「S」と一致するもの

HOUSE definitive 1974-2014 - ele-king

ハウス・ミュージックという大河を見渡す世界で唯一のカタログ本登場!!

ディスコからシカゴ・ハウス、NYガラージ・ハウス、デトロイト・ハウス、UKハウス、フレンチ・タッチ、ディープ・ハウス・リヴァイヴァル、ミニマル・ハウス、ディスコ・ダブ、UKガラージ、北欧から南米へ、そして再びNYへ……。いま、ハウス・ミュージック40年の歴史を紐解く。

『テクノ・ディフィニティヴ』(12年)、『アンビエント・ディフィニティヴ』(13年)に続くエレキング・ブックスによるディスク・ガイド第3弾となる本書は、それぞれ50年、55年という歴史で括られたテクノ、アンビエントに比べたら未だ若輩であるが、そこそこ一端の歴史を持つに至ったハウス・ミュージックを40年という期間で俯瞰してみようという試みである。

― 西村公輝(序文より抜粋)

執筆:Alex Prat、Alixkun、木津毅、島田嘉孝、Nagi、野田努、水越真紀、森本益司

■Only Love Hurts(a.k.a. 面影ラッキーホール)とは?


Whydunit?

Tower HMV iTunes


ON THE BORDER

Tower HMV iTunes

aCKy:インタビューするよりWikipedia読んだらだいたいわかりますよ。さっき見てみたけど、だいたい合ってたから(笑)。

──ご自分でWikipediaを編集してるんですか?

sinner-yang:するわけないでしょ(笑)。ネットに書き込んだりとか、そういうのは基本的に女子供がやるもんだと思ってるから。でも最近のバンドはみんな自分たちで書いてるんでしょ?

──でも実際やってる人、少ないと思いますよ。バンドマンには「プロモーションなんてアーティストの仕事じゃない」みたいな思いもあるみたいで。

sinner-yang:それはただ彼らの識字率が低いだけでしょ(笑)。

とまあこんな具合にOnly Love Hurts(a.k.a. 面影ラッキーホール、以下、O.L.H.)へのインタヴューはスタートした。O.L.H.はsinner-yang(B)とaCKy(Vo)を中心とした大所帯のファンクバンドだ。彼らのディスコグラフ、「好きな男の名前 腕にコンパスの針でかいた」や「パチンコやってる間に産まれて間もない娘を車の中で死なせた・・・夏」など、強烈なタイトルが並んでいるので、アーティスト名は知らなくても曲名くらいは聞いたことがあるはずだ。雄弁な楽曲に対して彼らに関する情報は極端に少ない。Wikipediaにはたしかにバンドの詳細が書かれているが、バンドにコアに触れるような記述は一切ない。まずはバンドの成り立ちについて訊いてみた。

──そもそも初期のバンド・コンセプトはどのようなものだったんですか?

sinner-yang:20年近く前のことを思い出せって言われても難しいですね。

──じゃあ、aCKyさんとsinner-yangさんの出会いを教えていただけますか?

aCKy:え〜、そういうのも恥ずかしいよ〜。でも言っちゃうね(笑)。俺が大学3年生の時、21かな、なんかしなくちゃいけないなって思ったんです。もともとはマルコム・マクラーレンみたいな裏方になりたかったんですよ。でもまあ、あんなのそんな簡単にできないし、そもそもアイディアがあるんだったら自分でやったほうがいいかなって思って、バンドを作ることにしたんです。とはいえ、当時はインターネットなんて当然ないからメンバー募集のビラを作ったんです。下のとこがイカの足みたくなって、取って持って帰れるやつ(笑)。

──懐かしいですね(笑)。昔はライヴハウスとか、練習スタジオによく貼ってありました。

aCKy:募集内容も恥ずかしいんだけど、……言っちゃうね(笑)。当方はギター・ヴォーカルで、全パートを募集。ジャズロックやりたし。イメージはマイルス・デイヴィス『オン・ザ・コーナー』『アガルタ』『パンゲア』、オーネット・コールマン『ダンシング・イン・ユア・ヘッド』って書いたんです。

sinner-yang:オーネット・コールマンは「ヴァージン・ビューティー」じゃなかったっけ?

aCKy:いや『ダンシング・イン・ユア・ヘッド』。そのビラを作ったのがちょうど学園祭の時期だったんで芸術系の大学やジョン・ゾーンの来日公演とかに配りにいって。そこで連絡してきたのが2人で、ひとりがリーダー(sinner-yang)なんですけど、もうひとりは大友良英さん(笑)。大友さんは「ジョン・ゾーンのライヴでビラもらったんだけど」って。

sinner-yang:惜しかったねー! 大友さんと組んでたら、いまごろaCKyも紅白の審査員席に座ってたわけですよ!(笑)

──(笑)。

aCKy:そうそう(笑)。で、リーダーとふたりで無駄話したり、あれこれ試行錯誤するようになって。しばらく経ってから、バンドを始動させることにしたんです。

sinner-yang:実際にスタートしたのは知り合ってから2〜3年後だよね。

──ではバンドを始動するにあたってはどのように動いたんですか?

sinner-yang:aCKyはフロントマン、即ち御輿ですよね? だから神輿を担ぐ人たちを集める作業は、俺主導でやりました。それにaCKyは面影が人生最初のバンドだから、ミュージシャンの横の繋がりとかもなくて。僕はそういう知り合いが結構いたから、それでいろいろバンドに合う人たちを探したんです。

──sinner-yangさんはいろいろなバンドに入っていたんですか?

sinner-yang:俺もバンドはやってなくて、面白半分で宅録してましたね。あとCMとか商業音楽の制作みたいなこともやってました。

──そのつてでメンバーをそろえていったと。

aCKy:最初の最初はDCPRGみたいなのがやりかったんですよ。

sinner-yang:ああいうのってさ、音楽的偏差値が一定以上の人にとっては麻疹みたいなもんでしょ。

aCKy:そうそう。でもさ、当たり前だけどああいうのは簡単にできないわけですよ。たとえばバンドとしては小さいパーツが欲しいのに、ばかデカいパーツを持ったメンバーが入って来ちゃったり。そういうので、なかなか自分が思い描いてるものが形作れなかったというのがありましたね。現在のO.L.H.っていうのは、そういう細かい齟齬を修正していって、その中から出てきた最適解なわけ。その意味でいくと当初の思いとはまったくちがうバンドになっていますね、いまは。こんなはずじゃなかったと(笑)。

sinner-yang:いずれにせよ小奇麗な音楽をやろうとしてなかったから、集まってくれた人たちの理解を得るのも難しかった(笑)。そういう意味でバンドも最初はなかなか苦労しましたね。

──ファースト・アルバムの収録曲“必ず同じところで”や“今夜、巣鴨で”が個人的にはすごく好きなんですが、バンドとしてはその時点ではある程度、いまにつながるものができあがっていたんですね。

sinner-yang:そうですね。バンドが結成されて4〜5年で、あそこまで固まった感じですかね。

aCKy:うん、だいたいあの方向が見えてきたのは2〜3年たってから。ライヴで客の反応を見て、これやるとこうなるんだ、みたいな感じで微妙に修正していったんです。

■科学者の視点

 O.L.H.といえば、彼らの歌詞について触れないわけにはいかない。スキャンダラスな題材もさることながら、その視点の妙は特筆すべきものがある。彼らが2011年に発表したアルバム『ティピカル・アフェア』の1曲めに収録された“ラブホチェックアウト後の朝マック”を例にとれば、この曲はタイトル通り「ラブホチェックアウト後の朝マック」にいるカップルについて歌っている。ヴァース1では昨夜の情事について、ヴァース2ではふたりがワケありカップルであることが明らかにされ、最後に主人公の女性が関心を寄せることへの回答が出される。しかもその回答から連想させられるものは、この男女が発するどうしようもないほどの人間臭さだ。

──O.L.H.の歌詞の源泉はどこにあるんですかね?

sinner-yang:恥ずかしいね。

aCKy:でも言っちゃうね(笑)。歌詞についてはいろいろ研究したんですよ。ニューウェーヴのとんがった詞とかありえない詞とか。あと現代詩を読んだり、ドアーズがどんなこと歌ってるのか調べたりもしました。そんなとき、はたと昔の日本の歌謡曲の歌詞のほうがすごいということに気づいたんです。こっちのほうがアヴァンギャルドだし、サイケデリックだなって。だからそういう意味で歌詞については日本の歌謡曲に影響を受けてると言えますね。

sinner-yang:なかにし礼と阿久悠という両巨頭に代表される70年代の歌謡曲の世界です。では、なぜ70年代の歌謡曲がラディカルかと言えば、それは作り手と歌い手がまったく関係ないところにいたからです。シンガーは歌ってればよかったし、作詞家は歌詞を書いていればよかった。だからその誰も責任を取らなくてもいいシステムが、結果としてラディカルな作品を生み出していたんです。でもね、そういうものは80年代のニューミュージック・ムーヴメント以降、淘汰されてしまった。

──なぜですか?

sinner-yang:客単価を上げるためですよ、シングルよりもアルバムを売るため。アルバムを売るためには、それが“アーティスト”の内面を反映したものであると客に思いこませる必要があるんですよ。

──価値を“アーティスト”に集約させたということですか?

sinner-yang:そうそう。だからコンセプトも、アートワークも、作詞も、作曲も、すべては“アーティスト”の内面にある何かを表現していると思わせて、アルバムを売っていったわけです。誰もピンク・レディーに「歌詞の源泉はどこにあるのか? なぜUFOと歌うのか?」なんて訊かないけど、尾崎豊には訊くじゃないですか?(笑) でもその結果としてすべての“アーティスト”は、自ずと私小説家になって行かざるを得ないですね。その場合、なかなかラディカルなものは生まれにくくなる。だって身の回りの卑近なことを歌って“共感”を誘うビジネスモデルだから。だから俺らの最大の特徴は、意識的に私小説じゃない歌を作っているということですね。そうすると何からでも題材がとれるんですよ。

──その歌詞の題材についてなんですが、いつも目の付け所がすごいですよね。

sinner-yang:そうかな。どこにでもあることだと思いますよ。俺たちは、どこにでもあるけど誰も触れないものに関心があるんです。

aCKy:僕らは若いわけでもないし、ルックスがいいわけでもないので、隙間を狙わないといけなんですよ(笑)。

sinner-yang:俺らが「桜」や「絆」や「感謝」の歌を歌ってもしょうがないでしょ。

──僕はO.L.H.の歌詞にものすごい批評性とユーモアを感じるんですよ。

aCKy:俺らのやってることに批評性を感じてるっていうのは、それはたぶんあなたが世の中を批判的、批評的に見ているということなんじゃないですか? 俺たちは自分たちが見たまんまを表現してるだけですよ。

sinner-yang:もっと言えば、俺らにユーモアを感じるのは、あなたがそれを滑稽だと思ってるからなんですよ。僕たちはファーブルのように昆虫日記をつけてるだけ。“見てる”ってだけです。“見てどう思う”じゃないですよね。ただ見てる。“観察してる”ってことにつきる。これはいろんなインタヴューで言ってることだけど、ファーブルは自分の糞を転がすフンコロガシを観察して「こいつ、汚ねえな」とは思わないでしょ。そもそもフンコロガシは違う種族だから、そいつらに「自分のウンコいじったら汚いよ」ってアドバイスしても仕方ないじゃないですか。「え! マジで!?」と新鮮に驚きつつ見てるってだけですよ。逆にそこで怒ったり、バカじゃねえかって思った瞬間に観察眼が曇るし、違う習俗を持った種族に対して不遜ですよね。
 あとね、俺らは自分が何者でもないって思いがすごく強いんですよ。何か言える立場ではないというか。俺らみたいなチンピラには何かを批判する資格もないし。そういうのは新橋のSL広場でTVのインタヴューに答えているような人たちに任せとけっていう(笑)。

──すごく達観した、まるで神様のような視点ですね。

sinner-yang:いや、それはおこがましいですよ。せいぜい「日本野鳥の会」の視点です。見たものを正確に記録しなくちゃいけない。右手にカウンター持ってね。つい最近震災のドキュメント映画で演出がどうしたこうしたって問題があったじゃないですか。あれと同じですよ。過剰な演出はしない。

■面影ラッキーホールとジェイムズ・エルロイ

 多くの人を絶句させた楽曲“パチンコやってる間に産まれて間もない娘を車の中で死なせた…夏”。この曲もタイトル通りの内容なのだが、歌詞は「パチンコやってる間に産まれて間もない娘を車の中で死なせた」母の独白という形で進行していく。彼女が置かれた境遇、パチンコにハマっていく過程、そして娘を死なせた原因がやたらと陽気なファンクチューンに合わせて歌われていく。彼女に対して同情の余地もあるものの、曲中では結局何の救いもなく、ただ絶望のみが残る。これはまさしくノワールの世界観だ。

──おふたりはジェイムズ・エルロイがお好きらしいですね?

aCKy:『Whydunit?』を作る前に時間ができたから本を読もうと思って、リーダーに「何かバシッとくるものない?」って訊いたら、エルロイを教えてもらって読みはじめました。だから『Whydunit?』自体がエルロイにすごく影響を受けてると思う。あのどこまで行ってもクールというか、救いようがない感じ、ウェットな感じがない、ビシビシ行く感じはエルロイに影響を受けていると言えますね。

──なるほど。僕はO.L.H.作品の中でもとくに『Whydunit?』が好きなんですが、それはエルロイ作品の世界観が好きだからというのもあるのかしれませんね。

sinner-yang:君はエルロイでは何がいちばん好きなんですか?

──『ビッグノーウェア』です。

sinner-yang:俺もそう。

aCKy:『ホワイトジャズ』じゃないんだ?

sinner-yang:じつは俺、『ビッグノーウェア』は当時新刊で買ってて。エルロイの何がすごかったかっていうと、アメリカ文学におけるノワールの価値観をぶっ壊したことにあるんですよ。エルロイ以前のノワール文学ってのは(レイモンド・)チャンドラーや(ダシール・)ハメットだったわけじゃないですか。つまりアメリカのノワール文学は90年代になるまで50年代の価値観のままだったわけなんですよ。でも『ビッグノーウェア』はそれをひっくり返したんだ。俺は本当の意味ではパンクをリアルタイムで経験してないんですよね、1978年の時はまだローティーンだったから。既存の価値観がぶっ壊されるさまを見てないの。だから俺はパンクというものを後づけで想像するしかなかったわけ。パンクがいかに先鋭的で、価値観をひっくり返したかってのをね。でも『ビッグノーウェア』を読んで、ようやくパンクが起こした価値観の転倒を知ることができたんですよ。音楽の世界でパンクを体験することができなかったけど、文学の世界では体験することができた。だからエルロイは特別なんです。

──O.L.H.はその世界観をユーモアを交えて表現するところが好きなんです。

sinner-yang:音楽とユーモアで言うとね、ザッパは好きでしたよ。でもお笑いってとらえ方で行くと、意識的でないぶんプログレは笑いの宝庫なんです。キング・クリムゾンとか抱腹絶倒ですもん。

aCKy:あと志村けんね! たしか「だいじょぶだぁ」のエンディングテーマってオーティス・レディングの“セキュリティ”じゃなかったっけ。“髭ダンス”とかもファンキーだしね。あれ、テディ・ペンダーグラスでしょ。

──では、価値観の転倒という意味でヒップホップはどうだったんですか?

sinner-yang:それはどっちかっつったらaCKyなんじゃない?

aCKy:ヒップホップは価値観がぶっ壊れるって感じじゃないですね。ヒップホップはカットアップや編集の音楽だと思うんで。

sinner-yang:俺はパンクとヒップホップはすごく似てると思いましたね。音楽のフォーマットが違うってだけで。ヒップホップの起源は相手へのディスなわけでしょ。そこも含めて、大きな視点で言うとパンクとヒップホップは似たものなんじゃないかと思いました。自分が90年代の頃に青春時代を送っていたら、もっとぶっ太いパンツを履いてたと思います(笑)。でも、(ヒップホップがパンクは)似ていたからこそ衝撃は受けなかったな。

■目的のない人生

aCKy:話をノワールに戻すと、たしかに『Whydunit』以降の作品はノワール的な表現に意識的になったというのはあります。でもね、『Whydunit』を含む〈Pヴァイン〉から出した3枚というのは、自分で自分を演じてるという感覚が強いんですよ。「こういうのが好きなんでしょ?」というか。やりたいことは「音楽ぎらい」までの作品でやりきってるんですよね。一回終わってるというか。

sinner-yang:〈Pヴァイン〉時代とそれ以前との作品が明確にちがうのは、いまの俺たちはもう目的を完全に見失っているんですよ。初期の3枚というのは、いまよりももっとマスにコネクトするにはどうしたらいいかと考えているところがあった。それは曲づくりの面でもそうだし、aCKyが書く歌詞にしても、当時はもっとふたりの間に激論があったんです。最近はもうまったくないですから(笑)。

aCKy:まったくなくはないでしょう(笑)。

sinner-yang:(笑)。過剰なディレクションはしないと言ったほうが正しいかもね。初期3枚は本当に喧嘩になるくらいだったし。

aCKy:そうだったっけ?

──じゃあいまは完全に惰性でやってるということですか?

sinner-yang:完全に惰性です(笑)。

aCKy:ライヴも10年前とほぼ変わってないですよ。アレンジやディティールの違いはありますけどね。この前、田我流さんたちのstillichimiyaとのライヴはヒップホップを意識したんですけど、あれはすごい昔に新宿の〈MARS〉というところでRUMIちゃんとか漢くんとかが出たライヴの焼き直しですよ。MCとかも全部いっしょだし。

──ではなぜいま現在もバンドは存続しているんですか?

sinner-yang:それは俺ら以外のメンバーたちが楽しそうだから。あとレコード会社の方や、ファンの人たちからの期待に応えなきゃって思いはすごくあります。

──……。

sinner-yang:なんだか不満そうですね(笑)。じゃあ、こういうたとえはどうですか。俺が小学生のときに従姉のお姉ちゃんがお祭りでカラーひよこを買ってきたんですよ。ああいうのって普通すぐに死んじゃうじゃないですか。でも電球入りの巣箱とかちゃんと作って、しっかり面倒みたらそのまま何年も生きてニワトリになったんですよ。朝とかすごい早い時間から鳴いたりして、もう鬱陶しくてしょうがない。デカいし、うるせーし、かわいくねーし(笑)。でも生きてるから殺せないじゃないですか。つまり、面影っていうのは育ってしまったカラーひよこみたいなもんなんで、殺すわけにもいかないんですよ。

──好きなバンドに「惰性でやってます」と宣言されるのって、ファンにとっては残酷なことだと思いませんか?

sinner-yang:そおお? 生きてるだけでいいじゃない。バンドを死なせないようにするのってすごく大変なんですよ。だって20年も続くバンドなんてないでしょう? カラーひよこがニワトリに育つのと同じくらい奇跡的なことなんだから!

──極端な話ですが、目的もない人生があってもいいんですかね? 僕は何の目的もなくただ生きているという状態に自分がおかれたとき、えも言われぬ不安感に支配されてしまうんです。「俺はこんなことでいいのか?」と。

sinner-yang:いいも何もそうせざるを得ないでしょう。存在というものは善悪の彼岸にあることじゃないですか。

──人生を善悪で割り切ろうとすること自体に無理がある、と。

sinner-yang:そう。その概念の前に、いまここに存在そのものがあるから。それを受け入れるしかないでしょう。しかも存在は未来永劫つづくわけではない。みんないつかは死ぬでしょう。だから、死ぬまでの暇つぶしをしてるんですよ。みんなが電車でスマホいじってるのと同じです。

aCKy:暇つぶしのアイテムがバンドだけじゃないから、活動しなかったこともあるんですよね。いまここでインタヴューを受けているのも暇つぶしのひとつでしかない。もちろん悪い意味じゃなくてね。楽しいんですよ、こうやってあなたと話してるのも。

sinner-yang:だってこうやって僕らに「話を訊きたい」なんて言ってくれる人は非常に稀なことですから(笑)。

aCKy:こんなおっさんふたりの出会いなんて誰も聞きたがらないよ、普通。

sinner-yang:こういう機会があるから、俺らもブログやらツイッターやらはじめなくて済んでるのかも知れないし。みんな自分のことを知ってほしいんですよ。だから昼飯の写真撮ってブログやSNSに上げたりしてるんでしょ?

aCKy:リーダーは絶対やらないよ(笑)。

 RHYMESTERの宇多丸氏が映画『かぐや姫の物語』を評したとき、「“ここにはない何か”“こうではなかった人生”という幻を追っている、それが人間の生である」「しかしそれすらも肯定するしかない」と語った。さらに「仮に人が害をなすだけの存在であったとしても、それでもその害も含めて何かあるほうがいい」「無(死)より何か(生)があったほうがいいじゃないか」とも話していた。生とは何か。これは僕個人が最近自問していることだ。何もなさずに、何もなすことができずにただ生きている。しかもその存在が周りにとって有益ではなかったなら、そんな状態なら無に向かうべきなのか、否か? 今回のインタヴューはそんなことを考えているなかで行われた。O.L.H.のふたりはどうしようもない生の塊を観察している。それが滑稽でも、醜くても、生ある者について歌いつづけている。生とは何か。僕自身にその答えはまだ見つかっていない。しかし、僕にとってこのインタヴューを行っている時間、そしてそれを原稿にまとめている時間は本当に楽しいものだった。

Time Out Cafe & Diner 5th Anniversary Party - ele-king

 恵比寿リキッドルームの2階のタイムアウト・カフェ、昼過ぎに行くと、キビキビした人たちノートパソコンを開きながら打ち合わせをしているという印象の、あのカフェですよ。我々も実は、キビキビしているわけでも、ノートパソコンを開くわけでもないのですが、たびたびお世話になっているんです、あのカフェには。居心地良いしね。BGMも良いから、だいたいあのソファに座ると、誰もがビールを我慢できなくなるんです。そうすると、仕事の打ち合わせにならないでしょう。
 明日金曜日はあの名物カフェの5周年ということで、7時から12時までのあいだ、リキッドルームの1階/2階を使ってパーティが開催される。1階は、最近ジュークづいているリキッドルームの方向性を反映した“GHETTO” HOUSE祭になる模様です。EYヨ、MOODMAN、D.J.Aprilなどなど、錚々たるメンツですね。詳しいラインナップは以下を見ていただくとして……、2階では、リキッドロフトとタイムアウト・カフェの2カ所で音が鳴っております……お、みゆととも出演するのか、これはすごい。行こう! 入場料も嬉しい千円。そして、パソコン持ってwifi繋げて、あそこで仕事をしよう。

Time Out Cafe & Diner 5th Anniversary Party

@1F
featuring “GHETTO” HOUSE OF LIQUID
DJ:EYヨ(BOREDOMS)-FTW/JUKE SET-、MOODMAN(HOUSE OF LIQUID/GODFATHER/SLOWMOTION)、D.J.April(Booty Tune)、LEF!!! CREW!!!、RLP

@2F LIQUID LOFT
Live:LUVRAW & BTB(Pan Pacific Playa)
DJ:Gross Dresser(Magnetic Luv/Altzmusica)、クボタタケシ、LIL' MOFO、1-DRINK

@2F Time Out Cafe & Diner
featuring TUCKER'S MUSIC LOUNGE SP
Electone Live:TUCKER
DJ:カクバリワタル(カクバリズム)、コンピューマ、高城晶平(cero)、みゆとと(嫁入りランド)

2014.4.11 friday
LIQUIDROOM + LIQUID LOFT + Time Out Cafe & Diner[LIQUIDROOM 2F]
19:00-24:00
door only 1,000yen!!!

*20歳未満の方のご入場はお断り致します。年齢確認のため、顔写真付きの公的身分証明書をご持参ください。(You must be 20 and over with photo ID.)

info
Time Out Cafe & Diner 03-5774-0440 https://www.timeoutcafe.jp/
LIQUIDROOM 03-5464-0800 https://www.liquidroom.net/


HOBOBRAZIL. (bonobo) - ele-king

春めいてから、常にレコードバックに入っているお気に入りから十枚です。


1
La Danse Des Mots - Jean Baptiste Mondino

2
Coolin' In The Rye - Brend Beachball Ray

3
This Love - Zuruchi

4
One Night - Marie Dawn and Philip Leo

5
Rasing Storm - Mad Professor

6
Egyptian Rock - Sly & Robbie & The Taxi Gang

7
In The Name Of Love - Kenny Rankin

8
Dance Sucker - Set The Tone

9
UFO Funkin' - Arttu

10
Thinkin - Dan Shake

[DJ スケジュール]
★4/15 " Earth Bag Work Camp 2 "
~皆既月食スペシャル x 望月一揆~
@ under the rock ( 詳細は予約者にのみ通知)
52名限定。¥3300
Live : Satoshi Fujise a.k.a STB/Maryse/吉田主税
DJs : STB/Polypical/Yue/Atsushi/Ras Fuku/HOBOBRAZIL

★4/19. " 20 "
~DJ FUMI 20th Anniversary Party~
@ 江ノ島Oppa-La
23:00~ ¥2000
DJs: FUMI/Ree.K/ALTZ/NOB/HOBOBRAZIL

★4/21 " Monday Express "
~celebrating DJ FUMI 20th & bonobo hits vol.2 release!!!~
@ 神宮前bonobo
22:00~ ¥1000
DJs: FUMI/Dee/7e/ALTZ/wakka/FMW/The KLO/HOBOBRAZIL

Front Bar/Food : Toshio Bing Kajiwara & Yoko Higashino
Inside Bar : Pappi & Chie
2nd Floor : ベジタブル曼荼羅 by Mangosteen

★4/26 " danhill "
@ 湯島Underconstruction
23:00~ ¥2000
DJs: Max Essa/HOBOBRAZIL/CIRKUS

★4/28
@青山トンネル
21:00~ no charge
DJs: SEI/Pooyan/HOBOBRAZIL/G.O.N

★5/6@福岡(T.B.A)
★5/16@神宮前bonobo(T.B.A)

Kevin Drew - ele-king

 少しもむなしくないのがいいセックス、ちっとも清らかじゃないのがいいセックス……リード・シングルにしてベスト・トラック、“グッド・セックス”のヴィデオが、このアルバムを的確にイントロデュースしている。親密に身体を重ねるカップルを映しながらも、たとえば同じモチーフのライのヴィデオの耽美さとはまったく趣が異なっていて、オープンでポップ、とても朗らかだ。なんでも、一般のカップルから公募して出演してもらったヴィデオだという。あっけらかんとシェアされる、「ふたりだけの世界」。
 カナダのインディ・ロック・シーンを代表するブロークン・ソーシャル・シーン(以下BSS)の主要メンバー、ケヴィン・ドリューによる6年ぶりとなるソロ2作目。なんというか……僕などはつい、男を上げたなと思わされてしまう。ソングライティングは洗練され、そして、加齢することによる包容力があるのだ。

 BSSは、カナダのほかのバンド……たとえばアーケイド・ファイアがUSシーンにおいてビッグな存在になる下地を作ったコレクティヴだ。アメリカのメインストリームに毒されていない、何よりも音楽性の高さでもって勝負できるバンドを次々輩出したカナダのシーンがあってこそ21世紀の北米インディが充実したことは間違いないが、なかでもBSSは自らを「壊れた社会の風景」と名づけた直感が正しかった。世紀が変わり、アメリカを中心とする欧米社会の歪みと崩壊が可視化されていくなかで、大勢のメンバーが出入りするBSSはひとつの理想的な共同体の例として見えたものだ。最近作『フォーギヴネス・ロック・レコード』(10)のオープニング・トラックは“ワールド・シック”すなわち「病んだ世界」だが、つまり世界が壊れているのが前提だとして、そこでインディペンデントな人間たちがたくさん集まって何を奏でられるのか。その実践がBSSだった。
 ケヴィン・ドリュー名義による愛とセックスをテーマにした『ダーリングス』、「愛しいひとたち」と名づけられたこのアルバムはたしかに入口こそパーソナルだったのかもしれない。が、ここにはじつに多くの人びとが住んでいるように僕には聞こえる。ファイストやBSSのメンバーなどおなじみの顔ぶれが参加しているのももちろんある。が、それだけでなく、楽曲のアレンジメントがバンドと距離を感じないというのが大きい。たとえば中盤、静かに鳴る木琴がキュートな印象を残す“ユー・ガッタ・フィール・イット”、“ファースト・ライン”や、あるいはエレクトロニクスが適度に施された曲など、どれも「絶対にこのアレンジでなければ」という堅苦しさ、ストイシズムはない。ポスト・ロックやエレクトロニカ、フォークやサイケ……といった彼の音楽的語彙が、わりと雑多に施されている。自分が作った曲を核としながら当たり前のように周りにいるひとたちの助けを借り、それぞれの得意な部分を集めて、いっしょに奏でたものが自然と収められたという感じだ。シューゲイジングなギター・ロック“ブルシット・バラッド”なんて、ほとんどBSSである。周りのひとたち……「ダーリングス」がいてこその自分、「ケヴィン・ドリュー」。そういうことなのだろう。

 年を取るとともに、大切なものやひとの存在が自分のなかではっきりしていく感覚。それが僕にも少しずつだがわかるようになってきた……ように思う。『ダーリングス』を聴いていると、素朴にそうしたことに想いを馳せることができる。春にこのポップ・ソング集を聴けることが僕は嬉しい。鍵盤のアルペジオがキラキラと輝く“グッド・セックス”では「すべて奪って死んでいくのがいいセックス」と言いながら、「でも、僕はまだきみと息してる、ベイビー」と繰り返す。誰かと続けていく人生のためのラヴ・ソングだ。

V.A. - ele-king

 ダンスのモードがハウスに回帰していることもあって、ele-kingでは、『ハウス・ディフィニティヴ 1974-2014』を刊行する。「ディフィニティヴ」シリーズは、表向きにはカタログ本で売ってはいるが、実は年表でもある。歴史なのだ。そういう意味で、むしろ1977年と1987年の違いもよくわからない人にこそ呼んで欲しいし、1975年と1985年の違い、章のタイトルの意味するところを面白がっていただきたい。

 さて、『ハウス・ディフィニティヴ 1974-2014』の刊行にともなってクラシックと呼べるハウスのアルバム、計3枚がリリースされる。〈DJインターナショナル〉のレーベル・コンピレーション、フィンガーズ・インクの『アナザー・サイド』、ザ・トッド・テリー・プロジェクトの『トゥ・ザ・バットモービル、レッツ・ゴー』の3枚だが、ここではそのうち2枚を紹介しよう。

 『ザ・サウンド・オブ・DJインターナショナル-アンダーグラウンド』は、ハウス黎明期における最重要レーベル、〈DJインターナショナル〉(そのプラネット・レーベル〈アンダーグラウンド〉)の編集盤だ。〈DJインターナショナル〉とは……、レゲエにおいて〈トラックス〉が〈スタジオ・ワン〉なら〈DJインターナショナル〉は〈トレジャー・アイル〉だと手っ取り早く説明しているのだが、つまり、ハウスというジャンルの誕生においてそれだけ大きなレーベルということだ。

 1985年、〈トラックス〉の後を追って設立した〈DJインターナショナル〉は実に多くのクラシックを残している。たとえばチップ・Eの“ライク・ディス”。DJが2枚がけしたくなるこのトラックのベースラインと「ララ、ララ、ラ、ライクディス」という声ネタは、80年代初頭のディスコ・パンク・バンド、ESGの“ムーディー”からのサンプリングで知られている。これはネタ探しのマニアの話ではない。このようにハウスとは、そもそもシカゴ・ハウスとは、フランキー・ナックルズ、ロン・ハーディらのDJプレイとその熱狂に感化された当時の若い世代が既存の音源をサンプリング(ジャック)して作った音楽だった、ということだ。ファースト・チョイスの有名な“レット・ノー・マン・プット・アサンダー”をジャックしたスティーヴ“シルク”ハーリィの“ジャック・ユア・ボディ”然り、ハウスは他を盗むことからはじまった。
 が、ハウスは、盗むだけの音楽に終始しなかった。スターリング・ヴォイドの“イッツ・オールライト”は1989年にペット・ショップ・ボーイズにカヴァーされ、そしてジョー・スムースの“プロミスド・ランド”もまた1989年にスタイル・カウンシルによってカヴァーされている。シカゴ・ハウスは、早々と、ポップ・ソングとしても認められていたのである。

 『ザ・サウンド・オブ・DJインターナショナル-アンダーグラウンド』には、1985年の、英国でナショナル・チャートの1位となるほどの大ヒットを記録した歴史的な曲“ジャック・ユア・ボディ”から、先述の“ライク・ディス”、“イッツ・オールライト”や“プロミスド・ランド”、ファーリー・ジャックマスター・ファンクがプロデュースした女王ロリータ・ハロウェイ(ジェシー・ウェアやアルーナ・ジョージの大先輩)の“ソー・スウィート”、再評価が高まっているE.S.P.“イッツ・ユー”、そして1990年のヒップ・ハウス──ファンキーなラップ入りのハウスで、ゲットー・ハウスの青写真とも言える──のミックス・マスターズの“イン・ザ・ミックス”まで、厳選された12曲が収録されている。そのなかには、先日再発されたばかりのフランキー・ナックルズの初期の名曲、美しく切ない“オンリー・ザ・ストロング・サヴァイヴ”も含まれている。
 〈トラックス〉レーベルは現在も再発が盛んで、12インチもコンピレーションも入手しやすい状況にある。が、同じくらい重要な〈DJインターナショナル〉の編集盤はいまのところない。音楽的な観点で言えば、解説にも書いてあることだが、オリジナル・シカゴ・ハウスの王道とも言えるレーベルなので、ディスクロージャーで踊っているマサやん世代はもとより、往年のハウス・ファンにも聴いて欲しい。

 フィンガーズ・インクの『アナザー・サイド』は、もっとも初期のハウス・アルバムの1枚で、ジャックしながら生まれた、パーティのためのハウスにおいて、最初に音楽的な洗練を目指した作品だった。
 学生時代はジャズ/フュージョン・バンドのドラマーとして活動していたラリー・ハードを中心に結成されたフィンガーズ・インクには、天才的なヴォーカリスト、ロバート・オウエンズが在籍していた。1988年にUKの〈ジャック・トラックス〉からリリースされたこの傑作は、いちど海賊盤が出回ったことがあるものの、正規のリイシューはいちどもなかったので、今回は待望の再発と言える。
 『アナザー・サイド』には、オリジナルのヴァイナル盤にのみ収録された、当時の大・大・大名曲も収録されている。“ミステリー・オブ・ラヴ”、“キャン・ユー・フィール・イット”、そして“ブリング・ダウン・ザ・ウォール”。これらの曲は、いま聴くとデトロイト・テクノの、ホアン・アトキンス(エレクトロ)とは別の、大きな影響だったとも思える。
 1987年以降のハウスには、アシッド・ハウスという実験的なサブジャンルが生まれ、やがてドラッギーな音の響きが強調されていく。ラリー・ハードが探求したのはそうしたドープ・サウンドではなく、ディープ・サウンドだった。のちにディープ・ハウスと呼ばれる音楽の、発火点のひとつである。
 とはいえ、『アナザー・サイド』をいま聴くとヨーロッパのニューウェイヴ系シンセ・ポップからの影響の強さをあらためて感じる。両性具有的なオウエンズのヴォーカリゼーションとハードの妖美なシンセサイザーは、題名通り「もうひとつの側」の世界を思わせるには充分で、“アイム・ストロング”や“ディスタント・プラネット”のようなアルバムの代表曲から滲み出る異様なまでの官能的なムードは、いまもリスナーを危うい領域に誘い込む。リル・リスにしてもそうだったが、当初のディープ・ハウスとは、ハウスのセクシャルな特性を掘り下げたものだった。

※同時発売されている、ザ・トッド・テリー・プロジェクトの『トゥ・ザ・バットモービル、レッツ・ゴー』(1988年)は、オリジナル・シカゴ・ハウスを最初に変革した作品である。NYで、ヒップホップを背景に持つ彼は、派手なサンプリング/DJミキシング(そしてラテンの香り)を駆使して、ポスト・シカゴ時代──まさにマスターズ・アット・ワークの登場を準備している。

R.I.P. 佐藤将 - ele-king

 インディ・ヒップホップ・レーベル〈ブラック・スワン〉のオーナーで、元〈Pヴァイン〉のA&R/ディレクターの佐藤将さんが3月5日に亡くなった。享年40歳だった。佐藤さんが亡くなって1か月近くが経とうとしているが、熱心な日本語ラップ・ファンや若い日本語ラップ・リスナーの人たちにこそ佐藤さんの功績を知ってほしいという気持ちは増すばかりだ。

 音楽業界におけるA&R(Artist and Repertoire)という職業は、たとえるならば、出版業界における編集者のようなもので、才能あるアーティストを発掘し、その才能を育て、作品を世に送り出すのが仕事だ。アーティストにアドバイスし、ときにプロデューサー的役割を担う。寝食をともにし、ときにはカネを貸すこともある。そうやって、いっしょに遊んで、飲んで、仕事をして、音楽を作っていく。
 アメリカの音楽専門サイト『COMPLEXMUSIC』は、昨年2月に「The 25 Best A&Rs in Hip-Hop History」という記事をアップしている。1位は〈ジャイヴ〉のCEOであるバリー・ワイスで、2位にドクター・ドレ、3位にディディ、4位にリック・ルービン、9位にRZAがランクインしている。
 そうしたUSのシーンとは産業の規模やA&Rの捉え方において差はあるものの、日本語ラップでこの手の企画をやれば、ベスト10に間違いなく入るのが佐藤さんという人物だった。いや、番外編の1位を飾る人物であると評した方が的確かもしれない。「佐藤さんは番外編の1位ですよ」と仮に伝えることができたならば、佐藤さんは体を斜めに構え、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、皮肉のひとつやふたつでもくり出しながら喜んでくれたに違いない。佐藤さんはそういう天邪鬼なところのある、最高にマニアックな人だった。変態や変わり者やはぐれ者、少数派への異常な愛というものがあった。狂気と正気のはざまから産み落とされる芸術=ヒップホップを愛していた。それが、佐藤さんの最大の魅力であり、A&Rとしての武器であり、個性だった。

 佐藤さんのもっとも重要な功績をふたつ挙げるとすれば、MSC『Matador』(2003年)とSCARS『THE ALBUM』(2006年)を世に送り出したことだろう。2000年代のインディ・ヒップホップの方向性を決定づけた、それぞれ個性のまったく異なるMSCとSCARSというハードコア・ヒップホップの二大巨頭をいち早く評価し、シーンを揺り動かす傑作を生み出した。
 昨年末に〈リキッドルーム〉で、本当にひさびさに観ることのできたMSCのほぼフル・メンバーでのライヴの数日後に電話で話したとき、普段は辛辣で、そう簡単にMSCを褒めない佐藤さんが珍しく「MSC、やればできるじゃん! ライヴ、ヤバかったよね! 今後いい感じになってほしい」とうれしそうに語っていたのが印象に残っている。MSCが本格的に再始動するのをいちばん楽しみにしていたのは、佐藤さんだった。
 〈ブラック・スワン〉を立ち上げてからは、ゴク・グリーンをデビューさせている。また、レーベル・オーナーとしての苦悩をユーモラスな自虐精神と恨み節で語った鼎談記事をレーベルHPにアップしてもいた。

 時代の変化に伴う経済的理由はおおいにあるだろう、大きなお金を生まないアーティストに時間や労力を惜しみなく使い、運命共同体のように歩んでいくA&Rはいまや少数派となっている。
 そういう意味で佐藤さんは、反時代的で、反骨心のあるA&Rだった。シビアなポリティックスが渦巻くヒップホップ・シーンのなかで、一筋縄ではいかないアーティストや、レーベル/メディア関係者らと粘り強く対峙しながら、どれだけ茨の道であろうと、自分の信じる、おもしろい! ヤバい! というヒップホップをしつこく探究したA&Rだった。それだけに愚痴やディスもはっきりと言う人で、偏屈なところもあったけれど、大人の常識のあるビジネスマンでもあった。だからこそ、信頼もされた。

 なによりも最後は自分の惚れたアーティストの良き理解者であろうとしたし、ヒップホップを心の底から愛し、A&Rという仕事に誇りを持つ、永遠のヘッズだった。佐藤さんはドープなシットをたくさん残してくれた。僕たちはこれからも佐藤さんの残したヒップホップを聴きつづけるでしょう。本当にいままでお疲れさまでした。安らかに。

Hecker - ele-king

 フロリアン・ヘッカー。ドイツ人サウンド・アーティストである。彼は、1996年にウィーンの〈メゴ〉より、精密さと獰猛さが同時に封じ込められた最初のアルバム『IT ISO161975』をリリースし、電子音響/グリッチ・ムーヴメント初期において静かな波紋を生みだした。以降も〈メゴ〉や〈エディションズ・メゴ〉を中心に〈リフレックス〉などからも相次いで作品を発表。中でも03年の『サン・パンダモニウム』(〈メゴ〉)は、無秩序な電子ノイズが光の束のように炸裂する傑作であった(2011年に〈パン〉からアナログ盤としてリイシューされた!)。さらには、刀根康尚(『パリンプセスト』)やラッセル・ハズウェル(『ユーピック・ワープ・トラックス』)などともコラボレーションも繰り広げるなど、まさに00年代の電子音響シーンにおいて最重要人物のひとりといっていいアーティストである。

 そして、2009年に〈エディションズ・メゴ〉からアルバム『アシッド・イン・ザ・スタイル・オブ・デヴィッド・チュードア』をリリース。この作品によって、電子音楽史とグリッチ以降の電子音響のコンテクストを繋げ、90年代から00年代までの自身のキャリアを見事に総括した。2010年代に突入後も世界各地でインスタレーション作品の発表や、〈エディションズ・メゴ〉から、ロビン・マッケイ編集による哲学者クァンタン・メイヤスーらのテキストを収録したブックレット同梱のボックス・セット『スペキュレイティブ・ソリューション』(2011)、ヴァイナルのみでのリリースの『キメリゼイション』(2012)をリリースするなど、その活動はさらに活発化している。ここ日本においても、2013年に東京都現代美術館で開催された“アートと音楽”展へ作品を出品。そのミニマルかつ明晰なインスタレーション/サウンドは同展の中でも一際ユニークなものだった。

 さて、そんなヘッカーの作品をひと言で言い表すと、非音楽的な音響作品となるだろうか。彼のサウンドは、音楽的な「快楽」から意識して遠く離れようとしているように思える。同じヘッカーでも、ティム・ヘッカーが快楽的なドローン/アンビエント作品を生み出しているのとは対照的だ。より正確にいえば「楽曲」的であることから離れている、というべきかもしれない。その意味で彼の音楽は「音楽」ではない。いわば空間の中に存在するオブジェのような音響作品である。それは彼がインスタレーションも制作しているアーティストだからという側面だけではない。そもそも彼のデビュー・アルバムからしてすでに楽曲的ではなかった。電子音の振幅・レイヤー・持続・運動の横溢であった。では楽曲的とはどういう意味か。ここでは音が時間軸のなかである意図を持って配置されている連なりとしておく。ゆえに楽曲において音は構造に従属する。そして構造は反復を要請する。しかしヘッカーの作品は構造よりも運動に軸足を置いているように思える。構造は反復を要請するが、運動は生成を導くものだ。その運動を生成と言い換えてもいい。彼の音楽は音がその都度、運動=生成していくことによって作品として成立していくものなのだ。

 そして重要なのは、その生成が人間によるライヴ演奏ではなく、プログラミングなどの極めて数学的/工学的なシステムによって生まれている点である。そして近年のヘッカーはその数学的なサウンド生成システムに、人文的な思想的なエレメント(メイヤスーのテキストをCD『スペキュレイティブ・ソリューション』のブックレットに収録する先進性!)をもレイヤーさせている。つまり世にいう人文系/理解の差異に、音響というブリッジを敷くことで、その3つを繋げ、新しいアートの形を模索しているようにも思えるのである。

 本作は哲学者/文学者であるReza Negarestaniの台本の朗読に音響的工作を施すことによって成立している極めて実験的な作品である。もっともReza Negarestaniとのコラボレーションは本作が初でない。2012年に〈エディションズ・メゴ〉からリリースされた『キメリゼイション』は、Reza Negarestaniのテキストとコラボレーションをしたアルバムであった。Reza Negarestaniによって英語/ドイツ語/ペルシア語のテクストが執筆され、それぞれが朗読・録音・エディットされたヴァージョンを制作し、3枚組のアルバムとしてリリースしたのである。そのインスタレーション版は、世界有数のアート・フェスティバルである〈ドクメンタ(13)〉で、インスタレーション版が公開され話題を呼んだ。つまり『キメリゼイション』は、サウンド・インスタレーションであり音響作品でもあった。同時にそれらを包括する意味では新しい時代の実験歌劇ですらあった。

 本アルバムも同様にReza Negarestaniの台本を朗読する「ヒンジ」を2曲収録している。『キメリゼイション』と違う点は、「自然」と「文化」を主題とした台本が同時に朗読されている点である。その朗読によって、テキストが、ときに朗々と、ときに淡々と、ときに人間的に、ときに機械のように読み進められていく。そして、その言葉の肌理には微細/大胆なデジタル・エディットが施されているのである。私たちは、抑制のついた語りによって、まるで朗読にメロディがあるような感覚も抱くことになるし、同時に言葉/声の残滓にエレクトロニクスなグリッチ・ノイズがレイヤーされていることよって、声と言葉の肌理=音を聴くことにもなる。そう、言葉/声の残滓のエディットを「音/響」とすること。そして、その「ヒンジ」2曲(これらが朗読者も違う)を挟むように“モジュレーション”というエレクトロニクス・サウンド作品がアルバム中央に置かれている。このトラックは、いかにもヘッカー的な電子音響作品である。音の持続に加え、その弾むような非反復的なリズムが横溢しているからだ。それは歴史と実験のあいだに置かれたビリヤード盤のような音である。文化と自然への朗読。電子音による弾けるような音。それらの交錯。

 つまり、人の声と電子の音は、本盤においては同等に存在している。それらに共通する質感は、音楽的ではない音響作品としての感覚である。つまりは人の声と電子の音のエラー/グリッチ的生成。エラー特有の「複雑さ」を経由した強靱な「単純さ」。それはいわばジル・ドゥルーズの語るゴダール的な「と」と「どもること」のサウンド化のようですらある。ヘッカーの作品が「音楽」の形式から遠く離れるのは、非反復的な音の運動=生成による。それゆえ、私たちの耳は音楽的快楽ではない「新しい音楽」を耳に摂取することになるのではないか。それは朗読という「私たちの音楽」から生まれたものでもある点にも注目したい。

 このサウンドの快楽から遠く離れた音と声を肌理を聴取することによって、あなたの、そして世界の、サウンド・パースペクティヴは変化していくだろう。エラー/グリッチによる運動の自律的生成によって。かつてデヴィッド・チュードアは電子音を自然に近づけたようとした(「レイン・フォレスト」!)。しかしヘッカーは自然のように/生物のように自律する電子音響を生み出しているのだ。その意味で、かつてデヴィッド・チュードアにオマージュを捧げたアルバムを作り出したヘッカーらしいアルバムである。

 つまり、ヘッカーは、本作においても、音楽/音響における偶然と必然という「賭け」を、朗読という時間軸上に再度マッピングし、世界の偶発性そのものを、サウンド力学の中で再生成させようとする試みを実践しているのである。当然、その運動においては、常にエラーが巻き起こる。それもまた彼の音楽の重要なエレメントになる。本CDは、その「成果」をわれわれに報告する最新報告書か論文のようなアルバムだ。ヘッカーは私たちの耳にあるロゴスを告げるだろう。音楽の進化は、お決まりの快楽を超えて聴くことの定点を拡張する点にこそある、と。ヘッカーの活動が常に刺激的なのは、その点にある。そう、「音楽」を超える音楽へ……!

Angel Olsen - ele-king

「あなたも孤独? あなたも孤独なの? ハイ・ファイヴ! わたしもよ!」(“ハイ・ファイヴ”)

 エンジェル・オルセンは孤独について歌っている――キュートな顔でギターをかき鳴らし、喉を震わせ、時に力を込めてビブラートをかけつつ、ソプラノと芝居がかった低音を行き来しながら唯一無二の歌声を絞り出している。荒削りなベースとくぐもった音色のドラムスがビートを刻むなか、スワンプふうのギターはひずみ、ルーズにゆらいでいる。
 「孤独な誰かとともに(わたしは)ひとりで座っている」。孤独を安売りすることもなく、安易につながることで自己を溶融してしまうこともなく、彼女はその「誰か」とふたり、互いに孤独を守りつつ力強くハイ・ファイヴを交わそうとする。「孤独であることについて書かれた曲としてはもっとも陽気な曲」とピッチフォークにあるように、“ハイ・ファイヴ”はつまりそういう曲だ。ある個体と別の個体とが互いに個であることを認めあいながら存在する、という当たり前のことではあるが、ある面ではだんだんと曖昧化してしまいそうなことがここでは歌われている、のではないか。

 カフェで働きながらソロ活動とボニー・プリンス・ビリーのツアーへの帯同で活躍の場を広げていったエンジェル・オルセンは、2010年にカセットEP『ストレンジ・カクタイ』を、2011年にアルバム『ハーフ・ウェイ・ホーム』を〈バセティック・レコーズ〉からリリースしている。『ハーフ・ウェイ・ホーム』により知名度を上げた彼女は、内省的でアコースティックなサウンドやその歌唱法から、ヴァシュティ・バニヤンやジュディ・シル、そして初期のレナード・コーエンが引き合いに出されてきた(今作ではそこにキャット・パワーやシャロン・ヴァン・エッテンの名が加わる)。
 転機となったのは日本の小さなインディー・レーベル、〈シックスティーン・タンバリンズ〉からのリリースとなった7インチ“スリープウォーカー”で、A面の“スウィート・ドリームズ”において彼女はローファイでラウドなガレージ・ロックへと転向している。

 〈ジャグジャグウォー〉からのリリースとなった今作『バーン・ユア・ファイア・フォー・ノー・ウィットネス』では、エレクトリック化、ロックンロール化をさらに推し進めている。先行曲“フォーギヴン/フォーゴットン”や、エンジェル・オルセン自身「ルー・リードっぽい」と語るヴェルヴェット・アンダーグラウンドふうの“ハイ&ワイルド”などにそれは端的に表れている。他方、“ホワイト・ファイア”や出色の“エネミー”など、過去作に近いアシッド・フォーキーなアコースティック/エレクトリック・ギターの弾き語りももちろん収められている。
 プロデューサー、エンジニア、ミックスを担当しているのはジョン・コングルトン。今年に入ってからすでにクラウド・ナッシングスの『ヒア・アンド・ノーウェア・エルス』やセイント・ヴィンセント(2009年の傑作『アクター』以降はデヴィッド・バーンとの共作盤も含めて全作に関わっている)のセルフ・タイトル作のプロデューサーであり、5月にリリースされるスワンズの『トゥ・ビー・カインド』のレコーディング、ミキシングを担当するなど八面六臂の活躍を見せる売れっ子だ。


 エンジェル・オルセンは自らの内面を深く覗きこみ、時には自己と対立しながらも内なる風景からなにかを掴みとって曲を書いている。孤独で、エゴイスティックな隘路にも陥りかねない作業だ。だが、彼女は次のようにも(実に哲学的な言葉で)語っている。「もし自分の思考に夢中になれなかったとしたら、他者と有意義な交流が持てるかしら? 自分自身との孤独な時間を、そしてただ存在しているということを楽しむのは重要なことよ。なぜなら“存在”はそれだけでクールなことなのだから」。
 エンジェル・オルセンの音楽は内省的ではあるがしかし、上の言葉にも表れているとおり彼女の楽曲たち(しばしば「子ども」と喩えられる。いくつかのインタヴューでは「子宮 womb」という言葉も象徴的に使っている)は開放的で肯定的な空気をたしかに呼び込んでいる。『バーン・ユア・ファイア・フォー・ノー・ウィットネス』の冒頭で繰り返されるのは「いまわたしはひとり/あなたはそばにいない」という言葉なのだが、それでもこの曲は“アンファックザワールド”と名づけられている。
 世界を軽々しく拒否しないこと。フィッシュマンズは「窓はあけておくんだよ」(“ナイトクルージング”)と歌ったが、エンジェル・オルセンは「ときには窓を開けない?」(“ウィンドウズ”)と僕たちを誘う。「光ってそんなに悪いものかしら?」と、神秘的なギターやオルガン、ピアノの音に包まれながら、ゆらめくハイ・トーンへとエンジェル・オルセンの声は美しく伸びていく。

Jazz The New Chapter - ele-king

 本書は、2000年代以降のジャズを積極的に紹介した音楽ガイドである。監修をつとめた柳樂光隆は、『クロスビート』の最終号に「ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズのファミリー・ツリー」という記事を書いているが、本書はその記事をさらに展開した本だと言える。ジャズの新しい潮流をフォローした内容なので、最近のジャズに明るくない人などは、ぜひ新しい音楽と出会ってほしいと思う。僕自身も、聴いていない盤はこれから順々に聴きたいと思っている。しかし本書の意義はそのようなディスクガイド的側面だけにとどまらない。本書は、単なる音楽紹介以上に意欲的で挑発的で批評的だ。

 重要なミュージシャンとしては、やはりロバート・グラスパーが挙がる。グラスパーは、『Black Radio』シリーズがヒップホップなど一部のクラブ・ミュージックのファンに支持されている一方、ジャズ・リスナーからは批判も多く、それ自体挑発的な存在である。したがって、グラスパー的な視点から見たジャズの見取り図は、やはり挑発的に映るのかもしれない。いや、ジャズ・プロパー以外から見てもじゅうぶんに刺激がある。

 僕は2000年あたりからDJをはじめ、ヒップホップやR&Bを聴くことも多かったのだが、本書を読んで驚くのは、現在のジャズ・ミュージシャンらが、コモンやJ・ディラ、ディ・アンジェロなどに対して、自分とぜんぜん違った受け取りかたをしていたことだ。たとえばディスク・レヴューの、コモン『ライク・ウォーター・フォー・チョコレート』の欄には、グラスパーが“セロニアス”(J・ディラのプロデュース作)をよくカヴァーしている、と書かれている。しかし『ライク・ウォーター・フォー・チョコレート』(2000)が発売された当時、ラジオやクラブで流れていたのは、圧倒的に先行シングルの“ザ・シックス・センス”だったと記憶している。
 僕の同アルバムに対する印象もそのあたりばかりだ。DJプレミアのプロデュースだし、90年代東海岸ヒップホップのノリで聴いていたのだ。同じように、モス・デフ『ブラック・オン・ボース・サイズ』(2002)では“ウミ・セズ(Umi Says)”が名曲とされているが、当時のクラブヒットは、断然“ミス・ファット・ブーティー”のほうである。“セロニアス”も“ウミ・セズ”も、ビートが控えめで、とくに大きいフロアでは地味になってしまいそうな曲である。当時の僕なんかからすれば、他の曲を差し置いてこれらがフィーチャーされることに驚くのだが、グラスパー的な価値観からすればむしろ、細かく緻密なビートや、ウワモノとビートのアンバランスな関係が刺激的だったのだろう。

 したがって、そのような実験的なトラックを作りつづけたJ・ディラに対して、グラスパーらの注目が集まるのは必然であり、だからこそグラスパーたちは、そのJ・ディラのトラックをライヴでシミュレートする。このことは村井康司・原雅明・柳樂鼎談で詳しく語られているが、グラスパーがジャズ・シーンにおいて挑発的だったのは、プレイヤーの技術を、インプロヴィゼーションではなく、J・ディラ的なビートの影響下で発揮させたことだろう。インプロに価値を置かないから、ジャズ・ファンからは物足りないものに映ってしまう。ゆえに批判も多い。しかしそこには、既存の評価軸ではなかなか捉えきれない力学が働いているのだ。

 本書はこのように、既存のジャズの評価軸では捉えきれない力学を丁寧に紐解いている。グラスパーとヒップホップの関係は、ほんの一例である。さまざまなミュージシャンがさまざまな音楽に啓発されている。したがって、グラスパーに限らず、現在のジャズを語るには、J・ディラやLA・ビートシーンのことを知らなくてはならないのだ。いや、クラブ・ミュージックだけでなく、ジョン・マッケンタイアのことだってアニマル・コレクティヴのことだって知らなくてはならないのだ。本書は、現在のジャズが周辺ジャンルと絶え間なく交通していることを解釈的・実証的に示しているが、「Introduction」で柳樂が喧嘩を売っている(!?)ように、この作業自体、インプロヴィゼーションを中心化するジャズ批評に対して論争的である。もっと言えば、インプロ中心主義で紡がれたジャズ史を、一気に再編成しよう目論んでいるようである。その点が、とても批評然としている。

 でも考えてみれば、このようなジャンルを越えた音楽史の再編成は、いつでも起こっていると言えるのかもしれない。ジャズ・プレイヤーがジャズだけを聴いているわけはないし、ロック・ミュージシャンがロックだけに閉じこもっているわけもない。あるいはDJは、つなぎやすい曲を無節操につないでいく。僕自身、ジャズやロックを網羅するようなところまではぜんぜん及ばないが、ニック・ドレイクとミルトン・ナシメントとファラオ・サンダースを並列的に聴くような感じはある。それらは、別々のレコード棚から見つけてくるので別々の音楽かのように思い込んでいたが、案外そうでもないのかもしれない。実際、DJとしての僕も、それらをひとつにつなげようとする。グラスパーがコモンやニルヴァーナの曲を演奏するのも、ダニエル・ラノワのバンドが“リング・ジ・アラーム”(テナー・ソウのダンスホール・クラシック!)を取り上げるのも、同じような感覚なのだろう。『Jazz The New Chapter』は、まさにそのような感覚から出発している。ヴァラエティ豊かな執筆陣も、このようなジャンル越境的な感覚を共有している人たちなのだろう。

 今後、ジャズ批評が本書以前/以降という区分のもとで語られることを願う。論争も起こってほしい。そのくらい本書は、ジャズ・シーンに対して批評的に介入していると思う。そしてこの批評的介入は、ジャズに限らない。ヒップホップのファンは、ヒップホップの系譜のひとつとしてグラスパーを聴かなければならないし、オルタナティヴ・ロックのファンは、オルタナティヴ・ロックの系譜のひとつとしてティグラン・ハマシャンを聴かなければならないのかもしれない。だから、あらゆる音楽リスナーに読まれてほしい。そのとき、『Jazz The New Chapter』は、今度は最良のディスクガイドとして現れるはずだ。とりあえず僕は反省して、コモンの“セロニアス”でも聴き直そう。

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