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ハウ・トゥ・ドレス・ウェルでリスナーの度肝を抜いた〈トライ・アングル〉レーベルが送り出す、今年の注目株のひとり。マンチェスターのホリー・アザーによる5曲入りのセカンド・シングルで、ダブステップとチルウェイヴを通過したセイバース・オブ・パラダイスのゴシック・ロマンといった感じに聴こえる。女性ヴォーカルをフィーチャーした"タッチ"に関しては、さしずめジェームス・ブレイク+ジョイ・ディヴィジョンといったところだろうか。
B面の"ウィズ・ユー"はポーティスヘッドによるダーク・アンビエントのようで、"フィーリング・サムシング"にはブリアルをフェミニンに展開したような甘美がある。12インチ1枚でアルバム並みに大きく騒がれるのはジェームス・ブレイク以来のことだが、たしかに騒がれるに値する内容だ。
そろそろファースト・アルバム『Channel Pressure』が店頭に並ぶ頃だろう。OPNのダニエル・ロパティンとジョエル・フォードによるチルウェイヴ・ユニット、ゲームスあたらめフォード&ロパティンに改名してからの最初のシングルで、笑ってしまうほどキャッチーな80年代シンセ・ディスコ。な、なんなんだよ~、これは~。ゲームス名義の最初の7インチにあったドロッとした感触は見事に払拭されて、さわやかに聴こえるほどだ。B面では〈DFA〉のギャヴィン・ルッソムによるリミックス、ザ・バグによるダブ・ヴァージョンが収録されている。アルバムは店頭に並んだら買う予定。
ロンドンの〈エグロ〉レーベルは、ポスト・ダブステップにおいてもっとも大人びでいるレーベルだ。ミズ・ビートの「Are We The Dictators?」がそうだったように、このレーベルにはジャズ/ソウルといった明確な音楽的なヴィジョンがある。ドラムンベースで言えば4ヒーローのような役割を果たすのだろう。
レーベルの運営に関わるフローティング・ポイントがトラックを作っている女性シンガー、ファティマ・ブラム・セイのセカンド・シングルは、このレーベルの底力を見せつける。ファティマの素晴らしいヴォーカリゼーションだけでも充分に魅力だが、フローティング・ポイントによる瑞々しいトラックがこの12インチを特別なものにしている。B面に彫られた"レッド・ライト"はいかにもUKらしいジャズの香気をもったキラー・チューンである。ネオ・ソウルのシーンにおけるエースの登場といったところだろうか。
いま出たものすべて買ってもハズレがないのが〈エグロ〉レーベルとフローティング・ポイントで、片面プレスの10インチ「Sais Dub」の前にリリースされたこの12インチは彼らしい、優雅なアンビエント・テイストとポスト・ダブステップのビートとの美しいブレンドとなっている。A面の"Faruxz"は、いわばデトロイティッシュな濃いめの叙情性が広がっている。動くベースライン、メランコリックなストリングス、瑞々しいフルート......アズ・ワンとラマダンマンの溝を埋めるのはこの男だ。
これはジャイルス・ピーターソンのレーベルから期待の新星、そのデビュー・シングル。なかなか侮れないというか、素晴らしいほどトロっトロっのネオ・ソウルで、日が暮れてからでなければ聴きたくないような、美しい真夜中の音楽なのだ。確実にポスト・ダブステップを通過した音数の少ないビートが心地よく、そしてジャズ・ピアノはアシッディな電子音とダブの空間的な録音のなかで絡みつく。ギャング・カラーズは、ファティマとともにネオ・ソウルの主役となるのだろう。はっきり言って、期待を抱かせるには充分な出来である。
ブリストルからダンスフロア直撃の1枚。ユニークなビート・プログラミングとカオスを秘めた、得体の知れないポスト・ダブステップ系だ。いわばハマり系の音だが、インストラ:メンタルのようにノスタルジックではなく、アディソン・グルーヴをディープ・ハウスと掻き混ぜたような感じというか。タイトル曲の"ナイロン・サンセット"などはいわゆるどんキまり系のドラッギーな音で、ちょっと恐いなーという気もするけれど、ビートの細かいアクセントは面白く、ベルリンというよりもシカゴやデトロイトに近いかもしれない。ペヴァリストもリミックスで参加している。
カナダのトロント在住のDJ/プロデューサーによる2年前の「The Pilgrimage EP」に続いて〈トランスマット〉からは2枚目となる12インチ。もう一貫してデリック・メイ好みというか、思わず走り出したくなるような真っ直ぐなデトロイト・テクノで、「勇気を持て~持つんだ~」と言われているような気持ちになる。
![]() スーパーカー RE:SUPERCAR 1 キューン |
![]() スーパーカー RE:SUPERCAR 2 キューン |
中村弘二はポップ・サウンドの作り手であることと、その管轄外のところで音を鳴らすことの両立をはかる数少ないひとりである。1997年にデビューして2005年に解散したスーパーカーは、その活動中は幅広く愛されたバンドだったが、とくにある世代――おそらく現在20代後半から30代前半にかけて――にとっては、自分たちの思春期においてもっとも影響力のあるバンドのひとつとして記憶されている。そういえば最近、今年に入ってわが国のチルウェイヴ系の作り手として密かに売れ続けているフォトディスコなる青年に会ったとき、彼のバッグにiLLのバッヂがあったことを僕は見逃さなかったが、いま思えば中村弘二のニャントラ名義の最初のアルバム『99-00』(2001年)は早すぎたチルウェイヴ(もしくはアンビエント・ポップ)とも言える。
まあとにかく、若いながらもすでに長いキャリアを持つ中村弘二自らがスーパーカーの音を改編したアルバムが、『RE:SUPERCAR 1』と『RE:SUPERCAR 2』である。この新しい2枚においてはトラックのみがアップデートされている。歌を残したまま、まるで腕の良い職人の仕事のように、彼はちょちょいのちょいと古い楽曲の埃を払って新しい光沢を与えている。それは驚くほどにスーパーカーそのもので、不自然な感じがしない。クラフトワークの『ザ・ミックス』のように、それは本当に純粋にアップデートされたものとしてある。
以下のインタヴューでは、中村弘二のもうひとつの重要な個性であろう音の追求者的なところ、いま現在の彼の興味のある"音"の話題に時間を割いている。それを読めば、むしろ彼の次のiLL、さもなければニャントラが楽しみになってくるだろう。
すでに自分のものではないというか、客観的に聴けるから。自分のものではあるんだけど、自分のものではないというね。だから、ホントに客観的になれているかという不安もあったんだけど、どっかで「いや、もう客観的になれている」という思いがあった。だからできたっていうのもあるんですけどね。
■これは震災前に作ってものなの?
ナカコー:「1」はそうかな。でも「2」は被っちゃったところがあるから。中断があったからね。
■震災によって「2」の内容は変わった?
ナカコー:いや、それはなかったけどね。影響はあるけど、作っているときはそれはなかったから。やることはもう決まってたし、とりあえず、「戻そう」って。とりあえずやってたときの気分に戻さないと作れないから。
■リリースが延びたんだよね?
ナカコー:延びましたね。
■僕は震災後に聴いたんだけど、けっこう感じるものがあったんですよ。たとえば「1」の1曲目の"ウォーク・スローリー"なんかけっこう感動したんだけど、あのイントロも見事なものだったけど、「あせたってひとりじゃどこにも逃げられないから」ととか、いま聴くと違った意味に聴こえるっていうかね。オリジナル・ヴァージョンではもっと皮肉で歌っているわけでしょ?
ナカコー:いや、そうでもないですよ。デビューしたばかりだし、そんな皮肉って感じでもなかった。まあ、自然にやること自体が皮肉めいてるから。
■地震があって、原発のことがあって、いろいろ大変な状況になったわけだけど。
ナカコー:震災後、いろんあことがあるけど、なるべくできることだけをやっていくっていうスタンスを取りたかったし、取りたいですけどね。いまもできることだけやっていくっていう。
■今回のプロジェクトはどういう経緯ではじまったんですか?
ナカコー:最初はレコード会社からそのアイデアが出て、「できるかどうかわからない」っていう状態がけっこうあって。「ほんとに、やるの? やらないの?」みたいな。
■最初は抵抗があったの?
ナカコー:「別にやらなくてもいいんじゃない?」っていうのもあったし、気持ちの半分では「興味アリ」っていうか。
■なるほど。
ナカコー:やったことないからね。やったことがないものには興味があるから「ちょっと面白そうだな」とは思っていた。でも、実際にやったときにどれだけ大変かはわからないから、正式にやるまでに時間がかかった。
■作者としては過去の自分に、それもまあ、10代の自分に向き合うわけだから、複雑なものもあったでしょ?
ナカコー:それはもうなかった。すでに自分のものではないというか、すごく客観的に聴けるから。自分のものではあるんだけど、自分のものではないというね。だから、ホントに客観的になれているかという不安もあったんだけど、どっかで「いや、もう客観的になれている」という思いがあった。だからできたっていうのもあるんですけどね。
■DJカルチャーでいうリミックスという解体をせずに、歌をしっかり残したでしょ。
ナカコー:10代の頃の作品なんかは、当時は何もわからないで作っていたし、いまわかることが当時はわからなかったし、それをいまの感じに直したいというのがあった。いま聴く人のために作ろうっていうことだったから。
■曲を完全に違うものにするっていう考えはなかった?
ナカコー:それはまったくない。あんまり解体はせずに、新曲と向き合うような感じで、もっと良い曲にするために作業するって感じでしたね。
■「1」と「2」を分けたのは?
ナカコー:いや、そこは前期と後期っていう、ただそれだけ。あと量的なこともありましたね。
■『フューチュラマ』以前、以降という分け方になっているけど、その分岐点というのはあるんでしょ?
ナカコー:「1」はまだデビューする前に作った曲が多いんですよね。
■そうなんだね。
ナカコー:「2」のほうはデビューしてから書いた曲だから。デビューしてから2年ぐらいは曲を書いてないんですよ。それで久しぶりに書いたら視点が違うものになっていた。自分ではそんな大きく変わったとは思っていないんだけど、ちょっと見方を変えたぐらいでしかないんだけど。
■「1」に収録された曲を作ったのって何歳ぐらい?
ナカコー:17~18歳ぐらいですね。
■"サンデー・ピープル"を入れなかったのは?
ナカコー:単純に作業的なことですね。かなりキチキチのなかでやってて、間に合わないっていうのがあって、ぱっと思いついて、「この曲ならこうできるかも」っていうのだけを選んでいるから。だから、やったらやれるけど、時間がかかる。
■ハハハハ。そういうことなんだ。敢えて外しているのかと思った。
ナカコー:そういうのはない。とはいえ、どういうアルバムにするのかちょっと迷っていた。1曲目と最後だけは決まっていて、で、作業しいてくなかで、「1」のほうは鳥の声とか波の音とか、ライブラリー音源を入れはじめてからすーっと曲順が決まっていって。1曲終わってからはコツがつかめてきて。
■音は当時の音も使っているでしょ?
ナカコー:ほとんど当時の音。当時の音を使ってミックスを変えた。弾き直したのもあるけど。
■いろいろ思い出したことあるでしょ?
ナカコー:思い出したことはあるけど、それが何かまでは覚えていない(笑)。
[[SplitPage]]ミニマリズムという考え方が好きだというのもあるかもしれないけど。ミニマリズムって、蓋を開けてみたら音が少ないわけだから、興味の矛先が音にいってしまってる。で、やっぱり音なんだってなってしまうと、結局ミニマルの概念に興味はないなと。やっぱひとつひとつの音の面白さ、そこだけでいい気がしてきて。
■僕が初めて取材させてもらったのは、『フューチュラマ』(2000年)のときだったよね。「ストロボライツ」(2001年)の前ぐらいかな。そのときナカコーがものすごく熱くクラブ・ミュージックについて語っていたのをよく覚えているんだよね。
ナカコー:大多数の人から見たら、テクノやクラブ・ミュージックを聴く人なんて少なかったから、「面白いのになー」と思っていたし、「こんなに面白いのにどうやって伝えたらいいんだろう」とも思っていたんですよね。だから自分の音楽のなかに少しずつそれを入れてみたっていうのもあるんですけど。
■プライマル・スクリームや『キッド・A』の話もしていたよね。
ナカコー:音楽の中身というよりも、ひとつの記号としてわかりやすかったからね。ロックなんだけどロックじゃないみたいな、そういうことを肯定してやっちゃうというか。
■今回は大量のデモ音源まで入れて2枚組にしているでしょ。それはどういう意図があって?
ナカコー:いろんな意図があるんだけど、いちばん大きいのは値段の問題。
■いくら?
ナカコー:3300円。3300円で十何曲って、(リスナーに)ちょっと悪いなって思うから、なんかおまけを付けたいと思ったし。デモテープは膨大にあるし、そのなかから編集して付ければ少しはお得かなというか。
■あんま夢がある話じゃないんだね(笑)。ただ、デモ音源面白かったけどね。
ナカコー:もちろん、楽曲がこういう風にして生まれるっていう記録としても面白いかなって思ったし、あと、ヴォリュームがあるものを作りたかったから。
■ナカコーって、つくづく音の人......音か言葉かって言ったら、間違いなく音の人だと思うんだけど、いろんな音が好きじゃない?
ナカコー:好きですね。
■自分の好きな音の傾向についてはどう思ってる?
ナカコー:音楽じゃなくてもいいっていうか、音だけでもいい。なんか音楽的なものほどいま聴けなくなってきちゃって。
■ホント?
ナカコー:音だけのCDのほうが全然聴けるし。
■例えば?
ナカコー:ピアノが一定のコード進行でただボーンボーンって20分ぐらい流れているCDとか。
■現代音楽?
ナカコー:現代音楽も好きだけど、そんなに現代音楽してないような60年代とか70年代のレコードとか。
■ドローンとか。
ナカコー:そう、ドローンとか、あとノイズも好きだし。ノイズもそうだけど、音として面白いのがやっぱ好きかな。それが複雑なコード進行や複雑なリズムではなくても、プログレ的な何かじゃなくても別にいい。
■最近そうなったって感じ?
ナカコー:うん、気づいてきましたね。
■きっかけがあったの?
ナカコー:だんだん聴けなくなってきた。感情移入できなくなってきた。
■曲になってると?
ナカコー:うん、曲になってるともうわかんねーな。
■なんで(笑)? 聴きすぎなんじゃない?
ナカコー:ハハハハ。ていうか、難しいっていうか、何も思わないっていうか、音が面白いアルバムのほうがいい。
■でもちゃんと今回も"ソング"になってるじゃん。
ナカコー:うん、そういう頭のときはできるんだけど。今回は既存曲だったし、もう"ソング"になってるから、自分の興味のある要素をちょっと入れたりした程度なんだけど、もしいま新曲を作るとなると、ポップスというか、歌のある曲はいまは作りづらいっすね。
■それは逆に、すごく楽しみな話だよ。iLLではミニマリズムを追求して、取り入れていたと思うんだけど、その先にあったものがドローンやノイズだったっていう感じ?
ナカコー:んー(しばらく考え込む)......ミニマリズムという考え方が好きだというのもあるかもしれないけど。ミニマリズムって、蓋を開けてみたら音が少ないわけだから、興味の矛先が音にいってしまってる。で、やっぱり音なんだってなってしまうと、結局ミニマルの概念に興味はないなと。やっぱひとつひとつの音の面白さ、そこだけでいい気がしてきて。まあ、(ミニマルとそれは)関係性はありますけどね。
■まあ、アグラフくんとそこで気が合うんだろうね。
ナカコー:牛尾くんも変な音楽聴いてますからね(笑)。
■彼はミニマルだけど、しかしナカコーはなんかジョン・ケージみたいになっていくのかね(笑)。
ナカコー:ジョン・ケージ、好きですけどね。
■お湯を沸かすときに出る水蒸気の音が面白いとかって言う人だもんね。
ナカコー:その気持ちのほうがいまはわかりますね(笑)。
■リアリティを感じる?
ナカコー:聴いてて楽しいし。自分の気持ちの邪魔もしないし、考えずに聴けるし。
■そうした自然の音も面白いけど、でも音楽家は、そこで創造しているわけだしね。
ナカコー:だからいま思い浮かんでいるのは録音技術ってことかな。自然の音だけで50分終わってしまうようなCDは好きじゃなくて、やっぱそれを加工しているもの、それを使って物語を作っていけるようなものだったり、まあ、でも、ポップ・ミュージックでも録音してそれを配置してってことだから。ただ、いまないモノを探していったとき、テクノはテクノで普通にあるし、「あの人はこういうことをやってる。この人はこういうことをやってる」って、「じゃ、自分は違うことをやろう」ってなると、なんとなくそっちに行くのかな。
■「そっちに行く」ってというと?
ナカコー:聴いてて、時間感覚を感じさせる音楽というか、作品というか。それはやってみたいんですよね。1曲目は無音で、2曲目は無音のなかにひとつ音が入るぐらいの。それで60分を20曲ぐらいで構成されているようなもの。
■そういうことはニャントラ名義でやってる、やろうとしていることなんじゃないの?
ナカコー:うん、ニャントラでやってることも近くなってきましたね。たぶんいつか統合されるのかもしれないけど(笑)。
■すごいよねー、ナカコーって(笑)。
ナカコー:もちろんバランスも考えますよ。それに歌が入ってるようなものってできないかなと思っているし。実験的だけど、聴きやすいものっていうのができたらいいんですけどね。
■生活のなかでほとんどの時間、音楽のことばっか考えているでしょ?
ナカコー:うん、ほとんどのことがすでにやられているでしょ。せっかく自分で音楽やってるんだし、「何か(新しいこと)ないかなー」とは思っているけど。
■ずっと作っているっていうイメージがあるんだけど。
ナカコー:いまは(ラマを)制作中だからそうだけど、制作していていないときは考えているときが多いですね。楽器は触らないでずっと考えている。
[[SplitPage]]ドローンを聴いてても、6分ぐらいやればいいのに、それを2分で終わらせているヤツとかみると、共感持てますね。「だってドローンをやりたいわけじゃないもんね」って。たぶん、その瞬間をやりたかっただけで、ドローンを追求したいわけじゃないんですよ。
■数年前、まだディアハンターがいまほど有名じゃない頃、マネージャーさんに「アメリカのディアハンターっていうのがiLLに似てるんだよね」って言ったら、数日後に「ナカコーはあんま好きじゃないみたいですいよ」って言われてさ(笑)。あとになって「そういうことか」って思ったけどね(笑)。
ナカコー:いや、好きじゃないとは言ってない(笑)。
■でもまあ、近いっていうのもね。
ナカコー:そう、自分からは夢中にはなれない。想像が付く選択肢のなかでこういう道を選んだってことだと思うからね。そういう意味ではカセットテープで出している連中の音は面白いよね。ジェームス・ジェラーロとか。あの人なんか、もう音楽ですらない(笑)。
■そうだよね。そのギリギリのところをいってる感じはあるよね。
ナカコー:ああいうのは、いまちょっと良いですよね。「あ、このアイデアはないかも」って思える。それと同時に「あー、やられた」って思うんだけど。毎日、そんなことの繰り返しですけど。
■でもあれだよ、それ言ったらニャントラみたいなベッドルーム音楽はいまUSのインディですごいよ。
ナカコー:あ、それはちょっとそう思ったかもしれない(笑)。
■ひと昔前ならグランジやっていたような子が、いまはアンビエントやドローンを作ってるでしょ。
ナカコー:ドローンを聴いてても、6分ぐらいやればいいのに、それを2分で終わらせているヤツとかみると、共感持てますね。
■えー、それはどんなところに?
ナカコー:やっぱ2分で終わらせるところに。「だってドローンをやりたいわけじゃないもんね」って。たぶん、その瞬間をやりたかっただけで、ドローンを追求したいわけじゃないんですよ。
■じゃあ、静寂に共感しいたのは?
ナカコー:あれはもう、灰野(敬二)さんのアイデアが最先端だなって。灰野さんはいまもって聴いたことのない音楽にチャレンジしてるっていうか、そこが伝わるものだったから。
■なるほど。紙ele-kingのほうに書いてもらったナカコーの年間チャートがけっこう興味深いものだったよね。ところで今後はラマ(アグラフ、フルカワ・ミキらとの新バンド)をやりつつ、iLLのほうもやっていくんだよね?
ナカコー:ラマに関してはもっとわかりやすいポップスをやっていくと思うし、iLLのほうはいま面白いアイデアが浮かんだから、それを完成させたいなって感じ。
■iLLにはまた新しい方向に進んでいく感じっていうのがあるんだね。
ナカコー:ありますね。ただ、その前にラマのほうがいま進行中なんで、時間的にちょっと後回しになってしまうんだけど。
■ニャントラは?
ナカコー:あれはもっと気軽に出したいと思ってます。パッケージじゃなくてもいいし、あってももっと簡素でいいし、もっと直に、ツイッターで「1枚欲しいんだけど」って言われて「はい」って渡せるようなものにゆるくできたらいいんですけどね。
■なるほど。じゃ、最後にスーパーカーに話を戻しますが、アルバムでいちばん好きなのは?
ナカコー:『アンサー』(2004年)かな?
■それはどうして?
ナカコー:ようやく面白い盤が出せたかなと思ったからですね。
■当時は解散するつもりもなかったみたいだしね。
ナカコー:でも「これが最後かなー」と思って作ってましたよ。バンドでできることってけっこうやったかなって思っていたし、バンドって4人の共同物だからそれを保てるところにいま来てないなと思っていた。
■僕もスーパーカーは好きだったけど、ある世代にとってのスーパーカーってものすごいものがあるじゃない。
ナカコー:うーん、でもまあ、もう時間が経ってるしね。17~18歳ぐらいの若い子で「聴いてます」って言われるとびっくりしますけどね。
■「1」のほうを聴いたら、どこかかまってちゃんに似てるなって思ったっていうか、かまってちゃんがスーパーカーに影響受けてるっていう話を聞いたことがあるんで。
ナカコー:会ったことあるけど、面白い変なバンドだよね(笑)。
■アートワークに関して最後に訊きたいんだけど、こうした日常のなかの非日常はスーパーカー時代からの中村弘二のテイストだと思うんだけど、それと音楽との関連性について。
ナカコー:自然のなかに組み込みたいというか、作為的なことはほとんど嫌いだっていうのがあって、作為的なアレンジとか。わかりやすくするためにわかりやすい音を入れるとか、そういう自由を制限するみたいな。テレビが見れないのも、字がいっぱい出てきたりするのがイヤなんですよ。
■テレビは見ないんだ?
ナカコー:見れなくなっちゃいましたね。情報が多すぎて。ないほうがすっきりして見れるのに、なんでごちゃごちゃ入れるのかって。そういうのが気になるんですよ。白い服を着ている人がいるのになんで赤い文字を出しているのか、気持ち悪くなったりするんですよね。時計の時報がピンク色だったり。そういうのがどんどん、強く苦手になってきて。
■それでアンビエントやドローンのほうにいくのかな(笑)。
ナカコー:強制的に流されているっていうのがイヤですよね。ネットはこっちから選択するから気にならないんですよ。でも、テレビは付けたら強制的にはじまるから、それがイヤって言うか。だからたしかにアンビエントの考え方は好きですけどね。
■なるほど。
ナカコー:あと70年代のドキュメンタリー番組の音楽も面白いですけどね。最近は60年代~70年代のライブラリー・ミュージックばっか聴いてるから。『KPMミュージック・ライブラリー』とか、あんなの。ああいうのって、いま聴くとエレクトロニカと同じだからね。
アメリカにはサイケデリック・ロックの広大な沃野があり、「サイケデリック・ロック」という言葉を狭義にとらえるならば......サーティーンス・フロア・エレヴェーターズやディープ/フリーク・シーンなど黎明期を代表するカルトなガレージ・サイケや、あるいはシルヴァー・アップルズなどの電子サイケ、メジャーどころではグレイトフル・デッドやジェファーソン・エアプレインらいわゆるシスコ・サイケのフォロワーたちとしてとらえるならば......現在でもじつに多数のバンド名を挙げることができるし、現地にはまだまだ数えきれないほど同種のバンドが存在するはずである。
日本では何に相当するだろう、上方漫才とかだろうか? 歴史を更新するような方法の模索は薄いが、廃れることなく脈々とオリジナルの血を受け継ぎ、変わらぬファン層を抱えている。なかにはぴりっとしたバンドもいて、M-1グランプリの上位に入賞する、華やかでみずみずしいコンビのなかに混じった古風で高度な芸達者のように、ワールド・ワイドにフック・アップされたりするわけだ。ザ・ブラック・エンジェルズはまさにそうしたバンドの嚆矢である。
ザ・ブラック・エンジェルズ。2004年、テキサス州オースティにて結成、バンド名の由来はヴェルヴェット・アンダーグラウンドの"ザ・ブラック・エンジェルズ・デス・ソング"。2005年にデビューEP、翌2006年にデビュー・フル・アルバムをリリースし、2008年にセカンド・フル、本作『フォスフィーン・ドリーム』は母国では2010年の9月にリリースされた3枚目となる。
どの作品もそんなに変化はないが、すべて高水準、ヘヴィでブルージーなガレージ・サウンドには壮年のファンも膝を打つだろう。ただ今作ではフラワーなバッド・ヴァイブは和らいでいて、『ピッチフォーク』も指摘しているが"ハウンティング・アット・1300・マッキンリー"にはアニマルズの意匠があり、"イエロー・エレヴェーター・#2"はピンク・フロイドを思わせるオルガン・リフやゾンビーズ的なシークエンスを持ちあわせていて、多分にブリティッシュな品格を漂わせる音になっている。日本のファンにはこの作品がいちばん馴染みやすいかもしれない。
よってこうしたバンドの作品については「どの曲が好きか」という語りに落ち着いてしまうのだが、これがまた難しい。どれもよいからである。というか、それぞれにいちサイケ・ファン、ないしは自らがサイケの偉大なる伝統の中のいち分子だというようなスタンスから作られていて、まるで歩くサイケ図鑑、どのページを繰っても様々な名盤の影が顕ちあがってくるのだ。そこで各楽曲の参照元を暴いたり、どのバンドのファンだということを述べあうことには私自身さほど興味がない。
ただ、こうした音は時代の煽りを受けない。それは特筆すべき点である。いずれは消えてゆくポップ・ミュージックのいかなるムーヴメントにもない強度を持っている。そして完成度の高い、彼らのリスナーとしての知識の深さまでが偲ばれる音は、店頭演奏で必ずや多くの問い合わせを受けることになるだろう。いつの時代にも一定のファンがあり、それでなくても多くのバンドによって磨かれてきた方法の数々にはそれだけの遺産とポテンシャルがあるのだ。我々は"ハウンティング・アット・1300・マッキンリー"のファズに一発で心と身体をつかまれたり、表題曲のコズミックなサウンドに脳をとろけさせたり、"ザ・スナイパー"のスライド・ギターがつなぐブルーズとテックス・メックスに酩酊したりするだろう。それは約束されていたことでもあり、しかし卓越した技能によってこそ可能だったことでもある。
プロデューサーはD.サーディー。ブラック・マウンテンやホーリー・ファックなどを手掛けるその経歴は、時代とサイケデリック・サウンドとの距離感を正しくつかむ人物なのだろうということをほのめかせる。アニマル・コレクティヴやディアハンター、アリエル・ピンクなどによって広げられてきた「サイケデリック」の今日的な意味や先鋭性のかたわらに、こうした伝統の継承者たちによる迫力あるパフォーマンスがあることをよろこびたい。
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TOWA TEI - SUNNY 手放しで絶賛します。 |
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Metro Zu - Softwork Hardhead こんなラップが聞けて2011年もすばらしい。 |
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Teams vs. Star Slinger - The Yes Strut アーバン、メロウ、セクシー。 |
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Hypnotic Inc. - EP1 大阪梅田ダブ・テクノ若手最高峰。 https://vol4records.com/main/007.html |
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Submerse - Agepoyo UK新進気鋭のガラージDJが日本旅行で持ち帰ったモノとは。 https://soundcloud.com/submerse/agepoyo |
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Sentinels - Hyperglow 少々前ですが当時かなり衝撃を受けた。8-bar grime。 https://soundcloud.com/sentinels/hyperglow |
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Ikeda X - Vol.01 すぐ太くてウォームにしがちなディスコ・エディット業界でこのタイトさ。 |
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POOLSIDE - Do you believe こんな暮らしがしたい。 |
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Cherry Brown - I'm 沢尻エリカ 日本語ラップでこの808。他の曲も総じて良いです。 |
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tofubeats & Onomatope daijin - 水星 年内に黒い樹脂が出ます。 |
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Joey Anderson - Party In The Kitchen - Inmeg |
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Peter Clamat - Shiva Shanti - Big Bait |
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Matt Star - 001 Re-Twisted - Acidsex |
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Aardvarck - Nosestep(Cosmin TRG Remix) - Rush Hour |
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WAX - No.20202(Elemental Mix) - Wax |
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Paul Woolford - Can't Do Without - Phonica |
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Erik & Fiedel - Elekrto Cut - MMM |
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Xenogears aka The Analogue Cops - Livex15 - Tabernacle |
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SHOP - A Jump Ahead - SHOP |
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Juju & Jordash - Quasi Quasi - Dekmantel |
このカセットテープの作品は、リリースしてから数か月が経っている。それを何故いま取り上げるのかというと、先月、ようやく家のカセットデッキを買い換えたということが大きい。それまで使っていたカセットデッキはずっと調子が悪く、たまにトレイが止まったりするので(小さな子供がいる方にはおわかりになるだろうが、わりと低い位置に置かれるCDプレイヤーやカセットデッキは頻繁に玩具とされる)、仕方がないから昔のラジカセで聴いていたりしていたのだが、晴れてアンプに繋げて家のスピーカーで聴けるようになった。カセットテープ・シーンについて書いておきながらなんたることだと思われるかもしれないが、値段にかかわらず、ひとつの機材を買うにはそれなりの決心がいるし、聴けないわけでもなかったので、消費するかどうか迷っていたのである。
そんなわけで、カセットデッキを子供には届かない高い位置に置いて、カセットテープというメディアを操作する面白さを噛みしめながら、最近購入した数本を聴いた。カセットテープの良いところのひとつは、その構造を素人でもある程度理解できることだ。実を言えば、数か月前僕はラジカセを1台修理した。修理といっても、劣化したベルトのゴムを数百円で買ってそれを取り替えただけだが、アナログ再生装置は仕組みがわかりやすい。デジタルにはない安心感がある。そうした安心感は、福岡のアンビエント・レーベル〈ダエン〉から1260円で発売されたこの素晴らしい作品を聴くにはひとつ重要な要素だと思われる。
本作『after tape』には、以下の23組の作者がすべて1分の曲を提供している。まずは作者の名前を列挙すると......duenn / PsysEx / LiSM aka GoHIYAMA / 白石隆之 / on_14 / aenpawn.aka.hidekiumezawa / HAKOBUNE / Kmmr / ヒトリアソビタラズ / source / TAGOMAGO / Escalade / Go koyashiki / akira_mori / yui onodera / arcars / tamaru / polarM / koyas / 毛利桂 / Computer Soup / NERAE......といったところで、知っている名前も何人かいるが、僕には初めての人も多い。が、これは匿名性の高いアルバムだ。なにせひとり1分であるがゆえに、気がつくと他の曲になっていて、どれが誰の曲かよくわからなくなる。
1分の曲という尺も面白い。ポップスのような商品性の高い音楽でも、消費者に記憶させるために3分は要する。が、1分ではなかなか覚えられない......というか、わかりやすい反復がいっさいないこのカセットテープでは、曲という単位がぼやけてしまい、このテープ1本が23組による共作のように聴こえる。でもたぶん、そういうつもりなのだろう。
面白いのは、すべての作者の曲は音数が少なく、そして「間」という概念があることだ。これは日本的な叙情性が関係しているのだろう。1ヶ月ほど前に三田格さんからティム・ヘッカーを数枚貸してもらい、それらはずいぶんと楽しめたが、あれはどうにもヨーロッパの感性がある。カテドラル・アンビエントと呼ばれほどであるからまったくそうなのだが、それに対して『after tape』はワビサビで、その美意識はアンビエント/ドローン(もしくはクラウトロック的なアイデア)と親和性が高い。僕はたいした数のアンビエント・ミュージックを聴いているわけではないので他と比較しようがないのだけれど、ひとり1分というコンセプトもさることながら、『after tape』のアンビエントは群を抜いてユニークなのではないだろうか。
音の質感に関して言えば、たとえばエイフェックス・ツインの『アンビエント・ワークス』のほとんどのマスターがMTRで録音されたカセットテープであるように、ここには独特の中域、こもり方(人によっては温かみとも言う)がある。まあ、いまどき作者たちの多くは(というか、ほとんどは)デジタルで録音しているのだろうから、『アンビエント・ワークス』を持ち出すのもおかど違いといえばそうだが、カセットテープでしか出せない質感は確実にこの音楽に良い影響を与えている。
そしてこういう作品は、やはり店で買って、家に買ったときにバッグから取り出してウキウキしながら聴きたい。下北沢のワルシャワにはたくさんのカセットテープが並んでいるが、値段的にも安いので、そのなかのどれかを買おうかなと思ったりするとちょっとワクワクする。一時期は、もうこんな不便なものは要らねーやと思っていたというのに、我ながら身勝手なものだなあと痛感する。
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VA(GLOBAL COMMUNICATION)
BACK IN THE BOX SAMPLER 02
NRK (UK) /
»COMMENT GET MUSIC
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日本版のアマゾンでは、「ミュージック」というコーナーと「クラシック」が分かれている。US版のアマゾンではロックやジャズなど他のジャンルと同じように「Music」のいち部として並列されているが、UK版やカナダ版では「Classical」は「Music」と分けて別項目になっているし、ドイツ版でも「Klassik」があり、フランス版でも「Classique」がある。
これはUKの新聞『ガーディアン』において「Sports」と「Football」が別々に分けられているのと似ているが、「Football」はたしかに彼らにとって特別な国民的なスポーツなのだから、まあ、そうか......と思えるのだけれど、「Classical」はその意味から言って、「古典的」で、「代表的」で、「模倣的」で、しかも「名作」というニュアンスまで含んでいるのだから、そのなかにマイルス・デイヴィスも入っていてもおかしくないはずだが、もちろんない。
ちなみにピエール・ブーレーズやカールハインツ・シュトックハウゼンは「Classical」に入る。現代音楽とはクラシックの発展型だからだが、もちろんカンもクラフトワークも「Music」や「Musik」だ。国の予算を使いながら大学や研究所で電子音を鳴らしていたほうが、自力で実験していたその生徒よりもいまだ偉そうにしているというのも、2011年において腑に落ちない。
そもそもそれらをクラシックと呼んだのもヨーロッパが世界を支配していた時代の名残であって、アフリカ系アメリカ人がDJカルチャーにおいて歴史的に評価の高い作品のことをクラシックと呼び直したのも、「古典」とはすでに西洋音楽の価値観のみに決定されないことを暗に主張していたからだろう。
こうした価値の相対化をもっとも印象づけたのは、鼻が高くて有名なグラムフォンが130年以上の歴史を誇るベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による演奏のラヴェルやムソルグスキーの曲をカール・クレイグ&モーリッツ・フォン・オズワルドにリミックスさせたことだろう。その後に、フランソワ・ケヴォーキアンによるリミックスまで出しているが、クラシックに関して無知にひとしい僕から見ても、正直もうちょい意地というか、プライドってものを見せて欲しかったところだ。それまで頑固だったじいさんがぽっくりいってしまったような寂しさを感じたのは僕だけではないだろう。
リチャード・D・ジェイムスが『ドラックス』においてクラシックのほうをちらりと横目で見たことは、ヨーロッパのIDMにとって大きかったのではないだろうか。スコアも書けないであろうアシッド・ハウスの子供がある程度の年齢を積み重ねていったとき、さすがにいつまでも黒人音楽からヒントをもらってばかりじゃマズいと思ったのかもしれない。こと電子音楽に関してはクラシックから生まれたものであるという歴史を思い出したのかもしれないし、まったく違うかもしれない。なにせその後、悪あがきのように『金のためにやったリミックス集』を出している。
いずれにしてもゼロ年代以降、オウテカのようにさもアカデミズムとは距離を置いているかのように、オールドスクールなエレクトロに執着する連中もいれば(むしろ彼らの性急な距離の取り方のほうが憧れの裏っ返しのように思えるときがある)、ミラ・カリックスがいつの間にかギャビン・ブライヤーズと共演したりとか、生存競争の激しいこの音楽業界において、20年もの年月を経たIDMもいつまでものほほんとしているわけにもいかず、ある意味ではいまこそ頭の運動をしなければリスナーの興味を惹きつけてはいられなくなっている。
そういう意味では、実は、いまだからIDMに注目するという手もある。作家性が問われているし、本当に彼らは我々の耳を楽しませてくれるのか、あるいは我々がこの10年楽しんできた音楽の正体は何だったのか、そろそろ見極めるときなのだろう。
ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで生まれ、主にUKで育ち、2002年にモントリオールに移住したアモン・トビンは彼の拠点であるロンドンの〈ニンジャ・チューン〉がヒップホップに触発されながらエレクトロニカとの境界線で発展していったように、ブレイクビーツをあの手この手でいじくりまわし、とても個性的な作品を発表してきている。古いジャズや映画音楽のブレイクを切り貼りした1997年のファースト・アルバム『ブリコラージ』はとくに人気作で、僕個人も〈ニンジャ・チューン〉のなかのベストな1枚に挙げたいほど好きなアルバムだが、この頃から彼の細かくエディットされたブレイクは鼓膜に心地よく、曲によっては笑いがこみ上げてくるほど痛快だった。それ以降、彼はわりと出す度に批評的には成功しているが、実際にそれがどこまで売れているのかは僕には予想もつかない。
というのも、玄人筋から評判の良かった前作にあたる2007年の『フォーリー・ルーム』の複雑さが、僕には頭では「面白い」と思えても『ブリコラージ』のように心までもが笑うようなことにはならなかった。ある意味で『ブリコラージ』はイージー・リスニング的で、お気楽なアルバムだったが、『フォーリー・ルーム』は作品というものを目指したアルバムだった。そしてある時期から彼は、ハッパを加えたイージーリスナーを相手にせずに、自分の作品というものに真っ向から取り組んでいるようだ。
さて、彼にとって7枚目のソロ・アルバムとなる本作『アイサム』は、カタログ的にも作品の質的にも、『フォーリー・ルーム』以降のアルバムだ。僕はこのアルバムから逃げようかと思ったが、結局は聴いて、いまこうしてその感想を言語化している。
『アイサム』は、古いレコードからのサンプルを止め、フィールド・レコーディングによる音を電子的に加工することで作られている。クラシックの文脈言えばミュージック・コンクレートの発展型だが、周知のようにこれはいまではテクニックとしては一般的で、特筆すべきことでもない。『アイサム』は、昆虫の死骸を使って造形物を作ることで知られるUKの若手のアーティスト、テッサ・ファーマーとの共作となっている。共作といっても、彼女のアート作品にトビンが音楽を付けたといったところだろうか。こう書いていくと、マシュー・ハーバートの『ボディリー・フィクションズ』を思い出す人もいるだろうが、『アイサム』には前者にはない異様とも言える迫力がある。トビンの音楽的手法がドラムンベースに負っているからというのもあるのかもしれない。しかしそれでも『アイサム』は小さな生物の死骸で構成された新しい生き物への並々ならぬ、強い思いが込められている。いわゆる力作というヤツだ。
ヘッドフォンで聴くとよくわかるのだが、音が軟体動物のように動き、そして潰されていくようだ。あやまって道端にいたカナブンを踏んでしまったときの「ぐしゃ」という音がビートを刻んでいるようでもある。クラブ系のお約束事である反復による陶酔感はいっさいない。絵の具を壁にぶちまける抽象画の画家のように、音を左右ぐいぐい引っ張ったり、潰したり、流し込んだりしている。メロディらしいメロディはない。音による「彫刻」を目指しているとのことだが(オウテカも同じようなことを言っていた)、立体音像のことを指しているのだろう、たしかに聴覚から3次元を感じる。奇妙な、異質な、さまざまな音が細切れに統合されていくさまは圧倒的で、気楽に聴ける代物ではないが聴き応えはある。"マス&スプリング"のような、音のバネがぼよよーんと収縮しているような曲、"ベッドタイム・ストーリーズ"のようによくコントロールされた曲が僕には面白い。
アートワークの美しさにもっとも多くが重なるのは"ナイト・スウィム"だろう。不規則に鳴る竪琴の音とぷちぷちいう豆粒のノイズが脳のなかに新鮮な空気を送り込んでくれるようだ。
"ウッドン・トイ"や"キティ・キャット"のような歌モノもやっているが、『アイサム』はポップスではないしクラシックでもない。ここにはドラムンベースの残滓もない。イージー・リスニングでもない。IDMが立ち向かっているところに立ち向かっている作品である。
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GUILTY C./BOTTOM DOWN この作品を言葉で表すのは難しいす。凄く心が落ち着きます。thx コーヘイ君。 |
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DJ MALTA/tapes from the void vol.2 xxxxxのMIXなんかより遥かに素晴らしい京都brutal。thx ブラスト。 |
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Metro Zu/Main Attrakionz/GreenOvaUndergrounds/OnTaskFamily この辺りが今一番興味深いっす。それがDOGG。thx 猟奇くん。 |
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Devi Dev&Terrace Martin/The Sex Ep 2.0:CEASE AND DESIST タイトルまんま、エロ心地良い。PRELUDE SQUADのMIXにも入ってたすね。 |
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Bushburst/Wit Da illness/seminishukei HIPHOPに対する愛情と挑戦。thx BMD & STARRBURST。 |
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DJ HOLIDAY/The music from my girl friend's console stereo. vol.9 一生聴き続けたいす。thx HOLIDAY。 |
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SONETORIOUS/BED TIME BEATS vol.2 色んな季節に聴きたい1枚。thx 03。 |
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仙人掌/LIVE ON REFUGEE THE MIXTAPE その街の音楽がそこで鳴っている。thx DNC。 |
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FEROCIOUS X feat. GUILTY C. / Svart Radsla ep 凄まじいノイズの嵐とハードコア。でも、とても暖かいです。thx Hanochiさん&コーヘイ君。 |
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INGLORIOUS BASTARDS 今後も含め、色々楽しみで仕方無い。thx IB!!!!! |