前回の牧野琢磨を承けてのNRQリレー・インタヴュー、第二弾となる今回は二胡奏者、吉田悠樹に登場いただく。前野健太の諸作、穂高亜希子、ツジコノリコから昨年の友川カズキの『復讐バーボン』まで、意外なところに顔を出し、濃い色の歌手の歌によりそい、ときにその色の彩度と明度をきわだたせる吉田悠樹と、吉田悠樹の化身と見紛うばかりの彼の二胡はNRQでは伴奏者の軛を逃れたバンドの声そのものとしてのびのび歌っている。『ワズ ヒア』ではそれが新たな段階に入った、その理由を語る前に牧野くんに訊きそびれたNRQの歩みをさらいつつ、この異能の二胡奏者をかたちづくった音楽遍歴をたどってみよう。
中学くらいのときに、ハイスタ(ハイ・スタンダード)が出てきて、そこを入口にガーゼなどにたどりついたんです。
![]() NRQ - ワズ ヒア Pヴァイン |
■吉田さんにはバンド・ヒストリーをうかがおうと思います。吉田さんは牧野くんとともにNRQのオリジナル・メンバーですが、牧野くんに訊くのもおもはゆいものがあるので。
吉田:(笑)松村さんと牧野さんはちかいですからね。うん、いいですよ。
■牧野くんと最初に出会ったのはいつですか?
吉田:はじめて出会ったのは、普通にお客さんで観に行ったライヴですね。牧野さんはサボテンのサポートでギターを弾いていました。工藤冬里さんも出ていましたね。
■サボテンが好きだったの?
吉田:その日にはじめて観て好きになりました。サボテンには後に2人時代のNRQの企画にも出てもらったりしました。
■吉田さんっていま何歳だっけ?
吉田:32歳です。
■音楽から想像するより若かったですね(笑)! もともとの音楽的な背景はどういったものですか?
吉田:パンク、ハードコアですね。
■でもその頃はパンク、ハードコアの時代じゃないよね?
吉田:いや、中学くらいのときに、ハイスタ(ハイ・スタンダード)が出てきて、そこを入口にガーゼなどにたどりついたんです。
■中学時代にハードコアだったんですね。しかしハイスタとガーゼの間にはいろいろありそうな気がしますが(笑)。
吉田:ありますよ、ヌンチャクとか、中学のときはいろんなライヴに通っていました。それがもう楽しみで楽しみで。
■ジャップ・コアから熱心に音楽を聴きはじめた?
吉田:ガーゼ、レンチ、スライト・スラッパーズあたりで、これだ、と思ったんです。実家が東京なので新宿には出やすかったんですね。
■〈アンティノック〉や〈ジャム〉ですね。
吉田:(歌舞伎町にあった頃の)〈リキッド・ルーム〉にもよく行っていました。あと好きだったのはスーパー・ジャンキー・モンキーですね。
■“ばかばっか”ですね。懐かしい。
吉田:ちなみに『ワズ ヒア』に収録した“スロープ”はあぶらだこに由来しているんです。いわないとだれもわからないと思いますけど。
■あぶらだこの何盤ですか?
吉田:『青盤』(1986年)に“スロープ”という曲があって、タイトルをお借りしました。
■気づきませんでした(笑)。しかし吉田さんがそんなハードコアな青春を送ったとは存じあげませんでした。当時のライヴハウスは怖くありませんでしたか?
吉田:僕はぜんぜんそうは思わなかった。みなさん見た目は怖いけどやさしかったですよ。僕が中学生だったのもあったでしょうね。そこまで若いお客さんはほとんどいなかったので浮いてたと思います。
胡という楽器の音で激しさを表現しているつもりなんです。
■そうなると自分で音楽やろうとなったとき、どういった選択になるんですか?
吉田:高校のときにバンドでギターを弾いていたんですけど行き詰まってギターじゃないなと思ったんです。かといって歌はヘタだったから歌うのもできない。それでいろいろと調べて考えたりしてDTM系にいくか、二胡みたいな民族楽器系にいくかの二者択一になったんです。
■選択肢に二胡が入るくらい、ハードコアと並行してすでに民族音楽も聴いていたということですよね。
吉田:そうです。極端な音楽を聴いて一周して世界各地の音楽にたどりついたんですね。同じようにノイズからぐるっとまわって現代音楽を好きになったりもしていました。
■極端な表現ということで同根だったんですね。
吉田:そうです。それで二胡をやりたいと漠然と思ってたときに、偶然にも大学の先輩に二胡をもらう機会があって。それでじゃあ二胡だなとなったんです。
■思い立っても楽器を修得するには鍛錬が要りますよね。
吉田:その前にギターをやっていたのでわりとすぐにできたんですよね。
■でもほら、二胡はギターより弦の数も少ないし、フレットもないじゃない?
吉田:でもそれくらいしかちがいはないんですよ。
■しかも弓奏じゃないですか。
吉田:細かく話すと二胡をもらう少し前にモンゴルの馬頭琴を習って挫折したことがあったんです。馬頭琴は二胡とは似ているんですが弾き方がちがっていて、指の爪の生えぎわで弦を抑えるのがすごく痛くて。高校のとき、小西康陽さんのラジオ番組でホーミーを知って、興味があったので馬頭琴に挑戦したんですがそうそうに挫折しました。
■最初に買ったレコードはなんですか?
吉田:たまの「さよなら人類」(笑)。
■なるほど(笑)。
吉田:たまは子どももファンが多くて学校ですごい人気でした。後にたまの知久寿焼さんは「自分はパンクだ」って発言をしてたということを知って、やっぱり根源は「パンク」なのかもしれないです。夢はガーゼの〈消毒ギグ〉に出演することです(笑)。ハードコアを聴いていると、極端にうるさくて激しい音楽かもしれないけど、ガーゼには前向きな歌詞が多いんです。「家族を大事にしろ」みたいなまっとうなことを、その激しさで表現するのに感動しました。いま自分はそれを逆に実践しているというか、二胡という楽器の音で激しさを表現しているつもりなんです。
最初は僕の持っていた曲と牧野さんがひとりでやっていた曲におたがい音をつけあって、いま思えばそれはNRQの最小限の形態でした。
■話は戻りますが、サボテンのライヴで牧野くんと面識ができたんですか?
吉田:直接の面識はそのときはなかったんですが、ギターがメチャクチャよかったのは憶えています。これはすごい、ちょっと頭がおかしい人なのかと思うくらい(笑)のキレのある演奏で衝撃でした。それでその後、〈円盤〉で僕が穂高(亜希子)さんと出たときに牧野さんのソロと対バンしたんです。サボテンでギターを弾いていたひとだとは思わなくて、気を抜いて〈円盤〉のCDの棚を物色していたら、アイラーの“ゴースト”を弾きだして「おっ、これは!」と思って釘づけになったんです。それですぐに話しかけた、それがファースト・コンタクトだと思う。
■それは2007年? NRQの結成は2007年となっていますね。
吉田:たぶんその前の年だと思います。僕には当時やっていたパイカルというバンドがあって、それは編成的にはNRQとだいたい同じなんですけど、パイカルは学生時代の友人関係からはじまったバンドなのでやりたいことが先にあったバンドではなかった。だんだんメンバー間のやりたいことのズレが大きくなって、みんなが納得いくかたちで収まらず、CDも結局つくらなかった。バンドがそんな状態の頃に企画したライヴに、牧野さんソロと、服部(将典)さんとギターの青木隼人さん(NRQ『オールド・ゴースト・タウン』ではデザインを担当)のデュオ、その2組を誘ったんです。それはパイカルを2人に観てほしかったのもあったんですね。服部さんとはカナリヤという、ピアノの三浦陽子さんのバンドでいっしょにやっていました。
■いまも継続していますね。
吉田:かなりマイペースですがつづいています。その後にあるライヴで牧野さんを誘って2人で演奏したのがすごくおもしろかった。しばらくしてもう一回デュオでやることになった頃にパイカルが解散して、そのことを伝えたら牧野さんが「じゃあ、いっしょにやろうよ」といってくれた。
■デュオ編成ではなく、バンドにしようという思いはすでにあった?
吉田:そこまで話は詰めなかったですけど、バンドとしてやっていこうということで一致してはいたと思っています。
■NRQのカラーは当然まだないですよね。
吉田:最初は僕の持っていた曲と牧野さんがひとりでやっていた曲におたがい音をつけあって、いま思えばそれはNRQの最小限の形態でした。でもそこにはとくに先行きどうしようというヴィジョンはありませんでした。ライヴの日程を決めて、それに向けてどうしようかと探っていった感じです。バンド名をつけたのはもっとあとですから。
■命名者はどちらですか?
吉田:牧野さんです。ニュー・レジデンシャル・クウォーターズ(New Residential Quarters)、新興住宅地ですよね。僕は多摩ニュータウンだし(笑)。でも長くて覚えにくいので省略してNRQになりました。
■牧野くんも八王子だし。
吉田:それでちょっと字面もいいし、ということですんなり決まり、その名義でライヴをやるようになったのが2007年。
■服部くんが参加した経緯は?
吉田:バリトン・サックスの浦朋恵さんと僕と牧野さんでいっしょに演奏する機会があって、これは絶対ベースがあった方がいいと思って、服部さんを誘いました。ついでにNRQもやってよと音源を服部さんに送ったんです。それで3人で合わせたらもうバッチリで。服部さんとは歌ものも含めていろんなバンドにいっしょに参加していてすでに信頼してたんですけど、NRQではもっと密な感じでできるなと。
それでストリングス隊が3人集まったらドラムがほしくなって、〈円盤〉の田口(史人)さんに「これはドラムを入れるとしたらだれがいいと思いますか?」と訊いてみたら、サム・ベネットか中尾勘二といわたんですね。じつは中尾さんのことはちょっと念頭にあって、うーん、やっぱりそうか、と。そんなときに中尾さんが全バンドに出演する「中尾さん祭」というイヴェントを企画することになって、じゃあついでにNRQにも入ってくださいとお願いしたのが最初です。練習で4人ではじめてスタジオに入ったときにはもうすでに音ができあがっていました。それから中尾さんには最初はライヴのたびにそのつどゲストという感じでお願いしてたんですが、いつの間にか「もう正式メンバーですよね」って(笑)。
■それに対して中尾さんはなんと?
吉田:「はぁ」と。(笑)まあ、NRQにノッてくれるという意味だと勝手に受けとりました(笑)。
[[SplitPage]]みんな作曲するのでいろんな視点が重なってるという点はこのバンドの強みだと思います。
■吉田さんがNRQで書く曲は、牧野くんの曲とはちがう方向から全体を補完する役割を担っていますよね。“ピロシキ”“ボストーク”、今回の“スロープ”も牧野くんの書かなさそうな曲だと思うんですが、それは意識的ですか?
吉田:バンドとして次はこういう曲がほしいな
というのを自分なりにイメージしてつくることが多いです。たとえば自分がお客さんでライヴを見るとなると、僕は飽きっぽいので、支離滅裂なくらいの方が好きなんです。結果的に逆をいく感じになってるかもしれません。
■俯瞰する視点ですね。
吉田:もちろん4人ともそれぞれそういう視点があると思うんですけど、みんな作曲するのでいろんな視点が重なってるという点はこのバンドの強みだと思います。
■吉田さんはいろんな方と共演されていますが、その考えは一貫していますか?
吉田:だいたいいっしょです。でも歌手の伴奏をするのは楽器的にも、自分の技術的にもパターン化しがちなので、最近はあまりやり過ぎないようにしてます。もちろん伴奏は好きなのでもっとやりたい気持ちもあるんですが。またしばらくしたらいろいろとやりたくなるかもしれません。いまはNRQとソロが中心という感じです。ほかのバンドと較べてNRQは自分のバンドだという意識はありますね。4人なので100パーセントではないけど、この4人はバランスがすごくいい、坐りがいいと思うんです。
■『ワズ ヒア』ではそれが2作めまでとはちがう段階に入った気がしますね。
吉田:ファーストはそれぞれの曲をもちよってコマを見せ合ったのが2作めでバンドっぽくなって、サードはそこからさらにもう一歩踏み込んでって感じですね。中尾さんのサックスと二胡がハモる曲も増えてきたし、もちろんギターとベースも含めてそれぞれの楽器の絡みでできることが広がってきた手応えはあります。
■それはミュージシャンとしての熟達ですか?
吉田:バンドでライヴで地道に練っていった結果だと思います。
■ライヴはどれくらいの頻度でやっていますか?
吉田:まちまち、なりゆきまかせです。多いときは月に3~4本あったかな。
■牧野くんは音楽に費やせる時間が減ったから決断し、絞らなければならないといっていましたが、吉田さんはどうですか?
吉田:僕はいままでと同じで(音楽のために割ける)時間はむかしと変わらず……いや、むかしよりは減ってるかな。ちょっと前に結婚したのもあって生活のリズムは非常によくなったんだけど。ひとといっしょにやるのには単純に準備時間をとりにくくなったのはあります。そのぶんひとりでも準備できるソロのライヴが増えてる。
■結婚したことで逆に演奏ではひとりになりたくて無意識にソロ演奏を志向するのかもね。
吉田:それはいま気づきました(笑)。たしかに前よりはひとりでの演奏もおもしろいと思えるようになってきました。スティーブ・レイシーとか林栄一さんとか独奏の演奏を聴くのは前から好きなんです。関島(岳郎)さんのソロもすごく好き。
■関島さんのソロはチューバなんですか?
吉田:チューバだけでなくリコーダーやキーボードを駆使していておもしろいんですよ。
■中尾さんと関島さんはコンポステラ~ストラーダですが、〈Off Note〉のようなレーベルの影響は吉田さんは大きいですか?
吉田:めちゃくちゃ大きいです。学生のときにトニー・ガトリフやエミール・クストリッツァの映画の音楽が好きで、国内で似たような音楽をやっているグループを探したんですね。シカラムータや渋さ知らズの流れで、ストラーダやコンポステラに出会ったのは大きかった。そこから沖縄民謡の大工哲弘さんも知りましたから。大工さんと中尾さん関島さんは〈Off Note〉でいっしょに何枚かアルバムをつくっていていまでもよく聴いてます。
伝統音楽とポップミュージックの融合っていうとなかなか難しいと思うんですけど、〈Off Note〉はどの作品も融合ってことも感じさせないくらい自然に聴かせるサウンドで。二胡で音楽をやるにあたってそのあたりはかなり影響を受けてると思います。
「歌」って声でメロディで歌うってことだけじゃなく、叫びで表現することもあるし、楽器で表現できるとも思うんです。
■NRQのメンバーとしてミュージシャン吉田悠樹として、当面の目標をお聞かせください。
吉田:NRQ的にはまだまだいろいろできるというか。まだのび代はあるんじゃないかと。『ワズ ヒア』では、自分をふくめてこんなことができるのかって発見があったんです。まだいろんな展開はこれからあると思います。
■今回吉田さんが作曲した“スロープ”のほかのもう1曲の曲名を“門番”とつけた理由はなんですか?
吉田:演劇を観た経験からです。〈サンプル〉という劇団があって、そのなかで門番という役が象徴的にあつかわれるのが印象にのこって、それをそのままつけたんですけど、理由らしい理由はとくにないです。
■演劇はよく観ますか?
吉田:たまに観ます。サンプル、五反田団とか、飴屋(法水)さんもすごく好きです。
■服部さんは劇伴をやられてますよね。吉田さんは演劇に音楽をつけたことはありますか?
吉田:五反田団と仲のよい怪談作家に吉田悠軌さんという僕と一字ちがいで同じ読みの方がいらして、吉田さんと怪談のライヴをやったことがあるくらいですね(笑)。
■それは演劇を観にいくのは「物語」に接したいということですか?
吉田:うーん、どうなんだろう。音楽のライヴばっかだと飽きるので、たまには演劇をみたいというくらいで。でもそうやってたまに見る映画や演劇に新鮮に心が動かされて、アイデアを得ることが多いです。
■いままでの話を総合すると吉田さんは知らないものにふれたい欲求が強そうですね。
吉田:自分に確固たるものがないからかもしれないですね。
■そうなの?
吉田:あるとしたら、ハードコア魂じゃないですか。
■(笑)パブリック・イメージにそぐわない決め台詞でしたね。
吉田:いや、ホントそうなんですよ(笑)。「歌」って声でメロディで歌うってことだけじゃなく、叫びで表現することもあるし、楽器で表現できるとも思うんです。
■以前湯浅湾にゲストで出ていただいたとき、湯浅湾の大音量のなかでも吉田さんは自分の「歌」をちゃんと捕まえていましたものね。
吉田:あれはぶっつけでやらせてもらってすごく楽しかったです。歌があったら、その裏にもうひとつの歌があるというイメージがあって、それはぶっつけの方が上手くいくことが多い気がします。
■対抗する旋律というか、そういうものが折重なって雑音になってもひとつひとつちゃんと存在しているのを吉田さんの二胡は表現しているといえますね。
吉田:ヴォーカルと楽器が対等というか、多少は旋律がぶつかっても、それでいいんじゃないかなと思うこともあります。NRQも4人それぞれ旋律が対抗して折り重なったりぶつかったりしても、全体で自然に聴けるみたいな感じでできたらいいなと思ってます。
ラストは中尾勘二氏!
近日公開予定、乞うご期待。












