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グライムス、彼女もある意味では「KAWAii」の体現者だと言えるかもしれない。本人がそう言及しているかどうかはわからないが、“フレッシュ・ウィズアウト・ブラッド”のPVなどにうかがわれるふんだんな「青文字」系衣装に意匠、きわどい色や東洋モチーフのコミック風ジャケ……日本においては2次元カルチャーと原宿的なものとの間には截然たる線引きがあるが、海外においてはそのあたりざっくりと一括りにされる印象だから、まさに国際化され拡散された「KAWAii」の片鱗がそこかしこにのぞいている。
なにも、そこにきゃりーぱみゅぱみゅの影響がある・ないというようなことを言いたいわけではなくて、由来が何であれ、グライムスはれっきとしたサブカルチャーの発信者であるということだ。その意味で、彼女はただミュージシャンであるという以上に、時代性やそれにくっついたさまざまなノイズを巻き込んでいる。この点では大文字のアートから身を剥がせなくなったビョークは古びて見える。
そして、KAWAiiが、異性を惹きつけるよりも同性間での共感に強く影響されるものであるように、本作タイトルの「アート・エンジェルズ」というのは、おそらくは彼女が彼女「たち」自身の眩しさに対して抱く憧れであり、彼女の自己像でもあり、その両者をあわせての矜持にほかならない。「彼女たち」とは誰か。それは、聴けば瞭然、本作にとっての先達であり共感者たち──たとえば本作にも参加しているジャネール・モネイなど同世代のエッジイな女性シンガー/プロデューサーであり、あるいは彼女が私淑するクリスティーナ・アギレラやカイリー・ミノーグやマライア・キャリーといったきらびやかなディーヴァ、ケシャなど自立したパフォーマンスを行うソングライター、そして彼女たちに対して同じ憧れと共感を抱いて生きる女性たちすべてである。有名無名を問わず、そうした存在へのリスペクトを込めた呼び名が「アート・エンジェルズ」なのだろう。
グライムスことクレール・ブーシェは、そもそものキャリアのスタートをカナダのインディ・コミュニティに発する、まさにD.I.Yなスタイルの宅録プロデューサーだった。チルウェイヴのブームを追い風としたドリーム・ポップの一大機運に同機し、ローファイかつ実験精神旺盛なスタイルで独自のシンセ・ポップを試み、「消費されない」女性プロデューサーたちの存在をあらためて印象づけた。折しもグルーパーやジュリア・ホルターなど、新しい方法を持った女性アーティストが続々と現れたタイミングでもあったが、ブーシェはその中で際立ってポップな存在感を放っていて、たとえばゴスからハードコアにもつながる『ヴィジョンズ』のアートワークなどからは、その極端さがクールなバランスをとって表れているのがわかる。それもまたKAWAiiに通じる感性であったかもしれない。
そうしたポップ・シーンをゆくインディ・マインドが、今作『アート・エンジェルズ』においては超メジャーな音楽性として表出しているのがおもしろい。今回は本当にカイリー・ミノーグでありケシャなのであって、プロダクションから曲の発想までまるでちがう(冒頭の“ラフィング・アンド・ノット・ビーイング・ノーマル”こそ元ゴス少女の面目躍如たる中世や教会音楽のモチーフが引かれた奇妙なトラックではあるが)。一瞬、「そっちに行ってしまったのか……」と街頭やお茶の間で耳にしかねないトラックの列に驚きながらも、しかし、その中にレジスタンスのように“スクリーム”や“イージリー”や“ライフ・イン・ザ・ヴィヴィッド・ドリーム”などが現われて、やっぱりグライムスだなと──アートなりカルチャーの力によってシーンの釘調整を成し得る才ではないかと期待させてくれる。ドレスを血に可愛らしく染めながら、ヒットチャート様のR&Bやヒップホップを旺盛に奔放に取り込んで、歌い、踊り、遊んでいる彼女は本当にキュートで魅力的だ。こんなふうに、インディかどうかという垣根をついついと設定して聴いてしまっているわが身を恥じ入らせる輝きである。
じつにさまざまなヴァリエーションがあり、工夫が凝らされているけれど、台湾のラッパー、アリストパネスをフィーチャーして愛らしくも禍々しい怪ラップを聴かせる“スクリーム”、そしてジャネール・モネイとの“ヴィーナス・フライ”などがもっとも多彩な音楽性をそなえつつ、いきいきと本作を象徴しているだろうか。歌う主体であると同時に歌わせる側にもなれるというブーシェ自身の幅を感じさせるとともに、なにより「アート・エンジェルたち」との交歓でありコラボレーションのエネルギーが充満している。音楽がスタイルを提案できずに、半ば退却的にグッド・ミュージック礼賛志向を強めるなか、エンジェルたちのファイティング・ポーズには勇気をかきたてられる。
ウェブで取り上げきれていない本年重要作は、絶賛発売中の『ele-king vol.17』通称「年間ベスト号」にて。
橋元優歩