「S」と一致するもの

Burkhard Stangl - ele-king

 オランダの即興ギタリスト、ブルクハルト・シュタングルのアルバムが、英国の実験音楽レーベル〈タッチ〉からリリースされた。ブルース・ギルバート&BAWの、ミカ・ヴァイニオ&ジョアシャン・ノードウォール、そしてフィル・ニブロックの新作など今年の〈タッチ〉はかなり充実した(勝負に出た?)リリースが相次いでいるのだが、そのなかでも本作は、いわゆる音響/実験音楽ファンのみならず、より多くの音楽ファンに聴いていただきたい作品に仕上がっている。なぜなら、そのギター演奏に環境音などの簡素/豊穣なレイヤーが重ねられることによって、聴く者の心に深い余韻と、耳に豊穣な快楽を与えてくれる作品に仕上がっているからだ。

 まずは軽く経歴をおさらいしていこう。ブルクハルト・シュタングルは1992年に最初のEP、1995年にファースト・アルバムを発表して以降、EP、コラボレーション・アルバムを含め20作品以上の作品をリリースしてきた。コラボレーターにはクリストフ・クルツマン 、杉本拓、ジョン・ブッチャーなど。

 この新作アルバムは〈タッチ〉からのリリースということもあり、マスタリングをデニス・ブロックマンが手がけ、プレ・マスタリングはクリスチャン・フェネスが担当している(一部の楽曲はフェネスのスタジオで録音された)。となるとフェネスが半ば、コ・プロデューサー的に本作の制作に協力したのではないかとも想像してしまうが、そもそも00年代初頭にギターとノイズをまったく新しい形で融合させた『エンドレス・サマー』を生み出したフェネスは、このアルバムの録音・制作においてはベストなコラボレーターであったのかもしれない。本アルバムの夜の海辺を捉えたアートワークや、“メロウ”、“セイリング”、“エンディング”などの曲名、そしてギターのメロウな和声、音響感覚は、どこか「ポスト・エンドレス・サマー」的な響きを感じるのだ。

 その仕上がりは、まさに演奏=音楽=音響の境界線を緩やかに溶かしてしまう見事なものであった。演奏と環境音を含めてそのノイズのコンビネーションの作品という意味では近年、稀にみる独自の音響空間を生み出しているように思える。実際、ここでの演奏はノイズとなんら相反することなく、同居し融合し空気のように、そこに流れている。本アルバムは18世紀~19世紀の英国の画家、ウィリアム・ターナーの絵画にインスパイアされて制作されたというが、確かに空気や雲、光などの質感と、本作に満ちた静謐かつ生々しい環境音などのアトモスフィアな響きには、どこか共通する質感を感じてしまう。

 むろん、だからといって、ブルクハルト・シュタングルのギターが希薄というわけでは、まるでない。いや、むしろ反対である。ここではまずギターの濃厚な響きや揺れに、環境音(ノイズ)と見事、融解しているのだ。近年、楽器+環境音のエレクトロニカ系のドローン/アンビエント作品は多くリリースされているが、それらとはまったく違う濃厚で個性的なギターの音、響き、微かな旋律、気配が横溢しているのだ。

 ブルクハルト・シュタングルのギターは当然即興で演奏されており、その途切れがちな音の連なりは、霧の向こうの光のような響きと同居することで、聴き手の音の遠近法をズラしていく。だからこそ環境音とのレイヤーが大きな意味を持つのだ。それはただ音を重ねただけのサウンドではない。まるでストローブ=ユイレの映画のショットのような、天井のないような開放感と、木々の葉の揺れを肌で感じるような空気感が成立しているのである。世界の音のありようを即興演奏とともに、ありのままに捉えること。絵画にインスパイアされて制作された本アルバムの音響は、「映画」のもっとも純粋でコアな表現のもとに交錯していく。

 いうなれば、デレク・ベイリーとクリスチャン・フェネスの間を埋める音楽=演奏を、ストローブ=ユイレ的な音響で音盤化したというべきか。この音楽=音響は呼吸を深くする。同時に耳にやさしく触れる風のようもある。そして耳をくすぐる音の快楽に満ちている。その意味で難解な作品ではまるでない。インプロヴィゼーション・ギターの音(=響)の豊穣さ、そしてそれを包み込むサウンドスケープに素直に身を委ねていればいいのだから。

 個人的には全33分に及ぶ1曲め“メロウ”のラスト5分間が堪らない。断片的になったギターの音と、映画のショットのような環境音。遠くで鳴るカラカラと乾いた音。その空気とフィルムのようなサウンドスケープが耳を潤すのだ。そして小ギターの一音の微かな爪弾きで終わる見事な幕引き。つづく2曲め“セイリング”は環境音のアンビエンスからはじまり、やがて世界に自然に介入するかのようなギターの音。なんという見事な構成だろうか。そしてラスト曲“エンディング”は、これはアルバムの終わりであると同時に、冒頭へのループのようでもある。世界のざわめきへ繋がる音響のようでもある。

 本作を聴き終えたとき、あたりに立ち込める濃厚な音と空気の気配に、名盤の誕生に立ち会ったかのような静かな興奮を覚えた。2001年の晩夏と2013年の遅い夏の終わりを繋ぐ音響がここにある。素晴らしいアルバムだ。

interview with CORNELIUS - ele-king


Cornelius
攻殻機動隊ARISE O.S.T.

flying DOG

Tower HMV iTunes Amazon

 つづら折りになったジャケットには、内側になるにしたがってどんどん小さくなっていくように四角い穴がくり抜かれ、あたかも「記憶」のより深層へと降りていくかのような演出が施されている。キャラ絵や作品タイトルこそを見せたい・見たいはずのアニメのサントラ盤にあって、これほどミニマルでデザイン性の高いジャケットを提示することはずいぶんと挑戦的であるようにも思われるが、これが『攻殻機動隊』シリーズの劇場版最新作のサントラであること、そしてコーネリアスの仕事であることを考えれば納得だ。シリーズに通底するテーマと世界観がとてもシャープに表現されている。

 監督や脚本、キャストが一新され、“第4の『攻殻』”とも言われる『攻殻機動隊ARISE』。特殊部隊「攻殻機動隊」創設までのエピソードを、ヒロイン・草薙素子の過去に光を当てるかたちで描き出す最新作であり、全4部作となるうちの1作め『攻殻機動隊ARISE Border:1 Ghost Pain』が今年6月に公開、つづく『攻殻機動隊ARISE border:2 Ghost Whispers』が11月30日より全国劇場にて公開となり、注目が集まっている。

 コーネリアスはこのシリーズのサントラを手がけるとともに、「ゴースト・イン・ザ・マシーン」と名付けられたブッダマシーンの最新モデルなどの企画も行っている。経典音読マシンがルーツだったというあの四角い箱のコアに素子ともおぼしき女声(=ゴースト)を宿らせたこのモデルに筆者は震えたが、何よりも、コーネリアスの音楽自体が「楽曲を作る」ということで単純に完結してしまうものではないのだろうということを感じさせる。ヴォーカルにsalyu、青葉市子、歌詞に坂本慎太郎を加えた新鮮なコーネリアス・パーティも、期待を掻き立てるものだ。

 インタヴューでは「空気感」という言葉をひとつのキーワードとして感じた。そしてそれは、筆者が『攻殻機動隊ARISE Border:1 Ghost Pain』のトレイラーを初めて観たときのちょっとした違和感と驚きの源でもあったかもしれない。
 コーネリアスは、ロジカルでディストピックな『攻殻機動隊』の世界に奇妙な空間性を開いている。たとえばこれまで激しいブレイクビーツが多用されてきたような、タフでハード、隙間なくテーマ性と論理が敷き詰められたシリーズのなかに、まさに「空気感」という曖昧なものを感受しかたちにするコーネリアスの手つきは、何か新しい光源をもたらしてはいないだろうか。それはシリーズを一新する本作にちょうどふさわしい違いかもしれない。筆者にはその僅かな違和が、相対的な明るさとして感じられる。 

明るい作品じゃないですか?

でもコーネリアスにしてはダークだと思ったよ。
――うん、そうだと思うんだよね(笑)。

映画の劇伴というのは、依頼がまずどーんと来て、テーマ曲から作りはじめるというような進行なんですか?

小山田:そうですね、まさにそんな感じですね。

オーダー・リストみたいなものがあって、それに従って作っていくというような……?

小山田:そうです。そんな感じです。

そのリストというのは、場面みたいなものが書かれているんですか? 感情みたいなものが書かれているんですか?

小山田:まず台本みたいなものがあって、それに従って音響監督が、「このシーンでこういう音が欲しい」というようなことを指定してくるんです。「何秒で落ちる」とか「何秒でまたアップ」っていう感じで。

なるほど作るのも秒単位なんですね。その指定に基づいてどんどん収めていくわけですか。

小山田:基本的にはそうなんだけど、結果として指定された箇所とは違うところで使われたり、まるまるなくなっていたりすることもありますね。場面に合わせて編集されていたりとか。だから、言われたとおりに作るんだけど、言われたとおりに使われるとは限らないという感じです。

お題というよりも、台本に沿ってオーダーがあるんですね。

小山田:そうですね。でも、言われていたシーンと違うところで使われるのが逆におもしろかったりはしますね。

どう使うかということですよね。……ということは、作りはじめる前に台本なりを通して作品への理解がはっきり生まれているわけですか。

小山田:うっすらと(笑)。

(一同笑)

では作品理解ありきというよりは、コーネリアスというアーティストとの綱引きが求められている感じなんでしょうか?

小山田:いえいえ、そこは作品ありきなんですけど、それも感じつつ自分なりの解釈で作っていくということかなと思います。

「サントラってこういうものだな」とあらためて感じられた部分はありますか?

小山田:やっぱり、基本的に暗い話なので、感情も限定されてくるというか。そんなに明るい感情というのはなくて、ちょっとしたユーモアみたいなものはキャラクターによってはあったりするんだけど、中心になるのはダークな世界観ですよね。あとはバトルとか心理的葛藤とか。それも段階がいくつかあって、すごい深いものからニュートラルなものまで幅があるんだけど、基本的なところは限定されていきますかね。この映画の世界観に沿っていくと。
そういうものは自分のなかに日常的に持っているわけではない、パーセンテージとしてはわずかにしかない感覚なので、そこを増幅して作品にできるのはおもしろいなと思いました。

ああー、まさにそこもお訊きしたかったんですが、『攻殻機動隊』って近未来の過剰な管理社会をディストピックに描くものですよね。おっしゃるように基本的に暗い世界だと思うんですが、サントラにはわりと一貫して明るい印象を受けるんです。柔らかい光源を感じるというか。明るさを意識したりはしませんでしたか?

野田:でもコーネリアスにしてはダークだと思ったよ。

小山田:うん、そうだと思うんだよね(笑)。

そうですか。小山田さんの特徴というだけのことかもしれないですが、でも暗いイメージに寄り添う以外に、ご自身のなかにもう少し違うイメージがあったりはしませんでしたか?

小山田:うーん、そんなに強く意識はしてないんですけれど、無意識に自分にちょうどいいバランスに調整している部分はあるので……。まあ、こういう感じになっちゃったというところ(笑)。


「音楽メニュー」と呼ばれる楽曲のオーダー・リストには、カット番号と「混乱」などの簡潔なテーマが記されている。 はじめはミュージック・ヴィデオのように細かくタイミングを合わせて作っていたものの、セリフ等との兼ね合いもあり、その後の段階でのエディットは音響制作側にまかせたとのこと。

音にするときに、とくにポイントになる視覚的要素というとどんなところですか?

小山田:それはたくさんあって、最初はそういうものに偏執的に合わせて作ってたんだけど(笑)、結果ズレていったり修正が大変だったりして。

要素としては動きとかになりますか?

小山田:うん。動きですね。あと、色味が変わるとか、カットが変わるとか。

表情とかエモーションとかっていう内面的な要素よりは、アクションとか場面転換みたいなものに音が影響されるという?

小山田:それは両方ですね。

今回の『ARISE』は、まだ未熟な(草薙)素子の揺れる内面とか、孤独な闘いとかが印象的ですよね。昔のシリーズ(『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』)は公安9課というチームワークもあったりしてグルーヴィーなんですけど、それに比べてよりインナーなテンションがあるように感じます。でも、小山田さんの音楽って、そういうインナーなもの……気持ちみたいなものを文学的にしないというか、そういうものをどちらかといえば無視していくもののように思うんです。

小山田:なるほどね。気持ち……。気持ちというより雰囲気という感じですかね(笑)。

ああ、なるほど。空気みたいなものとかでしょうか。

小山田:ストリングスで泣きメロを入れたりとか、そういうハリウッドっぽいスコアリングじゃなくて……。そうですね、メロディってエモーショナルで内面的なものを表すって一般に言われるけど、もうちょっと空気感で内面的なものを表すことができるっていうか。まあ、「内面的なもの」って、わかんないんだけどね(笑)。空気感で「内面」とかその状況を表すという、どちらかというとそんな要素の方が大きいのかもしれないですね。

よくわかります。小山田さんは、近年は『デザイン あ』とか『CM4』ですとか、リミックスとかサントラのリリースが続いていますけれども、そういうものはオリジナル・アルバムでキャリアをつきつめていくというのとは逆で、人と人との間とか、社会のなかで機能する音を考えていくという仕事になると思います。小山田さんには、そうした作品制作を通して見える、社会の色とかってありますか?

小山田:うーん、色って言われて思い出したのは、オウムの事件があったときに「世界は黄色だ」っていうような歌を歌っていたことですかね。テレビで、誰だったか容疑者の人が「世界は黄色だ」って。

ええー、すごい感性ですね。黄色ってちょっと出てきませんでした。それはなんだかインスパイアされるお話です。

野田:すごいねえ。

[[SplitPage]]

アニメOPの条件

アニメのオープニング・テーマって、タイトルも言ってほしいし、必殺技の名前とかもできれば言ってほしい(笑)。


Cornelius
攻殻機動隊ARISE O.S.T.

flying DOG

Tower HMV iTunes Amazon

野田:映画のサントラとかって、今回が初めて?

小山田:ちゃんとしたのは初めてだね。

野田:サントラとか好きだったじゃない? いまはないけど、渋谷の「すみや」っていうレコード屋で、日本盤で出てないイタリア映画のサントラとかを漁っていた人なわけだから。

小山田:あははは。そのときからそうなんですけど、観たことない映画のサントラとかを聴いたりしていて、それ自体は何かの映画のなかで機能させるために作られたものなんだけど、iPodとかで聴くとまったく別のもののようにも聴こえるというか。その映画と切り離されたところで楽しめる部分っていっぱいあって。
そういう意味では音楽って器というか、何かのために作られたものが別のかたちで機能することがありますよね。サントラはとくにそうかも。だから、僕はこのサントラを『攻殻機動隊』のために作ったけれども、それを切り離した部分でも聴けるものにしたいなというところはありますね。

アニメ音楽で参照されたものとかはありますか?

小山田:わざわざ聴いたりとかはしていないんですけど、“ゴースト・イン・ザ・シェル・アライズ”っていう『ARISE』のテーマ・ソングでは、頭にあったのは『ルパン三世』のはじめの曲ですね。「ルパン~ルパン~」って、ひたすらルパンっていうタイトルを連呼する曲で、それを意識しました。「ゴースト・イン・ザ・シェル」をひたすら連呼する、みたいな。

へえー。

野田:なんで『ルパン』だったの?

小山田:『ルパン』がっていうより、タイトルを連呼するっていうところですかね。僕のなかでは、アニメのオープニング・テーマって、タイトルも言ってほしいし、必殺技の名前とかもできれば言ってほしい(笑)。ちゃんとそのコンセプトに合ったものが入っていてほしいっていうのがあって。それで、アニメ「らしい」オープニング・テーマというと、どうしても『ルパン』が出てくるという感じです。

小山田さん的なアニメOPの条件みたいなものが、ちゃんと入っているんですね。

小山田:うん。それに、ひたすら繰り返すから曲のミニマルな構造に合うというか。そういう曲って他にないなと思って。

連呼というところでは、「きおくきおくきおく……」(“じぶんがいない”)もそうかと思いますが、「記憶」も『ARISE』のひとつのテーマですよね。記憶が勝手に操作されたりいじられたり、不安定で信用できないものとして描かれています。この曲はそのテーマをそのまんまというか、かなり直接的に使っていておもしろかったんですが、音節ごとに「き」「お」「く」と切ってエディットされているのも、やっぱり「記憶をいじる」というようなテーマを意識してのことなんですか?

小山田:歌詞は坂本(慎太郎)君が書いてるんだけど、それは曲の後にできたものなので、最初から音のなかに「記憶」という言葉が当てはまっていたわけじゃないんだよね。ただ、素子が「義体」というキャラクター――人間とロボットの中間、アンドロイド的なものなので、あんまり人間ぽくない編集で作ったヴォーカル・ラインが合うのかな、とは思っていて。
歌詞は、最初に「き、き、き」ときて、次に「きく、きく、きく」ときて、最後に「きおく、きおく……」となるんですけど、「一文字でも意味があって、二文字でも意味があって、三文字でも意味があって、という構造になっている言葉が何かないかな?」って坂本くんに相談したら、「きおく」っていう言葉を出してきてくれたんです。

へえー、必ずしもテーマから来たものではないんですね。

小山田:もちろん坂本くんは、ちゃんと脚本を読んで言葉を選んできたとは思うんだけれども。

なるほど。戦後詩では最初、谷川俊太郎の『ことばあそびうた』みたいなものが精神的に低いものとして厳しい評価を受けていたようですけれども、言葉遊びみたいなものの方が、逆に空気を受容する器にはなりやすいのかもしれないですね。
 詞が後に上がったということですが、今回、詞のついているものは全部そうですか?

小山田:うん。

それをまた組み替えるということですか。

小山田:あ、組み替えはしないですね。

そのままでしたか。では、本当にうまくはまっているんですね。

小山田:そうですね(笑)。

ブッダマシーンは草薙素子の夢をみるか

あれは、もともと中国にあった「電子念仏機」っていう機械がモデルになっているんですよ。

なるほど。ところで、「ゴースト・イン・ザ・マシーン」という新しいブッダマシーンとダミーヘッド・マイクを使って、動画を撮っておられますね。あれはどこから来たアイディアなんですか?

小山田:ダミーヘッド・マイクに関しては、たまたま使っていたスタジオにあったんですよ。ブッダマシーンを作ったんですけど、あれってたくさんで鳴らすとおもしろくって。いろんな層で音楽が流れていて、ずっとドローンで、ピッチも変えられるし、演奏みたいなこともできるし。あのときは同時に4台使ってるんですけど、おもしろかったですね。

ダミーヘッド・マイクって、まだまだおもしろい使い方があるんでしょうか? ドラマCDみたいなものではさかんに使用されていますけれども。

小山田:ん? ドラマ?

はい。お話とかセリフの朗読が収録されているCDなんですけど、耳もとで甘い言葉を囁かれるとか、そういうことがリアルに感じられるようにダミーヘッドで録音されていることが多いんです。でも、音楽でそんなふうにうまいこと使用されている例はあんまりありませんよね。

小山田:たしかにね。CDでやってもあんまりよくわかんないというか。ダミーヘッドを使ってる例だと、マイケル・ジャクソンとかルー・リードとかもやっているんですよね。

へえー。

野田:ルー・リードも?

小山田:そう、他にもいろんな人がやってるんだけど、「ギター、ドラム、ベース」みたいな音楽で使ってもべつに何もおもしろくないというか(笑)。

それはそうですよね(笑)。以前に読んだインタヴューで、髪の毛を耳元でちょきんと切られる音が立体的に再現されたCDで感動されたというお話をされていたように思うんですが……。

小山田:うん。やっぱりいちばんおもしろいのは髪の毛をきってもらったりとかだよね。

なるほど(笑)。このマイク自体はけっこう歴史の長いものなんですね。

小山田:うん。80年代くらいからかな……。70年代くらいからあったっけ?

その頃からの進歩ってあるんでしょうか?

小山田:だいぶ進歩しているんじゃないですか? ダミーヘッドじゃなくてさ、ヒューゴ・ズッカレリっていう人がいて、知ってる? アルゼンチンかどこかのちょっとマッド・サイエンティストみたいな人で、詳細は明かしていないんだけど、立体音響に関してちょっとすごい録音技術を持っている人なの。マイケル・ジャクソンとかはそのやり方を使っているみたいなんだよね。それはダミーヘッドではないって言われてるんだけど、どういうノウハウかはわかってない。

へえー。

小山田:サイキックTVとかもそうだよね。80年代後半とかに、一時期すごい話題になってた。

野田:あー、そうだったね。

あの動画に関しては、「あ、頭の後ろ通った!」っていう気持ち悪い感触とかが生々しくあって、おもしろかったです。小山田さんにとっては、旋律とかそれがリニアに導いていく物語じゃなくて、こういう体験のようなもののほうにより興奮があるんじゃないかなと思いました。

野田:ほとんどそうでしょう。ライヴとかを観るとほんとにそうだよ。

小山田:はははは。

音響体験のほうが優先される。

小山田:まあ、このサントラに関してはわりとそういうものですよね。

GHOST IN THE MACHINE
https://www.jvcmusic.co.jp/ghostinthemachine/

テーマ性がたしかに色とか空気みたいなものとして感じられます。では、ブッダマシーンのほうはどうでしょう? そもそもはあのガジェットのなかにブッダがいる、というジョークみたいなものだったように思うんですけれども。

小山田:あれは、もともと中国にあった「電子念仏機」っていう機械がもとになっているんですよ。お経を自動で流してくれる機械。それをみんな流しながらお祈りとかをしていたみたいで。それを、中身をミニマルっぽくしてあんなかたちに仕上げたのがブッダマシーン。

実用的なものだったんですか!

小山田:そう。昔、中国に行ったときにお土産でもらったことがあって、それには本当に念仏が入ってた。形とかもだいたいあんなものですね。わりと最近になって中国の若い人がブッダマシーンのかたちにしたっていう。

そうなんですね。わたしもシリーズの最初のマシーンから知っているんですが、てっきりヨーロッパが作り出したオリエンタルなジョークみたいなものだと思っていたんです。そんな日用品だったとは意外ですね。

小山田:うん。ふつうにあったものなんだよね。

なるほど。そうすると余計おもしろいんですが、『攻殻機動隊』には、ロボットとかマシンみたいなものにゴーストが宿ることがあるか、あるとすればどんな条件のときか、っていうようなテーマも通底していますよね。ブッダマシーンの「機械のなかに宿った声(=ゴースト)」っていう性格は、なんてこの作品にぴったりなんだろうって思ったんです。

小山田:はははは。「ゴースト・イン・ザ・マシーン」っていう名前つけてるしね。

野田:あ、意識しているんだ。

小山田:もちろん。

あれ? このブッダマシーンのアイディア自体、小山田さんのものなんですか?

小山田:そうです。

そうなんですか! これ、すごくびっくりしたんですよ。よく『攻殻』とブッダマシーンが掛け合わさったなって、すごく不思議だったんです。いままでのブッダマシーン・シリーズでいちばん気がきいていると感じましたし。実際に声優さんの声が入ってるんですか?

小山田:声優さんの声は入ってなくて……、あ、ちょっと入ってるか。でも基本は声優さんの声じゃないんです。

へえー。「機械のなかの心」みたいなものへのロマンチックな気持ちは、小山田さんのなかにありました?

小山田:……なかったね(笑)。

(一同笑)

野田:そこまで少年じゃなかった(笑)。

ははは。すっごいドライなんですね。バトーさんが天然オイルを与えつづけたタチコマにだけは、ゴーストが宿った? みたいなエピソードもとても印象でしたけれども、そういうロマンティシズムも作品を牽引する強さだと思うんですね。ものに宿るゴースト、みたいなものはぜんぜん感じませんか。

野田:『ファンタズマ』の人だもんね。

小山田:(笑)そういうのとはちょっと違うかもしれないんだけど、何かつかみきれないものというのは意識していて。曲の構造だったりもそう。“ゴースト・イン・ザ・シェル・アライズ”も、ただ「ゴースト・イン・ザ・シェル」って言っているだけなんだけど、頭のなかに残らないというか……。同じように展開しているように聴こえるかもしれないんだけど、実際はぜんぜん解決しないままどんどん進行していくっていう構造になっていて、そこはつかみきれない感じを意識してはいますね。

すごく複雑で、複雑すぎて不透明になっている感じでしょうか。でも、そういうつかみきれない模糊としたものが表現されつつ、やっぱりコーネリアスって、音は透明になる感じがするんです。その透明な感じは、この新しいシリーズのなかにも大きなインパクトを与えていると思うんですけどね。

[[SplitPage]]

おおきなこえをだすひとたちはみないなくなった

「おおきなこえをだすひとたちはみないなくなった/ほら 静か」(“外は戦場だよ”)っていうところがあるんだけど、そういうところに共感しますね。


Cornelius
攻殻機動隊ARISE O.S.T.

flying DOG

Tower HMV iTunes Amazon

ここ数年、音楽シーンのひとつのモードとして、ちょっとニューエイジなものがリヴァイヴァルしているところがあるんですね。(クリスチャン・)ラッセンにスポットが当たったり、「シーパンク」って呼ばれるようなファッションが注目されたり……

小山田:ええ! ラッセンなの?

そうですね。何かとイルカなムードなんです。

野田:ほら、90年代リヴァイヴァルでもあるからさ。

小山田:ああ、(ジ・)オーブとかの感じ。

野田:そうそう。

はい。一方にそういうちょっとドリーミーでメディテーショナルな感覚があって、そこではあんまり暗い気持ちとか、絶望みたいなものは鳴らされていないんですね。どこかでそういうモードを感じられていたりしたところはありませんか?

小山田:そういうムードがあるっていうのは知らなかったけど(笑)。

ふだんは社会というところが暗いというふうに感じますか?

小山田:まあ、暗いといえば暗いし……。

すみません(笑)。「暗い曲が多い」という認識に対して、どこか明るく感じられるところにこだわりたかったので……。90年代リヴァイヴァルということについては、何か感じられている部分はありますか? ハウスとかR&Bを中心にして、いま本当にそんな機運なんですよ。

小山田:あんまり感じないですけど、まあそろそろかな、という気はしますよね。

野田:これからどんどん感じると思いますよ。

小山田:ひととおり80年代の巡回も終わってるように見えるから、90年代にちょっとフレッシュな感じがあるんだろうなとは思います。

野田:フリッパーズ・ギターとかがね。

血を引くような存在が出てきていますよね。

野田:フリッパーズ・フォロワーみたいなバンドが、新鮮な感じで受け入れられているんだよね。

小山田:ほんと? 絶対(フリッパーズのこと)知らないでしょう?

野田:いやいや、ぜんぜん知ってるよ。20歳くらいの子たちにしてみれば90年代ってすごく新しいからね。

小山田:そっか。年齢的には僕らの子どもくらいになってくるよね。その子たちが生まれたころが90年代くらいでしょ? ちょうど、僕たちに60年代とか70年代のものがカッコよく見えたのとまったくいっしょなことなんだろうね。

リヴァイヴァルっていう意味はおいておくとしても、ハウスを意識した部分はなかったですか? わりと「ドッチンドッチン」っていうトラックが入っているんですけれども、ちょっと新鮮でした。

小山田:うん、「ドッチンドッチン」はわりと入ってますね。

躍動感を出すため、みたいな理由でしょうか。いまわりと世間的にこういう気分だっていうふうに感じていた部分はないですか?

小山田:うーん、両方かな……。

野田:でもダンス・ミュージックを作ってるっていうところは、トピックだね。わりと直球なね。

そう思います。

小山田:うーん、そうかもね。

野田:だって、『カメラ・トーク』の福富(幸宏)さんがリミックスした曲(“ビッグ・バッド・ビンゴ”)、あれをいまみんな探してるんだよ!

小山田:ええ、うそ! へえー……。若い子が?

野田:そう。しかも日本人だけじゃなくてね。

小山田:そうなんだ。

あとはクラウトロックっぽいものの気分もありました。2000年代後半は、若いバンドやアーティストにすごく参照されて、スターも生まれて。“スター・クラスター・コレクター”とかも、ちょっとそういう琴線に触れるんじゃないかと思います。

小山田:へえー、そうなんだ。でもまあ、どっちも偶然かなあ。クラウトロックはずっとあるといえばあるし。

それもたしかにそうなんですけど、ジャンルをまたいで一気にメディテーショナルなモードが広がって、そのなかでクラウトロック的なものの存在感はとても大きいものだったんです。
……というムードもまだ余韻を引いているなか、“外は戦場だよ”というボーダー2(『攻殻機動隊ARISEborder:2GhostWhipers』)のエンディング曲が鮮やかでした。小山田さんには「外は戦場」というような感覚はありますか?

小山田:外は戦場……。うーん、どうなんだろうね。

言葉尻からすると酷薄な世界観のようにも見えますけれども。

小山田:いや、そういうことよりも……。なんて言ったらいいのかな……。最後の方に「おおきなこえをだすひとたちはみないなくなった/ほら 静か」っていうところがあるんだけど、そういうところに共感しますね。

ああ……。それは、「おおきなこえをだすひとたち」は、干渉するものっていうような感じでしょうか。暴力とかもふくめて。

小山田:うーん、そうね……、ほっといてほしい感じ。……何なんだろうな(笑)。

ここはとっても両義的な部分かと思うんですが(※)、「ほら 静か」は、肯定的な感じですか? そうならざるを得なくなってなったという静かさですか?
(※詞のなかばに「心配ない/見て/外は/戦場だよ」という逆説がある)

小山田:うーん。

より自分にとって居やすいところになったのか、その逆なのか……。

小山田:なったんだかなっていないんだか、実際はよくわからないんだけど、どっちも含んでいる感覚なのかな。

RILLA - ele-king

DJスケジュールなどこちらで 随時アップ中です。
https://rillamadella.blogspot.com/
https://www.twitter.com/rilla_
https://www.facebook.com/almadella.rilla

順不同。最近よく聴いたりプレイしているものです。


Don't DJ - RID.EM (Diskant)

Gunnar Haslam - Mimesiak (L.I.E.S)

Muruga & Big Black - Sangoma Drums (Sagittarius A-Star)

V.A - Livity Sound (Livity Sound)

Floorplan a.k.a ROBERT HOOD - Paradice (M-Plant)

Och - Surveillance Network EP (Sect)

Dino Sabatini Meets Donato Dozzy - Journey Back To Ithaca (Outis Music)

Miles - Faint Hearted (Modern Love)

元 ちとせ - ワダツミの木 with Sly&Robbie

Lindamann - Ritual (Golinda Recordings)

LINDAMANN (GOLINDA RECORDINGS) - ele-king

来年1月に新しくスタートしたレーベルGOLINDAより
1st Album”RITUAL”リリースします。

https://soundcloud.com/lindamannn

チャート(順不同)


1
BENJAMIM DAMAGE - 4600 EP - 50WEAPONS

2
LUMIGRAPH - THE YACHT CRUISER EP - MISTERSATURDAY NIGHT

3
ANTHONY NAPLES - P O T - PROIBITO

4
STELLAR OM SOURCE - ELITE EXCEL - RVNG

5
MIX MUP - AFTER THE JOB - HINGER FINGER

6
MM/KM - MIX MUP & KASSEM MOSSE - THE TRILOGY TAPES

7
ONOE CAPONOE - DJRUM VS EP - 2ND DROP

8
DEADBEAT - CLAUDETTE - ZAMZAM SOUNDS

9
V.A - LIVITY SOUND - LIVITY SOUND

10
LEVON VINCENT - HILO EDITION - NOVEL SOUND

Jazzdommunisters - ele-king

 このコンセプト・アルバムは複数の位相において挑戦的で、作品を賞賛すること自体も挑戦となるかもしれない。え、あの菊地成孔と大谷能生のヒップホップ・アルバムでしょう~という先入観と偏見が、ある人はどうしてもあるでしょう。なにせ、あの、ひとクセもふたクセもある菊地成孔と大谷能生だ。僕自身にもそれがまったくなかったとはいえない。たとえば、理詰めで作られるヒップホップに生気はあるのか──もし君がそう思っているなら、間違っている。多かれ少なかれ、理屈がなければ作品は作れない。音楽に気持ちが必要だとするなら、『Birth of Dommunist』には唖然とするほど気持ちが横溢している。そして、彼らは自分たちをさらけ出している。格好付けているが格好付けていない。こそこそしていない(ま、ドミューンにはじまっているのだからこそこそしようがない)。
 なんて、偉そうなことを僕が言えた義理でもない。僕がこのCDと出会ったのも探求心からではなく、偶然によるものだった。たまたま、数年ぶりに見たデート・コース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデンの素晴らしいライヴ演奏が、会場で売られている本作を買うことに迷いを与えなかったのである。ジェイク・バグは新作で、「俺たちはそれを言葉にすると誰かがツイートするんじゃないかと恐がっている」と歌っている。それではツイッターを恐がらずに書いてみよう。我々は村社会を出て、アーバンに生きているのだから。

 そして、俗事に耽り、ゴミの山から聖なるものをほじくりだそうとする。『Birth of Dommunist』からは、まずはそんなアンビションを感じる。ジャズとヒップホップ、そのふたつの混合に関しては、マッドリブにせよ、フライング・ロータスにせよ、目新しい試みではないのだが(20年前は、ジャズをサンプリングしただけでジャズ・ヒップホップなんて呼ばれましたな)、ジャズドミュニスターズのジャズ・ヒップホップは、彼らなりの根拠にもとづいている。ジャジーな雰囲気を楽しむものとは違って、より実践的で、よりコンセプチュアルだ。ラップのフロウ(フリースタイル文化)はジャズの即興性において再解釈され、ヒップホップ・ビートの先鋭性は彼らの回路のなかで読み取られる。彼らなりの確固たるジャズがあり、ヒップホップがある。新宿二丁目を彷彿させるニューウェイヴ・ディスコ風の曲もある。

 ジャズとヒップホップ、言うまでもなく、ともに夜の都会の喧噪のなかで研ぎ澄まされた夜行性の文化だ。陶酔がなければ人は集まらないし、高揚がなければ人は喜ばない。ゲスで、なおかつ高尚でなければならない。『Birth of Dommunist』はそうした要望に応える。アルバムのオープニングは、ばかばかしく、酔っぱらっているかのように、ふざけている。フランス語と英語を交えての悪ふざけは、かたや呆れられ、かたや彼らへの偏見を逆なでするかのようだが、2曲目の、絶妙につんのめるエレクトロ・ファンク・ビートが鳴り響けば、場面は転換して、数秒後にはこの音楽から離れられなくなっている。菊地成孔からOMSBへとマイクは渡され、『Birth of Dommunist』のいびつさの片鱗が見えはじめる。いびつさ、猥雑さ、カオス……
 飲み屋のカウンターにずらっといろんな世代が並んでいるように、ベテランのジャズマンが20代のラッパーとマイクを交換し合っている。それ自体が画期的といえば画期的だ。複数のラッパーがいて、アルバムのなかではフロウの種類の違いを意図的に見せているという話を、次号紙エレキングの取材において菊地成孔はしてくれたのだが(本人のラップは、近田春夫をはじめとする日本のオールドスクールを意識したもの)、MOEが参加しているように、『Birth of Dommunist』はラップ以前のポエトリー・リーディングにもアプローチしている。語彙の多さはジャズドミュニスターズの武器のひとつだ。饒舌で知られるふたりは、なかばダーティに、言葉で楽しませることを忘れない。
 もちろん、OMSB、DyyPRIDE、MARIAといったシミラボからの3人、MOE、市川愛らの客演も“売り”になろう。個人的に言えば、シミラボの3人が参加しているということも購入の動機になっている。だが、このアルバムの大きな魅力は猥雑さにあると僕は見る。猥雑さは、放漫さは、ジャズドミュニスターズの衣装であり、素振りであり、故郷だろう。
 「街の中で、生まれるということは、 一生を放浪して過ごし、自由であることを意味する。」──“HERE & THERE”において朗読される吉田健一の訳によるヘンリー・ミラー『暗い春』に、菊地成孔はジャズドミュニスターズのコンセプトを代弁させている。そして、この見事な引用は、いまも呼吸しているアーバン・ミュージック/ストリート・ミュージックへの賞賛と共感を意味しているかのように聴こえる。都会の詩人は他界したが、都会の詩は生き続けているのである。
 だが、『Birth of Dommunist』がベテランのジャズマンと若いラッパーによる、よく練られた都会の叙情詩というだけの作品であったのなら、僕はこんなレヴューを書かなかった。アルバムの本当のクライマックスは、DyyPRIDEとMOEをフィーチャーした“Agitation”という曲にある。こんなにもむき出しに、怒り、アンガーを表明にしている菊地成孔は見たことがない。いちど聴いたら忘れらないほど、その怒りは堂々としていて、力強い。そのとめどなく溢れる感情は、知性のある、大人な彼らをもってしても、予想外の、即興的な発露だったのではないだろうか。

 追記:本日29日、エレグラで出店しております。橋元優歩もいるので、彼女に励ましのひと言を! 編集部はつねにヒップな殺し屋=ライターを募集しておりますので、そんな夢のある方も声をかけて下さい。午前2時ぐらいまでなら、生きていると思います。

interview with Downy - ele-king

 絶え間なく展開する変拍子のはざまに、「曦(あさひ)」という文字が落ちる。乾いたドラミングと硬質なギターの音の上で「春」という字がにじむ――詞のカードを見てみてほしい、そこには旧カナを散りばめ文語体でつづられたうたの言葉が、近代詩のような佇まいで並んでいる。
これがインドとビートルズと沖縄をルーツに持つ文体だと知ったときに、筆者の凝り固まった観念は激しく攪拌された。なんというミクスチャー。

 エスニックの意匠をいたずらにかけあわせたり、性質の異なるものを無邪気に混ぜ合わせたりするのではない。それらが、ひとりの人間の生きてきた時間とその経験体験のすべてのなかにたくしこまれるかたちでミックスされたものであることに感動してしまった。ダウニーの中心人物、青木ロビンはそのリスペクトすべき人格もふくめて非常に魅力的な人物だ。その彼の内側から波を打って広がっていく異形のヴィジョンを、緻密に構築されたバンド・アンサンブルが支え、展開させていく。それがこのバンドの非常に強力な柔構造なのではないかと思う。青木裕、仲俣和宏、秋山タカヒコ、石榴、各メンバーはそれぞれが別のプロジェクトや名だたるアーティストたちのサポート・メンバー、プロデューサー、映像作家としても活躍する磐石のプレイヤーたちだ。インプロ・パートの安定感とダイナミズムなど、それだけでもじゅうぶんに素晴らしく、9年の空白をものともしない熱心なファンがいることの理由がよくわかる。


downy
第五作品集『無題』

Felicity

Tower HMV iTunes

 そう、ダウニーは2000年の結成以降4枚のオリジナル・アルバムを残し、2004年から約9年もの活動休止の期間を迎えていた。ポストロックという言葉が国内において実体を備え輪郭を現しはじめる、その黎明のなかにいたバンドである。輝かしい軌跡のなかのその空白部分についてはこのあと語られるわけだが、すでに「ポストロック」という言葉が歴史の項目のひとつに格納されてしまっている時代、彼らはそこから歌と人生とを引き出した。もちろんダウニーはダウニーなので、演歌でもフォークでもない。ギターはソリッドでポストパンク的な荒涼感があるし、爆ぜるようなドラミングにもそのプロダクションにも殺伐という表現が似つかわしい。エレクトロニクスにもさえざえとしてドライな覚醒感がある。しかし「僕のなかでかなり温かい作品なんです」(青木ロビン)と語られるその温かさとは取りも直さず、人生の熱ではないだろうか。

 筆者があまりテクニカル系の「ポストロック」に親しみを感じてこなかったのは、閉塞的なテクニカル信仰をよんだり、折衷性(メタ性)を評価されるわりにベタにロマンチックだったり、エモーションの扱いが粗雑だったりする悪い例をたまたまいくつか目にしてきたせいかもしれないけれども、それは単にシーンが若かったということなのかもしれない。テクニックこそは人間の生きる長さとともに意味を増していくものなのかもしれない。ロックが仮に青春期以降を乗り越えられずにゾンビ化しやすいものだとすれば、ポストロックはむしろそのあとの時間において真価を発揮するものなのかもしれない。――そのようなことをこのダウニー5枚めの復活アルバムで感じさせられた。これまでの作品を否定するのではない。筆者が手ぶらの一般リスナーとして、とても親身な思いでこれを聴いたということに共感していただけるだろうか? 趣味や好みを越え、敬意をこめて聴いた一枚だ。日本のポストロック第一世代バンドがそれぞれどのような2010年代を迎えているのか詳しくはないけれども、この作品はひとつの感動的な例を示しているのではないだろうか。

9年という時間

単純に僕は、メールの書き方も知らない人間だったんだな、というようなことに気づかされましたね。

今回9年ぶりの新作ということなんですけれども、そう聞きますと、「マイブラ22年ぶりの新作」みたいな感じで、妥協しないからこそリリースしないというような、非常にストイックな印象も受けます。実際のところはどうなんでしょう?

青木:単純に活動を休止していたので、その間、制作する気がなかったっていうだけなんですけどね。で、いざ電話して「やりましょうボチボチ」っていう流れなんです。

野田:やる気を失った理由っていうのは何なんですか?

青木:いやー、9年前のことなんでドンピシャで覚えてないんですが、単純にやりたいことがもっといろいろあってですね。それは音楽以外のことも含めて。いちど音楽から解放されたいというか、音楽を普通に聴く耳に戻りたいというか、そんな気持ちがありました。

ああー、切実ですね。

青木:なんか何を聴いても、「どう作ってるのか」とか、そういうふうにしか聴けなくなっちゃっていたので。食あたりじゃないですけど(笑)、「聴けない」みたいになっていました。

とすると、いつか再開する予定を立てながら休んでいたというよりも――。

青木:そうですね、ほんとに無期限で。何度かタイミング的にはターニング・ポイントがいくつかあったんですけれども、「まだかなー」みたいな感じだったんですよ。

なるほど。

青木:まあメンバーとちょこちょこ連絡取り合ったりとか、彼らの出す音源はもちろん聴いていたし。3年ぐらい前から「いつやるかねえ」みたいな話はしてたんです。2年前に「やりますよ」って電話をちゃんとして、「やりますか!」ということになって。

最後に背中を押したものというか、決め手みたいなものって何かあったんですか?

青木:何でしょうかね。これは訊かれると思ってたんですけど、とくになくて(笑)。「いまだな」って思っても、自分のタイミングとみんなのタイミングがちょっとずれたらできなくなりますから。みんな各々アーティストとして頑張っているんで……。ほんとにたまたまだと思います。電話してみたら「そうかもね、いまかもね」みたいな感じでした。

なるほど。10年ぐらいのけっこうな時間ですけど――。

青木:そうですね、はい。

漠然とした質問なんですが、どういった9年間でしたか?

青木:僕個人としては、ほんとにやりたいことをあれこれ仕事して。会社作って、飲食店やって、ほんとにいろんなことをしました。子どももできていたので、子育てして。で、新しく友だちができて、みたいな(笑)。海外での仕事もしていたので、いろいろ土地も回って。

野田:海外の仕事ってどんなの?

青木:アパレルですね。

野田:へえー。

なるほど。音楽活動からはずいぶんと変化した時間だったんですね。

青木:変化というか、単純に僕は、メールの書き方も知らない人間だったんだな、というようなことに気づかされましたね(笑)。

(笑)生活のなかに、社会ってものがせり出てきたんですね!

青木:そういう意味でも、「音楽だけ」ってことになるのが、最後らへんはイヤになってきていたというのもあって。4枚目のアルバムくらいのときには、服の会社をもう立ち上げてやっていたんです。でも、最近感じるんですが、いま若いバンドマンなんかといっしょに曲を作らせてもらう機会があると、みんなすっごい丁寧ですね。

ああ、なんかちょっとわかります。

青木:「俺こんなじゃなかった」とか思いながら。みんなすごいな、と思って(笑)。

いまの若い方が、アーティストとしてのエゴよりも、そういったものを大切にされてるなっていうのは、わたしもすごく感じますね。

青木:そうそう。大事なことですよね。単純に印象がいいですからね(笑)。

ははは……

青木:俺が印象悪かったなって(笑)。

そうなんですか(笑)? お会いして、すごく丁寧な方という印象を受けましたけども。

青木:いやいや。いまはこうなりました。

はははは。9年のひとつの成果というか(笑)。

青木:ひととだいぶ喋れるようになったので。オープンにはなったと思います。

[[SplitPage]]

踊らない身体

僕はだから、踊らないんですよ。

なるほど。いっぽうで音楽的な意味でこの10年を見てみますと、2000年代の初頭は、まだポストロックっていう言葉が機能していたと思うんですけども、その状況は変わりましたね。つい最近だったらアンビエントとかドローンとかダブとかに影響力があるように、構築性の高さやバンドのセッションのダイナミズムみたいなものよりも、どちらかといえば、そういうものを解体していく流れっていうのがこの10年を作ってきたようにも感じます。ダウニーの方向性と世間の流れみたいなものとを比べたり、あるいはそこで迷ったりってことはありましたか?

青木:新作に関してってことですか?

そうですね。

青木:3年ぐらい前から、僕はもう一回曲作りしようと思って――まあもとからちょこちょこ家で触ったりはしてたんですけど、ほんと趣味程度にはやっていて。なんというか、音楽をほんとに「聴く」耳にやっと戻ったんですね。自分の飲食店で流す音楽を、当時は絶対聴かなかったカフェで流れるような音楽にしたりとか。やっぱり心地いいんですよね、そこでコーヒーを飲むと(笑)。それが居心地の良い空間を作ってあげるという、自分のひとつのデザインであり、作品でもあるので……。飲食店という仕事においては、ですが。沖縄に移り住んで、海沿いでレッチリ聴いたりして、「気持ちいいなー、レッチリ。やっぱ海沿いなんだなー」とか(笑)。

(笑)

青木:なんだろうな、ほんとに作り手の耳ではなくなって。沖縄ではクラブ関係者の友だちが多いんですが、その子たちのイヴェントに行っても、「いまかかったの何!?」じゃなくて、「あー気持ちいいなー」みたいな、やっとそういう風に音楽が聴けるようになってですね。僕は、自分で音楽をやろうと思ったときから、聴き方が全部「あれは何の音だ、何のエフェクターだ」っていうふうになっていたので……。ほんとに単純に、子どもといっしょに子どもの音楽を聴いたりして、「俺もこんなの聴かされたんだろうな」とか思ったりするようになったし、音楽って、みんなにとっては生活にもっと密接したものだし、そのときそのときでチョイスするものなんだっていうことがようやくちゃんと理解できて。
 ダウニーの制作の話に戻ると、僕の作る音楽はもともとやりたいことが明確にあるので、最初は全部打ち込みで作ったものをメンバーにやってもらおう、ぐらいのつもりで、デモをバーッと作りました。じつはEDMの要素も少し入っていたんですけど、メンバーと話して、ダウニーってバンドでそれをやると、なにか古い音楽になってしまうんじゃないかっていうことで、一回解体して。で、今度はスタジオ・セッションをメインに構築していきました。だけど、それはそれで前のままじゃないかと。それで、いまの形になりました。データのやり取りをする。僕が、もらったデータをどんどん曲にしていって、投げて、もう一回作り変えてもらって、みたいなやり方です。
 肉体とエレクトロニックの狭間といいますか、そういうものを作りたくてですね。今回悩んだってところは、すごくボツったことですかね。30曲ぐらい書いて、残った曲でやっているんです。もはやネタになってますけど、自分のなかでは7枚目のアルバムにしたいぐらいの心境です、はい。

僕らメンバーがいちばん「ダウニーはこうだ」って決め込んでいるのかもしれません。

へえー! いまエレクトロニックっていう言葉が出てきましたけど、たしかにキーになっている音楽性ですよね。65デイズオブスタティックとかは、やっぱり一時代を作ったと思うんですけど、ポイントだったのはやっぱりそこにエレクトロニックなものが介在していたことです。ポストロックって、エモに行くものもあれば、フィジカルをストイックに追求したマス・ロックみたいなものもあれば、ハードコア・パンクの流れ――ビッグ・ブラックとか、シェラックとか――から続くものもありますよね。そんななかで、65デイズオブスタティックはすこし違う身体性を持ってたと思うんですよ。あるいは、ダウニーっていうバンドも。そのエレクトロニックっていう部分に寄っていったきっかけというか、アイデアみたいなものについてお訊きしたいです。何かに触発されたものなんですか?

青木:僕が若い頃からクラブにしか足を運ばない人間になっていたので、結局自分の身体に入ってくるものがすんなり出てくるんですね。父親がヒップホップのお店をやっていたりとか、いろいろ経緯もあるんですけど。

野田:すごいですね、それ。お父さんが?

青木:そうですね(笑)。インド人なんですけど。

野田:へえー!

青木さんは沖縄で育って、お父様がインドの方で、ヒップホップのお店をやってらっしゃってという、けっこうルーツとしては複雑な方なんですよ。

野田:すごいよ。

青木:そうなんです。で、母がビートルズの追っかけだったんで。家では小さいときからビートルズやドアーズが流れていました。そのあたりの洋楽は普通に……まあ5歳まで香港に住んでいたので、イギリス圏だったということもあって、テレビでずーっとビートルズとかのPVが流れているようなチャンネルがあったので。それ観て、意図せずにそうした音楽が入ってきましたね。
 で、クラブ・カルチャーにすごく傾倒する時期があって、自分はバンドマンとしてどうやってそれを表現していくかっていうことを、すごく考えたんです。それが結果としてダウニーの曲の作り方になっていますね。けっこう早い段階から、僕らは周波数の場所を決めてアレンジしていこうとか、そういう考え方をしていたので。当時、時代はシューゲイザーがガーッと音の壁を作って、みたいな感じだったんですけど、それはげんなりしていました。もっと音数が少なくていい。で、やっぱりミニマルですよね。それが大事だった。それを生でやるからこそ、体感できるリズムやノリがあるし、重ねれば重ねるだけ熱量が上がっていく。まあ、いまはPCでもそれができるんですけど、昔はもっとダンス・ミュージックの熱量が楽器によってプラスされていましたね。人間だからできることというか。僕らはずっとそれをやり続けて、いまに至っています。

ダンス・ミュージックがいかにダウニーの音楽にとって大きな要素であるかということはわかったんですが、たとえばダウニーの変拍子とかって、もっと身体をがんじがらめにするようなものなのかなってイメージがあったんですね。もともとすごくストイックなバンドという思い込みがあったので、そういうクラブ的なルーツには意外な感じがしました。

青木:僕はだから、踊らないんですよ。

あ、そうそう! わかります(笑)!

野田:(笑)

青木:とりあえず聴いていればいい、っていう、なんかそんな感じでした。

ああー。先ほどから、青木さんがすごくしっかりとしたお考えと哲学をお持ちの方なんだということに感銘を受けまくっているんですが、遊び心みたいなことでいうと、あんまり感じないというか、すごくマジメな印象を受けますね――。

青木:そうですね(笑)。それが悪いところでもあり(笑)、まあいいところでもあると思うんですけど。

実際に悪いと思ってらっしゃるんですか?

青木:そうですね。

へえー。

青木:遊びの成分を入れてみたりするんですけどね。

その遊びが「音の周波数」だったりすると、あんまり遊びって感じじゃないですけど(笑)。

青木:今回クラップが途中まであったんですけど、やっぱり結果的に「うーん、いらない」ってことになって。ミックスの最後の最後になくなっちゃったりとかしましたね。

それを削いでいくのはやっぱり、みなさんのマジメさなのでしょうか?

青木:まあたぶん、僕らメンバーがいちばん「ダウニーはこうだ」って決め込んでいるのかもしれません。

ああ、なるほど。

青木:「これはダウニーじゃない」「これはダウニーだ」みたいな。とくに彼らはずっと東京でミュージシャンをやってきて、周りからの反応をずっと感じてるんだと思うんですね。「こうだった、こう思ってた」とか。僕は逆にずっと離れていたので、そうでもありませんでした。まあ、ほんとにたまに、沖縄の店にも「ダウニー好きだったんですよ」って言って来てくれる子がいたりするくらいで。ダウニーTシャツを着たお客さんが来て、「カフェ、こういう感じなんですね」みたいなひとコマがあったり(笑)。なんかちょっと違う、みたいな顔されたりするんですけど(笑)。

はははは! ちょっと開放的な感じとかが。

青木:自分はそこまでないんですが、メンバーのほうにはもうちょっと「ダウニーらしさ」っていうものがあるみたいですね。ダウニーっていうのはこうです、って。

じゃあほんとに、この9年というのは、自分たちを客観的に見て対象化するとともに、音楽とも出会い直すような時間だったんですね。

青木:そうですね。そうだったと思います。

[[SplitPage]]

Downyの漢字仮名世界

僕はなんせ日本語が喋れないで日本に来ちゃったんで。

なるほど。さんざんストイック、ストイックという言い方をしてしまいましたが、そのいっぽうで、エモーショナルでロマンティックな音楽でもあると思うんですよね、ダウニーの音楽というのは。ご自身がロマンティストだな、と思ったりすることはあります?

青木:いや、僕まったくないでしょうけどね。

あ、そうなんですか? でも、たとえばこの、歌詞の漢字仮名使いというか、旧漢字・旧仮名・擬古文調の言い回しを使いながら、文学の香りみたいなものを立ち上らせていくところは、ダウニーのすごく重要なイメージだと思うんですよ。大正ロマンとか明治ロマンっていうことを言うつもりはないんですが、こういう雰囲気はロマンティックだなーと感じるんですけどね。

青木:ロマンティックですかね(笑)。いや、わかんないです。そうなのかもしれないです(笑)。自分では感じないだけで。

へえー! これはどこからやってきたものなんですか? 好きな文学作品があったりとか、そういうことなんでしょうか?

青木:そうですね、僕はなんせ日本語が喋れないで日本に来ちゃったんで、最初すごく苦労したというか、イヤな目に遭ったというか。

そうなんですか!

青木:ものすごく勉強したんです、単純に。誰よりも漢字を知りたかったし。本を漁っているなかに好きな作家がいたりですね。詩ってこんなふうに書いていいんだ、とか、文章ってこんな形があるんだなって。ずっと自分なりにそういうふうな表現ができたらいいなと思って、闘っているというか、書き続けてるというか。

へえー! 言葉に対する不器用が生んだ一種の器用、みたいな感じなんですかね!

青木:そうなんですかね(笑)。

これ、完全にダウニーという世界を作っているじゃないですか。

青木:そうですね。

しかも観念的な作風というか。たとえば“下弦の月”って曲がありますけど、これは下弦の月を実際に見て書いたんじゃないだろうなって思うんです。いや、見て書いたのかもしれないですけど、それとは違う「下弦の月の世界」が頭のなかにあるんだろうなっていうふうに、すごく感じるんですよ。

青木:そうですね。自分しかわからないって言うと残念なんですけど(笑)、映像があって、イメージがあって、それに音をつけて、歌詞をつけてって感じですね。まあ、結果的にライヴだったら映像がついて、そのイメージをひとに伝えることができるようになるんですけどね。この歌詞の字面(漢字旧仮名表記)も含めてなんですけど、まあこういうイメージなんですね(笑)!

はい、すごくわかります。でも、ライヴじゃなくてもばっちりイメージで来ますよ。あるときあるひとが見た、事実としての月があるんじゃなくて、もっと観念的に構築された世界があるんだろうなって、すごく感じるんですよね。それがダウニーという、すごく特徴的な世界観を作ってもいて。

青木:(小声で)ありがとうございます。

ああ、でもなんかすごく意外でした。日本語ができない段階でいらっしゃったというのは、何才ぐらいのことですか?

青木:小1ぐらいです。そのくらいで日本語が喋れないと、もうすごいストレスというか。すごくイライラしてたのを覚えています。

野田:いきなり日本に来て日本人と同じ学校? インターナショナル・スクールとかじゃなくて。

青木:そうですね。親もなかなかなんですけど(笑)。

はははは!

青木:最初は東京だったんです。それが幼稚園の最後ぐらいで、やっと言葉を覚えたと思ったら、今度は沖縄に行って、「なんじゃこりゃ!」ってなって。何を言っているか全然わかんなくて……。

野田:ああ、方言だから。

青木:「イチから俺これやんの?」と思って(笑)。すごくイヤだったのを覚えています。

いちおう小学1年も「あいうえお」から学びはじめますけど、ネイティヴな子たちが基本だから、スタート・ラインがぜんぜん違いますよね。

青木:そうですね、ずっと怒ってましたね。「シャラップ!」ってずっと言ってたのを親が覚えていて(笑)。

はははは!

青木:「シャラップ」しか言ってなかった(笑)。

でも、それは幼い頃だと――

青木:そうですね、ダメージがけっこうね。

ねえ。でもそういう頃から、おうちに帰れば音楽が鳴っている環境だったんですか?

青木:そうですね。父親の部屋ではインド音楽が流れ、母親の部屋ではロックだったり、ジョージ・ウィンストンが流れてたり(笑)。ムチャクチャな感じでした。

なるほど(笑)。わたしはほんとに思い込みで、この文語っぽい感じっていうのは、中学とかで文学的な嗜好が強い男の子が傾倒する表現かなって思っていたんですよ。――なんというか、一種の青さとロマンティックさが強い文学性と結びついて生まれるような、エネルギーの高い文語表現。そういうものがこの歌詞世界の後ろにあるのかなと思ったんです。……それが、インド音楽とビートルズとネイティヴじゃない日本語話者から立ち上がってきたものだとわかると、全っ然、見え方が変わりましたね。

青木:自分の通過してきたものよりも、聴いたことのないものをやりたいという性分でして。歌詞もそういうことなんだと思います。まあ僕はこの歌詞の書き方しか知らないんで……。他がわかんないので、ちょっと何とも言いがたいんですけど。

野田:とくに好きだった作家はいますか?

青木:えっと、最初ほんとに「これは!」ってなったのは、萩原朔太郎。石原吉郎も「えー!」っていう。

朔太郎! じゃあどっちかって言うと、詩に寄っている側っていうか。

青木:いまでも、何でもかんでも本は読むんで。そのあたりを小学校ぐらいでカッコいいなーって思ったのを覚えてますね。

はあー。その最初の感動を、ダウニーを通してわたしも感じる気がします。

青木:そうですか(笑)。

なんかわかります。追体験しちゃいますね、小学校の頃、教室で詩集を読んだの。メンバーの方が詞を作るってことはないんですよね?

青木:ないですね。

たぶん他のひとからすると、この言葉の作られているテンションっていうのは高いもの――エネルギーの高い詞だと思うんですね。で、演奏があるわけですけれども、最初は、ダウニーのアンサンブルや変拍子って、詞のテンションの高さを解体するものとして働いていると思ったんです。だけど、もしかすると加速してるのかもしれないですね。どうなんでしょう、みなさんは詞にインスパイアされて、って感じなんですか?

青木:イメージは最初に伝えるので、共通していくものがどんどん出てくると思います。シンプルに“雨の犬”だったら、「雨の犬」っていう仮タイトルがあって、イメージがあって。わりとみんな長くいっしょにやっていたんで、それですぐ伝わったりはするんですけどね。どうかな、そこまで歌詞のこと考えてるかな、みんな(笑)。考えてるのは俺だけかもしれない(笑)。ただ、「どこの部分が好きだ」とかは言ってくれますけどね。たぶん、歌詞に関しては一任されてるんじゃないかな。

なるほど。それぞれスキルのある人々がやっているセッションですから、歌詞があろうがなかろうが、やろうと思えばどこまでも続くでしょうし、いくらでもできるでしょうし。だから言葉や歌はそこにふわっと乗ってくるだけ、という側面もあるんでしょうね。

青木:とくに今回、歌ものにしたいっていう思いがあったんですが、それはあまりダウニーのやってないところでもあったんですね。ずっと自分で歌を歌うのがイヤだったので。ほんとに、別のひとが歌ってくれればいいのにってずっと思ってたんですけど、これまではあんなにパーツの少ない歌のためにヴォーカルに立ってくれるひとはいなかったし(笑)。

ああ、なるほど(笑)。

青木:結局自分がやるほうが早かったりしちゃうんで。でもこの9年、子どもたちと歌ったりですね、なんだろうな、シンプルな歌ものとか……もちろん形とか方向性は違うんですけど。
僕にしかできないメロディがあって、僕にしか出せない言葉があるなら、もっと明確にそれを伝えていってもいいかなっていうのが今作にはあって。なんか……そんな感じですね(笑)。

[[SplitPage]]

柔らかくなりあたたかくなること

いま思うと、昔はいろいろ相容れないというか、「自分は発散するけどひとのものは容れない」っていうタイプだったのかもしれないですね。いまはわりとシンプルに入ってくるし、それをまた出していけるし。

すごくいいお話です。曲はギターで作る感じですか?

青木:いや……? メロディが先な場合もありますし、トラックを作ってそれに歌を乗っける場合もあります。それに付随してコードを変えていったりとか、アレンジを変えてアンサンブルを変えていったりとか。ここでもっと盛り上げたいとか。ここはノイジーなんだとか。みたいなことは伝えますけどね。

ああ。ひとりで趣味で曲を作っているとおっしゃっていたので、もしギターを爪弾きながら曲が出てくる感じだったとすれば、それはそのままサッドコアみたいなものになるかなーと思ったんですけど。

青木:曲によりけりですね。“燦”とか“雨の犬”だったら、ギター弾きながら歌って作って、メンバーに送って、メンバーが楽器をつけていくって流れだったり。曲によっては完全にリズムから先に組んじゃって、それを叩いてもらってアレンジしてもらってとか。全然まるで変えてきちゃったりするんで、彼らは(笑)。メンバーが3人でスタジオに入って作ってきたものを僕に投げて、僕がそれをまた構成立ててっていうのもあれば、いろんなかたちがあります。

なるほど。さっき、ライヴだと映像でちゃんとイメージが提示されるってお話がありましたけど、映像でもダウニーは際立った作家性を残されているっていう印象があります。それは作られているメンバーの方が――

青木:zakuroです(笑)。

(笑)zakuroさんに一任されている感じなんですか?

青木:もちろん彼も作るんですけど、彼はディレクターみたいな形かな、いまは。いちばんわかりやすく言うとそんな感じです。あとは現場のVJですね。ひとの紹介だったりとか、僕が何人か挙げていったひとたちのパイプ役をやってもらっていて。そのあたりのイメージがわりと共通している。僕のことをすごく理解してくれています。いまは、これはないよね、これはあるよね、みたいなことをやってもらっていますね。もちろん本人もPVを作りますし。でも、今回は9年のなかで出会ったひとたちがいて、彼らとやってみたいなっていうのがあるので、オファーしているところです。いま数人でいろいろ作っていますよ。

あ、なるほど。映像も歌詞に負けず劣らずというか、けっこう思索的な内容を含んだものだなーって感じるんですよ。過去のもので、“漸”とか、“形而上学”とかの、ずっと扉が開いていくイメージ。あの正解のなさみたいなものを突きつけてくる感じっていうのはzakuroさんの個性だったりするんですか?

青木:“形而上学”は小嶋さんって方にやってもらったんですけど、それも当時僕の頭にあるものを無理矢理具現化するみたいなところがありましたね。当時は「この手法を試してみたい」とかって思って、自分でもカメラ持ちましたし、編集も立ち会いましたし。「もっと画角を」とかですね(笑)、そんなことを言ってたんです。今回は大人になって寛容になったので、向こうが言っているものが良かったりもするって、気づきました。いいものをどんどんオッケーしていけばいいなーと思ってます。

あ、じゃあその寛容さっていうのが一種の歌心みたいなものを引き寄せたりもしてるんですかね?

青木:そうなのかもしれないですね。自分では自分のことなのであんまり考えてなくて、インタヴューされてはじめて考えることのほうが多いんですけど。やっぱりいま思うと、昔はいろいろ相容れないというか、「自分は発散するけどひとのものは容れない」っていうタイプだったのかもしれないですね。いまはわりとシンプルに入ってくるし、それをまた出していけるし。ふたつのアイデアなら、1たす1は2じゃなくて、3以上にしなければいけないわけですし。それができるようになったのがいまの強みなのかなとは思っていて。考えもしなかったんで……たとえばひとに曲を書くとかですね。なんか、できるようになりました(笑)。

はあー、なるほど。本当にいいお話です。いろんな自分のなかの扉みたいなものが開かれていく感じだったんですかね。

青木:まあ、揉まれましたよね(笑)。

なるほど(笑)。

青木:いや、やっぱ優しいひとにいろいろ出会って。みんな優しいなと思って。自分もですけど、子どもを見る目としてこんな気持ちになるんだなっていうのが強くあって。何て言葉にしていいかちょっとわからないんですけどね(笑)。もちろん自分の大事なものは絶対守んなきゃいけないですし、自分の正解は必ず残すんですけど、もっといろんな見方があって、その見方を受け入れることができなかったら逆に向こうも受け入れてくれるわけがないというか……。現時点ではそこにいるんだと思います。

ハッピーだからハッピーな曲になるとか、そういう単純な表現をしないわけじゃないですか。一見重たくて厳しいような感触がありますが、今回の作品にはおそらくそういうふうなものが溶け出ているんでしょうね。

青木:はい。そうだと思います。今作は自分のなかでめっちゃ明るいんですけど。めっちゃ明るい曲ばっかり並んでるなーと。だけど、いままでダウニー好きなひと大丈夫かなー、みたいな(笑)。

へえー! それすごく太字で書きたいです(笑)。

青木:明るいって言われるんじゃないかなと思ってたんですけど、どうやらそうは思われないみたいなんで、それはそれで良かったと思うんですけど(笑)。

5人が5人とも、いろんな経験をしてきたところで、単純に人間性がにじみ出た作品だと思うんですね。だから僕のなかでかなり温かい作品なんです、今回は。むしろ暑苦しいなと思っていて。

ははは! 明るいというか、プロダクションがすごく綺麗に整えられてる、角とかガサガサしたものが削られてるという感じは受けましたけどね。元々すごくソリッドなギターの音だったり、それこそポスト・パンクっぽいっていうような、ラフさみたいなものがあったと思うんですけど、今回はすごくクリーンというか音響的に透き通っているというか。ジム・オルークとまで言うと何なんですが(笑)、そんな印象を受けました。そのあたり、考えていたことはあるんですか?

青木:でも元々ダウニーは、ひずみ、ブーストするのがイヤなんで。

あ、そうなんですか? さっき言っていたようなシューゲ否定みたいな感じがあったわけですか。

青木:そこまでは言わないですけど(笑)、ひずませればいい、みたいなのがなんかね……。誰でもできるし。もっとアンサンブルで凶暴さを出すってことですね。リズム・セクションとして凶暴さというか、僕らの持っている闘う姿勢を出していけたらいいなと、いつも思ってやってます。あんまり姿勢としては変わってないんですが、やっぱり僕らも年を取ったし。5人が5人とも、いろんな経験をしてきたところで、単純に人間性がにじみ出た作品だと思うんですね。だから僕のなかでかなり温かい作品なんです、今回は。むしろ暑苦しいなと思っていて。どう映るかはちょっと置いといて(笑)。

あー、でもそれはすごくいい話です。

青木:いまの僕らにできること。だから無理矢理冷たくすることはやっぱりいまの僕らにはできないですし、怒ってないのに無理矢理怒ることもやっぱりできないです。ほんとに、いま僕らのあいだにある人間関係が生み出したものなんじゃないかなと思います。
 だからわりと楽しく作って――まあもちろんキツいんですけど。ダウニーっていうのは制作自体がほんとに何回でもボツりますし、何回でもやり直すし、正解がどこにあるのかほんとにわかんなくなるときもあるぐらい悩みながら、トラック・メイキングしていくっていうバンドなんです。それをしかも、PCという選択肢もあるのに、わざわざ自分たちで弾き直してやるので。すごくキツい作業ではあるんですけど、わりと楽しくというか、またこのバンドでできるっていう喜びをちゃんと味わいながらやれていたとは思います。

その楽しさとか温かさ、柔らかさ、それから10年分の成長なり、音楽との出会い直しとかっていう新しい要素のいっぽうで、これまで一貫してきたものとして、いま「闘う」っていうキーワードが出てきましたね。それは、何との闘いってことなのでしょう?

青木:やっぱり自分たちの作ってきたものを、10年経っても聴いてくれるひとがいて、音源を出してくれるレーベルがいてくれるというだけでも、「どれだけ信頼してるんだよ」って――愛してもらってるんだなって思うので、そのひとたちに「ダウニーはやっぱりまたスゲーの作るな」と思わせなきゃいけないですよね。
だから、いちばんの敵は自分たちだし、自分らは前作を超えなきゃいけないですし。そこについては、メンバーがみんな一貫して「ダウニーっぽい」っていうイメージを持ち続けていたのが――首を絞めもしましたが(笑)――結果やりやすくなったんじゃないかなと思います。まずレーベルのひとたちがカッコいいって言ってくれないとはじまらないですし、僕ら自身もそうですし。

自分たちが闘いの対象だというのも、ダウニーのストイックな部分のひとつだと思うんですけれども、もうちょっと社会的な部分で、外に向かう闘いみたいな、そういうことはあんまりないんですかね?

青木:まあ、べつにシーンに一石を投じるとか、そこまで大仰なことは僕も思っているわけではないんですが……。9年のブランクがあって、僕はいわばルーキーなんですよ、いま。イメージとしては学生ぐらいの感じなんで(笑)。ほんとにギター持ったばっかりの頃の初心に戻っているので、そこまでおこがましいことは思っていないですね。まあでも、ファン以外の人にも聴いてもらうわけですから、他のバンドに「あいつらと対バンしたくねー」ぐらいに思われることはやんなきゃいけないと思います。自分らの音楽が、いまのところの自分らの正解であるというところまでは、ちゃんと作り上げたいので。
 社会に対して、という部分は、僕ら元々そういうスタンスでもないですから。もっと単純に、「こういう表現がしたい」っていうことを突き詰めているバンドだと思います。僕に至っては、自分の頭にあるものを映像でも何でもいいから吐き出していくというだけですしね。そこを目的にしています。

[[SplitPage]]

沖縄という場所

なるほど。それはとてもよくわかります。でも、音楽にする必要はさらさらないんですけど、沖縄にいらっしゃると内地では見えなかったことが見えたりする部分もあるんじゃないですか?

青木:そうですね、たとえば基地の問題なんかは根深いです。誰も欲しいとは思っていないけど、依存している部分もあると思います。なければ実際に沖縄の経済が支えられないというような現実もあって。

ああ、なるほど。産業って観光くらいなんでしょうか。沖縄って、シングル・マザー率が高かったり、所得の水準が低かったり、常夏の楽園ではない、暗い部分を抱えていたりもしますよね。地震のあとはこちらから移住する人もけっこういたんじゃないかと思うんですが。

青木:そうだと思います。ただ、沖縄もそれぞれのコミュニティは小さなものなので、そこで元々の住民と分離せずに馴染んでうまくやっていけるかどうかというところでは、必ずしもうまくいっていないところもあるのかもしれません。

ああ……、今後ますますくっきりと明暗の出てくる問題なんでしょうね。逆に東京から距離をおいたことで、東京を客観的にとらえて見えてくるところもあったのではないかと思いますが、何か問題や欠点みたいなものは見えますか?

青木:そうですね……。沖縄では、子どもを夕方家に連れて帰ってくるときなんかに、いっしょに近所の子の面倒もみたりするんですよ。気軽に声をかけて、ちょっと注意したり、連れて帰ってきたり。そういうことは、東京だとできないことかもしれませんね。

ああ、地域社会が機能しているんですね。青木さんは、本当にきちんと沖縄という土地に住まわれているんですね。わたしも、実家の方はまだそんな感じだと思います。

青木:田舎はそうですよね。沖縄はやはり田舎でもあるので、アーティストがあまり来ないんですよ。ライヴ公演が少ないんです。モトを取れるほど集客ができないので……。そのかわりクラブがとても盛んですね。

ああ! なるほど! 田舎であるがゆえに、持ち寄り文化というか、自分たちでてきるパーティが主流になると。

青木:DJだったらひとりですし、呼びやすいですからね。僕の店でもいろいろやってるんですよ。

あ、それは素晴らしいです。

青木:レイ・ハラカミさんも、ご生前最後にライヴをされたのがうちの店なんですよ。

ええー、そうなんですか! 地方で、ご自身のやれることをちゃんとマネタイズしながらも純粋にやって、地元の音楽の現場もきちんとあっためて、子育てもして……、すごい10年だったんですね。新作も、錆びるどころか、本当にそうした人としての充実までが音に結びついているということがよくわかりました。お人柄もふくめて感服いたします。では、活動が再開したからといって、東京には引っ越されないんですかね。

青木:いまのところはそうですね。

ぜひ、お店に『ele-king』置かせてください!

青木:ぜひ!

わー、ありがとうございます!

杉本拓と佳村萠 - ele-king

 杉本拓がギターを爪弾くかたわらで、佳村萠の吐息は洩れる。即興と作曲が交錯し、漂う空間のざわめきを抱え込みながらふたりが縺れ合うような音楽。あるいは杉本の指先が、そのまま佳村の口唇に触れるようにして生まれる「さりとて」の、新たなアルバムがリリースされた。異様に長尺な「無音」を奏するなどラディカルな試みで知られるギタリストの杉本と、不定形ポップ・ユニット「ほとらぴからっ」などで愁いを帯びた歌声を聴かせる佳村が、「さりとて」の活動をはじめたのは2007年。これまで世に送り出してきた2枚のアルバムがスタジオで録音されたものであったのに対し、本作品は2010年から2013年までに行われたライヴの記録を収めたものである。ジョン・ケージを批判的に継承する杉本の思想が垣間見える「さりとて」の活動を鑑みるに、3枚めにしてライヴ・アルバムが発表されたことは、その音楽的特長を先鋭化させた結果であるように思われる。

 というのも、前2作を注意深く聴けばわかるように、「さりとて」の音楽には、環境音の肌理を曝け出そうとするストラテジーが備わっているからだ。中空を遮る航空機、遠のく車両、犬らしき吠え声から鳥のさえずりまで、多重録音によるものなのかどうかはともかく、白紙の状態からコンポジション/インプロヴィゼーションを立ち上げていくことが可能であるはずのスタジオ録音においてこれらのサウンドスケープが聴かれるということは、彼らが意図的にそうしたのだ、と考えられる。もともとトーンを抑えた音楽である「さりとて」の背景をなす「静寂」に注視することで、微細な音の蠢きがクローズアップされ、聴者の中に圧倒的な「喧騒」が呼び覚まされる。とはいえ「喧騒」は、あくまでカッコつきでなければならない。なぜなら、杉本と佳村の演奏音が、音量に上限を設けてしまうことで、環境音はある一定の弱音として聴かれざるを得ないからだ。ここでは聴者は、いわば透聴力をもってサウンドに接することを余儀なくされる。そしてこのような試みを音盤上で繰り広げていくことを考えたとき、それは必然的にライヴ・アルバムという形に結実する。

 ライヴ音源とは、ある種のフィールド・レコーディングである。演奏者が録音機器を志向するのではなく、録音機器が「演奏者」を指向する。ここでいう「演奏者」とは、マイクに集まる無差別な音響群のことだ。それには演奏音も含まれれば環境音も含まれる。スタジオ録音からライヴ録音となることによって、それまでは保たれていた音の前景(演奏音)と後景(環境音)の区別が、同じグランドノイズの上に屹立する「図」の対立へと移り変わる。たとえば本作品において、8曲めの“ビコーズ・イット・ブリーズド”から9曲めの“ア・ウィンド”にかけて、耳を澄ませてほしい。2010年8月5日の、いまはもう閉鎖されてしまったイヴェント・スペース〈Loop-Line〉のざわめきが、続く2011年9月17日アメリカはニューヨークの〈Issue Project Room〉におけるグランドノイズと接続されることで、そのあられもない姿を曝け出すことに、聴者の意識は向けられる。さらに言えば、“ビコーズ・イット・ブリーズド”と“ア・ウィンド”の間に僅かに挟まれた数値上の無音状態は、聴者の意識を彼の現実世界における基調音それ自体の肉感的な物質性へと向かわせる。異質な時/空間の対立が、音楽の前提条件となるサウンドそのものの異貌性を露わにするのだ。

 ここで急いで付け加えなければならないことがある。これまで述べたようなラディカリズムは、一方で「音響派」のマンネリズムでもあった。「さりとて」にアクチュアルな意義があるとすれば、こうした杉本が求め続ける実験精神を内包したまま、他方では佳村の声によって、ポップネスの様相を呈してもいるのだ、ということである。アルバムも終わりに近づき、宮城県に伝わる数え唄“ひとりでさびし”の、あまりにも抒情的なアレンジを耳にした人々は、知的意匠を施されつつも大衆的共感で身を纏った音楽のその表面に、率直なノスタルジーを感じることだろう。それは「現代音楽」をカジュアルに消費できるようになった今日の社会において音楽的実験を継続させるための一つの方策として、高く評価されるべきものなのではなかろうか。どれほど知的な聴取を望めども、音は感性を刺激し続けるのだから。

泉まくら - ele-king

 たとえば、Swag。意味はいろいろあるけど、大体は自分が誇れるもの、自慢できることというニュアンスで使われる。それはオンナ、金、車、ジュエリー、時計という、いわゆるステレオタイプなヒップホップのイメージを形作るもので、これが日本人にはなかなか受け入れづらい。ヘッズは別だけどね。

 ヘッズではない日本人でも腑に落ちるSwagと何か? 僕は(以前も引き合いに出したけど)KOHEI JAPAN『FAMILY』のあり方だと思う。この作品はその名の通り、自分の家族について歌ったもので、KOHEI JAPANは「家族はサイコーっしょ」という主張をSwagとして歌った。

 物事の陰と陽で言えば、比較的陽の部分がクローズアップされた内容だが、リアルな描写が多く、「3年保育私立幼稚園 さらに小中高 足して12年 / 一番安くて約1000万 一番高くて5000万 / 子供2人いたらその倍だねえ 大学は行かなくていいんじゃね?」(『続・男はまぁまぁつらいよ〈オジサンの小言〉』)などのラインは取りつく島がない。僕は当時、この曲を聴いて家庭は金かかるんだ……って真剣に思った。

 バブル以降の世代である僕らは、徹底して現実的な世界を生きてきた。ゆえにアメリカン・ドリーム、いわゆる立身出世の物語を本質的に理解することが難しい。アメリカではギャングがビリオネアになることをJay-Zのような一部の大物たちが体現してくれたけど、日本のヒップホップで彼らほどのサクセスを手にした人はいない。やはりそれが与沢翼では、どうにも夢がないように思える。けど、僕らに突きつけられている現実はJay-Zではなく、翼だ。このような状態で、USヒップホップのようなことを歌っても、それはリアルに聴こえるはずがないし、「結局アメリカのマネゴトじゃん」と言われても返す言葉がない。

 泉まくらのSwagは女子のカルマだ。想像する性を生きる男子にとっては、一生理解することのできないリアル。それが女子のカルマだ。結局人間は他人同士で、人と人とが分かり合うということは幻想でしかない。まして違う性の生き物が何をどう感じているかなど一生知ることができない。僕らはただただ想像するだけなのだ。何が言いたいかというと、そんなものSwagにするのだから泉まくらというラッパーは相当サグな人なんだろうな、と。またそういうトピックを選ぶあたりも、日本語ラップの系譜においては、THA BLUE HERB、SEEDAらのようなラッパーの直系であるな、と感じた。

禁断のサイボーグかおり! - ele-king

 禁断の多数決の新譜、もう聴きました?
セカンド・アルバム『アラビアの禁断の多数決』ですよ。インタヴューからも本当におもしろい存在だということが伝わってきますよね。
そんな彼らの「ツイン・ピークス集団」にサイボーグかおりが迎えられた模様! 収録曲“トゥナイト、トゥナイト”のスピンオフ・ミュージック・ビデオが公開されています。いったいどんなセッションを見せてくれるのか!?

リズムを刻まずにはいられないお嬢様育ちの女子大生ヒューマンビートボクサー「サイボーグかおり(CYBOG KAORI)」を迎えた“トゥナイト、トゥナイト”スペシャル・ヴァージョンです!!

CYBORG KAORI and 禁断の多数決「トゥナイト、トゥナイト session」


「禁断の多数決」のリーダーである「ほうのきかずなり」が監督を担当。
◆ 禁断の多数決 オフィシャルサイト ⇒ https://kindan.tumblr.com
◆ サイボーグかおり オフィシャルブログ ⇒ https://ameblo.jp/saketoba0212/


〈electraglide 2013〉直前! 物販やります - ele-king

 エレグラ、いよいよ明後日に迫りましたね!
 ele-kingは物販ブースに参加!
『ele-king』バックナンバーや新刊『アナキズム・イン・ザ・UK』(ブレイディみかこ)といったele-king booksシリーズはもちろんのこと、OPNのTシャツや、

なんと久保憲司撮影の額入フォトグラフも販売予定! ブース内では来月発売の『久保憲司写真集 loaded』の中身をパネル展示、生ゲラもチェックできます! 最速11。

 さらには「年間読者ベスト投票箱」も設置。来月発売の年末号『ele-king vol.12』掲載のチャートを当てていただいた方には、抽選で新刊をプレゼントいたします!

 踊り疲れたらぜひ立ち寄ってみてくださいね!
 編集部も参加しております。ビールはおごれないのですが、ぜひぜひお声がけください!

■!!!(チック・チック・チック)から来日直前コメントが到着!!

大合唱!!汗まみれの肉弾戦!!!最狂のモンスター・グルーヴ・バンドがいよいよ帰還! 
ロック・フリーク、パンクス、テクノ・ヘッズをまとめて飲込む狂乱のグルーヴで幕張メッセのフロアがダンサーの洪水で溢れかえること必至!!!

ヴィデオ&メッセージ


★今年リリースされた最新アルバム『THR!!!ER』収録の大ヒットシングル「One Girl / One Boy」のインスト音源と日本語読みの歌詞をフリー・ダウンロード!
歌詞を予習してエレグラで!!!と一緒に大合唱しよう!!!

歌詞/インスト音源のダウンロードはこちら!
https://www.beatink.com/Labels/Warp-Records/
Chk-Chk-Chk/%21%21%21_OneGirlOneBoy.zip


  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727 728 729 730 731 732 733 734 735 736 737 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 749 750 751 752 753 754 755 756 757 758 759 760 761 762 763 764 765 766 767 768 769 770 771 772 773 774 775 776 777 778 779 780 781 782 783 784 785 786 787 788 789 790 791 792 793 794 795 796 797 798 799 800 801 802 803 804 805 806 807 808 809 810 811 812 813 814 815 816 817 818 819 820 821 822 823 824 825 826 827 828 829 830 831 832 833 834 835 836 837 838 839 840 841 842 843 844 845 846 847 848 849 850 851 852 853 854 855 856 857 858 859 860 861 862 863 864 865 866 867 868 869 870 871 872 873 874 875 876 877 878 879 880 881 882 883 884 885 886 887 888 889 890 891 892 893 894 895 896 897 898 899 900 901 902 903 904 905 906 907 908 909 910 911 912 913 914 915 916 917 918 919 920 921 922 923 924 925 926 927 928 929 930 931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 941 942 943 944 945 946 947 948 949 950 951 952 953 954 955 956 957 958 959 960 961 962 963 964 965 966 967 968 969 970 971 972 973 974 975 976 977 978 979 980 981 982 983 984 985 986 987 988 989 990 991 992 993 994 995 996 997 998 999 1000 1001 1002 1003 1004 1005 1006 1007 1008 1009 1010 1011 1012 1013 1014 1015 1016 1017 1018 1019 1020 1021 1022 1023 1024 1025 1026