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Amy Winehouse

Amy Winehouse

Back To Black

Island/ユニバーサル

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野田 努   Jul 26,2011 UP
E王

 スタンリー・キューブリックの遺作『アイズ ワイド シャット』の最後のシーンにおいて、現実との接点を失ってうろたえるトム・クルーズの脇でニコール・キッドマンが前を見ながら「ファックすることよ」とつぶやいてから4年後......当時まだ20歳だったエイミー・ワインハウスの歌う「ファック・ミー・パンプス」はリリースされた。金持ち男探しに懸命な同世代の女への攻撃を歌ったその曲をはじめとして、ワインハウスは、彼女の天才的な歌声で、さまざまな「ファック」を歌った。「早くファックしてよ」「もうあんたとはファックしないわ」......やがてマーク・ロンソンという才能と出会って、モータウンのレトロなソウルをモダンに磨いた彼女の音楽は、ゼロ年代においてもっとも重要なもののひとつとなった。

 「暗闇を彷徨っていたけどもう大丈夫/二度と酒なんか飲まない/私はただ、友だちが欲しいだけ」、この曲"リハブ"もそうだが、ワインハウスの音楽は、傷つくことを恐れるかのように直接の人間関係を忌避しようと整理されていく社会とは真逆で、彼女の心の傷でいっぱいだった。「医者に行くくらいなら、家でレイ・チャールズを聴いているほうがマシよ」、身体に悪いことがときとして犯罪のように思われ、人びとの喧噪や猥雑さから逃れようとする人たちがいるいっぽうで、彼女はサラ・ボーンから影響を受けたその声を使って、通俗的な愛の営みを求め続け、そして傷つくことがわかっていてもそれを止めなかった。"ラヴ・イズ・ア・ルージング・ゲームス"は、そうした通俗的な「ファック」を崇高なレヴェルにまで持ち上げるかのような、奇跡的な力を持った曲である。「愛は勝ち目の無いゲーム/どんなに私ががんばっても、愛には打つ手がない」、暗闇のなかの自分の魂を救うかのように、ワインハウスは胸が張り裂けそうな声で歌っている。
 それから......「あなたは私のあそこを濡らしたまま、去っていく/見込みはないわ/だからまた酔っぱらうの」、ピアノのリフが印象的な"バック・トゥ・ブラック"もまた救いようのない失意の曲である。「言葉だけのさよならをかわす/もう100回死んだわよ」

 酒とドラッグによる自堕落な生活が彼女の死を招いたという。まあそうだとしても、彼女の作品の輝きは変わりっこない。彼女はとにかく「負け」を、しかし燃えるようなその声で歌っている。「負け」を恐れずに、乗り越えるために歌っているように思える。「私があなたにしてあげられるのは/いままで通り暗闇にいることだけ/それから罪悪感になんとか慣れることぐらい」、"ティアーズ・ドライ・オン・ゼア・オウン"ではワインハウスは前向きな声でこう繰り返し歌っている。「暗闇のなかで私の涙は乾いていくのよ」

 エイミー・ワインハウスはロック・スターではない。彼女はR&B/ジャズのシンガーだった。僕は彼女の音楽を本当に何回も繰り返し聴いたものだった。彼女の音楽には、通俗的で、身近で、いろいメンドクセーし、気が滅入るほど大変なことが多いけれど、しかし生々しい愛があった。それはいくら傷ついていて、そしてまた深い悲しみを経験しても、決してうろたえることのないものに感じられる。エイミー・ワインハウス、レスト・イン・ピース。

野田 努