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Lee Gamble

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Lee Gamble

Koch

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デンシノオト   Oct 21,2014 UP

 2014年、インダストリアル/テクノは変貌を遂げつつある。そのルーツのひとつといえる90年代テクノへの回帰が表面化しているのだ。たとえば本年にリリースされたマイルス・ウィッテカー(デムダイク・ステア)とアンドレア(=アンディ・ストット)によるミリー&アンドレア『ドロップ・ザ・ボウルズ』はインダストリアル/テクノを経由し、ドラムン・ベースへと変化してみせたし、レイモンド・カービー・プレセンツ・V/Vm『ザ・デス・オブ・レイブ (ア・パーティアルフラッシュバック)』は90年代テクノの亡霊を融解してみせる。むろん単純な回帰ではない。いわばテクノの機能性を変えている、といっていい。

 今回紹介するベルリンの実験音楽レーベル〈パン〉からリリースされたロンドンのアーティスト、リー・ギャンブルの新作『コッチ』も同様に(奇妙なかたちで/しかし必然的に)90年代的なテクノへと回帰している。『コッチ』のトラックは「躍らせる」という快楽構造にノイズを混入し、一瞬機能不全にさせるとかと思いきやリスナーの聴覚に、さらなる音の快楽(ノイズなど)を注入し、天地(ビートの重力性とノイズの天上性)をひっくり返す。これはリー・ギャンブルだけの個性ではなく、アンディ・ストットやデムダイク・ステア、ザ・ストレンジャー(=レイモンド・カービー)、ルーシーなどのインダストリアル・テクノにおける大きな特徴でもあり、彼らは「テクノイズ彫刻」とでも形容したいトラックを生み出している(インダストリアル/テクノは、ピエール・シェフェールが生みだしたミュージック・コンクレートの最新型だ)。

 いや、もともとリー・ギャンブルは、フランスの実験音楽レーベル〈エントラクト〉からリリースしたレビューEP『80mm O!I!O (Part 1)』(2006)や、ファーストアルバム『ジョイン・エクステンションズ』(2009)の頃からノイズを駆使したテクノ彫刻のような音響作品を作ってこなかったか、そして、ベルリンの音響レーベル〈パン〉からリリースした『ディヴァージョンズ 1994-1996』(2012)、『ダッチ・トゥヴァッシャー・プルームス』(2012)などは、ノイズ電子音楽からジャングルやミニマル・テクノをまったく独自の手つきでミックスしたような作品ではなかったか、そして本作は、そのテクノイズ彫刻のような音響に、テクノ(=アンビエント)へのルーツ・バックが次第に表面化した結果ともいえるのではないか、という疑問もあるだろう。

 だが、同時代の変化はすべて偶然のように思えながら、兆候=無意識の共有によって同時生成していくものだ。兆候とはモードであり、モードとは無意識の表象である。先のミリー&アンドレアやレイモンド・カービーらと同じ時代の無意識をリー・ギャンブルも共有している以上、彼もまた90年代へと回帰しつつ、まさに「現代的」としかいいようがないサウンドを生み出しているのだ。

 では、何が「現代的」なのか。まずは「ノイズの構築的使用方法」だ。本来、ノイズは誤使用・誤作用を積極的に構築するものなので構築性よりも操作性を重視しているものだが、インダストリアル/テクノは、90年代末期からのグリッチ・ムーブメントによるデジタル・エラーの活用をテクノ・ミュージックに導入したという側面もある。グリッチはデジタル・エラーによって偶然に生み出されるものだが、それを構築的にトラック化していくのである(カールステン・ニコライはその手腕が実に見事だ)。『コッチ』もまたノイズを構造的に用いている。

 次に「低音とリヴァーブの彫刻的作用」。霞んだ霧のように響く低音/リヴァーブは、音楽の残滓ともいえる存在だが、本作の音響彫刻において重要な要素だ。本作のキックは前作以上に強調されて深く響き渡る(アンディ・ストットも残響の彫刻ともいえるトラックを生みだしている)。

 そして最後に、「だらしなさ=崩壊的な感覚の生成による時間の混乱的作用」である。この「だらしなさ」は極めて2010年代的だ。テクノをベースにしながら、ビートは次第に希薄化し、構造も宙に浮く。その結果、躍らせるだけの機能性から遠く離れ、まるで空気に蠢く音の運動のように、トラックたちは変化していくのだ。たとえキックですらも、それはビートというよりは、楔のように音響空間に打ち込まれている。アルバムが進行するにつれ規則性と非規則性の領域が曖昧になる。

 硬質で鋭い音響が運動する1曲め“アンタイトルド・リヴァージョン”から、楔のようなキックのテクノ・トラックである2曲め“モーター・システム”を経て、3曲め“ユー・コンクリート”から時間感覚を狂っていく。中でも10曲め“ユーディー・ライツ・オーヴァートッテナム”は、聴き手の潜在意識へと問いかけてくるような不穏なダーク・アンビエントだ。ビートもサウンドも、すべてが不穏であり、そのノイズの向こうに打楽器のようなピアノが幻聴のように鳴る。12曲め“オルニ-ミミック”では壊れたガラスのような電子音の蠢きに、鼓動のようなキックが加わるだろう。14曲め“フラットランド”では霞んだ音色のダーク・アンビエントを聴かせてくれる。これらのアンビエントなトラックの合間には、ストレンジなテクノ・トラックが鳴り響き、聴き手の時間の感覚を狂わせていくのだ。まるで歪んだ迷路に迷い込んだような感覚である。テクノが内部崩壊していくような「だらしなさ」の生成。

 この「だらしなさ=崩壊していく」感覚こそ、2010年代的なモダニズムと私は思う。いっけんルーツ・バックとも思える90年代テクノへの参照が、しかし現代的な無意識を写しだす鏡のように作用しているのだ。不安な未来。不穏な現実。終末以降のどうしようもない現実の姿。複雑化する情報・工学社会・インターネットの闇。人間の浅はかさ。退化。不穏。不安。畏れ。崩壊。そんななし崩し的に「だらしなく崩壊していく」世界=現在の中で、『コッチ』を含めインダストリアル/テクノは、「だらしなさ」の感覚を(90年代的なフォームに接近しつつ)、「美と快楽」へと進化=変換させていく。それゆえ過酷ないまを生きる人間にとって最高の処方箋にもなりうるのだ。崩壊の感覚を美へとトランスフォームさせるのだから。このリー・ギャンブル『コッチ』は、その最新の成果といえよう。内部崩壊していくテクノ・ミュージックの奇妙な美しさと刺激を聴き尽くしたい。そして、『コッチ』に続いて〈パン〉よりリリースさえるオブジェクト『フラットランド』、〈モダン・ラブ〉から発表されるアンディ・ストットの新作『フェイス・イン・ストレンジャーズ』なども、絶望的な現実を美学的に変えていくビターな香水のように、私たちの心と体に深く作用していくだろう。今年も終わり迎えつつあるいまだからこそ、2014年の「現在」がようやく見えてきたように思える。

デンシノオト