「P」と一致するもの

音楽と美術のあいだ - ele-king

すごい新しい物だから、批評軸をまだ持ってない。音楽から見たらこうである、ということは言おうとしたら言えるんだけど、音楽だけで話すと片手落ちだなって気がするし、美術からだけ見てもそれも片手落ちだし、両方から見ても片手落ちで。だからこれは、全然違う軸を持って見なきゃいけないんじゃないか、と少しずつ気づいてきたんですよ。で、それがどういうものか、未だにオレはわからなくて、だから『音楽と美術のあいだ』っていうこんな本をつくろうとしてるわけです。 〔本書311頁〕

 新刊情報のアナウンスが流れてからおよそ2年、ついに大友良英による待望の新著『音楽と美術のあいだ』(フィルムアート社、2017年)が刊行された。本書はこれまで、いわゆる音楽ジャンルに限ってみても、映画音楽、ジャズ、音響、ノイズ、歌もの、テレビ・ドラマの劇伴など、非常に多岐にわたってきた著者の活動のうち、音楽とも美術とも言い切れないような実践について振り返り、その思想的核心を抽出し、あるいはそうした名付け難い実践の可能性と展望について――具体的には今年の夏に開かれる札幌国際芸術祭2017の推奨副読本として――解き明かした、400ページ超のボリュームを伴う濃厚な1冊である。とはいえ全編が平明な語り口のインタビュー形式で織り成されているため、マニアックな固有名詞や音と音楽を巡る原理的な思考に話題が及んでも、けして読者を選ぶということもなく、そこで生まれる問いの数々に対して丁寧に説明がなされていくといったような、誰もが読み進めていくことのできる間口の広さを備えたものとなっている。

 本書が出版されるきっかけとなったのは、2014年11月から2015年2月にかけてNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)で開催されていた大友良英による展覧会「音楽と美術のあいだ」にあるのだが、この展覧会がそもそも、2013年に急逝したキュレーター/梅香堂主・後々田寿徳による遺稿「美術(展示)と音楽(公演)のあいだ」をひとつの契機としたものなのだった。本書にも全文が収載されているその論稿では、近代的なジャンルとしての音楽と美術のあいだにある様々な相違、たとえば一回性と複製可能性や、観客に向けられたものであるか否かといったことが指摘され、そうした異なりがあるにもかかわらず、それを考慮することのない美術の制度性が、音楽家が美術館で展示をおこなう際の「居心地の悪さ」を生み出していることについて、より自覚的になることの必要性が書かれていた。言うまでもなくそれは、そこからどのように音楽家が美術とも交わる領域で活動をおこなっていくことができるのかについて、さらに書き進められるところがあったはずである。その意味では本書は、そこで提起された問題を継承し、書かれることのなかった「続編」を紡ぎ出している部分もあると言うことができる。

 本書は大きく二部構成にわかれている。第一部にはICC主任学芸員である畠中実が聞き手役を務めておこなわれた、「音楽と美術のあいだ」展のクロージング・トークとその後二回継続しておこなわれた対話をもとに加筆修正されたものが収載されていて、2005年に築港赤レンガ倉庫でおこなわれたグループ展の衝撃と、それに共振する大友自身の活動が、幼少期の体験にまで遡りながら綴られていく。赤レンガ倉庫での出会いはひとえにその出演作家たちの力量が呼び寄せたものであるにしても、それをあくまで音楽家としての立場から接した大友が「新しい音楽」と述べたような「驚き」は、彼自身がそれまでの歩みの中で、でき合いのパッケージングされた「音楽」を生産/消費することで良しとせず、音楽とはなにか、音とはなにかという根源的な問いを常に問い続けながら、自らの立場を自ら切り崩すようにして新たな領域を切り開いてきた功績が、展示作品から「音楽」を聴くことを可能にしたのだとも思われる。

 さらに第二部では、音楽とも美術ともつかないような活動をおこなってきた6人のゲスト・インタビュイー(毛利悠子、刀根康尚、梅田哲也、堀尾寛太、Sachiko M、鈴木昭男)を迎えて大友とのあいだで対話を交わしていくというものになっている。ゲストの共通点はその表現の「語りえなさ」にあるのみならず、誰もが大友に衝撃を与え彼の活動に影響を及ぼしてきた存在でもある。その対話のなかでは、たとえば録音や録画によっては記録しきれない「作品」をいかにして後世へと伝え残していくことができるのか、という問いに対して、大友が「たとえば、「誰かの人生を変える」という残し方もあるのかもしれない」と応える場面がある。それを踏まえて言うならば、まさしくこの第二部には、他ならぬ人生を変えられた受け手としての大友良英による、6人の「作品」を次の世代へと伝えていくための、ひとつのアーカイヴのしかたが残されているのだとも言えるだろう。

 「音楽と美術のあいだ」とはいえ、それは第三項を打ち出すこと――その第三項が新たにジャンル化することで「あいだ」としての意味合いを失っていかざるをえなかったのが、50~60年代に特異な実践として注目を集め、ディック・ヒギンズによって理論化された「インターメディア」だった――が重要なわけではなく、むしろ音楽でなく美術でもないような、しかし同時に音楽であり美術でもあるような、語の定義の境界線上をいく「あいだ」の探究にあるということには気をつけなければならない。それは音楽と美術に限らず、演劇や舞踊を持ち出すこともできれば、いわゆる芸術ジャンルでなくとも、「凧揚げと音楽のあいだ」でも「ミュージカルと中高校生と大人のあいだ」であってもいいものだろう。その意味で対話篇が収載されている本書は、大友良英と畠中実のあいだにあり、ゲスト・インタビュイーとのあいだにあり、さらには後々田寿徳と彼の遺した文章とのあいだにもあるといったふうに、それ自体がテーマを体現するいくつもの関係性の「あいだ」において編み上げられた書籍であるようにも受け取れる。

Black Mecha - ele-king

 ゼロ年代以降、もっとも細分化し、多様化した音楽ジャンルはメタルだろう。そのポテンシャルはまるで地下水に含まれるベンゼンのようにあっさりと基準値を上回り、予想外の方向へと影響を広げていった。ドゥーム・メタルとエレクトロニカを交錯させたKTLの登場によってテクノやインダストリアル・ミュージックもその射程内に収められ、『アメリカン・バビロン』によってルッスーリアはマッシヴ・アタックの、『アイ・シャル・ダイ・ヒア』によってザ・ボディはオウテカの位置に取って代わったとさえ言える。アンビエント・ミュージックとの親和性はそれ以前から高かったこともあり、最近ではエクトプラズム・ガールズからナディン・バーン(Nadine Byrne)がソロで完成させた『ア・ディッフェレント・ジェスチャー』もポップやアカデミックにはない新境地を編み出したことはたしか。同じくフェネスがウルヴァーというブラック・メタルのバンドに参加していることもよく知られている。

 エレクトロニカとメタルを融合させた際、KTLのそれがジェフ・ミルズのようなハード・スタイルを模索したものだとしたら、カナディアン・ブラック・メタルのウォルドからフォートレス・クルックドジョー(Fortress Crookedjaw)がソロではじめたブラック・メカは果たしてどのような文脈でジャンルの壁を乗り越えたといえばいいのか。ウォルド名義の『ポストソシアル』と同じく〈デス・オブ・レイヴ〉からとなったデビュー・アルバム『AA』(2015)はまだいい。メタルのテクスチャーが少しは残っている。しかし、セカンド・アルバムとなる『I.M. メンタライジング』は冒頭からパウウェルとレジデンツの共演ではないか。諧謔と凶暴性の同居。運命論が重くのしかかってくるようなメタルの美学は微塵もなく、強いて言えば笑い死にしたくなるような多幸感に覆い尽くされている。サイドAはそれで最後まで押し切られる。

 後半はエレクトロニック・ミュージックの表情がもう少し多様化され、スラッシュ化したエレクトロのような展開へ。エンディングはややストイックで、アシッド・ハウスのように少しずつコントロールを失っていく。そして、乱暴なミニマル・ミュージックは死んだように静まり返り、もっと聴きたいという願いは届かない。曲名には超自然を思わせるタイトルが多々つけられている。そういう意味では、あまりお近づきにはなりたくないタイプかもしれないけれど、いまのところ文句を言う気はない。音楽が素晴らしければそれでいい。ちなみにナジャよりもわずかにキャリアが長いウォルドは〈エディション・メゴ〉傘下でステフェン・オモーリーが主催する〈イデオロジック・オーガン〉からもリリースがあり、クレジットにはラシャド・ベッカーの名前も見受けられる。もしかすると後者からは少なからずの影響を受けているのかもしれない。わからないけれど。

 最初は『ダーク・ドゥルーズ』でも読んで、破壊の気分で聴こうかなと思っていたんだけれど、なんと言うか、すっかり愉快な気分になってしまった。いやいや。

The Necks - ele-king

季節の即興音楽、あるいは形式に還元されざる余剰の響き

演奏の展開はいつも同じで、まず手探りのようにはじまり、まんなかで盛り上がり、静かにおわる。この曲線がかならずついてまわる。これ以上の形式がないとしたらまったく空疎だとしかいいようがない。 ――ギャヴィン・ブライアーズ

 昨年の夏、とあるミュージシャンが率いるグループのライヴを観に行った話から始めよう。そこでは電子楽器とアコースティックな楽器が入り混じった7、8人ほどの演奏者たちによる、いくらか「決めごと」を設けられた即興アンサンブルが披露されていたのだが、演奏が開始したとき、もの凄く奇妙な体験をしたことをよく覚えている。まるでサイン波のような電子的な音を発する管楽器や声が、エレクトロニクスの響きと混ざり合い、どちらがどちらともつかないような、どの音がどの人間から発されているのかわからなくなるような、視覚的な風景と聴覚的な体験が撹乱されるような不可思議な音響空間が成立していたのである。「これはすごい! ここからどういうふうに展開していくのだろう」と思ってしばらくすると、しかしアンサンブルは、そのミュージシャンの音盤で経験したことのある「あの感じ」に近づきはじめていく。それぞれのプレイヤーが短いフレーズを繰り返すことで即興を織り成していくその演奏は、そこからは案の定「あの感じ」を追体験/再確認させるかのようにして、予想した通りの展開になっていった。探り探り始められたアンサンブルは盛り上がりをみせ、その後静かになっていき終了した。

 もちろん、音盤と同じ展開をみせるのは、なにも悪いことではない。むしろそのミュージシャンの変わらぬ個性を聴くことができた、と言うこともできる。しかしその日の演奏で素晴らしかったのはやはり、最初の段階でみられた「聴いたことのない」サウンドだったのだ。そしてこと即興演奏に関しては、互いの探り合いから始まり、それがノってくると盛り上がり、そこから終わりへ向けて静かに収束していく、という展開は、このミュージシャンに限らず広くみられるものである。

 こうした展開を前にして、即興音楽の形式の単調さに絶望し、作曲へと活動領域を移したのが、かつてデレク・ベイリーのもとでベーシストとして活躍していたギャヴィン・ブライアーズだった。たしかに言葉に還元してしまえば、多くの即興音楽はことほどさように単純極まりない形式をとっているようにみえる。じっさいに、こうしたある種の予定調和のような展開に安住する即興演奏家も少なからずいる。そのほうが展開を気にしなくていいぶん、より「自由」だとも言えるのかもしれない。だがしかし、同時に、言葉にしてしまえば単純だとしても、現実に鳴り響く音楽はより複雑で多様なありようをみせているものである。冒頭に書き記したライヴの体験でいえば、その展開と成り行きは「あの感じ」から逸脱するものではなかったのだとしても、少なくともその始まりの部分では、「探り探り」でありながら、この言葉には絡め取ることのできないようなサウンドに満ち溢れていた。そしてそうした言語化しえないような、還元された形式の外へと零れ落ちる響きを聴かせてくれるグループとして、たとえばここに、ザ・ネックスがいる。

 オーストラリア連邦最大の都市であるシドニーを拠点に活動してきたザ・ネックスは、ピアノのクリス・エイブラムズ、ベースのロイド・スワントン、ドラムスのトニー・バックという3人のメンバーによって1987年に結成された。かつて90年代の初めごろ、トニー・バックは日本とも交流をもち、大友良英らとともにバンドを組んでいたので、そこから彼らの存在に辿り着いたという日本のリスナーも多いのかもしれないが、とりわけ昨年の暮れにザ・ネックスは活動30周年を前にして初めての来日を果たし、東京、大阪、滋賀の3箇所でツアーをおこなったので、そのことから彼らの存在を知るに至った人も多いのかもしれない。東京公演にはわたしも駆けつけ、1時間近くも続けられるトリオ・インプロヴィゼーションに圧倒された。しかしながら彼らの音楽は言葉にしてしまうともの凄く単純である。メンバーのそれぞれが短いフレーズをひたすら繰り返す。彼らはそのフレーズを即興でゆるやかに変化させていく。時折フレーズ同士が絡み合い、グルーヴする場面もみられるが、無関係に並走することもある。3人ともにフレーズの繰り返しをおこなっているため、通常の即興演奏におけるような丁々発止のインタープレイはみられず、まるで植物の生長のような、あるいは広々とした空に流れる雲のような、じっと耳を凝らしていないと変化していることにさえ気づかないような緩慢な移り変わりを聴かせてくれる。それは静かな演奏から幕を開け、中盤では盛り上がりをみせ、また静かになって終えられる。

 ブライアーズが非難した単純極まりない形式である。けれどもそれは、予定調和と言ってしまうとちょっと違う。盛り上がった後に静まりかえって終わるのだろうなという予想はつく。しかし彼らの音楽は、その始まりからは予想だにしないような成り行きをいつも聴かせてくれるのだ。それはたとえば、緩慢な四季の移ろいが、春の後には夏が来て、秋の後には冬が来るとわかっていながらも、昨年の夏と今年の夏が異なっていることにも似ている。反復することが同じ結果をもたらすのではなく、繰り返すことが異なる結果をもたらすようなものとしての音楽。

 そんな彼らの19枚めのアルバムがリリースされた。リリース元は、1994年以来ザ・ネックスの音源を発表し続けてきた彼らの自主レーベル〈フィッシュ・オブ・ミルク〉ではなく、エレクトロニカ/電子音響作品で知られる〈エディションズ・メゴ〉の傘下にあり、Sunn O)))のスティーヴン・オマリーが監修するレーベル〈イデオロジック・オルガン〉である。過去の大半のアルバムでは1時間近くの長尺の演奏が1曲だけ収録されているというパターンが多く、それは74分間もの長さを記録することが可能なCDというフォーマットが、音楽の流通手段として人口に膾炙し始めたのと同時期に、ザ・ネックスが活動を始めたことと無関係だとは思えないのだが、ならばなおさら本盤が、2枚組LPおよび音源配信のみで出されているということは興味深い。収録されているのは15分ほどの曲が2曲、20分ほどの曲が2曲の計4曲で、それらはちょうどLPの片面の長さに相当する演奏である。だがCDというフォーマットの栄枯盛衰を眺め続けてきた彼らにとって、これがLPでリリースする初めてのアルバムというわけではなく、過去に『Mindset』(2011)『Vertigo』(2015)と2枚のLPアルバムを出している。

 ついでにザ・ネックスのこれまでの活動を音盤から振り返ってみると、彼らは1989年にファースト・アルバム『Sex』を発表し、同じフレーズが1時間近くも延々と続けられるその衝撃的な音楽を世界に提示した。しかし翌年にリリースされたセカンド・アルバム『Next』(1990)では早くもコンセプトをやや変えて、6曲の短い演奏(とはいえ、うち1曲は30分近くある)を、複数のゲストを迎えながら収めたものとなっている。続く3枚め『Aquatic』(1994)はそれから4年後にリリースされ、30分弱の、タイトルと同名の楽曲が2曲収録されているのだが、片方はトリオで、片方はハーディ・ガーディ奏者をフィーチャリングしたカルテットによる演奏。4枚めのアルバム『Silent Night』(1996)では1時間1曲というスタイルに戻り、しかしそれが2枚組アルバムとなって2曲まとめて発表された。その後は映画音楽を手掛けそのサントラ『The Boys』(1998)を出したり、ライヴ・アルバム『Piano Bass Drums』(1998)をリリースしながらも、スタジオ・アルバムとしては1時間1曲というスタイルが踏襲されていく(『Hanging Gardens』(1999)『Aether』(2001))。もちろん、同じスタイルとは言っても内容はそれぞれに異なるモチーフが扱われているためまったく別ものの演奏となっている。そして2002年にリリースされた4枚組のライヴ・アルバム『Athenaeum, Homebush, Quay & Raab』は、オーストラリアにおけるグラミー賞とも言うべきARIAミュージック・アワードにノミネートされた。続けざまにライヴ・アルバム『Photosynthetic』(2003)を出した彼らは、同年にリリースした『Drive By』(2003)でARIAミュージック・アワードのベスト・ジャズ・アルバムに選出されることになる。12枚めとなるアルバム『Mosquito / See Through』(2004)は2枚組で、木片が飛び散るような物音と力強いベースのグルーヴなどは、同じく1時間1曲の2枚組だった『Silent Night』を思わせもする。そしてさらに『Chemist』(2006)では2度めのベスト・ジャズ・アルバムに輝いてしまうのだ。同作品はそれまでのスタイルとは異なり、20分前後の楽曲が3曲収録されている。スティーヴ・ライヒmeetsロック・ミュージックな3曲め“Abillera”は、ポストロックにも通じるサウンドを聴かせてくれる。また、このあたりからドラムスのトニー・バックが積極的にギターも使用し始める。4枚めのライヴ・アルバム『Townsville』(2007)を挟んでからは、2曲収録されたLP作品『Mindset』(2011)を除いて、1アルバムに長尺の1曲というスタイルで『Silverwater』(2009)、『Open』(2013)、『Vertigo』(2015)の3枚の作品をリリースしていく。

 ここまで振り返ってみて興味深いのは、ゼロ年代の終わりごろを境にして、彼らの音楽性がやや変化しているということである。それまでは「リフ」とも言うべきベースとドラムスの具体的/音楽的なフレーズの反復を基盤にして、その上で主にピアノが装飾的な彩りを加えていく、というアンサンブルの組み方がなされていたのだった。場合によってはベースとドラムスは徐々に変化するということもなく、『Sex』のように全く同じフレーズを1時間ひたすら続けるということもあった。しかし『Townsville』あたりからそうしたスタイルに変化の兆しが見え始める。ベースとドラムスはともに同じリズムを奏でるのではなく、それぞれが独立し各々のフレーズをゆるやかに変化させていく。そのフレーズも具体的/音楽的というよりは、反復されることで初めてリズムやパターンを見出せるような抽象的/音響的なものとなっていく。『Open』や『Vertigo』などに顕著だが、リズムを生み出す下部構造としてのベース&ドラムスに対して彩りを添えるウワモノとしてのピアノ、というのではなく、むしろ三者がそれぞれリズムもサウンドも担いながら三様に変化していき、それらが絡み合いときに衝突しあるいは共振するアンサンブルといったものになっていく。その時点でザ・ネックスは結成からすでに20年以上経っているわけだが、彼らの音楽がクラウト・ロックやミニマル・ミュージックとは全く異質な独自のインプロヴァイズド・ミュージックとなったのは、むしろここからのようにも思える。しかも彼らはあくまでピアノ・トリオという伝統的なジャズ・フォーマットを踏襲した上でそれをおこなっているのである。新たな音楽性へと突き進むためにメンバーが次々に楽器を持ち替えていくというわけではなく。

 そして本盤『Unfold』はまさにそうしたザ・ネックスに独自の音楽が収められた現時点での最高傑作である。叙情的なピアノの旋律から幕を開ける1曲め“Rise”は、さらにオルガンの揺らめく響きとベースのアルコ奏法による持続音が漂うなかで、雨音のようにパラパラと叩かれるシンバルが絡み合い、終始穏やかな音の風景を聴かせてくれる。2曲めの“Overhear”では、アルコ奏法の持続音が鳴り響く一方で、ドラムスは速度感のあるパルスを刻んでいき、そしてそれらのサウンドの波に乗るようにしてオルガンは旋律を奏で続けていく。より「波」の形容が相応しいのは3曲め“Blue Mountain”だ。ベースは太い低音を出しゆったりとしたリズムを形成し、ドラムスは強くなったり弱くなったりするスネアやシンバルのロール奏法を聴かせ、そこにオルガンの揺らめきが加わるサウンドは、まるで打ち寄せては引き返していく浜辺の波のようでもある。だが後半では、ドラムスのリズムが速度を増していき、それに呼応するようにベースとピアノも変化することで、演奏の緊張感が高まっていく。その高まりを打ち破るかのように4曲め“Timepiece”は強烈な打撃音から幕を開ける。不規則なパルスがポリリズミックに絡み合うその演奏は、しかしながらしばらく聴いていると、ある周期で反復されているために一定のグルーヴを生み出しているのがわかるようになる。そこにオルガンが入ったサウンドは、どこかエレクトリック期のマイルス・デイヴィス・グループを彷彿させる。あるいはその揺らぎモタつくシャッフル・ビートは祭囃子のようでもある。それはいくつもの自動機械が置かれた工場のなかで、それぞれの機械が自らの周期で反復することから生まれる、空間全体のアンサンブルを耳にしていると形容することもできる。

 1時間に長尺の1曲だけが収録されたアルバムというのは、いかにも取っつき難そうに思えるかもしれず、その意味では本盤は、抽象化/音響化以降のザ・ネックスの音楽が、それぞれに特徴的な4つの楽曲として、LP片面というほどよい短さで収録された、彼らについて知るための導入口として打って付けのアルバムになっている。ちなみに余談だが、本盤に収録されている楽曲の長さを合計すると74分40秒弱になり、CD初期の収録可能時間74分42秒とほぼ一致する。それが偶然の産物なのか意図的に編集されたものなのかは定かではないものの、たとえLPというフォーマットでリリースされた「ほどよい短さ」の楽曲であったとしても、ザ・ネックスの音楽にCDのフォーマットが纏わりついているという事実は、基本的にはアコースティックなピアノ・トリオでありながら、多重録音やプログラミングにも取り組んできた彼らの、音響テクノロジーとの関わりを象徴的に示しているように思える。この30年はザ・ネックスの活動の軌跡であるとともにCDというフォーマットの栄枯盛衰の歴史でもあったのだった。生きた即興音楽を録音するとは如何なる行為なのか? それは避けられるべき演奏を殺す行為なのだろうか? 少なくともザ・ネックスにとってそれは、彼らの表現を成立させるための基盤になってきた条件のひとつであった。彼らの即興音楽はCDになることで死物と化するのではなく、むしろそのフォーマットによって生み出された身体感覚を備えることではじめて可能になるような特異性を内包している。それはLPでは短すぎ、音声ファイルでは際限がなさすぎるのである。そうした特異性の影が、「ほどよい短さ」であるLPの片面に収められた演奏にも、ひっそりと刻印されていると考えることはできないか。余談が過ぎたようだ。ともあれ、これまでとはレーベルを変えて出されたということも含めて、活動を始めてから30周年を迎えたザ・ネックスにとって、本盤のリリースが画期となる出来事であることはあらためて述べるまでもないだろう。

 最後に付言しておくと、ザ・ネックスの音楽にじっくりと耳を傾けてみるならば、ここまで述べてきたような様々な発見と出会いと驚きがあるものの、かといってバックグラウンド・ミュージックのように聞き流すことができないものであるというわけではない。その点では、集中的聴取に耐え得る強度を備えた音楽でありながら、同時にその場の空間に溶け込んでしまうこともできるような特徴もあるという、「環境音楽」(ブライアン・イーノ)としての側面を備えている。聴感的にもアンビエント・サウンドやポスト・クラシカルな傾向と共振するものがあるとも思う。とはいえ、やはり彼らの音楽はあくまでも「即興音楽」なのである。少なくともこの側面なくして彼らの音楽は成立することはないだろう。なぜなら事前に音を配置しては決して得られることのないようなサウンドの移り変わりこそが、ザ・ネックスの音楽に特有の独自性であると言うことができるから。そしてそれはやはり、変わりゆく移ろいそのものの美しさというものであり、あるいはわたしたちが気づかぬ間にそこで生成し変化していき、ふと振り返ると美しく佇んでもいるような、迷路のように複雑に入り組んだ「季節」に似ている。

5年目のJOLT in Japan ! - ele-king

 熱心な弊媒体読者はJOLTの見出しに一昨年の〈JOLT TOURING FESTIVAL 2015〉を思い出されたかもしれない。PHEWと灰野敬二+大友良英がトリを飾った豪華きわまりないあの2デイズは、現在進行形の音楽の切っ先の鋭さをうかがわせただけでなく、日豪両国のシーンの厚みというか深みというか、そのようなものを垣間見せた。オーストラリアのソニックアーツ組織「JOLT Arts INC.」の継続的な活動が成熟をみせた場面だったと記憶するが、2017年のいま、JOLTの試みはさらに加速している。
 日本では5年目に入ったJOLTはこのたび、女性アーティストに特化したプログラムを披露する。豪州からは、JOLTのディレクターでもあるジェイムス・ハリック、そのハリックが率いるボルト・アンサンブルからダブルベースのミランダ・ヒルとチェロのカーウェン・マーティンが本ツアー用の編成で来日。メルボルンのノイズ・トリオ、タイパン・タイガー・ガールズのギタリスト、リサ・マッキニーは単独でドローン以後のフィードバック・ノイズを聴かせるという。迎え撃つ日本勢は箏の八木美知依とヴォイスのヒグチケイコ。箏と身体に潜在する響きをあますところなくひきだす両者のパフォーマンスが、オーストラリア勢とどうかさなりあうか、ここでしかお目にかかれない瞬間を目撃できるのが、何度もいいますがJOLTのたのしさでありおもしろさです。前日には野毛アンダーグラウンドと共催で、横浜のツァルトでも関連イベントもあるようです。両日ともぜひ! (松村正人)

2017年4月14日(金)
JOLT Presents The Book of Daughters
六本木SuperDeluxe

開場:19時/開演:19時30分
料金:予約2300円/当日2800円(ドリンク別)
出演:
八木美知依(electric 21-string koto, 17-string bass koto, electronics, voice)
BOLT ENSEMBLE(Miranda Hill: bass, Caerwen Martin: cello)
Lisa MacKinney(guitar, feedback)
James Hullick(voice, electronics)+Keiko Higuichi(voice/electronics)
Akiko Nakayama(Alive Painting)
DJ Evil Penguin
https://www.super-deluxe.com/room/4285/

2017年4月13日(木)
Noge Underground and JOLT Presents The Book of Daughters
桜木町ZART(横浜市中区花咲町2丁目67-1)

開場:19時/開演:19時30分
料金(当日のみ):1000円
出演:
a qui avec Gabriel(accordion)
Lisa MacKinney(guitar, feedback)
BOLT ENSEMBLE(Miranda Hill: bass, Caerwen Martin: cello)+Cal Lyall(banjo)


八木美知依


Lisa MacKinney

R.I.P. Chuck Berry - ele-king

 その日の午後、わたしは本誌編集長野田努と渋谷で会っていた。ごく当たり前の出版論が、途中からなぜかチャック・ベリーの事になり、わたしは夢中になって話した。野田努はただ聞いているだけだった。セックス・ピストルズ以降の人間が、チャックの影響下にあるとは言い難い。わたしですら彼の事を意識し出したのは1970年で、16歳になってからだ。全盛期はその遠い昔だった。それ以来、彼の事は本当にずっと聞いて来た。1日に1回は必ず思い出していた。
 その晩に立ち寄ったロック・バーで、「新作がなかなか発売にならない」という話題が出た。ロンドンの音楽誌『アンカット(UNCUT)』2017年1月号でその情報に接したのはもう3ヶ月以上前の話になる。本人が「こんどのは最高の出来だ」と語っていた。彼が自作を喧伝するのは、極めて珍しい。

 「新しい事はやってないだろうね。でも懐古的な作品にはして欲しくないな」
 そんなありふれた事を喋った記憶がある。
 「もうだいぶ歳なんですよね」 
 「いや、あいつは死なないよ」
 根拠はないが妙な確信が浮かんで、そう答えて店を出た。

 翌々日、日曜の朝、衝撃がやって来た。チャック・ベリーの訃報だ。不思議と悲しくはならなかった。それより世の無常を悟ったような気分だった。

 彼の死は20日付け東京新聞社会面でも大きく報道された。今でこそチャック・ベリーこそロックンロールだ、という認識が一般化している。ただしそれまでにこの国で彼の事が評価されていたかどうかは、極めて疑わしい。もちろんカタログ注文のアメリカ盤を3ヶ月待って同時代的に聞いていた何人かは居ただろう。しかしこの国で「チャック・ベリー」という名前が挙がるようになったのは、1970年代半ばに起きたあの歪んだロックンロール・ブームからだ。たぶん最大の貢献者は、矢沢永吉のグループ、キャロルだろう。それ以前は、“ロール・オーヴァ・ベイトーヴェン”も“ロック・アンド・ロール・ミュージック”も、ビートルズが唄ったから誰でも知っていたのだ。

 チャックの所属していたレコード会社チェスの興亡を描いた映画『キャデラック・レコード』の中で、本人がドサ回りでクラブに行き「今晩出演予定のチャック・ベリーだ」と告げると、支配人に立ち入りを拒否される。彼曰く「お前じゃない。奴は白人だ」と。観る度に笑える場面だ。彼の地でも大人の認識はこんなだったのかも知れない。
 日劇ウエスタン・カーニヴァルの全盛期に採り上げられていた楽曲は、ジェリー・リー・ルイス、リトル・リチャード、エディ・コクラン、そしてエルヴィス・プレズリあたりで、チャックの歌をリパトゥワにしていた唄い手もバンドもほとんどいなかった。その無理解はこの時だけに留まらない。奇しくも野田努が編集した萩原健太の近著『アメリカン・グラフティから始まった』に、こんな記述がある。
 「日本では複数アーティストが参加したロック・コンサートで全員参加のアンコール演奏をしようとした場合、チャック・ベリーの“ジョニー・B・グッド”が選ばれる事が多い。歌詞をちゃんと歌えないやつが多いにもかかわらずだ。それが日本の“ロケンロール”史観なのだろう」(102頁)。
 これは全く正しい。21世紀になっても、この国のロックンロール好きは、「ゴージョニゴー」としか唄えないのだ。「チャック・ベリー、昔から大好きでした」なんて語る奴を、わたしは信用しない。ただ自分自身も50年近く聞いている事になるので、「昔から大好きでした」になってしまう。
 しかし、それは違う。わたしは明日もチャック・ベリーが好きなのだ。素晴らしい色彩で描かれた楽曲の数々は、聞く度にアメリカ合衆国のウラオモテを教えてくれる。弾力性を持ちながら機械のように斬り込んで来るブルーバード・ビートの刻みは、どんな腕の立つギタリストも真似出来ない。さらに、彼の面倒な属性は、世の中を生きて行く上で参考になる。

 映画『ヘイル、ヘイル、ロックンロール』での自己中心的振る舞いは、大いに話題になった。“キャロル」のイントロで執拗にダメを出すのは、明らかな嫌がらせ、いじめ、“マンキ・ビジネス”だ。その後でチャックがアムプの調整でつまづいた時に、キース・リチャーズがここぞとばかりにやり返して追い詰めるのも面白い。
 この映画を監督したテイラー・ハクフォードが冒頭で彼について喋る。「難儀(trouble)」、「面倒(difficult)」、「風変わり(funny)」と、その性格を説明する時、彼は毎回つい微笑んでしまう。チャックの事を、正しく理解しているに違いない。
 チャックの運転する車で仕事に行ったら、途中でガス欠に陥った。すると彼は高速道路から単身飛び降り、ガソリン缶を手に戻って来たという話がある。『ヘイル、ヘイル』の中だったかと、今回慌てて観直したけれど、その場面を見つける事が出来なかった。何処に所蔵されたこぼれ話だっただろうか。女性が語っていたような記憶がある。
 ジョン・ハモンド(元ジュニア)に取材した時、“ネイディーン”、“ブラウン・アイド・ハンサム・マン”をカヴァしているので聞いてみたら、「初期のレコードは、僕にずいぶん刺激を与えてくれた。でも68年に逢った時、なんて奴だって思ったよ。実にいやな男だったんだ。人間的にはちょっとねぇ……」と語気を強めて話していた。きっと機嫌の悪い時に出会ったのだろう。
 ゼニカネにうるさく、出演料は半額を契約時に、残りは「ドン前(緞帳を上げるまで)」、いずれも現金、というやり方を非難する意見は多い。でもこの世界ではそれが常識だ。元締めが売上を持って逃げる話は今でもある。後日の銀行振込なんて当てにしない。払ってくれないんなら演らないだけだよ……、カッコいいじゃないか。

 彼の事を人間不信の変わり者、だけで済ますのは間違いだ。誰にも頼らずひとりで生きていくには、このくらいゴリカンでなきゃ無理だろう。チャック・ベリーは50年代のアメリカ合衆国の芸能の世界を何の後ろ盾もなく渡って来た黒人なのだ。
 こういう事実を知れば知るほど、1981年4月27日、厚生年金会館大ホールの下手袖で、わたしの差し出した公演パンフレットにサインしてくれたというのは、奇跡だろう。

 ニュースを聞いて数日後、同じロック・バーを訪れた。
 「あのすぐ次の日の朝だったね」と店主にさっそく話しかけた。
 「そうでしたね」、彼は少し怪訝な顔をしたが、付き合ってくれた。
 さんざん話して夜も更け、ようやく帰ろうとしたら、
 「あの後、一度来てますよ。『チャック・ベリーが死んだ』って、ワインを呑んでました」と、耳元で囁かれた。そうだったのか。全く憶えていない。
 チャック・ベリーは絶対に死なない。少なくともわたしの心の中では。早く新譜を聞きたい。既に公開されている1曲“ビグ・ボーイズ”は、まるでチャック・ベリーのロックンロールだ。今、他の誰にこんな事が出来ると言うのか。新しい1枚では、これまで粗製濫造していたジャムの寄せ集め的アルバムにそっと忍び込ませていたような、カリブ風だったり、保守的なスタンダード的だったり、あるいはカントリーそのものだったりする非ロックンロール曲に、大いに期待している。6月29日が発売日だという。チャック・ベリーは、これからもずっと生き続けていく。


 チャック・ベリー:チャ―ルズ・エドワード・アンダスン・ベリー 2017年3月18日午後、ミズーリ州ウェンツヴィルで死去。90歳。

FKJ - ele-king

 ディミトリ・フロム・パリにしろ、エールにしろ、ダフト・パンクにしろ、カシウスにしろ、昔からフランスのアーティストは遊び心が旺盛な人が多い。そうした遊び心やユーモアから、彼らのようなロマンティックでドリーミー、またはセクシーで煌びやかなサウンドが生まれてくるのだろう。1990年代半ばに〈イエロー・プロダクションズ〉、〈Fコミュニケーションズ〉、〈ディスク・ソリッド〉などが設立され、そうしたフランスならではのクラブ・サウンド(=フレンチ・タッチ)が、USやUKといったクラブ・ミュージックの本場に対抗する勢力として狼煙を上げたが、そんなフレンチ・アーティストの遊び心は、ミスター・オイゾ、ジャスティス、オンラなど、いろいろと形を変えつつも継承されている。カシウス、オイゾ、ジャスティスらが所属する〈エド・バンガー〉は、現在のフレンチ・タッチを代表するレーベルで、近年はブレイクボット(元アウトラインズ)の活躍が目覚ましいところだ。ブレイクボットはヒップホップやR&B、ハウスやエレクトロ、ディスコやブギー、チル・ウェイヴやドリーム・ポップ、AORなどあらゆる要素をミックスした折衷的なクラブ・サウンドに、フレンチ・タッチならではのユーモラスでお洒落なセンスを巧みにコーティングするのが得意だ。そんな〈エド・バンガー〉の路線を担いつつ、ディスクロージャー以降の新しいハウス・サウンドを担うレーベルとして、パリで〈ローチェ・ミュージック〉が設立されたのが2012年。フレンチ・タッチをバックグランドに持つこのレーベルの主宰者が、FKJ(フレンチ・キウイ・ジュース)ことヴィンセント・フェントンである。

 最初はサウンドクラウドなどを舞台に、リミックスやオリジナル曲を発表していたのだが、その中の“ライイング・トゥゲザー”が世界中で人気を集め、シカゴのセイヴ・マネー(チャンス・ザ・ラッパーも所属)のクルーのトゥキオがすぐさまサンプリングして“アイ・ノウ・ユー”という曲を発表するなど、アメリカでも一躍注目される存在になる。その後、フィジカルで初のEPである『タイム・フォー・ア・チェンジ』(2013年)をリリースし、第2弾EPの『テイク・オフ』(2014年)を経て、初のアルバム『フレンチ・キウイ・ジュース』を発表するのである。FKJはキーボード、ギター、ベース、サックスから、サンプラー、ラップトップPCまで操るマルチ・ミュージシャン/プロデューサーで、また自身でヴォーカルもとる。本作もそんな具合に、ひとりで何役もこなしながら作られたものだ。2016年はケイトラナダやジョーダン・ラカイなどの若いマルチ・ミュージシャン/プロデューサーのアルバムが出たが、FKJもそうした人たちに並ぶ才能の持ち主と言えるだろう。

 『フレンチ・キウイ・ジュース』の音楽的な骨格にはソウル・ミュージックがある。“ウィ・エイント・フィーリング・タイム”や“スカイライン”、“ベター・ギヴ・ユー・アップ”あたりがその代表曲だが、ビートは打ち込みでもギターや鍵盤などの楽器演奏により極めてオーガニックな味わいのナンバーとなっている。鍵盤は主にフェンダー・ローズを使っているようだが、そうしたヴィンテージ機材を巧みに用いることにより、敢えてレトロでメロウな質感を感じさせる点が彼の特徴である。“ウィ・エイント・フィーリング・タイム”や“チャング”でのジャジーなサックス・フレーズも、そんなFKJのレトロ・センスの表われであるし、“ホワイ・アー・ゼア・バウンダリーズ”の枯れた味わいは1970年代のニュー・ソウル的でもある。“スカイライン”もビートは新しく洗練されたものだが、楽器の音色は意図的にヴィンテージ感を出している。また、ヴォーカルとコーラス・アレンジのセンスも抜群で、全体にポップなフィーリングを漂わせる大きな要因となっている。どの曲からも優れたメロディ・センスが感じられ、中でも“ブレスド”はチル・アウトでメロウな味わいが格別である。仄かなマリン・フレーヴァー漂うこの曲は、先日他界したリオン・ウェアが若いビートメイカーになって蘇ったようでもある。ディミトリを筆頭に、フレンチ・タッチのアーティストはメロディ・センスやポップ・センスにも優れた人が多かったのだが、そうした点でFKJもフレンチ・タッチを今に受け継ぐアーティストであることは間違いない。

Mount Kimbie × James Blake - ele-king

 もう3年も経ったんだ。そろそろ新作が出てもいい頃合いなんじゃないか――ちょうどそんなふうに考えていたところだった。そしたら本当にきちまった。
 つい先日 Spotify でスタジオ・プレイリストを公開したばかりのマウント・キンビーだが、そんなかれらが昨晩、突如新曲“We Go Home Together”を配信にてリリースした。しかもその新曲にはジェイムス・ブレイクがヴォーカルで参加している。ポスト・ダブステップの地平を押し広げた両雄の共演となれば、これは見逃せない。アルバムへの期待も高まるね。

3年振りの新曲に盟友ジェイムス・ブレイクが参加!
MOUNT KIMBIE - WE GO HOME TOGETHER FT JAMES BLAKE
緊急リリース!

「ポスト・ダブステップ」という言葉が広く認知され、ひとつの分岐点を迎えたエレクトロニック・ミュージック・シーンにおいて、その主役となったジェイムス・ブレイクもかつてライヴ・メンバーとして在籍し、「彼らのことを追いかけながら自分の流儀を編み出していった」と公言するシーン最重要バンド、マウント・キンビーが、盟友ジェイムス・ブレイクをヴォーカルに迎えた3年振りの新曲“We Go Home Together”をリリース! 写真家/映像作家のフランク・ルボンが手がけたミュージック・ビデオとともに公開!

MOUNT KIMBIE - WE GO HOME TOGETHER FT JAMES BLAKE
https://www.youtube.com/watch?v=Q-7wzb7sRg8

またマウント・キンビーは、ロンドン拠点のネットラジオ局NTSにて、今週より4回にわたって番組のホストを務め、ジュリア・ホルター、ケイトリン・アウレリア・スミス、コナン・モカシン、サヴェージズ、アッシュ・クーシャ、ジェイムス・ブレイクらがゲストとして出演する。

label: BEAT RECORDS / WARP RECORDS
artist: Mount Kimbie
title: We Go Home Together (feat. James Blake)

release date: 2017/04/04 ON SALE

iTunes Store: https://apple.co/2nMLxsQ
Apple Music: https://apple.co/2ortM56
Spotify: https://spoti.fi/2oOLTyt

Klein - ele-king

 チーノ・アモービやムーア・マザーといったアフリカ系の若手がアルカやD/P/Iに影響を受けているのは明らかだろう。それぞれにトラップや2ステップといったリズムを根底に忍ばせがら、その表面は混沌としたコラージュ感覚で覆い尽くされ、そうかと思うと無に近い空間性を自在に行き来する。ベタっとしたノイズに沈みがちなゼロ年代式のノイズ・ドローンがそこにはかけらも残響していない。同じインダストリアル・ミュージックを志向してもゴシックとアシッドの違いがあり、まあ、いってみればノイズでさえもファンキーに跳ね回る。それこそブラック・エレクトロニカとかなんとかいってみたくなるし、女性作家が多いのもひとつの特徴か。ボンサイやンキシ(Nkisi)を始めとする最近のダンス・アクトにもその余波は覆い被さっている。J・リン、OKザープ(Okzharp)、ニディア・ミナージュ……

 それらを併せ持つというのか、アフリカ系にフォーカスしたチーノ・アモービのレーベルから「ボンデージ007」というEPをリリースしていたクラインが、1年ほど前にハート型のメモリー・スティックでリリースしていたデビュー・アルバム『オンリー』がブリストルのレーベルによってアナログ化された(これをようやくリプレスで手に入れた)。セカンド・サマー・オブ・ラヴみたいなジャケット・デザインですよね、これがまた(つーか、もしかしてノイ!の影響?)。ソランジュがサイケデリックR&Bと呼ばれるなら、これはもうフリーク・アウトR&Bとでもいうしかないでしょう。ブリストルが反応するのは無理もない。

 『オンリー』というタイトルには文字通り、彼女の自信が漲っている。新しい音楽というのは、それまで存在していた世界に疎外感を覚えていた人にしかつくれないと僕は思っているけれど、これまでアフリカ系の女性というのはその最たる位置にいたわけで、『オンリー』というタイトルはそうした疎外感をそのまま言い表したものとも言える。実際、なんと描写していいのかわからない曲が多く、スクリューの掛けすぎでドローンとダンス・ミュージックにはぜんぜん壁がないし、クリシェ化したビートもないのに全体に見事なほど統一感を持っているところは驚異的としか言いようがない。チーフ・キーフの影響が感じられる“ギャズ・シティ(Gaz City)”やノイ!がジュークをやっているような“ファイン・ワイン(Fine Wine)”など、先達の影がまったくないわけではないので、無理にまとめればハイプ・ウイリアムスのブラック・ミュージック・ヴァージョンとかなんとか(?)。後半では、このところ懐古趣味にひた走っているアンビエント・ミュージックを強引に未来へと連れ去るようなドローン・ダブが展開され、この世のものとも思えない桃源郷から一気にブラック・ミュージックのメランコリーを凝縮したようなバッド・トリップに突き落とされたり(ここマジでヤバいです)、とにかく想像以上にメンタルがいじくりまわされる。どれだけハートが強いと言われるゆとりでも……まいっか。

 クラインはちなみにナイジェリアにルーツを持つらしく、現在の活動場所はロサンゼルスとロンドンと、ナイジェリアのラゴスだそう。ちょっと脱線するけれど、ナイジェリアの70年代とドイツの70年代というのは、どういうわけか音楽的なピークが重なる時が多く、いわゆる欧米で起きたサイケデリック・ムーヴメントに対して音楽家の反応する速度が同じだったのかなーと。クライン『オンリー』を聴いていると、そういうことも考えてしまう。


Spoon - ele-king

 メタフィジカルなロックンロール、というのは言いすぎだろうか。だが、スプーンほどいまロック・ミュージックをやることの困難に自覚的なバンドもいないと思うのである。本作の1曲め、タイトル・トラックのコーラスはこうだ――「激しい想い(hot thoughts)で頭がいっぱいだ」。それはロックンロールのクリシェなのかもしれない、が、スプーンは絶対にそれをモダンなものとして響かせようとする。どうやって? ――それは録音である。
 バンド名がカンの曲から取られていることからもわかるように、スプーンはミニマリスティックな演奏に音響実験を取りこむことでサウンドを更新してきた。執拗なほど左右に振り分けられた音や、意図的に歪みやノイズが混入されることでざらついたロウな質感を与える試みなどはスプーンの録音における目立った特徴で、7作めとなる『トランスファレンス』はその側面でひとまずのピークを見せたアルバムだった。逆に言えば技巧が技巧として目立っていたとも言えるわけで、前作『ゼイ・ウォント・マイ・ソウル』は熟練のデイヴ・フリッドマンをプロデューサーに迎えることで、よりソングライティングに自然に沿う形でのプロダクションが実現されていた。フリッドマンを再び共同プロデュースとした9作めとなる本作『ホット・ソーツ』は結論から言うとその方向を押し進めたアルバムであり、その水準で言えば相当な高みに達したと言えるだろう。先述の“ホット・ソーツ”を聴けば一発でわかるが、テレヴィジョン譲りの鋭いギターだけでなく、タンバリンや鍵盤打楽器、ハンド・クラップの鳴りのひとつひとつにまでこだわり抜かれている――が、それは曲自体のファンキーさの奥にすっと後退する。ブリット・ダニエルによるしゃがれた声のシャウト――ロック・ミュージックの決まりごとを避け続けてきたことで一周し、ロックンロールの本質、すなわち「hot thoughts」に肉薄せんとする域にスプーンはいる。

 本作のサウンド自体は方法論的にはミニマル・テクノからの影響が目立つ。“ウィスパーアイルリッスントゥヒアイット”のオープニングでループするシンセのシークエンスに顕著だが、あるいは“ピンク・アップ”のダビーなダンス・ビートなどを聴いても明らかにロック以外の音楽に音のヒントを求めていることがわかる。姿勢としてもっとも近いバンドはレディオヘッドだろうが、ただ、スプーンのほうが結論としてはよりバンド・サウンドに落とし込もうとする意志を感じる。リッチなストリングスが彩る“キャン・アイ・シット・ネクスト・トゥ・ユー”にしても、なにやら94年ごろのブラーのようなダンス・ポップ“ファースト・カレス”にしても、コンボ・スタイルのバンドを大きく外れるものではなく、その演奏でよりファンキーなグルーヴが追求されている。スピリチュアル・ジャズのようなサックスが鳴る終曲“アス”はアルバムのなかでは毛色の違うナンバーだが、総じてロック・バンドであることの可能性をディテールを重視しながら拡張するアルバムだと言える。
 その繊細な実践を積み重ねた上で、最良の瞬間は終盤にやってくる。“テア・イット・ダウン”はソウルに多大なる影響を受けてきたスプーンのソングライティングが衒いなく発揮されたナンバーで、ビターなメロディとコーラス、抑揚がきいた演奏が静かな高揚を演出する。「おれたちの周りに壁を作るならそうすればいい/どうでもいい/どのみち取り壊してやる/ただのレンガと悪意/建てるだけ無駄だ/おれが取り壊してやる」――それはロックンロールにおけるラヴ・ソングの踏襲かもしれないし、閉塞的になっていく社会への抵抗宣言なのかもしれない。いずれにせよ、その情熱は普段は秘められているがけっして失われていないのだ。それこそがスプーンのロック・ミュージックである。

 純粋に音の冒険を楽しむのが目的なら現在ロックはもはや限りなく下位にある「ジャンル」だし、時代性や精神性を考慮しても有効ではなくなりつつあるのが現実だろう。スプーンはそのことに真っ向から抗しながらしかし、ひけらかすこともしない。その意志を裏づけるのは音だと彼らは知っているからだ。

special talk : BES × senninshou - ele-king


BES - THE KISS OF LIFE
ILL LOUNGE

Hip Hop

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仙人掌 - VOICE
Pヴァイン

Hip Hop

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 BESと仙人掌というふたりのラッパーがいなければ、少なくとも2000年代中盤以降の東京の街から生まれるラップ・ミュージックはまた別の形になっていただろう。ふたりは恐縮して否定するかもしれないが、これは大袈裟な煽りではなく、厳然たる事実である。BESと仙人掌はそれぞれ独自のラップ・スタイルを発明して多くのフォロワーも生んだ。どういうことか?

 作品や彼らのキャリアや表現について個人的な論や説明を展開する誘惑にも駆られるが、ここでは多くを語るまい。ひとつだけ端的に言わせてもらえれば、余計な飾りつけなしの、1本のマイクとヴォイスとリズムのみでラップの表現を深化させたのがBESと仙人掌だった。ここにその両者の対談が実現した。ふたりを愛するヘッズはもちろん、彼らをまだよく知らない『ele-king』読者の音楽フリークにもぜひ読んでほしい。そして、仙人掌が2016年に発表した一般流通として初となるオリジナル・ソロ・アルバム『VOICE』、BESが3月に出したサード・アルバム『THE KISS OF LIFE』を聴いてみてほしい。『THE KISS OF LIFE』のプロデューサー、I-DeAにも同席してもらった。ふたりのラッパーの物語は、今年20周年をむかえた池袋のクラブ〈bed〉からはじまる。


ラップをあえてレゲエ風にしようとかではなくて、ヒップホップとレゲエが俺のフロウのなかで自然といっしょになっていった。そういう俺の感覚と合致していたのが仙人掌だった。 (BES)

BES from Swanky Swipe feat. 仙人掌, SHAKU“Check Me Out Yo!! Listen!!”

ふたりの最初の出会いをおぼえてますか?

BES:〈bed〉ですね。仙人掌は昔からラップが上手くて、初めてライヴを観てすげぇ食らったのをおぼえてる。それで気づいたらウチに来て遊んだりするようになってた。メシア(the フライ)がまだDOWN NORTH CAMP(以下、DNC)にいたときで、CENJU(DNC)もTAMUくん(DNC)もいた。

仙人掌:最初に遊んだのはその4人だったかもしれないっすね。SORAくん(DNC)もちょっといたと思う。そのとき俺は〈bed〉でライヴしてて、気づいたらタカさん(BES)が「そうとう酔っぱらってらっしゃいますね」みたいな感じでいきなり肩組まれて、「お前、とにかくウチ来い」って。俺、まだ高校生だった。

BES:ははははは。17とか?

仙人掌:そうっすね。タカさんの自由ヶ丘の家にいそいそと遊びに行って、それからホント全部教えてもらいましたね。

BES:教えてもらいましたよ、俺も。ENYCEの読み方とかね。俺が「エニシー」って読んでたら、仙人掌に「いや、違います。エニーチェです」って言われてさ。

仙人掌:ははははは。〈bed〉で〈ELEVATION〉(2001年にスタート、2012年にファイナルを迎えた)っていう長く続いたパーティがあったんですけど、そのパーティの第4月曜日にSWANKY SWIPEと俺らが出てたんですよね。当時はまだSWANKYじゃなくて、SPICY SWIPEって名前でやってましたっけ?

BES:そうそうそう。

仙人掌:SWANKY SWIPEに名前が変わったころになると、〈bed〉の人たちはみんな「ヤバいラッパーはBESでしょ!」みたいな感じだった。DJのサイドMCでバリバリカマしているタカさんをフロアで観てましたね。

BES:〈ELEVATION〉がはじまる前に〈bed〉で〈URBAN CHAMPION〉(1999年スタート、現在まで続く)っていうパーティがあったんですよ。そこで“煽りMC”って言うんですか? それをやりまくって盛り上げまくってた。そこにPorsche(SWANKY SWIPEのDJ)もDJ MOTAI(〈URBAN CHAMPION〉のオーガナイザー)もいた。あとIKDくん(NOISE2 SOUND SYSTEM)もいたね。

仙人掌:Gatchaくん(〈bed〉でおこなわれているパーティ〈the River〉のオーガナイザー)もいましたね。〈bed〉がとにかくヤバいラップの見本市だった。そのなかでSWANKYは俺にとって特別だった。SWANKYが新曲をやると、当たり前にフロアのいちばん前に行っていた。突発的に出演者同士がライヴでヴァースに混ざったり、次のライヴでサイドMCやりあったり普通にありましたね。

BESさんの曲のなかでいま思いつく印象的な曲はありますか?

仙人掌:1曲にしぼるのはなかなか難しいですね。ただ、『Bunks Marmalade』(SWANKY SWIPEのファースト・アルバム。2006年)の前にもたくさん曲があって、“Check Me Out Yo!! Listen!!”でも当時の曲のフックを引用させてもらったりしてますね。ライヴもいちばん観ていたし、当時の印象が強いんですよね。タカさんもEISHINくん(SWANKY SWIPEのビートメイカー/ラッパー)もステージでふらふらで壮絶でしたね。

BES:ははははは。

2006年にSEEDA & DJ ISSOの『CONCRETE GREEN.1(改)』がリリースされて、あのコンピ・シリーズが本格的に動き始めますね。そういうなかで、BESと仙人掌というラッパーはそれまでの日本語ラップとは異なるラップのスタイルを打ち出していったと思うんです。自分たちのスタイルをどのような意識で作り上げていきましたか?

仙人掌:『CONCRETE GREEN』は俺らにとっては“第2段階”って感じなんです。その前があるんです。いちばん最初にタカさんの家でラップの話をしているときに、タカさんが強調していたのは「とにかくノれるラップ、フロウなんだよ」ってことです。「いかに“フロウを崩せるか”なんだ」って。それで、ブーキャン(ブート・キャンプ・クリック)とかいろんなダンスホール・レゲエとかを見て、聴いて、学んでいった感じですね。

BES:昔、レゲエの現場に行ったね。バスタ(・ライムス)もメソッドマンもレッドマンもフージーズもみんなレゲエを使うじゃないですか。俺もレゲエが大好きだったからヒップホップとレゲエのふたつを押さえときゃ間違いないと考えてた。だから、ラップをあえてレゲエ風にしようとかではなくて、ヒップホップとレゲエが俺のフロウのなかで自然といっしょになっていった。そういう俺の感覚と合致していたのが仙人掌だった。あと、SIMONだね。「こういうことするヤツいた! 見つけた!」って。

仙人掌:SIMONは俺と同い年で、18、19のころに出会ってるはずですね。SIMONも当時からずば抜けてヤバかった。

BES:USの流行にただ流されるんじゃなくて、自分の好きなことをやっていたよね。〈SON〉(〈SON OF NINJA〉という〈ニンジャ・チューン〉傘下のレーベル)っていうアンダーグラウンド・レーベルがあって、そういうレコードを〈ギネス・レコード〉とかで買ったりもしていたね。

仙人掌:〈ギネス・レコード〉で日本人のブレイクビーツを2枚買いしたりもしてましたよね。

BES:知らないレコードでも試聴して「かっけー! これ2枚買いだ!」って買ってDJにライヴで2枚使いしてもらってたね。

仙人掌:「このビートはヤバイ!」って反応したときのタカさんの体の動きはすぐわかった。SWANKY SWIPEはライヴで使ってるビートも他と違ってた。俺らの周りでネプチューンズやカニエ、ジャスト・ブレイズなんかにいちばん最初に反応してたのもタカさんだった。ユニークなビートに対しての嗅覚がありましたね。ブーキャンとかの裏ノリを維持しつつ新しいビートのフォーマットにハメていくフロウを作り出していったラッパーは、俺の知る限りでは間違いなくタカさんですね。EISHINくんの存在もデカかったですよね。

BES:超デカかった。EISHINは俺よりもアンテナを広げてるヤツで、のちにヒップホップ以外も大好きになっていって、ソウルを聴きながらチルしてゆっくりする時間を設けたりするようなヤツだった(笑)。ネプチューンズがプロデュースしたバスタの曲が流行ったときにEISHINとふたりでトライトンでビートを作ったりもしたね。

仙人掌:EISHINくん、J・ゾーンが超好きでしたよね。何かと言うと、「J・ゾーン、聴いたか?」って言っていた記憶がある。そういうセンスがすごく面白かった。

BES:グレイヴディガズのアルバムに入ってる、(体を捻らせながら)こんなんなっちゃうようなリズムのビートが超好きで、そういうのをDJでかけたりしてたよね。

仙人掌:俺、EISHINくんとタカさんとの会話でいまでもおぼえていることがあるんですよ。Shing02が『400』(2002年)を出したときに、EISHINくんが「Shing02のラップはキレてる。上手いよね」みたいなことを語っていたんですよ。そういう、変わったリズムへの嗅覚のあるEISHINくんのShing02の聴き方とかも新鮮だった。ラップやリズムの捉え方が圧倒的に独特だった。

BES:俺ら、韻の数とか数えてたしね。例えば「あいう」の母音の単語でヴァースをはじめたら、ヴァースの最後も「あいう」の母音の単語をもってくるとかね。そういう作業もしていたから当時はラップを作るのに超時間がかかった。

SEEDA feat. 仙人掌“山手通り”

SEEDAくんやタカさんやSCARSのラッパーの人たちの何が圧倒的にすごいかって、スピードなんですよ。何が正しい、何が間違っているではなくて、その瞬間をラップでパッケージするスピードなんです。 (仙人掌)

ふたりが共作した曲はいくつもありますが、いちばん最初はどの曲でしたか?

仙人掌:盛岡のDJ R.I.Pさんとの曲ですね。

BES:あれ? 何だっけなぁ。俺、超ド忘れしてるぞ(笑)。

仙人掌:未発表曲だけど、俺も盛岡の人たちもみんな持ってますね。IKDくんの家で録りましたね。

BES:今度聴かせて。俺が当時の仙人掌でおぼえてるのはファボラスの曲のトラックに乗せてラップしてて超かっこよかったことだね。

仙人掌:ああ、ありましたね。それはたしか、〈ELEVATION〉の6周年か7周年のときに作ったエクスクルーシヴ音源ですね。あのときはエクスクルーシヴをかましまくってましたよね。やっとラップを録ることをおぼえたぐらいじゃないですか。

BES:そうそうそう。いまはRECの仕方もリリックの書き方も当時とは変わっちゃってるけど、あのときが基礎になっているね。『CONCRETE GREEN』ぐらいからちょっとスタイルや描写の仕方も変わって、スキル的にも上手くなっていった。

仙人掌:『CONCRETE GREEN』からタカさんもラッパーとして加速していったと思う。レコーディングの仕事も増えていきましたね。〈bed〉の人たちだけじゃなくて、メジャーでやっているようなアーティストからも「BESとSWANKYがヤベえぞ」という雰囲気が出てきた。そこで俺はちょっとさびしい気持ちになるというね(笑)。

BES:ははははは。俺も行く先々でDNCの宣伝をして歩いてたんだよね。「仙人掌っていうヤバいラッパーがいる」ってさ。

仙人掌:SEEDAくんを紹介してもらったのもタカさんの家でしたね。元々SEEDAくんはTAMUくんを昔から知っていて(SEEDA、TAMU、EGUOでMANEWVAというグループを組んでいた)、俺が会ったのはそのときが初めてだった。

BES:SEEDAと仙人掌はその後“山手通り”(SEEDAのメジャー・デビュー作『街風』収録。2007年)を作ったりしたよね。

仙人掌:そうですね。タカさんにはいろんな人を紹介してもらった。

BES:あのカナダ人に会ったことおぼえてる?

仙人掌:え? え? ああぁぁぁー、わかります! うわー!(笑)

BES:俺とSEEDAといっしょに会いに行ったでしょ。

仙人掌:あの双子のラッパーの! 彼に「ラップ持ってないか?」って訊いたら、「ラップ? いまやってやろうか?」って答えてきて、「違ぇ、違ぇ、そのラップじゃなくてサランラップだよ!」って(笑)。

BES:そんなこともあったね(笑)。

仙人掌:タカさんがマックスで危ないときにもいっしょにいたりもしましたしね。3、4日寝てないのも普通だったり、テーブルにアサヒのビールの空の缶がブーーーワーーーッと積んであって、灰皿もブーーワーーーッて山盛のタバコだったり。

BES:鼻地獄だったみたいっすよ。

仙人掌:ははははは。そういうダークな時期もありましたね。タカさんとラップしたり遊んでいるうちに謎の状況に巻き込まれていっしょにタクシーに乗って向かうと、「俺がいるべきじゃない場所にいるかもしれないぞ。ヤベえ……」ってこともありましたね(笑)。そういう意味でもホントにいろんな貴重な経験させてもらいましたよ。タカさんはそういう時期を経て、『REBUILD』(2008年)をリリースしていったんですよね。

BES:『REBUILD』を出したあともまた俺はいろいろ食らっちゃったけどね(笑)。

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俺はタカさんやSEEDAくんにヒップホップ観を変えられたし、俺がラッパーに本気で怒られたのってタカさんとSEEDAくんぐらいなんですよ。だから俺はこのふたりを認めさせたいと思ってラップしていますよ、いまも。 (仙人掌)

SEEDA feat. BES, 仙人掌“FACT”

『CONCRETE GREEN』と言えばいわゆる「ハスリング・ラップ」をシーンに認知させて、定着させたコンピでもありましたね。一方で、BACHLOGICがプロデュースした、BES、仙人掌、SEEDAの共作曲“FACT”(『CONCRETE GREEN.3』収録。2006年)も重要な曲ですよね。

BES:そのころの俺はもうファックドアップでしたね。金があるときとないときが激し過ぎて山あり谷ありで大変だった。子どももできて育てなくちゃならなかったですしね。“FACT”を作ってるときはまさにそういう時期ですね。あの曲は現実を目の前にして困惑する自分も出ている。

仙人掌:あの曲をI-DeAさんの家で録ってるときにちょうど子どもが産まれそうな時期でしたね。「(録音中に)嫁が産気づいちゃったらすみません」みたいなことをSEEDAくんに話してたのをおぼえてます。

BES:“FACT”は思い浮かぶリリックをそのまま書くっていうテーマがあった。『REBUILD』に入ってる仙人掌との“Get On The Mic”は、俺が「そろそろコレじゃダメだ。マイクとラップで生きていこう」という気持ちで作った曲でもありましたね。

仙人掌:だから実際、ハスリング・ラップがどうこうでもないと思うんですよ。SEEDAくんやタカさんやSCARSのラッパーの人たちの何が圧倒的にすごいかって、スピードなんですよ。何が正しい、何が間違っているではなくて、その瞬間をラップでパッケージするスピードなんです。リリックの言葉遣いに迷っていたり、そのころになるともう韻の数を数えてやっていたら……

BES:追っつかないよね。

仙人掌:そう、ぜんぜん追っつかないじゃないですか。そういうスピードが『CONCRETE GREEN』1枚1枚の、あのヴォリュームにもなってると思う。とにかくラップをビートに乗せて、ヤバい表現があって、それが作品なんだっていうラップとヒップホップの捉え方なんですよ。ホントにずーっとフリースタイルしてましたからね。それで作品も作っていく。そういう物事の捉え方とアウトプットとスピードが俺には衝撃的だった。

BES:しかも世に出す作品としてのクオリティが問われはじめるときだよね。

仙人掌:ホントにそうですね。俺はタカさんやSEEDAくんにヒップホップ観を変えられたし、俺がラッパーに本気で怒られたのってタカさんとSEEDAくんぐらいなんですよ。だから俺はこのふたりを認めさせたいと思ってラップしていますよ、いまも。もちろんこれからも。

BES:もう最初に会ったときにすでに認めてるけどね。

“FACT”はI-DeAさんの自宅スタジオで録音したということですけど、当時のことをおぼえてますか?

I-DeA:俺が中目黒に住んでいたときの部屋に2時間おきとかにラッパーが来て録ってました。『CONCRETE GREEN』の1、2、3あたりのSCARS関連の録音は全部俺ですよ。アカペラをインストに乗せて、エディットして、別バージョンを作ったりしていた。でも、ぜんぜん金が入ってこなかった(笑)。「遊びましょうよ」って連絡があって『ウイニングイレブン』をやって、俺が負けたらタダでRECしてましたから(笑)。そうやってRECしていって気づいたら『CONCRETE GREEN』が出てた。『SEEDA'S 27 SEEDS』(2005年)なんかもまさにそうですね。

ラッパーたちの録音の仕方とか、曲で印象に残っていることってありますか?

I-DeA:DNCやSD JUNKSTA周りのラッパーと一気に知り合って、彼らが入れ代わり立ち代わり俺の自宅スタジオに来てひたすら録音していったから、その記憶しかないんですよね。あと、ビートがかかるとみんなでずーっとフリースタイルしている光景は鮮明におぼえてる。俺はラップしないから、「うぜぇなあ」とか思いながら見てましたけど(笑)。でも、いま10年ぐらい経ってあらためて思うのは、お世辞抜きに『CONCRETE GREEN』に入ってるラッパーたちのクオリティやスキルが高かったことですね。関係も近くて当時はそのことにあんまり気づいてなかったけど、レベルが高かったんだなって。

ちょっと前に田我流くんに『別冊カドカワ DIRECT』という雑誌の日本のラップ特集で取材させてもらったんですよ。仙人掌くんも同席してもらって。そこで田我流くんが、『CONCRETE GREEN』はひとつの「ムーヴメント」だったと言っていて、「いまの俺らがあるのは、『CONCRETE GREEN』の勢いがあったから。いままであのジェットコースターの勢いに乗ってやってきたと言っても過言じゃない」って強調してたのがすごく印象的でした。

BES:俺もそうっすね。それに乗っかった感じですよね。当時はずっとみんなと遊んでいたんですけど、生活が変わればサイクルも合わないし遊ぶ時間もなくなる。だから、いま会うのは〈bed〉ですよね。そういえば、当時、SCARS全員が俺らの下でワチャワチャ遊んでた高校生の卒業式のアフター・パーティみたいな会に呼ばれて行ったことがありましたね。親御さんもいて、「これでどうやっていつも通りライヴしろっていうの?」って雰囲気だった。案の定ライヴ後にシーンとなりますよね。親御さんが「いったい、これは何なの?」みたいな顔してたな(笑)。

一同:だははははっ。

辞書も引かなくなりましたね。わざわざ外人のあいだで流行ってるスラングを使う気にもならないし、それでも気になったら人に訊けばいいじゃないですか。それよりも自分が普段しゃべっている言葉でラップを作るほうがいいと考えましたね。 (BES)

JUSWANNA feat. BES & 仙人掌“Entrance”

BESさんは、「勘繰り」や「バッド・トリップ」の複雑な精神状態をラップの表現に落とし込んで、それを他に類を見ないひとつのスタイルにまでしましたよね。

BES:それをやると絡まれるから誰もやらないんですよ(笑)。“かんぐり大作戦”を作って実際に3、4人に絡まれてますしね。

仙人掌:ヤバい(笑)。

BES:まあ、ハスってると勘繰りがたぶんすごいっす。みんなそうだと思います。

勘繰りって物事の裏の裏まで読んでしまうことだと思うんですけど、本人が意図しないものも含めて、そのことによってラップの中にダブル・ミーニング、トリプル・ミーニングといくつもの意味が発生していってそれが独特のドープさになったのかなと思うんです。BESさんと同じ経験をしていなくても、聴く側はそのラップからいろんな想像力を喚起させられる余地を作るというか。

仙人掌:たしかに。それはまさにそうかもしれないですね。

しかも、スラングはあったりしますけど、特別に難しい言葉や単語をそこまで使わないですよね。

BES:そうですね。国語辞典を引いたりしていたのは初期だけですね。パトワ語の辞典も引いてましたね。でも、辞書も引かなくなりましたね。わざわざ外人のあいだで流行ってるスラングを使う気にもならないし、それでも気になったら人に訊けばいいじゃないですか。それよりも自分が普段しゃべっている言葉でラップを作るほうがいいと考えましたね。

仙人掌:タカさんの表現はアメコミっぽい部分もあると思うんですよ。俺とメシアくんとタカさんで作った“Entrance”(JUSWANNA『BLACK BOX』収録。2009年)もそうですよね。現実をただありのままに描写しているんじゃなくて、自分たちが何かと格闘しているというある設定を頭のなかに描いてラップしたりしている。それで、あの曲の最後に「火のついたマイク飛ばす」って表現が出てくる。

ああ、なるほど。

仙人掌:やっぱり人と違う言語感覚がありますよね。例えば、金色(キンイロ)をあえて金色(コンジキ)って発音することで言葉のハネやリズムを良くするとか、そういう感覚を当たり前につかんでるんですよね。仮にダサいラッパーが言葉として良い表現だからっていう理由だけでタカさんと同じ言葉を使ったとしても(言葉が)死ぬと思うんですよ。ただの言葉じゃなくて、倒置だったり、比喩だったり、リズムだったり、そういうのをすべて含めたタカさん独自の言語感覚があるし、ラップなんですよね。俺が最初観たときからそういうセンスや感覚がずば抜けていたんです。

BES:ありがとうございます(笑)。仙人掌も昔から生々しいラップをするし、自分の周りのことを歌っているのが聴いてすぐわかる。こっちもいままでそういう仙人掌のラップにずっとヤられてきたんで。俺がどんなに頭がおかしくなっても普通に付き合ってくれますしね。

仙人掌:ははは。それはホントに勘弁してくれって思いますけどね(笑)。

仮にダサいラッパーが言葉として良い表現だからっていう理由だけでタカさんと同じ言葉を使ったとしても(言葉が)死ぬと思うんですよ。ただの言葉じゃなくて、倒置だったり、比喩だったり、リズムだったり、そういうのをすべて含めたタカさん独自の言語感覚があるし、ラップなんですよね。 (仙人掌)

仙人掌も昔から生々しいラップをするし、自分の周りのことを歌っているのが聴いてすぐわかる。こっちもいままでそういう仙人掌のラップにずっとヤられてきたんで。俺がどんなに頭がおかしくなっても普通に付き合ってくれますしね。 (BES)

仙人掌 feat. ISSUGI & YUKSTA-ILL“STATE OF MIND”

それぞれの最新作を聴いてお互いどんな感想を持ちましたか?

BES:仙人掌は選ぶトラックがやっぱりオシャレだなっていうのはありますよね。

仙人掌:タカさんの選ぶビートは俺にはつねに驚きがありますね。『THE KISS OF LIFE』もかなりヴァリエーションがあるっすよね。

BES:そうだね。作り始めたときは振れ幅があってまとまりのないアルバムにしようと思って。最終的には起承転結のついたアルバムとしてまとまっているけれど、まずはそこまで意識しないで曲作りをしようと思った。次に作る曲のことを考えながらいま作ってる曲をやらないようにした。まず、目の前にある曲に対して思ったことを書いて、完成したら次の曲を録る。そうやって作ったね。(I-DeAを見ながら)先生もそれを手伝ってくれましたね。昔からレコーディングのときに的確なアドバイスをいただいているんで。

仙人掌:B.T.REOくんのビートの曲(“ピキペキガリガリ”)、おもしろいっすよね。ディストーションがかかったようなミックスにしてますね。あれは自分のアイディアですか?

BES:あれは先生のアイディアでしたね。

I-DeA:あれはBESくんのアイディアじゃなかったでしたっけ? BESくんがそういう感じにしたいって言ってたと思う。

BES:もう忙し過ぎておぼえてないっすね(笑)。

一同:ははははは。

MVもアップされている“Check Me Out Yo!! Listen!!”のRECはどうでしたか?

仙人掌:ビートが決まるのもRECも早かったですよね。ふたりでMalikのビートを聴いて「これだ!」って決めて、スタジオ行く前に駅前のマックで1時間ぐらいでリリックも書いた。即行作らないと緊張するんですよ。これまでタカさんと曲を作るとき俺のほうが待たせたこととか多いから。俺も無意識に力が入っちゃうんですよ。でも、俺、タカさんとやるときはラップ、キレてると思うっすね。

BES:たしかにキレキレですね。この曲のアナログも出しますよ。

仙人掌:だから、タカさんとやるときは「このフロウで食らわしてやろう」みたいな気持ちっすね。

SHAKUもかっこいいですよね。

BES:かっこいいっすよね。JOMOさん(〈bed〉のマネージャー/ヒューマンビートボクサー/DJ)に「最近〈bed〉でいい若いラッパーいます?」って訊いたときに名前が挙がったのがSHAKUだったんですよ。自主でCDも出しててかっこいいんですよ。今日、持って来れば良かったな。

仙人掌:このアルバムもそうだし、『REBUILD』も『Bunks Marmalade』も何がヤバいって、ほとんどのメンツが〈bed〉で完結してるんですよ。そうやってフッドを上げることはヒップホップのなかでいちばんかっこいい行為だと思うんですよね。それは何にも代えがたい行為でもあるし、そういうタカさんを尊敬してますね、俺は。

BES:ラッパーとしてのノウハウをおぼえていろんな勉強をして、お世話になってきた場所が〈bed〉だからね。すべてのきっかけとなったのが、俺はあそこだから。俺のホームなんですよ。だから、リリパは〈bed〉でやるって決めてる。今日もこれから〈MONSTER BOX〉でライヴがあるしね。

仙人掌:今日あらためて、普通に、冷静に、タカさんとこうやって話せるの、自分的にヤバかったです。ありがとうございました。

仙人掌“Be Sure”

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