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野田努 / Dec 26 2015
僕がUKの左翼ミュージシャンとして真っ先に名前を思い浮かべるのはロバート・ワイヤットだ。初めて聴いたアルバムが、彼がストレートに政治的だった時代のリリースの『ナッシング・キャン・ストップ・アス』(1982年)だったから、その印象が焼き付いているのだろう。ジャケットには労働者の姿が描かれ、作中ではジョージ・オーウェルの名前が出てきたり、“レッド・フラッグ(赤旗)”なる労働歌など、オールドスクールな左翼観が歌われているが、ワイアットをあたかも音楽界のトニー・ベンのように喩えられた記事を読んだこともある。70年代なかばのフリー・ジャズ時代にも、ゲバラやキューバの歌をやっていて、実際ワイアットは、政権を変えるためには革命活動に参加すべきだと共産党員となったこともあった。党には幻滅して数年で離れるものの……、が、しかし、近年の作品(たとえばイラク戦争への怒りが込められた『コミックオペラ』)を聴いてもわかるように、ワイアットはずっと同じ方向を見続けているように思う、愚直なほどに。ロック・シーンにいながら嫌味なくらい黒人ジャズを愛したワイアットだが、彼が尊敬したポップ・ミュージシャンはジョン・レノンだった。
『ディファレント・エヴリ・タイム』は、英国における彼の初の評伝の出版に併せてリリースされた2枚組の最新のベスト盤で、いま何故ロバート・ワイヤットなのかと言えば、こんなご時世だからということなのだろう。“シップビルディング”はいまこそ聴けと、〈ドミノ〉という比較的若いレーベルからの若いリスナーに向けたメッセージかもしれない。
僕がエルヴィス・コステロとの共作“シップビルディング”をアンチ・サッチャリズムの曲だと知ったのは、ずっと後のことだった。歌詞を理解しないことが、ワイアットの音楽の魅力を損なうことにはならないのだろう。60年代後半、ロックにジャズを持ち込んだソフト・マシーンのドラマー/ヴォーカリストだった彼は、その後も音楽的探求を怠ることはなかった。アヴァンギャルド、現代音楽、アンビエント、ラテン、エレクトロニックなど、さまざまな要素を自分の作品のなかに取り入れている。コラボレーションも多い人で、そのリストも60年代のデヴィッド・アレンとケヴィン・エアーズをはじめ、イーノ、ジョン・ケージ、フィル・マンザネラ、エイドリアン・シャーウッド、ピーター・ゲイブリル、ベン・ワット、坂本龍一、ポール・ウェラー、ビリー・ブラッグ、ウルトラマリン、ビョークからホット・チップス……ジャンルも世代も広範囲におよんでいる。
かように、音楽家として豊かなキャリアを築いてきたワイアットだが、それでも彼の音楽を特徴付けるのは、声であり、言葉だ。ひどく悲しげで、ときには実験的で、技巧派ではないけれど忘れがたい美しさの力強い歌声、そして、ときに社会的公正を訴える言葉だろう。彼は裕福な階級出身で、思春期においては地中海のマヨルカ島に遊学、60年代にはUKのヘイトアシュベリーとまで言われた「カンタベリー」系と括られる、サイケデリック・ロックかつ気取ったアート・ロックの、言わば音楽エリートなのだが、いまあらためて聴いても一貫した強い思いを感じるし、とにかくワイアットの歌声がミックスされると、それは世界で唯一無二のワイアットにしか出来ない音楽になってしまう。
『ディファレント・エヴリ・タイム』は2枚組で、1枚目には彼のソフト・マシーン時代からマッチング・モウル時代、そしてソロへと展開する40年以上のキャリアからの13曲が収録されている。1曲目の20分にもおよぶ“ムーン・イン・ジューン(6月の月)”は、ソフト・マシーンの『サード』(1970年)に収録されたジャズ・ロックの名曲だが、フライング・ロータスの最新作を絶賛する人にも親しみやすいはずだ。
マッチング・モウルの“オー・キャロライン”や1974年の人気作『ロック・ボトム』からの曲がないのは寂しいかもしれないけれど、この13曲は、ディスク2に収められた国際色豊かでヴァラエティーに富んだ17曲のコラボーション作品とともに、彼の魅力をバランス良く伝えている。
ロバート・ワイアットをこれから聴いてみたいという若い世代にはオススメのディスク1だが、コラボレーション曲を編集したディスク2のほうは、昔ながらのワイアット・ファンにとっても新鮮な内容となっている。ワイアットが好きだからといって、クラブ・ジャズの先駆者ワーキング・ウィーク、ホット・チップやビョークのような最近のポップ・アーティスト、あるいは北欧系アーティストとの共演におけるワイアットなど、すべてをチェックしている人はそうそう多くはいないだろうし。ちなみに最後に収録されているのはジョン・ケージとのコラボレーション曲。
僕が人生で二番目に買ったコンピレーションは、〈ラフ・トレード〉の1980年の、アメリカ向けオムニバスだった。アイルランドのパンク・バンド、スティッフ・リトル・フィンガーズにはじまって、デルタ5、ザ・スリッツ、ザ・ポップ・グループ、ザ・レインコーツ、ヤング・マーブル・ジャイアンツの“ファイナル・デイ”、スクリッティ・ポリッティの“スカンク・ブロック・ボローニャ”……という、当時のアメリカへの嫌味としか言いようのない左向きの選曲の最後がロバート・ワイヤットの“アト・ラスト・アイアム・フリー”だった。高校生だった僕には、「ついに私は自由」というフレーズが、怒りを内包した凄まじい皮肉であるなんて、知るよしもなかったけれど。
※『ディファレント・エヴリ・タイム』のリリースと同時に、1974年の名盤『ロック・ボトム』から、前衛ジャズに接近した1975年の『ルース・イズ・ストレンジャー・ザン・リチャー』、ポストパンク時代の名作1982年の『ナッシング・キャン・ストップ・アス』と1985年の『オールド・ロットンハット、〈ラフ・トレード〉時代最後のアルバム『ドンデスタン』、2003年の『クックー・ランド』ほか、計8枚が歌詞対訳付きでリイシューされている。
野田努