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TIMMY REGISFORD
FELA IN THE HOUSE OF SHELTER(CD)
OCTAVE LAB(JPN)
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COSMIC METAL MOTHER
TIME IS NOW
PANACUSTICA(GER)
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TIMMY REGISFORD
FELA IN THE HOUSE OF SHELTER(CD)
OCTAVE LAB(JPN)
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COSMIC METAL MOTHER
TIME IS NOW
PANACUSTICA(GER)
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DERRICK MAY
Heartbeat Presents Vol. 2
LASTRUM / JPN
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DEETRON
Balance 020(帯ライナー付き国内盤仕様)
BALANCE / JPN
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CV313
Second To Forever
ECHOSPACE / US
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RAHAAN
R Music EP
FOUR PLAY MUSIC / UK
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DJ YOGURT & KOYAS
Sounds From Dance Floor
UPSET REC / JPN
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MAXMILLION DUNBAR
Everyday
L.I.E.S. / US
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EQD
Equalized #005
EQUALIZED / GER
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V.A.(SOUNDSTREAM,SOUNDHACK,T.S.O.S.)
Sound Sampler Vol. 1
SOUND SAMPLER / GER
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BUTCH
Butch's Raw Beats Vol.1
REKIDS / UK
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FAR OUT MONSTER DISCO ORCHESTRA
Keep Believing (Can You Feel It)
FAR OUT RECORDINGS / UK
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YODEL
MIX CD
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Da Pench Mob a.k.a.DA PENCH MONTANA
just visit
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ROYAL GHETTO FAMILY
@NEW DECADE 2011.11.19
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紙ele-kingの「0号」に載ったダニエル・ロパーティンのインタヴューを読んで、彼がたとえるところの「歯医者の治療音とその場に流れるBGMのソフト・ロック」という言葉のなかに、三田格が文中で指摘する「ノイズとアンビエントも等価」もさることながら、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(OPN)のユーモア体質を確認した。フォード&ロパーティン名義の作品におけるシニカルな風刺ないしはその低俗さもそれを思えば「なるほど」といった感じである。ところが、アメリカのあるレヴュワーときたら「『リターナル』が(不確実的シナリオを基礎としたオープンスペースの超認識ヴィジョンにおける)ルソー的作品であるなら『レプリカ』はデュシャン的だと言えよう」などと書いている。最初にこの一文を目にしたときに「ルソー的」というたとえをてっきり「社会契約論」のルソーのことだと思いこんで、「おー、そこまで言うかー」と思案してみたものの、考えてみればデュシャンと対比しているわけだから印象派の画家のルソーのことかと理解した。当たり前のことかもしれないが、「Rousseau record」という欧文だけでは我々にとっては人文学者のルソーのほうが身近だと思える(?)......というか、『リターナル』というアルバムはデジタル・ミュージックにおける新たな社会契約論めいた大きなインパクトとして2010年にリリースされている。
そもそも......サンプリングが応用されてから久しい現代のポップには「デュシャン的」な展開はずっとある。卑近な例のひとつを言うなら11年前に咳止めシロップと大麻の幻覚とターンテーブルの実験の果てに他界したDJスクリューが発見した"スクリュー"の急速な拡大がある。ジェームス・ブレイクの"CMYK"もウォッシュト・アウトの"Feel It All Around"も、既製品を面白くいじくることが作品のアイデアの中心にある。そしてOPNの新作『レプリカ』も、ガラクタをそれなりにきちんと陳列した「デュシャン的」作品だと言えよう。歯科医院の摩擦音をはじめ、TVゲーム、くっだらない深夜のムード音楽、音楽ファンからは見向きもされないような安っぽいジャズ......とてもディスクユニオンでは買い取ってもらえそうにない価値のない音ばかりが『レプリカ』ではセックスアピールを持った亡霊のように拾われ、ループとなって、エディットされる。
いかにも欧州的な芸術趣味を押し通すウィーンの〈エンディションズ・メゴ〉でのリリースを経て、どちらかと言えば俗っぽいブルックリンの〈メキシカン・サマー〉傘下に自ら指揮する〈ソフトウェア〉からのリリースということもあるのだろうけれど、たとえば『ピッチフォーク』が収録曲の"Sleep Dealer"を「スティーヴ・ライヒのポップ・ヴァージョン」と形容してしまうように、『リターナル』を起点とするなら『レプリカ』はフレンドリーに聴こえる。低俗さを創造的なポップとして展開することは、それこそレジデンツや中原昌也もすでにやっていることではあるけれど、『レプリカ』という作品はハイプ・ウィリアムスのようなポスト・チルウェイヴ......、いや、ポスト・スクリューという明日に開いている。エイフェックス・ツインの"ウィンドウリッカー"の次を狙っているのは、本当にロパーティンかもしれない。
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![]() Chance Operation Place Kick+1984 Pヴァイン |
1981年に高校生だった人間にとってライヴハウスは受験の帰りにひとりで立ち寄るようなくらい身近で、そして刺激的な場所だった。チャンス・オペレーションもそういうなかで見ている。
セックス・ピストルズの解散とPILの登場は本当にいろいろなものを変えた。ポスト・パンクとは、パンクというロマンに対するアンチ・ロマンでもあったから、ロックの定説はことごとく裏切られ、反復を基調とした冷淡なグルーヴは瞬く間に広まった。UK、US、ドイツ、そしてここ日本にも。チャンス・オペレーションもそういうバンドのひとつだった。
このサイトを読んでいる多くの人にとってのヒゴヒロシとは、DJとしてのヒゴさんだろう。実際の話ヒゴヒロシとは、この20年ものあいだアンダーグラウンドな活動を続けているDJのひとり、幅広い尊敬を集めているDJのひとりである。が、彼が東京のパンク前夜からそこで演奏していた人物であるという歴史が忘れられているわけでもない。ディスコやハウスのDJだって、彼がパンクの人だったことを知っている。チャンス・オペレーションは、ポスト・パンクの時代においてミラーズ解散後のヒゴヒロシが結成したバンドだ。その再発を祝しておこなわれたこのインタヴューは、主にその時代に焦点を当てている。取材には、ヒゴさんに興味津々のDJのメタル君も駆けつけてくれました。
ベースのフレーズを反復して、そしてそれをもとに曲を作ったんですね。だからたしかにベースの反復がもとになっている。それから、必要のない音はどんどん削ぎ落としていくってことも意識してましたね。

■僕にとって今日は、1992年以来の2回目の取材なんですよね。
ヒゴ:ああ、じゃあホントに、いわゆるレイヴ直後?
■そうです。新宿の喫茶店で話したのを覚えてませんか?
ヒゴ:どこだっけ?
■新宿の駅のビルじゃなかったでしたっけ。ちょうどヒゴさんがDJやられた頃で、僕のなかでヒゴさんといえば、ミラーズやチャンス・オペレーション、あるいはスターリンのヒゴさんだったんで、そうとう緊張して取材を申し込んだんですよね。
ヒゴ:えー、そうだったの(笑)。
■いまでこそヒゴさんはDJとして名が通ってますけど、当時はまだ衝撃でしたよね。そこは距離があると勝手に思ってましたし。
ヒゴ:はははは。
■あのときはヒゴさんが〈代々木チョコレートシティ〉で「Water」というパーティをはじめた頃でした。
ヒゴ:そうですね。土曜の夜にね。オールナイトでね。
■日本では最初のジャングルのパーティでしたね。
ヒゴ:結局行ったのが......。
■1991年。
ヒゴ:そう、レイヴの真っ只なかに行ってしまったんでね。最初に現場で聴いたのが当時はハードコア・ハウスと呼ばれたもので。
■そう、ハードコア・ハウスと呼んでましたね。
ヒゴ:だからデトロイト・テクノなんかもその取材のときに野田くんから聴いて「あ、そうなんだ」って思ったぐらいで、当時は僕もまだかじりだてというか、当時はハードコア・ハウス一色だった時代だったから。そのあとになっていろいろ聴きはじめて、デトロイト・テクノなんかも知ったんだよね。
■しかもヒゴさんにレイヴ・カルチャーを教えたのが水玉消防団のカムラさんだったという話をそのとき聞いて。
ヒゴ:そうそう(笑)。
■けっこう上がりましたよ(笑)。で、ヒゴさんのやっていた「Water」に行くと、入口では何かカプセルを配っていたんですよね(笑)。
ヒゴ:あれはちょっとした冗談だったね。ビタミン剤かなんかで。
■「雰囲気だけでも」って入口のひとに言われたんですよ(笑)。
ヒゴ:はははは。
■あれは可笑しかったですよ(笑)。で、まあ今回は、チャンス・オペレーションの再発ということでその音楽と作品が生まれた時代の空気、あるいは2011年におけるチャンス・オペレーションの再評価などについて訊きたいと思います。最初は手の写真の12インチ「チャンス・オペレーション」ですよね。
ヒゴ:そうです。
■僕もあのアートワークがレコード店の棚に入って、雑誌に載ったときのことをよく覚えていますね。まずは今回、チャンス・オペレーションが再発にいたった経緯を教えてください。
ヒゴ:去年の春前かな......ディスクユニオンで〈テレグラフ〉の再発をやりたいという話があって、〈テレグラフ〉だけではなく〈ゴジラ〉もやりたいと。〈ゴジラ〉はじつはこれまでも何回も再発されているんで、まあ、再発のフォーマットみたいなものもできていて、わりとスムーズに〈ゴジラ〉は出せたんです。〈テレグラフ〉のほうは作品数も多いし、毎月のように再発されていって、「それではチャンス・オペレーションも出しましょう」ってなったんですね。チャンス・オペレーションも以前、徳間ジャパンで再発されているんですけど、そのときは最初の12インチと「スペア・ビューティー」という7インチ2枚組の編集盤として出したんですね。
■それって何年ですか?
ヒゴ:うーん、90年代の初頭だったかな? (注:タイトルは『デュアル・ページ』として1990年にリリース)で、まあそのとき徳間から出したCDは、とくにボーナス・トラックもあるわけじゃないし、『プレース・キック』のほうもいちどCD化されているんですけど、そのときもただCD化されただけなんです。だからチャンス・オペレーションに関してちゃんと再発したのは今回が初めてとも言えるんですよね。
■ユニオンはここ数年、ずっと熱心に日本のポスト・パンクの再発をやってますもんね。EP-4であったり、最近ではタコであったり。
ヒゴ:そうですね。僕のほうもずいぶん時間が経っていることですし、未発表の音源なんかも聴きあさってみて、それでたとえば初期の音源なんかも加えるのもいいかなと思ったり。それでマスタリングまではうまく話が進んでいたんですが、デザインの件でユニオンと話が合わなくなったり、スケジュールが迫ったりで、「どうしようかな」と。自分としてはデザインもふくめて余裕をもって出したかったというのがあって、それで結局、Pヴァインから出すってことに落ち着いたんですよね。

反体制が当たり前の時代でしたからね。僕は高校生のときにすでにバンドに夢中になって、集会も身近にあったんですけど積極的に行くようなタイプではなかったですね。ただ、そういう時代のエネルギーはもちろん感じていましたよ。

![]() Chance Operation Resolve Pヴァイン |
![]() Chance Operation Place Kick+1984 Pヴァイン |
■そういえばフリクションが再発されたのって......、もう7年前ですか。ゼロ年代以降のこうした日本のポスト・パンクの再発に関してはどういう風に受け止めてますか?
ヒゴ:チャンス・オペレーションって92年までやってたんですよね。
■やってたんですね。
ヒゴ:じつはやってたんです(笑)。91年にレイヴに衝撃受けて、日本に帰ってDJやってレイヴをオーガナイズしはじめた頃にはまだチャンス・オペレーションをやっているんですけど、しかし、半年後ぐらいには、もう自分のなかではDJやパーティのほうにどんどん興味がいってしまっているんですね(笑)。それでまあ自然消滅ってわけじゃないけど、チャンス・オペレーションはなくなっていくんです。バンド活動そのものは止めてはいないんですけど、とにかく90年代は、チャンス・オペレーションみたいな自分の過去の表現に対しては、それほど特別な感情もなかったのが正直なところなんです。止めてまだ時間も経ってないですからね。だけど、2000年過ぎてから聴いたときには、けっこう自分でも気づくことがあったんですね。
■再発見があったということですね。それは?
ヒゴ:僕はミラーズの2年間だけドラムを叩いていたんだけど、もともとはベースなんですね。3/3のときもそうだったんですけど、チャンス・オペレーションになってまたベースに戻ったんですよね。ベーシストとしての自分が過去を振り返ったときに、いまの自分の原点がチャンス・オペレーションにはあるのかなと思ったんです。当時はそんなことまったく思ってなかったですけど、今回聴き込んで、自分で気がついたっていうかね。なんていうか発見があったんですね。
■古くなってないと。
ヒゴ:古くなってないというよりも、音楽に向かう姿勢、バンドのスタンスみたいなものがこのときにできている......というか、できつつあった。チャンス・オペレーションはメンバーの入れ替わりの激しいバンドだったんですけど、自分のやりたいことがある程度わかっていたっていうか。
■さっきも言ったように僕はチャンス・オペレーションが出てきた頃をよく覚えていて、『Doll』を読んでいるような高校生だったんで、ヒゴさんのインタヴューを読んでジョン・ケイジのチャンス・オペレーションを知ったくらいなんですよね(笑)。
ヒゴ:はははは。
■今回のアルバムのジャケットに使われた写真もよく覚えているんです。当時のヒゴさんのコンセプトは何だったんですか?
ヒゴ:ミラーズ解散後はやっぱドラムでヴォーカルをやりたかったんですね。それでいろんな人たちとスタジオに入るんですが、どうにもしっくりこなかったんですね。
■チャンス・オペレーションは、まず音楽的に3/3やミラーズとは違いますよね。ワンコードで、反復性が高く、感情を抑制して、ストイックな演奏しているじゃないですか。音の変化が確実にありました。
ヒゴ:基本的にはリズム楽器が好きなんですね。ドラムというのは野球でいうキャッチャーみたいなもので、後ろからみんなを見渡せるんですけど、動きに制約がある。ミラーズは自分でギターで曲を作って自分でドラム叩いて自分で歌っていたので、ドラムをステージの前面に出したこともありましたけど、演奏中に動くことはできないわけです。
■それでベースに戻ったんですね?
ヒゴ:いまでもドラムは好きですけどね。でもそのときベースに戻った。ベースラインで曲を作って、そのままステージに立つことができるんですよ。
■チャンス・オペレーションの結成は1980年で、最初のシングルが1981年ですが、ギャング・オブ・フォーやデルタ5といったUKのポスト・パンクからの影響はありましたか?
ヒゴ:直接的にはなかったですね。
■カンやノイは?
ヒゴ:音は聴いていたけど、そこも直接的な影響はなかったですね。
■とはいえ、共通性があると思うんですよ。コード展開がなく、ミニマルで、いわゆるアンチ・ドラマ、アンチ・ロマンで......アメリカにグリール・マーカスという有名な評論家がいますが、彼は当時ギャング・オブ・フォーやデルタ5を「圧倒的なまでの冷静さ、ロマンティシズムに酔いしれない醒めた姿勢」って評しているのですね。それた似たものをチャンス・オペレーションにも感じるんです。INUの『メシ食うな』にも、フリクションにもスターリンにも、そうしたアンチ・ロマンはあったと思うんですね。
ヒゴ:たしかにそうですね。
■ああしたポスト・パンクのアンチ・ロマンな姿勢は、自分が中高生のとき、に夢中になっていた音、70年代末から80年代初頭にあった音だったという印象があるんですよね。
ヒゴ:そうですね。
■あの反復性はまったく古くなっていないのはたしかで、むしろいま、そういうミニマリズムのほうがよりカジュアルになってきているじゃないですか。だからチャンス・オペレーションや『スキン・ディープ』は、いま聴いても説得力があるっていうか。ドラマチックな音楽って、たとえばJ-ROCKなんかがそうですけど、2つぐらいのヴァースがあって、サビがあってって、そうした曲作りとは対極の発想というか。
ヒゴ:やっているほうとしてはそこまで明確に意識的だったわけじゃないですけどね。
■僕は当時すごくびっくりしたんですけどね。やっぱ時代の空気がああいう音を生んだってことですか?
ヒゴ:僕はそっちのほうが大きいと思いますよ。たとえば僕はミラーズの頃はレゲエばっか聴いているんですね。もちろん聴く音楽と演奏する音楽は違うんですが......僕はチャンス・オペレーションのときは、ベースのフレーズを反復して、そしてそれをもとに曲を作ったんですね。だからたしかにベースの反復がもとになっている。それから、必要のない音はどんどん削ぎ落としていくってことも意識してましたね。
■ヒゴさんにとってのモチヴェーションってどこにあるんですか?
ヒゴ:ひとつのスタイルをずっと続けいくことは性に合わないんですよ。だから何か新しいことにトライすることっていうのかな。
■音の追求心みたいなことですか?
ヒゴ:新鮮さばかりを追っているのもどうかと思うんですけど、どうしても新鮮なものに惹かれるんですね(笑)。自分のなかでなにかしらの新鮮さを見つけていかないとつまらないんです。でないと次にいけないし、同じ曲を繰り返し演奏することがなかなかできない。チャンス・オペレーションのときはそれが自覚的でしたね。同じ曲でも演奏のたびにどこか変えてみたりとかしてましたから。
■ロックに対するアンチ・テーゼはありましたか?
ヒゴ:とくに初期の頃はジャズっぽいと言われましたけど、ジャズをやっていたわけではないし、自分としてはずっとロックをやっていたつもりだったんですけどね。だからロックに対するアンチでもないんです。ロックが基本で、でもジャズの好きなところは取り入れたいみたいなことはありましたね。
■チャンス・オペレーションにもフリクションにも、スターリンやINUにも、大きな言葉でいうと、ニヒリズムがあったと思うんですね。無意味さ、虚無を生きるといいますか。どうなんでしょう? "LIMITER SHUFFLE"の歌詞には、「通り過ぎてそのまま 放り投げてグッバイ 揺れて飛びちる 底ナシの季節」という言葉が出てきますが、これなんかも当時の虚無感をよく表しているんじゃないでしょうか?
ヒゴ:はい(笑)。
■歌詞はヒゴさんが書かれているんでしょ?
ヒゴ:そうですね。
■ヒゴさんがどれほどのニヒリストだったか教えてください!
ヒゴ:いやいや、ニヒリストというかね(笑)、僕、もともと電車好きなんですね。電車から音楽にいったんです。鉄道オタクじゃないんですけど、小学校は下北のそばに住んでいて、身近な電車が井の頭線だったんですね。当時の古い車両はいろんな車種があるんです。そうしう車種が好きで、中学校になって中野に超して、そうすると通学で念願の電車通学ができて、小田急にも乗れるようになるんです。小田急もまた車種が多いんです。僕は鉄道車両の設計技師になりたかったほどなんです。そういう機械と科学がすごく好きでね、じつは曲の題材はそういうところから持ってくることが多いんです。
■へー(笑)。電車好きですか! そんな少年がやがて日本のプレ・パンクの3/3でベースを弾くというのも面白い話ですね。ちなみに3/3はおいくつのときでしたか?
ヒゴ:22ですね。
■○△□のことは知っていたんですか?
ヒゴ:高円寺にロック喫茶ができてね、何回か行ったことはあるんだけど、直接はまだ知り合えていなかった。3/3は僕の前に何回かベースが交代していて、僕がバンドで最後のベーシストになったわけですけど。
■3/3は、たとえるならストゥージズへのリアクションみたいなサウンドで、早すぎた日本のパンクだったと思うんですけど、ヒゴさんのなかにもそうしたパンク的な感性はあったわけでしょう?
ヒゴ:それはもちろん。自分で考えて自分でやれってことですよね。3/3の頃から甘っちょろい感じにはなじめませんでしたね。
■その「甘っちょろさ」って何ですか?
ヒゴ:なんかね、自分の人生がこうなったらいいなみたいな気持ちを歌することはできませんでしたね。
■希望や夢は歌にできないってことですか(笑)?
ヒゴ:そうですね(笑)。
■ヒゴさんは世代的には、学生運動が下火になった世代ですよね。
ヒゴ:僕よりも2つくらい前は大きかったですよね。当時、2年違うだけでもぜんぜん違ったんですけど。
■みんなでデモや集会に行くような感じにはなじめなかったってことですか?
ヒゴ:というか反体制が当たり前の時代でしたからね。社会と自分がどう関わるのか、それを問われてすぐに答えることができるようでないとやっていけないような時代でした。僕は高校生のときにすでにバンドに夢中になって、集会も身近にあったんですけど自分はそこに積極的に行くようなタイプではなかったですね。そういう反体制の動きみたいなのが下火になりつつあったとはいえ、ただ、そういう時代のエネルギーはもちろん感じていましたよ。だから音楽は手段だと思ってました。どう生きていくかが重要で、あくまでも音楽はその手段であると。
■ニュー・ミュージックに表象される夢や希望が嫌いだという話ですが、ではヒゴさんにとっての夢や希望とは何でしたか?
ヒゴ:混沌......、宇宙もそうじゃないですか。もとは混沌であって、僕はそのことを納得できるんです。最近ニュースで、宇宙の5%ぐらいがわかったという話を見たんですけど、「いや、それはそうでしょ」っていう(笑)。「宇宙なんか解明できるわけない」って。言ってみれば、混沌を生きるってことですね。
■初期のレイヴはまさに混沌そのものでしたよね。ヒゴさんは、都合よく整理されたものが好きじゃないんですね?
ヒゴ:必要以上に整理されたものは好きじゃないですね。
■デビュー曲が"カスパー・ハウザー・ナウ"ですが、"カスパー・ハウザー"を取り上げたのは?
ヒゴ:それはヘルツォークの『カスパー・ハウザーの謎』を観て。
■素晴らしい映画ですよね。
ヒゴ:本当に素晴らしい映画ですね。あれです。あの、人間の親に普通に育てられなくても、それが幸せ不幸せじゃなくても、それでも人は生きていけるっていうのがね。
■"TOUCH & GO"も音と同時に言葉も入ってくる曲ですが、この曲の主題は? 「くやしいことの始まり......何かを試せる......夜更けていくとき......きわどいことなど......するどいことなど」ということなど、暗示的な言葉だと思うのですが。
ヒゴ:すれすれの状態のことですね。
■それは自分のこと? それとも社会のことですか?
ヒゴ:両方でしょうね。
[[SplitPage]]ハードコア・ハウスはブレイクビーツ、つまりサンプリング音楽なんだけど、構成の仕方がそれまでの音楽感覚とはまったく違うんです。あの無節操さ、「なんで前半でこうなのに、後半はこうなっちゃうの」みたいな、とうてい理解できない(笑)。

![]() Chance Operation Resolve Pヴァイン |
![]() Chance Operation Place Kick+1984 Pヴァイン |
■ファースト・フル・アルバム『プレース・キック』が1985年ですが、結成からずいぶん時間が経って、そして音楽的にはよりダンサブルになっていると言いますか、疾走感、躍動感のようなものがありますよね。こうした音楽面での変化についてお話いただけますか?
ヒゴ:変化というか、とにかくメンバー・チェンジが激しかったんですよね。だからメンバーによって演奏も違ってくるわけだし、とくに初期や中期では、手探り状態をそのまま続けていくって感じだったから。
■ヒゴさんは、80年代の当時いろんなバンドに出入りしてましたが、やっぱシーンにはある種の共同体的なところがあったんですか?
ヒゴ:東京ロッカーズのときははっきりとそれがありましたね。ミラーズのときですね。「いまここではじめなければ」という意識が高い時期だったし、それを複数のバンドが共有してたからね。でも、ニューウェイヴの時期になるとその集まり方も変わってくるんです。音楽性も多様になりましたが、バンドとバンドとのつながり方も変わっていったんですよね。
■もっとドライなった?
ヒゴ:というか、ひとつのバンド単位で物事を考えていくようになった。
■共同体意識が薄れていくんですね?
ヒゴ:そうですね。
■しかも『プレース・キック』が出る1985年にはインディ・ブームがはじまってますからね。
ヒゴ:そうですね。
■チャンス・オペレーションやフリクションがアンチ・ロマンだとしたら、ブルー・ハーツに代表されるようなわかりやすいロマン主義がいっきにライヴハウスを席捲するでしょ。ああいうものに自分たちがどんどん隅っこに追いやられていくって感覚はなかったですか?
ヒゴ:追いやられていくって......。
■あんま気にしなかったですか?
ヒゴ:ぜんぜん気にしなかったわけじゃなかったけど、それまで自分たちがやってきたことを守ればいいって気持ちもなかった。僕は3/3のときにそのライヴハウスの黎明期から知っているんだけど、あのときはものすごい数でライヴハウスとバンドの数が増えていったよね。
■オーディエンスが自分たちから離れていくってことは感じてましたか? ある意味では、多くのリスナーからはチャンス・オペレーションよりもビート・パンクのほうが求められていたじゃないですか。
ヒゴ:媚びたくないっていうのがすごくあって。
■たしかに媚びてませんでしたよね。チャンス・オペレーションのライヴも当時、観ているんですが、本当に無愛想で(笑)。
ヒゴ:たしかにそうですね(笑)。
メタル:踊ってました?
■いや、まだそんなダンスって感じじゃなかったですよね。
ヒゴ:そうですね。
■『プレース・キック』はそれでもダンサブルですよね。"FEEL ROCKER "なんかは代表曲のひとつじゃないですか?
ヒゴ:え、そうかな(笑)。
■僕が勝手に思ってるだけというか、チャンス・オペレーションのなかではキャッチーな曲じゃないですか。
ヒゴ:まあ、そうですね。『プレース・キック』はドラムがイヌイジュン(元スターリン)で、そのことがけっこう大きかったですね。彼は最初にコンセプトを持ってくるタイプで、コンセプトがはっきりしていないとやらないんです。1曲1曲、最初にコンセプトを絵コンテみたいに書いて確認しあってやってましたから。
■8ビートの曲も多いですもんね。
ヒゴ:たとえば"RAZOR BLAZE"なんかは彼のアイデアでね、ちょっと変拍子も入っていたりね。曲の作りも構造的になっているんですよね。
■イヌイさんはいまでも音楽をやられているんですか?
ヒゴ:いや、彼は一級建築士で、大阪で建築の事務所をやっていると思います。僕もずいぶんと会っていないんです。
■どうして『プレース・キック』というタイトルにしたんですか? サッカーからきているんですか?
ヒゴ:「キック」という言葉が好きなのと、あとサッカーというよりも蹴球ですね。もっとプリミティヴな感じ。
■プリミティヴですか。ヒゴさんはこれだけ長年音楽活動しているくらいだから、すごく強い気持ちを持っていると思うんですけど、あんま音楽には出ないですよね。あるいはじつは出しているんだけど、あまり気づかれないだけだとか?
ヒゴ:いや、これはもう性格なんでしょうね。たぶん、みんなが思っているほどストイックではないと思いますよ。
■だいたいハードコア・ハウスですからね(笑)。メタルから見て、ヒゴさんってストイックに思える?
メタル:人間的にはゆるいっすよね。
■快楽主義者だもんね。
ヒゴ:はははは。結局、60年代や70年代にあった強いものが、80年代になって、そうじゃなくてもいいんだみたいな空気がどんどん増えていって、それはホントに違和感を感じてましたけどね。
■時代の変化は、具体的にはどんなところに感じましたか?
ヒゴ:若い世代と話していくなかで、そうしたものは感じましたね。
■長いものには巻かれろ的な?
ヒゴ:もうちょっとやわらかな対応で生きていったほうがいいじゃんみたいな(笑)。
メタル:チャンス・オペレーションはヒゴさんにとってベースの実験ってありましたか?
ヒゴ:そこはあんまないですよ。
■なぜチャンス・オペレーションって名前にしたんですか?
ヒゴ:大それた名前にしちゃったんだけど、要するに音楽の解釈をもっと広げたかったんですよね。
■そこはやっぱアンチ・ロックというか、ロックの文法に飽きたからですよね?
ヒゴ:はははは、まあ......。僕がパンクに走ったときに、昔から知っているヒッピー連中とは決裂してしまうんですね。それがレイヴでまた再会するんですけど、ただ、チャンス・オペレーションの頃はロックの古い考えに関しては異を唱えてましたね。そういったことはたしかにありましたね。
■いまでこそパンクを否定する人ってあんまいないけど、77年当時はパンクにはどちらかといえば批判的な意見が多かったですよね。まともに演奏できないクセにみたいな。
ヒゴ:はははは。そういうのってあったよね(笑)。
■メタルはヒゴさんとけっこういっしょにDJやってるの?
メタル:あ、いちどだけですけど、ヒゴさんはやっぱ面白いですよね。
■そういえばヒゴさんは、ダモ鈴木さんともやられてますよね。
ヒゴ:ダモさんとは、国立の地球屋でやるときにはいつもいっしょにやっていて、もう7~8回やってますよね。
メタル:チャンス・オペレーションのときはダンス・ミュージックということを意識していたんですか?
ヒゴ:そんなに意識してなかったですね。
■でもファンクのビートは取り入れてますよね。そのあたりはいまの耳でも聴けるんですよね。
メタル:そうなんですよ。ディスコ・パンクという言い方は違うかもしれないけど。
■でもその青写真だよね。
ヒゴ:そうかもね。
メタル:当時、ディスコに行ってたんですか?
ヒゴ:行ってないですね。好きか嫌いかと言えば、違うものって感じでした。
■僕も10代の頃はディスコが嫌いでした。当時はライヴハウスとディスコとのあいだにはまだ距離がありましたよね。
ヒゴ:完全に分かれてましたね。
メタル:チャンス・オペレーションでは、ドラムがいないときにはリズムボックスを使ってたということですが、そういうのって、パレ・シャンブルグ的というか。
■あー、なるほど。リズムボックスの使い方とか、やっぱワンコードで引っ張っていくような感じでね。
ヒゴ:当時、僕が聴いてホントに格好いいなと思ったのは、ディス・ヒートでしたね。あれはもう、すごく格好いいと思った。
メタル:それがどうしてハウスやテクノに向かっていくんですか?
ヒゴ:ロックを聴かなくなったのは、80年代なかばぐらいだったんですよね。ハウスも名前は知ってたけど、そんな聴いていたわけじゃなかった。それで、1991年にレイヴの現場のすごいところに放り込まれちゃって(笑)。もうDJがブースのなかで何をやってるのかもわからない。そこでかかっている音楽がいったいどうやって生まれたのかわからない。ただもう、パーティ・ピープルのエネルギーに圧倒されてね......。イギリスのブレイクビーツってホントにすごいんですよ。ブレイクビーツってものに対するイギリス人の感覚っていうか、作り方っていうか、あれはもうね、ホントにすごい。すごい発明だと思うんですね。デトロイト・テクノはマシンでいかにグルーヴを出すのかってことを考えているけど、イギリスのブレイクビーツはそれとは違う発想なんです。ハードコア・ハウスはブレイクビーツ、つまりサンプリング音楽なんだけど、構成の仕方がそれまでの音楽感覚とはまったく違うんです。あの無節操さ、「なんで前半でこうなのに、後半はこうなっちゃうの」みたいな、とうてい理解できない(笑)。
■はははは、いまのベース・ミュージックにもその伝統は生きてますね。でもたしかにあのブレイクビートの無節操さは、リズム楽器の観点から見ても驚きなんでしょうね。
ヒゴ:すごいんですよ。絶対に生のドラムでは再現できないニュアンスなんです。それを確立させて、それをベースに曲を作ってしまっているから、もう太刀打ちできない。独自の世界なんです。
■じゃあ、最後にヒゴさんの近況を教えてください。
ヒゴ:今年がレイヴ体験まるまる20年でね、それでちょっとアンビエント、チルアウトっていうんじゃないけど、いままでとは違った視点でパーティをオーガナイズしようかなと思ったんですよね。それで「1968」っていうパーティをはじめました。これはまあ、サイケデリックをテーマにしてやっています。ジャンルとか時代も関係なく、サイケデリックを感じさせるもの。
■それは楽しみですね。じゃあ、今日はどうもありがとうございました。
ヒゴ:まだ話していいですか(笑)?
■どうぞどうぞ(笑)。
ヒゴ:あとね、1997年から「DIP AURA」というダンスのパーティやっていて、もう90回近くやっています。来年の1月21日に中野のヘビーシックでやるんですけど、ゲストで、ダブ・スクワッドのライヴが入ります。
■じゃ、まさに「Water」の。
ヒゴ:そう、ダブ・スクワッドは「Water」に遊びに来ていた連中なんですよね。ダブ・スクワッドは彼らがそれをやる前から知っているんです。
■わかりました。じゃあ、そんな感じで、今日はありがとうございました。
ヒゴ:いや、まだ告知があるんですけど、12月17日の土曜日なんですけど、新宿の〈BE-WAVE〉というところで、「HARDCORE MESSENGER」といって、じつはこれはハードコア・ハウスをメインにかけるパーティなんです。ああいう音って、あの頃にしか作られていないんですね。「Water」ってパーティをいっしょにやっていたDJ フォースも出るんです。
■へー、それは楽しみですね。1991年ぐらいのレコードっていまでも中古で高いじゃないですか。ゾンビーって人が数年前に1991年当時の機材のみを使ってハードコア・ハウスの作品を出しましたけどね。
ヒゴ:へー、そうなんですか。
■いま、あの時代の音がまた脚光を浴びているんです。そういう意味では「HARDCORE MESSENGER」は良いタイミングですね。
今回リリースされる『Resolve』は2枚組で、「カスパー・ハウザー・ナウ」「チャンス・オペレーション」「スペア・ビューティー」の収録曲に、ライヴ音源が14曲、スタジオ未発表が1曲入っている。『Place Kick+1984』には、オリジナル・アルバムにライヴ音源1曲とカセット作品から1曲を加えている。PILが再結成するようないま聴くと、なるほど、この音は2011年に響く音だと納得する。

いよいよ今週は本サイト『ele-king』のイチオシのひとり、バス君の登場。デイデラスやビョークのIDM好きの人とか、あるいは初期のマニー・マークがグリッチを試みたとしたら......LAからやってくるバス君は、〈アンチコン〉レーベルが見いだした素晴らしい才能です。アンダーグラウンド・ヒップホップの鬼っ子だった〈アンチコン〉が送り出すドリーム・ポップとも言えますが、そのメッセージは混沌とする現代社会への鋭いメッセージでもあります。ジェームス・ブレイク、そしてカリブーが好きなリスナーもぜひ注目してみてください。
22日にはDOMMUEにも出演。また、24日の代田橋FEVERでは、アルバム『言葉の泡』が話題のPhotodiscoもライヴ出演します。
バス君のメッセージは、たとえば次のようなものです。
![]() Baths Cerulean Anticon |
2011.11.25(金) 新代田 Fever (All Night)
"Tugboat presents Baths Live in Tokyo 2011″
OPEN 24:00 / START 24:30
ADV¥3,500(+1Drink)/DOOR¥4,000(+1Drink)
opening act: Sodapop (anticon. label Manager)
出演: Sodapop / Baths / Photodisco / cokiyu
※ご注意 / 要身分証明書 https://www.tugboatrecords.jp/category/event
文筆業に片足を突っ込んでいると、つい気が大きくなってしまうことがあるが、例えば、うっかり「世界」などという言葉を使ってしまったとき、私はそれが何を指した言葉なのか、わからなくなることがある。この星に暮らす70億人の営み、その総和をひとまずは「世界」と呼んでも良さそうだが、原理的に言えばその途方もなさを個人が語ることはできない。世界は知ることができないし、私たちは誰とでも繋がれるわけではない。そうした「わからなさ」や「繋がりのなさ」に耐えることが、知性というものに求められる前提なら、踊ってばかりの国が掲げる『世界が見たい』というスローガンは、単なる未熟か、反成熟か、それとも。
1995年以降の15年間を指す「広義のゼロ年代」(東、2009)において、あらゆるジャンルでミニマリズムが進行したように、この国の若年層に受容される音楽の場合、いちど築いたスタイルをひたすらウェルメイド化させていくだけの保守思想(いわゆる「ギター・ロック」の変奏)が罷り通り、フィッシュマンズが1996年に「空中キャンプ」で極まった影響もあるのか、内容的にも、端的に言えば村上春樹的な「僕」、すなわち「君を感じる僕」しかいなくなってしまった。Radwimpsの影響力は私たちの想像よりも根深いようで、The Mirrazなどにも余波はおよんでいる。それらは、広く言えばすべて固定ファンのための「癒しの音楽」であった。
『グッバイ、ガールフレンド』でシーンに現れたとき、踊ってばかりの国はあまりに無防備だった。忌野清志郎などのロック・レジェンドへの参照の濃度が裏目となったのか、たちまちロックの玄人たちの手によって審査台にかけられ、執拗にその隅々まで粗を探された挙句、「贋」と言ってあっさり却下されたのだった。私もそうした立場にいた。しかし、表題にもあるとおり、それはグッバイした「ガールフレンド」に向けられたものであったのだろうし、せいぜいその「歌唄い」の顔を知っている身の周りの人間のために作られた音楽であったのだろうと思う。それが結果として、全国の流通に乗った作品だったとしても、だ。それはある特定のコミュニティに専属する音楽だった。例えば、彼らの重要な参照点であるデヴェンドラ・バンハートがかつてそうであったように。
実際、本作は『Smokey Rolls Down Thunder Canyon』(バンハート、2007)を想起させる。微睡むようなサイケデリック・フォーク、オーソドックスなフォーク・ロックを軸に、ブルーズ、カントリー、バンハートを経由しての非・西洋音楽のリズムがあり、そこに、忌野清志郎やザ・ストロークスがブレンドされ、アルバムを締めくくる「セレナーデ」ではヴァンパイア・ウィークエンドとハード・ロックが折衷されている。こうした無節操は、インターネットでサウンド・ホッピングを繰り返す私たちのような世代からすれば、特段悪趣味ではない。何より、歌がいい。バンハートの歌は、悲しみを何らかの達観が凌駕したような、そんな歌だった。私たちはそのレイドバックしたアシッド・サウンドのなかで、悩むことも忘れて日々の悩みを泡にすることができた。
いっぽう、下津のそれは、諦めが悪いと言うか、往生際が悪いと言うか、とても達観しきれない。自意識としての「君」でも、固定ファンとしての「あなた」でもなく、自分とは違う世界に向かって何かを訴えているようだ。「世界が見たい」「言葉も出ない」は、その意味で彼らの新境地と言える。踊ってばかりの国は、いまや、特定のコミュニティで徒党を組む為の音楽ではない。人はそれを開き直りと言うのかも知れないが、「言葉も出ない」で激情は臨界する。それは、「何も持たずに生まれ落ち 愛だけを手に去っていく」(ザ・ストリーツ、2008)の続きとして書かれた科白のように、この世の不条理を呪いながらも、違う世界の「あなた」との再会を求めて止まない、抗議のようだ。下津は声を張り上げて歌う。「また笑って会いましょう 生きてたら......」
「素朴な未熟と、矛盾を孕むものを肯定する反成熟の違い」(白井、2009)の議論を汲めば、「矛盾があるのは重々理解できるが、そんなもの簡単には肯定はできない」というやさぐれの態度を決めてみせる踊ってばかりの国は、いま、「反成熟」ではなく、いわば「半成熟」としての音楽としてここにある。もはや、『SEBULBA』を牧歌的に作ったバンドのフォーク・リヴァイヴァルではない。パッケージには、ご丁寧にも視力検査シートが付いている。世界に対する、あなたの「視力」を試しているようだ。紛れもない。これは抗議の音楽である。そこらじゅうの点在する、世界中で引きこもる「あなたとあなた」に向けられた。
グレッグ・フォックス......日本ではまだ名前が知られていないかもしれないが、ブルックリンの音楽シーンにおけるキーパーソンのひとりだ。元リタジー、ダン・ディーコン・アンサンブル、ティース・マウンテン、ボアドラム、最近ではガーディアン・エイリアン、GDFX、マン・フォーエヴァー、llllなどなど、その活動領域も幅広い。ブルックリンの音楽シーンにおいて、かなりの重要な位置にいることは間違いない。つねに複数のバンドに参加しているし、ショーもオーガナイズしている。今回のウォール街における経済格差抗議運動デモ(占拠運動)でも真っ先に動いたいのがグレッグ・フォックスだ。
私が彼を知ったのは2年ほど前のことだ。ダン・ディーコン・アンサンブルをブシュウィックのサイレント・バーンという会場に見に行ったときだった。彼はドラムを叩いていた。私はその超人的なドラム・テクニックに、ただ圧倒されるばかりだった。
彼はシェア・スタジアムBKというDIY会場のブッキングもしていて、私も参加させてもらったり、バンドを見に行ったりしていた。多くのミュージシャンから彼の評判は聞いていた。いつかじっくり話してみたいと思っていた。
彼は素晴らしいミュージシャンであると同時に、凄腕のビジネスマンでもある。関わるバンドはどんどん大きくなっていくし、そして次から次へといろんなバンドに参加している。
9月17日、「Occupy Wall Street(ウォール街を占拠しよう)」を合い言葉に、若者たちによるウォール街のデモがはじまったときだった。グレッグからまわりのミュージシャンに呼びかける手紙が回って来た。彼がどのように感じていて、いま自分たちが何をすべきで何ができるか。その話題は避けて通れなかった。それぞれがそのために何かしなければと考えはじめた。そして私は、この機会に彼に訊いてみることにした。「ウォール街デモと音楽に関し訊きたいことがあるんだけど」と尋ねるとツアー中にも関わらず快く、「何でも訊いていいよ」とすぐに返事がかえってきた。
ウォール街のデモは、いま起こっている、国際的な革命を表明していると思う。この世界にいる人はみんなひとつの地球を共有していて、みんな共有物のなかのひとつで、みんな本当の意味でひとつであるということにいままで以上に気づかされていると思う。
■ele-kingのインタヴューにお答えて頂いてありがとうございます。音楽が三度のご飯よりも大好きな人たちが集まる音楽ファンのためのサイトです。まずは自己紹介からお願いします。
グレッグ:こんにちは、この機会をどうもありがとう。僕の名前はグレッグ・フォックス。ニューヨーク・シティ生まれ、ニューヨーク育ちでいまはニューヨークのクイーンズに住んでる。僕のメインの音楽フォーカスはドラムだけど、他の楽器もたくさん演奏しるよ。エレクトロ・ミュージックも作っているんだ。いま関わっているプロジェクトは、ソロのGDFX、ガーディアン・エイリアン、マン・フォーエバー、IIII (w/ヒシャム・バルーチャ、ライアン・ソウヤー、ロブ・ロウ、ベン・ヴィダ)。最近DJドッグ・ディックの新しいアルバムのドラムをレコーディングした。これから一緒にツアーにもいくみたいだね。
別のプロジェクトも進んでいて、いまはまだあまり話せないんだけど、かなり楽しみだよ。過去には、ダン・ディーコン・アンサンブル、ティース・マウンティン、リタジー、ボアダムスのボアドラムなど、いろんなバンドでプレイしていたよ。いまはガーディアン・エイリアンというバンドで、同じブルックリン出身の友だちバンドのドリーブスとツアー中。たったいまはアラバマ州、バーミンガムのボトルツリーという会場のトレイラーの前に座っている。そろそろ最初のバンドがスタートする頃じゃないかな。
■ウォール街のデモについて訊きたくて、あなたにインタヴューを申し込みました。ウォール街デモの動きに関するプロジェクトを進行中だとか? それについてのあなたからの手紙が回ってきたのですが、この辺について詳しく説明してもらえますか?
グレッグ:ウォール街のデモがはじまったとき、僕はツアー中だった。とはいえ僕は『アドバスターズ』という雑誌の定期購読者だから、それが起こることは事前に知っていたんだ。彼らはその1ヶ月前からそのことについてよく話していたからね。ツアーから家に帰ってきて、ウォール街デモの中心地となった公園で過ごしていた友だちに会った。で、一緒に見に行ったら、たぶん、公園に着いて5分も経たないうちにキッチンで働いて、食事をサーブしている自分がいたんだよ。その週はその公園で食事をサーブしてほとんどを過ごした。
その後、ショート・ツアーがはじまり、そこを出てツアーで多くの時間を過ごさなければならなくなった。しかし、そこで働いているほかの友だちをチェックして、できるだけオーガナイズできるようにしたんだ。時間があるときはグループ・ミーティングにも参加した。ウォール街デモのキッチン部隊にはツイッター・アカウントがある。もし誰かフォローしたい人がいれば、@OWS_Kitchen だよ。
それから僕は、ニュー・パーティ・システムという、音楽に関連したワーキング・グループをディビット・ファーストとバーナルド・ガンと一緒にキュレートしている。ニュー・パーティ・システムはふたつのミッションがあって、1.ウォール街のデモの動きに対してベネフィット・ショーをオーガナイズしてまだこの動きを意識していない人びとに、何らかの形で加われるように気づかせる。2.ニューヨークのミュージシャンによる、オリジナル・レコーディングをシリーズでリリースして、ダブルで、この動きのためのお金をレイズし、同じ考えを持ったミュージシャンをあつめて、コラボレーションをすることでいわゆる「大きな波」を持ってくる。そうすれば、僕たちひとりひとりがやるよりも、もっとたくさんの人に伝えることができるし、アーティストが一緒に創造すると集団としてもさらに重みがでる。大きな波になって、もっとたくさんの人に伝わると思うんだ。最近、ハード・ニップスのエミとウォール街のデモについてよい話し合いをしたんだけど、彼女が使う「大きな波」という暗喩がとても好きだった。
■なぜこのプロジェクトをはじめようと思ったのですか? また、このデモに対してはどう思いますか? まだ日本ではこの動きに関してあまり知らない人もいるので、詳しく説明お願いします。
グレッグ:いまはこの動きについてはっきり「何」とは言えないけど、個人的にこのウォール街のデモは、いま起こっている、国際的な革命を表明していると思う。この世界にいる人はみんなひとつの地球を共有していて、みんな共有物のなかのひとつで、みんな本当の意味でひとつであるということにいままで以上に気づかされていると思う。
インターネットは僕らがひとつの大きな脳であるということを潜在的に気づかせてくれると思うし、僕たちは一緒になって、世界を自分たちのしたいようにすることができる。テクノロジーは地球がよりユートピアな状態にあることを気付かせるために存在する。僕らを阻止するただひとつのものは国際的な貨幣市場システムなんだ。ウォール街の動きは避けられない反応で、ドル社会の世界経済で利益を得て、支配力を増やす人たちの権力への巨大な伝達だと思う。彼らは人びとへの興味の代わりに、利益のために、政治的、経済的決定を指示する。もし、権力構造や経済オリエンテーションの改革がすぐにおこなわれなかったら、自分たちで惑星を完璧に破壊することになる。
BPの流出から福島の経済的危機、終わりのない戦争......たくさんの国際的な危機が発生している。それらは莫大で、汚れた権力機構を維持する利益のために動かされている。とくにアメリカでは、僕たちは長いあいだ自分が実際に見たものではなく、恐ろしいメディア支配下で見させられ、そして生きている。僕たちは戦争、暴力のイメージで充満させられている。メディアは僕たちを初心者向けに易しくさせ存続させるたの宣伝機関のように見える。そのメッセージは、基本的に「批判的に考えるな。口を閉じろ。役立たない物を買い続けなさい」と言っている。このメッセージは、ポップ・ミュージック、宣伝、ラジオなどの新しいメディアにも届いている。だから今回のウォール街の動きは、こうした権力や金、メディア機関に対する脅威だよ。警察が抗議者を殴りつけ、野営地を取り壊し、市民の市民権を破っている。そしてこれが明らかなのに、彼らの行動はニュース番組からは削除される。
だが、僕たちに対する暴力が酷くなれば酷くなるほど、この動きのための理解や同情は大きくなる。すべてのインターネットをシャットダウンしなければこれらの情報を取り入れることはできない。むしろ逆に、権力機構がどれだけ腐っているかを知ることになる。僕は、ウォール街の動きを赤ちゃんが床でハイハイしたり乗り物での年月を過ごしたあとに歩き方を習うような、その運命を目覚めさせる人間性の一部と見ている。僕たちはひとつで、僕たちの集合体は「変える」力があると気付いている。もう避けられないと思う。
アメリカの60年代を思い返したとき、音楽と政治的な能動主義は一心同体だった。僕たちはウォール街デモの動きを通して、政治と音楽との新しい関係性をいま見つけていると信じている。政治的ステートメントに参加することはアーティストの責任であると強く思う。直接的な行動か、発言という形なのか、もしくは現状のままいまのラインに沿って働くのかに関わらずね。
■10月23日に、あなたはブルックリンでウォール街のデモに関したベネフィット・ショーを開きましたが、どんなバンドが参加して、どのような反応があったのでしょうか?
グレッグ:10月23日の日曜日に最初のニュー・パーティ・システムのベネフィット・ショーを開催した。ラインナップは、マウンテンというバンドのコーエン・ホルトキャンプ、オネイダのキッドているミリオンのドラム・アンサンブルで、僕もときどきプレイする、マン・フォーエヴァー、ノート・キラーズ、そして僕のバンド、ガーディアン・エイリアン。たくさんの人、とくにウォール街のデモの参加者がたくさん来てくれてうまくいったと思う。毎日、ウォール街デモで働いている彼らがリラックスして音楽を楽しんでいるのを見れて、とても嬉しかった。少ないけど500ドルをレイズしたよ。次は12月上旬に予定しているけど、少なくてもこの2倍の成功があると期待している。
■また、他のミュージシャンたちとこの動きに関連するレコーディングもしているとか。それはすでに終わっているのでしょうか? また、リリースするとすれば、いつ頃になるのでしょうか。
グレッグ:ニュー・パーティ・システムは2日間コリン・マーストンのスタジオで過ごした。彼は素晴らしいプロデューサー、エンジニアという以外に、クラリス(krallice)、ダイスリズミア(dysrhythmia)、ゴーガッツ(gorguts)などのバンドでもプレイしている。コリンは、このプロジェクトのために2日間エンジニアの時間を寄付してくれた。
レコーディングに参加したミュージシャンはディヴィッド・ファースト、キッド・ミリオン、バーナルド・ガン、キップ・マローン、そして僕。僕たちは良い素材をたくさんレコーディングしたし、いますべてを通してみて、最初のニュー・パーティ・システムのレコードがどういうものになるか決めているところだ。僕がツアーに出ているので、ディヴィットと僕はすべてを離れながら、コーディネートしている。
たぶん、最初のレコードは2012年の初期にはリリースできると思う。これからもっとたくさんのゲスト・ミュージシャンとレコーディングしていくつもりだよ。このプロジェクトをどのように発展させるか、たしかではないけれど、僕はとても楽しみにしている。このウォール街デモの動きの、僕たちの感情的な投資に取り組むために、集合体として他のミュージシャンやアーティストと結合するのは素晴らしいよね。
■デモの場所で他のミュージシャンが演奏しているのを見たことはありますか? 音楽はこのデモを救うと思いますか?
グレッグ:たくさんのミュージシャンが公園でプレイしているのを見ている。ウォール街デモそれ自身が「救済」を必要しているとは思わないけれど、音楽はこの動きの役割りを果たしていると思うし、すでにある程度までいっている。アメリカの60年代を思い返したとき、音楽と政治的な能動主義は一心同体だった。僕たちはウォール街デモの動きを通して、政治と音楽との新しい関係性をいま見つけていると信じている。政治的ステートメントに参加することはアーティストの責任であると強く思う。直接的な行動か、あるいはメディアを通じての発言という形なのか、もしくは現状のままいまのラインに沿って働くのかに関わらずね。
アーティストやミュージシャンは、話さなくても伝えることができるし、そうする際に言葉ではできない多くの真実を話すことができる。この意味を通して、僕たちは人びとに気づかせ、彼ら自身を活性化させるのを助けるんだ。僕たちはウォール街デモの動きに対して自分からはなかなか関係を見出せない人びとに向けてドアを開くことができる。人びとはまどろみから揺れ起きて、直面している世界情勢を知る。すべての人びとは地球にいる人間のひとつであることを悟るべきだ。
■インディ・ミュージックをやっているあなたと同じぐらいの年の人たちは、この動きに対して「気が付いている」と思いますか? 他のミュージシャンであなたと同じような活動をしている人を知っていますか?
グレッグ:さざまなな形でウォール街デモの動きに関わっているたくさんのミュージシャンやアーティストを知っている。たくさんの音楽仲間にこれからのベネフィットショーの参加を賛同してもらえたし、基本的に僕がいままで話してきたミュージシャンはみんな情熱的にそのいち部にいる。
とはいえ、とくに国際政策やその関係に関して公に取り組むこと、正直で、純粋で、情緒的なこうした姿勢を示すことを嫌う人がいるようにも思える。人びとは「おかしなこと」をためらうべきじゃない。むしろ僕からすれば、このウォール街デモの動きに対して、何らかの方法で、少なくとも何らかのサポートを示すことのないアーティストやミュージシャンが多いことにも驚いている。
でも、まだ始まったばかりだからね。これからもっと増えると思う。いずれは、いま僕らが直面している問題をもっと多くの人が悟ってくれると思う。
■ありがとう。最後に、あなた自身のことについて訊きます。音楽をはじめたきっかけは何だったのでしょう? 音楽をはじめるにあたって音楽的ヒーローはいたのでしょうか?
グレッグ:僕はニューヨーク経由の地球出身。マンハッタンで生まれ、両親の家を出るときにブルックリンに引越し、いまはクイーンズに住んでる。僕は基本的に人生をずっとそこで暮らしている。
僕がなぜ音楽をプレイするか? 僕の祖父はドラムをプレイしていて、いつもプレイしたいと思っていた。いつも音楽をプレイしたいという衝動があったし、これって素晴らしいリリースだよね。音楽は長いあいだ僕のパスに沿ったガイドで、非常に価値があった。続けているあいだには、いちどに起こる出来事や覚えておくべきものなどがたくさんあったし、僕が想像もしなかった、さまざまな場所へ連れていってもくれた。いまも正しいことをしていると思い続けている。演奏して、レコーディングをして、ツアーを続けている。僕は好きだから音楽をプレイしている。ジョセフ・キャンベルの言葉に「好きなことを追い続けなさい」というのがある。
音楽的ヒーローでいますぐに頭に浮かんだのは、ジョージ・クリントン、フランク・ザッパ、キャプテン・ビーフハート、エルヴィン・ジョーンズ、ボアダムス、ニード・ニュー・ボディ、ドクター・ティース・アンド・ザ・エレクトリック・メイヘム、オーケストル・ポリー・リズモ、バットホール・サーファーズ、ロランド・カーク、ライトニング・ボルトかな。
■ブルックリンのオススメバンドを紹介してください。
グレッグ:ドリーブス、PCワーシップ、CSCファンク・バンド、ハブル、トーク・ノーマル、ボウ・リボン、アーメン・デューン、クラウド・ビカム・ユア・ハンド......最近ダスティン・ウォングがバルチモアからブルックリンに引越して来てプレイを見たんだけど、とてもかっこ良いよ。ソフト・サークル、サイティングス、マン・フォーエヴァーもいいね。
■日本には行ったことがありますか? 日本の文化に対して、どのような印象を持っているのでしょうか?
グレッグ:もし僕がお金のことを気にしないで世界中のどこでも行って音楽をプレイできるとしたら絶対日本に行きたい。行ったことはないけど、いつも行きたいと思っていた。古代の日本建築にとても魅了されたし、クロサワは僕のいちばん好きな映画監督だよ。日本のサイケデリック・ミュージックも大好きだし、そもそも僕は任天堂をプレイして育ったんだ。それと僕が思う日本食って、きっと現地では違うのかもしれないけど、なぜか日本では食事も合うと思うんだ。もう我慢できないくらい日本に行ってみたいね。日本で音楽をプレイするのは僕が人生のなかでやってみたいことのひとつ。いまのところプランはないけどきっと遠くはないと思うんだ。
■日本のバンドで好きなバンドはいますか?
グレッグ:ボアダムス、アシッド・マザー・テンプル(とくにマコト・カワバタのソロ)、DMBQ、ボリス、メルツバウ、それと『ゼルダの伝説』の作曲者のコウジ・コンドウ。あふりらんぽとにせんねんもんだいも好きだよ。
※9月17日にウォール街で数百人の若者からはじまった経済格差を訴えるデモは、翌週にはさらに全米から若者が集まり、100人近い逮捕者を出すほどの規模となった。グレッグ・フォックスが取材のなかで述べているように、もともとはカナダのアナーキスト雑誌『ADBUSTERS』の呼びかけではじまっているが、集まったデモの主体が20代の「沈黙の世代」と呼ばれる若者層だったことも話題となっている。その後、シカゴ、サンフランシスコ、フィラデルフィアなど全米の多くの都市でもデモが繰り広げられている。また、2ヶ月後の現在もこの運動は拡大している。
![]() 1 |
THEO PARRISH
S.T.F.U
[Sound Signature / 12inch]
»COMMENT GET MUSIC
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![]() 2 |
DJ KAOS
From Inside
[Dfa/12inch]
»COMMENT GET MUSIC
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![]() 3 |
![]() 4 |
LEE VAN DOWSKI
On
[Rekids /12inch]
»COMMENT GET MUSIC
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![]() 5 |
![]() 6 |
FACTORY FLOOR
Two Different Ways
[Dfa / 12inch]
»COMMENT GET MUSIC
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![]() 7 |
FAR OUT MONSTER DISCO ORCHESTRA
Keep Believing (Can You Feel It) - Theo Parrish Remix
[Far Out Recordings / 12inch]
»COMMENT GET MUSIC
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![]() 8 |
SHIMMY SHAM SHAM
Shimmy Sham Sham 004
[Shimmy Sham Sham/ 12inch]
»COMMENT GET MUSIC
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![]() 9 |
V.A
Remake Me Whole / Gimmeyour Curtis
[Boot1 / 12inch]
»COMMENT GET MUSIC
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![]() 10 |
COYOTE FT. GAVIN GORDON
Minamoto
[Is It Balearic / 12inch]
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