“男は黙って…”ではコーラスで反論を述べさせる、っていうのをやっているのね。いわゆるゴスペルとかそのへんの基本で、それをやってみたくて。
![]() 鈴木慶一 Records and Memories Pヴァイン |
![]() 鈴木慶一 謀らずも朝夕45年 Pヴァイン |
■『Records and Memories』について、たしかに男と女について語っているというのは、聴いていて感じましたね。そういう意味では女性コーラスの入れ方も念頭に置かれているのかなと。
鈴木:“男は黙って…”ではコーラスで反論を述べさせる、っていうのをやっているのね。いわゆるゴスペルとかそのへんの基本で、それをやってみたくて。
■掛け合いソングですね。「男は黙って明日を待つんだ」っていう一節は、ちょっとした箴言を受け取ったような気持ちになりますね(笑)。
鈴木:そんな強いメッセージ性はないよ(笑)。
■2曲めの“愛される事減ってきたんじゃない?ない”の「年取って 愛される事 減ってきたんじゃないないない?」みたいなフレーズは、ぼやきにも聞こえてきますが。
鈴木:それは(歌に登場する女性が)質問しているんだけど、その相手は他人かもしれないし、自分かもしれないし。
■『図らずも朝夕45年』の1曲めには今作から“ひとりぼっち収穫祭”も入っています。
鈴木:この曲は内輪で人気が高いから入っている。それだけ(笑)。これはすごくややこしくて、女性が歌う歌詞なんですよ。嫌なちょっと怖い女のひと。
■たしかに、「送り先は警視庁の遺失物窓口で なくした私を拾うのよ」って言ってる(笑)。女歌なんですね。
鈴木:女歌も久々に作りました。ムーンライダーズの初期のころはけっこうあるけどね。“夜の伯爵”(『ヌーベル・バーグ』収録)とか。
■慶一さんにとって女性というテーマは大きいですよね。女性から受ける刺激もそうだし、傷といっていいかわからないですけど、精神的な打撃なども含めて。
鈴木:ははは(笑)。それは大きいですね。小学生のころに3、4歳年上のいとこがいて、ポップ・ミュージックを教えてもらったりとか、そういうのがあってね。通った学校すべてが男女共学で、女性が近くにいるのが当たり前だった。サッカーのあとは別だけど、飲みに行くことになって女性がいないと、帰っちゃったりすることもある(笑)。
■女性がいないと楽しくないというより、不自然に思うんですね。
鈴木:なんかお尻が収まらない感じがするよね。人生の局面となるポイントで助けてもらったのは、おふくろだったりします。21年もマネージャーをやってくれているのも女性だし、女性の感覚が非常に大事なんですよ。
女性の感覚が非常に大事なんですよ。
■ホモソーシャルな価値観がお嫌いなんでしょう。日本はいまだにホモソーシャルな社会で、そういう居心地の悪さみたいなものがあるように思いました。
鈴木:それはあるね。要するに、女好きとかそういうことじゃないんです。性的な差別もなくて、女性がいることが当たり前で、意見も普通に聞くし、話も普通にする。そういうのがいちばん日常的な場所。かつては男女がすべて同じだと思ってたの。でも90年代半ばくらいに、「男女に性差はあるんだな。でも同じほうがいいな」って、ちょっと変わるんだけどね。だから男らしくありたいとか、そういうことじゃないくて、性の違いはあるんだな、とは思った。それまで気づかないから、ちょっと奥手過ぎるんだけど。
■女性には素晴らしいところがたくさんあるけれども、非常に付き合いづらいところもないわけではない気がするんですが、そうでもないですか?(笑)
鈴木:はははは(笑)。どうだろうねぇ。たまにはあるんじゃないんですか? そういうものもありつつ、重なるところもあって、お互いに距離もある。それで日々を生きていくことがいいんだと思うんだよね。
■そういう気持ちが“LivingとはLovingとは”に入っている気がして、すてきな曲だなと思います。それから、曽我部くんとの三部作はコンセプト・アルバムの色合いが強くて、そういう余韻も今作には少し感じます。
鈴木:インストゥルメンタルの2曲め(“Memories”)とかは曽我部くんとやった曲に似ていたりもするんだけど。
■“Records” と“Memories”という2曲のインストを入れるところが洒落てるなあ、と。
鈴木:あれは即興ですからね。一発ですよ。曽我部くんのときも即興はあったし、10分くらい録音していて、そこからいいところを選ぶ。そういういろんな手法があると思うんだけど、このアルバムのどこかにはそういう手法の集大成的な部分もあると思うよ。現在のテクノロジーでの最良の部分を使ってね。だからドラムも、あだち(麗三郎)くんが叩いている部分もあるけど、かなり自分で叩いているしね。ドラムを叩くっていうのは、ビートニクスだとまず考えられない(笑)。No Lie-Senseでは相当叩いている。それもあってこのアルバムでもドラムを叩いていて、そこに柴崎ディレクターとの書簡の交換により、「これは生にしたほうがいいんじゃないんですか?」ということになり、あだちくんに叩き直してもらったり。まさに「叩き直し」だなと(笑)。
「川面」と書いて、あえて「かわも」にするというのは、私のなかでは映像なわけ。
■全体的に、ひとつの映画をシーンごとに作っていくような感覚というのも感じられました。
鈴木:とくに歌詞作りの段階では、私の脳みそのなかの妄想は映像なので。(“My Ways” の歌詞の一節で)「窓面」と書いて「まども」にするというのは、私のなかでは映像なわけ。だからみなさんがこの曲を聴き、歌詞を聴き、どう感じるかというのは、私の妄想なのでお好きなように受け取ってくださいと。
■ちょっとテリー・ギリアムっぽいというか。『ゼロの未来』という彼の新作映画が今年日本でも公開されましたが、ご覧になりました?
鈴木:いや、観てない。
■なかなかよかったです。主人公の中年男が天才プログラマーなんですけど、ひとと関わるのを拒んでいて。誰もいない教会で人生の意味を教えてくれる電話がかかってくるのを待ってるんですよね。ただ待っているんだけど、一方で“ゼロ”という数式を解こうとしてチャレンジしている。そこに女性が絡んできて、最後には人生の本当の意味に気づくという。主人公の男は世界に対しては諦念に満ちていて、いまさらどうしようもないし、変えようもない。教会の外に出てみるとあらゆるものが広告になっていて、これを買え、あれを買えとサインを送ってくる。ほとんど現在に近い近未来の光景ですけど。
鈴木:この前、テリー・ギリアムが演出していたオペラをテレビでやってたな。テリー・ギリアムっぽい作品だったね。
■かなり慶一さんの世界とも親和性が高い監督ではないかと。“Sir Memorial Phonautograph邸”っていう曲も、ちょっとギリアムっぽいなと感じてました。
鈴木:基本的には、曲に全部仮題がついていて、“ホリーズ”とか“(ブライアン・)ウィルソン”とか。これは“ウィルソン”だね。コード進行とかがブライアンらしい。それを頭のなかで揉んでいくうちに、屋敷に忍びこんでいくものにしようというようにしたんだな。いろんなものをかつてここから盗みましたよ、って。
曲に全部仮題がついていて、これは“ウィルソン”だね。コード進行とかがブライアンらしい。それを頭のなかで揉んでいくうちに、屋敷に忍びこんでいくものにしようというようにしたんだな。いろんなものをかつてここから盗みましたよ、って。
■最初にそういうイメージがあって、そこから画像が立ち上がってきて曲を作られることが多いのですか?
鈴木:うん。音を聴きながらね。他人に詞を書くときは、まだ曲が完成していない段階で頼まれるんですが、自分の曲の場合は、手がかりを作るには音を聴いていた方がいいんだよね。あと1曲、SEを入れちゃったんで、SE順に歌詞が出てくるやつもあります。“愛される事減ってきたんじゃない?ない”は最初にSEを入れたんですよ。まずは地下鉄の喧噪。自転車とか、車とか、バイクとか。それで権藤くんに連絡して、SEの順番を訊いたんです。その順に歌詞を作っていった。
■それは初めにシナリオがあって、ということですか?
鈴木:そう。なんでこの音を入れたんだっけな、というのを歌詞を作るときに忘れちゃって困ったんですよ。そのときに、そうだ! SEの順番にしようと。“歩いて、車で、スプートニクで”(『アニマル・インデックス』/85年)の続編みたいなもの。
■過去の作品の続編を作る、といった発想で曲を書かれることはけっこうありますか?
鈴木:ごくたまには、ありますね。続編というのは裏のテーマですけど。
■今作のなかでは、“バルク丸とリテール号”というタイトルの意味も最初はわからなくて、「リテール」とか「バルク」という言葉を検索してみたりしました。そうしたら、「リテールは一般消費者向けの〈小売〉のことを指す。対義語はホールセールであり、いわゆる〈卸売〉を指す」とか、ようやく理解できる(笑)。
鈴木:たまたまコンピューターの部品を交換しなくちゃいけなくて、エンジニアの方とやり取りしていたの。MacBookの電源が壊れたので、品番で検索すればいいですよと。そしたら「バルク品」とか出てたの。知ってた?
柴崎:CDの業界だと、ケースがなくて筒の状態で盤だけで納品されることで、たぶん卸売用語でしょうね。
■バルクは「ひとまとめ、一括するという意味。金融機関が保有する不良債権や不動産を第三者にまとめ売りすることをバルクセールという」(笑)。
鈴木:ケースなしってことだよね? バルク品ってことばを知らなかったから、そこで知るわけだよ。それで調べてみたら、反対がリテールだったの。これは使えるなと(笑)。
■それでこの歌詞ができるって謎ですよね(笑)。
鈴木:それで渋谷の話になっている。秋葉原じゃなくてね。
渋谷のB.Y.Gにライヴを観に来た方から、「渋谷をもう一回出してください」というリクエストを受けて、それで「じゃあ出しましょうか」と(笑)。
■渋谷が舞台の曲って他にありますか?
鈴木:『SUZUKI白書』に1曲だけあって(“GOD SAVE THE MEN -やさしい骨のない男-”)、これが続編なんですよ。渋谷のB.Y.Gにライヴを観に来た方から、「渋谷をもう一回出してください」というリクエストを受けて、それで「じゃあ出しましょうか」と(笑)。単にそれだけではじまったのね。
■これはどの時代の渋谷ですか? やはり2015年、現代の渋谷ですか?
鈴木:うん。携帯もってるし。
■この間、本当に久しぶりにB.Y.Gへ行って思ったんですが、20世紀に入って、渋谷にギリギリ残っていた、“記憶のなかの渋谷”と言うべき由緒あるスポットが、櫛の歯が欠けるようになくなっていって、公園通りのジァン・ジァンとか、あるいは松本隆さんが窓際の席で詩を書いていた桜丘町の喫茶店マックスロードとか、掛け替えのないものが消えてしまった。
鈴木:私もあそこで取材を受けました。ミュージック・マガジンが近くにあったので。
■最後の砦は百軒店くらいかなと。
鈴木:しかしあのあたりも変わっているよ。変わっていないのはB.Y.Gとライオンだけだよ。あとはムルギーか。でも道を隔てた反対側は全部変わっているね。あそこは怪しげなバーだったんだよな。偶然にもあとで知ったんだけど、早めに亡くなった私のおじさんがあそこらへんに出没してたらしい。法事のときに80を過ぎたおじさんやおばさんに話を聴くのが面白いよね。それでできたのが、三部作の最後の『ヘイト船長回顧録』(11年)。「天ぷら学生」とか、知らないことばだったからね。だから、歌詞にすることばっていうのは決まっているわけじゃないんだよね。なんでもいいと思う。
“Untitled Songs”で終わられると、なんかお腹いっぱいになるんで、暖炉にあたっているようなものがすっと入っていたらいいだろうな、と思ったんです。
■今作では、やはり5つのパートからなる“Untitled Songs”がいちばん気になります。
鈴木:当初はパート1だけだったんだけどね。パート1は自分にとって濃すぎるんですよ。濃すぎたものの後ろに、ものすごく長いものを付けて別の状況をつけつつ、別の歌詞も入って、はじめに戻って終わるものにしようかなと思ったわけだ。
■パート1だけだと、あまりにも濃すぎて、いろんな想いが溢れてライヴで歌うのが大変そうですね。
鈴木:でもやるかもしれないしね。ルー・リードがウォーホールを追悼したアルバム(ルー・リード&ジョン・ケイル『ソング・フォー・ドレラ』/90年)とかを思い出すね。
■この“Untitled Songs”というタイトルは最初からあったものですか?
鈴木:最初から。初めはパート1だけは、「An Untitled Song」という単数形でメモったものがあるんですよ。でもそれはだめだったので、「un」をとって「songs」に。
■「題無しソング」というフレーズには「台無し」という意味も含まれている気がするし、こうやってすべてを相対化するのも慶一さんならではというか。
鈴木:どうしてもそうしたくなりますね。あとは「かわす」とかね。本来はこれで終わる予定だったんですが、シナトラと呼んでいたもう1曲がラストに入っています。
■この曲は本当に好きです。この“My Ways”って、本当に切ない、いい曲だなって。これを最後に置くのが、このアルバムのすてきなところだと思います。
鈴木:あの“Untitled Songs”で終わられると、なんかお腹いっぱいになるんで、暖炉にあたっているようなものがすっと入っていたらいいだろうな、と思ったんです。最初から曲順も決めていて、最後かなと。しかも“Untitled Songs”の次なんじゃないかなと。それもわりと最後の方でできたんだよね。
■これは歌詞が染みますよ。「これからの 毎日は お別れが 揃う 夜にさよなら 朝にさよなら 数えきれぬ エンドマーク 川面に並んでる 少し消え また増えて 末広がる」という1番の歌詞や、「今までの 毎日は 長い列をなし 背丈ほどが ぶら下がって 鉄路のように土の 一部となっている 何度 掘り返しても 唾を吐いても」という2番の歌詞には、大先輩の慶一さんから見ればまだまだ人生の何たるかを知っているとは言えない世代のぼくも、人生の後半にさしかかってきたので、とくに感じるものがありますね。
鈴木:私はあんなギターを普通は弾かないからね。これはAORな音にしようと。これを作ったときの裏話があって、これはディランの新譜のスタンダード・カヴァー集を小さい音で聴きながら、別の曲を作るというやり方なの(笑)。なかなかいいんですよ。隣でビートルズが聴こえているとき曲を作ったことがかつてあったけど、それが何なのか忘れちゃった。これは確実に、確信犯的にディランの新譜を小さくかけながら、キーボードで作っています。そっちを小さい音量でかけているから、こっちはもう少し大きな音量で弾いているんだよね。つまり情報が分断する。ディランも分断されるわけ。それで誤解して曲を作る。
■今作は、1、2回聴いただけだと聴き手が混乱するアルバムかもしれませんが、何回も聴いているうちに愛着がもてる作品になるんじゃないかな、と思いました。
鈴木:ありがとうございます。歌詞カードを見つつ聴くとかね。
■「莫漣」はわからなかったですね(笑)。
鈴木:そうだ、“無垢と莫漣”は、「丸ビルハート団」って呼んでいたんだ。検索していたら、丸ビルハート団っていう不良少女グループが大正時代にあったみたいで。丸の内のサラリーマンをひっかけて売春すると。この間、アーバンギャルドの松永天馬くんに丸ビルハート団のことを教えたから、次の作品にタイトルで出てくるかもな。天馬くんと話してるとKERAと近いと感じるね。軽音楽部じゃなくて、文芸部とか、そういう感じになる。
■ムーンライダーズ活動休止後、初めてのソロということもあって、ご自身のなかで感慨がおありだと思うんですが。
鈴木:感慨はとくになかったね。これを作り終わってから、ライヴのプレミアムシートに配る7インチ用の2曲を作ったので、私のなかの最新作はもうそっちになっているんだよ(笑)。辛かったのは、最後の歌入れと歌詞のところかな。ちょっと別の仕事とダブっていたのでね。でもユニットとか、プロデューサーがいるのと違って、セルフ・プロデュースの不安はものすごい。いまだに不安だけど。
これは偶然だけど、私がサニーデイ・サービスを意識したのは1枚の写真なんだよね。
■曽我部くんと慶一さんがいっしょにやると初めて聞いたときに、なんて絶妙な組み合わせを考えるんだ! と思いました。曽我部くんにとっては大先輩だけど、慶一さんとは人間的にも音楽的にも親和性が高いだろうから、変な遠慮なしに融合できるんじゃないかなと。
鈴木:たしかに曽我部くんに遠慮はなかったね。こちらも曽我部くんが言うんならそうなんだなと思うもん。
■彼は、はちみつぱいから慶一さんの音楽を好きになっているので、それがかなり大きいのではないかと。どこから入るかでだいぶ感覚が違いますから。
鈴木:これは偶然だけど、私がサニーデイ・サービスを意識したのは1枚の写真なんだよね。ピアノのところにソロで座っていて、チェックのシャツを着てるんだよ。「あ、これははちみつぱいのころの俺の写真だ」と(笑)。まさにそれだと思ったの。
■彼がライヴでカヴァーしているはちみつぱいの曲が、“僕の倖せ”だったりするのが、なおおもしろいなと(笑)。あれは慶一さんではなくて渡辺勝さんが歌っているフォーキーな曲。自分が歌って似合う曲を選んでいるんですよね。ムーンライダーズの曲からは「スカンピン」を歌うとか。三部作の最初のアルバム『ヘイト船長とラヴ航海士』(08年)がレコード大賞の優秀アルバム賞をとったことにびっくりしたんです。「レコ大ってそんなにロックに理解があったっけ?」と驚きましたね。
鈴木:私もソニーの方に「ノミネートされてますよ」って言われて、「あ、そう」って思っていたんだけど、優秀アルバム賞だったから「えー」と。私もすげぇビックリした。翌々年に細野(晴臣)さんとか大貫(妙子)さんとかも受賞したよね。なんかハナレグミをきっかけにそういう流れができたね。それで、賞を授与される式に行ったの。そしたら曽我部くんは革ジャンで来てさ。ふたりでもらうんだけど、レコード協会の会長さんがね「毎日聴いております」って言うんだよ。「ありがとうございます」って返したけど、なんで毎日聴くんだろうな、と(笑)。「最後に鴨長明の『方丈記』の一節を入れたせいだ」とかってふたりで言ってたんだけど(笑)。審査員の作曲家の三木たかし先生が推してくれたらしいんだよ。あのあと亡くなってしまうんだけど、病床ですごく聴いていたというお話は聞きました。
■レコード大賞とムーンライダーズはあまり接点はなかったのに、ムーンライダーズではなくて、ご自身のソロ作品で賞をとったのは、やはり不思議な感じですか?
鈴木:不思議。「まさかぁ」って。挨拶が「おったまげー」ではじまりますから。便利なのが自分のプロフィールで4行はいけるぞと(笑)。あとは同総会に出たときの他人の目が変わるくらいだよ。そこで変わっちゃいけないんだけどね。
ワーカホリックじゃないよ。だっていっぱい遊んでるもん。
■次は映画音楽でそういう慶事があるといいですよね。
鈴木:すげえうれしかったのは、シッチェス・カタロニア国際映画祭っていうスペインの映画祭で最優秀映画音楽賞をもらったんだよね。北野武さんの『座頭市』で。それに出演していた浅野忠信さんが行ってトロフィーを持ってきてくれたの(笑)。そのトロフィーがいかしてるんだよ。『メトロポリス』(27年/独/フリッツ・ラング監督)の(ヒロインの)マリアみたいなんだよね。それからなんの縁か知らないけど、アメリカ人から映画音楽を頼まれてね。これはいまだにどこにも発表されていないんだけど、それは去年。完成した映画を観てみたんだけど、変な映画だったなぁ。
■それはホラーですか?
鈴木:ホラーではないね。女性ふたりがいて、ひとりが森を観測していて、もうひとり灯台守のじいさんがいなくなっちゃう。それでもうひとりの女性が森を観測する装置を守るみたいな話。なんか不可思議だったんだよね。
■そんなふうにアグレッシヴにお仕事を受けるのは、やはりワーカホリックということでしょうか?
鈴木:ワーカホリックじゃないよ。だっていっぱい遊んでるもん。その映画の試写会をアメリカでやったときに、ニューヨークの知り合いが見に行ったんだよね。そしたら「変な映画だなぁ」っていっていたけどね。映画を作ったひとが『マザー』を好きらしいんだよ。あと日本の音楽に詳しくて、メモがいろいろあったね。なんであれがウケたんだろう。
■インターネットの時代になってから、海外のひとたちが日本の音楽を発掘しはじめて、レコードを探していますね。
鈴木:そういう外国の友人がいたりするね。日本に来てSP盤を買い漁って帰ったりとか。
■それこそムーンライダーズとか、日本のポップ・ミュージックを聴き込んでいるひとが海外に現れたと思うんです。
鈴木:逆もあるよね。そのへんのボーダーレス状態はインターネットが推進していると思うけど。おもしろいけど、記録が多すぎるといえば多すぎる。
■いまは自分の基準が見えなくなっているひとが多くなっているかもしれないですね。
鈴木:基準が見えないところで何が生まれるかっていうのは興味深いけど。
■60年代は世界中、ビートルズが基準だから、わかりやすかったですよね(笑)。
鈴木:そうそう(笑)。ビートルズが基準で、70年代はそれがなくなって非常に困るわけだよ。そのときに違うヒーローが生まれるわけで、ミュージシャンのなかではザ・バンドとか。ストーンズは相変わらずやっているし。私は一応基準があった時代にいましたけど、いまではCDを買う基準とかはとくにないね。でもビートルズ『1』がブルーレイで出たら買っちゃうけどさ。ディランのあんなに高いブートレック・シリーズの最新作とかも2万円だけど、買っちゃうなぁ(笑)。グレイトフル・デッドのライヴ音源はCD80枚組とか出てるよね。
亡くなった大瀧(詠一)さんに、私の携帯のアドレスに目をつけられて「お前はやっぱりサイケデリックだな」といわれたんです(笑)。
■日本のポップ・ミュージックを俯瞰で見て、出発点にグレイトフル・デッドがあるひとが海外に比べて少ない気がして、デッドとマザーズがスタートラインにあった慶一さんはそこが大きいポイントだと思います。
鈴木:亡くなった大瀧(詠一)さんに、私の携帯のアドレスに目をつけられて「お前はやっぱりサイケデリックだな」といわれたんです(笑)。「はいそうです」って答えるしかないよね。
■はっぴいえんどの入団試験に受からなかったのは、それも理由のひとつだったんでしょうか。
鈴木:はっぴいえんどは酒を飲まないからな。それはけっこう大きいですよ。俺らは酒を飲むためにライヴをやっていたようなもんだもん。
■今度出る本の話もうかがいたいんですけれど、どうやって作られたんですか?
鈴木:本はインタヴューです。まだ作業中なので内容は見えないんですけどね。いま、ビートニクスとか、作詞についてとか。あとは機材とか、食べ物とか。そういったところに焦点を当てて私が語るものになる予定です。
■ソロに絞ったものなんですか?
鈴木:ムーンライダースについてのインタヴューもありますね。3枚組のアルバムと対をなすイメージですね。
■他のひとへの提供曲についても語っていますか?
鈴木:それはなかったな。途中なので何ともいえないんです。すいません。
■あまり個人史的な本ではないんですか?
鈴木:それも語っているけど、どの部分をピックアップするかによりますよね。王道も語りつつ、なぜか「なぜ私はB級グルメなのか」というところだったり。街中華と駅前食堂というのがあって、その歴史かな。あとはファッション、サッカー、楽器。サッカーとか話したら話が長くなっちゃうからね(笑)。でも全部並列だよ。男女もサッカーも。
王道も語りつつ、なぜか「なぜ私はB級グルメなのか」というところだったり。街中華と駅前食堂というのがあって、その歴史かな。あとはファッション、サッカー、楽器。
■では、恋愛の話もけっこうされている?
鈴木:してるね。恋愛の話に興味もってない?
■いやいや(笑)。余談ですが、慶一さんは『ウルフェン』(81年米/マイケル・ウォドレー監督)というホラー映画がお好きだと。この間、『70年代アメリカ映画100』(13年/芸術新聞社)という本で慶一さんと対談させていただきました。主編者の渡部幻くんも『ウルフェン』が好きで、『ウルフェン』がツタヤ限定でDVDが出ていると慶一さんにお伝えしてください」と言っていました(笑)。
鈴木:わかりました(笑)。覚えておきます。
■あれは『ウッドストック』の監督、マイケル・ウォドレーの唯一の劇映画なんですよね。狼男ものとエコロジーが混ざってる不思議な作品。そういう変わったセレクションが、慶一さんの映画談義には出てくるので楽しいです。
鈴木:『トランザム7000』(77年米/ハル・ニーダム監督)のテーマをTBSラジオでかけるからね(笑)。
■この間、B.Y.Gにうかがったときの1曲めが、『トワイライト・ゾーン』(60年に日本テレビで第1シーズンが放送された際の邦題は『未知の世界』。ホスト役のロッド・サーリングの声の吹き替えを鈴木慶一氏の父君、鈴木昭生氏が担当した。61年から67年までは『ミステリー・ゾーン』と改題されてTBSテレビで放送された)のある回(第92話「死ぬほど愛して Come Wander With Me」)で、カントリー歌手が歌を探しに旅に出て、そこで出会った歌だと。そういうところからカヴァーする曲を選ぶのが慶一さんらしいなと思って。
鈴木:『ブラウン・バニー』(03年米/ヴィンセント・ギャロ監督)でヴィンセント・ギャロが使ってるね。あのサントラに入ってるよ("Come Wander With Me"/JEFF ALEXANDER)。音の現物として初めてちゃんと聴いたのはそれです。曲自体は覚えていたけど、ギャロが使っていてビックリした。それで音源も手に入ってよかったね。それから運よく『トワイライト・ゾーン』の再放送をエアチェックしていました。
■密かにカヴァーしたいそういう曲もけっこうおありになるんですか?
鈴木:まだ探しきれていない曲が記憶にはあるよね。これだけは見つけないと、死んでも死に切れないぞと。
■そういう曲をあつめてカヴァー集とか出されると楽しいですよね。
鈴木:手に入るまではわからないんだよね。東京太郎という私の変名では、河井坊茶さんの“吟遊詩人の歌”をやってますけどね。子どものときから頭のなかで鳴っている曲だったんだけど、三木鶏郎さんの曲だとわかった。
■『Musicshelf』の「鈴木慶一のルーツを探る10曲」と題するプレイリストのなかに、細野さんから教えてもらった曲というのがありましたよね。
鈴木:あれは口笛の曲なんですけどね。おやじの劇団員のひとたちと海へいっしょに行くと、ウクレレでずっと弾いてたのね。あの曲なんだろうなって思っていて細野さんに訊いてみたら、「いま口笛で吹いてみ」といわれて吹いてみた。そしたら「『パペーテの夜明け』だよ」ってね。『南海の楽園』っていうイタリア映画(63年)のサントラだと、あとで知るんだけど。すみやっていうサントラ専門店が渋谷にあったでしょう? そこの店長さんとお客さんの懇親会みたいなのがあったの。そこに俺は行ったのよ。それで「頭のなかで電子音楽が鳴っているんですけどわからない」っていったら、「これじゃないですか?」ってデヴィッド・ローズを教えてくれたんだけど、それだった。各ジャンルのオーソリティがいて、そのひとたちにわからない音楽を訊くとすぐに教えてくれる。あれはありがたいね。
■それもひとつの“レコード・アンド・メモリーズ”という感じですね。
鈴木:自分のなかだけで自分の謎が解けていく、みたいな感じだよね。まだまだありますよ。子どものときに観たアメリカのテレビ番組とかね。
ニューオリンズのリズムを異国情緒に見せていたからな。やっぱりドクター・ジョンの『ガンボ』に尽きると思うけどね。あれはいいショウ・ケースというか。
■さっき細野さんと大瀧さんの話が出ましたが、出発点ではっぴいえんどと出会われて、ライヴにキーボードで参加されたり、もしくはメンバーにならないかという話も出たほど、慶一さんははっぴいえんどの近くにいらっしゃったわけです。細野さんと大瀧さんだと、どちらの方から大きい影響を受けられましたか?
鈴木:(即答で)両方。大瀧さんに「お前は細野派だろ?」っていわれるのも嫌だし(笑)。
■最初のころ、歌い方はかなり大瀧さんに近かったという有名な話もありますが、両方から同じくらい影響を受けられたのですね。
鈴木:あの4人から影響を受けていますよ。大瀧さんからはときどきメールが来たり、何か意見を言われたりしてね。バッキングをやるときのリズム・セクションの作り方は細野さんから学習した。リズム・セクションから作っていってギターを決めていく。まるでポール・バターフィールドみたいだと思っていた。大瀧さんは4人の生ギターを聴いて、「お前、2弦が鳴ってないよ」って言い当てる(笑)。そこまで聞こえてないんじゃないのかって思うんだけど、ひとりずつ弾かせてみると2弦が鳴ってないんだよね。そうやってひとりずつを追求していくんだよ。奇しくも、ニューオリンズのリズムを強力に取り入れたものを、同じ時期にふたりとも作ったね。
■ニューオリンズへの着目は、おふたりともかなり早かったですよね。
鈴木:ニューオリンズのリズムを異国情緒に見せていたからな。やっぱりドクター・ジョンの『ガンボ』に尽きると思うけどね。あれはいいショウ・ケースというか。あれはまさに72年だな。ヒッピーみたいに集団生活をしていたころ。レコードが大量にあったので、ベースの和田くんが高円寺で「ムーヴィン」という店をやっていて、なんでもあったわけだよ。そのなかに『ガンボ』もあった。
■松本隆さんからはどのような影響を受けましたか?
鈴木:隆さんとはいっしょに歌詞を作ったりしている。あがた(森魚)くんの“キネマ館に雨が降る”という曲の歌詞を共作しているんですよ(74年、松本隆プロデュースによるセカンド・アルバム『噫無情(レ・ミゼラブル)』に収録)。時間軸と地平軸で歌詞が飛び回るんだ。自由にいちばん飛び回れたらいい歌詞なんだよ、と隆さんに言われて。そのときに見せてもらったのが“驟雨の街”だったのね。感想を訊かれて、「すごくいいなぁ」って答えたら、「はっぴいえんどが再結成したらこれをやるんだよ」って言ってましたね。そのあと一回録音して、この前のトリビュート盤(『風街であひませう』/15年)で初めて発表されたよね。あれは72、3年だ。
■鈴木茂さんとは同い年ですが、どのような影響を受けましたか?
鈴木:あのあたりに同い年が多いんだよね。林立夫とか、松任谷正隆とか。やっぱり茂の影響はギターだよな。なんでこんな音が出るんだろうっていうロングトーンを出していたから。ライヴだとギターばっかり聴こえるの。のちのちだんだんスライドギターになっていって、ソロでは完全にスライドが中心になっていったよね。『風街ろまん』に茂が歌っている曲があるけど(“花いちもんめ”)、あれを初めて聴いたのは隆さんの家でだった。たまたま隆さんの家にいたんだよね。「これ誰が歌っているかわかる?」「えっ、隆さん?」「違うよ。茂だよ。」って話をしたのを覚えてるね。はっぴえんどに限らず、他のミュージシャンの曲を早めに聴けたんだよ。あれは百軒店時代と言えますかね。リトル・フィートがいいっていうと、バーっと広がる。口伝えだよね。それで実際に聴いて広がっていくんだから。そういう店もあったということですよね。
■最近よく思うんですが、その時代のことを誰かがちゃんと映画にしたらおもしろい作品ができるのに、それを作れそうな監督が日本だと思いつかなくて。
鈴木:あのディランが最後に出てくるやつみたいに?
■そうです! 『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』(13年米/コーエン兄弟監督)。まさにそれです。ああいう映画がいつまで経っても日本でできないのは悲しいです。
鈴木:ああいう映画を観るといいなって思うよな。そこにいる感じになるもんね。
■70年代の渋谷百軒店って格好の舞台だなと思います。
鈴木:まだ残ってるもんね。B.Y.Gの地下は過去の写真をもとにして復元してるからね。
■慶一さんが監督されてもいいんですよ?
鈴木:いや、私は映画はいいです(笑)。音楽を監修するのはいいけど。でもその百軒店のやつは自分と近すぎるから嫌だな(笑)。批評性を失うような気がする。
■でも『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』のように半分ドキュメンタリーだけど劇映画で、ディテールをきちんと考証して作られた映画は海外にはたくさんあるのに、日本だとほとんど皆無なのは淋しくないですか。
鈴木:それは、でもさ、内輪のストーリーを知らないとね。誰と誰が付き合ってたとかさ(笑)。原作に協力はしますけど。
■文句をいわれない原作をぜひ(笑)。
鈴木:作りませんが協力はします(笑)。誰か作ってくれたらうれしいけど。







