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古事記や日本書紀の神話に猿田彦という神様が出てくる。ニニギの命が天から地上に降り立ったとき登場する鼻の長い神様で、道案内役をつとめたことから、道開きの神様と呼ばれている。天狗や道祖神のルーツとされることもある。
キューバにもこの猿田彦に似ていなくもないアフリカ伝来の道の神様がいて、エレグアという。この神様は十字路に出没して進路や運命を司り、神々と人間を仲介するメッセンジャーの役を果たす。ブルースマンのロバート・ジョンソンが十字路で悪魔と取引してギターの才能を手に入れたという伝説も、そのヴァリエイションと言えなくはない。キューバのアフリカ系民間信仰サンテリアの儀式では、神様たちに音楽を奉納するが、儀式の最初と最後はエレグアに捧げる打楽器の演奏と歌だ。
このアルバムが“エレグア”からはじまるのは、キューバ音楽のルーツのひとつとしてサンテリアなどのアフリカ伝来のリズムがあることをふまえているからだろう。 オランダのDJによるこの曲のリズム・トラックはアンビエント的なサウンドに打楽器が加わるもので、細部まではわからないが、打楽器の部分は、サンテリアの儀式の演奏を引用、あるいは参照しているのだろう。
一方、歌で参加しているセスト・センティドはキューバでは中堅の都会派女性ポップ・コーラス・グループで、この曲でもサンテリアの歌をうたっているわけではない。前半と後半の2種類のコーラスも途中のブリッジの部分も、キューバン・ポップ的。曲全体としてはハイブリッドな組み合わせだ。
サンテリア関係では、5曲目の“イェマヤ”も海の神様の名前。ラップとも語りともつかない男声とメロディアスな女声の歌が入るが、どちらもスペイン語ではないから、これはサンテリアの儀式の言葉が流用されているのだろう。しかしハンガリーのDJによるトラックは、ラテン・ソウルからサルサに変わっていくような曲調で、途中ではブラスがジェイムス・ブラウン/フェラ・クティ系のリズムを刻む。“エレグア”と歌・演奏の立場が逆だが、曲の構造がハイブリッドであることに変わりはない。
他の曲も、ラップの入る曲、サルサぽい曲、バラードなど、曲調はいろいろだが、多かれ少なかれこうしたハイブリッド感覚で作られている。クラブ系の音楽が好きな人には、アンビエント的なダンス・ミュージックにキューバの歌やリズムを上モノとしてのせたアルバムに聞こえるだろう。キューバ人が聞けば、猿田彦+ハウスのような、突飛に思えるイメージの組み合わせがあるかもしれないが。
ラム酒のハバナ・クラブに依頼されてジャイルス・ピーターソンがキューバのシリーズをはじめたときは、彼の趣味を反映してラテン・ジャズ色が強かったが、比較的無名のDJたちを起用した今回はもっともクラブ・ミュージック寄りで、しかもキューバ 音楽の知識が増えたことを感じさせる。どの曲もストリート系のワイルドなサウンドでなく、音楽的になめらかな仕上りなのは、やはりジャイルスの趣味なのだろう。
北中正和