「METAL」と一致するもの

Shovel Dance Collective - ele-king

 伝統的なフォーク・ソングは、上手く演奏されると尋常ではないクオリティーの高さを発揮する。空気中の何かが変化したかのように、演奏者もオーディエンスも、その会場にいるのが自分たちだけではないことに気付くのだ。シャーリー・コリンズが、かつてインタヴューで「私が歌うと、過去の世代が自分の背面に立っているように感じる」と語ったように。
 これは、現代のフォーク・アンサンブル、Shovel Dance Collectiveの音楽を特徴付ける性質のひとつである。ロンドンの9人組は、いわゆるフォーク・ソング歌手のようには見えない。まずほとんどのメンバーがまだ20代であり、ドローン、メタル、アーリー・ミュージック、そしてフリー・インプロヴィゼーションなどの異端なジャンルへの愛着を公言する。数年前の結成以来、まるで歴史修正主義者のような熱意でフォークの正典に向き合い、労働者階級、クィア、黒人、プロト・フェミニズムの物語を前面に出してきた。その切迫感が音楽にも乗り移り、生々しく、土臭く、非常に生き生きと感じられる。端的に言えば、存在感があるのだ。
 2021年のクリスマスにShovel Dance CollectiveのYouTubeアカウントに投稿された動画は、まさに彼らの典型的なアプローチの仕方といえる。ヴォーカリストのマタイオ・オースティン・ディーンが、がらんとした工業用建物に独り佇み、19世紀の哀歌“The Four Loom Weaver”を歌う。労働者階級の失業と飢餓についての苦悩の物語だ。荒涼としたセットの感じが、ディーンの、首を垂れ、目を閉じてトランス状態にあるかのように切々と歌うパフォーマンスにさらにパンチを加えている。

 これまでのShovel Dance Collectiveのレコーディングの多くは、洗練よりも即時性を重視している。彼らの最初のリリース、2020年の『Offcuts and Oddities』は、手持ちのレコーダーや携帯電話で収録され、しばしばハープ奏者のフィデルマ・ハンラハンのリビング・ルームで録音されているのだ。彼らが従来のスタジオ録音を行うことは想像しにくく、これまででもっとも充実したリリースとなった『The Water is the Shovel of the Shore』(水は岸辺のシャヴェルである、の意)も、勿論そうではない。
 アルバムは4つの長尺の作品(シンプルにIからIVと番号付けられている)で構成され、ヴォーカルとインストゥルメンタルの演奏に、ロンドンのテムズ川とその近辺の水路などで収録された環境音がブレンドされている。マルチ・インストゥルメンタリストのダニエル・S.エヴァンスにより継ぎ合わされたこれらのメドレー/サウンドコラージュは、存分に感情に訴えてくる。
 そこかしこに水が在る。激しく流れ、足元を跳ね上げ、天上から滴り落ちる。たくさんの声が、溺れた恋人や海で遭難した船員、捕鯨船団や、海軍の遠征の話を語り、亡霊のように霧の中から浮かび上がる。しかし同時に、観光客がカモメに餌をやる音、艤装の際の軋む音、そして聖職者が毎年行う川への祝福の音なども聞こえてくる。過去が現在と共存している。歌と、歌に込められた物語は、街そのものから切り離せないものとなる。
 このアルバムは、エヴァンス、ディーンと同じくヴォーカルのニック・グラナータが、ロンドン南東部のかつては水車で埋め尽くされていた地帯であるエルヴァーソン・ロードDLR駅地下を走るトンネルで録音したセッションに端を発する。航海にまつわるテーマの“Lowlands”や“The Cruel Grave”といった曲ではディーンとグラナータの声が幽霊のように空間に轟く。
 他のメンバーたち(彼らのことをショヴェラーズと呼んでもOK?)も水にまつわるテーマを取り上げ、ヴァイオリン、ハンマー・ダルシマー(訳注:イギリスの伝統音楽で多用されるピアノの原型の打弦楽器)、そして私のお気に入りであるバスハーモニカなどの楽器で、バラッドやジグやシーシャンティ(船乗りたちの労働歌の一種)に貢献している。多種多様な録音の忠実度が、hi-fi/lo-fiがブレンドされたcaroline(キャロライン)の自身の名を冠したアルバムを思わせる、ある種の面白いコントラストを生み出している。実際、「The Rolling Waves」の美しいヴァージョンを演奏しているヴァイオリニストのオリヴァー・ハミルトンとロー・ホイッスル奏者のアレックス・マッケンジーは、両方のグループに共通のメンバーだ。
 アルバムに付随するエッセイでは、テムズ川の象徴性と一般的な水について深く掘り下げている。「土地と人々の支配に欠かせない水は、土地の文化とは一線を画した、植民地化、奴隷制度、人種差別、資本、商品や人々の移動の過程で形成された独自の文化を持っている。」という認識は、選曲や演奏のスピリットにも反映される。それは決して騒々しいものではないが、ブリティッシュ・フォークと聞いて多くの人が想像するような気取った田園風のものでもない。
 複数の民族の血を引くこの集団のメンバーと同様に、音楽は特定の国や地域に限定されておらず、イングランド、スコットランド、アイルランドにガイアナの歌がある。アルバムはガイアナ人の母親を持つディーンが歌う「Ova Canje Water」で幕を閉じるが、この曲は旧イギリス領ギアナで逃亡した奴隷が、新しく手にした自由について思いを巡らせながら、タイトルにもなっているカンジェ川の水を振り返って見渡すと言う内容だ。
 荒涼とした話になりがちなこのアルバムのなかでは、希望のある終わり方だ。特に第2部の冒頭を飾る悲痛なバラッド“In Charlestown there Dwelled a Lass ”(チャールズタウンに一人の小娘が住んでいた)がそうで、ハンラハンのハープをバックに、グラナータがアノーニのような情感豊かな震える声で、悲運のロマンスを表現している。衝撃的だ。
 全員によるアンサンブルを聴けるのは、冒頭の“The Bold Fisherman”の1曲のみであるにも関わらず、このレコードにみる団結力のすごさは印象的だ。個々の声が組み合わさり、何よりも大きな物を創造する、真の意味での集団的な仕事なのである。曲の多くが断片としてしか聴こえてこないのも、生きた伝統に触れているという感覚を高めてくれる。人から人へと受け継がれるもの、時が止まっているのではなく、常に動いているもの。過去から未来へと流れる共同体のようなものを。

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Shovel Dance Collective

The Water is the Shovel of the Shore

Memorials of Distinction / Double Dare

James Hadfield
 
Performed well, traditional folk songs can have an uncanny quality. Something in the air seems to shift, as players and audience alike become aware that they’re no longer the only ones in the room. As Shirley Collins once told an interviewer[1] : “When I sing, I feel past generations standing behind me.”
This is a defining quality of the music made by contemporary folk ensemble Shovel Dance Collective. The London nine-piece don’t look like your typical folkies: most of the members are still in their twenties, for starters, and they cite an affection for such heterodox genres as drone, metal, early music and free improvisation. Since forming a few years ago, they’ve been tackling the folk canon with the zeal of revisionist historians, foregrounding working-class, queer, Black and proto-feminist narratives. That sense of urgency carries over into the music itself, which can feel raw, earthy, and very much alive. Simply put, it has presence.
A video[2]  posted to Shovel Dance Collective’s YouTube account on Christmas Eve in 2021 is typical their approach. Vocalist Mataio Austin Dean stands alone in a vacant industrial building and sings the 19th-century lament ‘The Four Loom Weaver’, a wrenching tale of working-class unemployment and starvation. The starkness of the setting gives added punch to what’s already an impassioned performance – which Dean delivers with his head bowed and eyes shut, as if in a trance.
Much of Shovel Dance Collective’s recorded output to date has prized immediacy over polish. Their first release, 2020’s “Offcuts and Oddities,” was captured on handheld recorders and phones; they often record in harp player Fidelma Hanrahan’s living room. It’s hard to imagine the group making a conventional studio record – and “The Water is the Shovel of the Shore,” their most substantial release to date, certainly isn’t it.
The album comprises four lengthy pieces (simply numbered ‘I’ to ‘IV’), in which vocal and instrumental performances are blended with environmental recordings captured along London’s River Thames and nearby waterways. Spliced together by multi-instrumentalist Daniel S. Evans, these medley/sound collages are richly evocative.
Water is everywhere: flowing in torrents, sloshing underfoot, dripping from the ceilings. Voices emerge like revenants stumbling out of the fog, telling stories of drowned lovers and sailors lost at sea, whaling expeditions and naval campaigns. But we also hear tourists feeding gulls, the creaking of rigging, and clergy conducting their annual blessing of the river. The past coexists with the present. The songs, and the stories they contain, become indivisible from the city itself.
The genesis of the album was a session recorded by Evans, Dean and fellow vocalist Nick Granata in a tunnel that runs under the Elverson Road DLR station in south-east London, a site once occupied by a watermill. Dean and Granata’s voices resound through the space, haunting it, as they perform nautically themed fare including ‘Lowlands’ and ‘The Cruel Grave.’
The other members (is it OK to call them “shovelers”?) pick up the aquatic theme, contributing ballads, jigs and sea shanties on instruments ranging from violin to hammered dulcimer and – my personal favourite – bass harmonica. The varying fidelity of the recordings makes for some delicious textural contrasts, redolent of the hi-fi/lo-fi blend on caroline’s self-titled album. Indeed, the groups share a couple of members – violinist Oliver Hamilton and low whistle player Alex Mckenzie – who do a beautiful version of ‘The Rolling Waves’ here.
An accompanying essay delves deeper into the symbolism of the Thames, and water in general: “Vital in the control of lands and people, water has its own culture, distinct from land cultures, formed by processes of colonisation, slavery, racialisation, movement of capital, goods, people.” This awareness informs both the choice of songs and the spirit in which they’re performed. It isn’t raucous, exactly, but nor is this the kind of genteel, bucolic stuff that most people think of when you mention British folk.
In keeping with the mixed heritage of the collective’s members, the music isn’t restricted to any one country or region. There are songs from England, Scotland, Ireland and Guyana. The album concludes with Dean – whose mother is Guyanese – singing ‘Ova Canje Water’, in which an escaped slave in what was then British Guiana looks back across the waters of the titular Canje River, contemplating his newfound freedom.
It’s a hopeful finish to an album whose tales tend to be bleaker in nature. That’s especially true of ‘In Charlestown there Dwelled a Lass’, the heartbreaking ballad that opens the second part. Accompanied by Hanrahan’s harp, Granata delivers a story of doomed romance in a quavering vocal with the emotional intensity of Anohni. It’s a stunner.
Only once – on the opening performance of ‘The Bold Fisherman’ – do we hear all of the ensemble together, yet it’s impressive how cohesive the record is. It’s a collective undertaking in the truest sense, in how the individual voices combine to create something greater than all of them. The way many of the songs are only heard as fragments heightens the sense of tapping into a living tradition: something passed on from one person to the next, in constant motion rather than fixed in time. Something communal, flowing from the past to the future.

boris - ele-king

 先月末に刊行されたele-king Books『現代メタルガイドブック』では、第1章の最初にBoris with Merzbowの『2R0I2P0』を掲載している。これは、序文でも述べたメタルの越境性、型を築きそれを足場にしながら遠く(様々な音楽領域、地域など)へ向かう音楽という特質を非常によく体現する作品だからで、本書のスタンスや広がりを示すものとしても、それにそのまま対応するBorisの広大なカタログへの導入としても、かなり的確なセレクトになったのではないかと思う。本書が刷り上がったタイミングでDOMMUNEのBoris特集(11月15日)が開催され、そこでAtsuoさんと宇川さんに見本誌をお渡しすることができたのだが、直後にAtsuoさんから頂いた感想は以下のようなものだった。「“メタル”という言葉は自分の中では“Heavy Metal”と同義で、“Heavy Metal”と言われるのが嫌だから“メタル”と崩して言っていたのだが、こちらの本ではMetalとHeavy Metalが別物として扱われていたのが衝撃、しかもそれが当たり前のような前提になっていることに驚いた」
 メタル界最大のデータベースサイト「Metal Archives」(別名Encyclopedia Metallum、バンド名+metallumで検索するのはメタル系ディガーの定石)にも「Genre: Heavy Metal」という区分があるように、狭義の「ヘヴィ・メタル」は「メタル」のサブジャンルの一つで、90年代に入るとジャンル全体を指す表現としては機能しなくなる。そこで本書では、80年代までのHR/HM(ハードロック/ヘヴィ・メタル)に対し、その枠に留まらない90年代以降のオルタナティヴ・メタル(MelvinsやKorn以降の系譜)などを「ポストHR/HM」という言葉でまとめ、それら全てを含む概念としての「メタル」の文脈を整理することに努めた。Borisの音楽性は「ポストHR/HM」にまたがる部分が多いが、「HR/HM」的な要素も全くないわけではない。そうした意味において、本書はBorisを聴き込むにあたっての包括的な資料集としても充実した内容になったと思う。

 これはつまり、Borisの音楽性には分厚いガイドブックでも網羅しきれない広がりがあるということでもある。実際、今年発表された3つのフルアルバムをみても、各々の音楽的なスタイルは大きく異なる。1月リリースの『W』はシューゲイザーやアンビエントを初期CANに寄せた感じの天上のドローン・ロックで、成層圏で夢心地になるような朦朧とした陶酔感に包まれていたが、8月リリースの『Heavy Rocks』(同タイトルで3作目)は、1968年以前のプロト・ヘヴィロックを意識しつつ、GASTUNKやトランス・レコード周辺〜初期ヴィジュアル系にも通じる混沌とした作風になっている。そして、12月にリリースされた小文字boris名義の『fade』では、ギターの野太い持続音が軸となり、ボーカルや打楽器の存在感は遠景に希釈されている。Sunn O)))の『Life Metal』や初期のEarthに近い作風の本作は、主なルーツの一つであるドローン・ドゥームに最も接近した仕上がりで、豊かな響きに浸っているうちに64分の長さがあっという間に過ぎていく。傑作の多いBorisのディスコグラフィにおいても、屈指の逸品ではないかと思われる。

 Borisの音楽性はかくのごとく多彩で、それぞれ別のバンドによる作品だと言われてもおかしくない描き分けがなされているのだが、その一方でどの作品にもBorisならではの強い記名性があり、続けて聴いてもほとんど違和感がない。こうした持ち味のなかで特に重要な役割を担っているのが、固有の“間”の感覚だろう。DOMMUNEのBoris特集でも「グリッドもカウントも要らない。バンドとはそういうもの」「リハも、能とか振り付けの稽古に近い」という発言があったように、Borisのリズム・アンサンブルは、伸び縮みやズレを肯定しつついかに息を合わせるかという方向に研ぎ澄まされている。このような特性が顕著に示されているのが『W』収録の“Drowning by Numbers”で、休符を活かしたベースのフレーズはファンク的なのに、そうした音楽に特徴的な“踊らせる”類のノリは殆ど出ておらず、靄のように漂い続ける居心地が生まれている。そして、本作においてはそれが正解だという説得力にも溢れている。こうした“間”の感覚や展開ペースの支配力、いわば“ドローンぢから”はどの作品にも濃厚に備わっていて、万華鏡のように変化する音楽性との対比で新たな表情を示し続ける。Borisがここまで無節操な音楽的変遷を繰り返しながらも大きな支持を得ることができている秘訣は、このあたりにもあるのではないかと思う。
 その上で、もう一つ重要なのが独特のリリカルなメロディ〜コード遣いだろう。『fade』の比較対象としてSunn O)))の『Life Metal』を挙げたが、響きの質感や時間の流れ方は似ていても、静かに泣き濡れるようなメロウな雰囲気は大きく異なる。これはむしろ裸のラリーズやCorruptedのような日本のバンドに通じる味わいで、ゴシック+ノイズ的な場面でも、Tim HeckerあたりよりもMORRIE(元DEAD END、ヴィジュアル系や日本のオルタナティヴロックの始祖的な重要人物)を想起させられたりもする。『fade』では、そうした雰囲気がドローン・ドゥーム形式のもとで程よく抽象化されることにより、湿っているけれどもべたつかない、哀切の残り香が漂うような居心地が生まれている。その意味で、本作はBorisのエッセンスを高純度で凝縮した一枚になっている。歌もの形式ではないので取っ付きづらく思う人もいるかもしれないが、表現力の面ではむしろ聴きやすく分かりやすい内容なので、ここから初めてBorisを聴いてみるのもいいかもしれない。

 Borisのインタヴューはいずれも非常に面白いが、そのなかでもとくに印象的な発言として、「日本の中にいるわけでも、海外にいるわけでもなく、色んなところに出入りが出来るというか、そういう境界を超えながら、どこにも属せない」というものがあった。上で述べた音楽性に加え、アニソンやボーカロイド、同人音楽まで何でも網羅するBorisは、音楽メディアのジャンル縦割り姿勢では確かに扱いづらい存在ではある。しかし、あらゆる音楽形式を網羅するディスコグラフィは、ポピュラー音楽からアンダーグラウンドシーンに繋がる地下水脈のようなネットワークを体現しており、どれか一つの作品を入り口としてどこにでも向かえる道筋を用意してくれている。『fade』1曲目のタイトル“三叉路”はそうした在り方を象徴するものだし、作編曲の面でも、その“三叉路”の最後2分ほどに『W』収録曲“Old Projector”のアウトロを引用、「(汝、差し出された手を掴むべからず)」の終盤ではBathory的な原初期ブラックメタルが聞こえてくる(これはSunn O)))の「Báthory Erzébet」を連想させる)、最終曲“a bao a qu - 無限回廊 -”は2005年の『mabuta no ura』にも同タイトルの曲が収録されているなど、様々な文脈が仕込まれている。境界を超えながらどこにも属さず、それらを俯瞰するところで個を確立し、様々な時間軸を繋げて新たなメランコリーを生み出していく。そうした創意が示された素晴らしい作品である。

Koshiro Hino (goat & KAKUHAN) - ele-king

 バンドgoatを率いる一方、YPY名義でも電子音楽作品を発表している日野浩志郎。昨年は鼓童とのコラボ・プロジェクトがあったが、来る12月26日、大阪の枚方関西医大小ホールにて、goatとしては5年ぶりとなる国内公演が開催される。結成10周年を迎える2023年に向け、新作も準備中とのこと。
 そしてもうひとつニュース。日野がチェリストの中川裕貴と組むユニット「KAKUHAN」の初のアルバムが数日前にリリースされている。これが素晴らしい内容なのであらためてレヴューで紹介する予定ですが、そのKAKUHAN初の単独公演が今月の19日と20日、こちらは京都芸術センター講堂にて開催。
 年の瀬も押し迫るなか、日野浩志郎の動きから目が離せない。

日野浩志郎率いるバンド「goat」、約5年ぶりの国内公演開催が決定

電子音楽ソロプロジェクト「YPY」をはじめ、舞台作品「GEIST」や、太鼓芸能集団 鼓童とコラボレートした音楽映画「戦慄せしめよ/Shiver」(2021年公開、豊田利晃監督)などで知られる音楽家・作曲家の日野浩志郎を中心に活動を行うバンド「goat」が、今年の12月26日に大阪の枚方にて約5年ぶりとなる国内公演を行うことが決定した。

オリジナルメンバーの日野、田上敦巳、安藤暁彦に加え、MANISDRON、The Noupのドラマー岡田高史と、元鼓童の篠笛・パーカッション奏者である立石雷の5人編成で活動中の「goat」は、来年2023年の結成10周年に向け、約8年ぶりとなる新作アルバムを制作中だ。

今回の公演は、アルバム収録予定の新作楽曲を交えたおよそ60分ほどの演奏となる予定。

会場となるのは、昨年開館したばかりの枚方市総合文化芸術センター内にある関西医大小ホール。客席は約300席、内装壁面にレンガを採用し、豊かな響きと遮音性にも優れたホールとなっている。

宣伝美術は画家の五木田智央、音響は新作のレコーディングエンジニアでもある西川文章が担当。

公演に合わせて会場限定物販の販売や、北加賀屋 club daphniaでのアフターパーティーも予定している。

[公演概要]

goat 枚方関西医大小ホール公演

日時 12月26日(月)18:30開場 / 19:00開演
会場 枚方市総合文化芸術センター 関西医大小ホール(大阪府枚方市新町2-1-60)
チケット 前売り 4,000円 / 当日 4,500円 / U25 3,000円(https://goat-hirakata.peatix.com/)

出演 goat(日野浩志郎、田上敦巳、岡田高史、立石雷、安藤暁彦)
音響 西川文章
照明 渡辺敬之
宣伝美術 五木田智央(アートワーク)、真壁昂士(デザイン)
主催 株式会社鳥友会
文化庁「ARTS for the future! 2」補助対象事業

[プロフィール]


goat

2013年に日野浩志郎を中心に結成したグループ。元はギター、サックス、ベース、ドラムの4人編成であるが、現在は楽曲によって楽器を持ち替えていく5人編成で活動している。極力楽器の持つ音階を無視し、発音させる際に生じるノイズ、ミュート音などから楽曲を制作。執拗な反復から生まれるトランスと疲労、12音階を外したハーモニクス音からなるメロディのようなものは都会(クラブ)的であると同時に民族的。
https://emrecords.bandcamp.com/album/new-games-rhythm-sound
https://goatjp.bandcamp.com/

《 goat after party 》
日時 12月26日(月)23:00開場
会場 club daphnia(大阪府大阪市住之江区北加賀屋5-5-1)
チケット 当日 2,500円+1drink *goat枚方公演参加者は1,500円+1drink

出演者:
YAMA
MITAYO



YukiNakagawa2022

KAKUHAN「musica s/tirring」

開催日時:
2022年11月19日(土)・20日(日)
開場 14:30
開演 15:00(17時終了予定)

会場:
京都芸術センター講堂/フリースペース

出演者・スタッフ・クレジット:
出演 KAKUHAN(日野浩志郎、中川裕貴)
音響 西川文章
音響プログラミング 古館健
照明 渡辺敬之
美術 OLEO
舞台監督 十河陽平
宣伝美術 白石晋一郎(写真)、清田優(デザイン)

主催 株式会社鳥友会、京都芸術センター、公益財団法人京都市芸術文化協会

チケット料金:
前売り 3,000円
当日 3,500円
U25 2,000円

予約:
peatix
https://musica-stirring.peatix.com

京都芸術センターウェブサイト
https://www.kac.or.jp/events/32818/

京都芸術センター 窓口 [10:00-20:00]
〒604-8156 京都市中京区室町通蛸薬師下る山伏山町546-2
*窓口販売のみ。電話・FAXによる予約は不可。

アクセス:
京都芸術センター
604-8156 京都市中京区室町通蛸薬師下る山伏山町546-2
Tel: 075-213-1000 Fax: 075-213-1004
E-mail: info@kac.or.jp URL: https://www.kac.or.jp/

地下鉄烏丸線「四条駅」、阪急京都線「烏丸駅」
22番・24番出口より徒歩5分。
駐車場はございません。公共交通機関をご利用ください。

日野浩志郎と中川裕貴によるユニット「KAKUHAN」初の単独公演「musica s/tirring」を開催します。
大阪と京都を拠点とし、国内外で活動する日野と中川はそれぞれ、ライブ演奏だけでなく、舞台や映画の音楽制作などの多様な活動を続けるなかで、既存の音楽の範疇を逸脱しながら、音楽がもつポテンシャルに対して深い思考/試行を巡らせてきました。そうした両者は、オーケストラ公演など、これまで様々な作品を共に制作して作ってきましたが、デュオという最小単位での制作は、本公演が初めての機会となります。
公演タイトルの「musica s/tirring」は、日野と中川の制作コンセプトから名づけられました。「撹拌」を意味する「stirring」。それにスラッシュが付されることで、「s/t」という「セルフタイトル」を意味する表記が形づくられています。そうした語を「musica(音楽)」と結び付けること。すなわち、日野と中川は、音楽を攪拌することと、音楽そのものであることを、時に重ね合わせ、時に両者の間を往還することで、制作を行ってきたのです。
本公演では、そのようにして両者が制作した楽曲を「負(OU)」と「角(KAK)」というふたつに分けて構成し、京都芸術センターの講堂とフリースペースにて演奏を行います。


KAKUHAN - Metal zone

KAKUHAN is
Koshiro Hino - electronics
Yuki Nakagawa - cello

A1. MT-DMZ
A2. MT-STM
A3. MT-ZN1
A4. MT-BZSR

B1. MT-SS1
B2. MT-AUTC
B3. MT-RWV
B4. MT-ZUC

NKD06
Mastered by Rashad Becker
Mixed by Bunsho Nishikawa
Lacquer Cut by Loop-O
Artwork by Shinichiro Shiraishi
Art coordination by Yusuke Nakano
Designed by Takashi Makabe
Published by Edition Golfen & Reiten / Freibank

Koshiro HinoとYuki NakagawaによるKAKUHANの1stアルバム「Metal Zone」は「電子音楽/弦楽」、「現代音楽/クラブミュージック」、「トラディショナル/コンテンポラリー」、「フィジカル/メタフィジカル」、「作曲/即興」など、様々な異なる要素がそのユニット名の通り「攪拌」されている。それは、チェロと電子音、ヒトとマシーン、アコースティックとエレクトロニクスによる別の「レフトフィールド」のかたちとも言えるのではないだろうか。
これまでEM records、Workshop、WhereToNow?、Nous、Acido、BLACK SMOKER RECORDSなどから作品をリリースしているKoshiro Hino。彼の主な作曲作品として、電子音楽とエレクトロニクスのハイブリッドオーケストラ「Virginal Variations」(2016)、Eli KeszlerやJoe Taliaなどをゲストに迎えて行ったシアターピース「GEIST」(2018-)、FUJI|||||||||||TAと共に作曲を行った「INTERDIFFUSION A tribute to Yoshi Wada」(2021-)がある。そしてそれら全ての作品にYuki Nakagawaはチェロプレイヤーとして参加してきた。
Yuki Nakagawaは京都を中心に活動するチェリスト、作曲家、演出家。彼は独学でチェロを学び、独自で生み出した様々な特殊奏法やチェロを使用したライブエレクトロニクス演奏に長年取り組んでいる。また近年では自作のチェロ弓を使用した演奏も行うなど、「チェロ」という楽器のもつポテンシャルを最大限に引き出すパフォーマンスを10年以上にわたり行ってきている。ただこれまで正式なリリース音源はほとんどなく、このKAKUHANの音源は彼の貴重な演奏記録ともなる。
このデュオ「KAKUHAN」の音楽制作が半ば偶発的にスタートした。「GEIST」の制作の為にスタジオに入った二人だったが、息抜き的に即興演奏をエレクトロニクスとチェロで録音したことが活動の始まりとなった。二人は単なるライブや音源作品だけでなく、舞台芸術やダンス、映画などの音楽制作など、それぞれにジャンルをまたぎ幅広く活動してきたが、特にコンセプトや目的等を設けず音楽制作を開始することから多くの発見や様々な音が生み出された。その後も2021年に複数回にわたりレコーディングセッションを行い、デュオでのライブ活動も開始。2022年にユニット名を「KAKUHAN」とし、この作品がデビューアルバムとなる。
今回のアルバムはアートワークとして、イギリスの映画監督、舞台デザイナー、作家、園芸家であるデレク・ジャーマンの庭を写真家Shinichiro Shiraishiが撮影したものが使用されている。このアートワークの中にみえる人工物/自然物、具象/抽象、動的/静的のイメージは、KAKUHANの音楽のかたちをビジュアルとして現すものだ。KAKUHANの音楽には、デレクジャーマンの庭がそうであったように、自然/人工の間にひそむ何か、また様々な音楽の「状態」が在る。
「Metal Zone」の奥から聴こえるストリングの音や声(チェロは人間の声に一番近い楽器である)、響くビートや電子音は、現代音楽/クラブミュージックがこれまで遂げてきた変貌の道の上にある。電子音とアコースティック楽器の融合、楽器の音を電子化する、電子化された音から聴覚を通じて何かを想像することは、これまでの実験音楽や現代音楽でも行われてきたものだが、KAKUHANのこのアルバムから聴こえるものは、それをさらに別のものへと転化させている。
音楽の中で無自覚に生み出され、放置された様々な「ゾーン」をKAKUHANは今、さらに攪拌する。

interview with Dry Cleaning - ele-king

 『Stumpwork』というのはおかしな言葉だ。口にしてみてもおかしいし、その意味を紐解くのに分解してみると、さらに厄介になる。「Stump(=切り株)」とは、壊れたものや不完全なもの、つまり枯れた木の跡や、切断された枝があった場所を指す。そして、そこに労働力(= work)を加えるのは奇妙な感じがする。

 「Stumpwork」とは、糸や、さまざまな素材を重ねて、型押し模様を作り、立体的な奥行きを出す刺繍の一種で、もしかしたら、そこにドライ・クリーニングの濃密で複雑なテクスチャーの音楽とのつながりを見い出すことができるかもしれない。しかし、まず第一に、この言葉が感覚的に奇妙でおかしな言葉であることを忘れないでいよう。

 フローレンス・ショウは、いま、英語という言語を扱う作詞家のなかでもっとも興味深い人物の一人であり、面白くて示唆に富む表現に関しての傑出した直感の持ち主である。アルバム・タイトルでもそうだが、彼女は言葉の持つ本質的な響きというテクスチャーに一種の喜びを感じているようだ。“Kwenchy Kups”という曲では、歌詞の「otters(発音:オターズ)」という単語で、「t」を強調し、後に続く母音を引きずっているのが、音楽らしいとも言えるし、ひそかにコミカルとも言える。また、「dog sledge(*1)」、「shrunking(*2)」、「let's eat pancake(*3)」といった言葉や表現には、「あれ?」と思うくらいのズレがあるが、言語的な常識からすると、訳がわからないほど逸脱しているわけではなく、ちょっとした間違いや、型にとらわれない表現の違和感を常に楽しんでいることがうかがえる。このような遊び心あふれるテクスチャーは、「Leaping gazelles and a canister of butane (跳びはねるガゼルの群れと、ブタンガスのカセットボンベ)」のような、幻想的なものと俗なものを並列させる彼女の感性にも常に息づいている。ドライ・クリーニングの歌詞は、物語をつなぎとめる組織体が剥ぎ取られ、細部と色彩だけが残された話のように展開する。何十もの声のコラージュが、エモーショナルで印象主義的な絵画へと発展していくのだ。

*1: 正しくはdog sled(=犬ぞり)。「Sledge」はイギリス英語で「そり」なので、dogと合体してしまっているが、dog sledが正確には正しい。
*2: 正しくはshrinking(=収縮)。過去形はshrank、過去分詞はshrunk、現在進行形はshrinkingでshrunkingという言葉は存在しない。動詞の活用ミス。
*3: 正しくはLet’s eat a pancakeもしくはLet’s eat (some) pancakes。文法ミス。冠詞が入っていないだけだが、カタコト風な英語に聞こえる。

 音楽性において『Stumpwork』は、彼らの2021年のデビュー作『New Long Leg』(これも素晴らしい)よりも広範で豊かなパレットを露わにしている。ドライ・クリーニングのサウンドは、しばしばポスト・パンクという伸縮性のある言葉で特徴付けられ、トム・ダウズの表情豊かなギターワークからは、ワイヤーの尖った音や、フェルトやザ・ドゥルッティ・コラムの類音反復音を彷彿とさせるような要素を聴くことができるが、彼は今回それをさらに押し進めて、不気味で酔っ払ったようなディストーションやアンビエントの濁りへと歪ませている。ベーシストのルイス・メイナード、ドラマーのニック・バクストンは、パンクやインディの枠組みを超えたアイデアやダイナミクスを取り入れた、精妙かつ想像力豊かなリズムセクションを形成している。オープニング・トラックの“Anna Calls From The Arctic”では、まるでシティ・ポップのような心地よいシンセが出迎えてくれるし、アルバム全体を通して、予想外かつ斜め上のアレンジが我々を優しくリードしてくれる。このアルバムは、聴く人の注意を強烈に引きつけるようなものではなく、煌めくカラーパレットに溶け込んでいく方が近いと言えるだろう。

 だがこの作品は抽象的なものではない。現実は、タペストリーに縫い込まれたイメージの断片に常に存在するし、自然な会話の表現の癖を捉えるショウの耳にも、そして彼女の蛇行するナレーションとごく自然に会話を交わすようなバンドの音楽性とアレンジにも存在している。ある意味、このアルバムはより楽観的な感じがあって、人と人がつながる幸せな瞬間や、日常生活のささやかな喜びに焦点を当てているのだが、やはり、フローレンスの歌い方は相も変わらず、不満げで、擦れた感じがある。イギリスの混乱した政治状況は、曲のタイトル“Conservative Hell”に顕著に表れているのだが、私は、とりわけ混乱した状況の最中にトムとルイスと落ち合うことになった。イギリス女王は数週間前に埋葬されたばかりで、リズ・トラス首相の非現実的な残酷さが、ボリス・ジョンソンのぼろぼろな残酷さに取って代わったばかりで、リシ・スナックの空っぽで生気のない残酷さにはまだ至っていないという状況だった。

 3年ぶりにイギリスを訪れた私は、いきなりこんな質問で切り出した。

最近のイギリスでの暮らしはどのような感じですか?

トム:ニュースを見ていると、まるで悪夢だよ。しかも、すべてはいままでと同じような感じで進んでいる。新しい首相が誕生したことで、ひとつ言えることは、いまがまさにどん底だってことで、保守党政権の終焉を意味してるということ。12年間も緊縮財政を続けたのに、何の成長もなかったから、上層部の議員でさえ、もはや野党になる必要があるなんて言っているんだ。まあ、良い点としては、次の選挙で保守党が落選することだろう。デメリットは、保守党落選まで、俺たちは、彼らが掲げる馬鹿げた政策に付き合わなければならないってことだね。

ルイス:うちの妹みたいに政治に全く興味のない人でも、「ショックー! マジでクソ高い!」って言ってるんだ。 請求書や食料の買い出しなど、いまは本当にキツイ状況になってる。

トム:まさにその通りだね。もし次の選挙で負けたいなら、国民の住宅ローンをメチャクチャにしてやればいい!


by Ben Rayner(左から取材に答えてくれたギターのトム、中央にベースのルイス、そしてヴォーカルのフローレンスにドラムのニック)

ニュースを見ていると、まるで悪夢だよ。しかも、すべてはいままでと同じような感じで進んでいる。新しい首相が誕生したことで、ひとつ言えることは、いまがまさにどん底だってことで、保守党政権の終焉を意味してるということ。12年間も緊縮財政を続けたのに、何の成長もなかったから、上層部の議員でさえ、もはや野党になる必要があるなんて言っているんだ。

私の家族も同じようなことを言っていますよ。さて、この話題をどうやって新しいアルバムにつなげようかな......(一同笑)。先ほど、普段通りの生活をしながらも、現在の状況が断片的に滲み出てきているとおっしゃっていましたね。もしイギリスの政治情勢がアルバムに影響を与えているとしたら、それは日常生活のなかに感じられる、そういったささやかな断片なのだと思います。例えば、ある曲でフローレンスは「Everything’s expensive…(何から何まで物価は高いし...)」と言っていますよね。

トム: 「Nothing works(何をやっても駄目)」そうなんだよ。俺たちがフローの歌詞についてコメントするのはなかなか難しいんだけど、彼女は、ひとつのテーマについて曲を書くということは絶対にしない人なんだ。彼女の曲を聴いていると、脳の働き方がイメージできる。俺は以前、自転車に乗っていて車に轢かれたことがあるんだが、気絶する直前、不思議なことがいろいろと頭に浮かんできたんだ。でも、さっき俺が言った「いままでと同じような感じで進んでいる」というのは、「いままでと同じような感じで進んでいるけど、すごく抑圧的な空気が影に潜んでいる」という意味なんだ。それでも仕事に行かないといけないし、請求書も払わないといけないし、日常のことはすべてやらないといけない。ただ、政治情勢がね……俺たちは12年間この状況にいたわけで、少しでも好奇心や観察力がある人なら、その影響を受けていると思うよ。

ルイス:俺たちはいつもひとつの場所に集まって、一緒に作曲をする。フローは、自分の書いた歌詞を紙に束ねて持って来るから、それを組み合わせたり、繋げたり、丸で囲んだり、位置を変えたりしている。そうやって、様々なアイデアが集まるコラージュのようなものを作っているんだ。

(ドライ・クリーニングの音楽を)聴いていると、何かの断片が自分を通り越していくような感じがするんです。

トム:でも、ランダムってわけじゃない。彼女は、歌詞を一行書くと、次は、逆の内容を書くという性分みたいなものがあると思う。響き的にも、テクスチャー的にも、コンセプト的にも、まったく違うものを書くんだよ。例えば、絵を描くときに、すべての要素がうまく調和するようにバランスをとっているような感じかもしれない。

ルイス:俺たちが自分たちのパートを演奏することで彼女の歌詞に反応するという、会話みたいなことをたくさんやっているんだ。

(アルバムには)日常生活の断片のような一面もあるので、自分たちでアルバムを聴いていて「あ、この会話覚えてる……」と思ったりすることはあるんですか?

トム:ああ、たしかに俺たちの言ったこととか、自分がいた場で友だちが言ったこととかが、歌詞に入ってるよ。

ルイス:俺たちの演奏と同じように、彼女も即興で歌詞を書くことが多いし、あらかじめ考えたアイディアも持っている。バンドで演奏しているときは、その場の音がかなりうるさいから、ヴォーカルだけ別録りして、フローが言ったことを自分で聴き返せるようにしたんだ。今回のアルバムでは、ファーストよりも、レコーディングのプロセスで歌詞を変えていたことが多かったみたいだけど、それほど大きな違いはなかったと思う。

トム:それは、スタジオでの即興をたくさんやったからということもある。でも、だいたいの場合、フローは俺たちが曲を作り始めるタイミングと同じ時に作詞をはじめるんだ。曲を書きはじめる時はみんなで集まって、ルイスが言っていたように、フローがやっている何かが、俺たちのやっていること、つまりサウンドに影響することがよくあるんだよ。“Gary Ashby”を作曲しているときは、フローが、行方不明になった亀について歌っていると知った時点で、こちらの演奏方法が変わった。フローが言っていることをうまく強調する方法を探したり、フローの歌詞をもっと魅力的にできるように、もっとメランコリックにできるように工夫する。以前なら使わなかったマイナーコードなどを使うかもしれない。音楽を全部作った後に、彼女が別の場所で歌詞を書くということはめったにないよ。もっとオーガニックな形でやってるんだ。

ルイス:俺たちは、他のメンバーへの反応と同じような方法で、フローにも反応する。俺がドラムに反応するのと同じように、彼女のヴォーカルにも反応するし、その逆もしかり。(フローの声は)同じ空間にある、別の楽器なんだ。

初期のEPや、特に前作と比べて、(作曲の)アプローチはどのように変化したのでしょうか?

トム:作曲のやり方はいまでも変わらないよ。基本的にみんなでジャムして作曲するんだ。

ルイス:携帯電話でデモを録ることが多いね。みんなでジャムしていて、「これはいい感じだな」と思ったら、誰かが携帯電話を使って録音しはじめる。そして、翌週にその音源で作業することもあれば、半年間放置されていて、誰かが「そういえば、半年前のジャムはなかなか良かったよな」って思い出すこともある。ほとんどの曲はそんな始まり方だよ。今回はスタジオにいる時間が長く取れたから、意図的に、曲が完成されていない状態でスタジオに入ったんだ。

トム:そう、アプローチの違いは、基本的に時間がもっと使えたということ。前回は2週間しかなくて、なるべく早く仕上げないといけなかった。

ルイス:それに、ファースト・アルバムのときは、事前にツアーをやっていたから、レコーディングする前にライヴで演奏していた曲もあったんだ。今回は、ツアーができなかったから、アルバムをレコーディングし終わって、いまはアルバムの曲を練習しているところなんだ。

なるほど。曲を作曲している段階で、観客の存在がなかったということが、この作品のプロセスにどのような影響を与えたのか気になっていました。

トム: 実際に曲をライヴで演奏して試してみないとわからないから、何とも言えないね。その状況を受け入れるしかなかったよ。ライヴで曲を演奏することができなかったから、自分たちがいいと思うようなアルバムを作ることにしたのさ。

ルイス:(自分たちの曲を)聴くってことが大事だと思う。スタジオでは、また違った感じで音が録音されるから。スタジオで実験できるのはとてもいいことだし、俺たちの曲作りのプロセスには聴き返すという部分が多く含まれている、ジャムを聴き返すとかね。もし俺たちがレコーディングして、それを聴き直して編集するという作業をしていなかったら、ほとんどの曲は、演奏していて一番楽しいものがベースになるだろうけど、実際はほとんどそうならない。聴き返すということをちゃんとしているから。ライヴで演奏できなかったけれど、結局、同じようなことが起こったと思う。つまり、何が演奏して楽しいかよりも、何が良い音として聴こえるか、ということに重きが置かれることになるんだ。

トム:それと、1枚目のアルバムで学んだのは、あるひとつの方法でレコーディングしたからといって、必ずしもそれがライヴで再現される必要はないということ。だから、今回のアルバムをいまになって、またおさらいしているんだ。アルバムには絶対に入れるべき要素もあるけれど、また作り直していいものもある。『New Long Leg』のツアーでは、“Her Hippo”と“More Big Birds”に、新しいパートを加えたり、尺を長くしたりしていたから、この2曲は(アルバムヴァージョンより)少し違う曲になったんだ。

ルイス:偶然にそうなるときもあるよね。ツアーを通して、曲が自然に進化していくこともある。

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俺たちはいつもひとつの場所に集まって、一緒に作曲をする。フローは、自分の書いた歌詞を紙に束ねて持って来るから、それを組み合わせたり、繋げたり、丸で囲んだり、位置を変えたりしている。そうやって、様々なアイデアが集まるコラージュのようなものを作っているんだ。

今回のアルバムを聴いていてしばしば感じたことなのですが、曲が自然な形で完結し、これで終わりかなと思ったらまた戻ってきて、それが時にはそれまでとは全く違う感じになっているということがありました。それも、スタジオで色々と作業する時間が増えたからなのでしょうか?

トム:それにはいくつかの要因があると思う。まず、“Every Day Carry”を作ったときは、初めてスタジオで三つのパートを作って、そのなかでも即興演奏を加えたりした。“Conservative Hell”のときは、曲の最後の部分は、曲の最初の部分を完成させてから、何かが足りないと感じていたところに、ジョン(・パリッシュ、プロデューサー)が、何か作り上げようという気にさせてくれたから、出来たものなんだ。

ルイス:ファースト・アルバムでは、ジョンは曲を短くするのがとても上手だったけど、“Every Day Carry”では曲を伸ばそうという意図があった。ジョンにとっても、そのプロセスが実は楽しかったみたいだ。セカンド・アルバムのときも、ジョンはまた曲を短くするんだろうと覚悟していたんだけど、彼はもっと曲を伸ばそうとしていた。長くするのを楽しんでいたみたいだった。「曲は長い方がいいんだ!」とか言って。ジョンが曲を長くしてくれたことに、俺たちは驚きだったよ。

プロデューサーのジョン・パリッシュのことですね?

ルイス:そう。

ジョン・パリッシュは、私の地元ブリストル近辺の出身なんです。彼は、私が大好きなアルバム、ブリリアント・コーナーズの『Joy Ride』をプロデュースしたんですよ……(一同笑)。彼が他にも、さらに有名なアルバムを手がけているのは知っていますけど、私はとにかくブリリアント・コーナーズが大好きなんですよね。

トム:それがジョンのいいところだよね。自慢話をするような人ではないし、あまり有名人の名前を出したりしないんだけど、一緒に夕食をとっているときに、何か言ったりする。ジョンがトレイシー・チャップマンのレコードを手がけたって言うから、俺は「何だって!?」と思ったよ。彼にはそういうエピソードがあるんだけど、それは自然に彼から引き出さないといけないんだ。

ジョンとの制作は2回目ということで、親しみもあり、リラックスした雰囲気で仕事ができたのでしょうか?

トム:そうだね、それにはいくつかの理由があると思う。まず、自分たちの状態が安定していたということ。『New Long Leg』が好評だったことも自信につながったし、あの時点では、もっと大規模な公演にも出ていたから、とにかく気持ちが楽だったんだ。最初のアルバムでは、テイクを重ねながら、「これは絶対に素晴らしいものにしないといけないから、俺は全力を尽くさねば!」なんて思っていたんだけど、実際には、そんなこと思わなくていいんだと後で気づいた。アルバムを制作するということはとても複雑なことで、本当に数多くの段階があるから、ミキシングとマスタリングが終わる頃には、自分がそもそも何をしようとしていたのかさえ、すっかり忘れているんだ。だから、今回のアルバムでは、ある意味、ありのままを受け入れた。良いテイクを撮ろうとはするけれど、ジョンが満足すれば、次の作業に移るということをしていた。

ルイス:それにファースト・アルバムでは、ジョンと会った直後にレコーディングしたんだ。彼に会って、ほんの数時間で“Unsmart Lady”を録音して、次の曲に移って、また次の曲に移ってという感じ。バンドとして演奏する時間があまりなかったんだ。

トム:そうそう、それに前回は、彼が「それは嫌だから、変えて」とか言うもんだから、耐性のない俺たちにはショックだったよな(笑)。

ルイス:そうそう、で、トムは「え、今からですか?」ってなってたよね。前回は、日曜日に休みが1日だけあって、土曜日にジョンに「それは嫌だから、明日の休みの日の間に変えてくれ。では、月曜日に!」って言われたんだ。

トム:でも、前回のセッションが終わるころには、俺たちはすっかり溶け込んでいた。ジョンの仕事の仕方が気に入ったし、彼のコメントを個人的に受け止めなくていいってことが分かった。それに俺たちの自信もついたし、バンドとして少したくましくなったから、彼のコメントにもうまく対処できるようになった。だから、2枚目のアルバムでは、もしジョンが何かを違う風にやってみろと言ったら、俺たちは素直に違うやり方を模索した。

ルイス:それに、今回は音源に何か変更を加えるためにスタジオ入りしたという感じもある。最初のアルバムでは、多くの曲を既にライヴで演奏していたから、みんな自分のパートやアイデアに固執してしまっていて、それを変えるのは難しかった。でも今回は、もっとオープンな気持ちで臨んだんだ。

今回のアルバムは、ファースト・アルバムに比べて音の質感がかなり広がった感じがあります。それは自然にそうなったのでしょうか、それとも何か意識的に音を広げる要素があったのでしょうか?

トム:俺たちの音楽の好みが広いから、そうなることは自然だと思うんだよね。もし、もっと時間があれば、俺はアンビエント系のプロジェクトをやりたいと思うし、ルイスと一緒にメタル・バンドをやりたいとか、いつも思うんだよ。ニックはきっと何らかのダンス・ミュージックをやるだろうな。

ルイス:ドライ・クリーニングは、そうしたすべてのアイデアをさまざまな方向にうまく展開させた、素敵なコラボレーションなんだ。

トム:ルイスが1枚目のアルバムから今回のアルバムへの移行を説明したように、1枚目のアルバムでは、様々な方向に進むための余白がほとんど残っていなかった。2枚目のアルバムでは、そこから少し先に進めたという感じ。そして、もし次のアルバムを作る機会があれば、できれば3枚目のアルバムでは、さらにそれを発展させたいと考えているんだ。いろいろな道を模索していきたいと思っている。だから、もう少しアンビエントな方向に行きそうなときでも、「いや、こういう音楽は作りたくない」とはならずに、その流れに乗ることができるんだ。俺たちは、すでにそういう音楽が好きだからね。

ルイス:それに、スタジオで何ができるかということもいろいろと学んでいる。最初のEPはデモみたいなもので、2、3時間でレコーディングした。スタジオで演奏する時間があまりないから、リハーサルルームでいい感じに聴こえたものを、自分のパートとして書き留めていくような感じだった。2枚目のアルバムでは、スタジオ用に曲を書いていたという意識が強かった。曲を書いていて、トムが「この上に12弦ギターを乗せるべきだ!」などと言い出したりね。キーボードのパートがあったとしたら、ニックが静かに演奏しながら「アルバムではもっと大音量にするけど、こうやって弾くとすごくいい音になるんだよ」と言ったりね。そういう実験がもっとできるようになったんだ。

そのアンビエントな感じがもっとも顕著に表れているのが“Liberty Log”ではないかと思いますが、スポークン・ワードが大部分を占める曲のために作曲することというのは、従来のポップ・ソングのヴァース、コーラス、バースという構成に比べて、別のやり方で音楽を構成していくことになるのではないかと思うのですが。

ルイス:メンバーの誰かが「じゃあ、そろそろコーラスを演奏してみるか?」と言うんだけど、他のメンバーが「どれがコーラスなの?」って聞き返すことが何度もあったよ。

トム:そうそう、「どれがコーラス?」って。

ルイス:それで、どこがでコーラスなのか、みんなで決めるんだよ。

トム:それは実は良い傾向だと思うんだ。俺たちは皆、それぞれ別の考え方をしているけど、そんななかでも音楽は成立しているんだってこと。これは俺も同感なんだが、ルイスは過去のインタヴューで、俺たちのアイデンティティの強さのひとつは、すべての中心にフローがいることだと言っていて、彼女の声が俺たちをしっかりと固定して支えてくれることだと言っていた。たしかにミュージシャンとして、いろいろなものを取り入れる余地が与えられているように感じられるね。“Hot Penny Day”を書きはじめたとき、俺が最初にメイン・リフを書いたんだが、それは、『山羊の頭のスープ』時代のローリング・ストーンズみたいなサウンドに聴こえたんだけど...。

ルイス:誰かが、それをぶち壊したんだよ!

トム:それをルイスに聴かせて、一緒に演奏し始めたら、スリープみたいなストーナー・ロックみたいなものに変わり始めて、よりグルーヴィーになったんだ。

ルイス:そこにフローが加わると、一気にドライ・クリーニングのサウンドになるんだ。彼女の声や表現が、俺たちの音楽に幅を与えてくれていると思う。

トム:ミュージシャンとして、このメンバーと5年間一緒に仕事をしてきて、みんなそれぞれ、音のモチーフがあると思うんだ。ルイスだとわかる音があり、ニックだとわかる音があり、彼らにも俺だとわかる音がある。でもフローは間違いなくドライ・クリーニングという世界で、すべてを錨のように固定して、支えている存在なんだ。

by Ben Rayner

俺たちは皆、それぞれ別の考え方をしているけど、そんななかでも音楽は成立しているんだってこと。これは俺も同感なんだが、ルイスは過去のインタヴューで、俺たちのアイデンティティの強さのひとつは、すべての中心にフローがいることだと言っていて、彼女の声が俺たちをしっかりと固定して支えてくれることだと言っていた。

あなたがたが過去に活動していたバンド、サンパレイユとラ・シャークの作品を聴いていたのですが、例えばサンパレイユは一見パンク・バンドですが、わかりやすいパンク・バンドではないし、ラ・シャークは少しインディ・ポップ・バンドっぽいですが、これまたわかりやすいバンドではないように感じます。常に予期せぬ角度から攻めている気がするんです。

トム:俺たちが過去にいたバンドをチェックしてくれたのはすごく嬉しいよ! ドライ・クリーニングを理解するには、俺たちが過去にやってきたことがルーツになっていると思うからね。あなたが言う通り、俺たちは音楽の趣味が広い。俺が最初に経験した音楽はパンクやハードコアのバンドだったけど、スタイル的にかなり限界があると思っていたんだ。速い音楽のカタルシスも好きなんだけど、REMのメロディも好きなんだよ。ラ・シャーク(の演奏)は何度か見たことがあるけど、彼らは、明らかに歪んだ感じのポップ・バンドだったけど、後期の作品はインストゥルメンタルなファンカデリックのようなサウンドだったんだ。そんなわけだから、自分たちのいままでの影響をすべてひとつのバンドに集約するには時間が足りないんだよ。

ルイス:俺は運転中に、ふたつのバンドを組み合わせたらどうなるかっていう妄想をいろいろするんだけど、トムやニックやフローに会ったときに、そのアイデアを話すんだ。すると、彼らは「それ、やってみようよ!」と言ってくれる。で、やってみると、やっぱりドライ・クリーニングになるんだよね。ニュー・アルバムからフローのヴォーカルを抜いたら、いろんなジャンルに落とし込めそうな素材がたくさんあると思う。

フローレンスはすべての中心にいて、バンドのアイデンティティを束ねているとのことですが、同時に、彼女は少し離れているようなところもありますよね。新作では、ミックスの仕方だと思うのですが、以前よりもさらに、バンドがどこかひとつの場所で演奏しているように聴こえるのに、彼女のヴォーカルが入ってくると、まるで彼女が耳元で歌っているように聴こえるんです。まるで、自分がステージ上のバンドを観ているときに女性が耳元で囁いているような。

ルイス:それを聞いて、フローがバンドに入った経緯を思い出したよ。たしか、トムがバンド(の音楽)を演奏していたときに、フローがそれにかぶせるようにしゃべったのがはじまりだったね。

トム:俺たちは一緒にヴィジュアル・アートを学んでいて、当時は二人とも漫画の制作をしていて、その話をするために会ったんだ。彼女が「最近は他に何してるの?」と聞いてきたから、「ルイスとニックとジャムしはじめたよ」と答えた。そのときにちょうどデモがいくつかあったから、彼女に聴いてもらった。彼女はイヤホンを取り外して、「ふーん、面白いわね」と言って、喋りを再開したんだけど、まだイヤホンから音が出ていて、音楽が聴こえてきて、彼女の声がそれにかぶさっていた。ジョンが俺たちのバンドのことで一番興味があるのは、どうやってフローの声をミックスするかと言うことだと思うんだ。このアルバムでは、彼女の息づかいがかなり感じられるようになっている。フローはとても繊細なパフォーマーだから、彼女がするちょっとした仕草、例えば舌の動きとか、そういったごく小さな音も、ジョンは確実に取り込もうとする。このことについて、ジョンがインタヴューで語っているのを読んだことがあるけど、彼女がやっていることすべてを聴かなければならないと言っていた。それが第一で、それをベースにしてミックスを構築して、バンドの音を加えているんだ。

ルイス:レコーディングの時はいつも彼女も同席して、同時に彼女のトラックも撮る。スタジオには、隔離された部屋がいくつもあるから、俺のアンプは1つの部離すためにかなりの工夫がされているから、バンドの音の影響をあまり受けないようになっているんだ。トムが言ったように、ジョンはその点にかなり重点を置いている。

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The texture of broken things

by Ian F. Martin

Stumpwork is a funny word. It feels funny in your mouth, and it only gets more awkward once you start breaking it down to untangle its meaning. A stump is a broken or incomplete thing — the remains of a dead tree or the place where an amputated limb used to attach — and it seems like a strange thing to dedicate one’s labour toward.

It refers to a form of embroidery where threads or other materials are layered to create an embossed, textured pattern, giving a feeling of three dimensional depth to the image, and perhaps in this we can reach out and contrive a connection with the increasingly rich and intricately textured music of Dry Cleaning. But we shouldn’t forget that it’s first and foremost a viscerally strange and funny word.

Florence Shaw is one of the most interesting lyricists in the English language right now, and she has a remarkable instinct for interesting and evocative phrasing. Just as with the title itself, she seems to take a sort of joy in the inherent sonic texture of a word — the way she hangs on the hard t and trailing vowels of the word “otters” in the song Kwenchy Kups is both musical and quietly comical. There’s a constant delight in the awkwardness of small errors and unconventional phrasings that reveals itself in words and expressions like “dog sledge”, “shrunking” and “let’s eat pancake” that deviate disconcertingly but never incomprehensibly from linguistic norms. This playful texture is also ever-present in her instinct for juxtaposing the magical and the mundane that results in lines like, “Leaping gazelles and a canister of butane”. Dry Cleaning’s lyrics play out like a story where the connecting tissue of narrative has been stripped out, leaving only the details and colour — a collage of dozens of voices that adds up to an impressionistic emotional tableau.

Musically, Stumpwork reveals a broader, richer palette than the band’s (also excellent) 2021 debut full-length New Long Leg. The band’s sound has often been characterised with the elastic term post-punk, and you can hear elements that recall the choppy angles of Wire or the chiming sounds of Felt and Durutti Column in Tom Dowse’s expressive guitar work, but he takes it further this time, twisting it into queasy, drunken distortions or ambient haze. Bassist Lewis Maynard and drummer Nick Buxton make for a subtle and imaginative rhythm section that brings in ideas and dynamics from beyond punk and indie tradition. Smooth washes of almost city pop synth welcome you into opening track Anna Calls From The Arctic, and unexpected and oblique arrangements pull you gently one way and another throughout the album. It’s not an album possessed of an urgent need to grab your attention so much as a shimmering palette of colours to melt into.

It’s not an as disaffected and worn as ever. Britain’s confused political situation filters through, most explicitly in the song title Conservative Hell, and I catch up with Tom and Lewis in the middle of a particularly chaotic moment. The Queen has just been buried a couple of weeks prior, and the delusional cruelty of prime minister Liz Truss has recently replaced the ramshackle cruelty of Boris Johnson, but not quite yet given way to the vacant, lifeless cruelty of Rishi Sunak.

It’s been three years since I last had a chance to visit the UK, so I open with a big question.

IAN: So what’s it like living in Britain these days?

TOM: If you look at the news, it’s a living nightmare. Beyond that, though, things just carry on kind of as they were before, really. One thing that I think has happened now with the new prime minister is that this is the nadir: this is the endgame of Conservative politics. We’ve had twelve years of austerity and no growth, and even high ranking MPs are sort of admitting that they need to be an opposition party now. So one good thing about that is that the Conservatives are going to get voted out in the next election. The downside is that until that happens, we have to live with the stupid policies they have.

LEWIS:Even someone like my sister, who totally ignores it, even she’s like, “It’s shocking; it’s really fucking expensive!” — the bills, the food shopping, it’s getting really tough now.

T:That’s a really good point. If you want to lose the next election, fuck with people’s mortgages!

I:I’m hearing similar things from my family too, yeah. So seeing if I can segue this into the new album… (everyone laughs) What you were saying earlier about life going on as normal but with little pieces of the situation coming through, it feels like if the political situation in the UK informs the album, it’s in these little fragments filtering through normal life, like at one point Florence just remarks, “Everything’s expensive…”

T:“Nothing works.” Yeah, it’s quite difficult for us to comment on Flo’s lyrics, but she’s definitely the kind of person who wouldn’t make a song about one subject. Her songs remind me of the way your brain works. I remember being hit by a car on my bike once, and on the edge of the void there’s all sorts of strange things that come to your mind. But I should clarify what I said earlier about how everyone’s just getting on with things: everyone’s just getting on with things but under a very oppressive shadow. You still have to go to work, you still have to pay your bills, you still have to do all the normal things, it’s just that the political climate — we’ve been under this for twelve years, and if you’re an even slightly curious or observant person, it’s going to affect you.

L:We write together in the room at the same time, and she’ll have a stack of papers which will have lyrics that she’s written and will sort of combine and join together, and there’s lots of circling that and dragging it to that, making almost a collage where lots of different ideas come together.

I:When I’m listening, it feels like fragments of something flowing past me.

T:It’s not random though. When she writes a line, she has the sort of temperament to write the opposite line next — something completely different tonally, texturally, conceptually. It’s almost like when you’re making a painting or something, you’re trying to balance all the elements so it works nicely.

L:There’s a lot of reacting to us in the room playing our parts and us reacting to her, like a conversation.

I:There’s such an aspect of fragments of daily life to it and I wonder if there’s ever a sense where you’ll be listening to it and think, “Oh, I remember that conversation…”

T:Oh, there’s definitely things that we’ve said or things that friends have said when I was there and they’re in the lyrics.

L:And like ourselves, she improvises a lot when writing her lyrics as well as having some pre-formed ideas. We’ve had to get better at finding ways to record because the room’s quite loud when we’re playing, so a lot of times we’ll separately record the vocals so she can hear back what she said. I think on this record the lyrics changed more when it came to recording than on the first record, but not a huge amount.

T:That was partly because we improvised quite a lot of stuff in the studio. But generally, Flo will start at the same time we start writing the song. We’re all there at the start of it, and like Lewis says, a lot of the time there’s something Flo is doing that informs how we’re doing our thing as well — tonally, if that makes sense. When we were writing Gary Ashby, when I found out she was singing a song about a tortoise that’s gone missing, it changes the way you play; you find ways of punctuating what she’s saying, making it more charming or melancholy, you might use a minor chord or something that you wouldn’t have done before. It’s rare that we’ll write a whole song and then she’ll go away and write all the lyrics — that never happens, and it’s a more organic thing.

L:We’ll react to her in the same way we react to each other. I’ll react to the drums in the same way I react to the drums and the guitar, and vice versa. It’s another instrument in the room.

I:How has the approach changed, since the early EPs and the last album in particular?

T:We still write in the same way. We write by basically just jamming together.

L:There’s a lot of phone demos. We’ll be having a jam, think “This sounds OK” and someone just clicks on their phone and starts recording, and then sometimes we’ll work on it the next week or sometimes it’ll get lost for six months and someone will be like, “Hey, that jam from six months ago was quite good.” That’s how almost everything starts. This time, because we had more time in the studio, we intentionally went in with ideas less finished.

T:Yeah, the change in approach was basically that we got more time. Before we had two weeks to get it down as quickly as possible.

L:Also, with the first record, we were doing some tours beforehand, so we were playing some of that record live before we recorded it. This time we didn’t get a chance to do that: we recorded it and now we’re in the process of learning it.

I:Right, and I was wondering how not having the constant physical presence of the audience while you were developing the songs affected the process on this one.

T: It’s hard to say really, because without actually road testing the song, you never know. We just embraced it really: we couldn’t play live, so we just write the album the way we wanted to.

L:It comes down to listening, because things get captured differently in the studio as well. It’s quite nice to be able to try something in the studio and a lot of our writing process comes down to listening — like listening back to jams. It’s a nice way of doing it, because if we weren’t recording and listening back and editing from there, a lot of our songs would be based on what was the most fun to play, but that rarely happens because it’s all about listening. And I think that happens as well with not being able to play it live: it’s less about what’s fun to play and more about what sounds good.

T:I think also we learned from the first record that just because you’ve recorded a song one way, that’s not necessarily how it has to be live again, so that’s why we’re sort of relearning the album now. There’s things on the album that definitely need to be on there, but there’s also things that we can just make up again.Touring New Long Leg, there’s Her Hippo and More Big Birds where they just changed and became slightly different songs — added a new part to them, made them longer.

L:Sometimes by accident as well. Sometimes they kind of naturally evolve through a tour.

I:One thing that happens a few times on the new album is that a song will work its way to a natural sounding conclusion, I’ll think it’s ended, but then it will come back and sometimes as something quite different from what it was before. Was that something that came out of having more time to play around in the studio?

T:I think there’s several factors there. First, when we did Every Day Carry, that was the first time we did that in the studio, literally making three parts and kind of improvising some of them. When we did Conservative Hell, that whole last section of that song really came from the first part of the song down and feeling like there was something missing, and John (Parish, producer) was very good at motivating us to just go and make something up.

L:On the first album, John was quite good at making songs snappy, but with Every Day Carry we sort of extended it — and I think he quite enjoyed that process. When it came to the second album, we were kind of prepared for him to make things shorter again, but he seemed to extend stuff more. i think he kind of enjoys it, like, “It’s good when it’s longer!” He surprised us quite a lot by extending songs.

I:That’s John Parish, your producer, right?

L:Yeah.

I:He’s from around my hometown in Bristol. He produced one of my favourite albums, Joy Ride by The Brilliant Corners… (everyone laughs) I know he’s done way more famous albums than that, but they’re one of my favourite bands!

T:That’s one of the great things about John: he’s not the kind of person to brag about things or he doesn’t namedrop much, but when you’re having dinner, he’ll say something — he told me he did a Tracy Chapman record, and I was like, “What!?” He’ll have these stories, but you have to get it out of him naturally.

I:Was it more relaxing working with him this second time, with the familiarity?

T:I think in several ways. Firstly, we were more comfortable, just in ourselves; we’d been doing it longer and had more confidence. The fact New Long Leg did well gave us confidence, we’d played bigger shows by that point, and we were just feeling comfortable. I remember doing takes on the first record and feeling, “This has to be amazing, I have to give this everything!” and then you realise you don’t. Making an album is so complicated, there’s so many layers to it that by the time it’s mixed and mastered, you’ve completely forgotten what it was you were trying to do. So definitely on this one we sort of accepted things the way they were; you try to get a good take, if John’s happy, you move on to the next thing.

L:With the first one as well, we recorded it so quickly with John. We met him and within a few hours, we’d tracked Unsmart Lady, then we moved on to the next one and moved on to the next one. We didn’t have time to play so much.

T:Yeah. And it was a bit of a shock to the system last time when he would say things like, “I don’t like that. Change it.” (laughs)

L:And you’d be like, “Uh… now?” We had one day off last time, on the Sunday, and on Saturday, he was like, “I don’t like that. Change that tomorrow on your day off. See you Monday!”

T:But by the time we got to the end of that session, we were really onboard with it. We liked the way he worked and you just don’t take it personally. Because you’re more confident, a bit more robust, you can deal with it a bit better — you expect it and you welcome it. So with the second record, if he says to go and do something differently, that’s what you’re looking for.

L:And we’d go into the studio looking for things to change. With the first record, we’d been playing a lot of those songs live, so maybe people were a bit more fixed on their parts and their ideas, so that’s harder to change. This one was a bit more open to change.

I:The sonic texture of this album feels a lot broader than the first one. Did that come naturally, or was there some sort of conscious element to expanding the sound?

T:I think it’s natural in the sense that our listening tastes are so broad. I often feel that if I had more time, I’d do some kind of ambient project, or me and Lewis could do a metal band together. For sure Nick would do some kind of dance music, wouldn’t he?

L:And Dry Cleaning’s a nice collaboration of all those ideas pulling nicely in different directions.

T:The way Lewis described the transition from the first record to this one, it’s like the first record left little markers down for different directions to go in and on the second record we take them all a little bit further. And then hopefully on the third one if we get the opportunity to do another one, we’ll take it even further. It’s all about exploring different avenues. So when things seem to go a little more ambient, we’re already into that kind of music and we’ll go with it as opposed to being sort of, “Oh, I don’t want to make that kind of music.”

L:We’re learning more about what we can do in the studio as well. The first EP was really like a demo, recorded in a couple of hours. You don’t get much time to play in the studio, so you sort of write your parts for what sounds good in the rehearsal room. Writing the second record, we were writing for the studio more. We’d be writing a song and Tom would go, “There should be a twelve string on top of this!” There’d be a keyboard part here, or Nick would be playing really quietly and saying “On the record it’s going to be really big but it just sounds good the way I’m hitting it like this.” You get to experiment more like that.

I:I suppose it’s on Liberty Log where that almost ambient feeling is most pronounced, and I was wondering if writing for what’s mostly spoken word lends itself to a different way of structuring music compared to the traditional pop song structure of verse-chorus-verse-chorus.

L:There were a lot of times where one of us would say, “Should we do the chorus now?” and then we’d be like, “Which one’s the chorus?”

T:Yeah, “What’s the chorus?”

L:And we’d all have to agree on what’s the chorus.

T:Which I think was a good sign, actually. It shows how we’re all thinking in different ways but music is getting done. I think I agree: Lewis has said before in other interviews that one of the strengths of our identity is you have Flo in the middle of everything, and her voice anchors you, and certainly as a musician it feels that you’re given a lot of room to chuck things in. When we first started writing Hot Penny Day, initially when I wrote the main riff it sounded like Goats Head Soup-era The Rolling Stones to me…

L:And then someone fucked it up!

T:And then when I showed it to Lewis and we started playing it together, it started turning into something more like Sleep or stoner rock — made it more groovy.

L:And then Flo gets involved and it instantly sounds like Dry Cleaning. I think her voice and her delivery gives us a lot of scope.

T:I mean, as musicians, having worked with these guys for five years, I think we all have our own sonic motifs — I can tell it’s Lewis, I can tell it’s Nick, they can tell it’s me — but Flo definitely anchors things in Dry Cleaning world.

I:I was angles.

T:I’m really glad you checked our previous bands! I think if you want to understand Dry Cleaning, it has roots in what we’ve done in the past. Like you say, because we’ve got broad music taste, my first experiences in music were in punk and hardcore bands but I did find them stylistically quite limiting. I like the catharsis of fast music, but I also like the melody of REM. I remember seeing La Shark a few times and it was clearly a sort of skewed pop band but their later stuff sounded like instrumental Funkadelic, so it’s almost like there isn’t enough time to put all your influences into one band.

L:I’ll be driving and have little fantasies about combining two bands, and then I’ll meet up with Tom or Nick or Flo and I’ll say that, and they’ll be like, “We should do that!” And once again, it’s still Dry Cleaning. If you took Flo’s vocals off the new album, there’s so many different genres you could put stuff into.

I:You say Florence is in the centre of it all, holding the identity of the band together, but at the same time, she’s also a little bit separate from it in some ways. On the new album, even more than before, the way it’s mixed you hear the band playing, who sound like they’re in a room somewhere, but then her vocals come in and it’s like she’s right up against your ear. Like you’re watching a band on the stage and there’s just this woman whispering in your ear!

L:That reminds me of Flo’s story about her joining the band started with you playing the band and her talking over the top of it.

T:We’d studied visual art together — we were both making comics at the time, and we met up to talk about that. She asked, “What else have you been up to?” and I said, “I’ve started jamming with Lewis and Nick.” I had some demos and she listened to it. Then she took her earphones out, said, “Oh, that’s interesting,” and started talking, and I could hear the music still with her voice over the sound out of the earphones in the background. I think John’s key interest in our band is how he mixes Flo. On this record to a much greater extent you can hear bits of her breath. Flo is a very nuanced performer: just the little things she does, like the click of her tongue or something — very small sonic things that he’s very keen to make sure are in there. I’ve seen him talking about this in an interview, about how you have to hear everything she’s doing: that’s the first thing, and then around that, he builds the mix and brings the band in.

L:She’s always in the room when we’re recording, and she’s tracking at the same time. We’re lucky enough to have isolated rooms, so my amps can be in one room, Tom’s amps can be in another room, Nick could be behind some glass, Flo’s in the room with us, and she keeps a lot of those vocals. There’s a lot of effort put into isolating her vocals so there’s not too much bleed from the band. I agree with what Tom said, John puts a lot of focus on that.

追悼:キース・レヴィン - ele-king

三田格

 P.i.L.の初来日にキース・レヴィンはいなかった。正規リリースされたライヴ盤『Paris Au Printemps(P.I.L.パリ・ライヴ)』やブートレグでは『Extra Issue, 26 December 1978』と『Profile』を重点的に聴いていた僕の耳に、あのシャープでクリアーなギターは響いてこなかった。来日直前にキース・レヴィンが脱退したことで、あからさまにジョン・ライドン・バンドでしかなくなったP.i.L.はこともあろうにレッド・ツェッペリンを思わせる演奏に変わり始め、ジョン・ライドンの歌い方が必要以上に演劇的に感じられたことをよく覚えている。いまから思えば元曲と演奏の雰囲気が合っていなかったからなのだろう。アンコールで“アナーキー・イン・ザ・UK”をやったのもサーヴィス精神とはまた別にジャー・ウォブルもキース・レヴィンもいなかったから反対するメンバーがいなかったとか、そういうことだったに違いない。あと半年早く来てくれればP.i.L.を体験することができたのに。あと半年早ければ『Paris Au Printemps』のようなオルタナティヴのピークに触れられたかもしれないのに。ちなみに初来日の模様を収録した『Live In Tokyo』に『Metal Box』の曲は“Death Disco”しか収録されていない。ジョン・ライドンからすればP.i.L.が生まれ変わらなければならないというプレッシャーを感じながらもがきにもがいてつくりあげたバンド・サウンドだったのだろう。そう、キース・レヴィンがいなくなるということは、ライドンにとってはかなりな難局だったのである。

 キース・レヴィンがP.i.L.を脱退したのは“This Is Not A Love Song”のミックスをやり直したかったレヴィンとその必要はないとしたライドンが修復できないほど悪い関係になったからとも、単にレヴィンのドラッグが原因だとも言われている。いずれにしろアルバムの半分が同じ曲で構成されたレヴィン・ヴァージョンの『Commercial Zone』が翌84年1月に、ライドン・ヴァージョンの『This Is What You Want... This Is What You Get』がそれから半年後にリリースされ、『Commercial Zone』がそれまでのP.i.L.と地続きの作品性を誇り、はるかに優れた内容であることは歴然としていた。『Commercial Zone』を『This Is What You Want... 』のデモ・テープ扱いしていた記事もいくつか見かけたけれど、一体何を聴いてきたんだと呆れるしかなく、『Commercial Zone』に収録されていた“Blue Water”が初来日のオープニングに流れていたことも思い出した。だから『Album』『Happy?』『9』と聴けば聴くほど情けなくなるジョン・ライドン・バンドに対してキース・レヴィンの活動に興味が湧くのは当然のことで、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのプロデュースを経て脱退から3年を待った『2011 - Back Too Black』や続く『Violent Opposition』を相次いで手に取るも『This Is What You Want... 』よりも完成度が微妙だった時はさすがに愕然としてしまった。それどころかレイヴ・カルチャーが勃興してきた頃にはP.i.L.の誰もが存在感を失っていた。

 キース・レヴィンはシド・ヴィシャスやスリッツ及びバンシーズのリズム隊とフラワーズ・オブ・ロマンスとしてバンド活動を始め、クラッシュの創設メンバーとしてはジョー・ストラマーをザ・101ナーズから引き抜いてクラッシュのヴォーカルに付かせたにもかかわらず、自身はデビュー前に脱退。次に音楽シーンに現れた時はP.i.L.のメンバーとしてだった。P.i.L.はライドンの性格を反映して最初から大胆不敵なサウンドを構築し、ジャー・ウォブルの不気味な下降ベースとパンクにありがちな荒々しさとは違う意味で耳障りなキース・レヴィンの金属的なギターはすぐにも彼らの特徴となり、デビュー・アルバムから約1年後にリリースされた『Metal Box』でさらなるサウンド的な飛躍を遂げることに。アブラクサスのレビューでも触れたけれど、“Radio 4”はキース・レヴィンがひとりで多重録音したもので、"Poptones" でもレヴィンはドラムを叩き、“Bad Boy”という曲名はレヴィンのニックネームに由来する。ジャー・ウォブルが脱退したこともあってサード・アルバム『The Flowers Of Romance』はほぼすべての楽器をレヴィンが演奏し、彼がいなければP.i.L.は成り立たなかったはずなのに、ライドンは『Commercial Zone』のどこが気に食わなかったというのだろうか。デヴィッド・ボウイ『Let’s Dance』に寄せすぎたということなのか。

 クリエイティヴィティのピークにいるミュージシャンは同時期に何をやってもいい仕事をしてしまうもので、キース・レヴィンの才能もP.i.L.在籍時に様々な花を咲かせている。ジャー・ウォブルと組んだスティール・レッグスVジ・エレクトリック・ドレッドはドン・レッツをフィーチャーしたレゲエ色の強いP.i.L.サウンドの楽観的変奏。『Metal Box』でドラムを叩いてもらったお返しなのかカウボーイ・インターナショナルにも1曲で参加し、エイドリアン・シャーウッド周辺だとヴィヴィアン・ゴールドマンやシンガーズ&プレイヤーズの諸作に客演、スリッツやリップ・リグ&パニックからメンバーが集まったニュー・エイジ・ステッパーズにも最初は正式メンバーとして参加していた。P.i.L.を脱退してゲーム・クリエイターに転身したというニュースが入ってからもダブ・シンディケート、バーミー・アーミー、ゲイリー・クレイルと〈On-U Sound〉との絆は強く、マーク・ステュワートのアルバムでも結構な量のギターを弾いている。2010年代になるとジャー・ウォブルとのコンビを復活させてジョイント・アルバム『Yin And Yang』(12)をリリースし、キャバレー・ヴォルテール風のオルタナティヴ・サウンドからインド風の瞑想的なギター・ソロまでなかなかの充実作となったサード・ソロ『Search 4 Absolute Zero』(13)と、クラウドファンディングで募った資金を元に『Commercial Zone』の完成形『CZ2014』(15)も自主制作。やはりそれだけ引っかかっていたのかと思うと、なんともいえない作品ではある。それで気が済んだということになってしまうのか、それから7年が経った2022年に肝臓ガンによる逝去の報が届き、第1報に続く「未亡人になってしまいました」という奥さんのツイートがとても悲しかった。

 キース・レヴィンは音楽に対して貪欲な人生を生き抜いたという例には当てはまらない。ビットコインはパンク・ロックだと主張し、晩年は暗号通貨にのめり込んでいたというし、果たしてもっと才能があったのか、それともこれで精一杯だったのかということもわからないままに生涯を閉じ、『Metal Box』や『Search 4 Absolute Zero』だけが目の前に残されている。P.i.L.や同時期のポスト・パンクが破壊だけでなく、その後に創造というプロセスを見せてくれたことは二十歳前後の僕にはとても重要なことだった。パンク・ムーヴメントは確かにインパクトがあった。でも、マネをするだけだったり、パンクにカブれてチンピラまがいのバンカラ野郎になっていくミュージシャンを僕はとても受けつけなかった。『Metal Box』のような変化をもたらし、ロック的な皮肉をパンクのファンにさえ向けることができると教えてくれただけでもキース・レヴィンには感謝しかない。R.I.P.
 


 

野田努

 三田格と同じく、キース・レヴィンとジャー・ウォブル抜きの(『Metal Box』のP.i.L.ではない)P.i.L.の初来日を複雑な心境で観に行ったひとりとして、若干の付け足しを。P.i.L.のもっともスリリングだった期間を、ファースト・アルバムから『The Flowers Of Romance』までの3枚+ライヴ・アルバム『パリ・ライヴ』とするなら、その時期の音楽性において重要な働きをしたのがウォブルとキース・レヴィンであることは疑いようがない。もともとプログレッシヴ・ロックが好きで、スティーヴ・ハウに憧れてイエスのローディーもしていたレヴィンは、ギタリストとしての技術も持っていた。しかしながら彼が素晴らしかったのは、その技術を、従来のギター・サウンドを否定するかのように使ったことだった。セックス・ピストルズのスティーヴ・ジョーンズの厚みのあるギターはハード・ロックの延長にあったが、レヴィンの耳障りな金属音のようなギターは、そうした伝統へのアンチだった。因習打破なその姿勢こそが、ポスト・パンクという創造性の扉を開いたのである。
 P.i.L.ファンの議論のひとつに『The Flowers Of Romance』を作ったのはレヴィンだったというのがあるように、ある時期から、彼の存在はジョン・ライドンの脇役以上のものだった。『The Flowers Of Romance』ではほとんどギターを弾かず、パーカッションやシンセサイザーを担当したレヴィンは、自分の楽器を演奏するためだけにその場にいるミュージシャンというよりも、あの作品の方向性を決めた音楽監督というに相応しかったのかもしれない。ゆえにジョン・ライドンと衝突し、彼は脱退した。その後は三田格が書いている通りである。
 リアルタイムで言えば、メディアはP.i.L.をジョン・ライドンのワンマンバンドのように紹介したが、初来日のP.i.L.はまさにライドンのバックバンドだった。ウォブル/レヴィン時代のP.i.L.がサウンド的には全否定したはずの“アナーキー・イン・ザ・UK”をそのバンドはやった。本当に、あと半年早く来てくれれば……である。そうしたら、ギターの革新者にしてポスト・パンク・サウンドの先導者、キース・レヴィンの演奏を直に聴くことができたのだろう。

現代メタルガイドブック - ele-king

「最新の先鋭的な音楽」としてのメタルを一望する「新しいメタルの教科書」!!

ジャズやポストロック、ヒップホップやエレクトロニック・ミュージックまで、
さまざまなジャンルを貪欲に取り入れた裾野の広さ
「激しさ」「過激さ」を極限まで追求してきたエクストリーム・メタル
そしてさまざまな形でメタルの影響を受けた最新のポピュラー音楽の数々

執筆:清家咲乃、村田恭基、脇田涼平、つやちゃん、西山瞳、川嶋未来、藤谷千明、梅ヶ谷雄太

目次

1 注目すべき10アーティスト

2 HR/HM(Hard Rock / Heavy Metal)
オリジネーター │ ハードロック │ NWOBHM │ ポップメタル、メロディアスハード │ メタル系テクニカルギタリスト(80~90年代) │ ヘヴィメタル/パワーメタル │ スラッシュメタル、クロスオーヴァー・スラッシュ │ スラッシュメタル、クロスオーヴァー・スラッシュ │ プログレッシヴ・ハード/プログレッシヴメタル

3 メタルの理解を深めるにあたって重要なジャンル外音楽①:90年代まで

4 エクストリーム・メタル
グラインドコア │ 初期デスメタル(OSDM) │ ブルータル・デスメタル │ プログレッシヴ・デスメタル │ テクニカル・デスメタル │ 1st wave of Black Metal │ 2nd wave of Black Metal │ ブラックメタルの広がり │ ヴァイキングメタル、フォークメタル

5 ポストHR/HM
グルーヴメタル │ インダストリアル・メタル │ オルタナティヴ・メタル │ メロディック・デスメタル │ メタリック・ハードコア │ メタルコア(ゼロ年代以降:メロデス通過後・現在に至る意味での)、スクリーモ │ デスコア │ プログレッシヴ・メタルコア/Djent │ ゴシックメタル │ ドゥームメタル、ストーナーロック、スラッジコア │ フューネラル・ドゥーム │ ドローン・ドゥーム、メタル隣接のアヴァンギャルド音楽 │ ポストメタル │ ポスト・ブラックメタル、ブラックゲイズ │ 上記全てを包含しうる境界例的なバンド

6 メタルの理解を深めるにあたって重要なジャンル外音楽②:00年代以降

7 2010年代以降のメタル
ポップミュージックのフィールドにおける活用 │ メタリック・ハードコアの発展 │ エレクトロニック・ミュージックとの接続 │ ジャズとメタルの交差関係 │ 不協和音デスメタル │ Roadburn Festival │ オールドスクールなスタイルの再評価を起点とした新たな広がり │ エピックメタル方面 │ 2022年の傑作群

8 日本のメタル周辺音楽
大きな影響をもたらした代表格 │ 日本のプレHR/HM │ 日本のHR/HM │ メタルに近いところにある日本のパンク/ハードコア │ 日本のエクストリーム・メタル │ 日本のポストHR/HM

COLUMN
ライフスタイルとしてのメタル
メタルと英語
近代・現代音楽とエクストリーム・メタル
メタルと声
Dave Grohl(Nirvana、Foo Fighters)の地下メタル愛
メタルとヒップホップの救い──逃避と革命の音楽
ヘヴィ・ミュージックの革新性と包括性、それを示す場としてのRoadburn Festival
メタルとヴィジュアル系

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METAFIVE - ele-king

 待ちに待ったメタファイヴの新作『METAATEM』は、予想以上の傑作であった。あのファースト・アルバムを軽く超えている。
 2019年から2020年、世界がコロナ禍へと移り変わっていくヘヴィーな時期の感情や記憶を反映したような詞・曲に、メンバーの個性が多層に織り込まれた硬質で推進力に満ちたエレクトロニック・サウンドが交錯する。アルバム全編で披露される、その音楽的引き出しの多様さ、多彩さはさすがの一言で、ポスト・パンク、ニューウェイヴ、テクノ・ポップ、テクノなどここ3~40年ほどの音楽の技法と歴史が結実したアルバムといえよう。

 しかしなぜ「ラスト・アルバム」なのか。昨年のリリース中止を経て、セカンド・アルバムからラスト・アルバムに変わった意味はなぜか。アルバムは生き生きとしたサウンドに満ちており、このまま「次」がありそうなほどに勢いに満ちているのに。
 アルバムのリリース延期理由と何らかの関係があるのかもしれないが、それは憶測に過ぎないし、そもそもアーティストが作品をリリースするのは状況に左右されただけではないはず。よって私はこの「ラスト・アルバム」という言葉は、バンドから発せられたメッセージと考えている。
 結論へと先を急ぐ前に、まず確認しておきたいことがある。メタファイヴは、サディスティック・ミカ・バンド、YMOという日本のポップ・ミュージック史において、極めて大きなふたつの潮流を生み出したバンドを継承する集合体である、ということだ。
 そこにはつねに高橋幸宏の存在があった。彼がポップスに導入したヨーロッパ的な美学は、YMO中期以降、80年代のソロ作品以降、日本のポップ・ミュージックに多大な影響を与えた。と、まずこれだけは念をおしておきたいのだ。80年代のヨーロッパのニューウェイヴを完璧に自分のものにしていたアーティストだったのだから。
 00年代以降もラリ・プナ、メルツなどのヨーロッパ(北欧)のエレクトロニカを積極的に導入し、細野晴臣とのスケッチショウ、原田知世をヴォーカルに据えたピューパ、00年代のソロ作品『BLUE MOON BLUE』、『Page By Page』に結実していった。

 とはいえ、メタファイヴは何らかの海外のムーヴメントを直接的に反映したバンドではない。そうではなく、6人のメンバーそれぞれの音楽的出自が濃厚に反映した結果、いま鳴らされるべき音に仕上がっているというべきだろう。そしてそこにおいて高橋幸宏の存在が、まるでバンドの「無意識」のように浸透しているように思えるのだ。
 アルバムの構造を簡単に分解してみよう。一聴すると、砂原の曲、テイの曲、小山田の曲がバランス良く配置され、それらが大きな柱になっていることがわかってくる。そしてヴォーカルのLEO今井がその声によって、雑多になってしまいそうなアルバム全体に統一感を与えている。彼は作詞も多く担当し、いわばメタファイヴの「顔」「声」「言葉」を象徴する存在といえる(私は本作を聴いて彼の声質が実は高橋幸宏に近いのではないかと思った)。
 だがそれでもアルバム全体の楽曲を包み込むあたかも「無意識」のように高橋幸宏の存在を強く感じてしまうのだ。ドラム(音楽の下部・ボトム・無意識)、コーラス(音楽の背景・意識)、ヴォーカル(音楽の中心・意識)、そして何より彼の「存在」によって。
 もう少し詳しく分解すると、“Full Metallisch” などの砂原とLEO今井の曲は、テクノ/インダストリアル・モードを体現している。先行曲 “The Paramedics” などのLEO今井単独曲はポストパンク的な激しさを発散させる。“Wife” などのテイの曲は、ダンサンブルでジョイフル・パーティソング的なハウス・モードを象徴する曲だろう。そして小山田圭吾は、名曲 “環境と心理” によって、バンドにメロウなモードを取り入れていく。そこにゴンドウの “By The End Of The World” がアクセントのように置かれている(ちなみにこの曲での小山田のコーラスはとてもレアだ)。
 どの曲も2019年という小春日和のような時期から、2020年のコロナ以降というヘヴィーな時期を生きたメンバーたちの感情や記憶を濃厚に反映した曲ばかりである。
 
 実に隙のないアルバム構成だ。私はこの隙のなさに高橋幸宏のディレクションを強く感じた。とにかくスタイリッシュなのである。何より要所で高橋幸宏が共作することで、メンバーの音を「ユキヒロ」の音楽へと変貌させているように思えた。
 そのディレクション(のようなものは)、何も具体的な共作だけにとどまらない。例えば小山圭吾の作詞・作曲の “環境と心理” では小山田・LEO今井ともにメイン・ヴォーカルを担当し、メロディをユキヒロのムードに染め上げている。そもそもコーネリアス色の強いこの曲を(あえて?)シングル曲(先行曲)に選んだのは高橋幸宏という。メタファイヴのイメージとはやや異なるこの曲を先行曲に選ぶのも絶妙なセンスだ。
 何より重要な曲は、アルバムの最後に収められた “See you again” であろう。小山田圭吾は曲を担当し、高橋幸宏がメイン・ヴォーカルをつとめている。高橋幸宏が退院したのち録音されたというこの曲は、アルバムに最後にふさわしい曲だ。小山田が「幸宏さんといえばジョージ・ハリスン」ということで、スライド・ギターを披露しているのもレアである。
 ロマンティシズムとセンチメンタリズムが絶妙にミックスされたまさに高橋幸宏的な曲であり、氏のソロ曲の現在形のようにも思える(ちなみに詩は高橋とLEO今井との共作である。今井のバンドにおける貢献度の高さが窺える)。この曲は、どこか終わりの予感のような曲にも聴こえた。しかし “See you again” という曲名からも前に進む意志を感じさせる曲もでもある。

 ここで最初の問いに戻ろう。「ラスト・アルバム」とは何を意味するのか。重要なことは、高橋幸宏はこれまでバンドを解散させたことがないということだ。YMOですらも復帰後は明確には解散していないし、スケッチショウも、ピューパも、In Phase も解散はしていないはずだ。
 だからこそ昨年のリリース中止を経て、ついに一般販売となった『METAATEM』があえて「ラスト・アルバム」と謳っていることはとても重要に思えるのである。普通に考えれば「これが最後だ」という言葉に解釈できるが、最後の曲が “See you again” だったことを忘れてはならない。そう、「またね」なのだ。
 おそらく当初は、コロナ禍の世界に向けてメッセージを含んだ曲であったと思うのだが、いまは、もうひとつ別の意味を含んでいるように思う。バンドが最後を迎えたとしても、音楽が止まるわけではない。音楽は進んでいく。ゆえに「See you again」と。音は鳴る。音楽は時間と共に進む。前に進む。「Walking To The Beat」。
 だからこそ「ラスト・アルバム」という言葉から、「前に進もう」「そしてまたどこかで会おう」というポジティヴな意志を私は強く感じてしまうのだ。少なくともアルバムを聴いた後は、そう思えてならない。
 不意に高橋幸宏のファースト・ソロは『サラヴァ!』だったことを思い出した。「サラヴァ!」(ピエール・バルーが設立したレーベル〈Saravah〉にかけたジョークではあろうが)から長い年月を経て、自分よりも若い仲間と作ったアルバムの最終曲で「See you again」といって締めるなんて、なんて洗練されたユーモア、センス、シャイネスだろう。そして濃厚なロマンティシズムも。

 さまざまな時の激流を経て、ついに令和の世に放たれた「ニュー・ロマンティック」な本作『METAATEM』を心ゆくまで何度も味わいたいものだ。荒んだ世界だからこそいまの私たちに必要なポップ・ロマン主義がこのアルバムにはある。

Zettai-Mu“ORIGINS” - ele-king

 大阪の KURANAKA a.k.a 1945 が主宰するパーティ、《Zettai-Mu “ORIGINS”》最新回の情報が公開されている。今回もすごい面子がそろっている。おなじみの GOTH-TRAD に加え、注目すべき東京新世代 Double Clapperz の Sinta も登場。10月15日土曜はJR京都線高架下、NOONに集合だ。詳しくは下記よりご確認ください。

Zettai-Mu “ORIGINS”
2022.10.15 (SAT)

next ZETTAI-MU Home Dance at NOON+Cafe
Digital Mystikzの Malaが主宰する UKの名門ダブステップ・レーベル〈DEEP MEDi MUSIK〉〈DMZ〉と契約する唯一無二の日本人アーティスト GOTH-TRAD !!! ralphの「Selfish」 (Prod. Double Clapperz) 、JUMADIBA「Kick Up」など(とうとう)ビッグチューンを連発しだしたグライムベースミュージックのプロデューサーユニット〈Double Clapperz〉Sinta!! CIRCUS OSAKA 人気レギュラーパーティー〈FULLHOUSE〉より MileZ!!
大阪を拠点に置くHIPHOP Crew〈Tha Jointz〉〈J.Studio Osaka〉から Kohpowpow!!
27th years レジテンツ KURANAKA 1945 with 最狂 ZTM Soundsystem!!
2nd Areaにも369 Sound を増設〈NC4K〉よりPaperkraft〈CRACKS大阪〉のFENGFENG、京都〈PAL.Sounds〉より Chanaz、DJ Kaoll and More!!

GOTH-TRAD (Back To Chill/DEEP MEDi MUSIK/REBEL FAMILIA)
Sinta (Double Clapperz)
MileZ (PAL.Sounds)
Kohpowpow (Tha Jointz/J Studio Osaka)
and 27years resident
KURANAKA a.k.a 1945 (Zettai-Mu)
with
ZTM SOUND SYSTEM

Room Two
Paperkraft (NC4K)
FENGFENG (CRACKS)
Chanaz (PAL.Sounds)
DJ Kaoll
Konosuke Ishii and more...
with
369 Sound

and YOU !!!

at NOON+CAFE
ADDRESS : 大阪市北区中崎西3-3-8 JR京都線高架下
3-3-8 NAKAZAKINISHI KITAKU OSAKA JAPAN
Info TEL : 06-6373-4919
VENUE : https://noon-cafe.com
EVENT : https://www.zettai-mu.net/news/2210/15

OPEN/START. 22:00 - Till Morning
ENTRANCE. ADV : 1,500yen
DOOR : 2,000yen
UNDER 23/Before 23pm : 1,500yen
※ 入場時に1DRINKチケットご購入お願い致します。

【予約はコチラから】
>>> https://noon-cafe.com/events/zettai-mu-origins-yoyaku-7
(枚数限定になりますので、お早めにご購入ご登録お願い致します。
 LIMITED枚数に達した場合、当日料金でのご入場をお願い致します。)

【新型コロナウイルス感染症拡大防止対策】
・マスク着用での来場をお願いします。
・非接触体温計で検温をさせて頂き、37℃以上の場合はご入場をお断り致しますので、予めご了承ください。
・店内の換気量を増やし、最大限換気を行います。
・体調がすぐれないとお見受けするお客様がいらっしゃいましたら、スタッフがお声がけさせて頂きます。

【お客様へご協力のお願い】
以下のお客様はご来場をお控え頂きますようお願い申し上げます。
・体調がすぐれないお客様
・37℃以上の発熱や咳など風邪の症状があるお客様
・くしゃみや鼻水などによる他のお客様にご迷惑をかけする可能性があるお客様
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interview with Koichi Matsunaga - ele-king

 DJイベントでもなんでも、そこにコンピューマの名前を見つける確率は、彼が仲間たちと精力的にライヴ活動をしていた90年代よりも、ゼロ年代以降、いや、テン年代以降のほうが高いだろう。年を追うごとにブッキングの数が増えることは、近年のアンダーグラウンドにおいては決して珍しい話ではない。シカゴのRP Booやデトロイトのデラーノ・スミスやリック・ウィルハイトのように、大器晩成型というか、年を重ねてから作品を発表する人も少なくなかったりする。ことにDJの世界は、ミックスの技術やセンスもさることながら、やはり音楽作品に関する知識量も重要だ。ゆえにコンピューマのDJの場が彼の年齢に比例して多くなることは、シリアスに音楽を捉えているシーンが日本にはあるという証左にもなる。
 とはいえ、そうした文化をサポートするシステムや人たちが大勢いる欧米と違って、この国でアンダーグラウンドな活動を長いあいだ続けることはそれなりにタフであって、だからコンピューマのようなDJはいままさにその道を切り拓いているひとりでもあるのだ。先日、アルバム『A View』を発表した松永耕一に、まあせっかくだし、これまでの活動を思い切り振り返ってもらった。

当時はそれを世に出すなんてことはとてもじゃないですが考えたことなかったです。「チェック・ユア・マイク」にはバイト仲間の友だちと一緒に応募しましたが、テープの段階で見事に落ちてました(笑)。

音楽活動をはじめてからいま何年目ですか?

松永:音楽活動は、バンド/グループのメンバーとして参加したのはADS(Asteroid Desert Songs)が初めてです。1994年末にADSイベントをはじめて、作品を出したのが確か1995〜6年にEPミニ・アルバムを出してますので、その頃から音楽活動をはじめたということになるのではないかと思います。

ADS( Asteroid Desert Songs)がきっかけだった?

松永:バンドやグループに入って、自分自身が何か楽器を演奏して音を奏でるっていうことは、それまではあまり考えたことがなかったんです。どうにもリスナー気質で、DJはやりたいと思っていましたが。そう、だから聴くの専門で、ただ高校時代ダンス・ミュージックのメガミックスが流行ったり、メジャーの音楽でもホール&オーツでのアーサー・ベイカーのリミックスなどを知ってからは、自宅でラジカセでカセットテープを切り貼りしてみて、下手くそながら連打エディットにトライしてみたり、強引にカットイン繋いだりしてみたり、もちろん遊びの延長で全然上手くできないんですが、雰囲気や気持ちだけは(笑)。
 その後上京して、コールドカットや「Lesson 3」などヒップホップ的メガミックスを知ってから、学生時代に4トラックMTRを使ってトラック作りの真似事やコラージュミックスなどを下手っぴで作ったりしたことはありましたけど、当時はそれを世に出すなんてことはとてもじゃないですが考えたことなかったです。〈チェック・ユア・マイク〉(※90年代初頭にはじまったECD主催のヒップホップのコンテスト)にはバイト仲間の友だちと一緒に応募しましたが、テープの段階で見事に落ちてました(笑)。
 そういうこともオタクDJの延長でやってました。なので、まさか自分がバンド/グループに関わって何か作品を出すことになるなんてことは思ってもいませんでした。

ヒップホップが大きかったんですか?

松永:リスナーの延長線上でも身近に音として戯れられるというか、こういう音の組み合わせにしたら何か新たな発見や楽しみ方ができたりワクワクしたのはあの時代に出会ったヒップホップ的ミックス感覚でした。大好きで影響を受けたのは、いとうせいこう/ヤン富田/DUB MATER X『MESS/AGE』、KLF『Chill Out』に『Space』、デ・ラ・ソウルの1stと2nd、ジャングル・ブラザース、パブリック・エネミー、そしてジ・オーブも。グレイス・ジョーンズ『Slave to the Rhythm』、マルコム・マクラレン『Duck Rock』などもあらためて……こういった作品やアーティストのセンスとユーモア、コラージュ感覚にとても惹かれました。クリスチャン・マークレイの存在もこの時期に知ってさらに世界が広がりました。あとは細野晴臣さん責任編集の季刊音楽誌『H2』の存在も大きいです。

KLFの『Chill Out』と『Space』が出てきたのは、その後のコンピューマの作風を考えてると腑に落ちますね。

松永:大胆なコラージュ感覚とか、惹かれました。アート・オブ・ノイズも大好きでした。

本当にサウンド・コラージュが好きだったんだね。

松永:いま訊かれて気付いたんですけど(笑)。そういう組み合わせの心地よさを無意識に感じていたんでしょうね。学生時代の音楽仲間と、いろんなジャンルのレコードのビートレスの曲のみでノンビートに近いDJミックスを作ったりしていたことも思い出しました。

10代のころ好きだったレコードを挙げるとしたら?

松永:PiL「Public Image」『Metal Box』『This Is What You Want…』、アート・オブ・ノイズ『Who’s Afraid Of The Art Of Noise』『Moment In Love』、プロパガンダ、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドまで〈ZTT〉ものが好きでした。

東京出てきてからの方が音楽にハマった感じ?

松永:インターネットもまだなかったですし、当時の同じ地方出身者同様に、熊本での限られた情報のなかで雑誌やラジオ、テレビを聴いたり見たりしながら、ラジオ短波でエアチェックしていた大貫憲章さんの全英トップ20だったり、NHKサウンドストリートだったり、音楽雑誌で紹介されてるアルバムを聴いていました。ただ、小遣いも限りがあるし、いわゆる田舎の普通の高校生の趣味の範疇での世界で、情熱はありつつも、そこまで深追いはできてなかったのではないかと思います。
 思いだすのは、高校入学してすぐに仲良くなった音楽に詳しかった同級生から、彼の寮の部屋でペンギン・カフェ・オーケストラやブライアン・イーノを教えてもらったりして、衝撃を受けたりしてました。環境音楽? アンビエント? こんな音楽もあるんだとか。ヒップホップも、好きだったPiL経由で“World Destruction”を知って、アフリカ・バンバータの存在を認識しました。で、ジャケットがカッコよかった「Renegade Of Funk」の12インチを買ったり……。コールドカットのようなメガミックスものをちゃんと知るのは80年代後半に東京に出てきてからです。そこからまた新たな音楽世界を知っていくことが日々楽しくて楽しくて、友だちとレコード屋行きまくって、もちろん一人でも。当時は試聴もできなかったからレコードのジャケの雰囲気や裏面、見れたら盤面クレジットを舐めるように見て妄想して買ってみて、当たることもあれば、まったく予想と違っていたり、外したり……。ただ、そのときには聴いてよくわからなくても何とかわかろうとする気持ちというか、何度も聴いてみて、そこから新たな発見したりしなかったり……。買ったあろにあーだこうだと語り合ったり、お金もあまりないからレア盤はなかなか買えないし、とにかく安いレコードを買いまくって、そこから新たなグルーヴやあえてビートのない部分でかっこいいパートを探したりもしてました。コラージュするために(笑)。

面白いですね(笑)。

松永:とにかく安く中古レコードを売っているお店に行って、ネタが見つかったらすかさず報告しあう。みたいなことをやってました(笑)。

バイトは?

松永:当時、埼玉県の川越にあった〈G7〉っていうローカルなレンタル・レコード屋さんです。国内盤だけじゃなくて、輸入盤のCDやLP、12"、日本のインディも扱ってました。ヴィデオ・レンタルもやっていたり、なかなかマニアックなものが揃っていましたと思います。そこでの経験や出会った先輩や同僚、みなさんからの影響が大きかったです。

ADSは〈WAVE〉(※80年代から90年代まであって西武資本の大型輸入盤店、当時は影響力があった)で働くようになってから?

松永:そうですね、〈WAVE〉に入ってからですね。ただ、ADSのイベントの初期では、〈G7〉時代の友だちにも手伝ってもらったりしてました。

〈WAVE〉で働くきっかけは?

松永:就職活動の時期、1990年に『ミュージック・マガジン』に〈WAVE〉の社員募集の広告が出ていたんです。〈WAVE〉には当時憧れていたし、よく通ってもいたので応募して、面接も何度かあったりしました。社員入社して……、ちょうどその頃、ヒップホップやダンス・ミュージックを経た新しいタイプの音楽がどんどん登場するような時代だったので。なんとなくですが、自分もそういう新しい音楽をいろいろ紹介できるといいな、という夢を漠然とではありましたが、何となく描いていました。

担当はどこだったでんすか?

松永:入社してすぐは〈WAVE〉の店舗ではなく〈ディスクポート〉という百貨店のなかにあるいわゆるレコード屋コーナーの店舗に配属されて、そのときの上司にお願いしまくって入社2年目にようやく渋谷のLOFTの1階の路面にあった渋谷〈LOFT WAVE〉に何とか移動できたんです。そこで、レジやアシスタント業務をしながら若手の一員としてワイワイと働いていたんですが、『RE/SERCH』誌の「Incredible Strange Music」特集号の出る前、その後のモンド・ミュージック前夜、『サバービア・スイート』が流行りはじめる頃に、そのサバービア関連アイテムを紹介できる小さなスペースをいただいて、本で紹介されていたムード/ラウンジ・ミュージック、エキゾチック・サウンズやオルガン・ジャズ、サントラ、ムーグものなどジャンル分けが難しいような作品やアーチストのCDになっている盤をセレクトして、それにプラス自分の勝手な妄想盤、サン・ラやジョー・ミーク、それに宇川直宏さんが作っていたハナタラシのライヴ音源にボーナス音源でついていたストレンジなムーグものやエキゾチック・ヴードゥーものセレクションCDをどさくさでサバービア関連と一緒に置いてみたりして……。そういえば当時、この売り場を見た橋本徹さんに「これはサバービアでない」と冗談まじりに怒られたり、とにかく無理矢理そういうコーナーをやらせてもらったんです。いま思うとホント勝手な奴で……若気の至りとはいえ、いろいろ反省してます。

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とにかく安いレコードを買いまくって、そこから新たなグルーヴやあえてビートのない部分でかっこいいパートを探したりもしてました。コラージュするために(笑)。

音楽制作をやるきっかけは、村松誉啓くん(マジアレ太カヒRAW )との出会い?

松永:もちろんです。それまで、先ほど少しお話ししたように、学生時代にコンテストへ応募したりもしてみましたが、本格的に音楽制作をやるきっかけは、村松さん、高井(康生)さんと出会ってADSをはじめてからです。

どうやって出会ったの?

松永:ヤン富田さんがプロデューしていたハバナ・エキゾチカ経由でバッファロー・ドーターも好きになって、サバービア橋本徹さんからの紹介でムーグ山本さんと出会いました。当時バッファロー・ドーターが渋谷のエレクトリックカフェでライヴをやるというので、それを見に行って、ライヴ終了後にムーグさんから村松さんを紹介していただいたんです。村松さんは当時、『i-D Japan』という雑誌の編集を手伝っていて、同誌の「オタクDJの冒険」というコーナーを担当していました。だからぼくのほうは勝手ながら村松さんのことを、あのコーナーを担当したあの人だ! と知っていたんです。
 出会った頃の村松さんは、灰野敬二さんのような髪型していて、とんでもなくお洒落で……。当時の界隈ではなかなか存在感のある目立ってた人だったのではないかと思います。高井(康生)さんもそこで紹介されて、全員がヤン富田さんが大好きということで、いろいろ盛り上がって話しているうちに、みんなでDJイベントをやろうと意気投合して。高井さん、村松さんはそれぞれ楽器もできるというので、いろんなアイデアからDJと演奏との実験的セッションみたいなことをDJイベントとしてやってみようと、それがADSのはじまりでした。1994年だったと思います。青春ですね。ムードマン〈M.O.O.D.〉からEPを出してもらう前のことです。


Asteroid Desert Songs
Pre-Main E.P.

M.O.O.D.(1996)

 〈WAVE〉繋がりもあって仲良くしてもらっていた、ちょうどその頃にオープンした〈LOS APSON?〉の 山辺(圭司)さんにもDJをお願いしたり、〈LOS APSON?〉経由で知り合った宇川(直宏)さんにVJをお願いしました。その後、佐々木(敦)さんから四谷P3でのイベント「Unknown Mix」でのライヴに誘われて、村松さんドラム、高井さんがギターを担当するという、バンド演奏に初めてトライしてみました。ベースは当時、村松さんがDMBQのベース龍一君と3人でUltra Freak Overeatというバンドをやっていたんですが、そのベースだった(高橋)アキラ君(アキラ・ザ・マインド)を誘いました。で、ターンテーブルが自分という。消防士のヘルメットをレンタルしてコスプレして、ビーチ・ボーイズの“Fire”をカヴァーしました。ヘルメットで、ヘッドホン・モニターがめちゃくちゃやりずらかったことを思い出します(笑)。

ADSといえば、村松君の機材で変調させた子供声も評判でしたが、あれも最初から?

松永:最初からですね。エレクトロ愛から。チップマンクスはもちろんバットホール・サーファーズもちらり(笑)。

エレクトロ愛が高まったのは、ADSを組んでから?

松永:より高まりました! とにかく、エレクトロ愛は、村松さんと出会ってさらに加速したっていうのはあると思います。

村松くんはもうエレクトロ?

松永:ビリビリにバリバリでした! 自分もそれに感化されながら、日々エレクトロ愛を邁進してました。それと同時に、お互い当時リリースされる数多くの新譜もかなりチェックしてました。

あの時代は新譜が常に最高だったからね。

松永:毎週火曜日でしたっけ? CISCOの壁一面にその週のイチオシのものがバーン! と並んで、全員それを買うみたいな、そういう時代ですもんね。

ADSは2年ぐらいで終わってしまって、すぐにスマーフ男組になるじゃないですか。あれは?

松永:自然の流れというか。もっとエレクトロに絞った活動をやりたくなって、それで、スマーフ男組になったという感じです。

松永くんはまだ〈WAVE〉で働いていたんですか?

松永:渋谷の〈LOFT WAVE〉から関西へ異動を命じられたんですね。非常に悩んだんですが、ADSをはじめてすぐの頃だったんで、どうしてもそのときは東京にいたかった。それで泣く泣く〈WAVE〉を退社して……。その後、タワーレコード渋谷店へ何とか再就職できたという流れになります。

それでいきなり、いまや伝説となったいわゆる「松永コーナー」を作ったんだ?

松永:1995年当時、タワーレコード渋谷店が現在の場所に移転したタイミングでした。6階がクラシックの売り場で、現代音楽の売り場もその階にもあったんです。ただ5階のニューエイジの売り場の隅にも現代音楽の一部も扱いつつ、アヴァンギャルドやその狭間みたいな、ジャンルは何?的な、売り場ではなかなか取り扱いが難しく扱いしづらいアーティストや作品を置けるような……当時は音楽産業絶好調で、しかも大型店だからできたと思うんですが……、余白を扱えるスペースとして機能できそうな売り場を作ることができたんだと思います。
 タワーレコード渋谷店が現在の場所に移転した年で、ぼくはその5Fのニューエイジの売り場へ配属になって、上司や同僚と試行錯誤しながら、お客様やアーティストたちと併走するような形で学ばせてもらい、その売り場を形作ろうとしたように思います。クラシック現代音楽のコーナーにあるようなコンテンポラリー・ミニマルなアーティスト作品から電子音楽、ニューエイジ、アヴァンギャルド、アンビエント、民族音楽、フィールド・レコーディング、効果音、そしてこの時代ならではでのジャンル分けの難しい、規定のジャンルやコーナーでは取り扱いの難しいアーティストや作品を紹介できるような売り場になっていったんです。最初は売り場に名前をつけようがないのでとくに付けてなかったのですが、どうしてもコーナー・サインとして何かしらのジャンル名を付けなくてはならなくなって、ホント難しくて、悩みに悩んで“その他”(OTHERS)コーナーと付けたように思います(笑)。

あのコーナーはホントに面白かったですよ。サン・ラー、ジョン・ケージ、ジョー・ミークやアンビエントまで、ジャンルの枠組みを超えたDJカルチャー的なセンスで展開していました。

松永:そういう時代だったんでしょうね。

赤塚不二夫まで置いてあったよ(笑)。

松永:アニメーション作家レジェンド久里洋二先生の廃盤だったVHS作品をタワレコ渋谷店のみで限定再発とか(笑)。ESGのライヴ・アルバムなんかは、卸業者さんを通じて直接メンバーに連絡してもらい、残っていたCD在庫200枚をすべて卸てもらったり、上司の高見さんがイタリア〈Cramps Records〉のジョン・ケージやデヴィッド・チューダー、アルヴィン・ルシエ、『|Musica Futurista 』(※ルイジ・ルッソロなど、未来派の音楽の編集盤)などの電子音楽の古典的名作アルバムの数々をいち早く独占CD化したり、思い出すといろいろ懐かしいです。
 デヴィッド・トゥープの影響も大きかったです。1996年に『Ocean of Sound』のCDも出たし、あのリリースには勇気づけられましたね。あのコンピレーションがメジャーレーベルからオフィシャル・リリースされたことで、ジャンルを横断的に楽しむってことは、もう普通になりつつあるんだなってことをあらためて感じて。そういう時代が来たんだなと。あれは嬉しかったです。実際、売り場でもものすごく売れました。

幅広いけど音楽への深い愛情と信念、ユーモア、その音楽を自分自身へと浸透させる力、そこへの気持ち、自分の言葉として語ること、宿る気持ち。村松さんはその説得力と音楽愛は半端じゃなかったです。

松永くんはそういう自分のレコ屋のバイヤーとしての仕事をやりつつ、音楽活動もやってきている。だからあの時代のクラブの感じやレコード文化の感じの両方わかっているよね。ところで、スマーフ男組という名前は、村松くんが付けたの?

松永:ふたりでつけたんですよね。ADS(Asteroid Desert Songs)のネーミングからの反動もあって(笑)。エレクトロでは“スマーフもの”っていうスマーフをテーマにしたりタイトルに付けたクラシックがけっこうあって、ブレイク・ダンスの型にも“スマーフ”っていうスタイルがあったり、1980年代、エレクトロとアニメのスマーフがわりと繋がっていたところがあった。スマーフのキャラもかわいいし、村松さんも自分もフィギュアやグッズも集めてたんです(笑)。それとPファンクやヒップホップのように、何とかクルーとか何とかプロダクションとか、次々と入れ替わり立ち替わりメンバーを迎え入れる不定型の集まりでいるような、そういうものにもどこか憧れていたので、それで男組になったんです(笑)。とはいえ、結局のところは村松さんとアキラくんと自分、ほぼこの3人での活動でしたが(笑)。

スマーフ男組の最初の音源は?

松永:〈P-Vine〉から出たマイアミベースのコンピ(『Killed By Bass』1997年)だった気がします。そのあとに〈File〉からの『Ill-Centrik Funk Vol. 1』(1998年)。〈Transonic〉からの『衝撃のUFO 衝撃のREMIX』(1998年)への参加だったと思います。


Various
Ill-Centrik Funk Vol. 1 (Chapter 2)

File Records(1998)

松永くんから見て村松くんはどういう人だったの?

松永:天才ですね。ADS、スマーフ男組と一緒に活動させてもらっていましたが、ある意味では、自分も村松さんのファンで、村松さんの才能やすごさを世に伝えたいっていう気持ちがずっとあったように思います。

彼の海賊盤のミックスCDを聴くと、フリー・ジャズからポップスまで、選曲が本当に自由じゃないですか。あのセンスはずっとそうだったんですか?

松永:ずっとそうですね。幅広いけど音楽への深い愛情と信念、ユーモア、その音楽を自分自身へと浸透させる力、そこへの気持ち、自分の言葉として語ること、宿る気持ち。その説得力と音楽愛は半端じゃなかったです。掘り下げ方、レコードやCDクレジット、ジャケットや盤面への思い、愛情と向かい合い方、情熱、気持ち。姿勢、本当にオールタイムで学ばせてもらったというか。

ぼくはこういう仕事してるから音楽好きに会うんですけど、でもその「好き」の度合いが、けっこう軽かったりする人も少なくないんです。でも村松くんの「音楽が好き」っていうときの「好き」は、すごいものがあったよね。

松永:ホントそうですよね。そして、どこかカリスマ的なユニークなスター性もあったというか。


スマーフ男組
スマーフ男組の個性と発展

Lastrum(2007)

Smurphies' Fearless Bunch* And Space MCee’z
Wukovah Sessions Vol. 1

Wukovah(2007)

『スマーフ男組の個性と発展』は、本当はもう少し早く出すはずだったんだよね?

松永:『Ill-Centrik Funk』が98年なんで、本当はその後すぐに出ていてもおかしくなかったんですよね。でも、そこから10年くらいかかってしまいました(笑)。ただその分、なんとも味わい深いアルバムができたと思うんですが、ADSからスマーフになって、その勢いがある時期でのリリースは完全に逃してしまいました。(笑)。
このデビューアルバムをリリースした後に下北沢〈Slits〉スタッフだった酒井(雅之)さんに声をかけてもらって、 酒井さんのレーベル〈 Wukovah〉からSpace MCee'z(ロボ宙とZen-La-Rock)とのJohn Peelセッションばりのスタジオ・セッション・アルバム(『Wukovah Sessions Vol. 1』2007年)をリリースしたんです。このプロジェクトを経て、スマーフ男組のライヴ・バンドとしての新しい可能性も感じて、メンバー3人ともすごくフレッシュな気持ちでそこへ向かい合っていました。その頃はたくさんライヴもやったんですよ。

音楽活動とレコ屋での仕事とのバランスはどういうふうに考えてました?

松永:もう両方やってくしか生活できないっていう、ただそれだけです(笑)。

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悪魔の沼を10年以上まだ続けられて、現在もオファーをいただけて3人でプレイできているというのはホントにありがたい限りで、はじめた頃のイメージからすると信じられないありがたさです。

DJはもうスマーフになってからはやってました?

松永:DJはADSをはじめる前、〈WAVE〉に入った頃に六本木〈WAVE〉にいた同期入社だった井上薫君や現kong tong福田さんに誘ってもらって西麻布にあった〈M〉(マティステ)でやらせてもらうようになって、そこからADSイベントにもつながっていくのですが、スマーフ以降2000年代以降の大きな経験ということであれば、(東高円寺のDJバー)グラスルーツの存在が大きいです。店主であるQくんにDJ誘っていただいて、あの場所でいろいろと鍛えられました。タワーレコード渋谷を離れた頃、2004年、毎月水曜平日の夜中に「コンピューマのモーレツ独り会」っていう一人DJ会を1年間、全12回をやらせてもらったり。翌年には「二人会」シリーズ「ふらり途中下車」になって、これ以降、グラスルーツを拠点にDJとしての活動が本格化したように思います。

自分のレーベル〈Something About〉もはじめますよね? 最初は自分のミックスCDだったね?

松永:そうなんです。『Something In The Air』という自分のミックスCDでした。ちょうどそのときもリリース後にele-kingのwebサイトで野田さんに取材(Something In The Air)していただきました。2012年なんで、もはや10年前なんですよね。時間が経つのが早すぎます。

はははは。

松永:このミックスCDをリリースする2010〜11年頃は、個人的にもプレイスタイルの過渡期で、自分のDJスタイルを見つめ直していた時期でした。引っ越しもあったりして、あらためてレコードやCDのダンボールを整理したりしつつ、タワレコ渋谷5F時代に紹介した電子音楽や実験音楽などのCDをあらためて聴き直したりして、自分なりにDJミックスの表現の可能性を追求してました。東日本震災も大きいかもしれません。そんな中で生まれたのが『Something In The Air』でした。

あれはまさにサウンド・コラージュ作品だったよね。

松永:この作品を制作するにあたって、密かに大きかったのが、2000年代初頭、永澤陽一さんのパリコレのファッションショーの音楽を担当する機会をいただいて、テーマや意向を詳しく教えてもらって、それをイマジナリーに音や音楽に変換してみて、その候補になりそうな音源サンプルを打ち合わせの際にたくさん持っていって、それらをひとつひとつ聴いていただいて、そのなかからじょじょに絞っていきながら、最終的に絞り込まれた厳選音楽素材、それらの音源を組み合わせてショーの音楽を構築していきました。10〜15分ほどの短いショーの時間内で、その音世界としてどのように起承転結を作ってくかというときに、自分の技術力の問題や選ぶ音楽の傾向や種類も関係したかもしれませんが、ビートが強くある曲を選ぶと、どうしてもBPMで繋いでいかなきゃいけなくなったり、カットアップ&カットインのポイントやタイミングの難しさや違和感にも繋がるから、なるべく柔らかに変容していくようにするために、どうしてもビートのあまり強くないものやノンビートのものを意識して選んでミックスしていたんです。その頃の経験が、その後『Something In The Air』でミックスしているようなことに繋がっていったように思います。

どんな感じだったんですか?

松永:拙い英語力なので、コミュニケーションもままならないなか、現地スタッフさんと一緒にルーブル美術館の地下のフロアでひとり冷や汗かきながらMDプレイヤー数台とラック式CDプレーヤーを数台積んで。PA卓でショーのリアルタイムでプレイをトライしてました。モデルさんの出るタイミングやシーンの雰囲気の変わるタイミングを察しながら、舞台監督からの指示をもう片方の耳でモニターしながらでのプレイでもあるので、もうそれが半端じゃない尋常じゃない緊張感というか、絶対にミスれないので、めちゃくちゃドキドキで、かなり鍛えられた気がします。その経験を4〜5年やらせていただいたように思います。でもそのときの思い出として、ショーを無事に終えれてフィナーレのタイミングで拍手をもらったときの嬉しさやホッとする安堵感はいまでもたまに思い出します。貴重な経験させてもらいました。


Something In The Air
mixed by COMPUMA

2012

『Something In The Air』はエディットなしのライヴミキシング?

松永:基本そうですね。

それはじつに興味深いですね。で、『Something In The Air』は当時すごい反響があった。

松永:うーん。どうなんでしょうか。やっぱりアンダーグラウンド・リリースですし。でもあの作品をリリースしたことは自分にとってとても大きかったように思います。

コンピューマ作品のひとつの原点になったよね。

松永:それは本当そうですね。ありがとうございます。

松永くん個人史のなかで、人生の節目というのはいつだったと思いますか? 

松永:そうですね。ソロ名義のアルバムをリリースしたいまのタイミングも大きそうな気がしますし、まだまだこれから先も続いていく、続いていってほしいとも思ってます。なので、これから先にもまだまだそのようなタイミングがいくつかあるかもしれませんが、これまでということで考えてみると、さっきとも重複してしまいますが、やはり震災を経て2012年初頭『Something In The Air』、あの作品をあのタイミングでリリースしたことは大きいかもしれません。自分のなかですごく楽になったというか、励みになりました。こういう世界観やプレイスタイルもDJ ミックスとしてトライしていいんだっていう、自信とまではいかないですけど、もっとやっていいんだ、ということに繋がったと思います。それと2017年に浅沼優子さんの尽力のおかげもあって、ドイツ〈Berlin Atonal〉へ出演できたこと、そこでDJ経験できたことも大きいと思います。何か景色が変わった気がします。

いっぽうで悪魔の沼もはじめます。

松永:下北の〈MORE〉、厳密にいうと〈MORE〉店長だった宮さんがその前にやっていた同じく下北沢ROOM”Heaven&Earth”ではじまったイベントだったんです。メンバーのAWANOくんから「沼」をテーマにイベントをやるので一緒にやりませんかと、そして、何かいいタイトルないですかと相談されて、そのときに「沼」と聞いて、瞬間的にトビー・フーパーの映画『悪魔の沼』のポスターの絵、大鎌を振り回すオッサンのあの絵が頭にパッーと浮かんだんです。それで冗談まじりに『悪魔の沼』」はどうですか? と(笑)。で、AWANO君から「誰か一緒にやりたい人いますか?」と尋ねられて、その頃自分は勘違いスクリュー的なプレイを盛り上がってよくやってた頃で、コズミック(イタロ・ディスコ)が再評価された後の時期でもあったので、西村(公輝)さんは面識はあったのですが、それまではDJご一緒したこともほぼなかったんです。AWANO君と西村さんは学生時代から縁もあって、それもあって西村さんとご一緒できたらと思って声をかけていただきました。悪魔の沼イベント初期は全編ホラー映画のサントラのみでトライしてみたり(笑)。初期は一人30分交代だったので一晩で3〜4セットをプレイするという、皆レコード中心だったので準備だけでもなかなか大変で、かなりしごかれました(笑)。オリジナルメンバーとしては二見裕志さんも参加されてました。一時期、1Drink石黒君も参加していたこともありました。そんなこんなを経て、現在の3人になりました。その頃に、ミヤさんに「3人でback to backでやってみたら」とアドバイスもらい、試しにそれをやってみたことがきっかけで現在のスタイルに繋がってます。
〈MORE〉時代の沼イベントは、およそ季節ごとの開催でした。フリーゆで卵とか、フリーわかめとか、幻や沼汁というドリンクあったり(笑)、毎回ゲストを迎えながら、ダンス・ミュージックながら自由に沼を探ってました。

これだけ長く続いているのは、やっぱ楽しいから?

松永:自分的には、ADS、スマーフ男組を経て、そしてDJの延長線上でもあったし、沼がテーマでしたし(笑)、なんだかとても気持ちが楽だったんです。季節ごとにやる趣味の会合や寄り合いくらいの感覚だったというか、なので、10年以上まだ続けられて、現在もオファーをいただけて3人でプレイできているというのはホントにありがたい限りで、はじめた頃のイメージからすると信じられないありがたさです。西村さん、AWANO君との共同プレイで、ヒリッとした刺激はもちろん、毎回の化かし合い含めて切磋琢磨し続けられているのはホントにありがたいなと思ってます。

松永くんはDJをやめようと思ったことってないの?

松永:いまのところ意識的にはないですね。ただ、いつまでこういうことを現場でやっていけるのか。やっていいのか。やり続けていいのか。ということはここ最近何となく思うこともあります。コロナ禍以降、最近は、より若い世代や幅広いジャンルの素敵なDJやアーチストさん、バンドとご一緒する現場も多くて、幅広い世代の皆さんと一緒に音を奏でられることにも大きな喜びを感じてます。それと長年サポートしてくれている友人と家族には感謝の気持ちでいっぱいです。

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もう本当にそれはありがたい限りでして。一緒に遊ばせてもらってるっていうか、彼らと話していると、たまに、「お父さんと(お母さんと)同い年です。コンピューマさんの方が年上です。」とか話してくれたり(笑)。

それで、今回のアルバム(『A View』)が、これだけ長いキャリアを持ちながら、初めて自分の名前(COMPUMA)で出したアルバムになるんですよね。

松永:はい。

元々は演劇のために作ったものを再構築したっていう話なんですけど、作り方の点でいままでと変わったところってあります?

松永:僕はミュージシャンではないので、できることがかなり限られてるんです。だから、ある意味で音楽を作る場合は、諦めからはじまるともいいますか。今回の作り方も基本的にはそういう意味では一緒なんですが、ここ近年での制作は、今作も含めて、Urban Volcano Sounds/Deavid Soulのhacchiさんの存在はすごく大きいです。

ダブでやミニマルであったり、松永くんのDJミキシングのサウンドコラージュ的に作っていたものとはまた違うところにいったように思いました。

松永:今回は、北九州の演劇グループ〈ブルーエゴナク〉さんからオファーいただいた演劇『眺め』のための音楽が基になってます。 2021年春頃に〈Black Smoker〉からリリースした『Innervisions』というミックスCDがありまして、その内容がかなり抽象的な電子音のコラージュが中心で、ダンス・ミュージックと電子音楽の狭間を探求するような、わりと内省的な内容だったんですけど、ブルーエゴナク代表の穴迫さんがこのミックスCDを購入していただいたようで、そこからオファーをいただきました。自分的には当初『Innervisions』の感じの抽象的なものだったら何とかできるかもしれないと思って、リクエストもそんなような感じの内容だったんで、それであればいけるかもということでお受けしたんですが、具体的に進行させたところ、実際にはかなり場面展開もあって、抽象的な音がダラッと流れるだけじゃどう考えても成立しないということがわかって、しかも九つの場面用の音楽が必要ということで、実のところかなり焦りました(笑)。
そこからBPM90でミニマル・ミュージックというお題をいただいたり、台本から音のイメージにつながる言葉をいくつもいただいて、それらの言葉をイマジナリー音に変換していって、それらをパズルのように組み合わせて試して構築していきながら制作を進めました。

『眺め』という言葉を松永くん的に音で翻訳してたと思うんですけど、どんなふうに解釈してどんなふうに捉えていったんですか?

松永:演劇タイトル「眺め」から当初感じていたのは、何となく、どこか遠くからというか、俯瞰してるような感覚でした。ただ、制作を進めていく中で、これは俯瞰だけではなくミクロでマクロな世界観も含めての「眺め」なんだと再認識しました。

穴迫信一さんさんのライナーノーツにすごくいいことが書いてありました。希望が見えない時代のなかで、いかにして希望を見つけていけばいいんだろうみたいな、それを音に託したというような話があって。

松永:本当に恐縮で素敵なライナーノーツをいただきました。そして何より演劇の音楽を担当するという貴重な機会をいただいて心から感謝してます。

松永くんの関わってきた音楽作品はダークサイドには行かない、それは意識していることなんですか?

松永:そうですか。そういうイメージなんですね。そこは無意識でした。ダークサイドに行っているか行ってないかどうかは自分ではわかりませんが、今作に関しては、演劇のための音楽でしたので、舞台と装置、照明や映像、お芝居もそこに入ってくるので、そういう意味では、今まで作った作品以上に、どこか余白の部分が残ることを意識した音、イメージとして何か少し足りないくらいの音にすることは意識しました。あとは、何と言いますか、何でもない、聴き疲れしまい音を目指すと言いますか、、

それはなぜ?

松永:最初は自分の持っているシンセなどで用意した個性的な音を合わせたりしたみたんですが、どうにも今回は、なんだかイメージが合わなかったんです。それとミニマル・ミュージックというテーマもいただいていたので、そこも意識しながら発展させてみました。何も起こらない感覚といいいますか、インド古典音楽ラーガ的メディテーショナルな世界も頭のなかに浮かびつつ。

いまでもレコードは買っていますか?

松永:新譜も中古もレコードもCDも買います。カセットテープもたまに。データで買うものもあります。全部のフォーマットで買ってますね。笑

いま関心があるジャンルとかあります?

松永:オールジャンル気になった新譜をサブスクで軽く聴いたり、そこから気に入ったものはCDやレコードでも買ったりするんですが、サブスクって、ふと思ったのですが、便利なので活用しますが、何と言いますか、聴いてるけど何となく聴いた気にだけなっているというか、しっかりと自分の中に沁み込んでこないというか。年寄りだからなのかもしれませんが、レコードCDで購入する音源への思い入れが強すぎるのかもしれませんが、長年の習慣での癖が抜けきらないんですかね。購入したものでないとなんだかしっかりと頭に記憶されないというか(笑)。DJプレイに関わるものはまた別ですが、リスニングするものは幅広くオールジャンルに話題作、旧譜もチェックしてます。これも年のせいなのか、より耳疲れしないような音楽と音量や距離感を求めているようにも思います。

最近はどのぐらいの頻度でDJやってるんですか?

松永:DJは平均すると週1〜2回くらいでしょうか。その時々によって差があるかもしれません。

コロナのときは大変だったよね。

松永:DJほとんどやってなかったんで家にずっといて、街も静かだったじゃないですか。いろんなことを考えさせられました。東京も、こんなに静かなんだとも思って。

なんかこう将来に対する不安とかある?

松永:それはもうずっとあります(笑)。凹んだり落ち込むようなことが多い世のなかですけど、少しでもいいところや心地いいところ面白いところを探していけたらと努めてます。息子達の世代が、少しでも未来に希望を持てるようなことを伝えられたり作っていってあげたいなというのが正直な気持ちとしてもあります。現実には、いろいろとなかなかハードなところだらけじゃないですか。だから、何かちょっとでも明るい未来を感じられるような気持ちと視点でありたいなという願望かもしれません。

松永くんからみて90年代ってどういう時代だったと思います?

松永:自分の勝手な解釈なんで違うかもしれませんが、90年代といまが違うとしたら、妄想力の違いでしょうか。当時はまだインターネットがなかったから、海外のマニアックな音楽や文化に関しては、勘違い含めて、皆が妄想力でも追求して熱量で挑んでいたと思うんですね。DJ的センスが良くも悪くもいろいろな場面で浸透しつつあって、その感覚でいろんな視点から色々な時代いろんな音楽を面白がる感覚がより世間的にも広がっていくような感覚が90年代に誕生したんではないかとも勝手ながら思います。インターネット以降、とくに最近は、やはりその知り得る情報の正確さ、速さが90年代とでは圧倒的に違うと思うんです。勘違いの積み重ねや妄想の重ね方の度合いは90年代の方が圧倒的に高かったと思うんですよね。翻訳機能のレベルも高くなりましたし、ただ、SNS含めて情報量がとにかく多すぎるので、本当に自分のとって必要な情報を選ぶことが大変な時代になっているような気もしてます。それはそれでなかなかに大変ですよね。自分でも何か検索すると同じような情報がたくさん出過ぎて、どれを読めばいいのか、ホントに知りたい正しい情報まで逆に辿り着けなくて、それだけで疲れてしまうことも多々あったりしますし。
 とは言ってもインターネットは便利ですし、音楽制作においてもDJにおいても素材集め含めてとんでもなく早く集められるし、それを活かせる環境があるから、90年代と比べると洗練された上手いDJプレイをできると思うんですよね。ただ、一概に比較は難しいのですが、どっちが好みかというのはまたちょっと比べられないですよね。どっちにもカッコよさもありますし、かっこよすぎてかっこよさ慣れしてしまう感覚もありますよね。

松永くんは世代を超えて、若い世代のイベントにも出演しているわけだけど。

松永:いや、もう本当にそれはありがたい限りでして。一緒に遊ばせてもらってるっていうか、彼らと話していると、たまに、「お父さんと(お母さんと)同い年です。コンピューマさんの方が年上です。」とか話してくれたり(笑)。

(笑)でも、DJの世界は、音楽をどれだけ知っているかが重要だから、ベテランだからこそできることっていうのがあるわけなので。

松永:ここ最近「沼」のメンバーとは会うたびに、こんなおっさんたちが、果たしていつまでこういう現場にいていいものかどうなのかっていう話にはいつもなります(笑)。

はははは。でも、続けてくださいよ、本当(笑)。最後に、〈Something About〉をどうしていきたいとか夢はありますか?

松永:今回もいろいろな皆さんの協力のもと、自主リリースでソロ名義で初めてのアルバムをリリースすることができて本当にありがたい限りなのですが、このCDリリースをきっかけにして、ここから新たないろんな可能性を探求できたらと思ってます。できることなら海外の方にも届けられたらとも思いますし、デジタルやアナログ・リリースも視野に目指してみたいです。自分なりのペースにはなりますが、これからもオヤジ節ながらトライしていきたいと思います(笑)。精進します。どうぞよろしくおねがいいたします。
 それと9/30金に、渋谷WWWにてリリース・イベントを開催させていただくことになりました。最高に素敵な皆さんに出演していただくことになりました。よろしければ是非ともです。よろしくお願いいたします。


COMPUMA 『A View』 Release Party

出演 :
COMPUMA
パードン木村
エマーソン北村
DJ:Akie

音響:内田直之
映像:住吉清隆

日時:2022年9月30日(金曜日)開場/開演 18:30/19:30
■会場:渋谷WWW
■前売券(2022年8月19日(金曜日)12:00発売):
一般 : 3,000円/U25 : 2,000円(税込・1ドリンク代別/全自由 ※一部座席あり)
■当日券 : 3,500円(税込・1ドリンク代別/全自由 ※一部座席あり)
■前売券取扱箇所:イープラス<https://eplus.jp/compuma0930/
■問い合わせ先:WWW 03-5458-7685 https://www-shibuya.jp/

※U25チケットは25歳以下のお客様がご購入可能なチケットです。
ご入場時に年齢確認のため顔写真付き身分証明書の提示が必要となります。
ご持参がない場合、一般チケットとの差額をお支払いいただきます。

HAINO KEIJI & THE HARDY ROCKS - ele-king

文:ジェイムズ・ハッドフィールド(訳:江口理恵)[8月19日公開]

 1960年代に入ってしばらくするまで、カヴァー・ヴァージョンというのはロック・バンドが普通にやるものだった。ビートルズの最初の2枚のアルバムに収録されている曲の半分近くは他のアーティストの作品だ。初期のローリング・ストーンズは、自らのソングライターとしての才能を証明するよりも、ボ・ディドリーを模倣することの方に関心があった。しかし、LPがロック・ミュージックのフォーマットに選ばれるようになると、ファンはアーティストにより多くの革新を期待し、レーベルもオリジナルの音源の方が金になることに気付き出した。カヴァー・ヴァージョンは、ありふれたお馴染みのものから、ロック・ミュージシャンがより慎重に意図を持って使うものになっていった。敬意を表したり、いつもの定番曲に新風を吹き込んだり、キュレーターとしてのテイストをひけらかしたり、あるいは完全に冒涜的な行為を行うための。

 『きみはぼくの めの「前」にいるのか すぐ「隣」にいるのか』の収録曲では、これらのことの多くが、時に同時進行で行われている。灰野敬二が70歳の誕生日を迎えたわずか数週間後にCDとしてリリースされたこの変形したロックのカヴァー集は、実質的にはパーティ・アルバムであり、クリエイターの音楽的ルーツを探る、疑いようのない無礼講なツアーのようだ。全曲を英語のみで歌う灰野敬二が、角のあるガレージ・ロック・スタイルのコンボ(川口雅巳(ギター)、なるけしんご(ベース)、片野利彦(ドラム))のヴォーカルを務め、ロックの正典ともいうべき有名曲のいくつかを、ようやくそれと認識できるぐらいのヴァージョンで披露している。

 灰野がカヴァー・バンドのフロントを務めるというのはそれほどばかげた考えではない。彼の1990年代のグループ、哀秘謡では、ドラマーの高橋幾郎、ベースの川口とともに、50年代・60年代のラジオのヒット曲の、幻覚的な解釈をしてみせた。ザ・ハーディ・ロックスの前には、よりリズム&ブルースに焦点を当てたハーディ・ソウルがあり、その一方で灰野はクラシック・ロックの歌詞を即興のライブ・セットに取り入れることでも知られていた。つまり、このアルバムが、一部の人間が勘違いしそうな、使い捨てのノヴェルティのレコード(さらに悪くいえば、セルフ・パロディのような行為)ではないことを意味している。

 2017年に、ザ・ハーディ・ロックスを結成したばかりの灰野にインタヴューしたとき、彼はバンドがやっていることを「異化」という言葉で表現した。これは英語では“dissimilation”あるいは“catabolism”と訳されるが、ベルトルト・ブレヒトの、観客が認識していると思われるものから距離を置くプロセスである“Verfremdung”の概念にも相当する。ここでは“(I Can’t Get No ) Satisfaction”のように馴染み深い曲でさえ、じつに奇怪にきこえる。キース・リチャーズの3音のギター・フックが重たいドゥームメタル・リフへと変わり、灰野が喉からひとつひとつの言葉をひねり出すような激しさで歌詞を紡ぐ。驚くべきヴォーカル・パフォーマンスを中心にして音楽がそのまわりを伸縮し、次の“Hey Hey Hey”への期待で、いろいろな箇所で震えて停止してしまう。

 あえて言うまでもないが、灰野は中途半端なことはしない。レコーディング・エンジニアの近藤祥昭が、不規則で不完全な状態を捉えたこのアルバムでの灰野のヴォーカルは、まるで憑りつかれているかのようだ。金切り声や唾を吐く音が多いにもかかわらず、何を歌っているのか判別するのはそれほど難しいことではない。バンドは重々しい足取りでボブ・ディランの“Blowin’ In The Wind”をとりあげているが、それはもっとも不機嫌な不失者のようでオリジナルとは似ても似つかないが、それでもディラン自身が2018年のフジロックフェスティバルで演奏したヴァージョンよりは曲を認識できる。

 注意深く聴くとたまに元のリフが無傷で残っているのがわかるが、音の多くの素材は、不協和音のコード進行や故意に不格好なリズムで再構築されている。このバンドの“Born To Be Wild”では、有名なリフレインに辿り着く前に灰野がジョン・レノンの“Imagine”からこっそりと数行滑り込ませている。“My Generation”では、崩壊寸前の狂気じみた変拍子でヴァースに突進していく。川口が灰野のヴォーカルに合わせて支えるように、しばしば、エフェクターなしでアンプに直接つないだ生々しいギターの音色を響かせる。なるけと片野は、様々なポイントでタール抗の中をかき分けて進むかのように演奏している。

 ビッグネームのカヴァーが多くの人の注目を引くだろうが、ザ・ハーディ・ロックスは、日本のMORでも粋なことをしている。アルバムのオープニング曲の“Down To The Bones”は、てっきり『Nuggets』のコンピレーションの収録曲を元にしていると思っていたが、YouTubeのプレイリストを見て、これが実際には1966年に「骨まで愛して」で再デビューした歌謡曲のクルーナー、城卓矢のカヴァーだと判明した。“Black Petal”は、水原弘の“黒い花びら”をプロト・パンク風の暴力に変えるが、日系アメリカ人デュオのKとブルンネンの“何故に二人はここに”については、灰野にかかっても救いようのない凡庸さだ。

 もっとも異彩を放つのは、アルバム終盤に収録されたアカペラ・ヴァージョンの“Strange Fruit”だろう。これは奇妙な選択であり、「Black bodies swinging in the southern breeze(黒い体が南部の風に揺れる)」という歌詞を静かに泣くように歌い、本当の恐怖を伝える灰野の曲へのアプローチの仕方には敬意を表するが、私はこの曲を再び急いで聴こうという気にはならない。しかし、アルバム全体は非常に面白く、このクリエイターの近寄り難いほど膨大なディスコグラフィへの入り口としては、理想的な作品である。



HAINO KEIJI & THE HARDY ROCKS


きみはぼくの めの「前」にいるのか すぐ「隣」にいるのか
(“You’re either standing facing me or next to me”)


P-Vine Records

by James Hadfield

Until well into the 1960s, cover versions were just something that rock bands did. Nearly half of the songs on the first two Beatles albums were by other artists. The early Rolling Stones were more interested in channeling Bo Diddley than in proving their own abilities as songwriters. But as the LP became the format of choice for rock music, fans began to expect more innovation from artists, while labels came to realise there was more money to be made from original material. Cover versions went from being ubiquitous to something that rock musicians used more sparingly, and intentionally: to pay respects, put a fresh spin on familiar staples, flaunt their curatorial taste, or commit acts of outright sacrilege.

The songs on “You’re either standing facing me or next to me” are many of these things, sometimes all at once. Released on CD just a few weeks after Keiji Haino celebrated his 70th birthday, this collection of deformed rock covers is practically a party album, and a distinctly un-reverential tour of its creator’s musical roots. Singing entirely in English, Haino acts as vocalist for an angular, garage rock-style combo (consisting of guitarist Masami Kawaguchi, bassist Shingo Naruke and drummer Toshihiko Katano), who serve up just-about-recognisable versions of some of the most famous entries in the rock canon.

The idea of Haino fronting a covers band isn’t as absurd as it may seem. His 1990s group Aihiyo, with drummer Ikuro Takahashi and Kawaguchi on bass, did strung-out interpretations of radio hits from the ’50s and ’60s. The Hardy Rocks were preceded by the more rhythm and blues-focused Hardy Soul, while Haino has also been known to incorporate lyrics from classic rock songs into his improvised live sets. All of which is a way of saying that this isn’t the throwaway novelty record that some might mistake it for (or, worse, an act of self-parody).

When I interviewed Haino in 2017, not long after he’d formed The Hardy Rocks, he used the term “ika” (異化) to describe what the band were doing. The word can be translated as “dissimilation” or “catabolism” in English, though it also corresponds with Bertolt Brecht’s idea of “Verfremdung”: the process of distancing an audience from something they think they recognise. Even a song as familiar as “(I Can’t Get No) Satisfaction” sounds downright freaky here. Keith Richards’ three-note guitar hook is transformed into a lumbering doom metal riff, as Haino delivers the lyrics with an intensity that suggests he’s wrenching each word from his own throat. It’s a remarkable vocal performance, and the music seems to expand and contract around it, at various points shuddering to a halt in anticipation of his next “Hey hey HEY.”

As if it needed stating at this point, Haino doesn’t do anything by halves, and his vocals on the album—captured in all their ragged imperfection by recording engineer Yoshiaki Kondo—sound like a man possessed. But for all the shrieks and spittle, it’s seldom too hard to figure out what he’s actually singing. The band’s lumbering take on Bob Dylan’s “Blowin’ in the Wind”—like Fushitsusha at their most morose—may sound nothing like the original, but it’s still more recognisable than the version Dylan himself played at Fuji Rock Festival in 2018.

Listen closely and you can pick out the occasional riff that’s survived intact, though more often the source material is reconfigured with dissonant chord sequences and deliberately ungainly rhythms. The band’s version of “Born To Be Wild” eventually gets to the song’s famous refrain, but not before Haino has slipped in a few lines from John Lennon’s “Imagine.” On “My Generation,” they hurtle through the song’s verses in a frantic, irregular meter that’s constantly on the verge of collapse. Kawaguchi matches Haino’s vocals with a bracingly raw guitar tone, often jacking straight into the amp without any effects pedals. At various points, Naruke and Katano play like they’re wading through a tar pit.

While it’s the big-name covers that will grab most people’s attention, The Hardy Rocks also do some nifty things with Japanese MOR. I was convinced that album opener “Down To The Bones” was based on something from the “Nuggets” compilations, until a YouTube playlist alerted me to the fact that it was actually “Hone Made Ai Shite,” the 1966 debut by kayōkyoku crooner Takuya Jo. “Black Petal” turns Hiroshi Mizuhara’s “Kuroi Hanabira” into a bracing proto-punk assault, though the band’s take on “Naze ni Futari wa Koko ni,” by Japanese-American duo K & Brunnen , is a pedestrian chug that even Haino can’t salvage.

The most out-of-character moment comes near the end of the album, with an a cappella version of “Strange Fruit.” It’s an odd choice, and while I can respect the way that Haino approaches the song—delivering the lyrics in a hushed whimper that conveys the true horror of those “Black bodies swinging in the southern breeze”—it isn’t a track that I’ll be returning to in any hurry. But the album as a whole is a hoot, and an ideal entry point into its creator’s intimidatingly vast discography.

ジェイムズ・ハッドフィールド

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文:松山晋也[9月5日公開]

 9月7日に出るLPが届いた昨日だけで立て続けに3回聴いた。いま、そのハードさに改めて打ちのめされている。LP版は、11曲収録のCD版よりも2曲少ない9曲入りなのだが、「最初からLPを念頭に作ったアルバム」と灰野が語るとおり、サウンド全体のヘヴィネスと密度が強烈で、ハーディ・ロックスというユニット名に込められた灰野の思いもより明瞭に伝わってくる。5月に出たCDを買った人もぜひLPの方も聴いてほしいなと思う。ひとりのファンとして。

 ロックを極限までハードに表現すること──ハーディ・ロックスという名前に込められた灰野の思いは明快である。実際、ライヴ・パフォーマンスも極めてハードだ。灰野+川口雅巳(ギター)+なるけしんご(ベイス)+片野利彦(ドラム)から成るこのユニットでは灰野はギターを弾かず、ヴォーカルに専念している(曲によってはブルース・ハープも吹く)のだが、1回ライヴをやると体調が完全に回復するまで半年かかると本人は笑う。それくらい尋常ではないエネルギーを放出するわけだ。しかし、ハード=ラウドということでもない。バンドの演奏も灰野のヴォーカルもなるほどラウドではあるけど、彼らの表現の核にあるのは音量やノイズや速度では測れない何物かだ。原曲の歌詞やメロディに埋め込まれた思いや熱量にどこまで誠実かつ繊細に向き合えるのか、という “覚悟” が一音一音に刻み込まれている。その覚悟の真摯さ、強固さを灰野は「ハーディ」という造語で表明しているのだと思う。

 ハーディ・ロックスは、海外の楽曲(ロックや、R&B、ジャズなど)や日本の歌謡曲を英語でカヴァするためのプロジェクトとして数年前にスタートした。98年にアルバム『哀秘謡』も出た歌謡曲のカヴァ・プロジェクト=哀秘謡、2010年代にやっていたソウルやR&Bのカヴァ・プロジェクト=ハーディ・ソウルの延長線上というか、総決算的プロジェクトと言っていい。これら3つのプロジェクトに共通しているのは、“なぜ(原曲は)こんな演奏と歌い方なんだ!” という原曲に対する愛と不満だろう。
 今回のアルバム(CD版)に収録された曲目は以下のとおり。このうち⑤⑥の2曲はLP版ではカットされている。

① 城卓矢 “Down To The Bones(骨まで愛して)”
② ボブ・ディラン “Blowin’In The Wind”
③ ステッペンウルフ “Born To Be Wild”
④ エディ・コクラン/ブルー・チア “Summertime Blues”
⑤ バレット・ストロング/ビートルズ “Money (That’s What I Want)”
⑥ Kとブルンネン “Two Of Us(何故に二人はここに)”
⑦ ローリング・ストーンズ “(I Can’t Get No) Satisfaction”
⑧ ドアーズ “End Of The Night”
⑨ 水原弘 “Black Petal(黒い花びら)”
⑩ ビリー・ホリデイ “Strange Fruit”
⑪ フー “My Generation”

 ① “骨まで愛して” と⑥ “何故に二人はここに” は『哀秘謡』でも日本語でカヴァされていたが、今回の英語ヴァージョンと聴き比べてみると、20数年の歳月が灰野の表現にどのような変化/深化をもたらしたかよくわかる。“骨まで愛して” は『哀秘謡』版ではリズムもメロディも極限まで解体されていたが、その独特すぎる間合いと呼吸が今回はロック・バンドとしてのノリへと昇華された感じか。“何故に二人はここに” の『哀秘謡』版は灰野にしては意外なほどシンプルだったが、今回はそのシンプルさに拍車をかけたダイレクトなガレージ・ロック調。灰野の作品でこれほどポップな(演奏のコード進行もヴォーカルのメロディもほぼ原曲どおり!)楽曲を私は聴いたことがない。LPに収録されなかったのは、時間的制限という問題もあろうが、もしかしてシングル盤として別に出したかったからでは?とも勘ぐってしまう。ちなみに灰野が14才のとき(66年)に大ヒットした “骨まで愛して” は、発売当時から灰野はもちろん知ってはいたが、本当に惹かれたのは後年、前衛舞踏家・大野一雄のドキュメンタリー映画『O氏の死者の書』(73年)の中で、サム・テイラー(たぶん)がテナー・サックスで吹くこの曲をBGMに大野が豚小屋で舞うシーンを観たときだったという。また、第二のヒデとロザンナとして売り出されたKとブルンネンの “何故に二人はここに”(69年)は、『哀秘謡』を作るときにモダーン・ミュージック/P.S.F レコードの故・生悦住英夫から「歌詞が素晴らしい曲」として推薦されたのだとか。

 海外の曲の大半は、灰野が10代から愛聴してきた、あるいは影響を受けた作品ばかりだと思われるが、中でも④ “Summertime Blues” と⑧ “End Of The Night” に対する思い入れは強いはずだ。なにしろブルー・チアとドアーズは、灰野のロック観の土台を形成したバンドだし。70年代前半の一時期、灰野は裸のラリーズの水谷孝とともにブルー・チアの曲だけをやるその名もブルー・チアというバンドをやっていたこともあるほどだ。だから、曲の解釈や練り上げ方にも一段とキレと余裕を感じさせる。ジム・モリスンがセリーヌの「夜の果てへの旅」にインスパイアされて書いた “End Of The Night”(ドアーズの67年のデビュー・アルバム『The Doors』に収録)は短いフレーズのよじれたリフレインから成るドラッギーな小曲だが、原曲と同じ尺(約2分50秒)で演奏されるハーディ・ロックスのヴァージョンは、ドアーズが描いた荒涼たる虚無の原野を突き抜けた孤立者としての覚醒を感じさせる。灰野敬二の表現者としての原点というか、灰野の心臓そのもののように私には思えるのだ。

 その他、特に面白いのが、アカペラによる⑩ “Strange Fruit(奇妙な果実)” か。彼らは最初これを演奏付きで何度も試してみたのだが、どうもしっくりこず、最終的にヴォーカルだけにしたのだという。なるほど、この歌で描かれる凄惨な情景、木に吊り下げられた黒い躯の冷たさにここまで肉薄したカヴァはなかなかないだろう。あと、③ “Born To Be Wild(ワイルドで行こう!)” の途中で突然ジョン・レノン “イマジン” のワン・フレーズが挿入されているのも興味深い。ノー・ボーダーな野生児による宇宙との一体化という歌詞の共通点から挿入したのか、単なる直感や気まぐれなのか、そのあたりは不明だが。

 これらのカヴァ・ワークは、“何故に二人はここに” 以外はいずれも、ちょっと聴いただけでは原曲が何なのかわからないほどメロディもリズムも解体されており、ビーフハート作品のごとく極めて微妙なニュアンスに溢れた演奏の背後には、かなり長時間の集団鍛錬があったはずだ。抽象的な言葉を多用する灰野のヴィジョンをサウンドとして完璧に具現化するためだったら、すべての楽器を灰野自身が担当した方が録音もスムースだろうし、実際それは可能だと思うのだが、それをあえてやらないのがこのユニットの醍醐味だろう。誤解や齟齬によって生まれる別の匂いを楽しむこと、「わからないということを理解する」(灰野)ことこそが灰野にとっては大事なのだから。

 振り返れば、灰野の目はつねに “音楽の始原” という一点だけを見つめてきた。灰野のライヴでいつも驚かされるのは、どんな形態、どんな条件下であっても我々は音楽が生まれる瞬間を目撃できるということである。ここにあるのは、誰もが知っている有名な曲ばかりだが、同時に誰も聴いたことがない曲ばかりでもある。

松山晋也

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