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Chihei Hatakeyama

AmbientElectronica

Chihei Hatakeyama

Winter Storm

White Paddy Mountain

Tower HMV Amazon

デンシノオト   Sep 16,2014 UP

 ここ数年、日本のアンビエント・シーンはエレクトロニカ以降の世代によって大きな潮流が作られている。その音楽性は海外のそれとはやや違い、「穏やかな時間=日常性」を礎としつつ、しかし不意に聴き手の心と耳の深い所に作用する穏やかな強さを持っていたように思える。日常性と静寂と鎮静の音響音楽。その意味で、いまやアンビエントやドローンを実験音楽というカテゴリーに封じ込めることはできない。アンビエントは、私たちの生活の傍らにある音楽になったのである。
 畠山地平は、その新しいアンビエント・シーンにおいて、極めて重要なアーティストだ。彼はデジタル/アナログの機材を駆使し、美しくも穏やかな音の層を生成する。そして、その音には深い沈静作用がある。

 まず、畠山地平の経歴を簡単におさらいしておこう。彼は2006年にファースト・アルバム『ミニマ・モラリア』を名門〈クランキー〉から発表する。以降、2008年に〈マジック・ブック・レコーズ〉から『ザ・シークレット・ディスタンス・オブ・トーチカ』を、2009年に〈ルーム40〉から『サウンター』を、2010年に〈ホーム・ノーマル〉から『ア・ロング・ジャニュアリー』を、2011年に〈ルーム40〉から『ミラー』を、2012年に〈ホーム・ノーマル〉からアスナとの共作『スケール・コンポジションズ』リリースするなど、国内外のレーベルで数多くのアルバムを発表してきた。さらに2011年にはヨーロッパ10箇所をまわるツアーを敢行し、あのティム・ヘッカーなどとも競演。その名は海外のアンビエント・ファンに知られている。

 すでに豊富なキャリアを誇る畠山は、現在ドローン/アンビエント・シーンの旗手ともいえる音楽家だが、自らのキャリアに固執することなく、伊達伯欣(イルハ)とのデュオ、オピトープではエレクトロ・アコースティック、ヴォーカリストの佐立努とのルイス・ナヌークではフォーク・ミュージックを奏でるなど、ジャンルやフォームを越境していく活動を繰り広げている。また、レーベル〈ホワイト・パディ・マウンテン〉を自ら主宰し、自身のアルバムや、マシーンファブリック、アスナ、シェリングなど国内外のアーティストの作品をリリース。アンビエント・リスナーから絶大な支持を得ているのである。

 その畠山地平、待望の新作が発表された。もちろん、〈ホワイト・パディ・マウンテン〉からのリリースである。その名も『ウィンター・ストーム』。まさに「冬」の音楽である。全71分の大作だ。この作品は本当に素晴らしい。アルバムを再生したその瞬間から、その音世界に一気に吸い込まれていく。絹のような音の持続、大らかな旋律、繊細なサウンド・レイヤー。耳の肌理に触れるかのような柔らかい音。全4曲、どの曲も一級の工芸品のように細部まで磨きあげられているのだ。

 〈マーマーレコード代官山〉のクロージングパーティーで演奏された1曲め“ドント・アスク・ホワット”の降り積もる雪のような素晴らしさ。澄んだ空気のごとく透明なアンビンエトの2曲め“ウィンドウ・トゥ・ザ・パスト”の繊細さ。畠山地平がトルコを旅したときの雪の記憶とリディア王国へのイマジネーションを結晶させた3曲め“リディア”の慎ましやかな雄大さ。2014年2月に東京に降った大雪の記憶から生まれた4曲め“ウィンター・ストーム”の美しさ。まさに「冬のイマジネーション・アンビエンス/アンビエント」とでもいうべき作品に仕上がっているのである。
 個人的には1曲め“ドント・アスク・ホワット”の冬の温度を視覚的に思い出すような大らかなメロディアス・ドローンに惹かれた。また4曲め“ウィンター・ストーム”は、繊細なサウンド・レイヤーと嵐のようなノイズの蠢きから生まれる音響の美しさに惚れぼれとしてしまった。

 ドローン・サウンドの中にゆったりと大らかな旋律が浮かび上がり鳴り響く。それが人の心を鎮静させる。近年、これほどまでに沈静効果のある音楽も稀ではないか。かといって「癒し」のような表面的な音楽性ではない。心と体の深いところに効くアンビエント音響=音楽なのだ。その意味で本作の穏やかさは、本質的な強さを持っているようにも思える。
 このアルバムには、才能溢れる音楽家が感じている/生きている時間=記憶の豊穣さが、見事に圧縮されている。そして私たちが彼の楽曲を聴く=効くというのは、その豊かな時間を、耳と心に解凍していく大切なひとときになるだろう。
畠山地平の音響/音楽は、聴き手の記憶の風景や時間を、ゆっくりと解凍してくれるのだ。あのときの風景。あのときの季節。あのときの空気。あのときの雪。あのときの冬。そのときの記憶。そしてまたあのときの風景。円環する時間。巡り来る季節。大らかさ、静けさ。繊細さ。柔らかさ。鎮静。音響的結晶。アンビエント/ドローン。ブライアン・イーノによるアンビエント・ミュージックの提唱から36年もの月日が流れ、これほどまでに心に効くアンビエント・ミュージックが誕生したことへの驚き。

ともあれ、秋から冬というメランコリックな季節に、じっくり耳を傾けたいアンビエント作品である。さあ、柔らかい音の層に包まれて、71分の「記憶」の旅にでかけよう。

デンシノオト