「坂本龍一」と一致するもの

Ryuichi Sakamoto, Taylor Deupree, Illuha. - ele-king

 2月、坂本龍一、テイラー・デュプリー、イルハ(伊達伯欣+コーリー・フラー)の共作が〈12K〉よりリリースされる。
 これは、2013年の7月、山口県のYCAMホワイエにて坂本龍一をディレクターに迎えて開催された「アートと環境の未来・山口 YCAM10周年記念祭」におけるライヴ音源。

 以下、〈12K〉のレーベル・サイトから。

 「糧や会話や探求のためにアーティストたちはコンサートの日々に集った。有意義で、打ち解けた情調があり、彼を共演へと導いていった。ピアノ、ギター、パンプオルガンやシンセサイザーによる即興演奏は結果的にアーティストたちに深いところで影響をもたらしたのだった。
 4人はそれまで一度も共演したことがなかったが、徐々に彼らを取り巻いた節度や聴力のレヴェルにあっけを取られてしまった。息をのむほどの静寂に腰をおろしたオーディンスたち。音楽は7月の空気に満ちた束の間の休息を彼らに与える。
 最後に奏でられた静かな一音が暗闇に消え入るとき、アーティストたちは自らが深い旅に出ていたのだと気づくのだった。このような瞬間が捉えられたときこそ幸運な出来事であり、コンサートはまさにそうであった(その様子は良質なDSDによって録音された)。
 不変で齢を重ねることとは無縁な音楽の性質を指す永久性が、シンセサイザーや加工されたギターにはじまり、開放的で空気感のあるプリペアド・ピアノと無音の連続性や、果ては寂寥なピアノ、ひび割れた既製品やフィールド・レコーディングの音声、そして霧のように宙に浮遊する音による、限りなく忘れがたい繊細な子守り歌の緩やかな層を横断する3楽章に存している。
 永久性とは我々と時間の伸張を囲い込むだけではなく、単一の記憶や、時間が静止し4人の音楽家が合一する刹那の記録への広がりをも包括するのである」

Ryuichi Sakamoto, Taylor Deupree, Illha
Perpetual
12k


以下、イルハからのコメントです。

「この日の演奏は、坂本さんのプリペアドピアノ、テイラーがモジュラーシンセ、僕らはパンプオルガンとギターを中心にコンタクトマイクなどで坂本さんの音をプロセッシングしたりしました。
 演奏前の二日間も演奏者でゆっくり食事ができ、企画のタッツを始め、YCAMスタッフも素晴らしく、良い演奏に繋がりました。
音源を聴いて改めて驚かされたのはPAのzAkさんのミックスと音質の良さです。当日はテイラーとILULHAのトリオの演奏の後に、数十秒のインターバルを挟んで坂本さんとのカルテットでしたが、音楽的な連続性があったので1曲にしました。各チャンネルごとの録音もあったのですが、結局zAkさんの2mixを使うことになりました。
 山口という場所に、あれだけの施設があるということは不思議なことですが、山口だからこそYCAMが存在しているんだと思います。
またいつか演奏出来たらと思っています」 ── ILLUHA

※なお、TaylorDeupree, ILLUHAの参加したStephan Mathieu, Federico Durandとのツアー音源が ハイレゾで1ヶ月限定で以下で販売されている。 https://kualauktable.limitedrun.com/

Robert Wyatt - ele-king

野田努 / Dec 26 2015

 僕がUKの左翼ミュージシャンとして真っ先に名前を思い浮かべるのはロバート・ワイヤットだ。初めて聴いたアルバムが、彼がストレートに政治的だった時代のリリースの『ナッシング・キャン・ストップ・アス』(1982年)だったから、その印象が焼き付いているのだろう。ジャケットには労働者の姿が描かれ、作中ではジョージ・オーウェルの名前が出てきたり、“レッド・フラッグ(赤旗)”なる労働歌など、オールドスクールな左翼観が歌われているが、ワイアットをあたかも音楽界のトニー・ベンのように喩えられた記事を読んだこともある。70年代なかばのフリー・ジャズ時代にも、ゲバラやキューバの歌をやっていて、実際ワイアットは、政権を変えるためには革命活動に参加すべきだと共産党員となったこともあった。党には幻滅して数年で離れるものの……、が、しかし、近年の作品(たとえばイラク戦争への怒りが込められた『コミックオペラ』)を聴いてもわかるように、ワイアットはずっと同じ方向を見続けているように思う、愚直なほどに。ロック・シーンにいながら嫌味なくらい黒人ジャズを愛したワイアットだが、彼が尊敬したポップ・ミュージシャンはジョン・レノンだった。

 『ディファレント・エヴリ・タイム』は、英国における彼の初の評伝の出版に併せてリリースされた2枚組の最新のベスト盤で、いま何故ロバート・ワイヤットなのかと言えば、こんなご時世だからということなのだろう。“シップビルディング”はいまこそ聴けと、〈ドミノ〉という比較的若いレーベルからの若いリスナーに向けたメッセージかもしれない。



 僕がエルヴィス・コステロとの共作“シップビルディング”をアンチ・サッチャリズムの曲だと知ったのは、ずっと後のことだった。歌詞を理解しないことが、ワイアットの音楽の魅力を損なうことにはならないのだろう。60年代後半、ロックにジャズを持ち込んだソフト・マシーンのドラマー/ヴォーカリストだった彼は、その後も音楽的探求を怠ることはなかった。アヴァンギャルド、現代音楽、アンビエント、ラテン、エレクトロニックなど、さまざまな要素を自分の作品のなかに取り入れている。コラボレーションも多い人で、そのリストも60年代のデヴィッド・アレンとケヴィン・エアーズをはじめ、イーノ、ジョン・ケージ、フィル・マンザネラ、エイドリアン・シャーウッド、ピーター・ゲイブリル、ベン・ワット、坂本龍一、ポール・ウェラー、ビリー・ブラッグ、ウルトラマリン、ビョークからホット・チップス……ジャンルも世代も広範囲におよんでいる。
 かように、音楽家として豊かなキャリアを築いてきたワイアットだが、それでも彼の音楽を特徴付けるのは、声であり、言葉だ。ひどく悲しげで、ときには実験的で、技巧派ではないけれど忘れがたい美しさの力強い歌声、そして、ときに社会的公正を訴える言葉だろう。彼は裕福な階級出身で、思春期においては地中海のマヨルカ島に遊学、60年代にはUKのヘイトアシュベリーとまで言われた「カンタベリー」系と括られる、サイケデリック・ロックかつ気取ったアート・ロックの、言わば音楽エリートなのだが、いまあらためて聴いても一貫した強い思いを感じるし、とにかくワイアットの歌声がミックスされると、それは世界で唯一無二のワイアットにしか出来ない音楽になってしまう。

 『ディファレント・エヴリ・タイム』は2枚組で、1枚目には彼のソフト・マシーン時代からマッチング・モウル時代、そしてソロへと展開する40年以上のキャリアからの13曲が収録されている。1曲目の20分にもおよぶ“ムーン・イン・ジューン(6月の月)”は、ソフト・マシーンの『サード』(1970年)に収録されたジャズ・ロックの名曲だが、フライング・ロータスの最新作を絶賛する人にも親しみやすいはずだ。
 マッチング・モウルの“オー・キャロライン”や1974年の人気作『ロック・ボトム』からの曲がないのは寂しいかもしれないけれど、この13曲は、ディスク2に収められた国際色豊かでヴァラエティーに富んだ17曲のコラボーション作品とともに、彼の魅力をバランス良く伝えている。
 ロバート・ワイアットをこれから聴いてみたいという若い世代にはオススメのディスク1だが、コラボレーション曲を編集したディスク2のほうは、昔ながらのワイアット・ファンにとっても新鮮な内容となっている。ワイアットが好きだからといって、クラブ・ジャズの先駆者ワーキング・ウィーク、ホット・チップやビョークのような最近のポップ・アーティスト、あるいは北欧系アーティストとの共演におけるワイアットなど、すべてをチェックしている人はそうそう多くはいないだろうし。ちなみに最後に収録されているのはジョン・ケージとのコラボレーション曲。

 僕が人生で二番目に買ったコンピレーションは、〈ラフ・トレード〉の1980年の、アメリカ向けオムニバスだった。アイルランドのパンク・バンド、スティッフ・リトル・フィンガーズにはじまって、デルタ5、ザ・スリッツ、ザ・ポップ・グループ、ザ・レインコーツ、ヤング・マーブル・ジャイアンツの“ファイナル・デイ”、スクリッティ・ポリッティの“スカンク・ブロック・ボローニャ”……という、当時のアメリカへの嫌味としか言いようのない左向きの選曲の最後がロバート・ワイヤットの“アト・ラスト・アイアム・フリー”だった。高校生だった僕には、「ついに私は自由」というフレーズが、怒りを内包した凄まじい皮肉であるなんて、知るよしもなかったけれど。

※『ディファレント・エヴリ・タイム』のリリースと同時に、1974年の名盤『ロック・ボトム』から、前衛ジャズに接近した1975年の『ルース・イズ・ストレンジャー・ザン・リチャー』、ポストパンク時代の名作1982年の『ナッシング・キャン・ストップ・アス』と1985年の『オールド・ロットンハット、〈ラフ・トレード〉時代最後のアルバム『ドンデスタン』、2003年の『クックー・ランド』ほか、計8枚が歌詞対訳付きでリイシューされている。

野田努

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松山晋也 / Dec 24, 2015

 曲目リストをざっと眺めて、いの一番に聴いたのが、ディスク2のエピック・サウンドトラックス「ジェリー・ベイビーズ」。この曲は、94年にリリースされたワイアットのレア曲中心のベスト盤『Flotsam Jetsam』で、当初収録される予定だったのに結局見送られた曲である。僕は昔から大好きだっただけに、残念なことだった。97年に亡くなったエピック・サウンドトラックス(ケヴィン・ゴドフリー)がスウェル・マップス解散直後の81年に〈ラフ・トレード〉から出したソロ・シングルで、ワイアットがもう一つの姓である(ロバート・)エリッジ名義でヴォーカルをとっている。ケヴィンは元々がドラマーだが、ピアノの弾き語りもする。そしてその歌は、いくばくかのメランコリーを孕みつつもどこか楽天的で飄々としており、独特な味わいがある。つまり、ワイアットにかなり近いのだ。きっとワイアット自身もケヴィンに対し、小さからぬ親近性を感じていたんだと思う。
 この作品が出たのは、ワイアットと〈ラフ・トレード〉の付き合いがはじまり、立て続けにシングル盤(それらは82年にアルバム『ナッシング・キャン・ストップ・アス』に収録された)をリリースするようになった頃だった。3枚目のソロ・アルバム『ルース・イズ・ストレンジャー・ザン・リチャード』を発表した75年以降は、政治問題に熱心になり、音楽活動といえば、請われて時々他人の作品にゲスト参加する程度になっていただけに、やっと本格的にやる気になったんだなと、当時うれしく思ったことを憶えている。
 今回の2枚組ベスト盤のディスク2は、ワイアットが他の音楽家の作品にシンガーやプレイヤーとして参加したコラボ曲(ライナーにある本人の言葉を借りると「緩やかな支配者」として参加した曲)の中から厳選されたものだが、当然ながら、積極的に若い音楽家たちとコラボするようになっていった〈ラフ・トレード〉時代以降の作品が大半を占めている。特に90年代以降の作品の豊かな国際色を眺めると、彼がいかに地球規模で敬愛され、影響力を放ってきたかをあらためて実感させられる。
 ディスク2では、他にも、イーノのオブスキュア・シリーズ第六番として76年に出たジャン・スティール/ジョン・ケイジ『Voices And Instruments』の収録曲“エクスペリエンシズ第2番(Experiences No.2)”とか、英国のコミュニズム系ブラス・バンドであるハッピー・エンドの『Turn Things Upside Down』のタイトル曲、あるいはスティーヴ・ナイーヴ(彼がキーボードで参加した屈指の名曲“シップビルディング”」も勿論ディスク2に収録)が私的パートナーである作家/精神分析医ムリエル・テオドーリと共作したオペラ的作品『Welcome To The Voice』の収録曲など、かなりレアなトラックも入っている。もっと有名な曲、人気のある曲は他にいくらでもあるのに……と感じるファンが少なくはずだ。だが、曲目リストの人名を眺め、通して聴いてみて思うのは、これらはすべて、ワイアット自身の人生に豊かな彩りと喜びをもたらしてくれた人びとなのだな、ということだ。なにしろマイク・マントラーが2曲も入ってるし、ニック・メイスンやフィル・マンザネラといった本当の恩人(音楽上でも生活上でも)、そして、本作と同時に出た同名の伝記本の著者であり、本作のオリジナル・ライナー執筆や最終的な曲順決定なども担当したマーカス・オデアーのバンド、グラスカットの曲もしっかり入っている。
 つまり、みんなありがとう、おかげで俺の音楽家人生はこんなにも楽しかったよ……という内なる謝辞がここからは聞こえてくる気がするのだ。となると、彼が数か月前に英国の雑誌アンカットで「音楽制作はもうやめた」と引退宣言したことも合点がゆく。正直、僕も、彼の創作意欲は近年衰えていると感じていた。今作のジャケットに、本人の顔を真正面からアップでとらえたリアルな写真が使われていることにも、本人の確かな意思が感じられる。たとえていえば、本作はロバート・ワイアット・エリッジの、ちょっと気の早い音楽的墓碑銘のようなものなのかもしれない。過去、ワイアットのベスト盤的作品は何枚もリリースされてきたが、その点が他とは決定的に違うと僕は思う。
 ディスク1は、ソフト・マシーン時代から近年に至る本人名義の作品から時代順に選ばれた、極めてノーマルな構成。とくに驚くような点はないが、意外だったのは、彼の人生最高の名曲、名演と多くのファンが思っているであろう“オー・キャロライン”(マッチング・モール1st収録)がなく、それに続く“ サインド・カーテン”が選ばれていることだ。“オー・キャロライン”は、デイヴ・シンクレアの書いたメロディの力が絶大なので、今回は遠慮した、という見方もできるけど、それ以上に、「今でも愛しているよ、キャロライン」としつこくリフレインされる歌詞(キャロラインは当時の恋人)のことを気にしたのではないかと僕は思う。下半身不随の人生をずっと支えてくれた愛妻にして同志アルフィのことを思えば、いかにもこれは墓碑銘にはふさわしくない歌だろう。

松山晋也

PLAID - ele-king

 『セレクティッド・アンビエントワークス 85 -92』やポリゴン・ウィンドウと比肩できうる作品とは、ずばり、『バイツ』(93)だ。いや、AFXよりも評価する人も少なくなかった。『サイロ』の2曲目からいくつかはブラック・ドッグみたいじゃんと言った人もいたように、『バイツ』、そして『スパナーズ』(95)は、オールドスクールIDMのトップ10入り間違いナシのマスターピースなのだ。その2枚の傑作がプラッド名義もしくはプラッドがそのままブラック・ドッグ名義で続いていたら、歴史は変わっていたかもしれない。
 2014年、プラッドは、この名義では10枚目のアルバム『リーチー・プリント』をリリースしている。たしかに彼らは、先にも書いたように、AFXらとともにIDMの起点を作っているが、彼らが92年~93年に高評価されたのは、彼らの音楽には多彩なリズム、たとえばラテン風のリズムなどがあって、それがクラブ・ジャズ系のDJにまで幅広く受けたからだった。そういう意味で、彼らのライヴは穏やかな彼らの作品とはまた違った面白さがある。ぜひ、注目して欲しい。

PLAID - Reachy Prints - Audio/Visual Live in Tokyo
2014年12月19日 (金)
@代官山UNIT

OPEN/START 19:00
ADVANCED TICKETS 4,000yen (tax incl./without drink)

PLAID (WARP / UK) with Benet Walsh

Guest live:
Ametsub (nothings66) / Kyoka (raster-noton) / Eli Walks

今年結成25周年を迎え、通算10枚目のオリジナルアルバム『Reachy Prints』をWARP RECORDSよりリリースしたブリティッシュ・テクノの重鎮にしてエレクトロニカの始祖、PLAID(プラッド)の3年振りとなる来日公演決定!  当日は最新A/V Live Setを披露!!

Advanced tickets now on sale.
Ticket outlets:
LAWSON TICKET (L:73253) https://l-tike.com/
e+ https://eplus.jp/
Peatix https://peatix.com/?lang=ja
Clubberia https://www.clubberia.com/ja/
RA https://jp.residentadvisor.net/
disk union 渋谷 Club Music Shop
disk union 新宿 Club Music Shop
disk union 下北沢 Club Music Shop
disk union 吉祥寺
Technique
UNIT店頭

more info.: UNIT 03-5459-8630 www.unit-tokyo.com
https://www.unit-tokyo.com/schedule/2014/12/19/141219_plaid.php

PLAID (WARP / UK)
ブラック・ドッグ・プロダクションズのメンバーとして活動し、〈WARP RECORDS〉が誇るエレクトロニック・ミュージックのオリジネイターとしてUKテクノの黎明期に数多くの革新的な 作品を発表してきたアンディ・ターナーとエド・ハリスンによるユニット。活動初期からメロディアスでダンサンブルなエレクトロニック・サウンドを展開し、後のエレクトロニカや IDM といったテクノ・シーンにおいて多大な影響を与え、エイフェックス・ツインや残念ながら今年急逝してしまったLFOことマーク・ベルなどと肩を並べる重鎮的存在としても知られる。またこれまでのアルバムでは、ビョークやニコラ・コンテ、そしてアコーディオン奏者コバなど多彩なゲストが参加し話題になる。さらに近年では映像作家ボブ・ ジャロックと「音と映像」をリンクさせた共同作『Greedy Baby』のリリースを始め、マイケル・アリアス監督から直々のオファーで、アカデミー賞の最優秀アニメーション作を受賞した松本太陽の『鉄コン筋クリート』、2年後には長瀬智也主演の『ヘブンズ・ドア』のサントラ担当するなど幅広いジャンルで活動を展開。今年、結成から25周年を迎え5月に10枚目となる最新アルバム『Reachy Prints』をリリース。今回の来日では最新のaudio/visual live setを披露する。

Ametsub (nothings66)
東京を拠点に活動。2013年は山口の野田神社で、霧のインスタレーションを交えながら坂本龍一と即興セッション。TAICOCLUBの渋谷路上イベントにてパフォーマンス。Tim HeckerやBvdubといったアーティストの来日ツアーをサポート。夏にはFLUSSI(イタリア)、STROM(デンマーク)、MIND CAMP(オランダ)といった大型フェスへ招かれる。アルバム「The Nothings of The North」が世界中の幅広いリスナーから大きな評価を獲得し、坂本龍一「2009年のベストディスク」に選出される。スペインのL.E.V. Festivalに招聘され、Apparat, Johann Johannson, Jon Hopkinsらと共演し大きな話題を呼ぶ。最新作「All is Silence」は、新宿タワーレコードでSigur Rosやマイブラなどと並び、洋楽チャート5位に入り込むなど、大きなセールスを記録中。FujiRock Festival '12への出演、ウクライナやベトナム、バルセロナのMiRA FestivalへActressやLoneと共に出演。2014年はTychoの新作をリミックス、Plaidと共にスペイン発、Lapsusのコンピに参加。ActressとThe Bugのツアーをサポート。秋にはArovaneやLoscilらの日本ツアーをサポート。Ovalから即興セッションの指名を受ける。YELLOのボリス・ブランクによるFACT Magazine「10 Favorite Electronic Records」に選出される。
北極圏など、極地への探究に尽きることのない愛情を注ぐバックパッカーでもある。

Kyoka (raster-noton)
坂本龍一のStop Rokkasho企画やchain musicへの参加、Nobuko HoriとのユニットGroopies、Minutemen/The Stoogesのマイク・ワットとのプロジェクトを行う、ベルリン~東京を拠点に活躍するスウィート・カオス・クリエイターKyoka。これまでにベルリンのonpa)))))レーベルからの3枚のミニアルバムを発表後、Alva NotoとByetone率いるドイツのRaster-Notonからレーベル史上初の女性アーティストとして2012年に12インチ『iSH』、2014年には待望のフルアルバム『IS (Is Superpowered)』をリリースする。そのポップとエクスペリメンタルを大胆不敵に融合させた、しなやかなミニマル・グルーブは様々なメディアで高く評価され、Sonar Tokyo 2012、FREEDOMMUNE 0<ZERO>ONE THOUSAND 2013へも出演を果たす。

Eli Walks
音楽一家に生まれたイーライ・ウォークスは、幼い頃から豊潤なサウンドに刺激を受け続け、すぐに音楽の魅力に取りつかれる。若くして、ギタリスト、作曲家、そしてプロデューサーとして活躍し、早い段階で才能を見出される。2005年までは日本でバンド活動を行っていたが、その後LAに渡米。2006年には本格的にサウンド・デザイン、プログラミング、エンジニアリング、作曲を勉強するため、名門カリフォルニア芸術大学に入学。Monolakeが開発した画期的な音楽ソフトウェア「Ableton Live」に関するレクチャーを行えるまでになるなど、音楽理論を徹底的に吸収。eli walksの原点となる多様なスキルを身につけていく。
再び拠点を日本に移した後、2011年4月に開催された「SonarSound Tokyo」でのサウンド・インスタレーションを皮切りに、Prefuse 73来日公演、Flying Lotus率いるレーベルの名を冠したショーケース・パーティ「BRAINFEEDER2」、オーディオ・ビジュアル・イベント「REPUBLIC」、年末カウントダウンのGOLD PANDA来日公演など、2011年多くのビッグ・イベントに出演。2012年もModeselektorやSNDの来日イベントにて、オーディエンスを圧倒するパフォーマンスを披露。各方面から大きな注目を集める中、満を持して初のオリジナル作品となるデビュー・アルバム『parallel』を<MOTION±>から同年3月にリリース。7月には「FUJI ROCK FESTIVAL ’12」への出演を果たし、錚々たるラインナップと共に、深夜のRED MARQUEEを沸かせた。
常に音楽を作り続け、現在までに400曲以上作曲。磨き続けた類まれなセンスと確かな嗅覚によって創り出されるトラックはいずれも瑞々しい魅力を帯びている。叙情的でアトモスフェリックな旋律と立体的に重なり合う音像。繊細にして大胆、美しくスリリングなエレクトロニック・ダンス・ミュージックを鳴らす、日本発の超大型トラック・メイカー。
現在待望の2ndアルバムを制作中。来年初頭のリリースを予定している。


Phew - ele-king

 いつだったか、Phewがツイッターで「後衛を期待した前衛なんて、くそくらえだ」とつぶやいているのを目にしてすこぶる気分が高まったりもしたのだが、近年の彼女のあまりにも独創的な声とエレクトロニクス、そして、いつになく活動的でひたすら攻めまくる一挙手一投足からはまったくもって目と耳が離せない。はらはらどきどき、というか、おっかなびっくり、というか。わくわくする、というか、ぶるぶるする、というか。背筋が伸びる、というか、背筋が凍る、というか。個人的な話になるけど、学生時代に後追いながらもニューウェイヴに出会い、とりわけキャバレー・ヴォルテール、レインコーツ、レッド・クレイオラ、ヤング・マーブル・ジャイアンツ、ディス・ヒートら〈ラフ・トレード〉周辺の音楽や〈ノイエ・ドイチェ・ヴェレ〉のあれこれに夢中になっていた頃の発見の連続、そんなスリルとテンションを思い出させてくれる。

 2010年にソロ名義としては15年ぶりの全編カヴァー・アルバム『ファイヴ・フィンガー・ディスカウント〜万引き』(寺山修司、永六輔/中村八大、加藤和彦/フォーク・クルセダーズ、坂本龍一からエルヴィス・プレスリーまで取りあげている)をリリースして以降、声というよりも(古いカヴァーであるがゆえに、逆にいまの時代と向き合った)歌を前面に押し出した活動が続いていたが、漫画家・小林エリカとのユニット=プロジェクト・アンダーク(音楽はクラスターのディーター・メビウスが担当)を始動したあたりから、Phewの表現方法がより意識的になり、さらなる広がりと鋭さを増したような気がする。第一次大戦後、ニュージャージー州のラジウム工場での夜光塗料の塗装作業中に被爆したラジウム・ガールたちを、悲劇的にではなく、古き良きフラッパーの時代に目いっぱいオシャレした、高給取りの華やいだ女性として描いたラジウム・オペラは、Phewと小林によるテキスト&リーディングがメビウスのエレクトロニクスと融け合って妖しくも美しく蛍光緑に発光していた。

 そんなプロジェクト・アンダークを経て(3.11以降と言ってもいいだろう)たどり着いたPhewの新しいライフワークとでも呼びたくなる宅録エレクトロニクス作品が、3種類のCD-Rという形で自主リリースされた。当初はライヴ会場のみで販売されていたものだが、現在は通販サイトからも入手可能となっているので、機を逃して、もしくは彼女の気まぐれで生産終了にならないうちに手に入れておきたいところだ(https://phew.stores.jp/)。これは、今年リリースされた電子音響作品のなかでも抜きんでて刺激的な作品だから。

 自ら「電気弾き語り」と呼ぶこの作品。冒頭でも述べたように、筆者が知るかぎりデビュー以来(79年にアーント・サリーでデビューしているから数えて35年!)もっとも活動的なPhewの「現在進行形」をもれなく真空パックしたもので、わんさか出てくる彼女にまつわる歴史的音楽事象──それは日本最初期のパンクだったり、坂本龍一とのコラボだったり、ドイツの重鎮たちとの交流だったり、ゴールデン・パロミノス周辺とのからみだったり、ノヴォ・トノだったり、ビッグ・ピクチャーだったり、モストだったり、ラジウム・ガールズだったり──とつながっているようでどれとも違う、もう一つ向こう側にあるまっさらな境地を拓いたものである。信じられないけど、Phewの新しいデビュー作を聴いているようなのだ!

 卓上に所せましと並べられた数々のアナログ機材を駆使して鳴らされる発振音。時に重厚に、時に柔らかく。軋むノイズから忘我の一瞬を永遠に引き延ばすかのようなドローンまで。そこに不意に差しこまれるヴィンテージのリズムマシンのビートが、まるでコニー・プランクの霊が宿っているかのように、鋭敏にして温もりのある唐突な存在感をもって立体的に立ち上がる。この質感。ビリビリくる。『01』の曲名に“アンテナ”“ドローン”“ニュー・ワールド”とあるように、まさに電波の新世界。また、『02』の1曲めに無線通信における一括呼び出しの略符号「CQ」をタイトルに掲げた“CQ トーキョー”なんて曲があるように、もはや彼女そのものが電子の一つと化したような、いやちがうな、まるで呼吸をするように極めて自然に電子と手を取り合うPhew(なんと日本のオリジナル・パンクロッカーは電信士の資格をもっている!)の音がある。そんな電子の波に身を任せるように大きく身体と頭を揺らしながら発せられる声。抑揚のなさが抑揚となり、冷めた言葉が抽象的な電子音響に熱を与える。ぽつぽつとした呟き、ざわざわとした囁き、詰めこまれる早口な言葉の羅列にぞくぞくする絶叫。また、時おり、それらの声が変調され、テープ・エコーが仕掛けられたりして、あちこち飛び交ったりするのだからもう、目の前は一瞬にしてはるか彼方。ずっと向こうの果てにまで響く声と電子音は、まだ認識されていない「ニュー・ワールド」の扉をこじ開けてどこまでもどこまでもこだまして……やがてどこかに消えていく……。

 『ファイヴ・フィンガー・ディスカウント』でのカヴァーもしかり、プロジェクト・アンダークでのラジウム・ガールズもしかり、本CD-R作品で使用されている多くのヴィンテージ機材もしかり。近年のPhewは運命的ともいえるタイミングで過去のアイデアを引き寄せ、強い探究心でそこに新しい光沢を与える。そして、そのアイデアに重きを置くのではなく、ただそれを追憶するのでもなく、いまとしっかり線でつながりながらも、過去にあった点からは遠く遠く離れたところにある聴点にピントを合わせた電子エクスペリエンスをさらりと差し出してくれる。
 3枚の作品のなかのハイライトともいえる『03』に収録された“Mata Aimasyou”が圧巻だ。初期衝動とも熟練の技ともまったくちがう、急進的で、反骨的で、この世ならぬ音を繰り出すPhew。

また あいましょう
どこかで いつか また
あえるでしょう
そのうちに きっと また
あえるでしょう

 コンクリートのように寒ざむとしたドローンノイズを背景に、ぬっと立ち現れる声と口笛。凛とした姿勢をくずさず、折り目正しくいながらも、語りかけるように、危ういトーンで、がらんどうのような未来をつつつとつむぐ。静寂な死のにおいも漂わせる、異様な緊張感に包まれた声の震えが空気を伝わりこちらの耳に届くとき、じりじりと迫るもの恐ろしい感覚。同時におとずれる得体の知れない感動……この気高いユーモア、香り立つDIY精神には、ただもう畏まるしかない。

mus.hiba - ele-king

Mus.hibaのサウンドスケープ
──ヴァーチャルシンガーの「息」遣い佐々木渉

 当初、シンセサイザーの開発目的の中には、「この世にあるすべての音を写実的に表現することを目指して発展すること」があった。アナログ方式・FM方式とデジタル化される最中にあっても、もちろん、ヴァイオリンなどの生楽器も再現しようとしてきたのだが、その後、録音した音そのものを切り刻んで自由につなぎ合わせるサンプラーが発達すると、生楽器の再現にはほぼ完全にサンプリング音源に取って代わられる。昨今では、『ファイナルファンタジー』などの高級感が売りのゲーム音楽を初めとし、オーケストラ・アンサンブルの表現には高級サンプリング音源が使われているのが定番になっているのが象徴的だ。

 そんな、オーケストラをほぼフル再現したサンプリング技術が、いちばん手を焼いたのが「歌」である。

 声のデータを大量にサンプリングしてきたとして、それを歌のレベルに構成するには、膨大な数の子音/母音区間をタグ付けし、整合性をチューニングし、さまざまなパターンでピッチや倍音の流れを再構築するなど独特の難しい作業があり、リアルに鳴らそうとすればするほど、おびただしいシミュレーションが必要となり、それらをコントロールするためのたくさんの演算処理もハードウェアでは到底できなかったため、PCの進化をジッ……と待つこととなった。

 本作、ムシバ(mus.hiba)氏のアルバム『White Girl』のヴォーカルを務める、「雪歌ユフ」はそんな歌声「サンプリング」合成の歴史の中で、サンプル・ベースの歌声合成エンジンの一般化から産まれた「個人が制作した個性派音源の先駆け」であり、女の子のキャラクターを伴ったヴァーチャルシンガー(※)である。

※ヴァーチャルシンガー自体は、たくさんの種類と制作者が存在し、いま、この瞬間にも世界のあちらこちらで作られている。

 この「雪歌ユフ」はウィスパーヴォイスが特徴で独特の質感がある。“Darkness”や“Yuki”で聴かれるような、水面に写った歌のような揺らぎのある声質とイントネーションは、声の合成の不安定さを魅力的に昇華し、美しくまとまっている。さらに特筆すべきは、生身のシンガーから、感情的に歌いかけられているような「声の向こう側のプレッシャー」を感じないのが、鮮烈で、そもそも「歌が苦手」「日本語が苦手」というリスナーにも体験としてオススメできる。

 mus.hiba氏の楽曲構成も秀逸で、「雪歌ユフ」を音源として取り込んだ上で、サウンドバランスが整えられており、前半3曲の“Slow Snow”から“Ring”までの流れで「ユフ」の声の、歌唱の雰囲気をリスナーの耳に溶け込ませ(馴染ませ)、徐々に、歌を後退させながらダビーな音響で声そのものを浮き上がらせる“Magical Fizzy Drink”を仕込み、声をメタリックにシンセサイズした“まぼろし”などで「ユフ」の声の聞こえ方を多様化させながら作品は進んでいく、こういった中でリスナーの耳が開かれ、ほぼ歌詞のないインスト曲でも、リスナーは彼女の息遣いを耳で探したり、追ったりしてしまうのだからおもしろい。

 後半の“Moonlight”“ひとり”は、声をサウンドスケープとして扱い、リスナーの耳の中に声を溶かして、息を潜めていこうとする流れ……これは稀代のヴォイス・パフォーマー、ジュリアナ・バーウィックの諸作とも被るが、ここには自然な律動やオーガニックさは微塵もないのが対照的。

 アルバムの前半では「比較的楽しげに」歌っていた「ユフ」の声の印象が、後半では声の上澄みである「息」として、残像化され、デフォルメされて流れてくる。リスナーとして、さっきまで耳で捉えられていた女性像そのものが輪郭を失っていくおもしろさがありました。

 聴き終えた後、最初は歌だった気がしたが、その半分は「息そのもの」が奏でていた音楽だったのだなー、と感じた次第です。

PS.
このmus.hiba氏のアルバムを聴いて、「雪歌ユフ」やインディペンデントなヴァーチャルシンガーの歌声が気になった方は、エレクトロニカ寄りであれば「ナカノは4番」さん、インディ・ロック/ポストロックであれば「藍乃」さんあたりから聴きはじめるのが良いと思います。

※上記リンクで試聴するにはニコニコ動画のアカウントが必要です。

佐々木渉

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『ファンタズマ』『ポイント』、その後日談 三田格

 20年ぶりに歯医者に通っている。かつて泯比沙子は、♪歯医者のない街へ~と歌って歯医者嫌いに勇気を与えてくれ、ザ・スミスによる“世界万引き同盟(Shoplifters Of The World Unite)”のメンタリティに肉薄したけれど(してないか)、要はいい歯医者に当たるかどうかだったみたいで、結果、30年ぶりに右側でもモノが噛めるようになり、何か食べるたびに右肩の僧帽筋が筋肉痛になっている。そして、僧帽筋が徐々に鍛えられることによって中学生の頃からはじまった偏頭痛が少し和らいだような気もしている。ダンス・カルチャーで劇的に変化した身体性がここへ来て、また、大きく変わろうとしている。すべては歯だったのかもしれない……。


 ムシバのデビュー・アルバム。ムシバ(む太し陽ば)と名乗っている時点ですでに親近感を覚えてしまったけれど、フリーの歌声合成ソフト「UTAU」の音声ライブラリーから「雪歌ユフ」という「ボーカロイドのようなもの」を使用しているのだそうで、なるほど雪のように透き通ったウィスパー・ヴォイスの背景ではワールズ・エンド・ガールフレンドがゴッドスピード・ユー・ブラック・エンペラー!に染まらず、IDMからそのままチル・ウェイヴに大きく舵を切っていたらこうなるかなというサウンドが展開されている。橋元優歩の頭の中を何倍にも増幅させたようにドリーミングな仕上がりはハッパの吸い過ぎかと思うほどどこを取ってもシュワンシュワンで、最近だとマカオのイーヴェイド(Evade)やM・セージに近いものも。初音ミクにもミクゲイザーというジャンルはあったけれど、あのようなひと昔前の洋楽のトレースやJ・ポップの範囲にとどまっているものではまったくなく、レーベルの資料によればパンク・スピリットが高く評価されているヴェイパー系の〈ズーム・レンズ〉に所属しているというから立ち位置もおのずと明らかだろう(https://www.zoom-lens.org/)。

 いくつかの曲ではビートがあまり打たれず、場合によっては10cc“アイム・ノット・イン・ラヴ”の長いインタールードのようにドローン状のテクスチャーで聴かせているものの、リズム感は非常にしっかりとしていて、ヴェイパーウェイヴにありがちな勢いで聴かせる面も皆無。シカゴ・ハウスとJ・ポップがここまできれいに混ざり合うかと思った“まぼろし”やドビュッシーを坂本龍一が適度に俗っぽくしたような“Moonlight”など、だら~んとハンモックに揺られているような聴き心地が最後まで持続する。派手に開陳はしてないけれど、けっこう音楽の素養もあるのかもしれない。少なくとも以前、サウンドクラウドに挙げられていた音源よりは多彩になっている。



 かつてコーネリアスが『ファンタズマ』(1997)をリリースした頃、当時の情報環境が目まぐるしく詰め込まれたものだと評され、そこから差し引ける要素をあらかた取り去ったものが、続く『ポイント』(2001)だとされた。『ホワイト・ガール』に感じるのはその中間のような佇まいで、当然のことながら当時とはまったく異なった情報環境が彼(彼女?)を取り巻いていることがここからは窺い知れる(「1_WALL」のグランプリを取った寺本愛のアートワークにも)。コーネリアスの整理能力にはもちろんセンスがあり、そこに日本でしか生まれないものがあると考えられたことを思い出すと、『ホワイト・ガール』が意味しているものは「その後日談」だというのは言い過ぎだろうか。オウガ・ユー・アスホールのサウンドを構成する要素のひとつに「歌謡曲」があるとしたら、ここには確実に「J・ポップ」があるし、どちらも「新しいサウンド」だと感じられるとしたら、その対比も興味深い。とはいえ、その情報環境を探るべく、ツイートを見てみたら、こんなものがツイートされていた。つい、見ましたけどね……。

https://twitter.com/mus_hiba/status/525584831216766977

三田格

interview with Diamond Version - ele-king


Diamond Version
CI

Mute/p*dis

Minimal TechnoExperimental

p*dis online shop

 今年で設立15周年を迎えたドイツの電子音響レーベル〈ラスター・ノートン〉。美しくもエッジの効いたミニマリズムを基調に、抜群のアイデアと最先端のテクノロジーを融合させた活動は、いまも変わらず現代エクスペリメンタル・ミュージックのひとつの指針であり、それを指向するもの皆の憧れの的である。そんな〈ラスター・ノートン〉を主宰する旧東ドイツ出身のふたり、ミュージシャン/ヴィジュアル・アーティストのカールステン・ニコライ(アルヴァ・ノト)と、ミュージシャン/デザイナーのオラフ・ベンダー(バイトーン)によるユニットがダイアモンド・ヴァージョンである。

 さて、2012年に活動を開始したこのダイアモンド・ヴァージョンだが、何やら動機がものものしい。というか、たのもしい。何でも「ブランド・スローガンや派手な広告、そして滑稽なPRなどのマーケティング合戦の時代に対する反撃」を目的としているというから、元来の〈ラスター・ノートン〉の色からするとじつにお行儀が悪く、また、要所に差しこまれる大味なシンセのメロディや音色など、これまでのふたりの活動には見られなかった下世話さも加味されていて大いに信頼できる(リリースが自身の〈ラスター・ノートン〉からではなく、老舗〈ミュート〉からというのも納得だ!)。これを「ポップ化」と解釈するとじつに収まりが良いのだが、彼らの「ポップ」は一筋縄ではいかない。ミクロレベルにまで細分化された非楽音によるグリッチ&リズムから、織り重なるレイヤーが無限のパターンを作り出す「ずれ美」によるモアレ&ドローンを経て、2000年代後半あたりからメッセージ性を強く含む、重く軋んだインダストリアルなビートが顕著になってきたカールステンたち。そんな彼らが変換する「ポップ」は、じつに論理的で構造的で、さらにすこぶる批評的で……知らず知らずのうちにマーケティング合戦に侵されて、もはや機械化してしまっているわたしたちの認識・判断・行動の装いに鋭いメスを入れ、誇大妄想にさらされたハリボテのような世界の内実をあらわにしてくれる。

 また、彼らのリリース形態も戦略的で、活動開始当初から「EP5枚を発表した後にアルバムをリリースする」と宣言していたが、その言葉どおり、今年いよいよアルバム『CI』をリリースした。モデルでポエトリー・シンガーでもあるレスリー・ウィナー、ペット・ショップ・ボーイズのニール・テナント、〈ラスター・ノートン〉初の女性アーティストとしても話題のベルリン在住の日本人トラックメイカー、Kyokaらのヴォーカル(ラップ?)をフィーチャリングするほか、ライヴでは何度も共演済みのオプトロン奏者・伊藤篤宏も参加という、理路整然としながらもとても肉体的で、実験的というよりもどこか開放的でにぎやかな内容になっている。
 そして、昨年の〈TAICO CLUB'13〉と〈EMAF TOKYO 2013〉出演に伴うジャパン・ツアーに続いて、早くも3度目の来日が決定しているダイアモンド・ヴァージョン。しかも、今回はエンプティセット、Kyoka、まもなく〈ラスター・ノートン〉よりEPをリリースするUENO MASAAKIらも帯同するレーベル・ツアーというから、期待は高まるばかりだ。
 広告文句が垂れ流す──わたしたちのより良い生活を約束する──企業スローガンなんてまったくもって絵空事にしか聞こえないが、ダイアモンド・ヴァージョンが視覚と聴覚を越えて繰り出すハードでダンサブルなテクノロジー攻撃は(一見、無機質で非感情的に見えるが)、間違いなく、わたしたちがより豊かにより人間らしく生き抜くためのひらめきを与えてくれる。

パンク・ロックやインダストリアルの影響はずっとありましたよ。そもそも、私たちは消費社会非難を表現したいんではなく、グローバル化された経済界と私たちの関係性をより強く反映させたいんです。

ダイアモンド・ヴァージョン(以下、DV)のなかで、カールステンさんとオラフさんの明確な役割分担などはあるのですか?

DV:それぞれの具体的な役割分担はありません。すべてのトラックとヴィジュアルを共同作業で行うようにしています。もちろん、それぞれ特定のことにはっきりとしたフォーカスを向けていますが、トラックやヴィジュアルなど、メインの仕事は常にふたりで作業していますよ。

2012年の結成当初から「EPを5枚リリースした後にアルバムを発表する」と宣言されていましたね。ひとつひとつ段階を踏むことにより、私たちリスナーはDVが最終形に向かって「自己生成」していくプロセスを楽しめるように感じました。このようなリリース形態にした意図を教えてください。

DV:そうです。5枚のEPのレコーディングは過程であり、私たちはリスナーにそれを共有してほしいと思いました。すべてのレコーディングが終わるまでにほぼ1年かかり、5枚めのEPがどんなサウンドになるのか、あまりはっきりしていませんでした。私たちはプロジェクトがどのように成長し、どのような方向に発展するのかを見てみたかったんです。これは、DVをオープンな状態にしておくために非常に重要なことでした。

5枚のEPとアルバム『CI』を通して、すべての曲にフックがあり、さまざまな側面をもちながらも統一感のある内容になっていますね。ふたりの間でコンセプト作り、曲作りはどのように行われるのですか?

DV:私たちにとってDVは、違った形の音楽を実験する場所なんです。自分たちのソロ作品とあまり近くない、別のスタイルに関わってみたかったんです。これに挑戦するために作品のモードを多様化させたり変化させたりしてみました。また、ファイル・シェアリング、同時進行レコーディングからライヴ・セッションまで、これまでのコラボレーションとは異なる方法も試してみました。最初にたくさんのスケッチを作り集めて、どのアイデアやトラックが好きか、どれを精巧に作り上げていくか、などはいつも後で決めています。また、アイデアのひとつにヴォーカルとのコラボレーションを除外しないというのがあったんで、私たちは歌詞の内容になるようなトピックや可能性のあるアイデアについて話し合いました。それが、私たちに広告の世界やメディア・カルチャーのすべての形に関心を持たせたんです。私たちは避けようとしても毎日スローガンにさらされています。だから、企業スローガンはレコーディングのアイデアのキーエレメントになりました。

あなたたちが鳴らす音の核をじっくり聴くと、キックの位置からスネアのタイミングひとつにしてもはっきりとした意思があり、意味をもたせているのを感じます。その姿勢、社会に対する強烈な批評性には電子音楽がもつ冷たさというよりも、パンク/ハードコアがもつパワーとエネルギーを感じます。あなたたちのルーツにパンク/ハードコアはあったりするのですか?

DV:はい、パンク・ロックやインダストリアルの影響はずっとありましたよ。私たちのソロ作品ではこのルーツを常に消している一面もありますが、DVはこの古いルーツに再び関わる正しい時期だと判断しました。そもそも、私たちは消費社会非難を表現したいんではなく、グローバル化された経済界と私たちの関係性をより強く反映させたいんです。あなたがどのくらいの割合でこのシステムの一部として構成されているのか、という答えを見つけようとしているんです。ここにパンクとの繋がりは見えますが、私たちはこのシステムのなかで、私たちみんなが演じる二重の役割を非常に意識しています。

アルバム『CI』では、レスリー・ウィナー、ニール・テナント、Kyokaら一筋縄ではいかないヴォーカルをフィーチャリングし、革新的な音を使用しつつも大衆に訴えるポピュラリティを獲得していることに驚きました。最初からヴォーカルを入れようと決めていたのですか?

DV:はい、それもアイデアのひとつでしたよ。私たちはアーティスティックな方向をとり、過去には戻りたくありませんでした。レコーディングだけではなく、ライヴ・パフォーマンスもできるようなコラボレーションを試みようと、はっきりと考えていました。そこで、私たちの音楽スタイルからできるだけ遠い人たちで、可能性のあるコラボレーターの名前をリストアップしていきました。私たちは単に衝突のようなものを引き起こしたのですが、この衝突は私たちの音楽制作の古いパターンすべてを無くすためにとても重要だったんです。

なかでも、とくにレスリー・ウィナーの参加には驚かされました。レスリー・ウィナーといえばブランドの広告塔ともいえる元スーパーモデルであり、80年代にはDVが攻撃の対象とする「ブランド・スローガンや広告の嵐、滑稽なPRなどのマーケティング合戦」の最前線にいた女性だと思うのですが……。彼女に参加してもらった経緯は?

DV:これは有名なシンガーとのコラボレーションというアイデアだけではなく、私たちがファッション世界のアイコンを探していたからなんです。コラボレーターをモデルやファッション業界から探していたところ、友人がレスリーを推薦してくれました。彼女の過去の背景だけでなく、音楽とファッションにおける役割としても完璧な選択でしたし、もちろん、レスリーのユニークな声と私たちのサウンドの相性がとても良かったんです。

レスリー・ウィナー、ニール・テナント、Kyokaら3人のヴォーカリストにどんなことを求めましたか。また彼女たちがDVにもたらしたものは?

DV:DVでは私たちの過去のプロジェクトを壊し、コントラストや緊張を生み出すために、すべてのコラボレーションに対して可能なレベルでオープンでいるというメインのアイデアがあります。だから伊東篤宏、レスリー、ニール、Kyokaたちとのコラボレーションは非常にうれしいことでした。私たちは〈ラスター・ノートン〉のアルヴァ・ノトとバイトーンのアルバムを生み出したかったんではなくて、いつもの道から離れて新しい空間に自分たちを置いてみたかったんです。これはとても挑戦的なアイデアでした。時々、アーティストは新しいものに挑戦するために困難な道を選ぶんです。

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DVのコンセプトは「アンチ・ラスター・ノートン」だったので、〈ミュート〉は正しい場所かもしれないと感じました。また、私たちには常にアーティストとレーベルオーナーの2つの役割があるんで、この役割を無くし、ただレーベルのアーティストになりたいと思ったんです。

2009年にふたりにインタヴューさせていただいたとき、カールステンさんが「ポップ・ミュージックを変換させたものが将来的な音楽像になるのでは」とおっしゃっていたのがとても印象的でした。まさにDVがそれを体現しているように思います。今もその意見は変わらないですか?

DV:はい。私たちはポップとの関わりを除外したくないと思っていました。実際にこのアイデアの変形をペット・ショップ・ボーイズのニール・テナントとのコラボレーションという選択で提案してみました。

DVの作品は自身のレーベル〈ラスター・ノートン〉ではなく、エレクトリック・ミュージックの老舗〈ミュート〉からのリリースとなっていますね。その経緯を教えてください。

DV:レコーディングをはじめたとき、ダニエル・ミラーに〈ミュート〉からアルバムをリリースしないかとオファーされました。DVのコンセプトは「アンチ・ラスター・ノートン」だったので、〈ミュート〉は正しい場所かもしれないと感じました。また、私たちには常にアーティストとレーベルオーナーのふたつの役割があるんで、この役割を無くし、ただレーベルのアーティストになりたいと思ったんです。

若かりし頃に〈ミュート〉に対する思い入れはありましたか?

DV:もちろん! ファド・ガジェッド、 デペッシュ・モード、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン、ライバッハ、スロッビング・グリッスル、ニック・ケイヴなどにはじまり、すべての〈ミュート〉の音楽を聴いています。80年代の中頃は〈ミュート〉をぴったりと追いかけていましたよ。

あなたたちは旧東ドイツ出身ですが、政府による検閲が厳しかった東ドイツ時代に、西側諸国の音楽を自由に耳にすることはできたのですか?

DV:この時期はとても制限されていましたが、私たちは簡単には手に入らない色々な種類の音楽に興味がありました。アンダーグラウンド・ミュージックを聴くことは、私たちにとってとても重要だったんです。ポップ・ミュージックに興味は無く、いつもとても変な音楽を探していました。それを手に入れるためにテープを作ったりレコード交換をしていましたよ。

東ドイツ出身のアーティストで、あなたたちに影響を与えた人がいれば教えてください。

DV:ロックやポップ・ミュージックのジャンルではあまり面白いと思うものはありませんでした。私たちは当時のフリー・ジャズやハプニングなどの芸術運動により大きな興味を持っていて、そのシーンをアーティスティックだと感じていました。大きな影響力のあるバンドは東ドイツにはあまりいなかったんで、私たちは外国の音楽により興味を持っていました。

DVの宣戦布告ともいえる、さまざまな企業の経営理念が次々と無機質に通り過ぎる“Mission Statement”の映像も衝撃的でしたが、女性モデルが登場するコスメティックCMのような“Live Young”、土着的な映像がリズミカルにカットアップされる“Make Believe”など、これまでのあなたたちのイメージを覆す、生身の人間が登場する映像もさらに刺激的でした。DVにおけるヴィジュアル/イメージの取り扱い方について教えてください。

DV:ここではファッション、企業、美、生活様式など、私たちが常にさらされている固定観念──広告のなかの幸福で美しい世界──の上に、トラックの内容を構築するアイデアを見ることができます。あの"Mission Statement"のスローガンがとても過激に聞こえるのは、たんに企業の誇大妄想の結果です。私たちではなく、企業自身がこれらの恐ろしい概念の世界を作り出しているんです。

〈ラスター・ノートン〉の設立当初は、アーティストがレーベルのコンセプトに合わせている印象が強かったのですが、最近ではアーティストの個性が前に出て、逆にレーベルカラーを更新しているように感じます。〈ラスター・ノートン〉設立から15年経ったいまの心境を教えてください。

DV:何年か前から、それぞれのアーティストの個人的なアイデンティティをより打ち出すようにしています。その結果のひとつとして、現在レーベルはよりアーティスティックな多様性を持つようになりました。これはとても意識的なステップでしたね。

〈ラスター・ノートン〉は、グリッチ&リズム〜モアレ&ドローンを経て、2008年のアルヴァ・ノト『Unitxt』、バイトーン『Death of a Typographer』あたりから強いメッセージ性が表面に出てきて、ハードでインダストリアルな方向に向かっているような気がしています。最近、電子音楽界に蔓延しているポスト・インダストリアル的なムードについてどう思いますか?

DV:私たちにとってスタイルはあまり重要ではないんで、次にどうなるのかという質問には答えたくありません。私たちはアーティストにホームを与え、現時点での彼らのそれぞれの方法を信じなければいけません。ジャンルの定義ではなく、個々のクオリティがより重要なんです。私たちはふたつの言葉で言い表せる音楽レーベルにはなりたくないですし、過去、現在、そして、未来のエレクトロニック・ミュージックを反映したいと思っています。

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あの"Mission Statement"のスローガンがとても過激に聞こえるのは、たんに企業の誇大妄想の結果です。私たちではなく、企業自身がこれらの恐ろしい概念の世界を作り出しているんです。

今回〈ラスター・ノートン〉ツアーで大阪、京都、東京を回られますが、ずばり今回のツアーの見どころを教えてください。

DV:日本のフェイヴァリットなクラブのひとつでもあるメトロや、ひさびさにプレイするUNITで、エンプティセット、Kyoka、Ueno Masaakiらと一緒に大きな〈ラスター・ノートン〉ナイトを作り出します。今回はエンプティセットの初来日となるので、これはみんなにとって本当にプレミアですよ!

カールステンさんは、坂本龍一、池田亮司らとのコラボレーションのほか、2002年にワタリウム美術館で開催された『カールステン・ニコライ展』、『横浜トリエンナーレ2011』でのインスタレーション、現在開催中の『札幌国際芸術祭2014』にも映像作品を展示されるなど、日本にもずいぶんと馴染みがあるかと思います。新たに日本で体験したいこと、挑戦したいことなどありますか?

DV:日本はいつも私にインスピレーションを与えてくれる重要な場所です。また、私たちの作品を受け入れてくれてることにとても感謝しています。これがたくさんの自分の作品を日本で最初に見せている理由です。現在は、芸術と音楽の作品両方を結合させたパフォーマティブ・インスタレーションのような、もっと没入型のインスタレーションに集中したいと思っています。

DVの今後の展望をお聞かせください。

DV:DVは可能な限りオープンなプロジェクトとして続けていく予定です。変わったコラボレーション、メディア・フォーマット、パフォーマンスができるさまざまな場所を探したり、通常のツアーバンドのようにならないために、大きなフェスティバルから小さなクラブまで、すぐに対応できる異なるセットアップを発展させていきますよ。

【RASTER-NOTON JAPAN TOUR 2014】

電子音楽レーベルの最高峰、ドイツのRASTER-NOTONが3年振りとなるジャパンツアーを大阪、京都、東京の3都市で開催!

今年6月に待望の1stアルバムをリリースしたRASTER-NOTONのツートップAlva NotoとByetoneのユニット<Diamond Version>をはじめ、初来日となるブリストルの実験インダストリアル・デュオ『Emptyset』、レーベル紅一点のスウィート・カオス・クリエーター『Kyoka』、そして9月にRASTER-NOTONよりEPをリリースする期待の才能『Ueno Masaaki』ら4組がツアーに帯同。また、京都と東京ではAlva NotoとByetoneによる『DJ Alpha & Beta』のDJセットも行われます。絶対にお見逃し無く!!

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【大阪公演】

Date:2014年10月2日 (木)
Venue : 大阪 CONPASS
(大阪市中央区東心斎橋1-12-20 心斎橋ダイワビルB1F)
Time:OPEN 18:30 / START 19:00
Ticket:前売 3000円 / 当日 3500円

LIVE:Diamond Version / Emptyset / Kyoka / Ueno Masaaki

Information: CONPASS (06-6243-1666)

Ticket Info:
ローソンチケット (TEL 0570-084-005): [ Lコード 54122]
チケットぴあ(TEL 0570-02-9999):[ Pコード243-732]
e+

【京都公演】

Date:2014年10月3日 (金)
Venue : 京都 METRO
(京都市左京区川端丸太町下ル下堤町82 恵美須ビルBF)
Time:OPEN / START 22:00
Ticket:前売 3000円 / 当日 3500円

Live : Diamond Version / Emptyset / Kyoka / Ueno Masaaki / Psysex

DJ : DJ Alpha & Beta (Alva Noto + Byetone) / Tsukasa / Tatsuya Shimada (night cruising)

Information: METRO (TEL 072-752-4765)

Ticket Information:
ローソンチケット(TEL 0570-084-005):[Lコード 58334]
チケットぴあ: (TEL 0570-02-9999) [ Pコード242-177]
e+

【東京公演】- UNIT 10th anniversary –

Date:2014年10月4日 (土)
Venue : 東京 UNIT
(東京都渋谷区恵比寿西2-34-17 ザ・ハウスビル)
Time:OPEN / START 24:00
Ticket:前売 3500円 / 当日 4000円

Live : Diamond Version / Emptyset / Kyoka / Ueno Masaaki

DJ : DJ Alpha & Beta (Alva Noto + Byetone)

Information : UNIT(TEL 03-5459-8630)

Ticket Information:
e+
ローソンチケット (TEL 0570-084-005): [Lコード 73883]
diskunion 渋谷/新宿/下北沢 Club Music Shop, diskunion 吉祥寺,
DISC SHOP ZERO, JET SET TOKYO, TECHNIQUE, UNIT

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【Diamond Version】

90年代後半よりポスト・テクノ〜音響シーンをリードするドイツの電子音楽レーベルRaster-Notonの主宰者であるAlva Notoことカールステン・ニコライとByetoneことオラフ・ベンダーが結成したユニット、Diamond Version。これまでにイギリスの老舗レーベルMUTEより2012年〜2013年にかけて5枚の12インチ(『EP1』〜『EP5』)をリリースし、バルセロナのソナー、日本のTaicoclub、EMAFなどのフェスティバルや、デペッシュ・モードのツアーサポート公演に出演。ユニークなコンセプトと独自のポップセンスを盛り込んだアグレッシブなインダストリアル・エレクトロサウンドと刺激的なヴィジュアルがシンクロする圧倒的なライブパフォーマンスは世界中から賞賛と注目を集めている。そして2014年6月、ニール・テナント(Pet Shop Boys)、レスリー・ウィナー、Kyoka、伊東篤宏らをゲストに迎えた待望の1stアルバム『CI』をリリース。

https://www.diamondversion.info

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【Emptyset】

2005年にジェイムス・ギンズバーグとポール・ポーガスが結成したプロダクション・プロジェクト。音の物理的性質、電磁気学、建築、画像生成を駆使し、パフォーマンス、インスタレーション、映像といった幅広い分野で活動を行う。構造主義/物質主義的なアートおよびノイズ〜音楽間の領域を考察するアナログメディアの遺産的な性質を特徴とした作品を制作。これまでに、raster-notonから12インチ『Collapsed』(2012年)とフルアルバム『Recur』(2013年)を、またSubtext Recordingsから『Medium』(2012年)をリリース。ロンドンのTate BritainやThe Architecture Foundationでのインスタレーション制作を行い、CTM、Kunsthalle Zurich、Sonic Acts XIV等のフェスティバルに出演。

emptyset.org.uk

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【Kyoka】

坂本龍一のStop Rokkasho企画やchain musicへの参加、Nobuko HoriとのユニットGroopies、Minutemen/The Stoogesのマイク・ワットとのプロジェクトを行う、ベルリン〜東京を拠点に活躍するスウィート・カオス・クリエイターKyoka。これまでにベルリンのonpa)))))レーベルからの3枚のミニアルバムを発表後、Alva NotoとByetone率いるドイツのRaster-Notonからレーベル史上初の女性アーティストとして2012年に12インチ『iSH』、2014年には待望のフルアルバム『IS (Is Superpowered)』をリリースする。そのポップとエクスペリメンタルを大胆不敵に融合させた、しなやかなミニマル・グルーブは様々なメディアで高く評価され、Sonar Tokyo 2012、FREEDOMMUNE 0<ZERO>ONE THOUSAND 2013へも出演を果たす。

www.ufunfunfufu.com

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【Ueno Masaaki】

桐朋学園大学音楽学部作曲科、同研究科修了。作曲、ピアノ、指揮を学ぶ。第76回日本音楽コンクール作曲部門入選。在学中から、コシノジュンコ/伊藤五郎ファッションショーへ選曲/音源提供で参加、NHK大河ドラマ「功名が辻」のサウンドトラック及び劇中曲の指揮、宮本亜門演出「テイクフライト」に副指揮として参加するなど活動を始める。近年では、現代音楽作品やP±H名義でエレクトロニックミュージックを用いたインスタレーション作品を製作/出品し、2013年からは Ueno Masaaki / ΩPROJEKT名義で電子音響作品の発表を開始。2014年9月、ドイツのraster-notonより1st EP 『VORTICES』をリリースする。

https://oooprojekt.com/

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Photo: Szary / Modeselektor
Editing: Julija Goyd

スローイング・スノーの時間を贈ります - ele-king

 スローイング・スノーことロス・トーンズ。90年代のブリストル・サウンドを今日的に蘇生させ、マッシヴ・アタックとジェイムス・ブレイクをつなぐUKの超大型ルーキーとして多くのメディアから注目されてきたその男が、来週末ついに秋冷の東京に降り立つ。
 ele-kingでは3名の方を会場にご招待。以下の応募方法に沿ってご連絡をいただき、ぜひその姿と音を目のあたりにしてほしい。

■応募方法
下記要領でメールにてご応募ください
ご当選の方にのみご連絡を差し上げました(9月25日16:00現在)。
たくさんのご応募ありがとうございました。

締切を9月24日(水)とさせていただきます

件名:Throwing Snowライヴ招待係
本文:お名前、電話番号(緊急ご連絡用)をお書きください
※メッセージ等はご不要です
アドレス:info●ele-king.net 宛て(●を@に変えてお送りください)


■UNIT / root & branch presents
- Special Showcase in Tokyo -
THROWING SNOW (Houndstooth)

Pitchfork, Guardian, Dazed, Fact, Resident Advisor, XLR8Rなど大手メディアが早くからその動きを追いかけ、マッシヴ・アタック~ビヨーク~ジェイムス・ブレイクといったイギリス音楽の系譜に続く超大型ルーキー、全世界が注目する逸材スローイング・スノーの初来日公演決定! これぞ新世代のトリップホップ!

Live: THROWING SNOW (Houndstooth)
Guest Live: agraph, mergrim (moph records, PROGRESSIVE FOrM, liquidnote), submerse (Project: Mooncircle)
DJ: Ametsub

2014.09.26 (FRI) @ 代官山 UNIT
Open/ Start 24:00 ¥3,000 (Advance), ¥3,500 (Door)

Information: 03-5459-8630 (UNIT) www.unit-tokyo.com
Supported by P-VINE RECORDS
You must be 20 and over with photo ID.

Ticket Outlets: ぴあ(P: 242-392), ローソン (L: 72714), e+ (eplus.jp), Clubberia (www.clubberia.com/ja/store/), diskunion Club Music Shop (渋谷, 新宿, 下北沢), diskunion 吉祥寺, TECHNIQUE, DISC SHOP ZERO, JET SET TOKYO and UNIT
*ローソン/e+(8.30 発売)、ぴあ(9.3 発売)

■THROWING SNOW (Houndstooth)
ロンドンを拠点にスローイング・スノーの名前で活動するロス・トーンズ。彼はダブステップ、UKガラージ、ハウスからフォーク、パンク、ハードコア、メタル、そしてレゲエなど様々な音楽を聞いて影響を受けてきた。彼の音楽には心地の良い温かさと、光沢感のある冷たさが共存している。2010年にHo Tepレーベルからデヴュー・シングルをリリースし、その後はゴールド・パンダなどのリミックスを手がけてきた。ジャイルス・ピーターソンやベンジBの強力なサポートもあり、多くのラジオ番組にも出演してきた。 2011年にはDominoやNinja Tuneのような大手レーベルからリミックスの依頼が来るようになった。リリースもSuperやSneaker Social Club、Local Actionなどから続けてきた。2012年には大手音楽サイトのXLR8Rにポッドキャスト用のDJミックスを提供。2013年にはニューヨークで開催されたRed Bull Music Academyへの参加も好評だった。インターネット上でDJのプレイを生中継する人気サイトBoiler Roomにも何度も出演を果たし、ボノボ、アトモス・フォー・ピース、ジョン・ホプキンスなどの前座を務めてきた。またレーベル・オーナーとしても他のアーティストのリリースに協力している。Left Blank(レフト・ブランク)とA Future Without(ア・フューチャー・ウィズアウト)の共同オーナーでもあり、Vessel, Wife, Visionist, Lorca, Memotone, Young Echoなどが駆け出しの頃のリリースを手掛けていた。ヴォーカリストAugustus Ghostとの別プロジェクト、Snow Ghostsもここからリリースもしている。2014年には待望のアルバム『モザイク』に先駆けて『Pathfinder EP』を先にリリース。イギリスの現代のミュージシャンの中で最もユニークなアーティストとの一人としてデヴュー・アルバム『モザイク』は数多くの大手メディアから大絶賛された。
www.facebook.com/throwingsnow www.throwingsnow.co.uk

■agraph
牛尾憲輔のソロ・ユニット。2003年からテクニカル・エンジニア、プロダクション・アシスタントとして電気グルーヴ、石野卓球をはじめ、様々なアーティストの制作、ライブをサポート。ソロ・アーティストとして、2007年に石野卓球のレーベル "PLATIK" よりリリースしたコンビレーション・アルバム『GATHERING TRAXX VOL.1』に参加。2008年12月にソロユニット "agraph" としてデビュー・アルバム『a day, phases』をリリース。石野卓球をして「デビュー作にしてマスターピース」と言わしめたほどクオリティの高いチルアウト・ミュージックとして各方面に評価を得る。2010年11月3日、前作で高く評価された静謐な響きそのままに、より深く緻密に進化したセカンド・アルバム『equal』をリリース。同年のUNDERWORLDの来日公演(10/7 Zepp Tokyo)でオープニング・アクトに抜擢され、翌2011年には国内最大の屋内テクノ・フェスティバル「WIRE11」、2013年には「SonarSound Tokyo 2013」にライブ・アクトとして出演を果たした。一方、2011年以降は "agraph" と並行して、ナカコー(iLL / ex. supercar)、フルカワミキ(ex. supercar)、田渕ひさ子(bloodthirsty butchers / toddle)との新バンド、LAMAのメンバーとしても活動。2014年4月よりスタートしたTVアニメ「ピンポン」では、劇伴を担当。その他、REMIX、アレンジワークをはじめ、CM音楽も多数手掛けるなど多岐にわたる活動を行っている。
www.agraph.jp

■Ametsub
東京を拠点に活動。昨年は山口の野田神社で、霧のインスタレーションを交えながら坂本龍一と即興セッション。TAICOCLUBの渋谷路上イベントにてパフォーマンス。Tim HeckerやBvdubといったアーティストの来日ツアーをサポート。夏にはFLUSSI(イタリア)、STROM(デンマーク)、MIND CAMP(オランダ)といった大型フェスへ招聘される。アルバム『The Nothings of The North』が世界中の幅広いリスナーから大きな評価を獲得し、坂本龍一「2009年のベストディスク」にも選出されるなど、現在のシーンに揺るぎない地位を決定付ける。スペインのL.E.V. Festivalに招かれ、Apparat, Johann Johannson, Jon Hopkinsらと共演し大きな話題を呼ぶ。最新作『All is Silence』は、新宿タワーレコードでSigur Rosやマイブラなどと並び、洋楽チャート5位に入り込むなど、大きなセールスを記録。FujiRock Festival '12への出演も果たし、ウクライナやベトナム、 バルセロナのMiRA FestivalへActressやLoneと共に出演。今年はTychoの新作をリミックス、Plaidと共にスペイン発、Lapsusのコンピに参加。秋にはArovaneやLoscilらの日本ツアーをサポート予定。北極圏など、極地への探究に尽きることのない愛情を注ぐバックパッカーでもある。

■mergrim (moph records, PROGRESSIVE FOrM, liquidnote)
兵庫県出身の音楽家、光森貴久によるソロ・プロジェクト。電子音楽レーベルmoph records主宰。これまでにアルバムをソロ/ユニット/ライブ・リミックス盤などで4枚リリース。downy、川本真琴、miaou、smoug等のリミックスの他、YMOのカバー集「YMOREWAKE」、またXperia™アプリ "Movie Creator" やGRAN TURISMO 6に楽曲提供。また、Sound & Recording MagazineにてCubase記事を短期連載やムック本への執筆なども行う。ライブも都内を中心に精力的に活動。SonarSound Tokyo, DOMMUNE, EMAF TOKYOなどにも出演。打楽器奏者Kazuya Matsumotoとのパフォーマンスは電子音楽の域を越えていると評判。海外ツアーも2011上海、北京、2012ベルリン、ロッテルダム、ミュンヘンなどを敢行。最新作はPROGRESSIVE FOrM x mophより ”Hyper Fleeting Vision” をリリース。7月にはそのリリース・パーティを13人の演奏家を迎え行い、成功を収めた。そこで出会った仲間とともに ”THE MERGRIM GROUP” を結成。更なる躍進へ望む。
www.mergrim.net www.mophrec.net

■submerse (Project: Mooncircle)
イギリス出身のsubmerseは超個人的な影響を独自のセンスで消化し、ビートミュージック、ヒップホップ、エレクトロニカを縦横無尽に横断するユニークなスタイルを持つDJ/ビートメーカーとして知られている。これまでにベルリンの老舗レーベルProject: Mooncircleなどから作品をリリースしSonarSound Tokyo 2013、Boiler Room、Low End Theoryなどに出演。また、英Tru Thoughtsや仏Cascade Recordsなどのヒップホップ・レーベルのリミックス・ワークも手がける。2014年には待望のデビュー・アルバム "Slow Waves" がProject: Mooncircleとflauよりリリースされる。また、Pitchfork, FACT Magazine, XLR8R, BBCといった影響力のあるメディアから高い評価を受ける。
twitter.com/submerse soundcloud.com/submerse facebook.com/submerse submerse.bandcamp.com YouTube.com/djsubmerse

https://www.unit-tokyo.com/schedule/2014/09/26/140926_throwing_snow.php

interview with TOWA TEI - ele-king


TOWA TEI
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 テイ・トウワがニューヨークに渡った時代は、クラブ・カルチャーにとって、細分化をまだ知らなかったという意味では幸福な時代だった。ヒップホップはハウスと手を組んでいたし、どちらか片方だけを追求するオーディエンスもまだいなかった。UKジャングルなんていうのも、実を言えばヒップホップとハウスを両方聴いていた耳が作り出したもので、ヒップホップ(ブレイクビート)を45回転のプラス8でかけたら面白かったというわけだ。

 なんにせよこの原稿で重要なのは、テイ・トウワとは、そんな無邪気な時代の空気を思い切り吸って吐いていたひとりである、ということだ。
 1987年、ニューヨークに渡ってDJ活動をはじめると、彼はスーパー・ポップ・ハウス・グループのディー・ライトに参加している。1990年の「グルーヴ・イン・ザ・ハート」は、ナイトクラブでも街中でも、そしてお茶のでも流れた大ヒット曲だが(全米4位/全英2位)、このブレイクビート・ポップ・ハウスではブーツィー・コリンズがベースを弾いてQティップがラップをしている。メイシオ・パーカーはサックスを吹いている。ディー・ライトは、華やかで、デイジーな時代を象徴するポップ・アイコンだった。そして当時のテイ・トウワは、どこか別の惑星で売られているコミックの世界からやって来たかのような、ピカピカの青年だった。彼は輝いていた……いま輝いてないわけではないが、1990年の時点では最高に眩しいポップの住人のひとりだったのだ。

 今年2014年は、1994年に彼が最初のソロ・アルバム『フューチャー・リスニング!』を出してから20周年にあたる。ディー・ライトを脱退してからもテイ・トウワは順調にリリースを重ね、ソロ活動を展開している……と言っていいだろう、端から見ている分にはそう見える(人知れない葛藤や苦難があったと思うが、それを前面に出さないのがテイ・トウワでもある)。
 去る7月末には、彼の曲のベスト・リミックス・アルバム『94-14 REMIX』(いろんな人たちにリミックスされた楽曲のベスト盤)をリリース、9月には五木田智央のアートワークによるベスト・カヴァー集『94-14 COVERS』、そして同時にベスト・アルバム『94-14』をリリース。また、20周年を記念した対談集『HATACHI』も刊行した。

 筆者の10歳ほど年下の友人には、「グルーヴ・イン・ザ・ハート」のお陰で人生をクラブ・ミュージックに捧げてしまった人が少なくない。また、打ち込みをしている日本の人に話を聞くと、好きなプロデューサーでよく名前が挙がるひとりはテイ・トウワだ。ポップとアンダーグラウンドを股にかけるとはよく言われることだが、それを長年実践するのは容易なことではない。
 今回は、YMOチルドレンのひとりだった10代からNY時代、帰国後の東京から軽井沢への移住など、これまでの経歴をざっと回想してもらった。ダブル・ディー&ステンスキーの「レッスン1,2,3」の話など若い世代にはピンと来ないかもしれないが、他人曲を盗んで(カットアップして)新しいモノを創作するという、サンプリング・ミュージックの最初期のクラシックであり、いま聴いても名作なので、ぜひチェックして欲しい。 

ひとつ言えることは、ネガティヴがあってのポジティヴだと思うし、つらいことがあってのハッピーだと思うんです。人生がハッピーだけの人っていないと思うんだよね。絶対に陰影というか、光があるところには影がある。

初めてテイさんと取材で会ったのが、『サウンド・ミュージアム』(1997年)のときでしたね。ゲストがすごくて、ビズ・マーキーとかモス・デフとか、カイリー・ミノーグとか参加してて、リミキサーにはQティップもいて。この頃は、テイさんがドラムンベースを取り入れた時期でしたよね。

テイ・トウワ(以下、TT):“エヴリシング・ウィ・ドゥ・イズ・ミュージック”の1曲だけそうですね。

よく覚えているのが、ドラムンベースはハウス以来の衝撃だったと答えていたことです。

TT:そうです。それ以降は2ステップもちょっとハマりましたけど、ドラムンベースほどでもなかったです。自分のなかで2ステップはドラムンベースのテンポが違うものという認識でしたね。

実はテイさんって、2000年ぐらいの早い段階で、2ステップやUKガラージをやっているんですよね。

TT:早かったと思います。リファレンスがなかったので。

MJコールをリミキサーにしたりとかね。

TT:野田さんほどではないかもしれないですけど、そのときはクラブ・ミュージックのトレンドを先取りするアンテナが自分に生えていたんです。興味がなくなっちゃうのはそのあとですね。

そうですよね。

TT:「そうですよね」って言われてしんみりしちゃう人が多いと思うんですけど、全然僕はそんなことなくて(笑)。もっと積極的に……。

積極的に、20年間もコンスタントに作品を出されているじゃないですか(笑)。

TT:結果的にそう言われますね。

それはすごいことだと思いますよ。エイフェックス・ツインの新作も13年ぶりだったし……。テイさんは自分のなかでマンネリ化したり、煮詰まったりはしなかったんですか? 

TT:まだ何もやってはいないんですけど、小山田くんと砂原くんと一緒にOSTっていうプロジェクトを作ったんですよ。名前を決めてから2年くらい経っちゃったんですけど。
 その話が出たころ、砂原くんは何度作っても制作が終らないっていう時期でしたね。で、YMOの打ち上げで3人が一緒になることが多くて、「そういえば小山田くんも出してないよね」、「ていうか、このなかでテイさんが一番出してるよね」みたいな話になったんです。僕は彼らの音楽を聴きたかったから、では、どうしたらいいんだろうって考えたとき、3人でやればいいと、で、3曲くらい持ち寄ればEPにはなると。アルバムだったら何曲だろうって訊いたら、「6曲じゃないですか」って言うんですね(笑)。

少ない(笑)。

TT:それは初期のクラフトワークとかの話だろって(笑)! 「それこそコンピ気分で3人が3曲ずつ持ち寄れば立派なアルバムじゃん」という話をみんなでして。そのときには、3人でアルバムを作るということが心の支えになりましたね。

誰かの取材のときにその話聞きました。

TT:で、まりんはめでたく10年ぶりに『リミナル』(2011年)を出して、それ以降は活動が活発になりましたよね。ライヴもしているし、DJもやっている。この前、僕のパーティでやけにアゲアゲのDJがいるなって思ったら、まりんでした(笑)。
 いまはそんなに新作が聴きたい人っていないんですよ。エイフェックスにも興味はあったけど、13年もリリースがないと、どうしたのかなって不安に思いますよね。でも、この13年のあいだにエイフェックス・ツインのことを思い出したのは2回くらいしかなかったんじゃないかな(笑)。でも、こうやってみんな世代交代していくんですよ。それでいいと僕は思うんです。結論を言えば、誰かのために作っているわけじゃないし、自分が聴きたいから作っているのだから。

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その頃は、レッド・アラートが週末ラジオやっているのを知っていたので、毎週エアチェックをしていました。朝から晩までPファンクを聴いたり。学校にも行かずにレコード屋でダンクラとかPファンクを買って、ブレイクビーツものだとか、「レッスン 1-3」に入っているようなネタを全部集めたりとかね。


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テイさんの場合はもともと……。

TT:もともとは電通にいきたかったから(笑)。

はははは、最初はグラフィック・デザイナーになりたかったんですよね。10代の頃のヴィジョンとしては、音楽で生活するのは無理だろうからグラフィック・デザインをがんばろうっていう。でも、結果、音楽を頑張っちゃったっていう感じなんですよね。

TT:最近不定期でやっているMETAFIVEという僕とまりんと小山田くんとかがメンバーのバンドは、高橋幸宏さんがリーダーなんです。幸宏さんは僕より一回り上ですが、僕らよりも飯を食うし、酒を飲むし、スケジュールも埋まっているし。そういう特殊な人の影響で、僕やまりんは音楽に興味を持ってしまったから、幸宏さんはいつまでも追い越せない先輩だと思っていますね。

でもトーフ・ビーツみたいな若い世代からしてみれば、テイさんだってそういう存在だと思いますよ。まあ、今日は20周年記念取材なので昔のお話も訊いてみたいと思います。YMOで人生が変わったという話は有名ですけど、YMOからDJカルチャーへアプローチしたのはどういう流れなんですか?

TT:自然な流れだったんですよね。『HATACHI』のなかの五木田(智央)くんとの対談にもけっこう出ている話だと思いますが、ニューヨークに行った理由も美大だったんです。それまで短大に2年行ったけど、いろいろあって編入できなくて、ブラブラしていました。YMO周辺の〈MIDI〉の人たちからレコードを出さないかとオファーがあったけど、それも断ったり。ヴィジョンが描けなかったんです。
 そんなとき、親も「男が4年制を出てなくてどうすんだ?」って、お金を出してくれると言ってくれて、じゃあ海外行ってみるかと。最初なんとなくロンドンかニューヨークがいいんじゃないかと思いました。ロンドンにはホックニーがいるけど、ニューヨークに決めたのは、バスキア、ウォーホール、ラウシェンバーグとか好きな人が多かったからです。美大だったらそっちの方がいいのかなという軽いノリで決めました。

それが87年でしたっけ?

TT:そうですね。87年の2月に行きました。当時僕は少しヒップホップにかぶれていましたね。日本で、高木完ちゃんとか近田春夫さんがインクスティックとかで着ていたアディダスがカッコよくて、自分も持ってましたから。さらにコム・デ・ギャルソン着てみたいな(笑)。で、現地でエリックB&ラキムとかEPMDのライヴに行くと、日本人はぼくたち3人しかいない(笑)。
 その頃は、レッド・アラートが週末ラジオやっているのを知っていたので、毎週エアチェックをしていました。朝から晩までPファンクを聴いたり。学校にも行かずにレコード屋でダンクラとかPファンクを買って、ブレイクビーツものだとか、「レッスン 1-3」に入っているようなネタを全部集めたりとかね。
 ハウスにハマったのは、フランキー・ナックルズを見てからですね。あるときマントロニクスを見に行ったんだけど、フランキーもDJやっていて。まだ彼のことは知らなかったんですけど、すごい気になる曲があったからブースまで行って話しかけたんです。向こうからしたらかわいい東洋人だったろうし、フランキーはゲイだったから、「おいで〜」って呼ばれて、レコードをいろいろ見せてくれたんですね。それを一生懸命ナプキンにメモって帰りました(笑)。

ハウスとヒップホップが一緒だった時代、ハウスとヒップホップとのあいだに今みたいな溝がなかった時代ですよね。そこを往復していたという意味で、テイさんはすごく幸運だったと思いますよ。

TT:それぞれの頂点にいる人たちが、お互い毛嫌いしてやっているわけではなく、たとえばレッド・アラートが0時00分くらいで終ったら、トニー・ハンフリーズやフランキーとかに「お疲れ〜よろしくね〜」ってバトンタッチする。こういう感じのシーンを目の当たりにしてましたから。

いろいろあるなかで、とくに好きだったのは何ですか?

TT:最初はネタとか、ブレイクビーツにすごく興味を持ったんですよ。ダブル・ディー&スタンスキーの「Lesson 1-3」とか、グランドマスター・フラッシュの「ジ・アドヴェンチャー・オブ・グランドマスター・フラッシュ・オン・ザ・ウィールズ・オブ・スティール」(1981年)のネタをひとつずつ調べていったりとか。ちょっとオタク的なところがあったんです。コレクターとは違うんですけどね。コレクターって、イギリス盤とアメリカ盤があって、ちょっと番号が違うとか書体が違うだけで買ったりするけど、そういう感覚は僕にはない。聴ければいいんですよ。

ネタを知ったときの喜びってありますよね(笑)。

TT:DJして、汗をかくときって、曲を作っているときと違って速弾き感がないというか、筋肉の動きが見えないというか。ちょっと逸れちゃうかもしれないんですけど、ハウスにいたってはレーベルの色や書体だったり幾何学模様だったりで覚えていたけど。デトロイト・テクノも金色のレーベルとかで覚えてたり。そこにヴィジュアルがついたのがディー・ライトだったんじゃないですかね。

はっきり言って、ディー・ライトで人生を間違えた友だちは多いですよ(笑)。

TT:そうですか(笑)。

それまでポップスしか聴いてなかったのに、あれを聴いたおかげでハウスが好きになっちゃったっていう。

TT:そのころ自分たちはハウスのなかにどっぷり浸かっていたものの、ディー・ライトの3人のなかで僕だけがヒップホップのネイティヴ・タンのところを出入りしていたりとか。ブーツィーとやれたらいいよねって思っていたしね。実現出来てラッキーだったし、それがいい時代だったとか言うと「死ね」とか言われそうだけど(笑)。でも本当にそう思うんですよ。

はははは。テイさんはディー・ライトで大成功して、ポップのスターダムというと嫌かもしれないけれど、そういう高い場所までいってしまいましたからね(笑)。

TT:嫌じゃないですよ! それをやろうと思ってエグザイルの格好で踊っている人たちがいっぱいいるわけじゃないですか。そう思ってもないのに経験できたわけですから(笑)。

でも、結果、活動に疲弊して日本に帰ってきたということは、アメリカの音楽業界の派手な部分と同時に、業界の嫌な部分も全部見たわけですよね?

TT:そうですね。当時全米ナンバーワンのポルノ女優の……

はて?

TT:名前が出てこない……宇川君だったら即答するような……

誰でしょう?

TT:トレイシー・ローズ!

ああ!

TT:そうだ、トレイシー・ローズ。彼女が家に来ましたからね。マネージャーと一緒にデモテープを持って。そのときは何て答えればいいのかわからなかったですが(笑)。

何歳のときだったんですか?

TT:ディー・ライトのときに26歳だったので、27歳とかですかね。そのときはもう、他のメンバーはツアーに出かけて、僕は「やーめた」ってなって。メンバーやマネージャーに「トウワはひとりでプロダクションをどんどんやりなさい」って言われても、できなかった時期です。トレイシーさんにも会ったけど、デモテープを貰っただけで何もやらなかったですし。他にも夢のようなオファーはあったんですけど、ひとつもやらなかった。
 そのころ、立花ハジメさんとちょっと知り合いだったんですけど、立花さんからある日、ロスでディーヴォと会ってきたって連絡があって、その流れでニューヨークで会うことになったんです。それまでそんなに仲良くなかったんですけど(笑)。で、そのときに“バンビ”っていう曲を作ったんですけど、契約上僕は曲を出せなかったんですね。ソロはワーナー・エレクトラとの契約だったので。結局、クレジットは、「プロデュースド・バイ・ハジメ&トウワでいいです」ってなったんですけど。
 ソロになって最初に仕事をしたのは、坂本龍一さんと立花さんなんです。教授に手伝ってと言われたときは「僕にそんなことできるかよ」って思ったけれど、教授にしても、立花さんにしても、ふたりを通してぼくはシーンを知ったようなものだから、がんばって仕事を引き受けようと思いました。でも、ディスコグラフィーを見るとわかるんですが、そのころは全然作品を作ってないんですよ。いま思うと、当時は元気じゃなかったかも。

帰国直前ですよね?

TT:そうですね。『フューチャー・リスニング!』(1994年)の前ですね。このアルバムを作ることによってだいぶ治ったというか。『フューチャー・リスニング!』は全部ニューヨークで作りました。日本盤は94年に出たのかな。帰国したのは95年ですね。

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その引っ越しのときにいろいろ捨てたものもあったんですよ。10時にこれから飲み会やるよって言われても行けないわけですから。子供が生まれた95年くらいから朝方になったり。とにかく、軽井沢はやっぱり大きいです。


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『フューチャー・リスニング!』は、その年の海外メディアの年間ベストに選ばれていましたね。それにしても、日本で活動している人からしたら海外に出たいっていう声も多いんだと思うんですけど、テイさんに場合はそこが逆ですよね。最初に海外で成功してしまって、それでむしろ……

TT:たとえばNOKKOちゃんは日本ではスーパー・アイドルだったけど、ニューヨークではまだデビュー前で、彼女が作品を出すときとか僕が手伝ったりしててね。そうこうしてるうちに、ゲイシャガールズの話もきたり。だんだん日本からオファーが来るようになって。で、しかも日本からのオファーはわりと好きにやらせてもらえたんです。それで面白くなってきたときに、奥さんが妊娠して日本に帰るっていうから、僕も帰ることにしました。息子が4月に日本で生まれる直前のことですね

気が付いたら音楽家になっていた感じですか?

TT:はっきり覚えていますけど、87年の秋からDJで食っていました。その年の2月にニューヨークへ行って、10月か11月にレギュラーDJになったんです。その時期は密度が濃かったかもな。最初は英語の学校に行ってて、その次に美大に行くんですけど。とにかく、DJになりたくて……。
 で、作ったミックステープを渡したのが、DJのディミトリとアマンダって人で、そうしたらディミトリが会おうって連絡をくれました。こういうバンド(ディー・ライト)やっているから手伝って欲しいと。そして、クラブをやっているから来いよって言ってくれたり。
 面白いのが、ディミトリがそのクラブでプレイ中、トイレに行くからって、僕がDJを代わったんですよ。そうしたら、彼がなかなか帰ってこなかったんです。でも、僕は「楽しいな〜」って、そう思いながら、時間を忘れてDJを続けていた。そうしたら、「来週から来てくれるかな?」ってなったんです。「いいとも」って答えました(笑)。
 その後、ディミトリは〈レッド・ゾーン〉という新しいクラブへ行くことになって、僕は〈40ワース〉というところでDJをはじめました。そのあとよく通っていた、〈ネルス〉というクラブでも金曜と土曜にDJをするようになった。88年の1年はずっとDJです。たまにおいしい話がきて、「ビッグ・オーディオ・ダイナマイトが前座のDJ探しているからやれやれ」って言われて(笑)。まぁ、声がかかる程度の町の人気DJにはなっていたんでしょうね。日本でいうとダイシ・ダンスくらいには(笑)。

はははは。テイさんって挫折ないでしょ? どん底を味わったこととか。

TT:いっぱいありますよ。言わないだけで、挫折の毎日です。そこは自分のポリティクスだと思ってますね。それは、ディー・ライトで培ったことかもしれない。

テイさんの音楽にはダブステップのような暗いものがないですよね?

TT:暗いものも好きなんですけど、作るとなるとそれを何回も聴かなきゃいけないでしょう。ディー・ライトをやる前は暗い曲が多かったと思いますよ。手癖でやるとマイナー調の暗い曲が増えちゃうんですけど、ディー・ライトは少なくとも、意識的にネガティヴな要素を排除して、楽しいことを増やしていたわけですから。

90年ぐらいですか、ディー・ライトやデ・ラ・ソウルは、サマー・オブ・ラヴのヴィジュアル・アイコンにもなりましたよね。

TT:それは戦略的だったのではなくて、時代の空気だったし、ネガティヴあってのポジティヴだと思っていたので。デ・ラにはプリンス・ポールがいたし、僕ら3人には、苦労とか嫌なことがあったなかで学んだ「ポジティヴなことにもっとフォーカスしていけば、ポジティヴが広がるんじゃないか」的なポリティクスというか、哲学がありました。そのあとずいぶんとネガティヴなことを連中に言われましたけどね(笑)。

内側ではいろいろあったんでしょうね(笑)。

TT:はっきり言って、有名にはあまりなりたくないんですよ。

それはどういうような意味ですか?

TT:いつ何ときもフルチンで露天風呂に入っていたいですからね。幸宏さんとか別に入らないからね(笑)。

はははは。

TT:タイコ・クラブのときは入ってましたよ。「テイくん、お風呂どうだった?」って尋ねてきた、「悪くないですよ! でも幸宏さんが入る感じじゃ……」って答えたんです。そうしたら、あとから小声でボソッと「いいお湯だった」っておっしゃってました(笑)。 
 僕は美大でマーシャル・マクルーハンの『メディア・イズ・マッサージ』も勉強していたんですが、「露出」することがいいわけでもないんです。ブームは終っちゃうと思うし、情報過多になったら飽きられちゃう。人気が緩やかに右肩上がりでも、世のなかに普通に露出してたら、「人気ないね、最近」となっちゃう。そういう緩急というか、プライベートをお金に換金するひともいると思うけど。

消費のされ方ですよね。テイさんはそこもコントロールしようとしているんですか?

TT:コントロールというか、サヴァイヴ術ですよね。ジャングルのなかで明日の飲み水どうしよう。なくなる前に葉っぱに水滴貯めとこうとか。

やはり恐怖を感じます?

TT:それはディー・ライトでさんざん味わったから。恐ろしかったですよ(笑)。

それは、自分たちが違うものになっていく感じですか?

TT:オフの日に買い物にいったら、ジープに乗ったヒップホップな奴らがディー・ライトを歌いながら近づいてきたりして、路地裏に逃げたこともありました。ヘア・メイクの人にロン毛のカツラを貸してもらったりとか。いつ軟禁されるかわからなかったというか、ノイローゼだったと思います。エグザイルみたいにダンス教室に通っていたわけじゃないから、ああいうふうになりたいっていうヴィジョンがなかったんです(笑)。ただ手伝うよって言ったのが、いきなり有名になっちゃったわけだから、やっぱり戻れないし。ただ、自分の音楽がもっと有名になってほしいし、もっとなってもいいとは思います。

たとえば、2000年に出た「マーズ」を聴くと、ほとんどが2ステップ・ガラージなんです。でも、UKのシーンはそこからよりダークな方向へいきます。だからテイさんは、そこから離れたのかなと思いました。2005年の『フラッシュ』を聴くと、「マーズ」のころとはまったく違う方向性の作品になっているじゃないですか?

TT:そのころは正直、ダブステップのシーンのことはよくわかっていなかったですね。ただ、僕の方向転換の理由のひとつを言うと、2000年の引っ越しですよ。初めて田舎に住んでみて……。それは絶対に大きいと思います。

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3.11っていうのはみんなに降り掛かった悲劇だし、試練だと思っています……。毎日国会の前でデモをするっていうスタンスもあると思うし、急にいままで以上に政治に興味や不信感を持った人もいると思うんですよ。僕もそうです。けれど、結局は、自分がいまやれることをやるしかないだろうというところに帰結するんです。


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軽井沢ですよね。いろいろ田舎があるなかで、なぜ軽井沢に住もうと思ったんですか?

TT:温泉がいつくかある。車で40分いけば、日本最高峰の万座と草津がある。あと、自然。家の窓からほとんど緑しか見えないです。たまに来る人の別荘の明かりとかが少し見えたりするくらい。南側はいまのところ建物はないですね。そういうところで音楽がやりたくて引っ越したんですが、「こんな天気がいい日に打ち込みをするやつはバカだ!」って思うようになりました(笑)。
 けど、その引っ越しのときにいろいろ捨てたものもあったんですよ。10時にこれから飲み会やるよって言われても行けないわけですから。子供が生まれた95年くらいから朝方になったり。とにかく、軽井沢はやっぱり大きいです。東京にいるときも、しょっちゅうサウナにも行ってましたし、たぶん僕は水が好きなんです(笑)。水派です。サウナとか、温泉とか、プールとか。五木田くんから昨日メールがあって、「テイさんと僕の共通項はYMO、胃潰瘍、温泉だということがよくわかりました」と言ってました(笑)。
 トレンドのダンス・ミュージックのフォームは、もはや自分が熱くなれるものではなかったんです。それまでは、ハウス、ヒップホップがあって、ドラムンベースがあって2ステップがあって。で、エレクトロニカもあった。マウス・オン・マーズとか惹かれたんですよ。惹かれたものの、フランキーやレッド・アラートのDJほど熱くなることはその後なかったんですね。エレクトロニカは僕にとっては内省的過ぎたし、メディアがすごいって言う理由もそこまでわからなかった。「ただ複雑なだけじゃん」っていう、違和感もありました。で、自分なりにエレクトロニカのテクスチャーを吸収して、それをポップスに解釈したいと思ったのがスウィート・ロボットだったんじゃないですかね。
 実は、マウス・オン・マーズのところまで行って、教えてもらったりしたこともあったんです。プログラムの使い方も教えてもらったんですけど、すごくバギーだし、肩が凝る。で、軽井沢に引っ越して、ミックスをやろうとしたら「あれ、違うな?」と思ったんです。02年に完成するまですごく時間がかかった。できた瞬間に、もうやめようと思って、プログラムのリアクターとか、それを動かすために使っていた黒いマックブックとか全部捨てました。そこからアナログ楽器を出してきて、ノブをいじったりして、音楽の作り方を昔に戻したんです。別にノスタルジックになったわけではないですけど。答えになってましたか(笑)?

半分以上になってました(笑)。なんにせよ、DJってナイトライフ文化だから、軽井沢行くとなると決心がいりますよね。

TT:日本に帰ってきたときのほうが大きな決断だったんですけどね。ほとんどのクラブに顔パスで入れるし、ニューヨークにいたときのほうが、クラブという意味ではセレブだったかもしれない(笑)。いや、日本でセレブっていうと槇原敬之くんとかをいうのかな(笑)?

はははは。ニューヨーク時代があったからこそ成し遂げられたことを教えてください。

TT:一番大きかったことのひとつは、クラブです。クラブの黎明期にはディスコがあったけれど、もっと、音楽で体がビリビリ揺れるものとして、ヒップホップもハウスもあったんです。ヒップホップには言葉遊びという違う次元もあるけれど、広い意味での音響系というか、クラブ・ミュージックにどっぷりでしたね。YMOもポップスという形を借りながら、音響系をやっていた先駆者だったと思うんですけど、あまりにも好きすぎて、そのころは、いったんYMOから離れているんです。

テイさんがYMO以外に衝撃を受けたものはなんですか?

TT:だから、ニューヨークで聴いた音楽全部ですよ。

クラフトワークにはいかなかったんですか?

TT:クラフトワークもYMOと同じくらい好きでしたよ。

でもYMOなんですよね?

TT:YMOのが先、でしたね。これは自慢話なんですけど、YMOがクラフトワークと飲みいくときに、小山田くんと僕を誘ってくれたんです。僕はラルフの隣に座って、で、話しているうちに、誰かが僕を元ディー・ライトだって紹介したら、「おー!」っていう声が上がって。そしたらメンバーのひとりが「俺はディー・ライトのプロモーターやってた」って言ってきました(笑)。

(笑)

TT:それで思い出したんです。ドイツの高いタワーでディー・ライトがライヴをやったときにすごく揺れて、一回演奏を止めてお客さんに踊らないでくれって言ったのは俺だって(笑)。地震みたいで怖かったので、僕もそのライヴのことをよく覚えていました。そのときの彼はインディペンデントのプロモーターだったから、「ディー・ライトを売ったのは俺だ!」くらいな勢いでしたよ。で、その話をしたら、ラルフもディー・ライトのライヴを見ていてくれたことがわかったんです。
 その飲み会で嬉しかったのが「ジャパニーズ・ファイネスト・アーティストのTOWA TEIとコーネリアスだ」って、教授が紹介してくれたことです。教授に褒めてもらったことは、デモテープ以来かもしれないな。

テイさんは、『フラッシュ』以降、「ラッキー」、「サニー」みたいな明るい単語をタイトルに持ってきています。そこは意識しているんですか?

TT:意識していないと言葉もメロディも出てこないんじゃないんですか?

やっぱりそこは、軽井沢に引っ越してからの活動を説明する上では、的確な言葉なんですね?

TT:ひとつ言えることは、ネガティヴがあってのポジティヴだと思うし、つらいことがあってのハッピーだと思うんです。人生がハッピーだけの人っていないと思うんだよね。絶対に陰影というか、光があるところには影がある。影があるから光にフォーカスしたいというか。そういう意味で3.11っていうのはみんなに降り掛かった悲劇だし、試練だと思っています……。毎日国会の前でデモをするっていうスタンスもあると思うし、急に今まで以上に政治に興味や不信感を持った人もいると思うんですよ。僕もそうです。けれど、結局は、自分がいまやれることをやるしかないだろうというところに帰結するんです。そうなると、言霊としてキャッチーな「サニー」とか「ハッピー」とか「ラッキー」とか、そういう言葉よりも強い言葉が見当たらないというか。昔はいろいろひねっていたけど、いまはそうはせず、出てきたものを使っているっていう感じです。

それは、円熟に向かっているから言える言葉じゃないですか?

TT:いやいや、老成(笑)? 26歳ではじめたときに、ゴールド・ディスクを取って、グリーン・カードを取れて、税金をたくさん払ったアメリカで取りあえずやっとこうと思いました。30歳とか40歳のときは何もヴィジョンがなかったんですよね。子供ができたらできたで帰ってきたし。帰ってもどうにかなるかと思っていたら、どうにかなった。だから表現として、日々あった嫌なことや怒りをツイートしたりとかっていうタイプではないということですかね。

ツィッターの世界も、相手を叩き潰そうとヤッキになっている感じが見えたり、変な人も多いし。

TT:「テイ・トウワのアルバム、ぼちぼちだったな」でもなんでもいいですよ、好きに言えば。僕は作り続けるだけで、ネガティヴは無視(笑)ポジティヴ返しだなと思う。人の悪口を匿名でパブリックに書いたりしても、それを発信しているのは自分なんだから、それ全部本人に返ってきますよ。宇宙の法則です。 

90年代という10年間はテイさんにとってどんな10年間でしたか?

TT:音楽として印象に残っているのは、ミュージシャン同士がコラボレーションしたり、ファッション・ブランドとミュージシャンが一緒にやったりする文化というか。リミックスみたいに「ゼロからやらずに、あるものの上に乗っかていく発想が大事だぜ」みたいな。

なるほど。さっき言っていたサンプリングみたいな話ですね。

TT:サンプリングにしてみても、どうサンプリングして最後にどうやってフィルターをかけるかとか、どうチョップするかでセンスが出ますからね。そこで僕が一貫しているのは、自分なりのモラルでやって、必要なところでシンセを使うっていうことを繰り返しているんです。自分は作る側なので、作った本人も気付かないだろうなっていうサンプリングに自信があります。だから、サンプリングされていることに気が付いてもそんな使われ方ならば俺だったら喜ぶな、みたいな勝手な解釈があります。
 90年にデビューして95年に日本に帰ってきているので、10年が真っ二つに分かれているんですけど。20代にしてみても、22歳から30歳までニューヨークにいたので、いずれにしてもだいぶ昔のことですね。元気で体力もあるときにニューヨークに行けてラッキーだったと思います。いま行けって言われても行けないですからね。
 それにニューヨークに美味しい漬け物なんてないですよ。これだけ美味しい和食が世界のどこでも食べられるようになったらいいですね。漬け物は真っ黄色なきゅうりだったり、たくわんだったりするので、日本は住みやすいなと思います。

 スローイング・スノーがついに初来日公演を行う。

 スローイング・スノーことロス・トーンズ。90年代のブリストル・サウンドを今日的に蘇生させるにとどまらず、自らもレーベル運営を行ってその新しい価値観を提示し、他のフックアップにも余念ないこの男は、まさにいまUKのクラブ・カルチャーの突端を走ろうとしている才能のひとつだ。
 Pitchfork、Guardian、Dazed、Fact、Resident Advisor、XLR8Rなど大手メディアが早くからその動きを追いかけ、マッシヴ・アタックとジェイムス・ブレイクをつなぐUKの超大型ルーキーとして注目してきたその姿を、われわれはついに初来日公演でうかがうことができる。新世代のトリップホップが列島に木霊する瞬間を見逃すことなかれ!

■UNIT / root & branch presents
- Special Showcase in Tokyo -
THROWING SNOW (Houndstooth)

Pitchfork, Guardian, Dazed, Fact, Resident Advisor, XLR8Rなど大手メディアが早くからその動きを追いかけ、マッシヴ・アタック~ビヨーク~ジェイムス・ブレイクといったイギリス音楽の系譜に続く超大型ルーキー、全世界が注目する逸材スローイング・スノーの初来日公演決定! これぞ新世代のトリップホップ!

Live: THROWING SNOW (Houndstooth)
Guest Live: agraph, mergrim (moph records, PROGRESSIVE FOrM, liquidnote), submerse (Project: Mooncircle)
DJ: Ametsub

2014.09.26 (FRI) @ 代官山 UNIT
Open/ Start 24:00 ¥3,000 (Advance), ¥3,500 (Door)
Information: 03-5459-8630 (UNIT) www.unit-tokyo.com
Supported by P-VINE RECORDS
You must be 20 and over with photo ID.

Ticket Outlets: ぴあ(P: 242-392), ローソン (L: 72714), e+ (eplus.jp), Clubberia (www.clubberia.com/ja/store/), diskunion Club Music Shop (渋谷, 新宿, 下北沢), diskunion 吉祥寺, TECHNIQUE, DISC SHOP ZERO, JET SET TOKYO and UNIT
*ローソン/e+(8.30 発売)、ぴあ(9.3 発売)

■THROWING SNOW (Houndstooth)
ロンドンを拠点にスローイング・スノーの名前で活動するロス・トーンズ。彼はダブステップ、UKガラージ、ハウスからフォーク、パンク、ハードコア、メタル、そしてレゲエなど様々な音楽を聞いて影響を受けてきた。彼の音楽には心地の良い温かさと、光沢感のある冷たさが共存している。2010年にHo Tepレーベルからデヴュー・シングルをリリースし、その後はゴールド・パンダなどのリミックスを手がけてきた。ジャイルス・ピーターソンやベンジBの強力なサポートもあり、多くのラジオ番組にも出演してきた。 2011年にはDominoやNinja Tuneのような大手レーベルからリミックスの依頼が来るようになった。リリースもSuperやSneaker Social Club、Local Actionなどから続けてきた。2012年には大手音楽サイトのXLR8Rにポッドキャスト用のDJミックスを提供。2013年にはニューヨークで開催されたRed Bull Music Academyへの参加も好評だった。インターネット上でDJのプレイを生中継する人気サイトBoiler Roomにも何度も出演を果たし、ボノボ、アトモス・フォー・ピース、ジョン・ホプキンスなどの前座を務めてきた。またレーベル・オーナーとしても他のアーティストのリリースに協力している。Left Blank(レフト・ブランク)とA Future Without(ア・フューチャー・ウィズアウト)の共同オーナーでもあり、Vessel, Wife, Visionist, Lorca, Memotone, Young Echoなどが駆け出しの頃のリリースを手掛けていた。ヴォーカリストAugustus Ghostとの別プロジェクト、Snow Ghostsもここか
らリリースもしている。2014年には待望のアルバム『モザイク』に先駆けて『Pathfinder EP』を先にリリース。イギリスの現代のミュージシャンの中で最もユニークなアーティストとの一人としてデヴュー・アルバム『モザイク』は数多くの大手メディアから大絶賛された。
www.facebook.com/throwingsnow www.throwingsnow.co.uk

■agraph
牛尾憲輔のソロ・ユニット。2003年からテクニカル・エンジニア、プロダクション・アシスタントとして電気グルーヴ、石野卓球をはじめ、様々なアーティストの制作、ライブをサポート。ソロ・アーティストとして、2007年に石野卓球のレーベル "PLATIK" よりリリースしたコンビレーション・アルバム『GATHERING TRAXX VOL.1』に参加。2008年12月にソロユニット "agraph" としてデビュー・アルバム『a day, phases』をリリース。石野卓球をして「デビュー作にしてマスターピース」と言わしめたほどクオリティの高いチルアウト・ミュージックとして各方面に評価を得る。2010年11月3日、前作で高く評価された静謐な響きそのままに、より深く緻密に進化したセカンド・アルバム『equal』をリリース。同年のUNDERWORLDの来日公演(10/7 Zepp Tokyo)でオープニング・アクトに抜擢され、翌2011年には国内最大の屋内テクノ・フェスティバル「WIRE11」、2013年には「SonarSound Tokyo 2013」にライブ・アクトとして出演を果たした。一方、2011年以降は "agraph" と並行して、ナカコー(iLL / ex. supercar)、フルカワミキ(ex. supercar)、田渕ひさ子(bloodthirsty butchers / toddle)との新バンド、LAMAのメンバーとしても活動。2014年4月よりスタートしたTVアニメ「ピンポン」では、劇伴を担当。その他、REMIX、アレンジワークをはじめ、CM音楽も多数手掛けるなど多岐にわたる活動を行っている。
www.agraph.jp

■Ametsub
東京を拠点に活動。昨年は山口の野田神社で、霧のインスタレーションを交えながら坂本龍一と即興セッション。TAICOCLUBの渋谷路上イベントにてパフォーマンス。Tim HeckerやBvdubといったアーティストの来日ツアーをサポート。夏にはFLUSSI(イタリア)、STROM(デンマーク)、MIND CAMP(オランダ)といった大型フェスへ招聘される。アルバム『The Nothings of The North』が世界中の幅広いリスナーから大きな評価を獲得し、坂本龍一「2009年のベストディスク」にも選出されるなど、現在のシーンに揺るぎない地位を決定付ける。スペインのL.E.V. Festivalに招かれ、Apparat, Johann Johannson, Jon Hopkinsらと共演し大きな話題を呼ぶ。最新作『All is Silence』は、新宿タワーレコードでSigur Rosやマイブラなどと並び、洋楽チャート5位に入り込むなど、大きなセールスを記録。FujiRock Festival '12への出演も果たし、ウクライナやベトナム、 バルセロナのMiRA FestivalへActressやLoneと共に出演。今年はTychoの新作をリミックス、Plaidと共にスペイン発、Lapsusのコンピに参加。秋にはArovaneやLoscilらの日本ツアーをサポート予定。北極圏など、極地への探究に尽きることのない愛情を注ぐバックパッカーでもある。

■mergrim (moph records, PROGRESSIVE FOrM, liquidnote)
兵庫県出身の音楽家、光森貴久によるソロ・プロジェクト。電子音楽レーベルmoph records主宰。これまでにアルバムをソロ/ユニット/ライブ・リミックス盤などで4枚リリース。downy、川本真琴、miaou、smoug等のリミックスの他、YMOのカバー集「YMOREWAKE」、またXperia™アプリ "Movie Creator" やGRAN TURISMO 6に楽曲提供。また、Sound & Recording MagazineにてCubase記事を短期連載やムック本への執筆なども行う。ライブも都内を中心に精力的に活動。SonarSound Tokyo, DOMMUNE, EMAF TOKYOなどにも出演。打楽器奏者Kazuya Matsumotoとのパフォーマンスは電子音楽の域を越えていると評判。海外ツアーも2011上海、北京、2012ベルリン、ロッテルダム、ミュンヘンなどを敢行。最新作はPROGRESSIVE FOrM x mophより ”Hyper Fleeting Vision” をリリース。7月にはそのリリース・パーティを13人の演奏家を迎え行い、成功を収めた。そこで出会った仲間とともに ”THE MERGRIM GROUP” を結成。更なる躍進へ望む。
www.mergrim.net www.mophrec.net

■submerse (Project: Mooncircle)
イギリス出身のsubmerseは超個人的な影響を独自のセンスで消化し、ビートミュージック、ヒップホップ、エレクトロニカを縦横無尽に横断するユニークなスタイルを持つDJ/ビートメーカーとして知られている。これまでにベルリンの老舗レーベルProject: Mooncircleなどから作品をリリースしSonarSound Tokyo 2013、Boiler Room、Low End Theoryなどに出演。また、英Tru Thoughtsや仏Cascade Recordsなどのヒップホップ・レーベルのリミックス・ワークも手がける。2014年には待望のデビュー・アルバム "Slow Waves" がProject: Mooncircleとflauよりリリースされる。また、Pitchfork, FACT Magazine, XLR8R, BBCといった影響力のあるメディアから高い評価を受ける。
twitter.com/submerse soundcloud.com/submerse facebook.com/submerse submerse.bandcamp.com YouTube.com/djsubmerse

https://www.unit-tokyo.com/schedule/2014/09/26/140926_throwing_snow.php




interview with Charles Cohen - ele-king


Charles Cohen
A Retrospective

Morphine Records/P*dis

ElectonicMinimalExperimental

p*dis online shop

 40年以上のキャリアを誇るチャールズ・コーエンというアーティストだが、決して有名ではない。昨年まで私も存在を知らなかったし、アメリカ東海岸のアヴァンギャルドな音楽シーンにかなり精通していない限り、多くの人がそうであったと思う。その理由は明確だ。彼はほとんど作曲をしないし、レコーディングもしない。即興演奏のパフォーマンスにこだわってきたからだ。
 しかもコーエンが演奏し続けてきたのはBuchla Music Easel(ブックラ・ミュージック・イーゼル)という1973年に25台程度しか生産されなかったという、まさに幻のシンセサイザー(*2013年に同メーカーから、40年の時を経てElectric Music Boxという名で復刻された)。
 Buchlaは、シンセ・マニア憧れの究極の逸品とされ、日本ではヤン富田や坂本龍一などが所有している200e Seriesという非常に高価なモジュラー・システムを製造している、Moogと並ぶパイオニア的メーカーだ。ミュージック・イーゼルはそのモバイル版とでも呼ぼうか、スーツケースに収まるトラベル・サイズのややかわいらしい楽器だ。一見するとカラフルでおもちゃのようにも見えるが、もともと鍵盤型のシンセとは全く異なるために演奏が難しいと言われている。さらに製造台数が少なかったため、思い通りに操れる者は極めて少ない。コーエンはこの独特な音色を愛し、プレイし続けてきた屈指の演奏家である(こちらの映像→ https://youtu.be/Zra0EOXRe3A で、コーエンの演奏と楽器を見ることが出来る)。
 この、孤高のパフォーマンス・アーティストを、まさに「発掘」したのが〈Morphine Records〉を運営し、モーフォシスやRa. H名義でミュージシャンとして活躍するラビ・ビアイニ。つねにエレクトロニック・ミュージックのアヴァンギャルドな側面を追求してきた彼は、コーエンが80年代に録音し、未発表のままだったテープがあることを知り、それを2013年に一挙リリースした。いま聴いても色褪せていないそのサウンドがとくにテクノ・シーン界隈で話題となり、アナログ回帰、モジュラー・シンセ・ブームも手伝って、コーエンに注目が集まったのである。

 そして今回、ついに初来日ツアーが実現。モーフォシスと共に三都市を回る。これに先駆け、貴重なインタヴューが実現したので、ぜひこのユニークなアーティストについて知り、そしてこの機会に演奏を体験してもらいたい。

70年代、私はたくさんのエレクトロニック・ミュージックを聴いていました。実際にいくつものシンセサイザーを弾いて試してもみました。その頃にモートン・サボトニックの『Silver Apples of the Moon』という作品を聴いたんです。これを聴いたときに、これこそが自分の求めているサウンドだと思いました。

まず伺いたいのが、あなたが演奏される稀少な楽器、Buchla Music Easelとあなたの関係についてです。これだけ珍しい楽器を、どういう経緯で「自分の楽器」として演奏し続けることになったのですか?

CC:70年代、私はたくさんのエレクトロニック・ミュージックを聴いていました。実際にいくつものシンセサイザーを弾いて試してもみました。その頃にモートン・サボトニックの『Silver Apples of the Moon』という作品を聴いたんです。これを聴いたときに、これこそが自分の求めているサウンドだと思いました。サボトニックのようになりたいというわけではなくて、音色が自分の好みだったんです。でも、彼が何者で、どんな楽器を使っていて、どうやってそれを入手すればいいのか分かるまでに数年かかりました。何とか突き止めてブックラ氏本人に手紙を書いたんですが、1年待っても返事が来ませんでした(笑)。もう一度手紙を書いて、カタログを送って欲しいと頼んだら、やっと届いたのです。

当時は、普通に買えるものだったんですか?

CC:ブックラ氏から直接譲ってもらうしか方法はありませんでした。

でも、注文すれば誰にでも買えたんですか?

CC:いやぁ……(笑)。なぜ欲しいのか、どんな音楽をやっているのか説明して、本人が納得しないと譲ってくれなかったようですね。色々な説があって、私にはよく分かりませんが。

でも手に入れられて、それからずっと使い続けるほどの魅力は、どんなところにあるんですか?

CC:実は私も、手に入れてからしばらくは使い方がよくわかりませんでした。あまりに他のシンセサイザーとは勝手が違っていたので。ですから、手に入れてからも他の楽器を使いながら、ときどき戻って試行錯誤して……ということを繰り返していました。それなりにお金を投資した楽器でしたからね、そう簡単に諦めるわけにもいかなくて(笑)。でもそうしているうちに、だんだんとどんな楽器なのかがわかってきた。そして、わかればわかるほど、Music Easelは私がやりたいことがすべて出来る楽器だということに気づいたんです。一度理解出来たら、実はとてもシンプルでした。だから、他のどの楽器よりもこれを使い続けているんです。

ちなみに、他にはどんな楽器を試してみたんですか?

CC:MoogやE-muなど、いろいろ演奏してみましたよ。

でも、つねにシンセサイザー、電子楽器を演奏してこられたんですね?

CC:そうです。私はもともと、演劇のサウンド・デザイン、サウンド・エフェクトを仕事としてやってきたので、劇場という環境で抽象的な音を鳴らすことが好きなんですよ。演劇プロダクションにおいて、ミュジーク・コンクレート的な音作りを試していました。私がそれらを学んでいた学校で、初期の巨大なMoogのモジュラー・システムを購入しました。誰も使い方が分からなかったのでほとんど使われていなかったんですが(笑)、私はそれまでに自分がやってきたことのお陰で、初めて触れた瞬間からすぐに使い方が分かったんです。シンセサイザーとの付き合いはそこからですね。

他のインタヴューで、あなたは主にフィラデルフィアのフリージャズのシーンで活動されてきていて、とくにサン・ラーとセシル・テイラーに影響を受けていらっしゃると書かれていたんですが、それがあなたの音楽的なバックグラウンドですか?

CC:はい。間違いなくバックグラウンドのひとつですね。もっと若い頃は、プログレッシヴ・ロックなども好きでしたし、もっと抽象的な音楽も聴いていましたが、ジャズのより冒険的な側面に触れてから、すっかりのめり込んでしまいました。ジョン・コルトレーンのレコードを聴いたときに、「音を演奏している」と思ったんです。単なる音符でなく、音楽表現としてサウンド作り出していると。サン・ラーは、フィラデルフィアを拠点に活動していたので、何度もライヴを見たことがあります。実は、シンセサイザーを生演奏しているのを初めて見たのはサン・ラーのコンサートでした。それまでスタジオ機材としか考えていなかったので、彼が最初のきっかけとも言えますね。セシル・テイラーは、彼のワークショップに参加したこともあり、非常に影響を受けた人です。彼も、ジャズ・ミュージシャンですが、(コルトレーンと同じように)「音を作り出す」演奏家でした。(音を使って音符を弾くのではなく)音符を使って音を作り出す人。

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実は、シンセサイザーを生演奏しているのを初めて見たのはサン・ラーのコンサートでした。それまでスタジオ機材としか考えていなかったので、彼が最初のきっかけとも言えますね。セシル・テイラーは、彼のワークショップに参加したこともあり、非常に影響を受けた人です。

あなたはずっとフィラデルフィアを拠点にされているんですか?

CC:そうです。

フィラデルフィアにはそのような実験的、あるいは冒険的な音楽のシーンが常にあったのでしょうか?

CC:拡大と収縮を繰り返していますね、一定の周期で。大学院でニューヨークに行っていたこともあったんですが、中退することにして、同じ頃にフィラデルフィアの劇場でサウンド・デザインの仕事を紹介してもらったので、戻って働きはじめました。新しい劇場で、スタジオには4トラック・レコーダーがあったので、それで色々と実験をしはじめたわけです。

それ以降はフルタイムの音楽家として活動されてきたんですか?それとも「本業」のお仕事は続けていらした?

CC:ええ、サウンド・デザインの仕事はずっとやっています。その後はテンプル大学でずっとやっていました。素晴らしい仕事でしたよ。

あなたの音楽に対するアプローチで非常に興味深いところは、作曲や録音をほとんどせず、即興パフォーマンスに完全にフォーカスしていらっしゃるところです。録音をされていた時期もあったようですが、どうしてそういう活動方針になったのですか?

CC:実は録音もしてきたんですよ、仕事としては。ダンスや演劇のための音楽は録音していました。でも、自分の作品としてリリースするということに関しては……私にはたくさんのミュージシャン友だちがいますが、その多くがレコードを作っても売れませんでしたし、聴く人がいなかった。「チャールズ、頼むから僕のレコードをもらってくれ」なんて言われたりしてね。それでは何だか悲しいので、出したいと思わなかったんです。
 でも、いまは状況が違います。私がかつて録音した音楽も聴いてもらえているようですし、新たに作曲をして作品にしてもいいかなと考えるようになりました。

それは大変興味深いお答えですね。一般的には、今の時代は録音作品を作っても売れなくなってきたので、音楽ビジネスはよりライヴ・パフォーマンスにシフトしてきていると言われています。

CC:それも事実のようですね。私自身、パフォーマンスを重視してきましたから、それがもっとも満足を得られる音楽活動だと思っています。優れた録音作品を完成させるには、根気を必要とします。楽曲が出来上がってから、それを完成形に仕上げるまでの作業や編集に多くの時間を要するからです。私はとても怠け者で短気なので、それが出来なかったんです。でも、現代のデジタル技術を使えば、プロダクション行程に時間を取られすぎることなく、即興演奏を作品化することが可能になったと思うので、やっとそれをやる気になってきたんですよ。マルチ・トラックのテープに録音していた時代には、ポスト・プロダクションは非常に骨の折れる行程でした。今はそうではなくなったので、だいぶ(録音に対する)態度を改めました。
 それに、アーカイヴ音源(〈Morphine Records〉から発売された『The Middle Distance』、『Group Motion』、『Music For Dance and Theater』、『A Retrospective』)の成功のお陰で、作品を出しても無視されることなく、誰かに買ってもらえるんじゃないかと思うようになりました(笑)。ですから、いまは前向きな気持ちです。

なるほど。それと関連して伺いたいと思っていたのが、音楽とテクノロジーについてのあなたのお考えです。一方であなたはとても古風なシンセサイザーをずっと演奏し続けてきていらっしゃるわけですが、その一方で音楽制作の技術は凄いスピードで進化してきています。新しいシンセサイザーもたくさん作られましたし、いまはソフトウエアでも無限の音が作れるようになった。

CC:そうですね。本当に驚くべきテクノロジーが存在しています。

録音に際してはそういう技術も使っていらっしゃいますか?

CC:デジタル・エフェクトは使います。私はアナログ信奉者というわけではないので、アナログだけとか、デジタルだけとか、こだわるつもりは全くありません。私は、自分が実践する上で最適だと思う技術を使うようにしています。アナログの楽器を使い続けているのは、私にとって使い心地が良く満足のいく結果が出せるからで、それを変える必要性を感じないからです。これまで培ってきたテクニックとアイディアがあれば、やりたいことは全て出来るのです。もし限界を感じるようなことがあれば、他のものに変えようという日が来るかもしれませんが、今のところは間に合っています。(操作に対する)反応が良く、シンプルなところ、選択肢が限られているところがいいんです。現代の楽器の問題点は、選択肢が多過ぎるところ。何を選べばいいのか分からなくなってしまう。
 Music Easelには23個のノブしかありません。4~5つの基本構成要素と、オシレーターもひとつしかありません。そう聞くと、何もできないように感じますが、各パラーメーターでコントロール出来る範囲はとても大きい。私は、その方が自分の表現力が発揮出来ます。

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オウテカを例に取ってみましょう。私をよく知る友人などから、「チャールズ、きっと好きだから聴いてみた方がいいよ!」と薦められて、実際に聴いてみました。そして気に入りましたよ、最初の30秒くらいは。でも、ビートが入って来ると興ざめしてしまうんです。

お話を伺っていると、あなたにとってのMusic Easelはクラシックやジャズのミュージシャンが生楽器をマスターする感覚に近いように感じます。彼らのような演奏家は、例えば一度ベーシストになると決めたら、一生その楽器と付き合っていきますもんね。

CC:練習もしなくてはいけないですしね。練習した人には、楽器が報いてくれるものです。現代の電子楽器は、特定のタイプのミュージシャンが特定のタイプの音楽を作るようにデザインされています。こうした楽器は、私も実際に使ってみましたが1~2年すると限界が見えてしまう、もうそれ以上探求する深みがなくなってしまうんですね。その点でも、Music Easelは知れば知るほど深みが出て来る楽器。それに、私は単純にこの楽器のサウンドが大好きなんです。

これも別のインタヴューで読んだんですが、あなたは音楽をほとんど音楽を聴かれないとか!?

CC:ははは。そうなんです。それを言うとみなさんショックを受けるようですけどね! 聴かないといっても、絶対聴きたくないと耳を塞ぐわけではないですよ。定期的に新しいものを手に入れて聴くことを楽しみとはしていないということです。そのミュージシャンと個人的なつながりがあるか、友だちに強く薦められない限りは。ただ座って、45分間なりのまとまった時間を人の作った音楽を聴くことに費やすのが、私には長く感じます。そこまで時間を割けない。音楽にどっぷりと浸かりたいとき、没頭したいときは自分で演奏する方が好きです。

それでも、これまで聴いたり見たりした中であなたが感銘を受けたミュージシャンにはどんな人がいるのか、非常に興味があります。そういう人はいないですか?

CC:ランダムなものしか聴いていないですね。セシルとサン・ラー以外は、私を本当に感動させた人は思い浮かばないです。
 例えば、オウテカを例に取ってみましょう。私をよく知る友人などから、「チャールズ、きっと好きだから聴いてみた方がいいよ!」と薦められて、実際に聴いてみました。そして気に入りましたよ、最初の30秒くらいは。でも、ビートが入って来ると興ざめしてしまうんです。一番最近、人に薦められて気に入ったレコードは、デムダイク・ステアというグループのものでした。それほど最近でもないかもしれませんが……彼らのレコードは楽しんで聴きましたよ。

〈Morphine Records〉のラビ・ビアイニと出会って、アーカイヴ作品がリリースされてからは、世界各地のフェスティヴァルなどに出演されるようになり、だいぶ周囲の環境が変わりましたよね?

CC:自分でも信じられません。ゼロの状態から、いきなりフェスティヴァルなどに呼ばれるようになって。まったくこんなことが起こるとは想像したことすらありませんでしたよ。本当にすべてラビのお陰です。こんなにいろんなところに呼んでもらえたのは。自分でも、これからこんなところやあんなところでプレイするんだ、と口で言っていながら、自分でも信じられないくらいです。日本で演奏する日が来るなんて……いまだに信じていませんよ(笑)。実際に行って、ステージに上がるまでは実感が持てないです。私にとっては、すべてが全く新しい体験です。演奏することが好きですし、新しい人と出会うことも好きです。移動することは少々大変ですけどね。日本なんて遠いところまで、いままで行ったことがありませんから。

恐らく、あなたを聴きに来るオーディエンスもこれまでとはだいぶ違うのではないかと思います。

CC:まったく違いますね。

違うというのは、私もそうですが、いわゆるダンス・ミュージック、テクノ系のリスナーが、最近ではよりエクスペリメンタルな電子音楽に興味を持つようになったと思うんです。そういったタイプのフェスティヴァルにも……

CC:私のような実験的なアクトを混ぜるようになった(笑)。それは、とてもいいことだと思いますよ。テクノには、素晴らしいサウンドがたくさん使われてきました。音楽的なスタイルとしては、私がそれほど熱中するものではありませんが、サウンドそのものは素晴らしいものがたくさんあります。とくにテクノは、多くの人の耳をより抽象的な音にも開かせた。テクノは、エレクトロニック・サウンドの美しさを多くの人に気づかせた。その功績はとても大きいと思います。共通の美意識を持つことで、(スタイル的な)境界線が薄れてきましたね。かつては、DJとパフォーマンス・ミュージシャンの間には大きな隔たりがありました。でも、いまはだんだんとなくなってきている。だんだんと統合されてきて、両方をやる人も増えてきています。私は、それはとてもいいことだと思います。私は、それまで隔たれていた音楽が統合されていくこと、混合されていくことは歓迎します。

今回が、日本を訪れることも初めてなんですね?

CC:初めてです。日本といえば、「禅」についての本は読んだことがあります(笑)。私の親友が数年間日本に住んでいたことがあって、話はたくさん聞きましたが、私にとっては神話のような感じで。日本の文化にはかねてからとても感銘を受けてきたので、本当に訪れるのを楽しみにしています。

あなたの演奏が完全に即興であることを考えると、その場所であるとか、周囲の環境に少なからず影響を受けるのではないかと思いますが、いかがですか?

CC:まったくその通りです。環境のすべてから影響を受けます。周囲から聞こえるちょっとした雑音、見聞きした情報など、全てが何らかのかたちで音楽表現に表れます。例えば、酔っ払いの、暗くて不機嫌な客ばかりの会場だったら、どうしてもそういう音楽になってしまうでしょうし、ハッピーでクリエイティヴで、冒険心のあるお客さんに囲まれていたら、それに相応しい音楽になります。

それでは、あなたにとって未知の環境である日本のパフォーマンスがどんなものになるか、益々楽しみですね。ツアーの成功をお祈りします!ありがとうございました。

CC:ありがとう。私もとても楽しみにしています。


※奇跡の来日公演!

9/4 Charles Cohen / Morphosis Japan Tour 2014 @ Conpass
https://www.conpass.jp/5611.html

9/5 Gash feat Morphine Rec @ Mago
https://club-mago.co.jp/pick-up-party

9/6 Future Terror @ Unit
https://www.unit-tokyo.com/schedule/2014/09/06/140906_future_terror.php

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