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少しもむなしくないのがいいセックス、ちっとも清らかじゃないのがいいセックス……リード・シングルにしてベスト・トラック、“グッド・セックス”のヴィデオが、このアルバムを的確にイントロデュースしている。親密に身体を重ねるカップルを映しながらも、たとえば同じモチーフのライのヴィデオの耽美さとはまったく趣が異なっていて、オープンでポップ、とても朗らかだ。なんでも、一般のカップルから公募して出演してもらったヴィデオだという。あっけらかんとシェアされる、「ふたりだけの世界」。
カナダのインディ・ロック・シーンを代表するブロークン・ソーシャル・シーン(以下BSS)の主要メンバー、ケヴィン・ドリューによる6年ぶりとなるソロ2作目。なんというか……僕などはつい、男を上げたなと思わされてしまう。ソングライティングは洗練され、そして、加齢することによる包容力があるのだ。
BSSは、カナダのほかのバンド……たとえばアーケイド・ファイアがUSシーンにおいてビッグな存在になる下地を作ったコレクティヴだ。アメリカのメインストリームに毒されていない、何よりも音楽性の高さでもって勝負できるバンドを次々輩出したカナダのシーンがあってこそ21世紀の北米インディが充実したことは間違いないが、なかでもBSSは自らを「壊れた社会の風景」と名づけた直感が正しかった。世紀が変わり、アメリカを中心とする欧米社会の歪みと崩壊が可視化されていくなかで、大勢のメンバーが出入りするBSSはひとつの理想的な共同体の例として見えたものだ。最近作『フォーギヴネス・ロック・レコード』(10)のオープニング・トラックは“ワールド・シック”すなわち「病んだ世界」だが、つまり世界が壊れているのが前提だとして、そこでインディペンデントな人間たちがたくさん集まって何を奏でられるのか。その実践がBSSだった。
ケヴィン・ドリュー名義による愛とセックスをテーマにした『ダーリングス』、「愛しいひとたち」と名づけられたこのアルバムはたしかに入口こそパーソナルだったのかもしれない。が、ここにはじつに多くの人びとが住んでいるように僕には聞こえる。ファイストやBSSのメンバーなどおなじみの顔ぶれが参加しているのももちろんある。が、それだけでなく、楽曲のアレンジメントがバンドと距離を感じないというのが大きい。たとえば中盤、静かに鳴る木琴がキュートな印象を残す“ユー・ガッタ・フィール・イット”、“ファースト・ライン”や、あるいはエレクトロニクスが適度に施された曲など、どれも「絶対にこのアレンジでなければ」という堅苦しさ、ストイシズムはない。ポスト・ロックやエレクトロニカ、フォークやサイケ……といった彼の音楽的語彙が、わりと雑多に施されている。自分が作った曲を核としながら当たり前のように周りにいるひとたちの助けを借り、それぞれの得意な部分を集めて、いっしょに奏でたものが自然と収められたという感じだ。シューゲイジングなギター・ロック“ブルシット・バラッド”なんて、ほとんどBSSである。周りのひとたち……「ダーリングス」がいてこその自分、「ケヴィン・ドリュー」。そういうことなのだろう。
年を取るとともに、大切なものやひとの存在が自分のなかではっきりしていく感覚。それが僕にも少しずつだがわかるようになってきた……ように思う。『ダーリングス』を聴いていると、素朴にそうしたことに想いを馳せることができる。春にこのポップ・ソング集を聴けることが僕は嬉しい。鍵盤のアルペジオがキラキラと輝く“グッド・セックス”では「すべて奪って死んでいくのがいいセックス」と言いながら、「でも、僕はまだきみと息してる、ベイビー」と繰り返す。誰かと続けていく人生のためのラヴ・ソングだ。
木津毅