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![]() STEREOCiTI Kawasaki Mojuba Underground |
シカゴ/デトロイト・フォロアー、ミニマル以降のモダン・ハウスのなかで、いま、世界中から注目を集めているDJ/プロデューサーがステレオシティの名義で知られている炭谷賢である。
東京を中心にDJとしてキャリアを積んできたステレオシティは、2008年にスペインの〈ディープ・エクスプローラー〉から「Citifunk EP」でデビューすると2009年にベルリンのドン・ウィリアムスが主宰する〈モジュバ〉からリリースされた「Early Light」が早くもスマッシュ・ヒット、ローレンスやダニエル・ベルのプレイリストにもあがったその野太いキックのディープ・ハウスは、発売から2年以上たったいまも国内各地にあるクラブやDJバーで鳴り響いている。こうしたことは、消費が早いクラブ・ミュージックのなかでは珍しいことだ。
今回〈モジュバ〉からリリースされたファースト・アルバム『Kawasaki』はステレオシティが生まれ育った街である川崎を走る列車のフィールド・レコーディングで幕を開ける。そしてシカゴ、デトロイトへの愛情のもとに作られた粗野で荒々しくも繊細なディープ・ハウスが続いていく。美しいサウンド・スケープをもったアルバムなら良く見かけるが、タイトル曲の"Kawasaki"も含め、しっかりとストーリーが展開されていくアルバムは近年では珍しい。
アルバムは3.11以前に作られたものであるが、職人的な細部へのこだわりで丹念に作りこまれた楽曲は時代性を超越する強度を持ったものだ。そしてこのご時勢に3枚組みのLPをリリースしたところにも意気込みを感じる。DJの腕もたしかなもので、自分と白石隆之さんとWHYでオーガナイズしているパーティ〈Sweet〉にもゲストで出演してもらった。
全盛期の〈MANIIAC LOVE〉はぶっ飛んでて面白かったよね。"SLOWMOTION"とかもハマってたよ。ハード・ハウスのパーティとかで、麻布の〈Mission〉とかもたまに連れてかれたけど、けっこう嫌いじゃなかった。
METAL:国内盤CDのライナーを執筆しているのは白石隆之さん。デトロイティッシュ・サウンドの日本人プロデューサーでは草分け的な存在ですよね。
STEREOCiTI:白石さんのことは、実はそんな昔から知ってたわけじゃなくて......実際に会う前に、白石さんの方からMyspaceでコンタクトしてくれたことがあったんだけど、実際に顔を合わせたのは去年。安田くん(WHY)が紹介してくれたんだよね? その頃、白石さんが長野の〈Human Race Nation〉から出したリミックス(G.I.O.N./Jack Frost - Takayuki Shiraishi Remix)がすごい好きで。それで白石さんのアルバム『SLOW SHOUTIN'』(2002年/Pickin' Mashroom)を買って聴いたら「2002年の時点でこんなことやってた人がいたんだ」ってびっくりして、すごく好きになって。で、それから自分のDJでも白石さんの曲を使ったり、LOOPの〈Sweet〉にDJで呼んでもらったりとか、交流ができていった感じ。
METAL:アルバムの話に入る前に、音楽的な背景を聞いておきたいんですけど。
STEREOCiTI:もともとブラック・ミュージックはジャズから入って。ジャズっていうのは、モダン・ジャズね。高1のとき、最初にコルトレーン聴いて、そこからずっとジャズ集めてて。ジャズ聴いて、なんだろ......音楽の「間」みたいなのを最初に意識したのかな。ギターでバンドもやってたよ。前に〈Deep Explorer〉からリリースした曲では、自分でギター弾いてる。今回のアルバムではギターは弾いてないけど、"A day"って曲でベースを弾いてる。
METAL:最初はレゲエのDJだったんですよね。
STEREOCiTI:そうそう(笑)。ボブ・マーリーが好きで。若いとき横浜で働いてた頃に、まわりの人種もレゲエが多くて、みんなヤーマン、ヤーマン言ってる感じで(笑)。そういうなかで育ってたから自然とレゲエが好きになって、ジャマイカの煙たい空気感とか、ダーティーでヤバい感じにも憧れたし、その流れでレゲエのDJをやりはじめた。ダンスホールね。その後もっとモダンなビートが好きになって、その流れとレゲエがうまくクロスオーヴァーした感じが面白くて。その直後にちょうどアシッド・ジャズのムーヴメントがあって乗っかって、その後トリップホップって流れ(笑)。それは学校(桑沢デザイン研究所)に通ってた頃だったんだけど、その頃学校の友だちなんかと六本木の〈Juice〉(現在はBullet'S)でイヴェントはじめたの。で、その頃、人を踊らせる究極はやっぱりハウスにあるんじゃないかと思って聴きはじめたんだよね。でもその頃はよくわからないからもうテキトー。ニューヨークもシカゴもUKもごちゃまぜで。それで、自分の好みを追っていったら、その頃の音ではテクノがそうで。それでデトロイトとか聴いて、DJでテクノをやってる頃に、〈MANIAC LOVE〉に入っていった感じ。
WHY:テクノを最初にいいと思ったのも「間」みたいな部分なんでしょうか?
STEREOCiTI:いやぁ、超踊れる、ぶっ飛べるみたいな。単純なところだよ、ほんと。
METAL:その頃の決定的な、強烈なパーティ体験ってあるんですか?
STEREOCiTI:全盛期の〈MANIIAC LOVE〉はぶっ飛んでて面白かったよね。"SLOWMOTION"とかもハマってたよ。ハード・ハウスのパーティとかで、麻布の〈Mission〉とかもたまに連れてかれたけど、けっこう嫌いじゃなかった。90年代の、ただれたパーティ感は面白いよね。初期のパーティ体験がずっと地下だったから、クラブ・ミュージックにはずっと地下のイメージ持ってる。
WHY:それで〈MANIIAC LOVE〉の"CYCLE"でハウスのDJをはじめた頃から、いまみたいなスタイルなんですか?
STEREOCiTI:デモテープ聴いてもらって「いいね」って言ってもらったのはハード・ミニマルなんだけど、実際"CYCLE"ではじめた頃は、いまで言うテック・ハウス。「テック・ハウス」って言葉大嫌いなんだけど(笑)。〈Prescription〉とか〈Guidance〉、〈KDJ〉とかが好きで。その頃のセットはディープ・ハウス......いまとあんまり変わらない感じのディープ・ハウスからスタートして、〈Paper Recordings〉とか〈Glasgow Underground〉みたいなUKっぽいっていうか、ちょっとグルーヴがあったまった感じで山崎さん(Sublime)かWADAさんに繋ぐ、という感じ。
WHY:ブースで照明をいじりながらWADAさんがDJやってる姿を見ていて、DJのやり方を覚えたって言う話でしたけど。
STEREOCiTI:やり方っていうか、クセね。WADAさんのクセはついた。 1曲1曲EQ全部違うし、出音をちゃんと聴くってところとかそうだし。ミックスの仕方は自分とはちょっと違うんだけど、テクノのミックスってこうやってやるんだ、っていうのは、全部やっぱりWADAさんから学んだかな。
METAL:僕の場合なんですけど、WADAさんのDJを近くて見てて、EQ以外で学んだのはディスコDJのメンタリティなんですよね。客もよく見てるし。
STEREOCiTI:わかるわかる、本当そう。エンターティナーというか、あれがDJだよね。
METAL:使ってるネタ自体は大ネタってほとんど使わないんだけど、場の雰囲気に合わせた踊らせ方をする。
STEREOCiTI:そうだね、それは本当に俺も学んだところ。場の流れを作るというか、場を見てるよね。好きな曲をかけるだけ、っていうようなDJいるからね、やっぱり。
WHY:その"CYCLE"時代や、TAKAMORI.Kさんとやってた"Better Days"の頃は、本名のSumitani名義でDJしてたんですよね。"STEREOCiTI"と名乗る経緯、由来は?
STEREOCiTI:10年ぐらい前にシカゴに1ヶ月ぐらい滞在してたの。シカゴに友だちが住んでて、そこに泊まってたんだけど、そのアパートメントの裏庭の壁にスプレーで「STEREO CITY」って書いてあって。アーティスト名はそこから来てる。で、その友だちの実家がデトロイトで。ちょうどサンクス・ギビング・デイの頃で、実家に帰るっていうからデトロイトまで一緒に車でついて行って。
METAL:シカゴ~デトロイト、どうでしたか?
STEREOCiTI:その友だちはドラマーで、彼の仲間たちがダウンタウンに住んでて、その連中がみんなトラック作ってたんだよね。やっぱりダウンタウンてもともと危なくて、人なんかあんまり住んでない......そこにしか住めない黒人しかいない場所だったんだけど、若いアーティストがどんどん引っ越してきて暮らし始めてる時期だったんだよね。だから結構白人も多かった。デトロイトでは、IBEX(Tony Ollivierra......Neil Ollivierra=The Detroit Escalator Companyの実弟)も一緒に遊んでた。後でこっちで会ったら覚えてなかったけど(笑)
METAL:リクルーズとかも同じ一派ですよね。
STEREOCiTI:リクルーズはあの辺の大学生で、たしかダウンタウンからはちょっと離れたところに住んでたんだよね。
METAL:デトロイトで「第二世代以降」と呼ばれる人たちとの交流があって、彼らがそこで作っていた音楽が、自分の核になってきた部分ってあるんでしょうか。
STEREOCiTI:全然ない。リクルーズは「この人すげえなぁ」と思って研究したところも実はあるんだけど......曲は好きなんだけど、ああいう白人っぽいグルーヴは、自分のやりたいところではなかったんだよね。それよりも、ハウスにしても黒人がやってるもの。当時だったらリック・ウェイドやケニー(・ディクソン)、セオ(・パリッシュ)、あの辺のもっさりしたハウスのグルーヴが好きで。ゴスペルっぽいハウスとか、エディ・フォークスとか。いまは逆にデトロイトのハウスよりもテクノのほうが好きなんだけど。
黒人のグルーヴが好きなんだよね。ファンクというか、ずれた感じ、粘ってる感じが好き。グルーヴに関しては、一時期ノー・ミルクと一緒にすごい研究してたんだよね。ここをこうズラすとこうなる、みたいな。ディスコとか聴いて、「なんでこのグルーヴが出るんだろう?」とか研究したよ。だから自分の曲もイーヴンっぽく聴こえても実はイーヴンじゃない。個人的な好みだけど、きっちりイーブンに貼っつけてるトラックとかは、聴いた瞬間ダメ。あとドラムマシンのイーヴンと、シーケンス・ソフトとかで置いたイーヴンは全然違うんだよね。ドラム組む時も、ドラムマシンのノリそのままで作りたい曲以外は、全部自分で細かく組んでグルーヴ作ってるから。そういう作業は好きかな。
10年ぐらい前にシカゴに1ヶ月ぐらい滞在してたの。シカゴに友だちが住んでて、そこに泊まってたんだけど、そのアパートメントの裏庭の壁にスプレーで「STEREO CITY」って書いてあって。アーティスト名はそこから来てる。で、その友だちの実家がデトロイトで。
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METAL:じゃあアルバムの話に入ると、ファースト・アルバムのタイトルに「川崎」という、自分の地元の名前をつけたのは?
STEREOCiTI:ジャケにこんなでっかく「川崎」とかなってるから、そこをすごく押してるみたいになってるけど......最初このデザインが出てきたときはびっくりして(笑)。
METAL:自分のデザインじゃないんですか?
STEREOCiTI:違う違う。これは〈モジュバ〉のトーマス(Don Williams)のデザイン。「漢字はやだ」って言ったんだけど、「ヨーロッパでウケるから我慢しろ」って(笑)。だからジャケットの漢字バーン! に関してはホントは不本意なんだけど、タイトルを"kawasaki"にしたのにはそれなりの経緯や意味があって。なんだろう、自分の生まれ育ってきた場所や、昔から来た部分を、すごい引きずってる時期に作ったのね、アルバムの曲群を。作ってる途中で気付いたんだけど、地元に置いてきちゃったものっていうか、心残りもけっこうあったりして。すごい地元が嫌いで。ろくな街じゃないから。何もないし、文化もないし、良いところ何にもないから(笑)。早く出たいと思ってたんだけど、作った曲を後から見ると、どうしても「川崎」が色濃く出てしまっていたんだよね。
WHY:川崎が色濃く出ている部分って、どういうところなんですか?
STEREOCiTI:それは超個人的なところだから、実際に川崎っぽいかっていうとわからない。多感な時期を過ごした中で染みついた、拭えないものってことだね。それが、自然に吐き出されたビーツやメロディとかに表れていると思って。だから「これはちょっと、1回ケリをつけないとな」みたいに思って、そこでアルバムのタイトルを考えたときに自然と「川崎」って出てきた。「地元に恩返ししたい」とか「地元が好きだから/嫌いだから」とかじゃなくて、ただ自分の作品にそれがすごい出ちゃってたから、"kawasaki"っていうタイトルがいちばん自然にハマったっていうか。
METAL:川崎で生まれ育った自分が作った音楽だから"kawasaki"だっていうことですか?
STEREOCiTI:うん、本当にそんな感じ。アルバムタイトルに"kawasaki"ってつけることで、自分の中で収拾つかなかったいろんなものをうまくまとめられる感じがしたのね。だからタイトルはぶっちゃけ後付けで、川崎をイメージして作ったアルバムってことでは全然ないんだよね。だけど、さっきも言った川崎......それまでの自分ってことだけど、それが色濃く出すぎていたから、そこに収拾をつけたくて。例えばアルバム最後の"Day By Day"なんかはいちばん最近に作った曲なんだけど、この辺は自分で聴くと、ノスタルジックな感じがないというか、古い曲とはけっこう違ってて。
METAL:1曲目は、電車の音から始まりますよね。
STEREOCiTI:あれは貨物列車の音で、実家の近所の踏切で録音したの。南武線の浜川崎支線っていう、二両編成の路線があるのわかるかな? 一時間に一本しかない電車なんだけど、そこを貨物列車が一緒に走ってるのね。京浜工業地帯に貨物線が引き込まれてて、向こうで積んで、また出てきて、って、常に貨物が行き来していて。そのそばに住んでたから、地元にいるときは毎日毎日あの音を聞いてた。
METAL:で、電車の音にポエトリーが乗ってきますよね。どんな内容なんですか?
STEREOCiTI:川崎ってこんな街だよ、っていう。"This Town, it's Empty"っていう節があるんだけど、空っぽの街だよっていう。まぁ空っぽで何もないけど、子どもはどこでも同じように笑ってるし......っていうようなこと。だけどそれをみんなに知ってもらおうとは思ってなくて。自分で込められればよかったから、声を加工して、外人でも聞き取れないようにして。単純にイントロをつくりたかった、っていうのもあるし。
WHY:1970~80年代の川崎には公害訴訟とかありましたけど、子どもの頃は、公害問題も深刻だったんですか?
STEREOCiTI:いちばん深刻な時期は過ぎてたんだけど、ぜん息の子どもはまわりにいっぱいいたし。常に鉄粉が飛んでるから。空は毎晩真っ赤だしね。だから、日本鋼管(NKK。現・JFEエンジニアリング)で働いてる人のための町っていうか。経済においては、すごく重要な街ではあると思うんだよね。ただ日本の歪み......いま出ている放射能もそうだけど、公害問題ってのが、川崎にはもっと前からいまと同じようにあって。もっと辿ると戦争時代も、負けてるのに勝ってるぞ、って国がウソついててさ、ずっと同じだよね。
METAL:そういう視点は昔から持ってたんですか?
STEREOCiTI:昔は対して考えてなかったけど、単純に、大人になったらいろいろ考えるよね。
METAL:反原発デモにも参加してますよね。
STEREOCiTI:最近なかなか参加できないんだけど、やめちゃダメだよね。国に対してモノを言える機会ってそんなにないから、それをやめちゃいけないよね。効果もあると思ってる。やっぱり言っていかないと......日本人ってけっこう「言ってもしょうがない」って感じで、日本の腐った部分は変わんねえや、って諦めてる部分も多いと思うんだけどね。自分もそうだったし。でも発していかないとはじまらないからね。
WHY:アルバムは3.11の前にはできてたんですか。
STEREOCiTI:できてたね。
WHY:8曲目の"Downstream"って曲名、辞書で引いたら「使用済み核燃料の処理工程」という意味なんですけど、じゃあこれは偶然なんですね。
STEREOCiTI:ホント? それはちょっと、予言じゃない(笑)?
METAL:いやでも、あの曲の「闇」は僕も気になってましたよ(笑)。
STEREOCiTI:あれ、いちばんライヴ感っていうか、ノリで作った曲だよ(笑)。いちばんフロア向けっぽいかなと思ってるんだけど。"Downstream"ってのは、単純に水が川を流れていくようなイメージで。比較的最近作った曲なんだ。さっきも言ったように、アルバムの最後のほうはもう「川崎」からだんだん離れて、収束に向かってきたところなんだよね。今の気分に近い曲なんだ。ノスタルジックでもないし、メロディアスでもないし、もっと違う方向に向かってる。この曲でサンプリングしてるボイスはジム・モリソンなんだけど、これまた全然原発とは関係ないよね(笑)。
METAL:これ、ドアーズなんですか。
STEREOCiTI:うん。"An American Prayer"の最後の曲(An American Prayer/The End-Albinoni: Adagio)。オリジナルにレコーディングしたもの以外のボイスものは全部サンプリング。ネタ集みたいのはいっさい使ってなくて、サンプリングするってのは一応ポリシー。

METAL:デトロイト・エスカレーター・カンパニーの『Soundtrack[313]』が好きだっていう話があったじゃないですか。デトロイトのフィールド・レコーディングで作られたアルバム。
STEREOCiTI:あれはすごく好きだし、かなり影響を受けてるかもしれない(笑)。サウンド的にもだし、コンセプトとか、フィールドレコーディングの部分の印象とか。あれがダンス・ミュージックかというとまた微妙なところだけどね。俺の中でのデトロイトのイメージはあんな感じ。実際に行って感じた印象と近いね。
METAL:で、2曲目の"Expanses"からアルバム本編に入るわけですが、楽曲の構成は、基本的にはミニマル・テクノですよね。ハットの入り方にしろ、曲の展開にしろ。グルーヴはハウスと言ってもいいのかもしれないけど。同時に、サウンドスケープにはラリー・ハードに通じるような繊細的な部分もあって。そのふたつが核にあるのかな、と感じていたんですけど。
STEREOCiTI:ミニマル・テクノはあまり意識して作ったことないんだけど......逆にテクノ作りたいけどできない(笑)。自分が好きで聴いてて「こういうのやりたいな」って思ったのと、自分のやりたいように作ったら出てきた曲がまったく違ったのね。昔のムーディーマンみたいなざっくりしたのが作りたいのに、自分で作ってみたら音数も少なくて緻密な感じのものになってたり。だから「自分がやるのはこうじゃないんだな」って思った感じかな。
METAL:じゃあ、曲を作っていく工程で、今回のアルバムのような作風になった感じなんですか。
STEREOCiTI:いや、志向としては初めから。本当は初めからフロアで超機能するトラックとか作りたかったんだけど、うまく形にならなくて。で、生っぽい音を使ったりとか、自分で弾いた楽器と合わせて作ったりとかして、ようやく曲が完成するようになってきて。その辺が〈Deep Explorer〉から出したような曲だね。初期の曲はもっと生っぽいっていうか、ゆるいんだけど、本当はもっとエレクトロニックなのがやりたかった。で、だんだんその術を覚えてきたというか、作り方がわかってきて、いまみたいな作風になってきたって感じかな。
WHY:曲を作りはじめてから、楽曲が〈Deep Explorer〉からリリースされるまで、10年ぐらいのあいだがあるわけですよね。
STEREOCiTI:うん、ずっと曲作ってたけど、全然完成に至らなくて。なんでかっていうと、自分がいいと思う音楽のところまで、自分の曲を持っていくことができなかったから。
WHY:その10年のあいだ、どういう思いで曲を作り続けてたんですか。
STEREOCiTI:なかなか完成しないから「どうしたもんかな」ってずっと思ってて。いろんな人から「とりあえず完成させればいいんだよ」って言われたりしたけど、自分でいいと思わなかったら発表できないから、どこにも送ったこともないし。自分がさ、いろんな音楽を聴いてきて、いいと思う音楽と大したことねえなって思う音楽の差があって、自分のなかで「いい」っていうレヴェルまでいかない限り、自分で出す意味ないわけでしょ。中途半端で出す意味もないし。それなりにいろいろ聴いてきたわけだから、自分でやる以上は、自分のなかでOKを出せるレヴェルに行き着くまでは外には出せないな、っていう。でも微妙なラインで、「これどうなのかな? まぁ、いいと思うんだけどな」みたいなところで外に出し始めて、引っかかってくれたのが〈Deep Explorer〉やラス・ガブリエルで、「あ、これでいいんだ」みたいな。
METAL:まぁ、評価っていうのは、わからないですよね。
STEREOCiTI:音楽なんて、人に聴かせてナンボだから。自分だけのエゴで成り立ってるもんじゃないから、人の評価っていうのは大事なことだけど、自分のなかで、人に聴かせるだけのOKを出せない限りは外に出せないというか。そこまでに時間がかかったっていうことなんだよね。
METAL:自分の思うとおりに機材を使いこなせるまでにも、それなりの時間がかかりますよね。
STEREOCiTI:それもあるよね。まぁいまでも全部なんて使いこなせないんだけどね。
METAL:レイ・ハラカミさんなんかは、ひとつのソフトを、自分の身体として考えているっていう。
STEREOCiTI:そういうのはすごいと思う。ダンサーの表現みたい。
METAL:そう考えると、打ち込みと楽器演奏って、まったく変わらないんですよね。
STEREOCiTI:うん、それは変わらないと思う。自分の音楽ってディープ・ハウスみたいな感じでやってるけど、結局やってることはブルースだと思ってる。それを生っぽい、RAWな部分を前面に打ち出すんだったら生楽器やればいいわけなんだけど、もうちょっとロジカルなというか、構築的な部分でのブルースをやりたくて。あんまり機械的でもないし、かと言って生っぽくもないのがいいというか。1曲1曲に、必ず生っぽいっていうかライヴ感は残してる。一発で全部出して混ぜてって作るタイプではないから、そういう意味でのライヴ感はないんだけど、人間っぽさをどうしても入れないと気が済まないっていうか。フレーズ一発でも、そこに自分のソウルが投影されない限りは、いい曲できても「誰かの曲みたいだな」とか「かっこいいけど、なんか違うな」ってのは全部消しちゃうし。
METAL:アルバム聴いていても、曲自体にいっさい妥協がないですね。
STEREOCiTI:妥協はいっさいない。それは言い切れる。好かれる好かれないは別として、自分のなかでOK出せるところまではいってる曲しか出してないからね。本当にすごいなって思うアーティストがいっぱいいて、そこまではいけてないけど。生で弾いて表現できるのが理想なんで、そっちもこれからもっとやっていきたいし。
[[SplitPage]]川崎ってこんな街だよ、っていう。"This Town, it's Empty"っていう節があるんだけど、空っぽの街だよっていう。まぁ空っぽで何もないけど、子どもはどこでも同じように笑ってるし......っていうようなこと。
METAL:ブルースだと誰が好きなんですか。
STEREOCiTI:俺、ジミヘン好きなんだけど、もっとルーツ的なところでいうと、Tボーン・ウォーカーとか、ハウリング・ウルフとか......。
METAL:ロバート・ジョンソンは?
STEREOCiTI:ロバート・ジョンソンはねえ、好きなんだけど、自分の気持ちとはちょっと違うというか。ドラッギーだよね、あの人。アルバムを聴いてると、すごく暗ーいところに持ってかれる。やっぱり悪魔的というか(笑)。
WHY:その、闇に吸い込まれる感じって、賢さん(STEREOCiTI)の作品やDJの特徴だと思うんですけどね。アルバムでは"Expanses"が象徴してると思うんですけど......「心に影を落とす」っていう表現ありますけど、そういう感じでふっと暗くなる感覚って、世に溢れてる「ディープ・サウンド」のなかでも独特というか。さっき「ブルース」って言葉が出てきて、あぁ、あの暗さはブルースだったのか、って思ったんですよ。
METAL:これは白石さんの言葉なんですけど「闇の暗さの種類の違い」ってのがあって......。
STEREOCiTI:あ、それわかる。俺ね、モノ作るときとか、DJもなんだけど、「満たされない部分」ってのをすごい意識してて。その「足りない部分」をどう表現するかっていうのが自分も好きみたい。いっぽうではけっこう打算的な部分もあって、DJするときもそうなんだけど「人の記憶にどれだけ訴えるか」ってのをすごい意識してるんだけどね。
METAL:打算的ってことかわかりませんけど、アルバムのなかだと"A day"はすごくきれいな曲で、ローレンスが賢さんの曲を気に入ってるっていう理由が、これ聴くとすごくわかる感じしますね。
STEREOCiTI:これは代々木公園の曲なの(笑)。ちょうどあの辺住んでた頃に作った曲。昼間をイメージしてる曲ってあんまりないんだけど。映像的な音楽ってすごい好きだから、どうしても映像と絡めたくなるっていうか。例えば"Hotel Maroc"は、以前行ったモロッコの、華やかな表面の裏の、現地のベルベル人の私生活の土っぽいイメージで作った曲だし、"Klass"は、Naoki Shinoharaがやってる"klass"っていうパーティをイメージして作った曲。そんな風に、映像的なイメージから作ってる曲は多い。アルバム全体を通しての映像ってのは意識してないんだけどね。並べて気持ちのいい感じにしただけで。ただ最初の"kawasaki"と、最後の""Day By Day"は、全体の収拾をつけるために、イントロとアウトロで合わせて作ってる。やっぱりアルバムとして通して聴けるアルバムが好きで。アルバムとして成り立っていてすごい好きなのが、KDJの1stだったり、トータスの『TNT』とか。アルバムを通してひとつの世界観があるのを作りたかったんだよね。
METAL:白石さんなんかもまさにそういうタイプで、世界観、コンセプトの構築から入って、流れをつくって、っていうタイプですよね。
STEREOCiTI:俺はその逆。デザイナーだからかもしれないけど、元からある曲をどうはめていくか、どううまくまとめるかで映像やストーリーを作ったり、全体の辻褄を合わせていく感じなんだよね。まぁでも、深層に、芯に確実に流れている部分があるからまとめられるんだけどね。ホントにバラバラの曲たちではないからね。やっぱり自分で何百回も、死ぬほど同じ曲を聴きながら作ってて、それでもやっぱりいいな、何回聴いてもいいな、と思う曲だけを残してきたわけだから。
METAL:でもほんと、サウンド的、デザイン的な部分で取りざたされる作品は近年でもいろいろあるけど、こうしてコンセプトを立てて、しっかりストーリーテイリングされた作品ってのは、最近では珍しい種類のアルバムだと思うんですよ。
STEREOCiTI:そう言ってもらえるのも、自分がそういう映像的な部分が好きだし、ストーリーを作るのが好きだから、うまくデザインしてまとめただけで。さっき「打算的」って言ったのはそういう意味。
METAL:まぁでも、自身にとってもひとつのモニュメントというか、区切りというか。
STEREOCiTI:そうだね。いままでは後ろを見過ぎていたというか、これまでの精算に時間がかかっていたわけで。きちんと精算できたのかはわからないけど、一応の区切りにはしたいなぁと思っていて。
METAL:じゃあここから先は、まったく新しいことをはじめようと思ってる?
STEREOCiTI:そんなに理想があるわけでもないし、新しいことをやるぞ! みたいな気分ではないんだけど、単純に変わるだろうな、とは思ってる。
METAL:(唐突に、同席していたSTEREOCiTI夫人に対して)ステレオさんの曲は好きですか?
夫人:好きです。
STEREOCiTI:彼女のために音楽をやってるっていうのもあるから。アルバムのね、盤の内側にエッチングで文字が掘ってあるじゃない? 実はここにメッセージが入っていて。A面にしか入れてないし、これは言わなきゃ誰も気付かないと思うんだけどね。
[[SplitPage]]シーンを育てるっていう意識がクラブ側に薄いから人任せ......オーガナイザー任せ、外タレ任せになってるのをすごく強く感じる。そこは皆が協力して、いちばん変えていかなきゃいけないところだなぁと思ってて。
METAL:6月には、ベルリンとスウェーデンでDJしてきたんですよね。そのことも聞きたいんですけど。
STEREOCiTI:前回のベルリンは〈Panorama Bar〉だったけど、今回は〈Berghain〉の〈Garten〉でやった。夏だけ開ける野外スペースね。こっちでDon Williamsとやることが決まったんで、他にどこかヨーロッパでできないかな、と思っていろいろメールしてたら、前から好きだったスウェーデンの〈Aniara〉(レーベル)の連中が一緒にやろうって言ってくれて。街のなかのちょっとした森みたいなところで、彼らはそこで毎週のように野外パーティやってて。自分らでサウンドシステム持ち込んで、ビール買ってきて、告知してってスタイルで。その日も400人ぐらい集まったんだけど、それはすごい面白かったな。すごい雰囲気がよくて。彼らはドラッグもやらないからお酒だけで、ダーティーな感じはなくて、喧嘩もなくてピースフルで。最後のゴミ拾いまでクタクタになりながら一緒にやって。そういうの一緒にできたのがすごく。ノリも合ったし。
ベルリンは2回目だけどとくにイエー! っていう感じじゃなくて、地元じゃないけど落ち着く場所みたいな感じだね。前に行ったときとは自分のDJの傾向も変わってきてる部分もあるんだけど、楽しくできたかな。前とは違って夏で、あったかいし、外だし、みんなゆるくて、ゴロゴロしてる人もいるし、コンテナのダンスフロアの中の人はガッツリ踊ってるし。今回は期間が短かったからあんまりいろんな場所は行けなかったんだけど、前よりも面白かった。ベルリンに対しては特別な感情はいまはなくて、すごい自然にすーっと入ってくる感じ。東京と全然似てないんだけど、すごく馴染むよね。電車はずっと走ってるしさ、俺らみたいな人にとってはパラダイスだよ。
METAL:ヨーロッパのパーティが東京と決定的に違う部分ってあるんですか。
STEREOCiTI:あのねぇ......(長考)。スウェーデンでいちばん感じたんだけど、ゲストを呼んだときのもてなし方が全然違う。めちゃめちゃもてなしてくれるっていうか、行った経験がある人はわかると思うんだけど、アーティストに対するリスペクトが全然違う。すっごいナイス。とにかく喜ばせようとしてくれるっていうか、メシにカネ払わせるな、とか。日本でももちろんあるけど、呼んだアーティストに対して、そこまでちゃんとアテンドしてる人ってなかなかいないな、って気がするんだけどね。逆に、気遣いが足りなかったような話の方をよく聞くからね。まぁでも、俺のまわりの人たちはそんなことないか。
客の反応やパーティの雰囲気的にはそんなに変わらないと思うんだよね。ベルリンの連中に言うと「いや、日本とドイツは全然違う。ドイツの客は、キックが四つ打つのをずっときれいに続けてあげないとすぐ離れていっちゃう」とか言うけど......。
METAL:日本のDJのレヴェルって、別に低くないと思うんですけど。
STEREOCiTI:日本のレヴェルはね、高い! ドイツの連中がそうやって言うのも、俺は「いや、そうじゃないよ」ってすごい感じて。オーディエンスは本当に、おんなじなんだよ。ただDJが上手いか下手かなだけで。グルーヴちょっと変えてあげたりとか、展開つくってあげても、しっかりやればついてくるんだよ。日本に来る海外のアーティストがよく「日本人は耳がよくて、広くて、ノリもよくて」って言うじゃない? そうではないと思うんだよね。やっぱりそいつの腕次第だし。俺は、オーディエンスを見て「違わないな」ってすごく感じて。向こうが逆にシビアな部分もあって、オーガナイザー側は、〈Panorama Bar〉でもどこでも、遠くでずっと、客の動きも含めて見てるんだよね。それで良くないと、もう呼んでくれない。そういうシビアな部分はビジネス的にも確立されてるから、日本よりも勝負していかないとダメだろうなってのはある。でもオーディエンス側は全然変わらないよ。どっちも好きで聴きに行って踊ってる奴らなわけだから。
METAL:日本人のDJやトラックメーカーで、とくに注目してる人とかいるんですか。
STEREOCiTI:うーん......ひとり名前を出すといっぱい挙げなきゃいけなくなるからなぁ(笑)。誰だろうなぁ。みんないいからなぁ......。日本といえば、最近思うんだけど、クラブの看板パーティとかレジデントDJとか、クラブ側がDJが育てていくシーンってのがないじゃない? DJも決まった人を取っかえひっかえでさ。昔は「タテ枠」ってのがあって、金曜日は必ずこのパーティで、このDJで、ってのがあったんだけど。〈MANIAC LOVE〉の"CYCLE"にしてもそうだし。
METAL:箱やパーティが増えすぎたんですかね。
STEREOCiTI:やっぱり客が減って、クラブ側の経営自体が変わって、レジデントを育てる余裕がなくなったのかな。お抱えのパーティを持つよりも、いろんな客を入れて増やしていきたい、という発想が台頭したんだろうけど、クラブがいままさにやんなきゃいけないことは、レジデントを持つことだと思うんだよね。そうしないともう、客も離れてきてるし、単価も高いし、アーティストもどんどん日本から離れていってるし。シーンを育てるっていう意識がクラブ側に薄いから人任せ......オーガナイザー任せ、外タレ任せになってるのをすごく強く感じる。そこは皆が協力して、いちばん変えていかなきゃいけないところだなぁと思ってて。
METAL:僕も、震災後に〈eleven〉でIsolee、Adaとのパーティが流れて、その時にキヒラ(ナオキ)さん、RYOSUKEさん、KABUTOさん、YAMADA(theGIANT)さんを集めてパーティーやったんです。腕はこれでちゃんと入るような状態に持ってかないと、この先ないよねって。
STEREOCiTI:そうでしょ。外タレに頼り切ってるけど、曲がよくてもDJはそんな良くない人も多いわけでさ、日本人のほうがよっぽどいいんだし。日本人って輸入モノ好きだし、外タレだと人入るけど......って言ってもそんなに入んないけどね。でもドメスティックいいなってのはみんな気付いてるわけで。そこをもっとやっていかないと、先がないんですよ。やっぱり。クラブを、ある意味90年代みたいに戻していくというか、人を集めていくには値段も下げなきゃいけないし、DJのレベルも上げていかなきゃいけないし、クラブ側の意識ももちろん変えなきゃいけないし。それでこそオーディエンスがついてくるものだから。「オーディエンスが離れていっちゃった」ってそのせいだけにするものではなくて。怖いけど変えていかないといけない時期だと思うんだよね。
ヨーロッパと同じことを日本もできるか、と言ったらそう単純な話ではないんだけど、やっぱり向こうは、エントランス・フィーは全部オーガナイザー側に返ってくるわけ。クラブ側はバーの収益だけで運営している。そういうシステムじゃないと、DJにはまずお金が入らないよね。DJにお金が入らないと、プロが育たないわけ。競争率が低いからレヴェルも上がらないよね。個々人はレヴェル高いのにいまひとつ勢いが出ないっていうのは、出てこれる場所がないからだよね。数ばっかり増えて、プロフェッショナルの意識が育たない。それがすごい致命的で。
METAL:DJっていうのは、本質的に必要経費がかかりますからね。もちろん、好きでやってるのが前提としてあるんですけど......。
STEREOCiTI:本当にそうで、そこにクラブが頼りすぎてる。もうちょっとアーティストが出てこれるシステムができないと。ギャラが1万、2万じゃどうにもなんないでしょ。でもやっぱりクラブ側も大変で、儲けが出てないからしょうがないんだけど。エントランスのフィーをDJ側に頼るんであれば、クラブ側はバーを工夫してもっと儲けようとかあってもいいけど、そういうの出てこないでしょ。もうちょっと切羽詰っていいと思うし。DJ側もDJ側でさ、もっと意識を高めてかないといけないと思うけどね。いままでのシステムがクラブシーンに定着しちゃってるから......。
METAL:経済市場の動きによって、そうならざるを得なかった部分もありますよね。
STEREOCiTI:そうそう、いちど保守的になっちゃったから、そこからなかなか抜け出せない。ひとつ思ってるのはさ、地方にいろんないいDJがいて、シーンもあるんだけど、彼らを東京に呼ぶのって難しいじゃない? 東京のDJが地方に出て行くことはあるんだけど、向こうの人をこっちに呼ぶシステムがあまりにもなくて、俺はそれをやりたいんだけど。やっぱり小箱とか中箱とかだとフィーの返りが少なくて、交通費とかギャランティーを出すのが、東京はすごい難しいんだよね。例えば〈LOOP〉の"SWEET"ぐらいの規模のパーティでもっと呼べればいいと思うんだけど。クラブはあまりお金を出せないし、こっちにも返りがないからお金を出せないし。それはやっぱり悪循環だし、日本全体が盛り上がっていかないよね。そこは何とかしたいな。
WHY:「『これぐらい集客が見込める』という裏づけがないから、地方からのゲストDJにはお金を出せない。外タレなら出せるかもしれないけど」という言い分ですよね。
STEREOCiTI:だってそれはさ、シーンがその人を紹介していかないと、人が入るようにならないわけでしょ。最初から入るわけないんだから。地価が高いっていうけど、もし地価が下がったらクラブがフィー下げるかっていうと、日本人の性格的にどうかなって思うけどね。
WHY:ベルリンはともかく、他の大都市と比べて東京の地価がそこまで突出して高いわけじゃないですもんね。
STEREOCiTI:そうそう。どこもそんなに安くないんだよね。それでも回してるからさ。じゃあ東京もお客を増やすためにはどうしたらいいかってことだよね。クラブ離れが激しい中で。野外ばっかりじゃん。まぁ夜中に遊ぶってこと自体がみんな......。
METAL:そこは僕強く言いたいんですけど、クラブで遊んでたほうが若くいられるんじゃないかと(笑)。
STEREOCiTI:夜遊びはたしかに老化防止になるね(笑)。俺もそう思う。
METAL:透さん、アゲイシさん、WADAさん、みんな若いですよね。DJやり続けてると、ああいうオヤジになれるって(笑)。
[[SplitPage]]俺、人の反応はもちろん見るけど、「あ、ノリ悪いからこっち行こうかな」っていうのはまずやらないし、そこで変えちゃうのは合わせすぎっていうか、それは違うと思っていて。
![]() STEREOCiTI Kawasaki Mojuba Underground |
WHY:話を戻すと、賢さんが自分でやってるパーティは〈KOARA〉の":::Release:::"だったり、〈OATH〉の"日本オシロサービス"だったり、エントランスフリーの箱が中心だというのは、現行のシーンの問題点を改善するための動きであるわけですか。
STEREOCiTI:そうだね。週末にパーティをやるのは大変だし、お金かかかるし、ってのもあるけど、みんなからもお金を多くとらないでパーティやりたいっていうのがある。自分らのまわりにいるいいDJ、トップのDJたちを、どれだけお金かけずに提示できるかっていうのがひとつのテーマで。それによってクラブ側も影響を受けてくれて、エントランスでそんなにお金とれないなっていう風潮になってくれたら、っていう希望があるんだよね。〈Room〉の"moved"も、本当はエントランスで1500円とればいいんだけど、1000円でやってる。だから上がりが少なくて、やっぱりなかなか地方のゲストを呼べないんだよね。"moved"は一緒にやってるmaakoが転勤でいなくなっちゃうから一旦休むんだけど、"moved"はせっかく育ててきたいいパーティだから、maakoが戻ってくるまでひとりでやっていこうかな、っていうのも実は考えてる。
METAL:ご自身の、DJとしての話も聞きたいんですよね。
STEREOCiTI:自分のDJを何なんだろうって考えるときはあるんだけど、自分でわかるのは......。
METAL:まぁDJって、その場その場ですよね。
STEREOCiTI:基本はそうだよ、もちろん。だけど自分の好みで選曲して持っていくわけで、その選ぶ作業は自分の世界なわけだよね。俺、「現場の雰囲気に合わせてどうこう......」っていうのは、ぶっちゃけ関係ないと思ってて。単純にそのとき、現場にパーッと入った空気感で組み立てていけばいいと思うんだ。俺、人の反応はもちろん見るけど、「あ、ノリ悪いからこっち行こうかな」っていうのはまずやらないし、そこで変えちゃうのは合わせすぎっていうか、それは違うと思っていて。何ていうかな......DJも人対人だから、自分のエゴを出しすぎちゃいけないんだけど、自分のエゴなしでは成り立たないよね。そのバランスがすごく難しいんだけど。
METAL:レコードを選ぶ段階も場のひとつというか。
STEREOCiTI:そうだね。その段階で想像してるわけでしょ。この場面ではこれを持ってって、こういう感じでいけばいいんじゃないかな、とか。そこを現場で崩しちゃうのは違うなと思っていて。流れ的に組んでいくのはもちろん現場だし、現場の空気で変わりはするしそこが醍醐味なんだけど。だから適当にレコードを詰めて持っていくってことはまずしないしね。俺、DJの前は1週間ぐらいかけて選曲するし。
WHY:さっきアルバムの話で出た「人の記憶に訴えかける」っていう部分、改めて聞きたいんですけど。
STEREOCiTI:それはすごいあって。計算してやってるっていうか「ここでこうすればみんな好きなんじゃないの?」みたいなのはDJみんなあると思うんだけど、そこをわかりやすく出していく部分はすごいあるかな。結局、打算的なんだよね。あんまわかりづらい感じにはしないというか。俺、自分ですごいDJわかりやすいなと思うしね。
METAL:そこ、悩みませんか? 自分のキャラが明確になってくると、自分に飽きてくる部分ってのがあって。でも人を引きつけていこうとするときに、他人から見た自分の個性ってのはどうしても意識する部分ってあるじゃないですか。
STEREOCiTI:俺は単純に、そのときの気分で変わるのね。自分のなかですぐ飽きるから、自分に正直にやっていっても、飽きないようにできるってのは自分の強みかもしれないね。あと、自分のDJは、他の人のDJよりブレがあると思っていて。ブレというか振り幅ね。その時の気分で凄い変えてくるから。なんか意表をつきたくなる、みんなが思ってないところに行きたくなるっていうのはすごいあるんだよね。
METAL:たしかに、"SWEET"に初めて出てもらったときも、あそこまでピッチを落としてくるとは思ってなくて。ああいう「ディープなハウス」っていう括りでやってるパーティで、いちばんピッチが遅いときにいちばん盛り上がるっていうのは面白かったですね。
STEREOCiTI:あれもさ、ただ遅くすればカッコいいと思ってやったわけじゃなくて、それでなおかつ盛り上げるつもりで行ったから。BPMは関係ないんだよ、ってところをやりたかったんだよね。それにあのときは白石さんの曲を中核にして組み立てたから。そのときそのとき、自分のなかでテーマを置いていくんだよね。自分のなかで楽しまないとつまんないから。DJも表現として楽しみたいっていう部分があって。
METAL:そういえば震災後は、すぐにDJに戻れたんでしたっけ。
STEREOCiTI:DJは、1週間ぐらいしてから〈Combine〉でストリーミングしたの。それはすごく評判よくて、みんな「癒された」とか言ってくれて。
METAL:僕らの場合、約1週間後の3.19に初めて、一緒に"SWEET"やってたSCANDALって奴のパーティでやったんですよ。そのときに「不安のなかで踊ること」っていうのが相当重要だったと感じたんです。
STEREOCiTI:それはすごい感じた。
METAL:ダンス・ミュージックだったり、芸術の本来的な意味合いがしっかりわかったというか。普段のクラブで「エロス」っていうものは感じるけど、タナトス、死っていうのを初めて意識したときに、「ダンス」っていうのがこんなにも重要なものとして認識できた時間は、いままでの日本になかったと思うんですよ。デトロイトやニューヨークのスタイルは僕ら模倣してきたけど、そういう場所にあった死生観......例えばデトロイトだったら友だちが撃たれて亡くなるだとか......。
STEREOCiTI:ニューヨークやシカゴにもHIV問題があったわけで。
METAL:そうそう。アメリカにはつねにそういう形で「死」が間近にあったんですが、日本人は初めてそこをしっかり認識できたというか。
STEREOCiTI:たしかに。そういうときに「生」の楽しみをより実感できたというか、本当にそれを求めたっていうのはあるよね。音楽でともに涙を流すというような。基本的に現場主義だから、それまでストリーミングにはあんまり興味なかったんだけど、震災後に「いま自分ができることをやりたいな」と思ったときにストリーミングがあって、初めてやってみよう、と。そこでストリーミングに対する意識が変わった。あれはやって良かったな。ある程度自分に影響力が出てきて、それをわかった上でやったから。自分のエゴとかいうことではなくて、何かできることを考えた時にね。
WHY:震災の影響で、オーガナイズしていたパーティも流れましたよね。
STEREOCiTI:まぁでも、それはしょうがないと思ってる。たまに起こるんだよ、こういうことって。生きてると。ていうか、まだ「3.11」は終わってないし。
WHY:じゃ最後に"kawasaki後"というか、最近のフェイヴァリット・レコードをいくつか挙げてもらえればと。

STEREOCiTI:夏っぽいので5枚選んだんだけどね。うち2枚は、エドガー・フローゼ(Tangerine Dream)。こっちはブラジルかどこかの映画のサントラ。観てないけどすごい下らなそうな映画だよね(笑)。今度、〈Jazzy Sport〉から出すミックスCDに入れてるのがこの辺で。Interiorsは知ってる? これ細野晴臣さんプロデュースで、メンバーの野中英紀さんっていう人が、後に細野さんとフレンド・オブ・アースっていうユニットをはじめるんだけど。結構、マルチプレーヤーが好きなんだよね。この鈴木良雄さんもベーシストだけど、打ち込みからピアノからベースから、全部ひとりでやってて。
METAL:やっぱりシンセには魅力を感じるんですか。
STEREOCiTI:そうだね。ジャズとシンセの融合とか凄い好きだし。
METAL:やっぱり、シンセの魅力がテクノの魅力っていう部分ってありますよね。
STEREOCiTI:うん、それは絶対そうでしょ。打ち込みの部分が好きだから、今ここにいるわけで。この清水靖晃さんもそうだね。全部自分で打ち込んで、弾いて。この"案山子"っていうアルバムも夏がテーマみたいで、"セミ取りの日 "とか"海の上から"とか、ジブリっぽくていいよね。......全然黒くないセレクトだよね(笑)。まぁ、もともと黒いものに影響を受けてる人たちではあるんだけど。本当に黒くてグルーヴィンなところには、いまはちょっと飽きちゃってるんだよね。そこから派生した、より自分と近いものに今は寄ってる感じ。
METAL:やっぱり、日本的な情緒感みたいな部分は絶対にあるんでしょうね。
STEREOCiTI:うん、それは歳とればとるほど出てきた。感じざるを得ないし、それを拒否しなくなってきた。自分のなかで受け入れられるようになってきたかな。
このアルバムは2ヶ月近く前に都内の輸入盤店で噂となって、あっという間に売り切れている。クラブ系からインディ・ロック系にまで幅広く受け入れられていることからも、ある種の"時代の音"とマッチしたことは明らかだ。しかもそれがジャズの再発レーベルとして知られる〈ジャズマン〉からのリリースというのが驚きだ。UKのジャズ・ピアニスト、グレッグ・フォートのファースト・アルバム『ダーク・イズ・ザ・サン(太陽は暗い)』は、いま、チルウェイヴ世代/ポスト・ダブステップの世代にも拍手されているジャズの1枚である。
ザ・グレッグ・フォート・グループは、本作の前にデビュー・シングルとなる10インチを限定で発表しているが、それがまず多くの耳と目を惹きつけている。ちょうどそれは、キティ・デイジー&ルイスとも似ているところがある。100%アナログ録音による反デジタル主義を完璧に遂行したもので、アートワークからその録音方法や音質など細部にわたって気を配っている。
さてさて、先日僕はオッド・フューチャーやクラムス・カジノの無料ダウンロードにハマってハードディスクの容量が心配だと書いたら、親切な友人から「その認識は甘い」との指摘を受けた。そして、彼はダウンロード文化の現状を教えてくれたわけだが、僕としては自分の脳天気さを痛感するしかなかった。ああー、これかー、すごいなー。デジタル文化のそうした無法地帯を知れば知るほど、ミックステープもプロモーションというよりはどうせ無料で聴かれるんだから......という諦念がうながした切実な状況とも言えなくはない。USインディにおけるアナログ盤とカセットテープへの回帰もそういう意味ではミックステープと裏表の関係で、いずれにしてもデジタル文化が音楽産業にとって必ずしも前向きなものではなかったことを証明している。音楽とはいまや「何を表現するのか」のみならず、それをどのように伝達させるのかというところまで考えなければならない。面倒な話だが、80年代にアナログ盤工場を容赦なく閉鎖させていった日本にとっては輪をかけてゆゆしき問題だろう。
よってキティ・デイジー&ルイスのような執念にも似たアナログ主義もデジタル消費への抵抗という点において意味がある。が、いっぽうではこうしたレトロ趣向には中道(MOR=Middle of the road)という落とし穴があるのも事実だ。これはいち部のジャズ系が陥ったパターンで、結局はイージー・リスニングやソフト・ロック、スムース・ジャズ、二流のボサノヴァ、あるいはオールディーズやアバといったいわばMORのコレクションへと展開する。それはまあ、責めるべきではないかもしれないが、極端な話、雑貨屋で売っている部屋の装飾物と変わりのないものだ。チルウェイヴにもそうしたリスクはある。ネオン・インディアンがもし最初に"シュド・ハヴ・テイクン・アシッド・ウィズ・ユー(アシッドを君とやるべきだったかい?)"を発表しなければ、本当にポスト・アバやポスト・デュラン・デュランの階段を上がっていっただけなのかもしれない。そこへいくと『ダーク・イズ・ザ・サン』は強い気持ちが入ったアルバムだ。チルウェイヴとも共通するメロウなフィーリングを有し、アンビエント・テイストも含まれているが......この音楽は基本的にはソウルフルに迫ってくる。
ザ・グレッグ・フォート・グループは、ベース、ギター、ドラム、パーカッション、サックス、トランペット、トロンボーンなどの演奏者を従えてのバンドで、フォートはピアノ、ハモンド・オルガン、シンセサイザー、そしてハープシコードを演奏している。フリューゲルホルンやハープシコード、あるいは12弦ギターといっった古典的な楽器の美しい響きを際だたせながら、彼は『コスモグランマ』と同じような方向性を展開している。アートワークやタイトルが暗示するように、サン・ラーの宇宙旅行のようなコズミック・コンセプトが見える。
ハープシコードとダブルベースを使ったドラマティックなオープニング・トラックの"タイム・ピース1"、12弦ギターのコード弾きからはじまるファンキーでグルーヴィーな"ダーク・イズ・ザ・サン・パート1"も素晴らしいが、フリューゲルホルンの温かい響きを擁した"ハロー・オールド・フレンド"と6/8拍子の"ダーク・イズ・ザ・サン・パート4"が出色のできだと思う。アルバムの録音はスウェーデンのほかロンドンのドリス・ヒルでもおこなわれていると記されているが、市の北にあるドリス・ヒルと言えば4ヒーローの本拠地だ。実際に彼らが関わっているのかどうか......そこはわからない。"敢えて"そうしているとしか思えないほど、ネットを検索してもこのアルバムに関する情報はないのだ。反デジタル、反ネット社会、反電子イクイップメント......それなりの気骨を感じるし、たしかにこのコズミック・ジャズはスタイルこそ違えど『パラレル・ユニヴァース』の感性とそれほど離れてはいない。
Shop Chart
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MOUNT KIMBIE
Carbonated
HOTFLUSH / UK
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LARRY HEARD/MOODYMANN/OSUNLADE
Moxa Vol 1 - Follow The X
REBIRTH / ITA
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VARIOUS ARTIST (Compiled by AME)
Individual Mythologies
MUSIC 4 YOUR LEGS / JPN
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PAPERCLIP PEOPLE
4 My Peepz/Parking Garage Politics
PLANET E / US
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ULTRAFUNK
Gotham City Boogie/Indigo Country (Scotti Re-Edit)
SUN SOUND / ITA
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ABOUT GROUP
You're No Good (Theo Parrish Remix)
DOMINO / UK
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VARIOUS ARTISTS
50 Weapons of Choice No. 10-19
FIFTY WEAPONS / GER
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Shop Chart
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LEGOWELT
Sark Island Acid Ep
(L.I.E.S.)
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V.A
In Loving Memory 4:4 | + Special 1
(Styrax)
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V.A
Fouke Le Fitz Waryn Ep
(Crow Castle Cuts)
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ARTIST UNKNOWN
Analogue Solutions 007
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COS/MES & CHIDA
12 Inches For Japan
(ESP Institute)
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LOUI$ - Magic Dance
Pink Footpath
(Blow Records)
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V.A.
Twentyfour Ways
(Smallville)
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V.A
Psychedlic Pernambuco
(Mr. Bongo)
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GLOBAL COMMUNICATION
Back In The Box
(Mix) (Nrk)
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少年ナイフには"Ramones Forever"という曲がある。2007年のアルバム『fun! fun! fun!』に収録された曲で、モーターヘッドの"R.A.M.O.N.E.S."と並んでグっとくる名曲である。個人的には聴くたびに泣く。この原稿を書くためにさっき聞き直したが、やはりちょっと泣きそうになった。ある日ラジオでラモーンズの曲を聴いて次の日にレコードを買いに行く。そしてギターを買ってバンドをはじめたパンク・ロック少女がやがてラモーンズのオープニング・アクトをつとめることになる......というストーリーが歌われている。少年ナイフのリーダーであるなおこさんの体験がもとになっていると言っていい内容の曲だ。
本作『大阪ラモーンズ』はタイトルどおり、全曲ラモーンズのカヴァー・アルバムである。革ジャンにジーンズという姿でレンガ壁の前に立ったモノクロのジャケも雰囲気が出ている。リリースの経緯、ラモーンズとの交流などはオフィシャルサイトに詳しく書かれているので参照されたし。
ラモーンズといえば、数多のメジャー・アーティストを集めた『ウィー・アー・ハッピー・ファミリー』というトリビュート・アルバムが2003年にリリースされている。マリリン・マンソンによるダウンテンポで陰鬱なアレンジの"KKK"のようにひねりを効かせたものもあれば、オフスプリングによる"アイ・ウォナ・ビー・シディテッド"のようなストレートなものある。振り幅はさまざまだったけれども(ちょっと速くしたメロコア・カヴァーみたいなのがいちばんつまんないと思う)、「大阪ラモーンズ」の場合はほとんどひねりを加えずシンプルに演奏されている。ラモーンズの場合は意外とコードの弾き方ひとつをとっても曲によって細かく変えていたりするのだが、そこまで厳密にコピーしているわけでもない。そのあたりの大らかさもナイフらしい。
"電撃バップ"ではじまり"ピンヘッド"で終わる全13曲、基本的には代表曲が中心だけれども、あまり取り上げられる機会のない曲もある。なかでも『ロード・トゥ・ルイン』収録の"She's The One"なんかはあまり知られていない曲だが、とてもナイフに似合っている。ラモーンズの曲としては少々異色の部類に入る"ウィ・ウォント・エアウェイヴズ"は原曲以上にヘヴィな演奏だ。そういえば"電撃バップ"と並んでラモーンズの代表曲である"ロックンロール・レディオ"はやっていないが、何か意図があるのだろうか。先述のKISS以外にも、日本でも原爆オナニーズやK.G.G.M.など多くの名カヴァーが存在するだけに「いまさらやらなくていいか」というくらいのノリなんだろうとは思うが......。
結成30周年を迎えたバンドのこのリリースについて「原点回帰」という表現をよく見かける。が、そもそもおそらく少年ナイフは「原点」を忘れたことはない。その時々で新しい音楽を吸収することはあっても、根っこにはつねにラモーンズやバズコッコスといった音楽がある。それはラモーンズの音楽にはつねに50年代のガール・グループやビーチ・ボーイズがあるのと同じことだ。ティーンのときに影響を受けた音楽をずっと大事にするということも少年ナイフがラモーンズから受け継いだことのひとつだ。もうひとつ、ラモーンズから受け継いだもっとも大きい要素は、シンプルで人懐っこく、とぼけたユーモアがあるところだろう。
ラモーンズは結成22年にして解散した後、主要メンバーのジョーイやジョニーが燃え尽きたかのように次々とこの世を去った。ドキュメンタリー映画『エンド・オブ・ザ・センチュリー』を観るとメンバー間の確執や長年のツアー生活の疲れなど、想像以上にストレスフルなキャリアだったことがうかがえる。しかし、少年ナイフにそれは感じない。結成30周年を迎えながらその瑞々しさはまったく失われる気配がないのだ。イースタン・ユースの吉野寿はかつて少年ナイフについて「あの佇まいに憧れる」「あんなふうにまっすぐにロックと向き合えたらなあ」といった発言をしているが、おそらくそれは誰にでもできることであり、しかしやはり誰にでもできることではないのだ。
ボブ・マーリーの初期の有名な曲に"スモール・アックス"がある。「おまえたちがでっかい木なら、俺たちは小さな斧だ/いつかおまえらをぶった切ってやる」......秋本武士は自分がその歌で歌われる"俺たち"のひとりであることをいまでもまったく疑っていない様子だ。その強い気持ちが彼のベースをドライヴさせ、そしてまた自身のベースという楽器を銃に喩えるのだ。試しにザ・レヴォリューショナリーズのアートワークをネットで検索してみよう。
"スモール・アックス"で歌われる"おまえたち"とは植民地主義の支配者で、"俺たち"とはその配下で働く奴隷。ボブ・マーリーはそうした奴隷制時代の光景を、実はいまでも続いているんだと、現代の喩えとして表現したが、たぶんいまどきほとんどの人は自分を奴隷だなんて思っていない。わりと自由にモノを買い、自由にツイットしたり、自由に飲み食いする(東日本はそうも言ってられないか......)。あるいは、みんな"小さな斧"なんかよりも"でっかい木"になろうと懸命なのかもしれない。そういう考えは古くさいと言う人もいる。まあ、とにかく......まわりがどうで、何を言おうが、秋本武士は"小さな斧"であり続けようとする。90年代のドライ&ヘビー、ゼロ年代以降のレベル・ファミリアとザ・ヘビーマナーズ......彼が作る音楽のすべてがそういうものだ。
![]() THE HEAVYMANNERS サバイバル Pヴァイン ![]() |
ザ・ヘビーマナーズのセカンド・アルバム『サバイバル』にはラッパーのルミが4曲にフィーチャーされているほか、インターナショナルに活躍するダブステッパーのゴス・トラッド、〈ON-U〉から作品を出している女性シンガーのサミア・ファラー、トロンボーン奏者のイッチー等々......いろいろな人が参加している。ルミがラップする"誰かのあの子"は原発事故を主題にした強力な曲で(反原発デモのアンセム第一候補)、サミア・ファラーが歌う"ARAB IN DISGUISE"は反グローバリゼーションをテーマにしている。秋本武士のベースは、ドラムスとの息を呑むようなズレのなかで劇的なグルーヴを作っている。
夜の10時に、中野のスタジオで秋本武士に会って話を聞いた。
最初はボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの『ナッティ・ドレッド』でしたね。15か16のときですね。「もう、これしかない」と思って。その瞬間に人生変わっちゃった感じですよね。結局いまでもこういうことやってるっていうのは。
■秋本君が最初に出会ったレゲエって?
秋本:最初はボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの『ナッティ・ドレッド』でしたね。
■何歳のとき?
秋本:15か16のときですね。
■最初に聴いたときから、来るモノがあった?
秋本:来ましたね。"ライヴリー・アップ・ユアセルフ"という曲があって。
■1曲目の。
秋本:1曲目。「もう、これしかない」と思って。その瞬間に人生変わっちゃった感じですよね。結局いまでもこういうことやってるっていうのは。
■15歳で『ナッティ・ドレッド』を聴いて......。
秋本:はい。
■それ以前は?
秋本:パンクやニューウェイヴの時代だったんで、そういうのを聴いてましたね。
■『ナッティ・ドレッド』の何がすごかったんだろう?
秋本:なんかわかんないすけど、とにかく、尋常じゃないエネルギーっていうか。ものすごいエネルギー......太陽が目の前にいきなり出て表れたみたいな。もう、すごい......。
■そこまで感じたんだ。
秋本:何の言い訳もなく......、こんなに格好いい、すごいことが世のなかにあるんだっていう。
■どういうきっかけで聴いたの?
秋本:レゲエに影響を受けていたニューウェイヴとか。後期のクラッシュとかポリスとか。
■ニューウェイヴ自体がレゲエの影響を受けていたし、レゲエ好きのミュージシャンが多かったよね。ジョン・ライドンを筆頭に。
秋本:そう、それで、音数を減らすことやその緊張感みたいなもの、1曲をひとつのループでいくやり方とか、そういう他の音楽とは違うところに興味は持っていたんですけど、でも、本物を聴くのが少し恐かったところがあって。
■ほぉ。
秋本:ジャケの感じも全然違うし。
■なるほど。
秋本:子供の俺にもこれは本物のゲットーの音楽だっていうのがある程度わかってて、「俺が聴いていいのか?」みたいなところもあった。
■はははは。そこまで......。
秋本:「俺なんかが聴いちゃいけないんじゃないか」って。
■『ナッティ・ドレッド』を選んだ理由は?
秋本:なんだろうなぁ......。
■"ノー・ウーマン・ノー・クライ"が入ってるからとか?
秋本:いや、ぜんぜん違いますね。たぶん......何の予備知識もなかったんですよ。試聴もできなかったし......。とにかく、『ナッティ・ドレッド』だったんです。
■そのときベースは握ってる?
秋本:ぜんぜんそれはないですね。ぜんぜんなくて......ベースをやりはじめたのは18ぐらいなんで。その3年後ですかね。
■秋本武士のなかでは、『ナッティ・ドレッド』からどういうプロセスでバレット兄弟にまで辿り着いたの?
秋本:そうっすね......けっこう、ひねくれたガキだったんで、何て言うか(笑)、何も知らないけど、世のなかのリアリティなんて何にもわかってなかったけど、ひねくれたガキだったんで、斜に構えた見方してましたよね。で、当時の日本には何かを本気でやるのとか、すごいダサい風潮にあった気がしたんですよ。
■80年代にはそういうところがあったね。
秋本:そんななかで......何の言い訳もなしに、ここまでさらけ出して、すべてを表現するっていうか......そしていち音いち音が究極に研ぎ澄まされているというか、あの1曲ワンループの強力なグルーヴで最後まで引っ張るというか......。1曲をひとつのフレーズのベースラインでもっていくところなんか、他にたくさんある緻密な音楽よりも、何か答えを持っているような気がしたんですよね。はっきりと答えが見えているようなね。
■なるほど。
秋本:こんなすごいことはないなと思ったんですよね。こんなに格好いいものはないんじゃないかと思いましたね。シンプルで、ドラムとベースとギターと、たまにキーボードと、その音の空間がすごい。結局、音数が少ないから、音のひとつひとつがよく聴こえるし、緊張があるし。しかもあの時代の究極のミュージシャンがそれをやっているんですよね。
[[SplitPage]]スライ&ロビーが日本に来たときにライヴに行って、で、打ち上げにもこっそり忍び込んで、で、ロビーがいたんで話しかけて、「あなたの大ファンで、間違いも含めてぜんぶコピーしました」って(笑)。
■パンク/ニューウェイヴの頃って、ベーシストが目立ったというのもあるよね。ベースに格好いい人が多かったというか、PiLだったらジャー・ウォーブルとか。そういう人たちのダブに影響されたベースラインって、ロック聴いていた耳にはすごく新鮮だったじゃないですか。ただし、PiL聴いていた子のほとんどはジャー・ウォーブルにはすぐにいけるんだけど、だからといってみんながみんなバレット兄弟にいくわけじゃなかったよね。とくに10代だったら。
秋本:もう「やっと本物を聴いちゃったな」と思ったんですよ。結局そこに憧れていた人たちの音楽を介して(レゲエ/ダブ)を聴いていたわけじゃないですか。ジャー・ウォーブルとかポール・シムノンとか......まあ、スティングとか。だけどそこを越えて本物を聴いたときに、「やっぱもう、これだ」と。それから自分の持っているありったけの金を集めて、とにかくボブ・マーリーのレコードを買いましたね。
■あの当時はボブ・マーリーの歌や言葉が注目されてはいたけど、俺もそうだったけど、だいたいの人はバレット兄弟がすごいというところまではいかなかったじゃないですか。まだ耳がそこまで出来ていなかったというか。
秋本:そうっすね。だけど......何でなんすかねー。とにかくドラムとベースというものに惹かれましたよね。それで後からですけど、ボブ・マーリーのインタヴューを読むと、「レゲエをいちばん表現しているのはドラムとベースなんだ」と。「自分より」っていうニュアンスでそれを喋ったり、「ゲットーの現実を伝えるのはベースだ」とか言っていたり、だから......ますます「そういうことか」って思いましたけどね。
■しかも70年代のルーツ・レゲエって、何人かの優れたベーシストやドラマーがいろんなバンドで演奏しているんだよね。アップセッターズもアグロヴェイターズもレヴォリューショナリーズもルーツ・ラディックスも顔ぶれはけっこう重なっているんだよね、ドラムとベースとか。
秋本:ほぼそうっすよね。
■逆に言えば、それだけ当時のジャマイカの音楽のドラムとベースっていうのは、誰にでもできるわけじゃなかったっていうかね。
秋本:ただそのなかでも、(アストン・)バレットとロビー(・シェイクスピアー)っていうのは特別なんですよね。まあ直系というか、ロビーはバレットの弟子だったりするんですよね。あのふたりはミュージシャンというよりはメッセンジャーだから。ベーシストと呼ぶには音にあまりにもメッセージがあるんですよね。
■なんか、ほら、秋本君はスライ・ダンバーといっしょにやったんだよね。レベル・ファミリア......。
秋本:じゃなくて、ヘビーマナーズのほうですよね。
■そうか、ヘビーマナーズのファーストか。それで、いっしょにセッションしたときのことを秋本君が「あの人はリズムで人を殺せる」って表現で言っていたんだよね。僕のなかにその言葉がすごく心に残っているんだよ。その「リズムで人を殺せる」っていう喩えは、どういう感覚なんだろう?
秋本:俺もスライといっしょにやるときに、自分のベース人生、俺の人生最大の勝負だと思ったし、そこでスライとセッションして結果が出せなければ(音楽を)やめようと思ってたんですよ。そのぐらいはっきりさせたかったし、で、本当のガチンコのセッションをやったんですよ。何にも決めずにね。まあそれで、納得できる結果ができたんで......、ホント、ものの30分ぐらいだったんですけど。
ドライ&ヘビーはスライ&ロビーに憧れてはじまったぐらいなんで、俺が世界でいちばん研究しているはずなんですよ。そんな俺でさえ、セッションして最初のいち音をパーンってスライが出したときに、その場でしゃがみたくなるくらい、もうすごいんですよ、音の圧力が。音圧じゃないんですよ、エネルギーの気です。気が乗った音、気迫の音っていうのかな......それを殺意のある音っていう風に俺は思ったんですけど。だからロマンティックな話で、世のなかには達人は本当にいるんだなと思ったし、あと、あの人はミュージシャンである前に革命家なんだなと思って。
■ああ。
秋本:あの人は闘ってきたんですよね。ピーター・トッシュのバックもやっていれば、ボブ・マーリーともやっているし、仲間はバンバン殺されたり、死んでいくし。いつ撃たれてもおかしくない音楽のバックをずっと支えてきたわけじゃないですか。そういう彼の生き方、生きてきた過程、仲間への思い、それらが完全に音に染みこんでいる。だから普通の音を越えた圧力がある。すごいですよ、だから。いざやると......(苦笑)。
■それを感じことができる秋本武士もすごいと思うんだけど。そういえば、OTOさんもじゃがたらの最初の頃はずっとレヴォリューショナリーズに憧れていたって言ってたよ。あの人のギターには「TAXI」のシールも貼ってあったし。
秋本:へー、そうなんですか。
■秋本君がドライ&ヘビーを結成するのはいつなの?
秋本:91年、七尾(茂大)君と出会ってですね。
■代々木チョコレートシティだったよね?
秋本:はい。代チョコで最初のライヴやりましたね。七尾君とはその前に出会って、練習しはじめて......。
■『ワン・パンチ』までずいぶん時間があるよね。
秋本:そうっすね。『ワン・パンチ』が98年だから......まあ、セカンドっすけどね。その前に1枚あるんですけど、もうそれはレコード会社がつぶれて出ないっすけど。
■その数年間は、秋本君はどんな気持ちでドライ&ヘビーを続けていたの?
秋本:91年に七尾君と知り合って、で、ヴァイタル・コネクションっていうバンドをやりはじめて、まあオーディオ・アクティヴとかも出てて、2~3年やってたんですかね。
■あの当時の代チョコはレゲエとヒップホップの小屋だったよね。
秋本:そうですね。それで......まあ、いろんなゴタゴタにも巻き込まれましたけど。本当はドライ&ヘビーが〈ON-U〉から出すはずが、オーディオ・アクティヴになっちゃたんですよね。ただ、俺はその頃、名前がないし、デビュー前だったし、本当に悔しい思いをしましたけどね。
■七尾君とはどうやって知りあったの?
秋本:ずっと自分ひとりでベースを練習して、じゃあ、そろそろメンバーを集めようかと、その当時、日本で本気でレゲエをやりたいと思っているヤツ全員の目に触れてやろうと思って、2年以上も雑誌に俺のメンバー募集広告が載るように書き続けていて。
■2年?
秋本:2年以上っすね。で、ハガキとか電話かかってくる度にいろんな人とセッションして、だけど、もうぜんぜんダメで。それでもう、ジャマイカ行こうと思って。
■秋本君らしいなー(笑)。
秋本:スライ&ロビーが日本に来たときにライヴに行って、で、打ち上げにもこっそり忍び込んで、で、ロビーがいたんで話しかけて、「あなたの大ファンで、間違いも含めてぜんぶコピーしました」って(笑)。そしたらロビーもだんだん機嫌が良くなってきて、「ジャマイカ来たら、ここ来い」って、住所とか書いてくれたんです。そういうこともあったんで、もうジャマイカに行こうと決めて準備をしはじめていた頃に、『ロッキングオン』に俺が出した広告を七尾君が見て連絡してきたんですよね。
■へー。
秋本:それが最初っすね。
■最初から彼は上手かったんだ?
秋本:最初から「この人しかいない」と思って。もう何10年もいっしょにやってきたような感覚だったんですよね。「もういける」「これでレゲエができる」と思って。絶対いけるって。
■最初はふたりでやっていたの?
秋本:それとギターで力武(啓一)さんがいて、で、ヴァイタル・コネクションに七尾君のほうからオーディオ・アクティヴをゲスト的に入れてやって欲しいって頼まれたんですよね......、オーディオ・アクティヴのヴォーカルとキーボードを。オーディオ・アクティヴには俺は興味はなかったけど、「まあ、いいや、そんな言うなら」って感じで。彼らが「やる場がない」って言うから、それでヴァイタル・コネクションに入れたら、まあ、乗っ取られたっていうか。
■はははは。
秋本:そんな感じでしたね(笑)。
[[SplitPage]]ゴス・トラッドはいまでも海外にくらべて国内では知名度が低いけど、海外ではもう第一線でやってるじゃないですか。あいつは俺が初めて会って初めてセッションしたときからすごかった。
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■僕はドライ&ヘビーをライヴでしっかり聴いたのはすごく遅くて、『フル・コンタクト』の前だったんだよね。
秋本:覚えてますよ。『ele-king』でね。
■そうそう、『ワン・パンチ』出して、しばらくしてからだったよね。
秋本:そうっすね。
■あのときのドライ&ヘビーは、時代のトレンドとかさ、そういうこといっさい考えずに、とにかくルーツ・レゲエをやると。ものすごくはっきりした目的意識があって。
秋本:まあ、そうっすね。
■あのときも秋本武士のなかにはものすごく明確なヴィジョンがあったよね。で、バンドも『フル・コンタクト』のあたりからどんどん人気が出てきて、ライヴもお客さんが入るようになって、で、『フロム・クリエーション』か。
秋本:そのときは俺はもういないっすよ。
■途中で辞めたんだっけ?
秋本:いや、『フル・コンタクト』を最後に辞めましたね。
■辞めた経緯はまあおいといて、あの頃の俺がいちばん驚いたのは、ドライ&ヘビーを辞めて、秋本君が次に"新しいドライ&ヘビー"を作らなかったことなんだよね。ドライ&ヘビーのコンセプトを作った男がバンドを退いて、新しくはじめたレベル・ファミリアではあれだけこだわっていたルーツ・レゲエのスタイルを捨てたでしょ。
秋本:いちばんわかりやすい方法はとらなかったですね。もういちどレゲエ・バンドをやるっていうのはなかったですね。
■あれだけレゲエ・バンドのスタイルにこだわっていた人間がそれを捨てたっていうのは何だったの?
秋本:それは......自信があったんですよ。
■ほー。
秋本:まあベース。俺ひとりでもあいつらみんな殺してやるぐらいの。俺ひとりでぜんぶ封じ込めてやるぐらいの。
■ハハハハ。
秋本:ゴス・トラッドとやるのも決まってたし。あいつとやることにすごく自信があったんです。「おまえらみたいに名前にこだわって目先の金目当てにやってんじゃねぇんだぞ」って(笑)。あいつらがヘビーがいないドライ&ヘビーをやってたわけじゃないですか。だったらそれをひっくり返してやろうって思ってましたね。「レゲエってそんな簡単じゃねぇぞ」って。
■そのひっくり返すときにドライ&ヘビーみたいなスタイルを取らなかったのは何故?
秋本:俺がベースを弾いていれば、それがどんなスタイルだろうがレゲエになると思ったんすよね。あと、ゴス・トラッドはいまでは海外ではもう第一線でやってるじゃないですか。あいつは俺が初めて会って初めてセッションしたときからすごかった。あいつのダブのセンスはすごいっすよ。日本では、内田(直之)君が「すごい」ってなればみんながみんなダブ・ミキシングは内田君に依頼するけど、俺に言わせれば、ダブのセンスに関しては、内田君よりもゴス・トラッドのほうが100倍すごいっすよ。
■たしかに、いまでこそゴス・トラッドの国際的な知名度はすごいけど......。彼とはどうやって知りあったの?
秋本:たまたまあいつがやっているライヴを見たんですよね。ドライ&ヘビーvsDJバクっていうのがあって、そこにゴスがひとりで出てたんですよね。まだダブステップもない頃で、自分のビートをダブ・ミックスするようなライヴだったんすよね。それがもう、すごい良くて......。気がついたら最前列にいってて。「アイツ誰だ?」って話になって。だから......最初はドラヘビで(内田直之の代わりにゴス・トラッドにミキシングを)やらせようと思ってたんですよ。それもバンドと揉めた一因でしたね。俺は、ミキサーにゴスを推薦したんですよ。
■その話も前に会ったときに言ってたね。まだドライ&ヘビーを辞める前だったもんね。
秋本:そうっすね。そもそもどうしてドライ&ヘビーって名前にしたかと言うと、俺と七尾君のドラムとベースに自信があったからなんですよね。それは練習してどうにかなるようなものでもないんですよ。
■それは......?
秋本:あのね、グルーヴ感なんすよね。それは練習量で可能なものじゃない、だからものすごい確率で出会っているんすよ。100曲やれば100回マジックが起きるんですよ。普通では出ないグルーヴの落としどころっていうのがあるんです。で、そこにゴスのダブが加われば、「コレはもう絶対にいける!」と思ってたんすけどね......。
面白かったのは、ゴスはリー・ペリーも知らなければキング・タビーも知らなかった、レゲエなんか知らないわけですよ。でもいざセッションしたら、ダブのセンスがすごいわけですよ。そのとき「キング・タビーはこういうヤツだったんだ」って思ったんですよね。
■ああ。
秋本:キング・タビーの前にダブはないわけじゃないですか。で、リー・ペリーの前にダブはないし、あのふたりは同時期にはじめて、だから完全に自分の世界のオリジナルでやっているわけですね。その音の方向性が見えているわけですよね。ゴスも「あ、こういうことなんだな」って思ったんですよね。アイツは現代のキング・タビーっすよ。
■そこまで言う?
秋本:10年前からそう思ってましたね。だから自信があったんですよ。先輩として、ミュート・ビートが最初に日本のダブっていうのを認めさせて、ドライ&ヘビーも日本でそれをやって......、ただドライ&ヘビーはファンといっしょに成長したっていうか、大きくなっていったんです。当時、世界でいちばんダブが売れる国がフランスだったんですけど、その次が日本だったんですけね。ドライ&ヘビーはファンも巻き込んで、「ルーツ・レゲエっていうのはこういうものだったんだ」ということを学んでいったバンドだったと思うんですよね。
■うん、本当にそうだったね。
秋本:だから、本当にダブの意味をわかってくれれば、俺はみんなもレベル・ファミリアに来てくれると思っていたんです。みんなこっちに連れて行けると思ってたんですね。だけど、みんな最初の曲がり角で迷子になっちゃったっていうか(笑)。
■ドライ&ヘビーのわかりやすさっていうのもあったしね。まあ、ドラヘビに関しては、イギリス人を認めさせたっていうのがあるよね。〈グリーン・ティー〉からイギリス盤も出ているし、ゼロ年代のなかばだったかな、ドラヘビはとっくに解散してたけど、アンディ・ウェザオールが日本に来たときに、彼はたしか最初にドラヘビをかけたんだよね。それは感動的だったし、スタイル的には目新しさがないのに、それでも認めさせたっていうのがすごいよ。だから自信があったという話だけど、ホントによくその長い時間かけて磨いてきたスタイルを捨てることができたなと思っていたんだよね。
秋本:いろいろ、まあ、苦しみましたけど(笑)。
■はははは。
秋本:到達するまではね。愛着もあったしね。
■それこそ俺にドライ&ヘビーを推薦してくれたのはオーディオ・アクティヴの大村(大助)君だったんだけど、彼が僕に何て説明したかと言うと、「とにかく気合いがすごいバンドなんで」って言うんだよね。「どこが良いの?」「気合いっすね」みたいな感じで、で、実際に秋本君と会ったら本当に気合いだった。そういう意味ではレベル・ファミリアも同じなんだけど、でも、やっぱ打ち込みでやるっていうのは、それまでのドライ&ヘビーを聴いていると、ちょっと驚きだったなぁ。
秋本:グルーヴは......打ち込みだったら、(テンポが)狂わないじゃないですか。それだったら、それまで俺が練習してきたベースでグルーヴを出せる自信があったから。ビートさえあればレゲエはできるっていう風に思っているし、俺がいないドライ&ヘビーよりもレベル・ファミリアのほうがレゲエだよっていう風に思ってましたね。
[[SplitPage]]レゲエしか持っていないグルーヴっていうのがあるんですよ。それを後天的に欲しいと思ったら、練習によってDNAの配列を変えていくしかないっていうか。練習でDNAが変わってしまうぐらい、やるしかない。練習して、それを血のなかに入れていくしかないんですよ。
■秋本君はベースをどういう風に練習したの?
秋本:いまでもそうですけど、レゲエのグルーヴはレゲエのミュージシャンにしか出せないんですよね。どんなにうまい黒人のジャズ・ミュージシャンでもそれは出せない。ジャズのミュージシャンやファンクのミュージシャンがそれをやってもレゲエのグルーヴは出せない。それをやってしまったダサい例はいっぱいあるんですけど......ていうのは、レゲエ・ミュージシャンしか持っていないグルーヴっていうのがあるんですよ。それを後天的にというか、俺が後からそれを欲しいと思ったら、練習によってDNAの配列を変えていくしかないっていうか。
■なるほど。
秋本:練習でDNAが変わってしまうぐらい、やるしかない。練習して、それを血のなかに入れていくしかないんですよ。毎日、本当に......。
■どういう練習?
秋本:それは悩むより、考えるより、もうとにかくコピーですよね。それはもういち音いち音ぜんぶ確実に......ですよ。耳壊れるぐらいに。大変なんですよ、レゲエのアルバム1枚、ベースを自分で起こしながらコピーするのって。低域だし、音階もわかりづらいし......それを1枚コピーしたら、3年間毎日繰り返す......。そういうのを何100枚もずっとやってきているんです。そうやってグルーヴを追いつめていくっていうか、そうやって時間かけてやっていると、レゲエのなかで見えてくるんですよね。
■それはすごい話だね。
秋本:いまでもまあたまに、「このグルーヴは知らない」っていうのが出てきますけど、まあほとんどは......。そういう風に、身体で覚えるしかないんです。だから遠回りのようで近道なのは、コピーするしかない。だからみんなは俺のベースを聴いて「遅れてる」って言うんですけど、レゲエやりたいってヤツで俺とセッションして「遅れてる」って言うのはまだそいつがぜんぜんわかってない。ロビーのベースにも、レコーディングのミスじゃないかってぐらいに遅れているやつ、けっこうあるんですよ、ベースがドラムに対して遅れてるっていう。でも、それがレゲエのグルーヴなんですよね。一定のドラムのビートに対して0コンマ何秒で落としている。そのループがあのタフなグルーヴを作っている。単純にイコライジングでグッと上がるものじゃない。グルーヴで音圧を出している。
■なるほどね。あのシンプルさのなかにある細かい複雑さなんだね。
秋本:そうっすね。だから俺は打ち込みでもレゲエのグルーヴはできると思ったんですよ。あとはゴスのダブのセンスがあれば......ってね。アイツにはあと、トラックメイカーとしての卓越したものがある。それに俺のベースが加われれば......って。
■その0コンマ何秒の遅れっていうのがすごい話だね。
秋本:スライとやるために3年前にジャマイカ行ったときも、ダンスホール・バブルで、日本人はそこに金を落としてくれる連中だぐらいにしか思っていないわけですよ。ジャマイカ録音っていう言葉が欲しくて、お金を落としていくわけじゃないですか。俺なんかそんな金ないから......だけど、みんな認めてくれて、俺に良くしてくれたのは、俺にそのグルーヴがあったからっていうのがあって。それがやっぱ、「何でなんだ?」ってなるわけですよ。「日本人のおまえが何でこれを出せるんだ?」って。それで最終的にみんな認めてくれたりとか、良くしてくれて。
■へー、そうか。秋本君は自分のクレジットを"REBEL BASS"ってしてるじゃない。レベル・ファミリアにも"レベル"が付いているんだけど、秋本君のなかでベースと"レベル"はどうやって結びついているんだろうか?
秋本:意地ですよね。俺のなかの"レベル"っていうのは、スライといっしょにやったときに感じたもの。その気の圧力みたいなもの、それが"レベル"だと思っているんですよ。俺はレベル・ファミリアをやったときに、意地で言ったんです、レベル・ミュージックっていう言葉を。『RIDDIM』のインタヴューだったな......その頃、"レベル・ミュージック"なんていうのは死語になっていて。俺はボブ・マーリーと同じ世界で生きる者として聴いてきて、生きてきたから、レベル・ミュージックっていうのは当たり前だったんだけど、でもその編集長は「いまさらレベル・ミュージックなんて言っても」みたいな、シラけた感じだったんですけどね。俺のなかでレベル・ミュージックっていうのは。ボブ・マーリーの"トレンチタウン・ロック"のなかで「音楽で俺を打ってくれ(hit me with music)」っていう、それって心を打たれるってことじゃないですか。音で心を打つっていう、そういう魂を打つっていうのが、俺はレベル・ミュージックだと思う。俺にとってはそういう意味っすよね。それが入っているか入っていないか......。
■なるほどー。
秋本:こないだ『ベース・マガジン』で取材受けましたけど、俺は自分をミュージシャンだと思ったことがないんですよね。テクニックがあるわけじゃないし、音符も読めないし、スケールもコードもわからない。俺にとってベースは銃みたいなものなんです。本当に銃だと思っている。
■そのことを『ベース・マガジン』で言ったの?
秋本:言いましたよ。だいぶ笑われましたけど。
■はははは。
秋本:上手い人なんていくらでもいるし、器用なベーシストなんていっぱいいるんすよ。ひとつあるとしたらその意識だけっていうか、楽器としてベースを弾くか、銃としてベースを持つかっていう、その違いだけだと思っている。
■レベル・ファミリアとヘビーマナーズと、ふたつに分けた理由は?
秋本:いまはドライ&ヘビーも復活しましたけど、レベル・ファミリアをはじめた頃はまったくそういうつもりがなかったですからね。いまから1年前まで、もういちどやるっていう考えはなかったですね。
ヘビーマナーズをやったのは、ドラヘビを止めて、さっき野田さんが言ったように、敢えてレベル・ファミリアみたいな音をやって、そのレベル・ファミリアも新しいリスナーから支持されるようになって。で、ひとつ思ったのは、若手を育てなきゃーなと思ったんですよね。
■ああ、それはどっかのインタヴューで読んだ。
秋本:日本は......、ダンスホールは俺の領域とは関係ないんですけど、ひとりのレゲエのシーンに関わる人間として、やってる人たちが20年前とあまりにも変わっていないんですよね。それこそジャマイカごっこで、名前を変えてやっているだけで、同じ人がずっとやっている。若い子がぜんぜんいない......ていうことは、ルーツやダブが憧れの対象になってないってことなんですね。それは不健康なことだと思っていたし、で、レゲエの人たちが何かやるって言っても、みんな仲間内の村社会的な人選で決めちゃうし、俺は昔からそんなのは大嫌いで。だからなおさら若手に場を与えて、若手を育てなきゃーなと思ったんですよね。
■鬼コーチでしょ?
秋本:いやー......、ていうか、ジャマイカ行ったときも思ったんですけど、もういないんですよ。ジャマイカでさえもミュージシャンがいないし、スライとか、あの辺がピークで、その少し下にちょっといるぐらいで、ジャマイカはリアルに食えないとやる余裕がないんで、楽器なんかやっても金持ちになれるわけないっていう。だからあのグルーヴはあの世代で終わってしまうんですよね。これはものすごい損失だなと思って。「おまえがやってくれ」ってスライからも言われて。「ジャマイカの若いヤツらができないことをおまえがやってるんだから」って(笑)。イギリスにしたって、ダブ・シンジケートがコンスタントにやってるわけじゃないし、いつも活動してるわけじゃないじゃないですか。そういうことに危機感を感じたし、まあ、俺なんかが偉そうなこと言えないんだけど、ただ自分ができる範囲でやろうっていうか、ルーツに根ざしたレゲエを練習する場を作らなきゃなと思ったんですよ。ヘビーマナーズはそこからはじまったんすよ。
■秋本君は、現在の......というか、この20年のジャマイカの音楽をどう見ている?
秋本:昔は、ボブ・マーリーが死ぬ前と後とではぜんぜん違うなと思っていて、「これはもう、ものすごい指針を失ったんだな」と勝手に想像していたんですね。大きなキングというか、みんなのシンボルが死んで、いっきに力が抜けてしまったんじゃないかという風に思ってたところがあったんですね。ドライ&ヘビーをはじめた頃は、ボブ・マーリー以降のものは受け付けられなかったし、「何でこんなに軽い、安っぽいものになってしまったんだろう」って思ってたんです。だけど、最近はぜんぜんそうは思っていなくて、ジャマイカに行くともうレゲエはレゲエなんですよね。バレットが演奏してなかろうが、スライがいなかろうが、レゲエが成り立っている理由はひとつというか、みんな共有していて、昔から何も変わっていないということがわかって。いまでもレゲエがいちばん進んでいると思っているし、間違ってないと思ってますけどね。
■具体的にはどんなところにそれを思う?
秋本:サウンドシステムに行ってもそうだけど、最新のクラブ・ミュージックよりも実験があるし、ぜんぜん新しいことやってるし、これが10年後にまわりが気がついて取り入れはじめるっていうか、昔からそうじゃないですか。
■たしかに。
秋本:早すぎるんですよ。すごいんですよね、ジャマイカのレゲエって。
■アリ・アップも同じようなことを言ってたな。
秋本:そういうヒントの断片がすごくある。新しいっていうか......やっぱすごい。
■リズム?
秋本:リズムもそうだし、テクノにも聴こえるし、アフロにも聴こえるし、最先端っていう感じがある。レゲエはレゲエなんですよ。
■ジャマイカは何回も行ったの?
秋本:いや、俺はスライとできるようになるまで行かないと決めてたんで。その機会が3年前にあったんすよね。だから初めて行ったんですよね、3年前に。
[[SplitPage]]こっちも燃えてくるような、そんな気持ちを持った人としかやれないし。俺はいままで、シンゴ02もそうだし、ボス・ザ・MCもそうだし、キラー・ボングもそうだし、ルミちゃんもそうだし、本物としか絶対にやらない。
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■そろそろ今回のアルバム『サバイバル』について話を訊かないとね。まずはアルバム・タイトルの『サバイバル』はどういう意味を込めているんですか?
秋本:震災があったからじゃなくて、あらかじめ考えていたテーマなんですよね。まあ、レゲエの普遍的なテーマでもあるじゃないですか。状況がどうであれ、生き抜く、生きていくしかねぇんだっていう。1月から録りはじめて、もともとぼんやりとあったんですよね。まあそれでルミちゃんもゲストに迎えて、まあ、震災があった後ではなおさら必要な言葉じゃないのかなと思って。
■震災前にドミューンで会ったときに、ルミさんのことは言ってたね。まさかにこういうカタチになるとは思わなかった。
秋本:言ってましたか......。まあ、けっこう夢中で、1年半ぐらい練習してたんですよね。すごい娘になったなーと思って。すごいメッセンジャーになったなぁと。で、いっしょに練習しはじめてから、化学反応がすごかったんで、「これは面白くなるな」と思ってましたね。
■ラガマフィン調のラップも格好良かったけど、その辺りは秋本君のディレクションはあったの?
秋本:何もないっすね。ひと言も言ってない。
■秋本君と話したときに、「すごいメッセンジャーは絶対にレゲエのシーンから出てくると信じていた」と。「悔しいけど、出てこなかった」と。「ヒップホップのほうから出てきた」ってことを言ってたよね。
秋本:はい、そうっすね。ただ俺がまだ知らないだけど、レゲエのなかにも孤軍奮闘しているメッセンジャーがいると信じてますけどね。俺のなかでレゲエっていうものを音楽のジャンルやスタイル以外で考えたときに、生き方だったり、メッセージ、日本での立ち位置がよりレゲエ的っていうかね。こっちも燃えてくるような、そんな気持ちを持った人としかやれないし。俺はいままで、シンゴ02もそうだし、ボス・ザ・MCもそうだし、キラー・ボングもそうだし、ルミちゃんもそうだし、本物としか絶対にやらない。
■秋本君が言うところの"本物"の定義っていうのは?
秋本:メッセージがあるっていうか、人のためにあるかないかっていうか。いいまのルミちゃんは自分のためじゃないですよ、存在も歌もね。人のために歌っている。そこが大きな違いじゃないかなと思いますね。
■なるほどね。話が前後しちゃうんだけど、『サバイバル』っていう言葉にした背景をもうちょっと話してもらえますかね。
秋本:そうですね......。
■"サバイバル"って、いまの日本では下手したら勘違いされる言葉だと思うんだよね。だってこれだけ息苦しい競争社会なわけじゃない。僕なんかが子供の頃はまだゆるい社会で、たとえば成績が良い悪い関係なく、「俺はサラリーマンはイヤだから板前になるわ」とか、生き方にもっと多様性があったんだよね。でもいまは世のなかがもっときつくなっているというか、なんか企業の正社員になることが唯一の生き方みたいな、そういうサバイバルもあるわけじゃない。
秋本:そういうサバイバルは頭にぜんぜんなかったですね。
■絶対にないと思うんだけど(笑)。
秋本:いつも話すことでもあるんですけど、俺がいまでもベースを持って......やっぱ俺も好きなだけじゃやれないわけですよね。ポップなことやってるわけじゃないから、生きていくのも大変だし、実際金に困るし、でも、俺は金に媚びてやったことはいっかいもないし、金以上に素晴らしいことを知ってる。
なぜここまで......俺も人のためというか、自分がボブ・マーリーからもらったように、俺も分け与えたいっていうのもあるんですよ。俺はボブ・マーリーに心を打たれて、そのときに宿された魂みたいなのがあって、それがいまだにやっているエネルギー源なんですよね。石油も石炭も燃えてしまえば消えるけど、永久に消えないエネルギーってもんがあるんですよね。それは人間の思いなんじゃないかと思うんすよね。誰かにもらったエネルギーが人に宿って、他の人にも連鎖していく、こんな俺でさえここにはせいいっぱい込めたものがあって、それがもし誰かの心を打つことができて、そのエネルギーをその人に分け与えることができれば、それもまた連鎖していくっていうか。だから、"サバイバル"のための頼りにできるような何かにしたいという願いを込めてこういうタイトルにしたっていうのもあるんすよね。生き抜くための頼りになる音っていうか......。
■秋本君は、秋本君が15歳のときに『ナッティ・ドレッド』を聴いて感じたように、いまの15歳も同じように感じてくれると信じているんだね。
秋本:信じてますね。
■実際にそういうリアクションはあるの?
秋本:ありますよ、手紙が来たり。汚い字で、17歳で、「ベースやってます」と。「将来、俺も前に立てるようになりたいです」とか。それとか、「まだ歳がいってないから、夜中のイヴェントに行けないんで、夕方のコンサートもやってください」とか。地方行くと、たまに16歳ぐらいの子が来てたりしますよ。だからいるんですよ。
■そうだね。
秋本:嫌いな人は俺らのこと絶対に嫌だと思うし......、俺の音楽ぜんぶそうだと思うんですよね、暑苦しいし。
■ハハハハ、わかってるんだね(笑)。
秋本:拒否反応する人、絶対にいるんですよ。ルミちゃんも絶対にそういうアーティストだと思うし。俺は自分が弱っているときにボブ・マーリーを聴くんですけど、ふだん、いちばん聴けないのもボブ・マーリーなんですよね。ビッグ・ユースとかもそうですけど、簡単に針を落とせないっていうか、俺はなるべく聴きたくないんですよ(笑)。ホント、自分が精神的にも充実してないと聴けない。でも、弱っているときに、ホントは聴きたくないんですけど、でも、聴くと魂をもらって元気が出てくるっていうか。本物のメッセンジャーはそう容易いものじゃないし、ルミちゃんもそうだと思うんすね。みんな傷ついたら耳障りの良いものを聴きたがると思うんですけど、それは応急処置なんですよね。絶対に治癒はしないと思うんですよね。
■秋本君は震災があったときにどこにいたの?
秋本:俺はたまたま仕事が休みで家にいたんですよね。
■じゃあ、けっこう棚が倒れて。
秋本:そうですね。CDがばーっと落ちてきましたね。
■そのときレコーディングはどのくらい進んでたの?
秋本:もう収録曲はほとんど録って、あとはオーヴァーダブ、ダブ・ミックスだけが残っていた。それがあの原発の事故があったんで、ルミちゃんと"誰かのあの子"を作ったんですよ。こんな事態になってしまって、何かそれに対して曲を作らないとって、ルミちゃんにも「何か新しいリリックできないか」って話して、それが"誰かのあの子"になったんすよね。
■そうだったんだね。秋本君はいまでもトラックの運転手やってるの?
秋本:やってますよ。
■けっこう長いよね。
秋本:ドラヘビでいちばん揉めていた頃からですからね。俺がいないのにドラヘビで出すってことが決まったとき、俺はトレーラー運転してましたからね。
■はははは、そうなんだ(笑)。
秋本:トレーラーでレゲエ聴いてましたよ。40トンとかひっぱりながら(笑)。
■はははは。
秋本:「俺のほうがいま絶対にレゲエに向き合っているんだ」って思いながらね。「おまえら楽してるかもしれないけど、俺のほうがレゲエに近づいてるぜ」って思いながら(笑)。
■もう和解したことだし(笑)。
秋本:もちろんいまはもうぜんぜん何もないすけどね(笑)。
■何でトラックの運転手を選んだの?
秋本:いや、もう単純に、他にやれることないんすよ。俺がドラヘビ辞めたとき、俺はもう32だったんすよ。それまでもずっとバイトで食いつないできたんですけど、俺はリーダーだったから、みんなはレコーディング中で自分のパートが終われば終わりだけど。俺はミックスが終わるまでずっといるわけです。だからレコーディングの度に仕事をクビになるんですよ。まあ、リーダーだから仕方がないんですけど。それでもう、借金もすごいたまってたし(笑)。ただ、毎回クビになりながらも、ドラヘビ続けながらやっていた仕事が運送の仕事だったんですよね。ドライヴァーやって、最初は軽トラからはじまって、2トンになって、4トンになって。自分なりにステップアップしてって......で、最後はトレーラーまでいったんですよ(笑)。いちばんでかいヤツっすね。
■なんて言うか、秋本君は本当にそういう男だよね。
秋本:孤独ですけど、自由ですからね。朝出ちゃえば、誰にも文句言われない(笑)。
■秋本君が落ち込むときっていうのは、たとえばどんなとき?
秋本:うーん、どうっすかね......。やっぱ、納得いかないライヴやったときっすね。
■そうか......。
秋本:そうっすね。
■じゃあ、最後に何か予定があればお願いします。
秋本:8月26日に恵比寿のリキッドルームでリリース記念のライヴがありますね。まあ、そんなところですかね。
■ドライ&ヘビーもやるんだよね。楽しみです。じゃあ、今日はどうもありがとうございました!
最後に本文とは直接関係ないが、秋本武士の取材のちょうど直前に中村とうよう氏の訃報を知った。僕がいちばん最初に買ったレゲエのレコードは、当時氏が監修した〈トロージャン〉レーベルの「THIS IS REGGGAE」シリーズの1枚、『グレイテスト・オリジナル・レゲエ・ヒッツ』だった。いまでも家にあるそのベスト盤のライナーは氏が書いたもので、中学3年生だった僕はそのライナーを読みながら、何百回とそのレコードを聴いた。ライナーは当時のレゲエの解説としてはずいぶんと詳細なデータが記されていて、そこには当時の僕の汚い鉛筆の筆跡でいくつかの傍線や書き込みがある。ロックステディという言葉もそのライナーで知った。末筆ながら、氏のご冥福を祈りたい。
ロング・ホット・サマーがはじまりました。反原発パーティ、DJのタサカとムーチーあたりからいよいよ来ました! デモで声を挙げていたタサカ、そしてひとり全国の現場に足を運び、デモに参加したり、DJをしていたムーチー(彼はそして、六ヶ所村で映画『ホピの予言』を上映しながらDJをして、「反原発」と書かれたステッカーを数十枚貼ったかどで、青森から東京の彼の自宅まで逮捕状を持った警察に押し寄せられた......という話のあらましは、ぜひ彼のBLOGを読んでください → https://nxs-jakam.blogspot.com/ )。
8月7日、まずは代官山UNIT、「SAY IT LOUD! NO NUKES & ENERGY SHIFT PARTY」の第一回目です。夕方3時のスタートです。タサカのほか、DJケント、クボタタケシなども参加します。さらにまた、トークセッションとして飯田哲也×津田大介もあります。「SAY IT LOUD!」はこんごも続きます!......と東森君も力強く話してくれました。
そして長崎では8月6~8日までの3日間にわたって、「NEWDAY MEETING」があります(また、9日にはパレードもあるようです)。詳細は下にあります。長崎近郊の方はぜひ、注目してみてください。
夏は......はじまったばかりです!
なお、今週末の金曜日(7月29日)には麻布のelevenにて、「MOVEMENT」もありまっせ!!
8/7 (SUN)
SAY IT LOUD!
NO NUKES & ENERGY SHIFT PARTY
3・11をきっかけに、私たちの生活や意識は否応なしに変化を余儀なくされました。そんな中、音楽は決して単なる娯楽ではなく私たちにとって必要不可欠なものであることも再認識しました。私たちは音楽の持つ力やマジックを信じて、音楽とともに脱原発とエネルギーシフトを考える場を設けます。多くの人達と有意義な時間を共有しましょう!!
脱原発は社会をどう変える? 今、知るべきホントのこと
「脱原発」「エネルギーシフト」の世論が盛り上がっている。
原発はイヤだ、怖い、間違っている。そう感じている人は多いはずだ。
でも、再生可能エネルギーの「太陽光」「風力」ってホントのところはどうなの? これが日本では進まない理由って何? いま自分たちがやれることは何? エネルギーが変われば社会が変わるって言うけど、これってどういうこと? 声が盛り上がれば盛り上がるほど、こんこんと沸くこんなギモンがある。そう、私たちにはリアルな知識と言葉がまだまだ足りないのだ。
だから、音楽とともに脱原発とエネルギーシフトを考える「SAY IT LOUD ! ~NO NUKES & ENERGY SHIFT PARTY」は、飯田哲也さんと津田大介さんのトークセッションをやることにしました。福島の原発事故以前から自然エネルギーの普及を説いてきた飯田さんと、6月にセブンイレブンいわき豊間店でのフェスを行うなど、3・11以降の活動に熱が入る津田さんの対話を通じて
――脱原発は僕らの社会をどう変えるのか。一緒に考えよう。 文:岡本俊浩
DJ :
DJ TASAKA
DJ KENT (FORCE OF NATURE / THE BACKWOODS)
クボタタケシ
AND MORE DJS
TALK SESSION :
飯田哲也 (環境エネルギー政策研究所所長) x 津田大介 (メディアジャーナリスト)
OPEN / START : 15:00 ENTRANCE FEE ¥2,000 (DOOR ONLY)
オールスタンディング / 6歳児未満入場無料(要父母同伴) / 未成年入場可
特典付Eメールチケット予約 : info.sayitloud@gmail.comにて
7/22(金) 00時より限定数の予約を受け付けます。
上記アドレスにお名前、チケット予約希望と明記しメールをお送り下さい。
追ってチケット予約に関する詳細をお送り致します。
また当日は環境エネルギー政策研究所が携わる被災地支援プロジェクト、
東日本大震災「つながり・ぬくもりプロジェクト」
(https://tsunagari-nukumori.jp/)
への寄付金を集います。ご協力をお願い致します。
NEWDAY MEETING
日時: 2011年8月6・7・8日 (三日間)
場所: とりかぶと自然学校
参加費 3000円(3DAYS)/ 2000円(1DAY)駐車場1000円(1CAR)家族割 5000円(3DAYS+1CAR)
CAMP IN OK 簡易宿泊所あり / 露天風呂あり / 川あり 無料
雨天決行 会場内ドームハウスにて
8/6 17:00 start
参加アーティスト: RAN-TIN (RANKIN TAXI&NODATIN)/ EGG /キリシマンジャロ/ KUMAトルクァーズ/ HOROYAKAN / SUNNY YURA / HAL / KATSUMI / EIJI
8/7 8:00 start
参加アーティスト: JUZU a.k.a. MOOCHY /マリーズ/ KEN INAOKA / トビウオリアキ/ HOU / JAIL BIRDY / 蝉 / MUCHA FAMILYA / 暁 / TATUISHI TALK: 鎌仲ひとみ
「ヒバクシヤ 世界の終わりに」 上映会
監督: 鎌仲ひとみ 製作: 小泉修吉 / 川井田博幸 撮影: 岩田まき子 2004制作
内容: 世界の被爆者たちのリアルな声を集めたドキュメンタリー。使う側にも使われる側にも被害をもたらす核。普通に生活している人が知らぬ間に被爆し、苦しみながら命を落とす現実を伝えるべく、イラク、アメリカ、そして日本の被爆者たちの日常を映し出す。
8/8 8:00 star
t参加アーティスト: 三宅洋平 /パール ヨリコ/ KEN INAOKA / トビウオリアキ / オトヒトツ/RIKI / SPOOKY MIX / Didjemaka / INCHKEYS / YOSHIFUKU TALK: 正木高志
「ホピの予言」上映会
監督=宮田 雪 製作=鈴木雅子/宮田 雪/飯岡順一 プロデューサー=田畑祐已 1986制作
内容: 人類滅亡・核時代の最終予言 アメリカ・インディアン最古の民に伝えられていた核時代の最終予言。ヒロシマ、ナガサキに投下された原子爆弾は、アメリカ・インディアン最古の民、ホピ族の聖地から掘り出されたウランから造られたものだった。その彼らの間には、数千年の昔から、偉大なる聖霊から与えられた謎の予言の石版がある。そして、そこには驚くべきことに「灰のびっしりつまったヒョウタン」と呼ばれたヒロシマ、ナガサキの原爆投下を始め、第一次、第二次世界大戦、更には、来たるべき人類とこの文明の破滅と再生が予言されている
TALK SEESION 正木高志 RAN-TIN JUZU aka MOOCHY 三宅洋平
8/9 RAINBOW PARADE
66年目の夏。爆心地まで一緒に歩きませんか。『いのち』のパレードです。
午前8時【集合】長崎港・長崎水辺の森公園[大地の広場]
午前9時【出発】
雨天決行です。帽子、日傘などで、日射病、熱中症防止に気をつけてください。
係員の指示をお守りください。道路交通法などお守り下さい。参加者の自己責任でご参加下さい。
午前10時30分【到着予定】
長崎原爆落下中心地公園(爆心地) ピースウイーク2011長崎市民集会
午前11時02分【黙祷】
MOVEMENTS
2011.7.29 FRI @eleven
DANCE FLOOR
LIVE:
JAKAM & THE SPECIAL FORCES
DJ:
DJ KENSEI (C&C BAND)
MACKA-CHIN (NITRO MICROPHONE UNDERGROUND)
JUZU a.k.a. MOOCHY
BING a.k.a. TOSHIO KAJIWARA,
CHIDA (ene)
VJ: sati. (HUEMM)
LOUNGE FLOOR
LIVE:
THE TCHIKY'S
東京月桃三味線
KENJI IKEGAMI
DJ:
サラーム海上
HEMO+MOOFIRE
Shhhhh
Q a.k.a. INSIDEMAN
OISHI HAJIME
DAI
LIVE PAINT:
SYUNO VEN from Aizu/Sendai
WITNESS from Fukuoka
FOOD:
MANGOSTEEN
PARADISE ALLEY from Kamakura
DECO: PRAZMA
OPEN/START: 22:00
DOOR 3000yen W/F 2500yen
昨年の秋に小谷元彦展でみた「インフェルノ」を思い出した。半径5メートルもあっただろうか。8角堂のそれぞれ8面を滝のように勢いよく水が流れ落ちるインスタレーション。なかに入れば我々は水の壁に囲まれる形になる。といっても本物の水ではなくハイヴィジョン映像なのだが、であるがために奇妙に抽象性を帯び、日常空間をぐっと異化する装置としてひと際存在感を放っていた。カットアップされた奔流はそれぞれの平面を一定の時間落ちつづけ、その間8角堂の内部は持続的な上昇音で満たされる。厳密に音階が上がっていたのかどうか覚えがないが、落下する水音とは逆に、その電子音は息苦しいほど昂揚し、やがてその頂点で一瞬の無音を迎える。すると背後に追いやられていた水音が解放されたかのように溢れ出すのだが、今度は視覚的に、水が上昇していくような錯覚に陥るのである。錯覚ではなく、実際にそのような映像だったのかもしれない。水が上昇しはじめると、こちらの身体は落下するように感じる。しかも映像であるため水流には始まりと終わりがなく、身体の落下にもまた終わりがない。落ちているのか昇っているのか、それが水の方なのか身体の方なのか、五感を揺すぶられるというのはこんなに心許ないものかというくらい、自分が麻痺してしまう。筆者はアニマル・コレクティヴ『メリウェザー・ポスト・パヴィリオン』のジャケですら本当に酔ってしまうほど錯覚に弱いのだ。
"ゼン・フェル・ジ・アッシィズ"はこれととてもよく似ている。「インフェルノ」は垂直方向のイメージだが、こちらは水平方向と言えばよいだろうか。進んでいるのか戻っているのかわからなくなる。軋むような弦のノイズがレイヤーを形成し、ちらちらと降りかかるクリアなピアノの高音がロマン派の名曲を彷彿させる、叙情的なドローン。25分におよぶこの長尺トラックでは、ただでさえはじまりと終わりの観念が麻痺する。やがて水音のサンプリングが挿入され、その流れがトラックの時間を牽引していく。この時間のなかで、あるテンションが持続し、昂揚していくのだが、その極点で突如歌がはじまり、時間と風景が一変する。荒涼とした丘にたつ墓標、そこに吹きつける風を思わせるすさまじき(=ものさびしい)歌は、ヴァシュティ・バニヤンと比較されたりしているが、この歌ははたして歌と呼んでよいものかどうか、言ってみるならば純度の高い「念」といったふうであって、それまで22分もピアノとギター・ノイズで覆われていたその「念」が噴き出してくるや、時間は後ろへ後ろへとものすごいスピードで流れはじめる。そのように感じられる。ちょうど「インフェルノ」の空間性を時間性に置き換えたかのようなのだ。
ジャケットに記載された詩を読んで、この感覚が気持ち悪いほど詩の内容と符合することに驚いた。24分の楽曲において22分を過ぎてはじまるその唄は、これまでには見たことのないような暗くさびしい丘の描写からはじまる。その場所はしかし、親しきもののもとを去ってから幾度となくいた場所である......このトラックの音そのものだ。詩をみるまえに丘を思った。その意味でとても映像的だとも言える。そして唄はつづける。「いまあなたはあなたの人生の灰の上を歩く。食べるものも、自分が天にとどくという望みもなく」
唄の出現とともに時間が逆に流れはじめるような錯覚は、この「人生の灰の上を歩く」という表現に対応するだろう。これまで過ごし、流れてきた時間が燃えていくのである。本当に悲しい、やるせない、なんのために唄われるのかわからない、「念」のかたまりだ。
こんなものを唄い、奏でるのはいったいどんな人物なのか。ナチュラル・スノウ・ビルディングスというフランスのフォーク・デュオの片方だということだが、もうこれで3枚目となるソロ作。2007年の『レヴェルズ・アンド・クロッシングス』は日本でも注目を浴びたようだ。暗く陰鬱な狂気が渦巻くギター・ドローンには、音へのフェティシズムではなく、本当に純粋な思念が感じられる。サイケデリック・フォーク、アシッド・フォーク、フリー・フォークなどと呼んでも差し支えないと思うが、幻覚作用や覚醒作用をパフォーマティヴに意図する音ではない。思いを解放する、その意味で真に叙情的な音楽だと思う。彼の声もまたすさまじい。これが女性の声でないと、誰が思うだろう? か細く、高く、集音機にどうしても混じってしまう風のノイズのように、よりどころのない声だ。ツインシスタームーンを聴いていると、音や唄は作るものではなく、生まれてくるものだというふうに感じられるが、そのように音が生まれてくることが幸福なことかどうか考えてしまう。"ゴースト・ザット・ワズ・ユア・ライフ"や"トレイラー"など素朴なスタイルのフォーク・ソングは人生に捧げられたレクイエムだ。黒地に白い文字の詩でびっしりと覆われたジャケットも、そういう意趣かもしれない。
ボーナス・トラックの"ア・フォールアウト・シェルター・フォー・メモリーズ"だけがすこし明るい。男声とオルガンとギターが渾然となったドローンで、その層の上に響くクリーン・トーンのギター・アルペジオが、風前のくもの巣のようにはかなく、美しい。五感を揺すぶられるように魂が揺すぶられる。それとも魂とは結局五感のことだろうか?
スタンリー・キューブリックの遺作『アイズ ワイド シャット』の最後のシーンにおいて、現実との接点を失ってうろたえるトム・クルーズの脇でニコール・キッドマンが前を見ながら「ファックすることよ」とつぶやいてから4年後......当時まだ20歳だったエイミー・ワインハウスの歌う「ファック・ミー・パンプス」はリリースされた。金持ち男探しに懸命な同世代の女への攻撃を歌ったその曲をはじめとして、ワインハウスは、彼女の天才的な歌声で、さまざまな「ファック」を歌った。「早くファックしてよ」「もうあんたとはファックしないわ」......やがてマーク・ロンソンという才能と出会って、モータウンのレトロなソウルをモダンに磨いた彼女の音楽は、ゼロ年代においてもっとも重要なもののひとつとなった。
「暗闇を彷徨っていたけどもう大丈夫/二度と酒なんか飲まない/私はただ、友だちが欲しいだけ」、この曲"リハブ"もそうだが、ワインハウスの音楽は、傷つくことを恐れるかのように直接の人間関係を忌避しようと整理されていく社会とは真逆で、彼女の心の傷でいっぱいだった。「医者に行くくらいなら、家でレイ・チャールズを聴いているほうがマシよ」、身体に悪いことがときとして犯罪のように思われ、人びとの喧噪や猥雑さから逃れようとする人たちがいるいっぽうで、彼女はサラ・ボーンから影響を受けたその声を使って、通俗的な愛の営みを求め続け、そして傷つくことがわかっていてもそれを止めなかった。"ラヴ・イズ・ア・ルージング・ゲームス"は、そうした通俗的な「ファック」を崇高なレヴェルにまで持ち上げるかのような、奇跡的な力を持った曲である。「愛は勝ち目の無いゲーム/どんなに私ががんばっても、愛には打つ手がない」、暗闇のなかの自分の魂を救うかのように、ワインハウスは胸が張り裂けそうな声で歌っている。
それから......「あなたは私のあそこを濡らしたまま、去っていく/見込みはないわ/だからまた酔っぱらうの」、ピアノのリフが印象的な"バック・トゥ・ブラック"もまた救いようのない失意の曲である。「言葉だけのさよならをかわす/もう100回死んだわよ」
酒とドラッグによる自堕落な生活が彼女の死を招いたという。まあそうだとしても、彼女の作品の輝きは変わりっこない。彼女はとにかく「負け」を、しかし燃えるようなその声で歌っている。「負け」を恐れずに、乗り越えるために歌っているように思える。「私があなたにしてあげられるのは/いままで通り暗闇にいることだけ/それから罪悪感になんとか慣れることぐらい」、"ティアーズ・ドライ・オン・ゼア・オウン"ではワインハウスは前向きな声でこう繰り返し歌っている。「暗闇のなかで私の涙は乾いていくのよ」
エイミー・ワインハウスはロック・スターではない。彼女はR&B/ジャズのシンガーだった。僕は彼女の音楽を本当に何回も繰り返し聴いたものだった。彼女の音楽には、通俗的で、身近で、いろいメンドクセーし、気が滅入るほど大変なことが多いけれど、しかし生々しい愛があった。それはいくら傷ついていて、そしてまた深い悲しみを経験しても、決してうろたえることのないものに感じられる。エイミー・ワインハウス、レスト・イン・ピース。


























