかもしれない。ディゾルブとは映像のオーヴァーラップのようなもので、前の映像に後の映像が重なって写り、やがて前の映像が消え去っていくという映像手法のことである(本作でじっさいに音がオーヴァーラップすることはない。あくまで印象の話。ちなみにジャン=リュック・ゴダールも『映画史』などの編集で多用している)。
 そもそも映画愛好家でもあるオルークの編集には、どこか映画的な持続や編集を感じることが多い。たとえば彼の初期作品『ルールス・オブ・リダクション』(1993)は、リュック・フェラーリの「ほとんど何もない」を思い起こさせるフィールド・レコーディング作品なのだが、いくつものサウンド・モジュールが映画のシークエンスのように編集され、いつのまにか変化を遂げていくような「ディゾルブ」的な構成・構造・感覚を有していた(繰り返すが、あからさまなオーヴァーラップなどはない。自然に/いつのまにか、だ)。
もっとも、この『ルールス・オブ・リダクション』をリリースしたシリーズ自体が「音のない映画」をテーマに掲げたものであったのだから、「ジム・オルークが考える音響=映画」的曲であっても当然だろう。が、それゆえオルークの「映画=音響」観を、ほかの作品よりも直裁に示した貴重な例でもあった。この10数分の短い音響作品には、「ポスト・ゴダール」的ともいえる独自の音響的持続が生成していた。まるで「監督:ジム・オルーク」作品とでも称したいCDである。

 私はカフカ鼾の新作『ネムッテ』は、『ルールス・オブ・リダクション』のように「監督:ジム・オルーク」の側面が全面に出たアルバムではないかと考えている。むろん、この作品では、石橋と山本という日本屈指の演奏家が凄まじい演奏を繰り広げているし、ジム・オルークもギターからノイズ、ベースに至るまで適材適所に卓抜な演奏を披露している。とくに水滴のように透明な石橋のピアノや、伸縮するようなタイム感覚が卓抜な山本のドラムの隙間から、どこか冷徹な眼差しをむけるようなシンセのような音が素晴らしい。幽霊のように控えめでありながら、しかし、幽霊のように、そこにいる音。
 しかし、である。『ネムッテ』全編を聴き終えたとき、私は、たしかに『ルールス・オブ・リダクション』と近い編集感覚を抱いたのだ。音響と音響のブロックが、まるでディゾルブで繋がっていくように「浸透」する感覚が、このアルバムには極めて濃厚に感じられたのである。
 これはオルークが参加したフリー・インプロヴィゼーション系のアルバムにはあまり感じられない感覚で、カフカ鼾特有のものといえよう。その意味でカフカ鼾の新作を「オルークのインプロ系」とすることはできないはずだ。むしろ、ファウストの『リアン』(1994)の系譜にある作品なのではないか。演奏を偏執的に、緻密に、細やかに、大胆に編集していく、という意味で、である。このカフカ鼾の新作もまた、滲み、浸透していくようなオルークの編集術を存分に満喫することができるのだ。

 そう、最高の演奏家の演奏を、その最良の瞬間を抜き出しつつ、しかしどこか冷徹な眼差し(耳)で、「ただの音響」として扱うこと。それによって独自の時間感覚を生成すること。この「演奏家の演奏」を「役者の演技」もしくは「風景」と考えてみると(自身が「演奏=出演」しているとはいえ)、本作のジム・オルークが「監督」としての役割に徹していることも分かってくる。そう、本作には、彼の映画・映像的な編集センスが、演奏の横溢の向こう側に、確かにうごめいているのだ。

MATERIALSCHLACHT - ele-king

 〈グリュン・イン〉をご存知だろうか? 70年代末にデュッセルドルフ近郊のゲーヴェスベルクにあった伝説のパブであり、近年になってその存在が注目されてだしたドイツ音楽シーンに欠かすことのできない拠点だ。ここではロベルト・ゲアル、ピロレーター、ガビ・デルガド、クリスロー・ハース、フランク・フェンスターマッハーといった80年代ドイツを牽引していく錚々たるミュージシャンが出入りし、新たな音を模索しながらセッションに明け暮れていた。1979年になるとこの場所でD.A.F.はファースト・アルバム『Produkt der Deutsch Amerikanischen Freundschaft』を、デア・プランはデビュー・シングル「Das Fleisch」という新しい音楽ムーヴメントの皮切りとなる記念碑的作品を録音している。そしてもうひとつ重要な作品が残されていることを忘れてはならない。マテリアルシュラハト唯一のリリースであるシングル「キンダーフロイントリッヒ」だ。
 マテリアルシュラハトは、のちにフェールファーベンに参加するドラマー、ウーヴェ・バウアーを中心にヴォルフガング・シュペルマンス(D.A.F.、マウマウ)、女性ヴォーカリスト、モナ・リザによって結成された。彼らの公式リリースは前述のシングルしか存在しないが、ライヴ活動はきわめて活発に行っていたことが知られている。ラインナップも流動的で、ミヒャエル・ケムナー(D.A.F.、マウマウ)やピロレーター、フランク・フェンスターマッハー(デア・プラン)らが加入することもあったという。
 今回のCD化は、彼ら唯一の公式リリースである1979年のシングル曲に、同年の未発表ライヴ音源、大幅なメンバーチェンジ後に1983年に録音されたデモ音源を追加し、世界初再発となった。まるでD.A.F.のファースト・アルバムの系譜にあるサウンドをさらに凶暴にしたかのような混沌は、彼らこそがグリュン・インの精神をもっとも色濃く体現化し継承した存在であったことを物語る。初期D.A.F.やデア・プランでさえも、この始原の混沌から派生し、独自に具現化していったのだろう。マテリアルシュラハトのサウンドは、1980年代に巻き起こるあらゆる可能性を内包していたグリュン・インの初期衝動を、生々しく白日の下に曝す。それは当時のドイツ音楽シーンの時代性の縮図そのものに他ならないのだ。

マテリアルシュラハト(CD+7"シングル)
MATERIALSCHLACHT / Kinderfreundlich
SSZ3025OD ¥3,800(+税)
Suezan Studioメーカー直販のみ復刻版「Kinderfreundlich」7インチ・シングルが付属(ホワイト・ビニル)
https://suezan.com


DJ Earl - ele-king

 OPNがシカゴのフットワーク/ジュークにおける重要レーベル〈テックライフ〉の作品に参加していること自体が事件だが、それはいまや超売れっ子のテクノ・コンセプチュアル・アーティストがゲットー・ミュージックにアプローチしているから事件なのではなく、シカゴのフットワーク/ジュークというスタイルが、ゲットーに閉じることなく他との接触を好み、そして拡張していることが事件なのだ。このところCDでしか買っていなかったぼくもさすがにヴァイナルで(しかフィジカルがないので)買いました。何故なら、才能あるDJラシャドが他界して、そしてシカゴのフットワーク/ジュークのリズム/手法はさんざんいろいろなところで引用/消費されていて、この先どうなんだろうと思っていたところに、『Open Your Eyes』はそのタイトル通りリスナーの「目を開かせ」、この音楽を延命させたと言えるだろうから。また、アフリカ系アメリカ人をめぐる政治的状況が、もはや一触即発を越えているこのとき、こうした異種混合(ハイブリッド)をやってみせるところにパーティ・ミュージックのもっとも理想的な考えが具現化されていると解釈するのは、飛ばしすぎだろうか。
 
 OPNが関わっているのは全8曲中3曲だが、その3曲はやはり面白い。シニカルに言えば、知性派は得てしてストリートのワイルドネスに過剰な憧れを抱きがちだが、ダニエル・ロパティンは、理性的に彼らのファンクネスに色味を加えているだけではなく、明らかに彼らの可能性を押し広げている。とくに“Let's Work”という曲がそうだ。いっぽうDJアールのほうでも、たとえばTaso(昨年ジェシー・ランザとコラボしている)との共作“Smoke Dat Green”なる曲は、直球なその曲名と、そしていかにもフットワーク/ジューク的な声ネタ・チョップを使いつつ、しかしその展開はドラムンベースを取り入れたDJラシャドの遺産を継承しながらも、それでは飽き足らないと言わんばかりにハウスやテクノを吸収し、さらにもっと前に進んでやろうじゃないのと言っているようだ。それはたとえば、ジョージ・クリントンが〈ブレインフィーダー〉から作品を出すような、よき方向に向かっているということなのだろう。

 昔ながらのシカゴ・ハウス・ミュージックのファンにとって、「オープン・ユア・アイズ」といえば、マーシャル・ジェファーソンのあの曲である。ジェファーソンはそこで、ハウス・ミュージックには真実へと目を開かせる力があることを主張したが、DJアールは、フットワーク/ジュークというスタイルそれ自体が見開いていることを証明した。これを聴けば、キミの目も開かれるだろう。

Sleaford Mods - ele-king

 これは明るいニュース、真っ黒こげの未来です。そう、スリーフォード・モッズが〈ラフトレード〉と契約しました。もう知っている方も多いと思いますが、このニュース、けっこう、アガります。まずは手始めにEP「TCR」が出る!

 スリーフォード・モッズといえば、労働党の党首だったジェレミー・コービンを支持するためこの1年党員となったヴォーカリストのジェイソン・ウィリアムソンが、ブリグジット以降、コービンへの非難が噴出する労働党において、党のダン・ジャーヴィス議員を汚らしい言葉で罵るツイッターを流し、離党を命じられたことがニュースになったばかり。
 シングルの発売は10月14日。それでは、「76年以来のパンク」「革命は一時的にテレビに放映された」などとコメントされている、BBCで放映されつつも、のっけからf**kばかりだったため削られた、彼らの曲“職探し人(“Jobseeker”)の映像をどうぞ。

東京 アンダーグラウンド 誰も知らない世界で戦う
Morning and Night 遊びつつまた Hustle, Deal Yen
S.L.A.C.K.“In The Day”『この島の上で』

 HIPHOPはGroundの音楽だ。Groundとはいま踏みしめている「地面」、生まれ育った「土地」、わたしが生きている「根拠」、そこから生まれる明確な「立場」、いま抱えている「問題」だ。しかし、同時にHIPHOPはGroundを内破する。HIPHOPはGroundから生まれ、踏みしめ、拠って立ち、その生まれによって固有の苦悩を抱える人間のGroundを内側から掘り崩し、再構築する。その担い手は、自らのGroundをDigることでGroundを愛し、ゆえに破壊し、再創造するのだ。そこにどんな楽しみがあるかは、やったことがねえやつにはわかんねえな。そこには俺たちだけの、かけがえのない夜があり、踊りがあり、分けもたれた孤独があるんだ。

* * *

  さて、前回の続きだ。S.L.A.C.K.のキーワードである「適当」は、日常的に使う悪い意味での「いいかげん」ではない。この「適当」は前回書いたように、クソみたいだけど、手放したくない、いずれ終わりのくる日常の中で、その限界を意識しつつ、緩く、タフに生き延びようとする思想から出た言葉だ。だからそれは、まず「良い加減」であり、「ちょうどいい」ことを意味している。しかし、それだけではないのではないか? この問いは、表記が5lackになってから、また震災の後、さらに強くなった。
 実際、5lackは震災以後初めてのロング・インタヴューで以下のように答えている。少し長くなるが引用する。

■うん。「適当」っていう言葉は当初は日本のラップ・シーンに対する牽制球みたいな脱力の言葉だったと思うんですね。もう少し気を抜いてリラックスしてやろうよ、みたいな。

スラック:はいはいはい。

■それが、より広くに訴えかける言葉になってたな、と思って。

スラック:漢字で書く「適当」の、いちばん適して当たるっていう意味に当てはまっていったというか。要するに、良い塩梅ということです。だから、いいかげんっていう意味の適当じゃなくて、ほんとの適当になった。まあ、でも、最初からそういう意味だったと思うんですけど、時代に合わせるといまみたいな意味になっちゃうんですかね。ちょっと前だったら、もうちょっとゆるくて良いんじゃんみたいな意味だったと思う。

■自分でも言葉のニュアンスが変わった実感はあるんですか?

スラック:オレがラップする「適当」を、気を抜いてとか楽天的にとか、ポジティブに受けとられれば良いですけど、責任のない投げやりな意味として受けとるのは勘違いかなって。

 ここにダブルミーニングが生じる。S.L.A.C.K.から5lackへ、震災後へ。恐らく5lack自身、また、この島に住む多くの人々が、あの揺れと、波と、何よりも底の抜けた圧力容器からの線によって、変容させられた。正体不明の不安を覆い隠すように、偽物の多幸感の影を追いながら、社会の問題に他人事でいられた冷笑家すら、いまや当事者となった。もはや、「いいかげん」だけではすまない。良くも悪くも、いや、最悪なことに、この「いいかげん」と「無責任」によってあの災厄はもたらされたのだから。「大人」たちのほとんどはこの責任を取ろうとしなかったし、責任を想像すらできなかったが、この時代が生んだ子どもたちは、3.11以後の想像力は、未来からの呼びかけに応答しようとしている。子どものように責任を回避し、駄々を捏ねる大人の代わりに、取れる限りの責任を取ろうとしている。歴史に残るほどの大きな出来事は、言葉の意味すら変容させるらしい。震災以後の日本人の切実さは、「適当」に新たな内実を与えた。それは無責任な「いいかげん」ではなく、「良い加減」だけでもなく、自分のやっていることを自覚し、責任を持つ、ある種の真面目さ、真剣さ、「適切」に近い、本来の語義を取り戻した。

 では、この責任を自覚した「適当」は、何に対して適当なのか? 適して当てはまるのは、何に対して当てはまるのか? 「良い塩梅」とはどのくらいのことを言うのか? その答えは、どこにあるのだろうか? 少し遠回りになるが、5lackに寄って考えていく。5lackは切迫した調子で問う。

モニターに足かけ 調子どうだ?と客に話しかけ 渦巻く種仕掛け 人生につきその耳に問いかける Yeah 分からないことだらけ 見えないが感じる今だけ このステージ上がお前のLife 本番さどうにも止まらない  5lack“気がつけばステージの上”『情』

 ニーチェが「神の死」を宣告してから100年が経つが、近代人はいまだに「私はなぜ生きているのか?」という問いに対する絶対的な答えを喪失し、病んでいる。ある人は、その喪失の中で自死を選択し、ある人は安易な答えを掴む、そして多くはそもそも問うこと自体をやめてしまう。しかし、5lackは真摯に問い、全うにも「分からない」、「見えない」と答える。この答えは答えになってはいないが、その代わりに、ある事実を伝える。感じろ、何にせよお前は生き、お前の人生という舞台に立っている。これは本番だ。「どうにも止まらない」。そして開き直る。

Kick Push 人生 賭けて Believe it あっちよりこっちが絶対いいなんて信じてもなあ そうでもないかもしれねえし いまから決め付けないでさ
 人生 正解などないと思っていいぜ ひでえ目にあったりする それもまあいいぜ Weekend (×5) We Can (×5) I Love My Life  5lack“Weekend”『Weekend』)

 最後のフックまでは、フックの最後、“I Love My”の後にため息や嘆きに似た声が入っているが、最後のフックでは“I Love My Life”と明確にラップしている。いや、歌詞カードがないのだからここでも明確ではないかもしれない。しかし、最後に、確かにそう聴きとれるのだ。人は必ず死ぬ。そして人生に答えはない。「ひでえ目にあったり」もする。だけど、自分の人生をそのまま愛し、肯定できればいい。困難かもしれないが、俺たちにはできる。何度でも言う。“We Can”“I Love My Life”。この開き直りこそ、前回書いた「緩いタフネス」の本質だ。そしてこの回答によって、5lackの哲学の核心に近づくことができる。それは初期からの5lackのスタイル、変化そのものの肯定だ。根本のところで自分を愛し、もはや自分を恥じることがなくなるとき、人間は本物の自由を手にする。自由は、なにものにも寄らず、変化し続けること、創造すること、そのプロセスそのものを可能にし、また肯定する。そういえば、シングル『Weekend』のB面、あるいはもう一つのA面でこう言っている。

変わり続けるのが俺らしい 変わらないものなんてまやかし  5lack“夏の終わりに”『Weekend』

 変化とは、破壊と創造のプロセス、ただいい音楽を作り、それを続けること。そこには、自由ゆえの不安と、孤独の夜が常に付きまとう。だけど、その一回限りの踊りの繰り返しには楽しみもあるだろう。そしてこの踊りによって5lackは、シーンだけでなく、5lackの音楽を聴くリスナーたちに、「強くあれよ」と自覚(コンシャスネス)を呼びかける。別に純粋に政治的なことを言うことだけがコンシャスラップではない。彼がやっているのは間違いなくコンシャスラップだ。それもズールー・ネーションから続いている、HIPHOP的に正統な。
 今回はここまで。詳しくはまた次回にしよう。次回以降も、5lackの踊りと哲学についてもう少し掘り下げ、では誰に対する「責任」を果たそうとしているのか、考えていきたい。

※歌詞は全て筆者が書き起こしたものなので、間違っていたらごめんなさい。

寺尾紗穂 - ele-king

 『青い夜のさよなら』から昨年の『楕円の夢』までしばらくまがあいたので、ときをおかず新作が出ると聞いたときは意外だった。『楕円の夢』にせよ『青い夜のさよなら』にせよ、その前の『愛の秘密』もそうだったけれども、寺尾紗穂のアルバムは聴く者の身を切るような鋭さがある一方で身にしみるやさしがある。ときに原発問題や貧困や格差を歌いながら、それらを観念にとどめず、暮らしと地つづきの場所に足を踏みしめた反動で飛躍する声とことばのひらめきをもっている。時事問題を道具立てにするのではなく、道具になりがちなそれをいろんな角度からためつすがめつする――、というかやはり「うた」なのだと思うのですね、ともってまわったことを言い出しかねないほど、寺尾紗穂の歌が説得的なのは彼女の歌を耳にされた方はよくご存じである。しかも近作では編曲や客演でも野心的な試みがなされていて、個々の歌の集まりとして以上にアルバムの作品としての印象がきわだっていた。ピアノを弾き語るシンガー・ソングライターのたたずまいをくずさずに、歌のつくる磁場がひきよせるひとたちとの関係は寺尾紗穂の音楽を実らせてゆくのを耳にしてきた私たちにこのアルバムはしかし、ここ数作とはちょっとことなる肌ざわりをもたらすかもしれない。
 というのも、『わたしの好きなわらべうた』と題したこのアルバムはタイトルどおり、日本各地に伝わる童歌を集めたもの。童歌を厳密に定義するのはいくらか紙幅がいるが、wikipediaにならって端的にいえば「こどもが遊びながら歌う、昔から伝えられ歌い継がれてきた歌」となる。作者不詳の伝承歌で民謡の一種であり、子どものころだれもが口ずさんだ「ちゃつぼ」「かごめかごめ」「とおりゃんせ」「ずいずいずっころばし」などの遊び歌、数え歌、子守歌などの総称であり、つまるところこのアルバムに寺尾の筆になる曲は1曲もない。というと、オリジナリティに欠けると早合点する方もおられるかもしれないし、この手のコンセプトにありがちな教条的な作品かもしれないとみがまえる方もいないともかぎらない。ところが『わたしの好きなわらべうた』はそのような心配をよそに飄々とゆたかである。歌とピアノ、ときにエレピを寺尾が担当し、『楕円の夢』にも参加した伊賀航やあだち麗三郎はじめ、歌島昌智や青葉市子や宮坂遼太郎らが客演した抑制的な作風は原曲のかたちを崩さず、いかに伝えるかに主眼を置きながらも、聴けば聴くほど、歌い手と演奏者の自由な解釈と発想がうかがえる仕上がりになっている。なかでも、多楽器奏者歌島昌智の活躍は特筆もので、スロバキアの羊飼いの縦笛「フヤラ」を吹き鳴らしたかと思えば、インドネシアのスリン、南米のチャスチャス、十七弦箏まで自在に操り、『わたしの好きなわらべうた』に滋味深い味わいを添えている。楽器のセレクトからうかがえる意図は、童歌というきわめてドメスティックな媒体にワールド・ミュージック的な音色を向き合わせる実験性にあるはずだが、新潟の長岡と小千谷に伝わる冒頭の「風の三郎」での歌島のフヤラが尺八を思わせるように、寺尾の狙いはおそらく異質なものの同居というより地理的な隔たりを超えた響きのつながりを聞かせることにある。地球の反対側の楽器なのにどこかなつかしい音色。その数々。
 「ノヴェンバー・ステップス」で尺八を吹いた横山勝也の師匠である海童道祖はかつて武満徹との対談で彼が望む音とは「竹藪があって、そこの竹が腐って孔が開き、風が吹き抜けるというのに相等しい音」だと述べた(立花隆『武満徹 音楽創造への旅』からの孫引き、p475)。「鳴ろうとも鳴らそうとも思わないで、鳴る音」こそ「自然の音」であり尺八の極意はそこにある――などといわれると禅問答っぽいというかもろそのものだが、子どもが適当に孔を開けた物干し竿でもいち音の狂いもなく奏したといわれる海童道祖の楽音もノイズもない音楽観は武満のいう「音の河」とほとんど同じものであり、武満の雅楽への開眼に大きな影響を与えたが、一方で西洋音楽の作曲家である武満は東洋と西洋はたやすくいりまじらないといいつづけた。ここで武満の考えの細部に立ち入るのは、毎度長すぎるとお小言いただく拙稿をいたずらに長引かせるのでさしひかえるが、武満のフィールドである西洋音楽と大衆歌では形式と独創性にたいする態度がちがう。大衆の音楽は混淆を旨とし伝播の過程で姿を変える。寺尾紗穂は童歌をとおし歴史と地理の裏のひとびとの交易と親交を音楽で幻視する。「ねんねんねむの葉っぱ」のマリンバはバラフォンのようだし、「いか採り舟の歌」や「七草なつな」は日本語訛りのブルースである。図太いベースとピアノの左手は齋藤徹のユーラシアン・エコーズを彷彿させるし、ペンタトニックが人類のDNAに刻まれているのは、エチオピアの例をもちだすまでもない。
 というと、いかにも気宇壮大だが聴き心地は質朴で恬淡としている。歌詞のもたらす印象もあるだろう。「ごんごん」と吹く風や「ねんねん」と子どもをあやす母親、「こんこ」と降る雪やあられの呪文めいたくりかえしを基調に、寺尾紗穂は歌詞の一節をリレーするように歌で北陸、山陰、山陽、東海、東北、関東、関西をめぐり、われにかえったかのようなピアノ一本の弾き語りスタイルによる「ねんねぐゎせ」で『わたしの好きなわらべうた』は幕を引く。
 寺尾紗穂はこれまでも童歌を舞台にかけてきたが、『わたしの好きなわらべうた』をつくるにいたった経緯を「WEB本の雑誌」の連載に記している。それによれば、子どもをもち母になり、子どもたちにYouTubeでみせた「日本昔ばなし」の山姥の話に興味をそそられ、調べていくうちに小澤俊夫氏が主催する季刊誌「子どもと昔話」で徳之島の民謡「ねんねぐゎせ」に出会ったのだという。寺尾紗穂が文中で述べるとおり、小澤氏はあの小沢健二の父であり、オザケンの「うさぎ!」の連載でこの雑誌をご存じの方もおられよう。寺尾紗穂はこの本が採録した「ねんねぐゎせ」の譜面の主旋律にたいして左手(和声)のとりうる動きの多様さに表現欲を駆り立てられた。単純な旋律と繰り返し、ヤマトのひとには意味のとりにくいシマグチの歌詞とあいまって、「ねんねぐゎせ」はおそらく童歌に憑きものの呪術性を帯びていたのではないか。
 私は両親とも徳之島の産の島の人間だから「ねんねぐゎせ」はそれこそアーマの、あまり上等とはいえない歌声で記憶の基底部に眠っているがしかし私の記憶では「ねんねぐゎせ」の歌詞は『わたしが好きなわらべうた』のヴァージョンとは似ても似つかない。ためしにアーマに歌ってもらったら以下のようであった。

ユウナの木の下で
ゆれる風鈴 りんりらりん
ねんねぐゎせ ねんねぐゎせ
ねんねぐゎせよ

なくなくな なくなよ
あんまがちぃから ちぃぬまさ(母さんがいったら乳をのませるよ)
ねんねぐゎせ ねんねぐゎせ
ねんねぐゎせよ

 1行あけて下はアルバム収録ヴァージョン。ユウナの木は和名をオオハマボウといい、徳之島町の町木であるが、町のHPにも「徳之島の子守唄にも登場する」とあるので、公式にも現在は上段の歌詞が一般的であることを考えるとアルバム収録の歌詞はかなり古いものだと断定してよいだろう。これはあくまでも仮説だが、大正終わりごろから昭和初期にかけての新民謡ブームが「ねんねぐゎせ」の歌詞の変形におそらくは寄与したのではないか。新民謡とは演歌のご当地ソングにそのなごりをとどめる、土地土地のひとびとの愛郷心が高めんと、名勝旧跡、物産名産を歌詞に織り込んだ歌で、田端義夫の「島育ち」(昭和37年)ももとは在奄美の作曲家三界稔による戦前の新民謡である。バタヤンの復活からほどなく三沢あけみと小山田圭吾の父三原さと志が在籍したマヒナスターズとの歌唱による「島のブルース」(吉川静夫作詞、渡久地政信作・編曲)もヒットを飛ばし、昭和38年の紅白に両者はともに出演。にわかに島唄ブームとなっていた、とはいえ、これは古来から歌い継がれたシマ唄ではない。話がまたぞろ長くなって恐縮ですが、シマ唄のシマは島ではなくムラ、共同体の最小単位を指す、ヤクザがなわばりの意味でつかうシマにちかい。方言を意味する「シマグチ」のシマも同義。おなじ島でもシマどうし離れていると言い回しがちがってくる。
 寺尾紗穂が準拠した歌詞も、私は聴きとりがどのような契機でなされたのか存じあげないが、私のシマでは母を「アーマ」と呼ぶが、歌詞では「あんま」と詰まっていることを考えるとおなじシマではない。それをふまえ、訛音を補いつつ採録した歌詞を読むと、どうしても一箇所私の解釈とはちがうところがでてくる。
 「ねんねぐゎせ」は四連からなる歌詞だが、その四連目、つまり最終ヴァースは以下の歌詞である。

ねんねぐゎせ ねんねぐゎせ
あんまとわってんや なぁじるべん
ねんねぐゎせ ねんねぐゎせ
ねんねぐゎせよ

 2行目の歌詞を寺尾紗穂は「母さんとお前は実のない汁だね」とヤマト口に訳している。「なぁじる」の「なぁ」は「No」にあたることばでそのあとにつづくものがないという意味であり、「なぁじる」だと「具のない汁」だし、頭を意味する「うっかん」の頭に「なぁ」をつけた「なぁうっかん」となればアホとかバカの意で、私が子どものころは友だちのあいだではラップでいうところの「ニガ」のニュアンスでもちいていた。「YOなぁうっかん」といった具合である。それはいい。私はちょっと不思議に感じたのは、「わってんや」の解釈で、資料では「お母さんとお前」となっているが、「わってん」のように「わ」系列の主格は単数にせよ複数にせよ「私(たち)=IないしWe」を指すことが多く、「お前(You)」はふつう「やぁ」か尊称では「うぃ」となる。言葉尻をとらえたように思われたくはないが、ここが「お前」であるか「私」であるかは歌詞の視点に大きく影響する。では歌詞のなかの「私=わん」とはだれか。おそらく母が水汲みや畑仕事で不在のあいだ幼子の子守を任された年長の姉ないし兄だろう(とはいえ、子守は当時女の子の仕事だったから兄の線はまずない)。つまり歌詞は子守をたのまれた姉の視点であり、姉はさぼりたいから第二連で「わんがふらんち なくなよ(私がいないからって泣くんじゃないよ)」というのであり、「なきしゃむんぐゎどぅ なきゅりよ(泣く子は泣き虫の子だよ)」には親が子をさとすのではなく、「泣くな」と赤ん坊の二の腕をつねるような調子がこもっている。「なぁじるべん」の「べん」は限定の助詞だが、ここにも「なぁじるばっかだな」という不満を私は聴きとってしまう。そもそも赤ん坊は第一連で歌うように「あんまがちぃから ちぃぬまさ(これも「母さんがいったら」となっているが「母さんが来たら」のニュアンスにちかい。つまり「ちぃ」を「Go」ととるか「Come」ととるかということである)」わけだから、わざわざなぁじるを啜らなくともよい(から赤ん坊はいいよなという含みもあるだろう)。
 年端のいかない少女たちに視点を定めると唄は生活苦におしつぶされそうな悲哀を歌ったというより生活の苦しさの理由を理解しえない幼子たちの直感的なそれゆえに反論のしようのないが微笑ましくもある異議申し立てに聞こえてくる。生活はたしかに苦しい。ワンのアーマの時代には水道は引かれていたらしいが、祖父母の代では水汲みは暮らしのなかの大切な仕事だった。それでも、この島の連中の気性を身につまされている私なぞは、ツメに明かりを灯すような生活であっても、灯した火で汁でもゆがいて食うか、なぁじるだけどな、というほどの意思を感じるのである。
 徳之島の秋津には「やんきちしきばん」ということばがあった。「家の梁がうつるほど(薄い)おかゆ」のことだが、それほど貧しくとも、子はきちんと育てあげるという意味がある。これは根拠のない連想にすぎないが「なぁじる」とそのことばは引き合ってはいまいか。私にとって「なぁじる」は具はなくとも反骨の出汁が利いている。
 私が高田渡の「系図」を聴くたびに涙するのはそのような理由からかもしれない。そして寺尾紗穂は高田渡の境地にちかづきつつある数少ないシンガー・ソングライターだろうというと寺尾さんはかぶりをふるかもしれないが、古今東西津々浦々の歌をかきあつめ、あらたな息吹を吹きこむのは歌手としてなまなかなことではない。私は彼女の歌がなければ島の歌をあらためて考えることもなかった。シマ唄では、とくにすぐれた歌い手は唄者と呼ばれるが、唄者にもっとも求められるのは、そのひとの唄を聴いた者がみずからのシマに帰りたくなるような気持ちをかきたてるような唄であること。シマ口でその感情は「なつかし」というのだが、「なつかし」にはヤマト口の「懐かしい」以上の、唄にふれた瞬間おとずれる情緒の総体の意をそこにこめている。
 数学者の岡潔はエッセーで頻繁に「情緒」にふれているが、昭和39年に書いたタイトルもズバリ「情緒について」と題した一文で絵画や禅や俳句における日本的情緒を検討した著者は文章の後半で不意に以下のように述べている。

この前もこういうことがあった。前田さんがしばらくぶりで家に見えて、やがてピアノを弾いた。私は何とも知れずなつかしい気持になった。そしてなつかしさの情操は豊かな時空を内蔵しているものであることがよくわかった。最後に私は子供の時正しくこの曲で育てられたのだと思った。これは世にも美しい曲であって、西洋の古典を紫にたとえるならば瑠璃色だといいたい感じであって、しかも渾然として出来上がっている。何ですか、と聞くと「沖の永良部島の子守歌です」ということであった。この曲はバリエイションを添えて売り出されているということであるが、もとのものを弾いて欲しいと思う。真に日本的情緒の人ならばこの曲は必ず「なつかしい」と思う
 (岡潔著、森田真生編『数学する人生』新潮社 p131)

 寺尾紗穂の「WEB本の雑誌」の原稿にあるように、徳之島を民謡音階の南限とすると、その南隣の沖永良部は琉球音階の北限となる。これは学説的にもよくひきあいに出され、私としては単純にその説にあてはまらない例も多々あると思うのだが、それはさておき、岡潔がヤマトの音階と琉球音階の境界に日本的情緒を見出したのはなぜか。岡潔がなにを聴いて「なつかしい」と感じたかはいまとなっては知るよしもない。この原稿が上述のバタヤンや三沢あけみの歌がヒットしたまさにそのときに書かれたことも考慮しなければならないだろう。とはいえ、岡潔はそこに日本的な情緒を聴きとった。私は柳田や折口が南の島に日本の原風景をみたことは、官僚であり国学の出身であった者たちのことばとしておいそれと賛同しがたいところもある。そんなものを押しつけるなよと思いもする。そこに誇りを感じずとも歌は歌であり、学術の対象となりはてるより日々歌われたほうが歌もよろこぶでしょうに。
 島には「なつかし」のほかにも多義的なことばがいくつもある。「ねんねぐゎせ」のような子守歌が感じさせるのは日々の営みへの慈しみではないだろうか。私はまたしてもながながと書き連ねたが、作中の人称の問題など些末なことにすぎないのである。それよりも、そこにある日々がどのようなものであるかであり、歌がなにをリスナーのなかにたちあげるか。考えるより先に無条件につつみこみたくなる感情をシマ口では「かなし」という。漢字をあてるなら「愛(かな)し」。『わたしの好きなわらべうた』がおさめるのは、ときと場所を問わず現代の私たちにうったえかける「かなしゃる歌ぐゎ」の数々である。(了)

Thomas Brinkmann - ele-king

 トーマス・ブリンクマンの作りだす音は、はたして「音楽」なのか。ブリンクマンのサウンドは、そのような「問題=意識」をわれわれの感覚にむけて突き出してくる。おなじく〈エディションズ・メゴ〉からリリースされた前作『ホワット・ユー・ヒア(イズ・ホワット・ユー・ヒア)』(2015)もそうだったが、ブリンクマンは音の快楽度数を極限まで削いでいるのだ。
 音を単なる「音」として、即物的な触覚を全面化すること。聴き手に即物的な音を聴取するときに生じる「痛み」のような感覚を意識させること。この傾向はオーレン・アンバーチとの共作『ザ・モーティマー・トラップ』(2012)以降、ますます強くなっている。通常のミニマル(・テクノ)から逸脱し、例外的な存在へと変貌を遂げた、とでもいうべきか。

 2016年の新作『ア・1000キーズ』においては、その「痛み」が、さらに高められていた。「これは音楽なのか?」という問いは、前作以上にクリティカルである。
 なぜか。本作は、ほぼ全曲グランドピアノを加工したサウンドを用いている。しかもピアノによる演奏・旋律がはっきりと残っているトラックがほとんどで(1曲め、7曲め、9曲め、11曲めなど、ノイズ・トラックやリズム・トラックの曲もある)、低音を異様に響かせる「ミニマル・ノイズ・ピアノ・ミュージック」とでも形容したい音楽を展開しているのだ。
 そう、たしかに旋律やリズムらしきものはある。しかしそれがどうにも「音楽」には聴こえない。「音楽」の快楽は、ほぼ皆無に思える。ノイズにせよ電子音響にせよ「音楽の快楽」は聴き手のコンテクストに応じて存在するはずだが、本作の異様なピアノの響きにはそれが(まったく?)ないのだ。剥き出しになったピアノの音がゴロンと横たわっている、そんな感覚である。

 ブリンクマンは、そのような「音楽」と「音楽ならざるもの」の領域を攻めている。前作『ホワット・ユー・ヒア(イズ・ホワット・ユー・ヒア)』も、ノイズやドローン特有の快楽性が希薄であり、相当に異様な音だったわけだが、その「気持ち悪さ」の向こうに、かすかにリズムの残滓を散りばめることで「音楽」と「音楽ならざるもの」の領域を往復するような実験作品でもあった。極限まで「音楽」的な要素を削いだという意味で、音響的ミニマル・アートともいえるだろう。
 本作も同様だ。いや、それ以上だ。極限まで快楽の要素を削いだ新しい音響的ミニマリズムを、ピアノという300年以上の音楽史を背負った楽器で体現させてしまっているのだ。なんという「音楽」への批評性。そして破壊。
 「音楽」の破壊? いや、だからこそ新しい創作でもある。とくに異様な低音とノイズのむこうで、極限まで音を削がれたピアノの打鍵が強烈に鳴り響く12曲め“CGN”や最終18曲め“KIX”には、ただ、ただ、圧倒されるほかはない。「聴いたことがある音」と「聴いたことがない音」の領域を徹底的に揺るがしているのだ。まさに、「音楽」から遠く離れて、である。

 もはやベテランと称してもいいブリンクマンが、このように真に新しいアート/音楽を追求している姿勢に、私は深いリスペクトを感じてしまう。急いで付け加えておくが、ブリンクマンは新概念や方法論を追求することで「新しさ」を実現できるとは考えてはいないはず。彼が批評的な問題を突きつけるのは、受容=聴き手側の固まった感覚のほうではないか。
 ブリンクマンは本作を「ハーシュ・メディテーション」と語っていた。快楽度数が皆無の、剥き出しのピアノの音響に耳と身体を浸すことで得られる「破壊的=瞑想的」領域。それは「21世紀型のミニマル・ミュージック」の響きだ。透明な知性による狂気の構造化、その結晶が本作なのである。

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