噂の発端は、2012年末から立てつづけにリリースされた、たった2枚のミックステープだった。全身にタトゥーを施し、ナンセンスでスキャンダラスなジョークをあっけらかんと口にする、まだあどけなさの残る若い男。インタヴューやリリックの端々には、実父との死別、母親の薬物中毒、生活保護、乱交的な性関係、犯罪や貧困といった、いわゆる「アンダークラス」的なバックグラウンドが見え隠れする。東京都北区王子の都営団地出身、弱冠24歳のKOHHは、東京のアンダーグラウンド・シーンにハイプを生み出すには格好のアイコンだった。
だが、届けられたKOHH初のオリジナル・アルバムは、驚くほどストレートなものだ。国内外の気鋭のビートメイカー陣によるトラックは、USで隆盛を極めるトラップ・ミュージックの影響下にありながらも、独特のストイシズムを漂わせている。基調となっているのは濃いメランコリアと、ひどく率直なKOHHの心象スケッチ。言葉を憶えたての子どものような、一音一音はっきりと発語される日本語のライムは、どこか北野武の映画『HANA-BI』に登場する絵画──武がバイク事故後に描いたとされる、拙いが鮮烈な印象を残す奇妙な点描画──を思わせる。
アルバムを通しての白眉は中盤、PVも制作された“貧乏なんて気にしない”。心臓の鼓動とピアノの旋律が絡み合う叙情的なビートに乗せて語られるのは、幼少時からKOHHを取り巻く「貧困」に対する、愛憎入り混じるアンビヴァレントな感情だ。iPhoneを片手にレコーディングするKOHHの姿、首都高沿いの車窓から覗く王子の夜景、タトゥーだらけの強面の男たちの人懐っこい笑顔が交錯するPVは、温かく感傷的な空気に満ちている。だが、「昔からみんなよく言ってる/お金よりも愛」という言葉に続くのは、「わからない」という逡巡の呟き。さらに、子ども時代の困窮と差別の記憶、それと裏返しの物質的な成功への渇望が描写される合間には、宮沢賢治の「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」(「農民芸術概論」)を思わせるフレーズまで差し込まれる。周囲の喧噪への苛立ちと悪意、母親との初めてのドラッグ体験、身体改造への欲望、アシッド・トリップの果てのマルセル・デュシャンとの邂逅……これまで同様の危険なモティーフも健在だが、KOHHはここで間違いなく、より普遍的なテーマに向き合おうとしている。
事実上のラスト・ナンバーは、胸の焦燥をなだめすかす夜風のような静謐なブルーのエレクトロニクスに乗せ、KOHHがそのハードワーキングな哲学を開示する“NO SLEEP”。そして、思わず笑ってしまうほど唐突に挿入されるボーナス・トラック的な“LOVE”の、少年漫画じみた底なしのポジティヴィティの渦に巻かれて、アルバムは幕を閉じる。これは、バブルの狂騒の記憶すら持たず、かつての繁栄がもたらしたハコモノの廃墟の片隅で、社会がミシミシと軋む音をBGMに育った新たな世代による、紛れもない、この世界への祝福だ。
限りなく膨らむ子どもじみた欲望と夢、家族や仲間や恋人への愛情、それらを縁取る深いメランコリアの影と、果てない生命力。ここには、圧倒的な自由の感覚がある。目の前のグラスには指二本分の酒、灰皿にはマリファナ。iPhoneを震わせる女たちからの着信は無視。今日もまた眠らずに、遊ぶように働こう。産まれて、生きて、死ぬだけ。それでも、この世界は素晴らしい。眠る時間も惜しいほどに。濃い煙の陰影で描かれた心象スケッチが、たとえあなたから見て異形の装いを纏っていたとしても、そこに嘘はない。彼も、あなたと同じ、この世界の苦難を生き延びた者なのだ。
文:泉智
[[SplitPage]]“Drugs”は、文字通りドラッグについての曲だが、Kohhのラップはとことん乾いている。はったりも、享楽も、酔いしれるセンチメントも感じさせない。ああ、なんて冷めた「Lucy in the Sky with Diamonds」だろう。ハードボイルドとも違う。まずもって、これは、昔からアメリカでよく引用されるチャック・Dの言葉「CNNのゲットー・ヴァージョン」の優れた一編である。昔、もし日本にブロンクスがあるとしたら、それは北区になるだろうと予言した人がいるって本当? 僕の前でレヴューを書いている泉智なる男(本サイトにこのアルバムを取りあげさせた何人かのうちのひとり)は、この作品について僕と語っているなかでディジー・ラスカルの名前を持ち出したが、そう言いたくなる気持ちも理解できる。
それにしても、あの手この手でゴシップ好きまで巻き込んでおいて……、これか。お望み通りのKohhを見せつつも、『MONOCHROME』は返す刀で切る。トラップを意識したトラックもいま風でクールだが、僕にはKohhのラップ/リリックが興味深い。「もし俺が金持ちになっても誰かは貧乏/自分ひとりだけじゃなくって/いろんな人たちと幸せになるのが理想」という“I'm Dreaming”は、読み方によっては、「平等」なるコンセプトについての曲であり、社会を描こうとする日本の音楽がもっとトピックにしておかしくないはずの「金」についても向き合った曲だと言える。
『MONOCHROME』にわかりやすいポリティクスが表現されているわけではない。しかし聴いていると、音楽は広がって、社会のいろいろな場面に突き刺さる。『Illmatic』を初めて聴いたアメリカ人の感動もこんなだったのではないだろうか。
“No Sleep”は「自由」についての曲だ。「自由」──この、いまやもっともアンビヴァレントな響きの言葉、自由に生きたいとかの曖昧な「自由」、新自由主義の明確な「自由」、経済は自由で人間は不自由、自由は企業社会のもの……と、Kohhがこんなことを言っているわけではないが、僕の頭のなかではこのように意訳されうる曲が“No Sleep”である。Kohhが口にする「自由」には、「金」には、「ドラッグ」には、哀しみが漂っている。その哀しみは、感情のおもむくままに描かれたものではない。「貧困」という生々しい主題に立ち向かいながら、そこには距離感がある。都営団地での自らの経験を語りながら、ある種のストイシズムというか、何かに溺れている風ではない。
たびたび描かれる母親との関係は、初期のエミネムのそれというよりも、やれやれと思いながらも断ち切れない「仲間」や「連れ」みたいなものに感じる。「親子」という関係性はひとまず終わり、生まれ変わっているようだ。「ママに吸わされた初めてのマリファナ」というフレーズを聴いて僕が思い出したのは、初めて欧州を旅した1991年、道中で知り合った青年のごくありふれていそうな家庭の、母親は吸って息子は吸わないという日常的なひとこま、である。こっちはやっぱすげーなーと印象深く残っている。が、もう変わったのだ。いろいろなことが。10年前に日本を出て行った人がいま日本に帰ってきてこのアルバムを聴いたら驚くだろう。なんて紹介しよう。彼は、格好いい服を着て、格好いいタトゥーを入れて、格好いい音楽をやっている若者だと、言うべき言葉を持っている若者だと、そう言ってあげよう。(thanx to MUTAI-KUN)
文:野田 努










アルカ(ARCA)ことアレハンドロ・ゲルシ(Alejandro Ghersi)はベネズエラ出身の24歳。現在はロンドン在住。2012年にNYのレーベルUNOよりリリースされた『Baron Libre』、『Stretch 1』と『Stretch 2』のEP三部作、2013年に自主リリースされたミックステープ『&&&&&』は、世界中で話題となる。2013年、カニエ・ウェストの『イールズ』に5曲参加(プロデュース:4曲 / プログラミング:1曲)。またアルカのヴィジュアル面は全てヴィジュアル・コラボレーターのジェシー・カンダによるもので、2013年、MoMA現代美術館でのアルカの『&&&&&』を映像化した作品上映は大きな話題を呼んだ。FKAツイッグスのプロデューサーとしても名高く、『EP2』(2013年)、デビュー・アルバム『LP1』(2014年)をプロデュース、またそのヴィジュアルをジェシー・カンダが担当した。2014年、契約争奪戦の上MUTEと契約し、10月デビュー・アルバム『ゼン』 (“Xen”)をリリース。
スティールパンの光の音! 太陽の様なサウンド! 夏を呼び込むダブ・パラダイス!
永積 崇(1974年11月27日、東京生まれ)。
1957年、北海道・札幌市生まれ。80年代から90年代初頭に掛けて”TOMATOS”のリーダーとして活躍。メンバーには、じゃがたらのNABE CHANG(Bass)、EBBY(Guitar)やミュート・ビートの松永孝義(Bass)、今井秀行(Drums)らが在籍。TOMATOSは、80年代にじゃがたら、ミュート・ビート、S-KENと共にTokyo Soy Souceというライブ・イベントを企画、シリーズ化して、それまでの日本のロックとはまた違った新たな音楽シーンを作った。彼らの活動がベースにあった上で、後にリトル・テンポやフィッシュマンズが生まれたといっても過言ではない。又88年には、スカの創始者ローランド・アルフォンの初来日公演 "Roland Alphonso meets Mute Beat"でサポート・ギタリストとして参加、後世に語り継がれる感動のライブとなった。その後、ローランド・アルフォンとは2枚のアルバム『ROLAND ALPHONSO meets GOOD BAITES with ピアニカ前田 at WACKIES NEW JERSEY』、『Summer Place』を一緒に作り、リリースした。
1990年代から関西で音楽のキャリアをスタート。京都のFUNKバンド"UNIT-4"、大阪のオーセンティックSKAバンド "DETERMINATIONS"のトランペッター、DUBバンド"BUSH OF GHOSTS"のリーダーを経てソロ活動を開始。また、キーボード奏者YOSSYとのYOSSY LITTLE NOISE WEAVERも始動。RICO RODRIGUEZ、EDDIE TANTAN HORNTON、Cool Wise Man、U-ROY 、STRANGER COLE、LITTLE TEMPO、PRINCE BUSTER、DENNIS BOVEL、mama!milk、ハナレグミ、CARAVANなど多くの音楽家と共演、サポート。
レゲエのフィールドを中心に数多くのライブ、レコーディング・セッションに参加しているサキソフォン&フルート奏者。2012年リリースのファースト・アルバム「西内徹バンド」につづき、今年はそのダブ盤、「西内徹DUB」をリリース。合言葉は「やまんです!」


