ラテンアメリカは、自立のために絶え間ない闘いを繰り返し、非植民地化のために必死で生きている。私たちの微笑みを壊す、キャピタリズムの沈黙の支配を前にしながら。
![]() Ana Tijoux (アナ・ティジュ) Vengo(ベンゴ) MUSIC CAMP |
ラテン・ヒップホップといえばマイアミやニューヨーク、ロサンゼルスのラテン系ルーツを持つアーティストたちによるスペイン語のヒップホップを思い浮かべる人のほうが多いのではないだろうか。それも間違いではないが、すべてではない。ここでは、いままで大々的に語られることがなかった、反米運動やグローバリズムに抵抗するために確立されたラテンアメリカのアンダーグラウンド・ヒップホップついて説明したい。
2000年代初頭、ブラック・パンサー思想を継承するキューバのフェスティヴァル、「ブラック・オーガスト」は、エリカ・バドゥ、ザ・ルーツ、モス・デフ、コモン、ファット・ジョーらを含む米国のアーティストたちとキューバやラテンアメリカのアーティストたちが参加し、国を越えたアーティスト同士の交流を目的にした、伝説的なイベントだった。その動きに触発され、2005年からラテンアメリカじゅうのアンダーグラウンド・ヒップホップのアーティストを集めた、サミット的フェスティヴァル、『クンブレ』がベネズエラで始動する。同国では前大統領のウーゴ・チャベス政権による、ゲットーでのヒップホップを媒介にした教育や社会活動が政策を行っており、クンブレもその一環だった。そして、ドミニカ共和国、アルゼンチン、ブラジル、メキシコ、チリ、プエルトリコなどラテンアメリカ全域に『ヒップホップ・レボルシオン(ヒップホップ革命)』と呼ばれる大きなムーヴメントが広がり、2010年ごろまで活発化していた。
元大統領チャベス政権のヒップホップ政策により生まれた、ベネズエラのオクマレ・デ・トゥイという村の少年たちによる、ヒップホップ・クルー、ムーチョクモの曲〈Nuestra Juramento(俺たちの誓い)〉。
ベネズエラでは、現大統領、ニコラス・マドゥロ政権への反体制デモが起こり、紛争状態と米系大手メディアは報道する。一刻も早く同国の混乱が治まることを願うばかりだが、そんな今でこそ、表向きに報道されていなかったチャベス政権の活動を伝えるこのビデオを紹介したい。
そんなラテンアメリカ全域を巻き込んだムーヴメントの功績により、メッセージと高い音楽性を持つヒップホップ・アーティストが着実に増え、現在ではメジャーとアンダーグラウンドの垣根もなくなりつつある。
プエルトリコのデュオ、カジェ13はヒップホップ、レゲトンを自在に操り、ポップ・シーンを股にかけるメジャー・アーティストの代表といえる。2013年末に発表されたミュージック・ビデオ、「Multi_Viral」は、ウイキ・リークスのジュリアン・アサンジとレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのギタリスト、トム・モレロがゲスト参加した曲であり、パレスチナのベレンを舞台に、ビデオ撮影が行われた。もちろん、そこには反キャピタリズムのメッセージが込められている。
カジェ13「Multi_Viral」。カジェ13の戦闘的ラップと、ジュリアン・アサンジの朗読、トム・モレロのロックギターが炸裂。
メジャーに君臨しながらも、プエルトリコの米国からの独立のために活動し、大胆なメッセージを放つ彼らは、ラテンアメリカのみならず、世界中に刺激を与えている。
また、英国のDJジャイルズ・ピーターソンは、かねてからキューバの首都ハバナのアーティストたちと組んだプロジェクト「ハバナ・クルトゥラ」の活動を2009年から継続しているが、そこには、ヒップホップ・グループのロス・アルデアーノスやドブレ・フィロのビートメイカー、エドガロ・プロドゥクトー・エン・ヘフェら硬派なアーティストたちが参加している。
エドガロ・プロドゥクトール・エン・ヘフェ「VIDA」
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グラミーにノミネートされただけでも、嬉しくて狂いそうだった。だっていままでに、ノミネートされたチリ人アーティストは私でふたり目だったし、決してメジャーではないチリの文化やヒップホップを世界に知らしめるための扉が開いたと思った。
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ラテンアメリカのコンシャス・ラップが、もはやマニア向けなものではないことを示すのが、チリのMC、アナ・ティジュの活躍だ。
ジャイルズ・ピーターソンのレーベル、ブラウンズウッド・レコーディングスのコンピレーション、『Brownswood Bubblers』にも曲が収録され、アルゼンチンの鬼才音楽家、グスターボ・サンタオラージャが率いるグループ、バホフォンド・タンゴ・クラブの『Supervielle』や、ウルグアイのシンガー・ソングライター、ホルヘ・ドレクスレールの最新作『Bailar en cueva』にも参加し、コロンビアを拠点とする英国人DJ、クアンティックとコラボレーションしたEP「Entre Rejas/Doo Wop(That Thing)」を発表するなど、さまざまなジャンルのアーティストからのラヴ・コールを受けている。
米国グラミーのラテン・オルタナティヴ部門で、2作目『1977』(2011年)と3作目『ラ・バラ』(2012年)で、二度もノミネートされていることも、彼女が注目を集めるきっかけとなった。だが、アナは明らかに先進国の音楽界でトップになることをゴールとはしていない。
筆者は2011年に、アナにインタヴューする機会を得たのだが、それは彼女のアルバム『1977』がグラミーにノミネートされたロサンゼルスでの授賞式直後だった。惜しくも受賞は逃したが、彼女にとって、それは重要な問題ではないというように、こう言った。
「グラミーにノミネートされただけでも、嬉しくて狂いそうだった。だっていままでに、ノミネートされたチリ人アーティストは私でふたり目だったし(2000年にロックバンド、ラ・レイが同部門でノミネート)、決してメジャーではないチリの文化やヒップホップを世界に知らしめるための扉が開いたと思った」
グラミーで、アナがラップする機会を得たことには深い意味がある。というのも、米国の新自由主義に踊らされた、アウグスト・ピノチェトが1973年に起こしたチリの軍事クーデターにより、フランスに亡命した活動家の両親から1977年に生まれた女性こそが、アナ・ティジュだったからだ。アナの一家は、ピノチェト政権崩壊後の1993年に、チリへと戻った。発言や表現の自由を得た現地の若者たちのあいだで、産声をあげたヒップホップに、彼女は魅せられていった。
だからこそ、米国の、世界中から注目される音楽の祭典で、彼女の抵抗のライムが響き渡ったことは、歴史的な出来事だったのである。
アナ・ティジュのアルバム『1977』に収録された同名曲。トム・ヨークがお気に入りとTwitterで発言して話題になった。
「私は母国で政治のために闘った両親の娘であることを誇りにしている。日々の会話のなかや、育て方にも彼らのポリシーが現れていた。私がヒップホップを選んだのは、言葉を書くことが大好きで、それをリズムに合わせることも、音楽そのものも好きだから。そして何よりも自分のメッセージを的確に表現できるから。私にとって音楽はセラピー、エネルギーであり、感覚、怒り、羞恥、喜び……つまり、すべての感情をひとつにするもの」
アナ・ティジュの2作目の『ラ・バラ』は、ピノチェト政権末期の1990年3月にチリで公布された教育基本法により、教育の民営化が進み、学生や教員たちにとって不利な状態が続いていた状況を打開するため、2011年に学生運動が激化した頃に制作された。デモの参加者はのべ120万人以上。中心となるのは中高生を含む学生たちだ。
同アルバムのシングル・カットされた曲、“ショック”は、不正を繰り返す権力者たちへの怒りと、世の中を変えようと立ち上がる者たちへの惜しみないリスペクトを込めた曲だ。それは、クーデターや大惨事といった衝撃に便乗し、復興や改革の裏に入り込む資本主義にメスを入れる、カナダのジャーナリスト、ナオミ・クラインの著書『ショック・ドクトリン』にインスパイアされ作られたという。“ショック”のプロモーション・ヴィデオは、実際に占拠されている学校で撮影され、主人公は、運動に参加している学生や関係者たちの姿だ。衛星テレビ局アルジャジーラでも、アナの勇気ある行動は大きく取り上げられ、“ショック”はチリの学生運動に欠かせないテーマ曲となった。
アナ・ティジュ 『ショック』のPV(日本語字幕付き)
[[SplitPage]]私のなかで、南とは北からの度重なる圧力に立ち向かう抵抗の力だと意識している。ラテンアメリカとアフリカの歴史は非常に似通った部分があり、それは音楽的にも交差している。アフリカはすべての母だと意識しているし、それを拒むのは、私たちの歴史を拒むことになる。
そして、3月9日にリリースされた最新作の『ベンゴ』(「私はやってきた」の意味)は彼女の決意とともに出現したアルバムといえる。リリックは、グローバリズムやキャピタリズムに抵抗する姿勢を示しているのはもちろんだが、前作よりも、ルーツやコミュニティの大切さ、自治、環境問題や女性の人権についてを深く物語っている。
まさに南からの声明ととれる同作について、アナ・ティジュが、メール・インタヴューに答えてくれた。
「アルバムタイトルとなった同名曲“ベンゴ”はその構想の段階からメロディもメッセージも、とても自然な形で生まれた。友人たちとの日々の会話のなかで、私たちのアイデンティティについて語ってきたことが原点となった。この曲は、アルバムの根幹について要約しているものだと思ったの」
![]() Ana Tijoux (アナ・ティジュ) Vengo(ベンゴ) MUSIC CAMP |
アルバムのアートワークには、メキシコ革命の戦士やサパティスタ民族解放軍の乳飲み子を抱えた女性、チリを含む南米を拠点にする先住民族マプーチェの老女、そしてアナの子どもの頃と重なる少女の姿が描かれている。闘い続ける女性たちの姿が並んだ、素晴らしいイラストだ。
「チリ人アーティストのパブロ・デ・フエンテが手がけた。最終的にこのイラストのコンセプトはほとんど彼が決めたものだけど、事前に私たちは人生やこのアルバムに収録された曲について語り合い、それを彼がイメージして描き上げた。だからこそすごく美しいものになったの」
今作は、南のルーツを感じさせる音がふんだんに入っているのが特徴だ。アンデス地方のフォルクローレで使われるケーナやチャランゴのざわめきと、太いパーカッションの振動や、美しいクラシックやジャズの旋律と交わり、豊かなバンドサウンドとなっている。そこに載せられた鋭いライムが聴く者の心に突き刺さる。
「ラテンアメリカ由来の楽器を加えたのは、ずっと前から自身に問いかけてきたテーマからだった。私たちのルーツに回帰するためには、どうやって音楽で向き合えるのかを模索した結果だった。このプロジェクトに、かつて共演したことがなかった異なるジャンルの演奏家たちが参加し、経験を共有できた。そのプロセスは、実に豊かでパワーに満ちたものだった」
学生運動が沈静化したように見えるチリの現況だが、先住民の土地利権問題などは根本的には解決していない。同国の状況について、アナはこのように語る。
「チリは現在欠陥を抱えた困難な状況にある。それは恒久的に信頼性を失ってしまった状態なの。いままでの不当な歴史で受けた、数々の深い傷口を広げたまま、なんとか確立している場所。政府が誠意を持った解決に向かって動いていないあいだに、この複雑な怒りを込めた私たちの隔たりは大きくなっていくいっぽう。ラテンアメリカは、自立のために絶え間ない闘いを繰り返し、非植民地化のために必死で生きている。私たちの微笑みを壊す、キャピタリズムの沈黙の支配を前にしながら」
本作で、白眉といえるのが、ラテンアメリカとアフリカを意識したリリックが印象的な〈Somos Sur〉(「私たちは南」)だ。
「私のなかで、南とは北からの度重なる圧力に立ち向かう抵抗の力だと意識している。ラテンアメリカとアフリカの歴史は非常に似通った部分があり、それは音楽的にも交差している。アフリカはすべての母だと意識しているし、それを拒むのは、私たちの歴史を拒むことになる」
さらに、同曲に参加する、パレスチナの血を引く、英国人MC、シャディア・マンスールの畳み掛けるようなラップに圧倒される。シャデイアはアラブ圏初の女性MCとして知られている。
「シャディアのラップを聴いたときに、強烈な印象を受けた。彼女の力強い言葉のなかに、絶え間ない熟考を読み取った。私は彼女と何かやらなければいけないと心に誓った。私たちは以前から交流はなかったものの、最初にコンタクトをとったときから、瞬発的に理解しあうことができた。私たちの世界へ向ける目線は同じであり、彼女は素晴らしい音楽家である以上に、人生の同志であると感じる」
言葉と音をしっかりと握りしめ、地上にやってきたアナ・ティジュ。彼女の南からの視線は、きっと日本のリスナーの心を打つだろう。
「このアルバムに命を吹き込むため、共有するために、招いてくれるところにはどこへでも行きたい。日本でも『ベンゴ』が発売されたことに感謝している。私の友人たちでもある米国のヒップホップのアーティストたちは、日本でツアーしたこともあるんだけれど、リスナーが真摯で、ブラック・ミュージックやヒップホップ文化の背景にも理解があるって感動してたの。心からあなたたちの大地を訪れたいし、あなたたちの文化を知りたい。そして音楽と言葉によってもっと近づきたい」










