お待たせしました! 『ザ・レフト──UK左翼列伝』刊行記念の筆談。衆議院選挙をはさんでの後編です。それではみなさん、よきクリスマスを。
『ガーディアン』電子版の読者コメント欄に「私が会った多くの日本人が、この選挙では意志的に投票したい党がなかったと言っていた。『既存の党以外』という選択があれば投票したと言った人がたくさんいた。自民党は日本で起きている不快な現象を利用して勝った。それは日本の人々はアンガーを感じるのではなく、撤退してしまっているということだ」という意見があって、うーむ。となりました。──ブレイディみかこ
![]() ブレイディみかこ ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 |
水越 総選挙が終わり、テレビは与党大勝とか言ってますが、自民党の議席は減りました。とは言え絶対数で話にならないので、国会はあまり変わらず、ただ安倍政権の任期が延びただけ。「だけ」ではあるけれど、これこそが安倍首相が求めていたことですからね、満足過ぎる結果ということでしょう。「史上最低の投票率」については、政権側のあまりにも強引で用意周到なシナリオを前に結果が見えすぎていましたから、それこそよく5割を維持したといってもいいくらいかもしれません。選挙日程にしても運動のやり方にしても、第二次安倍政権は徹底して戦略好きというか長けていることを何より思い知らされたと言うか……。結果としては大筋予想どおりではあったものの、次世代の党がほとんど壊滅して、組織票とは言え公明、共産、さらに最低に不甲斐ない民主党という比較的リベラル寄り勢力が増えたことから、全体としては極右・タカ派路線は拒否されたということにはなるんでしょうか。給料を上げてくれるなら多少のタカには目を瞑るけど、それが欲しいわけではないって感じかな。かと言って、現実的には「自民より右」の次世代の党が一掃されたことが今後の安倍政権のタカ派っぷりを抑制するとも思えない。極右がおとなしくなることで、経済政策も安保法制化もかえって伸び伸びできるってことになるかもしれません。
この選挙は『ガーディアン』なんかでもけっこう報道されていたようですが、どんな論調になっていましたか?
ブレイディ 英メディアも「大勝」ってのと「微妙な勝ち方」の両方があり、『ガーディアン』はやはり左寄りなので、「勝った途端に憲法改正のことを言いだした」、「ウーマノミクス(何が舐めてるってこのPR用語の激烈なひどさが一番国民を舐めてる気もしますが)はどうなった」みたいな記事も出てきて。ズバッとは書いてませんけど、憲法改正以外はどれもあんまり本気でやる気がないんじゃないか(経済も含めて)。矛盾だらけだし。みたいな感じが行間から零れています。あとBBCの東京駐在記者が「ブロークン・ジャパン」という表現を使っててちょっと動揺しました。
『ガーディアン』電子版の読者コメント欄に「私が会った多くの日本人が、この選挙では意志的に投票したい党がなかったと言っていた。『既存の党以外』という選択があれば投票したと言った人がたくさんいた。自民党は日本で起きている不快な現象を利用して勝った。それは日本の人びとはアンガーを感じるのではなく、撤退してしまっているということだ」という意見があって、ちょうど「私たちは『怒れない』から選挙にいけないのかもしれない」という若いお嬢さんの文章をポリタスで読んだばかりだったんで、うーむ。となりました。
『ザ・レフト』を書いてた間は本を読む暇がなかったので、ようやく今年出たジョン・ライドンの自伝を読んでるんですが、それは「Anger Is An Energy(怒りはエネルギーだ)」というPiLのファンならよく知っている言葉がタイトルなんです。ライドンは冒頭で、「アンガーは必ずしも暴力的でネガティヴなものではない。非常に前向きな力になり得る」と書いていて、たしかにアンガー問題はあるよなあと思って。
「なんでアタシらだけこんなに貧乏なのよ、おかしいだろ」とか「なにが戦争だ。俺は死にたくねえ」とかいちいち怒る人は、やっぱ強力な指導者とか「この道しかない」とかいう方向には行けませんよね。『ザ・レフト』とは、アンガーの人なのかも。あーこれ、本が出る前に考えときゃよかった。この線で書けた人もいる(笑)。
水越 米大手紙の結果分析では軒並み、安倍晋三の歴史修正主義的思想が推進しやすくなったのではないかと危惧されていたようですね。私もめんどくさい人と話してるときに使っちゃうし、おおかた日本の左派はこんなとき、外国、とくに欧米からのガイアツをもち出す癖があります。でも「外国はこう言ってるぞ」って、最低ですよね。ある時期までの日本人には説得力を持っていた方便だけど、怠惰で不真面目な上に安直なこの癖が、稚拙なナショナリズムをますます燃え上がらせてしまったという意味で自分のクビを締めてる。でも「ブロークン・ジャパン」とはっきり言われると、逆に気が強くなる気がします。最近、大日本帝国とかフランコ政権下とかピノチェト政権下とかで生きた人たちは何を考え、どんな生活をしてたんだろうとか考えることがあります。私ならそういう時代をどう生きられるだろうなんて。そんなときには「怒り」は縮んでいますが………。たとえば「ウーマノミクス」には「怒り」を感じますが、でも「怒り」より無力感の方がもっと強い。国民国家の“庶民”はしょせんは国民国家運営のための駒とか道具であって、人権なんて取り繕いでしかないんだという宣言みたいだもの。
でも、ポリタスのその記事を読んで、若い世代の多くが言ってる「投票しても自分たちには見返りがない、自分のために政治は何もしてくれない」とは、私は若い頃に思ったことなかったなあ。もちろん私の1票が何かの力になるとも思ってなかったし、まして「政治家が自分たちの世代のために何かしてくれる」なんてことは頭をよぎったことすらなかったのはいつの時代も変わらないとは思うけど。まあ、いまのように若年層が絶滅危惧種ではなかったし、金権政治が大問題だった当時、野党もマスメディアもいまとは比べ物にならない「怒り」を表現していたようには思います。若い私はそういう社会全体にあった「怒り」のエネルギーを、さらにはサブカルチャーが素朴な形で表出していた「怒り」のスタイルを自然に吸収して、「政権交代はあり得ない選挙」にも諦めないことを自分に言い聞かせながら投票していました。だから、いまの若い人たちが自分の生活や将来と政治を結びつけて考えた上で、無力感を抱いているのだとすると、私が若い頃よりも政治は若い人たちにとって身近なものになっているということではないでしょうか? だた、身近なだけに、その記事にあるように、「社会に貢献する」とかってことにやたら生真面目になっていて、短絡的な怒りに到達しないのかもしれない。「怒り」にもロールモデルが必要なんでしょう。いまのように、大学受験や就職活動でボランティア経験が評価の対象になったり、それこそ子どもを生んでいないことに自責を感じさせるようなキャンペーンがあったりするうちに、「怒り」は仕舞い込まれてしまうのかも。解消され得ない世代間闘争を考えると、「若者よ、投票所へ」運動より先に、「年寄りよ、社会へ」運動が必要ですよ。
ところで「怒りの人」ってたとえばどんな人ですか? そういえば、ジュリー・バーチルと対立したこともあるというジョン・ライドンは『ザ・レフト』では取り上げられてませんね。ブレイディさんならまずはジョン・ライドンだろうなんて思っていたんですが……(笑)。あと、自由民主党党首ニック・クレッグのアドバイザーになっていたブライアン・イーノのことも気になります。イーノのイスラエル支持のアメリカ人に対する手紙には怒りを感じました。
ブレイディ ガイアツに関しては、日本人って異様なほど海外からの目線を気にしますからねー。大きなニュースがある度に第二報はもう「海外の反応」だし。だから海外から物を書くにしても、「海外では日本はこう見られてるぞ」「海外から見たらそんなの変だぞ」というのをやった方が、本当は楽に話題になれるしPV稼げる。でも、わたしは「人の目なんか気にすんな」というのがどうしてもこう、染みついていて、やっぱ思春期に聴いた音楽が良くなかったと思うんですけど(笑)、それはしたくないんです。英国で何が起きているかを書きたいし、この国には日本の人たちが考えるネタになることが転がっているような気がする。それは単に「俺らもそうなんきゃ」とスタンダード視する材料ではなくて。スタンダードなどどこにもないですから。
「アンガーの人」は、『ザ・レフト』で書いた人みんなそうだと思います。各章の最後の囲みのなかの名言(ファシャヌだけ違うんですが)だけ読み返したら、みんな怒ってますよね。静かにストイックに怒ってる人もいるし、もはやアートと言えるような熟練の怒り技を見せている人もいるし、アンガーを前向きな力に変えてマラカスふってる人もいる。わたしは外国人だから多種多様な考えの人たちを「レフト」として見れると仰ってましたよね。あれから考えてたんですけど、それはたぶん、底辺生活者をサポートする施設でヴォランティアした経験が大きいと思います。あそここそ、もうアナーコなんちゃらとか組合系レフトとかいろんな考えを持つ人たちが毎日派手に口論になったりややこしいことになったりしながら、それでもなぜかコミュニティを形成していた。最終的にはなんか「でも俺らはここに集まる人」みたいな共有する 認識がありました。みんな「これじゃいかん」というアンガーがあって。かなり心の許容範囲を拡大しなければ受け入れられないような人々もいましたし、けっしてラヴリーな場所ではなかったですけどね。
ライドンについては、わたしが書く本は陰の主役は彼だと前に指摘されたことがあるんですが、今回は、カレーで言えば福神漬け、うどんでいえば七味のような役で出てもらいました。日本も、世界の真ん中で咲き誇りたがらずに、この本のライドンのような脇役になれたらクールじゃないかと思います。ブライアン・イーノはちょっと考えました。ガザ問題ではたしかにアンガーがありましたし。でも、わたしはニック・クレッグがダメなんです。チャールズ・ケネディ党首が好きでした。スコットランド人らしいレフト性が根底にある人で。アルコール問題で破滅しましたけど(ここら辺も他人事じゃないし)。
20世紀の「勝ち取る」左翼ではなく、「取り戻す」左翼の時代なんだなあということです。前衛ではなく、最後衛で振り落とされる者たちを守ることを考えなきゃならない左翼。咲き誇る革命ではなく、地味で辛気くさい「地べた」で……。そういうことを思うとき、それでも笑っちゃうドタバタに励まされたりもする。そして考えてみると、ああ、いまの日本にもこういう人はけっこういる、あの人やあの人も、似てるじゃんと思えて来ます。日本版でもこれ、できそうかもしれません。 ──水越真紀
水越 外国で暮らしている日本人が日本語で書くものには、その外国と日本を比較して日本をやたら褒めるものと、逆に「だから日本はダメだ」というものの二種類が多くて、時流でどっちかが流行りますね。いまは「日本を褒めるもの」が受ける。どっちにしてもたぶんそういう話って頭のなかで発展していかない。瞬間的な癒しで終わって「考えるネタ」になっていかないんですね。この「ザ・レフト」に限らず、ブレイディさんのお書きになるものは、直接的な比較という視線はありませんが、日本で起きていることを意識されてるということがすごく伝わってくる。日本でこれを読む読者の思考は単純な彼我の比較でなく、文化の違いや歴史などを総動員して複雑に展開していく。知識を得るだけの読書じゃなくて、頭のなかで本が膨らんでいくんです。
ブレイディさんのヴォランティア時代の話は、前作『アナキズム・イン・ザ・UK』でたっぷり読めますね。まさにカオスでアナキーな体験ですが、『ザ・レフト』にあるブレイディさんの視線は変わっていません。80年代初頭に、宮迫千鶴さんが「イエロー感覚」で、輸入文化で育って、日本の伝統文化を“外国人の視点”で見てしまうが、どっか心身に染み込んでるところもある、といったような文化的国籍不明の「在日イエロー」という立場を標榜しました。当時、コスモポリタンとか流行りはじめていたんですが、そういうかっこいいものでもなくて……。生まれた国に住み続けながら、国民ではなく「在日者」として生きるというアイディアに私は非常に共感しましたが、ブレイディさんの視線にはそれに通じる ものを感じます。ところで私はブレイディさんのブログのかなり前からの読者だったんです。ソーシャルワーカーに子どもをとられそうになっている母親とのやり取りがアップされていた頃で、最初に見つけたときには朝まで夢中で読んでました。で、もったいなくて誰にも秘密で読んでたんですが、ロンドン五輪開会式の話でついに我慢しきれず「これこれ!」と吹聴するに至った。そのブログをはじめたきっかけやその頃の日本との精神的距離感などについて教えていただけますか?
ブレイディ 実は、はじまりは「John Lydon Update」というサイトでした。ライドンが2004年に「I’m A Celebrity Get Me Out Of Here」というB級セレブを集めたリアリティー番組に出たんです。日本の人たちはこれを知ってるんだろうか?とネット検索してみたら、日本では「そんな番組に出るなんて彼も終わった」とか「パンクの生き恥」という意見が多かったので、「何言うとんじゃ、見てもおらんくせに。これこそパンクじゃろうがー(って急に菅原文太になる必要もないですが)」と思い、毎日、情熱的に彼のアナキーな言動を文章で中継してました。
で、そうなってくるとライドンのファンサイトの様相を呈して来て(掲示板もありました。すぐやめたけど)、そういうのはあんまりやりたくないと思い、サイトのタグ打ちも面倒だったんで、個人的な日記ブログに切り替えました。でも、その頃はただダラダラ書いてただけで、底辺生活者サポート施設の託児所で働くようになってから書く内容が変わったと思います。あの頃は、もうただ自分のために書いてました。夜中に酒飲みながら。いつも酔ってたので翌日読んでみるとたいてい最後のほうの文章は書いた覚えがない。貧困層の子供たちとか、多種多様なアナーコ族やアンダークラス民の喧嘩とか、書いたものを読むと笑えますが、実際にそのなかに身を置くのは精神的にきつかったんだと思いま す。やっぱああいう場所にいると気持ちが落ち込みますし。ひどいアンガーも感じました。その頃の文章は前作の後半に入っていますが、正直、いまでも書いた覚えのないものがあります(笑)。
あの頃はあまり日本のことは意識してなかったです。日本との精神的距離というのは考えたことなかったですけど、でも日本もいろんな人がいて、それこそ様々な階級とか(昔はないことになってましたが)あるので、どこのどの辺との距離なのかってのもあると思いますが、わたしは一億ファッキン総中流時代に大変居心地の悪い思いをした家庭の娘だったので、英国の労働者階級のほうが、違和感なくスッと入っていけました。わたしは福岡出身ですが、昔はよく某党の関係者が選挙前に現金を封筒に入れて持って来てて、うちの親父は中卒の肉体労働者ですが、「選挙というのはそげなもんやなか」とすごく怒って封筒を突き返してました。土建屋のくせに自民党嫌いで(だから貧乏なのかも)。昔は本なんか読んでる姿も見たことなくて、ディスレクシアっぽいのかと思ってましたが、最近やたら本や新聞を読んでて、政治を語ってます(笑)。そういう貧乏な老人も日本にはいるようです。
そういえば、わたしのブログは3.11以降にPVが増えました。日本の人たちとわたしの書くものにあまり距離がなくなったのかもしれないと思います。
水越 ああ、たぶんそれも読んでました。ジョン・ライドンがリアリティー番組に出たということだけは伝わって来たけど、中身が分からなくて、ちょっと遅れて探した記憶があります。あれ、ブレイディさんが書いてらしたんですねー。
前作にもたくさん出てくるサポート施設の託児所の子供たちの描写には、共感とか親愛の底にやりきれない無力感のようなものが貼り付いていて、でもだからこそ、そこは明るくて逞しい場所のように思えて来ます。ドライでやけっぱちなのに情緒を呼び起こされてしまう、そういうところに、私はジョン・ライドンを感じます(笑)。
『ザ・レフト』を読んで、とくに印象に残ったのは、ケン・ローチ、J・K・ローリング、ジュリー・バーチルが、自身の“いま”があるのは、英国社会が整備して来た教育や福祉制度や緩和しつつあった階級流動性のおかげであるということを踏まえた発言をしていることでした。私の祖父は病弱なのに山っ気のある人で、子どもを10人も産まされた祖母は一時期、生活保護で子供たちを育てました。つまり私が生まれてこられたのもこの国の福祉のおかげとも言えるわけなんです。小泉政権以降、社会の高齢化現象のひとつでもあるのかもしれませんが、「恵まれなかった私は努力して成功したのだから、君たちも努力すれば出来る」と考える大人が目立っていました。ローチらが危機感を抱くように、そうした社会は過去のものになっているという意味で、20世紀の「勝ち取る」左翼ではなく、「取り戻す」左翼の時代なんだなあということです。前衛ではなく、最後衛で振り落とされる者たちを守ることを考えなきゃならない左翼。咲き誇る革命ではなく、地味で辛気くさい「地べた」で……。そういうことを思うとき、それでも笑っちゃうドタバタに励まされたりもする。そして考えてみると、ああ、いまの日本にもこういう人はけっこういる、あの人やあの人も、似てるじゃんと思えて来ます。日本版でもこれ、できそうかもしれません。ブレイディさんの人を見る視線に、私はいちばん刺激を受けました。
最後に、ちょっとプライヴェートなことにずかずか踏み込んでみたいのですが、パートナーとの出会いはどういうものだったんですか? とか、やはりパンクのつながりで? とか、お酒は実際どのくらい飲んでるんですか? なんてことを……。
ブレイディ えっ。いきなりそう来たかとちょっと動揺しましたが、連合いとは飲み屋で会いました。何も面白くないです(笑)。彼は76年と77年はイスラエルのキブツでバナナを作っていたらしいので、パンクつながりとは言えないかもしれません。彼はたぶんThe Whoが一番好きなんじゃないかな。近年だとマニック・ストリート・プリーチャーズのPVを見てこっそり泣いているのを目撃しました(笑)。
わたしの酒量は、休肝日を作りなさいと医師に数回言われた程度です。はっ。いま気づいたのですが、わたしがいろんな考え方の人を「まあよかたーい(博多弁)」と大雑把にレフトと呼んでしまうのは、もしかしたらわたしが酒飲みだからなのかも……。
『ザ・レフト』なんて本を書いておいて何ですが、わたしは保守派の言い分もわからないこともないし、ライドンも実はけっこう保守っぽいことを言う(でも最近、『保守党に投票することがあると思いますか?』と質問されたら、『ははははは。そら絶対ない』とあの鼻声で笑ってましたけど)。保守党って英語ではConservativeで、それはConserve(保守する、保全する)人の党の意ですから、二大政党制でそれにカウンターをかける政党だったらInnovator(革新する人の党)でも良さそうだし、リベラル党でも良さそうですが、英国の場合はLabour(労働党)なんですよね。伝統や現状のなかに含まれる自分の権益を保守・保全しようとするエスタブリッシュメントに、地べたで働く人間(+地べた民の側につこうとする上層民。これとても大事)がカウンターをかけるという構図がいままで続いてきた。でも、ここんとこ労働党がそれをちゃんとやってないから、ケン・ローチやベズのような人たちがそれにカウンターをかけようとしている。
日本版『ザ・レフト』といえば、スコットランド独立投票のときに井上ひさしの『吉里吉里人』を思い出していたのですが(正確には作者と題名が思い出せなくて、筒井康隆だったっけーとか思ってたんですが)、菅原文太があれを映画化しようとしていたと知って、ほーと思いました。『ザ・レフト』は無名の人編だってアリですよね。いまの日本は海外在住のばばあが書店の中和化を図りたくなるぐらい世のなかが一方的になっているようですが、高齢化を極めるにつれ、女性を活かすとか移民を受け入れるとかしないと現実に回って行かなくなる国には、仰るとおり「最後衛の左派」が育つことはクルーシャルと思います。ブロークンというのは、最後尾に立つカウンターがいない状態かもしれませんしね。でも、逞しいカウンター勢力が育つには時間が必要ですから、ひどい時代というのは、じっくり考えたり何かをオーガナイズしたりする時間を与えてくれているのかもしれない。
わたしも貧乏な老人をふたり残して来ているので、他人事ではありません。失望とアンガーと、そしてある種の期待をもってブライトンから祖国を見ています。








"King of the Rollers"と称される至高のDJ、ドック・スコットはダークコア、テックステップ、リキッドファンク等の潮流を生む革命的トラックの数々でドラム&ベース・シーンの頂点に君臨する最重要アーティストの一人である。14歳よりヒップホップDJを開始。その後、デトロイト・テクノ/シカゴ・アシッドハウスに触発され'91年から制作を始め、第1作"Surgery"がグルーヴライダーの支持で大ヒット、ハードコア・テクノ/レイヴ・シーンに頭角を現わす。華やかなレイヴ時代の終焉と暗い現代社会を反映したダークかつハードなサウンド、ダークコアを先駆けた彼は、ドック・スコット及びナスティ・ハビッツの名義で"Drumz"、"Dark Angel"、"Last Action Hero"等の傑作をReinforced、Metalheadzから送り出し、ドラム&ベースの革新に貢献する。'95年には自己のレーベル、31を設立し、"Shadow Boxing"に代表されるテックステップと呼ばれるサイバー・サウンドの急先鋒となり、オプティカル、ペンデュラムらの才能を逸早く見いだした。DJとしては伝説のMetalheadz Sunday Sessionsのレジデントをつとめ、シャープなミキシングと独自のプログラミング・スキルでクラウドを絶頂へ誘う、シーンの至宝である。実に7年ぶり、待望のDBS帰還!
