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橋元優歩   Apr 18,2011 UP
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 ダブステップの展開の途上で、いつしかビートのないものが生まれてくるようになった、という話を聞いて感心したことがある。ひとつのジャンルがジャンルとして成熟し先鋭化していくなかで、その根本の要素がそっくり無になる......これは非常におもしろい現象であり、真理だ。ビートを突き詰めたらビートがなくなってしまった、と。それは本当に無になってしまったというよりは、過度に徹底された結果の姿であって、いわば「ひとつの究極」。むかし「エロ単語しりとり」というものが仲間内で流行ったが、エロ概念がいつしか先鋭化し、「松」や「峰」などといった、一見どこがエロいのかわからない単語へと変化していったものだ。それはともかく、いまチルウェイヴもまたひとつの極点へと向かっているように見える。

 グライムスことクレール・ブーシェは、まだ20歳そこそこの女性アーティストだが、ウィッチ・ハウスがハウ・トゥ・ドレス・ウェルのつづきをやろうとするような、玄妙にしてエッジイな音楽を作っている。本作はデビュー・フルとなる作品で、発表自体は昨年のものだが、ジャケットを改めたEU盤がこの3月に〈ロー・レコーディングス〉よりリリース、さざ波のように彼女の名が広がりつつある。本人は自らの音を「ゴス・ポップ」と呼んでいるらしいが、たしかにエズベン・アンド・ザ・ウィッチやゾーラ・ジーザスなど、ゴシックなニュアンスのシンセ・ポップが基調となったアルバムだ。

 しかしたとえば"ワーギルド"や"ラーシック"などのもつれるようなリズムとゴーストリーな音像には、ハウ・トゥ・ドレス・ウェル(以下、HTDW)がそうであるように、なんらかの趣味性の中に回収されてしまうことを拒絶した結果が焼き付けられているように思う。ゴシックという世界観や趣味性に安住する音だとはとても思われない。HTDWには「愛」をめぐる沈思と黙考の姿勢があった。グライムスは正直なところよくわからない。曲のタイトルからしてめちゃくちゃで何を言っているのか判然とせず、聴き手を攪乱するいたずらなフェアリーといった趣もあれば、曲の真意や自分自身の心など誰にも見せないという拒絶のサインであるようにも感じられる。しかし他者からの干渉を避け、純粋に自らの思索に没入したい、両者の奥深くにはそうしたモチベーションがあるのではないか。奥へ、底へ、もっと深くへ。ベッドルームに立てこもり、まどろむようにリヴァービーなローファイ・シンセ・ポップを張り巡らせたチルウェイヴは、さらにドアの反対方向へと歩みを進めているようだ。ローファイとはいえドリーミーな心地よさから決して逸脱しないというのがチルウェイヴの流儀に見えたが、HTDWやグライムスはコンプのかけ過ぎで音が壊れてしまっている。意味的にも音的にも、彼らはバリアを増強しすぎてバリアを破る存在になりつつあるのかもしれない。冒頭の"アウター"のリヴァービーなキック音は、まさに雑音だらけのこの世の外(ほか)へと退出せんとする宣言のようにも聴こえてくる。チルではなく、キルするようにあたりをはらう迫力がある。ドアを閉ざし、彼らは別のドアを開けることになるのかもしれない。

 彼女にはまた、ジュリアナ・バーウィックのような実験性もある。バーウィックほど過激ではないにしろ、"サグラド"や"ワールド・プリンセス"で試みられているのは、自らの声の可能性を押し広げることだ。教会音楽的な和声や音の伸張が、無表情なビートに伴われてスタイリッシュに展開されている。いっぽうにギャング・ギャング・ダンス、あるいはハイ・プレイシズとも比較できるトライバリズムがあり、両者がエキセントリックな対比をみせているのもおもしろい。ミステリアスだが、凛々しく意欲的な作品だと思う。こうした方法に触発され、2010年代は女性の一人ユニットが撩乱となる10年になってほしいと思っている。

橋元優歩