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これは......お洒落な音楽。だいたい日本のインディ・シーンでカホン(ペルーの箱形の打楽器)を叩く人間なんてものは、町でも名が知れた洒落者に違いない。
1曲目の最初の30秒を聴いて好きになれる。レゲエを入口としながら、クンビアやメキシコのマリアッチ、それらラテン・アメリカの叙情とブルース/ジャズ、こうしたものへの文化的アプローチの格好良さを僕にたたき込んだのはザ・クラッシュだった。とくに決定打となったのはジョー・ストラマーの『ウォーカー』......ゆえにカツシ・フロム・エル・スカンク・ディ・ヤーディ&エクストラヴァガンザ(長げぇー)の『リズム・メッセンジャー』を嫌いになれるはずがない。
くどいようだが、中南米の格好の付け方をインディ・シーンに最初に広めたのはジョー・ストラマーだ。ザ・クラッシュがズート・スーツでめかし込んだときから、その授業ははじまっている。ズート・スーツとはメキシコ系のギャングスタ・ファッションで、1940年代のロサンジェルスにおけるラテン・ユースの暴動の名前にもなっている。いわばアメリカ政府への反乱のシンボルだ。ストラマーは、それをファッションとして引用すると同時に、音楽的にもラテンを取り入れて、レーガン政権の情け容赦ない仕打ちにあっていた中南米諸国、有色移民たちと精神的に結ばれようとした。ロックという当時は若者文化の最大公約数だった闘技場のなかでそれをやり遂げる際に、ストラマーはこの方向性がファッショナブルで格好良いんだということを忘れなかったし、実際、彼はそれを思い切り格好良いものとして見せた。
そうした格好良さをカツシ・フロム・エル・スカンク・ディ・ヤーディ&エクストラヴァガンザの『リズム・メッセンジャー』から感じる。さらに、アルバムを聴きながら僕が思ったのは、これだけの恐怖を経験して、そしていまもなお(いち部の恵まれた連中をのぞけば)その恐怖から簡単に逃れることができないという現実に生きながら、なんてはつらつとした愛情と生命力をもった音楽なんだろう......ということだ。
中心となっているのは岩手県で暮らすミュージシャン、カホン奏者カツシ(エル・スカンク・ディ・ヤーディ)だが、たくさんのゲストが参加している。MCやヴォーカリストだけでもジャーゲジョージ(RUB A DUB MARKET)、リクルマイ、千尋、CHAN-MIKA、青谷明日香......、演奏者も小西英理(copa salvo)をはじめ、ザ・K、森俊介、櫻井響、長崎真吾、EKD......などなど多くの人たちの名前がクレジットされている。偏狭な地方主義ではなく、音楽を媒介に広まったネットワークによる成果だ。
ところで、日本の地方都市でこうしたカリブ海の音楽、中米の香りが広く根付いていることは、静岡出身の僕にも実感できる。いくつかの大都市を除けば、日本の地方都市なんてものは、本当に慎ましいものだ。DJカルチャーとともに中南米音楽はそういうなかでただ好まれているのではない。"共同体的に"好まれているのだ。多少問題はあっても、基本的には気が良い連中による繋がりがある。ひょっとしたら『リズム・メッセンジャー』はいまのところその最良の成果かもしれない。歴史と苦難が刻まれたこのアルバム、しかも全曲がお洒落で、そして全曲がブリリアント!
追記:もうすぐアルバムを出す、Tam Tamというバンドもすごく良い。
この人が2006年あたりから〈プラネット・ミュー〉を通じてグライム/ダブステップに手を出しはじめたとき、「あー、ついに来たか」と思った人も少なくなかったでしょう。みんなまだ静観していました、90年代初期からやっているベテラン連中は。自分たちより15歳以上離れている新世代のやっているグライム/ダブステップとは果たしていかなるものかと。そんななかで、すばやくアプローチしたのがマイク・パラディナス、続いてUKテクノ第二世代を代表するひとり、ニール・ランドストラムだったんじゃないでしょうか。
以下、4月5日にDommune、4月7日に渋谷AMRAXでプレイするランドストラムの来日直前インタヴューです。(ちなみに渋谷AMRAXでは、マユリちゃんとDJバクが共演)
■久しぶりの来日ですね。
ニール:日本に来るのは大好きなんだ。招待されて一番嬉しい国だと思うよ。
■いろいろな国を拠点にしてきた印象があるのですが。今までどこに住んでいましたか? 現在の拠点は?
ニール:プレイした僕の音楽キャリアのなかで住んできたのはたった2カ所しかないよ。エジンバラとニューヨーク。いままでいろんな国に行ったし、だからそういう印象があるのかな?僕の音楽活動が日本を含め、夢でしか行けないような国にも連れて行ってくれたんだ。
■ニューヨークに住んだ理由は?
ニール:1990年に初めてニューヨークに行って、もっとここでいろんな経験をしたいと思わせてくれたところだから。住んだのはUKと往復しながら1996年から2002年くらいまでなんだけど、ただ町並み、あの場所の音や雰囲気が好きで、プラス音楽文化も豊富だったし、ヴィジュアル・アートを知るには最高のところだったんだ。
■現在はどこに住んでいるんですか?
ニール:2002/2003年にニューヨークを離れることに決めてからはずっとエジンバラだよ。ここの建築は素晴らしいし、エジンバラのリラックスしたゆっくり目のライフスタイルが好きなんだ。大きな都市ではないけど、僕はアウトドアが好きだし、45分も運転すれば完璧な自然のなかにいられる。グラスゴーは1時間くらいだし、大都市にも簡単に行けるし最高の場所だと思っている。
■エジンバラに住んでいて音楽的な影響などは......
ニール:エジンバラが音楽的にどんな風に僕に影響があるかはわからないけれど、大都市みたいに家賃や生活費が上がる事を心配しながらプロジェクトにとりかからなくて済むから、そういう意味では集中できるというのはあるかも。
音楽的にはエジンバラは空白の部分があるなぁ。ニューヨークみたいに色がない。でもエジンバラには僕が刺激されたダブのサウンドシステムがいくつかあったんだけど、残念な事に地元の自治体と不動産業者がひとつひとつクラブを潰しているんだ。だからこの素晴らしいダブのサウンドシステムもなくなってきている。
■それは残念ですね......。ではあなたが音楽をはじめた90年代をいま見てどう思いますか? 何かインスピレーションがあるとか。
ニール:いや、インスピレーションという刺激や感化はないよ、すべえて過去。正直言ってまったくそこから離れているし、それはそれでいい思い出として残して何か違う事をやりたいからね。問題はたくさんの人があの時代にしがみついていてそこにはまった状態でいることなんだよね。僕にとっての音楽はいつも先へ先へと進んで行きたい。たとえ時々レトロなことをやったとしてもね。90年代にリリースしたほとんどの僕のレコードを誇りに思っているけど、いま、同じ事をしても同じスピリットや音ではないし......僕にとっての音楽はその時々の自分の感情をレコーディングしているみたいなもので、それをあとで聴いたらその場所と作ってる時の自分に連れて行ってくれるタイムマシンみたいなものなんだ。その音を聴いただけで自分が何を着ていたか、家の壁紙の柄まで思い出せる。笑 僕には写真のような記憶力があるんだよ。
■音楽を始めるきっかけになったのはやはり初期レイヴ時代ですか?
ニール:1988~1991年の初期UKレイヴ時代は忘れられないし、あの頃の音楽はずっとインスピレーションになっている。もういちどあの時代に戻って同じように生きてみたいけど(笑)。ずっとイヴェントや人びとやいろんなことから影響を受けると思う。もちろん同じ事はやらないつもりだけどね。
■私もそう思います。そのくらいのインパクトがありましたからね。その後、そういったインパクトは音楽的にありましたか? 影響を受けた音楽とか。
ニール:90年代終わりから2001年にかけてはもうテクノにうんざりしてたんだよね。だから音楽を休んでモーショングラフィックに専念していたこともあったんだけど......。2000年あたりからダーク・ガラージとかSublo soundsとかまた面白そうな音楽がロンドンではじまってきて、Jon E Cash Black Op's crew 、DMZ、More Fire Crew、ディジー・ラスカルなどなど。これらのサウンドはグライムとダブステップとかに分かれていったんだけど、これらの音楽がはじまり出したとき、また僕も音楽に興味を持ち出したんだ。でもやはり僕には初期のUKレイヴとブリープ・レコードがエレクトロミュージックに興味を持ったはじまりだな。
■90年半ば頃ですよね? 「No Future」をはじめたのは。

ニール:「No Future」は90年代半ばにクリスチャン・ヴォーゲル、Emma SolaとMat Consumeによってはじめられた集団で、僕やTobias Schmidt、Dave Tarrida、 サイ・ベグそしてジェイミー・リデルなどのレコード・リリース、プロモーションやブッキングなどをしていた。僕たちのようなサウンドを〈モスキート〉や〈トレゾア〉でプッシュするためだったんだ。人数は多い方がいいしね。Matが僕らのレーベルと「トレゾア LP」のスリーブのアートワークをやってくれてた。あの頃のいい思い出がたくさんあるよ。ドイツでたくさんの「No Future」のイヴェントをやっていて、それは毎回楽しかったしはちゃめちゃだった。クリスチャンのスタジオにはよく行っていろんな音を録音したし、本当にいろんな事をクリスチャン から学んだんだ。僕にとっての「No Future」はポジティヴなパンク・ムーヴメントだったんだ。DIY ( Do it yourself) と他は気にせず突き進め、的な。
■〈プラネット・ミュー〉との関わりはどうやってはじまったんですか?
ニール:僕のデモをマイク・パラディナスに送ったんだ。そうしたらマイクからリリースしたいと連絡がきて、2005年から彼と一緒に動き出したんだ。その後、年間LP作りに専念して、2007に『Restaurant of Assassins』をリーリスした。それが自然に『Lord for £39』と『Bambaataa Eats His Breakfast』のLP につながったんだよね。僕が『Restaurant of Assassins』と『Lord for £39』のスリーブをデザインしたんだよ。マイクはいつも先端をいっているし、僕は彼の耳とレーベルにとても敬意を払っているんだ。彼の素晴らしい未来を願っているし、この濁った音楽業界をいい方向に導き続けて欲しいと願っている。
■あなたのレーベル〈スカンジナヴィア〉をはじめたのはいつですか? 音楽だけではなくデザイン・ワークもやっていますが。
ニール:〈スカンジナヴィア〉は1996年にレコード・レーベルとしてはじめた。僕がすべてをコントロールできて、僕や友人のもっとエクスペリメンタルなプロジェクトをリリースしたかったんだ。ニューヨークに移った頃、モーショングラフィックをはじめて、MTV、Rockstar Gamesのデザインをしたり、エフェクト・アニメーション・アーティスト、Jeremy Blakeのために僕がサウンドデザインをやったりした。そういえば〈プラネット・ミュー〉や〈トレゾア〉からリリースしたほとんどのレコードには〈スカンジナヴィア〉のロゴがどこかに入っている。僕の頭のなかではオフィシャルな〈スカンジナヴィア〉のリリースだと考えているよ。〈スカンジナヴィア〉のロゴは僕のアーティストとしてのサインなんだ。
■ライヴ・セットに関してお聞きしたいのですが、毎回違う音楽スタイルのライブセットだと思うのですが、毎回スタイルに合わせてセットアップは変えているんですか?
ニール:だいたい同じ機材でのセットアップだよ。DJと同じで新しいものが出たら古いものをそれに変えたりしていまのセットアップになっている。いまはElektron Machinedrum、MonomachineとKorg ESX-1とAbletonを使っているけど、地元のギグではYamaha DX-200とKord Space Echoも使うんだ。90年代はRoland TB-303、 SH-101、Tr-808,Tr-909、Akai S900 、Atari St、Sequential Circuits 黴Pro-OneとEmu Sp-1200なんか全て持ち出してたけど。笑 すごくいい音でできるけど壊れる確率が多くて......。だからいまは古いアナログでKorg ESX-1にRoland Jupiter 8 と 6 keyboardsをつなげたりして使っている。それでもあの昔のアナログの雰囲気を味わえるからね、他の機材を壊すリスク無しで。
■機材が壊れたりしたことはあるんですか?
ニール:ツアーしている時に起こるときもあるよね。僕のスーツケースが飛行機の荷物を運ぶトラックに轢かれたことがあったんだ。そのあとロンドンでサブヘッドのイヴェエントでプレイしたんだけど、プレイ中に僕のTR-909が爆発したことがあったよ(笑)。
■(笑)。それは大変でしたね。この6月までギグのスケジュールがはいっていると聞きましたが、そういうことが起こらないことを願いながらこれからの予定を教えてください。
ニール:これからどういう方向で行くのかまだ決まっていないんだ。今はスタジオから離れて、これからの自分のスタジオと将来の方向性を考えていこうと思っているんだ。6月まではいろんな国でのギグが入っているのでそのあいだに考えるつもり。
■では、これからのリリースについて教えてください。
ニール:ちょうどベルリンの〈Killekill〉から「Night Train」という12インチをリリ-スしたばかりで、これにはサイ・ベグとコラボレーションしたトラックも入っているんだ。それからJerome Hillの〈Don't records〉からテクノ・ヴァージョンのベルトラムの「Energy Flash」とブレイク・バクスターの 「Sexuality」が4月日にリリースされるよ。それにオランダのレーベル〈Shipwrec〉からもMat Consumeとコラボレーションしたものと、今年の終わりにはJ D Twitch とともに新しいDoubleheartの12インチをリリースする予定なんだ。
■ところで日本に初めて来たのはいつなんですか?
ニール:1995年にリキッドルームで初めてプレイしたんだけど、あれは僕のキャリアのなかでもいちばん思い出に残っているんだ。〈ピースフロッグ〉 のパーティでとても混んでいた。そういえばそのときのイヴェントのDATレコーディングを最近見つけたんだよ! どこかにアップしなきゃなぁ。
■その後も来日していますよね?
ニール:今まで何回か来ていてその度に日本が好きになる。ただ歩き回ってるだけでもすごいトリッピーな国だね(笑)。僕は和食が大好きだし、エレクトロニクスも文化も好きだな。あ、それに70年代から90年代のトヨタのランドクルーザーの40と60シリーズモデルの大ファンなんだよ。日本の技術は高品質で長持ちするようにつくられている。正直、僕は日本のデザインや技術で作られたものなしでは生きていけないと思うよ。
■4月5日にDommune、4月7日に渋谷AMRAXで行われるFIERCESOUNDSでプレイしますが、どんなセットでいくんですか?!
ニール:もちろんLandstrummスタイルだよ。
■日本のファンの皆さんに一言。
ニール:Ganbarimasu! 是非ギグに来て 声かけて欲しいな。
FIERCESOUNDS 5th ANNIVERSARY -
NEIL LANDSTRUMM
2012.04.07 (SAT) @ AMRAX
NEIL LANDSTRUMM、MAYURI、DJ BAKU、DJ DAIKI and more.
Open 22:00
Door ¥3500
Info.03.3486.6861 AMRAX
Neil Landstrumm
King of UK Bass Music。最先端、革新的なエレクトロニック・ミュージックのパイオニアとして知られる彼は、1995年に〈ピースフロッグ〉から「Brown By August」をリリースしてその華々しいキャリアをスタートさせる。これまで、〈ピースフロッグ〉を含む〈トレゾア〉、〈Sativae〉、〈ソニック・グルーヴ〉、〈モスキート〉、〈プラネット・ミュー〉など、世界的に影響力のあるテクノ/エレクトロニックレーベルから数々のレコードを実験的、斬新な音と共にリリースし、その新しい表現は世界中からの注目を浴びその独特のスタイルや世界観は彼のコピーアーティストを生むほどの影響力を持つ。
また、グラフィックアーティストとしても有名な彼は、音楽のみならずグラフィックデザインや洋服のデザインまでも手がける革新的なレーベル〈スカンジナヴィア〉を立ち上げ、これまでクリスチャン・ヴォーゲル、サイ・ベグ、Mike Fellows、Jeremy Blake、Bill Youngman、 Tobias Schmidtなどの世界的に著名なアーティストの作品をリリースし、レーベル・オーナーとしても成功を収めている。現在はUKエジンバラでWitness Rooms Studioを運営、最近ではゲームソフトの開発にまで着手し、音楽面ではDJシャドウの新しいプロジェクトのリミックスを手がける世界で唯一のアーティストとして選ばれるなど、天才とも言うべき彼の才能は留まるところを知らない。今年、2月にベルリンの〈Killekill Records〉からEP「called Night Train」をリリースした。
www.scandinavianyc.com
自分もミキサーとして参加するグループJintana & Emeraldsの7inch "Honey/Runaway" の特典オールディーズDJミックス収録曲紹介します。
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Doopees - Love Songs (Love Is A Many-Razor Bladed Thing) - For Life まずは、オールディーズ/ガールポップの傑作という側面も持つDoopees "Doopee Time"(95年)からこの曲を、イントロとしてプレイさせてもらいました。 |
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The Exciters - Do-Wah-Diddy エリー・グリニッチ&ジェフ・バリーのコンビのペンによるご機嫌な一曲。 |
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The Shirelles - Baby It's You ビートルズによるカバーも有名ですね。イントロのコーラス聴いた瞬間に、この曲の世界に飛び込めます。 |
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Roy Orbison - Blue Angel 歌・コーラス・曲の展開、すべてが完璧で、何度でも聞き返せる最高曲。 |
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Dion - Go Away Little Girl 大滝詠一師匠は、キャロル・キングのペンによる曲ではこれが一番好きとの事。ジェリー・ゴフィンの詞の展開に合わせ、堪えきれず溢れてしまう感情のような進行とメロディー、そして勿論ディオンによる歌唱も切ない。 |
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Martha And The Vandellas - Love (Makes Me Do Foolish Things) 大大大好きなマーサ&ザ・ヴァンデラスからはこの曲。一家に一枚マーサ&ザ・ヴァンデラスです。 |
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Irma Thomas - While The City Sleeps ランディー・ニューマンのペンによる、洒落が効いた構成が心地よい一曲。 |
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The Crystals - He's A Rebel フィル・スペクター手がけるド定番曲ですが、やはりJintana & Emeralds的には外せません。何度聞いても熱くなるグルーヴが最高です。 |
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The Four Tops - I Can't Help Myself (Sugar Pie Honey Bunch) 理屈抜きに、流れはじめた瞬間から何度でも心掴まれる、音楽の魔法つまってます。 |
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The Basin Street Boys - Summertime Gal 最後の曲はこちら。夏を待ちわびて、アーリー・ドゥーワップから選曲。玉&乱です。 |
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dos - dos y dos - Org Music |
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The Analogue Cops & Blawan - Cursory Ep - Vae Victis |
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The Analogue Cops , Blawan & Ryan Elliot - Big Family Ep - Restoration |
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Axel Boman - My Dirty Laundry - Studio Barnhus |
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Arttu - Soul Stream - 4 Lux |
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MRSK - Twirl / Pinkman - Skudge |
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Eats Everything - Entrance Song - La Musique Fait La Force |
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Eats Everything - Eats Everything Ep - Dirty Bird |
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Unknown Artist - Coat Of Arms , BrEaCh Remixes 2012 - Pets |
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Move D - AnneWill TheRemixes Pt.1 - LiebeDetail |
その前日まで発熱して倒れていた僕はその土曜日、久しぶりに梅田のレコードショップに寄って、ブルース・スプリングスティーンの新譜を買ってから京都に向かった。音を聴く前に訳詞を読んでみると、スプリングスティーンは怒っているようだった――おそらく彼がかつて熱く支持した民主党政権に、そして間違いなく、彼が愛する自分の国に。若者たちに呼びかける。「怒りを持ち続けろ、怖気づくな」。それはオキュパイに参加した若い世代からすれば、親父のウザい説教のように聞こえるのかもしれない。しかし僕は、それを超大物とはいえミュージシャンが引き受けていることに感服せずにはいられなかった......わたしたちはこの国に、スプリングスティーンがいないことを嘆くべきなのだろうか?
その日、京都の歴史あるライヴハウスの磔磔のステージに現れたのは、そこに集まった観客とさして変わらない若者3人だった。ゆったりしたテンポのループにリズムが刻まれれば、オープニングはバンドの新時代の宣言となった"荒野"だ。「とにかくここは目的地ではなく/まして楽園でも天国でもない」
そのどこか危なっかしくも、勇ましい言葉がオーディエンスの温度をじっくりと上げていく。
2011年のアメリカがオキュパイ以前/以後に分けられる年だったとすれば、日本においては......言うまでもないだろう。アナログフィッシュはその以前/以後の境目辺りで、主に言葉の面において覚醒したバンドだ。ロック・バンドとしてはこの国においては珍しく、社会への視線を隠そうとせずに、しかもそれを自らの生活に引き寄せて表現することに挑んだのが『荒野/On the Wild Side』とい うアルバムだった。11年の3月よりも前に出来ていた言葉を収めたそれらの楽曲は、しかし3月以後に重い説得力を孕むことになってしまった。「朝目が覚めてテレビをつけて/チャンネルを変えたらニュースキャスターが/戦争がおきたって言っていた」"戦争がおきた"
テレビを隔てたその距離の途方のなさに、わたしたちは改めて思い知らされることになった......。

この日のライヴはベスト盤『ESSENTIAL SOUNDS ON THE WILD SIDE.』のリリースに合わせたものであったため、過去の楽曲と『荒野』に収録された楽曲をシームレスに繋ぐ意図があったものだと思われる。実際のところ、それはほとんど成功していた。ライヴを通して3人の演奏は衒いがなく情熱的で、エネルギッシュだ。過去の代表曲"アンセム"のストレートなギター・ロックと、最新作の複雑めのリズム・パターンを持ったナンバーとが等しく受け入れられる。『荒野』においてアナログフィッシュが見せた変化に戸惑った古くからのファンもいただろうと想像するが、バンドは彼らを置き去りにするようなことはしない。瑞々しく開放的な"Na Na Na"でオーディエンスの腕を挙げさせれば、「超 得意な曲やります」と言って演奏された"平行"ではうねるベースラインとハードコアばりの荒々しい演奏で圧倒する。
しかしそれでも、僕は『荒野』のナンバーが光っていたように思う。リズムの勇猛さが過去の楽曲よりも増しているのは、重さを持った言葉をドライヴさせるためなのは間違いないだろう。その増強されたビート感覚が、ライヴではいっそう映えていた。"PHASE"での2拍3連のスネアのリズムの逞しさに会場の熱はピークへと達し、「失う用意はある? それとも放っておく勇気はあるのかい」のキメ台詞は合唱となった。それと、改めて発見したことがいくつかあって、まずひとつは、言葉数が多く弱起や小節からはみ出すフレーズがヒップホップのフローにも近い快感を生み出していたこと。"Hybrid"でギターを置いて、マイクだけを握って歌う下岡晃の姿はヒップホップMCのようだった。そこで懸命に伝えられるのはこんなフレーズだ――「正義という名の暴力/エコにまぎれた広告」
そしてもうひとつは、思っていたよりもコーラスが多いことだ。ツイン・ヴォーカルで佐々木健太郎と下岡晃がそれぞれ担当した歌詞の曲のリードを(主に)取るスタイルなので、曲によってフロントマンがはっきりしているかと思っていたのだが、実際はドラムの斉藤州一郎も加わってポリフォニックな「歌」になる場面が非常に多かった。そのあり方は、ちょうどフリート・フォクシーズにおいてフロントマンのロビン・ペックノールドがコーラスのいち部になるように、いまのUSインディのムードと緩やかにシンクロする部分もあるのかもしれない......というようなことを考えていたら、"確率の夜、可能性の朝"ではわざわざ指示を書いて観客に配られていた紙を使って、そこに集まった全員でのコーラス大会になった。何度かの練習の後、見事なハーモニーが生み出される......それは1月に観たザ・ナショナルのライヴにおいて、アコースティック・ナンバーがオーディエンスとの合唱で再現されたのと同じことのように僕には感じられた。ステージの上も下もない、ヒーローもリーダーもいない、「わたしたち」のハーモニー。アナログフィッシュはごく自然に、それを手に入れていた。
ダブル・アンコール。そして、僕がその日もっとも胸を打たれたのはそこで演奏された、新曲のフォーク・バラッド"抱きしめて"だった。そう、『荒野』の楽曲は厳密には「以前」のものだった。だがこの新曲は、まぎれもなく「以後」の歌だったのだ。まだ仮のものだという歌詞を、ここに掲載するために教えてもらった。
危険があるから引っ越そう
遠いところへ引っ越そう
畑と少しの家畜をかって
危険が去るまでそこにいよう
いつまでなんて聞かないで
嫌だわなんて言わないで
ねぇどこにあるのそんな場所がこの世界に
もうここでいいから思いっきり抱きしめて
"抱きしめて"
それは当事者と非当事者を分けることのない、逃げ場所のない国で生きるしかないわたしたちのラヴ・ソングだった......というのは、僕の感傷に過ぎないのだろうか。わからない。けれども人称はぼやけ、素朴だが痛切な愛の歌はオーディエンスの間にゆっくりと染みこんでいった。
社会やそこで生み出される矛盾に対する戸惑いを、アナログフィッシュは歌う。しかしそれはあくまで、日本で生きる普通の若者のひとりとしてだ。ずっと聴きたかったラヴ・ソングを聴けたような気がしたその夜の僕は、スプリングスティーンのアルバムを聴かずに眠った。

伊達なのか真剣なのか、おしゃれなのか天然なのか、敵対的なのか友好的なのか、たとえばアリエル・ピンクは筆者にとって真剣であり、天然であり、友好的であるのだが、パンクス・オン・マーズことライアン・ハウの音楽は何度聴いてもそこがよくわからない(むろん人間の意識という複雑性に敬意を表して補足するならば、アリエル・ピンクも部分的には伊達であり、おしゃれであり敵対的である)。実際にアリエル・ピンクと比較される彼の宅録スキゾ・ポップにはビビッドな個性と才能がありありと刻まれているのだが、どうも小骨が喉にひっかかるというか、その真意や正体がはっきりとつかみきれず、またなんとなくいやがらせというか悪意のようなものが発せられているような気もして、個人的に居心地が悪い思いで聴いていたのである。だがそのあたりのひっかかりがとあるインタヴューを目にして腑に落ちたので、昨年作ではあるが取り上げたいと思う。
結果として「いやがらせ」のモチベーションは充分にあったということになるだろう。ライアン・ハウには昨今のローファイ礼賛といったインディ・ミュージック・シーンのムードに対する強い反発がある。自らが主宰する〈ラットガム〉からのデビュー作がカセットテープ・オンリーであったりすることをおいても「きみがそれを言うのか!?」というつっこみが避けられないほどハウ自身がみごとにローファイ・マナーのフロンティアであることは疑いをいれないが、彼が標的とするのはどうやら「チル」や「トロピカル」というタグのついたムーディな音――おおむねウォッシュト・アウトや『ライフ・オブ・レジャー』のジャケットが一夜にして築きあげたイメージを指すのだろう――であるらしい。
「ミュージック」という単語をわざわざ「ミュー」と「シック」に分けて表記するハウは、それらを自己満足的で商業目的の「シック(sick)」な音楽としてみなしている。そこに対置させる意味合いでだろうか、彼が参照するのはパワー・ポップやグラム・ロックだ。しかし、ある特定のアーティストへの強い思い入れがあるわけではないらしく、自らはそのパロディ、風刺画と称して譲らない。ポップ・ミュージックというものが「ミュー・シック」でしかあり得ないという悲観をバネに、ならばそれをわかりやすく世の中につきつけてやろうと「グラムパンク・ミメーシス」、「ハイパー・グラム」といったあやしげな造語を振りまき、ヴィジュアルとしては80年代の消費文化を象徴するMTV的なハリボテの絢爛などをコラージュしながら、ハイテンションな音源を攻撃的に生み出しつづける......つまり彼は彼なりの仕掛けをもってチルウェイヴのエスケーピズムに突っかかっていく、インディ・ミュージック・シーンの反逆児なのだということになる。
ローファイという録音技術史における一種の価値転倒には彼自身大きく影響を受けたようだが、それを「洗脳セット」と呼んではばからないハウは、これに対しハイファイなリアクションを起こそうという目論見を語っている。いまのところそれがどのような形で実現されているのか、耳では感知できないのだが、意図するところはわからなくもない。しかし、音を聴くかぎりではパンクス・オン・マーズにも厭世や逃避の感覚は色濃いように思われる。またベッドルームで煮詰めたようなローファイぶりやスキゾフレニックな曲構成、多動的でおちつきのないテンションとそれを沈下させるようなドリーム感なども、アリエル・ピンクはじめジェイムス・フェラーロやアンノウン・モータル・オーケストラなどに通じ、結局のところチルウェイヴの表裏というか、両者は双子のように似た存在である。だとすれば近親憎悪というべきかライバル意識というべきか、ライアン・ハウのいらだちとエネルギーはチルウェイヴの知恵熱として、次のステージをひらいてくれるものなのかもしれない。そう思うと彼の作品にもわりと素直に向き合えるようになった。
筆者が好きなのはアルバム前半の顔ともいえる"シャウト・ユア・ラングス・アウト"。華があり、目鼻立ちのくっきりとしたパワー・ポップ・チューンだ。"グラウンデッド・フォー・ライフ"もいい。手あかのついたベース・リフを楽しく再生利用している。そしてなにより彼のメロディ・メイカーとしての才能がいきいきとみずみずしく躍動している。バズコックスやエルヴィス・コステロを思わせる、わずか2分間を駆け抜けるめまぐるしくも思い出いっぱいといった卓抜なソング・ライティングは、クラウド・ナッシングスの青さをひらりとかわす。テレビのチューナーに録音機能のあるカセット・デッキを直づけして録ったような独特のサウンド・メイキングを取り去ったとしても、彼にはメロディという武器があるということを印象づけられる曲である。"タマゴッチ・パンクス・オン・セント・マークス"や"ダラー・メニュー・ドリーム"も好きで、ギターでこそないもののリアル・エステイトやウッズのギター・エクスペリメンタルに近い感触がある。ポニーテイルやダン・ディーコンのような、爆発的なエネルギーを隠し持った白昼夢ポップとも似ている。数年前にボルチモアから聴こえたものが、ミクロな形で埋め込まれているようにも思えておもしろい。
なるべく自身の音源は自身の〈ラットガム〉からリリースしたいという思いを抱いているようだが、カセット・リリースのファースト・アルバムと本LPのほかには、ダーティ・ビーチズのアルバム・リリースでも知られる〈ズー・ミュージック〉から新録7インチ・シングル「ヘイ! ティファニー」を発表している。グレイテスト・ヒッツのドラマーとして、また本名義以前にはルーク・ペリーとしても密かな注目のあった存在だ。飽きることなくカウンター攻撃をつづけ、好事家に愛されるにとどまらず、その攻撃をより広い文脈につなげていってほしいと思う。
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ROCKET JUICE & THE MOON FEATURING ERYKAH BADU
Manuela / Mark Ernestus Dub
(Honest Jon'S / 12Inch)
»COMMENT GET MUSIC
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BUBBLE CLUB
In Consequence Of A Wish
(International Feel / 12inch)
»COMMENT GET MUSIC
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ANIMATION
Sanctuary
(Sarcred Rhythm / 10inch)
»COMMENT GET MUSIC
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KRISP
Lovestomp
(Sex Tags Ufo / 12inch)
»COMMENT GET MUSIC
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MOOMIN
Sleep Tight
( Smallville / 12inch)
»COMMENT GET MUSIC
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DA SAMPLA (ANTHONY "SHAKE" SHAKIR)
West Side Sessions
(Wild Oats / 12inch+7inch)
»COMMENT GET MUSIC
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UGANDAN METHODS
Beneath The Black Arch
(Ancient Methods / 12inch)
»COMMENT GET MUSIC
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STILL GOING
D117
(Still Going / 12inch)
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無粋なことはいいたくないけれど、昨年は音楽イヴェントとNPOの関係がいやでも気になる年になってしまった。カナダではテクノのレーベルをやる場合でも国から援助が出るのは当たり前なので、あえて国からお金をもらわないでレーベルを運営することが実にクールなことになっていたりするけれど、日本にはそのような文化的インフラがないので、レーベルや赤字イヴェントを背負い込む意味がまるで違ってしまう。リスクが大きすぎるし、成功したところで金を儲けたとしかいわれないのはあまりにもヒドい。音楽を利用して金を引っ張ろうとしているNPOが横行しまくったことを思うと、商業イヴェントがどれだけ純粋なことかとムダに肩入れまでしたくなってしまう。とはいえ、ある大物ミュージシャンが援助金を受け取る前例をつくったことにまったく意味がないとも思わないので、なかなか複雑な気分ではある。ちなみにNPO法は4月から改正になります(→https://www.npo-homepage.go.jp/)。その筋の方はご注意を(笑)。
そうしたなか、第1回目のササクレフェスティヴァルが術の穴とリパブリックの共同企画で開催された。フラグメントにとって初のインストゥルメンタル・アルバム『ナロウ・コスモス104』のレビューでも告知されていたので、新しい動きを予感した人もいたことでしょう。最初はささくれUK(https://sasakuration.com/)が主宰なんだろうと思っていたら、なんの関係もなくて、帰り道に考えていたことはロウ・エンド・セオリーの日本版になるかもしれないなーという希望的推測。あるいは、良いものを観た後で芽生えてくる捻じ曲がった欲望。ならば日本のNPOに負けない不純な動機でリポートしてみるかな(子どもの皆さん、冗談ですからね。エレキングって、難しいとかいわれるけど、実際、どれぐらい、子どもの読者なのか? ラリーサ・コンドラキ監督『トゥルース 闇の告発』とか観て泣いちゃう感じ? あれは大人でもちょっと震えるか)。
これまで地球上で初めてセックスをしたのはサメだと思われてきたが、僕が会場に入るとほぼ同時にイーライ・ウォークスのライヴがはじまった。最初は音が小さいと感じたのも束の間、徐々にSEというか、メロディが派手になってくると、一気に存在感を増してくる。ビートは強いのにグルーヴが弱いので3曲ほど聴いていると、まだ時間が早いせいか、フロアは空いているので座って聴きたくなってくる。実際、黄色い声は飛んでいるのに、踊っている人はほとんどいない。ヒップホップ調のリズムなんだから、もう少し腰が誘われてもいいようなものだけど、むしろアンビエント・パートを儲けた方がパフォーマンス的にも説得力は上がったのではないかと。どちらかというとレコーディング向きのミュージシャンだということを確認した感じ。終わってからキリコを観ようと上の階に行ったら、偶然にも通りかかった本人に紹介されたので、(英語しか話せない日本人だと聞いていたので)「ナイス・トゥー・ミーチュー」とかなんとか。シャイな人でした。
メイン・ステージに戻ってくると、すでに12編成のミクスチャー・バンド、画家がエネルギッシュな演奏を展開中。クラウドも一気に増えていて、誰もが華やかなムードを楽しんでいる。最近はMCが上手すぎて、それって音楽家としてはどうなのと思うことも少なくなかったけれど、画家のMCは何を言っているのかさっぱりわからなくて、それが意外と良かったり。「ライヴの予定です」といってスクリーンに大きく映し出された文字も滲んだようになっていてまったく読めなかった。ササクレフェスはVJにも力を入れているイヴェントで、すべてのフロアのすべてのパフォーマンスにVJがブッキングされ、そのセンスも千差万別。画家のライヴが終わると同時に、福島原発にレッド・カードを突きつけている男の後姿がスクリーンに映し出され、そこからチン↑ポムとホワイ・シープ?によるパフォーマンスがはじまった。観たことのある映像がほとんどだったけれど、音楽との相乗効果で、"ブラック・オブ・デス"など、思ったよりも引き込まれてしまう(いつの間にかクラウドも隙間なくフロアを埋めている)。誰かの携帯電話がスクリーンに映し出され、事細かにやり取りされているメールの内容を読んでいると、地震があり、放射能が撒き散らされた世界で踊ったり、笑ったりしていることがとても自然なことに感じられてくる。それはなかったことでもなく、改めて考えなきゃいけないことでもない。いつもと同じだけど、いつもと同じではない。いまここでしか成立しない表現だった。
ホワイ・シープ?×チン↑ポムのラスト・ナンバー"気合100連発"からフラグメント"リクワイアード・ヴォイス"への流れは涙が出るかと思った。誰の演説を訳したものなのか、CDにもクレジットはないけれど、「人々よ失望してはならない」と大上段に振りかぶる"リクワイアード・ヴォイス"はそれこそ僕を子どもみたいな気持ちにさせてくれた。質のいい音楽がそうさせてくれたことは間違いない。フラグメントのステージは、実際、彼らのCDから想像できるよりも遥かにダイナミックで素晴らしく、腰が動いてしまうなどというレヴェルのものではなかった。ビートの差し引きから過不足なく畳み掛けられるリフレイン、さらにはあっさりと転換させるタイミングまで、クラウドは自由に操られるままに近かった。演奏が中断すると「僕らの大先輩を紹介させて下さい」というMC。誰が呼び込まれるのかと思ったら「東京ナンバーワン・ソウル・セットからビッケさん!」といわれて誰も知らない男がステージに上がってくる。呼んだ本人も「誰ですか?」を連発し、座が白けるギリギリで、ようやくビッケが姿を現した。しかし、酔っ払いすぎて3回も試みたパフォーマンスはすべて失敗。これは本当に予定になかった演出だったようで、フラグメント側が「僕らがビッケさんと知り合いだというのはカッコいいかなと思って、つい呼んでしまいました」と反省すると、ビッケも「僕もフラグメントとやったらカッコいいかなと思って、つい出てしまった」と、あまりに正直すぎて、さっきから笑い転げていた会場も度が過ぎてもはや虫の息。気がついたら「あと、1曲しかやる時間がなかった......」。
その後、フラングメントをバックに、カクマクシャカ、さらにはシンゴ02がMCで登場する予定だったものの、約束があったので会場から離れざるを得ず、ちょっと残念なことをした。フェス全体をどうこう言うには、特定のミュージシャンだけを集中的に観てしまったので、大袈裟なことは言いにくいものの、2回目があるならもちろん足を向けたいと思っている。それにしてもフラグメントはもっと観たかった。予定時間の半分ぐらいしかやらなかった訳だし、そのうち人が押し寄せてくるのは目に見えているので、すしづめ状態になる前にフル・セットは体験しておきたい。家に帰って『ナロウ・コスモス104』を聴いても、この気持ちは収まるどころか掻き立てられるばかりだった。