ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. 別冊ele-king 日本の大衆文化はなぜ「終末」を描くのか――漫画、アニメ、音楽に観る「世界の終わり」
  2. Nídia & Valentina - Estradas | ニディア&ヴァレンティーナ
  3. Bonna Pot ──アンダーグラウンドでもっとも信頼の厚いレイヴ、今年は西伊豆で
  4. Neek ──ブリストルから、ヤング・エコーのニークが9年ぶりに来日
  5. ゲーム音楽はどこから来たのか――ゲームサウンドの歴史と構造
  6. アフタートーク 『Groove-Diggers presents - "Rare Groove" Goes Around : Lesson 1』
  7. Overmono ──オーヴァーモノによる単独来日公演、東京と大阪で開催
  8. interview with Conner Youngblood 心地いいスペースがあることは間違いなく重要です | コナー・ヤングブラッドが語る新作の背景
  9. Loren Connors & David Grubbs - Evening Air | ローレン・コナーズ、デイヴィッド・グラブス
  10. interview with Sonoko Inoue ブルーグラスであれば何でも好き  | 井上園子、デビュー・アルバムを語る
  11. MODE AT LIQUIDROOM - Still House Plantsgoat
  12. Columns ノルウェーのオイヤ・フェスティヴァル 2024体験記(前編) Øya Festival 2024 / オイヤ・フェスティヴァル 2024
  13. interview with Tycho 健康のためのインディ・ダンス | ──ティコ、4年ぶりの新作を語る
  14. Black Midi ──ブラック・ミディが解散、もしくは無期限の活動休止
  15. Wunderhorse - Midas | ワンダーホース
  16. Columns ノルウェーのオイヤ・フェスティヴァル 2024体験記(後編) Øya Festival 2024 / オイヤ・フェスティヴァル 2024
  17. interview with Jon Hopkins 昔の人間は長い音楽を聴いていた。それを取り戻そうとしている。 | ジョン・ホプキンス、インタヴュー
  18. KMRU - Natur
  19. Columns 「ハウスは、ディスコの復讐なんだよ」 ──フランキー・ナックルズの功績、そしてハウス・ミュージックは文化をいかに変えたか  | R.I.P. Frankie Knuckles
  20. Fabiano do Nascimento and Shin Sasakubo ──ファビアーノ・ド・ナシメントと笹久保伸によるギター・デュオ・アルバム

Home >  Reviews >  Album Reviews > Punks On Mars- Punks On Mars

Punks On Mars

Punks On Mars

Punks On Mars

Ratgum Records

橋元優歩   Mar 30,2012 UP

 伊達なのか真剣なのか、おしゃれなのか天然なのか、敵対的なのか友好的なのか、たとえばアリエル・ピンクは筆者にとって真剣であり、天然であり、友好的であるのだが、パンクス・オン・マーズことライアン・ハウの音楽は何度聴いてもそこがよくわからない(むろん人間の意識という複雑性に敬意を表して補足するならば、アリエル・ピンクも部分的には伊達であり、おしゃれであり敵対的である)。実際にアリエル・ピンクと比較される彼の宅録スキゾ・ポップにはビビッドな個性と才能がありありと刻まれているのだが、どうも小骨が喉にひっかかるというか、その真意や正体がはっきりとつかみきれず、またなんとなくいやがらせというか悪意のようなものが発せられているような気もして、個人的に居心地が悪い思いで聴いていたのである。だがそのあたりのひっかかりがとあるインタヴューを目にして腑に落ちたので、昨年作ではあるが取り上げたいと思う。

 結果として「いやがらせ」のモチベーションは充分にあったということになるだろう。ライアン・ハウには昨今のローファイ礼賛といったインディ・ミュージック・シーンのムードに対する強い反発がある。自らが主宰する〈ラットガム〉からのデビュー作がカセットテープ・オンリーであったりすることをおいても「きみがそれを言うのか!?」というつっこみが避けられないほどハウ自身がみごとにローファイ・マナーのフロンティアであることは疑いをいれないが、彼が標的とするのはどうやら「チル」や「トロピカル」というタグのついたムーディな音――おおむねウォッシュト・アウトや『ライフ・オブ・レジャー』のジャケットが一夜にして築きあげたイメージを指すのだろう――であるらしい。
 「ミュージック」という単語をわざわざ「ミュー」と「シック」に分けて表記するハウは、それらを自己満足的で商業目的の「シック(sick)」な音楽としてみなしている。そこに対置させる意味合いでだろうか、彼が参照するのはパワー・ポップやグラム・ロックだ。しかし、ある特定のアーティストへの強い思い入れがあるわけではないらしく、自らはそのパロディ、風刺画と称して譲らない。ポップ・ミュージックというものが「ミュー・シック」でしかあり得ないという悲観をバネに、ならばそれをわかりやすく世の中につきつけてやろうと「グラムパンク・ミメーシス」、「ハイパー・グラム」といったあやしげな造語を振りまき、ヴィジュアルとしては80年代の消費文化を象徴するMTV的なハリボテの絢爛などをコラージュしながら、ハイテンションな音源を攻撃的に生み出しつづける......つまり彼は彼なりの仕掛けをもってチルウェイヴのエスケーピズムに突っかかっていく、インディ・ミュージック・シーンの反逆児なのだということになる。

 ローファイという録音技術史における一種の価値転倒には彼自身大きく影響を受けたようだが、それを「洗脳セット」と呼んではばからないハウは、これに対しハイファイなリアクションを起こそうという目論見を語っている。いまのところそれがどのような形で実現されているのか、耳では感知できないのだが、意図するところはわからなくもない。しかし、音を聴くかぎりではパンクス・オン・マーズにも厭世や逃避の感覚は色濃いように思われる。またベッドルームで煮詰めたようなローファイぶりやスキゾフレニックな曲構成、多動的でおちつきのないテンションとそれを沈下させるようなドリーム感なども、アリエル・ピンクはじめジェイムス・フェラーロアンノウン・モータル・オーケストラなどに通じ、結局のところチルウェイヴの表裏というか、両者は双子のように似た存在である。だとすれば近親憎悪というべきかライバル意識というべきか、ライアン・ハウのいらだちとエネルギーはチルウェイヴの知恵熱として、次のステージをひらいてくれるものなのかもしれない。そう思うと彼の作品にもわりと素直に向き合えるようになった。

 筆者が好きなのはアルバム前半の顔ともいえる"シャウト・ユア・ラングス・アウト"。華があり、目鼻立ちのくっきりとしたパワー・ポップ・チューンだ。"グラウンデッド・フォー・ライフ"もいい。手あかのついたベース・リフを楽しく再生利用している。そしてなにより彼のメロディ・メイカーとしての才能がいきいきとみずみずしく躍動している。バズコックスやエルヴィス・コステロを思わせる、わずか2分間を駆け抜けるめまぐるしくも思い出いっぱいといった卓抜なソング・ライティングは、クラウド・ナッシングスの青さをひらりとかわす。テレビのチューナーに録音機能のあるカセット・デッキを直づけして録ったような独特のサウンド・メイキングを取り去ったとしても、彼にはメロディという武器があるということを印象づけられる曲である。"タマゴッチ・パンクス・オン・セント・マークス"や"ダラー・メニュー・ドリーム"も好きで、ギターでこそないもののリアル・エステイトやウッズのギター・エクスペリメンタルに近い感触がある。ポニーテイルやダン・ディーコンのような、爆発的なエネルギーを隠し持った白昼夢ポップとも似ている。数年前にボルチモアから聴こえたものが、ミクロな形で埋め込まれているようにも思えておもしろい。

 なるべく自身の音源は自身の〈ラットガム〉からリリースしたいという思いを抱いているようだが、カセット・リリースのファースト・アルバムと本LPのほかには、ダーティ・ビーチズのアルバム・リリースでも知られる〈ズー・ミュージック〉から新録7インチ・シングル「ヘイ! ティファニー」を発表している。グレイテスト・ヒッツのドラマーとして、また本名義以前にはルーク・ペリーとしても密かな注目のあった存在だ。飽きることなくカウンター攻撃をつづけ、好事家に愛されるにとどまらず、その攻撃をより広い文脈につなげていってほしいと思う。

橋元優歩