「S」と一致するもの

Twinsistermoon - ele-king

 昨年の秋に小谷元彦展でみた「インフェルノ」を思い出した。半径5メートルもあっただろうか。8角堂のそれぞれ8面を滝のように勢いよく水が流れ落ちるインスタレーション。なかに入れば我々は水の壁に囲まれる形になる。といっても本物の水ではなくハイヴィジョン映像なのだが、であるがために奇妙に抽象性を帯び、日常空間をぐっと異化する装置としてひと際存在感を放っていた。カットアップされた奔流はそれぞれの平面を一定の時間落ちつづけ、その間8角堂の内部は持続的な上昇音で満たされる。厳密に音階が上がっていたのかどうか覚えがないが、落下する水音とは逆に、その電子音は息苦しいほど昂揚し、やがてその頂点で一瞬の無音を迎える。すると背後に追いやられていた水音が解放されたかのように溢れ出すのだが、今度は視覚的に、水が上昇していくような錯覚に陥るのである。錯覚ではなく、実際にそのような映像だったのかもしれない。水が上昇しはじめると、こちらの身体は落下するように感じる。しかも映像であるため水流には始まりと終わりがなく、身体の落下にもまた終わりがない。落ちているのか昇っているのか、それが水の方なのか身体の方なのか、五感を揺すぶられるというのはこんなに心許ないものかというくらい、自分が麻痺してしまう。筆者はアニマル・コレクティヴ『メリウェザー・ポスト・パヴィリオン』のジャケですら本当に酔ってしまうほど錯覚に弱いのだ。

 "ゼン・フェル・ジ・アッシィズ"はこれととてもよく似ている。「インフェルノ」は垂直方向のイメージだが、こちらは水平方向と言えばよいだろうか。進んでいるのか戻っているのかわからなくなる。軋むような弦のノイズがレイヤーを形成し、ちらちらと降りかかるクリアなピアノの高音がロマン派の名曲を彷彿させる、叙情的なドローン。25分におよぶこの長尺トラックでは、ただでさえはじまりと終わりの観念が麻痺する。やがて水音のサンプリングが挿入され、その流れがトラックの時間を牽引していく。この時間のなかで、あるテンションが持続し、昂揚していくのだが、その極点で突如歌がはじまり、時間と風景が一変する。荒涼とした丘にたつ墓標、そこに吹きつける風を思わせるすさまじき(=ものさびしい)歌は、ヴァシュティ・バニヤンと比較されたりしているが、この歌ははたして歌と呼んでよいものかどうか、言ってみるならば純度の高い「念」といったふうであって、それまで22分もピアノとギター・ノイズで覆われていたその「念」が噴き出してくるや、時間は後ろへ後ろへとものすごいスピードで流れはじめる。そのように感じられる。ちょうど「インフェルノ」の空間性を時間性に置き換えたかのようなのだ。

 ジャケットに記載された詩を読んで、この感覚が気持ち悪いほど詩の内容と符合することに驚いた。24分の楽曲において22分を過ぎてはじまるその唄は、これまでには見たことのないような暗くさびしい丘の描写からはじまる。その場所はしかし、親しきもののもとを去ってから幾度となくいた場所である......このトラックの音そのものだ。詩をみるまえに丘を思った。その意味でとても映像的だとも言える。そして唄はつづける。「いまあなたはあなたの人生の灰の上を歩く。食べるものも、自分が天にとどくという望みもなく」
 唄の出現とともに時間が逆に流れはじめるような錯覚は、この「人生の灰の上を歩く」という表現に対応するだろう。これまで過ごし、流れてきた時間が燃えていくのである。本当に悲しい、やるせない、なんのために唄われるのかわからない、「念」のかたまりだ。
 こんなものを唄い、奏でるのはいったいどんな人物なのか。ナチュラル・スノウ・ビルディングスというフランスのフォーク・デュオの片方だということだが、もうこれで3枚目となるソロ作。2007年の『レヴェルズ・アンド・クロッシングス』は日本でも注目を浴びたようだ。暗く陰鬱な狂気が渦巻くギター・ドローンには、音へのフェティシズムではなく、本当に純粋な思念が感じられる。サイケデリック・フォーク、アシッド・フォーク、フリー・フォークなどと呼んでも差し支えないと思うが、幻覚作用や覚醒作用をパフォーマティヴに意図する音ではない。思いを解放する、その意味で真に叙情的な音楽だと思う。彼の声もまたすさまじい。これが女性の声でないと、誰が思うだろう? か細く、高く、集音機にどうしても混じってしまう風のノイズのように、よりどころのない声だ。ツインシスタームーンを聴いていると、音や唄は作るものではなく、生まれてくるものだというふうに感じられるが、そのように音が生まれてくることが幸福なことかどうか考えてしまう。"ゴースト・ザット・ワズ・ユア・ライフ"や"トレイラー"など素朴なスタイルのフォーク・ソングは人生に捧げられたレクイエムだ。黒地に白い文字の詩でびっしりと覆われたジャケットも、そういう意趣かもしれない。
 ボーナス・トラックの"ア・フォールアウト・シェルター・フォー・メモリーズ"だけがすこし明るい。男声とオルガンとギターが渾然となったドローンで、その層の上に響くクリーン・トーンのギター・アルペジオが、風前のくもの巣のようにはかなく、美しい。五感を揺すぶられるように魂が揺すぶられる。それとも魂とは結局五感のことだろうか?

Amy Winehouse - ele-king

 スタンリー・キューブリックの遺作『アイズ ワイド シャット』の最後のシーンにおいて、現実との接点を失ってうろたえるトム・クルーズの脇でニコール・キッドマンが前を見ながら「ファックすることよ」とつぶやいてから4年後......当時まだ20歳だったエイミー・ワインハウスの歌う「ファック・ミー・パンプス」はリリースされた。金持ち男探しに懸命な同世代の女への攻撃を歌ったその曲をはじめとして、ワインハウスは、彼女の天才的な歌声で、さまざまな「ファック」を歌った。「早くファックしてよ」「もうあんたとはファックしないわ」......やがてマーク・ロンソンという才能と出会って、モータウンのレトロなソウルをモダンに磨いた彼女の音楽は、ゼロ年代においてもっとも重要なもののひとつとなった。

 「暗闇を彷徨っていたけどもう大丈夫/二度と酒なんか飲まない/私はただ、友だちが欲しいだけ」、この曲"リハブ"もそうだが、ワインハウスの音楽は、傷つくことを恐れるかのように直接の人間関係を忌避しようと整理されていく社会とは真逆で、彼女の心の傷でいっぱいだった。「医者に行くくらいなら、家でレイ・チャールズを聴いているほうがマシよ」、身体に悪いことがときとして犯罪のように思われ、人びとの喧噪や猥雑さから逃れようとする人たちがいるいっぽうで、彼女はサラ・ボーンから影響を受けたその声を使って、通俗的な愛の営みを求め続け、そして傷つくことがわかっていてもそれを止めなかった。"ラヴ・イズ・ア・ルージング・ゲームス"は、そうした通俗的な「ファック」を崇高なレヴェルにまで持ち上げるかのような、奇跡的な力を持った曲である。「愛は勝ち目の無いゲーム/どんなに私ががんばっても、愛には打つ手がない」、暗闇のなかの自分の魂を救うかのように、ワインハウスは胸が張り裂けそうな声で歌っている。
 それから......「あなたは私のあそこを濡らしたまま、去っていく/見込みはないわ/だからまた酔っぱらうの」、ピアノのリフが印象的な"バック・トゥ・ブラック"もまた救いようのない失意の曲である。「言葉だけのさよならをかわす/もう100回死んだわよ」

 酒とドラッグによる自堕落な生活が彼女の死を招いたという。まあそうだとしても、彼女の作品の輝きは変わりっこない。彼女はとにかく「負け」を、しかし燃えるようなその声で歌っている。「負け」を恐れずに、乗り越えるために歌っているように思える。「私があなたにしてあげられるのは/いままで通り暗闇にいることだけ/それから罪悪感になんとか慣れることぐらい」、"ティアーズ・ドライ・オン・ゼア・オウン"ではワインハウスは前向きな声でこう繰り返し歌っている。「暗闇のなかで私の涙は乾いていくのよ」

 エイミー・ワインハウスはロック・スターではない。彼女はR&B/ジャズのシンガーだった。僕は彼女の音楽を本当に何回も繰り返し聴いたものだった。彼女の音楽には、通俗的で、身近で、いろいメンドクセーし、気が滅入るほど大変なことが多いけれど、しかし生々しい愛があった。それはいくら傷ついていて、そしてまた深い悲しみを経験しても、決してうろたえることのないものに感じられる。エイミー・ワインハウス、レスト・イン・ピース。

[zettai-mu] サマー・オブ・ベース! - ele-king

 国際的なベース・ミュージックの盛り上がりとともに、最近はますますヤバイことになっているともっぱら評判の「ZETTAI- MU」がこの夏も京都と東京の二箇所で、超豪華な布陣をもって低音を響かせるようです。
 以下、今回もまた「ZETTAI- MU」から熱いメールが来たので紹介しますね!

 16年もの間ヴェニューを変えながら開催されてきたアンダーグラウンドパーティ「ZETTAI- MU」。今年5月にはAIRのサウンドシステムを200%フルに生かした奇跡的なイヴェントは東京のシーンに革命の狼煙を上げた。
 今回、葉族の帝王"AUDIO ACTIVE"よりその中心人物、MASAMATIXが遂にソロ・アルバムの発表を期に登場! 野太いリズムとダブの幻惑を備えたスペーシーでサイケな極上のブツをフロアにもたらす。
 伝説のレゲエ・ダブ・バンド"MUTE BEAT"の首謀者であり、日本のレゲエ・ダブシーンのオリジネーター、KODAMA KAZUFUMI。
 音楽にしかないアルティメット・フリーダムを目指して進化し続ける冒険家、DJ QUIETSTORM、そして UNITED FUTURE ORGANIZATION(U.F.O.)のメンバーとして自ら切り拓いてきたワイルドサイドをいまも独自のセンスとオリジナリティで突き進む、矢部直とのユニット、Righteous。
 多彩なアプローチから魅惑のダンスミュージックを生み出し続け、すでにヨーロッパではダブステップのパイオニアとして揺るぎない地位を確立するサウンド・オリジネイター、GOTH-TRAD。
  暗く美しい唯一無二の世界観と、壮大な情景を描写する様な音 楽性はアンダーグラウンドなファンから絶大な支持を仰ぎ、エレクトロニック・ミュージックの根底から決してブレる事のない姿勢を通すAmetsub。
  そして不動のレジデント、KURANAKA1945。体中を行き来する超重量級ベース、フロアを狂喜乱舞させ る獣の様なダブ・エフェクト、開放的な上物と相まって叩き打つリズム。トレンドが目まぐるしく移り変わるクラブ・シーンのなかで、これだけのヒスト リーを刻んできたパーティの存在は貴重。ここに来て、その価値を身体で感じてほしい。盆の幕開け、天に届く光を......


2011.8.5 (FRI)
ZETTAI-MU MONTHLY GROUNDATION in KYOTO @ WORLD

"Word Sound and Power "

::Cast::
REBEL FAMILIA
GOTH-TRAD (DEEP MEDi / BACK to CHILL)
KURANAKA 1945 (Zettai-Mu)
KIHIRA NAOKI (S.I)

VISUAL&LIGHTING : ekran + friends
710.beppo(Vokoi+FURUDATE Ken) + TSUJIO Mayumi + Kezzardrix

SHOP: AURA / DUMBO

@ 世界WORLD
Info tel: 075 213 4119(WORLD)
ADDRESS: 京都市下京区西木屋町四条上ル真町97 イマージアムBF~2F
WEB SITE : https://www.world-kyoto.com/

OPEN/START. 22:00
¥2,500 ADV
¥3,000 DO

https://www.zettai-mu.net/news/1108/0805_world/0805_world.html
https://www.world-kyoto.com/schedule/2011/8/5.html

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2011.8.13 (FRI)
ZETTAI-MU MONTHLY GROUNDATION in TOKYO @ AIR

"Pathways of Lights"

:: Cast ::
MASAmatix (AUDIO ACTIVE)
KODAMA KAZUFUMI (DUB STATION)
KURANAKA 1945 (Zettai-Mu)
Righteous a.k.a
矢部 直 (U.F.O) & DJ QUIETSTORM (中 目黒薬局)
GOTH-TRAD (DEEP MEDi / BACK to CHILL)
Ametsub (nothings66/progressive form )

::B1F LOUNGE FLOOR::
JAHTOME
jitsumitsu(P.V.C.)
Paka & lolo(DUBCHAMBA,RYUTA)
SANDNORM(OVA/bonobo)
G1 & RTBW(Splatter House DJ's)

@ AIR
Info tel: 03-5784-3386(AIR)
ADDRESS: 東京都渋谷区猿楽町2-11氷川ビル B1, B2
WEB SITE : https://www.air-tokyo.com/

OPEN/START. 22:00
¥3,000 Admission
¥2,500 w/Flyer
¥2,500 AIR members

https://www.zettai-mu.net/news/1108/0813_AIR/0813_air.html
https://www.air-tokyo.com/schedule/612.html

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 〈パラダイス・ガラージ〉は、たくさんの、本当にたくさんの人たちのこうした思い出の中心だった。閉鎖10年以上経った今日も、〈ガラージ〉は聖なる場所として敬意をもって語られる。彼らは、そこは避難所であり、箱船であり、教会であり、寺院であり、家だったと言う。命を救われた、ストリートから足を洗うきっかけになった、生きる目的を与えられたと多くの人が口にする。こうした言葉でディスコを表現するのは奇妙に思えるかもしれないが、私たちは実際にひとつの部族のようだったし、部族の人々が何千年もやってきたことを、私たちも行っていたのだ。共に踊り、祝福することを通してコミュニティを築いた。古代の先祖たちのように、ドラムを叩き、顔にペイントし、月明かりの下で踊る、私たちはその同性愛者版の化身だっただけなのだ。私たちにとってそれが特に重要だったのは、ディスコから一歩外に出れば、まだ社会の除け者だったからだ。
――メル・シェレン『パラダイス・ガラージの時代』(浅沼優子 訳)


 僕がそのニュースを最初に知ったのは、ブルックリンのバンド、グリズリー・ベアのメイン・ソングライターのエド・ドロステのツイートだった。「7年付き合っている相手と今年結婚する予定のゲイとしては、このNYの平等な結婚でどれだけ興奮しているか説明できないぐらいだよ! (エド)」
 6月24日ニューヨーク州で、同性婚を合法とする法案 が州議会で可決し、ニューヨークはアメリカで同性婚を認める史上6番目の州となった(アメリカでは民法に当たる法律は主に州法である)。そのような話が進んでいたことを迂闊にも知らなかった僕は、次々流れてくるミュージシャンたちの歓喜と祝福のコメントを見て胸が熱くなり、次の瞬間それをネットでしか見られないことが残念に思えた。いま、ニューヨークはどんなに沸いているだろう!
 ......実際、ニューヨークの地元紙では大いに沸くゲイ・ピープルの写真が一面を飾り、そして週末のゲイ・プライドは相当な盛り上がりだったそうだが、その熱は日本にはほとんど伝えられていないように思われる。

 結婚というのは公的な制度であるので、同性婚が認められることによってさまざまな法的な権利がクリアになる。まずはこれが大きい。住居のこと、子どもを持った場合の親権、終末医療の問題、相続など......同性婚の是非についてはいまアメリカでもっともホットな議題のひとつだが、反対論者は根拠として宗教的・倫理的なものを挙げつつ、マイノリティの権利が拡大することを牽制している部分も大きいと僕は考えている。同性婚支持者が「平等な結婚」と表現するのもそういった理由だろう。
 だがそれ以上に、やはりこれはゲイとレズビアンにとってひとつの夢の達成である。結婚とはロマンティックに言えばその「愛」を社会が認める、ということだ。同性愛者たちが日陰のなかで生きる必要はなくなり、その愛を祝福されるときが訪れたことを告げている。それが、ニューヨークで実現したことは非常に重要なことである。

 ニューヨークはゲイの歴史にとって因縁の深い街だ。古くからアメリカ中、世界中からゲイが逃れるように集まりコミュニティを形成してきた都市であり、ここで1969年に起きた同性愛権利運動の端緒とされるストーンウォールの反乱は「ヘアピンの落ちる音が世界に響き渡った」という名文句とともに語り継がれている。ゲイ・カルチャーは長年アンダーグラウンドで発展を続け、ディスコが〈パラダイス・ガラージ〉とフリー・セックスの享楽のなかで頂点を迎える。そして地獄のようなエイズ時代も、この街は嫌というほど経験した。多くのものを喪いながら、いまでもニューヨークはたくさんのゲイたちが動かしている。

 ニューヨークのゲイ音楽にとって、ここ数年でのエピックはヘラクレス・アンド・ラヴ・アフェアの登場だろう。彼らはシカゴ・ハウスそして〈パラダイス・ガラージ〉の記憶と亡霊たちを召喚し、ディスコがいったい誰のための何のための音楽であったのかを完璧に思い出させた。地下のダンスフロアにダンスとセックスの快楽を求めに逃げてきたアウトサイダーたち、彼らがただすべてを忘れて踊るためだけの音楽。そして何よりも重要なのは、彼らはゲイ・カルチャーにおける、いや、ゲイの生における、愛ではなく孤独を、誇りではなく屈辱を、光ではなく影を、「今一度」鳴らしたということである。
 ゲイ・ポップスの多くは、多様な生き方とありのままでいること、それに「愛」を肯定し、それをほとんど過剰なまでにアッパーに祝福する。それはマイノリティであることの誇りを促すレインボー・フラッグの主張と合致するのだが、いまでも偏見が根強いことを思えばとても切実で、価値のあるものだとは思う。多くのゲイに支持されるレディ・ガガが歌っているのも基本的にそのようなことである。だが、その切実さがいったいどこから生まれたものか、時として見失われていることがあるようにも感じるのだ。
 ヘラクレス・アンド・ラヴ・アフェアが表現していることは、アントニー・ハガティをディーヴァに仕立てた"ブラインド"に集約されている。子どものころ、星が輝けばこの暗闇を後にできると思っていた。けれども年老いて、星は頭上で輝いているけれど、それは過去と未来とを悲痛に照らし出すだけで、「いま」を映し出しはしない。私は孤独で、何も見えないようだ......。"ブラインド"ではそのようなことが歌われている。その絶望的なまでの真実としての孤独をディスコのグルーヴに乗せることで、ただ刹那的なダンスを生み出している。それはまるで......その昔、毎晩ディスコに通い快楽に酔いしれ、エイズで命を失ったたくさんの名もなきゲイたちの記憶とともに踊るようだ。ヘラクレスの首謀者のアンディ・バトラーはどうしようもなくロマンティストであり、"ブラインド"はフランキー・ナックルズのリミックスによってはっきりとあの時代へと接続される。
 その暗闇は、たとえ時代が変わってもすべてのゲイが知っているものである。人生のある時点で、自分がこの世界でははみ出し者であると事実としてはっきりと悟るあの瞬間のことだ。誇りもありのままに生きることも、そして「愛」も、その暗闇がなければ輝くことはない。

 ニューヨークの同性婚の合法化は、かの地の同性愛者たちの長年の努力の結実である。彼らは警官に暴力を振るわれ、エイズで多くの恋人たちと友人たちを喪い、それでも権利を訴えることをやめなかった。それは、たとえ「社会の除け者」であることを自覚していた前世代のゲイたちのディスコ・ビートが鳴り止んでも、その想いは潰えなかったことの証明でもある。翻って、ストーンウォールの暴動が起こりようもないここ日本では、同性婚は夢物語だろうか、いや......。
 いまでも"ブラインド"を聴きながら目を閉じれば、ニューヨークのゲイたちの生と死に想いを馳せることになる。そしてニューヨークでも日本でも、あるいは世界中のあらゆる場所で、マイノリティにとってその暗闇は同じ冷たさに支配されていることが伝わってくる。すべてはその影から生まれる。やがてそれを知る者が、光と愛を求めて地上へと足を踏み出すだろう。

Chart by JET SET 2011.07.25 - ele-king

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1

砂原良徳

砂原良徳 LIMINAL »COMMENT GET MUSIC
10年ぶりのリリースとなる話題の5thアルバム『Liminal』が、ゲートフォルド・スリーヴの豪華2LP仕様にてアナログ化。益子樹氏(ROVO)がミックスとマスタリングを手掛け、ムーグ山本氏(Buffalo Daughter)がアート・ワークを担当。

2

COS/MES & CHIDA

COS/MES & CHIDA 12 INCHES FOR JAPAN (1) »COMMENT GET MUSIC
ESP Instituteの日本トリビュート企画第1弾は、Funiki/ENEタッグ!!日本の復興への手助けとしてESP Instituteが企画した限定アナログ・リリース企画"12 Inches For Japan"第1弾となるのは、今まさにヨーロッパ・ツアーを絶賛敢行中の2組、Cos/Mesと、Chidaによるスプリット・リリース!!

3

SOULPHICTION / MISSING LINKX

SOULPHICTION / MISSING LINKX FULL SWING »COMMENT GET MUSIC
Michel Baumann a.k.a. Jackmateによる人気2ユニットのスプリットEP。どちらの面がSoulPhictionでMissing Linkxか明確な表記がないので判りませんが、それもどちらでもいいと思える傑作です!!

4

JOHNWAYNES

JOHNWAYNES LET'S GET LOST VOL.8 »COMMENT GET MUSIC
ポルトガルの気鋭Johnwaynesが前作に続いて連投のLet's Get Lost第8弾!!Nittin Sawhney、Sheila Chandraなどをネタにした前作も好評を博したJohnwaynesによるLet's Get Lost第2弾は、またしてもヒットの予感大な内容です!!

5

FUNKINEVEN

FUNKINEVEN ROLANDS JAM »COMMENT GET MUSIC
好調なリリースが続くFoalting Points主宰レーベルから新着!!レーベル10番"Heart Pound"に引き続き、オールドスクールなエレクトロ/アシッド節が全開している"Eglo"きっての鬼才FunkinEvenによる新作3トラックス。

6

ZARA MCFARLANE

ZARA MCFARLANE CHIAROSCURO / NIGHT AND DAY »COMMENT GET MUSIC
Brownswoodからまたもや逸材。大注目女性ヴォーカリストのプロモ・10インチ限定入荷!!Giles PetersonのBrownswoodが送り出す新鋭ヴォーカリスト、Zara Mcfarlane。B面はCole Porter定番"Night And Day"のスタイリッシュ・カヴァーです!!

7

GHOSTFACE KILLAH

GHOSTFACE KILLAH APOLLO KIDS EP »COMMENT GET MUSIC
あのDJ Premierも2010年度の年間アルバム・チャートNo.1に挙げ、豪華客演陣も話題となった9thアルバムから全8曲を収録。LPは現時点で未発売ですので、この機会に是非!

8

MURO

MURO DIGGIN'ICE MURO'S BREEZY SOUL - / »COMMENT GET MUSIC

9

MIRKO LOKO VS STACEY PULLEN

MIRKO LOKO VS STACEY PULLEN DEUX ELEMENTS »COMMENT GET MUSIC
元相方のRippertonに比べると寡作ながらどれもが高水準な内容のMirko Lokoと、こちらもリリース・ペースは全盛期に比べると落ちてきたとはいえいまだ現役のデトロイトTransmat門下生Stacey Pullenによる充実したコラボレーション。

10

FOUNTAINS OF WAYNE

FOUNTAINS OF WAYNE SKY FULL OF HOLES »COMMENT GET MUSIC
Chris Collingwood、Adam Schlesinger率いるN.Y.の世界最高峰パワー・ポップ・バンド、F.O.W.。2007年の"Traffic And Weather"以来となる5th.アルバム!!

Chart by JAPONICA 2011.07.25 - ele-king

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1

IFEEL STUDIO

IFEEL STUDIO MORGENGRUSS III INTERNATIONAL FEEL / URY / 2011/7/22 »COMMENT GET MUSIC

2

V.A. [LARRY HEARD / MOODYMANN / OSUNLADE]

V.A. [LARRY HEARD / MOODYMANN / OSUNLADE] MOXA VOL.1 - FOLLOW THE X REBIRTH / ITA / 2011/7/22 »COMMENT GET MUSIC
廃盤状態となっていたMOODYMANN"I'D RATHER BE LONELY"の再収録をはじめ、当コンピレーションのために制作された新曲となるLARRY HEARD"WINTERFLOWER"、そしてOSUNLADE"MOXA'S THEME"の豪華顔ぶれによる絶品アナログ・サンプラー!

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GROOVEBOY

GROOVEBOY GROOVEBOY EP3 UNKNOWN / US / 2011/7/21 »COMMENT GET MUSIC
80S'R&B名曲ALEXANDER O'NEAL feat. CHERELLE"NEVER KNEW LOVE LIKE THIS"をMARK E/EDDIE Cばりにざっくりとミニマル・ビートダウン化したA面"LOVE LIKE DIS"、そしてこちらも80S'ソウル名曲にしてサンプリング・ソースとしてもお馴染みのMTUME"JUICY FRUIT"を斬新にもレゲエ/ダブ・テイストでリコンストラクトしてしまったB面"WHAT U ARE"の今回も現行シーンの流れを的確に突いたDJフレンドリーな好エディットを披露の最高すぎる2トラック!

4

JOHNWAYNES

JOHNWAYNES HOOMBA HOOMA LET'S GET LOST / UK / 2011/7/22 »COMMENT GET MUSIC
DJ HARVEYもプレイする85年リリースのアフロ/バレアリック古典PILI-PILI"HOOMBA HOOMBA"のエディットA-1にはじまり、GWEN MCCRAE"FUNKY SENSATION"のボトム・ファットなエレクトロ・ファンク・スタイルでのドープ・ビートダウン・エディットB-1、そしてレゲエ・ネタを駆使したダ ビー・ディスコ・エディットB-2と、どれもかなり良い!

5

V.A.

V.A. BLACK FEELING VOLUME 2 FREESTYLE / UK / 2011/7/22 »COMMENT GET MUSIC
LANCE FERGUSON率いるバンド・プロジェクトが様々な名義を使い分けて名曲の数々をファンク・カヴァー&コンパイルする人気シリーズ第2 弾。"NAUTILUS"のトロピカルなラテン・ファンク・カヴァーにはじまり、JORGE BEN"COSA NOSTRA"のディープ・ファンク・カヴァー、そしてJACKIE MITTOO"OBOE"、RONNIE FOSTER"MYSTIC BREW"まで、、鉄板ネタを極上ファンク・アンサンブルで再演してしまった最高すぎる一枚!

6

DENSE & PIKA

DENSE & PIKA BAD BACK / VOMEE DENSE & PIKA / UK / 2011/7/22 »COMMENT GET MUSIC
<PLANET E>周辺という情報のみで全く持って詳細不明ながらそのクオリティの高さにはついつい反応せずにはいられない漆黒ドープ・ハウス2トラック届きました!MOODYMANN/THEO PARRISH系のデトロイト・ブラックスネスにベルリン地下経由のダブ・テクノ・サウンドの質感を混ぜ合わせたドープ・ブラック・ハウス!

7

BUILD AN ARK

BUILD AN ARK THE STARS ARE SINGING TOO DISQUES CORDE / JPN / 2011/7/22 »COMMENT GET MUSIC
才人CARLOS NINO率いるスピリチュアル・ジャズ・コレクティヴ=BUILD AN ARK、結成10周年を記念するメモリアル・ニュー・アルバム!今作は過去のライブ・パフォーマンス、リハーサル、レコーディング・セッション、コラボ レーションにて残された未発表音源の数々からCARLOS NINO自身が厳選コンパイルしたというこれまでの活動歴10年での全ての年代における音源を収録したいわゆる裏秘蔵ベスト音源集的内容の一枚。

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MURO

MURO DIGGIN' ICE -MURO'S BREEZY SOUL- KING OF DIGGIN' / JPN / 2011/7/21 »COMMENT GET MUSIC
90年代「DIGGIN'ICE」シリーズ制作当時に収録候補となった楽曲や、続編用に考えていた楽曲を中心にコンパイル/ミックスしたという今 作までの 10年以上の時間の隔たりを全く感じさせない当シリーズならではのクール&ブリージンな空気感をしっかりと保った、まさに当時の秘蔵ミックス的内容の一 枚。

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COYOTE

COYOTE HALF MAN HALF COYOTE IS IT BALEARIC? / UK / 2011/7/16 »COMMENT GET MUSIC
COYOTE待望のファースト・フル・アルバム!全編に渡り揺らめくダブワイズが要所で効いた幽玄バレアリック~アコースティック・チル・トラック、ダウンテンポetc..野外/海辺での開放感ある現場やラウンジ空間でのゆったりしたDJプレイには勿論、リスニング・アイテムとしてもばっ ちり重宝する聴き心地の良い絶品内容。今夏の清涼音楽としてもいかがでしょうか。ジャケット・アートワークも◎

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DR. DUNKS / JUSTIN VANDERVOLGEN

DR. DUNKS / JUSTIN VANDERVOLGEN SO GOOD FEELING / VERSIONS KEEP IT CHEAP / US / 2011/7/11 »COMMENT GET MUSIC
首謀者DR.DUNKSサイドは和やかなミッド・クラップ・グルーヴに流麗なストリングス、色鮮やかなギター/キーボード・リフが爽快に掛け合っ ていく最高に突き抜けた絶品サマー・ブギー・トラック。そしてB面の盟友JUSTIN VANDERVOLGENサイドもバレアリック・フィールなギター/キーボード・リフが軽快に織り成すこれまた夏仕様な絶品ディスコ・トラックで、こちら 終盤あたりでタイトな四つ打ちグルーヴへと移行する展開もナイスな逸品。

Cass McCombs - ele-king

 ここのところ、僕はこのアルバムに取り憑かれている。この底の見えない暗さに、死の香りすら漂う音楽に身を沈めていることは危険だと頭では理解しつつも、聴いているとその魅力に抵抗するのさえ億劫になってくる。この歌は何も生み出さない。聴き手との親密で、退廃的で、甘美なひととき以外の何も――。

 前作『カタコンベ』が〈ドミノ〉からリリースされるまで、僕はこのキャス・マックムースというロサンゼルス出身のシンガー・ソングライターのことをよく知らなかった。気になったのは、そのアルバムのネット・メディアでの評価が異様に高かったこと、それまでにすでにグリズリー・ベアやガールズらミュージシャンたちから熱狂的な支持を集めていたことが理由だった。聴いてみると『カタコンベ』には穏やかなカントリー・ロックが収められていて、その丁寧な演奏と歌は確実に僕の好きな線だったので、僕はそのアルバムを好んで――そしてわりと気軽に――よく聴いた。『カタコンベ』にはたしかに軽快さがあったし、もっと初期の音源にはザ・スミスの影響が強く感じられるダークさのなかに煌きがまぶされたギター・ロックもあった。決して明るいタイプの音楽ではなかったが、沈み込むように重々しいばかりの音楽ではなかった。
 が、彼の5作目となる『ウィッツ・エンド』ではそんな軽やかさは消え失せていて、ひたすらスロウなバラッドが続く。冒頭の"カウンティ・ライン"からして、エレクトリック・ピアノの柔らかい調べの上でキャスがソウルフルな歌をゆっくりと聞かせるナンバーだ。「君は僕を愛そうとすらしなかった/君が僕を欲しがるために僕は何をするべきだったんだろう?/何も見えない、標識もわからない」......。その痛みがただ穏やかに歌われる。続く"ザ・ロンリー・ドールズ"は夢見心地のワルツで、その甘さにかえってぞっとする。アレンジはごくシンプルに削ぎ落とされ、感情は抑制され、演奏はメランコリアを纏いつつ静かに続けられる。
 この歌を聴いていると、それはどこかで現世を諦めてしまった人間の呟きのように聞こえてくるのはどうしてだろう? 彼が一時期アメリカを転々としながらボヘミアンのような生活をしていたことも関係しているかもしれないが、その正確な説明にはならない。アウトサイダーであることが簡単に許されないこの時代に、彼はここで世間を嫌うようにひとり自分の傷と孤独をえぐっている。"ブリード・アライヴ"、すなわち「生き埋め」ではその重々しいフォーク・チューンに乗せて「たぶん僕は間違えている」と歌い、"メモリーズ・ステイン"、すなわち「記憶の染み」ではエレガントなピアノの演奏と共に「見てくれ、僕はひとつも良くならない」「見てくれ、何て穴の広さだ!」と8分の6拍子のリズムに合わせて繰り返す。ただ、自分の痛みそのものに耽溺する感覚がここでは貫かれている。そして僕にとってこのアルバムは......彼の作品のなかでももっとも偏愛する1枚になりそうである。

 「ヘロイン中毒のような不健全なダウナー音楽ではないか」という批判があれば、僕にはそれに反論する言葉はない。しかし、心地良い逃避では片付けられないこのヘヴィさを聴いていると、沈み込むことでしかひとは自分の弱さや痛みを受け入れられないのではないか、と思えてくる。気軽に聴ける音楽ではない。だが、自分の内面に潜っていくような濃密な体験がここにはある。
 圧巻はラストで9分以上に渡って同じメロディが繰り返されるワルツ"ア・ノック・アポン・ザ・ドア"だ。ワルツは舞踏曲である。悲しみと共に踊りを続けるように、憂鬱な調べが延々とリフレインし、そこにバス・クラリネットのノイズ混じりの演奏が絡みつく。うっかりこの曲を外で聴こうものなら、意識がだんだんと朦朧としてくる錯覚を抱く。それがこの暑さのせいなのか何なのか、僕にはよくわからない。

 ヴィンセント・ラジオが陸前高田までバンクシーの映画を上映しに行くと聞いて、その車に飛び乗った。「あとひとり乗れる」というカードが切られれば、コールしない手はない。胴元がヴィンセント・クルーならカモられる可能性も低い。
 車が動き出す直前までわかっていなかったけれど、ヴィンセント・ラジオでは全国のリスナーに呼びかけて、援助物資を募り、現地ではそれらを配布しながらレイヴ・パーティを開催する予定だった。なるほど、この人たちがやることはひとつしかないんだなー。反戦デモをやろうが、ネット・ラジオをやろうが、被災地に物資を届けに行こうが、ターンテーブルを回すことしか頭にない。そんな連中だったのである。そう、だから、免許を取ってから2度目の運転だというベーナーさんのハンドルさばきで午前3時に高速を飛ばしつつ、当然のことながら「人、来るかな~」というのが全員の心配事になった。仙台から2人来るらしいとか、石巻からツイートがあったとか、少ない人数の足し算に明け暮れ、「若者は少ない」という固定観念が車内を幽霊のように徘徊し続けた。ほどなくして朝日が昇っても感動はまるでなく、ただ単に暑いだけだった。
 このムードを断ち切ったのはガイガー・カウンターだった。ロクのアッコちゃんがムードマンから借りたというロシア製の小型マシンに電池を入れ直したところ、東京で「0.1」もなかった表示が急に「0.3」、「0.4」と上昇し始めた。上がったり下がったりで直線的に数値が上がっていくわけではないけれど、郡山市を通過する頃には上限が「0.7」から「0.8」を更新し、とあるサーヴィス・エリアでは屋外で「1.2」を超える瞬間もあった(屋内だと「0.3」)。目に見えて数値が変化していくというのはやはり不必要に恐怖感を掻き立てられる。あるいは、この場から早く立ち去りたいと考えてしまう一方で、この数値のなかで暮らし続けている人たちがいることも考えざるを得なかった場面でもあった。矢作俊彦がいま、『スズキさんの休息と遍歴』を書き直したとしたら、果たしてどんな展開になるのだろうか? ドーシーボーの再出発を願いたい。

 一関インターまでは7時間ぐらいで辿り着いた。予定通り、スーパーマーケットが開店する時間だったので、イーオンでバーベキューの材料を仕入れることに。海産物はわかるけれど、ペット・ボトルがなぜか驚くほど安い。ビールや炭も買い込んで、様々な物資が詰まりに詰まった車に、さらにそれらをギュー詰めにし、再び海岸沿いまで1時間半の距離を進む。どこまで行っても景色は平穏で、頭に思い描いていたような惨状はどこからも立ち現れてこない。だんだんと避暑地に迷い込んだような気分になりかけた頃、ひしゃげた自動車がポツポツと目に入り出す。そして、山間の道を抜けたところで、景色はいきなり連続性を失った。そこからは何もなかった。真っ平な平野が果てしなく広がり、所々に瓦礫が積み上げてあるだけ。出発する日の昼間、近所でばったり会った保坂和志が少し前に気仙沼に行ってきたそうで、「陸前高田は見事に更地になっていた」と話していた通りだった。
 津波で父親を亡くしてしまったヤングカルビの実家がレイヴ会場だった。地元に戻った彼を励ましに行こうというのがそもそもパーティを企画した動機だったそうで、グーグル・アースで見てみると、なるほど庭も広いし、敷地内には家屋も5軒ぐらい建っているように見える。ヤンカルのお父さんは最初は助かったにもかかわらず、誰かを救助しようとして、結果的に津波の犠牲になったという。後で知ったことだけれど、お父さんは政治家で、共産党の及川一郎議員という人だった。
 カーナビに従って進んでいたら、あるはずの橋が落ちていて、道がいきなり途絶えてしまう。そのまま適当に車を迂回させていると、ふいに小学校らしき建物が見えてきた。ヤンカルの実家は少し高台にあり、後で聞いたところでは、その小学校が津波の防波堤になったという。そこを過ぎると、ヤンカルが庭先に立っていて、ヤアと手を挙げた。ようやく着いた。昼間の暑さは東京とかわらない。ガイガー・カウンターはとっくに落ち着いている。

 少しは休めるかと思ったけれど、昼ごはんにソーメンを食べただけで、すぐにサウンドシステムやスクリーンの設営がはじまり、支援物資を分けて並べる作業がはじまった。なんだかんだいって夜通し騒いでしまったに近いので、誰もほとんど寝てないにもかかわらず、全体の作業は何かを悟ったようにテキパキと早い。ヤンカルが使っていたシーツを石黒景太が指揮を取って即席のスクリーンに仕立て上げたものはなかなかの傑作だった。アッコちゃんが支援物資を並べていくセンスもとてもいい。サウンドデモの時もそうだったけれど、誰が指示するでもなく、自然と役割が決まっていき、どこからともなく現れたおじさんが「バーベキューはオレが仕切る」といって炭に火を入れてくれる。作業の合間にヤンカルのお母さんから「水が出るようになった時は本当に嬉しかった」など、被災地の現状をあれこれと教えてもらう。電話線がまだ回復していない上に、ソフトバンクがつながりにくいというのはやっぱり不便もいいところで、当然のことながらインターネットも観ることができないし、ヴィンセント・ラジオも中継は断念せざるを得なかった。
 なんとなく形が整ってきたと思ったら、早くも人が集まりはじめてきた。予定では午後5時からのスタートだったところを、そのままスタートさせてしまうことにする。僕はバーベキューを焼いたり、Tシャツを「えり好み」する人の相談相手を務めたり。人が商品を「えり好み」することがどれだけ楽しいことなのか。サイズを見たり、色を見たり。300枚近く提供してもらったので、それなりに贅沢な気分を味わってもらえたのではないだろうか。明日、バスケットの試合があるのにユニフォームが流されてしまったという女の子はRAW LIFEのTシャツを人数分、抱えて持っていった。上から下(=靴)までその場で全部、着替えてしまうおばさんもいた。
 DVDプレイヤーのような電子機器が人気だったのは当然として、それ以外では、子どものおもちゃ、女性用の化粧品、全巻揃ってるマンガとDVDはほとんど全部が持ち帰ってもらえた。カードを集めていた男の子は次の日の朝もまた貰いに来たりした。まったくダメだったのはアナログ盤とVHSテープ。VHSのなかには02年のイタリア映画で、家族の一員を失ったがために崩壊しかけていた家族がなんとか持ち直すという『息子の部屋』もあり、これはとてもいいものを提供してくれたと思っていたのだけれど、やはりVHSということだけで、残念ながら誰も手を伸ばしてはくれなかった。ノラ・エフロンが『奥さまは魔女』のリメイクを手がけたDVDも残っていたので、僕の文章を読んでくれているという青年に強く奨めてみた。ノラ・エフロンはスリーマイル島の原発事故が起きる前に南部で被爆についての問題提起を起こそうとして殺された女性を追う『シルクウッド』で脚本を務めたことがあり、主演のメリル・ストリープとは、09年に『ジュリー&ジュリア』でも再びコンビを組んだユニークな映像作家である。『奥さまは魔女』でもヘンなところにヒッピー・カルチャーの符号が散りばめられていて、なかなか通り一遍のリメイクではない。50年代の女優にしか見えなくなっているニコール・キッドマンを観るだけでも楽しい作品ではないか!
 スケートボードを見つけた子どもの嬉しそうな叫び声もまだ耳に残っている。お父さんもお母さんもスケボーをやっていて、自分だけが持っていなかったらしい。プロテクターを提供してくれた人もいたので、セットで持って帰ってもらい、親子3人で楽しそうに記念写真を撮っていった。本やCDはやはり好みが分かれるので、あれはないかこれはないかという注文にはなかなか応じられるものではなかった。ヒップホップに興味があるという女の子にはデ・ラ・ソウルやスパンク・ロックなど10枚ほどを見繕ってあげた。フライング・ロータスが残っていたのは意外だったけれど、ジャケットに何も書かれていなかったせいのようで、「あれ、フライング・ロータスが残っているな」と僕がいうと、すぐに持っていく人はいた。

 DJはヴィンセントのシバちゃん、阿部周平、2マッチ・クルーのポエム、石黒景太、ヤンカルが交代で好きな曲をかけまくった。後で聞いたところによると、ロックンロールをリクエストしたおばさんがいて、シド・ヴィシャスの「カモン・エヴリバディ」をかけてもPILをかけてもツイストで踊っていたそうだ。それは、ちょっと見たかったかもしれない。残ってしまったアナログ盤からシバちゃんがアニタ・ベイカーのカヴァ1曲をプレイする。「リング・マイ・ベル」をレゲエ調にアレンジしたもので、その日、聴いた音楽では行きの車のなかで聴いたクラフトワークのライヴと共になぜか強く印象に残っている。
 6時半の定例放送でヤンカルが自分の家でTシャツやCDを配っていると告知すると、来る人がどっと増えて、最終的には70人ぐらいの賑わいになっただろうか。仮設住宅や避難所の人たちも来るのかなーと聞くと、「あの人たちは来ないと思う。慰問疲れもあるし」という返事。なんとなく、被害の程度で同じ地域でも混ざり合うことがない垣根が生じている気配を感じてしまう。決定的だったのは何人かの人が「福島には行かねえ」といっていたこと。それ以上のことは何も言わないけれど、これはさすがに何をかいわんやである。日本がひとつになれるなんて幻想もいいところだというか。あるいは「仙台は復興のエネルギーに満ち溢れていますよ」という意見も耳にした。どうやらこことは違うムードのところもあるということを教えてくれたようで、当たり前のことだけれど、ヴィンセント号がたまたま陸前高田に着いたから、僕は被災地に対してひとつのイメージを持つことができたけれど、そうではなくて仙台に着いていればまったく違うイメージを持って帰っただろうし、相馬市に着いていれば車から降りることさえ躊躇したかもしれない。出発する前に「陸前高田に行ってくる」とEメールを送っておいた友人から、帰ってみると「福島はどうでしたか?」という返事が来ていた。福島以外は被災地だということが忘れられているといういい証拠である。日本どころかいまの東北をひとつにすることは頭山満にも田中清玄にもきっと無理に違いない。
 若い人は思ったよりも多かった。しかし、年輩の方々がガツンと盛り上がっているので、なかなかバンクシーの映画を上映するタイミングに入れない。午後7時を過ぎると、一気に涼しくなり、食べたり呑んだりもさらにいい感じになってしまう。とはいえ、映画を楽しみにしてきた人もいるはずだから、なんとか踏ん切りをつけて、予定よりだいぶ遅れて『イグジット・スルー・ザ・ギフト・ショップ』がシーツの上で封切られる(東京での公開も同じ日)。僕にしても、これがメインの目的だったので、がっちり観るつもりが、やはり徹夜明けには無理があったか、眠ったり起きたりで半分ぐらいしかストーリーはわからなかった。はは。なかなか正体をつかめないのがバンクシーということで、ここは諦めるしかないでしょう。震災前に試写を観ていた人の話から登場人物が欲望を交換してしまう話なのかと思っていたけれど、バンクシーはたしかにブレインウォッシュの欲望を適えているかもしれないけれど、バンクシーの欲望がどこに行ったかは表面的には明確にならないので、そんな単純な映画ではないのかなという印象が残ったのみ(後で石黒くんから凄まじい解釈を聞かされ、驚いてまた寝てしまった)。

 最後に花火。片付けは明日にして、いきなり寝てしまった阿部周平に続いて、みんなも総崩れで寝た......のかと思ったら、3時まで呑んでいた人もいたらしい。そのパワーを被災地の復興に役立てましょう!
 次の日はヤンカルとお母さんの案内で被災地をあちこち見て回ることに。釣り堀かと思ったら陥没した住宅地だったり(そういえば自動車が突き刺さっていたか)、海のそばに野球場があったのかと思ったら、そこまで海が広がったのだというし、新しい電信柱の横には倒れたままの電信柱や信号機がそのまま放置され、だんだん瓦礫の山にも目が馴れてきて、素材別に分けて積み上げてあることが分かってきたり。基本的には何もないので、何もないとしか書きようもなく、僕たちはここに街がひとつあったのかなーと思うばかり。何もなくてもヤンカルたちが見れば何かを思い出すだろうし、僕たちは何も思い出さないというだけのことである。ヤンカルのお母さんが、当時まで働いていた病院の辺りを指差してくれる。地震の後、津波勧告はなく、虫の知らせで患者さんたちを山の上に運び上げたところ、直後に津波が押し寄せてきたという。陸前高田はアイヌの子孫が移り住んできたところだという話もどこかで聞いた。地名には高台に住む人という意味もあるとか。道端の泥から阿部周平が文字通り7インチ・シングルをディグったら、それは山口百恵「赤い衝撃」だった。
 気仙沼にも足を延ばした。ここはどういうわけか一軒置きに家屋が倒壊し、何もなくなってしまった陸前高田とは対照的に、雑然といろんなものがあり過ぎるという印象が残った。実はここまで書かなかったことがある。震災直後には東京でもハエが急に増えた時期があったけれど、陸前高田でもハエは非常に多かった。僕たちが食卓を囲んでいる間も誰かが追っ払っていないと、どこかにハエがとまってしまい、顔や手にもすぐにたかって来た。それが、気仙沼ではそれが倍増していた。それどころか、臭気がものスゴく、最初は窓を開けるのも耐えられなかった。陸前高田は海水浴をメインとした観光地で、いわゆる漁港ではなかった上に、すべてが押し流されてしまったから、ウジの湧きようがなかったのに対し、気仙沼のような漁港はそうはいかなかったらしく、どうやら冷凍保存されていた水揚げがことごとく街中にぶちまけれ、そのまま腐り果てたために、どこを掘ってもウジだらけになったということらしい。これには参った。少しでも窓を開けると、あっという間に車のなかがハエだらけになってしまう。1匹、追い出そうとすれば、5匹は飛び込んでくる。街中を抜け、海に出てしまう方がまだしもだった。もう、インドにでも行ったと思って諦めるしかない。週刊誌などで見かける「少しは復興している」などという表現が僕にはとても信じられなくなった。
 最後に石油コンビナートの跡地を見ようと思ったものの、通行止めになっているようで、それは適わず、それを最後にヤンカルたちの車と別れ、ヴィンセント号はそのまま東京へ進路を向けた。おそらく僕たちは必要以上にくだらないことを言い合いながら(それはいつものことか......)。

写真 → https://vincentradio.com/report.html

PS
8月6日にヨコハマ創造都市センターで「<表現>としてのデモ」と題して、劇作家の宮沢章夫さんとトーク・イベントをやります。司会は桜井圭介さん。
https://www.parc-jc.org/event_tpamiyss2011.html

Zomby - ele-king

 ゾンビーはダブステップのシーンにおいて、アクトレスと並んでもっとも異端的で、もっともミステリアスで、ある意味では気まぐれなプロデューサーかもしれない。彼は2008年にアクトレスのレーベル〈Werk Discs〉から『Where Were U In '92?』という――流行のイヤフォンなどではとてもじゃないが聴けそうにない――アルバムを出している。1992年の機材(アタリのコンピュータ、サンプラー等々)で作ったレイヴ・トラック集だが、あの当時、我々はドラッグでぶっ飛んだダンサーを見ると「あー、ゾンビ顔だ」などと言って笑っていたものだった。ゾンビーというネーミングの由来がもしそこにあるのなら......いや、実際にそこにあるんじゃないか、そう思わせる両義性が彼の音楽にはある。レイヴを礼賛しながら音楽は決してレイヴィーという感じではない。『Where Were U In '92?』においてもっとも素晴らしいレイヴ・トラックの"Tears In The Rain(雨のなかの涙)"は歓喜よりもメランコリーを強調し、2008年に〈ハイパー・ダブ〉から発表した2枚組の12インチ・シングル「Zomby EP」も、2009年に〈Ramp Recordings〉からリリースした「One Foot Ahead Of The Other EP」(2枚ともにEPという単位の収録時間ではないが)もシャックルトンがディスコに思えるほどで、ダンス・ミュージックというよりはヘッド・ミュージックである。「Zomby EP」にはダーク・アンビエントの曲がところどころ挟まれているし、「One Foot Ahead Of The Other EP」にはグリッチとチップチューンが多分に含まれている。ラスティと繋がっているくらいだから、まあ妥当の線だとも言えるのだろうが、ゾンビーには明らかにコミック文化からの影響があるものの、が、しかし、そのグリッチ・サウンドやチップチューンにはラスティの無邪気さとは異質の、言うなればドレクシアとも似たある種の過剰なファンタジーをところどころ感じる。殺気だっているし、危険な香りが漂っている。人はゾンビーを「ダブステップにおける巨大な影」と形容している。

 アルバムはブリアル~ジェームス・ブレイク~ウィッチ・ハウスの展開に配置できるが、例によってチップチューンも絡んでいる。基本的には忍び寄る恐怖でいっぱいのアルバムで、それはヘヴィー・スモーカーとしてのゾンビーの夥しい幻想のコレクションのようだ。オープニング・トラックは"Witch Hunt(魔女狩り)"、続いてシングル・カットされたウィッチ・ハウス調の"Natalia's Song(ナターリアの歌)"、不吉な妖しさの光沢を持ったシカゴ・ハウス調の"Riding With Death(死に乗って)"、そして重たいダーク・ステップ調の"Vortex(渦)"といった曲を経て、パンダ・ベアの歌がフィーチャーされた"Things Fall Apart(物事は壊れる)"へと続いている。アルバムの後半にはもう1枚のシングルとなった"A Devil Lay Here(悪魔は横たえる)"が収録されている。これはウィッチ・ハウス系のゴシックな感覚にダブのベースラインがブレンドされた魅力的な曲で、"Natalia's Song"と同様に廃れたクラブの気味の悪いダンスフロアで鳴っているようだ。
 16曲収録されているが、そのうち3分を越える曲はわずか3曲、ほとんどが1分から2分台だ。煙でむせかえった彼のスタジオのなかで、瞬間的なひらめきをもって作っているのだろうか......ドレクシアのように対象化された恐怖ではなく、ここにはより本能的で、おさまりどころのないその感覚があるように思える。つまり『デディケーション』はどこにも連れては行かないが帰してもくれないという、まるで幽霊屋敷にひとり取り残されてしまったような、なんともタチの悪い作品なのだ。

David Sylvian - ele-king

 2年前のある日、湯浅学氏に電話した。
「湯浅さん、デビシルの新作聴きました?」
「聴いたよ、あれおもしろいね」
「演奏とシルヴィアンの歌はギリギリの絶妙な緊張関係にありますね」
「シルヴィアンはデレク・ベイリーといっしょにやってからなー。その影響かもな」
「でもちょっとなつかしかったスね」
「なにが?」
「『歯のはえたケツの穴』みたいじゃなかったですか? あのころ湯浅湾も即興ノイズをバックに歌ってましたよね」
「デビシルはあんなデタラメじゃないからな。......そういうこといったり書いたりすると、良識あるひとに怒られるか狂人あつかいされるから、いったり書いたりしないようにしようぜ」

 湯浅さん、もうしわけない。約束を破ってしまった。
 みなさんのおっしゃるとおりシルヴィアンの『マナフォン』はデタラメではない。
 ベイリー~カンパニーの圏域のフリー・インプロヴィゼイションと、コーネリアス・カーデューの――つまり現代音楽の――の系譜に連なるAMMのメンバーに、クリスチャン・フェネス、大友良英や中村としまるや秋山徹次などの日本の即興演奏家の演奏(そこには2000年代の日本の即興シーンの問題意識が反映されていたのはいうまでもない)をプロツールスのマトリクスに配置することで、ベイリーが固執したイデオム(ストック・フレーズ)から完全に自由な即興を、ハードウェアのメモリとソフトウェアのファンクションをかりて"作曲"に置き換えた『マナフォン』は音響(派)とダンス・カルチャーの挟み撃ちにあったアヴァン・ミュージックがメタな視点をふくむコンセプトを前景化しはじめた動きとも無縁でなかった。というより、『マナフォン』はそれらの命題に深入りすることなく、別の場所に回路を拓いたとみるべきで、その意味で、〈samadhisound〉以降のシルヴィアンの隠遁者めいたイメージに似つかわしい孤高をあらためて感じさせた。

 『マナフォン』の日本盤にはボーナス・トラックが1曲入っている。英国在住の日本人作曲家、藤倉大の"Random Acts Of Senseless Violence"のリミックスがそれだが、藤倉のヴァージョンはシルヴィアンの歌に複数の楽器が散発的に同期する、文字通りランダムな原曲にストリングスを加え、それぞれのエレメントを時空間上に再配置することで、全体を整理し直している。機能美を追究したリミックス=解体~再構築の図式ともちがう、変奏と呼ぶべき解釈がそこではおこなわれていたが、密室の作業を思わせるシルヴィアンのどこか切迫した原曲に較べ、藤倉の音楽は開かれている。シルヴィアンは他者の音を彼の歌に密着させたが、藤倉は外から音を操作した。このあざやかなコントラストはあたりまえのリミックスではほとんどあらわにならない。これに気をよくしたシルヴィアンはこの方法論を拡張し、作業は最終的に『ダイド・イン・ザ・ウール』にまとまった。"Random~"リミックスを再録したアルバムの半分は前作の"変奏"。のこりはアウトテイク(のリメイク)と新曲である。

「『マナフォン』のリミックスを作る考えは僕にはまったくなかった。『ブレミッシュ』に較べると、『マナフォン』を作るのは感情面ではるかに疲れることだったと言うと驚く人もいるかもしれない。完成した後に、また曲に向かう気持ちは残っていなかったし、『オンリー・ドーター~ブレミッシュ・リミキシーズ』の時と同じアプローチがうまく作用するとは思えなかった。『ダイド・イン・ザ・ウール』は漸進的に出現した」シルヴィアンはライナーノーツでこう語っている。
 シルヴィアンは気をよくしたわけではなかった。むしろ精も根も尽き果てていた。後につづく文章によると、漸進的にシルヴィアンを駆り立てたのは進行中の藤倉大とコラボレーションだった。そのとき、ポピュラー音楽史に独自の地位を確立したミュージシャンと、クラシックの作曲家の3年に渡る共同作業は数曲に実を結びつつあった。
 変奏はいずれも前作を更新している。目的がそもそもちがうのだろう。歌に弱音の即興の断片をオーヴァーラップさせた『マナフォン』のモンタージュ的な構造に『ダイド・イン・ザ・ウール』はフレームをあてはめている。1曲目の"Small Metal God"ですでに、『マナフォン』では音の素描ともいうべき簡素な即興が歌をとりまいていたが、『ダイド・イン・ザ・ウール』の藤倉大の変奏は音が明確な意味をもつと語るようである。意味とは体系であり、歴史とか学習とか、もっといえば歴史の学習とかをふまえた音であると、私は思う。依然、シルヴィアンと藤倉大の対比はあざやかである。そこに本作のもうひと組のコラボレーターであるノルウェイのエリック・オノレ&ヤン・バングのラップトップ・インプロヴィゼイションが加わるとコントラストに階調がうまれる。『マナフォン』の曲名に名前のみえる19世紀の詩人、エミリー・ディッキンソンの詩を歌った"I Should Not Dare""A Certain Slant Of Light"のポップな曲調はアルバムのフックでもあるが、モノクロームのアナーキズムといいたくなる手法で自身の音楽に静かに裂け目を作った前作を、優美に、しかし大胆に編み直した本作へ橋渡す役割を担っている。エリック&ヤンとの比較において藤倉のコントラストがいっそうきわだつのはシルヴィアンの慧眼というほかない。前作のオクラだしである"Anomaly At Taw Head"の60年代の武満徹を彷彿するエレメントを点在させた空間構成、"Snow White In Appalachia"のロマンティシズムといった動的な魅力はアルバムの中盤で顕著になる。最終的にそれは、ニューヨークでシルヴィアンと藤倉が行った二度目のセッションで録音した"The Last Days Of December"に落としこまれるのだけれど、バス・フルートの重音(マルチフォニックス)が軋むように低く唸り、弦のドローンが時間の後ろ髪を引くこの曲は単(淡)色の『マナフォン』の世界に色彩を加えた『ダイド・イン・ザ・ウール』の次の彼の方向性さえ照らすように思えてならない。

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