「IO」と一致するもの

 日本におけるジャズ・ヒップホップ・シーンの開拓者といえば、Nujabesである。あの不幸な交通事故から、今年の2月で5周忌を迎える。彼の〈Hydeout Productions〉レーベルから発表された美しい曲の数々はいまも世界中で聴かれているし、再評価されている。そして、同レーベルにはいくつかの美しいハウス・トラックがあり、それは彼が敬愛するJoe Claussell率いるMental Remedyを意識し作曲されたものだ。
 いま、共同制作を実現する機会が訪れなかったJoe Claussellとの悲願のコラボレーションがクラウドファンディングで実現しようとしている。
本プロジェクトは、NujabesがJoe Claussellへ未発表音源を贈り、ここでしか手に入らない生演奏アンサーリミックスを実現するというもの。Nujabesのそのメロディを鮮やかに蘇らせ、メッセージを込めるトリビュート企画。

 プロジェクトの目標金額に達した場合、Joe Claussellが率いるミュージシャンとの生演奏リミックスの制作を依頼し、最高のカタチでNujabesの想いを実現させる。
 支援者にはミックスCD、データ、レコードといった様々な形で届けられることとなる。
 プロジェクトページは以下。

■TRUNK MARKET
https://trunkmarket.jp/project/s/project_id/10

 現在25日を経過し42%の達成率となっている。
 近日中にプロジェクトのトレーラー、BedwinがデザインしたTシャツが掲載される予定。
 ぜひ、みんなの力でこの企画を実現させよう!

2014 Retrospective - ele-king

 CDや配信、あるいはカセットと較べて12インチ・シングルはもはや圧倒的に贅沢品である。値段も驚くほど高くなった。消費者的にはたんに惰性で買っていただけなのに、商品の持つ意味が時代とともにこれだけ変わっていった例も珍しいとは思う。70年代には売り物でさえなく、デザインもそこそこにプロモーション盤として配られていただけ。80年代にはリミックス文化を発展させることにより音楽がアルバム単位で売られることを脅かすほど商品の最先端となり、90年代にはそのままアンダーグラウンドのメディアにも等しい存在になった。ゼロ年代には一転して早くもノスタルジーを漂わせたかと思えば、いまや、チープな高級品とでもいうのか、FKAツィッグスのネックレス付きデザインのように投機の対象にもなれば、以下で取り上げた〈センシュアル・レコーズ〉のように依然としてアンダーグラウンドのメディアとして配信では買えない情報を運んでくることもある。畳みかけるようなイタロ-ディスコの再発盤も含めて、その多義性は計り知れなくなってきて、アナログ盤だと法的なサンプリング規制は見逃されるという面(=使い方)もあるらしい。かつて、12インチ・シングルを買い漁りながら、その存在意義について思いを巡らせるようなことはなかった。高級品なのかゴミなのか、なんとも妙な気分で(結局は)買い集めてしまった12インチ・シングルから2014年のハイライトをご紹介。

January

Dario Reimann - White Cypher EP llllllll

 フランクフルトの新勢力で、ダリオ・ライマンが新たに設立した〈センシュアル・レコーズ〉からダブ・ミニマルの新機軸を聴かせる「マニーカウント・ダブ(Moneycount Dub)」。催眠的なループを引き立てるようにユルめのパーカッションがどんどん入れ替わり、お金を数えているような気持ち……にはならないな。金融都市ならではの感覚か? ルーマニア系からの影響が明らかな他の3曲よりもだんぜんユニークだと思うんだけど……。

Feburary

AxH - Destroy Tempa

 ボストンからアンドリュー・ハワードによるフィジカル1作め。アフリカン・パーカッションを縦横に組み合わせ、だらだらと呪術的なムードを煽るエスニック・ダブステップ。BPM少し早めがいいかも。ケテイカーことリーランド・カービーが〈アポロ〉から放った「ブレイクス・マイ・ハート・イーチ・タイム」も意外なほどファンタジー気分。

March

Grems - Buffy Musicast

 フランスからすでに5枚のアルバム・リリースがあるミカエル・エヴノの単独では初のシングル(ユニット名のグレムスはアイスランド語で欲求不満)。フランス語のせいか、10年前のTTCを思わせる間の抜けたヒップ・ホップがほんとに久しぶり(関係ないけどホワイ・シープ?『REAL TIMES』にTTCからキュジニエにラップで参加してもらってます)。この月はNYから韓国系のアーティストにモデルやDJが集まったダスト(Dust)によるイタロ・ディスコとアシッド・ハウスの混ざったような「フィール・イット」もおもしろかった。映像はホラー過ぎてR指定

April

Katsunori Sawa - Holy Ground EP Weevil Neighbourhood

 スティーヴン・ポーターの名義でDJノブともスプリット・シングルをリリースしていた京都の澤克典によるセカンド・ソロ。日本人にありがちな清潔感がまったくなく、しかも、インダストリアル・テイストを優美に聴かせる抜群のセンス。12月にはインダストリアル・ダブステップのアンソーンと組んだボーケ(BOKEH)名義もよかった。

May

Hidden Turn - Big Dirty 31 Records

 ドク・スコットのレーベルからジュークとドラムン・ベースを完全に融合させてしまったような(たぶん)新人のデビュー作。「もうちょっと話題になってもよさそう」というクリシェはこういうときに使う。

June

Reginald Omas Mamode IV - As We Move Five Easy Pieces

 シングルの作り方がもうひとつ上手くないモー・カラーズ(『ele-king Vol.15』、P.82)に代わって、お仲間がそれらしいシングルを出したという感じでしょうか。ゆったりとしたトライバル・リズムは、これもモー・カラーズと同じくインド洋に浮かぶモーリシャス共和国の「セガ」と呼ばれるリズムに由来するんだろうか。

July

Tessela - Rough 2 R&S Records

 「ハックニー・パロット」や「ナンシーズ・パンティ」が大人気のわりにもうひとつピンとこなかったエド・ラッセルによる6作めで、これはドカンときましたw。レニゲイド・サウンドウェイヴがベース・ミュージックを通過すればこうなるかなと。90年前後のブレイクビーツ・テクノが完全に更新されている。

August

Blond:ish - Wunderkammer Kompakt

 モントリオールから名義通りブロンド女性2人組によるフィジカル3作め。「ラヴァーズ・イン・リンボEP」(『ハウス・ディフィニティヴ』、P.262)で覗かせていたモンド係数を大幅にアップさせたアシッド・ミニマルの発展形。とくにカップリングの“バーズ・イート・バーズ”でその妙味が冴え渡る。

September

New York Endless - Strategies Golf Channel Recordings

 グレン・ブランカのリイッシューなどにもかかわっていたダン・セルツァーが、なんと現在はディスコ・ダブの受け皿となっている〈ゴルフ・チャンネル〉から。ユニット名や曲調から察するに、1月のダリオ・ライマンやハンヌ&ロアー「ブラ!」と同様、中期のクラフトワークにインスパイアされているのはたしか。ロアシからSH2000「ミスティカル・ブリス」もなかなか。

October

Lakker - Mountain Divide EP R&S Records

 エイフェックス・ツインがオウテカとミックスして使ったことで一躍有名になったアイルランドの2人組による8作めで、これも4月でピックアップしたカツノリ・サワとはちがった意味でインダストリアル・テイストの優美なダブステップを聴かせる。中盤から乱打されるハイハットのじつにアシッドなこと。前の年にはルーシーの〈ストロボスコピック・アルテファクツ〉でハード・ミニマルをやっていて、その変化と連続性はかなり興味深い。

November

Future Brown - Wanna Party Warp Records

〈フェイド・トゥ・マインド〉周辺からファティマ・アル・カディリやングズングズら4人組によるデビュー作。シカゴのMC、ティンクをフィーチャーしたグライムはイギリス産にはないニュー・エイジ色とMIAから現実感をなくしたような手触りが新鮮。

December

Ana Helder - Don't Hide Be Wild C meme

 マティアス・アグアーヨのレーベル(『ハウス・ディフィニティヴ』、P.194)から80年代初頭を思わせる、なんとも大味のエレクトロ・ハウス。彼女自身の声なのかサンプリングなのかわからないけれど、あまりに蓮っ葉な発音が気になる(アルゼンチンからスリーフォード・モッズへのアンサーというか……)。

LIL' MOFO - ele-king

めちゃかけたラブソング 2014

東京のいろんなクラブで毎週DJしてます、2015も宜しくお願いします。
PROFILE
https://soundcloud.com/lil-mofo-business

SCHEDULE
1/11 SUN BAR LA FAMILIA
1/14 WED CLUB OPEN
1/15 THU CLUB GARAM
1/17 SAT CLUB OPEN
1/17 SAT GRASSROOTS
1/23 FRI HEAVY SICK ZERO
1/30 FRI LIQUID ROOM

LIL' MOFO - ele-king

2014(ヒップホップ編)

順不同です!
知ったように年間チャートとかはずかしいけど、2014もやっぱその人のロマンをまるっと表してる音楽にとてもひかれました。
選びきれないから、まとまったフォーマットで出されてるヒップホップに限定。
いや、やっぱ全然選びきれてない、、
東京のいろんなクラブで毎週DJしてます、2015も宜しくお願いします。

PROFILE
https://soundcloud.com/lil-mofo-business

SCHEDULE
1/11 SUN BAR LA FAMILIA
1/14 WED CLUB OPEN
1/15 THU CLUB GARAM
1/17 SAT CLUB OPEN
1/17 SAT GRASSROOTS
1/23 FRI HEAVY SICK ZERO
1/30 FRI LIQUID ROOM


OG from Militant B - ele-king

チョコレートソウルサンデー 2014.12.30

ヴァイナルゾンビでありながらお祭り男OG。
レゲエのバイブスを放つボムを日々現場に投下。
Militant Bでの活動の他、現在はラッパーRUMIのライブDJとしても活躍中。

あけましておめでとうございます。
2015年もじゃんじゃんバリバリいくんでよろしくお願いします。
さて、、今回は前回と打って変わって甘甘歌物特集をお届け!!
窓の外は雪がちらつき、揺れる暖炉の炎を見ながら2人で毛布にくるまりココアを飲む。ニットのセータもオン(設定長っ!)そんな時に聴きたい曲を挙げてみました。カバー曲多めなので元曲を知ってる!ってなったりできて楽しいと思います。狙ってるあの子、愛するあの人と聴いてもらえたら幸いです。

1/6 吉祥寺cheeky "FORMATION新年会"
1/14 新宿open "PSYCHO RHYTHMIC"
1/24 青山蜂
1/31 京都metro
2/3 吉祥寺cheeky "FORMATION"
2/22 青山蜂

Various Artists - ele-king

 古事記や日本書紀の神話に猿田彦という神様が出てくる。ニニギの命が天から地上に降り立ったとき登場する鼻の長い神様で、道案内役をつとめたことから、道開きの神様と呼ばれている。天狗や道祖神のルーツとされることもある。
 キューバにもこの猿田彦に似ていなくもないアフリカ伝来の道の神様がいて、エレグアという。この神様は十字路に出没して進路や運命を司り、神々と人間を仲介するメッセンジャーの役を果たす。ブルースマンのロバート・ジョンソンが十字路で悪魔と取引してギターの才能を手に入れたという伝説も、そのヴァリエイションと言えなくはない。キューバのアフリカ系民間信仰サンテリアの儀式では、神様たちに音楽を奉納するが、儀式の最初と最後はエレグアに捧げる打楽器の演奏と歌だ。
 このアルバムが“エレグア”からはじまるのは、キューバ音楽のルーツのひとつとしてサンテリアなどのアフリカ伝来のリズムがあることをふまえているからだろう。 オランダのDJによるこの曲のリズム・トラックはアンビエント的なサウンドに打楽器が加わるもので、細部まではわからないが、打楽器の部分は、サンテリアの儀式の演奏を引用、あるいは参照しているのだろう。
 一方、歌で参加しているセスト・センティドはキューバでは中堅の都会派女性ポップ・コーラス・グループで、この曲でもサンテリアの歌をうたっているわけではない。前半と後半の2種類のコーラスも途中のブリッジの部分も、キューバン・ポップ的。曲全体としてはハイブリッドな組み合わせだ。
 サンテリア関係では、5曲目の“イェマヤ”も海の神様の名前。ラップとも語りともつかない男声とメロディアスな女声の歌が入るが、どちらもスペイン語ではないから、これはサンテリアの儀式の言葉が流用されているのだろう。しかしハンガリーのDJによるトラックは、ラテン・ソウルからサルサに変わっていくような曲調で、途中ではブラスがジェイムス・ブラウン/フェラ・クティ系のリズムを刻む。“エレグア”と歌・演奏の立場が逆だが、曲の構造がハイブリッドであることに変わりはない。
 他の曲も、ラップの入る曲、サルサぽい曲、バラードなど、曲調はいろいろだが、多かれ少なかれこうしたハイブリッド感覚で作られている。クラブ系の音楽が好きな人には、アンビエント的なダンス・ミュージックにキューバの歌やリズムを上モノとしてのせたアルバムに聞こえるだろう。キューバ人が聞けば、猿田彦+ハウスのような、突飛に思えるイメージの組み合わせがあるかもしれないが。
 ラム酒のハバナ・クラブに依頼されてジャイルス・ピーターソンがキューバのシリーズをはじめたときは、彼の趣味を反映してラテン・ジャズ色が強かったが、比較的無名のDJたちを起用した今回はもっともクラブ・ミュージック寄りで、しかもキューバ 音楽の知識が増えたことを感じさせる。どの曲もストリート系のワイルドなサウンドでなく、音楽的になめらかな仕上りなのは、やはりジャイルスの趣味なのだろう。

HOLY (NO MORE DREAM) - ele-king

~70's HR/HM 10選~ HEADBANGER’S伝説@IRON MAIDEN登場以前。 2014.DECEMBER.26

2015早々、激情のヘヴィメタルパーティ“NO MORE DREAM”青山蜂に再臨!今回も、K点越えMAXレベル度肝抜く仕掛けを御用意。皆様、大集合でよろしくお願いします。

NO MORE DREAM
~THE WORLD'S HEAVIEST HEAVY METAL PARTY~
@青山蜂
2015.1.12(mon)
17時~
入場料 \1500
先着20名にMIX CD by HOLYプレゼント!

DJS
HOLY
ロベルト吉野 a.k.a. DAVE’93
クボタタケシ
JAM DIABRO
山名昇
BLACK BELT JONES DC FROM METALCLUB
Dx
Wcchei

METAL DIRECTION&ARTWORK
ヴィッソン

FOOD
POOPTHEHOPE

HEADBANGER
PAUL

TEQUILA GIRL
yucco

Rocket Queen
ミサンガ

HM-T&PINS
Rhododendron

interview with Ogre You Asshole - ele-king


OGRE YOU ASSHOLE
ペーパークラフト

Pヴァイン

RockPsychedelic

【初回限定盤】 Tower HMV Amazon
【通常盤】 Tower HMV Amazon
Review

 歴史が終わったあとのロック。それでも、つづいていくロック。「まだまだ続く/終わるはずの場所も/終わらず遠くでかすんで見える」という“ムダがないって素晴らしい”の印象深いセンテンスは、『ペーパークラフト』に通底するどこまでも終わりのないようなミニマリズムと同期しつつも、もう少し広い意味で解釈することもできるだろう。そう、オウガ・ユー・アスホールというバンドの評価を決定的なものにすることになったこのアルバムには、ロックという音楽に対する極めて冷静な批評的距離と、深い愛情に満ちた盲目的とも言える没入が両立されている。そのギリギリのバランス感覚は、出戸学、馬渕啓、勝浦隆嗣、清水隆史という4人のメンバーに加えて、プロデューサーの石原洋とエンジニアの中村宗一郎を合わせた6人が緊張感を持って育て上げてきたものだと言える。

 思い返せば、彼らの挑戦的な三部作は、フランスの批評家であるロラン・バルトの写真論『明るい部屋』を、『homely』の一曲めのタイトルに引用することからはじまっていた。このことの意味は決して小さくないだろう。一義的な理解で言えば、バルトが写真の偶有性のなかにこそ美しさを見出したのだとしたら、“明るい部屋”のあの不穏なイントロが示唆するように、オウガ・ユー・アスホールはその写真論のネガとポジを反転させてみせる。つまり、日常にありふれた「普通のもの」のなかにこそ、暗黒郷へとつづく取り返しのつかない変化の兆候を見出してしまうような、そんな想像力だ。おまけに、この三部作で徹底的に敷衍されたミニマリズムは、その「取り返しのつかなさ」を助長するかのようだ。わかっちゃいるけどやめられない、そんな、なし崩しのムードを催眠的に助長する。なぜなら、ぼくも、あなたも、その「取り返しのつかなさ」の一部だから。「居心地がいいけど悲惨な場所」で暮らす、紙の城の住民の一人だから。そして周知のように、“明るい部屋”のあの不吉なイントロのノイズは、三部作完結編である『ペーパークラフト』の最後、“誰もいない”で再度リフレインするのだった――。

 もちろん、オウガ・ユー・アスホールはポストモダンの理論派ではない。むしろそういった説明的な要素をほぼ完全に排除することで、すべての細部に意味を持たせているとすら言える。あるいは、すべては筆者の深読みに過ぎないのかもしれないが。取材を前に、筆者はバンドにとって最初の転機となった08年の『しらないあいずしらせる子』を聴き返していた。俗っぽい言い方をすれば、ずいぶんとエモく感じる。ものの数年で、バンドはここまで遠い場所に来たのだ。彼らの現在の代表曲は“ロープ”という。繰り返す、“ロープ”だ。これをポストモダンと言わずになんと言おう。いわゆるポスト・ロックと呼ばれる音楽が、ロックの相対化を図るどころかひとつのマイクロジャンルとして埋没してしまった惨状を遠目に、オウガ・ユー・アスホールはその歴史の上をたゆたう。

 以下の取材は、スカイプを介して行われた。インターネット回線が安定しないため、映像はカット。音声だけが長野県某所の練習スタジオ、田我流いうところの「アジト」から届いてくる。4人はいたってひょうひょうとしていた。

出戸学(Vo,Gt)、馬渕啓(Gt)、勝浦隆嗣(Drs)、清水隆史(Ba)の4人からなる日本のロック・バンド。2005年にセルフ・タイトルのファースト・アルバムをリリースし、2009年には〈バップ〉へ移籍しメジャー・デビューを果たす。2008年制作の『しらないあいずしらせる子』以来は現在に至るまでプロデューサーの石原洋とエンジニアの中村宗一郎がレコーディングを手がけている。2012年の5枚め『100年後』などを経て、2014年に〈Pヴァイン〉より最新アルバム『ペーパークラフト』を発表した。


少なくとも、『フォグランプ』のときの煮詰まり感はないですね。作品を作ることの楽しさをこの三部作で学んだ感じです。(出戸)

レーベルが変わって、アルバムをリリースして、慌ただしい一年だったと思いますが、アルバムへの反響はどうでした?

一同:うーん。

勝浦:ない。

一同:ははは(笑)

本当ですか?

出戸:いや、ないこともないんですけど、あんまり耳に入ってこないんですよね。

『ペーパークラフト』の完成度ってすごいじゃないですか。自分たちで聴いて、どうですか?

出戸:それはまあ、いままでのなかだったら……。

勝浦:いちばんですね。

出戸:そうなるよね。

変に褒められすぎるのも嫌で、地方に留まる若いミュージシャンもいますが、そういうノイズをシャットアウトするために長野にいるというのもありますか?

出戸:いや、僕たちの場合は、バンドをやりやすい場所を選んでいたら自然と長野になった感じですね。メンバーで話し合って、意見をきいて。もちろん、プロモーションとかのことを考えたら東京とか、名古屋にいた方がよかったのかなと思うこともあるんですけど、前にいたレーベルが「東京じゃなくてもいいよ」と言ってくれたこともあって。メジャーのレーベルがそう言ってくれるなら、東京に行く理由もそんなにないかなと。自分たちで練習スタジオを持てるということが大事で、時間のこととか、お金のことを気にせずに練習できるというのが僕らにとっては大きいんだと思います。メンバーそれぞれが長野に縁があって、知らない土地じゃないというのもあるし。

2011年の『homely』、2012年の『100年後』、そして今回の『ペーパークラフト』で三部作が完成したわけですが、同時に音楽性も大きく変わりましたよね。そこの出発の部分を改めてお訊きしたいのですが。

出戸:2009年の『フォグランプ』というアルバムで、それまでのUSインディらしさみたいなものを出しきったみたいなところがあって。なにか新しい刺激を注入しないと、バンドの空気もグズグズしそうだなっていう予感があったんですよ。それまではセッションで曲を作っていて、「せーの」で録ったものをみんなで聴き返して、「ここがよかったから使おう」みたいな感じの作業だったのをまず変えてみようと。それで、10年の『浮かれてる人』から僕と馬渕で曲を作るようになって、手法を変えることで少しずつ視界が開けてきた感じですね。

『homely』以降のオウガって、「プロデューサーの石原洋さんとエンジニアの中村宗一郎さんと組んでから急激に変わった」みたいな、非常にざっくりとした認識を持たれているのかなという気もするんですけど、あのふたりと合流したのは2008年の『しらない合図しらせる子』で、もう何年も前のことなんですよね。

勝浦:バンドが変わった大きな理由として、石原さんと中村さんの存在があると思うんですけど、最初は僕らのUSインディ感をもっと尊重してくれてる感じで、もうちょっと距離があった。

出戸:『浮かれてる人』くらいのときから石原さんが自分で作ったミックスCDをくれるようになって。そこで聴いたりするものが影響しはじめたっていうのもあるかもしれない。

たとえばどんなものをくれるんですか? 僕が名前を聞いてもわからないかもしれませんが……。

出戸:いや、たとえば「夏用」だったりとか、そんな感じのもありますし、「フレンチ・ポップのベーシック」とかだったらゲンスブールなんかも入ってるし。あとはサイケだったりとか。

清水:ニューヨーク・パンクのコンピとかもあったよね。ノイズもあったし。

勝浦:ノイズもあったし。

出戸:ノイズとか、エクスペリメンタルとか、本当にいろいろです。

そういうのって、石原さんの気分なんですかね?

馬渕:どうなんですかね。一曲聴いているあいだに次の選曲を決めてるって言ってましたけど。

出戸:そこで聴く音楽が影響しはじめたっていうのもあるだろうし。それまでは石原さんもわりと押し黙ってる感じだったんですけど、『homely』の曲を作っていって、スタジオで聴いてもらったときに、「今回のアルバムはイケる」って初めて言ってもらえて。そこから少しずつ歯車がかみ合いはじめた感じかな。

リスナーの反応はどう見てました?

出戸:お客さんはどちらかと言うと、昔の僕らを望んでいるのかなとは思っていたんですけど、僕らは『homely』の先をもう少し研究してみたいというのがあって。やりたいことと求められることがマッチしてない感じはありましたね。

三作品を作り終えて、どうですか?

出戸:3作品を作るなかで、自分たちのやりたい音楽を理解してもらえたんじゃないか、とは思っていますけど。少なくとも、『フォグランプ』のときの煮詰まり感はないですね。作品を作ることの楽しさをこの三部作で学んだ感じです。

ロックなんだけど、同時にロックから離れるためのもの、というか。ロックなんだけど、ロックじゃなくなりたいというか。(勝浦)

2013年のライヴを何度か観ていたんですが、当時の印象ではノイズ・エクスペリメンタルな方向に行くのかな、と思っていたんですけど、ばっさり切り替えたのには驚きました。だって、〈Shimokitazawa Indie Fanclub 2013〉のライヴとか、怒ってませんでした? せっかくのフェスなのに、2曲やって帰るっていう(笑)。

出戸:とくに苛立ってはなかったですよ。あのときはたしか、「素敵な予感」のオルタナティヴver.と、「ロープ」のロングver.の2曲しかやらなかったので無愛想に見えたかもしれないですけど、あのときはバンドがそういうモードだったんだと思います。

勝浦:むしろ、おもしろがってました。

出戸:そうそう、おもしろがってた。

ああいうモードには飽きてしまったんですか? インストのロックでもぜんぜんいけるというか、ある意味ではボアダムス的な方向にも行けるんじゃないかと思ったんですけど。

出戸:飽きたとかではなくて、あのモードをCDに作品としてパッケージしようとするときに、作品が自分で想像できなかったというか。全編ノイズみたいな作品は自分でもあまり聴かないですし。基本、歌モノから出られない、みたいなところはありますね。

そこは今回、訊きたかったポイントなんですけど。

出戸:うーん。

勝浦:でもたしかに、それはポイントかもしれません。出戸くんとかはとくにそうで、自分のやっていることに責任を持つ傾向があると思うんですよ。

責任?

勝浦:やりたいことにポンポン手を出す人は逆にいま、すごく多いと思うんですけど、出戸くんは自分のなかにちゃんと根づいているものを継続させていくタイプなんですね。聴くものがガラッと変わったとしても、それまでに聴いてきたものを否定したりはしなくて、自分のなかに根っこを持っている。それが責任というか。そういう根っこがないと、そっちでずっとやっている人の作品に比べて嘘っぽくなると思うんですよ。

出戸:そうですね。とくにノイズとかって、その人の生きざまが出ると思うんですよ。仮に同じような音が出ていたとしても、その音のなかにどういう人がいて、そこに思想があるのかとか、そういうものに大きく左右されるジャンルだと思うので。僕らにはそういうのはまだ早いというか、根っこが備わっていないというか。

勝浦くんのリズム感にはミニマルにハマるものがあって。人間が機械に近づこうとするんだけど、どうしても揺らぐじゃないですか。その揺らぎが好きだっていうんですよね。(清水)

なるほど。そこで出てきたのが、「ミニマルメロウ」だったわけですが。

出戸:去年末の〈リキッドルーム〉のワンマン・ライヴの打ち上げでその言葉が出たのがはじまりです。

勝浦:あれはその言葉を聞いてすぐに「よさそうだな」と思いました。

音よりも先に「ミニマルメロウ」というコンセプトが先にあったパターンは初めてだったんでしょうか?

出戸:そうですね。音の面で、そういう架空のジャンルみたいな言葉が先にあったのは初めてだと思います。

「ミニマルメロウ」っていうのも、本当に微妙なバランスでの組み合わせですよね。あんまり対立させて考えたことがない概念というか、実際に出されてみて、「なるほど」という驚きがありました。

出戸:対立する要素というふうに考えていたわけでもなくて。自分たちのなかにあるメロウな要素と、ミニマルな要素を混ぜ合わせてみたことがなかったから、うまくいくのかわからなかったんですよ。それで、一度やってみようと。

言葉をばらしてお訊きしたいのですが、「ミニマル」というとアート全般にまたがる広い概念ですけど、オウガにとってはどういう概念なのでしょう?

出戸:そこはじゃあ、うちのミニマル担当から(笑)。

勝浦:音楽のことで言うと、ロックなんだけど、同時にロックから離れるためのもの、というか。ロックなんだけど、ロックじゃなくなりたいというか。ふつうのロックをふつうに演奏してもおもしろくないので、リズムの持つ文脈を変えてしまう概念ですかね。ミニマリズムというとよく「テクノ以降」とか言われると思うんですけど、たとえばカンがそうであるように、ロックなんだけどロックではない文脈からも聴けるというか。

清水:あと、ミニマリズムっていうのは、勝浦くん個人の特性でもあるんだよね。勝浦くんは生活の中の趣味というか、服装とか家具とかもミニマルだし。

勝浦:うーむ。

清水:それに、勝浦くんには「機械になりたい」という名言があるからね。

勝浦:それ、言った覚えがないんですけどね(笑)

清水:勝浦くんのリズム感にはミニマルにハマるものがあって。人間が機械に近づこうとするんだけど、どうしても揺らぐじゃないですか。その揺らぎが好きだっていうんですよね。それも、揺らぎ放題というのでもなくて、あくまでも機械に近づこうとしているせめぎ合いから生まれる揺らぎが好きだっていう。それを地で行っている人だから。

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出戸くんの声とか、馬渕くんのメロディ・センスがもともと資質としてメロウだと思うんですよね。叙情的というか。ミニマルとメロウ、その両方の要素がバンドのなかにもともと存在していた。(清水)

勝浦:それを聞いて思い出したんですけど、最初バンドに入ったときに、当時のUSのインディ・ロックをぜんぜん聴いてなくて、いまのロックがどうなっているのかってことをまったく知らなかったんですよね。僕は淡々とリズムを刻みたいのに、AメロとBメロでドラムのパターンを変えろって言われたりとか。「なんだそれは」と。「ドラムは一定のものだ」と(笑)。それはわりと昔から思ってたんですけど、それが『homely』以降になって、めちゃくちゃやりやすくなりましたね。

それは勝浦さんのどういう思想とつながっているんですか?

勝浦:何なんですかね。もともとメロディがない人間なので、機械っぽいとはよく言われるんですけど。

出戸:資質なんでしょうね。

勝浦:そうかもしれない。生まれ持った体質ということにしておいてください。わりと繰り返したりするのが好きなんですよね、昔から。ただ、最近のライヴを録音して聴いてみたら自分で思っている以上に揺れてたんですよ。それがすごいショックで。

一同:ははは(笑)

勝浦:まだまだ正確ではないです。

では、「メロウ」の方はどうですか?

清水:それはもう、出戸くんの声とか、馬渕くんのメロディ・センスがもともと資質としてメロウだと思うんですよね。叙情的というか。ミニマルとメロウ、その両方の要素がバンドのなかにもともと存在していたし、そういう意味ではもともとミニマルメロウなバンドだったのかもしれないけど、それを意識的に混ぜ合わせたことがなかったってことだと思います。

なるほど。ただ、たとえば正確なリズムだったら機械で打ち込めるだろうし、いまなんてそのちょっとした揺れさえもプログラムできるんじゃないかと思うんですよ。だとすれば、オウガ・ユー・アスホールがそれでもロック・バンドという形態にこだわるのはなぜですか?

勝浦:「ロック・バンドとしてはじめたから」という答えになるんだと思います。さっきの出戸くんの責任感の話といっしょで、自分たちを少しずつ変えていくことに面白味を見出しているから。

清水:もう、職人と同じだよね。モノを作るときに機械をどんどん導入する人もいるかもしれないけど、手で作ること自体によさがあるというか。彫刻やっている人に「なんで手でやるんですか?」って訊くようなもので、端的に「やりたいから」っていう。

出戸:もともとロックを聴いて育ってるっていうところも大きいですけどね。テクノとかも多少は聴きますけど、リスナーとしての主軸がロックにあるというのが僕の場合は大きいかな。

彫刻やっている人に「なんで手でやるんですか?」って訊くようなもので、端的に「やりたいから」っていう。(清水)

わかりました。話は一気に変わるんですけど、『homely』の1曲め、“明るい部屋”というタイトルは、ロラン・バルトの引用ですか?

出戸:そうですね。

その引用の意味みたいなものって、説明できますか?

出戸:うーん、意味かあ。あれは石原さんとふたりで考えていて、ロラン・バルトの引用はどうかという話をしていたことは覚えているけど、意味って訊かれるとなあ。どうなんだろう、難しいですね。

なるほど。出戸さんはそもそも、「自分の作品を自分で語る」というのはあまり好きではない方ですか?

出戸:なかなか難しいですよね。どちらかというと苦手な方だと思います。

音楽で表現する以上の言葉が見つからないという感じですか?

出戸:そうですね。「言葉の人」って感じではないですね、僕は。

ロラン・バルトっていうと、いわゆるポスト・モダンの批評理論みたいなものを意識して引用したのかな、とも思ったのですが。(注:「明るい部屋」は、ロラン・バルトの最後の写真論である。)

勝浦:そんなに理屈っぽく言葉を選んでいる感じじゃないんですよね、僕から見ていると。

出戸さんの曲名とかって、短いセンテンスで印象的な曲名をつけるじゃないですか。その威力がすごいなと、いつも思うんですけど。

勝浦:あれってフィーリングでつけてるんじゃないの?

出戸:フィーリングなのかな。順番としては歌詞のあとに曲名をつけることが多いし、何かを考えてつけてることは間違いないんですけど、何を考えているかを言葉にするのは難しいですね。

では、歌詞を書くのは好きな方ですか?

出戸:いいときはいいんですけど、嫌なときは嫌ですね。

一同:ははは(笑)

自分の歌詞が評価されているとは思いますか?

出戸:『homely』以降はまだ考えて書いているので、わかってもらえてればいいなとは思いますけど。

「表面だけ立派で、綺麗にみえるけど、じつはペラペラ」みたいなものについて考えたりしていました。「居心地がいいけど悲惨な場所」というイメージを意識的にも無意識的にもずっと考えていたように思います。(出戸)

今回のアルバムの歌詞を書いていく上で、アルバム・コンセプトのようなものはありましたか?

出戸:「表面だけ立派で、綺麗にみえるけど、じつはペラペラ」みたいなものについて考えたりしていました。また『homely』から『100年後』、そして今回の『ペーパークラフト』を通して、「居心地がいいけど悲惨な場所」というイメージを意識的にも無意識的にもずっと考えていたように思います。

『ペーパークラフト』で綴られた歌詞が、怒っているか、諦めているかのどちらかに分類されるなら、どちらだと思います?

出戸:どちらでもないですね。

でも、怒りや憂いみたいなものがないと出てこない歌詞だと思ったんですよ。

出戸:何かに白黒つけてるわけじゃないんですよ。日常的にも、楽しいけれど心のどこかでそれを嫌だなと思っていることとか、あるじゃないですか。そこはすごく微妙なもので。個人的にもすごく怒ったりとか、すごく悲しんだりとかしない人間ですから。だから、ひとつの強烈な感情を描いているわけではないですね。

わかりました。メンバーのみなさんは出戸さんの歌詞は気にしますか?

馬渕:気にしなくていいところがいいんですよね。たゆたっているというか。

勝浦:前はたゆたっていて、意味を感じにくかったんです。いまは、歌詞のなかにちゃんと芯がありつつ、なおかつたゆたってる感じかな。そこが最近の進化だと思う。

出戸:たゆたう感じが好きっていうのは根底にあって、聴いている人の耳に何も意味が残らないような歌詞をわざと書いていたような時期もあったんですよ。文法とかもわざと間違ってみたり。音に溶けこむのがいちばんだと思っていたから。でも、意味のない歌詞を書いたつもりでも、そこから嫌でも浮き出てしまうものがあって。言葉ってそういうものじゃないですか。どんなに消そうと思っても消せないものがあるという。だからいまは、言葉の意味と音の関係性の中から出てくるものっていうのは、昔よりは意識して絞っていますね。

評論によっては「ポリティカル」、つまり政治的という言葉が出てきますし、僕もいまの日本の状況を反映したような歌詞だなと思ったのですが。

勝浦:うーん、政治的なわけではないよね。

出戸:僕らが、というよりは、いまは世の中が政治的なのであって、そういう世の中にも順応できるアルバムだと思ってもらえればいいんじゃないですか。でも、政治的な事柄が薄まった世の中になれば、そこでもぜんぜんちがった聴かれ方をされたい。具体的に何について歌っていると感じるかが、聴く人や聴く時代によって少しずつ変わっていくような、鏡のような作品になればと思ってますね。

「オウガ・ユー・アスホールは(おもに詩作の面で)震災以降に大きく変化したバンドのひとつだ」という評論があるとしたら、出戸さんは反論しますか?

出戸:たまたま震災がバンドの変化と重なっているので、そう見えても仕方ないと思います。でも『homely』に収録されているほとんどの曲は、震災前に作られているんですよね。

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1960年代って真空管の音だと思うんですけど、僕らはそれよりも後の、70年代的なアナログっぽい音が好きなんだと思います。トランジスタのディスクリート回路というか。(勝浦)

『ペーパークラフト』を聴いて、ザックリと「70年代感」みたいなものを感じたのですが、あの時代の音楽に惹かれてるっていうのはとくにありますか?

出戸:それはありますね。

勝浦:最近はとくにそうですね。

あの時代のどういうところに惹かれるかって言葉にできますか?

出戸:音質だと思います。

清水:81、82年あたりから、録音の機材が大きく変わってくるんですよね。どんどんデジタルの機材が普及していって。

出戸:たとえばシンセひとつとっても、アナログ・シンセとデジタル・シンセではぜんぜん音色がちがってくるんですよ。

勝浦:1960年代って真空管の音だと思うんですけど、僕らはそれよりも後の、70年代的なアナログっぽい音が好きなんだと思います。トランジスタのディスクリート回路というか。

清水:そうだね、トランジスタだね。

たとえば“他人の夢”の間奏のギター・パートなどはどのようなアイディアだったのでしょうか?

馬渕:あれは最初、ブルースっぽいギターを入れてほしいという話だったんですけど、いいフレーズが思い浮かばなくて。ミニマルっぽいフレーズを重ねていくのはどうですか、と逆に提案してできたパートですね。

出戸:あそこはいいよね。

馬渕:あれ、12弦のアコギなんですよ。それがまたいい味を出しているんだと思います。

今回はヴィンテージ機材のリストがついていたりとか、使う楽器の種類を増やしているのも意識的なことですか?

馬渕:機材に関しては、前から中村さんの持っているものを出してもらっているものがほとんどなので、今回に限った話ではないんですけどね。いろいろ勧めてくれるんですよ、「これどう?」みたいな。

出戸:それも、小出しにね。最初から全部教えてくれるんじゃなくて、「じつはこんなのもあって」みたいな。

馬渕:そうそう。「こんなものも持ってたんすか!」みたいな(笑)。いまだに驚くことが多いです。

中村さんとの仕事は石原さんよりも早かったと思いますが、どういう経緯だったのですか?

出戸:マスタリングを一度お願いしたことがあって、それで顔を知っているというのもあったんですけど、直感で選んだ部分もあります。当時は僕らにもそれほどレコーディングの経験がなかったので、スタジオやエンジニアによって音がどうちがうのかとか、マスタリングによってどう変わるのかとか、よくわかってないまま頼んだ部分もあったので。それで、最初は思うような音になかなかならなかったんですよね。

自分たちが頭のなかで思い描く理想の音とズレている感じですか?

出戸:中村さんて、バンドが鳴らしている音をそのまま録るんですよ。イコライザーいじったり、パソコンで音を整えたりってことをしないんです。僕らが未熟だったら、未熟なものがそのまま録れるっていう。僕らがいまいるスタジオがそういう場所っていうのもあります。いいところも、恥ずかしいところもそのまま出るスタジオだと思いますね。

勝浦:実際は、ヘタなまま録れるという(笑)。

僕も中村さんのマジックみたいなものがあるのかと思ってました。

出戸:いまって、プロ・ツールスとかを使って補正するから、多くのバンドが似通った音になりがちだと思うんですよ。そういう意味では、バンドの音をそのまま録ってくれる中村さんみたいな存在はすごく珍しいんです。中村さんの場合、マジックがないように見えるのにいい音に録るのがマジックなんだと思います。僕らのわからないところですごく色々やってるんでしょうね。


中村さんて、バンドが鳴らしている音をそのまま録るんですよ。僕らが未熟だったら、未熟なものがそのまま録れるっていう。(出戸)

それはいい話ですね。また話が変わるんですけど、『ele-king』も毎年恒例の年間ベスト号が出る季節なのですが、みなさんが2014年の作品でベストを挙げるとすると、どうなりますか? 気にしているリスナーも多いと思うのですが。

一同:……(沈黙が訪れる)。

出戸:今年観たもの、聴いたものでもいいですか?

大丈夫です。

出戸:映画は、ポール・トーマス・アンダーソンをDVDで全部観たりしてました。音楽は、サンタナの弟がやってるディスコのレコードがよかったです。

清水:ああ、あの女の人のピンクの水着のやつね!(注:Jorge Santanaの1978年のアルバム『Jorge Santana』のことだと思われる。)

勝浦:僕は、イタリアのプログレをよく聴いてたな。アレアとか、オパス・アヴァントラとか。

出戸:あれはよかったなー。

普段はどこでレコードを買うことが多いですか?

一同:ディスク・ユニオン。

やっぱりそうなるんですね!

出戸:やっぱり種類が多いし、価格も地方とかに比べると安かったりするので、どうしてもそうなっちゃいますね。地元にも、長野市のGoodTimesさんとか、松本のほんやら堂さんとかはたまに行きます。

『タイニー・ミックス・テープス』という批評サイトがアリエル・ピンクを評論するときに、「レコード・コレクター・ロック」という言葉を使っていて、オウガにも当てはまる言葉だと思ったんですね。要は、レコードをたくさん集めている人の作るロックというものがあると。逆を言うと、ロックのフォーマットは過去に出つくしていると思いますか?

出戸:手法はある程度、出つくしているとは思いますけど、その組み合わせにはまだ試されていない領域があると思うし、あとは同じ曲でも歌う人によってぜんぜんちがう曲になったりするじゃないですか。組み合わせとか、伝わり方という意味では、「新しく感じられるもの」はまだまだ作れると思う。

勝浦:今回の「ミニマルメロウ」というのも、そう思えたわけだしね。


受け取る側にも、受け取りに行く姿勢みたいなものがあってほしいし、そうでないと通じない部分もあるとは思いますね。(勝浦)

なるほど。とすると、オウガ・ユー・アスホールは、リスナーには一定のリテラシーが必要だと考えますか?

出戸:どういうことだろう?

つまり、アートに関する知識というか、作品を理解したり、解釈する能力だったりをリスナーに求めるか、という質問です。

出戸:自分たちの音楽が完全にアートだとは思ってないんですよね。ライヴだったらグルーヴとか、ビートだけでも伝わるものはあると思うから。

勝浦:でも、ある程度は知識というか、自分から受け取りにいく姿勢みたいなものがないとね。たとえば、子どもはマクドナルドがいちばん好きだったりするじゃないですか。そのままでは煮物の渋い味わいとか、複雑な味っていうのはわからない。だから、J-POPのわかりやすい泣きの進行とか、みんな好きだったりすると思うんだけど。そういう意味では、受け取る側にも、受け取りに行く姿勢みたいなものがあってほしいし、そうでないと通じない部分もあるとは思いますね。

清水さんの2005年くらいのインタヴュー(https://idnagano.net/interview/2005/10/vol02.php)を拝読したのですが、「わかる人だけ来ればいいっていうのではなくて、良いものを解るお客さんを増やしたい、育てたいと思う気持ちが強いです。偉そうですけど、何が面白くて何が高度な表現かっていうのをわかってほしい」と語られているのが非常に印象的で、いまのオウガもそのような役割を担う側に来ているんじゃないかと思うんですが。

清水:まあ、あのときは「ライヴハウスの人」って立場で話していたので、そういうこともちょっと言ってみたんですけどね。いま聞くと恥ずかしいです。でも、作り手としてそういうことを言葉にしてしまうと格好悪いというか、説教くさい感じがしますよね。それはちょっと格好つけて言うと、後ろ姿で伝わればいいことだと思うので。

なるほど。では、質問を変えましょう。そういう役割をオウガが担えているとしたら、うれしいことですか?

清水:そりゃあ、うれしくなくはないですけど……。

勝浦:まあ、ぜんぜん担えてないと思いますけどね。

出戸:うん。それに、たとえばクラウト・ロックをリスナーに教えるためにバンドをやっているわけじゃないですからね。そこを目的にしちゃうのはちがうと思うし。あくまで結果として、僕らを好きになってくれた人が、僕らの音楽から派生してクラウト・ロックなり、他の音楽を聴いてくれることはあるかもしれないけど、そこは目的じゃないと思う。

勝浦:それはもちろん、そうだね。

清水:「RECORD YOU ASSHOLE」みたいな番組をやってることもあって、そういう「教育者」みたいな立場で話を訊かれることが増えているのかもしれない。でも、教育者ってかんじでもないしね。

勝浦:教育なんてできる立場にない(笑)。

出戸:もっとすごい人たちはいくらでもいるので。


他のバンドがやっていることにそれほど興味がないのかもしれないですね。(馬渕)
(同世代のアーティストについては)歳が近いからこそ、嫌な部分が見えちゃうことが多いのかもしれない。自分を鏡に映して見るような気分になってしまって。(勝浦)

国内のミュージシャンで、リスペクトできる存在といえば?

出戸:ROVO、メルツバウ、山本精一さん、ヒカシューなど、いっしょにやらせてもらった中でもリスペクトできる人はたくさんいます。

では、下の世代、たとえばいわゆる「TOKYO INDIE」と括られるバンド群って、気にしていますか?

勝浦:気にしてないですね。

出戸:森は生きているみたいに、対バンする機会があれば聴きますけど……。あまり詳しく知らないので、何ともいえないです。

馬渕:「TOKYO INDIE」に限らず、他のバンドがやっていることにそれほど興味がないのかもしれないですね。

清水:憎んでるでも、避けているわけでもないんですけど、たんに縁がないっていうか。まあ、作り手なんでそんな感じでいいように思いますが。

馬渕:長野にいるので、そういう最新の情報とかも自分で求めないかぎりは入ってこないしね。

同世代とのヨコの連携もあまり見ない印象なので、孤独じゃないのかな? と思ったりもするのですが。

出戸:田我流とかがいるかな。彼はすごいリスペクトできますけど。

勝浦:あとはなんていうか、歳が近いからこそ、嫌な部分が見えちゃうことが多いのかもしれない。自分を鏡に映して見るような気分になってしまって。70年代の人とかだと、対象化できるくらい遠くに離れているから、関心を持つうえでの条件もいいんですよね。

なるほど。超然としているというか、『ペーパークラフト』にしても、2014年という尺でどうこう、という作品ではないですよね。そういうものを感じます。

勝浦:いまっぽいやつって、2~3年で飽きちゃうことが多いんですよね。いま、CDを整理して売ったりしているんですけど、発売した当時に流行っていたものにかぎって、全滅に近いほどの買取価格なんです。逆に、家に残るのは時間の経過のなかで生き残ってきた作品が多いですね。

馬渕:あと、作った時代がわからないものを作りたいっていうのはあるかもしれないですね。リスナーとしても「これ、いつの音楽で、いったい誰が作ってるんだろう?」みたいな音楽に惹かれることが多いし。


守りに入るくらいだったら思い切って黒歴史を作りたい、とは思っています。(出戸)

この三部作でオウガ・ユー・アスホールは何を達成したと考えますか? あるいは逆に、やり残していることはどれくらいありますか?

出戸:やり残していることがあるかはわからないですが、今回の『ペーパークラフト』ではとくに、コンセプトを深めるのとレコーディングを進めていくことが同時に、すごく自然にできたと思っています。それに、ジャケットやアートワーク、MVやアーティスト・フォトなどを総合的に作ることができたと感じています。そういうやり方ができるようになったのは、この三部作を通してだと思います。

あえて名前を出しますが、ゆらゆら帝国が『空洞です』を作ったあとに、何年かライヴをやって、「『空洞です』の先にあるものを見つけられなかった」「ゆらゆら帝国は完全に出来上がってしまった」と言って解散してしまったことがトラウマになってるリスナーも少なくないと思うんですよ。

出戸:まだ次のことは考えてないですけど、少なくとも「これ以上のものは作れない」という感じではないよね。

勝浦:それもそうだし、次のアルバムで思いっきり失敗してもいいと思うんですよ。予測のつく範囲で守りに入ってしまうよりは、失敗したら失敗したでまたその次にいいものを作れればいいし。

出戸:もちろん、失敗したいわけじゃないですけどね。ただ、煮詰まって何もできなくなるよりはいいですよね。それに、何をもって失敗と言うのかっていうのもあるし。

たしかに。

清水:リスナーの立場になってみても、考え過ぎて袋小路にいくよりは、いろいろなことをしてみてほしいよね。失敗作を聴くのも楽しかったりするし。

出戸:失敗したくはないですけどね。

一同:ははは(笑)

出戸:80年代にやらかしてる大物のミュージシャンもけっこういるじゃないですか。でも、それでそのミュージシャンがリスナーに見放されたかというと、そんなこともないわけで。そういう意味で、守りに入るくらいだったら思い切って黒歴史を作りたい、とは思っています。

 大阪を皮切りにスタートした『ペーパークラフト』リリース・ツアーはすでに大盛況のうちに3公演を終了。来る12/27(土)には、恵比寿〈LIQUIDROOM〉にて東京公演が開催されます!

ツアー日程一覧はこちら
https://www.ogreyouasshole.com/live.html

■OGRE YOU ASSHOLE
ニューアルバム・リリースツアー “ペーパークラフト”

OPEN / START:
18:00 / 19:00

ADV / DOOR:
¥3,600(税込・ドリンクチャージ別)

TICKET:
チケットぴあ [241-735]
ローソンチケット [71374]
e+ 岩盤

INFO:
HOT STUFF PROMOTION
03(5720)9999


ザ・フィールド - ele-king

 シューゲイザーとテクノが好きな君が年明けに行くべきは、このパーティだ。00年代に人気を博した、ドイツのザ・フィールドが来日。他に、〈コンパクト〉サウンドの日本代表とも言えるKAITO、2014年は、ele-kingの12インチ・シリーズにて森は生きているのリミックスを手がけてくれたGONNOも出演。ツアーにはベルリンのDJ、BARKERも同行。トランシーな夜になること間違いないでしょうね。

THE FIELD(KOMPAKT) & BARKER(Ostgut-Ton, Leisure System)
緊急来日公演決定!

 シューゲイズ・テクノと称されエクスペリメンタル・ロックの要素を取り入れながらさらなる進化し続ける THE FIELD。最新作『CUPID'S HEAD』ではソロ・プロジェクトへと原点回帰を果たし、レコーディングで使用したハードウェアで作り上げた画期的なライヴ・セットはループ・サウンドの匠が新境地を切り開いたことを証明してみせた。過去3回の単独来日公演、そしてロック・ファンも巻き込んだフジロックや朝霧ジャムで実証済みの中毒性に溢れた圧巻のパフォーマンス、お見逃しないように! 祝・再来日!
 さらに、Berghain/ Panorama Bar で行われているパーティ(兼レーベル)Leisure System, Ostgut-Ton からのリリースで知られる Barker & Baumecker の BARKER がツアーDJとして同行、我が国で〈KOMPAKT〉と言えばこの人 KAITO こと HIROSHI WATANBE、日本のテクノ~ハウス・シーンの次世代を担う才能として希有な存在感を示す GONNO も出演。
 

2015.01.16 fri @ 代官山 UNIT
Live: THE FIELD(KOMPAKT)
DJs: BARKER(Barker & Baumecker, Ostgut-Ton, Leisure System), HIROSHI WATANABE aka KAITO(KOMPAKT), GONNO(WC, Merkur, International Feel)

Open/ Start 23:30-
¥3,500(Advance), ¥4,000(Door)
Information: 03-5459-8630(UNIT)
www.unit-tokyo.com

Ticket Outlets: LAWSON(L: 75759), e+(eplus.jp), disk union CMS(渋谷, 新宿, 下北沢), TECHNIQUE, Clubberia Store, RA and UNIT

THE FIELD(KOMPAKT) https://www.kompakt.fm/artists/the_field
テクノ・ファンの間ではボーダー・コミュニティー以降の新しいオーガニックなテクノ・サウンドとして、ロック・ファンからは同郷のスウェーデンの人気バンド、120デイズや〈WARP〉のバトルス、トム・ヨークとの交友で注目を集めたKOMPAKTを代表するアーティスト、ザ・フィールド。2007年にリリースされたファースト・アルバム『From Here We Go Sublime』が『ピッチフォーク』でBest New Album(9.0)として高評価を獲得し、同年のベスト・テクノ・アルバムとして世界中で高い評価を獲得、そのサウンドは〈KOMPAKT〉らしいミニマルなビートにメロディアスでオーガニックなシンセ・サウンド、細かくフリップされたボイス・サンプルを多用しテクノ・ シーンでも異彩を放つ彼独特のサウンドで世界中の音楽ファンを魅了した。2009年にはセカンド・アルバム『Yesterday & Today』をリリース、バトルスのドラマー、ジョン・スタニアーが参加、前作以上に生楽器を取り入れオーガニックでメロディアスなテクノ・サウンドを展開しながら、サウンドの幅が広がった進化したサウンドを披露した。ザ・フィールドのサウンドはアンダーグラウンドなミニマル・テクノのサウンドとエクスペリメンタル・ロックの垣根を取り払い、双方のファンにアピールする新しいテクノ・サウンドを生み出して世界中で注目を集め続けている。2011年10月にサード・アルバム『Looping State Of Mind』を発表。別名アンビエント・プロジェクト、ループス・オブ・ユア・ハートでもループ・サウンドの可能性を模索。2012年、フジロックでは深夜のレッドマーキーで壮大なライヴ・サウンドを披露しオーディエンスを熱狂させた。2013年、バンド・スタイルでのライヴ活動に一旦終止符を打ち、ソロ・プロジェクトに立ち返った最新アルバム『Cupid’s Head』をリリース。相変わらず、『ピッチフォーク』からBest New Album(8.7)として高評価、その他各メディアから軒並み大絶賛されている。

BARKER(Barker & Baumecker, Ostgut-Ton - DE) https://ostgut.de/booking/artist/barker-baumecker
ベルリンのBerghain/ Panorama Barで行われている四半期パーティーLeisure Systemを主宰するBarker & Baumecker。Ostgut-Tonからリリースされた2枚のEP「Candyflip」「A Murder Of Crows」で注目を集め、フル・アルバム『Transsektoral』を2012年にリリース。その年のベスト・アルバムとしてJuno Plus, Resident Advisor, XLR8Rなどでランキングされた。ミニマルを基軸としながらアブストラクトな装いを兼ね備える独自のビートとウワモノが絡み合ったサウンドは、テクノ/エレクトロニカの双方のリスナーから高いプロップスを獲得している。今回は、THE FIELDたってのリクエストによりBARKERがツアーに同行することが決まった。

HIROSHI WATANABE aka KAITO(Kompakt)
https://www.hiroshiwatana.be
ドイツの人気レーベル〈Kompakt〉唯一の日本人アーティスト。1stアルバム『Special Life』に収録された「Intension」がFrancois K.のミックスCDに収録されるなど瞬く間に大反響を呼び、10年以上が経過した現在も色褪せることのない名曲として語り継がれている。また、Kaitoのオリジナル・アルバムでは常に対になるビートレス・アルバムも制作され、繊細かつ美しい旋律により幅広い音楽ファンに受け入れられている。Hiroshi Watanabe名義でも自身最大のセールスを記録した1stアルバム『Genesis』に続き、2011年に『Sync Positive』を発表。リスナーを鼓舞させる渾身の作品となっている。2013年には〈Kompakt〉の20周年を記念して制作された二枚組DJミックス『Recontact』をリリースし、更にKaito名義では4枚目となるオリジナル・アルバム『Until the End of Time』を発表。新生Kaitoとも言える壮大なサウンドスケープが描かれている。

GONNO(WC, Merkur, International Feel) https://www.facebook.com/pages/GONNO/235886486469829?fref=ts
次世代ハウス/テクノDJの旗手としてこれまでに日本のレーベル〈WC Recordings〉を初めとした数々の国内外レーベルより作品を発表、同時にDJやライヴ・アクトとしても、アシッドでメロディックなテクノを基調としながら幅広くストーリー性溢れるプレイが話題となり各地でプレイする。2007年~2009年には続けてベルリン公演を敢行、またその間にレーベル〈Merkur Schallplatten〉との親交から3枚のアナログ限定リリースも担当した。2011年、ウルグアイの〈International Feel Recordings〉からリリースされたシングル 「Acdise #2」が、ロラン・ガルニエやジェームス・ホールデン等にプレイされ話題を集め、発売後およそ1週間でソールドアウト。2011年ベスト・テクノ・レコードのひとつと言えるヒットを記録、フランソワ・ケヴォーキアンやDJエンマによるミックスCDにも収録された。現在も各方面で勢力的に活動をする中、昨年にはジェフ・ミルズの新作 「Where Light Ends」にリミックスを提供、またティム・スウィーニー主宰のBeats In Space Recordsから12インチ「The Noughties EP」、ALTZとのスプリット・シングル等、Calm別名義K.F.のリミックスを発表、一昨年、昨年と2年連続ドイツ/フランス/イギリス等を渡るEUツアーを敢行、BOILER ROOMにも出演を果たした。


はっぴいえんど - ele-king

彼は「見る前に飛べ」と言いぼくは茶化して「飛ぶ前に見る」と言ったことがあった。それは単なる笑い話に終わらず、ぼくはぼくなりに「風を集めて」と言う作品にして、それをまとめてみた。
松本隆『微熱少年』(1975年)

 先日、1年ぶりに顔見知りの中古盤屋に入って「最近は何が売れているんですか」と訊いたら、「和ものが強いっすね」と言われた。たしかにそのお店の日本の音楽のコーナーを見ると、1年前に比べて1/3は減っている気がした。実際そのとき──平日の夕方だが、「日本」コーナーではひとりの若い女性が熱心に掘っていた。そのお店では、90年代以降と80年代以前とで分けているのだが、減っているのは主に80年代以前で、「70年代」は入荷するとすぐに売れてしまうという。

 日本において、はっぴいえんど(の解散間際のアルバム)をはじめとする、1972年~1973年あたりのベルウッド・レーベル諸作について、僕がここで上塗りするのもおこがましい話であるのだが、なんでこんなにも70年代初頭のはっぴいえんど系が求められているのかと言えば、もはやリヴァイヴァルなどではなく、年々評価を高めているという事実はさておき、ひとつには、知的で洒落ていながもその温かいサウンドが良いのだと思う。フォーキーだがリズムとアレンジも凝っているし、言葉もユニークだし、アコースティックな音空間も繊細かつエレガント。ポップにおけるミキシング主流の時代を先取りもしているので、いまも音は古びない。すべては最終的に聴き心地の良い音楽へと落とし込まれている。とかくピリピリしている最近の日本において、それはひとつのシェルターになっているのかもしれない。
 そもそも今日は、消費文化の世界では、チープな打ち込み音楽が氾濫している。だいたい世のなか超アメリカンでアッパーな、そして薄っぺらいEDMだし、ああ耳も気持ちも痛い……となれば、アコースティックな響きの、アナログ録音の良さが滲み出ている生演奏の音が価値を高めるのも自然の流れで(ベックの2014年のアルバムもそういうカウンター的なものを内包していただろうし、この日本だって、EDM的なるものへの「ノー」として、いまに知的なギターポップが来るで)、日本語で歌われている格好いい音楽を求めるなら、さて、どこの時代に手が伸びていくのかは言わずもがだ。

 ちょうど同じ週、ひとと待ち合わせのために僕はまた別の街の中古盤店に入った。まだ明るい時間帯だったが、同じように日本の音楽のコーナーには人が張り付いている。そのうちひとりは30歳ぐらいの外国人で、彼は、Hのコーナーから20分は離れなかった。『レコード・コレクターズ』も最新号では「はっぴいえんど」特集をしているが、なるほど、各社再発しているのだ。いろんな意味でタイムリーだと思う。

 3年前、アメリカのTMTというピッチフォークへのカウンター的なマニアックなサイトで、はっぴいえどに関する記事が公開された。この手のメディアで、強烈なエキゾティズムを持っている日本人が取りあげられることは、90年代以降は珍しいことではないけれど、エキゾティズムとはほど遠いはっぴいえんどへの賞賛とは意外な話となる。どうやらアメリカでは、ここ数年、日本に生まれ、日本を生きながら、しかし日本との微妙な距離の、戦後=オキュパイド・ジャパン以降に生じた複雑なアイデンティティへの理解がはじまっているようなのだ。
 面白いのは、TMTのライターが、自分=アメリカ人の耳に、この音楽が「紛れもなくfamiliar」であることにショックを受けていることだ。それは、70年代初頭の日本のロック・バンドが、今日の若いアメリカ人が忘れかけている音楽の物語(魅力)をアメリカに教えているからなのかもしれない。が、しかし、はっぴいえんどのラスト・アルバム『HAPPY END』の最後に収録された“さよならアメリカさよならニッポン”(ヴァン・ダイク・パークスとの共作)という曲名が暗示するように、彼らはアメリカン・ポップスの単純なファンだったというわけではない。ときにはアメリカ支配からも、同時に日本支配からも逃れようとしたきのねじれのなかので、この音楽は鳴っている。はっぴいえんどが日本のロック/ポップス史における大いなるターニング・ポイントだったとしたら、重要なことはそれがバッファロー・スプリングフィールドの優れた翻訳ということではなく、当時みんながやってはいけないと思わされていたことをやったことにある。この音楽の心地よさの背後には、当時支配的だった文化への拒絶の意志があるのだ。
 ……とまあ、そこまで理屈にこだわらなくても、世界のレアグルーヴ愛好家にとって日本が最後の秘境と言われている話は、もうすでに何回か書いてきた通りである。僕たちは、フランス人のハウスDJの耳を鈴木茂のギターが魅了している時代に生きている。

 この度、キングレコードから創設者三浦光紀の監修によって、180グラムのアナログ盤として限定リリースされる初期のベルウッド・レーベルの10枚。中古盤でも高値が付けられているものばかりの作品なので、探している人は、値段が上がらないうちに手に入れた方がいいかもしれない。煽るわけじゃないけど、本当に、中古市場でも人気ある。カッティングに関しては、和田博巳(元はちみつぱい)の監修のもとで丁寧におこなわれ、アナログ盤らしい温かい音質になっている。
 外国でも通用するサウンドなどという(褒め)言葉は本当に意味がない。僕は、子供の頃に洋楽ファンから「所詮日本のロックなんかさ~」と言われてきた不幸な世代だ。他方で邦楽ファンは洋楽を聴かないという状況にあった。そうした対立軸がいまだにあるのは残念なことだが、しかしその対立軸を越えたところで、はっぴえんどは聴こえているはずだ。僕が小学生の頃は、アントニオ猪木やジャイアント馬場が外国人レスラーをばったばった倒しては人が拍手していた時代である(しかも何故かドイツ人レスラーは味方だった)。もう、そんな単純で、欺瞞的なメロドラマは繰り返されないだろう。萩原健太は、1983年の著書『はっぴいえんど伝説』の最後を「ほんとうの『伝説』はこれから生まれるのかもしれない」という言葉で結んでいる。たしかにその通りになった。大きな大きなハッピー・エンドである。

その代わりはっぴえんどは、受け継がれてきた否定を否定することによって、現存する歴史や記憶の形態を突破しようとした。
──マイケル・ボーダッシュ(奥田祐士訳)『さよならアメリカ、さよならニッポン』

Bellwood LP Collection

大瀧詠一 / 大瀧詠一 1972年

なんてロマンティックな音楽だろうか。この時代にしては先駆的な、巧妙なミキシングの、全曲およそ3分〜2分というポップスが夢の劇場を立ち上げる。萩原健太いうところの「永遠の3分間」の集合体。リアルタイムでは売れなかったという、大瀧詠一のファースト・ソロにして初期の最高傑作。この盤のみ1月発売予定。


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大瀧詠一 / アーリー大瀧詠一 1982年

不毛なこの人生で恋とポップスが夢の続きを可能にする。フィル・スペクターやビートルズやモータウンは、そして大瀧詠一は、そうしたどきどきする思いを音の大聖堂のなかで鳴らすことができた。レーベル10周年のときにリリースされたベスト・アルバム。


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はっぴいえんど / HAPPY END 1973年

僕たちの現在がもう過去には戻れないハイブリッドな文化として揺らいでいることは、いまとなっては常識だが、70年代初頭を思えば、それはそれでラジカルな態度表明だったに違いない。日本のポップ・ミュージックにとって歴史的な起点となった作品。


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はっぴいえんど / CITY、はっぴいえんどベスト・アルバム 1973年

はっぴいえんどを起点とする「はじまり」から広がった地平には、実に多くのものがあった。そのなかには80年代の「シティ」との親和性もあった。「シティ」はつねにアンビヴァレンツな記号だ。その空虚さは現代を生きる我々の骨身にしみているが、松本隆にとってのそれはアイロニーでもあったはず。パンクに心酔していた中高生の僕は、はっぴいえんどに端を発したニュー・ミュージック的なるもの(実はまったく別の展開として商用されたもの)に抵抗があったのだが、しかし、松本隆の『微熱少年』(装丁の絵がますむらひろしのほうです)は、稲垣足穂とともに重要な1冊だった。


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はっぴいえんど / ライブ!!はっぴいえんど1974年

1973年のライヴを収録。知的で、情熱的で、皮肉たっぷりの“はいからはくち”のライヴ演奏は感動的……というか、録音物では(ロックのヴォーカリスト中心主義に抗うがごとく)感情を制御していたこのバンドが、しかしライヴでは実にエモーショナルだったということを知ることができるだけでも貴重な記録。“抱きしめたい”のライヴ・ヴァージョンは涙もの。風都市主催のコンサート「CITY-Last Time Around」がおこなわれたのは1973年9月。オリジナル盤のライナーノーツは北中正和。


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はっぴいえんど / シングルス・はっぴいえんど 1974年

はっぴいえんど時代のメンバーのソロ作品集。『大瀧詠一』と『HOSONO HOUSE』と『HAPPY END』がさてどんなものなのか知りたい人には便利な編集盤。


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あがた森魚 / 乙女の儚夢 1972年

60年代が好んだ覇者アメリカへの対抗としての「日本」とリンクしたであろう林静一の絵を抜きにこのアルバムは語れない。大胆に引用される大正時代のデカダンスは、「戦後」という圧倒的に支配的な歴史観と抗するかのように、戦前大衆文化を訴える。バックを務めるのは、はちぴつぱい~ムーンライダースの面々。僕は、70年代のあがた森魚の諸作を本当によく聴いた。自分がどこから来たのかを知りたがる20歳ぐらいの僕には、大正ロマンはアイデンティファイしやすかった。UKのポストパンクが19世紀ゴシックにアプローチするのと似ているのかしれない。“赤色エレジー”が数十万のヒットだったいうのは、いまでは信じられないけれど。


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細野晴臣 / HOSONO HOUSE 1974年

細野晴臣の最初のソロ作品で、年を追うごとに評価を高めているのも納得できる、ソフトな感触の心地よいフォーク・ロック。「異邦人でいること」、細野晴臣はかつて自らのコンセプトをそう語っている。アメリカでも日本でもない、文化の反射板のあいだで研磨された音楽のもっとも牧歌的な結実と言えるかもしれない。周知のように、彼はその後、エキゾティック・サウンドのパロディのような音楽を試みているが、その文脈でからは「テクノ」とは別YMOが見えるだろう。


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はちみつぱい / センチメンタル通り 1973年

鈴木慶一、かしぶち哲郎らを擁した、はっぴいえんどとともに時代を切り拓いたバンドの唯一のアルバム。ドライなはっぴいえんどに対して、こちらは情緒的で、タイトルが言うように感傷的で、プログレッシヴ・ロックめいた展開もある。


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高田渡 / ごあいさつ 

谷川俊太郎、山之口貘、吉野弘といった詩人の言葉を音楽に混合する。ポリティカルだがユーモラス。黒人詩人ラングストン・ヒューズの木島始による日本語詩は、はっぴいえんど演奏するブルースをバックに歌われている。いま聴いてもモダンに感じる。


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