「CE」と一致するもの

金曜夜のロック・パーティ! - ele-king

 「あの頃起こっていたこと」──それぞれの記憶の中でもっともロックが輝いていた瞬間、そのつづきを追いかけながら、現在形のリアルなシーンにつないでいるレーベル〈KiliKiliVIlla〉。東京も地方も、若者も中年も関係ない。大好きな音について語り合いながらパーティやリリースをつづける彼らは、あらゆる音楽が横並びにアーカイヴされる時代だからこそかけがえのないつながりを生み出している。そしてNOT WONKらの活躍は、彼らが時代からずれていない……どころか、いまその真ん中に躍り出ようとしていることを証している。
 さて、その熱を感じたいなら〈KiliKiliVIlla〉が主催する週末パーティに繰り出そう。タイムレスな音をフレッシュな感覚で楽しむことができるだろう。

■KiliKiliVIlla presents Friday Night DANCEHALL
6月3日 新代田FEVER
出演:LEARNERS、井の頭レンジャーズ、JAPPERS、The Wisely Brothers
DJs:高木壮太 and more
18:30 open 19:00 start
前売り2,500+1D、当日3,000+1D
チケットはFEVER、e+、ローソン(Lコード:75471)で発売中

https://www.fever-popo.com
kilikilivilla.com

KiliKiliVillaが送る週末のパーティー!
時代を超えた名曲を独自のスタイルでカバーしているLEARNERSと井の頭レンジャーズを中心にウィークエンドを盛り上げるハンキー・ロッキン・パーティー!
For all the young music lovers, dancing rudies and rockers!

*LEARNERS
モデル・歌手のSARAと松田"CHABE"岳二によるユニットから発展した5人組ロックンロールバンド、LEARNERS(ラーナーズ)。
2015年BLACK LIPSとの共演などを経て、本格的に始動。エディ・リーダーをフューチャーした7インチ『RHODE ISLAND IS FAMOUS FOR YOU feat EDDI READER』や昨年11月の2タイトル同時に7インチも即完売、12月にリリースの1stアルバムで全国に旋風を巻き起こし中。
ニール & イライザやキュビズモ・グラフィコ・ファイヴ、そして数々のアーティストのサポートを担当してきたプロデューサー兼リーダーの松田"CHABE”岳二、オーディエンスとミュージシャン両方から愛されている彼の選曲はフロアを最高に楽しませてくれる。

*井の頭レンジャーズ
2013年春、井の頭公園に憩う地元の若者(ルーディー)たちによって結成されたジャマイカン・スタイルのインスト・ファンク・バンド。
ドラム佐藤メンチ、ベース藤村明星、ギター万助橋わたる、オルガンいせや闇太郎。
Soundcloudに公開された音源が話題となり、これまでに7枚の7インチをリリース、2015年にはアルバムを発売。
69年UK・スキンヘッド・レゲエ・スタイルでカバーされた「徹子の部屋のテーマ」や「ひこうき雲」は大きな反響を呼び、2016年ついにライブ活動を開始。

*JAPPERS
6人組ロックバンド。2009年頃高幡不動で結成。
2012年に「Lately EP」、2013年に3ヶ月連続7インチシングルのリリースを経て、2014年にDead Funny Recordsより1stアルバム「Imginary Friend」をリリース。 以降も東京都内ライブハウスを中心に活動中。

*The Wisely Brothers
2010年都内高校の軽音楽部にて結成。真舘晴子(Gt.Vo)、和久利泉(Ba.Cho)、渡辺朱音(Dr.Cho)からなるスリーピースガールズバンド。
2012年初ライブ開催。高校卒業とともに下北沢を中心に活動。
2014年10月に初の全国流通盤「ファミリー・ミニアルバム」リリース。2015年12月ライブ会場限定盤「オリエンタルの丘」リリース。東名阪ツアー「ファミリー旅行記」を大盛況に終える。さまざまなメディアでピックアップされる注目のガールズバンド。



PINCH&MUMDANCE - ele-king

 UKのアンダーグラウンド・ダンスシーンを追っている者にとって、もはや説明不要の存在、ピンチ。ダブステップのパイオニアのひとりとして知られる彼だが、2013年に始動したレーベル〈コールド・レコーディングス〉で聴くことができる、文字通り背筋が凍りつくようなテクノ・サウンドのイメージを彼に抱いている方もいるかもしれない。
 だがそれと同時に、彼のトレードマークとも言える〈テクトニック〉での重低音の実験も止むことはなく、近年も数々の傑作をリリースしている。そのなかでも一際輝きを放っているのが、マムダンス関連の作品だろう。2015年に盟友ロゴスと共に発表した『プロト』は、UKダンスミュージックの歴史をタイム・トラベルするかのような名盤であり、2014年のピンチとの連名曲“ターボ・ミッツィ”はグライムの粗暴さとコールドなテクノが融合したアンセムとなっている。同じ年に出た彼らのB2BによるDJミックスも、時代性とふたりの音楽性がブレンドされた刺激的な内容だった。
 現在もピンチはテクノとベースを行き来する重要プレイヤーであり、マムダンスもグライムMC、ノヴェリストとのコラボのスマッシュヒットが示すように、要注目のプロデューサーのひとりとして認知されている。今回の来日公演で、どんな化学反応を見せてくれるのだろうか?

DBS presents
PINCH B2B MUMDANCE

日程:5月20日金曜日
会場:代官山UNIT
時間:open/start 23:30
料金:adv.3,000yen / door 3,500yen

出演:
PINCH (Tectonic, Cold Recordings, UK) 、
MUMDANCE (Different Circles, Tectonic, XL Recordings, UK)
ENA
JUN
HARA
HELKTRAM
extra sound: BROAD AXE SOUND SYSTEM
vj/laser: SO IN THE HOUSE

info. 03.5459.8630 UNIT

Ticket outlets:
PIA (0570-02-9999/P-code: 292-943)、 LAWSON (L-code: 74580)
e+ (UNIT携帯サイトから購入できます)
clubberia/https://www.clubberia.com/store/
渋谷/disk union CLUB MUSIC SHOP (3476-2627)、TECHNIQUE(5458-4143)、GANBAN(3477-5701)
代官山/UNIT (5459-8630)
原宿/GLOCAL RECORDS(090-3807-2073)
下北沢/DISC SHOP ZERO (5432-6129)、JET SET TOKYO (5452-2262)、disk union CLUB MUSIC SHOP(5738-2971)
新宿/disk union CLUB MUSIC SHOP (5919-2422)、Dub Store Record Mart (3364-5251)
吉祥寺/disk union (0422-20-8062)
町田/disk union (042-720-7240)
千葉/disk union (043-224-6372)
Jar-Beat Record (https://www.jar-beat.com/)

Caution :
You Must Be 20 and Over With Photo ID to Enter.
20歳未満の方のご入場はお断りさせていただきます。
写真付き身分証明書をご持参下さい。

UNIT
Za HOUSE BLD. 1-34-17 EBISU-NISHI, SHIBUYA-KU, TOKYO
tel.03-5459-8630
https://www.unit-tokyo.com

ツアー日程:
Pinch & Mumdance Japan Tour 2016
05. 19 (THU) Tokyo at Dommune 21:00~0:00 https://www.dommune.com/
05. 20 (FRI) Tokyo at UNIT  https://www.unit-tokyo.com/
05.21 (SAT) Kyoto at Star Fes https://www.thestarfestival.com/

PINCH (Tectonic, Cold Recordings, UK)

ダブ、トリップホップ、そしてBasic Channel等のディープなミニマル・テクノに触発され、オーガニックなサウンドを指向し、03年頃からミニマル・テクノにグライム、ガラージ、エレクトロ等のミックスを始める。04年から地元ブリストルでダブステップ・ナイトを開催、05年に自己のレーベル、Tectonicを設立、自作"War Dub"を皮切りにDigital Mystikz、Loefah、Skream、Distance等のリリースを重ね、06年にコンピレーション『TECTONIC PLATES』を発表、ダブステップの世界的注目の一翼をになう。Planet Muから"Qawwali"、"Puniser"のリリースを経て、'07年にTectonicから1st.アルバム『UNDERWATER DANCEHALL』を発表、新型ブリストル・サウンドを示し絶賛を浴びる。08~09年にはTectonic、Soul Jazz、Planet Mu等から活発なリリースを展開、近年はミニマル/テクノ、アンビエント・シーン等、幅広い注目を集め、"Croydon House" 、"Retribution" (Swamp 81)、"Swish" (Deep Medi)等の革新的なソロ作と平行してShackleton、Distance、Loefah、Roska等と精力的にコラボ活動を展開。Shackletonとの共作は11年、アルバム『PINCH & SHACKLETON』(Honest Jon's)の発表で世界を驚愕させる。12年にはPhotekとの共作"Acid Reign"、13年にはOn-U Soundの総帥Adrian Sherwoodとの共作"Music Killer"、"Bring Me Weed"で大反響を呼ぶ。またUKハードコア・カルチャーに根差した新潮流にフォーカスしたレーベル、Cold Recordingsを新設。15年、Sherwood & Pinch名義のアルバム『LATE NIGHT ENDLESS』を発表、インダストリアル・ダブ・サウンドの新時代を拓く。Tectonicは設立10周年を迎え、Mumdance & Logos、Ipman、Acre等のリリースでベース・ミュージックの最前線に立ち続ける。16年、MC Rico Danをフィーチャーしたグライム・テクノな最新シングル"Screamer"でフロアーを席巻、2年ぶりの来日プレイは絶対に聞き逃せない!
https://www.tectonicrecordings.com/
https://coldrecordings.com/
https://twitter.com/tectonicpinch
https://www.facebook.com/PinchTectonic

MUMDANCE (Different Circles, Tectonic, XL Recordings, UK)

ブライトン出身のMumdanceはハードコア、ジャングルの影響下、15才頃からS.O.U.Rレーベルが運営するレコード店で働き始め、二階のスタジオでプロダクションの知識を得る。やがてD&Bのパーティー運営、Vice誌のイベント担当を経てグライムMCのJammerと知り合い、制作を開始。ブートレグがDiploの耳に止まり、彼のレーベル、Mad Decentと契約、数曲のリミックスを手掛け、10年に"The Mum Decent EP"を発表。また実質的1st.アルバムとなる『DIFFERENT CIRCLES THE MIXTAPE』で'Kerplunk!'と称される特異な音楽性を明示する。その後Rinse FMで聞いたトラックを契機にLogosと知り合い、コラボレーションを始め、13年にKeysoundから"Genesis EP"、Tectonicから"Legion/Proto"をリリース、そして2nd.アルバム『TWISTS & TURNS』を自主発表、新機軸を打ち出す。14年にはTectonicからPinchとの共作"Turbo Mitzi/Whiplash"、MIX CD『PINCH B2B MUMDANCE』、グライムMC、Novelistをフィーチャーした"Taka Time" (Rinse)でダブステップ/グライム~ベース・シーンに台頭、またRBMAに選出され、同年東京でのアカデミーに参加した他、Logosとのレーベル、Different Circlesを立ち上げる。15年も勢いは止まらず名門XLからNovelistとの共作"1 Sec EP"、自身の3rd.アルバムとなるMumdance & Logos名義の『PROTO』、Pinchとの共作"Big Slug/Lucid Dreaming"のリリースを始め、MIX CD『FABRICLIVE 80』を手掛け、Rinse FMのレギュラーを務める。90'sハードコア・スピリッツを根底にグライム、ドローン、エクスペリメンタル等を自在に遊泳するMumdanceは現在最も注目すべきアーティストの一人である。
https://mumdance.com/
https://soundcloud.com/mumdance
https://twitter.com/mumdance
https://www.facebook.com/mumdance

interview with Shonen Yoshida - ele-king


吉田省念
黄金の館

Pヴァイン

RockPops

Tower HMV Amazon

 彼の知遇をえたのは2013年夏から初秋。不幸な事件で逝去された山口冨士夫さんの本をつくるにあたり、調べていくうちに、村八分と親交のあった京都の美術家ヨシダミノルさんのご子息が音楽をやられていると知った。吉田省念は当時、前年の10作目『坩堝の電圧』を最後、というか最初で最後にくるりを脱退した直後で、ソロ・アルバムの制作にとりかかったばかりのころだったと以下のインタヴューをもとに時系列を整理するとそうなる。私の原稿の依頼を省念さんは快諾され、あがってきた原稿はヨシダミノルさんと村八分(ことにチャー坊)との交流を、子どものころの曇りのない視線から綴った滋味あるもので、私は編集者として感心した、というのもおこがましいが、味わいぶかかったのである。

 3年後、吉田省念がソロ名義では初のアルバムを完成させたと連絡を受けた。『黄金の館』と名づけたアルバムは冒頭のインストゥルメンタルによる起伏に富んだタイトル曲にはじまり、「伸びたり縮んだり 人によって違うかもしれない」(「一千一夜」)時間のなかの暮らしの匂いと無数の音楽との出会いを映し出すやはり旨味のあるものだった。情景はゆるやかに流れ、季節はめぐり、見あげると音楽のなかで空は高い。これはなにに似ているとか、なにが好きでしょ、というのは仕事柄やむをえないにしても、それが音楽好きが集まって話に花を咲かせるように思えるほど、『黄金の館』の細部には血がかよっている。尾之内和之との音づくりは残響まで親しい。末永く愛聴いだきたい13曲の「ミュージック・フロム・黄金の館」。そういえばあのときお寄せいただいた原稿の表題は12曲めと同じ「残響のシンフォニー」でしたね。

■吉田省念/よしだ・しょうねん
京都出身。13歳でエレキ・ギターに出会ってから現在に至るまで、宅録を基本スタイルにさまざまな形態で活動を続ける。2008年『soungs』をリリース。吉田省念と三日月スープを結成、2009年『Relax』をリリース。2011年から2013年までくるりに在籍し、ギターとチェロを担当、『坩堝の電圧』をリリース。2014年から地元京都の〈拾得〉にてマンスリー・ライヴ「黄金の館」を主催し、さまざまなゲスト・ミュージシャンと共演。四家卯大(cello)、植田良太(contrabass)とのセッションを収録したライヴ盤『キヌキセヌ』リリース、〈RISING SUN ROCK FESTIVAL 2014 in EZO〉に出演。2015年、ソロ・アルバムのレコーディングとともに、舞台『死刑執行中脱獄進行中』(主演:森山未來、原作:荒木飛呂彦、演出:長谷川寧)の音楽を担当する。2016年、ソロ・アルバム『黄金の館』をリリース。

(中学時代は)90年代です。でも自分の生きている時代の音楽は意識して聴いたことがなかったんです。とりあえずまわりの連中が聴いていないものを聴いていたい──。

吉田:2013年に記事を書かせていただいたのをきっかけに、「残響のシンフォニー」という言葉が最初にあって、曲にしようと思ってつくったんです。そういった心構えはつねにありますし、冨士夫さんのギターはほんとうに子どものときから聴いていました。生演奏で聴いたというよりライヴ盤ですよね。2枚組の『村八分ライヴ』をよく聴いていて、完コピしようと切磋琢磨していた時期がありました。

原稿には十代のころ、ビートルズやビーチ・ボーイズをコピーしていて、チャー坊からギターをもらったくだりがありましたよね。

吉田:父親がチャー坊と仲がよくてつながりがあったので、自分が音楽に興味をもちはじめたのを聞いてギターをもってきたんだと思うんですね。最初に触るギターがいいほうが巧くなるからこれ使えって。

それは真理ですね。一方で村八分と関わりがありながら、ビートルズやビーチ・ボーイズにも興味をもっていた。省念少年が最初に感化された音楽といえばなんでしょうか。

吉田:まずはビートルズが大きくて、はじめてLPを買ったのは中学のころのビーチ・ボーイズです。『サーフィンU.S.A.』でした。

中学時代というと――

吉田:90年代です。でも自分の生きている時代の音楽は意識して聴いたことがなかったんです。とりあえずまわりの連中が聴いていないものを聴いていたい、でもコレクターになるほどのお金は当然ない。『サーフィンU.S.A.』はとくにあの時代のグループがツールにしていたというか、カヴァー曲が多いじゃないですか。カヴァー曲もありつつ、エレキ・ギターのテイストとコーラスがよくてそれを聴くのが好きでした。

もうギターは弾いていたんですね。

吉田:はい。

ビートルズやビーチ・ボーイズをコピーして、しだいにオリジナルをつくるようになった?

吉田:順序としてはそうなります。

最初につくったオリジナル曲も中学時代だったんですね。

吉田:憶えていませんが(笑)、たぶんギターのリフとかでつくったのだと思います。でもそれをバンドで演奏しようとはそのころ思っていませんでした。バンドはやっていたんですが、オリジナルをやるよりはカヴァー曲でした。そのうち、チャー坊のギターを預かっていたので彼の追悼コンサートに出るようになって、それが毎年やってくるなかで、村八分の曲を披露することになるわけです。それで、ああ日本語で歌うのって難しいんだなと思ったんですね。自分で曲を書くようになって、英語がそう得意なわけでもないですから日本語でやりたいと思うようになりました。
 それこそ、僕の学生時代はゆらゆら帝国が出てきたころで、坂本慎太郎さんの日本語の使い方がほんとうに衝撃的でした。ゆらゆら帝国の『3×3×3』にははっぴいえんどの『風街ろまん』と並ぶ衝撃を受けたんです。くるりはじつはほとんど知らなくて。当時京都では(京大の)吉田寮が話題でしたが、チェルシーを掘り返して聴いていたりとかは、あまりなかったんですね。

坂本慎太郎さんの日本語の使い方がほんとうに衝撃的でした。ゆらゆら帝国の『3×3×3』にははっぴいえんどの『風街ろまん』と並ぶ衝撃を受けたんです。

ゆらゆら帝国の音楽も日本語のロックという文脈で聴いていたんですね。

吉田:言葉のチョイスとリズムを崩さないのがすごいと思いました。はっぴいえんどが「ですます」調にいたるのもリズムを考えてのことだと思うんです。音楽としての歌詞のあり方があったと思うんですが、(はっぴいえんどは)時代がちがったし、リアルタイムでそれを感じていたわけでもないので、それこそ細野さんの音楽を聴いているといっても後追いですから。日本語の音楽、しかも新譜として衝撃的だったということを考えるとゆらゆら帝国は大きいですね。

『3×3×3』は98年くらいでしたね。

吉田:サイケ耳で音楽を聴くのがそこで一気に流行ったというか、再認識があったと思うんです。「スタジオ・ボイス」でもやっていましたね。

そういわれると、なまなかな気持ちで仕事しちゃいけない気になります。

吉田:(笑)ゆらゆら帝国のポップさは独特だったと思うんです。それこそニプリッツのヒロシさんもかわいいじゃないですか、ロック・スターとしてのアイドル的なものがあると思うんです。

そのご意見はよくわかりますが、「いいね」がどれくらい押されるかといえばやや不安ですね(笑)。

吉田:(笑)でも細野さんにもかわいらしさがあるし、それは必要な要素かなと最近思うんですが、自分にはどうも――

いや、かわいいと思いますよ。

吉田:やめてくださいよ(笑)。

売り方が変わるかもしれませんが(笑)。そういった先達のやってきたことは、ご自分で音楽をやる段になると意識されますか。

吉田:あると思いますよ。

デモをつくりこみすぎると、だったらそれでいいじゃんとなってしまう。その時期にたまたまエンジニアの尾之内和之さんに再会したんです。

それでイミテーション的になったり反動的になることもあると思うんですが、吉田さんの音楽はとても素直だと思うんです。おそらく批評的な視座は強くもたれていると思うんですが、そこに拘泥しないおおらかさを感じます。細やかですが閉塞的ではない。

吉田:素直にやった結果だとは思いますよ。自分は自分が好きなミュージシャンや尊敬するミュージシャンにたいして、こういうものをつくったんだよという、ミュージシャンにはそういうところは絶対あるじゃないですか。でもそれだけになってもよくないと思うんです。たとえば、ライヴに来ているひとのなかで、音楽をやっていないひとのほうがよく聴いてくれたりする。ミュージシャンが音楽をちゃんと聴いていないと、いちがいにはいえないですが、ライヴに来てくれる方には音楽をすごく細かいところまで聴いていて、こういったひとたちに聴いてもらいたいというのはどういうことか、このアルバムが開けているのだとしたら、そういったことを考えていたからかもしれない。

『黄金の館』の制作をスタートしたのはいつですか。

吉田:昨年の2月です。2014年にくるりを脱退してからとりかかってはいたんです。ソロ・アルバムをつくるために辞めたわけではないんですが、つくらないとはじまらないし、自分のエンジンをかけていきたいという気持ちもありました。とりあえず録音やなと思って、本格的にレコーディングに入る前にも1~2曲、録音も自分でやったんですが、自分で録音ボタンを押して演奏するのだとなかなかうまくいかないところもあった。デモをつくってどこかのスタジオであらためて録ろうとも思ったんですが、今度はデモづくりに自分のエネルギーがドンといっちゃった。デモをつくりこみすぎると、だったらそれでいいじゃんとなってしまう。その時期にたまたまエンジニアの尾之内和之さんに再会したんです。彼はドイツのクラウス・ディンガーのところにいたんですが、ディンガーが亡くなって、ドイツにいる理由がなくなって、日本に帰ってきたら震災が起こった。京都に戻り、これからどう音楽にかかわろうかというところでの再会だったんです。

再会したということはそれ以前からお知り合いだったということですね。

吉田:三日月スープの前にすみれ患者というバンドをやっていたことあったんです。すみれ患者ではそれこそ即興で灰野敬二さんや高橋ヨーカイさんといっしょにライヴしていたこともあったんですが、そのバンドのルカちゃんという女の子の旦那さんになったんですね、尾之内さんが。彼はもともと日本画をやっていたころに椹木野衣さんと知り合ったようで、これからはドイツだよと助言を受けたそうなんですね。

ノイさんですからね。

吉田:そうですね(笑)。尾之内さんがどういう経緯でクラウス・ディンガーにつながったのかはわかりませんが、サブトレというユニットでドイツで活動していたこともあったようです。彼は音楽をつくるというより録音を通して活動していきたかった。その時期にたまたま再会して、いっしょにやることになったのが2013年の暮れです。

省念さんとしては、ご自分の音楽を外から見る視点がほしかった?

吉田:それはあります。『黄金の館』は宅録のアルバムなんですね。僕も、スタジオを構えたといっても、録音する空間と使う楽器はありますが、さらに録音機材まで用意すると破産しますからね(笑)。

くるりに参加して感じたのは、彼らはことレコーディングではほんとうにいろんなことを試すんですね。そこで感じたのは、あっ、試していいんだということの再認識だったんです。

そのわりにはというとなんですが、すごくよい音録りですね。曲ごとにその曲に合った録り方をしていると思いました。

吉田:そこにはかなりこだわりました。そういっていただけるととてもうれしいです。

スピーカーで聴いているときとヘッドフォンで聴くとき、イメージもだいぶちがいます。

吉田:音については、CDにする前、マスターの段階でかなり迷いもあったんです。ここを聴かせたいという部分を再現するには、聴いていただく方の再生機器の壁があるのも事実なので。そこではだいぶ悩みました。尾之内さんとミックスをしながら、いまやっていることは無意味なんじゃないかといったこともありました。絵でいえばずっと下地を塗っているような感覚ですよね。

『黄金の館』はおのおのの曲の情景がはじまりと終わりでちがうような感覚をおぼえました。いろんな要素がはいっていますね。

吉田:くるりに参加して感じたのは、彼らはことレコーディングではほんとうにいろんなことを試すんですね。そこで感じたのは、あっ、試していいんだということの再認識だったんです。ホーム・レコーディングでそれを試すのとちゃんとしたスタジオではもちろん次元がちがいますが。僕は昨今、スカスカな音楽が流行っていると思うんですね。音数が多い曲でいろんなことを試すのは、それは難しいわな、と思う反面、尾之内さんとの挑戦でもありましたし、今後もいっしょにやっていくための雛形にしたい気持ちもありました。

くるりでの活動が糧になったということですね。

吉田:くるりはメジャーで活躍しているバンドですし歴史もあって、くるりにいたときはそれをどうにか身体にいれようと思っていたところはありました。そこにいたのもたしかに自分なんですが、いざひとりではじめようとするとそこにいた自分が身体中にのこっていて、いま考えるとそれもいいことなんですが、一発めにそれが出てもいいのかということは考えました。それで時間がかかったのもあったのだと思います。

名刺代わりというと軽く聞こえるかもしれませんが、『黄金の館』は吉田省念というミュージシャンのいろんな側面を出したよいアルバムだと思いました。

吉田:ありがとうございます、欲ばりました。この前、ようやく岸田さんにこんなのつくったんですと電話して、お会いして音源を渡せたんです。スッとしました、ホントに。どう思ったかはさておいて、音を渡せたのはよかったです。

省念さんにとって、くるりに参加された経験は大きくて、無意識にせよ、それをふまえていたのかもしれないですね。

吉田:それもあって丁寧につくりたかったんだと思います。そうじゃないとちゃらんぽらんになるというか、いままでの自分を否定することになるから。

80年代にニューウェイヴをガッツリ追いかけていたオッチャンがいまは会社をやっていて、時間みてライヴに来てくれる、そういう方がなにか感じて、いいやんといってくれるのは素直にうれしいですよ。

アルバムをつくるにあたり先行した構想はありましたか。

吉田:全体の構想は曲を仕上げていくなかでできていきました。曲の順番は不思議なもので、曲を用意したときに、これは1曲め、2曲め……といった具合に13曲めまですんなり決まりました。9、10、11曲めはちょっと入れ替えましたが、最終的にほとんど変わっていません。

7曲めの“夏がくる”からB面といった構成ですね。

吉田:そうです。

前半と後半に厳密に分けられるとは思いませんが、A面のほうがブリティッシュ的な翳りの要素が強くて、B面はアメリカっぽい印象を受けました。

吉田:そうですね(笑)。オタク的なものが出たんでしょうか。

私のようなオッサンがニヤリとするのはどうなんでしょうか。

吉田:開けている、というのはそのような意味でもあるのかもしれませんね(笑)。

うまいこといいましたね(笑)。

吉田:でも思うんですけど、80年代にニューウェイヴをガッツリ追いかけていたオッチャンがいまは会社をやっていて、時間みてライヴに来てくれる、そういう方がなにか感じて、いいやんといってくれるのは素直にうれしいですよ。あの感じ、それに近いと思われるのは、僕はイヤなことではないです。そもそも引用を隠す技倆もない(笑)。ストレートにやるしかないんです(笑)。

ギター、ベース、チェロ、鍵盤、マリンバ――『黄金の館』で省念さんは数多くの楽器を演奏されていますね。

吉田:楽しんでやっているだけなんですけどね。ひととかかわって音楽をつくることは、他者に自分のイメージを言葉で説明するとことからはじまるじゃないですか。それってすごくたいへんで、そこで生まれる食いちがい、化学反応こみでバンドをやるのは楽しいですが、今回のレコーディングでは基本的に自分でいろいろやりたいなとは思っていました。

フォークウェイズから出ていたエリザベス・コットンやバート・ヤンシュを聴いて、アコースティックでもこんなグッと来る、攻めてくる音楽があるんだと思ったんですね。

細野晴臣さんや柳原陽一郎さんにはどのような意図で参加をお願いされたんですか。

吉田:細野さんには直接お会いしました。ライヴに行ったときに「僕は晴れ男なんだよ」とおっしゃっていたのを聞いて、「晴れ男」という曲でシュパッパというスキャットを入れてもらいました。できればもう1曲参加していただきたかったので「デカダンいつでっか」でもコーラスをお願いしました。僕はレス・ポールが大好きで、「晴れ男」はレス・ポール風のアレンジにしたかったんです。彼も宅録でしょ。細野さんにお会いしたときも、メリー・フォードのこととかも話して、細野さんに「ビーチ・ボーイズではじめて買ったのは『サーフィンU.S.A.』なんです」と話したら、僕もなんだよ、とおっしゃられて、それでもりあがったこともあります。

時代はちがいますが。

吉田:そうなんですけどね(笑)。それで、まず音を聴いていただき、コメントもいただけたので、スキャットを入れていただけませんか、と。

細野さんのアルバムで好きなのは『Hosono House』?

吉田:いちばん聴いたんじゃないですかね。三日月スープのころ、ドラムがない古いスイングにのめりこんでいたときちょうど細野さんが東京シャイネスをやられていて、うわーっと思ったこともあります。なので『Flying Saucer 1947』もよく聴きました。いまの細野さんの音楽を聴いて、はっぴいえんどを聴き直したとき思うことはまたちがうんですね。


コーラスに細野晴臣を迎えた“晴れ男”


当時なぜアコースティック・スウィングに惹かれたんですか。

吉田:フォークウェイズから出ていたエリザベス・コットンやバート・ヤンシュを聴いて、アコースティックでもこんなグッと来る、攻めてくる音楽があるんだと思ったんですね。ロバート・ジョンソンを聴いたときとの衝撃よりもそれは大きくて、自分もマーチンのギターが要るな、と。ギターを買ったのもあって、その方面にいったのはあります。

ギター・サウンドの側面だけとってもノイジーなロックからアコースティックなスウィングまで、省念さんのなかには積み重ねがあるんですね。

吉田:自分の好きなものとやることがつねに混じり合うというのはなかなか難しいと思うんですよ。好きなことって、音楽だけじゃなく多岐に渡るじゃないですか。それを交えるのは時間がかかるし、難しいことだと思うんです。

ムリにやっても接ぎ木になるだけですからね。

吉田:自分のタイミングでそれをうまくやりたいというのはテーマとしてあるので、『黄金の館』はそこにすこしは近づけたのかなとは思います。

曲をつくり、13曲溜まり、必然的にこのようなアルバムになっていった。それが昨年の2月ということは、丸1年かかったということですね。

吉田:ホーム・レコーディングとはいえ、尾之内さんにも僕にも生活もあるから、そのあいだを縫ってつくっていたところもあり、時間がかかったのは仕方ない面もありました。最初というのもあって、時間をかけてやり方を模索するほうがいいと考えたのも大きいです。

制作でもっとも留意された点を教えてください。

吉田:ギターの音を聴いて反応していただけるとうれしい、というのはそこにこだわりがあったんでしょうね。ピアノにこだわるといっても、僕の拙いピアノだと限界がありますがギターは慣れ親しんでいるのでその分重視したかもしれません。

山本精一さんも、声を楽器として意識されているといったようなことをおっしゃっていて、その考えには共感できます。それがないとメッセージと伝えることが先行してしまうので。

歌もいいですけどね。歌手でだれか、省念さんが模範にされた方はどなたですか。

吉田:うーん(といってしばし考える)。

歌い手としてご自分を意識されないですか。

吉田:三日月スープをやっていたころ、僕は自分のことをギタリストだと思っていたんですね。歌ってはいるけど、僕にとっての歌は歌じゃない、ギターが弾けたらうれしいと思ってやっていたんですね。ところがあるとき、お客さんに怒られたんです。歌がよかったといわれたときに、「そうですか」と返したら、なんでそんなこというんや、と。舞台に立って声も出していて、声はなんといっても強いんやから、もっとそこに意識もてやといわれて、ビッとなったんです。山本精一さんも、声を楽器として意識されているといったようなことをおっしゃっていて、その考えには共感できます。それがないとメッセージと伝えることが先行してしまうので。

曲は部分からつくりますか、全体を考えますか?

吉田:全体像がバッと出てきます。全体が出てきて、今回はそれを自宅でそのまま(記録媒体に)写した感じでした。曲はライヴで変化することもあるんですね。歌詞の細かいところなんかはとくにそうです。自分にはマイブームのようなものがあって、言葉にすごく意識があるときとメロディや曲に意識があるときがわかれていて、それによって歌詞が先行したり曲が溜ったりします。冨士夫さんの文章を書いたときは言葉の時期だったので原稿を書くのも自然だったんですよ。最近は曲が溜まって歌詞を乗せる作業が後追い気味なんですが。

言葉の意味性、なにを伝えるかということについてはどう考えます?

吉田:なにかをうまく伝えられるほどの言葉の技倆は僕にはないです。でも自分も好きな音楽って、もちろん言葉は聞くんですが、音楽って曲が流れている時間をいっしょにすごすわけで、そのとき自分のなかに入れられる情報には限界があると思うんです。限界値までの言葉の選び方があって、自分にはそれしかできない。それを超えられれば、より詩的なものを伝えることもできるかもしれませんけど。村八分なんてものすごくシンプルじゃないですか。

「あっ!」とかね。

吉田:あれは日本語のロックの究極のかたちだと思うんです。あれを十代でやるのはすごい。

狂気さえ感じます。

吉田:でもいいんですよ、かたちを残したんですから。ひとから見たら普通じゃなくても、じっさいはバランスがとれていたんだと思うんですよ。音楽以外の表現に意識を向けたこともあったでしょうしね。

音楽以外への興味ということを考えると、たとえば親父さんと省念さんは畑がちがうわけですよね。ヨシダミノルさんについて、いまにして思うことはありますか。

吉田:絵の描き方を教わったことはないですが、美意識のようなものをもって、それを生活をつづけながら守るということをずっとやっていたんだと思うんです。そういうところは教えてもらったところです。美術だと物質的なことも大きくて――

とくに「具体」の方でしたからね。

吉田:そうです。音楽はかたちのないものを元につくるものですからその点ではちがいますが、意識の面では教えてもらった気もします。

音楽は年齢とともにあるものだし、自分のつくる音楽で意識的に若がえるより、自分の(美)意識がかたちになったときのよろこびみたいものをつねに高めることを望んで生活するのは、テーマでもあります。

生活によって音楽は変わると思いますか。

吉田:そう思います。

それはよいことですか、できれば生活と音楽は独立したものであったほうがよいと思いますか。

吉田:自然なことなんじゃないですか。音楽は年齢とともにあるものだし、自分のつくる音楽で意識的に若がえるより、自分の(美)意識がかたちになったときのよろこびみたいものをつねに高めることを望んで生活するのは、テーマでもあります。生活形態というのは流動的に肉としてついてくるものかもしないです。

10年後には10年の生活を積んだ味のある音楽をやっていると思いますか。

吉田:ねえ!

逆に若がえったりしてね。

吉田:よく老成しているといわれますからね(笑)。

いまでは固定したバンドはあるんですか。

吉田:京都で演奏するときは今年は吉田省念バンド、まだ名前はないですが、バンド形態でも演奏できるようにはしています。次の作品はそのメンバーもいいかたちで巻き込めたらいいなとは思っています。


ライヴでもお馴染みの曲“水中のレコードショップ”

『黄金の館』というタイトルはもともとはイヴェント名ですよね。

吉田:そうです。

それをアルバムのタイトルにもってきたのはどのような意図だったのでしょう。

吉田:イヴェントは次が27回めですから、2年とすこし、やっていることになります。それとともに学んだこともあったのでタイトルにしました。

そもそもその名前にした理由はなんですか。

吉田:自分だったら銀色が好きなんです(笑)。

なにをいいたいかよくわかりませんが、つづけてください。

吉田:(笑)金色って狂った感じというか、『メトロポリス』という映画があるじゃないですか。

フリッツ・ラングの?

吉田:そうそう。あの映画の金色のロボット、マリアの感じが金の魅力とともに深いなにかを物語っていて、それを出せたらいいんじゃないかと(笑)。

なるほど、といいたいですが(笑)。

吉田:館というのは空間ですよね。画家におけるアトリエ、ミュージシャンにとってのスタジオといった、空間=館からはじまったもいいんじゃないかと思ったのもあります。建築と音楽にも近いところがあるじゃないですか。

19世紀には建築は凍った音楽といったらしいですからね。

吉田:そうでしょう。音響は場所にもよりますし、それもあって館という言葉にも音楽との共通性があると思い名づけました。

つまりはビッグ・ピンクですね。

吉田:(笑)

そこからまたすばらしい音楽がうまれることを期待しています。

吉田:がんがんつくりますよ!



〈吉田省念ツアー情報〉
■5/24(火) 下北沢・レテ「銀色の館 #3」*弾語りソロワンマン
■5/26(木) 三軒茶屋・Moon Factory Coffee *弾語りoono yuukiとツーマン
■6/5(日) 名古屋・KDハポーン「レコハツワンマン」*京都メンバーでのバンドセット guest:柳原陽一郎
■6/14(火) 京都・拾得 「黄金の館」
■6/30(日) 下北沢・440 「レコハツワンマン」 *バンドセット Dr.伊藤大地、Ba.千葉広樹、guest:柳原陽一郎
■7/14(木)京都・拾得 「黄金の館」
■7/18(月) 京都・磔磔 *詳細未定
■7/24(日) 大阪・ムジカジャポニカ
■8/7(日) 京都・西院ミュージックフェスティバル

interview with Seiho - ele-king


Seiho
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 世界の終わりには広告だけが残る。単位はピクセル、資本主義に食い尽くされた世界。エレヴェーターから景色を見る。高解像の過去と低解像度の未来。抵抗することはできない。感覚は麻痺しているが、ただクリックするだけでいい。なんてドリーミーな、このヴァーチュアルな広場……よそよそしいほどの無人のビル……
 たとえばこのように、我々の生活を浸食する仮想現実空間の、一見ノーマルな、その異様さ、その不穏さを捉えようとした音楽が2011年から2012年にかけて台頭した。OPNの『レプリカ』もハイプ・ウィリアムスもジャム・シティも、ファティマ・アル・カディリも、そしてヴェイパーウェイヴも、時代への敏感なリアクションだった。それはテクノとは呼べない。もちろんハウスでもエレクトロニカでもない。なにしろそれは感情を記述しないし、心地良い電子的音響でもない。視覚的な音楽という点では、アンビエントに近いかもしれないが……。
 日本にもこうした感覚の音楽がある。仮想現実のなかの薄暗いアンダーグラウンドに散らかっている音楽、テクノロジーに魅惑されながら同時に抵抗している音楽。セイホーのライヴにはそれを感じる。ピクセルの空間を切り裂くような感覚。彼の最新作『コラプス』にもそれは引き継がれている。

野菜も曲もオートマティックになって、なんでもかんでもタダになって、食材も送られてくるようになったら、僕の音楽もタダでいいです。

今作は本当に力作で、素晴らしいアルバムだと思うんですけど、ダンサブルな前作とはだいぶ印象が違う作品になりましたね。ジャズを粉々にカットアップしたはじまりも面白かったんですが、2曲目のパーカッシヴな展開もスリリングで、いっきにアルバムに引き込まれていきました。

セイホー(以下、S):ありがとうございます。この作品を作ったのが2014年から2015年なんですよ。前のアルバムが出たのが2013年。「I Feel Rave」が出て、『Abstraktsex』が出て、それから2年くらい止まったんですよね。ブレーキがかかっていたというか、エンジンがかからなかったというか。でもライヴは続いてました。

ここ数年は東京のクラブの月間スケジュール表を見ると10回くらいセイホーの名前が出てたんじゃない(笑)?

S:はははは(笑)。逆に言えばライヴに逃げていたというか。そうしないと制作モードに全然なれなくて。そのときに作っていた曲がこのアルバムの中核になるものですね。ライヴでは派手なことをやっていたんですが。

エンターテイメントもしていたしね。

S:だから途中からそこの折り合いがつかなくなってしまって。作品自体はこういうものがずっと作りたかったんですけど。

作っているときはどんな感じで作っているの? ライヴのような激しく動きながら作っているわけじゃないでしょ?

S:僕って作品を作るときとか……、たぶん人間性が変なんですよね。それをどう一般の人にわかってもらえるように折り合いをつけるかみたいな生き方をしてきたので。幼稚園のときも小学校のときも、自分の変なところをどうキャッチーに見せるかを考えていました。僕はあんまり普通にしようという気はあんまりなくて、変なところをどんどん包括してキャッチーにしていけば輪の中に入れるみたいな。

あのキャッチーさの裏にはそんな屈折した自意識があったんですね(笑)。

S:でも2010年に〈Day Tripper Records〉をはじめたときから2015年までのいろんな目標を立てていたんですよ。どんなフェスに出たいか、どんな作品を作りたいか、みたいな。でもそれが意外にも2013年くらいに全部かなってしまって。

なんとも、控え目なヴィジョンだったんだね(笑)。

S:はは、ほんまそうですね(笑)。

もっとでっかい夢があるでしょう!

S:いやいや(笑)。レーベル・メイト全員でフェスに出るのもソナーでかなったし、フジロック、サマソニに出るのも2013年で実現したし。だからこの2年間は目標がなく進んでいた惰性の期間でしたね。でもこのアルバムを作ってみて、そういう状態だったのは自分だけじゃなかったと気づいたというか。

世代的に共有する意識があったと?

S:「去年どんなアルバムがよかった?」と話したときに、みんな2013年の12月に出たものを挙げたことがあって。それはつまりみんな2年くらい新譜を聴いていないってことかと(笑)。それから同じ世代の間で空気がボヤッとして止まっているように思えたところがありました。

その空気の止まった感じというのは面白いね。あの頃セイホー君がやっていたことは、強いて言えば、海外の〈Lucky Me〉が一番近かったよね?

S:近かったですね。

シーンの動きが止まって感じてしまったのって、たとえばどんな場面でそれを感じたの?

S:SoundCloudやBandcampが遊び場として利用できていたのが、そうじゃなくなってきたというか。twitterの発言もそれはまではラフだったのに、厳密でなければいけないというか、アーティストとしてどう見られているかが大きくなってきたり……。

かつてあったアナーキーさがどんどん制限させれていった?

S:経験は、1回しかできないじゃないですか。インターネットを介してみんなが繋がっていく高揚感って、たぶん1回しか経験できないんですよ。たとえばUstreamがはじまったとき、クリスマスに岡田さんがDJをして一気に(SNSを介して)注目されたときとか、やっぱすごい高揚感があったんですね。ぼくのように大阪でレーベルをはじめた人間に、東京のクラブからオファーがきたりとか。SNSを通して音楽が広がるのをダイレクトに経験できた時期が2010年以降にあったんです。でもいまtwitterでライヴをオファーされても、もはやそんなの当たり前の話ですからね。この間アメリカ・ツアーに行ったんですけど、「いつもfacebookを見てるよ」って言われたんですけど、そういうことが物珍しく感じられなくなったというか。それが2010年だったら、すごい新鮮に思えたのかもしれないんですけど。

先日、京都のTOYOMUというビートメイカーがBandcampに上げた作品が世界的にどえらいことになったばかりで、インターネットにまだポテンシャルはあると思うけどね。俺はセイホー君のライヴを見て、「新しいな」って思ったんですけど、それが惰性でやっているようには見えなかったんだけどさ(笑)。まだ大阪からやってきたばかりのパワーが、そのときはみなぎっていたんだろうね。

S:いまもライヴをするモチヴェーションが下がったわけではないです。でも、折り合いをつけるために、パワーを使っていたというか。どこの馬の骨かわからん若者を、どうしたら見てもらえるかを考えるじゃないですか? でもその環境がある程度でき上がったときに、それと同じパワーを使えなくなったというか。

俺はあの路線でもう1枚作ってほしかったけどね。

S:でもそういうことなんですよね。逆に言うと、あの路線で作らなくなったのも、たぶん何かがスタートしているからなんです。2015年の11月くらいに、僕のなかの2016年がはじまっている(笑)。2020年までの目標がそのときにできたんですよ。オリンピックをどうするか、みたいなところまで(笑)。

なんだ、それは(笑)。

S:はははは。そこから折り合いをつけていけば、いままでの作品はまた作れるから、今作は種まきから収穫が終わったあとの冬の時期なんですよね。でも冬の時期も悪くはなかったな、みたいな。

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「去年どんなアルバムがよかった?」と話したときに、みんな2013年の12月に出たものを挙げたことがあって。それはつまりみんな2年くらい新譜を聴いていないってことかと(笑)。それから同じ世代の間で空気がボヤッとして止まっているように思えたところがありました。


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ライヴを「動」とすると、こちらは「静」なわけだけど、俺はセイホー君のライヴがすげーと思ったんだよね。あの、30秒と同じループが続かないスピーディーな展開、デジタル時代のスラップスティックというか、すっごい新しいと思ったんだよね。
 ちょうどセイホー君が脚光を浴びた頃は、ヴェイパーウェイヴとかシーパンクとか、新しいキーワードも一緒に出てきたでしょ。初期のジャム・シティみたいなベース・ミュージックも更新されたり、いろんなところで新しい動きが見えたときでもあった。そういうなかにあって、セイホー君がライヴで繰り広げるときの素速い展開って、インターネットの画面をどんどんクリックする感覚と重なるんだよね。すごい情報量が流れているというか。

S:上の世代から情報が多いって言われるんですけど。でもトーフ君とかまわりの人たちと話していると、情報が多いやつらはもっといるんです(笑)。情報量を多くした意図はないんですけどね。

なんていうかな、ここに情報過剰の竜巻があるとしたら、それを切り刻んでコントロールしているような音のイメージがあって。

S:そこは意識しているかな。サンプリングするにあたっても、食材の切り方よりも、食材をどう選ぶかって行為の方を重視しているっていうか。切るという行為に僕はフェティッシュをあんまり感じなくて。僕の選び方って文脈から外れているんですよ。サンプリングって脈絡を大事にするじゃないですか? でもそれはどうでもよくて、なんでそれを僕が選んだかが重要なんですよね。聴き心地とかフェチな部分で音を選んでいるんですけど、それが羅列されるので情報量が多いように聴こえるのかな。

展開の速さが情報量を彷彿させるんじゃないかな。曲で展開するって、じょじょに上がっていくとか、最初には白だったのに気がついたら赤になっていたとか、そういう言い方があるとしたら、セイホー君の場合は、白が来たと思ったらいきなり三角に展開するとか。そこにカタルシスがあるじゃない?

S:僕は音楽を作るときに頭に浮かぶヴィジュアルを参考にすることが多いですね。カメラの長回しは好きなのですが、ストーリーに沿った時間軸の組み立てに興味が無く、無駄な長回しや、ストーリーと関係ないカットが好きです。

そうでしょ。その感じは思い切り出ているよね。

S:たとえばSF小説を読んでいても、人の話を聞いていても、話の内容がまったく頭に入ってこない。でもラストのひとことで、理解はできないけど感動できる瞬間ってあるんです。それは『裸のランチ』みたいなビート文学を読んでいても、僕は同じ感覚があるんです。カットアップですよね。それが意味もなくチョップされているわけではなくて、その作者の選択によって切り刻まれることによってすべて経験したら、作者と似たような感情が芽生えてしまう、みたいな。

なりほどね。ぼくは、圧倒的なパフォーマンスを目の当たりにしているんでね、本当に頭のなかが真っ白になるようなライヴだったんで。しかし、毎回あのテンションでライヴを続けるのもたいへんだよね。しかも、「新世代代表でセイホー」みたいなブッキングも多かったと思うし、「なんで俺はここにいるんだろう?」って思ったりもしたんじゃない?

S:あります(笑)。でも僕の場合は外に出ていないと自分の家に帰れないんですよね。

イベントに出まくってもストレスはなかった?

S:ないです。僕の場合、(ライヴを終えて)家に帰ってくる道が楽しいんですよ。崎陽軒のシュウマイ弁当を買って新幹線で食うっていう(笑)。帰ることによって、自分が来た場所を認識できるじゃないですか? ぼくが拠点を東京に移さないのも、大阪から来ているという点をみんなが見てくれているからで。自分がどこから来ているかはすごく大事なことですね。

じゃあ、とくに今回は、ライヴを終えたときの感覚が出ているのかな。しつこいけど、ライヴの激しさを残してほしかった気も正直あるなぁ。

S:2013年以降、みんなの高揚感が分岐しちゃったのも大きいんですよね。みんなが共有していた良さがあったのに、それをみんなが見てしまったがゆえにバラバラになってしまって。

世代の共有意識が分裂していったということ? たとえばトーフビーツが真面目にJポップを目指すようになったのもそういう話なのかな?

S:だと思います。何をしても許される世界にパッと入ったから、何をするかが重要になってしまって。13年、14年は散らばったというよりは、支度をはじめた感じですね。

あの頃はいくつだったの?

S: 23、24歳のときですね。

まあ、あの頃が時代の風に乗ってやっていたとしたら、今回は、ある意味では、自分がやりたかったことを自分できちんと見せることができたとも言えるよね?

S:でも僕はこの作品をあまり解釈できていなかったんです。作品が僕の思想や哲学の先を行ってしまっているんです。

それはたいへんだね(笑)。

S:いままでの作品って、作る前からそこがかなり明確だったんですよ。だから、すでに頭のなかにでき上がっている曲の設計図をコピーするだけだったのが、なぜかわからないけど設計図が渡されていてそれを作っても、やっぱりわからないみたいな(笑)。

はははは。

S:でもここ2年くらいのものを聴いていると、作品から哲学を教わることも多いんです。1曲目の“Collapse”を作ったときに、僕は人がいない世界を想像していたんですよ。

それはディストピア?

S:そうだと言えばそうなんですけどね。たとえば、50年後のTwitterを見てみたら何が書いてあるんだろう? みたいな。誰もいないのに広告だけが出続けている状態というか。現実世界では人は誰もがいないのにジュースは配送されているし、自販機でもジュースが買えるし、蛇口をひねれば水も出てくるし……。そういう世界ですよね。単純にわかりやすく説明しちゃいましたが、僕にとって自然現象(雨が降る、水が流れる)と人間社会の現象(商品の配送や、水道、コンビニに人がいて商品を買えるなど)は、両方とも同じ自然現象、事象として捉えていて。人間特有の社会形成も自然現象の一部として考えているんです。

へー、そういうイメージなんだ。聞かなければ良かった(笑)。

S:はははは。

それでなぜジャズなの?

S:あれをぼくはジャズという捉え方をしていないんですね。フィールド・レコーディングの音は、自分で録ったものとサウンドライブラリーの映画用の音源とふたつ使っているんです。演奏の方も自分で録ったものとサンプルのものが両方あるんです。これはどっちが良い悪いというわけではなくて、そこがずっとボヤッとしていて。想像のなかで言うと、スピーカーから流れているのか、そこで流れているのか、僕らにとって関係のない世界というか。演奏している人が人間であるかどうかも関係ないというか。そういう要素として、僕のなかでジャズには人の温かみがないんですよ。

その感覚が面白いよね。ジャズをカットアップして、それがコラージュと言われようがミュジーク・コンクレートと言われようが、そういうコンセプト自体は目新しいことでない。でも曲を聴いたときに「面白い」と思ったんだよね。なんかこう、異次元的な感じがしましたよ。

S:トランペットが宙に浮いて演奏していたら楽しいじゃないですか(笑)。

はははは、そういう感じあるよね。そうやって音を細かく設計するのには時間がかかるの?

S:全体を作るのはめちゃくちゃ早くて、それを削る作業の方が長いです。

音数を削っていくということ?

S:音数も、ニュアンスも。例えばジャズでブレスの音が入ると、一瞬で人が吹いてるってわかるわけだから、その音をカットしていく。ピアノもタッチの音がしたら人が弾いているってわかるから、そこを修正していくとうか。逆に人間味のないアナログ・シンセサイザーを、どう人間が演奏しているかのように見せるために削るというか。だから作り方は彫刻を削る作業に似ているんですよね。

今回は前作よりはいろんな曲が楽しめるじゃない? エイフェックス・ツインにたとえるならポリゴン・ウィンドウっていうかさ。

S:ここ数年であまりにも多くのジャンルが出てきたじゃないですか? それこそヴェイパーウェイヴやシーパンク、〈PC Music〉まわりの音もそうだし、ロウ・ハウスやハウスのリヴァイヴァルも含めて。それを僕らは大喜利的に楽しんでいたんですよ。このお題で自分がどうするか、みたいな。でもいろいろ出まくった結果、自分のなかでそれをひとつ決めるのも楽しくないというか。かといって、その全部から良いとこ取りの音楽を作ろうという気もしなくて、そのときの自分の気持ちに従ったらこうなったというか。ヴァリエーションをつけることが目標だったわけではなくて、いろいろ経由してきたから、結果的にいろんなジャンルが生まれてしまったんです。

なるほどね。さっき言ったようなコンセプトがある以上、アルバムの曲順は考えられているんだよね? 後半はアブストラクトになっていくもんね。

S:〈Leaving Records〉の要望に合わせたんですけど、ホントは2曲目と3曲目は逆がよかったんですけどね。でもおっしゃるように、曲順も含めて世界を表現したかったですね。

〈Leaving〉からリリースすることは意識したの?

S:マシュー・デイヴィッドといっしょにツアーを回ったのが2012年なんですが、楽屋裏でマシューがアルバムを作ろうと言ってくれて。そのときは「OK、OK」みたいな(曖昧な)感じで終わったんですけど、その後、僕がオベイ・シティというニューヨークのアーティストとEPを出して、マスタリングをしてもらったのがマシューだったんですけど、そのときに正式にオファーをもらいました。2014年ですね。僕のなかではストップがかかっていたときですね。「どうしようかなぁ。〈Leaving〉のカラーもあるしなぁ……」と思ったままいろいろ作ってました。でも2015年の真ん中ぐらいで、「もしかして、いままで作ってきたものって意外とまとまるんじゃないか?」と気づいたんです。それでこの作品ができたって感じですね。あとは、マシューがハマっているニューエイジ・カルチャーですよね。マシューが考えるヒッピー思想的な部分。

マシューが考えるヒッピー思想的な部分とセイホー君は全然ちがうんじゃないの?

S:その部分と、僕が思う人がいなくなった世界がミスマッチにリンクする部分があったんです(笑)。

ほほぉ。

S:僕が思うヒッピーたちって、自分が強いんですよね。キリスト教と対極的だと僕は思っていて。アメリカ人の友だちと話していてわかったんですけど、キリスト教ってひとつの運命というか結末を進むじゃないですか? でもヒッピーの人たちって、偶然の連続のなかに結末を見ていくみたいな。その偶然の連続みたいなものを決断するのは自分自身だから、人間が強くないとああいう思想は持てないなと。

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喪失感よりも、機会が増えているだけなので、マイナスのものは僕らにとってひとつもないですよ。アーティストはiTunesで働いているわけじゃないから、iTunesがない世界も作れるわけじゃないですか? 


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今回の『コラプス』は魅力的な作品だけど、〈Leaving〉から出ているから良いのではなくて、この作品が面白いんだと思ったけどね。

S:このアルバムで現在やっていたことが、将来わかりやすいものになっているといかに証明できるか、みたいな。いまからそこに折り合いをつけていくと、2020年に普通の人が過去アルバムを聴いたときに「めっちゃポップやん! 当時にそんな難解に思われてたん?」って言われるような形にどうしていくか、みたいな。

それはまたよくわからないことを(笑)。しかし、まあ壮大な計画があるんだね。

S:はははは。

ぼくはさっきそのライヴとの対比を喋ったんですけど、よく考えてみれば、吐き出し方が違っているだけで、根本は変わってないというか、今回のエディット感もライヴの脈絡のない展開力と繫がっているんだろうね。

S:そうなんですが、そこはまだ僕もわかっていないんです(笑)。これをライヴでやるのも違うし、これをライヴでやれるような環境が2020年までにできるのか、いまのライヴ・セットにこれが組み込まれていくのかもわからないんです。けど、どういう曲を作りたいか決める前に、曲ができちゃうから難しいですよね(笑)。

実験的なことをやっても、セイホー君がやるとポップに見えるでしょ。そのキャラがそう思わせるのかもしれないけど。

S:大阪人っていうのもあるかもしれないんですけど、ギリ笑ってくれないと面白くないじゃないですか? 

ヨージ・ビオメハニカさんにも繫がる何かが(笑)。

S:それで阿木(謙)さんとの繋がりが出てくるんですね(笑)。僕が好きな映画監督もそうなんですけど、複雑な人であればあるほど、人懐っこいじゃないですか。

若い人はステージ上のエネルギッシュなセイホーが聴きたかったんじゃない?

S:今回はとくに僕よりも上の人に聴いてほしいんですよね。そもそも僕は同世代の音楽を全然聴いてこなかったし、上の人に聴いてもらって正直な感想が欲しかったというか。同世代って、何をしても繋がれるじゃないですか。音楽に限らずスポーツをやっているやつらとも、同世代だからわかるんですよね。音楽の良いところは、同世代じゃない相手ともわかり合えること。もともとの音楽体験が親とのコミュニケーションだった。オヤジやオカンと話すために音楽を聴いて、それについて語るみたいな。だから上の世代の人にも聴いてほしいし、逆に言えば、もっと下の世代にも聴いてほしいけど。

楽しみにしていることって何ですか?

S:最近はお茶会が楽しいんですよね。

面白い人だね、セイホー君って。

S:あと関西でやってるアポストロフィーってイベントがあって、同じメンバーで定期的にやっているんですが、そのイベントで生花をやっていて楽しいです。この前も東京でイカと生花のイベントをやりまして。まな板にイカを置いてそこに花を生けていくっていう(笑)。そういうのを仲間同士でやっているのが一番楽しいですね。

セイホー君が大切にしていることって何ですか?

S:僕は貧困層に生まれたわけじゃないですけど、家は商売をやっていて不安定だったので、品だけは良くしたいという思いがあって。貧乏人なのに肘をついて食べるのはカッコ悪いみたいな。だからこそ礼儀作法は大事やし、どんなに貧しくても品は保ちたいなと。さっきのコミュニケーションでいうと、礼儀さえ良くて学さえあれば、上の人とも喋れるじゃないですか。それがなかったら下とも話せないんですよね(笑)。お互い礼儀ができていたら小学生だろうが年寄りだろうが、フラットに喋れる。品というのは、レストランへ行ってマナー通りに使えるのが大事ということではありませんよ。例えばフレンチへ行って肘をつくのは礼儀が悪いし、けれども、アメ村の三角公園では友だちと酒飲みながらカップラーメン食べている方が品が良いんですよね。その場所に合った品の良さがあって、それってその場所に対する知識や学があるかってことにつながってくるんじゃないかと思うんです。

その場に合った品の良さかぁ……セイホー君はさ、ファイル交換世代じゃん? CDを買わない世代だよね? そういう世代に属していながら自分の作品は発売するじゃない? そこはどう考えている?

S:野菜がタダでできる時代になったらタダで配るかなぁ。そのぐらいの感じ。やっぱり作る時間があって、作る人がいて、そこに時間がかかっている以上は物々交換をしなきゃいけないというか。野菜も曲もオートマティックになって、なんでもかんでもタダになって、食材も送られてくるようになったら、僕の音楽もタダでいいです。

世のなかの動きはそれとは真逆へ行っているじゃない?

S:そうですよね(笑)。そうかー、ファイル交換か。でも交換は悪いことではないし。

音楽産業は遅れているように見える?

S:それよりも、音楽というものを、あまりにも聴くものにし過ぎたというか。例えばUSJにタダで行かないじゃないですか? 音楽を聴くという行為がエンターテイメントとして成立できる土壌を作らなかったことは、業界としては悪かったと思いつつも、いまだにそこをきっちりやっている人もいるし。

昔の音楽が好きだっていうけど、お父さん世代の音楽の消費のされ方といまは違うよね。フィジカルがないとか、アルバム単位では聴かないとか、そうしたことへの喪失感ってある?

S:喪失感よりも、機会が増えているだけなので、マイナスのものは僕らにとってひとつもないですよ。iTunesがない世界もアーティストとしては作れるじゃないですか? iTunesで働いている人は無理だけど、アーティストはiTunesで働いているわけじゃないから、iTunesがない世界も作れるわけじゃないですか? だからレコード会社がなくなろうが、マネージメント会社がなくなろうが、僕たちはギターが1本あって駅前で歌えばミュージシャンになれるので、……とは言いつつ、難しいですけどね。音楽業界の人たちも音楽が好きな人たちだから、全員で考えなきゃいけない問題ではあるんですよね。そこはちょっと最近大人になって言い切らないようになったんですよね(笑)。

まわりの友だちとかはCDを買う?

S:買っているやつはいますよ。買うというのも体験と一緒で、僕がお茶会やるのも、原宿の女の子がわざわざパンケーキを食べにいくのと、あんまり変わらないことなので。音楽を聴くという体験にまで持っていければ、問題はないのかなと思います。

お茶会って、どういう人たちが来るんですか?

S:おじいちゃんとかおばあちゃんですね(笑)。

だよね(笑)。……ちなみに2年間でライヴをやった本数はざっくりどのくらいなの?

S:月に6本くらいやっていたと思います。

すごいね。そういうもののフィードバックっていうものが、逆説的に今回の作品になったのかぁ……

S:けっこうそうですね。ライヴはライヴでめちゃくちゃ楽しくって、新しい出会いも増えるし。最近、クラブの店長と同い年ぐらいになってきたんですよね。これって大事なことじゃないですか。理解者が増えるほど理解が広まるから、上の世代と状況は変わらなくなるというか(笑)。

DJをやろうとは思わないの?

S:たまにやるんですけど、そんなに好きじゃないですね。でも、DJって自分が知らない曲もかけられるじゃないですか? あれはすごいですよね(笑)。これからはDJ的な立ち位置の子が増えてほしいですね。なんでかというと、作るということもそうなんですけど、キュレーション能力もどんどん問われていくと思うからです。オーガナイザーもキュレーターみたいなところがあるじゃないですか? DJでもそっちの立ち位置へいく人が増えるのかなと思って。

イベント全体を考えるってこと?

S:それもそうだし、あのアーティストとあのアーティストが一緒にやったらいいのになっていうのものの間を取り持つ役割をDJが担って、そこで完成したエクスクルーシヴを自分のセットで流すとか。そういうことができれば面白いかな。

欧米をツアーしてどこが面白かった?

S:アメリカが面白かったですね。とくにフライング・ロータスの後にやったときがいちばん震えましたね。フライング・ロータスが僕のことを紹介してくれて、そっからライヴやったんですけど、けっこう盛り上がって。

受け入れられたと?

S:はい。

やっぱオープンマインドなんだね。

S:意外とロンドンは今一でしたね。〈PC Music〉系のイベントだったこともあったと思うんですけど。

セイホー君の場合は、見た目では、そっちのほうに解釈されても不思議じゃないし(笑)。

S:まったくそうで、アメリカでもインターネット/ギーク系のオタクが集まるようなイベントにも呼ばれましたね。

そういうときはどうなの?

S:日本と同じですよ。

それはそうだよね(笑)。

Prettybwoy - ele-king

 東京を拠点に活動するガラージ/グライムのプロデューサー、プリティボーイ(Prettybwoy)が、5月17日にフランスの前衛的なベース・ミュージックのレーベル〈POLAAR〉から「Overflow EP」をリリースすることが発表された。強靭かつミニマルなキックの連打、卓越したメロディ・センス、ワイリーのデビルズ・ミックスを彷彿させる無重力感などなど、聴きどころ満載な力作に仕上がっている。大きな話題となった重要レーベル〈Big Dada〉のコンピレーション『Grime 2.0』への参加から早3年。プリティボーイは決して速度を落とすことなく、確実に前へ進み続けているようだ。

Prettybwoy – Overflow – POLAAR



 彼にだけ追い風が吹いているわけではない。この数年の間に現れたパキン(PAKIN)や溺死、ダフ(Duff)といったMCたちの活躍は頼もしい。またダブル・クラッパーズ(Double Clapperz)らに代表される新世代プロデューサーもめきめきと頭角を現し、彼らは日々シーンを活性化させている。「本場のヤツらと共演したらエラい」などと言うつもりは毛頭ないが、シーンのプレイヤーたちが〈バターズ〉のイライジャ&スキリアム(Elijah & Skilliam)や、若手最有力MCのストームジー(Stomzy)といったグライム・アーティストたちと共演するまで、日本のグライムは大きくなった。

 シーンが勢いづくこのタイミングでリリースされた作品の裏にある、プリティボーイの意図とは何だろう。また、現在のシーン全体を、彼はどのように見ているのだろうか。今回届いたインタヴューはそれをうかがい知れる興味深いものになっている。『ele-king』に登場するのは実に3年ぶり。ジャパニーズ・ガラージ/グライムのパイオニアに、いまいちど注目しよう。

文:高橋勇人

Prettybwoy(プリティボーイ)
UK GARAGE / GRIME DJ in Tokyo。DJキャリアのスタート時から、独特の視点からガラージ / グライムをプレイし続けるDJ/プロデューサー。 ガラージ、グライム、ダブステップ、ベースライン等、時代と共に細分化していった音楽全てをガラージと捉え、自身のDJセットでそれらを「1時間」に表現する孤高の存在。 国内シーンで定評のあるビッグ・パーティにも度々出演。 自身ではパーティ「GollyGosh」主宰 。 また、「レジェンド オブ UKG!/神」等と称されるDJ EZのラジオ番組KissFMで楽曲“Dam E”が紹介される。 2013年、英〈Ninja Tune〉の傘下レーベル〈Big Dada〉からリリースされたコンピレーション『Grime 2.0』に、グライム・オリジネイター等と共に、唯一の日本人として参加。収録曲“Kissin U”は英雑誌『WIRE』等にも評価され、インスト・グライム DJのスラック(Slackk)らによってRinseFM、NTS、SubFMなどラジオプレイされるなどして、独自のコネクションで活動中。

Artist: Prettybwoy
Title: Overflow EP
Label: POLAAR
Release Date: 2016.05.17
Truck List:
1. Overflow
2. Vivid Colour
3. Humid
4. Flutter


Interview with Prettybwoy

Interviewer:Negatine=■

EPのリリース、おめでとうございます。まずは今回のリリースまでの経緯、リリース元であるフランスのインディペンデント・レーベル、〈POLAAR〉について教えて下さい。

プリティボーイ(Prettybwoy以下、P):僕が「Golly Gosh」というパーティを久しぶりに開催したときに、期間限定でEPをバンドキャンプに発表したんですが、〈POLAAR〉がその曲をとても気に入ってくれて、SNSでメッセージをくれたんです。その時点で、2015年12月に出たコンピレーション『Territoires』の構想に僕の作品がぴったりだっていう話だったから、すぐ「いいよ、喜んで」って僕が返事したところから関係がはじまりました。EPのリリースも早い段階で決まっていましたね。ちょうど1年前のいまの時期でした。
 〈POLAAR〉はフランスのリヨンという都市に拠点を置くレーベルです。設立してから今年で2年目。「シネマティック・ベース・ミュージック」をコンセプトに掲げているとおり、メロディやムードと低音を大切にしていると思う。フロア(FLORE)という女性アーティストが中心になって活動をしています。実際、僕も連絡のほとんどは彼女としていますね。彼女は〈Botchit & Scarper〉などからもリリースしていて、ブレイクス寄りな作風だけど、好きなもの、聴いてきたものは似ているような気がします。レーベルのメンバーのひとりが最近日本に住みはじめました。それ以外はみんなフランスにいます。また、ゼド・バイアスやマムダンス、マーロ、スクラッチャDVA、アイコニカ、ホッジ、ピンチなども過去に出演したことのあるパーティを定期的に開催しています。

今回のEPの内容についてお尋ねします。とてもタイトで洗練されたラインナップですね。また、聴き手によっても色々な解釈が生まれそうな深みも持ち合わせていて、プリティボーイのスタイルが更に進化しているのが感じ取れます。このEPにはコンセプトみたいな物はありますか?

P:この4曲は作った時期もバラバラなので、明確なコンセプトというものはないんです。けど、いわゆるグライムっていうイメージから逸脱したグライム、みたいな作品群になっていると思います。グライム、ガラージDJっていう僕の経験と蓄積から、作りたい音楽を素直に作った結果がこのEPです。

自身が描いているそれぞれの曲のイメージなどあれば教えて下さい。

P:・“Overflow”
僕の製作のなかで、グライムっぽくないグライムが1周して、改めてグライムを作ろうって思って作った曲です。DJセットの中に欲しかったものを素直に作りました。

・“Vivid Colour”
僕、田島昭宇さんの絵が昔から好きで、そのなかでもとくに和服的なふわっとした衣服を着ている女性の絵が好きで、『お伽草子』という作品の弓矢を持った女性のイラストを見ながら、何となく作りました。因みにキャラクターで一番好きなのは『MADARA2(BASARA)』のバサラと芙蓉(フヨウ)で、その芙蓉のイラストから出来た曲もあります。僕なりのサイノ・グライム(注:東洋的な旋律をもったグライムのスタイル)です。

・“Humid”
グライムってどこまで拡大解釈していいのかな? そう考えるきっかけを作った曲で、このEPの中では最初に作りました。梅雨の時期に出来たのでタイトルもじめっとしてます。確か、メロディラインをMIDIキーボードで演奏して録音したのもこの曲が初めてだった気がします。いまはけっこうキーボードを弾いていますが。

・“Flutter”
この曲は、地下アイドルのCD-Rの曲をサンプリングしています。地下アイドルやそれに類する女の子に対して、僕がイメージする「儚さ」みたいなものが曲として具現化した気はします(笑)。

今回のEPの曲はマスタリングまで自身で行っているんですか?

P:いえ、自分で行ったのはミックスダウンまでで、マスタリングはレーベルの方でエンジニアに送っていると思います。誰に頼んでいるのかは定かではないんですが、出来上がりを聴いてとても満足しています。

使用機材などがあれば詳しく教えて下さい。

P:基本的にPC1台で全ての工程を行っています。ソフトはFL Studio、それにRolandのオーディオインターフェイスと、MIDI鍵盤がAlesis Q49とKORGのnanoKey2、モニターはヘッドフォンで行っていてRoland RH-300を使用しています。ソフトシンセはFL Studio純正のものしか最近は使用していません。

また作曲の過程など教えて下さい、コンセプトが先にあって組み立てて行くんですか? もしくはインスピレーションに任せて作曲して行くのでしょうか?

P:とくに決まった形はない……、かなぁ? 自分の経済状況だったり、日本や世界で起きているニュースに触発されたり、SNSを見ながら思ったことを音にしたり、お気に入りのまだそんなに売れてないタレントのインスタとかツイッター動画からサンプリングしてループを作ったり……。その時々の身の回りの空気とか自分の気分が要素として大きいと思います。もともと僕はガラージやグライムが音楽の基盤になっているので、今回はどう逸脱しようかとか、どんな要素をプラスしようかっていう思考で音楽を作っています。だから、iPhoneで音楽を聴きながら外を歩いている時とかに、そういうこと考えていますね。それ以外の時間は絶対何かしら他の作業をしているので。

曲作りの時、好みのルーティン等はありますか?

P:ボーカルもしくはサンプリング・ボイス、主旋律となるループ、キック、パーカッション……という順番が多いですね。ボーカルがないときは主旋律とサンプリング・ボイスの有無、たまにキックのパターンから決めることもあります。サンプリングは先ほど触れたSNS動画の事ですね。最近、かなりの頻度でコレは使っています。iPhoneのマイクで録音された音声、周囲の音、ノイズ、これら全てが面白く使えることもあります。一番面白いのは、それがアップロードされた時にそれを即サンプリングして曲に使うこと。「いま」っていう、妙なリアル感が生まれる気がします。また、何がUPされるのか予想できない面白さもありますね(笑)。

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このEPに先駆けて配信された“Hansei feat. Duff & Dekishi”も素晴らしい曲ですが、こちらはどういった経緯で完成した曲なのでしょうか?

P:ありがとうございます。もともとMCのDuff君と「何か作ろうよ」って話になって、仮のビートを送ったんです。そうしたら、それに仮録りを被せて送ってきてくれて、少ししたら溺死君も参加してくれることになって出来上がりました。トラックはディープにしたかったので、仮トラックより大分変えてしまったのですが、結果的にふたりの声とのハマリ具合も良かったと思います。

タイトルの「ハンセイ」にはどのような意味が込められていますか?

P: 意味はそのままで、特にひねりも何もないです。この曲のインスト・ヴァージョンを最初のレーベルのコンピレーションに入れるという話になった時に、「反省」を英語、フランス語に翻訳する話もしたんだけど、「『ハンセイ』の響きも字面もとても良いよ」って言ってくれたので、そのまま日本語で行くことにしました。

Prettybwoy - Hansei feat. Duff & Dekishi



これからグライムやガラージはどうなって行くと思いますか? またどうあるべきだと思いますか?

P:そのふたつを分けるべきではないと思います。その方が音が面白くなると思う。ガラージの時からそうだったんですが、「コレもガラージでいいの?」っていう新発見が一番楽しいんです。その面白さを自分も続けて行きたいし、アグレッシブな部分は残して行きたいと思っています。クールにまとまりすぎないのも大事なのかなと。

グライムやガラージで影響を受けたアーティストを教えて下さい。

P:多すぎて挙げきれないので、今回はJスウィート(J-Sweet)を選びます。ガラージとグライムの両面から見て良かったです。

またそれ以外のジャンルから影響を受けたアーティストなどがいましたら教えて下さい。

P:いま80年代の坂本龍一の作品群はだいぶ聴いていますね。

日本のグライム・シーンも少しずつですが盛り上がってきていますね。それについてどう思いますか? またこれからどうなっていって欲しいですか?

P:そうですね。先日もボイラールームにダブル・クラッパーズやグライムMC勢もスケプタ(Skepta)と一緒に出演していました。シーンの存在を着実に外へアピールできていると思います。僕が以前、〈Big Dada〉の『Grime2.0』に参加したときに比べたら、考えられないくらい前に進んでいると思いますし、良いコミュニティ関係が築けていると感じていますよ。今月5月21日に新宿ドゥースラーで行われる「That's Not Me! 2」がそれをよく表していると思います。楽曲的にもMC的にも、10数年前にグライムが誕生した時のような荒削りでアグレッシブなエネルギーで満ちている気がするんです。これをうまく取りまとめ、リリースやパーティを開催できるような集合体/レーベルのような存在があったらいいな。グライムだけじゃなく、ベース・ミュージックを総合的に扱えるようなものです。正直、いまの僕にはそんなに時間的余裕がないので、アーティスト以外にそういう人材がいたら良いですね。

日本国内にはグライムのレーベルは少ししかありませんし、活動もまだまだこれからだと思います。海外のインディペンデント・レーベルに見習うべき部分等がありましたら教えて下さい。

P:海外といっても、僕がやり取りしているのはごく限られたレーベルしかないんです。でもそのなかで共通しているのは、レーベルが扱うジャンルがグライムだけじゃないという点。ダブステップだったり、ジューク、テクノ寄りのものだったり様々です。もちろん、グライム一本で真っ向勝負もいいとは思うんですが、もっと幅広い層にアピールできるような作品群があっても良いんじゃないかと思います。
 それと、向こうのレーベル・オーナーは、ライターとかを他でやっていたりする人がけっこう多いですよね。だから、基本的なプレゼンの仕方は心得ている。または、そういった形を熟知しているからこそ、プロモーションをあえてしなかったりするレーベルもあるんです。でもこういう音楽をやっているだけでは、金稼げないと思うので、どうやってプラスに持っていくかは難しいのが現状なんです。日本で同じようにやるのはかなり大変です。同じようなプロモーション方法でやっていても、気づいて貰えないですからね。

■Prettybwoy Schedule

5/13 金 
OUTLOOK FESTIVAL 2016 JAPAN LAUNCH PARTY @ UNIT + UNICE + SALOON

5/17 火 
Overflow EP 発売

5/21 土 
THAT'S NOT ME! 2 Prettybwoy “Overflow EP” release party @ 新宿ドゥースラー
Special Guest : MC ShaoDow (from UK/DiY Gang)

6/3 金 
MIDNITE∵NOON - KAMIXLO JAPAN TOUR 東京 @ Circus Tokyo



吉田省念の繊細な歌の世界 - ele-king

 新作『黄金の館』の発売を目前に控えた吉田省念。ele-kingではインタヴューも公開する予定だが、お先にMV公開の情報が届いたので、ぜひご紹介したい。ともにささやかな空間でありながら対照的な2つの場所を舞台とする映像が、このシンガーソングライターの音楽を繊細に優しく伝えている。

京都発!
奇跡のシンガーソングライター『吉田省念』完全セルフプロデュースによる6年振りとなるニューアルバム「黄金の館」が5月18日に発売。
同アルバムより2本のMVが公開中!!

■コーラスに細野晴臣を迎えた「晴れ男」ミュー-ジック・ビデオ



■ライブでもお馴染みの楽曲 「水中のレコードショップ」ミュー-ジック・ビデオ



くるりの活動を経て、暖めてきた楽曲達が遂に完成。
正統なロック・ルーツサウンドからフォーク・ブルース・アヴァンギャルド迄、彼の歩んで来た道のりを凝縮し、京都から発散するほんわりとした甘酸っぱいサウンドにミックスし、ゆったりと濃密な時が進む。多岐にわたる楽器演奏を自ら紬ぎ、素晴らしい豪華ゲスト陣が寄り添う事でその魅力を存分に伝えるメロディアスで爽快なポップ・アルバム!
ゲスト参加ミュージシャンは、細野晴臣、柳原陽一郎(exたま)、伊藤大地、四家卯大、谷健人(Turntable Films)、植田良太、めめ、さいとうともこ(Cocopeliena)。
ドイツに渡り、NEU・クラウスティンガー(ex KRAFTWORK)と共に音楽活動を行っていた尾之内和之をエンジニアに、自宅・省念スタジオで収録した執念の快心作。

■ライ・クーダーや細野晴臣氏のように過去のさまざまな音楽のエッセンスを現代に蘇らせる名工が作った作品の佇まいがあるし、その飾り気のない純朴な歌いっぷりから、京都系フォークシンガーの佳曲集とも言っていいかもしれない。
【柳原陽一郎 ex.たま】

■言葉にならないです。果てしなく胸の奥の奥の真ん中の部分に触れる。揺れる。夢中で聴いている。 
【奇妙礼太郎】

■去年、舞台音楽の現場を長く共有した省念くんのソロアルバム『黄金の館』すばらしい作品でぼくもうれしい!なつっこいメロディに朴訥な歌声、かなりねじれたアレンジと底なしのギターアイデアが最高ですよ。こんな人と一緒に音楽を作れてたのが僕は誇らしいです。多くの人に聴いてもらいたい!!
【蔡忠浩 (bonobos)】

 


〈作品詳細〉
吉田省念 / 黄金の館
ヨシダ・ショウネン / オウゴンノヤカタ
発売日:5月18日
価格:¥2,500+税
品番:PCD-25199
Cover Art:HELLOAYACHAN

〈トラックリスト〉
1. 黄金の館 
2. 一千一夜 
3. 晴れ男 
4. 水中のレコードショップ 
5. 小さな恋の物語 
6. デカダンいつでっか
7. 夏がくる
8. LUNA 
9. 春の事 
10. 青い空 
11. 銀色の館 
12. 残響のシンフォニー 
13. Piano solo

[●作詞・作曲・演奏 吉田省念 ●録音 尾之内和之 ●MIX 吉田省念・尾之内和之]

<ツアー情報>
■5/14(土) 京都・拾得 「黄金の館」*バンドセット&アルバム先行発売有り
■5/17(火) 京都・磔磔 「月に吠えるワンマン」*ソロでの出演
■5/24(火) 下北沢・レテ「銀色の館 #3」*弾語りソロワンマン  
■5/26(木) 三軒茶屋・Moon Factory Coffee *弾語りoono yuukiとツーマン
■6/5(日) 名古屋・KDハポーン「レコハツワンマン」*京都メンバーでのバンドセット guest:柳原陽一郎
■6/14(火) 京都・拾得 「黄金の館」
■6/30(日) 下北沢・440 「レコハツワンマン」 *バンドセット Dr.伊藤大地、Ba.千葉広樹、guest:柳原陽一郎
■7/14(木)京都・拾得 「黄金の館」
■7/18(月) 京都・磔磔 *詳細未定
■7/24(日) 大阪・ムジカジャポニカ
■8/7(日) 京都・西院ミュージックフェスティバル

吉田省念:
京都出身のミュージシャン。
13歳、エレキギターに出会い自ら音楽に興味をもち現在に至る迄、様々な形態で活動を続ける。
18歳、カセットMTRに出会い自宅録音・一人バンドに没頭 これをきに楽器を演奏する事に興味をもつこの10年間は日本語でのソングライティングに力を入れ自らも唄い活動を続ける。
2008年「soungs」をリリース。吉田省念と三日月スープを結成、2009年「Relax」をリリース。
2011年~2013年くるりに在籍 日本のロックシーンにおける第一線の現場を学ぶ。在籍中はギターとチェロを担当し「坩堝の電圧」をリリース。
2014年から地元京都の拾得にてマンスリーライブ「黄金の館」を主催し、様々なゲストミュージシャンと共演。
四家卯大(cello)、植田良太(contrabass)とのセッションを収録したライブ盤「キヌキセヌ」リリース、RISING SUN ROCK FESTIVAL 2014 in EZOに出演。
2015年ソロアルバムのレコーディングと共に、主演:森山未來 原作:荒木飛呂彦 演出:長谷川寧 舞台「死刑執行中脱獄進行中」の音楽を担当。
既成概念にとらわれない音楽活動を展開中。
website:yoshidashonen.net



KEIHIN (Prowler) - ele-king

2016/5/10


John Grant
Pale Green Ghosts

Bella Union

Amazon


John Grant
Grey Tickles, Black Pressure

Bella Union / ホステス

Amazon


田亀源五郎
弟の夫(1)

双葉社

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Anne Ishiiほか
The Passion of Gengoroh Tagame

Bruno Gmuender

Amazon

 このふたりの出会いを想像したのは、最近のことではない。

 セクシュアル・マイノリティの愛と闘いの歴史を描いたジョン・グラント“グレイシャー”のヴィデオが発表されたのが2014年の頭のことだった。その映像に圧倒された僕はそのままの勢いで文章を書いたのだけれど、少しばかり考えて、LGBTというタームに念のため注釈を入れておいた。いま同じような主旨で何か書くのならば、注釈の必要はまったくないだろう。この2年で状況は大きく変わった。そしてまた、その間の年――2015年に、世界で、この国で起こったことをあらためてここに書く必要もないだろう。テレビをつければ、LGBTイシューについて当事者や著名人、コメンテーター、そして政治家が議論を交わすシーンも珍しくなくなった。世界は変わり続けている。時代は前に進んでいる、のだろう。

 だが、歌はどこにある? 物語はどこにあるのだろう?

 “グレイシャー”からしばらく経ったころ、田亀源五郎がはじめて一般誌にマンガの連載をするというニュースにゲイ・コミュニティはどよめいた。過激にエロティックで、強烈にクールなゲイ・アート作品やコミックを描きつづけ、日本のゲイ・カルチャー・シーンを支えてきたばかりか海外からも高く評価される「ゲイ・エロティック・アーティスト」が――つまり、ゲイたちが生きるための欲望を肯定しつづけてきた作家が、その外に向けてどのような作品を描くのだろうか、と。その作品、『弟の夫』は何よりも作品の力、親しみやすさによってあっという間に話題になり、2015年になる頃にはゲイ・コミュニティに限らない、広い世間に知られることとなった。

 僕はゲイ・サウナをバックに歌うジョン・グラントの髭面を見ながら、『弟の夫』に登場する「弟の夫」であるマイクの髭面のことを考えた。自身のセックスやドラッグの問題、愛と苦悩を赤裸々に綴るグラントの歌と、「平等な結婚」も含めた新しい時代の家族のあり方をこの国のなかで探る『弟の夫』は違う地点に立ってはいるが、だけどどうしても別のものとは思えなかった。グラントの歌が使われたアンドリュー・ヘイの映画『ウィークエンド』でその辺のゲイ青年たちの恋が描かれていたように、アイラ・サックス『人生は小説よりも奇なり』でなんてことのない老ゲイ・カップルの日々が描かれていたように、両者の表現には現代の都市に生きる個人としての同性愛者がいて、そこには彼らの愛や人生、その物語が瑞々しく立ち上がっているからだ。

 その日、田亀氏は抱える連載の締め切りを仕上げ、ジョン・グラントはセクシーなバリトン・ヴォイスを披露したステージを終えて、対面することとなった。話題はゲイ・カルチャーをテーマにしながらセックス表現、オーディエンスとの関係、カミングアウト、政治と表現の関係、家族の問題にまで及び……いや、実際にご覧いただくのがいいだろう。間違いなく現代のゲイ・カルチャーを代表するふたりの対話は、田亀氏が分厚い本を取り出すところからはじまった。


ゲイ・ヒストリーを描いたMV「グレイシャー」

田亀源五郎:まず自己紹介します。私は漫画家で、これはあなたにプレゼントです。気に入るかわからないのですが……(とワールド・リリースの作品集『The Passion of Gengoroh Tagame』を手渡す)。というのは、非常にハードコアなゲイ・ポルノ・コミックなんです。

ジョン・グラント(以下JG):これは素晴らしいですね。アリガトウゴザイマス。

田亀:どういたしまして。

(ジョンに)こちらは日本のとても有名なゲイ・コミック・アーティストの田亀源五郎さんです。

JG:ファンタスティック!

貴重な機会なので、今日はおふたりにゲイ・カルチャーの現在というテーマでお話をうかがいたいと思っています。
ではさっそく質問なのですが、まずは2014年に発表された“グレイシャー”(“氷河”)のヴィデオについて訊きたいと思います。あのヴィデオには僕自身ゲイだということもあり非常に感動したのですが、どのようにできた作品なのでしょうか?

John Grant - Glacier

JG:友人の(映像作家である)ジョナサン・カウエットから「作りたい」と連絡があって、母と子の関係を描いた『ターネーション』(註)という彼の作品が好きだったから、基本好きにやってもらおうと思って任せました。ヴィデオがどんな内容かは知らなかったんですが、すごいものが出来上がったんです。僕も大好きな作品ですね。

(註)『ターネーション』:ジョナサン・カウエットによる自身と母の姿を描いたドキュメンタリー映画。ゲイであるカウエットと精神を病んだ母との葛藤や複雑な愛の形が描かれ、サンダンス映画祭で高く評価された。

田亀:あのヴィデオはゲイ・ヒストリーを描いた内容になっていますが、そのアイデア自体はディレクターのほうから来たものなんですか?

JG:僕と彼の趣向はすごく似ているところがあったので、ヴィデオを許可したんです。ゲイ・カルチャーといっても本当にさまざまな側面がありますが、そのなかの何を重要視するのか、何を求めるのかが非常に近かったんでしょうね。そういったものの幅広さでも共通していました。いろいろな側面があるゲイ・カルチャーを代表するものをフィーチャーしなければならないって想いがあったので、よく耳にするようなステレオタイプなものばかりにはしたくありませんでした。だから彼のヴィジョンではあったのですが、僕も同じ考えでしたね。
(『The Passion of Gengoroh Tagame』の中身が気になり過ぎてビニールを破り始める)……開けてもいいですか?

田亀:どうぞ、どうぞ。

JG:サインしてください!

田亀:もちろん。私もジョンさんのCDにサインをいただけますか?

せっかくなので改めてご紹介すると、田亀源五郎さんは日本のゲイ・アート・シーンを30年以上支えてこられた方で。たとえばこれは海外のアンソロジー本なんですが(と海外リリースのゲイ・アート作品集『HAIR』を出す)、日本を代表するアーティストとして田亀さんの作品が載っています。

JG:ワオ! これもあなたの作品ですか? 素晴らしいですね。

『弟の夫』はもっぱらヘテロの若い男性が読む雑誌に掲載されているんです。そういう読者層に向けて、ゲイ・イシューをどうやって提供するかがテーマでした。 (田亀源五郎)

そして“グレイシャー”のヴィデオが出た同じ年に、はじめて(ゲイ雑誌ではない)一般誌で「ヘテロセクシュアル向けゲイ・コミック」をスタートされたんです。それがこの『弟の夫』という作品なのですが……(『弟の夫』を見せる)。

JG:クール!

だからおふたりとものファンである僕なんかは、「繋がった!」と思ってしまって。

田亀:いま話が出たので少し説明すると、『弟の夫』はもっぱらヘテロの若い男性が読む雑誌に掲載されているんです。そういう読者層に向けて、ゲイ・イシューをどうやって提供するかがテーマでした。日本はゲイがあまりアウトしていない状況なので、知人にリアルにゲイがいるっていうヘテロのひとってそうそういないと思うんですね。

JG:素晴らしいですね。

田亀:私の場合ははじめにオーディエンスの層がある程度見えていたので、その人たちに伝えるのにはこうするのがベストだろう、という方法論でかなり厳密にやったんです。

JG:それはとても重要なことだと思います。届け方っていうのはすごく大事で、だって彼らは「知らない」ですからね! 教えてあげないと(笑)。 

同情ではなく共感を求めている曲なんです。(ジョン・グラント)

私も若い頃は世界から孤立しているような気持ちでした。だから世界に触れるために、絵を描いたんです。(田亀)

ジョン・グラントさん

John Grant/ジョン・グラント
元ザ・サーズのヴォーカリスト。バンド解散後にソロ活動を開始し、2010年に〈ベラ・ユニオン〉よりリリースされた1作め『クイーン・オブ・デンマーク』は英MOJO誌の年間ベスト・アルバムに選出された。2013年の2作め『ペール・グリーン・ゴースツ』はラフ・トレード・ショップス2013年年間ベスト・アルバム1位獲得、2014年には英詞を手がけたアウスゲイルのデビュー・アルバム『イン・ザ・サイレンス』が世界なヒットを記録し、ブリット・アワードにおいて「最優秀インターナショナル男性ソロ・ アーティスト」にもノミネートされた。2016年、3作め『グレイ・ティックルズ、ブラック・プレッシャー』(全英5位)を発表。


“グレイシャー”に関しては、ジョンさんの曲のなかでも特殊だと思ったんですよ。他の曲はご自身の内省を深く探求したものが多いですが、“グレイシャー”に関しては人称が「you」になっていて、聴き手にメッセージを届けるものになっていますよね。これはどういう想いでできた曲なのでしょうか。

JG:いろいろな状況や見方があるからひとに伝えるということは難しいのですが、僕はよくコニャックやバカルディみたいな蒸留酒に喩えるんですね。いろいろと余計なものは取っ払ってしまって、本質は何なのかという、その作業を僕はやったのだと思います。これを本当に伝えたいと思ったのは、すごく怒っている曲だけれど愛もそこにあるからなんです。同情ではなく共感を求めている曲なんですね。それを歌うことによって励ましたいという想いが基本的にあって、それはいま苦しんでいる若いゲイの子たちだけじゃなくて、表には見せないけれど昔の傷を引きずっているであろう年配のゲイのひとたちにも向けられています。世の中はゲイにとって少しずつ安全になりつつありますが、まだまだ多くの葛藤があり、それが精神的なダメージを生んでいるのが現状ですから。
 それからゲイではないひとたちにも向けられています。苦しみを氷河に喩えるのが素敵に思えましてね。氷河は風景をバラバラにしてしまうほど、とても力強い存在です。苦しみも同様に人間の心を完膚なきまでにバラバラにすることがある。でも、この恐ろしい状況を越えなければ、人間同士をつなぎとめる理解や同情は生まれない。僕はそれを伝えたかった。いまだって僕たちの多くは孤立感を抱えているでしょう。だから手を差し伸べてつながりを作る、ということについても歌っています。

田亀:それは私もわかります。私も若い頃は世界から孤立しているような気持ちでした。だから世界に触れるために、絵を描いたんです。

JG:ええ。隠れ場所から出てきて、僕はここに存在しているわけですからね。そういう表現です。


美しさと醜さ──ゲイのイメージのステレオタイプを超える

ではもうひとつ、ヴィデオの話をさせてください。“ディサポインティング”はかなりストレートなラヴ・ソングだと思うのですが、ヴィデオではゲイ・サウナを舞台にしていますよね。あれは悪戯心のようなものも含まれていますか?

John Grant - Disappointing feat. Tracey Thorn (Official Music Video)

JG:見せ方としてはあのヴィデオには遊び心もありますが、いろいろと深い意味も込められているんです。セックスというのは人間のとって重要なイシューのひとつですよね。加えて他の点にもあのヴィデオでは触れています。あそこではステレオタイプの美しいゲイが描かれているけれど、僕にとってゲイ・サウナというのは大抵悪い経験をしたところなんです。そこでHIVになったわけでもないんだけど……なったのはショウの前の楽屋でのことだから(笑)。ただ、危険なセックスをゲイ・サウナで経験したのも事実です。あのヴィデオには遊び心があったとしても、伝えたいものはけっこう重いものがあるんですよ。
 これはすごくパーソナルな曲で、パーソナルなヴィデオなんです。実際にはいまは恋人を見つけたらこんなところ(サウナ)にいる必要はないんだけれど、そこに行き着くまではゲイ・サウナで自分を厳しくジャッジしていました。見た目がいいかとか、身体がいいかとか、あそこにいる彼ぐらいモノが大きいかとか。僕にとっては厄介な場所だったんです。いいセックスもしたけれどね。ただ、あのヴィデオはそういった困難さをはらんだイシューを描いたものなんですよ。

田亀:ただ、私自身“ディサポインティング”のヴィデオはゲイ・ニュース・サイトで初めて見たんですね。するとゲイ・サウナのヴィデオだったんでちょっと目が点になったんですけど(笑)。それを自分がSNSでシェアしたときに気づいたのですが、ゲイの友人たちはそうした批評的な部分ではなくて、単純にメジャーなアーティストがゲイ・サウナを舞台にヴィデオを撮ったというセンセーショナルな部分、それからジョンさんがいま言ったようなステレオタイプな美しいゲイたちに対して「カッコいい!」というふうに食いついている部分があると感じるんですね。そうした受け止められ方と、自分の意図とのギャップみたいなものに対して悩みはないですか?

批評的な部分ではなくて、単純にメジャーなアーティストがゲイ・サウナを舞台にヴィデオを撮ったというセンセーショナルな部分、それからジョンさんがいま言ったようなステレオタイプな美しいゲイたちに対して「カッコいい!」というふうに食いついている部分があると感じるんですね。(田亀)

JG:いえ、僕にとっては自分の言いたいことを自分の言いたいように表現できたことが大事なんです。その先でどう受け取られるかっていうことは僕の問題ではないんですよ。理解されたいという想いはもちろんありましたが、伝えるべきことは伝えたと思っているので。ただ、いまお話を聞いているとラヴ・ストーリーだということ、男性の美しさや男性を性的対象として見るってことは案外伝わってるんだなあ、と思いました。僕はゲイ・サウナでああいう経験をして、あの曲で表現しているような考えに至ったけれど、同じ意見を持ったひとを必要としているわけではありません。いろいろな考え方があるでしょうしね。ゲイ・カルチャーにはオープン・リレーションシップ(註)がしばしば採用されているから、誰を相手にしてもいいってひともいるし、そうではなくて一対一の関係を望むひともいる。僕は地球上に70億人いるうちのひとりとしてのちょっとしたアングルを示しただけなんですよ。だから、どう捉えられるかは自由だと思います。

田亀:なるほど、よくわかりました。

(註)オープン・リレーションシップ:パートナー間で、恋愛関係や性的関係において必ずしも一対一の関係を取らないことに合意している状態。

すると、いまおっしゃったようなギャップについての悩みを田亀先生は抱かれることがあるということですか?

田亀:私の場合は音楽ではなくてマンガなので、ストーリーがはっきりしているんですね。そういう意味ではメッセージ性を含ませようと思えば、いくらでも明確に含ませることができるんです。小説のほうが詩なんかに比べると抽象性は低いだろうから、そういうような問題だと思うのだけれども。だからそういう意味では、自分が狙ったものとまったく違う受け止められ方をしてしまった場合は、ちょっと自分の技量不足とか作品の力不足を疑ってしまうところが、音楽に比べるとあるかもしれないですね。

JG:ああ、僕も理解しました。

僕にとっては自分の言いたいことを自分の言いたいように表現できたことが大事なんです。地球上に70億人いるうちのひとりとしてのちょっとしたアングルを示しただけなんですよ。(グラント)

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セックスと“対等な関係”をめぐる幻想

あともうひとつ、僕が“ディサポインティング”のヴィデオを見て思ったのはゲイ・カルチャーがクリーンになっていることへの反発心があるんじゃないかということだったのですが、そのあたりはどうですか。

JG:うーん、何がいいとか悪いとかを僕が言える立場ではないとは思うんです。たしかにサウナではドラッグの使用や危険なセックスもあるし、誰もそのことを指摘しなかったりする。コンドームなしにセックスをしたりね。だけど僕もそのことを批判はできなくて、なぜなら僕自身危険なセックスをたくさんしていたから(笑)。ただあのヴィデオではそうしたネガティヴな側面もたしかに打ち出していますね。それは、そうした危険でダークな側面も無視できないと思うからです。作りたかったのは純粋なラヴ・ソングなんだけど、そのためにはその陰にある醜い部分や現実も見せなければいけないと思いました。僕自身そんな危険なところに足を踏み込んだために本当の愛を見つける前にHIVになってしまったということもあるから、ゲイ・サウナという場所のそうした現実も打ち出したんです。
 もしあのヴィデオにネガティヴなステートメントがあるとすれば、個人的にこういう経験をしたということと、元クリスタル・メス中毒者で、不特定多数の相手とセックスを重ねHIVになってしまった友人が僕にはいるということです。だからみんなはどうしますか、という問いかけなんですよ。どうしろこうしろ、ああするべきだ、とはいっさい言いません。
 ただ、いまの若いひとたちのなかにはHIVなんかかからない、かかったとしても薬飲んだらだいじょうぶだと言って、好き放題にしても生き長らえられると思っているひとたちがいるみたいだから、それは良いことだとは思えないので、間違ったことは指摘したほうがいいですよね。いろいろな理由でセックスというものを使い果たしてしまった自分は、ここで親密な愛を求める歌を歌っています。つまり、セックスを連想させるサウナという場所において、別な意味での親密な人間の姿を描き出しているわけです。そういうコントラストが大きな曲だな、と思います。

なるほど。

JG:それからもうひとつ、僕はとても信心深い家族に育っているので、セックスというもの自体が僕にとっては難しいものだったんです。セックスなんて話に出すのも汚いもので、身体の問題ももちろんそうでした。そんな環境で育っただけに、言いたくても言えなかったことというのがあのヴィデオのなかにはけっこう詰まっているんですよ。

僕はとても信心深い家族に育っているので、セックスというもの自体が僕にとっては難しいものだったんです。そんな環境で育っただけに、言いたくても言えなかったことというのがあのヴィデオのなかにはけっこう詰まっているんですよ。(グラント)

いまのジョンさんのお話はすごくよくわかります。僕なんかはやっぱり、近年ゲイ・カルチャーがクリーンになり過ぎているのではないかと思うときがあるんですね。だからこそ、セックスやゲイ・カルチャーのダークな部分にも踏み込むジョンさんの表現に惹かれるんです。いま話したようなことを踏まえて、田亀先生がお考えのところはありますか?

田亀:ええと、さっきジョンも言っていたけれども、表現は表現者の数だけあって、その種類が多ければ多いほどいいと私は思っているので、私個人としては現在の風潮がどうこうというのはとくに考えないんですね。ただ、最近マリッジ・イコーリティ(平等な結婚)が世界的にすごく広がったことによって、ゲイに対してヘテロ・ノーマティヴ(註)の考え方が進んでいるのではないですか、あなたはどう思いますか、というような質問を海外のメディアから受けることが多くなりましたね。あと実際にそういった流れのなかでクィアが滅んでいくみたいな危惧を述べているひとはたしかにいますね。
 私は、トレンド的にいまこれが盛り上がっていまこれが下火になって、というようなことは世の中にあるかもしれないけれど、それがそんなに大きな問題だとは思っていないです。

(註)ヘテロ・ノーマティヴ:異性愛と異性愛の規範を普遍的なものだとする考え方。

JG:たしかに! でもそれは、ヘテロの世界の幻想なんですよ(笑)。

(一同笑)

JG:ヘテロの世界だってそううまくいってないんじゃないでしょうかね。ヘテロのひとたちはゲイのひとたちを受け入れた振りをしながら、ゲイっていうのは一対一の関係を守ってうまくやってるんだなと思いたいんですよ。だからそういう(クリーンな)表現になるんでしょうね。ゲイ・サウナがあってそこでHIVに感染して、っていうようなことには蓋をしたいんじゃないかなと。同性愛は間違いだ、地獄行きだって考え方がずっとあったわけですから。それに、僕たちゲイも薬やアルコールやセックスの問題は口に出さなかった部分もありますからね。だから明らかにされなかった部分もあるんだと思います。それを逆手に取られて、「ほら、ゲイは間違いだ!」って言われたくなかったんでしょうね。

田亀:そういう感じはやっぱりありますね。実際私も『弟の夫』に関しては、大人だけでなくハイ・ティーンやロウ・ティーンの子にも読んでほしい本ではあるから、セックスの要素はいっさい排除しているわけです。その分、私は30年間5000ページぐらいグチョグチョのゲイ・ポルノを描いてるんだけど(笑)。そこでバランスを取ってる。だけどこれ(『弟の夫』)だけ取り上げて見られると、そういう綺麗ごとみたいな部分はあるのかもしれない。やっぱりこれは一対一のつがいの話であって、どうしてもモノガミーの世界に根差したところからは逃れられていないから。

JG:ヘテロの世界ではこういったゲイ・ポルノは必要ないですからね(笑)! ヘテロの世界にも彼ら向けの本があるわけですから(笑)。僕はこちら(『弟の夫』)は入り口として本当に優れていると思います。ゲイの世界だってヘテロの世界と同じようにひとによって関係性はさまざまなんだということ、人間関係としてのゲイの姿がここには描かれているのだと思いますから。
 それにもうひとつこの本が重要だと思うのは、ヘテロのひとたちはゲイたちがどんなセックスをするのかで話が止まってしまっていて、その先にある人間関係や普通の生活の部分まで考えが及ばないだろうからなんですね。だからそこを描いたという意味では先を行ってると言えますよね。


田亀源五郎さん

田亀源五郎/たがめ・げんごろう
1964年生まれ。「ゲイ・エロティック・アーティスト」として86年より長きにわたってゲイ・カルチャー・シーンを支えつづける漫画家。86年よりゲイ雑誌にマンガ、イラストレーション、小説等を発表。2014年からは「月刊アクション」にて『弟の夫』の連載を開始、同作は第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した。コミックの単行本や画集の刊行のほかに『日本のゲイ・エロティック・アート vol.1 ゲイ雑誌創生期の作家たち』などの編著がある。代表作に『PRIDE』『君よ知るや南の獄』など。

ヘテロのひとがゲイというと必ずセックスに結びつけて考えてしまうことに対する指摘と、それは違うんだよということは『弟の夫』のなかで実際やっていて。(田亀)

まさにそういう作品なんですよ。

田亀:ヘテロのひとがゲイというと必ずセックスに結びつけて考えてしまうことに対する指摘と、それは違うんだよということはこのマンガのなかで実際やっていて。このお兄さん(『弟の夫』の主人公、弥一)の弟がゲイで、これ(「弟の夫」であるカナダ人のマイク)と結婚しているんですけれども。その弟はもう死んでいなくて、片割れだけが夫の国を訪ねて日本にやって来たという話です。兄の弥一は弟が男と結婚したということがなかなか受け入れられない。そんなある日、弟が男と結婚したときにイコールどっちが女役なんだろうということまで考えてしまっていたけれど、そう考えること自体おかしいんだと弥一は自覚するんです。だからヘテロの読者にもそこらへんを伝えたいなという仕組みにはなっていますね。

JG:それはとても重要なことですね。

それに、さっき田亀先生は綺麗ごとだとおっしゃってましたけど、マイクのシャワーシーンの胸毛の描写なんかは、ゲイ・カルチャーの出自に対するプライドが感じられるんですよね(『弟の夫』を開きながら)。

田亀:ははは。

JG:ええ。あなたの絵は本当に美しいですね。

田亀:ありがとうございます(笑)。


政治と表現の関係

ではもうひとつお訊きしたいのですが、おふたりの表現に何か共通点があるとすれば、それぞれ優れたストーリーテリングがあることだと思うんですよ。そして個人が描かれている。たとえばジョンさんの“ジーザス・ヘイト・ファゴッツ”(「イエスはカマ野郎を嫌ってる」)なんていうのは、アンチ・ゲイ・デモで掲げられるスローガンでもあるわけですよね。

JG:ええ、ええ。

そうした政治的なフレーズが、歌のなかではとてもパーソナルなストーリーとして語られている。そうした政治的なものとの距離の取り方、表現としてパーソナルであることについてどうお考えですか?

JG:政治的なトピックから完全に切り離すことはできないと僕は思っています。こうしてある程度パブリックな存在になってしまって人前でものを言っている以上は、活動家でこそないけれども、ある意味では活動家である部分も否めないんですよね。非常に難しいことだと思います。僕は政治的になりたいわけじゃないんですが、見方によってはもうすでに政治的なわけです。とくにいまの時代において、それは避けられません。何か言ったらそれがすべて広まってしまうわけですから、政治的なこととまったく無縁ですとは言えないと思います。ただそこで大切なのは、自分自身についての真実を語ることだと思うんです。僕の身の上話が面白いからではけっしてなく、いままで言えずにきたから言いたいということなんです。「出る杭は打たれる」って日本では言われるらしいですが、自分は目立たないように目立たないようにして生きてきたので、そのせいでいろいろなものの中毒になってしまったんですよ。そう考えると、本当の自分や自分の人生ときちんと向き合ってこなかったことへのツケが回ったんだと思うんです。少なくともこれが自分の真実だと思うことを、いい面も悪い面も含めてきちんと語っていくということこそが自分に嘘のない生き方であって、そうしているつもりなんです。

僕は政治的になりたいわけじゃないんですが、見方によってはもうすでに政治的なわけです。とくにいまの時代において、それは避けられません。そこで大切なのは、自分自身についての真実を語ることだと思うんです。(グラント)

なるほど……。田亀先生は政治と表現の関係についてどのようにお考えですか?

田亀:日本ではゲイがあまり見えていない状況で、そんななか私は18歳でカムアウトしてるんですね。そのときに感じたのは、私自身が政治的であることを望もうが望むまいが、ゲイをアウトすること自体が必然的に一種の政治性を持ってしまうということでした。

JG:その通りですね。

田亀:あとその時代に第一次ゲイ・ブームみたいな感じでゲイリブみたいなものが盛り上がったんですね。で、ゲイ・アクティビズムが盛り上がって、いろいろな運動をするひとが出てきて。私は情報として集めていたけれども、そのなかへ積極的に参加する気にはなれなかった。というのは、彼らとヴィジョンをあまり共有できそうになかったから。でも逆に自分のなかで続けていきたいことというのはあって、それは私の場合はゲイ向けのマンガを描き続けることだったんですね。だから私にとって重要なのは政治的な抽象論で何かを語ったりすることではなくて、ゲイがゲイのためにゲイを扱ったマンガをずっと描いて作品を残して、その姿を見せ続けること。それが私にとって最大のアクティヴィズムだなと捉えて、いままできていますね。それが最近ちょっと外側から注目されるようになってきて、もうちょっと戦略的になってはいるけど。基本的にはそういう感じです。

JG:それは本当に素敵ですね。

田亀:ありがとう(笑)。

政治的な抽象論で何かを語ったりすることではなくて、ゲイがゲイのためにゲイを扱ったマンガをずっと描いて作品を残して、その姿を見せ続けること。それが私にとって最大のアクティヴィズムだなと捉えて、いままできていますね。(田亀)

JG:すごく勇気のあることだと思います。

JG:同性愛についてはアメリカでは宗教的な問題がありますが、日本ではそうした要素はないのに、伝統的な価値観なのか、なにか階級的なものになっているような気もして。もしかしたら、そっちのほうが良くないようにも思えてきます。

田亀:ひとつ言えるのは、日本にはホモセクシュアルを罪と規定する宗教的な基盤というのはたしかにないんですよね。日本のゲイの子たちは、それに対する罪悪感というのはそんなに刷り込まれない。ただ、日本の社会が何をいちばん重要視するかというと、みんなといっしょだということ、波風を立てないということで。個性的であってはいけないっていうのが日本の価値観のベースなんですよ。そこがゲイ・イシューに関してはいちばん大きな障害になっていると思う。
 たとえばキリスト教みたいな、同性愛を罪として規定する宗教を刷り込まれてしまったひとが罪悪感に苦しむように、波風を立てないことこそが重要だと刷り込まれたひとは、自分が主張することで波風を立ててしまうことに対してものすごく罪悪感を覚える。これって日本のゲイの特徴なんですね。だから日本のゲイで親にカムアウトするときに悩むのは、そのせいで親がどれだけ悩むかとか、親が親戚からどう思われるかとか、第一にそういうことなんですよ。これはやっぱり日本社会の特徴的な面だとは思います。

日本の社会が何をいちばん重要視するかというと、みんなといっしょだということ、波風を立てないということで。そこがゲイ・イシューに関してはいちばん大きな障害になっていると思う。(田亀)

JG:周りのひとからどう見られるかという意味で、子どもがカミングアウトしたら日本人の両親は「不名誉」というふうに表現するのでしょうか。

田亀:いえ、同性愛が罪悪という規定はないから、「不名誉」みたいな言い方はあんまりないと思うんですね。名誉殺人があるとかそういう感じではないんですよ。ただ、うちの親なんかは私のことを「変な子」って言いますよね。で、この間おかしかったのは、私がこのマンガ(『弟の夫』)で日本の政府の賞(註)を獲ったんですが――

(註)2015年、同作が第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞

JG:おめでとうございます!

田亀:ありがとう(笑)。で、そのときにうちの両親はすごく喜んで。はじめて息子のマンガをまともに読めたっていうのもあるんですけど。で、うちの父いわく、私が「変な子」に育ったのは「お父さんのせいよ!」と、いつも母は言うんですって。「変な子」っていうのはゲイのことだと思うんだけど。ただ、こういういいことがあったときだけは母は父のせいにはしないで、それ以外のときは父のせいにするんだって言うんです(笑)。

JG:はははは! 「私が正しかった!」って言いそうなお母さんですね(笑)!

(一同笑)

田亀:だから、「不名誉」とまではいかなくても、クィアという感じには考えるひとは多いと思いますね。

***

 話題はまだまだあったが、残念ながらそこで時間が尽きてしまった。ジョンは僕が持ってきた、毛むくじゃらの男たちのヌード・アートがたくさん載っている『HAIR』の表紙の写真を「これも手に入れないとね!」と撮影する。髭と胸毛と、セックスと愛についてのアートだ。

 それから熱いハグを交わすふたりの姿を見て、ゲイであること、ゲイとして生きることを正面から見つめながら表現に取り組むアーティスト同士のリスペクトがそこに生まれていると感じずにはいられなかった。ジョン・グラントのツアーは続き、田亀源五郎の連載は続いていく。時代が前に進むのならば、そこには必ず終わらない物語があるからだと……そんなことを確信させられる出会いの光景が、そこにはあった。

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 2015年の6月、SNSのアイコンがレインボウに染まってから――全米で同性結婚が合法化されてから――、アメリカにおいて性の多様性を受容することはコモン・センスとしてすっかり定着したのだと思い込んでいた。プライド・パレードで踊る曲はエクソダスを夢想する“ゴー・ウェスト”ではなくて、「自分はこう生きる」と強く宣言するレディ・ガガの“ボーン・ディス・ウェイ”のほうが、まあ時代には合っているんだろうな、と。僕などはむしろLGBTイシューに関してポリティカル・コレクトネスが強くなりすぎているようにも感じられたし、「もっと不謹慎なことをやるひとがいてもいいのに、正しいものばかりじゃなくても……」とこぼしていたぐらいだ。が、それはあまりにも呑気だったと言わざるを得ない……バックラッシュは思ったよりも早くやってきた。

 今年3月には「同性カップルの結婚式などを宗教的な理由で拒むことを認める」とする法律がジョージア州で可決され、大きなニュースとなる。それは著名人や企業の反発もあって知事が拒否権を発動することとなったが、急進したものに対する強い反発のムードが漂ってきているのは事実だ。現在問題となっているノース・カロライナ州で可決された法律「HB2」は出生証明書と同じ性別の公衆トイレの使用を求めるもので、これは明らかにトランスジェンダーの人びとに精神的苦痛を与えるものだ。こういうときに持ち出されるのは必ず子どもで、要するにトランスジェンダーの振りをした人間が子どもに性的虐待をする可能性があると法の賛成派は主張するのだが、セクシュアル・マイノリティ・イシューと性犯罪を安易に結びつけることの差別がそこにあることが見落とされている(あるいは、意図的なのだろうか……)。
 だから、このことに猛反発し、あろうことかノース・カロラナイナ公演をドタキャンしたのがブルース・スプリングスティーンだということは、彼がたんなる大物ミュージシャンでないことを証明するものだった。彼が負っているのはアメリカのロック音楽が目指すべき民主主義であることが、そこでは強調されている。もちろんブライアン・アダムスやパール・ジャム、リンゴ・スターなども公演キャンセルを表明したし、シンディ・ローパーなどは公演を行った上で利益を「HB2」撤廃のために寄付するというやり方を取っている。だがこの件に関しては、明らかにアイコンになっているのはスプリングスティーンだ。彼は「ロック・ショウよりも大切なものがある」と言い、そしてステートメントを発表した
 ひとつ興味深いのは今回キャンセルされたのが、昨年35周年記念でリイシューされた『ザ・リバー』のツアー公演だったことである。アメリカの内部で苦しみとともに生きる人びとを描き、ロックンロールのメロドラマと叙情性を彼らの物語に仮託したその作品がいま、マイノリティたちが生きるための権利運動と結びつくことに何か因縁めいたものを感じるのである。ノース・カロライナ公演のチケットを買ったひとのなかにはたんに『ザ・リバー』を懐かしく思った中高年もたくさんいただろうし、スプリングスティーンの政治的立場に賛同する者ばかりでもなかっただろう。ましてやLGBTイシューに意識的なひとばかりではないはずである。だが、ボスは自分のリスナーをそのことに巻き込むのである。
 それは「怒り」を巡るスプリングスティーンからの問いかけだ。相次ぐコンサートのキャンセルにすでに反発の声も挙がっているそうだが、そうして感情を揺さぶりながら「いまこの国で苦しんでいるのは誰だろうか?」と訴えるのである。僕たちは「We」であることができるだろうか、怒るべきものなのは何か、と。

 日本でLGBTイシューが後れを取っているのは、アウトしている当事者が少ない(社会がカミングアウトを受け入れていない)ということとともに、アライ(支援者)である非当事者の顔も見えにくいからと言われている。だから、ある種のパフォーマンスとして自らの立場を明確にしたスプリングスティーンの姿にはどうしたって――海を超えて、勇気づけられるものがある。コンサートを急遽キャンセルしたときにどれだけの損害が出るか考えると、彼の周りにいるスタッフも含めて負ったリスクは計り知れないだろう。
 いま政治に燃えるアメリカのなかで、決して若くはないミュージシャンもまたその最前線にいること。大統領選がエンターテインメントとして過熱するなか、そのことを見落とさないようにしたいと思う。そして僕は『ザ・リバー』を……いや、『レッキング・ボール』を聴く。そこには「We」からはじまる曲が2曲収められていて、そのタイトルは、「We take care of our own」と「We are alive」である。

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